霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第七章 枯尾花(かれをばな)〔六一八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第17巻 如意宝珠 辰の巻 篇:第2篇 千態万様 よみ(新仮名遣い):せんたいばんよう
章:第7章 枯尾花 よみ(新仮名遣い):かれおばな 通し章番号:618
口述日:1922(大正11)年04月22日(旧03月26日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年1月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
話は戻って、黒姫は高姫の肝いりで、フサの国の高山彦を婿に取る事になった。黒姫は魔窟ケ原の隠れ家で、手下に婚礼の用意をさせながら、婿が来るのを今や遅しと待っている。
高山彦一行がフサの国から天の磐船に乗って到着し、黒姫の手下の夏彦と常彦が迎えに出た。
婚礼が始まり、黒姫と高山彦を祝歌を歌いながら舞い踊った。夏彦も余興に滑稽な歌を歌って、宴は乱痴気騒ぎのうちに夜を明かした。
明けて正月二十七日、黒姫は真名井ケ原の瑞の宝座を占領しようと図り、高山彦が連れて来た軍勢を合わせて聖地に進撃した。
正月二十八日の大攻撃を開始したが、青彦、加米彦の言霊にさんざんに散らされて敗走し、魔窟ケ原に逃げ帰って次の計略に着手していた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-10-01 22:10:29 文字数:9504 OBC :rm1707
愛善世界社版:95頁 八幡書店版:第3輯 559頁 修補版: 校定版:99頁 普及版:42頁 初版: ページ備考:
001味方(みかた)の人数(にんずう)も大江山(おほえやま)
002魔窟(まくつ)ケ原(はら)に穿(うが)ちたる
003岩窟(いはや)の中(なか)に黒姫(くろひめ)は
004五十路(いそぢ)の坂(さか)を越(こ)え乍(なが)ら
005歯(は)さへ落(お)ちたる秋(あき)の野(の)の
006梢(こずゑ)淋(さび)しき返(かへ)り咲(ざ)き
007此(この)世(よ)にアキの霜(しも)の髪(かみ)
008コテコテ塗(ぬ)つた黒漆(くろうるし)
009俄作(にはかづく)りの夕鴉(ゆふがらす)
010カワイカワイと皺枯(しはが)れた
011声(こゑ)張(は)り上(あ)げてウラナイの
012道(みち)を伝(つた)ふる空元気(からげんき)
013天狗(てんぐ)の鼻(はな)の高山彦(たかやまひこ)を
014三世(さんぜ)の夫(つま)と定(さだ)めてゆ
015流石(さすが)女(をんな)の恥(はづ)かしげに
016顔(かほ)に紅葉(もみぢ)を散(ち)らしつつ
017黒地(くろぢ)に白粉(おしろい)ペツタリと
018生地(きぢ)を秘(かく)した曲津面(まがつづら)
019口(くち)喧(やかま)しき燕(つばくろ)や
020朝(あさ)な夕(ゆふ)なにチユウチユウと
021雀(すずめ)百(ひやく)まで牡鳥(をんどり)を
022忘(わす)れかねてか婿(むこ)欲(ほ)しと
023あこがれ居(ゐ)たる片相手(かたあひて)
024星(ほし)を頂(いただき)月(つき)を踏(ふ)み
025日(ひ)にち毎日(まいにち)山坂(やまさか)を
026駆(か)け廻(まは)りつつ通(かよ)ひ来(く)る
027男(をとこ)の数(かず)は限(かぎ)りなく
028蓼(たで)喰(く)ふ虫(むし)も好(す)き好(ず)きと
029酷(えぐ)い婆(ばば)アの皺面(しわづら)に
030惚(のろ)けて出(で)て来(く)る浅間(あさま)しさ
031広(ひろ)い様(やう)でも狭(せま)いは世間(せけん)
032色(いろ)は真黒(まつくろ)黒姫(くろひめ)の
033心(こころ)に叶(かな)うた高山彦(たかやまひこ)の
034タカか鳶(とんび)か知(し)らね共(ども)
035烏(からす)の婿(むこ)と選(えら)まれて
036怪(け)しき名(な)に負(お)ふ大江山(おほえやま)
037魔窟(まくつ)ケ原(はら)の穴(あな)覗(のぞ)き
038奥(おく)へ奥(おく)へと進(すす)み入(い)る
039一(いつ)コク二(に)コクと迫(せま)り来(く)る
040三国一(さんごくいち)の花婿(はなむこ)を
041取(と)つた祝(いは)ひの黒姫(くろひめ)が
042嬉(うれ)しき便(たよ)りを菊若(きくわか)や
043心(こころ)頑固(ぐわんこ)な岩高(いはたか)や
044人(ひと)の爺(おやぢ)を寅若(とらわか)の
045情(なさけ)容赦(ようしや)も夏彦(なつひこ)や
046富彦(とみひこ)、常彦(つねひこ)諸共(もろとも)に
047飲(の)めよ騒(さわ)げの大酒宴(だいしゆえん)
048岩屋(いはや)の中(なか)は蜂(はち)の巣(す)の
049一度(いちど)に破(やぶ)れし如(ごと)くなり。
050 黒姫(くろひめ)は皺苦茶(しわくちや)だらけの垢黒(あかぐろ)い顔(かほ)に、051白(しろ)い物(もの)をコテコテに塗(ぬ)り、052鉄倉(かなぐら)の上塗(うはぬり)みた様(やう)な、053真白(まつしろ)な厚化粧(あつげしやう)、054白髪(しらが)は烏(からす)の濡羽色(ぬればいろ)に染(そ)め、055梅(うめ)の花(はな)を散(ち)らした派手(はで)な襠衣(うちかけ)を羽織(はお)り、056三国一(さんごくいち)の婿(むこ)の来(きた)るを、057今(いま)や遅(おそ)しと、058太(ふと)い短(みじか)い首筋(くびすぢ)を細長(ほそなが)く延(の)ばして、059蜥蜴(とかげ)が天井(てんじやう)を覗(のぞ)いた様(やう)なスタイルで、060入口(いりぐち)の岩窟(がんくつ)を覗(のぞ)き込(こ)み、061年(とし)の寄(よ)つた嗄(しはが)れ声(ごゑ)に色(いろ)を附(つ)け、062ワザと音曲(おんぎよく)に慣(な)れた若(わか)い声(こゑ)を出(だ)し、
063黒姫『コレコレ夏彦(なつひこ)、064常彦(つねひこ)、065まだお客(きやく)さまは見(み)えぬかな。066お前(まへ)は御(ご)苦労(くらう)だが、067一寸(ちよつと)そこまで迎(むか)へに往(い)つて来(き)て下(くだ)さらぬか。068由良(ゆら)の湊(みなと)までは、069フサの国(くに)から、070天(あま)の鳥船(とりふね)に乗(の)つてお越(こ)しなのだから、071轟々(ぐわうぐわう)と音(おと)が聞(きこ)えたら、072それが高山彦(たかやまひこ)さまの一行(いつかう)だ。073空(そら)に気(き)をつけ足許(あしもと)にも気(き)を付(つ)けて往(い)て来(き)て下(くだ)さい』
074夏彦(なつひこ)『ハイハイ承知(しようち)致(いた)しました。075遠方(ゑんぱう)の事(こと)とは云(い)ひ乍(なが)ら、076随分(ずゐぶん)暇(ひま)の要(い)る事(こと)ですなア。077サア常彦(つねひこ)、078お迎(むか)へに行(い)つて来(こ)うぢやないか』
079常彦(つねひこ)『黒姫(くろひめ)さま、080今日(けふ)はお芽出度(めでた)う。081ソンナラ往(い)て来(き)ませうか』
