霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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霊(たま)の礎(いしずゑ)(三)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第17巻 如意宝珠 辰の巻 篇:後付 よみ(新仮名遣い):
章:霊の礎(三) よみ(新仮名遣い):たまのいしずえ 通し章番号:
口述日:1922(大正11)年12月 口述場所: 筆録者: 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年1月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
高天原の天国に昇る者は、地上にあるときその身内に愛と信との天国を開設しなければ、死後に身外の天国を摂受することはできない。
現実界にある間に、心身内に天国を造っておく必要がある。そのためには神を愛し、神を信じて無限絶対と合一しなければならない。人間は、無限絶対の一断片であるからである。
真神である天之御中主大神が、その霊徳を完備具足したとき、天照皇大神という。また撞の大御神という。
火の御祖神を高皇産霊大神と唱え、厳の御魂と申し奉る。
水の御祖神を神皇産霊大神と唱え、瑞の御魂と申し奉る。
以上の三神はそのご活動によって名称・働きに種々あれども、三位一体にして、天之御中主大神(大国常立命)に帰着する。
故に独一真神である。一神即多神、多神即一神であり、短く「主」という。厳の御魂は霊界人の主であり、瑞の御魂は現界人の心身内を守り治める主である。
死後の歓喜を受けるために、現実界で歓喜の生活を送ろうと思ったら、瑞の御魂の守護を受ける必要がある。瑞の御魂の手と口を通して示された言霊こそが、生命の清水である。
霊界物語によって、人は心身共に歓喜に咽び、永遠の生命を保ち、死後の歓楽郷を築くことができる。
天帝、すなわち主は、水火の息を呼吸して、無限にその生命を保ち、宇宙万有の生命の源泉となっている。
太陽は、また水火の息を呼吸して、恒温を万物に与えている。太陽神、太陰神、人間のそれぞれが呼吸する大気は、それぞれまた違っている。
現実界と精霊界では事象が違うのである。しかし互いに相似している。現実界は、精霊界の移写だからである。
高天原の天国は、主の位格によって高下の区別がある。主を見る各人の塵身また霊身の徳の不同があり、それによって上下・標準が定まるのである。天国には霊身の善徳によって種々の団体が築かれている。
天国外の罪悪不信の徒が主神を見ると、悪相に見える。
主神が天国の団体に姿を現すときは、天人の相に見えるが、他の天人とは天地の相違がある。
荒魂、和魂、奇魂、幸魂を主宰しているのが直霊である。四魂をまったく善と愛と信とに善動し活用するのを全徳という。全徳の霊身はただちに最奥天国に昇る。三徳が活用していると第二天国に進む。二徳は第一天国、一徳は最下天国に進む。
一徳一善もなき者は、草莽間に漂浪し、天の八衢に彷徨するのである。
悪が強い不信不愛不善の徒は、その罪業の軽重に応じて、それぞれの地獄に堕し、罪相応の苦悶を受ける。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:1817 OBC :rm179901
愛善世界社版:289頁 八幡書店版:第3輯 631頁 修補版: 校定版:299頁 普及版: 初版: ページ備考:
派生[?]この文献を底本として書かれたと思われる文献です。[×閉じる]:出口王仁三郎全集 > 第二巻 宗教・教育編 > 第四篇 神霊世界 > 第三章 霊の礎
