霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二章 魔(ま)の窟(いはや)〔六一三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第17巻 如意宝珠 辰の巻 篇:第1篇 雪山幽谷 よみ(新仮名遣い):せつざんゆうこく
章:第2章 魔の窟 よみ(新仮名遣い):まのいわや 通し章番号:613
口述日:1922(大正11)年04月21日(旧03月25日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年1月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
五人は仕方なく裸のまま雪道を行くが、途中に雪崩にあってお節が雪に埋まってしまった。
鬼虎と鬼彦は、平助、お楢、お節に罵られながらも、懸命にお節を救出しようとする。
ようやくお節を救い出すと、お節は狐に変化して、山道をかけていく。平助とお楢はその後を追って行き、五人もそれに続く。
平助とお楢は嘆き悲しむが、お節の狐が消えたところは、鬼雲彦の命で鬼彦、鬼虎がお節を閉じ込めた魔の岩窟の入口だった。
鬼彦と鬼虎は、岩窟に入っていって本物のお節を救い出そうと平助・お楢に約束して中に入っていく。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-02-14 18:10:11 文字数:4241 OBC :rm1702
愛善世界社版:27頁 八幡書店版:第3輯 534頁 修補版: 校定版:29頁 普及版:11頁 初版: ページ備考:
001 平助(へいすけ)親子(おやこ)三(さん)人(にん)に声(こゑ)かけられて鬼彦(おにひこ)、002鬼虎(おにとら)、003岩(いは)、004勘(かん)、005櫟(いち)の一同(いちどう)は、006フト気(き)がつけば野中(のなか)の汚(きたな)き雪隠(せんち)を中央(まんなか)に両手(りやうて)を合(あは)せ、007一生(いつしやう)懸命(けんめい)に祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し居(ゐ)たりける。
008鬼彦(おにひこ)『アヽ、009馬鹿(ばか)らしい、010大(おほ)きな顔(かほ)して日中(ひなか)に歩(ある)けた態(ざま)ぢやない哩(わい)。011これと云(い)ふも全(まつた)く大江山(おほえやま)の鬼雲彦(おにくもひこ)に加担(かたん)し、012所在(あらゆる)悪(あく)を尽(つく)して来(き)た天罰(てんばつ)が報(むく)うて来(き)たのでせう。013身魂(みたま)の借銭(しやくせん)済(な)しと思(おも)へば結構(けつこう)だが、014何時(いつ)の間(ま)にやら五(ご)人(にん)が五(ご)人(にん)とも生(うま)れ赤子(あかご)のやうに真裸(まつぱだか)になり、015褌(まわし)一(ひと)つ持(も)たぬ無一物(むいちぶつ)となつて仕舞(しま)ひました。016男(をとこ)は裸(はだか)百貫(ひやくくわん)だ、017サアこれから男(をとこ)としての真剣(ほんたう)の力(ちから)を試(ため)す時(とき)だ、018精神(せいしん)さへ確(しつか)りして居(を)れば少々(せうせう)の雪(ゆき)だつて感応(こた)へるものか、019力士(すまうとり)は寒中(かんちう)でも真裸(まつぱだか)だ、020サアサア皆(みな)さま往(ゆ)きませう』
021と鬼彦(おにひこ)は先(さき)に立(た)つ。