082黒姫(くろひめ)『何(なん)ぢや常彦(つねひこ)、083改(あらた)まつて、084お芽出度(めでた)うもあつたものか。085あまり年寄(としよ)りが婿(むこ)を貰(もら)うと思(おも)うて冷(ひや)やかすものぢやない。086サアサア トツトと往(い)て来(き)なさい』
087常彦(つねひこ)『ソンナラ、088何(なん)と言(い)つて挨拶(あいさつ)をしたら好(よ)いのですか。089今日(けふ)は芽出(めで)たいのぢやありませぬか』
090黒姫(くろひめ)『芽出(めで)たいと云(い)へば芽出(めで)たいのぢやが、091ナニもう妾(わし)は、092五十(ごじふ)の坂(さか)を越(こ)えて、093誰(たれ)が好(この)みて婿(むこ)を貰(もら)うたりするものか。094これと云(い)ふのも、095神(かみ)様(さま)の教(をしへ)を拡(ひろ)げる為(ため)に、096此(この)黒姫(くろひめ)の体(からだ)を犠牲(ぎせい)にして、097天下(てんか)国家(こくか)の為(ため)に尽(つく)すのだよ。098お芽出(めで)たうと云(い)ふ代(かは)りに御(ご)苦労(くらう)様(さま)と言(い)ひなされ』
099常彦(つねひこ)『これはこれは五苦労(ごくらう)の四苦労(しくらう)、100真黒(まつくろ)々助(くろすけ)の黒姫(くろひめ)様(さま)、101十苦労(とくらう)さまで御座(ござ)います』
102黒姫(くろひめ)『エーエーお前(まへ)は此(この)黒姫(くろひめ)を馬鹿(ばか)にするのかい。103十苦労(とくらう)と云(い)ふ事(こと)があるものか。104あまりヒヨトくりなさるな』
105常彦(つねひこ)『イエ滅相(めつさう)な、106あなたも天下(てんか)の為(ため)に犠牲(ぎせい)に御(お)成(な)りなさるのは五苦労(ごくらう)さまぢや。107又(また)此(この)常彦(つねひこ)が三国一(さんごくいち)の婿(むこ)さまを、108斯(か)う日(ひ)の暮(くれ)になつてから、109細(ほそ)い山路(やまぢ)を迎(むか)ひに行(ゆ)くのも、110ヤツパリ五苦労(ごくらう)さまぢや。111お前(まへ)さまの五苦労(ごくらう)と私(わたくし)の五苦労(ごくらう)と、112日韓(にちかん)併合(へいがふ)して十苦労(とくらう)様(さま)と云(い)うたのですよ。113アハヽヽヽ』
114夏彦(なつひこ)『常彦(つねひこ)、115行(い)かうかい』
116と、117岩穴(いはあな)をニユツと覗(のぞ)き、
118夏彦『ヤア占(しめ)た占(しめ)た、119モウ行(い)かいでも可(よ)い』
120常彦(つねひこ)『行(い)かでも良(よ)いとは、121ソラ何(なん)だい、122高山彦(たかやまひこ)さまが見(み)えたのかい』
123夏彦(なつひこ)『きまつた事(こと)だ。124モシモシ黒姫(くろひめ)さま、125お喜(よろこ)びなさいませ。126偉(えら)い勢(いきほひ)で沢山(たくさん)な家来(けらい)を伴(つ)れて見(み)えましたよ』
127黒姫(くろひめ)『それはそれは御(ご)苦労(くらう)な事(こと)ぢや。128どうぞ穴(あな)の口(くち)まで迎(むか)ひに行(い)て下(くだ)され。129あまり這入(はい)り口(ぐち)が小(ちひ)さいので、130行過(ゆきすご)されてはお困(こま)りだからなア』
131 夏彦(なつひこ)は肩(かた)から上(うへ)をニユツと出(だ)し、132高山彦(たかやまひこ)の一行(いつかう)の近付(ちかづ)き来(きた)るを待(ま)ち居(ゐ)たる。
133高山彦(たかやまひこ)『此処(ここ)は黒姫(くろひめ)の住家(すみか)と聞(きこ)えたる魔窟(まくつ)ケ原(はら)ぢやないか。134モウ誰(たれ)か迎(むか)ひに来(き)て居(ゐ)さうなものだに、135何(なに)をして居(ゐ)るのだらうな』
136虎若(とらわか)『ヤア御(おん)大将(たいしやう)様(さま)、137此(この)魔窟(まくつ)ケ原(はら)は随分(ずゐぶん)広(ひろ)い所(ところ)と聞(き)きました。138何(いづ)れ先方(むかう)から遣(や)つて来(こ)られませうが、139何分(なにぶん)予定(よてい)とは早(はや)く着(つ)いたものですから、140先方(むかう)も如才(じよさい)なく準備(じゆんび)はやつて居(を)られませうが、141つい遅(おそ)くなつたのでせう。142御(ご)馳走(ちそう)一(ひと)つ拵(こしら)へるにも斯(こ)う云(い)ふ不便(ふべん)な土地(とち)、143何事(なにごと)も三五教(あななひけう)ぢやないが、144見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し、145御(ご)機嫌(きげん)を直(なほ)してモウ一息(ひといき)お進(すす)み下(くだ)さいませ』
146高山彦(たかやまひこ)『それはさうだが、147如何(いか)に黒姫(くろひめ)、148部下(ぶか)が無(な)いと云(い)つても、149二十(にじふ)人(にん)や三十(さんじふ)人(にん)は有(あ)りさうなものだ。150三(さん)人(にん)や五(ご)人(にん)迎(むか)ひに来(よこ)したつて良(い)いぢやないか。151縁談(えんだん)は飯(めし)炊(た)く間(ま)にも冷(ひえ)ると云(い)ふ事(こと)が有(あ)る。152あまり寒(さむ)いので、153冷(ひえ)たのぢやあるまいか、154ナア虎若(とらわか)』
155虎若(とらわか)『トラ、156ワカりませぬ。157何分(なにぶん)此(この)通(とほ)り、158あちらにも此方(こちら)にも雪(ゆき)が溜(たま)つて居(を)りますから随分(ずゐぶん)冷(ひえ)る事(こと)でせう。159私(わたくし)も何(なん)だか体(からだ)が寒(さむ)くなつて来(き)た。160フサの国(くに)を出(で)た時(とき)は随分(ずゐぶん)暖(あたた)かであつたが、161空中(くうちう)を航行(かうかう)した時(とき)の寒(さむ)さ、162それに又(また)此(この)自転倒(おのころ)島(じま)へ着(つ)いてからの寒(さむ)さと云(い)つたら、163骨身(ほねみ)に徹(こた)えますワ』
164 高山彦(たかやまひこ)は苦虫(にがむし)を喰(く)つた様(やう)な不機嫌(ふきげん)な顔(かほ)をし乍(なが)ら、165爪先(つまさき)上(あが)りの雪路(ゆきみち)を進(すす)み来(く)る。166雪(ゆき)の一面(いちめん)に積(つも)つた地(ち)の中(なか)から、167夏彦(なつひこ)は首(くび)丈(だけ)を出(だ)して、
168夏彦『コレハコレハ高山彦(たかやまひこ)のお出(い)で、169サアサアお這入(はい)り下(くだ)さいませ。170黒姫(くろひめ)さまが大変(たいへん)にお待兼(まちかね)で御座(ござ)います。171あなたも遥々(はるばる)と国家(こくか)の為(ため)に犠牲(ぎせい)になつて下(くだ)さいまして有難(ありがた)う御座(ござ)います』
