霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一九章 山(やま)と海(うみ)〔七一一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第22巻 如意宝珠 酉の巻 篇:第5篇 神界経綸 よみ(新仮名遣い):しんかいけいりん
章:第19章 山と海 よみ(新仮名遣い):やまとうみ 通し章番号:711
口述日:1922(大正11)年05月28日(旧05月02日) 口述場所: 筆録者:外山豊二 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年7月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
佐田彦は玉を入れた箱をかつぎ、玉能姫はバラモン教徒の目をくらますために、気違いの真似をして駆けて行った。
バラモン教徒たちは途中で玉を奪おうと待ち構えていたが、玉能姫の演技に気づかずに見過ごしてしまった。一行は高砂の浜辺で漁師から舟を買うと、神島さして漕ぎ出した。
浜辺にいたときは暴風により海が荒れていたが、一行が漕ぎ出すと不思議にも暴風は止んでしまい、みるみる島に着いた。初稚姫と玉能姫が神島の山頂に着くと、五人の童子と三人の童女が現れて、黄金の鍬で固い岩石を掘ってしまった。
初稚姫は、童子・童女たちに向かって厳の大神様・瑞の大神様と呼びかけ、言依別命の命によって神玉を無事に持って来たことを伝えた。
童子と童女は玉箱を受け取ると、掘った穴の中に消えてしまった。二人が穴をのぞくと、二つの玉箱が微妙の音声と鮮光を放っていた。二人は童子・童女が残した黄金の鍬で穴を埋め、あたりの小松をその上に植えて祝詞を奏上し、山を下った。
佐田彦と波留彦は帰ってきた二人に、せめて埋めた後を拝ませて欲しいと願い出た。初稚姫と玉能姫は黙って首を横に振るだけだった。すると雷のような声が、すぐに立ち去れ、と佐田彦・波留彦を戒めた。
一行は神島を後にして去っていった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-06-16 18:46:40 文字数:8066 OBC :rm2219
愛善世界社版:263頁 八幡書店版:第4輯 477頁 修補版: 校定版:271頁 普及版:121頁 初版: ページ備考:
001 佐田彦(さだひこ)は腰帯(こしおび)を解(と)き、002幾重(いくへ)にも包(つつ)みたる玉函(たまばこ)をクルクルと両端(りやうはし)に包(つつ)み、003肩(かた)にふわりと引掛(ひつか)け得(う)るやうに荷造(にづく)りした。004波留彦(はるひこ)は驚(おどろ)いて、
005波留彦『コリヤ佐田彦(さだひこ)、006大切(たいせつ)な御(ご)神宝(しんぱう)を、007何(なん)だ、008貴様(きさま)の肌(はだ)につけた穢苦(むさくるし)き三尺帯(さんしやくおび)に包(つつ)むと云(い)ふことがあるか、009玉(たま)の威徳(ゐとく)を涜(けが)すと云(い)ふことを心得(こころえ)ぬか。010さうして其(そ)の態(ざま)は何(なん)だ。011帯除(おびと)け裸体(はだか)になつて、012みつともないぞ』
013佐田彦(さだひこ)『お前(まへ)の帯(おび)を縦(たて)に引裂(ひつさ)いて、014半分(はんぶん)呉(く)れなければ仕方(しかた)がない。015藤蔓(ふぢづる)でもちぎつて帯(おび)にしよう』
016波留彦『エー、017そんなことして道中(だうちう)が出来(でき)るか、018みつともない。019自分(じぶん)の帯(おび)は自分(じぶん)がして行(ゆ)け。020神玉(しんぎよく)の御(ご)威徳(ゐとく)を涜(けが)すぞよ』
021佐田彦『イヤ波留彦(はるひこ)、022さうでないよ。023此(この)山(やま)続(つづ)きは随分(ずゐぶん)バラモンの連中(れんちう)が徘徊(はいくわい)してゐるから、024貴重品(きちようひん)と見(み)せかけて狙(ねら)はれてはならぬ。025幾重(いくへ)にも包(つつ)んだ宝玉(ほうぎよく)、026滅多(めつた)に穢(けが)れる気遣(きづか)ひはない。027斯(か)うして往(ゆ)かねば剣呑(けんのん)だから』
028波留彦『如何(いか)に剣呑(けんのん)だと云(い)つて、029そりや余(あま)りぢやないか』
030佐田彦『万劫(まんがふ)末代(まつだい)に一度(いちど)の大切(たいせつ)な御用(ごよう)だ。031二度目(にどめ)の岩戸(いはと)開(びら)きの瑞祥(ずゐしやう)を祝(しゆく)するため、032言依別(ことよりわけ)様(さま)が此(この)再度山(ふたたびやま)の山頂(さんちやう)で、033二度(にど)とない結構(けつこう)な御用(ごよう)を仰(あふ)せつけられたのだ。034失策(しくじ)つては大変(たいへん)だから、035斯(か)うして往(ゆ)くが安全(あんぜん)だよ』
036 波留彦(はるひこ)は、
037波留彦『なんだか勿体(もつたい)ないやうな心持(こころもち)がするのだ。038併(しか)し乍(なが)ら肝腎(かんじん)の宝(たから)を敵(てき)に奪(と)られては一大事(いちだいじ)だから、039そんならお前(まへ)の言(い)ふ通(とほ)りにして行(ゆ)かう。040サア、041俺(おれ)の帯(おび)を半分(はんぶん)やらう』
042と縦(たて)に真中(まんなか)からバリバリと引裂(ひきさ)いて佐田彦(さだひこ)に渡(わた)した。043佐田彦(さだひこ)は、
044佐田彦『イヤ、045有難(ありがた)う。046これで確(しつ)かり腹帯(はらおび)が締(しま)つて来(き)た。047併(しか)し乍(なが)ら玉能姫(たまのひめ)さま、048初稚姫(はつわかひめ)さま、049貴女(あなた)等(がた)はそんな綺麗(きれい)な服装(ふくさう)で御(お)出(いで)になつては、050悪漢(わるもの)に後(あと)をつけられては詮(つま)りませぬよ、051何(なん)とか工夫(くふう)をなさいませ』
