霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第四章 羽化(うくわ)登仙(とうせん)〔六一五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第17巻 如意宝珠 辰の巻 篇:第1篇 雪山幽谷 よみ(新仮名遣い):せつざんゆうこく
章:第4章 羽化登仙 よみ(新仮名遣い):うかとうせん 通し章番号:615
口述日:1922(大正11)年04月21日(旧03月25日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年1月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
魔の岩窟から本物のお節を救い出した一行は、真名井ケ原に進んで行く。五人の男は裸のまま、比治山颪に吹かれながら坂を登っていく。
岩公、勘公、櫟公は寒さしのぎに、平助、お楢、お節を背負って登っていくことにした。
平助は鬼虎・鬼彦の一年前の仕業をまだ根に持っていて、意地の悪いことを言い続ける。鬼虎と鬼彦が相撲をしたはずみに谷へ落ち込んだのを見ても、愉快気に笑って悪態をついている。また平助とお楢は、一同の心を疑って、泥棒扱いをする。
そのうちに鬼彦と鬼虎は自力で谷から上がってきた。すると天から微妙の音楽が聞こえて空中に声がし、岩公、勘公、櫟公に宣伝使服が降された。
宣伝使服は三人に自然に密着すると、三人は天女の姿になって空中を翔けて真名井ケ原に飛んでいった。
この様を見て、お節は泣いて非を詫び、平助とお楢に改心を促した。
次に鬼虎と鬼彦にも宣伝使服が降され、二人も霊地に向かって空中を翔けて行った。
平助はあんな者どもが天女になるなんて、と愚痴をこぼしている。お楢は、自分たち夫婦が若い頃から金に強欲で、人の心を殺してきた罪から、去年お節をさらわれた凶事が出てきたのではないか、と省みた。そして、これは神様が善と悪の鑑を見せてくださったのだ、と平助に改心を促した。
五人の男が羽化登仙したのは、実は肉体では徹底的な改心ができず、神業に参加する資格がないために、神界の慈悲によって凍死せしめたのであった。そうして、天国に救って神業に参加させたのである。
五人の遺体は平助親子の知らぬ間に土中に深く埋められた。
そして真の悦子姫、音彦、青彦、加米彦はすでに真名井ケ原に到着していた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-02-17 17:06:22 文字数:6216 OBC :rm1704
愛善世界社版:54頁 八幡書店版:第3輯 543頁 修補版: 校定版:56頁 普及版:23頁 初版: ページ備考:
001 名(な)さへ恐(おそ)ろしき魔(ま)の岩窟(いはや)よりお節(せつ)を救(すく)ひ出(だ)し、002鬼彦(おにひこ)一行(いつかう)五(ご)人(にん)は裸(はだか)のまま、003比治山(ひぢやま)颪(おろし)に吹(ふ)かれ、004震(ふる)ひ震(ふる)ひ平助(へいすけ)親子(おやこ)を先(さき)に立(た)て、005雪解(ゆきどけ)の山坂(やまさか)を登(のぼ)り行(ゆ)く。
006岩公(いはこう)『アヽ平助(へいすけ)さま、007お楢(なら)さま、008年寄(としよ)りの身(み)で、009此(この)山坂(やまさか)をお上(のぼ)りになるのは、010大抵(たいてい)の事(こと)ぢや有(あ)りますまい。011お節(せつ)さまも永(なが)い間(あひだ)、012岩(いは)の中(なか)に押(お)し込(こ)められ、013足(あし)も弱(よわ)つたでせう。014どうぞ、015吾々(われわれ)は若(わか)い者(もの)、016あなた方(がた)を負(お)はして下(くだ)さいませぬかナア』
017平助(へいすけ)『イエイエ滅相(めつさう)な、018ソンナ事(こと)をすると、019参詣(まゐ)つたが参詣(まゐ)つたになりませぬ。020人様(ひとさま)のお世話(せわ)になつて行(ゆ)く位(くらゐ)なら、021婆(ばば)アと二人(ふたり)が炬燵(こたつ)の中(なか)から拝(をが)みて居(を)りますわ』