001一、002高天原(たかあまはら)の天国(てんごく)に上(のぼ)るものは、003地上(ちじやう)にある時(とき)其(その)身内(しんない)に愛(あい)と信(しん)との天国(てんごく)を開設(かいせつ)し置(お)かなければ、004死後(しご)に於(おい)て身外(しんぐわい)の天国(てんごく)を摂受(せつじゆ)することは不可能(ふかのう)である。
005一、006人間(にんげん)として、007其(その)身内(しんない)に天国(てんごく)を有(いう)し無(な)かつたならば身外(しんぐわい)に在(あ)る天国(てんごく)は決(けつ)して其(その)人(ひと)に流(なが)れ来(く)るものでは無(な)い。008又(また)之(これ)を摂受(せつじゆ)することが出来(でき)ぬものである。009要(えう)するに人(ひと)は現実界(げんじつかい)にある間(あひだ)に、010自(みづか)ら心身内(しんしんない)に天国(てんごく)を造(つく)りおく必要(ひつえう)がある。011而(しか)して天国(てんごく)を自(みづか)ら造(つく)り且(か)つ開(ひら)くのは、012神(かみ)を愛(あい)し神(かみ)を信(しん)じ無限(むげん)絶対(ぜつたい)と合一(がふいつ)しておかねば成(な)らぬ。013人(ひと)は何(ど)うしても、014この無限(むげん)絶対(ぜつたい)の一断片(いちだんぺん)である以上(いじやう)は、015何処(どこ)までも無限(むげん)絶対(ぜつたい)、016無始(むし)無終(むしう)の真神(しんしん)を信愛(しんあい)せなくては霊肉(れいにく)共(とも)に安静(あんせい)を保(たも)つことは出来(でき)ぬものである。
017一、018真神(しんしん)たる天之(あめの)御中主(みなかぬし)の大神(おほかみ)その霊徳(れいとく)の完備(くわんび)具足(ぐそく)せるを天照皇(あまてらすすめ)大御神(おほみかみ)と称(とな)へ奉(たてまつ)り、019又(また)撞(つき)の大御神(おほみかみ)と称(とな)へ奉(たてまつ)る。020而(しか)して火(ひ)の御(ご)祖神(そしん)(霊(れい))を高皇(たかみ)産霊(むすびの)大神(おほかみ)と称(とな)へ厳(いづ)の御魂(みたま)と申(まを)し奉(たてまつ)り、021水(みづ)の御(ご)祖神(そしん)(体(たい))を神皇(かむみ)産霊(むすびの)大神(おほかみ)と称(とな)へ瑞(みづ)の御魂(みたま)と申(まを)し奉(たてまつ)る。
022一、023霊系(れいけい)の主宰神(しゆさいしん)は厳(いづ)の御魂(みたま)に坐(ま)します国常立(くにとこたちの)神(かみ)、024体系(たいけい)の主宰神(しゆさいしん)は瑞(みづ)の御魂(みたま)と坐(ま)します豊国主(とよくにぬしの)尊(みこと)と申(まを)し奉(たてまつ)る。
025一、026以上(いじやう)の三神(さんしん)は其(その)御(ご)活動(くわつどう)に由(よ)りて種々(しゆじゆ)の名義(めいぎ)あれども、027三位(さんみ)一体(いつたい)にして天之(あめの)御中主(みなかぬし)の大神(おほかみ)(大国常立(おほくにとこたちの)命(みこと))御(おん)一柱(ひとはしら)に帰着(きちやく)するのである。
028一、029故(ゆゑ)に独一(どくいつ)真神(しんしん)と称(とな)へ奉(たてまつ)り、030一神(いつしん)即(すなは)ち多神(たしん)にして多神(たしん)即(すなは)ち一神(いつしん)である。031之(これ)を短縮(たんしゆく)して主(しゆ)と曰(い)ふ。032又(また)厳(いづ)の御魂(みたま)は霊界人(れいかいじん)の主(しゆ)である。033又(また)瑞(みづ)の御魂(みたま)は現界人(げんかいじん)の心身内(しんしんない)を守(まも)り治(をさ)むる主(しゆ)である。
