霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一四章 空谷(くうこく)の足音(そくいん)〔六二五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第17巻 如意宝珠 辰の巻 篇:第3篇 鬼ケ城山 よみ(新仮名遣い):おにがじょうざん
章:第14章 空谷の足音 よみ(新仮名遣い):くうこくのそくいん 通し章番号:625
口述日:1922(大正11)年04月23日(旧03月27日) 口述場所: 筆録者:東尾吉雄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年1月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
一方、青彦、夏彦、常彦は悦子姫らの後を追って、鬼ケ城に進んできた。しかし烈風に吹き煽られて、深い谷間に転落し、足腰を痛めて苦しんでいた。そこへ、宣伝歌の声が近づいて来る。
三人は滑稽なやり取りをひとしきり行い、四つ這いになって険しい崖を上った。そこでは、悦子姫一行が、各々雑談に耽っていた。
加米彦は、途中で姿が見えなくなった青彦の噂をし、丹波村のお節のところに行ったのではないか、と勘ぐっている。
そこへ木の中から青彦が登場して、一行は合流する。青彦は、ウラナイ教から夏彦、常彦を引き抜いた顛末を一同に話す。一行はここで夜を明かしてから鬼ケ城に進むこととして、野宿した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-02-28 18:39:24 文字数:4965 OBC :rm1714
愛善世界社版:212頁 八幡書店版:第3輯 602頁 修補版: 校定版:219頁 普及版:95頁 初版: ページ備考:
001頃(ころ)しも二(に)月(ぐわつ)十五(じふご)日(にち)
002東(あづま)の空(そら)を輝(かがや)かし
003山(やま)の端(は)出(い)づる月影(つきかげ)に
004三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)
005色(いろ)青彦(あをひこ)の神司(かむつかさ)は
006夏彦(なつひこ)常彦(つねひこ)ともなひて
007鬼(おに)ケ城(じやう)山(ざん)に立(た)て籠(こも)る
008八岐(やまた)大蛇(をろち)の分霊(わけみたま)
009鬼熊別(おにくまわけ)の一類(いちるゐ)を
010言向(ことむ)け和(やは)し皇神(すめかみ)の
011恵(めぐ)みの露(つゆ)に救(すく)はむと
012比沼(ひぬ)の真名井(まなゐ)を後(あと)にして
013谷間(たにま)の雪(ゆき)をみたけ山(やま)
014川(かは)を飛(と)び越(こ)え山(やま)の尾(を)わたり
015立出(たちい)でたまふ悦子姫(よしこひめ)
016音彦(おとひこ)、加米彦(かめひこ)三(さん)人(にん)が
017あとを尋(たづ)ねて走(はし)り来(く)る
018見渡(みわた)す限(かぎ)り山(やま)と山(やま)
019日(ひ)は黄昏(たそがれ)に近(ちか)づきて
020塒(ねぐら)たづぬる群烏(むらがらす)
021熊鷹(くまたか)、鳶(とんび)、百鳥(ももどり)の
022各(おのおの)すみかへ帰(かへ)り行(ゆ)く
023時(とき)しもあれや忽然(こつぜん)と
024吹(ふ)き来(く)る烈風(れつぷう)に身(み)を煽(あふ)られて
025青彦(あをひこ)、夏彦(なつひこ)、常彦(つねひこ)は
026深(ふか)き谿間(たにま)に転落(てんらく)し
027足(あし)をいためつ腰(こし)を打(う)ち
028苦(くる)しみ悶(もだ)ゆる折(をり)からに