052玉能姫(たまのひめ)『ハイ、053吾々(われわれ)二人(ふたり)は着物(きもの)を裏向(うらむ)けに着(き)て、054気違(きちが)ひの真似(まね)をして参(まゐ)りませう』
055佐田彦(さだひこ)『ヤー、056それは妙案(めうあん)だ。057流石(さすが)は玉能姫(たまのひめ)様(さま)だ。058サアサア、059佐田彦(さだひこ)が着替(きか)へさして上(あ)げませう』
060と立(た)ち上(あが)らむとするを玉能姫(たまのひめ)、061初稚姫(はつわかひめ)は首(くび)を左右(さいう)に掉(ふ)り、
062玉能姫(たまのひめ)『イエイエ、063滅相(めつさう)な、064妾(わたし)も玉能姫(たまのひめ)、065自分(じぶん)のことは自分(じぶん)で処置(しよち)をつけねばなりませぬ』
066と云(い)ひつつ、067クルクルと帯(おび)を解(と)き、068裏向(うらむ)けに着物(きもの)を着替(きか)へて了(しま)つた。
069 初稚姫(はつわかひめ)も亦(また)着物(きもの)を脱(ぬ)がうとするを、070玉能姫(たまのひめ)は少(すこ)し首(くび)を傾(かたむ)け、
071玉能姫『一寸(ちよつと)待(ま)つて下(くだ)さい。072気違(きちが)ひが二人(ふたり)もあつては却(かへ)つて疑(うたが)はれるかも知(し)れませぬから、073貴方(あなた)は気違(きちが)ひの娘(むすめ)になつて下(くだ)さい』
074初稚姫(はつわかひめ)『そんなら気違(きちが)ひのお母(かあ)さま。075サア、076何処(どこ)なつと参(まゐ)りませう』
077玉能姫(たまのひめ)『オイ佐田公(さだこう)、078波留公(はるこう)、079貴様(きさま)は何処(どこ)の奴(やつ)だ。080余程(よつぽど)好(い)いヒヨツトコ野郎(やらう)だな』
081佐田彦(さだひこ)『これはしたり、082玉能姫(たまのひめ)さま、083姫御前(ひめごぜ)のあられもない、084何(なん)と云(い)ふ荒(あら)いことを仰有(おつしや)りますか』
085玉能姫『知(し)らぬ知(し)らぬ、086アーア、087斯(こ)んなヒヨツトコ野郎(やらう)の莫迦者(ばかもの)と道伴(みちづ)れになるかと思(おも)へば残念(ざんねん)だ。088気(き)が狂(くる)ひさうだ』
089波留彦『玉能姫(たまのひめ)さま、090今(いま)から気違(きちが)ひになつて貰(もら)つては波留彦(はるひこ)も堪(たま)りませぬで』
091玉能姫『伊勢(いせ)は津(つ)で持(も)つ、092津(つ)は伊勢(いせ)で持(も)つ。093大根(だいこん)役者(やくしや)が玉(たま)を持(も)つ、094コリヤコリヤコリヤ』
095佐田彦(さだひこ)『玉能姫(たまのひめ)さま、096洒落(しやれ)も可(い)い加減(かげん)になさいませな。097これから未(ま)だ沢山(たくさん)な道程(みちのり)、098今(いま)から気違(きちが)ひの真似(まね)して居(を)つては怺(たま)りませぬで』
099玉能姫『なに、100妾(わらは)を気違(きちが)ひとな。101エー残念(ざんねん)だ。102バラモン教(けう)に於(おい)て其(そ)の人(ひと)ありと聞(きこ)えたる鬼熊別(おにくまわけ)の妻(つま)、103蜈蚣姫(むかでひめ)とはわが事(こと)なるぞ。104汝(なんぢ)は三五教(あななひけう)の腰抜(こしぬけ)宣伝使(せんでんし)、105この蜈蚣姫(むかでひめ)が尻(しり)でも喰(くら)へ。106残念(ざんねん)なか、107口惜(くや)しいか。108あの詮(つま)らぬさうな顔付(かほつき)ワイの。109オホヽヽヽ』
110と臍(へそ)を抱(かか)へて笑(わら)ひ倒(こ)ける。
111佐田彦(さだひこ)『アー、112仕方(しかた)がないなア、113あんまり嬉(うれ)しうて玉能姫(たまのひめ)さまは本当(ほんたう)に逆上(のぼ)せて了(しま)つたのだらうかなア、114波留公(はるこう)』
115玉能姫(たまのひめ)『定(さだ)めて逆上(のぼ)せたのであらう。116逆上(のぼ)せ切(き)つた蜈蚣姫(むかでひめ)の再来(さいらい)が、117お前(まへ)の頭(あたま)をポカンと波留彦(はるひこ)だ』
118と言(い)ひながら波留彦(はるひこ)の横面(よこづら)をピシヤピシヤと撲(なぐ)り、
119玉能姫『アハヽヽヽ』
120と腹(はら)を抱(かか)へて笑(わら)ひ倒(こ)ける。
121波留彦(はるひこ)『なんぼ女(をんな)にはられて気分(きぶん)が好(よ)いと言(い)つても、122キ印(じるし)に撲(なぐ)られて怺(たま)るものか。123さア行(ゆ)きませう、124玉能姫(たまのひめ)さま、125確(しつ)かりなさいませ』
126玉能姫(たまのひめ)『ホヽヽ、127私(わし)は玉能姫(たまのひめ)ぢやないよ、128狸姫(たぬきひめ)だよ』
129波留彦(はるひこ)『エー、130怪体(けたい)の悪(わる)い、131肝腎(かんじん)の御(ご)神業(しんげふ)の最中(さいちう)にやくたいだなア。132初稚姫(はつわかひめ)さま、133ちつと確(しつ)かり言(い)つて聞(き)かして下(くだ)さいな。134コリヤ本当(ほんたう)に逆上(のぼ)せて居(ゐ)ますで』
135初稚姫(はつわかひめ)『お母(かあ)さま、136往(ゆ)きませう』
137とすがり付(つ)く其(そ)の手(て)を取(と)り放(はな)し、
138玉能姫『エー、139お前(まへ)迄(まで)が私(わし)を気違(きちが)ひと思(おも)つて居(ゐ)るのかい。140アヽ穢(けが)らはしい。141斯(こ)んな所(ところ)には一時(いつとき)も居(を)れない』
142と二(ふた)つの玉(たま)を包(つつ)んだ帯(おび)を肩(かた)に引(ひ)つかけ、143山伝(やまづた)ひに雲(くも)を霞(かすみ)と走(はし)り行(ゆ)く。