022岩公(いはこう)『これはしたり平助(へいすけ)さま、023それもさうだが、024吾々(われわれ)を助(たす)けると思(おも)つて、025負(お)はれて下(くだ)さい。026実(じつ)の事(こと)を云(い)へば、027赤裸(まるはだか)で風(かぜ)に当(あて)られ、028何程(なにほど)元気(げんき)な私(わたし)達(たち)でも、029辛抱(しんばう)が出来(でき)ませぬ、030負(お)はして下(くだ)さらば、031体(からだ)も暖(あたたか)くなり、032又(また)お前(まへ)さま等(ら)も楽(らく)に参(まゐ)れると云(い)ふものだ。033此(こ)れが一挙(いつきよ)両得(りやうとく)、034私(わたし)も喜(よろこ)び、035あなた方(がた)も楽(らく)に参(まゐ)れると云(い)ふものぢや。036神(かみ)様(さま)は好(この)んで苦労(くらう)をせよとは仰有(おつしや)らぬ。037チツとでも楽(らく)に信神(しんじん)が出来(でき)るのを、038お喜(よろこ)びなさるのだから、039どうぞ痩馬(やせうま)に乗(の)ると思(おも)つて、040私(わたし)の背中(せなか)にとまつて下(くだ)さいな』
041平助(へいすけ)『お前(まへ)の背中(せなか)は宿屋(やどや)ぢやあるまいし、042………鳥(とり)かなぞの様(やう)にトマル事(こと)が出来(でき)るかい。043あまり人(ひと)を馬鹿(ばか)にするものぢやない』
044岩公(いはこう)『ヤア是(こ)れは是(こ)れは失言(しつげん)致(いた)しました。045どうぞ三(さん)人(にん)さま共(とも)、046御(お)馬(うま)の御用(ごよう)を仰(あふ)せ付(つ)け下(くだ)さいますれば、047有難(ありがた)う存(ぞん)じます』
048平助(へいすけ)『コレコレお楢(なら)、049お節(せつ)、050大分(だいぶ)キツイ坂(さか)ぢや。051裸馬(はだかうま)に乗(の)ると思(おも)うて、052乗(の)つてやらうかい』
053お楢(なら)『アハヽヽヽ、054二本足(にほんあし)の馬(うま)に乗(の)るのはお爺(ぢい)サン、055ちつと剣呑(けんのん)ぢやないかい』
056平助(へいすけ)『ナアニ、057此奴(こいつ)ア六本足(ろつぽんあし)だ。058本当(ほんたう)の馬(うま)より大丈夫(だいぢやうぶ)かも知(し)れぬ』
059岩公(いはこう)『おぢいさま、060六本足(ろつぽんあし)とはソラどう言(い)ふものだ。061三(さん)人(にん)一緒(いつしよ)に勘定(かんぢやう)しられては、062チツと困(こま)るデ……』
063平助(へいすけ)『ナニお前(まへ)、064三(さん)人(にん)寄(よ)れば十八本(じふはちほん)だ。065お前(まへ)一人(ひとり)で六本(ろつぽん)ぢや。066肉体(にくたい)の足(あし)が二本(にほん)と、067副(ふく)守護神(しゆごじん)の四足(よつあし)と合(あ)はしたら、068六本(ろつぽん)になるぢやないかい』
069鬼彦(おにひこ)『アハヽヽヽ、070馬鹿(ばか)にしよる。071俺(おれ)達(たち)を獣類(けもの)扱(あつかひ)にするのだなア』
072平助(へいすけ)『定(き)まつた事(こと)だよ。073狐(きつね)とも、074狸(たぬき)とも、075鬼(おに)とも分(わか)らぬ代物(しろもの)だ。076六本足(ろつぽんあし)と言(い)うて貰(もら)うのはまだ結構(けつこう)ぢや』
077鬼彦(おにひこ)『エツ、078寒(さむ)いのに仕様(せう)もない事(こと)を言(い)つて、079冷(ひや)かして呉(く)れないツ………ナア鬼虎(おにとら)、080寒(さむ)いぢやないか』
081鬼虎(おにとら)『ウン、082大分(だいぶ)に能(よ)く感(かん)じますなア、083………もしもしおぢいさま、084お婆(ば)アさま、085どうぞ吾々(われわれ)を助(たす)けると思(おも)うて、086背中(せなか)に乗(の)つて下(くだ)さい………アヽ寒(さむ)いさむい、087お助(たす)けだ』
088平助(へいすけ)『アヽそれならば、089お楢(なら)や、090お節(せつ)、091乗(の)つてやらうかい。092大分(だいぶ)寒(さむ)さうぢや。093チツと汗(あせ)を掻(か)かしてやつたら、094温(ぬく)もつてよからう。095これも神(かみ)様(さま)参(まゐ)りの善根(ぜんこん)ぢやと思(おも)うて、096少々(せうせう)苦(くる)しいても辛抱(しんばう)してやらう。097其(その)代(かは)りにお前(まへ)達(たち)、098落(おと)す事(こと)はならぬぞ、099落(おと)したが最後(さいご)神罰(しんばつ)が当(あた)るから、100鄭重(ていちよう)にお伴(とも)するが良(よ)いワ』
101鬼彦、鬼虎『ヤア早速(さつそく)のお聞(きき)届(とど)け、102鬼彦(おにひこ)、103鬼虎(おにとら)、104身(み)に取(と)り、105歓喜(くわんき)雀躍(じやくやく)の至(いた)りで御座(ござ)います』
106平助(へいすけ)『コレ、107彦(ひこ)に、108虎(とら)、109誰(たれ)がお前(まへ)の様(やう)な、110意地癖(いぢくせ)の悪(わる)いジヤジヤ馬(うま)に乗(の)るものか、111わしの乗(の)るのは岩馬(いはうま)ぢや。112婆(ばば)アは勘馬(かんうま)の背中(せなか)に、113お節(せつ)は櫟馬(いちうま)の背中(せなか)に乗(の)つて往(い)くのだよ。114大(おほ)きに、115御(ご)親切(しんせつ)有難(ありがた)う』