172虎若(とらわか)『ヤア何(なん)だ、173コンナ所(ところ)に首(くび)が一(ひと)つ落(お)ちて、174物(もの)言(い)つて居(ゐ)やがる。175……ハヽア此奴(こいつ)ア、176大江山(おほえやま)の化州(ばけしう)だな……オイ化州(ばけしう)、177這入(はい)れと言(い)つても、178蚯蚓(みみづ)ぢやあるまいし、179何処(どこ)から這入(はい)るのぢやい。180入口(いりぐち)が無(な)いぢやないか。181貴様(きさま)の体(からだ)は如何(どう)したのぢや。182松露(しようろ)か何(なん)ぞの様(やう)に頭(あたま)ばつかりで活(いき)てる筈(はず)もあるまいし、183怪体(けつたい)な代物(しろもの)ぢやなア』
184夏彦(なつひこ)『黒姫(くろひめ)さまは高山彦(たかやまひこ)さまに、185お惚(のろ)け遊(あそ)ばして首(くび)つ丈(たけ)陥(はま)つて御座(ござ)るが、186此(この)夏彦(なつひこ)は首(くび)は外(そと)へ出(だ)して、187体(からだ)丈(だけ)はまつて御座(ござ)るのだ。188サアサア不都合(ふつがふ)な這入口(はいりぐち)の様(やう)だが、189中(なか)は立派(りつぱ)な御(お)座敷(ざしき)、190用心(ようじん)の為(ため)にワザと入口(いりぐち)が細(ほそ)うしてある。191高山彦(たかやまひこ)さま、192どうぞお這入(はい)り下(くだ)さいませ。193一人(ひとり)づつ這入(はい)つて貰(もら)へば、194何程(なにほど)大(おほ)きな男(をとこ)でも引(ひ)つ掛(かか)らずに這入(はい)れます』
195と言(い)ふより早(はや)く夏彦(なつひこ)は窟内(くつない)に姿(すがた)を隠(かく)しける。
196虎若(とらわか)『ヤア妙(めう)だ。197見(み)た割(わり)とは大(おほ)きな洞(ほら)が開(あ)いて居(ゐ)る。198ヤア階段(きざはし)もついて居(ゐ)る。199サア高山彦(たかやまひこ)さま、200御(ご)案内(あんない)致(いた)しませう』
201 虎若(とらわか)を先頭(せんとう)に、202高山彦(たかやまひこ)は数多(あまた)の従者(じゆうしや)と共(とも)に、203ゾロゾロと岩窟(いはや)の中(なか)に潜(くぐ)り入(い)る。204黒姫(くろひめ)は此(この)時(とき)既(すで)に奥(おく)の間(ま)に忍(しの)び込(こ)み、205鏡(かがみ)の前(まへ)で口(くち)を開(あ)けたり、206目(め)を剥(む)いたり、207鼻(はな)を摘(つま)ンで見(み)たり、208顔(かほ)の整理(せいり)に余念(よねん)なかりける。209夏彦(なつひこ)は此(この)場(ば)に走(はし)り来(きた)り、
210夏彦『モシモシ、211高山彦(たかやまひこ)の御(おん)大将(たいしやう)が見(み)えました。212どうぞ早(はや)く此方(こちら)へお越(こ)し下(くだ)さいませ』
213黒姫(くろひめ)『エー気(き)の利(き)かぬ事(こと)ぢやなア。214何(なん)とか云(い)つて、215お茶(ちや)でも出(だ)して、216口(くち)の間(ま)で休(やす)まして置(お)くのだよ。217それまでに化粧(けしやう)をチヤンと整(ととの)へて、218型(かた)ばかりの祝言(しうげん)をせなくてはならぬ。219菊若(きくわか)、220岩高(いはたか)は何(なに)をして居(を)るのだ。221料理(れうり)の用意(ようい)は出来(でき)たか。222お茶(ちや)でも献(あ)げて世間話(せけんばなし)でもして待(ま)つて貰(もら)ふのだよ』
223夏彦(なつひこ)『今日(けふ)は芽出度(めでた)い婚礼(こんれい)、224それにお茶(ちや)をあげては、225茶々(ちやちや)無茶苦(むちやく)になりやしませぬか。226今日(けふ)はお水(みづ)を進(あ)げたらどうでせう』
227黒姫(くろひめ)『エー茶(ちや)ア茶(ちや)ア言(い)ひなさるな。228茶(ちや)が良(い)いのだ。229水(みづ)をあげると水臭(みづくさ)くなると可(い)かぬから……』
230夏彦(なつひこ)『ハヽア、231茶(ちや)ア茶(ちや)アと茶(ちや)ツつく積(つも)りで、232茶(ちや)を呑(の)ませと仰有(おつしや)るのかなア……茶(ちや)、233承知(しようち)致(いた)しました』
234黒姫(くろひめ)『エーグヅグヅ言(い)はずに、235あちらへ行(い)つて、236高山彦(たかやまひこ)様(さま)御(ご)一同(いちどう)のお相手(あひて)になるのだよ。237こつちの準備(じゆんび)が出来(でき)たら、238祝言(しうげん)の盃(さかづき)にかかる様(やう)にして置(お)きなさい。239……アーア人(ひと)を使(つか)へば苦(く)を使(つか)ふとは、240能(よ)う言(い)つたものだ。241男(をとこ)ばつかりで、242女手(をんなで)の無(な)いのも……ア困(こま)つたものだ。243清(きよ)サン、244照(てる)サンと云(い)ふ二人(ふたり)の若(わか)い女(をんな)は有(あ)つたけれども、245これは真名井(まなゐ)ケ原(はら)の隠(かく)れ家(が)に置(お)いてあるなり、246斯(こ)う云(い)ふ時(とき)に女(をんな)が居(を)らぬと便利(べんり)が悪(わる)い。247お酒(さけ)の酌(しやく)一(ひと)つするにも、248男(をとこ)ばつかりでは角(かど)ばつて面白(おもしろ)くない。249併(しか)し乍(なが)ら清(きよ)サン、250照(てる)サンは十(じふ)人(にん)並(なみ)優(すぐ)れた美(うつく)しい女(をんな)、251折角(せつかく)貰(もら)うた婿(むこ)どのを横取(よこどり)しられちや大変(たいへん)だと思(おも)つて、252伴(つ)れて来(こ)なかつたが、253安心(あんしん)な代(かは)りには便利(べんり)が悪(わる)いワイ。254サアサアこれで若(わか)うなつて来(き)た。255化粧(けしやう)と云(い)ふものは偉(えら)いものだナア。256昔(むかし)から女(をんな)は化物(ばけもの)だと云(い)ふが……われと吾(わが)手(て)に見惚(みと)れる様(やう)になつた。257如何(いか)に色男(いろをとこ)の高山彦(たかやまひこ)でも、258此(この)姿(すがた)を見(み)たら飛(と)び付(つ)くであらう。259現在(げんざい)女(をんな)の自分(じぶん)でさへも、260自分(じぶん)の姿(すがた)に見惚(みと)れるのだもの……ヤツパリ霊魂(みたま)が良(よ)いと見(み)える。261アーア惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)、262惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。263………コレコレ常彦(つねひこ)……オツトドツコイ、264コンナ年(とし)の寄(よ)つた婆声(ばばごゑ)を出(だ)しては愛想(あいさう)を尽(つ)かされてはならぬ。265端唄(はうた)や浄瑠璃(じやうるり)で鍛(きた)へて置(お)いた十七八(じふしちはち)の娘(むすめ)の声(こゑ)を使(つか)はねばなるまい、266……コレコレ夏彦(なつひこ)、267用意(ようい)が出来(でき)たよ。268これ夏彦(なつひこ)、269一寸(ちよつと)此方(こちら)へお越(こ)し』
