霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一五章 敵味方(てきみかた)〔六二六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第17巻 如意宝珠 辰の巻 篇:第3篇 鬼ケ城山 よみ(新仮名遣い):おにがじょうざん
章:第15章 敵味方 よみ(新仮名遣い):てきみかた 通し章番号:626
口述日:1922(大正11)年04月23日(旧03月27日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年1月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
紫姫のお供・馬公と鹿公は、夜悪夢にうなされて目を覚ます。寝られなくなった二人は、辺りを散歩することとした。
一方加米公も目を覚まして、一行の寝顔の評論をしている。そのうちに、いたずらをしだして、夏彦と常彦の髪を互いに結んでしまった。次に紫姫の髪を丹州と結ぼうとしたところ、はっと起きた紫姫に腕を掴まれて、そのまま投げられてしまった。
紫姫は敵の襲来だとして、慌てて一同を起こす。丹州は寝たふりをしながら加米彦のいたずらを見ていて、加米彦の仕業であることを明かす。
音彦は怒って加米彦を叱るが、悦子姫に仲裁される。加米彦は、音彦とのやり取りの中で、音彦の妻・五十子姫が竜宮島でバラモン教と戦っていることを知らせる。
一同はまた寝てしまうが、散歩に出ていた馬公と鹿公は、バラモン教の鬼鷹、荒鷹らに見つかって、囲まれてしまう。しかし宣伝使がついているため、二人は木が大きくなり、強気になって逆に荒鷹、鬼鷹に啖呵を切り出す。
怒ったバラモン教徒らは馬公、鹿公に打ってかかると、二人は宣伝使たちが寝ている場所に走って逃げてきた。
その物音を聞きつけた宣伝使たちは起き上がり、加米彦が敵を迎え撃とうと一人で走って出て行く。茂みの中で様子を見ていると、バラモン教の手下らは鬼熊別の身魂を斟酌していた。しかし中には、鬼熊別の言うことを本当と信じ、悪の教えである三五教を滅ぼそうと真面目に考えている者もあった。
鹿公は、バラモン教の中にも純粋な人間がいると加米彦とに話しかける。加米彦は、悪になるのは皆誤解からだ、と説いて聞かせているが、その声がバラモン教徒らに聞かれてしまう。
加米彦は自ら名乗って出て行くと、逆にバラモン教の手下たちは浮き足立って命乞いをする。手下たちはすっかり三五教の心になり、様子を見に来た荒鷹、鬼鷹に説教を始める。
また林の中から、荒鷹、鬼鷹に改心を促す加米彦の宣伝歌が聞こえてくると、荒鷹、鬼鷹は涙を流して平伏し、改心の意を表した。
悦子姫は、鬼ケ城の大将・鬼熊別を改心させるために、荒鷹、鬼鷹に策を授けた。紫姫、丹州、鹿公、馬公を鬼ケ城に潜入させる手はずとし、言霊戦を城の内外で行うように見せかけて、鬼熊別を説き諭す作戦を実行することとなった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-03-01 18:47:35 文字数:9133 OBC :rm1715
愛善世界社版:226頁 八幡書店版:第3輯 607頁 修補版: 校定版:233頁 普及版:101頁 初版: ページ備考:
001 二(に)月(ぐわつ)十五(じふご)日(にち)の月光(げつくわう)を浴(あ)びて、002三嶽山(みたけやま)の頂上(ちやうじやう)の平地(へいち)に、003一蓮(いちれん)托生(たくしやう)、004蓑(みの)を敷(し)き、005肱(ひじ)を枕(まくら)に華胥(くわしよ)の国(くに)に入(い)る。006馬公(うまこう)鹿公(しかこう)は峰(みね)吹(ふ)く嵐(あらし)の音(おと)に夢(ゆめ)を破(やぶ)られ、007一度(いちど)にムツクと起上(おきあが)り、
008鹿公(しかこう)『アー恐(おそ)ろしい事(こと)だつた。009折角(せつかく)紫姫(むらさきひめ)様(さま)のお情(なさけ)に依(よ)りて、010岩窟(いはや)の難(なん)を免(まぬが)れたと思(おも)へば荒鷹(あらたか)、011鬼鷹(おにたか)の両人(りやうにん)、012鬼(おに)ケ城(じやう)より帰(かへ)り来(きた)り、013俺(おれ)達(たち)二人(ふたり)をフン縛(じば)つて、014又(また)もや岩窟(がんくつ)に捻込(ねぢこ)みやがつたと思(おも)へば、015夢(ゆめ)だつた。016アー恐(おそ)ろしい恐(おそ)ろしい、017夢(ゆめ)に見(み)ても、018アンナ悪人(あくにん)はゾツとする』
019馬公(うまこう)『ヤアお前(まへ)も夢(ゆめ)を見(み)たか。020俺(おれ)も同様(どうやう)の夢(ゆめ)を見(み)た。021何(なん)だか此処(ここ)は寝心(ねごころ)が悪(わる)い。022チツト月夜(つきよ)でもあり、023そこらをブラついて見(み)ようかい』
024鹿公(しかこう)『さうだなア、025是(こ)れ丈(だけ)の同勢(どうぜい)があれば、026まさかの時(とき)には大丈夫(だいぢやうぶ)だ。027一丁(いつちやう)や二丁(にちやう)離(はな)れたつて、028気遣(きづか)ひはあるまい。029万一(まんいち)荒鷹(あらたか)や、030鬼鷹(おにたか)が出(で)て来(き)やがつた所(ところ)で「オイ助(たす)けて呉(く)れい」と一言(ひとこと)云(い)へば、031すぐ加米彦(かめひこ)さまが、032言霊(ことたま)の発射(はつしや)とやらで助(たす)けて下(くだ)さるは請合(うけあひ)ぢや。033サア行(い)かう行(い)かう。034皆(みな)さまはマア、035よう寝(やす)ンで居(ゐ)らつしやること。036吾々(われわれ)の様(やう)に罪(つみ)が深(ふか)い者(もの)は、037恐怖心(きようふしん)に駆(か)られて、038安眠(あんみん)も碌(ろく)に出来(でき)ないワ。039起(お)きて居(を)れば怖(こわ)い目(め)に遭(あ)はされる、040寝(ね)れば眠(ね)るで怖(こわ)い夢(ゆめ)を見(み)る、041寝(ね)ても醒(さ)めても、042責(せめ)られ通(とほ)しだ………結構(けつこう)なお月様(つきさま)の光(ひかり)をたよりに、043チツと其処辺(そこら)を、044保養(ほやう)がてら、045ウロつかうぢやないか』
046馬公(うまこう)『宜(よ)からう』
047と、048フツと立(た)ち、049二人(ふたり)は手(て)をつなぎ、050ブラブラと山(やま)の頂(いただ)きを逍遥(せうえう)して居(ゐ)る。
051馬公、鹿公『アヽ何(なん)と、052佳(い)い景色(けしき)だ。053山(やま)の上(うへ)で風(かぜ)は良(い)い加減(かげん)に冷(つめ)たいが、054木(き)の葉(は)に露(つゆ)が溜(たま)り一々(いちいち)月(つき)が宿(やど)つて居(ゐ)る、055此(この)光景(くわうけい)はまるで、056水晶(すゐしやう)の世界(せかい)に居(を)る様(やう)だ。057アーア俺(おれ)達(たち)の様(やう)な不仕合(ふしあは)せ者(もの)でも、058亦(また)コンナ愉快(ゆくわい)な光景(くわうけい)を見(み)る事(こと)が出来(でき)る。059人間(にんげん)は長生(ながいき)したいものだなア』
