霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
×
設定
URL:
印刷用画面を開く [?]プリント専用のシンプルな画面が開きます。文章の途中から印刷したい場合は、文頭にしたい位置のアンカーをクリックしてから開いて下さい。[×閉じる]
話者名の追加表示 [?]セリフの前に話者名が記していない場合、誰がしゃべっているセリフなのか分からなくなってしまう場合があります。底本にはありませんが、話者名を追加して表示します。[×閉じる]
表示できる章
テキストのタイプ [?]ルビを表示させたまま文字列を選択してコピー&ペーストすると、ブラウザによってはルビも一緒にコピーされてしまい、ブログ等に引用するのに手間がかかります。そんな時には「コピー用のテキスト」に変更して下さい。ルビも脚注もない、ベタなテキストが表示され、きれいにコピーできます。[×閉じる]

文字サイズ
行間
ルビの表示


アンカーの表示 [?]本文中に挿入している3~4桁の数字がアンカーです。原則として句読点ごとに付けており、標準設定では本文の左端に表示させています。クリックするとその位置から表示されます(URLの#の後ろに付ける場合は数字の頭に「a」を付けて下さい)。長いテキストをスクロールさせながら読んでいると、どこまで読んだのか分からなくなってしまう時がありますが、読んでいる位置を知るための目安にして下さい。目障りな場合は「表示しない」設定にして下さい。[×閉じる]


宣伝歌 [?]宣伝歌など七五調の歌は、底本ではたいてい二段組でレイアウトされています。しかしブラウザで読む場合には、二段組だと読みづらいので、標準設定では一段組に変更して(ただし二段目は分かるように一文字下げて)表示しています。お好みよって二段組に変更して下さい。[×閉じる]
脚注[※]用語解説 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

脚注[*]編集用 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

外字の外周色 [?]一般のフォントに存在しない文字は専用の外字フォントを使用しています。目立つようにその文字の外周の色を変えます。[×閉じる]
現在のページには外字は使われていません

表示がおかしくなったらリロードしたり、クッキーを削除してみて下さい。

第一章 黄金(わうごん)の衣(ころも)〔六一二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第17巻 如意宝珠 辰の巻 篇:第1篇 雪山幽谷 よみ(新仮名遣い):せつざんゆうこく
章:第1章 黄金の衣 よみ(新仮名遣い):おうごんのころも 通し章番号:612
口述日:1922(大正11)年04月21日(旧03月25日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年1月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
鬼雲彦によって岩窟に一年押し込められていたお節は、悦子姫によって救い出され、平助・お楢の祖父母の元に帰ってきた。
そして三五教の宣伝使、岩公、勘公、櫟公と共に、雪の中を真名井ケ原へとお礼参りに出かけた。爺・婆は足元に難があるため、岩公、勘公、櫟公三人は先に雪の中を発って行った。
話は戻って、鬼虎、鬼彦の両人は心の鬼に責められながらとぼとぼと雪道を行くうちに、路傍の糞壺に落ちてしまった。
厳寒の中、二人は命からがら進んで行くと、一軒のあばら家があった。着物を洗濯し、古ごもや古ござを巻いて、ようやく命をつないだ。
部屋の隅に加米彦がいて、二人に豊国姫命の命で悦子姫より衣を授かってきた、という。鬼虎と鬼彦は喜ぶが、その着物は、真名井ケ原に着いて体を清めてから出ないと渡せない、という。
そこへ岩公、勘公、櫟公が追いついてきた。
加米彦は、家の中からぼろぼろの着物を探し出して、当面の用にと鬼虎と鬼彦に着せた。
しばらく行くと、道端にこざっぱりとした家があり、女が招く。一同が中へ入ると、おコンと名乗る女は、鬼虎と鬼彦に禊をさせ、悦子姫からの立派な着物を授ける。
その着物には、鬼彦は彦安命、鬼虎は虎彦命という宣伝使名が書いてあった。おコンはもうすぐ真名井ケ原なので、ここで天津祝詞と天の数歌を唱えるように、と導師の役をする。
一同が一生懸命祝詞を唱えていると、平助、お楢、お節の三人が追いついて来て声をかけた。気づくと、おコンも加米彦もおらず、岩公、勘公、櫟公、鬼彦、鬼虎の五人は、真っ裸で雪の中に座っていたのであった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-02-13 17:57:48 文字数:6538 OBC :rm1701
愛善世界社版:9頁 八幡書店版:第3輯 527頁 修補版: 校定版:11頁 普及版:3頁 初版: ページ備考:
001見渡(みわた)す限(かぎ)り野(の)も山(やま)も
002平(たひら)一面(いちめん)の銀世界(ぎんせかい)
003人(ひと)の心(こころ)を冷(ひや)やかに
004わかやる胸(むね)を撫(な)で下(お)ろし