116鬼虎、鬼彦『どうしても吾々(われわれ)には、117御(お)思召(ぼしめし)が御座(ござ)いませぬか』
118平助(へいすけ)『エー、119何程(なにほど)金(かね)を呉(く)れたつて、120お前(まへ)等(ら)の様(やう)な者(もの)に乗(の)つて堪(たま)るかい。121体(からだ)が汚(けが)れますワイ。122一寸(いつすん)の虫(むし)も五分(ごぶ)の魂(たましひ)だ。123酷(えら)い目(め)に遇(あ)はされて、124負(お)うて貰(もら)つた位(くらゐ)で、125恨(うら)みを晴(は)らす様(やう)な腰抜(こしぬけ)があつてたまるものか。126何処(どこ)までも、127お前(まへ)の御(お)世話(せわ)にやなりませぬワイナ』
128鬼虎(おにとら)『アーア、129執心(しつしん)の深(ふか)いお老爺(ぢい)さまだ。130併(しか)しこれも身(み)から出(で)た錆(さび)だ。131………エー仕方(しかた)がない、132寒(さぶ)い寒(さぶ)い、133体(からだ)も何(なに)も氷結(ひようけつ)しさうだ。134比治山(ひぢやま)峠(たうげ)に於(おい)て、135首尾(しゆび)能(よ)く凍死(とうし)するのかなア……オイ鬼彦(おにひこ)、136一(ひと)つ……モウ仕方(しかた)がないから、137裸(はだか)を幸(さいは)ひ、138相撲(すまう)でも取(と)つて、139体(からだ)でも温(ぬく)めやうぢやないか』
140鬼彦『オウさうぢや。141良(い)い所(ところ)へ気(き)が付(つ)いた』
142と二人(ふたり)は少(すこ)し広(ひろ)い所(ところ)に佇(たたず)み、143両方(りやうはう)から力(ちから)を籠(こ)めて、144押合(おしあ)ひを始(はじ)め出(だ)した。145あまり力(ちから)を入(い)れすぎ、146ヨロヨロと、147鬼彦(おにひこ)が蹌跟(よろめ)く途端(とたん)に、148二人(ふたり)は真裸(まつぱだか)の儘(まま)、149雑木(ざふき)茂(しげ)れる急坂(きふはん)をかすり乍(なが)ら、150谷底(たにそこ)へ落(お)ち込(こ)みにける。151平助(へいすけ)は背中(せなか)に負(お)はれ乍(なが)ら、
152平助(へいすけ)『アーア罰(ばち)は目(め)の前(まへ)じや。153あまり悪党(あくたう)な事(こと)をすると、154アンナものぢや。155神(かみ)様(さま)は正直(しやうぢき)ぢやなア。156……オイ岩公(いはこう)、157貴様(きさま)も彼奴(あいつ)等(ら)の……もとは乾児(こぶん)ぢやつたらう。158今日(けふ)は俺(おれ)のお蔭(かげ)で温(ぬく)い目(め)に会(あ)はして貰(もら)うて、159さぞ満足(まんぞく)ぢやらう。160アハヽヽヽ』
161岩公(いはこう)『コレコレぢいさま、162お前(まへ)さまも好(い)い加減(かげん)に打解(うちと)けたらどうだイ。163あれ丈(だけ)鬼彦(おにひこ)や、164鬼虎(おにとら)の哥兄(あにい)が改心(かいしん)して、165一生(いつしやう)懸命(けんめい)に謝罪(あやま)つて居(を)るのに、166お前(まへ)さまはどこまでも好(い)い気(き)になつて、167苦(くるし)めようとするのか……イヤ恥(はぢ)をかかすのか。168斯(か)うなると、169此(この)岩公(いはこう)も却(かへつ)て二人(ふたり)の方(はう)に同情(どうじやう)したくなつて来(き)た。170エー平助(へいすけ)ヂイ奴(め)がツ……谷底(たにそこ)へ放(ほ)り込(こ)みてやらうか。171好(よ)い気(き)になりよつて、172あまりだ。173傲慢(ごうまん)不遜(ふそん)な糞老爺(くそぢぢ)奴(め)が……』
174平助(へいすけ)『コラコラ岩公(いはこう)、175滅多(めつた)な事(こと)を致(いた)すまいぞ。176コンナ所(ところ)へ放(はう)られようものなら、177それこそ一(ひと)たまりもない、178俺(おれ)の生命(いのち)は風前(ふうぜん)の灯火(ともしび)だ。179気(き)を附(つ)けて行(ゆ)かぬかい。180……第一(だいいち)貴様(きさま)の足(あし)は長短(ながみじか)があつて、181乗心地(のりごこち)が悪(わる)い。182其(その)跛馬(びつこうま)に乗(の)つてやつて居(を)るのに、183何(なん)ぢや、184其(その)恩(おん)を忘(わす)れよつて、185御託(ごうたく)吐(ぬか)すと云(い)ふ事(こと)が有(あ)るものか。186グヅグヅ云(い)うと、187鬢(びん)の毛(け)をひつぱつてやらうか』
188岩公(いはこう)『アイタヽヽ、189コラぢいさま、190ソンナ所(とこ)を引(ひ)つ張(ぱ)られると、191痛(いた)いワイ』