270夏彦(なつひこ)『エツ、271何(なん)だ、272妙(めう)な声(こゑ)がするぞ。273黒姫(くろひめ)さま、274何時(いつ)の間(ま)にか若(わか)い照(てる)サン、275清(きよ)サンを引(ひつ)ぱつて来(き)たと見(み)える。276アンナ別嬪(べつぴん)を連(つ)れて来(き)たら、277婿(むこ)を横取(よこど)りに仕(し)られて了(しま)うがな……』
278黒姫(くろひめ)『コレコレ夏彦(なつひこ)サン、279早(はや)う来(き)なさらぬかいな』
280夏彦(なつひこ)『婆(ばば)アと違(ちが)うて、281娘(むすめ)の声(こゑ)は何処(どこ)ともなしに気分(きぶん)が好(よ)いワイ。282今晩(こんばん)黒姫(くろひめ)と高山彦(たかやまひこ)の婆組(ばばぐみ)が婚礼(こんれい)をする。283後(あと)は照(てる)サンと夏彦(なつひこ)サンの婚礼(こんれい)だ。284これ丈(だけ)沢山(たくさん)に男(をとこ)も居(を)るのに、285あの優(やさ)しい声(こゑ)で夏彦(なつひこ)サンと言(い)ひやがるのは、286余(よ)つ程(ぽど)思召(おぼしめし)が有(あ)ると見(み)えるワイ。287どうれ、288一(ひと)つ、289襟(えり)でも直(なほ)して、290お目(め)に掛(かか)らうかい』
291 目(め)を擦(こす)り、292鼻(はな)をほぜくり、293唇(くちびる)を舐(な)め、294襟(えり)の合(あは)せ目(め)をキチンとし、295帯(おび)から袴(はかま)まで検(あらた)め、
296夏彦『ヤアこれで天晴(あつぱ)れ色男(いろをとこ)だ……エツヘン』
297 足音(あしおと)を変(か)へ乍(なが)ら、298稍(やや)反(そ)り返(かへ)りて、299色男然(いろをとこぜん)と澄(す)まし顔(がほ)、300一間(ひとま)の障子(しやうじ)をガラリと開(あ)け、
301夏彦『今(いま)お呼(よ)びとめになつたのは、302照(てる)サンで御座(ござ)いますか、303何用(なによう)で御座(ござ)います……』
304黒姫(くろひめ)『お前(まへ)は夏彦(なつひこ)ぢやないか。305何(なん)ぢや其(その)済(す)ました顔(かほ)は……照(てる)サンぢやないかテ…夜(よ)も昼(ひる)も照(てる)サンに……照(てる)の女(あま)に現(うつつ)を抜(ぬ)かしよつて、306わしの云(い)うた事(こと)が耳(みみ)へ這入(はい)らぬのか』
307夏彦(なつひこ)『それでも若(わか)い女(をんな)の声(こゑ)がしましたもの、308若(わか)い女(をんな)と言(い)へば、309今(いま)の所(ところ)では照(てる)サン、310清(きよ)サンより無(な)いぢやありませぬか』
311黒姫(くろひめ)『照(てる)や清(きよ)は真名井(まなゐ)ケ岳(だけ)の隠(かく)れ家(が)に置(お)いてあるぢやないか。312何(なに)をとぼけて居(ゐ)るのぢや。313黒姫(くろひめ)が呼(よ)びたのですよ』
314夏彦(なつひこ)『ヘエー、315何(なん)と若(わか)い声(こゑ)が出(で)るものですな』
316黒姫(くろひめ)『きまつた事(こと)ぢや。317言霊(ことたま)の練習(れんしふ)がしてあるから、318老爺(ぢい)の声(こゑ)でも、319婆(ばば)の声(こゑ)でも、320十七八(じふしちはち)の女(をんな)の声(こゑ)でも、321赤児(あかご)の声(こゑ)でも、322鳶(とび)でも、323烏(からす)でも、324猫(ねこ)でも、325鼠(ねずみ)でも、326自由(じいう)自在(じざい)の言霊(ことたま)が使(つか)へるのですよ』
327夏彦(なつひこ)『ア、328ハハー、329さうですか、330さうすると今晩(こんばん)は、331鼠(ねずみ)の鳴声(なきごゑ)を聞(き)かして貰(もら)はうと儘(まま)ですな、332アハヽヽヽ』
333黒姫(くろひめ)『エーエー喧(やかま)しいワイ。334早(はや)うお客(きやく)さまのお相手(あひて)をして、335それからソレ……レイの用意(ようい)をするのよ』
336夏彦(なつひこ)『レイの用意(ようい)だつて……何(ど)の事(こと)だか分(わか)りませぬがなア』
337黒姫(くろひめ)『レイの上(うへ)にコンが付(つ)くのぢや。338アタ恥(はづか)しい。339良(い)い加減(かげん)に気(き)を利(き)かしたらどうぢや』
340夏彦(なつひこ)『霜(しも)降(ふ)り頭(あたま)に黒(くろ)ン坊(ばう)を着(つ)けて、341鍋墨(なべずみ)の様(やう)な顔(かほ)に白粉(おしろい)を附(つ)けて、342華美(はで)な着物(きもの)を着(き)ると、343ヤツパリ浦若(うらわか)い娘(むすめ)の様(やう)な気(き)になつて、344恥(はづ)かしうなるものかいなア。345恥(はづ)かしい事(こと)と言(い)つたら知(し)らぬ黒姫(くろひめ)ぢやと思(おも)うて居(を)つたのに、346流石(さすが)は女(をんな)だ。347恥(はづ)かしいと仰有(おつしや)る、348アツハヽヽヽ』
349 其処(そこ)へ常彦(つねひこ)現(あら)はれ来(きた)り、
350常彦『黒姫(くろひめ)様(さま)、351万事(ばんじ)万端(ばんたん)用意(ようい)が整(ととの)ひました。352サアどうぞお越(こ)し下(くだ)さいませ』
353 黒姫(くろひめ)はつと立(た)ちあがり、354姿見鏡(すがたみ)の前(まへ)に、355腰(こし)を揺(ゆす)り、356尻(しり)を叩(たた)き、357羽(は)ばたきし乍(なが)ら、358稍(やや)空向(そらむき)気味(ぎみ)になり、359すまし込(こ)み、360仕舞(しまひ)でも舞(ま)う様(やう)な足附(あしつき)で、361ソロリソロリと婚礼(こんれい)の間(ま)に進(すす)み行(ゆ)く。
362 黒姫(くろひめ)、363高山彦(たかやまひこ)の結婚式(けつこんしき)は無事(ぶじ)に終結(しうけつ)した。364三々(さんさん)九度(くど)の盃(さかづき)、365神前(しんぜん)結婚(けつこん)の模様(もやう)等(とう)は略(りやく)しておきます。
366 黒姫(くろひめ)は結婚(けつこん)を祝(しゆく)する為(ため)、367長袖(ちやうしう)淑(しと)やかに、368自(みづか)ら歌(うた)ひ自(みづか)ら舞(ま)ふ。369日頃(ひごろ)鍛(きた)へし腕前(うでまへ)、370声調(せいてう)と云(い)ひ、371身振(みぶ)りと云(い)ひ、372足(あし)の辷(すべ)り方(かた)、373手(て)の操(あやつ)り方(かた)、374実(じつ)に巧妙(かうめう)を極(きは)め、375出色(しゆつしよく)のものなりける。
376黒姫(くろひめ)『色(いろ)は匂(にほ)へど散(ち)りぬるを
377吾(わ)が世(よ)誰(たれ)ぞ常(つね)ならむ
378有為(うゐ)の奥山(おくやま)今日(けふ)越(こ)えて
379浅(あさ)き夢見(ゆめみ)しゑひもせず
380昨日(きのふ)やきやう(京(きやう))の飛鳥川(あすかがは)
381清(きよ)く流(なが)れて行末(ゆくすゑ)は
382善(よし)も悪(あし)きも浪速江(なにはえ)の
383綿帽子(わたばうし)隠(かく)したツノ国(くに)の
384春(はる)の景色(けしき)に紛(まが)ふなる
385花(はな)の容顔(かんばせ)月(つき)の眉(まゆ)