060と鼻唄(はなうた)を唄(うた)ひ、061あちらこちらとウロついて居(ゐ)る。
062 加米彦(かめひこ)は中途(ちうと)に目(め)を醒(さ)まし、
063加米彦『アーア皆(みな)さま打揃(うちそろ)うて、064よく寝(ね)て居(ゐ)らつしやるワイ。065悦子姫(よしこひめ)さまの白(しろ)い顔(かほ)、066桃色(ももいろ)の頬(ほほ)べた、067紫姫(むらさきひめ)さまの花(はな)のやうな麗(うるは)しきお姿(すがた)、068一方(いつぱう)は花(はな)の顔容(かんばせ)、069一方(いつぱう)は雪(ゆき)の肌(はだ)、070空(そら)には三五(さんご)の明月(めいげつ)、071お月(つき)さまも余程(よほど)気(き)に入(い)つたと見(み)えて、072二人(ふたり)のナイスの顔(かほ)を、073特別(とくべつ)待遇(たいぐう)でお照(てら)しなさると見(み)える、074いやが上(うへ)にも綺麗(きれい)なお顔(かほ)だ事(こと)。075………アヽ音彦(おとひこ)の顔(かほ)か、076随分(ずゐぶん)力(ちから)をオト彦(ひこ)テなスタイルだ。077片腕(かたかひな)をくの字(じ)に曲(ま)げ、078無作法(ぶさはふ)に口(くち)を開(あ)けて寝(ね)て御座(ござ)るワイ。079今頃(いまごろ)は五十子(いそこ)姫(ひめ)の夢(ゆめ)でも見(み)て居(を)るのだらう。080可愛(かあい)い女房(にようばう)をバラモン教(けう)の奴(やつ)に攫(さら)はれ、081今(いま)に行衛(ゆくへ)不明(ふめい)、082思(おも)へば思(おも)へば心中(しんちう)を察(さつ)してやる。083それでも此(この)永(なが)の間(あひだ)一緒(いつしよ)に歩(ある)いて居(を)るが、084五十子(いそこ)姫(ひめ)のイの字(じ)も口(くち)に出(だ)しよらぬ所(ところ)を見(み)ると、085余程(よほど)確(しつか)りして居(ゐ)るワイ……人間(にんげん)の寝顔(ねがほ)を見(み)れば、086大抵(たいてい)其(その)人(ひと)の精神(せいしん)が分(わか)るものだ。087どれどれ青瓢箪(あをべうたん)彦(ひこ)の首実検(くびじつけん)と出(で)かけよう………ヤア此奴(こいつ)は嬉(うれ)しさうにホヤホヤと笑(わら)うて居(を)る。088何(なん)でも丹波村(たんばむら)とかのお節(せつ)の夢(ゆめ)でも見(み)て居(を)るのだらう。089ヤア益々(ますます)笑(わら)ひよるぞ。090幽霊(いうれい)と仮称(かしよう)せられる様(やう)な奴(やつ)だから、091どうで笑(わら)ひにも何処(どこ)ともなしに厭味(いやみ)たつぷりの所(ところ)がある。092コンナ所(ところ)を一(ひと)つお節(せつ)に見(み)せてやりたいものだなア、093アハヽヽヽ。094ヤア此奴(こいつ)は丹州(たんしう)かな、095一寸(ちよつと)好(い)い顔(かほ)をして居(ゐ)やがるぞ。096何(なん)でも豊国姫(とよくにひめ)の神(かみ)様(さま)の御(ご)命令(めいれい)だと云(い)つて居(ゐ)たが、097何処(どこ)ともなしに威厳(ゐげん)が備(そな)はつて居(ゐ)る。098ハヽア顔(かほ)の真中(まんなか)に妙(めう)な光(ひかり)が現(あら)はれて居(ゐ)るぞ。099木(こ)の花姫(はなひめ)の化身(けしん)か、100妙音(めうおん)菩薩(ぼさつ)の再来(さいらい)か、101此奴(こいつ)ア、102ウツカリ軽蔑(けいべつ)する訳(わけ)には行(ゆ)かぬワイ。103我々(われわれ)一行中(いつかうちう)での大(だい)人格者(じんかくしや)と見(み)える。104……ヤア良(い)い審神(さには)をした。105明日(あす)になつたら音彦(おとひこ)の大将(たいしやう)に一泡(ひとあわ)吹(ふ)かしてやらう。106……ウン此奴(こいつ)は黒姫(くろひめ)仕込(じこ)みの、107腰曲(こしまが)りの夏彦(なつひこ)と云(い)ふ奴(やつ)だ。108なんと情(なさけ)ない鯱(しや)つ面(つら)だなア。109ヤア此奴(こいつ)ア批評(ひへう)の価値(かち)がないワイ。110此処(ここ)に一寸(ちよつと)こましい面(つら)の持主(もちぬし)がある。111此奴(こいつ)が、112何(なん)でも狐(きつね)とか狸(たぬき)とか云(い)ふ奴(やつ)だ。113ウンさうさう常彦(つねひこ)々々(つねひこ)、114今(いま)寝(ね)て居(ゐ)る間(うち)に、115髪(かみ)と髪(かみ)とを括(くく)つといてやらうかなア』
116 加米彦(かめひこ)は二人(ふたり)の長髪(ちやうはつ)をソツと掴(つか)み、117端(はし)と端(はし)とで地獄結(ぢごくむすび)に括(くく)つて了(しま)ひ、
118加米彦『サア此奴(こいつ)が目(め)が覚(さ)めたら、119随分(ずゐぶん)滑稽(こつけい)だらう。120これからが、121音彦(おとひこ)さまと青彦(あをひこ)の番(ばん)だ。122併(しか)しあまり距離(きより)が遠(とほ)いので……髪(かみ)と髪(かみ)とが届(とど)かぬらしい。123待(ま)て待(ま)て……エー此処(ここ)に綱(つな)がある。124此奴(こいつ)で括(くく)つて置(お)かう』
125と手早(てばや)く括(くく)り合(あは)し、
126加米彦『ハヽヽヽ、127これで紛失(ふんしつ)の憂(うれ)ひなしだ。128此(この)次(つぎ)が悦子姫(よしこひめ)さま、129紫姫(むらさきひめ)さまか………ヤア此奴(こいつ)ア、130惜(をし)いぞ。131紫姫(むらさきひめ)と丹州(たんしう)とを継(つ)ぎ合(あは)せ、132最後(さいご)に悦子姫(よしこひめ)と加米彦(かめひこ)の大神(おほかみ)さまとの継(つ)ぎ合(あは)せだ。133これで二四ケ八(にしがはち)人(にん)、134二八(にはち)十六(じふろく)本(ぽん)の手(て)と足(あし)。135ヤア面白(おもしろ)い、136面白(おもしろ)い』
137と手探(てさぐ)りに、138紫姫(むらさきひめ)の髪(かみ)をソツと掴(つか)みかかつた。139紫姫(むらさきひめ)はムツクと起(お)き上(あが)りさま、140加米彦(かめひこ)の腕首(うでくび)掴(つか)ンで、141ドツカと投(な)げたるその勢(いきほひ)あまつて加米彦(かめひこ)は、142傍(かたはら)の谷(たに)を目(め)がけてドスーン。
143加米彦『アイタヽヽヽ』
144と叫(さけ)び居(ゐ)る。
145紫姫(むらさきひめ)『ヤア皆(みな)さま、146起(お)きて下(くだ)さいませ。147又(また)もや鬼熊別(おにくまわけ)の部下(てした)の者共(ものども)が現(あら)はれました。148サア御(ご)用意(ようい)々々(ごようい)』
149 此(この)声(こゑ)に驚(おどろ)いて一同(いちどう)は撥(は)ね起(お)き、150常彦(つねひこ)は、
151常彦『アイタヽヽヽ』
152夏彦(なつひこ)『エヽヽエタイワイエタイワイ、153誰(たれ)だ誰(たれ)だ、154人(ひと)の髪(かみ)の毛(け)を引(ひ)つぱりよつて……放(はな)さぬかい』
155常彦(つねひこ)『オイ夏(なつ)、156貴様(きさま)だらう』