192平助(へいすけ)『痛(いた)い様(やう)に引(ひ)つ張(ぱ)るのだ。193サアしつかりと上(のぼ)らぬか、194………モツとひつぱらうか』
195岩公(いはこう)『オイ勘公(かんこう)、196櫟公(いちこう)、197どうぢや、198大変(たいへん)都合(つがふ)が好(い)い所(とこ)が有(あ)る。199三(さん)人(にん)一度(いちど)に此処(ここ)から転(ころ)げたろか。200あまり劫腹(ごうはら)ぢやないか、201此(この)糞老爺(くそぢぢ)奴(め)、202馬鹿(ばか)にしやがる。203裸一貫(はだかいつくわん)の荒男(あらをとこ)を掴(つか)まへて、204爺(ぢぢ)、205婆(ばば)アや阿魔女(あまつちよ)に、206コミワラれて堪(た)まるものかい。207此処(ここ)まで、208吾々(われわれ)も善(ぜん)を尽(つく)し、209親切(しんせつ)を尽(つく)して来(き)たのだ。210最早(もはや)勘忍袋(かんにんぶくろ)の緒(を)が切(き)れた。211鬼彦(おにひこ)、212鬼虎(おにとら)の哥兄(あにい)は今頃(いまごろ)は谷底(たにそこ)に落(お)ちて、213ドンナ目(め)に遭(あ)つてるか知(し)れやしないぞ。214此奴(こいつ)等(ら)三(さん)人(にん)を一緒(いつしよ)こたに谷底(たにそこ)へ放(はう)り込(こ)んで、215俺(おい)等(ら)も一緒(いつしよ)に、216哥兄(あにい)と心中(しんぢう)しやうぢやないか』
217勘公(かんこう)『オウさうぢや、218俺(おれ)もモウむかついて来(き)た。219此(この)坂(さか)を婆(ばば)アを背中(せなか)に乗(の)せて、220御(ご)苦労(くらう)さまとも言(い)うて貰(もら)はずに、221恩(おん)に着(き)せられ、222おまけに悪口(あくこう)までつかれて堪(たま)つたものぢや無(な)い、223いつその事(こと)、224一(ひ)イ二(ふ)ウ三(みつ)ツでやつたろかい………アイタヽヽ……コラコラ婆(ば)アさま、225酷(ひど)い事(こと)をするない。226鬢(びん)の毛(け)を無茶(むちや)苦茶(くちや)にひつぱりよつて……』
227お楢(なら)『曳(ひ)かいでかい曳(ひ)かいでかい、228此(この)馬(うま)は手綱(たづな)が無(な)いから、229手綱(たづな)の代(かは)りに、230鬢(びん)なと引(ひ)かねば、231どうして馬(うま)が動(うご)くものか。232シイ、233シーツ……ドード……ハイハイ』
234勘公(かんこう)『エーツ、235怪体(けたい)の悪(わる)い……愈(いよいよ)四足(よつあし)扱(あつか)ひにしられて了(しま)つた。236……オイ櫟公(いちこう)、237貴様(きさま)はどうだ。238一(ひ)イ二(ふ)ウ三(みつ)ツで、239谷底(たにそこ)へゴロンとやらうぢやないか。240貴様(きさま)も賛成(さんせい)ぢやらう』
241櫟公(いちこう)『どうしてどうして、242是(こ)れが放(ほか)されるものか。243寒(さむ)うて堪(たま)らない所(ところ)を温(あたた)かうして貰(もら)つて、244汗(あせ)の出(で)るのも三(さん)人(にん)のお蔭(かげ)だ。245ソンナ事(こと)を言(い)うと冥加(みやうが)に尽(つ)きるぞ。246罰(ばち)が当(あた)らうぞい……』
247勘公(かんこう)『アヽ貴様(きさま)はよつ程(ぽど)目カ一(めかいち)ヽヽ(ちよんちよん)の十(じふ)ぢやな。248お節(せつ)の若(わか)い娘(むすめ)に跨(またが)つて貰(もら)ひ、249気分(きぶん)が良(よ)からうが、250俺(おれ)は皺苦茶(しわくちや)だらけの、251骨(ほね)の堅(かた)い婆(ば)アを背中(せなか)に負(お)うて、252温(ぬく)い事(こと)も、253なんにも有(あ)りやしないワ。254喃(のう)、255岩公(いはこう)……』
256岩公(いはこう)『オウさうぢや、257まだ貴様(きさま)等(ら)は婆(ばば)アでも女(をんな)だから好(い)いが、258俺(おれ)の身(み)になつて見(み)い、259堅(かた)い堅(かた)いコンパスを、260ニユウと前(まへ)の方(はう)へ突出(つきだ)しよつて、261前高(まへだか)の山路(やまみち)、262歩(ある)けたものぢやないワ。263エー、264大分(だいぶ)に体(からだ)も温(ぬく)うなつた。265……オイ老爺(ぢい)に、266婆(ば)ア、267モウ下(お)りて貰(もら)ひませうかイ』
