霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章 生死(せいし)不明(ふめい)〔六一四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第17巻 如意宝珠 辰の巻 篇:第1篇 雪山幽谷 よみ(新仮名遣い):せつざんゆうこく
章:第3章 生死不明 よみ(新仮名遣い):せいしふめい 通し章番号:614
口述日:1922(大正11)年04月21日(旧03月25日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年1月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
本物のお節は、まだ岩窟に閉じ込められたままであった。お節は日の出神の夢のお告げに勇気をつけられて、三五教の宣伝歌を歌いながら岩窟の中で忍んでいた。
鬼虎と鬼彦がやってくると、お節は怒って傍らの岩石を取って打ちかかってきた。また、岩室の戸をあけると、日ごろから岩石で作ってあった石槍で、二人に突きかかる。
鬼虎と鬼彦は岩窟を元来た道へ逃げていく。お節はつまづいて気を失うが、鬼虎は懸命に祈願して息を吹き返す。お節は鬼虎が自分を介抱してくれたことを不思議に思うが、また突いてかかる。
そこへ平助とお楢が現れて、再会を果たす。平助とお楢の話を聞いて、お節は鬼彦と鬼虎が改心したことを知り、一行は真名井ケ原に進んで行く。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-02-13 21:18:43 文字数:4595 OBC :rm1703
愛善世界社版:39頁 八幡書店版:第3輯 538頁 修補版: 校定版:41頁 普及版:17頁 初版: ページ備考:
001 真名井(まなゐ)ケ岳(だけ)の山奥(やまおく)の、002暗(くら)き岩窟(いはや)に閉(と)ぢ籠(こ)められし、003丹波村(たんばむら)の平助(へいすけ)が孫娘(まごむすめ)お節(せつ)は、004色(いろ)青褪(あをざ)め痩衰(やせおとろ)へて、005手足(てあし)は針金(はりがね)の如(ごと)く吹(ふ)く呼吸(いき)も細(ほそ)り勝(が)ち、006涙(なみだ)片手(かたて)に口説(くど)き言(ごと)、007他所(よそ)の見(み)る目(め)も憐(あは)れなり。008人里(ひとざと)はなれ月日(つきひ)の光(ひかり)さへも通(かよ)はぬ此(こ)の岩窟(がんくつ)の奥深(おくふか)く、009閉(と)じこめられしお節(せつ)は、010初冬(しよとう)の霜(しも)に身(み)を啣(かこ)つ、011秋野(あきの)の虫(むし)の断末魔(だんまつま)、012悲(かな)しき声(こゑ)を張(は)り上(あ)げて、013思(おも)ひを歌(うた)に任(まか)せつつ、014悶々(もんもん)の情(じやう)を慰(なぐさ)めつつありける。
015お節『思(おも)へば去年(こぞ)の雪(ゆき)の空(そら)
016春(はる)とは言(い)へど未(ま)だ寒(さむ)く
017四方(よも)の山々(やまやま)雪(ゆき)積(つ)みて
018野分(のわき)烈(はげ)しき夕暗(ゆふやみ)に
019吾(わが)家(や)を尋(たづ)ね出(い)で来(きた)る
020怪(あや)しの男(をとこ)二人(ふたり)連(づれ)
021数多(あまた)の枉人(まがびと)門口(かどぐち)に
022忍(しの)ばせ置(お)きて年老(としおい)し
023爺(ぢい)サン婆(ばあ)サンや妾(わらは)まで
024言葉(ことば)巧(たくみ)に誑(たばか)りつ
025一間(ひとま)の内(うち)に鬼彦(おにひこ)と
026心(こころ)の猛(たけ)き鬼虎(おにとら)が