005雪(ゆき)の肌(はだへ)の愛娘(まなむすめ)
006魔神(まがみ)の深(ふか)き計略(けいりやく)に
007押籠(おしこ)められて岩窟(いはやど)の
008中(なか)にて絞(しぼ)る涙(なみだ)の雨(あめ)
009何時(いつ)しか比沼(ひぬ)の真名井(まなゐ)ケ原(はら)に
010一陽(いちやう)来復(らいふく)の春(はる)待(ま)ち兼(か)ねて
011皇神(すめかみ)の恵(めぐみ)の露(つゆ)に綻(ほころ)びし
012心(こころ)切(せつ)なき節子姫(せつこひめ)
013此(この)岩窟(いはやど)に捕(とら)はれて
014悲(かな)しき月日(つきひ)を送(おく)る内(うち)
015春夏秋(はるなつあき)と十二節(じふにせつ)
016越(こ)えて漸(やうや)う東雲(しののめ)の
017空(そら)晴(は)れ渡(わた)る思(おも)ひなり。
018 悦子姫(よしこひめ)に送(おく)られ、019祖父母(そふぼ)の家(いへ)に帰(かへ)り来(きた)れる節子姫(せつこひめ)は、020嬉(うれ)し涙(なみだ)に一夜(ひとや)を明(あ)かし、021あくれば正(しやう)月(ぐわつ)二十八(にじふはち)日(にち)、022平助(へいすけ)、023お楢(なら)の祖父母(そふぼ)と共(とも)に、024雪(ゆき)積(つ)む野路(のぢ)を辿(たど)りつつ、025心(こころ)も深(ふか)き礼(れい)参(まゐ)り、026岩公(いはこう)、027勘公(かんこう)、028櫟公(いちこう)諸共(もろとも)に、029真名井(まなゐ)ケ嶽(だけ)の麓(ふもと)を指(さ)して進(すす)み行(ゆ)く。
030お節(せつ)『お客(きやく)さま、031御存(ごぞん)じの通(とほ)り、032年(とし)を老(と)つたる老爺(ぢい)サン婆(ば)アサン、033それに繊弱(かよわ)き女(をんな)の妾(わたし)、034思(おも)ふ様(やう)に足許(あしもと)も捗(はかど)りませぬ。035あなた方(がた)は神(かみ)様(さま)にお仕(つか)へ遊(あそ)ばす身(み)の上(うへ)、036悦子姫(よしこひめ)様(さま)が嘸(さぞ)お待兼(まちかね)で御座(ござ)いませう。037何(いづ)れ真名井(まなゐ)ケ原(はら)の神(かみ)様(さま)の御(おん)前(まへ)にて、038お目(め)に掛(かか)りませうから、039どうぞ妾(わたし)等(ら)にお構(かま)ひなく、040一足先(ひとあしさき)へ行(い)つて下(くだ)さいませ』
041岩公(いはこう)『左様(さやう)なれば、042お先(さき)へ道開(みちあ)けの為(ため)に参(まゐ)りませう。043一切(いつさい)万事(ばんじ)用意(ようい)を整(ととの)へ、044お待受(まちうけ)を致(いた)して居(を)ります、045どうか緩々(ゆるゆる)お出(い)で下(くだ)さいませ。046お老爺(ぢい)サン、047お婆(ば)アサン、048お節(せつ)さま、049左様(さやう)なれば吾々(われわれ)三(さん)人(にん)は一足先(ひとあしさき)へ御免(ごめん)を蒙(かうむ)りませう。050何卒(どうぞ)ゆるりとお越(こ)し下(くだ)さいませ』
051平助(へいすけ)『アヽそれが宜(よろ)しい。052此方(こちら)は年老(としと)つた老爺(ぢぢい)に婆(ばば)ア、053繊弱(かよわ)き娘(むすめ)、054到底(たうてい)あなた方(がた)の様(やう)な屈強(くつきやう)な若(わか)いお方(かた)と、055同道(どうだう)するのは苦(くる)しう御座(ござ)ります。056又(また)あなた方(がた)もマドロしく思(おも)はれませう。057それよりも早(はや)う悦子姫(よしこひめ)様(さま)のお側(そば)へ行(い)つて、058すべての御用(ごよう)をお聞(き)き下(くだ)さいませ。059吾々(われわれ)三(さん)人(にん)はボツボツ後(あと)から参(まゐ)ります』
060岩公(いはこう)『ソンナラお老爺(ぢい)さま、061お婆(ば)アさま、062お節(せつ)さま、063一足先(ひとあしさき)へ失礼(しつれい)致(いた)しませう。064……サア勘公(かんこう)、065櫟公(いちこう)、066雪中(せつちゆう)強行軍(きやうかうぐん)だ。067前進(ぜんしん)々々(ぜんしん)、068お一(いち)、069二(に)、070三(さん)』
071と掛声(かけごゑ)諸共(もろとも)、072バラバラと駆出(かけだ)しける。
073お楢(なら)『アノ、074夜前(やぜん)のお客(きやく)さまの元気(げんき)の良(よ)い事(こと)、075……アーア、076年(とし)は取(と)りたくないものだ。077これ程(ほど)雪(ゆき)の積(つも)つた路(みち)を、078猪(しし)かナンゾの様(やう)に、079驀地(まつしぐら)に駆出(かけだ)して、080早(はや)モウ姿(すがた)が見(み)えなくなつて了(しま)つた。081サアサアボツボツ行(ゆ)きませう』
082と三(さん)人(にん)は杖(つゑ)を突(つ)き乍(なが)ら、083岩公(いはこう)等(たち)の通(とほ)つた足跡(あしあと)を踏(ふ)んでボツボツと進(すす)み行(ゆ)く。
084 話(はなし)は後(あと)へ戻(もど)る…………………………