144 初稚姫(はつわかひめ)は負(ま)けず劣(おと)らず、145玉能姫(たまのひめ)の後(あと)に随(したが)ひ矢(や)の如(ごと)く走(はし)り行(ゆ)く。146佐田彦(さだひこ)、147波留彦(はるひこ)は遁(に)げられては大変(たいへん)と一生(いつしやう)懸命(けんめい)に後(あと)を追(お)ふ。148何時(いつ)の間(ま)にか玉能姫(たまのひめ)、149初稚姫(はつわかひめ)の姿(すがた)は見(み)えなくなつた。
150佐田彦(さだひこ)『オイ、151波留彦(はるひこ)、152大変(たいへん)なことが起(おこ)つたものぢやないか』
153波留彦『貴様(きさま)が確(しつか)り握(にぎ)つて居(を)らぬから、154到頭(たうとう)狸(たぬき)が憑(うつ)りやがつて持(も)つて去(い)んで了(しま)つたのだい。155アヽもう仕方(しかた)がない、156神(かみ)様(さま)に申訳(まをしわけ)がない。157此(この)絶壁(ぜつぺき)から言(い)ひ訳(わけ)のために身(み)を投(な)げて死(し)んで了(しま)はうかい』
158佐田彦『さうだと言(い)つて、159そんな事(こと)をすれば益々(ますます)神界(しんかい)の罪(つみ)だよ』
160と心配(しんぱい)さうに悔(くや)んでゐる。
161 向(むか)ふの木(き)の茂(しげ)みから、
162玉能姫『オーイ、163波留彦(はるひこ)さま、164佐田彦(さだひこ)さま、165此処(ここ)だよ此処(ここ)だよ』
166と玉能姫(たまのひめ)は呼(よ)んでゐる。
167波留彦(はるひこ)『ヤア、168在処(ありか)が分(わか)つた。169気違(きちが)ひ奴(め)、170あの禿(は)げた山(やま)の横(よこ)の小松(こまつ)の下(した)に顔(かほ)だけ出(だ)してゐよる、171表(おもて)から行(ゆ)くと又(また)逃(に)げられては大変(たいへん)だ。172廻(まは)り道(みち)をしてそつと捉(つか)まへようかい』
173と二人(ふたり)は山路(やまみち)を外(はづ)し、174木(き)の茂(しげ)みの中(なか)を蜘蛛(くも)の巣(す)に引(ひ)つかかりながら、175漸(やうや)く玉能姫(たまのひめ)の間近(まぢか)に寄(よ)つた。
176玉能姫(たまのひめ)『あの二人(ふたり)の御(お)方(かた)、177よう来(き)て下(くだ)さんした。178たまたま御用(ごよう)を仰(あふ)せつけられながら、179玉能姫(たまのひめ)に玉(たま)を奪(と)られて玉(たま)らぬだらう。180さアさア初稚姫(はつわかひめ)さま、181あんなヒヨツトコ野郎(やらう)に構(かま)はず行(ゆ)きませうよ。182ホヽヽヽ』
183と嘲笑(あざわら)ひと共(とも)に掻(か)き消(け)す如(ごと)く、184又(また)もや一目散(いちもくさん)に木(き)の茂(しげ)みを脱(ぬ)けて、185何処(どこ)へか姿(すがた)を隠(かく)した。186二人(ふたり)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に追(お)ひかける。187初稚姫(はつわかひめ)の計(はか)らひで処々(ところどころ)に小柴(こしば)が折(を)つて標(しるし)がしてある。
188佐田彦(さだひこ)『ヤア、189流石(さすが)は初稚姫(はつわかひめ)さまだ。190子供(こども)に似合(にあ)はぬ好(い)い智慧(ちゑ)が出(で)たものだ。191俺(おれ)達(たち)に之(これ)を合図(あひづ)に来(こ)いと云(い)つて、192小柴(こしば)を所々(ところどころ)折(を)つて標(しるし)をつけて於(おい)て下(くだ)さつた。193オイ、194之(これ)を探(たづ)ねて走(はし)らうぢやないか、195のう波留彦(はるひこ)』
196波留彦『オーさうだ』
197と二人(ふたり)は捩鉢巻(ねぢはちまき)しながら、198小柴(こしば)の折(を)れを目標(めあて)に追(お)ひかけて行(ゆ)く。
199 鷹鳥(たかとり)ケ岳(だけ)の山麓(さんろく)の松林(まつばやし)に七八(しちはち)人(にん)の男(をとこ)、200胡床(あぐら)を掻(か)き車座(くるまざ)になつて、201ひそびそ話(ばなし)に耽(ふけ)つてゐる。
202甲(かふ)『オイ、203大変(たいへん)に強(つよ)い女(をんな)もあればあるものぢやないか。204俺(おれ)達(たち)の兄分(あにぶん)のスマートボールやカナンボールを苦(く)もなく滝壺(たきつぼ)へ投(な)げ込(こ)み、205剰(あま)つさへ俺(おれ)達(たち)を谷底(たにそこ)へ投(ほ)り込(こ)みやがつて、206此(この)通(とほ)り痛(いた)い目(め)に遇(あ)はせ、207終局(しまひ)の果(はて)には蜈蚣姫(むかでひめ)の教主(けうしゆ)様(さま)まで、208あんな目(め)に遇(あ)はせよつた。209彼奴(あいつ)は何(なん)でも偉(えら)い神(かみ)様(さま)の再来(さいらい)かも知(し)れないよ』
210乙(おつ)『なアに、211彼奴(あいつ)は玉能姫(たまのひめ)と云(い)つて鷹鳥山(たかとりやま)の鷹鳥姫(たかとりひめ)の婢(はした)奴(め)となり、212清泉(きよいづみ)の水汲(みづくみ)をやつて居(を)つた奴(やつ)だ。213あの時(とき)は此方(こちら)は女(をんな)や子供(こども)と思(おも)つて油断(ゆだん)をして居(ゐ)たから、214あんな不覚(ふかく)を取(と)つたのだ。215何(いづ)れ此辺(ここら)へ迂路(うろ)ついて来(く)るかも知(し)れない。216なんでも彼奴(あいつ)を捉(つか)まへて三五教(あななひけう)の宝(たから)の在処(ありか)を白状(はくじやう)させ、217バラモン教(けう)へ占領(せんりやう)せねば、218到底(たうてい)此(この)自転倒(おのころ)島(じま)に於(おい)ては俺(おれ)達(たち)の教派(けうは)は拡(ひろ)まらない、219なんとかして、220まア一度(いちど)彼奴(あいつ)の行方(ゆくへ)を探(たづ)ね、221目的(もくてき)を達(たつ)したいものだ』
222丙(へい)『そんな危(あぶ)ないことは止(よ)しにせエ。223生命(いのち)あつての物種(ものだね)だ。224蜈蚣姫(むかでひめ)さまでさへも彼奴(あいつ)の乾児(こぶん)がやつて来(き)て、225谷底(たにそこ)へ放(ほ)り投(な)げたやうな強力(がうりき)が随(つ)いてゐるから、226うつかり手出(てだ)しは出来(でき)ないよ』
