霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第八章 鬼(おに)の解脱(げだつ)〔七〇〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第22巻 如意宝珠 酉の巻 篇:第2篇 心猿意馬 よみ(新仮名遣い):しんえんいば
章:第8章 鬼の解脱 よみ(新仮名遣い):おにのげだつ 通し章番号:700
口述日:1922(大正11)年05月25日(旧04月29日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年7月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
高姫は荒野原に居た。頭の取れた地蔵が左手に玉を載せている。その玉を如意宝珠だと思って、高姫は地蔵の手から玉を取ろうともがいていた。
すると地蔵の後ろから、黒姫、鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンスが現れた。高姫は黒姫に、黄金の玉探索の首尾を尋ねる。黒姫は、自分たちは身を投げて死んだのだが、高姫を取り殺してこの地獄に連れて来たのだ、という。
高姫が自分の頭を探ると、三角形の紙帽子が被せられていた。どうやら自分が死んだらしいと悟ると、高姫は逆上して五人を怒鳴りつけた。
しかし五人は数を頼りに高姫に掴みかかり、高姫は追い詰められてしまう。荒野原を逃げていくと、大川に突き当たった。高姫は濁流に飛び込んで向こう岸に渡ると、ぬれた着物を抱えて薄の原を傷だらけになりながら逃げて行った。
五人はなおも追いかけてくる。高姫は薄の中に隠れている。見ると五人は鉄棒を引っさげた鬼の姿になって高姫を探している。
鬼は高姫は先に行ってしまったと思って駆け出すが、一人の赤鬼だけが、ここでもう少し高姫を探すと言って残った。赤鬼は黒姫であった。
赤鬼となった黒姫は、高姫を助けようとの心で、他の鬼が行ってしまったのを幸い残って高姫を探していたのであった。赤鬼の黒姫は、高姫を背負って幽界の安全地帯に運んでいった。
しかし山をいくつも越えていった先に、玉草の生えた池のほとりに着くと、赤鬼はにわかに高姫を降ろすと、池の中に飛び込んでしまった。高姫は不審に思って、赤鬼が残した鉄棒を手に取ると、それは張子の棒であった。
しかし鉄棒を持つやいなや、高姫は黒鬼と化してしまった。池の中から黒姫が元の姿で現れて、鉄棒は執着を表しているから、捨ててしまうようにと高姫の黒鬼に呼びかけた。
黒姫は、執着を捨てて池に飛び込んだところ、池の中に立派な女神が現れて元の姿に戻ることができたのだ、と高姫に忠告した。
そこへ残りの四人の鬼がやってきて、高姫の黒鬼に襲いかかろうとする。高姫は鉄棒で応戦しようとするが、黒姫の忠告の声ににわかに我に返り、鉄棒を投げ捨てて池に飛び込んだ。他の四人の鬼たちもそれにならった。
水底に麗しい女神が現れて、一同に対して、まだ幽界に来るべき者ではない、執着心の悪魔に引きずられてこんなところまで来たのだから、一刻も早く立ち返れ、と諭した。そして女神は、小和田姫命またの名を地蔵菩薩だと名乗った。
高姫はたちまち麗しい原野に花に囲まれているかと思うと、気が付けば杢助に介抱されながら、言依別命らが天の数歌を歌うのを聞いていた。これ以降高姫の病気は拭うがごとく消えてしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-10-12 23:23:00 文字数:4757 OBC :rm2208
愛善世界社版:99頁 八幡書店版:第4輯 416頁 修補版: 校定版:102頁 普及版:46頁 初版: ページ備考:
001頭髪(かしら)に霜(しも)を戴(いただ)きし
002此(この)世(よ)を半(なかば)過(す)ぎ去(さ)つた
003皺(しわ)くちや婆(ばばあ)の一人旅(ひとりたび)
004枯野(かれの)にすだく虫(むし)の音(ね)も
005細(ほそ)く聞(きこ)ゆる断末魔(だんまつま)