157夏彦(なつひこ)『馬鹿(ばか)云(い)ふな、158貴様(きさま)が俺(おれ)の髪(かみ)を引(ひ)つぱつとるのだ』
159青彦(あをひこ)『ヤア俺(おれ)の頭(あたま)を曳(ひ)く奴(やつ)がある。160………ヤア何(なん)だ、161寝(ね)て居(ゐ)る間(ま)に、162髪(かみ)と髪(かみ)とを継(つ)ぎ合(あは)しよつたな、163コンナ悪戯(いたづら)をする奴(やつ)は、164大方(おほかた)加米公(かめこう)だらう。165……オイ加米彦(かめひこ)、166何処(どこ)へ行(い)つた。167早(はや)く出(で)て来(き)て、168ほどかないか』
169加米彦(かめひこ)『オーイ、170オイ、171俺(おれ)はエライ所(ところ)に、172後手(うしろで)に括(くく)られて、173困(こま)つて居(ゐ)るワイ。174誰(たれ)か出(で)て来(き)てほどいて呉(く)れ』
175青彦(あをひこ)『ヤア加米彦(かめひこ)も括(くく)られよつたのかな、176是(こ)れだから、177油断(ゆだん)は大敵(たいてき)と云(い)ふのだ。178敵地(てきち)に臨(のぞ)みて気(き)を許(ゆる)し、179寝(ね)てるのが此方(こつち)の不覚(ふかく)だ、180併(しか)し人間(にんげん)が紛失(ふんしつ)せなくてまだしもだ』
181加米彦(かめひこ)『オーイ、182青彦(あをひこ)、183皆(みな)さま、184御(ご)心配(しんぱい)下(くだ)さいますな、185私(わたくし)のは自縄(じじよう)自縛(じばく)、186自縄(じじやう)自解(じかい)、187依然(いぜん)として元(もと)の通(とほ)り』
188青彦(あをひこ)『ナアーンだ、189人(ひと)を脅嚇(おど)かしよつて……どこを括(くく)られて居(を)つたのだ』
190加米彦(かめひこ)『マアどうでも良(よ)い、191一体(いつたい)お前(まへ)達(たち)はナアンだ。192頭(あたま)に長(なが)い尾(を)を附(つ)けよつて……』
193丹州(たんしう)『加米彦(かめひこ)さま、194あなた随分(ずゐぶん)悪戯(いたづら)をしましたネー。195私(わたくし)が知(し)らぬ顔(かほ)をして見(み)て居(を)りましたよ。196紫姫(むらさきひめ)さまに取(と)つて放(はふ)られなさつたときの面白(おもしろ)さ、197アツハヽヽヽ』
198加米彦(かめひこ)『ヤア失敗(しま)つた。199皆(みな)さま、200飛(と)ンだ失礼(しつれい)を演(えん)じまして、201……どうぞ神直日(かむなほひ)、202大直日(おほなほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)して下(くだ)さいませ』
203音彦(おとひこ)『戯談(じようだん)にも程(ほど)がある。204宣伝使(せんでんし)の神聖(しんせい)を害(がい)する行動(かうどう)だ。205今日(けふ)限(かぎ)り、206素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)の代(かは)りとなつて、207汝(なんじ)に対(たい)し、208宣伝使(せんでんし)の職(しよく)を解(と)く。209有難(ありがた)う思(おも)へ』
210加米彦(かめひこ)『此奴(こいつ)ア一寸(ちよつと)迷惑(めいわく)だ。211モシモシ音彦(おとひこ)さま、212鬼(おに)ケ城(じやう)の征伐(せいばつ)が済(す)む迄(まで)、213執行(しつかう)猶予(いうよ)をして下(くだ)さいな』
214音彦(おとひこ)『イヤなりませぬ』
215加米彦(かめひこ)『モシモシ悦子姫(よしこひめ)さま、216どうぞ仲裁(ちうさい)して下(くだ)さいませ』
217悦子姫(よしこひめ)『コレ音彦(おとひこ)さま、218今後(こんご)、219コンナ悪戯(いたづら)をなさらぬ様(やう)に、220能(よ)く戒(いまし)めて、221今度(こんど)は赦(ゆる)して上(あ)げて下(くだ)さいナ』
222音彦(おとひこ)『赦(ゆる)し難(がた)き其(その)方(はう)なれど、223悦子姫(よしこひめ)様(さま)のお言葉(ことば)に従(したが)ひ、224今度(こんど)は忘(わす)れて遣(つか)はす』
225加米彦(かめひこ)『アツハヽヽヽ、226何(な)に吐(ぬか)しよるのだい。227遣(つか)はす………が聞(き)いて呆(あき)れるワイ、228アハヽヽヽ、229あまり可笑(をか)しくて、230腹(はら)が痛(いた)くなつた。231真面目(まじめ)くさつた面構(つらがま)へをしよつて何(なん)だい。232………チツと捌(さば)けぬかい。233何程(なにほど)五十子(いそこ)姫(ひめ)の事(こと)を思(おも)つて心配(しんぱい)したつて、234竜宮(りうぐう)の一(ひと)つ島(じま)に漂着(へうちやく)して居(を)る女房(にようばう)に遇(あ)へるでもなし、235刹那心(せつなしん)を出(だ)して、236モウちつと砕(くだ)けぬかい。237何(なん)だか、238ソンナむつかしい顔(かほ)した奴(やつ)が混(まじ)つて居(を)ると、239道中(だうちう)が面白(おもしろ)くないワ』
240音彦(おとひこ)『ナニツ、241五十子(いそこ)姫(ひめ)は竜宮(りうぐう)の一(ひと)つ島(じま)に漂着(へうちやく)して居(を)るのか、242それやお前(まへ)、243何時(いつ)、244誰(たれ)に聞(き)いたのぢや』
245加米彦(かめひこ)『ソンナ事(こと)が分(わか)らぬ様(やう)な事(こと)で、246宣伝使(せんでんし)が勤(つと)まるかい。247加米彦(かめひこ)さまの天眼通(てんがんつう)で、248チヤーンと調(しら)べてあるのだ。249梅子姫(うめこひめ)さまと侍女(じぢよ)の今子姫(いまこひめ)、250宇豆姫(うづひめ)の四人(よにん)連(づ)れで、251今(いま)竜宮島(りうぐうじま)でバラモン教(けう)と激戦(げきせん)の最中(さいちう)だ。252併(しか)し心配(しんぱい)は致(いた)すな、253神(かみ)様(さま)が護(つ)いて御座(ござ)る』
254音彦(おとひこ)『ヤアさうだつたか、255五十子(いそこ)姫(ひめ)は、256ウラナイ教(けう)に、257若(も)しや擒(とりこ)になつて居(を)るのではなからうかと種々(いろいろ)と工夫(くふう)をして、258黒姫(くろひめ)の荷持(にもち)となり、259様子(やうす)を考(かんが)へて居(ゐ)たが、260どうもウラナイ教(けう)には居(を)りさうもないので、261若(も)しや大江山(おほえやま)の鬼雲彦(おにくもひこ)が為(ため)に捕(とら)はれの身(み)となつて居(を)るのではなからうかと思(おも)つて居(ゐ)たのだ。262鬼(おに)ケ城(じやう)へ是(これ)から行(い)つて、263モシや五十子(いそこ)姫(ひめ)が居(を)つたら助(たす)けてやらねばなるまい、264と、265此処(ここ)まで勇(いさ)みて来(き)たのだ。266さうすれば鬼(おに)ケ城(じやう)には、267五十子(いそこ)姫(ひめ)は居(ゐ)ないかなア』