085 心(こころ)の鬼(おに)に責(せめ)られて泊(とま)りも得(え)せず、086雪(ゆき)積(つ)む夜路(よみち)をトボトボと、087雪(ゆき)しばきに向(むか)ひ乍(なが)ら、088互(たがひ)に肩(かた)を組(く)み合(あは)せ、089西(にし)へ西(にし)へと進(すす)み行(い)つた鬼彦(おにひこ)、090鬼虎(おにとら)の両人(りやうにん)は、091路(みち)踏(ふ)み迷(まよ)ひ、092路傍(ろばう)の糞壺(くそつぼ)の中(なか)へ、093肩(かた)を組(く)んだまま、094ドボンと転落(てんらく)し、095頭(あたま)の先(さき)から足(あし)の爪先(つまさき)まで、096忽(たちま)ち黄金仏(わうごんぶつ)と早替(はやがは)り、097二人(ふたり)は漸(やうや)く生命(いのち)からがら這(は)ひ上(あが)り、098身(み)を切(き)る如(ごと)き寒風(かんぷう)のピユウピユウと吹(ふ)いて来(く)る中(なか)を、099震(ふる)へ声(ごゑ)を搾(しぼ)り乍(なが)ら、
100鬼彦(おにひこ)『罰(ばち)は目(め)の前(まへ)だ、101コンナ事(こと)なら、102頭(あたま)の一(ひと)つや二(ふた)つ、103平助(へいすけ)老爺(ぢい)に叩(たた)かれても、104素直(すなほ)に謝罪(あやま)つて、105泊(と)めて貰(もら)つたが得策(まし)だつた。106貴様(きさま)が、107テレ臭(くさ)いとか、108何(なん)とか言(い)つて、109痩我慢(やせがまん)を出(だ)すものだから、110コンナ目(め)に遭(あ)つたのだよ。111実(じつ)に糞慨(ふんがい)の至(いた)りだ』
112鬼虎(おにとら)『過去(すぎさ)つた事(こと)を、113今(いま)になつて言(い)つた所(とこ)で、114何(なん)になるか。115過去(すぎこ)し苦労(くらう)は大禁物(だいきんもつ)だと云(い)ふ事(こと)を忘(わす)れたか。116刹那心(せつなしん)だよ。117併(しか)し乍(なが)ら、118斯(か)うして居(を)れば、119着物(きもの)も体(からだ)も氷結(ひようけつ)して了(しま)ふ。120零度(れいど)以下(いか)二十度(にじふど)と云(い)ふ此(この)寒空(さむぞら)に、121糞汁(くそしる)の着物(きもの)を着(き)て歩(ある)いて居(を)るのも能(い)い加減(かげん)ナものだ。122况(ま)して神(かみ)様(さま)は神聖(しんせい)な……清浄(せいじやう)潔白(けつぱく)をお喜(よろこ)び遊(あそ)ばす。123コンナ着物(きもの)を着(き)て、124どうして参拝(さんぱい)が出来(でき)ようか。125……貴様(きさま)達(たち)はまだ悪(あく)が消(き)えないから、126参拝(さんぱい)の資格(しかく)がないと云(い)つて、127神(かみ)様(さま)が糞壺(くそつぼ)へ放(ほ)り込(こ)んだのかも知(し)れぬ。128……アヽ寒(さむ)い寒(さむ)い……寒(さむ)さが通(とほ)り越(こ)して、129体中(からだぢう)が痛(いた)くなつて来(き)た。130そこら中(ぢう)錐(きり)で揉(も)まるるやうだ。131……冷(つめ)たい、132痛(いた)い。133……アーア泣(な)くに泣(な)かれぬ。134どうしたら宜(よ)からうなア』
135鬼彦(おにひこ)『平助(へいすけ)やお楢(なら)に屁(へ)を噛(か)まされ、136馬鹿(ばか)臭(くさ)い、137テレ臭(くさ)い、138阿呆(あはう)臭(くさ)い……と臭(くさ)い目(め)に会(あ)うて、139其(その)上(うへ)又(また)糞壺(くそつぼ)へ放(ほ)り込(こ)まれ、140……アーアぢぢ臭(くさ)い、141ババ臭(くさ)い……此処(ここ)にも平助(へいすけ)、142お楢(なら)が居(ゐ)よつた様(やう)なものだ。143おセツない思(おも)ひをして、144真名井(まなゐ)ケ原(はら)へ進(すす)むにも進(すす)まれず………エー糞(くそ)いまいましい。145どつか此処(ここ)らに家(うち)でもあつたら、146今度(こんど)は何(なん)と言(い)つても構(かま)はぬ、147無理(むり)に押入(おしい)つて、148焚物(たきもの)でも焚(た)いて、149体(からだ)を温(あたたか)め、150ゆつくり湯(ゆ)でも沸(わか)して浄(きよ)めなくては、151どうする事(こと)も出来(でき)ぬぢやないか。152グヅグヅして居(を)ると、153身体(しんたい)強直(きやうちよく)、154石地蔵(いしぢざう)の様(やう)になつて了(しま)うワ、155サア往(ゆ)かう往(ゆ)かう』
156 二人(ふたり)は生命(いのち)からがら、157二三丁(にさんちやう)ばかり前進(ぜんしん)すると、158バタツと行当(ゆきあた)つた又(また)もや一軒(いつけん)の茅屋(あばらや)、
159二人『ヨー天道(てんだう)は人(ひと)を殺(ころ)さずだ。160此処(ここ)に一軒屋(いつけんや)が有(あ)るワイ。161……ハテ此(こ)れは物置(ものおき)小屋(ごや)と見(み)える。162……マア兎(と)も角(かく)、163這入(はい)つて体(からだ)の処置(しよち)を附(つ)けようかい』
164 二人(ふたり)は戸(と)を押(お)し開(あ)け、165怖々(こわごわ)這入(はい)つて見(み)ると、166暗(くら)がりに赤(あか)い物(もの)が見(み)える。