268平助(へいすけ)『アヽもう下(おろ)して下(くだ)さるか。269それは有難(ありがた)い。270酷(きつ)い所(ところ)はモウ済(す)みたし、271此(これ)からは平地(ひらち)なり、272前下(まへさ)がり路(みち)だ。273目(め)を塞(ふさ)いどつても、274モウ往(ゆ)ける……アー苦(くる)しい事(こと)ぢやつた。275其(その)代(かは)りお前(まへ)達(たち)は又(また)寒(さむ)いぞ。276昔(むかし)の地金(ぢがね)を出(だ)して、277俺(おれ)達(たち)の着物(きもの)を追剥(おひはぎ)でもしやせぬかな』
278岩公(いはこう)『アヽ老爺(ぢい)さま、279情(なさけ)無(な)い事(こと)を言(い)つて呉(く)れな。280改心(かいしん)した以上(いじやう)は、281塵片(ちりぎれ)一本(いつぽん)だつて、282他人(ひと)の物(もの)を盗(と)る様(やう)な根性(こんじやう)が出(で)るものかいナ』
283平助(へいすけ)『それでもなア、284婆(ば)ア、285此奴(こいつ)等(ら)の改心(かいしん)と云(い)ふものは、286当(あて)にならぬものぢや。287婆(ば)ア、288しつかりして居(を)れよ』
289お楢(なら)『さうともさうとも、290老爺(ぢい)さまお前(まへ)も確(しつか)りしなさい、291コレコレお節(せつ)や、292お前(まへ)も気(き)を附(つ)けぬと云(い)うと、293何時(なんどき)追剥(おひはぎ)に早変(はやがは)りするかも知(し)れたものぢやない。294背(せ)に腹(はら)は替(か)へられぬと云(い)つて、295年寄(としよ)りや、296女子(をなご)を幸(さいは)ひに、297追剥(おひはぎ)をするかも分(わか)つたものぢやないワ』
298 此(この)時(とき)、299鬼虎(おにとら)、300鬼彦(おにひこ)は、301谷(たに)の底(そこ)からガサガサと這(は)ひ上(あ)がり来(き)たり、
302岩公(いはこう)『ヤア彦(ひこ)に虎(とら)か、303貴様(きさま)は谷底(たにそこ)で、304今頃(いまごろ)は五体(ごたい)ズタズタに破壊(はくわい)して了(しま)つたぢやらうと思(おも)うて居(ゐ)たのに、305まだ死(し)なずに帰(かへ)つて来(き)たか、306マア結構(けつこう)々々(けつこう)、307サア祝(いは)ひに此処(ここ)で一服(いつぷく)でもしやうかい』
308鬼彦、鬼虎『一服(いつぷく)も可(い)いが、309斯(か)う風(かぜ)のある所(ところ)では、310寒(さむ)うて休(やす)む気(き)にもならぬ。311体(からだ)さへ動(うご)かして居(を)れば暖(あたた)かいから、312ボツボツ行(い)くことにしやうかい』
313 此(この)時(とき)何処(いづく)ともなく微妙(びめう)の音楽(おんがく)聞(きこ)え来(き)たり。314一行(いつかう)八(はち)人(にん)は思(おも)はず耳(みみ)を倚(そばだ)て聞(き)き入(い)る。315忽(たちま)ち空中(くうちう)に声(こゑ)あり、
316声『岩公(いはこう)、317勘公(かんこう)、318櫟公(いちこう)、319真裸(まつぱだか)で嘸(さぞ)寒(さむ)いであらう、320今(いま)天(てん)より暖(あたた)かき衣裳(いしやう)を与(あた)へてやらう。321之(これ)を身(み)に着(つ)けて、322潔(いさぎよ)く真名井(まなゐ)ケ原(はら)の奥(おく)に進(すす)むが宜(よ)からう』
323 鬼彦(おにひこ)、324鬼虎(おにとら)一度(いちど)に、
325鬼彦、鬼虎『モシモシ、326空中(くうちう)の声(こゑ)の神(かみ)様(さま)、327吾々(われわれ)二人(ふたり)も真裸(まつぱだか)で御座(ござ)います。328どうぞお見落(みおと)しなさらぬ様(やう)に……同(おな)じ事(こと)なら、329モウ二人分(ふたりぶん)与(あた)へて下(くだ)さいませ』
330空中(くうちう)の声(こゑ)『鬼虎(おにとら)、331鬼彦(おにひこ)の衣裳(いしやう)は、332追(お)つて詮議(せんぎ)の上(うへ)、333………与(あた)へるとも、334与(あた)へぬとも、335決定(けつてい)せない。336今(いま)暫(しばら)く辛抱(しんばう)致(いた)すが良(よ)からう』
337 何処(どこ)ともなく、338立派(りつぱ)なる宣伝使(せんでんし)の服(ふく)三着(さんちやく)、339此(この)場(ば)に風(かぜ)に揺(ゆ)られて下(くだ)り来(きた)り、340三(さん)人(にん)の身体(からだ)に惟神(かむながら)的(てき)に密着(みつちやく)した。
341岩公(いはこう)『ヤア有難(ありがた)い有難(ありがた)い、342時節(じせつ)は待(ま)たねばならぬものぢや。343……オイ勘(かん)に、344櫟(いち)よ、345立派(りつぱ)な服(ふく)ぢやないか。346これさへ有(あ)れば、347宙(ちう)でも翔(た)てる様(やう)になるだらう、348天(てん)から降(くだ)つた天(あま)の羽衣(はごろも)では有(あ)るまいかなア。349……もしもし平助(へいすけ)さま、350お婆(ば)アさま、351お節(せつ)さま、352偉(えら)う御(ご)心配(しんぱい)をかけました。353お蔭様(かげさま)で、354此(この)通(とほ)り立派(りつぱ)な天(あま)の羽衣(はごろも)を頂戴(ちやうだい)致(いた)しました』