227甲(かふ)『ちよろ臭(くさ)いことを云(い)ふな。228計略(けいりやく)を以(もつ)て旨(うま)く引張(ひつぱ)り込(こ)めば何(なん)でもない。229俺(おれ)が一(ひと)つ智慧(ちゑ)を貸(か)してやらう』
230丙(へい)『どうすると云(い)ふのだい』
231甲(かふ)『貴様(きさま)等(ら)二三(にさん)人(にん)が俺(おれ)と一緒(いつしよ)に女(をんな)に化(ば)けて鷹鳥山(たかとりやま)に乗(の)り込(こ)み、232三五教(あななひけう)の求道者(きうだうしや)となつて誤魔化(ごまくわ)すのだ』
233乙(おつ)『貴様(きさま)の面(つら)では女(をんな)に変装(へんさう)したつて到底(たうてい)駄目(だめ)だよ。234貴様(きさま)が変装(へんさう)したら、235それこそ鬼婆(おにばば)に見(み)えて仕舞(しま)ふぞ』
236甲(かふ)『鬼婆(おにばば)でも、237鬼爺(おにぢぢ)に見(み)えなければ宜(い)いぢやないか。238それで完全(くわんぜん)な女(をんな)になつたのだ。239善悪(ぜんあく)美醜(びしう)は問(と)ふところに非(あら)ず。240俺(おれ)は皺苦茶(しわくちや)婆(ばあ)さまになつて入(い)り込(こ)むから、241貴様(きさま)は皺苦茶(しわくちや)爺(ぢぢ)になつて、242杖(つゑ)でもついて腰(こし)を屈(かが)め、243俺(おれ)の後(あと)に踵(つ)いて来(こ)い』
244乙(おつ)『いつその事(こと)、245堂々(だうだう)と男(をとこ)の求道者(きうだうしや)になつて行(い)つたらどうだ』
246丙(へい)『そんな悪相(あくさう)な面(つら)をして行(ゆ)かうものなら、247忽(たちま)ち看破(かんぱ)されて了(しま)ふぜ』
248 斯(か)く雑談(ざつだん)に耽(ふけ)る折(をり)しも、249向(むか)ふの方(はう)より一人(ひとり)の女(をんな)、250何(なに)か肩(かた)に引(ひ)つかけ、251髪(かみ)を振(ふ)り乱(みだ)し、252衣服(きもの)を裏向(うらむ)けに着(き)ながら、253女(をんな)に似合(にあ)はず大股(おほまた)にトントンと此方(こなた)に向(むか)つて来(く)る。
254 七(しち)歳(さい)ばかりの少女(せうぢよ)は、
255少女(初稚姫)『お母(かあ)さま お母(かあ)さま』
256と連呼(れんこ)しながら後(あと)追(お)ひかけ来(きた)る。257又(また)もや続(つづ)いて二人(ふたり)の荒男(あらをとこ)、
258二人の男(佐田彦、波留彦)『オーイオーイ。259待(ま)つた待(ま)つた』
260と一生(いつしやう)懸命(けんめい)に息(いき)を喘(はづ)ませ進(すす)み来(きた)る。
261甲(かふ)『アリヤ何(なん)だ、262あた嫌(いや)らしい。263髪(かみ)を振(ふ)り乱(みだ)し着物(きもの)を裏向(うらむ)けに着(き)やがつて、264褌(ふんどし)に何(なん)だか石(いし)のやうなものを包(つつ)んで走(はし)つて来(く)るぢやないか。265彼奴(あいつ)はてつきり気違(きちが)ひだよ。266気違(きちが)ひに噛(か)ぶりつかれでもしたら、267まるで犬(いぬ)に喰(く)はれたやうなものだ。268オイ、269皆(みな)の奴(やつ)、270すつこめ すつこめ』
271一同『よし来(き)た』
272と林(はやし)の草(くさ)の中(なか)に小(ちひ)さくなつて横(よこ)たはる。273その前(まへ)を踏(ふ)まむ許(ばか)りに玉能姫(たまのひめ)、274初稚姫(はつわかひめ)は、
275玉能姫、初稚姫『キヤア キヤア』
276と金切声(かなきりごゑ)を張(は)り上(あ)げながら通(とほ)つて行(ゆ)く。277二人(ふたり)の男(をとこ)汗(あせ)を垂(た)らし、
278二人の男(佐田彦、波留彦)『オーイ、279気違(きちが)ひ待(ま)つた』
280と又(また)もや一生(いつしやう)懸命(けんめい)西方(せいはう)指(さ)して進(すす)み行(ゆ)く。281一同(いちどう)はやうやう頭(あたま)を上(あ)げ、
282甲(かふ)『ヤー何処(どこ)の奴(やつ)か知(し)らぬが、283女房(にようばう)が気(き)が狂(くる)つたと見(み)えて、284偉(えら)い勢(いきほひ)で追(お)ひかけて行(ゆ)きよつた。285可愛相(かはいさう)に、286あんな娘(むすめ)がある仲(なか)で、287女房(にようばう)に発狂(はつきやう)されては怺(たま)つたものぢやない。288併(しか)しなかなか別嬪(べつぴん)らしかつたぢやないか』
289乙(おつ)『さうだなア、290可愛相(かはいさう)なものだ。291先(さき)へ行(い)つたのはあれの爺(おやじ)だらう。292後(あと)から行(ゆ)く奴(やつ)はヒヨツとしたら下男(げなん)かなんかだらうよ。293何(なに)は兎(と)もあれ、294どえらい勢(いきほひ)だつた。295まるきり夜叉(やしや)明王(みやうわう)が荒(あ)れ狂(くる)うたやうな勢(いきほひ)だ。296マアマア俺(おれ)達(たち)は無事(ぶじ)に御(ご)通過(つうくわ)を願(ねが)うて幸(さいは)ひだつた』
297と話(はな)してゐる。298暫(しば)らくすると蜈蚣姫(むかでひめ)は、299スマートボール、300カナンボール其(その)他(た)拾数(じふすう)人(にん)の部下(ぶか)を引連(ひきつ)れ、301一生(いつしやう)懸命(けんめい)に此(この)場(ば)に駆(か)け来(きた)り、302五六(ごろく)人(にん)の姿(すがた)を見(み)て、
303蜈蚣姫『オイ、304お前(まへ)は信州(しんしう)、305播州(ばんしう)、306芸州(げいしう)の連中(れんちう)ぢやないか。307なにして居(ゐ)る。308今(いま)此処(ここ)へ玉能姫(たまのひめ)が通(とほ)つた筈(はず)だがお前(まへ)は知(し)らぬか』