006風(かぜ)のそよぎも何(なん)となく
007淋(さび)しさ交(まじ)る荒野原(あらのはら)
008杖(つゑ)を力(ちから)に進(すす)み行(ゆ)く。
009 道(みち)の傍(かたへ)の薄原(すすきはら)に埋(うづも)つた頭(あたま)の欠(か)けた石塔(せきたふ)七(なな)つ八(や)つ、010苔(こけ)生(む)して字(じ)も碌(ろく)に見(み)え兼(か)ねるばかり古(ふる)びて居(ゐ)る。011側(そば)に頭(あたま)のとれた石地蔵(いしぢざう)、012左手(ひだりて)に玉(たま)を載(の)せ、013右手(みぎて)に親指(おやゆび)と中指(なかゆび)を合(あは)して輪(わ)となし、014食指(ひとさしゆび)をツンと空(そら)に立(た)て、015地蔵(ぢざう)も銭(ぜに)なき衆生(しゆじやう)は度(ど)し難(がた)しと、016首(くび)まで刎(と)られても執念深(しふねんぶか)く、017未(ま)だ金銭(かね)の欲(よく)が放(はな)せないと見(み)え、018此処(ここ)にも亦(また)執着心(しふちやくしん)を遺憾(ゐかん)なく暴露(ばくろ)して居(ゐ)る。
019 一人(ひとり)の婆(ばば)は地蔵(ぢざう)の玉(たま)をツクヅクと打眺(うちなが)め打眺(うちなが)め、
020婆(高姫)『オイ、021お前(まへ)は何者(なにもの)ぢや、022其(その)玉(たま)は勿体(もつたい)なくも如意(によい)宝珠(ほつしゆ)の玉(たま)ではないか、023此(この)高姫(たかひめ)が秘蔵(ひざう)せし神宝(しんぽう)を何時(いつ)の間(ま)にか盗(ぬす)みよつて其(その)天罰(てんばつ)で貴様(きさま)の首(くび)は此(この)通(とほ)り、024サア早(はや)く此方(こちら)へ渡(わた)せ』
025と石地蔵(いしぢざう)の手(て)から無理(むり)にむしり取(と)らうと藻掻(もが)いて居(ゐ)る。026石塔(せきたふ)の裏(うら)から萱(かや)の穂(ほ)をガサガサ言(い)はせながら、027ヌツと現(あら)はれた二人(ふたり)の婆(ばば)に三(さん)人(にん)の男(をとこ)、028力(ちから)なき声(こゑ)で、
029五人(黒姫、鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンス)『高姫(たかひめ) 高姫(たかひめ)』
030と呼(よ)び止(と)める。031高姫(たかひめ)は此(この)声(こゑ)に驚(おどろ)いて萱原(かやはら)に目(め)を注(そそ)げば、032豈(あに)図(はか)らむや、033黒姫(くろひめ)、034鷹依姫(たかよりひめ)、035竜国別(たつくにわけ)、036テーリスタン、037カーリンスの五人(ごにん)連(づ)れである。
038高姫(たかひめ)『これ、039黒姫(くろひめ)さま、040黄金(わうごん)の玉(たま)は如何(どう)なつた。041お前(まへ)達(たち)は五人(ごにん)連(づ)れで手分(てわ)けして、042世界中(せかいぢう)を探(たづ)ね廻(まは)り、043あの玉(たま)を受取(うけと)り無言(むげん)霊話(れいわ)を掛(か)けよと吩咐(いひつ)けて置(お)いたのに、044斯(こ)んな所(ところ)で何(なに)愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して居(ゐ)るのだい』
045黒姫(くろひめ)『妾(わたし)は貴方(あなた)に無体(むたい)な事(こと)を言(い)はれ、046それが残念(ざんねん)で残念(ざんねん)で堪(たま)らなくなつて、047到頭(たうとう)丹後(たんご)の海(うみ)へ五(ご)人(にん)一度(いちど)に身(み)を投(な)げて死(し)んだワイ喃(のう)。048この怨恨(うらみ)を晴(は)らさむ為(た)めにお前(まへ)に憑依(とりつ)いて生命(いのち)をとつたのだ。049サア之(これ)から五(ご)人(にん)が寄(よ)つて集(たか)つて、050首(くび)を抜(ぬ)き手(て)を抜(ぬ)き足(あし)を抜(ぬ)き、051嬲殺(なぶりごろし)にしてやらう、052覚悟(かくご)をなされ』