027吾(われ)等(ら)を計(はか)る空寝入(そらねい)り
028水(みづ)も眠(ねむ)れる丑満(うしみつ)の
029鐘(かね)を合図(あひづ)に起(お)き出(い)でて
030何(なん)の容赦(ようしや)も荒縄(あらなは)の
031思(おも)ひも寄(よ)らぬ強盗(がうたう)が
032憐(あは)れや爺(ぢい)さま婆(ば)アさまを
033罪(つみ)も無(な)いのに無残(むざん)にも
034家(いへ)の柱(はしら)に縛(しば)り附(つ)け
035長(なが)い刃物(はもの)を抜(ぬ)き放(はな)ち
036宝(たから)を渡(わた)せ金(かね)出(だ)せと
037退引(のつぴき)ならぬ強談判(こわだんぱん)
038爺(ぢい)やも婆(ば)アやも驚(おどろ)いて
039生命(いのち)ばかりはお助(たす)けと
040声(こゑ)も憐(あは)れに頼(たの)み入(い)る
041若(わか)い時(とき)から苦労(くらう)して
042貯(た)めた宝(たから)を奪(うば)ひ取(と)り
043尚(なほ)飽(あ)き足(た)らぬ鬼(おに)共(ども)は
044何(なん)の容赦(ようしや)も情(なさけ)なや
045二人(ふたり)在(お)はする目(め)の前(まへ)に
046思(おも)ひも寄(よ)らぬ横恋慕(よこれんぼ)
047嫌(いや)と申(まを)さば老人(らうじん)夫婦(ふうふ)
048刀(かたな)の錆(さび)にして呉(く)れむ
049お節(せつ)如何(いか)にと詰(つ)めかくる
050妾(わらは)は繊弱(かよわ)き乙女子(おとめご)の
051何(なん)の応答(いらへ)もなくばかり
052鬼(おに)や悪魔(あくま)の瀰漫(はびこ)りて
053威猛(ゐたけ)り狂(くる)ふ世(よ)の中(なか)を
054清(きよ)め助(たす)くる神々(かみがみ)は
055此(この)世(よ)の中(なか)に無(な)きものか
056善(ぜん)は衰(おとろ)へ悪(あく)栄(さか)え
057世(よ)は烏羽玉(うばたま)の真(しん)の闇(やみ)
058やみやみ魔神(まがみ)に捕(とら)へられ
059名(な)も恐(おそ)ろしき大江山(おほえやま)
060鬼雲彦(おにくもひこ)の面前(めんぜん)に
061荒々(あらあら)しくも引(ひ)き出(だ)され
062絶(た)え入(い)る許(ばか)りの思(おも)ひして
063網代(あじろ)の駕籠(かご)に放(ほ)り込(こ)まれ
064目(め)も廻(ま)ふ許(ばか)りゆらゆらと
065揺(ゆ)られて来(きた)る比治山(ひぢやま)の
066北(きた)に聳(そび)ゆる真名井(まなゐ)岳(だけ)
067雪(ゆき)積(つ)む山(やま)の谷(たに)の底(そこ)
068岩(いは)を開(ひら)いて押(お)しこまれ
069黒白(あやめ)も分(わ)かぬ暗(くら)がりの
070此(この)巌窟(がんくつ)に只(ただ)一人(ひとり)
071押(お)しこめられて日(ひ)を送(おく)る
072扨(さて)も扨(さて)も世(よ)の中(なか)に
073妾(わし)程(ほど)因果(いんぐわ)があるものか
074如何(いか)なる宿世(すぐせ)の罪業(ざいごう)か
075廻(めぐ)りて茲(ここ)に父母(ちちはは)の
076お顔(かほ)も知(し)らず慈悲(じひ)深(ぶか)き
077爺(ぢい)やと婆(ばあ)やに助(たす)けられ
078花(はな)の蕾(つぼみ)の最中(さいちう)を
079霜(しも)にはうたれ荒風(あらかぜ)に
080悩(なや)まされつつ味気(あぢき)なき
081岩窟(いはや)の中(なか)の憂(う)き住居(ずまゐ)
082昼夜(ひるよる)分(わ)かぬ身(み)の宿世(すぐせ)
083救(すく)ひ給(たま)へと天地(あめつち)の
084神(かみ)に願(ねがひ)を掛巻(かけま)くも
085畏(かしこ)き神(かみ)の夢(ゆめ)の告(つげ)