167鬼彦(おにひこ)『ハハア、168誰(たれ)か火(ひ)を焚(た)いて行(ゆ)きやがつたなア。169大方(おほかた)音彦(おとひこ)、170加米彦(かめひこ)の仕事(しごと)だらう』
171と附近(あたり)の藁(わら)を引摺(ひきず)り出(だ)し、172火(ひ)を吹(ふ)き点(つ)け、173真裸(まつぱだか)となり、
174鬼彦『一寸(ちよつと)是(これ)で楽(らく)だ。175併(しか)し乍(なが)ら、176着物(きもの)を乾(かわ)かさねばなるまい。177……それにしても一度(いちど)洗濯(せんたく)をして、178其(その)上(うへ)にせなくては、179乾(かわ)いた所(ところ)で、180臭(くさ)くて、181どうにも斯(か)うにも仕方(しかた)があるまい、182のう鬼虎(おにとら)』
183鬼虎『ウン此(この)茅屋(あばらや)も、184元(もと)は誰(たれ)か住(す)んで居(を)つたのだらう。185井戸(ゐど)がある筈(はず)ぢや。186一(ひと)つ探(さが)して、187井戸(ゐど)でも有(あ)つたら、188俺(おれ)達(たち)の着物(きもの)を突込(つつこ)み、189バサバサとやつて、190充分(じゆうぶん)に圧搾(あつさく)を加(くは)へ、191水気(みづけ)を除(と)り、192大火(おほび)を焚(た)いて焙(あぶ)る事(こと)にしやうかい。193……オー有(あ)る有(あ)る、194グヅグヅして居(を)ると、195落(お)ち込(こ)むかも知(し)れぬぞ。196どうやら水溜(みづたま)りが有(あ)るらしい。197……オイ貴様(きさま)火(ひ)を焚(た)く役(やく)だ、198俺(おれ)が暫(しばら)く洗濯鬼(せんたくおに)になつてやらう。199人鬼(ひとおに)だ。200婆(ばば)の来(こ)ぬ間(ま)に鬼(おに)が洗濯(せんたく)……アハヽヽヽ』
201 両人(りやうにん)は糞(くそ)まぶれの着物(きもの)を、202水溜(みづたま)りに向(む)けて、203手早(てばや)く脱(ぬ)ぎ、204投(な)げ込(こ)み、
205二人『サアこれで洗濯(せんたく)の用意(ようい)は出来(でき)た。206併(しか)し乍(なが)ら着(き)る物(もの)がない。207どつか此処(ここ)らに薦(こも)でもないかナア』
208と二人(ふたり)はガサガサと、209小屋(こや)の隅(すみ)クラを、210手探(てさぐ)り、211古薦(ふるごも)や、212古蓆(ふるござ)を探(さが)し索(もと)めて、213やうやう身(み)に纏(まと)ひ、
214二人『アヽこれで生命(いのち)丈(だけ)は助(たす)かつた』
215と大火(おほび)を焚(た)いて、216両人(りやうにん)はあたつて居(ゐ)る。
217鬼彦『オイ、218鬼虎(おにとら)の大将(たいしやう)、219お前(まへ)は洗濯(せんたく)にかかるのだよ。220俺(おれ)は干(ほ)す役(やく)を勤(つと)めるから』
221鬼虎『自分(じぶん)の着物(きもの)は自分(じぶん)が洗濯(せんたく)し、222他人(ひと)の世話(せわ)になると云(い)ふやうな事(こと)は天則(てんそく)違反(ゐはん)だぞ。223……ヨシ、224自分(じぶん)の丈(だけ)を洗濯(せんたく)して、225お望(のぞ)みとあらば、226干(ほ)す役(やく)もして貰(もら)はうかい。227……ヤア井戸(ゐど)かと思(おも)へば、228又(また)糞壺(くそつぼ)だ。229家(いへ)の中(なか)に雪隠(せつちん)を拵(こしら)へて置(お)きやがるものだから、230間違(まちが)うのも無理(むり)はない。231併(しか)しマア陥(はま)らなンだ丈(だけ)は結構(けつこう)だ』
232鬼彦『オイ鬼虎(おにとら)、233俺(おれ)の方(はう)は、234どうやら本物(ほんもの)らしいぞ、235かやくが浮(う)いて居(を)らぬワイ』
236鬼虎『アハヽヽヽ、237鬼彦(おにひこ)、238貴様(きさま)のは小便桶(せうべんたご)だ。239何(なん)とかせなくてはなるまいぞ』
240鬼彦『アツヽヽ、241火(ひ)が点(つ)きやがつた。242オイ鬼虎(おにとら)どうしやうどうしやう』
243鬼虎『雪(ゆき)の中(なか)へ転(ころ)げ込(こ)め』
244鬼彦『よし来(き)た』
245と鬼彦(おにひこ)は、246矢庭(やには)に外(そと)へ駆(か)け出(だ)し、247雪(ゆき)の上(うへ)を転(ころ)げて居(ゐ)る。248又(また)もや鬼虎(おにとら)のお米(こめ)の木(き)の着物(きもの)に火(ひ)が燃(も)へ移(うつ)り鬼虎(おにとら)は、
249鬼虎『此奴(こいつ)ア堪(た)まらぬ』
250とザブリと水溜(みづたま)りへ飛(と)び込(こ)めば、251何処(いづく)よりともなく怪(あや)しき笑(わら)ひ声(ごゑ)、
252声『アツハヽヽヽ、253オホヽヽヽ』
254鬼彦『オイ鬼虎(おにとら)、255ナア貴様(きさま)は気楽(きらく)な奴(やつ)だ。256糞責(くそぜ)め、257火責(ひぜ)め、258水責(みづぜ)めに逢(あ)うて苦(くる)しみて居(ゐ)るのに、259何(なに)が可笑(をか)しいのだ。260怪体(けたい)な声(こゑ)を出(だ)しやがつて……』
261鬼虎『鬼虎(おにとら)が笑(わら)つたのぢやない、262物(もの)が笑(わら)つたのぢやない。263……ソレ、264物(もの)が物言(ものい)うとるぢやないか』