053と蒼白(まつさを)な顔(かほ)を曝(さら)け出(だ)し、054両手(りやうて)を乳(ちち)の辺(あたり)から蟷螂(かまきり)の様(やう)に前(まへ)に下(さ)げ、055風(かぜ)のまにまにフワリフワリと高姫(たかひめ)の前後(ぜんご)左右(さいう)に押(お)し寄(よ)せて来(く)る。
056高姫(たかひめ)『此処(ここ)は何処(どこ)と心得(こころえ)て居(を)る、057お前(まへ)達(たち)は冥途(めいど)へ行(い)つて、058まだ迷(まよ)うて居(を)るのか。059エー死(し)んだ奴(やつ)は仕方(しかた)がないから、060もう許(ゆる)してやらう、061早(はや)く成仏(じやうぶつ)したが宜(よ)からうぞ』
062鷹依姫(たかよりひめ)『お前(まへ)の為(た)めに母子(おやこ)二人(ふたり)が此(この)難儀(なんぎ)、063お前(まへ)は現界(げんかい)の積(つも)りだらうが、064此処(ここ)は地獄(ぢごく)の八丁目(はつちやうめ)だ、065精神(せいしん)錯乱(さくらん)してお前(まへ)は最早(もはや)地獄(ぢごく)の旅(たび)をして居(ゐ)るのだよ』
066高姫(たかひめ)『はて、067不思議(ふしぎ)』
068と頭(あたま)に手(て)を当(あ)てて見(み)れば、069何時(いつ)の間(ま)にか三角形(さんかくけい)の紙(かみ)の帽子(ばうし)を被(かぶ)せられて居(ゐ)る。
070高姫『ヤア、071こりや大変(たいへん)だ、072いつの間(ま)に死(し)んだのかなア。073もう斯(か)う成(な)つては神政(しんせい)成就(じやうじゆ)も糞(くそ)もあつたものぢやない。074死(し)んだ人間(にんげん)が二度(にど)死(し)ぬ例(ためし)はあるまい。075此(この)上(うへ)は破(やぶ)れかぶれ、076生命(いのち)を的(まと)にお前(まへ)達(たち)を滅(ほろぼ)して地獄(ぢごく)の釜(かま)のどん底(ぞこ)へ連(つ)れて行(い)つてやらう。077覚悟(かくご)をせよ』
078と目(め)を釣(つ)つて呶鳴(どな)りつけた。079竜国別(たつくにわけ)は威丈高(ゐたけだか)になり、
080竜国別『こりや高姫(たかひめ)、081俺(おい)等(ら)母子(おやこ)を斯(こ)んな目(め)に遇(あ)はせよつたのも、082元(もと)は貴様(きさま)故(ゆゑ)ぢや。083何程(なにほど)貴様(きさま)が頑張(ぐわんば)つても此方(こちら)は五(ご)人(にん)其方(そちら)は一人(ひとり)、084到底(たうてい)衆寡敵(しうくわてき)する事(こと)は出来(でき)まい。085サア覚悟(かくご)をせい』
086と細(ほそ)い腕(かいな)でグツと高姫(たかひめ)を掴(つか)みにかかる。087テーリスタン、088カーリンスは棍棒(こんぼう)を持(も)ち、089両方(りやうはう)から叩(たた)き潰(つぶ)して呉(く)れむと打(う)つてかかる。090黒姫(くろひめ)、091鷹依姫(たかよりひめ)は肩(かた)を揺(ゆす)り腮(あご)をしやくり、092小気味(こぎみ)よささうに、
093黒姫、鷹依姫『ホヽヽヽヽ、094ホウホウホウ』
095と笑(わら)つて居(ゐ)る。096流石(さすが)の高姫(たかひめ)も進退(しんたい)維(こ)れ谷(きは)まり、097生命(いのち)からがら枯野(かれの)ケ原(はら)を当途(あてど)もなく逃(に)げて行(ゆ)く。098後(あと)より五(ご)人(にん)は、
099五人『オーイオーイ、100待(ま)つた待(ま)つた』
101と追(お)ひ駆(か)け来(きた)る。102ピタツと行(ゆ)き当(あた)つた大川(おほかは)、103愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して居(を)れば五(ご)人(にん)に取捉(とつつか)まるかも知(し)れぬ。104地獄(ぢごく)の釜(かま)の一足飛(いつそくと)び、105行(ゆ)く処(とこ)まで行(ゆ)かむと決心(けつしん)の臍(ほぞ)を固(かた)めた高姫(たかひめ)は、106身(み)を躍(をど)らして濁流(だくりう)へバサンと飛(と)び込(こ)み、107流(なが)れ渡(わた)りに向岸(むかふぎし)に着(つ)いて、108着衣(ちやくい)を換(か)へて忽(たちま)ち洗濯婆(せんたくばあ)となつて了(しま)つた。109続(つづ)いて二人(ふたり)はバサンバサンと飛(と)び込(こ)んだ。110三(さん)人(にん)の男(をとこ)は真裸(まつぱだか)となり、111着衣(ちやくい)を頭(あたま)に括(くく)りつけ泳(およ)いで此方(こなた)へ渡(わた)つて来(く)る。112高姫(たかひめ)は、