268加米彦(かめひこ)『ハヽヽヽ、269お気(き)の毒様(どくさま)、270明日(あす)は鬼(おに)ケ城(じやう)を征服(せいふく)し、271可愛(かあい)い女房(にようばう)の五十子(いそこ)姫(ひめ)さまに芽出度(めでた)く対面(たいめん)遊(あそ)ばす御(ご)心中(しんちう)であつたのに、272エライ悪(わる)い事(こと)を申(まを)しました。273……お力(ちから)落(おと)しさま』
274悦子姫、紫姫『ホヽヽヽヽ』
275音彦(おとひこ)『何事(なにごと)も運命(うんめい)だ。276人間(にんげん)がどれ程(ほど)煩悶(はんもん)したつて、277成(な)る様(やう)にほか成(な)りはせぬ。278今晩(こんばん)はゆつくりと此処(ここ)でモウ一寝入(ひとねい)りして、279明日(あす)は花々(はなばな)しく言霊戦(ことたません)を開始(かいし)する事(こと)にしやう。280サア皆(みな)さま休(やす)みませう。281加米彦(かめひこ)、282お前(まへ)は御(ご)苦労(くらう)だが、283今夜(こんや)は不寝番(ねずのばん)だ』
284 加米彦(かめひこ)、285ワザと叮嚀(ていねい)に、286大地(だいち)に頭(かしら)を摺(すり)つけ、287両手(りやうて)を突(つ)き乍(なが)ら、
288加米彦(かめひこ)『これはこれは音彦(おとひこ)の君(きみ)の御(おん)仰(あふ)せ、289確(たしか)に承知(しようち)仕(つかまつ)つて御座(ござ)いまする』
290一同(いちどう)『アハヽヽヽ、291オホヽヽヽ』
292 又(また)もや思(おも)ひ思(おも)ひに寝(しん)に就(つ)く。293月(つき)の景色(けしき)に浮(う)かされて、294鹿公(しかこう)、295馬公(うまこう)の二人(ふたり)は思(おも)はず知(し)らず、296七八丁(しちはつちやう)ばかり、297一行(いつかう)の休息場(きうそくば)より南(みなみ)に離(はな)れて了(しま)つた。298此(この)時(とき)四五(しご)人(にん)の荒男(あらをとこ)、299突然(とつぜん)木蔭(こかげ)より現(あら)はれ来(きた)り、300バラバラと二人(ふたり)の周囲(しうゐ)を取(と)り巻(ま)き、301棍棒(こんぼう)を携(たづさ)へ、
302男『ヤア其(その)方(はう)は、303紫姫(むらさきひめ)の僕(しもべ)、304鹿(しか)、305馬(うま)の両人(りやうにん)ではないか、306どうして此処(ここ)へ脱(ぬ)け出(だ)して来(き)た』
307鹿公(しかこう)『コレハコレハ荒鷹(あらたか)、308鬼鷹(おにたか)の親分(おやぶん)様(さま)、309誠(まこと)にお気(き)の毒(どく)で御座(ござ)いますが、310岩窟(がんくつ)を叩(たた)き破(やぶ)つてやうやう此処(ここ)まで出(で)て参(まゐ)りました』
311荒鷹(あらたか)『貴様(きさま)はどうして、312あの堅固(けんご)な岩窟(がんくつ)を破(やぶ)つたのか』
313鹿公(しかこう)『私(わたくし)は御存(ごぞん)じの通(とほ)り、314身(み)に寸鉄(すんてつ)も持(も)たない、315どうする事(こと)も出来(でき)ませぬが、316神変(しんぺん)不思議(ふしぎ)の言霊(ことたま)に依(よ)りて、317自然(しぜん)に岩戸(いはと)は左右(さいう)にパツと開(ひら)き、318平和(へいわ)の女神(めがみ)に誘(さそ)はれて、319此処(ここ)までやつて来(き)ましたよ』
320鬼鷹(おにたか)『ナニ、321平和(へいわ)の女神(めがみ)とは誰(たれ)の事(こと)だ。322紫姫(むらさきひめ)の事(こと)ではないか』
323馬公(うまこう)『紫姫(むらさきひめ)も結構(けつこう)だが、324見目(みめ)も貌(かたち)も悦子姫(よしこひめ)と云(い)ふ絶世(ぜつせい)のナイスが、325突然(とつぜん)現(あら)はれ給(たま)ひ、326馬(うま)さま、327鹿(しか)さまの御(お)手(て)をとり、328救(すく)ひ出(いだ)させ給(たま)うたのだ。329モウ斯(こ)うなる上(うへ)は千人力(せんにんりき)だ、330荒鷹(あらたか)、331鬼鷹(おにたか)、332其(その)他(た)の小童(こわつぱ)武者(むしや)共(ども)、333千疋(せんびき)、334万疋(まんびき)一度(いちど)に掛(かか)らうと、335ビクとも致(いた)さぬ某(それがし)だ、336アハヽヽヽ』
337荒鷹(あらたか)『オイ鬼鷹(おにたか)の大将(たいしやう)、338此奴(こいつ)アちつと変(へん)ぢやないか。339毎日(まいにち)日日(ひにち)ベソベソと吠面(ほえづら)かわいて慄(ふる)うて居(を)つた両人(りやうにん)が、340今日(けふ)は心底(しんてい)から気楽(きらく)さうに、341大言(たいげん)を吐(は)いて居(を)る、342どうしたものだらう』
343鬼鷹(おにたか)『此奴(こいつ)ア、344発狂(はつきやう)したのだらう。345さうでなくては、346アンナ事(こと)が言(い)へたものぢやない』
347荒鷹(あらたか)『それにしても、348肝腎(かんじん)の目的物(もくてきぶつ)たる紫姫(むらさきひめ)は、349どうなつただらう。350鬼熊別(おにくまわけ)の御(おん)大将(たいしやう)に御(お)約束(やくそく)をして来(き)たのだ。351若(も)し紛失(ふんしつ)でもして居(ゐ)たら大変(たいへん)だがなア』
352鹿公(しかこう)『アツハヽヽヽ、353タヽヽ大変(たいへん)だ大変(たいへん)だ。354大変(たいへん)が通(とほ)り越(こ)して、355天変(てんぺん)地変(ちへん)だ、356地震(ぢしん)雷(かみなり)火(ひ)の車(くるま)、357鬼(おに)の岩窟(いはや)は忽(たちま)ち明日(あす)をも待(ま)たず、358木端(こつぱ)微塵(みぢん)、359憐(あは)れ果敢(はか)なき次第(しだい)なり、360ワツハヽヽヽ』
361鬼鷹(おにたか)『ヤア益々(ますます)怪(あや)しいぞ、362………オイ鹿(しか)、363馬(うま)の奴(やつ)、364紫姫(むらさきひめ)の所在(ありか)を有態(ありてい)に申(まを)せ』
365鹿公(しかこう)『アハヽヽヽ、366あの心配(しんぱい)さうな面付(かほつき)、367蟻(あり)か、368蚯蚓(みみづ)か、369鼬(いたち)か知(し)らぬが、370貴様(きさま)等(ら)の翫弄物(おもちや)にはお成(な)り遊(あそ)ばす紫姫(むらさきひめ)ぢや御座(ござ)らぬワイ。371鬼熊別(おにくまわけ)の大将(たいしやう)に奉(たてまつ)つて、372御(ご)褒美(ほうび)に与(あづか)らうと云(い)ふ目的(もくてき)であらうが、373細引(ほそびき)の褌(ふんどし)、374あちらへ外(はづ)れ、375こちらへ外(はづ)れ、376お気(き)の毒(どく)乍(なが)ら目的(もくてき)は成就(じやうじゆ)致(いた)さぬワイ。377あまり呆(あき)れて腮(あご)が外(はづ)れぬ様(やう)に御(ご)注意(ちうい)なされませや』
378鬼鷹(おにたか)『ヤア益々(ますます)合点(がてん)のゆかぬ事(こと)を申(まを)す奴(やつ)だ。379コラ馬(うま)、380鹿(しか)、381貴様(きさま)は荒鷹(あらたか)、382鬼鷹(おにたか)御(ご)両人(りやうにん)様(さま)の御(ご)威勢(ゐせい)を恐(おそ)れぬか』