086日(ひ)の出神(でのかみ)と現(あ)れまして
087声(こゑ)厳(おごそ)かに宣(の)らす様(やう)
088アヽ愛(あい)らしきお節(せつ)嬢(ぢやう)
089今(いま)に汝(なんぢ)の此(この)憂(う)き目(め)
090晴(は)らし与(あた)へむ汝(な)が慕(した)ふ
091爺(ぢぢ)、婆(ばば)さまに会(あ)はさむと
092詔(の)らせ給(たま)うと見(み)る中(うち)に
093忽(たちま)ち夢(ゆめ)は破(やぶ)られて
094吾(わが)身(み)は悲(かな)しき岩窟(いはやど)の
095中(なか)にくよくよ物(もの)案(あん)じ
096此(この)世(よ)に神(かみ)が在(ま)しまさば
097一日(ひとひ)も早(はや)く片時(かたとき)も
098疾(と)く速(すむや)けく親(おや)と娘(こ)の
099切(せつ)なき思(おも)ひを憐(あは)れみて
100救(すく)はせ給(たま)へ天津(あまつ)神(かみ)
101国津(くにつ)神(かみ)等(たち)八百万(やほよろづ)
102万(よろづ)の神(かみ)の御(お)守護(まも)りに
103天(あま)の岩戸(いはと)の開(ひら)く如(ごと)
104これの魔窟(まくつ)のすくすくに
105開(ひら)いて妾(わらは)を明(あか)るみに
106救(すく)はせたまへ惟神(かむながら)
107御霊(みたま)幸倍(さちはへ)坐(ま)しませよ
108朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
109月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
110仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも
111曲津(まがつ)の神(かみ)は荒(すさ)ぶとも
112誠(まこと)の神(かみ)は世(よ)を救(すく)ふ
113此(この)神言(かみごと)を力(ちから)とし
114朝(あさな)夕(ゆふな)に吾(わが)宣(の)りし
115厳(いづ)の言霊(ことたま)何時(いつ)しかに
116一度(いちど)に開(ひら)く梅(うめ)の花(はな)
117春(はる)は来(きた)れど花(はな)咲(さ)かぬ
118此(この)岩窟(いはやど)の佗(わび)住居(ずまゐ)
119憐(あは)れみ給(たま)へ百(もも)の神(かみ)
120此(この)世(よ)を造(つく)りし神直日(かむなほひ)
121心(こころ)も広(ひろ)き大直日(おほなほひ)
122只(ただ)何事(なにごと)も人(ひと)の世(よ)は
123直日(なほひ)に見直(みなほ)せ聞(き)き直(なほ)せ
124身(み)の過(あやまち)は宣(の)り直(なほ)せ
125委曲(うまら)に詳細(つばら)に教(をし)へたる
126三五教(あななひけう)の神(かみ)の教(のり)
127アヽ有難(ありがた)や尊(たふと)しや
128心(こころ)の岩戸(いはと)はさやさやに
129蓮(はちす)の花(はな)の匂(にほ)ふ如(ごと)
130開(ひら)いて空(そら)に美(うる)はしき
131真如(しんによ)の月(つき)は輝(かがや)けど
132又(また)もや曇(くも)る胸(むね)の空(そら)
133身(み)は岩窟(いはやど)に囚(とら)はれて
134空(そら)に輝(かがや)く日月(じつげつ)の
135光(ひかり)も知(し)らず降(ふ)りしきる
136涙(なみだ)の雨(あめ)は何時迄(いつまで)も
137比沼(ひぬ)の真名井(まなゐ)の此(この)岩窟(いはや)
138何時(いつ)かは逃(のが)れ厳霊(いづみたま)
139百(もも)の苦(くる)しみ瑞霊(みづみたま)
140三五(さんご)の月(つき)の輝(かがや)きて