113高姫『こりや大変(たいへん)』
114と濡(ぬ)れた着物(きもの)を引抱(ひつかか)へ、115真裸(まつぱだか)のまま枯(か)れた薄ケ原(すすきがはら)を身体中(からだぢう)擦傷(すりきず)を負(お)ひながら、116呼吸(いき)を限(かぎ)りに何処(どこ)ともなく駆(か)けだした。117五(ご)人(にん)は執念深(しふねんぶか)く追(お)つ駆(か)けて行(ゆ)く。
118 高姫(たかひめ)は身(み)を没(ぼつ)する許(ばか)りの枯(か)れた薄(すすき)の中(なか)に蹲(しやが)んで居(ゐ)る。119五(ご)人(にん)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)駆(か)けつけ来(きた)り、
120五人『ヤア、121臭(くさ)いぞ臭(くさ)いぞ、122高姫(たかひめ)の臭(にほひ)がするぞ』
123と其処(そこら)中(ぢう)を犬(いぬ)の様(やう)に嗅(か)ぎつけ廻(まは)る。124高姫(たかひめ)は薄(すすき)の中(なか)から怖々(こはごは)五(ご)人(にん)の姿(すがた)を見(み)れば黒姫(くろひめ)、125鷹依姫(たかよりひめ)、126竜国別(たつくにわけ)、127テーリスタン、128カーリンスと見(み)えしは謬(あや)まり、129何(いづ)れも青(あを)、130赤(あか)、131黒(くろ)の鬼(おに)の姿(すがた)で金棒(かなぼう)を打(う)ち振(ふ)り、132萱原(かやはら)を片端(かたつぱし)から将棋倒(しやうぎだふ)しに叩(たた)いて廻(まは)り、133高姫(たかひめ)の在処(ありか)は何処(いづく)ぞと厳重(げんぢゆう)に捜索(そうさく)し始(はじ)めた。134五(ご)人(にん)の男女(なんによ)の鬼(おに)は、
135五人『アヽ疲(くたび)れた。136もう此処(ここ)まで探(さが)して居(を)らねば先方(むかふ)へ逃(に)げたのだらう。137思惑(おもわく)とは脚(あし)の達者(たつしや)な奴(やつ)だ。138現界(げんかい)では口達者(くちたつしや)だと評判(ひやうばん)な奴(やつ)だが、139口(くち)八丁(はつちやう)足(あし)八丁(はつちやう)とは此奴(こいつ)の事(こと)だ。140グヅグヅして居(を)ると俺(おい)等(ら)の関門(くわんもん)を突破(とつぱ)して、141天国(てんごく)へ遁走(とんそう)するかも知(し)れないぞ。142サア早(はや)う行(ゆ)かう』
143と駆(か)け出(だ)す。144一人(ひとり)の鬼(おに)は、
145一人『オイ、146貴様(きさま)達(たち)四(よ)人(にん)、147先(さき)へ行(ゆ)け。148俺(おれ)は未(ま)だ此処(ここ)に暫時(しばらく)残(のこ)つて再調査(さいてうさ)をやつて見(み)るから……如何(どう)も俺(おれ)の鼻(はな)には高姫(たかひめ)の臭(にほひ)がして仕方(しかた)がない』
149 四(よ)人(にん)の鬼(おに)は、
150四人『あと確(しつか)り頼(たの)んだぞ』
151と息(いき)せききつてバタバタ駆(か)け出(だ)す音(おと)、152高姫(たかひめ)の耳(みみ)に雷(らい)の如(ごと)く響(ひび)いて来(く)る。153高姫(たかひめ)は二三間(にさんげん)薄(すすき)を隔(へだ)てて赤鬼(あかおに)が角(つの)突(つ)き立(た)て、154巨眼(きよがん)を剥(む)き出(だ)し砂煙草(すなたばこ)を吸(す)うて居(を)るのに、155心(こころ)も心(こころ)ならず、156呼吸(いき)さへようせず小(ちひ)さくなつて慄(ふる)へて居(ゐ)る。