022岩公(いはこう)『何(なん)とマア、023裸(はだか)の行列(ぎやうれつ)と云(い)ふものは、024見(み)つともないものだ。025それにつけても鬼彦(おにひこ)は叮嚀(ていねい)な言葉(ことば)を使(つか)ふかと思(おも)へば忽(たちま)ち荒(あら)つぽい言葉(ことば)になる、026何(ど)ちらにか定(き)めて貰(もら)はないと吾々(われわれ)が応対(おうたい)するについても方針(はうしん)が定(き)まらないからなア』
027鬼彦(おにひこ)『本(ほん)守護神(しゆごじん)や、028正(せい)守護神(しゆごじん)や、029副(ふく)守護神(しゆごじん)の言葉(ことば)が混合(こんがふ)して出(で)るから仕方(しかた)がありませぬわいやい。030オイ岩公(いはこう)、031今(いま)暫(しばら)く辛抱(しんばう)なされませ、032此(この)鬼彦(おにひこ)も些(ちつ)と許(ばか)り精神(せいしん)が落着(おちつき)を欠(か)いで居(ゐ)るからなア』
033と云(い)ひつつ大股(おほまた)に雪路(ゆきみち)を跨(また)げ山(やま)深(ふか)く進(すす)みゆく。034正(しやう)月(ぐわつ)二十八(にじふはち)日(にち)の太陽(たいやう)は晃々(くわうくわう)として輝(かがや)き、035徐々(そろそろ)雪(ゆき)は解(と)け初(はじ)め、036真名井(まなゐ)ケ嶽(だけ)より転(ころ)げ落(お)つる雪崩(なだれ)の大塊(おほかたまり)は、037幾十(いくじふ)ともなく囂々(がうがう)と音(おと)を立(た)て落下(らくか)する其(その)剣呑(けんのん)さ。038忽(たちま)ち落下(らくか)し来(きた)る大雪塊(だいせつくわい)に押潰(おしつぶ)され、039お節(せつ)は首(くび)から上(うへ)を出(だ)して悲鳴(ひめい)をあげ、
040お節『お助(たす)け お助(たす)け』
041と声(こゑ)限(かぎ)りに叫(さけ)び泣(な)く。
042鬼彦(おにひこ)『オイ鬼虎(おにとら)、043去年(きよねん)はお節(せつ)さまを苦(くる)しめた、044其(その)お詫(わび)にあの雪塊(せつくわい)を取(と)り除(の)けて命(いのち)を助(たす)け、045お詫(わび)をしやうぢやないか』
046鬼虎(おにとら)『さうぢや、047お詫(わび)をするのは今(いま)ぢや、048今(いま)を措(お)いてコンナ機会(きくわい)があるものか。049モシモシお節(せつ)さま、050今(いま)私(わたくし)がお助(たす)け致(いた)します、051暫(しばら)く待(ま)つて下(くだ)さい。052エイエイ固(かた)い雪塊(ゆきかたまり)だ、053冷(つめた)い奴(やつ)だなア』
054 お節(せつ)首(くび)を左右(さいう)に振(ふ)り、
055お節『いゑいゑ仮令(たとへ)死(し)すとも鬼彦(おにひこ)や鬼虎(おにとら)のお世話(せわ)にはなりませぬ、056どうぞ外(ほか)のお方(かた)、057出(で)てきて助(たす)けて下(くだ)さいませ』
058鬼彦(おにひこ)『エヽ、059何処迄(どこまで)も執念深(しふねんぶか)いお節(せつ)さまだナア、060危急(ききふ)存亡(そんばう)の場合(ばあひ)人嫌(ひとぎらひ)どころぢやあるまい。061サア鬼虎(おにとら)貴様(きさま)と二人(ふたり)、062今(いま)がお詫(わび)のし時(どき)だ、063サア来(こ)い一(ひい)二(ふう)三(み)つ』
064と雪塊(せつくわい)にむかひ真裸(まつぱだか)の体(たい)を打(ぶ)つける。065さしもの大塊(おほかたまり)突(つ)けども押(お)せどもビクともしない。
066 平助(へいすけ)お楢(なら)は泣(な)き声(ごゑ)を振(ふ)り絞(しぼ)り、