309信州(しんしう)『最前(さいぜん)から此処(ここ)で一服(いつぷく)して居(ゐ)ましたが、310玉能姫(たまのひめ)のやうな奴(やつ)は根(ね)つから通(とほ)りませぬで。311髪(かみ)振(ふ)り乱(みだ)した気違(きちがひ)がキヤアキヤア云(い)つて通(とほ)つたばかり、312後(あと)から爺(おやじ)が可愛相(かはいさう)に汗(あせ)をブルブルに掻(か)いて追(お)つかけて行(ゆ)きました』
313蜈蚣姫『どうしても此処(ここ)を通(とほ)らにやならぬ筈(はず)だが、314ハテ不思議(ふしぎ)だなア。315それなら大方(おほかた)杢助館(もくすけやかた)へでも廻(まは)つたのだらう。316一体(いつたい)何処(どこ)へ行(ゆ)きよるのか。317皆(みな)の奴(やつ)、318斯(か)うしては居(を)られない。319再度山(ふたたびやま)の山麓(さんろく)、320生田(いくた)の森(もり)に引返(ひきかへ)せ』
321と慌(あわただ)しく呼(よ)ばはつた。322スマートボールを先頭(せんとう)に全隊(ぜんたい)引率(ひきつ)れて、323東(ひがし)を指(さ)して一生(いつしやう)懸命(けんめい)バラバラと走(はし)り行(ゆ)く。
324 梢(こずゑ)を渡(わた)る松風(まつかぜ)の音(おと)、325刻々(こくこく)に烈(はげ)しくなり、326瀬戸(せと)の海(うみ)の浪(なみ)は山嶽(さんがく)の如(ごと)く吼(たけ)り狂(くる)うてゐる。327玉能姫(たまのひめ)、328初稚姫(はつわかひめ)は漸々(やうやう)にして高砂(たかさご)の森(もり)に着(つ)いた。329四辺(あたり)に人(ひと)なきを幸(さいは)ひ、330乱(みだ)れ髪(がみ)を掻(か)き上(あ)げ、331顔(かほ)を立派(りつぱ)に繕(つくろ)ひ、332着物(きもの)を脱(ぬ)ぎ替(か)へ、333元(もと)の玉能姫(たまのひめ)となつて了(しま)つた。334息(いき)急(せ)き切(き)つて走(はし)り来(きた)つた佐田彦(さだひこ)、335波留彦(はるひこ)は此(こ)の姿(すがた)を見(み)て、
336佐田彦(さだひこ)『ヤー、337玉能姫(たまのひめ)さま、338気(き)がつきましたか。339大変(たいへん)心配(しんぱい)でしたよ』
340玉能姫(たまのひめ)『オホヽヽヽ、341お約束(やくそく)通(どほ)り上手(じやうず)に気違(きちがひ)に化(ば)けたでせう。342須磨(すま)の浜辺(はまべ)の難関(なんくわん)を、343あゝせなくては通過(つうくわ)が出来(でき)ませぬからなア』
344佐田彦(さだひこ)『イヤもう恐(おそ)れ入(い)りました。345流石(さすが)言依別(ことよりわけの)命(みこと)様(さま)が御(お)見出(みいだ)し遊(あそ)ばしただけあつて、346佐田彦(さだひこ)如(ごと)き凡夫(ぼんぶ)の到底(たうてい)及(およ)ばぬ智慧(ちゑ)を持(も)つてゐなさるなア』
347波留彦(はるひこ)『本当(ほんたう)に七(しち)尺(しやく)の男子(だんし)波留彦(はるひこ)も睾丸(きんたま)を放(ほ)かしたくなつて来(き)ました。348アハヽヽヽ』
349佐田彦(さだひこ)『それにしても初稚姫(はつわかひめ)さま、350小(ちひ)さいのによく踵(つ)いてお出(い)でなさいましたなア。351何時(いつ)もお父(とう)さまに甘(あま)へて負(お)はれ通(どほ)しだのに、352今日(けふ)は又(また)どうしてそんな勢(いきほひ)が出(で)たのでせう』
353初稚姫『神(かみ)様(さま)が私(わたくし)を引(ひ)つ抱(かか)へて来(き)て下(くだ)さいました。354あの大(おほ)きな神(かみ)様(さま)が御(お)目(め)に止(と)まりませ何(なん)だか』
355佐田彦『さう聞(き)くと何(なん)だか大(おほ)きな影(かげ)の様(やう)なものが、356始終(しじう)踵(つ)いて居(ゐ)たやうに思(おも)ひました』
357初稚姫『かげが見(み)えましたか。358それが神(かみ)様(さま)の御(お)かげですよ。359オホヽヽヽ』
360佐田彦『子供(こども)の癖(くせ)によく洒落(しやれ)ますなア。361シヤレ シヤレ恐(おそ)れ入(い)りましたもので御座(ござ)るワイ』
362玉能姫『サア、363これから高砂(たかさご)の浜辺(はまべ)へボツボツ参(まゐ)りませう。364幸(さいは)ひに日(ひ)も暮(く)れました』
365と玉能姫(たまのひめ)は先(さき)に立(た)つ。366三(さん)人(にん)は欣々(いそいそ)と後(あと)に随(したが)ひ、367浜(はま)に立(た)ち向(むか)ふ。
368 五月(ごぐわつ)五日(いつか)の月(つき)は西天(せいてん)に輝(かがや)き、369薄雲(はくうん)の布(きぬ)を或(あるひ)は被(かぶ)り或(あるひ)は脱(ぬ)ぎ、370月光(げつくわう)明滅(めいめつ)、371四(よ)人(にん)が秘密(ひみつ)の神業(しんげふ)を見(み)え隠(かく)れに、372窺(うかが)ふものの如(ごと)くであつた。373鳴門嵐(なるとあらし)の暴風(ばうふう)は遠慮(ゑんりよ)会釈(ゑしやく)もなく海面(かいめん)を撫(な)で、374山嶽(さんがく)の如(ごと)き荒浪(あらなみ)は立(た)ち狂(くる)ひ、375高砂(たかさご)の浜辺(はまべ)に押寄(おしよ)せ、376駻馬(かんば)の鬣(たてがみ)を振(ふ)つて噛(か)みついて居(ゐ)る。
377 佐田彦(さだひこ)は、378猿田彦(さるたひこ)気取(きど)りで先(さき)に進(すす)み、379船頭(せんどう)の家(いへ)を叩(たた)き、
380佐田彦『モシモシ、381船頭(せんどう)さま、382これから家島(えじま)へ往(ゆ)くのだから、383船(ふね)を出(だ)して下(くだ)さいな。384賃銀(ちんぎん)は幾何(いくら)でも出(だ)しますから』
385 船頭(せんどう)は家(いへ)の中(なか)より、