157鬼(おに)『あゝ俺(わし)も生存中(せいぞんちう)は黒姫(くろひめ)と言(い)つて色(いろ)が黒(くろ)い黒(くろ)いと言(い)はれた者(もの)だが、158斯(か)う冥途(めいど)へ来(き)て見(み)れば身体中(からだぢう)が真赤(まつかい)けの赤鬼(あかおに)となつて了(しま)つた。159然(しか)し高姫(たかひめ)さまは、160あゝ言(い)ふものの気(き)の毒(どく)な事(こと)だ。161如何(どう)かして助(たす)けて上(あ)げたいものだなア。162何(なん)でも此(この)辺(へん)に居(ゐ)るに違(ちが)ひない。163皆(みな)の奴(やつ)をあゝしてまいた以上(いじやう)は、164もう大丈夫(だいぢやうぶ)だ。165一(いち)時(じ)も早(はや)く嗅(か)ぎつけて高姫(たかひめ)さまを救(すく)ひ出(だ)さねばなるまい。166ヤア四(よ)人(にん)の奴(やつ)は大分(だいぶ)先方(むかふ)へ行(い)つた』
167と小声(こごゑ)に呟(つぶや)きながら、168高姫(たかひめ)の潜(ひそ)める場所(ばしよ)へ萱(かや)の穂(ほ)を踏(ふ)み分(わ)け現(あら)はれ来(きた)り、
169赤鬼(黒姫)『高姫(たかひめ)さま、170久振(ひさしぶ)りでしたなア』
171高姫(たかひめ)『ハイ、172貴方(あなた)は誰方(どなた)で御座(ござ)いますか。173何卒(どうぞ)お許(ゆる)し下(くだ)さいませ』
174赤鬼(黒姫)『私(わし)は赤鬼(あかおに)ぢや、175お前(まへ)さまの知(し)つている通(とほ)り黄金(わうごん)の玉(たま)を盗(と)られた、176その悔(くや)しさ残念(ざんねん)さが残(のこ)つて今(いま)此処(ここ)に赤鬼(あかおに)となつて現(あら)はれたのだ。177お前(まへ)さまも玉(たま)を盗(と)られて悔(くや)しからう。178グヅグヅして居(ゐ)ると又(また)鬼(おに)の群(むれ)がやつて来(き)て何(ど)んな目(め)に遭(あ)はすか知(し)れませぬぞえ。179サア私(わし)の背中(せなか)に負(お)ぶさつて下(くだ)さい、180之(これ)から向(むか)ふの山(やま)へお伴(とも)致(いた)しませう。181其処(そこ)は幽界(いうかい)第一(だいいち)の安全(あんぜん)地帯(ちたい)です』
182と恐(おそ)ろしい顔(かほ)に似(に)ず親切(しんせつ)な言葉(ことば)に、183高姫(たかひめ)はヤツと安心(あんしん)し、
184高姫『あゝお前(まへ)は黒姫(くろひめ)であつたか、185何卒(どうぞ)妾(わし)を助(たす)けて下(くだ)さい』
186赤鬼(黒姫)『承知(しようち)しました』
187と高姫(たかひめ)を仁王(にわう)が三(みつ)つ児(ご)を負(お)うた様(やう)に軽々(かるがる)しく背(せな)に負(お)ひ、188金棒(かなぼう)を引抱(ひつかか)へ、
189赤鬼(黒姫)『ヨイシヨ ヨイシヨ』
190と足拍子(あしびやうし)をとりながら、191茨(いばら)だらけの嶮(けは)しき野山(のやま)を何(なん)の苦(く)もなく韋駄天(ゐだてん)走(ばし)りに踏(ふ)み越(こ)え踏(ふ)み越(こ)え、192殆(ほとん)ど二三十(にさんじふ)ばかりの山(やま)を登(のぼ)りつ下(くだ)りつ、193瞬(またた)く間(うち)に蒼々(あをあを)した玉草(たまぐさ)の生(は)えて居(ゐ)る池辺(ちへん)へ下(おろ)した。
194 此(この)時(とき)池(いけ)の波(なみ)、195俄(にはか)に風(かぜ)もなきに立(た)ち騒(さわ)ぎ始(はじ)めた。196高姫(たかひめ)は不審(ふしん)の雲(くも)に包(つつ)まれつつ池(いけ)の面(おもて)を目(め)を放(はな)さず凝視(みつめ)て居(ゐ)る。197赤鬼(あかおに)は忽(たちま)ちザンブと波(なみ)たつ池中(ちちう)に身(み)を躍(をど)らして飛(と)び込(こ)んだ。198あとに残(のこ)るは金棒(かなぼう)ばかりである。
199高姫(たかひめ)『こりや、200大変(たいへん)な重(おも)いものを持(も)つたものだナ』