067平助(へいすけ)『アヽ、068私(わたくし)達(たち)程(ほど)因果(いんぐわ)なものが三千(さんぜん)世界(せかい)に又(また)とあらうか、069折角(せつかく)機嫌(きげん)のよい姿(すがた)を見(み)てやつと蘇生(そせい)の思(おも)ひをしたと思(おも)へば、070一(いち)日(にち)経(た)つや経(た)たずの間(あひだ)に、071又(また)もや不慮(ふりよ)の災難(さいなん)何(ど)うして之(これ)が生(いき)て居(を)られう。072オイお楢(なら)、073お前(まへ)も私(わし)も是(これ)から娘(むすめ)と共(とも)に十万(じふまん)億土(おくど)の旅(たび)に出(で)かけませう。074サア用意(ようい)ぢや、075よいか』
076お楢(なら)『ハイハイ私(わたくし)も女(をんな)の端(はし)くれ、077親子(おやこ)三(さん)人(にん)此(この)場(ば)で潔(いさぎよ)く命(いのち)を果(はた)し、078神界(しんかい)とやらに参(まゐ)りませう。079コレお節(せつ)、080婆(ばば)は一足先(ひとあしさき)へ行(ゆ)く程(ほど)にどうぞ悠(ゆつ)くり後(あと)から来(き)て下(くだ)さい、081六道(ろくだう)の辻(つじ)で婆(ばば)と爺(ぢぢ)とが待(ま)つて居(ゐ)ます、082オンオンオン』
083平助(へいすけ)『これやこれやお楢(なら)、084何事(なにごと)も運命(うんめい)の綱(つな)に操(あやつ)られて居(ゐ)るのだ。085此(この)期(ご)に及(およ)んで涙(なみだ)は禁物(きんもつ)だ、086サア潔(いさぎよ)く』
087と云(い)ふより早(はや)く懐剣(くわいけん)抜(ぬ)く手(て)も見(み)せず、088吾(われ)と吾(わが)腹(はら)にぐつと突(つ)き立(た)てむとする。089鬼彦(おにひこ)は驚(おどろ)いて平助(へいすけ)の利(き)き腕(うで)を確(しつか)と握(にぎ)り、
090鬼彦(おにひこ)『ヤア、091お爺(ぢい)さま待(ま)つた待(ま)つた、092死(し)ぬのは早(はや)いぞ、093死(し)んで花実(はなみ)が咲(さ)くものか、094此(この)世(よ)で安心(あんしん)をせずにどうして彼(あ)の世(よ)で安心(あんしん)が出来(でき)ると思(おも)ふか、095マアマア待(ま)つた待(ま)つた、096短気(たんき)は損気(そんき)だ』
097お楢(なら)『平助(へいすけ)どのさらば』
098と又(また)もや短刀(たんたう)を抜(ぬ)くより早(はや)く喉(のど)に突(つ)き刺(さ)さむとする一刹那(いちせつな)、099鬼虎(おにとら)は吾(われ)を忘(わす)れてお楢(なら)の利(き)き腕(うで)グツと握(にぎ)り、
100鬼虎(おにとら)『お婆(ば)アさま待(ま)つた待(ま)つた』
101お楢(なら)『ヤア誰(たれ)かと思(おも)へば大江山(おほえやま)の鬼雲彦(おにくもひこ)の乾児(こぶん)であつた鬼虎(おにとら)だな、102エヽ汚(けが)らはしい、103構(かま)つて下(くだ)さるな、104婆(ばば)の命(いのち)を婆(ばば)が捨(す)てるのだ。105お前(まへ)に厘毛(りんまう)の損害(そんがい)を掛(か)けるのでない、106放(ほ)つて置(お)いて下(くだ)さい、107入(い)らぬお世話(せわ)だ、108あた汚(けが)らはしい、109お前(まへ)のやうな悪人(あくにん)に助(たす)けられて何(ど)うしてノメノメ此(この)世(よ)に生(いき)て居(を)られるものか、110エヽ放(ほ)つて置(お)いて下(くだ)さい』
111 鬼虎(おにとら)、112涙声(なみだごゑ)になつて、
113鬼虎『お楢(なら)さま何(ど)うしても私(わたくし)の罪(つみ)は赦(ゆる)して下(くだ)さいませぬか』
114お楢(なら)『定(きま)つた事(こと)だ、115死(し)んでも許(ゆる)しやせぬ、116仮令(たとへ)ミロクの世(よ)が来(き)てもお前(まへ)の恨(うらみ)は忘(わす)れるものか』