383鹿公(しかこう)『コレヤ荒鷹(あらたか)、384鬼鷹(おにたか)、385貴様(きさま)は鹿公(しかこう)さま馬公(うまこう)さま御(ご)両人(りやうにん)の御(ご)威勢(ゐせい)を何(なん)と思(おも)ふか、386恐(おそ)れ入(い)らぬか、387アツハヽヽヽ』
388荒鷹(あらたか)『益々(ますます)可怪(をか)しい奴(やつ)だ。389何(なん)でも此奴(こいつ)ア、390強力(がうりき)な尻押(しりお)しが出来(でき)たに違(ちがひ)ない。391オイ鹿(しか)、392貴様(きさま)の後(あと)に誰(たれ)か尻(しり)を押(お)す奴(やつ)が出来(でき)たのだらう。393逐一(ちくいち)白状(はくじやう)致(いた)せ』
394鹿公(しかこう)『きまつた事(こと)だよ、395此(この)方(はう)には大江山(おほえやま)の鬼雲彦(おにくもひこ)を始(はじ)めとし、396其(その)他(た)数万(すうまん)の天下(てんか)の豪傑(がうけつ)、397雲霞(うんか)の如(ごと)く吾々(われわれ)両人(りやうにん)を救援(きうゑん)に向(むか)ひ、398三嶽(みたけ)の山(やま)の岩窟(がんくつ)を滅茶(めつちや)苦茶(くちや)に叩(たた)き潰(つぶ)し、399五六(ごろく)人(にん)の留守番(るすばん)の奴(やつ)等(ら)は谷底(たにそこ)へ吹(ふ)き散(ち)らし、400是(こ)れより進(すす)みて鬼(おに)ケ城(じやう)の敵(てき)に向(むか)つて攻撃(こうげき)の準備中(じゆんびちう)だ。401東方(とうはう)よりは又(また)もや数多(あまた)の軍勢(ぐんぜい)、402亀彦(かめひこ)、403英子姫(ひでこひめ)のヒーロー豪傑(がうけつ)を先頭(せんとう)に、404数十万(すうじふまん)とも限(かぎ)りなく、405日(ひ)ならず攻(せ)め寄(よ)せる計画(けいくわく)整(ととの)うたり。406モウ斯(か)うなる上(うへ)は、407鬼(おに)ケ城(じやう)もガタガタの滅茶(めちや)々々(めちや)、408一(いち)時(じ)も早(はや)く引返(ひつかへ)し、409此(この)由(よし)を鬼熊別(おにくまわけ)の腰抜(こしぬけ)大将(たいしやう)に注進(ちうしん)致(いた)すが宜(よ)からうぞ』
410荒鷹(あらたか)『ナニツ、411言(い)はしておけば際限(さいげん)なき雑言(ざふごん)無礼(ぶれい)、412首途(かどで)の血祭(ちまつり)、413汝(なんぢ)等(ら)二人(ふたり)の身体(からだ)は、414此(この)棍棒(こんぼう)の先(さき)に粉砕(ふんさい)し呉(く)れむ……ヤアヤア者共(ものども)、415二人(ふたり)に向(むか)つて打(う)つて掛(かか)れ』
416 一同(いちどう)は二人(ふたり)を目(め)あてに、417棍棒(こんぼう)打振(うちふ)り打(う)つてかかるを、418鹿(しか)、419馬(うま)の両人(りやうにん)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)、420韋駄天(ゐだてん)走(ばし)りに、421悦子姫(よしこひめ)が休息場(きうそくば)に向(むか)つて逃(に)げ帰(かへ)る。
422荒鷹(あらたか)『ヤア卑怯(ひけふ)未練(みれん)な馬(うま)、423鹿(しか)の両人(りやうにん)、424口(くち)程(ほど)にもない代物(しろもの)、425……ヤアヤア者共(ものども)、426汝(なんじ)ら四五(しご)人(にん)にて結構(けつこう)だ。427早(はや)く追(お)つかけ両人(りやうにん)を生捕(いけどり)に致(いた)して来(こ)い』
428男『畏(かしこ)まりました』
429と五六(ごろく)人(にん)の男(をとこ)は、430二人(ふたり)の後(あと)を追(お)つて北(きた)へ北(きた)へと走(はし)り行(ゆ)く。
431加米彦(かめひこ)『ヤア騒々(さうざう)しき足音(あしおと)が聞(きこ)えて来(き)た。432青彦(あをひこ)、433常彦(つねひこ)、434夏彦(なつひこ)、435起(お)きたり起(お)きたり』
436 斯(か)く云(い)ふ内(うち)、437鹿公(しかこう)、438馬公(うまこう)は此(この)場(ば)に走(はし)り来(きた)り、
439鹿公、馬公『宣伝使(せんでんし)に申(まを)し上(あ)げます。440只今(ただいま)荒鷹(あらたか)、441鬼鷹(おにたか)の両人(りやうにん)、442四五(しご)人(にん)の乾児(こぶん)を引(ひ)きつれ、443棍棒(こんぼう)を打振(うちふ)り、444此(この)場(ば)に進(すす)みて参(まゐ)ります。445防戦(ばうせん)の御(ご)用意(ようい)なされませ』
446加米彦(かめひこ)『ヤア最早(もはや)やつて来(き)よつたか。447序(ついで)に鬼(おに)ケ城(じやう)の鬼熊別(おにくまわけ)全軍(ぜんぐん)を率(ひき)ゐて来(き)て呉(く)れれば、448埒(らち)が明(あ)いて良(い)いがなア。449五(ご)人(にん)や十(じふ)人(にん)邪魔(じやま)臭(くさ)い』
450鹿公(しかこう)『もうし加米彦(かめひこ)さま、451随分(ずゐぶん)力(ちから)一杯(いつぱい)、452馬公(うまこう)と二人(ふたり)で吹(ふ)いて吹(ふ)いて吹(ふ)き捲(まく)つてやりました。453是(これ)であなたの二代目(にだいめ)が勤(つと)まりませうなア』
454加米彦(かめひこ)『ヤア此(この)場(ば)へ敵(てき)がやつて来(き)ては、455悦子姫(よしこひめ)さま其(その)他(た)の安眠(あんみん)妨害(ばうがい)だ。456それよりも此方(こちら)から向(むか)つて、457一(ひと)つ奮戦(ふんせん)だ。458鹿公(しかこう)、459馬公(うまこう)、460サア来(こ)い来(きた)れ……』
461と云(い)ふより早(はや)く加米彦(かめひこ)は、462南(みなみ)を指(さ)して走(はし)り行(ゆ)く。463忽(たちま)ち南方(なんぱう)より息(いき)せき切(き)つて走(はし)り来(きた)る四五(しご)の物影(ものかげ)、464三(さん)人(にん)は傍(かたへ)の木(き)の茂(しげ)みに身(み)を忍(しの)ばせ、465様子(やうす)を窺(うかが)つて居(ゐ)る。
466甲(かふ)『オイ貴様(きさま)さつきへ往(ゆ)かぬかい』
467乙(おつ)『先(さき)も後(あと)もあつたものかい。468先(さき)へ行(い)た者(もの)が険呑(けんのん)だとも、469安全(あんぜん)だとも分(わか)るものぢやない。470何事(なにごと)も運命(うんめい)の儘(まま)に進(すす)めば良(い)いのだ。471ソンナ臆病風(おくびやうかぜ)を出(だ)して、472悪(あく)の御用(ごよう)が勤(つと)まるかい』