201と手(て)に握(と)り見(み)れば、202桐(きり)の樹(き)で作(つく)つた張子(はりこ)の金棒(かなぼう)であつた。
203高姫『へん、204莫迦(ばか)にして居(ゐ)る。205何(なん)だ、206大(おほ)きな金棒(かなぼう)だと思(おも)つて居(ゐ)たのに、207斯(こ)んな鼻糞(はなくそ)で的(まと)を貼(は)つた様(やう)な苧殻(をがら)同然(どうぜん)の金棒(かなぼう)だ、208こんな奴(やつ)なら五本(ごほん)や十本(じつぽん)、209仮令(たとへ)千本(せんぼん)万本(まんぼん)でも一遍(いつぺん)に踏(ふ)み躙(にじ)つて了(しま)つてやる。210それにしても黒姫(くろひめ)の赤鬼(あかおに)、211此(この)池(いけ)に身(み)を投(な)げて死(し)んだのであらうか、212真(ほん)に不愍(ふびん)な事(こと)だ』
213と金棒(かなぼう)を持(も)つや否(いな)や、214俄(にはか)に自分(じぶん)の姿(すがた)は真黒(まつくろ)けの黒鬼(くろおに)と化(くわ)して了(しま)つた。215暫(しばら)くすると黒姫(くろひめ)の姿(すがた)は水面(すゐめん)に浮(うか)び上(あ)がつた。
216高姫(たかひめ)『あゝ黒姫(くろひめ)さま、217鬼(おに)の姿(すがた)は如何(どう)なつた』
218黒姫(くろひめ)『妾(わたし)は其(その)金棒(かなぼう)に執着(しふちやく)が残(のこ)つて居(を)つて、219鬼(おに)となつて了(しま)つたのだが、220此処(ここ)へ来(き)て金棒(かなぼう)を放擲(はうてき)し、221運(うん)を天(てん)に任(まか)し此(この)池(いけ)の中(なか)へ身(み)を投(とう)じた処(ところ)、222池中(ちちう)に竜宮(りうぐう)の乙姫(おとひめ)さまの様(やう)な立派(りつぱ)な女神(めがみ)さまが現(あら)はれて、223妾(わたし)の鬼(おに)の皮(かは)を剥(は)ぎとり、224旧(もと)の肉体(からだ)にして下(くだ)さつたのです。225お前(まへ)さまも其(その)金棒(かなぼう)を放(ほ)かしなさい。226そんな物(もの)に執着(しふちやく)があると、227其(その)通(とほ)り忽(たちま)ち鬼(おに)になつて了(しま)ひますよ。228金棒(かなぼう)は愚(おろか)、229形(かたち)ある玉(たま)なんかに執着(しふちやく)すると、230ま一(ひと)つ苦(くる)しい地獄(ぢごく)へ陥(お)ちねばなりませぬ』
231と波(なみ)の上(うへ)に浮(うか)ぶ葭(よし)の葉(は)に軽(かる)く止(と)まつて気楽(きらく)さうに笑(わら)つて居(ゐ)る。
232 此(この)時(とき)以前(いぜん)の四(よ)人(にん)の鬼(おに)、233金棒(かなぼう)を提(ひつさ)げ一目散(いちもくさん)に此(この)場(ば)に現(あら)はれ、
234四人『ヤア、235高姫(たかひめ)は此処(ここ)に居(を)つたか、236覚悟(かくご)を致(いた)せ。237何時(いつ)の間(ま)にやら俺(おれ)の仲間(なかま)になりよつた。238僣越(せんゑつ)至極(しごく)、239サア打(う)ち倒(の)めしてやらう。240覚悟(かくご)をせよ』
241と四方(しはう)より金棒(かなぼう)を以(もつ)て打(う)つてかかる。
242高姫『何(なに)ツ、243苧殻(をがら)の様(やう)な金棒(かなぼう)が何(なに)恐(おそ)ろしいか。244さア来(こ)い』
245と自分(じぶん)も黒姫(くろひめ)の捨(す)てた鉄棒(てつぼう)を拾(ひろ)ひ、246打(う)つてかからうと構(かま)へる折(をり)しも、247水面(すゐめん)に浮(うか)んだ黒姫(くろひめ)は、
248黒姫『そんな物(もの)に執着(しふちやく)してはなりませぬ。249放(ほ)かしなさいよ』