117鬼虎(おにとら)『お楢(なら)さま、118ソンナラ貴女(あなた)の手(て)にかけて、119私(わたくし)を思(おも)ふ存分(ぞんぶん)弄(なぶ)り殺(ごろ)しにして下(くだ)さい。120さうしたら貴女(あなた)の恨(うらみ)は些(ちつ)とは晴(は)れませう、121さうして私(わたくし)の罪(つみ)を忘(わす)れて下(くだ)さいませ』
122 平助(へいすけ)大声(おほごゑ)に泣(な)きながら、
123平助『コラコラお楢(なら)、124もう好(よ)い加減(かげん)に愚痴(ぐち)を云(い)うて置(お)かぬかい、125是(これ)丈(だけ)前非(ぜんぴ)を悔(く)い善(ぜん)の魂(たましひ)に立(た)ち復(かへ)つた鬼彦(おにひこ)、126鬼虎(おにとら)の両人(りやうにん)、127此(この)上(うへ)愚痴(ぐち)を零(こぼ)すと却(かへ)つて此方(こちら)が深(ふか)い罪(つみ)になるぞ。128夫(それ)よりも潔(いさぎよ)く娘(むすめ)と共(とも)に神界(しんかい)の旅(たび)を致(いた)さうぢやないか、129娑婆(しやば)に執着(しふちやく)を些(ちつ)とも残(のこ)さぬやうにして呉(く)れ、130アヽ鬼彦(おにひこ)、131鬼虎(おにとら)両人(りやうにん)さま、132貴方(あなた)方(がた)の真心(まごころ)は頑固(ぐわんこ)一辺(いつぺん)の平助(へいすけ)も骨身(ほねみ)に徹(こた)へました。133決(けつ)して決(けつ)してもう此(この)上(うへ)は貴方(あなた)を恨(うら)みませぬ、134どうぞ手(て)を放(はな)して下(くだ)さい』
135鬼彦(おにひこ)『どうしてどうして貴方(あなた)方(がた)を見殺(みごろ)しにしてなるものか、136短気(たんき)を起(おこ)さずに、137も一度(いちど)思(おも)ひ直(なほ)して下(くだ)さい、138オイ鬼虎(おにとら)、139お楢(なら)さまの腕(かいな)を放(はな)すぢやないぞ、140確(しつか)り掴(つか)まへて居(ゐ)て呉(く)れ、141これやこれや岩公(いはこう)、142勘(かん)、143櫟(いち)、144早(はや)くお節(せつ)さまを救(すく)ひ出(だ)さぬか、145何(なに)を愚図(ぐづ)々々(ぐづ)致(いた)して居(ゐ)るのぢや』
146岩公(いはこう)『最前(さいぜん)から吾々(われわれ)三(さん)人(にん)が此(この)通(とほ)り雪塊(せつくわい)除(の)けに尽(つく)して居(ゐ)るのが分(わか)らぬか、147サアサアお節(せつ)さま、148もう大分(だいぶん)に軽(かる)くなつたらう、149一寸(ちよつと)動(うご)いて見(み)て下(くだ)さい』
150お節(せつ)『ハイハイ有難(ありがた)う御座(ござ)います、151息(いき)が切(き)れさうにありましたが、152追々(おひおひ)とお蔭様(かげさま)で楽(らく)になつて来(き)ました、153も些(すこ)し取(と)り除(の)けて下(くだ)されば大丈夫(だいぢやうぶ)助(たす)かりませう、154モシモシお爺(ぢい)さま、155お婆(ば)アさま、156どうぞ確(しつか)りして下(くだ)さいませ、157節(せつ)はどうやら助(たす)けて貰(もら)へさうで御座(ござ)います』
158 平助(へいすけ)、159お楢(なら)一(いち)時(じ)に、