386年(とし)は幾(いく)つか白雲(しらくも)の
387二八(にはち)の春(はる)の優姿(やさすがた)
388皺(しわ)は寄(よ)つても村肝(むらきも)の
389心(こころ)の色(いろ)は稚桜姫(わかざくらひめ)
390神(かみ)の命(みこと)の御教(みをしへ)を
391朝(あさ)な夕(ゆふ)なに畏(かしこ)みて
392仕(つか)へ奉(まつ)りし甲斐(かひ)ありて
393色香(いろか)つつしむ一昔(ひとむかし)
394花(はな)は紅(くれなゐ)、葉(は)は緑(みどり)
395手折(たを)り難(がた)きは高山彦(たかやまひこ)の
396空(そら)に咲(さ)きたる梅(うめ)の花(はな)
397時節(じせつ)は待(ま)たにやならぬもの
398天(てん)は変(かは)りて地(つち)となり
399地(つち)は上(のぼ)りて天(てん)となる
400さしもに高(たか)き高山彦(たかやまひこ)の
401吾(わが)背(せ)の命(みこと)の遅(おそ)ざくら
402手折(たを)る今日(けふ)こそ芽出度(めでた)けれ
403疳声(かんごゑ)高(たか)き高姫(たかひめ)の
404朝(あさ)な夕(ゆふ)なに口角(こうかく)を
405磨(みが)きすまして泡(あわ)飛(と)ばし
406宣(の)る言霊(ことたま)も水(みづ)の泡(あわ)
407アワぬ昔(むかし)は兎(と)も角(かく)も
408会(あ)うた此(この)世(よ)の嬉(うれ)しさは
409仮令(たとへ)天地(てんち)が変(かは)るとも
410替(か)へてはならぬ妹(いも)と背(せ)の
411嬉(うれ)しき道(みち)の此(この)旅出(たびで)
412旅(たび)は憂(う)いもの辛(つら)いもの
413辛(つら)いと言(い)つても夫婦(ふうふ)連(づれ)
414凩(こがらし)荒(すさ)ぶ山路(やまみち)も
415霜(しも)の剣(つるぎ)を抜(ぬ)きかざす
416浅茅(あさぢ)ケ原(はら)も何(なん)のその
417夫婦(ふうふ)手(て)に手(て)を取(と)りかわし
418互(たがひ)に睦(むつ)ぶ二人仲(ふたりなか)
419二世(にせ)の夫(つま)とは誰(た)が言(い)うた
420五百世(いほせ)までも夫婦(ふうふ)ぞと
421世(よ)の諺(ことわざ)に言(い)ふものを
422坊(ぼ)ツチヤン育(そだ)ちの緯役(よこやく)が
423世間(せけん)をミヅの御霊(みたま)とて
424訳(わけ)の分(わか)らぬ事(こと)を言(い)ふ
425表(おもて)は表(おもて)、裏(うら)は裏(うら)
426仮令(たとへ)雪隠(せんち)の水(みづ)つきと
427分(わか)らぬ奴(やつ)が吐(ほざ)くとも
428斯(こ)うなる上(うへ)は是非(ぜひ)もない
429雪隠(せんち)千(せん)年(ねん)万(まん)年(ねん)も
430浮世(うきよ)に浮(う)いて瓢箪(へうたん)の
431胸(むね)の辺(あた)りに締(し)めくくり
432縁(えにし)の糸(いと)をしつかりと
433呼吸(いき)を合(あは)して結(むす)び昆布(こぶ)
434骨(ほね)も砕(くだ)けし蛸入道(たこにふだう)
435烏賊(いか)に世人(よびと)は騒(さわ)ぐとも
436登(のぼ)り詰(つ)めたは吾(わが)恋路(こひぢ)
437成就(じやうじゆ)鯣(するめ)の今日(けふ)の宵(よひ)
438善(よ)いも悪(わる)いも門外漢(もんぐわいかん)の
439容喙(ようかい)すべき事(こと)でない
440高山彦(たかやまひこ)の吾(わが)夫(つま)よ
441千軍(せんぐん)万馬(ばんば)の功(こう)を経(へ)し
442苦労(くらう)に苦労(くらう)を重(かさ)ねたる
443すべての道(みち)にクロトなる
444此(この)黒姫(くろひめ)と末永(すえなが)く
445世帯(しよたい)駿河(するが)の富士(ふじ)の山(やま)
446解(と)けて嬉(うれ)しき夏(なつ)の雪(ゆき)
447白(しろ)き肌(はだへ)を露(あら)はして
448薫(かほ)り初(そ)めたる兄(こ)の花(はな)の
449一度(いちど)に開(ひら)く楽(たの)しみは
450神(かむ)伊弉諾(いざなぎ)の大神(おほかみ)が
451妹(いも)の命(みこと)と諸共(もろとも)に
452天(あま)の瓊矛(ぬぼこ)をかき下(おろ)し
453コヲロコヲロに掻(か)き鳴(な)して
454山河(やまかは)草木(くさき)百(もも)の神(かみ)
455生(う)み出(い)でませし其(その)如(ごと)く
456汝(なれ)は左(ひだり)へ妾(わし)は右(みぎ)
457右(みぎ)と左(ひだり)の呼吸(いき)合(あは)せ
458明(あ)かす誠(まこと)に裏(うら)は無(な)い
459ウラナイ教(けう)の神(かみ)の道(みち)
460国治立(くにはるたち)の大神(おほかみ)の
461開(ひら)き給(たま)ひし三五(あななひ)の
462神(かみ)の教(をしへ)も今(いま)は早(はや)
463瑞(みづ)の御霊(みたま)の混(ま)ぜ返(かへ)し
464穴有(あなあ)り教(けう)となりにける
465愈(いよいよ)是(こ)れから比治山(ひぢやま)の
466峰(みね)の続(つづ)きの比沼(ひぬ)真名井(まなゐ)
467豊国姫(とよくにひめ)の現(あら)はれし
468珍(うづ)の宝座(はうざ)を蹂躙(じうりん)し
469誠(まこと)一(ひと)つのウラナイの
470神(かみ)の教(をしへ)を永久(とことは)に
471夫婦(ふうふ)の呼吸(いき)を合(あは)せつつ
472立(た)てねば置(お)かぬ経(たて)の教(のり)
473稚桜姫(わかざくらひめ)の神(かみ)さへも
474花(はな)の色香(いろか)に踏(ふ)み迷(まよ)ひ
475心(こころ)を紊(みだ)して散(ち)り給(たま)ふ
476其(その)古事(ふるごと)に神習(かむなら)ひ
477此(この)黒姫(くろひめ)も慎(つつし)みて
478神(かみ)の御跡(みあと)を追(お)ひまつる
479五十路(いそぢ)の坂(さか)を越(こ)え乍(なが)ら
480浮(う)いた婆(ばば)アと笑(わら)ふ奴(やつ)
481世間(せけん)知(し)らずの間抜者(まぬけもの)
482さはさり乍(なが)ら夏彦(なつひこ)よ
483岩高彦(いはたかひこ)よ常彦(つねひこ)よ
484色々(いろいろ)話(はなし)を菊若(きくわか)よ
485妾(わらは)に習(なら)つて過(あやま)つな
486年(とし)を老(と)つての夫(をつと)持(も)つ
487妾(わたし)は深(ふか)い因縁(いんねん)の
488綱(つな)にからまれ是非(ぜひ)もなく
489神(かみ)の御(おん)為(ため)国(くに)の為(ため)
490ウラナイ教(けう)の御(おん)為(ため)に
491心(こころ)にもなき夫(つま)を持(も)つ
492陽気(やうき)浮気(うはき)で黒姫(くろひめ)が
493コンナ騒(さわ)ぎをするものか
494直日(なほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し
495善言(ぜんげん)美詞(びし)に宣(の)り直(なほ)し
496必(かなら)ず悪口(わるくち)言(い)ふでない
497後(あと)になつたら皆(みな)判明(わか)る
498神(かみ)の奥(おく)には奥(おく)が有(あ)る
499其(その)又(また)奥(おく)には奥(おく)がある