386船頭『何処(どこ)の方(かた)か知(し)らぬが、387何(なに)を呆(ほう)けてゐるのだ。388レコード破(やぶ)りの荒浪(あらなみ)に、389如何(どう)して船(ふね)が出(だ)せるものかい。390こんな日(ひ)に沖(おき)に出(で)ようものなら、391生命(いのち)がいくつあつても堪(たま)るものでない。392マア、393二三(にさん)日(にち)風(かぜ)の凪(な)ぐ迄(まで)待(ま)つたらよからう』
394 佐田彦(さだひこ)は小声(こごゑ)で、
395佐田彦『ハテ、396困(こま)つたなア。397吾々(われわれ)はどうしても家島(えじま)へ渡(わた)らねばならないのだ。398せめて中途(ちうと)の神島(かみじま)までなつと送(おく)つて呉(く)れないか』
399船頭『なんと言(い)つても此(こ)の時化(しけ)には船(ふね)は出(だ)せないよ。400桑名(くはな)の徳蔵(とくぞう)ならばイザ知(し)らず、401俺(おれ)達(たち)のやうな普通(ふつう)の船頭(せんどう)では、402到底(たうてい)駄目(だめ)だよ。403こんな日(ひ)に船(ふね)を出(だ)す位(くらゐ)なら、404家(いへ)もなんにも要(い)つたものぢやない。405そんな分(わか)らぬことを言(い)はずと、406二三(にさん)日(にち)待(ま)つたがよからうに』
407佐田彦『どうしても出(だ)して呉(く)れませぬか、408仕方(しかた)がない。409それなら船(ふね)を貸(か)して下(くだ)さいな』
410船頭『滅相(めつさう)もないこと仰有(おつしや)るな。411船(ふね)でも貸(か)さうものなら商売(しやうばい)道具(だうぐ)を忽(たちま)ち滅茶(めちや)々々(めちや)にされて了(しま)うて、412女房(にようばう)や子(こ)の鼻(はな)の下(した)が乾上(ひあ)がつて了(しま)ふ。413一(ひと)つの船(ふね)を慥(こしら)へるにも百(ひやく)両(りやう)の金子(かね)が要(い)るのだ。414自家(うち)の身代(しんだい)は此(こ)の船(ふね)一(ひと)つだ。415マア、416そんなことは絶対(ぜつたい)に御(お)断(ことわ)り申(まを)さうかい』
417佐田彦『未(ま)だ外(ほか)に船頭衆(せんどうしう)はあらうな』
418船頭『此(こ)の浜辺(はまべ)には二三十(にさんじふ)人(にん)の船頭(せんどう)が居(を)る。419併(しか)し乍(なが)ら開闢(かいびやく)以来(いらい)、420この荒浪(あらなみ)に船(ふね)を出(だ)すやうな莫迦者(ばかもの)は一(いち)人(にん)も居(を)りませぬワイ。421今日(けふ)は五月(ごぐわつ)五日(いつか)、422菖蒲(しやうぶ)の節句(せつく)、423神(かみ)様(さま)が神島(かみじま)から高砂(たかさご)へ御(お)出(い)で遊(あそ)ばす日(ひ)だから、424尚々(なほなほ)船(ふね)は出(だ)せないのだ。425仮令(たとへ)浪(なみ)はなくとも今日(けふ)一(いち)日(にち)は、426此(こ)の海(うみ)の渡海(とかい)は出来(でき)ないのだ。427暮(くれ)六(む)つから神(かみ)様(さま)が高砂(たかさご)の森(もり)へお越(こ)しになるのだ。428モー今頃(いまごろ)は神島(かみじま)を御(ご)出立(しゆつたつ)遊(あそ)ばして御座(ござ)る時分(じぶん)だよ。429何(なん)としてそんな処(とこ)へ行(ゆ)くのだい』
430佐田彦『俺(おれ)は家島(えじま)へ行(ゆ)くのだ。431浪(なみ)の都合(つがふ)で一寸(ちよつと)御(お)水(みづ)を頂(いただ)きに神島(かみじま)へ寄(よ)りたいと思(おも)ふのだよ』
432 船頭(せんどう)は不思議(ふしぎ)な奴(やつ)が出(で)て来(き)たものだと呟(つぶや)きながら表(おもて)に立出(たちい)で、
433船頭『ヤー、434見(み)れば若(わか)い御(お)女中(ぢよちう)に娘(むすめ)さま。435お前(まへ)さま等(ら)も御(ご)一行(いつかう)かな』
436玉能姫(たまのひめ)『ハイ、437左様(さやう)で御座(ござ)います。438どうぞ船(ふね)を御(お)出(だ)し下(くだ)さいませ』
439 船頭(せんどう)頻(しきり)に首(くび)を振(ふ)り、
440船頭『アーいかぬいかぬ、441途方(とはう)もないこと云(い)ひなさるな。442男(をとこ)でさへも行(ゆ)かれぬ処(ところ)へ、443妙齢(としごろ)の女(をんな)が渡(わた)ると云(い)ふことは到底(たうてい)出来(でき)ない。444平常(つね)の日(ひ)でも女(をんな)は絶対(ぜつたい)に乗(の)せることは出来(でき)ませぬワイ』
445初稚姫(はつわかひめ)『小父(をぢ)さま、446そんなら其(そ)の船(ふね)を売(う)つて御(お)呉(く)れぬか』
447船頭『売(う)つて呉(く)れと云(い)つたつて、448中々(なかなか)安(やす)うはないぞ。449百(ひやく)両(りやう)もかかるのだから』
450初稚姫『それなら小父(をぢ)さま、451二百(にひやく)両(りやう)上(あ)げるから、452お前(まへ)の船(ふね)を売(う)つてお呉(く)れ』
453船頭『百(ひやく)両(りやう)の船(ふね)を二百(にひやく)両(りやう)に買(か)つて貰(もら)へば、454船(ふね)が二隻(にせき)新調(しんてう)出来(でき)るやうなものだ。455それは誠(まこと)に有難(ありがた)いが、456併(しか)し乍(なが)らみすみすお前(まへ)さま達(たち)を海(うみ)の藻屑(もくづ)となし、457鱶(ふか)の餌食(ゑじき)にして了(しま)ふのは何程(なにほど)欲(よく)な船頭(せんどう)でも忍(しの)びない。458そんなことは言(い)はずに諦(あきら)めて帰(かへ)つて下(くだ)さい。459男(をとこ)の方(かた)なら二三(にさん)日(にち)したら船(ふね)を出(だ)して上(あ)げよう』
460初稚姫『女(をんな)は何(ど)うしていけないのですか』
461船頭『アヽ、462いけないいけない。463理屈(りくつ)は知(し)らぬが、464昔(むかし)から行(い)つたことがない島(しま)だから』