160平助、お楢『ヤアヤアお節(せつ)助(たす)かるか、161それは何(なに)よりぢや、162お前(まへ)が此(この)世(よ)に生(いき)て居(ゐ)るのなれば、163爺(ぢぢ)や婆(ばば)は、164どうして此(この)世(よ)を去(さ)つてなるものか、165もう皆(みな)さま安心(あんしん)して下(くだ)さい、166死(し)ねと仰有(おつしや)つても死(し)ぬものぢやない、167お前(まへ)さまも鬼彦(おにひこ)、168鬼虎(おにとら)と云(い)つて随分(ずゐぶん)悪人(あくにん)だつたが、169好(よ)うそこまで改心(かいしん)が出来(でき)た。170サアサア神(かみ)様(さま)にお礼(れい)を申(まをし)ませう』
171岩公(いはこう)『モシモシ、172お爺(ぢい)さま、173お婆(ば)アさま、174それや結構(けつこう)だがまだ此(この)雪塊(せつくわい)は容易(ようい)にとれないのだ、175お前(まへ)さま等(ら)は祝詞(のりと)を上(あ)げて下(くだ)さい、176これやこれや鬼彦(おにひこ)、177鬼虎(おにとら)、178もはやお爺(ぢい)さまお婆(ばば)アさまの方(はう)は安心(あんしん)だ、179此方(こちら)へ加勢(かせい)だ加勢(かせい)だ』
180鬼彦『おうさうだ』
181と鬼彦(おにひこ)、182鬼虎(おにとら)は雪塊(せつくわい)除(の)けに全力(ぜんりよく)を尽(つく)して居(ゐ)る。183漸(やうや)くにして雪塊(せつくわい)は取(と)り除(の)けられ、184お節(せつ)はむくむくと起(お)き上(あが)り、185嫌(いや)らしき笑(わら)ひ声(ごゑ)、186舌(した)を四五寸(しごすん)許(ばか)りノロノロと出(だ)し、
187お節(せつ)『キヤアツ キヤアツ キヤアツ キヤハヽヽヽ』
188と尻(しり)を引(ひ)き捲(ま)くり、189トントントンと山奥(やまおく)さして姿(すがた)を隠(かく)したりける。
190 五(ご)人(にん)の男(をとこ)は肝(きも)を潰(つぶ)し腰(こし)を抜(ぬ)かさむ許(ばか)りに、191嫌(いや)らしさと寒(さむ)さに慄(ふる)うて居(ゐ)る。192平助(へいすけ)お楢(なら)の二人(ふたり)は皺嗄声(しわがれごゑ)を張上(はりあ)げながら、
193平助、お楢『オイお節(せつ)、194オーイオーイ、195爺(ぢぢ)と婆(ばば)とは此処(ここ)に居(ゐ)るぞ、196待(ま)つて呉(く)れ待(ま)つて呉(く)れ』
197と呶鳴(どな)りながら、198雪崩(なだれ)の落下(らくか)する谷道(たにみち)を危険(きけん)を忘(わす)れて杖(つゑ)を力(ちから)に倒(こ)けつ転(まろ)びつ上(のぼ)り行(ゆ)く。199五(ご)人(にん)の裸男(はだかをとこ)は二人(ふたり)の後(あと)を慕(した)ひ、
200五人『爺(ぢい)さま婆(ばあ)さま危(あぶ)ない危(あぶ)ない、201待(ま)つた待(ま)つた、202お節(せつ)さまと見(み)えたのは化物(ばけもの)だつた、203命(いのち)あつての物種(ものだね)だ、204危(あぶ)ない危(あぶ)ない』
205と声(こゑ)を限(かぎ)りに後(あと)から追(お)つかける。206爺(ぢい)サンと婆(ばあ)サンは一生(いつしやう)懸命(けんめい)無我(むが)夢中(むちう)になつてお節(せつ)の後(あと)を追(お)つて行(ゆ)く。
207 お節(せつ)は或(ある)谷川(たにがは)を左右(さいう)に猿(ましら)の如(ごと)く飛(と)び交(か)ひながら、208とある行(ゆ)き当(あた)つた岩石(がんせき)の前(まへ)にピタリと倒(たふ)れ、209其(その)儘(まま)姿(すがた)は白煙(しらけぶり)、210雪解(ゆきど)けの雫(しづく)の音(おと)は雨(あめ)の如(ごと)く梢(こずゑ)よりポトリポトリと落(お)ち下(くだ)る。211平助(へいすけ)夫婦(ふうふ)はハツと許(ばか)り此(この)場(ば)に打(う)ち倒(たふ)れ、212前後(ぜんご)も知(し)らず泣(な)き沈(しづ)む。213五(ご)人(にん)の裸男(はだかをとこ)此(この)場(ば)に現(あら)はれ、214気絶(きぜつ)して居(ゐ)る平助(へいすけ)お楢(なら)に其辺(あたり)の雪(ゆき)を口(くち)に含(ふく)ませ、215一生(いつしやう)懸命(けんめい)に神霊(しんれい)注射(ちうしや)を行(おこな)ひければ、216老夫婦(らうふうふ)は漸(やうや)くウンと息(いき)吹(ふ)き返(かへ)し、217又(また)もや『お節(せつ)お節(せつ)』と泣(な)き叫(さけ)ぶ。