141思(おも)ひも深(ふか)き親(おや)と子(こ)が
142互(たがひ)に手(て)に手(て)を執(と)り交(か)はし
143抱(いだ)きて泣(な)かむ時(とき)は何時(いつ)
144アヽ惟神(かむながら)々々(かむながら)
145霊(みたま)幸倍(さちはへ)坐(ま)しませよ
146アヽ惟神(かむながら)々々(かむながら)
147霊(みたま)幸倍(さちはへ)坐(ま)しませよ』
148と幽(かす)かに女(をんな)の謡(うた)ふ声(こゑ)きこへ来(き)たりぬ。
149鬼彦(おにひこ)『ヤア此処(ここ)だ此処(ここ)だ、150久(ひさ)し振(ぶ)りでお節(せつ)さまのお声(こゑ)が聞(きこ)えて居(ゐ)る。151マア之(これ)で生命(いのち)だけは助(たす)かつたと云(い)ふものだ、152ナア鬼虎(おにとら)、153先(ま)づ安心(あんしん)したが宜(よ)からうぜ』
154鬼虎(おにとら)『何(なん)と細(ほそ)い嫌(いや)らしい声(こゑ)ぢやないか、155実際(じつさい)お節(せつ)さまの声(こゑ)だらうか、156名(な)に負(お)ふ魔(ま)の岩窟(いはや)、157何(なに)が化(ば)けて居(ゐ)るか分(わか)つたものぢや無(な)い、158とつくりと調(しら)べた上(うへ)の事(こと)だよ』
159 鬼彦(おにひこ)は、
160鬼彦『もしもし』
161と岩穴(いはあな)を覗(のぞ)き、
162鬼彦『私(わたくし)で御座(ござ)います』
163 お節(せつ)、164フツと此(この)声(こゑ)に驚(おどろ)き窓口(まどぐち)を見(み)れば擬(まが)ふ方(かた)なき鬼彦(おにひこ)の顔(かほ)、165お節(せつ)は見(み)るより、
166お節『ヤア汝(なんぢ)は大江山(おほえやま)の鬼雲彦(おにくもひこ)が家来(けらい)鬼彦(おにひこ)ではないか、167年老(としよ)り夫婦(ふうふ)の汗(あせ)や膏(あぶら)を絞(しぼ)つた宝(たから)を奪(うば)ひ取(と)り、168剰(あまつさ)へ妾(わらは)を誘拐(かどはか)し、169かかる巌窟(がんくつ)に長(なが)らくの間(あひだ)閉(と)ぢこめ置(お)いた汝(なんぢ)悪神(あくがみ)の眷属(けんぞく)、170此処(ここ)へ来(き)たのは日頃(ひごろ)念(ねん)ずる神(かみ)様(さま)のお引(ひ)き合(あは)せ、171さア覚悟(かくご)を致(いた)せ』
172と云(い)ふより早(はや)く有(あ)りあふ岩石(がんせき)を右手(めて)に握(にぎ)り、173鬼彦(おにひこ)の面部(めんぶ)を目蒐(めが)けて打(う)ちつけたるに、174狙(ねら)ひ外(はづ)れて岩壁(がんぺき)に中(あた)り、175かたかたと音(おと)して巌窟内(がんくつない)に落(お)ちた。176お節(せつ)は又(また)もや拾(ひろ)ひ上(あ)げ鬼彦(おにひこ)の面部(めんぶ)を目蒐(めが)けて打(う)たむとするにぞ、177鬼彦(おにひこ)は驚(おどろ)いて覗(のぞ)いた顔(かほ)を竦(すく)め乍(なが)ら、
178鬼彦『モシモシお節(せつ)さま、179其(その)腹立(はらだ)ちは御尤(ごもつと)もだが、180私(わたくし)は去年(きよねん)の鬼彦(おにひこ)とは雲泥(うんでい)の相違(さうゐ)だ。181今(いま)は前非(ぜんぴ)を悔(く)い、182お前(まへ)を助(たす)けに来(き)たのだ、183平助(へいすけ)さまもお楢(なら)さまも岩窟(いはと)の入口(いりぐち)に待(ま)つて御座(ござ)る。184サアサア開(あ)けてあげようから出(で)て下(くだ)さい』
185お節(せつ)『能(よ)くベラベラと囀(さへづ)る汝(なんぢ)が侫弁(ねいべん)、186其(その)手段(しゆだん)にのるものか、187早(はや)く此(この)場(ば)を立(た)ち去(さ)れ』