465佐田彦(さだひこ)『船頭(せんどう)さま、466そんなら時化(しけ)が止(や)んでから明日(あす)でも俺(おれ)達(たち)が勝手(かつて)に漕(こ)いで行(ゆ)くから、467二百(にひやく)両(りやう)で売(う)つて下(くだ)さい』
468船頭『百(ひやく)両(りやう)のものを二百(にひやく)両(りやう)に売(う)ると云(い)ふことは、469大変(たいへん)に欲張(よくば)つたやうで気(き)が済(す)まぬが、470併(しか)し船(ふね)を売(う)つて了(しま)へば、471次(つぎ)の船(ふね)が出来(でき)るまで徒食(としよく)をせねばならぬから、472貯蓄(たくはへ)の無(な)い俺(おれ)達(たち)、473そんなら二百(にひやく)両(りやう)で売(う)りませう』
474佐田彦『有難(ありがた)い、475そんなら手(て)を打(う)ちます。476一(いち)、477二(に)、478三(さん)』
479と船頭(せんどう)と佐田彦(さだひこ)は顔(かほ)を見合(みあは)せ、480手(て)を拍(う)つて了(しま)つた。
481 初稚姫(はつわかひめ)は懐(ふところ)より山吹色(やまぶきいろ)の小判(こばん)を取出(とりだ)し、
482初稚姫『サア、483小父(をぢ)さま、484改(あらた)めて受取(うけと)つて下(くだ)さい』
485と突(つ)き出(だ)す。486船頭(せんどう)は検(あらた)めて見(み)て、
487船頭『ヤー、488有難(ありがた)う、489左様(さやう)なら。490モウ一旦(いつたん)手(て)を拍(う)つたのだから、491変換(へんが)へは利(き)きませぬよ』
492と言(い)ひ捨(す)て、493恐(こは)さうに家(いへ)に飛(と)び込(こ)み、494中(なか)よりピシヤンと戸(と)を閉(し)め、495丁寧(ていねい)に突張(つつぱ)りをこうてゐる。496波(なみ)は益々(ますます)猛(たけ)り狂(くる)ふ。
497佐田彦『アヽ此(こ)の船(ふね)だ。498サア皆(みな)さま、499乗(の)りませう。500ちつと荒(あ)れた方(はう)が面白(おもしろ)からう』
501と佐田彦(さだひこ)は先(さき)に飛(と)び込(こ)んだ。502三(さん)人(にん)も喜(よろこ)んで船中(せんちう)の人(ひと)となつて了(しま)つた。
503佐田彦(さだひこ)『サア、504波留彦(はるひこ)、505櫂(かい)を使(つか)つて下(くだ)さい。506俺(おれ)は船頭(せんどう)だ。507艪(ろ)を漕(こ)いで行(ゆ)く。508随分(ずゐぶん)高(たか)い浪(なみ)だよ』
509とそろそろ捩鉢巻(ねぢはちまき)になつて、510艪(ろ)を操(あやつ)り始(はじ)めた。
511 月(つき)は雲(くも)押(お)し開(ひら)きて利鎌(とがま)のやうな光(ひかり)を投(な)げ、512四(よ)人(にん)の乗(の)つた神島丸(かみじままる)を照(てら)して居(ゐ)る。513不思議(ふしぎ)や暴風(ばうふう)は忽(たちま)ち止(と)まり、514浪(なみ)は見(み)る見(み)る畳(たたみ)の如(ごと)く凪(な)ぎ渡(わた)つた。515二人(ふたり)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に櫂(かい)を操(あやつ)りながら、516沖(おき)に浮(うか)べる神島(かみじま)目標(めあて)に漕(こ)ぎ出(だ)した。517漸(やうや)くにしてミロク岩(いは)の磯端(いそばた)に横付(よこづ)けになつた。
518玉能姫(たまのひめ)『皆(みな)さま、519御(ご)苦労(くらう)でした。520貴方(あなた)等(がた)二人(ふたり)は此処(ここ)に待(ま)つて居(ゐ)て下(くだ)さい』
521佐田彦(さだひこ)『イエ私(わたくし)も御(お)供(とも)を致(いた)しませう。522これ丈(だけ)篠竹(しのたけ)の茂(しげ)つた山(やま)、523大蛇(をろち)が沢山(たくさん)に居(ゐ)ると云(い)ふことですから、524保護(ほご)のために吾々(われわれ)両人(りやうにん)が御(お)供(とも)致(いた)しませう。525言依別(ことよりわけ)の教主(けうしゆ)様(さま)より「両人(りやうにん)の保護(ほご)を頼(たの)む」と云(い)はれたのだから、526もし御(ご)両人(りやうにん)様(さま)が大蛇(をろち)にでも呑(の)まれて了(しま)ふやうなことが出来(しゆつたい)したら、527それこそ申訳(まをしわけ)がありませぬ。528是非(ぜひ)御(お)供(とも)を致(いた)します』
529初稚姫(はつわかひめ)『その大蛇(をろち)に用(よう)があるのだから、530来(き)て下(くだ)さるな。531大蛇(をろち)は男(をとこ)が行(ゆ)くと大変(たいへん)に腹(はら)立(た)てて怒(おこ)るさうですから』
532波留彦(はるひこ)『大蛇(をろち)でも矢張(やつぱ)り女(をんな)が好(い)いのかなア。533斯(こ)うなると男(をとこ)に生(うま)れたのも詮(つま)らぬものだ』
534玉能姫(たまのひめ)『さア、535初稚姫(はつわかひめ)さま、536参(まゐ)りませう。537御(ご)両人(りやうにん)の御(お)方(かた)、538決(けつ)して、539後(あと)から来(き)てはなりませぬよ。540用(よう)が済(す)んだら呼(よ)びますから、541それまで此処(ここ)に待(ま)つてゐて下(くだ)さい』
542 二人(ふたり)は頭(あたま)を掻(か)き乍(なが)ら、
543佐田彦(さだひこ)『エー仕方(しかた)がない。544役目(やくめ)が違(ちが)ふのだから、545そんなら神妙(しんめう)に待(ま)つて居(ゐ)ます。546御用(ごよう)が済(す)んだら呼(よ)んで下(くだ)さい』
547玉能姫(たまのひめ)『ハイ、548承知(しようち)しました。549何(ど)うぞ機嫌(きげん)よう待(ま)つて居(ゐ)て下(くだ)さいませ』
550と初稚姫(はつわかひめ)の手(て)を把(と)り、551篠竹(しのたけ)を押分(おしわ)け山上(さんじやう)目蒐(めが)けて登(のぼ)り行(ゆ)く。