500昔(むかし)の昔(むかし)のさる昔(むかし)
501マ一(ひと)つ昔(むかし)のまだ昔(むかし)
502まだも昔(むかし)の大昔(おほむかし)
503神(かみ)の定(さだ)めた因縁(いんねん)の
504魂(たま)と魂(たま)との真釣(まつ)り合(あ)ひ
505晴(は)れて扇(あふぎ)の末(すゑ)広(ひろ)く
506仰(あふ)げよ仰(あふ)げ神心(かみごころ)
507心(こころ)一(ひと)つの持(も)ちやうで
508此(この)黒姫(くろひめ)の言(い)ふ事(こと)は
509善(ぜん)に見(み)えたり又(また)悪(あく)に
510見(み)えて居(を)るかも知(し)れないが
511身魂(みたま)の曇(くも)つた人間(にんげん)が
512心(こころ)驕(たか)ぶりツベコベと
513構(かま)ひ立(だ)てをばするでない
514総(すべ)て細工(さいく)は流々(りうりう)ぢや
515仕上(しあ)げた所(ところ)を見(み)てお呉(く)れ
516身魂(みたま)の因縁(いんねん)性来(しやうらい)の
517大根本(だいこつぽん)の根本(こつぽん)を
518知(し)つたる神(かみ)は外(ほか)に無(な)い
519日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)と
520定(さだ)まりきつた高姫(たかひめ)や
521永(なが)らく海(うみ)の底(そこ)の国(くに)
522お住居(すまゐ)なされた竜宮(りうぐう)の
523乙姫(おとひめ)さまの肉(にく)の宮(みや)
524此(この)黒姫(くろひめ)と唯(ただ)二人(ふたり)
525要(い)らぬ屁理屈(へりくつ)言(い)はぬもの
526心(こころ)も清(きよ)きモチヅキの
527音(おと)に耳(みみ)をば澄(す)ましつつ
528三五(さんご)の月(つき)の清(きよ)らかな
529心(こころ)の鏡(かがみ)をみがきあげ
530ウラナイ教(けう)の御(おん)仕組(しぐみ)
531何(なに)も言(い)はずに見(み)て御座(ござ)れ
532今(いま)は言(い)ふべき時(とき)でない
533言(い)はぬは云(い)ふに弥(いや)勝(まさ)る
534高山彦(たかやまひこ)や黒姫(くろひめ)の
535婚礼(こんれい)したのも理由(わけ)がある
536人間心(にんげんごころ)で因縁(いんねん)が
537どうして分(わか)らう筈(はず)はない
538朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
539月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
540仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも
541此(この)因縁(いんねん)は人(ひと)の身(み)の
542窺(うかが)ひ知(し)らるる事(こと)でない
543今(いま)に五六七(みろく)の世(よ)が来(く)れば
544唯(ただ)一厘(いちりん)の神界(しんかい)の
545仕組(しぐみ)をあけて見(み)せてやる
546それ迄(まで)喧(やかま)しう言(い)ふでない
547口(くち)を慎(つつし)み、ギユツと締(し)め
548瑞(みづ)の御霊(みたま)にとぼけたる
549訳(わけ)の分(わか)らぬ人民(じんみん)は
550高山彦(たかやまひこ)や黒姫(くろひめ)の
551此(この)結婚(けつこん)を彼此(かれこれ)と
552口(くち)を極(きは)めて誹(そし)るだらう
553譏(そし)らば誹(そし)れ、言(い)はば言(い)へ
554妾(わたし)の心(こころ)は神(かみ)ぞ知(し)る
555神(かみ)の御(おん)為(ため)国(くに)の為(ため)
556お道(みち)の為(ため)に黒姫(くろひめ)が
557尽(つく)す誠(まこと)を逸早(いちはや)く
558世界(せかい)の者(もの)に知(し)らせたい
559吁(あゝ)、惟神(かむながら)々々(かむながら)
560御霊(みたま)幸倍(さちはへ)ましませよ
561アヽ、惟神(かむながら)々々(かむながら)
562そろうて酒(さけ)をば飲(の)むがヨイ
563ヨイヨイヨイトサア
564ヨイトサノサツサ』
565 黒姫(くろひめ)は調子(てうし)に乗(の)つて踊(をど)り狂(くる)ひ、566汗(あせ)をタラタラ流(なが)し、567白粉(おしろい)をはがし、568顔一面(かほいちめん)縄暖簾(なはのれん)を下(さ)げたる如(ごと)くなりにける。569高山彦(たかやまひこ)は立(た)ちあがり、570祝歌(しゆくか)を唄(うた)ふ。
571高山彦『フサの都(みやこ)に生(うま)れ出(い)で
572浮世(うきよ)の風(かぜ)に揉(も)まれつつ
573妻子(つまこ)を捨(す)てて遥々(はるばる)と
574ウラナイ教(けう)の大元(おほもと)の
575北山村(きたやまむら)に来(き)て見(み)れば
576鼻高々(はなたかだか)と高姫(たかひめ)が
577天地(てんち)の道理(だうり)を説(と)き聞(き)かす
578支離(しり)滅裂(めつれつ)の繰言(くりごと)を
579厭(いや)な事(こと)ぢやと耳(みみ)押(おさ)へ
580三日(みつか)四日(よつか)と経(た)つ内(うち)に
581腹(はら)の虫(むし)奴(め)が何時(いつ)の間(ま)か
582グレツと変(かは)つてウラナイの
583神(かみ)の教(をしへ)が面白(おもしろ)く
584聞(き)けば聴(き)く程(ほど)味(あぢ)が出(で)る
585牛(うし)に牽(ひ)かれて善光寺(ぜんくわうじ)
586爺(ぢ)サン婆(ば)サンが参(まゐ)る様(やう)に
587何時(いつ)の間(ま)にやらウラナイの
588教(をしへ)の擒(とりこ)と成(な)り果(は)てて
589朝(あさ)な夕(ゆふ)なの水垢離(みづごうり)
590蛙(かはづ)の様(やう)な行(ぎやう)をして
591嬉(うれ)し嬉(うれ)しの日(ひ)を送(おく)る
592盲(めくら)聾(つんぼ)の集(あつ)まりし
593ウラナイ教(けう)の大元(おほもと)は
594目(め)あき一人(ひとり)の高山彦(たかやまひこ)が
595天津空(あまつそら)より降(くだ)り来(き)し
596天女(てんによ)の様(やう)に敬(うやま)はれ
597持(も)て囃(はや)されて高姫(たかひめ)の
598鋭(するど)き眼鏡(めがね)に叶(かな)うたか
599抜擢(ばつてき)されて黒姫(くろひめ)が
600夫(つま)となれとの御(ご)託宣(たくせん)
601断(ことわ)りするも何(なん)とやら
602枯木(かれき)に花(はな)も咲(さ)くためし
603地獄(ぢごく)の上(うへ)を飛(と)ぶ様(やう)に
604胆力(たんりよく)据(す)ゑて高姫(たかひめ)に
605承知(しようち)の旨(むね)を答(こた)ふれば
606高姫(たかひめ)さまも雀躍(こをど)りし
607これで妾(わたし)も安心(あんしん)と
608数多(あまた)の家来(けらい)を差(さ)しまわし
609み空(そら)を翔(か)ける磐船(いはふね)を
610数多(あまた)準備(しつら)ひフサの国(くに)ゆ