188鬼彦(おにひこ)『其(その)御(ご)立腹(りつぷく)は一応(いちおう)御尤(ごもつと)もで御座(ござ)います、189然(しか)し乍(なが)ら何時(いつ)までも此処(ここ)に御座(ござ)つても詮(せん)なき事(こと)、190何(なに)はともあれ今(いま)岩戸(いはと)を開(あ)けますから何卒(どうぞ)お出(で)まし下(くだ)さい。191アーア一旦(いつたん)悪(わる)い事(こと)をすれば何時(いつ)までも悪(わる)い事(こと)をする様(やう)に云(い)はれる哩(わい)、192人間(にんげん)と云(い)ふものは常(つね)が大切(たいせつ)だと云(い)ふのは此処(ここ)の事(こと)かなア、193これこれ鬼虎(おにとら)、194吾々(われわれ)許(ばか)りにものを云(い)はして貴方(あなた)は沈黙(ちんもく)して居(ゐ)るのか、195ヤア男(をとこ)らしくも無(な)いメソメソ泣(な)いて居(ゐ)るのだな、196エーじれつたい、197泣(な)くのなら又(また)悠(ゆつ)くり後(あと)で泣(な)け、198千騎(せんき)一騎(いつき)の場合(ばあひ)だ、199お前(まへ)も一(ひと)つ事情(じじやう)をお節(せつ)さまの得心(とくしん)の往(ゆ)く所(ところ)まで打明(うちあ)けて呉(く)れ、200此(この)岩戸(いはと)を開(あ)けるのは易(やす)い事(こと)だが、201お節(せつ)さまの諒解(りやうかい)を得(え)てからで無(な)いと、202開(あ)けるが最後(さいご)出(で)かけに如何(どん)な目(め)に遭(あ)はされるか分(わか)つたものぢや無(な)い、203第一(だいいち)交渉(かうせふ)が肝腎(かんじん)だよ』
204鬼虎(おにとら)『アーア、205仕方(しかた)が無(な)いな、206此(この)鬼虎(おにとら)の様(やう)な鬼(おに)の様(やう)な虎(とら)の様(やう)な名(な)の付(つ)いた悪党(あくたう)の俺(おれ)でも、207今迄(いままで)の悪業(あくごふ)が記憶(きおく)から浮(う)かんで来(き)て、208心(こころ)の鬼(おに)に五臓(ござう)六腑(ろつぷ)を抉(えぐ)られる様(やう)だ、209アーア、210開(あ)けねばならず、211開(あ)けてはならず、212開(あ)けて悔(くや)しい玉手箱(たまてばこ)、213お節(せつ)さまに会(あ)はす顔(かほ)が如何(どう)してあらうか』
214と声(こゑ)を放(はな)つて泣(な)き伏(ふ)したり。
215鬼彦(おにひこ)『おい、216岩公(いはこう)、217貴様(きさま)は無疵(むきず)だ、218俺(おれ)に代(かは)つて一(ひと)つ此(この)穴(あな)から顔(かほ)突(つ)き出(だ)し談判(だんぱん)をして呉(くれ)ないか、219特別(とくべつ)弁理(べんり)公使(こうし)だ、220之(これ)が甘(うま)く往(い)つたら貴様(きさま)を勲一等(くんいつとう)にしてやるから』
221岩公(いはこう)『勲一等(くんいつとう)でも何(なん)でも御免(ごめん)だ、222迂濶(うつかり)首(くび)でも出(だ)して笠(かさ)の台(だい)でも引(ひ)き抜(ぬ)かれて見(み)よ、223よい面(つら)の皮(かは)だ、224聖人(せいじん)君子(くんし)は危(あやふ)きに近寄(ちかよ)らずだ、225マアやめとこかい』
226鬼彦(おにひこ)『エー、227何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も鬼味噌(おにみそ)許(ばか)りだ、228強(つよ)相(さう)な顔(かほ)して居(ゐ)よつて胆玉(きもだま)のちよろこい腰抜(こしぬ)けだなア、229オイ勘公(かんこう)、230櫟公(いちこう)、231貴様(きさま)に交渉(かうせふ)委員(ゐゐん)を任命(にんめい)する』