265鬼彦『ヤイヤイどこの奴(やつ)ぢや。266何(なに)が可笑(をか)しいのだ。267俺(おれ)は鬼彦(おにひこ)さまだぞ』
268 又(また)もや隅(すみ)の方(はう)より、
269声『鬼彦(おにひこ)、270鬼虎(おにとら)、271随分(ずゐぶん)苦労(くらう)をしたネー。272お節(せつ)の宿(やど)で半殺(はんごろ)しに会(あ)ひ、273今(いま)又(また)此処(ここ)で半殺(はんごろ)しの様(やう)な目(め)に遭(あ)つて、274牡丹餅(ぼたもち)の様(やう)に、275黄金(わうごん)の餡(あん)や、276雪(ゆき)の餡(あん)を着(つ)けて、277中々(なかなか)うまい事(こと)をやるのウ。278サアこれから、279俺(おれ)が招待(よば)れてやらう。280鬼(おに)の共喰(ともぐひ)だ、281アハヽヽヽ』
282鬼彦『さう言(い)ふ声(こゑ)は岩公(いはこう)ぢやないか、283奴跛(どちんば)の癖(くせ)しやがつて、284巫山戯(ふざけ)た態(ざま)をさらすと、285鬼彦(おにひこ)が承知(しようち)をせぬぞ』
286 作(つく)り声(ごゑ)にて、
287声『此(この)方(はう)は岩公(いはこう)でも無(な)い、288鬼(おに)でも無(な)い、289物(もの)ぢや、290物(もの)ぢや』
291鬼彦(おにひこ)『物(もの)とは何(なん)だ、292化物(ばけもの)と云(い)ふ事(こと)か。293夜(よ)がホンノリと明(あ)けかかつて居(を)るのに、294化物(ばけもの)が出(で)るナンテ、295チツト時季(しゆん)が過(す)ぎとるぞ。296化(ば)け損(ぞこな)ひの大(おほ)馬鹿者(ばかもの)奴(め)が』
297加米彦(かめひこ)『アハヽヽヽ、298実(じつ)の所(ところ)は加米彦(かめひこ)さまだ。299悦子姫(よしこひめ)さまが豊国姫(とよくにひめ)の神(かみ)様(さま)から命令(めいれい)を受(う)けて、300今(いま)鬼彦(おにひこ)、301鬼虎(おにとら)の両人(りやうにん)改心(かいしん)の為(ため)、302糞壺(くそつぼ)へ陥(は)めてあるから、303グヅグヅして居(を)ると凍(い)て着(つ)いて了(しま)ふ。304体(からだ)は糞(くそ)まぶれだ。305早(はや)く往(い)つて真名井(まなゐ)の水(みづ)で体(からだ)を清(きよ)め、306此(この)着物(きもの)を着(き)せてやれ…と仰有(おつしや)つて、307生(うま)れてから見(み)た事(こと)もない様(やう)な立派(りつぱ)な着物(きもの)を預(あづか)つて来(き)たのだよ』
308 両人(りやうにん)一度(いちど)に、
309両人『ヤアそれは有難(ありがた)い』
310鬼虎(おにとら)『流石(さすが)は悦子姫(よしこひめ)さまだ。311腕(うで)振(ふ)り合(あ)ふも多生(たしやう)の縁(えん)、312夢(ゆめ)にも文珠堂(もんじゆだう)で此(この)鬼虎(おにとら)が、313悦子姫(よしこひめ)さまを、314間違(まちが)つて叩(たた)いたお蔭(かげ)で、315斯(か)う云(い)ふ結構(けつこう)な着物(きもの)を頂戴(ちやうだい)するのだ。
316 叩(たた)かれて、317丸(まる)う治(をさ)まる、318桶(をけ)の底(そこ)、
319だ……オイ鬼彦(おにひこ)、320俺(おれ)のお蔭(かげ)だぞ』
321鬼彦(おにひこ)『加米彦(かめひこ)さま、322あなたは偉(えら)いものだ。323サア早(はや)く着物(きもの)を着(き)せて下(くだ)さいナ』
324加米彦(かめひこ)『待(ま)て待(ま)て、325これから半里(はんみち)許(ばか)り、326其(その)儘(まま)歩(ある)いて、327真名井(まなゐ)ケ原(はら)の塩(しほ)の溜(たま)りで体(からだ)を浄(きよ)め、328それから清(きよ)の井戸(ゐど)でマ一遍(いつぺん)清(きよ)め、329三遍目(さんべんめ)に大清(おほきよ)の井戸(ゐど)で浄(きよ)めた上(うへ)で、330着物(きもの)を着(き)せて下(くだ)さるのだ。331今(いま)は持合(もちあは)せがないのだよ』
332鬼彦(おにひこ)『ナーンだ。333それまで体(からだ)が続(つづ)くだらうか、334困(こま)つた事(こと)だワイ』
335 斯(か)かる所(ところ)へ、336岩公(いはこう)、337勘公(かんこう)、338櫟公(いちこう)の三(さん)人(にん)、339息急(いきせ)き切(き)つて現(あら)はれ来(きた)り、
340三人『オイオイ鬼彦(おにひこ)、341鬼虎(おにとら)の両人(りやうにん)、342まだコンナ所(とこ)に居(を)つたのか。343大変(たいへん)だぞ。344夜前(やぜん)は俺(おれ)達(たち)は半殺(はんごろ)しに遇(あ)うて来(き)たのだ。345貴様(きさま)も夜前(やぜん)泊(とま)つた位(くらゐ)なら、346鏖殺(みなごろ)しになる所(ところ)だつたよ、347マアマア生命(いのち)が有(あ)つてお芽出度(めでた)う。348……ナンダナンダ、349裸(はだか)ぢやないか。350一体(いつたい)着物(きもの)はどうしたのだ』
351鬼彦(おにひこ)『着物(きもの)かい、352着物(きもの)は神(かみ)様(さま)に寄附(きふ)して了(しま)つたワイ』
353岩公(いはこう)『どこの神(かみ)様(さま)に寄附(きふ)したのだ』