029遠音(とほね)に聞(きこ)ゆる宣伝歌(せんでんか)
030木霊(こだま)にひびきて三(さん)人(にん)が
031鼓膜(こまく)をかすめ送(おく)り来(く)る。
032青彦(あをひこ)『アヽ大変(たいへん)な事(こと)であつたワイ。033レコード破(やぶ)りの烈風(れつぷう)に吹(ふ)き散(ち)らされ、034千仭(せんじん)の谷間(たにま)に陥落(かんらく)し少々(せうせう)腰(こし)を打(う)ち、035暫(しばら)くは目(め)を眩(まはか)して居(ゐ)たが、036宣伝歌(せんでんか)の声(こゑ)が耳(みみ)に微(かすか)にひびき、037これでどうやら此方(こつち)のものらしい気分(きぶん)がして来(き)た。038夏彦(なつひこ)、039常彦(つねひこ)、040お前(まへ)はどうだ。041何処(どこ)も怪我(けが)は無(な)かつたか』
042夏彦(なつひこ)『其処(そこ)ら一面(いちめん)真暗(まつくら)がりになつて、043大蛇(をろち)の奴(やつ)、044大空(おほぞら)から大(おほ)きな舌(した)を出(だ)し、045中天(ちうてん)にぶら下(さが)つた時(とき)の恐(おそ)ろしさ、046それから後(あと)はどう成(な)つたか、047一向(いつかう)覚(おぼ)えて居(を)りませぬが、048どうやら足(あし)を挫(くじ)いたらしい。049踵(かかと)がキクキクと痛(いた)み出(だ)した。050一体(いつたい)此処(ここ)は何処(どこ)でせうな』
051青彦(あをひこ)『此処(ここ)は矢張(やつぱり)三嶽山(みたけやま)の谷底(たにそこ)ぢや。052オイ常彦(つねひこ)、053お前(まへ)はどうぢや』
054常彦(つねひこ)『いや何(ど)うも斯(こ)うも有(あ)りませぬ哩(わい)、055痛(いた)いと云(い)つても、056苦(くる)しいと云(い)つても、057コンナ非道(ひど)い目(め)にあふのなら、058矢張(やつぱり)黒姫(くろひめ)の御用(ごよう)をきくのだつたに、059丹波村(たんばむら)で別(わか)れた時(とき)、060黒姫(くろひめ)の奴(やつ)大(おほ)きな目(め)をむきよつて、061嫌(いや)らしい笑(わら)ひ顔(がほ)をして行(ゆ)きよつたが、062その笑(わら)ひには確(たし)かに貴様(きさま)等(ら)俺(おれ)に叛(そむ)くと、063谷底(たにそこ)へ落(お)ちてエライ目(め)に会(あ)ふぞよといふ、064言(い)はず語(かた)りの色(いろ)が見(み)えて居(を)つた、065アーアー膝節(ひざぶし)が抜(ぬ)けた様(やう)だ。066ウラナイ教(けう)の大神(おほかみ)様(さま)、067誠(まこと)に心得(こころえ)違(ちが)ひを致(いた)しました。068どうぞお赦(ゆる)し下(くだ)さいませ』
069青彦(あをひこ)『アハヽヽヽ、070よう精神(せいしん)の動揺(どうえう)する奴(やつ)ぢやなア、071貴様(きさま)の信仰(しんかう)は、072砂上(さじやう)の楼閣(ろうかく)、073風前(ふうぜん)の灯火(ともしび)同様(どうやう)だ』
074夏彦(なつひこ)『こいつは風前(ふうぜん)の灯火(ともしび)では無(な)うて風後(ふうご)の変心(へんしん)ですよ。075アハヽヽヽ。076モシモシ青彦(あをひこ)さま、077三五教(あななひけう)の宣伝歌(せんでんか)が益々(ますます)近寄(ちかよ)つて来(く)るぢやありませぬか。078此方(こちら)から一(ひと)つ大(おほ)きな声(こゑ)を出(だ)して合図(あひづ)をしたらどうでせう』