473甲(かふ)『ナニ誰(たれ)が悪(あく)の御用(ごよう)だ。474吾々(われわれ)は是(これ)位(くらゐ)最善(さいぜん)の道(みち)はないと思(おも)つて、475一生(いつしやう)懸命(けんめい)に活動(くわつどう)して居(を)るのだ。476鬼熊別(おにくまわけ)の大将(たいしやう)は何時(いつ)も仰有(おつしや)るぢやないか。477世界(せかい)は悪魔(あくま)の世(よ)の中(なか)だ。478優勝(いうしよう)劣敗(れつぱい)だ。479さうだから世界(せかい)の人間(にんげん)が可哀相(かあいさう)だ、480強(つよ)い者(もの)を苛(いぢ)め、481弱(よわ)い者(もの)を助(たす)けてやるのが人間(にんげん)だ……と、482何時(いつ)も仰有(おつしや)るぢやないか。483俺(おれ)は鬼熊別(おにくまわけ)の大将(たいしやう)が毛筋(けすぢ)程(ほど)でも悪(あく)だと思(おも)つたら、484コンナ夜夜中(よるよなか)に山坂(やまさか)を駆巡(かけめぐ)り、485辛(つら)い働(はたら)きはせないよ。486何(なん)でも、487三五教(あななひけう)とやらの、488強(つよ)い者勝(ものがち)の悪神(わるがみ)が出(で)て来(き)よつて、489世界(せかい)の弱(よわ)い人民(じんみん)を虐(しひた)げると云(い)ふ事(こと)だから、490俺(おれ)も天下(てんか)の為(ため)悪人(あくにん)を滅亡(ほろぼ)すのが唯一(ゆゐいつ)の目的(もくてき)だ』
491乙(おつ)『アハヽヽヽ、492貴様(きさま)は割(わ)りとは馬鹿(ばか)正直(しやうぢき)な奴(やつ)だなア、493鬼熊別(おにくまわけ)はアヽ見(み)えても、494悪(あく)が七分(しちぶ)に善(ぜん)が三分(さんぶ)だ、495それが貴様(きさま)分(わか)らぬのか。496……アーアもう一歩(ひとあし)も前進(ぜんしん)する事(こと)が出来(でき)なくなつて了(しま)つた』
497丙(へい)『さうだなア、498此処(ここ)まで来(く)ると、499足(あし)がピタリと止(と)まつた。500何(なん)でも最前(さいぜん)逃(に)げて行(い)きよつた二人(ふたり)の奴(やつ)、501魔法(まはふ)を使(つか)つて俺(おれ)達(たち)の足止(あしど)めをしよつたのかも知(し)れぬぞ』
502 木(き)の茂(しげ)みの中(なか)より、
503(鹿公または馬公)『加米彦(かめひこ)さま、504世界(せかい)に絶対(ぜつたい)の悪人(あくにん)はありませぬなア、505今(いま)彼(かれ)等(ら)の話(はなし)を聞(き)けば、506鬼(おに)の乾児(こぶん)にもヤツパリ善人(ぜんにん)が混(まじ)つて居(ゐ)るぢやありませぬか』
507加米彦(かめひこ)『そうだ、508如何(いか)に悪人(あくにん)と云(い)つても、509元(もと)はみな神(かみ)様(さま)の結構(けつこう)な霊(みたま)が血管(けつくわん)の中(なか)を流(なが)れて居(ゐ)るのだから、510悪(あく)になるのは皆(みんな)誤解(ごかい)からだ。511併(しか)し悪(あく)と知(し)りつつ悪(あく)を行(や)る奴(やつ)は滅多(めつた)にないものだ。512吾々(われわれ)も斯(か)うして善(ぜん)を尽(つく)した積(つも)りでも、513智徳(ちとく)円満(ゑんまん)豊美(ほうび)なる神(かみ)様(さま)の御心(みこころ)から御覧(ごらん)になれば、514知(し)らず識(し)らずの間(あひだ)に罪(つみ)を重(かさ)ねて居(ゐ)るか知(し)れないよ。515そうだから人間(にんげん)は何事(なにごと)も惟神(かむながら)に任(まか)し、516己(おのれ)を責(せ)め、517謙遜(へりくだ)り省(かへり)みなくてはならないのだ』
518鹿公(しかこう)『ヘン……殊勝(しゆしよう)らしい事(こと)を仰有(おつしや)います事(こと)、519あなたは随分(ずゐぶん)謙遜(へりくだ)る所(どころ)か、520高慢心(かうまんしん)の強(つよ)いお方(かた)ぢや、521法螺(ほら)ばつかり吹(ふ)いて吹(ふ)いて吹(ふ)き倒(たふ)し、522人(ひと)を煙(けぶり)に巻(ま)いて、523鼻(はな)を高(たか)うして得意(とくい)がつてるお方(かた)ぢや有(あ)りませぬか。524あなたも、525よつぽど耄碌(まうろく)しましたなア』
526加米彦(かめひこ)『アハヽヽヽ、527それだから困(こま)ると云(い)ふのだ。528お前(まへ)達(たち)は表面(へうめん)ばつかり見(み)て、529吾々(われわれ)の魂(たましひ)を見(み)て呉(く)れないから困(こま)るナア』
530甲(かふ)『ヤア何(なん)だ、531林(はやし)の中(なか)から声(こゑ)が聞(きこ)えるぢやないか』
532乙(おつ)『そうだ、533最前(さいぜん)から怪体(けつたい)な声(こゑ)がすると思(おも)うて居(ゐ)た。534……オイオイ今(いま)の声(こゑ)の主人公(しゆじんこう)は何処(どこ)に居(を)るのだ。535敵(てき)でも味方(みかた)でも良(よ)いワ、536みな神(かみ)様(さま)の目(め)から見(み)れば世界(せかい)兄弟(けいてい)だ。537ソンナ所(ところ)に怖(こは)相(さう)に引込(ひきこ)みて、538ヒソビソ話(ばなし)をするよりも、539公然(こうぜん)と此(この)場(ば)に現(あらは)れて、540一(ひと)つ懇談会(こんだんくわい)でもやつたらどうだい』
541加米彦(かめひこ)『此奴(こいつ)ア面白(おもしろ)い、542お前(まへ)達(たち)は鬼(おに)ケ城(じやう)に割拠(かつきよ)する鬼熊別(おにくまわけ)の部下(てした)の者(もの)だらう。543俺(おれ)は三五教(あななひけう)の加米彦(かめひこ)と云(い)ふ立派(りつぱ)な宣伝使(せんでんし)だ。544一(ひと)つ宣伝歌(せんでんか)を聞(き)かしてやらうか』
545甲(かふ)『ハイハイ良(よ)い所(ところ)で……ドツコイ不思議(ふしぎ)な所(ところ)でお目(め)にかかりました。546どうぞ生命(いのち)許(ばか)りはお助(たす)け下(くだ)さいませ』
547乙(おつ)『オイオイ何(なに)を謝罪(あやま)るのだ。548結構(けつこう)な歌(うた)を聴(き)かしてやると仰有(おつしや)るのだよ』
549甲(かふ)『アヽさうか、550おれや又(また)、551煎(せん)じて食(く)てやらうと聞(きこ)えたので、552ビツクリしたのだよ』
553乙(おつ)『アハヽヽヽ、554モシモシ宣伝使(せんでんし)とやら云(い)ふお方(かた)、555あなたの言霊(ことたま)は、556どうも明瞭(はつきり)して居(を)ります。557吾々(われわれ)に対(たい)し一寸(ちよつと)も敵意(てきい)を含(ふく)みて居(ゐ)ない。558ヤアもう安心(あんしん)致(いた)しました、559どうぞ聞(き)かして下(くだ)さいませ』
560鹿公(しかこう)『オイ鬼(おに)の部下(てした)共(ども)、561俺(おれ)達(たち)は鹿公(しかこう)ぢやぞ。562あまり安心(あんしん)を早(はや)うすると、563後(あと)で後悔(こうくわい)をせにやならぬぞ』
564乙(おつ)『ナニ、565お前(まへ)は今(いま)逃(に)げた鹿公(しかこう)ぢやなア、566此処(ここ)へ出(で)て来(こ)ぬかい、567一(ひと)つ力(ちから)比(くら)べをして、568負(まけ)たら従(したが)うてやる、569勝(か)つたら従(したが)はすぞよ』