232勘公(かんこう)『何(なに)を吐(ぬか)すのだい、233此(この)談判(だんぱん)は鬼彦(おにひこ)、234鬼虎(おにとら)の避(さ)くべからざる義務(ぎむ)があるのだ、235誰(たれ)が之(これ)だけ辛(から)い時節(じせつ)に人(ひと)の責任(せきにん)までも引受(ひきう)けて危(あやふ)い事(こと)をする奴(やつ)があるものか、236ナア櫟公(いちこう)』
237櫟公(いちこう)『オヽさうだ、238マアマア今日(けふ)は日和(ひより)が悪(わる)いから止(や)めとこうかい』
239鬼彦(おにひこ)『エー、240仕方(しかた)がない、241開(あ)けてやらう』
242と合図(あひづ)の岩壁(がんぺき)をグツと押(お)し開(ひら)けば、243お節(せつ)は日頃(ひごろ)鍛(きた)えて置(お)いた岩壁(がんぺき)で造(つく)つた鋭利(えいり)な石槍(いしやり)を逆手(さかて)に持(も)ち、244鬼彦(おにひこ)目蒐(めが)けて突(つ)きかかる。245鬼彦(おにひこ)は元(もと)来(き)し隧道(すゐだう)を生命(いのち)からがら逃(と)び出(だ)す、246岩公(いはこう)はお節(せつ)の後(うしろ)より、247無手(むづ)と許(ばか)り抱(いだ)きとめ、
248岩公(いはこう)『モシモシお節(せつ)どの、249マアマアお待(ま)ち下(くだ)され、250之(これ)には深(ふか)い仔細(しさい)が御座(ござ)います』
251お節『此(この)期(ご)に及(およ)んで何(なん)の言訳(いひわけ)、252汝(なんぢ)も鬼雲彦(おにくもひこ)が一派(いつぱ)の悪魔(あくま)共(ども)、253大神(おほかみ)の神力(しんりき)を身(み)に帯(お)びたる丹波村(たんばむら)のお節(せつ)が武者(むしや)振(ぶ)り、254思(おも)ひ知(し)れよ』
255と振(ふ)り返(かへ)り突(つ)いてかかる。256岩公(いはこう)は又(また)もやトントンと元(もと)来(き)し隧道(すゐだう)を頭(あたま)を打(う)ち臂(ひぢ)を岩壁(がんぺき)に打(う)ちつけ乍(なが)ら、257倒(こ)けつ転(まろ)びつ出口(でぐち)の方(はう)へ走(はし)り行(ゆ)く。258お節(せつ)は四辺(あたり)をキヨロキヨロ見廻(みまは)しつつ、
259お節『ヤア其方(そなた)は擬(まが)ふ方(かた)なき鬼虎(おにとら)では無(な)いか、260克(よ)くも妾(わらは)を苦(くる)しめよつたな、261サアもう斯(こ)うなる上(うへ)は百年目(ひやくねんめ)、262お節(せつ)が怨恨(うらみ)の刃(やいば)、263喰(く)つて見(み)よ』
264と真向(まつかう)に振(ふ)り翳(かざ)し飛(と)びかからむとする其(その)形相(ぎやうさう)の凄(すさま)じさ。
265鬼虎(おにとら)『モシモシお節(せつ)さま、266悪(わる)かつた悪(わる)かつた、267何卒(なにとぞ)許(ゆる)して下(くだ)さいませ、268之(これ)には深(ふか)い、269仔細(しさい)がある』
270お節(せつ)『其(その)言訳(いひわけ)を聞(き)く耳(みみ)は持(も)たぬ』
271と突(つ)いてかかる。272鬼虎(おにとら)は前後(ぜんご)左右(さいう)に巌窟内(がんくつない)に体(たい)を躱(かは)し鋭鋒(えいほう)を避(さ)けつつあつた。273如何(いかが)はしけむ、274お節(せつ)は巌(いはほ)に躓(つまづ)き其(その)場(ば)に打(う)ち倒(たふ)れ悶絶(もんぜつ)したりけり。