079青彦(あをひこ)『あれは確(たし)かに悦子姫(よしこひめ)さまの御(ご)一行(いつかう)らしい。080コンナ谷底(たにそこ)へ吹(ふ)き飛(と)ばされ、081名自(めいめい)に怪我(けが)をしてみつともない。082自分(じぶん)の怪我(けが)は自分(じぶん)が処置(しよち)せなくては成(な)るまい。083卑怯(ひけふ)未練(みれん)にも人(ひと)の救(すく)ひを求(もと)めるとは、084男子(だんし)の恥(は)づ可(べ)き処(ところ)だ。085それよりも此方(こちら)から声(こゑ)を尋(たづ)ねて出(で)かけたらどうだ』
086常彦(つねひこ)『出(で)かけると云(い)つた処(ところ)で、087膝(ひざ)が脱(ぬ)けて了(しま)ひ、088コンパスの使用(しよう)不可能(ふかのう)と成(な)つて居(ゐ)るのにどうして歩(ある)けませうか』
089夏彦(なつひこ)『馬鹿(ばか)云(い)ふな、090俺(おれ)だつて足(あし)は痛(いた)い、091青彦(あをひこ)さまだつて腰(こし)の骨(ほね)を挫(くじ)いて御座(ござ)るのだ。092コンナ処(ところ)で弱音(よわね)を吹(ふ)いて耐(たま)るものかい。093何事(なにごと)も精神(せいしん)で勝(か)つのだ。094七(しち)尺(しやく)の男子(だんし)が、095身体(からだ)の一箇所(いつかしよ)や二箇所(にかしよ)怪我(けが)したと云(い)つて、096屁古垂(へこた)れるといふ事(こと)が有(あ)るものか。097蛙(かへる)や蜥蜴(とかげ)を見(み)い、098身体(からだ)の半分(はんぶん)位(くらゐ)切(き)られても、099平気(へいき)でピヨコピヨコ飛(と)ンで居(ゐ)るではないか。100兎角(とかく)人間(にんげん)は精神(せいしん)が第一(だいいち)ぢや、101サアサア行(ゆ)かう』
102常彦(つねひこ)『ソンナ事(こと)云(い)つたつて、103動(うご)かぬぢやないか』
104夏彦(なつひこ)『俺(おれ)の様(やう)な腰(こし)の曲(まが)つた中年寄(ちうとしより)が、105足(あし)を怪我(けが)してもこれ丈(だ)けの元気(げんき)だ。106それに何(なん)だ。107若(わか)い屈強(くつきやう)盛(ざか)りの身(み)を以(もつ)て、108モウ動(うご)かぬの動(うご)けぬのと、109弱(よわ)い事(こと)を言(い)ふない』
110常彦(つねひこ)『ハヽヽヽ、111俺(おれ)は天下(てんか)無双(むさう)の豪傑(がうけつ)だ、112信仰心(しんかうしん)は磐石(ばんじやく)の如(ごと)く、113チツトも動(うご)かぬ。114誠(まこと)生粋(きつすゐ)の日本(やまと)魂(だましひ)だ。115如何(いか)なる難局(なんきよく)にブツカツても動揺(どうえう)しないと云(い)ふ代物(しろもの)だからな』
116夏彦(なつひこ)『ヘン、117口(くち)許(ばか)り黒姫(くろひめ)仕込(じこ)みだけあつて、118仰有(おつしや)います哩(わい)。119貴様(きさま)の信仰(しんかう)はガタガタ震(ぶる)ひの動揺(どうえう)震(ぶる)ひだが、120動(うご)かぬのは親譲(おやゆづ)りの交通(かうつう)機関(きくわん)許(ばか)りだらう。121グズグズ吐(ぬか)すと邪魔(じやま)臭(くさ)いから、122谷底(たにそこ)にホツトイてやるぞ。123サアサア青彦(あをひこ)さま、124此奴(こいつ)は矢張(やつぱり)黒姫党(くろひめたう)だ。125見捨(みす)てて参(まゐ)りませうか』
126青彦(あをひこ)『常彦(つねひこ)さまの足(あし)の起(た)つやうに、127鎮魂(ちんこん)を願(ねが)ひませうか』
128夏彦(なつひこ)『イヤもう結構(けつこう)、129コンナ奴(やつ)に鎮魂(ちんこん)して、130足(あし)でも起(た)つたが最後(さいご)、131又(また)もや黒姫(くろひめ)の処(ところ)へ信仰(しんかう)逆転(ぎやくてん)旅行(りよかう)と早変(はやがは)り、132膺懲(こらしめ)の為(た)めに、133御(お)筆先(ふでさき)通(どほ)り、134改心(かいしん)致(いた)さぬと谷底(たにそこ)へ落(おと)すぞよ。135落(おと)して行(ゆ)きませう』