611唸(うな)りを立(た)てて中空(ちうくう)に
612思(おも)ひがけなき高上(たかあが)り
613高山彦(たかやまひこ)や低山(ひきやま)の
614空(そら)を掠(かす)めて渡(わた)り来(く)る
615大海原(おほうなばら)の島々(しまじま)も
616数多(あまた)越(こ)えつつ悠々(いういう)と
617風(かぜ)に揺(ゆ)られて下(お)り来(きた)る
618由良(ゆら)の湊(みなと)の広野原(ひろのはら)
619イヨイヨ無事(ぶじ)に着陸(ちやくりく)し
620虎若(とらわか)富彦(とみひこ)伴(ともな)ひて
621大江(おほえ)の山(やま)を探(さぐ)りつつ
622魔窟(まくつ)ケ原(はら)に来(き)て見(み)れば
623見渡(みわた)す限(かぎ)り銀世界(ぎんせかい)
624妻(つま)の住家(すみか)は何処(いづく)ぞと
625眼(まなこ)白黒(しろくろ)黒姫(くろひめ)の
626岩戸(いはと)を守(まも)る夏彦(なつひこ)が
627首(くび)から先(さき)を突出(つきだ)して
628ヤア婿(むこ)さまか婿(むこ)さまか
629黒姫(くろひめ)さまのお待兼(まちか)ね
630遠慮(ゑんりよ)は要(い)らぬサア早(はや)く
631お這入(はい)りなされと先(さき)に立(た)ち
632頭(あたま)を隠(かく)して段階(だんばしご)
633ヒヨコリヒヨコリと下(くだ)り行(ゆ)く
634虎若(とらわか)、富彦(とみひこ)先(さき)に立(た)ち
635高山彦(たかやまひこ)を伴(とも)なひて
636内(うち)はホラホラ岩窟(いはやど)に
637潜(くぐ)りて見(み)れば此(こ)は如何(いか)に
638名(な)は黒姫(くろひめ)と聞(き)きつれど
639聞(き)きしに違(たが)ふ白(しろ)い顔(かほ)
640夢(ゆめ)に牡丹餅(ぼたもち)食(く)た様(やう)な
641嬉(うれ)しき契(ちぎり)の今日(けふ)の宵(よひ)
642年(とし)は二八(にはち)か二九(にく)からぬ
643姿(すがた)優(やさ)しき此(この)ナイス
644幾久(いくひさ)しくも末永(すゑなが)く
645鴛鴦(をし)の衾(ふすま)の睦(むつ)び合(あ)ひ
646浮(う)きつ沈(しづ)みつ世(よ)を渡(わた)る
647今日(けふ)の結縁(かため)ぞ楽(たの)しけれ
648月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
649仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも
650高山彦(たかやまひこ)と黒姫(くろひめ)の
651妹背(いもせ)の中(なか)は何時(いつ)までも
652いや常永(とこしへ)に変(かは)らざれ
653八洲(やしま)の国(くに)は広(ひろ)くとも
654女(をんな)の数(かず)は多(おほ)くとも
655女房(にようばう)にするは唯(ただ)一人(ひとり)
656神(かみ)の結(むす)びし此(この)縁(えにし)
657睦(むつ)び親(した)しむ玉椿(たまつばき)
658八千代(やちよ)の春(はる)を迎(むか)へつつ
659ウラナイ教(けう)の神(かみ)の憲(のり)
660四方(よも)の国々(くにぐに)宣(の)り伝(つた)へ
661神政(しんせい)成就(じやうじゆ)の神業(かむわざ)に
662仕(つか)へ奉(まつ)りて麗(うるは)しき
663尊(たふと)き御代(みよ)を弥勒(みろく)の世(よ)
664弥勒(みろく)三会(さんゑ)の暁(あかつき)の
665鐘(かね)は鳴(な)るとも破(わ)れるとも
666二人(ふたり)の中(なか)は変(かは)らまじ
667あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
668御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ』
669と謡(うた)つて、670大(おほ)きな図体(づうたい)をドスンとおろした其(その)機会(はづみ)に、671盃(さかづき)も、672徳利(とくり)も、673一二(いちに)尺(しやく)飛(と)び上(あが)り、674俄(にはか)に舞踏(ぶたふ)を演(えん)じ、675思(おも)はぬ余興(よきよう)を添(そ)へにける。676夏彦(なつひこ)は、677くの字(じ)に曲(まが)つた腰(こし)を、678三(み)つ四(よ)つ握(にぎ)り拳(こぶし)にて打(う)ち乍(なが)ら、679土盃(かはらけ)を右手(めて)に捧(ささ)げ、680オツチヨコチヨイのチヨイ腰(ごし)になつて、681自(みづか)ら謡(うた)ひ、682自(みづか)ら踊(をど)り始(はじ)めける。
683夏彦『アヽ芽出(めで)たい芽出(めで)たいお芽出(めで)たい
684年(とし)は老(と)つても色(いろ)の道(みち)
685忘(わす)れられぬと見(み)えまする
686娘(むすめ)や孫(まご)のある中(なか)に
687田舎(いなか)の雪隠(せんち)の水漬(みづつき)か
688ババアが浮(う)いてうき散(ち)らし
689顔(かほ)に白粉(おしろい)コテコテと
690雀(すずめ)のお宿(やど)のお婆(ば)アさま
691高(たか)い山(やま)から雄(を)ン鳥(どり)を
692言葉(ことば)巧(たくみ)に誘(さそ)て来(き)て
693言(い)ふな言(い)ふなと吾々(われわれ)の
694舌切雀(したきりすずめ)のお芽出(めで)たさ
695夜(よ)さりも昼(ひる)もチヨンチヨンと
696皺(しわ)のよつたる機(はた)を織(お)る
697ハタの見(み)る目(め)は堪(たま)らない
698雀(すずめ)百(ひやく)までをンどりを
699忘(わす)れぬ例(ためし)は聞(き)いて居(ゐ)る
700私(わし)も男(をとこ)のはしぢやもの
701相手(あひて)が欲(ほ)しい欲(ほ)しいわいナ
702恋路(こひぢ)に迷(まよ)うと云(い)ふ事(こと)は
703可愛(かわ)い男(をとこ)に〔米(おほやしま)〕
704辵(しんにう)かけた事(こと)ぢやげな[※「米」を括る〔 〕は底本通り。「辵」は「辶」の元となる漢字。「米」に「辶」で「迷」になる。]
705図蟹(づがに)[※「図蟹」とはモクズガニのことだと思われる。]が泡(あわ)を福(ふく)の神(かみ)
706恵比須(ゑべす)大黒(だいこく)ニコニコと
707腹(はら)を抱(かか)へて踊(をど)り出(だ)す
708弁天(べんてん)さまの真似(まね)をして
709顔(かほ)コテコテと撫塗(なづ)り立(た)て
710月(つき)が重(かさ)なりや布袋腹(ほていばら)
711膨(ふく)れて困(こま)るは目(ま)のあたり
712それでも私(わし)は黙(だま)つてる
713長(なが)い頭(あたま)の寿老人(げほう)さま
714高山彦(たかやまひこ)を婿(むこ)に持(も)ち
715まるビシヤモンを叩(たた)き付(つ)け
716上(うへ)を下(した)への大戦(おほいくさ)
717大洪水(だいこうずゐ)に流(なが)されて
718天変(てんぺん)地妖(ちえう)の大騒動(おほさうどう)
719黒白(あやめ)も分(わ)かぬ暗(やみ)の夜(よ)に
720思(おも)はぬ地震(ぢしん)が揺(ゆ)るであろ