250と声(こゑ)を限(かぎ)りに叫(さけ)ぶ。251其(その)言葉(ことば)にハツと気(き)がつき、252池畔(ちはん)に投(な)げ棄(す)て、253身(み)を躍(をど)らして高姫(たかひめ)は蒼味(あをみ)だつた池(いけ)の面(おも)目蒐(めが)けてバサンと飛(と)び込(こ)む。254続(つづ)いて四(よ)人(にん)の鬼(おに)は同(おな)じく鉄棒(てつぼう)を投(な)げ、255同様(どうやう)にバサンバサンと身(み)を躍(をど)らした。256忽(たちま)ち水底(みなそこ)に沈(しづ)んだ時(とき)、257麗(うるは)しき女神(めがみ)の一柱(ひとはしら)此(この)場(ば)に現(あら)はれ、258言葉(ことば)淑(しとや)かに、
259女神『汝(なんぢ)は未(いま)だ幽界(いうかい)に来(きた)るべき者(もの)に非(あら)ず、260一刻(いつこく)も早(はや)く立(た)ち帰(かへ)れ。261執着心(しふちやくしん)の悪魔(あくま)に引(ひ)き摺(ず)られ斯(こ)んな所(ところ)まで迷(まよ)うて来(き)たのだ。262妾(わらは)は小和田(さわだ)姫(ひめの)命(みこと)、263亦(また)の名(な)は地蔵(ぢざう)菩薩(ぼさつ)だ。264早(はや)く此(この)鬼(おに)の衣(ころも)を脱(ぬ)げ』
265と諭(さと)しの言葉(ことば)に五(ご)人(にん)はハツと鰭伏(ひれふ)す途端(とたん)に元(もと)の姿(すがた)に復(かへ)つて了(しま)つた。266池(いけ)の水(みづ)は何時(いつ)しか影(かげ)もなく、267黄(くわう)紅(こう)白(はく)紫(し)に咲(さ)き乱(みだ)れたる美(うる)はしき原野(げんや)の真中(まんなか)に花(はな)と花(はな)とに囲(かこ)まれ、268涼(すず)しき風(かぜ)を身(み)に浴(あ)びながら立(た)つて居(ゐ)た。269忽(たちま)ち聞(きこ)ゆる祝詞(のりと)の声(こゑ)、270空(そら)を見上(みあ)ぐれば、271言依別(ことよりわけの)命(みこと)、272言依姫(ことよりひめの)命(みこと)、273玉治別(たまはるわけ)、274国依別(くによりわけ)、275紫姫(むらさきひめ)、276若彦(わかひこ)、277お玉(たま)の方(かた)、278時置師(ときおかしの)神(かみ)、279言照姫(ことてるひめ)、280お初(はつ)を始(はじ)め玉照彦(たまてるひこ)、281玉照姫(たまてるひめ)、282雲(くも)に乗(の)り悠々(いういう)として此(この)場(ば)に降(くだ)り来(きた)るよと見(み)る間(ま)に、283忽(たちま)ち全身(ぜんしん)冷水(れいすゐ)を浴(あ)びたる如(ごと)く涼(すず)しさを感(かん)ずると共(とも)に目(め)を開(ひら)けば、284時置師(ときおかしの)神(かみ)に抱(いだ)かれ、285言依別(ことよりわけの)命(みこと)以下(いか)の枕辺(まくらべ)に端座(たんざ)して、286天津(あまつ)祝詞(のりと)や数歌(かずうた)を奏上(そうじやう)しつつあつた。
287 是(これ)より高姫(たかひめ)の病気(びやうき)は、288拭(ぬぐ)ふが如(ごと)く全快(ぜんくわい)した。289今後(こんご)高姫(たかひめ)は如何(いか)なる活動(くわつどう)をなすであらうか。
290枯野(かれの)ケ原(はら)を只(ただ)一人(ひとり)
291道(みち)問(と)ふ人(ひと)もあら涙(なみだ)
292胸(むね)の動悸(どうき)も高姫(たかひめ)が
293とぼとぼ進(すす)む暗(やみ)の路(みち)
294かたへの淋(さび)しき薄野(すすきの)に
295顔(かほ)痩(や)せこけた五人(ごにん)連(づれ)
296よくよく見(み)ればコハ如何(いか)に
297鷹依姫(たかよりひめ)を始(はじ)めとし
298心(こころ)の黒姫(くろひめ)竜国別(たつくにわけ)
299テーリスタンやカーリンスが
300亡者(まうじや)となつて高姫(たかひめ)の
301姿(すがた)見(み)かけて攻(せ)め来(きた)る
302コリヤ叶(かな)はぬと雲霞(くもかすみ)
303一目散(いちもくさん)に逃(に)げ出(だ)せば
304途(みち)に横(よこ)たふ大河(おほかは)の
305波(なみ)に胸(むね)をば躍(をど)らせつ
306後(あと)振(ふ)り返(かへ)り眺(なが)むれば
307五(ご)人(にん)は忽(たちま)ち鬼(おに)となり
308金棒(かなぼう)打振(うちふ)り追(お)ひ来(きた)る