136常彦(つねひこ)『アハヽヽヽ、137嘘(うそ)だ嘘(うそ)だ、138ドツコも鵜(う)の毛(け)で突(つ)いた程(ほど)も怪我(けが)は無(な)いのだよ。139完全(くわんぜん)無欠(むけつ)ネツトプライスの完全体(くわんぜんたい)だ。140大(おほ)きに色々(いろいろ)と御(ご)心配(しんぱい)をかけました。141サアサア参(まゐ)りませう、142お二人(ふたり)のお方(かた)、143私(わたくし)の後(あと)に跟(つ)いてうせやがれ』
144夏彦(なつひこ)『ヤイ常彦(つねひこ)、145俺(おれ)に何程(なにほど)汚(きたな)い言葉(ことば)を使(つか)うても、146友達(ともだち)の仲(なか)だから構(かま)はないが、147ソンナ事(こと)を言(い)うと、148青彦(あをひこ)さまに御(ご)無礼(ぶれい)ぢやぞ。149速(すみや)かに宣(の)り直(なほ)さぬかい』
150常彦(つねひこ)『初(はじ)めのは青彦(あをひこ)さまに対(たい)して御(ご)叮嚀(ていねい)に申上(まをしあ)げたのだ。151跟(つ)いてうせやがれと言(い)うたのは御(ご)註文(ちうもん)通(どほ)り貴様(きさま)に言(い)つたのだ。152アハヽヽヽ』
153夏彦(なつひこ)『俺(おれ)もお蔭(かげ)で蚤(のみ)が喰(く)た程(ほど)も怪我(けが)は無(な)い。154大(おほ)きに御(ご)心配(しんぱい)をかけました』
155青彦(あをひこ)『アヽ私(わたくし)も大丈夫(だいぢやうぶ)だ。156サアサア行(ゆ)かう』
157常彦(つねひこ)『モシモシ青彦(あをひこ)さま、158貴方(あなた)最前(さいぜん)、159腰(こし)が抜(ぬ)けたと仰有(おつしや)つたぢや有(あ)りませぬか。160あれは嘘(うそ)でしたか。161宣伝使(せんでんし)たるものが、162仮(か)りにも嘘(うそ)を吐(つ)いて良(よ)いのですか』
163青彦(あをひこ)『腰(こし)が抜(ぬ)けかけたと言(い)うたのは、164常彦(つねひこ)さまの信仰(しんかう)の腰(こし)が抜(ぬ)けさうだと言(い)つたのだよ。165まかり違(ちが)へばまたもやウラナイ教(けう)に逆転(ぎやくてん)する処(ところ)でしたね』
166常彦(つねひこ)『三五教(あななひけう)に入信(はい)つてから、167三嶽山(みたけやま)の吹(ふ)き放(はな)しを歩(ある)いて居(を)つた時(とき)、168大変(たいへん)な大風(おほかぜ)、169脚下(あしもと)はヨロヨロ、170両方(りやうはう)は千仭(せんじん)の谷間(たにま)、171これやテツキリ三五教(あななひけう)ぢやない、172アブナイ教(けう)ぢやと思(おも)つて、173怖々(こわごわ)歩(ある)いて居(ゐ)ると、174忽(たちま)ち一陣(いちぢん)の烈風(れつぷう)に吹(ふ)き捲(まく)られ、175空中(くうちう)を幾回(いくくわい)となく逆転(ぎやくてん)して遂(つひ)にこの谷底(たにそこ)へ無事(ぶじ)着陸(ちやくりく)、176これ丈(だ)け逆転(ぎやくてん)の修行(しうぎやう)をすれば、177モウ此(この)上(うへ)は逆転(ぎやくてん)も懲(こ)り懲(こ)りです。178御(ご)安心(あんしん)して下(くだ)さいませ』
179夏彦(なつひこ)『常彦(つねひこ)の安心(あんしん)して呉(く)れも可(い)い加減(かげん)なものだ。180常平常(つねへいぜい)から心(こころ)の定(きま)らぬ奴(やつ)で、181狐(きつね)の様(やう)に嘘(うそ)許(ばか)り言(い)ふから、182同僚間(どうれうかん)から、183彼奴(あいつ)は狐彦(きつねひこ)だと言(い)つて居(ゐ)るのを知(し)らぬのか』