721地震(ぢしん)雷(かみなり)火(ひ)の車(くるま)
722変(かは)れば変(かは)る世(よ)の中(なか)ぢや
723娘(むすめ)や孫(まご)のある人(ひと)が
724烏(からす)の婿(むこ)に鷹(たか)を取(と)り
725目(め)を光(ひか)らして是(これ)からは
726天(あめ)が下(した)なる有象(うぞ)無象(むぞ)を
727何(なん)の容赦(ようしや)も荒鷹(あらたか)の
728勢(いきほひ)猛(たけ)き山(やま)の神(かみ)
729苦労(くらう)重(かさ)なる黒姫(くろひめ)の
730行末(ゆくすゑ)こそはお芽出(めで)たい
731あゝなつかしや夏彦(なつひこ)の
732夢寐(むび)にも忘(わす)れぬ照(てる)さまは
733どうして御座(ござ)るか比治山(ひぢやま)の
734黒姫(くろひめ)さまの隠家(かくれが)に
735肱(ひぢ)を枕(まくら)に寝(ね)て御座(ござ)ろ
736アヽなつかしやなつかしや
737高山彦(たかやまひこ)や黒姫(くろひめ)の
738今日(けふ)の慶事(けいじ)を見(み)るにつけ
739心(こころ)にかかるは照(てる)さまの
740比治山(ひぢやま)峠(たうげ)の独寝(ひとりね)ぢや
741コンナ所(ところ)を見(み)せられて
742羨(け)なり涙(なみだ)がポロポロと
743私(わし)は零(こぼ)れて来(き)たわいナ
744アヽ惟神(かむながら)々々(かむながら)
745ホンに叶(かな)はぬ事(こと)ぢやわい
746叶(かな)はぬ時(とき)の神頼(かみだの)み
747比沼(ひぬ)の真名井(まなゐ)の神(かみ)さまに
748一(ひと)つ願(ねが)ひを掛(か)けて見(み)よう
749ウラナイ教(けう)に入(い)つてより
750早(はや)十(じふ)年(ねん)になるけれど
751神(かみ)の教(をしへ)の信徒(まめひと)は
752女(をんな)に眼(まなこ)呉(く)れなよと
753高姫(たかひめ)さまや黒姫(くろひめ)の
754何時(いつ)も厳(きび)しきお警告(いましめ)
755それに何(なん)ぞや今日(けふ)は又(また)
756黒姫(くろひめ)さまが身(み)を扮装(やつ)し
757天女(てんによ)の様(やう)に化(ば)けかはり
758返(かへ)り咲(ざ)きとは何(なん)の事(こと)
759黒姫(くろひめ)さまが口癖(くちぐせ)に
760裏(うら)と表(おもて)がある教(をしへ)
761奥(おく)の奥(おく)には奥(おく)があると
762言(い)うて居(ゐ)たのは此(この)事(こと)か
763俺(おれ)はあンまり神(かみ)さまに
764呆(はう)けて居(を)つて馬鹿(ばか)を見(み)た
765馬鹿(ばか)正直(しやうぢき)の夏彦(なつひこ)も
766これから心(こころ)を改悪(かいあく)し
767今(いま)まで堪(こら)へた恋(こひ)の道(みち)
768土手(どて)を切(き)らしてやつて見(み)る
769サア常彦(つねひこ)よ岩高(いはたか)よ
770何時(いつ)も話(はなし)を菊若(きくわか)の
771若(わか)い奴(やつ)等(ら)は俺(おれ)の後(あと)を
772慕(した)うて出(で)て来(こ)ひ比治山(ひぢやま)の
773照(てる)さま、清(きよ)さま潜(ひそ)む家(や)に
774肱鉄砲(ひぢてつぱう)を覚悟(かくご)して
775訪(たづ)ねて行(ゆ)かうサア行(ゆ)かう
776高山彦(たかやまひこ)や黒姫(くろひめ)の
777今日(けふ)の結婚(けつこん)済(す)みたなら
778私(わし)はお暇(ひま)を頂(いただ)かう
779グヅグヅしてると年(とし)が老(よ)る
780若(わか)い盛(さか)りは二度(にど)とない
781皺苦茶(しわくちや)爺(ぢぢ)イになつてから
782如何(いか)に女房(にようばう)を探(さが)しても
783適当(てきたう)な奴(やつ)は有(あ)りはせぬ
784時(とき)遅(おく)れては一大事(いちだいじ)
785花(はな)の盛(さか)りの吾々(われわれ)は
786今(いま)から心(こころ)を取直(とりなほ)し
787女房(にようばう)持(も)つて潔(いさぎよ)く
788体主(たいしゆ)霊従(れいじう)の有丈(ありたけ)を
789尽(つく)して暮(くら)すが一生(いつしやう)の
790各自(めいめい)の得(とく)ぢやトツクリと
791思案(しあん)定(さだ)めて行(い)かうかいの
792サアサ往(い)かうではないかいナ
793ドツコイシヨウ ドツコイシヨウ
794ウントコドツコイ黒姫(くろひめ)さま
795ヤツトコドツコイ高山彦(たかやまひこ)の
796長(なが)い頭(あたま)のゲホウさま
797ドツコイシヨのドツコイシヨ』
798と自暴自棄(やけくそ)になつて、799一生(いつしやう)懸命(けんめい)に不平(ふへい)を漏(も)らし躍(をど)り狂(くる)ふ。800常彦(つねひこ)、801岩高(いはたか)、802菊若(きくわか)も、803夏彦(なつひこ)の唄(うた)に同意(どうい)を表(へう)し、804杯(さかづき)を投(な)げ、805燗徳利(かんどくり)を破(わ)り、806什器(じふき)を踏(ふ)み砕(くだ)き、807酔(ゑひ)にまぎらし乱痴気(らんちき)騒(さわ)ぎに其(その)夜(よ)を徹(あ)かしけるが、808流石(さすが)の黒姫(くろひめ)も結婚(けつこん)の祝(いは)ひの夜(よる)とて一言(ひとこと)もツブやかず、809夏彦(なつひこ)等(ら)が乱暴(らんばう)をなす儘(まま)に任(まか)せ居(ゐ)たりける。
810 明(あ)くれば正(しやう)月(ぐわつ)二十七(にじふしち)日(にち)、811黒姫(くろひめ)は、812高山彦(たかやまひこ)其(その)他(た)の面々(めんめん)を一間(ひとま)に招(まね)き、813比沼(ひぬ)の真名井(まなゐ)の豊国姫(とよくにひめ)が出現場(しゆつげんば)なる、814瑞(みづ)の宝座(ほうざ)を占領(せんりやう)せむことを提議(ていぎ)し、815満場(まんぢやう)一致(いつち)可決(かけつ)の結果(けつくわ)、816猫(ねこ)も杓子(しやくし)も脛腰(すねこし)の立(た)つ者(もの)全部(ぜんぶ)を引連(ひきつ)れ、817高山彦(たかやまひこ)は駒(こま)に跨(またが)り、818真名井(まなゐ)ケ原(はら)指(さ)して驀地(まつしぐら)に進撃(しんげき)し、819茲(ここ)に正(しやう)月(ぐわつ)二十八(にじふはち)日(にち)の大攻撃(だいこうげき)を開始(かいし)し、820青彦(あをひこ)、821加米彦(かめひこ)が言霊(ことたま)に、822散々(さんざん)な目(め)に会(あ)ひ散(ち)り散(ぢ)りバラバラに、823再(ふたた)び魔窟(まくつ)ケ原(はら)の岩窟(がんくつ)に引返(ひきかへ)し、824第二(だいに)の作戦(さくせん)計画(けいくわく)に着手(ちやくしゆ)したりける。825嗚呼(ああ)、826黒姫(くろひめ)一派(いつぱ)は如何(いか)なる手段(しゆだん)を以(もつ)て、827真名井(まなゐ)ケ原(はら)の聖場(せいぢやう)を占領(せんりやう)せむとするにや。
828(大正一一・四・二二 旧三・二六 松村真澄録)
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