570鹿公(しかこう)『アハヽヽヽ、571三五教(あななひけう)のお筆先(ふでさき)の様(やう)な事(こと)を云(い)つて居(ゐ)やがる。572勝(か)つも負(ま)けるも時(とき)の運(うん)だ。573併(しか)し乍(なが)ら勝負(しようぶ)は最早(もはや)ついて居(ゐ)るぢやないか。574サツパリ加米彦(かめひこ)の宣伝使(せんでんし)の言霊(ことたま)に零敗(れいはい)して了(しま)つた。575アツハヽヽヽ』
576 斯(か)かる所(ところ)へ荒鷹(あらたか)、577鬼鷹(おにたか)の両人(りやうにん)、578ノソリノソリと現(あらは)れ来(きた)り、
579荒鷹、鬼鷹『オイ貴様(きさま)達(たち)、580コンナ所(ところ)で何(なに)をして居(を)るのだ、581吾々(われわれ)の命令(めいれい)に服従(ふくじゆう)せないのか』
582甲(かふ)『ハイ俄(にはか)に強(つよ)くなつて、583腹(はら)の底(そこ)から、584何(なん)だかムクムクと動(うご)き出(だ)し、585阿呆(あほ)らしくなつて、586あなた方(がた)の命令(めいれい)に服従(ふくじゆう)する事(こと)が出来(でき)なくなつて来(き)ました』
587荒鷹(あらたか)『ソラ何(なに)を言(い)ふのだ、588貴様(きさま)、589臆病風(おくびやうかぜ)に誘(さそ)はれて腰(こし)を抜(ぬ)かし、590逆上(のぼ)せやがつたな』
591乙(おつ)『モシモシ荒鷹(あらたか)、592鬼鷹(おにたか)の両人(りやうにん)さま、593モウ駄目(だめ)ですよ、594あなたの威張(ゐば)るのも今日(けふ)唯今(ただいま)限(かぎ)り、595私(わたし)もどうやら腹(はら)の底(そこ)から、596本(ほん)守護神(しゆごじん)とやらがムクムクと頭(あたま)を抬(もた)げ「ナーニ鬼鷹(おにたか)荒鷹(あらたか)の木端(こつぱ)武者(むしや)、597今(いま)此(この)場(ば)で改心(かいしん)致(いた)せば良(よ)し、598致(いた)さぬに於(おい)ては、599腕(かいな)を捩折(ねぢお)り、600股(また)から引裂(ひきさ)いて喰(く)つて了(しま)へ」と囁(ささや)いて御座(ござ)る、601アツハヽヽヽ』
602丙(へい)『ヤア鬼鷹(おにたか)、603荒鷹(あらたか)、604どうぢや、605降参(かうさん)致(いた)したか』
606丁(てい)『改心(かいしん)するか』
607戊(ぼう)『往生(わうじやう)致(いた)すか、608三五教(あななひけう)に従(したが)ふか、609悪(あく)を改(あらた)め善(ぜん)に立帰(たちかへ)るか、610返答(へんたふ)はどうぢや。611宣伝歌(せんでんか)を聴(き)かしてやらうか』
612荒鷹(あらたか)『アイタヽヽヽ、613此奴(こいつ)ア変(へん)だ、614頭(あたま)が鑿(のみ)でカチ割(わ)られる様(やう)に痛(いた)くなつて来(き)よつた、615鬼鷹(おにたか)、616お前(まへ)はどうだ』
617鬼鷹(おにたか)『アイタヽヽヽ、618俺(おれ)も何(なん)だか、619痛(いた)くなつて来(き)たやうだ。620ハテ合点(がてん)の行(ゆ)かぬ事(こと)だワイ』
621 林(はやし)の中(なか)より、622加米彦(かめひこ)の声(こゑ)、
623加米彦『朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
624月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
625仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも
626曲津(まがつ)の神(かみ)は多(おほ)くとも
627三五教(あななひけう)の神(かみ)の道(みち)
628善(ぜん)と悪(あく)とを立別(たてわ)けて
629鬼(おに)も大蛇(をろち)も曲津見(まがつみ)も
630誠(まこと)の道(みち)に皆(みな)救(すく)ふ
631世(よ)の荒風(あらかぜ)に揉(も)まれつつ
632神(かみ)の御子(みこ)なる諸人(もろびと)は
633右(みぎ)や左(ひだり)や前後(まへうし)ろ
634彷徨(さまよ)ひ惑(まど)ふ其(その)間(うち)に
635善(ぜん)にも進(すす)み又(また)悪(あく)に
636知(し)らず識(し)らずに陥(おちい)りて
637神(かみ)より受(う)けし生御魂(いくみたま)
638或(あるひ)は汚(けが)し又(また)破(やぶ)り
639破(やぶ)れかぶれの其(その)果(はて)は
640心(こころ)の鬼(おに)に責(せ)められて
641あらぬ方(かた)へと傾(かたむ)きつ
642誠(まこと)の道(みち)を踏(ふ)み外(はづ)し
643邪(よこさ)の道(みち)に勇(いさ)ましく
644知(し)らず識(し)らずに進(すす)み行(ゆ)く
645元(もと)は天帝(てんてい)の分霊(わけみたま)
646善(ぜん)も無(な)ければ悪(あく)も無(な)い
647善(ぜん)と悪(あく)とは人(ひと)の世(よ)の
648其(その)折々(をりをり)の捨言葉(すてことば)
649アテにはならぬ物(もの)ぞかし
650あゝ荒鷹(あらたか)よ鬼鷹(おにたか)よ
651汝(なれ)も神(かみ)の子(こ)人(ひと)の子(こ)よ
652尊(たふと)き神(かみ)の子(こ)と生(うま)れ
653何(なに)苦(くる)しさに鬼(おに)ケ城(じやう)
654鬼熊別(おにくまわけ)の部下(ぶか)となり
655世人(よびと)を苦(くる)しめ虐(しひた)ぐる
656身魂(みたま)を直(なほ)せ今(いま)直(なほ)せ
657三嶽(みたけ)の山(やま)の頂(いただ)きで
658吾(われ)に逢(あ)うたは神々(かみがみ)の
659篤(あつ)き恵(めぐみ)の引合(ひきあは)せ
660心(こころ)一(ひと)つの持方(もちかた)で
661悪(あく)ともなれば善(ぜん)となる
662善悪(ぜんあく)正邪(せいじや)の分水嶺(ぶんすゐれい)
663覚悟(かくご)は如何(いか)にサア如何(いか)に
664此(この)世(よ)を造(つく)りし神直日(かむなほひ)
665心(こころ)も広(ひろ)き大直日(おほなほひ)
666唯(ただ)何事(なにごと)も人(ひと)の世(よ)を
667直日(なほひ)に見直(みなほ)し宣(の)り直(なほ)す
668神(かみ)の樹(た)てたる三五教(あななひけう)
669復(かへ)れよ帰(かへ)れ真心(まごころ)に
670磨(みが)けよみがけ天地(あめつち)の
671神(かみ)より受(う)けし生魂(いくみたま)
672あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
673御霊(みたま)幸(さち)はひましまして
674荒鷹(あらたか)鬼鷹(おにたか)其(その)外(ほか)の
675魔神(まがみ)の身魂(みたま)を清(きよ)めませ
676偏(ひとへ)に願(ねが)ひ奉(たてまつ)る
677偏(ひとへ)に祈願(こひのみ)申(まを)します』
678と声(こゑ)も涼(すず)しく歌(うた)ひ終(をは)るや、679荒鷹(あらたか)、680鬼鷹(おにたか)其(その)他(た)一同(いちどう)は大地(だいち)に平伏(へいふく)し、681涙(なみだ)をハラハラと流(なが)し唯(ただ)、