184常彦(つねひこ)『狐彦(きつねひこ)でも狸彦(たぬきひこ)でも、185お構(かま)ひ御(ご)無用(むよう)、186サアサア狐彦(きつねひこ)は山中(さんちう)は勝手(かつて)をよく知(し)つて居(を)ります。187狐(きつね)の後(あと)から馬(うま)が来(く)るのだよ』
188青彦(あをひこ)『アハヽヽヽ』
189 三(さん)人(にん)は月夜(つきよ)を幸(さいは)ひ、190四(よ)ツ這(ば)ひに成(な)つて嶮(けは)しき山腹(さんぷく)を駆(か)け登(のぼ)る。191こちらには悦子姫(よしこひめ)の一行(いつかう)、192皎々(かうかう)たる満月(まんげつ)を眺(なが)め、193山上(さんじやう)の岩(いは)に各(おのおの)腰(こし)打(う)ち掛(か)け、194雑談(ざつだん)に耽(ふけ)り居(ゐ)る。
195音彦(おとひこ)『今日(けふ)の暴風(ばうふう)といつたら何(ど)うだらう、196真黒(まつくろ)けの雲(くも)の中(なか)より、197大蛇(をろち)の奴(やつ)、198乙(おつ)な芸当(げいたう)を演(えん)じやがる。199風(かぜ)は吹(ふ)いて吹(ふ)いて吹(ふ)き捲(ま)くる。200イヤもう落花(らくくわ)狼藉(らうぜき)、201修羅道(しゆらだう)の旅行(りよかう)のやうだつたね。202加米彦(かめひこ)が二百十(にひやくとを)日(か)だなぞと、203大風呂敷(おほぶろしき)を拡(ひろ)げるものだから、204アンナ事(こと)が突発(とつぱつ)したのでせう。205何事(なにごと)も言霊(ことたま)の幸(さちは)ふ世(よ)の中(なか)、206言霊(ことたま)は慎(つつし)まねばなりませぬなア』
207悦子姫(よしこひめ)『さうですとも、208言霊(ことたま)の天照(あまて)る国(くに)、209言霊(ことたま)の助(たす)くる国(くに)、210言霊(ことたま)の生(いけ)る国(くに)ですもの』
211加米彦(かめひこ)『ヤア悦子姫(よしこひめ)さま有難(ありがた)う。212只今(ただいま)限(かぎ)り、213悪(あく)の言霊(ことたま)に停電(ていでん)を命(めい)じます。214どうぞ今日(けふ)のところ見直(みなほ)して下(くだ)さいませ。215それについても青彦(あをひこ)はどうして居(を)るのだらう。216三嶽山(みたけやま)の登(のぼ)り口(ぐち)まで跟(つ)いて来(き)よつたが、217林(はやし)の中(なか)へ小便(こよう)にでも行(ゆ)くやうな顔(かほ)をして、218それきり姿(すがた)を見(み)せぬぢやありませぬか。219大方(おほかた)丹波村(たんばむら)のお節(せつ)さまの処(ところ)へでも往(い)つたのぢや有(あ)るまいかなア。220青彦(あをひこ)は此(こ)の間(あひだ)、221真名井(まなゐ)ケ原(はら)の珍(うづ)の宝座(ほうざ)の前(まへ)で、222お節(せつ)の顔(かほ)を穴(あな)のあく程(ほど)眺(なが)めて居(ゐ)た。223さうしてお節(せつ)さまは良(い)い女(をんな)だ、224良(い)い女(をんな)だと、225口癖(くちぐせ)のやうに執着心(しふちやくしん)を発揮(はつき)して居(ゐ)たから、226大方(おほかた)今頃(いまごろ)は、227お節(せつ)の膝(ひざ)を枕(まくら)に、228夜中(やちう)の夢(ゆめ)でも見(み)て居(ゐ)るのでせう』
229音彦(おとひこ)『ナニ、230ソンナ事(こと)が有(あ)るものか。231深山(しんざん)の事(こと)だから、232吾々(われわれ)一行(いつかう)の姿(すがた)を見失(みうしな)ひ、233迷(まよ)うて居(ゐ)るのかも知(し)れない。234都合(つがふ)に依(よ)れば、235吾々(われわれ)よりも先(さき)に行(い)つて居(を)るかも分(わか)らない。236さう断定(だんてい)的(てき)判断(はんだん)を下(くだ)すものぢやないよ』