355平助(へいすけ)『お前(まへ)等(ら)は、356悪人(あくにん)ぢや悪人(あくにん)ぢやと思(おも)うて居(を)つたが、357……ホンに立派(りつぱ)な衣裳(いしやう)を神(かみ)様(さま)から貰(もら)ひなさつた。358モウこれから、359決(けつ)して決(けつ)してお前(まへ)さまに口応(くちごた)へは致(いた)さぬ。360どうぞ赦(ゆる)して下(くだ)され』
361 三(さん)人(にん)の着(つ)けたる装束(しやうぞく)は、362見(み)る見(み)る羽衣(はごろも)の如(ごと)くに変化(へんくわ)し、363岩(いは)、364勘(かん)、365櫟(いち)の顔(かほ)は忽(たちま)ち天女(てんによ)の姿(すがた)となり、366空中(くうちう)を前後(ぜんご)左右(さいう)に飛(と)びまわり乍(なが)ら、367真名井(まなゐ)ケ原(はら)の奥(おく)を目蒐(めが)けて、368悠々(いういう)と翔(かけ)り行(ゆ)く。369鬼彦(おにひこ)、370鬼虎(おにとら)、371平助(へいすけ)、372お楢(なら)、373お節(せつ)の五(ご)人(にん)は、374此(この)光景(くわうけい)を打仰(うちあふ)ぎ、375呆然(ばうぜん)として控(ひか)へ居(ゐ)る。376暫(しばら)くあつて、377お節(せつ)は声(こゑ)を揚(あ)げて泣(な)き出(だ)したれば、378平助(へいすけ)、379お楢(なら)は驚(おどろ)いて、
380平助、お楢『コレヤコレヤお節(せつ)、381どうしたどうした、382腹(はら)でも痛(いた)いのか。383何(なに)を泣(な)く……』
384と左右(さいう)より、385老爺(ぢい)と婆(ば)アとは獅噛(しが)み付(つ)き、386顔色(かほいろ)変(か)へて問(と)ひかける。387お節(せつ)は涙(なみだ)を拭(ぬぐ)ひ乍(なが)ら、
388お節『お祖父(ぢい)さま、389お祖母(ばあ)さま、390どうぞ改心(かいしん)して下(くだ)さいませ。391あの様(やう)な荒(あら)くれ男(をとこ)の岩(いは)さま、392勘(かん)さま、393櫟(いち)さまは大神(おほかみ)様(さま)の御心(みこころ)に叶(かな)ひ、394あの立派(りつぱ)な平和(へいわ)の女神(めがみ)となつて、395神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)にお立(た)ちなさつた。396妾(わたし)は女(をんな)の身(み)であり乍(なが)ら、397改心(かいしん)が足(た)らぬと見(み)えて、398神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)に立(た)てて下(くだ)さらぬ。399どうぞ、400あなた二人(ふたり)は、401今迄(いままで)の執拗(しつえう)な心(こころ)をサラリと払(はら)ひ捨(す)て惟神(かむながら)の心(こころ)になつて下(くだ)さい。402さうでなければ、403妾(わたし)は神(かみ)様(さま)にお仕(つか)へする事(こと)が出来(でき)ませぬ』
404と又(また)もや『ワツ』と許(ばか)りに泣(な)き沈(しづ)む。405此(この)時(とき)天上(てんじやう)に声(こゑ)あり、
406声『鬼彦(おにひこ)、407鬼虎(おにとら)、408今(いま)天(てん)より下(くだ)す羽衣(はごろも)を汝(なんぢ)に与(あた)ふ。409汝(なんぢ)が改心(かいしん)の誠(まこと)は、410愈(いよいよ)天(てん)に通(つう)じたり』
411 鬼彦(おにひこ)、412鬼虎(おにとら)は飛(と)び立(た)つ許(ばか)り打喜(うちよろこ)び、413両人(りやうにん)大地(だいち)に平伏(へいふく)し、
414鬼彦、鬼虎『ハハア、415ハツ』
416と言(い)つた限(き)り、417嬉(うれ)し涙(なみだ)に掻(か)き暮(く)れて居(ゐ)る。418二人(ふたり)は不図(ふと)顔(かほ)をあぐれば、419えも謂(ゐ)はれぬ麗(うるは)しき羽衣(はごろも)、420地上(ちじやう)一二(いちに)尺(しやく)離(はな)れた所(ところ)に浮游(ふいう)して居(ゐ)る。421手早(てばや)く拾(ひろ)ひ上(あ)げむとする刹那(せつな)、422ピタリと二人(ふたり)の体(からだ)に密着(みつちやく)した。423追々(おひおひ)羽衣(はごろも)は拡大(くわくだい)し、424自然(しぜん)に身体(からだ)は浮上(うきあが)り、425二人(ふたり)は空中(くうちう)を前後(ぜんご)左右(さいう)に飛揚(ひやう)しながら、