218鬼虎(おにとら)『ヤア此処(ここ)は魔(ま)の巌窟(いはや)だ、219去年(きよねん)の今頃(いまごろ)だつたな、220鬼雲彦(おにくもひこ)の命(めい)によつて此(この)巌窟(いはや)にお節(せつ)さまを押(お)し込(こ)め、221固(かた)く出入(しゆつにふ)出来(でき)ないやうにして置(お)いたのは俺(おれ)だ。222其(その)後(ご)鬼雲彦(おにくもひこ)の大将(たいしやう)チヨコチヨコとやつて来(く)る筈(はず)だつたが、223お節(せつ)の事(こと)を念頭(ねんとう)から遺失(ゐしつ)して居(ゐ)たのか、224未(いま)だ一回(いつくわい)も此(この)岩(いは)を接触(いぢ)つた痕跡(こんせき)がない、225一(いち)年(ねん)位(くらゐ)の食料(しよくれう)として勝栗(かちぐり)が沢山(たくさん)入(い)れてあれば滅多(めつた)に飢死(うゑじに)して居(ゐ)る筈(はず)も無(な)からうし、226水(みづ)も天然(てんねん)に湧(わ)き出(で)て居(ゐ)るから寿命(じゆみやう)さへあれば生(いき)て居(ゐ)るのだらう、227最前(さいぜん)のお節(せつ)と思(おも)うたのは何(なん)でも妖怪(えうくわい)変化(へんげ)であつた。228サアサア爺(ぢい)さま婆(ば)アさま、229此(この)鬼彦(おにひこ)、230鬼虎(おにとら)が改心(かいしん)の証拠(しようこ)に真実(ほんと)のお節(せつ)さまに遇(あ)はして上(あ)げやう。231何卒(どうぞ)これで日頃(ひごろ)の恨(うらみ)を晴(は)らして下(くだ)さい』
232平助(へいすけ)『真実(ほんと)の娘(むすめ)に遇(あ)はして下(くだ)さるか、233娘(むすめ)さへ無事(ぶじ)に生(いき)て居(を)れば、234今迄(いままで)の恨(うらみ)も何(なに)もすつかり忘(わす)れて了(しま)ひませう、235ナアお楢(なら)、236さうぢやないか』
237お楢(なら)『どうぞ早(はや)う助(たす)けて下(くだ)さい、238真実(ほんと)の娘(むすめ)が見(み)たい哩(わい)なア、239オーンオーンオーン』
240と泣(な)きそそる。241鬼虎(おにとら)、242鬼彦(おにひこ)は四辺(あたり)の手(て)ごろの石(いし)を拾(ひろ)ひ、243一(ひ)イ二(ふ)ウ三(み)つと合図(あひづ)しながら岩壁(がんぺき)を一度(いちど)に力(ちから)限(かぎ)り撲(なぐ)つた。244岩(いは)の戸(と)は内(うち)に開(ひら)いて中(なか)には真暗(まつくら)の道(みち)がついて居(ゐ)る。
245鬼彦(おにひこ)『サア開(ひら)きました、246誰(たれ)も這入(はい)らないと見(み)えて随分(ずゐぶん)エライ蜘蛛(くも)の巣(す)だ、247オイ岩公(いはこう)、248其(その)辺(へん)の木(き)の枝(えだ)を折(を)つて来(こ)い、249さうして貴様(きさま)蜘蛛(くも)の巣(す)払(ばら)ひだ』
250岩公(いはこう)『妙(めう)な巌窟(がんくつ)もあつたものだ、251よし来(き)た』
252と傍(かたはら)の常磐木(ときはぎ)の枝(えだ)を折(を)り取(と)り、253左右左(さいうさ)と振(ふ)りながら暗(くら)き巌窟(がんくつ)の奥(おく)を目蒐(めが)けて進(すす)み入(い)る。254鬼虎(おにとら)は後(あと)振(ふ)り返(かへ)り、