237加米彦(かめひこ)『貧乏人(びんばふにん)の材木屋(ざいもくや)だ。238ワルぎを廻(まは)すのだ。239アハヽヽヽ。240青彦(あをひこ)の青瓢箪(あをべうたん)彦(ひこ)、241実際(じつさい)何(なに)をして居(ゐ)るのだ。242何(なん)だか知(し)らぬが、243俺(わし)は胸騒(むなさわ)ぎがして、244猿(さる)の小便(せうべん)ぢや無(な)いが、245きにかかつて仕方(しかた)がない』
246 青彦(あをひこ)、247木(き)の茂(しげ)みより、
248青彦『加米彦(かめひこ)さま、249ご心配(しんぱい)有難(ありがた)う』
250加米彦(かめひこ)『ヤア、251何(なん)ぢや、252姿(すがた)も無(な)いのに声(こゑ)許(ばか)り聞(きこ)えてゐるぞ。253ハヽア判(わか)つた、254途中(とちう)に於(おい)て鬼熊別(おにくまわけ)の部下(てした)の奴(やつ)等(ら)に、255岩窟(がんくつ)へ投(ほ)り込(こ)まれ、256散々(さんざん)にさいなまれて生命(いのち)を奪(と)られ、257幽霊(いうれい)に成(な)つて化(ば)けて来(き)よつたのだ。258杜鵑(ほととぎす)ぢやないが、259声(こゑ)は聞(き)けども姿(すがた)は見(み)えずぢや、260エーイ、261ケツタイの悪(わる)い夜(よさ)だ。262音彦(おとひこ)さま、263確(しつか)りせぬと青彦(あをひこ)が青(あを)い青(あを)い顔(かほ)をして、264ヒユードロドロとやつて来(き)ますぜ』
265音彦(おとひこ)『加米彦(かめひこ)、266お前(まへ)は随分(ずゐぶん)元気(げんき)な男(をとこ)ぢやが、267死(し)んだ者(もの)が何故(なぜ)そのやうに怖(こわ)いのか。268怖(こわ)いものは此(こ)の世(よ)の中(なか)に人間(にんげん)許(ばか)りだ。269人間(にんげん)位(くらゐ)怖(こわ)い者(もの)は無(な)いぞ。270仮令(たとへ)幽霊(いうれい)が出(で)たつて、271人間(にんげん)の死(し)んだのぢや無(な)いか。272マア気(き)を落(お)ち着(つ)けたらどうだ、273何(なに)をビクビク震(ふる)うて居(ゐ)るのだ』
274 木(き)の中(なか)より夏彦(なつひこ)の声(こゑ)、
275夏彦『夏(なつ)、276夏(なつ)、277夏(なつ)、278夏彦(なつひこ)の幽霊(いうれい)ぢや。279青彦(あをひこ)は青(あを)い火(ひ)を灯(とも)して、280谷(たに)の底(そこ)で幽霊(いうれい)に化(な)つて居(を)るわいのう。281加米(かめ)さまが恋(こひ)しいから、282今(いま)お目(め)にかかる。283夏彦(なつひこ)一足先(ひとあしさき)へ行(い)つて偵察(ていさつ)をして来(こ)いと仰有(おつしや)つた。284ヒユードロドロ ドロドロ』
285と腰(こし)の屈(かが)みた夏彦(なつひこ)は加米彦(かめひこ)の前(まへ)に髪(かみ)をサンバラにし、286妙(めう)な手真似(てまね)をして現(あらは)れた。287加米彦(かめひこ)は、
288加米彦『キヤツ』
289と一声(ひとこゑ)腰(こし)を抜(ぬ)かし、