034一、035現界人(げんかいじん)にして心身内(しんしんない)に天国(てんごく)を建(た)てておかねば死後(しご)身外(しんぐわい)の天国(てんごく)を摂受(せつじゆ)することは到底(たうてい)不可能(ふかのう)である。036死後(しご)天国(てんごく)の歓喜(くわんき)を摂受(せつじゆ)し且(か)つ現実界(げんじつかい)の歓喜(くわんき)生活(せいくわつ)を送(おく)らむと思(おも)ふものは、037瑞(みづ)の御魂(みたま)の守(まも)りを受(う)けねばならぬ。038要(えう)するに生命(いのち)の清水(しみづ)を汲(く)み取(と)り飢(うゑ)渇(かは)ける心霊(しんれい)を霑(うるほ)しておかねば成(な)らぬのである。039瑞(みづ)の御魂(みたま)の手(て)を通(とほ)し、040口(くち)を通(とほ)して示(しめ)されたる言霊(ことたま)が即(すなは)ち生命(いのち)の清水(しみづ)である。041霊界(れいかい)物語(ものがたり)によつて人(ひと)は心身(しんしん)共(とも)に歓喜(くわんき)に咽(むせ)び、042永遠(ゑいゑん)の生命(せいめい)を保(たも)ち、043死後(しご)の歓楽境(くわんらくきやう)を築(きづ)き得(う)るものである。
044一、045天帝(てんてい)即(すなは)ち主(しゆ)は水火(すゐくわ)の息(いき)を呼吸(こきふ)して無限(むげん)にその生命(せいめい)を保(たも)ち又(また)宇宙(うちう)万有(ばんいう)の生命(せいめい)の源泉(げんせん)と成(な)り玉(たま)ふ。
046一、047太陽(たいやう)又(また)水火(すゐくわ)の息(いき)を呼吸(こきふ)して光温(くわうをん)を万有(ばんいう)に与(あた)ふ。048されど太陽神(たいやうしん)の呼吸(こきふ)する大気(たいき)は、049太陰神(たいいんしん)の呼吸(こきふ)する大気(たいき)ではない。050又(また)人間(にんげん)の呼吸(こきふ)する大気(たいき)は、051主(しゆ)及(およ)び日月(じつげつ)の呼吸(こきふ)する大気(たいき)では無(な)い。052故(ゆゑ)に万物(ばんぶつ)の呼吸(こきふ)する大気(たいき)も亦(また)、053夫(そ)れ夫(ぞ)れに違(ちが)つて居(ゐ)る。054凡(すべ)て神(かみ)の呼吸(こきふ)する大気(たいき)は現体(げんたい)の呼吸(こきふ)する大気(たいき)では無(な)い。055現実界(げんじつかい)と精霊界(せいれいかい)と凡(すべ)ての事象(じしやう)の相違(さうゐ)あるは、056是(これ)にても明(あきら)かである。057併(しか)しながら現実界(げんじつかい)も精霊界(せいれいかい)も、058外面(ぐわいめん)より見(み)れば殆(ほと)んど相似(さうじ)して居(ゐ)るものである。059何(な)ンとなれば現実界(げんじつかい)の一切(いつさい)は精霊界(せいれいかい)の移写(いしや)なるを以(もつ)てである。
060一、061高天原(たかあまはら)の天国(てんごく)は主(しゆ)の神格(しんかく)に由(よ)りて所成(しよせい)せられて居(を)る。062故(ゆゑ)に全徳(ぜんとく)の人間(にんげん)の往(ゆ)く天国(てんごく)と、063三徳(さんとく)二徳(にとく)一徳(いつとく)の人間(にんげん)の往(ゆ)く天国(てんごく)とは各(おのおの)高下(かうげ)の区別(くべつ)がある。064又(また)主(しゆ)を見(み)る人々(ひとびと)に由(よ)つて主(しゆ)の神格(しんかく)に相違(さうゐ)があるのである。
065一、066そして何人(なにびと)の眼(まなこ)にも同一(どういつ)に見(み)えざるは主神(しゆしん)の身(み)に変異(へんい)があるのでは無(な)い。067主(しゆ)を見(み)る所(ところ)の塵身(ぢんしん)又(また)は霊身(れいしん)に、068その徳(とく)の不同(ふどう)があつて、069自身(じしん)の情動(じやうだう)に由(よ)りて其(その)標準(へうじゆん)を定(さだ)むるからである。