354鬼彦(おにひこ)『雪隠(せんち)の神(かみ)様(さま)に………。355これから裸(はだか)、356跣足(はだし)で参(まゐ)るより仕方(しかた)が無(な)い。357貴様(きさま)も一(ひと)つ、358摩利支(まりし)天(てん)さまに、359一(いち)枚(まい)脱(ぬ)いで寄附(きふ)致(いた)さぬかい』
360岩公(いはこう)『ヤア本当(ほんたう)に、361両人(りやうにん)とも赤裸(まつぱだか)だなア。362元気(げんき)な事(こと)だ。363俺(おれ)達(たち)の着物(きもの)を寄附(きふ)してやりたいが、364此方(こちら)も着(き)の身(み)着(き)の儘(まま)ぢや。365山椒(さんせう)の木(き)に飯粒(めしつぶ)ぢや、366仕方(しかた)が無(な)い。367マア行(ゆ)く所(ところ)まで行(い)かうか』
368鬼虎(おにとら)『それだつて、369裸(はだか)で道中(だうちう)がなるものかイ』
370岩公(いはこう)『なつてもならないでも仕方(しかた)が無(な)いワ。371グヅグヅして居(ゐ)ると、372夜前(やぜん)のお節(せつ)さまが、373おつつけ此処(ここ)に出(で)て来(く)るぞ。374コンナ姿(すがた)を見(み)つけられたら醜(みつと)もない。375サア行(ゆ)かう行(ゆ)かう』
376 鬼彦(おにひこ)、377鬼虎(おにとら)、378岩(いは)、379勘(かん)、380櫟(いち)の五(ご)人(にん)は、381夜(よ)の明(あ)けた雪路(ゆきみち)を、382トボトボと進(すす)み行(ゆ)く。383家(いへ)の内(うち)より加米彦(かめひこ)の声(こゑ)、
384加米彦『オイオイ鬼虎(おにとら)、385鬼彦(おにひこ)。386着物(きもの)だ着物(きもの)だ』
387とボロボロの継(つ)ぎ継(つ)ぎだらけの着物(きもの)を引(ひ)つ抱(かか)へ加米彦(かめひこ)がやつて来(き)て、
388加米彦『サア兎(と)も角(かく)、389当座(たうざ)凌(しの)ぎに、390これなと着(き)て行(ゆ)け』
391鬼虎(おにとら)『ヤア、392全然(まるで)東海道(とうかいだう)以上(いじやう)だ、393百(ひやく)ツギも二百(にひやく)ツギもやつた着物(きもの)だ。394…………エヽ仕方(しかた)が無(な)い。395鬼彦(おにひこ)、396これでも無(な)いより優(ま)しだ。397拝借(はいしやく)しようかい』
398鬼彦『さうださうだ、399寒(さむ)い時(とき)に穢(きたな)い物(もの)なし』
400と手早(てばや)く加米彦(かめひこ)の手(て)よりひつたくり、401クルクルと身(み)に纏(まと)ひ、
402鬼彦『アヽなんだか、403ウヂウヂするぢやないか』
404加米彦(かめひこ)『定(きま)つた事(こと)ぢや。405虱(しらみ)の本宅(ほんたく)だ。406サアサア進(すす)もう進(すす)もう』
407と雪路(ゆきみち)を西(にし)へ西(にし)へと走(はし)りゆく。408道端(みちばた)に小瀟洒(こざつぱり)とした綺麗(きれい)な家(いへ)が左側(ひだりがは)に建(た)つて居(ゐ)る。409一人(ひとり)の綺麗(きれい)な娘(むすめ)、410戸口(とぐち)を開(あ)け、
411娘『もうしもうし、412あなた方(がた)は、413真名井(まなゐ)ケ嶽(だけ)へ御(ご)参詣(さんけい)の方(かた)と見(み)えますが、414此(この)雪路(ゆきみち)に嘸(さぞ)お困(こま)りでせう。415湯(ゆ)も沸(わ)いて居(を)ります。416どうぞ一服(いつぷく)して行(い)つて下(くだ)さいませ。417別(べつ)にお茶代(ちやだい)の請求(せいきう)も致(いた)しませぬ。418今日(けふ)は親(おや)の命日(めいにち)で、419お茶(ちや)や御飯(ごはん)のお接待(せつたい)を致(いた)して居(を)ります。420サアサアどうぞ這入(はい)つて往(い)て下(くだ)さいませ』
421鬼彦(おにひこ)『ヤア捨(す)てる神(かみ)もあれば拾(ひろ)ふ神(かみ)も有(あ)るとは能(よ)う言(い)つた事(こと)だ。422皆(みな)さま一服(いつぷく)さして貰(もら)ひませうかな』
423と鬼彦(おにひこ)は早(はや)くも先(さき)に立(た)ち、424屋内(をくない)に飛(と)び込(こ)みたり。
425娘『サアサア皆(みな)さま、426お這入(はい)りなさいませ』
427 加米彦(かめひこ)は、
428加米彦『アイ御免(ごめん)よ』
429と尻(しり)振(ふ)り乍(なが)ら這入(はい)り、
430加米彦『ヨー、431此処(ここ)の家(うち)は、432外(そと)から見(み)た割(わり)とは広(ひろ)い家(うち)だ。433……さうしてお娘(むすめ)、434コンナ小広(こびろ)い家(うち)にお前(まへ)一人(ひとり)居(を)るのかい、435随分(ずゐぶん)険呑(けんのん)なものだなア。436大江山(おほえやま)の鬼雲彦(おにくもひこ)の乾分(こぶん)、437鬼虎(おにとら)、438鬼彦(おにひこ)がやつて来(き)て、439お節(せつ)女郎(めらう)の様(やう)に掻攫(かつさら)へて帰(い)ぬかも知(し)れませぬぞ。440気(き)を付(つ)けなさいませや』