552 辛(から)うじて二人(ふたり)は山(やま)の頂(いただき)に到着(たうちやく)した。553五六(ごろく)歳(さい)の童子(どうじ)五(ご)人(にん)と童女(どうぢよ)三(さん)人(にん)、554黄金(こがね)の鍬(くは)を持(も)つて何処(いづこ)よりともなく現(あら)はれ来(きた)り、555さしもに堅(かた)き岩石(がんせき)を瞬(またた)く間(ま)に掘(ほ)つて了(しま)つた。
556初稚姫(はつわかひめ)『アー、557貴女(あなた)は厳(いづ)の身魂(みたま)、558瑞(みづ)の身魂(みたま)の大神(おほかみ)様(さま)、559只今(ただいま)言依別(ことよりわけの)命(みこと)様(さま)の御(ご)命令(めいれい)に依(よ)つて、560無事(ぶじ)に此処(ここ)まで玉(たま)の御(お)供(とも)をして参(まゐ)りました。561さア、562何(ど)うぞ納(をさ)めて下(くだ)さい』
563 五(ご)人(にん)の童子(どうじ)はにこにこ笑(わら)ひながら、564ものをも言(い)はず一度(いちど)に小(ちひ)さき手(て)を差出(さしだ)す。565初稚姫(はつわかひめ)は金剛(こんがう)不壊(ふゑ)の如意(によい)宝珠(ほつしゆ)の玉函(たまばこ)を取(と)り、566恭(うやうや)しく頭上(づじやう)に捧(ささ)げながら五(ご)人(にん)の手(て)の上(うへ)に載(の)せた。567十本(じつぽん)の掌(てのひら)の上(うへ)に一個(いつこ)の玉函(たまばこ)、568忽(たちま)ち五瓣(ごべん)の梅花(ばいくわ)が開(ひら)いた。569童子(どうじ)は玉函(たまばこ)と共(とも)に、570今(いま)掘(ほ)つたばかりの岩(いは)の穴(あな)に消(き)えて了(しま)つた。
571 三(さん)人(にん)の童女(どうぢよ)は又(また)もや手(て)を拡(ひろ)げて、572玉能姫(たまのひめ)の前(まへ)に進(すす)み来(きた)る。573玉能姫(たまのひめ)は紫(むらさき)の宝珠(ほつしゆ)の函(はこ)を取(と)り上(あ)げ、574恭(うやうや)しく頭上(づじやう)に捧(ささ)げ、575次(つい)で三(さん)人(にん)の童女(どうぢよ)の手(て)に渡(わた)した。576童女(どうぢよ)はものをも言(い)はず微笑(びせう)を浮(うか)べたまま、577玉函(たまばこ)と共(とも)に同(おな)じ岩穴(いはあな)に消(き)えて了(しま)つた。578玉能姫(たまのひめ)は怪(あや)しんで穴(あな)を覗(のぞ)き見(み)れば、579童男(どうなん)、580童女(どうぢよ)の姿(すがた)は影(かげ)もなく、581只(ただ)二(ふた)つの玉函(たまばこ)、582微妙(びめう)の音声(おんせい)を発(はつ)し、583鮮光(せんくわう)孔内(こうない)を照(て)らして居(ゐ)る。
584 二人(ふたり)は恭(うやうや)しく天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、585次(つい)で神言(かみごと)を唱(とな)へ、586天(あま)の数歌(かずうた)を歌(うた)ひ、587岩蓋(いはふた)をなし、588其(その)上(うへ)に今(いま)童女(どうぢよ)が捨(す)て置(お)きし、589黄金(こがね)の鍬(くは)を各自(てんで)に取(と)り上(あ)げ、590土(つち)を厚(あつ)く衣(き)せ、591四辺(あたり)の小松(こまつ)を其(その)上(うへ)に植(う)ゑて、592又(また)もや祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、593悠々(いういう)として山(やま)を下(くだ)り行(ゆ)く。
594 玉能姫(たまのひめ)は、
595玉能姫『お二人(ふたり)さま、596えらう御(お)待(ま)たせしました。597さア、598もう御用(ごよう)が済(す)みました。599帰(かへ)りませう』
600 佐田彦(さだひこ)、601波留彦(はるひこ)両人(りやうにん)は口(くち)を揃(そろ)へて、
602佐田彦、波留彦『それは結構(けつこう)で御座(ござ)いました。603御(お)目出度(めでた)う。604これから私(わたくし)等(ら)が一度(いちど)登(のぼ)つて来(き)ますから、605暫(しば)らく此処(ここ)に待(ま)つて居(ゐ)て下(くだ)さいませ』
606初稚姫(はつわかひめ)『モー御用(ごよう)が済(す)みましたのですから、607一歩(ひとあし)も上(あが)つてはなりませぬ。608さア帰(かへ)りませうよ』
609佐田彦(さだひこ)『折角(せつかく)此処迄(ここまで)苦労(くらう)して御(お)供(とも)をして来(き)たのだから、610埋(うづ)めた跡(あと)なりと拝(をが)まして下(くだ)さいな』
611 初稚姫(はつわかひめ)は首(くび)を左右(さいう)に振(ふ)つてゐる。612玉能姫(たまのひめ)を見(み)れば、613是(これ)亦(また)無言(むごん)の儘(まま)首(くび)を左右(さいう)に振(ふ)つてゐる。614何処(どこ)ともなく雷(らい)の如(ごと)き声(こゑ)、
615声『一刻(いつこく)も猶予(いうよ)はならぬ。616これより高砂(たかさご)へは寄(よ)らず、617淡路島(あはぢしま)を目標(めあて)に再度山(ふたたびやま)の麓(ふもと)に船(ふね)をつけよ。618サア、619早(はや)く早(はや)く』
620と呶鳴(どな)るものがある。621此(この)言葉(ことば)に佐田彦(さだひこ)、622波留彦(はるひこ)は、
623佐田彦、波留彦『ハイ、624畏(かしこ)まりました』
625と玉能姫(たまのひめ)、626初稚姫(はつわかひめ)を迎(むか)へ入(い)れ一生(いつしやう)懸命(けんめい)に艪櫂(ろかい)を操(あやつ)りつつ、627再度山(ふたたびやま)の方面(はうめん)指(さ)して帰(かへ)り行(ゆ)く。
628(大正一一・五・二八 旧五・二 外山豊二録)
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