070一、071天国(てんごく)には霊身(れいしん)の善徳(ぜんとく)の如何(いかん)に由(よ)つて高下(かうげ)大小(だいせう)種々(しゆじゆ)の団体(だんたい)が開(ひら)かれて居(を)る。072主(しゆ)を愛(あい)し主(しゆ)を信(しん)じて徳(とく)全(まつた)きものは、073最高(さいかう)天国(てんごく)に上(のぼ)り最歓喜(さいくわんき)の境(きやう)に遊(あそ)び、074主(しゆ)の御姿(みすがた)も亦(また)至真(ししん)至美(しび)至善(しぜん)に映(えい)ずるのである。075茲(ここ)に於(おい)てか天国(てんごく)に種々(しゆじゆ)の区別(くべつ)が現出(げんしゆつ)し、076主神(しゆしん)の神格(しんかく)を見(み)る眼(まなこ)に高下(かうげ)勝劣(しようれつ)の区別(くべつ)が出来(でき)るのである。
077一、078又(また)天国外(てんごくぐわい)に在(あ)る罪悪(ざいあく)不信(ふしん)の徒(と)に致(いた)つては主神(しゆしん)を見(み)れば苦悶(くもん)に堪(た)へず、079且(か)つ悪相(あくさう)に見(み)え恐怖(きようふ)措(を)く能(あた)はざるに致(いた)るのである。
080一、081主神(しゆしん)が天国(てんごく)の各(かく)団体(だんたい)の中(なか)にその神姿(しんし)を現(あら)はし給(たま)ふ時(とき)は、082其(その)御(おん)相(さう)は一個(いつこ)の天人(てんにん)に似(に)させ玉(たま)ふ。083されど主(しゆ)は他(た)の諸多(しよた)の天人(てんにん)とは天地(てんち)の相違(さうゐ)がある。084主(しゆ)自(みづか)らの御(ご)神格(しんかく)が其(その)神身(しんしん)より全徳(ぜんとく)に由(よ)つて赫(かがや)き玉(たま)ふからである。
085一、086一霊(いちれい)四魂(しこん)即(すなは)ち直霊(ちよくれい)、087荒魂(あらみたま)、088和魂(にぎみたま)、089奇魂(くしみたま)、090幸魂(さちみたま)、091以上(いじやう)の四魂(しこん)には各自(かくじ)直霊(ちよくれい)と云(い)ふ一霊(いちれい)が之(これ)を主宰(しゆさい)して居(を)る。092この四魂(しこん)全(まつた)く善(ぜん)と愛(あい)と信(しん)とに善動(ぜんどう)し活用(くわつよう)するを全徳(ぜんとく)と曰(い)ふ。093全徳(ぜんとく)の霊身(れいしん)及(およ)び塵身(ぢんしん)は直(ただち)に天国(てんごく)の最高(さいかう)位地(ゐち)に上(のぼ)り、094又(また)三魂(さんこん)の善(ぜん)の活用(くわつよう)するを三徳(さんとく)と云(い)ひ第二(だいに)の天国(てんごく)に進(すす)み、095又(また)二魂(にこん)の善(ぜん)の活用(くわつよう)するを二徳(にとく)と云(い)ひ第三(だいさん)の天国(てんごく)へ進(すす)み、096又(また)一魂(いつこん)の善(ぜん)の活用(くわつよう)するを一徳(いつとく)又(また)は一善(いちぜん)と云(い)ひ、097最下級(さいかきふ)の天国(てんごく)へ到(いた)り得(う)るものである。098一徳(いつとく)一善(いちぜん)の記(しる)すべき無(な)きものは、099草莽間(さうまうかん)に漂浪(へうらう)し、100又(また)は天(あめ)の八衢(やちまた)に彷徨(はうかう)するものである。
101一、102之(これ)に反(はん)して悪(あく)の強(つよ)きもの、103不信(ふしん)不愛(ふあい)不徳(ふとく)の徒(と)は、104其(その)罪業(ざいごう)の軽重(けいちよう)に応(おう)じて夫(そ)れ夫(ぞ)れの地獄(ぢごく)へ堕(だ)し、105罪(つみ)相当(さうたう)の苦悶(くもん)を受(う)くるのである。
106大正十一年十二月
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