426鬼彦、鬼虎『平助(へいすけ)さま、427お楢(なら)さま、428お節(せつ)さま、429左様(さやう)ならお先(さき)へ参(まゐ)ります』
430と空中(くうちう)を悠々(いういう)として、431真名井(まなゐ)ケ岳(だけ)の霊地(れいち)に向(むか)つて翔(かけ)り行(ゆ)く。432後(あと)に三(さん)人(にん)は呆然(ばうぜん)として、433此(この)光景(くわうけい)を物(もの)をも言(い)はずに見詰(みつ)め居(ゐ)たりけり。
434平助(へいすけ)『アーア人間(にんげん)と云(い)ふ者(もの)は、435訳(わけ)の分(わか)らぬものぢやなア、436俺(わし)の様(やう)な善人(ぜんにん)は、437斯(か)うして山(やま)の上(うへ)で寒(さむ)い風(かぜ)に曝(さら)され、438娘(むすめ)は痩衰(やせおとろ)へ、439親子(おやこ)三(さん)人(にん)やうやう此処(ここ)まで出(で)て来(く)る事(こと)は来(き)たが、440五(ご)人(にん)の大江山(おほえやま)の眷属共(けんぞくども)は又(また)、441どうしたものぢや。442アンナ立派(りつぱ)な衣裳(いしやう)を天(てん)から頂(いただ)きよつて、443羽化(うくわ)登仙(とうせん)、444自由(じいう)自在(じざい)の身(み)となりよつた。445神(かみ)様(さま)もあまりぢや あまりぢや、446アンナ男(をとこ)が天人(てんにん)に成(な)れるのなら、447俺(おれ)達(たち)親子(おやこ)三(さん)人(にん)も、448立派(りつぱ)な天人(てんにん)にして下(くだ)さつたら良(よ)かりさうなものぢやないか。449アーア此(こ)れもヤツパリ、450身魂(みたま)の因縁(いんねん)性来(しやうらい)で、451何時(いつ)までも出世(しゆつせ)が出来(でき)ぬのかなア』
452お楢(なら)『おやぢドン何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)の思召(おぼしめし)通(どほ)りより行(い)くものぢやない。453人間(にんげん)の目(め)から悪(あく)に見(み)えても善(ぜん)の身魂(みたま)もあり、454人間(にんげん)が勝手(かつて)に善(ぜん)ぢや善(ぜん)ぢやと思(おも)うて、455自惚(うぬぼれ)て居(ゐ)ると、456何時(いつ)の間(ま)にやら邪道(じやだう)に落(お)ちて苦(くる)しむと云(い)ふ事(こと)ぢや、457去年(きよねん)お節(せつ)を奪(と)られてから、458二人(ふたり)が泣(な)きの涙(なみだ)に暮(く)らしたのも、459若(わか)い間(あひだ)から欲(よく)ばつかりして、460金(かね)を蓄(た)め、461人(ひと)を泣(な)かして来(き)た報(むく)いで、462金(かね)はぼつたくられ、463一(いち)年(ねん)の間(あひだ)も泣(な)いて暮(くら)したのぢや。464今迄(いままで)の事(こと)を、465胸(むね)に手(て)を当(あ)てて考(かんが)へて見(み)れば、466人(ひと)こそ、467形(かたち)の上(うへ)で殺(ころ)さぬが、468藪医者(やぶいしや)の様(やう)に、469無慈悲(むじひ)な事(こと)をして、470何程(なにほど)人(ひと)の心(こころ)を殺(ころ)して来(き)たか、471分(わか)つたものぢやない、472おやぢどの、473お前(まへ)も若(わか)い中(うち)から、474鬼(おに)の平助(へいすけ)、475渋柿(しぶがき)の平助(へいすけ)と言(い)はれて来(き)たのぢやから、476コンナ憂目(うきめ)に遭(あ)うのは当然(あたりまへ)だよ。477親(おや)の罰(ばち)が子(こ)に報(むく)うて、478可愛(かあい)いお節(せつ)が、479一(いち)年(ねん)が間(あひだ)、480コンナ目(め)に遭(あ)うたのぢや。481誰(たれ)を恨(うら)める事(こと)も無(な)い。482みな自分(じぶん)の罪障(ざいしやう)が報(むく)うて来(き)たのじや、483アンアンアン』
484平助(へいすけ)『俺(おれ)が常平生(つねへいぜい)、485食(く)ふ物(もの)も食(く)はず、486欲(よく)に金(かね)を蓄(た)めたのも、487みなお節(せつ)が可愛(かあい)いばつかりぢや、488どうぞしてお節(せつ)を一生(いつしやう)楽(らく)に暮(くら)さしてやりたいと思(おも)うた為(ため)に、489チツとは無慈悲(むじひ)な事(こと)も行(や)つて来(き)たが、490それぢやと云(い)うて、491別(べつ)に俺(おれ)が美味(うま)い物(もの)一遍(いつぺん)食(く)つたのでもなし、492身欲(みよく)と云(い)ふ事(こと)は一(ひと)つもして居(を)らぬぢやないか』