290加米彦『ヤイヤイ、291貴様(きさま)は幽霊(いうれい)の乾児(こぶん)か。292アヽもう仕方(しかた)が無(な)い。293青彦(あをひこ)に能(よ)う言(い)うて呉(く)れ、294お目(め)にかかつたも同然(どうぜん)ぢや。295御(ご)親切(しんせつ)は有難(ありがた)いが、296今(いま)では無事(ぶじ)に暮(くら)して居(を)る。297黄泉(あのよ)へ行(い)つたらもう仕方(しかた)が無(な)い。298俺(おれ)に執着心(しふちやくしん)を起(おこ)さずに、299トツトと神界(しんかい)へ行(い)けと伝言(ことづて)をして呉(く)れ、300何(なん)だ、301お前(まへ)の腰(こし)はよう曲(まが)つて居(を)るぢやないか、302幽霊(いうれい)のお爺(ぢい)さまだらう、303サアサア、304トツトと去(い)ンだり去(い)ンだり』
305悦子姫(よしこひめ)『ホヽヽヽヽ』
306紫姫(むらさきひめ)『ホヽヽヽヽ』
307加米彦(かめひこ)『エーエー、308イヤらしい声(こゑ)を出(だ)して、309コンナ山(やま)の上(うへ)で、310おいて下(くだ)さいな』
311 青彦(あをひこ)この場(ば)にヌツと現(あら)はれ、
312青彦『アハヽヽヽ、313これはこれは悦子姫(よしこひめ)様(さま)、314お待(ま)たせ致(いた)しました。315ヤア音彦(おとひこ)さま、316加米彦(かめひこ)さま、317済(す)まなかつた。318見(み)なれぬ御(お)女中(ぢよちう)や沢山(たくさん)のお伴(とも)が居(を)られますが、319何(いづ)れの方(かた)ですか。320これはこれは初(はじ)めてお目(め)に懸(かか)ります。321どうか御(ご)昵懇(ぢつこん)に願(ねが)ひます』
322加米彦(かめひこ)『アハヽヽ、323オイ青彦(あをひこ)、324貴様(きさま)谷底(たにそこ)へ風(かぜ)に吹(ふ)き飛(と)ばされて、325蟄居(ちつきよ)して居(ゐ)よつたのだな、326お節(せつ)は何(なん)と言(い)つた。327加米(かめ)さまに宜(よろ)しう、328どうぞ一(いち)時(じ)も早(はや)く鬼(おに)ケ城(じやう)の魔神(まがみ)を言向(ことむ)け和(やは)し、329優(やさ)しい加米(かめ)さまのお顔(かほ)を拝(をが)まして下(くだ)さいと、330伝言(ことづて)をして居(を)つただらう』
331音彦(おとひこ)『オイ加米彦(かめひこ)、332何(ど)うだ、333俄(にはか)に元気(げんき)づいたぢやないか』
334加米彦(かめひこ)『あまり退屈(たいくつ)なから、335一(ひと)つ臆病者(おくびやうもの)の演劇(しばゐ)をして、336悦子姫(よしこひめ)さまなり、337紫姫(むらさきひめ)さまのお慰(なぐさ)みに供(きよう)したのだ。338アハヽヽヽ』
339 一同(いちどう)声(こゑ)を揃(そろ)へて笑(わら)ひこける。
340青彦(あをひこ)『悦子姫(よしこひめ)さま、341音彦(おとひこ)様(さま)にお願(ねが)ひが御座(ござ)います。342どうぞ御(お)聴(き)き届(とど)け下(くだ)さいませぬか』
343悦子姫(よしこひめ)『これは又(また)改(あらた)まつたお言葉(ことば)、344お願(ねが)ひとは何事(なにごと)で御座(ござ)います』
345青彦(あをひこ)『ハイ、346犬(いぬ)の子(こ)を二匹(にひき)拾(ひろ)つて来(き)ました』
347音彦(おとひこ)『其(そ)の犬(いぬ)は何処(どこ)に居(を)るのだ』
348 青彦(あをひこ)は、
349青彦『ハイ』
350と言(い)ひ乍(なが)ら、351夏彦(なつひこ)、352常彦(つねひこ)を指(ゆび)さし、
353青彦『これで御座(ござ)います』
354夏彦(なつひこ)『エイ、355殺生(せつしやう)な』
356常彦(つねひこ)『青(あを)サン、357余(あんま)り馬鹿(ばか)にして貰(もら)ふまいかい。358ソンナ事(こと)を云(い)うと、359お節(せつ)の事(こと)を素破抜(すつぱぬ)かうか』
360青彦(あをひこ)『ハヽヽヽ、361お前(まへ)達(たち)両人(りやうにん)に対(たい)し只今(ただいま)より嵌口令(かんこうれい)を施(し)く。362暫(しばら)く沈黙(ちんもく)するのだよ』