255鬼虎(おにとら)『お爺(ぢ)イさま、256お婆(ば)アさま、257巌窟(がんくつ)の中(なか)は大変(たいへん)に危険(きけん)で御座(ござ)います、258暫(しばら)く此処(ここ)に待(ま)つて居(ゐ)て下(くだ)さい、259お節(せつ)さまを立派(りつぱ)にお連(つ)れ申(まをし)て帰(かへ)つて来(き)ます』
260お楢(なら)『ハイハイ有難(ありがた)う、261何卒(どうぞ)一(いち)時(じ)も早(はや)う会(あ)はして下(くだ)され』
262平助(へいすけ)『何卒(どうぞ)皆(みな)さま頼(たの)みます』
263鬼虎(おにとら)『承知(しようち)しました』
264と段々(だんだん)と奥(おく)へ進(すす)みつつ鬼彦(おにひこ)に向(むか)ひ小(ちひ)さい声(こゑ)で、
265鬼虎(おにとら)『オイ鬼彦(おにひこ)、266此処(ここ)へ押込(おしこ)めてからもう一(いち)年(ねん)になるが、267鬼雲彦(おにくもひこ)の大将(たいしやう)其(その)後(ご)一度(いちど)も此処(ここ)に来(き)て居(ゐ)ないやうだ、268万々一(まんまんいち)お節(せつ)さまが死(し)んで了(しま)つて居(を)つたら、269老人(らうじん)夫婦(ふうふ)にどうして云(い)ひ訳(わけ)をしたら好(よ)からうなア、270屹度(きつと)夫婦(ふうふ)は又(また)喉(のど)突(つ)き騒(さわ)ぎをやるに極(きま)つて居(ゐ)る。271ハテ心配(しんぱい)な事(こと)ぢやないか』
272鬼彦(おにひこ)『ナニ心配(しんぱい)するにや及(およ)ぶまい、273屹度(きつと)神(かみ)様(さま)が守(まも)つて居(ゐ)て下(くだ)さるだらう。274ソンナ入(い)らざる取越(とりこし)苦労(くらう)をするよりも、275一刻(いつこく)も早(はや)う前進(ぜんしん)して安否(あんぴ)を探(さぐ)ることにしようぢやないか。276もし万々一(まんまんいち)お節(せつ)さまが死(し)んで居(ゐ)たら、277吾々(われわれ)も罪滅(つみほろぼ)しに潔(いさぎよ)く割腹(かつぷく)したらよいぢやないか』
278岩公(いはこう)『オイ勘公(かんこう)、279櫟公(いちこう)、280何(なん)だか今日(けふ)は怪体(けたい)な日(ひ)ぢやないか、281彼方(あちら)にも此方(こちら)にも死(し)ぬだの割腹(かつぷく)だの国替(くにがへ)だのと縁起(えんぎ)の悪(わる)い事(こと)許(ばか)り云(い)ひよつて、282俺(おれ)達(たち)も何(なん)だか大変(たいへん)気(き)にかかり、283穴(あな)へでも這入(はい)り度(た)いやうになつて仕舞(しま)つた』
284勘公(かんこう)『既(すで)に吾々(われわれ)は穴(あな)へ這入(はい)つて居(ゐ)るぢやないか、285穴阿呆(あなあはう)らしい』
286一同(いちどう)『アハヽヽヽ、287向(むか)ふに明(あ)かるい影(かげ)が見(み)えるぞ。288大方(おほかた)彼処(あすこ)の辺(あた)りだらう、289ナア鬼彦(おにひこ)、290あの辺(へん)がお節(せつ)さまの隠(かく)してある処(ところ)でせう』
291鬼彦(おにひこ)『ウンさうだ、292もう其処(そこ)だ、293急(いそ)げ急(いそ)げ』
294と一行(いつかう)五(ご)人(にん)は岩彦(いはひこ)を先頭(せんとう)に巌穴(いはあな)の幽(かす)かな光(ひかり)を目当(めあ)てに進(すす)み行(ゆ)く。
295(大正一一・四・二一 旧三・二五 加藤明子録)
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