275鬼虎(おにとら)『アヽ失敗(しま)つた、276これや大変(たいへん)だ、277おいおい勘公(かんこう)、278櫟公(いちこう)、279貴様(きさま)は早(はや)く出口(でぐち)へ行(い)つて鬼彦(おにひこ)、280岩公(いはこう)に此(この)次第(しだい)を急報(きふはう)致(いた)せ。281俺(おれ)はお節(せつ)さまが気(き)の付(つ)く様(やう)に介抱(かいほう)して居(ゐ)るから何卒(どうぞ)早(はや)く行(い)つて呉(く)れ、282おい崎嶇(きく)たる隧道(すゐだう)の中(なか)、283慌(あは)てて躓(つまづ)き怪我(けが)するな、284早(はや)く行(い)つて来(こ)い』
285勘公、櫟公『よし合点(がつてん)だ』
286と勘公(かんこう)櫟公(いちこう)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に出口(でぐち)に向(むか)つて駆出(かけだ)したり。287鬼虎(おにとら)は叶(かな)はぬ時(とき)の神頼(かみだの)み、288天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し天(あま)の数歌(かずうた)を声(こゑ)高(たか)らかに奏上(そうじやう)し居(ゐ)る。
289 一方口(いつぱうぐち)の岩窟(いはや)の声(こゑ)は出入口(でいりぐち)を兼(か)ねたる岩窟(いはや)の前(まへ)の老夫婦(らうふうふ)を始(はじ)め鬼彦(おにひこ)、290岩公(いはこう)等(ら)が耳(みみ)に透(す)き通(とほ)る如(ごと)く聞(きこ)え来(き)たりぬ。291勘公(かんこう)、292櫟公(いちこう)は岩窟(いはや)の中(なか)より此(この)場(ば)に現(あら)はれ、
293勘公、櫟公『モシモシ鬼彦(おにひこ)、294岩公(いはこう)の大将(たいしやう)、295タヽヽヽヽ大変(たいへん)だ、296シヽヽヽヽ死(し)んだ、297死(し)んだ、298死(し)んだ、299死(し)んだ哩(わい)』
300平助(へいすけ)『エ、301何(なん)と仰有(おつしや)る、302それは誰(たれ)が死(し)んだのだい、303判然(はつきり)言(い)はないのか』
304勘公(かんこう)『これが如何(どう)して判然(はつきり)言(い)はれやうかい、305シヽヽヽ死(し)んだのぢや死(し)んだのぢや、306アーン、307アンアンアン』
308岩公(いはこう)『鬼虎(おにとら)が死(し)んだのか』
309勘公(かんこう)『シヽヽヽ、310死(し)んだのは死(し)んだのぢやが、311しつかりは知(し)らぬ哩(わい)、312行(い)つて見(み)れや分(わか)る、313もう此(この)上(うへ)言(い)ふのは勘弁(こら)へて呉(く)れ』
314鬼彦(おにひこ)『お節(せつ)どのが死(し)んだのぢや無(な)いか』
315勘公(かんこう)『シヽヽヽ知(し)らぬ知(し)らぬ、316マアマア兎(と)も角(かく)二人(ふたり)の内(うち)一人(ひとり)が死(し)んだのぢや』
317平助(へいすけ)『これこれお前(まへ)達(たち)、318此(この)年寄(としより)を嬲(なぶ)るのか、319若(も)しお節(せつ)が死(し)んででも居(を)つたら年(とし)は老(と)つてもまだ何処(どこ)かに元気(げんき)がある、320お前(まへ)達(たち)の三(さん)人(にん)や五(ご)人(にん)、321捻(ひね)り潰(つぶ)してやるから、322さう覚悟(かくご)を致(いた)せ』
323勘公(かんこう)『それでも私(わたくし)丈(だ)けは除外例(ぢよがいれい)でせうなア』
324平助(へいすけ)『何(なに)、325何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も皆殺(みなごろ)しだ』
326櫟公(いちこう)『皆殺(みなごろ)しなら何程(なんぼ)でも頂戴(ちやうだい)致(いた)します』