309南無(なむ)三宝(さんぽう)や一大事(いちだいじ)
310前後(ぜんご)も水(みづ)の激流(げきりう)に
311ザンブとばかり飛(と)び込(こ)んで
312流(なが)れ渡(わた)りに向(むか)ふ岸(ぎし)
313ヤツト一息(ひといき)濡衣(ぬれぎぬ)を
314搾(しぼ)る折(をり)しも鬼(おに)共(ども)は
315河(かは)を渡(わた)りて追(お)ひ迫(せま)る
316一生(いつしやう)懸命(けんめい)高姫(たかひめ)は
317丈(たけ)なす萱(かや)の茂(しげ)みへと
318身(み)を忍(しの)びつつ震(ふる)ひ居(を)る
319五(ご)人(にん)の鬼(おに)は執拗(しつえう)に
320高姫(たかひめ)臭(くさ)いと遠近(をちこち)を
321探(さが)し廻(まは)るぞ恐(おそ)ろしき
322四(よ)ツの鬼(おに)奴(め)は赤鬼(あかおに)を
323一(ひと)つ残(のこ)して一散(いつさん)に
324姿(すがた)求(もと)めて走(はし)り行(ゆ)く
325残(のこ)りし鬼(おに)は高姫(たかひめ)を
326鬼(おに)に似合(にあ)はぬ親切(しんせつ)に
327背(せな)に負(お)ひつつ山谷(やまたに)を
328幾(いく)つも越(こ)えて清水(せいすゐ)の
329漂(ただよ)ふ池(いけ)の袂(たもと)まで
330誘(いざな)ひ行(ゆ)きて金棒(かなぼう)を
331忽(たちま)ち投(な)げ棄(す)て池中(いけなか)に
332身(み)を躍(をど)らして沈(しづ)み入(い)る
333時(とき)しも四(よつ)ツの鬼(おに)共(ども)は
334高姫(たかひめ)此処(ここ)かと駆(か)け来(きた)り
335金棒(かなぼう)翳(かざ)して打向(うちむか)ふ
336進退(しんたい)茲(ここ)に谷(きは)まりて
337高姫(たかひめ)池中(ちちう)に飛(と)び込(こ)めば
338四鬼(しき)も続(つづ)いて池(いけ)の底(そこ)へ
339たちまち水(みづ)は右左(みぎひだり)
340サツと別(わか)れて美(うる)はしき
341女神(めがみ)の姿(すがた)ありありと
342現(あら)はれ給(たま)ひ執着心(しふちやくしん)を
343洗(あら)ひ落(おと)せば高姫(たかひめ)も
344五(いつ)つの鬼(おに)も元(もと)の如(ごと)
345尊(たふと)き身魂(みたま)と還(かへ)るよと
346見(み)ればたちまち夢(ゆめ)破(やぶ)れ
347四辺(あたり)を見(み)れば言依別(ことよりわけ)の
348神(かみ)の命(みこと)を始(はじ)めとし
349杢助(もくすけ)お初(はつ)その外(ほか)の
350人々(ひとびと)病床(びやうしやう)に集(あつ)まりて
351天津(あまつ)祝詞(のりと)や言霊(ことたま)の
352神(かみ)に奏上(そうじやう)のまつ最中(さいちう)
353流石(さすが)頑固(ぐわんこ)の高姫(たかひめ)も
354いよいよ覚(さと)りて執着(しふちやく)の
355心(こころ)を捨(す)てて三五(あななひ)の
356誠(まこと)の道(みち)を真解(しんかい)し
357言依別(ことよりわけ)の神言(かみごと)を
358守(まも)りて道(みち)に尽(つく)すべく
359霊魂研(みたまみが)きの御(ご)経綸(けいりん)
360実(げ)に神界(しんかい)の御(おん)事(こと)は
361凡夫(ぼんぷ)の如何(いか)にあせるとも
362窺知(きち)[*底本では「窮知」だが「窺知」の間違いだと思われる]し得(う)べくもあらたふと
363かしこき神(かみ)のお取(とり)なし
364高姫(たかひめ)始(はじ)めて中心(ちうしん)の
365的(まと)を掴(つか)みし物語(ものがたり)
366ここにあらあら誌(しる)しおく
367あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
368御霊(みたま)幸(さち)はへましませよ。
369(大正一一・五・二五 旧四・二九 北村隆光録)
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