493お楢(なら)『それでも、494おやぢドン、495ヤツパリ身欲(みよく)になるのぢや。496他人(ひと)の子(こ)には辛(つら)く当(あた)り、497団子(だんご)一片(ひときれ)与(や)るでもなし、498何(なに)も彼(か)も、499お節(せつ)お節(せつ)と、500身贔屓(みびいき)ばつかりしとつて、501天罰(てんばつ)で一(いち)年(ねん)の苦(くる)しみを受(う)けたのぢや。502そこで神(かみ)様(さま)が此(この)通(とほ)り、503善(ぜん)と悪(あく)との鑑(かがみ)を見(み)せて下(くだ)さつたのぢや。504これから綺麗(きれい)サツパリと心(こころ)を容(い)れ替(か)へて下(くだ)されや、505婆(ばば)アも唯今(ただいま)限(かぎ)り改心(かいしん)をする。506親(おや)の甘茶(あまちや)が毒(どく)になつて、507お節(せつ)の体(からだ)もあまり丈夫(ぢやうぶ)ではない。508コンナ繊弱(かよわ)い体(からだ)を此(この)世(よ)に遺(のこ)して、509年(とし)取(と)つて夫婦(めをと)が幽界(あのよ)とやらへ行(ゆ)く時(とき)に、510後(あと)に心(こころ)が残(のこ)る様(やう)な事(こと)では行(ゆ)く所(ところ)へも行(ゆ)けない。511今(いま)の間(うち)に改心(かいしん)し、512お節(せつ)の身体(からだ)が丈夫(ぢやうぶ)になる様(やう)に、513真名井(まなゐ)の神(かみ)様(さま)へ、514心(こころ)から誓(ちか)ひをして来(き)ませう』
515と三(さん)人(にん)は、516雪(ゆき)積(つ)む路(みち)をボツボツと、517真名井(まなゐ)ケ原(はら)の豊国姫(とよくにひめの)命(みこと)が出現場(しゆつげんば)指(さ)して、518杖(つゑ)を力(ちから)に進(すす)み行(ゆ)く。
519 因(ちなみ)に、520鬼彦(おにひこ)、521鬼虎(おにとら)、522其(その)他(た)三(さん)人(にん)の羽化(うくわ)登仙(とうせん)せしは、523其(その)実(じつ)肉体(にくたい)にては、524徹底(てつてい)的(てき)改心(かいしん)も出来(でき)ず、525且(かつ)又(また)神業(しんげふ)に参加(さんか)する資格(しかく)無(な)ければ、526神界(しんかい)の御(お)慈悲(じひ)に依(よ)り、527国替(くにがへ)(凍死(とうし))せしめ、528天国(てんごく)に救(すく)ひ神業(しんげふ)に参加(さんか)せしめ給(たま)ひたるなり。529五(ご)人(にん)の肉(にく)の宮(みや)は、530神(かみ)の御(お)慈悲(じひ)に依(よ)つて、531平助(へいすけ)親子(おやこ)の知(し)らぬ間(ま)に、532或(ある)土中(ちちう)へ深(ふか)く埋(うづ)められ、533雪崩(なだれ)に圧(あつ)せられ、534鬼彦(おにひこ)、535鬼虎(おにとら)に救(すく)ひ出(だ)されたお節(せつ)は、536其(その)実(じつ)鬼武彦(おにたけひこ)の眷属(けんぞく)の白狐(びやくこ)が所為(しよゐ)なりき。537又(また)夜中(やちう)お節(せつ)を送(おく)つて来(き)た悦子姫(よしこひめ)は其(その)実(じつ)は、538白狐(びやくこ)旭(あさひ)明神(みやうじん)の化身(けしん)なりき。539お節(せつ)を隠(かく)したる岩窟(がんくつ)は、540鬼彦(おにひこ)、541鬼虎(おにとら)の両人(りやうにん)ならでは、542救(すく)ひ出(だ)す事(こと)が出来(でき)なかつたのである。543それは岩窟(がんくつ)を開(ひら)くに就(つい)て、544一(ひと)つの目標(もくへう)を知(し)つて居(ゐ)る者(もの)は、545此(この)両人(りやうにん)と鬼雲彦(おにくもひこ)より外(ほか)になかつたから、546鬼武彦(おにたけひこ)の計(はか)らひに依(よ)つて、547此処(ここ)まで両人(りやうにん)を引寄(ひきよ)せ、548お節(せつ)を救(すく)ひ出(だ)さしめ給(たま)うたのである。549又(また)途中(とちう)に五(ご)人(にん)の男(をとこ)を裸(はだか)にした娘(むすめ)のおコンは、550白狐(びやくこ)旭(あさひ)の眷属神(けんぞくしん)の化身(けしん)であつた。551曩(さき)に文珠堂(もんじゆだう)にて別(わか)れたる悦子姫(よしこひめ)、552及(およ)び平助(へいすけ)の門口(かどぐち)にて別(わか)れたる音彦(おとひこ)、553青彦(あをひこ)、554加米彦(かめひこ)は真名井(まなゐ)ケ岳(だけ)の聖地(せいち)に既(すで)に到着(たうちやく)し居(ゐ)たりしなり。
555(大正一一・四・二一 旧三・二五 松村真澄録)
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