682一同『有難(ありがた)う有難(ありがた)う』
683と僅(わづか)に感謝(かんしや)の意(い)を表(へう)して居(ゐ)る。
684 斯(か)かる所(ところ)へ、685悦子姫(よしこひめ)の一行(いつかう)は現(あら)はれ来(きた)り、
686音彦(おとひこ)『ヤア加米彦(かめひこ)、687御(お)手柄(てがら)々々(おてがら)、688荒鷹(あらたか)、689鬼鷹(おにたか)の大将(たいしやう)も、690どうやら救(すく)はれた様(やう)な塩梅(あんばい)ですなア』
691 荒鷹(あらたか)、692鬼鷹(おにたか)一度(いちど)に、
693荒鷹、鬼鷹『これはこれは三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)様(さま)、694私(わたくし)は今日(こんにち)、695只今(ただいま)、696神(かみ)の御霊(みたま)に照(てら)されて、697発根(ほつこん)と心(こころ)の岩戸(いはと)が開(ひら)けました。698最早(もはや)吾々(われわれ)は悪(あく)より救(すく)はれました。699どうぞ今日(けふ)限(かぎ)り、700あなたのお道(みち)に入(い)れて下(くだ)さいまして、701お伴(とも)に御(お)使(つか)ひ下(くだ)されば有難(ありがた)う御座(ござ)います』
702音彦(おとひこ)『ホーそれは何(なに)より重畳(ちようでう)だ。703もうし悦子姫(よしこひめ)様(さま)、704如何(いかが)致(いた)しませう。705斯(か)う早(はや)く改心(かいしん)せられては鬼(おに)ケ城(じやう)の言霊戦(ことたません)も、706何(なん)だか張合(はりあひ)が抜(ぬ)けた様(やう)です、707何卒(どうぞ)あなたの指揮(しき)を願(ねが)ひます』
708 悦子姫(よしこひめ)、709儼然(げんぜん)として立上(たちあが)り、
710悦子姫『イヤ荒鷹(あらたか)、711鬼鷹(おにたか)の両人(りやうにん)、712そなたは一先(ひとま)づ鬼(おに)ケ城(じやう)に立帰(たちかへ)り、713妾(わたし)の一行(いつかう)と花々(はなばな)しく言霊(ことたま)の戦(いくさ)を開始(かいし)し、714其(その)上(うへ)にて双方(さうはう)より和睦(わぼく)をする事(こと)に致(いた)しませう』
715荒鷹(あらたか)『ナント仰(あふ)せられます、716最早(もはや)私(わたくし)共(ども)はあなた方(がた)に向(むか)つて戦(たたか)ふ勇気(ゆうき)はありませぬ。717ナア鬼鷹(おにたか)、718お前(まへ)もさうだらう』
719鬼鷹(おにたか)『吾々(われわれ)は絶対(ぜつたい)に三五教(あななひけう)に帰順(きじゆん)致(いた)しました。720勿体(もつたい)ない、721どうしてあなた方(がた)に刃向(はむか)ふ事(こと)ができませうか』
722悦子姫(よしこひめ)『分(わか)りました。723併(しか)し乍(なが)ら鬼熊別(おにくまわけ)の帰順(きじゆん)する迄(まで)は、724あなたは、725三五教(あななひけう)に入信(にふしん)の許可(きよか)を保留(ほりう)して置(お)きます。726今迄(いままで)首領(しゆりやう)と仰(あふ)いだ鬼熊別(おにくまわけ)に対(たい)し親切(しんせつ)が通(とほ)りませぬ。727成(な)る事(こと)ならばあなた方(がた)より鬼熊別(おにくまわけ)を、728改心(かいしん)さして頂(いただ)きたい。729併(しか)し乍(なが)ら俄(にはか)にあなた方(がた)の仰有(おつしや)る事(こと)を、730大将(たいしやう)として聞(き)けますまいから、731茲(ここ)に一(ひと)つの神策(しんさく)を案(あん)じ、732一旦(いつたん)あなた方(がた)と立別(たちわか)れて、733花々(はなばな)しく言霊戦(ことたません)を開始(かいし)し、734其(その)結果(けつくわ)和睦(わぼく)開城(かいじやう)と云(い)ふ段取(だんどり)となるのが、735穏健(おんけん)な行方(やりかた)でせう。736就(つい)ては今迄(いままで)三岳(みたけ)の岩窟(いはや)に捕(とら)はれて居(ゐ)た紫姫(むらさきひめ)さま、737鹿(しか)さま、738馬(うま)さまを始(はじ)め、739丹州(たんしう)さまは荒鷹(あらたか)さま、740鬼鷹(おにたか)さまと共(とも)に、741一先(ひとま)ず鬼(おに)ケ城(じやう)へ御(お)帰(かへ)り下(くだ)さい。742さうして妾(わたし)の神軍(しんぐん)に向(むか)つて言霊戦(ことたません)を開始(かいし)なされませ。743あなたの方(はう)は防禦軍(ばうぎよぐん)、744妾(わたし)の方(はう)は攻撃軍(こうげきぐん)で御座(ござ)います。745攻撃軍(こうげきぐん)には、746悦子姫(よしこひめ)、747音彦(おとひこ)、748加米彦(かめひこ)、749青彦(あをひこ)、750夏彦(なつひこ)、751常彦(つねひこ)を以(もつ)て之(これ)に当(あ)てます、752………サアサア一(いち)時(じ)も早(はや)く鬼(おに)ケ城(じやう)へ御(お)帰(かへ)り遊(あそ)ばせ。753時(とき)を移(うつ)さず妾(わたし)は神軍(しんぐん)を引率(いんそつ)し、754大攻撃(だいこうげき)に着手(ちやくしゆ)致(いた)します』
755丹州(たんしう)『ヤア六韜(りくたう)三略(さんりやく)の姫(ひめ)様(さま)の御(ご)神策(しんさく)、756心得(こころえ)ました。757サアサア紫姫(むらさきひめ)様(さま)、758鹿公(しかこう)、759馬公(うまこう)、760是(これ)から鬼(おに)ケ城(じやう)へ乗(の)り込(こ)み、761悦子姫(よしこひめ)さまの攻撃(こうげき)に向(むか)つて、762極力(きよくりよく)防戦(ばうせん)を致(いた)しませう。763………悦子姫(よしこひめ)様(さま)、764戦場(せんぢやう)にて、765改(あらた)めてお目(め)に掛(かか)りませう。766此(この)丹州(たんしう)が言霊(ことたま)の威力(ゐりよく)をお目(め)にかける、767必(かなら)ずオメオメと敗走(はいそう)なされますな。768あゝ面白(おもしろ)し面白(おもしろ)し、769吾(われ)等(ら)は是(これ)より鬼(おに)ケ城(じやう)の本城(ほんじやう)に立帰(たちかへ)り、770鬼熊別(おにくまわけ)を総大将(そうだいしやう)と仰(あふ)ぎ、771寄(よ)せ来(く)る三五教(あななひけう)の神軍(しんぐん)に向(むか)つて、772あらゆる神変(しんぺん)不思議(ふしぎ)の言霊(ことたま)の秘術(ひじゆつ)を尽(つく)し、773千変(せんぺん)万化(ばんくわ)にかけ悩(なや)まし、774木端(こつぱ)微塵(みぢん)に平(たひら)げ呉(く)れむ、775さらば悦子姫(よしこひめ)殿(どの)』
776悦子姫(よしこひめ)『さらば丹州殿(たんしうどの)、777改(あらた)めて戦場(せんぢやう)にてお目(め)に掛(かか)りませう』
778(大正一一・四・二三 旧三・二七 松村真澄録)
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