363加米彦(かめひこ)『ワハヽヽヽヽ、364何(なん)だか意味(いみ)ありげな此(こ)の場(ば)の光景(くわうけい)だ。365ナニ、366加米彦(かめひこ)が許(ゆる)す。367二匹(にひき)の犬(いぬ)とやら、368充分(じゆうぶん)吠(ほえ)て吠(ほえ)て吠立(ほえた)てるのだよ』
369青彦(あをひこ)『エヽ喧(やかま)しい。370俺(おれ)が口切(くちき)りする迄(まで)、371黙(だま)つて聞(き)いて居(を)らう。372エヽ悦子姫(よしこひめ)さま、373実(じつ)はこの男(をとこ)二人(ふたり)は、374ウラナイ教(けう)の黒姫(くろひめ)が四天王(してんわう)と呼(よ)ばれたる、375其(その)中(うち)の二人(ふたり)で、376夏彦(なつひこ)、377常彦(つねひこ)と云(い)ふ豪(がう)の者(もの)で御座(ござ)います。378さうした処(ところ)が黒姫(くろひめ)の内幕(うちまく)をすつかり看破(かんぱ)し、379三五教(あななひけう)の教理(けうり)の優秀(いうしう)なる事(こと)を、380心(こころ)の底(そこ)より悟(さと)りまして、381どうぞ入信(にふしん)させて呉(く)れいと、382犬(いぬ)つく這(ば)いになつて、383低頭(ていとう)平身(へいしん)嘆願(たんぐわん)致(いた)しますので、384物(もの)の哀(あは)れを知(し)る吾々(われわれ)、385さう無情(むげ)に見捨(みす)ても成(な)らず、386貴方(あなた)がたにお目玉(めだま)を頂戴(ちやうだい)するかも知(し)れぬと、387恐(おそ)る恐(おそ)る此処(ここ)まで連(つ)れて参(まゐ)りました。388然(しか)し乍(なが)ら何時(なんどき)今(いま)の固(かた)い信仰(しんかう)がグラツイて、389元(もと)の古巣(ふるす)へ尾(を)を振(ふ)つて去(い)ぬかも知(し)れませぬ、390その段(だん)は保証(ほしよう)出来(でき)ないので、391イヌものと覚悟(かくご)し、392二匹(にひき)の犬(いぬ)と申上(まをしあ)げました』
393加米彦(かめひこ)『オイ青彦(あをひこ)さま、394言霊(ことたま)が悪(わる)いぞ、395宣(の)り直(なほ)せ宣(の)り直(なほ)せ』
396悦子姫(よしこひめ)『オホヽヽヽ』
397音彦(おとひこ)『直(すぐ)に真似(まね)をしよるなア、398アハヽヽヽ、399夜(よ)は追(お)ひ追(お)ひと更(ふ)けて来(き)ました。400今(いま)から行(ゆ)けば途中(とちう)に夜(よ)が明(あ)けますまいから、401一同(いちどう)此処(ここ)で悠(ゆつ)くりと休息(きうそく)し、402明日(あす)の黎明(よあけ)を待(ま)つて、403鬼(おに)ケ城(じやう)へ立向(たちむか)ふ事(こと)に致(いた)しませうか』
404悦子姫(よしこひめ)『アヽそれが宣(よろ)しからう。405紫姫(むらさきひめ)さま、406妾(わたし)の側(そば)でお休(やす)み下(くだ)さい』
407紫姫(むらさきひめ)『有難(ありがた)う御座(ござ)います』
408と、409一同(いちどう)は肱(ひぢ)を枕(まくら)に、410月(つき)の光(ひかり)を浴(あ)びて、411蓑(みの)を敷(し)きゴロリと横(よこ)たはる。412忽(たちま)ち聞(きこ)ゆる鼾(いびき)の声(こゑ)、413無心(むしん)の月(つき)は、414一行(いつかう)の頭上(づじやう)をにこにこ笑(わら)ひ乍(なが)ら射照(いて)らし居(ゐ)る。
415(大正一一・四・二三 旧三・二七 東尾吉雄録)
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