441娘『ホヽヽヽ、442鬼虎(おにとら)も、443鬼彦(おにひこ)も、444今日(こんにち)の様(やう)に、445善(ぜん)の途(みち)に堕落(だらく)して仕舞(しま)へば、446モウ駄目(だめ)ですよ。447お節(せつ)の家(うち)では断(ことわ)られ、448糞壺(くそつぼ)へは落(お)ち込(こ)み、449薦(こも)を着(き)ては火(ひ)に舐(な)められ、450虱(しらみ)だらけの着物(きもの)を着(き)て、451ウンバラ、452散(さん)バラ若布(わかめ)の行列(ぎやうれつ)、453褞褸(しめし)の親分(おやぶん)、454雑巾屋(ざふきんや)の看板(かんばん)も跣足(はだし)で逃(に)げると云(い)ふ様(やう)な、455立派(りつぱ)な着物(きもの)をお召(め)しになつて、456真名井(まなゐ)ケ嶽(だけ)へ参拝(さんぱい)する様(やう)になつては、457モウ駄目(だめ)ですワ、458ホヽヽヽ』
459勘公(かんこう)『ヤア此奴(こいつ)ア妙(めう)だ。460優(やさ)しい顔(かほ)をして居乍(ゐなが)ら、461口(くち)の達者(たつしや)な女(をんな)だ』
462娘(むすめ)『マアマア皆(みな)さま、463ゆつくりなさいませ。464併(しか)しプンプンと匂(にほ)ふぢやありませぬか、465裏(うら)に溜池(ためいけ)が有(あ)ります。466あの池(いけ)の外(そと)で、467頭(あたま)から水(みづ)をかぶり、468鬼彦(おにひこ)、469鬼虎(おにとら)さまは、470洗濯(せんたく)をして来(き)なさい。471モシモシ岩(いは)さまとやら、472あなた、473此処(ここ)に横槌(よこづち)が御座(ござ)います。474二人(ふたり)の髻(たぶさ)を掴(つか)んで、475溜池(ためいけ)に突込(つつこ)み、476石(いし)の上(うへ)でキユウキユウと踏(ふ)み潰(つぶ)し、477此(この)横槌(よこづち)でコンコンとこづいて充分(じゆうぶん)に圧搾(あつさく)をかけ、478火(ひ)に焙(あぶ)つて、479綺麗(きれい)サツパリと洗濯(せんたく)をしてあげて下(くだ)さいナ』
480鬼彦、鬼虎『馬鹿(ばか)にしやがる。481着物(きもの)と人間(にんげん)の体(からだ)と一(ひと)つにしられて彦(ひこ)も虎(とら)も堪(た)まるものかい』
482娘(むすめ)『キモノ弱(よわ)い人(ひと)は、483キモノ弱(よわ)いのも、484おなじことぢや。485一遍(いつぺん)洗濯(せんたく)して、486糊(のり)でも着(つ)けねば腰(こし)が立(た)つまい。487よつぽどよい腰抜(こしぬけ)野郎(やらう)だからなア』
488鬼彦(おにひこ)『馬鹿(ばか)にしやがるない。489貴様(きさま)は一体(いつたい)何者(なにもの)だ』
490 女(をんな)白(しろ)き牙(きば)をニユツと出(だ)し、491目(め)をクルリと剥(む)き、492腮(あご)をしやくり乍(なが)ら、
493娘『あてかいな、494あてい……あの……おコンと云(い)ふ者(もの)ですよ』
495鬼彦(おにひこ)『エイ、496狐(きつね)みたいな名(な)の奴(やつ)だ、497大方(おほかた)……狐(きつね)が瞞(だま)しとるのぢやないかナ』
498おコン『雪(ゆき)に閉(とざ)され、499誠(まこと)にコン窮千万(きうせんばん)、500どうぞコン夜(よ)丈(だけ)お泊(と)め下(くだ)されと、501コン願(ぐわん)したが、502平助爺(へいすけぢい)に、503コンと肱鉄砲(ひぢてつぱう)を喰(く)はされ、504コンな事(こと)なら、505悪(わる)い事(こと)するぢやなかつたのに、506エーエ仕方(しかた)がない、507コン夜(や)は雪(ゆき)の路(みち)を、508コンパスの続(つづ)く限(かぎ)り歩(ある)かうかと、509二人(ふたり)はコン限(かぎ)り力(ちから)限(かぎ)り走(はし)つた揚句(あげく)に糞壺(くそつぼ)の中(なか)へコン倒(たふ)し、510コンな因果(いんぐわ)が古(こ)コンを尋(たづ)ねても、511又(また)と一人(ひとり)あるものか………とコン惑(わく)の態(てい)、512茅屋(あばらや)の中(なか)へ飛(と)び込(こ)み、513薦(こも)を被(かぶ)つて火(ひ)に焙(あぶ)り、514やつと安心(あんしん)する間(ま)もなく体(からだ)に火(ひ)が燃(も)えつき、515雪(ゆき)の上(うへ)に転(ころ)げるやら小便桶(せうべんたご)へ陥(はま)るやら、516コン難(なん)の最中(さいちう)に加米公(かめこう)の御(ご)親切(しんせつ)な御(お)志(こころざし)、517虱(しらみ)の宿(やど)の様(やう)な襤褸(つづれ)の錦(にしき)を恵(めぐ)まれて、518此処(ここ)までやつて来(き)たお前(まへ)ぢやないか。519是(こ)れから此(この)オコンさまが、520アンナ失敗(しつぱい)を今後(こんご)繰返(くりかへ)さぬ様(やう)に、521コンコンと説諭(せつゆ)してあげよう。522早(はや)く体(からだ)を洗(あら)つて出(で)て来(き)なさい。523炬燵(こたつ)へでも潜(くぐ)り込(こ)んで、524ゆつくりと、525おコンの話(はなし)を聞(き)かつしやいツ』
526岩公(いはこう)『兎(と)も角(かく)も、527此(この)縁(えん)の端(はし)を貸(か)して貰(もら)ひませう。528二人(ふたり)の体(からだ)の処置(しよち)をつけなくては、529どうする事(こと)も出来(でき)ませぬワイ』