327岩公(いはこう)『エー、328ソンナ処(どころ)かい、329サアサア早(はや)く行(ゆ)かうぢやないか、330愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して居(ゐ)ると折角(せつかく)助(たす)けたお節(せつ)さまの生命(いのち)が危(あやふ)いぞ、331モシモシ爺(ぢい)さま、332何(なに)は兎(と)もあれ、333奥(おく)へ行(い)つて調(しら)べませう、334サア来(こ)い、335来(きた)れ』
336と先(さき)に立(た)つて走(はし)り行(ゆ)く。337平助(へいすけ)、338お楢(なら)はブツブツ呟(つぶや)き乍(なが)ら四(よ)人(にん)が後(あと)に随(つ)いて行(ゆ)く。339鬼虎(おにとら)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)神言(かみごと)を奏上(そうじやう)しウンウンと神霊(しんれい)の注射(ちうしや)を行(おこな)つて居(ゐ)る、340お節(せつ)は漸(やうや)く息(いき)吹(ふ)き返(かへ)し顔(かほ)ふり上(あ)げ、341見(み)れば日頃(ひごろ)怨恨(うらみ)重(かさ)なる鬼虎(おにとら)が真裸(まつぱだか)の儘(まま)両手(もろて)を組(く)み一生(いつしやう)懸命(けんめい)に祈願(きぐわん)して居(を)る。
342お節(せつ)『ヤア、343訝(いぶ)かしき汝(なんぢ)の行動(かうどう)、344極悪(ごくあく)無道(ぶだう)の身(み)を以(もつ)て殊勝(しゆしよう)らしく神(かみ)を念(ねん)じ、345妾(わらは)を詐(いつは)らむとするか、346思(おも)ひ知(し)れや』
347と又(また)もや突(つ)いてかかる。
348鬼虎(おにとら)『マアマアマア、349待(ま)つて下(くだ)さい、350お節(せつ)さま、351之(これ)には深(ふか)い理由(わけ)がある、352待(ま)つた待(ま)つた』
353お節(せつ)『何(なに)、354待(ま)つたもあるものか』
355と突(つ)きかかるを、356鬼虎(おにとら)は右(みぎ)に左(ひだり)に体(たい)を躱(かは)し、
357鬼虎『お鎮(しづ)まりお鎮(しづ)まり』
358と言(い)ひつつ迯(に)げ廻(まは)る。359此処(ここ)へ転(ころ)げる様(やう)に這入(はい)つて来(き)た平助(へいすけ)お楢(なら)は、
360平助、お楢『ヤアお前(まへ)はお節(せつ)じやないか』
361お節(せつ)『ヤア、362爺(ぢい)さまか、363婆(ばあ)さまか、364如何(どう)して此処(ここ)へお居(ゐ)でになりましたえ』
365平助『ヤ、366お節(せつ)、367会(あ)ひ度(た)かつたわいなア』
368お楢『ヤ、369能(よ)う、370マア無事(ぶじ)で居(ゐ)て呉(く)れた』
371と三(さん)人(にん)互(たがひ)に抱(いだ)き付(つ)き前後(ぜんご)を忘(わす)れて嬉(うれ)し涙(なみだ)にかき暮(く)れる。372暫時(しばらく)あつて平助(へいすけ)夫婦(ふうふ)の証言(しようげん)によりお節(せつ)はやつと安心(あんしん)の上(うへ)、373改(あらた)めて祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し一行(いつかう)八(はち)人(にん)此(この)岩窟(いはやど)を立(た)ち出(い)で、374五(ご)人(にん)の裸男(はだかをとこ)と共(とも)に道(みち)を左(ひだり)にとり真名井(まなゐ)ケ岳(だけ)の豊国姫(とよくにひめ)の出現場(しゆつげんば)を指(さ)して登(のぼ)り行(ゆ)く。
375(大正一一・四・二一 旧三・二五 北村隆光録)
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