530 鬼彦(おにひこ)、531鬼虎(おにとら)は、532裏口(うらぐち)の溜池(ためいけ)にて、533薄氷(うすこほり)の張(は)つた池水(いけみづ)を掬(すく)ひ乍(なが)ら、534ザブザブと御禊(みそぎ)をやつて居(ゐ)る。535二人(ふたり)は体(からだ)を清(きよ)め、536ビリビリ震(ふる)へ乍(なが)ら、
537鬼彦、鬼虎『アヽ皆(みな)さま、538お待(ま)たせしました。539これで気分(きぶん)がサラリとした。540併(しか)し困(こま)つた事(こと)にはお召物(めしもの)の心配(しんぱい)だ。541どうしたら宜(よ)からうかなア』
542おコン『ホヽヽヽ、543ご心配(しんぱい)なされますなお二人(ふたり)様(さま)、544お召物(めしもの)はチヤンと此処(ここ)に用意(ようい)致(いた)して御座(ござ)います。545悦子姫(よしこひめ)さまが前(まへ)以(もつ)てお預(あづ)けになりました。546サアサア御(ご)遠慮(ゑんりよ)なしにお召(め)し遊(あそ)ばせ。547……これが鬼彦(おにひこ)様(さま)のお召物(めしもの)……此方(こちら)が鬼虎(おにとら)さまのお召物(めしもの)ですよ』
548 鬼彦(おにひこ)、549矢庭(やには)にグルグルと身(み)に纏(まと)ひ、
550鬼彦(おにひこ)『ヤア立派(りつぱ)な物(もの)だ。551これは正(まさ)しく宣伝使(せんでんし)の装束(しやうぞく)だ……ヤアナンダ、552妙(めう)な物(もの)が貼(は)つてあるぞ。553……エ……鬼彦(おにひこ)を改名(かいめい)して、554只今(ただいま)より彦安(ひこやすの)命(みこと)と名(な)を与(あた)ふ……ヤア有難(ありがた)い有難(ありがた)い、555何(なん)だか鬼(おに)の字(じ)が癪(しやく)に障(さは)つて仕方(しかた)がなかつた。556サア是(こ)れから彦安(ひこやすの)命(みこと)の宣伝使(せんでんし)だ。557……オイ鬼虎(おにとら)、558今日(けふ)から俺(おれ)の弟子(でし)にしてやらう。559オツホン』
560鬼虎(おにとら)『アハヽヽヽ、561彦安(ひこやすの)命(みこと)さま、562誠(まこと)に済(す)みませぬが、563拙者(せつしや)も虎彦(とらひこの)命(みこと)と名(な)を与(あた)ふ……としてあるのだ。564五分(ごぶ)五分(ごぶ)だよ。565サア勘(かん)、566櫟(いち)、567岩(いは)、568只今(ただいま)より天下(てんか)晴(は)れての三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)だ。569左様(さやう)心得(こころえ)たが宜(よ)からうぞ』
570岩公(いはこう)『ヘン馬鹿(ばか)にしやがるワイ、571糞(くそ)宣伝使(せんでんし)奴(め)が。572雪隠虫(せんちむし)奴(め)が。573平助(へいすけ)に屁(へ)を嗅(か)がされて、574お楢(なら)に追(お)ひ出(だ)され、575宣伝使(せんでんし)もあつたものかい、576アハヽヽヽ』
577おコン『サア皆(みな)さま是(これ)からが正念場(しやうねんば)だ。578十四五(じふしご)丁(ちやう)進(すす)めば、579愈(いよいよ)真奈井(まなゐ)ケ原(はら)の聖地(せいち)に着(つ)く、580此処(ここ)で天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、581天(あま)の数歌(かずうた)をあげてお出(いで)なさい。582妾(わたし)が導師(だうし)を致(いた)しませう』
583と、584声(こゑ)も涼(すず)しくおコンは祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)する。585一同(いちどう)その後(あと)に従(つ)いて、586一心(いつしん)不乱(ふらん)に合唱(がつしやう)する。587平助(へいすけ)、588お楢(なら)、589お節(せつ)の三(さん)人(にん)、590杖(つゑ)を突(つ)き乍(なが)ら、591ヒヨコヒヨコと此処(ここ)に現(あら)はれ、
592平助(へいすけ)『お前(まへ)は昨夜(ゆうべ)の御(お)客(きやく)ぢやないか。593大勢(おほぜい)の方(かた)が、594コンナ雪(ゆき)の中(なか)に赤裸(まつぱだか)になつて、595何(なに)をして御座(ござ)るのだ。596皆(みな)さま、597サアサア行(ゆ)きませう。598着物(きもの)はどうしなさつた』
599 『ハツ』と一同(いちどう)気(き)がつけば、600野雪隠(のぜんち)を中央(まんなか)に、601一同(いちどう)手(て)を合(あは)せ、602一生(いつしやう)懸命(けんめい)に祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)して居(ゐ)た。603後(うしろ)の山(やま)より狐(きつね)の鳴(な)き声(ごゑ)二声(ふたこゑ)、604三声(みこゑ)、
605鳴き声『コンコン、606カイカイ』
607(大正一一・四・二一 旧三・二五 松村真澄録)
このページに誤字・脱字や表示乱れなどを見つけたら教えて下さい。
返信が必要な場合はメールでお送り下さい。【メールアドレス】
合言葉「みろく」を入力して下さい→