霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第九章 清泉(きよいづみ)〔七〇一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第22巻 如意宝珠 酉の巻 篇:第3篇 黄金化神 よみ(新仮名遣い):おうごんけしん
章:第9章 清泉 よみ(新仮名遣い):きよいずみ 通し章番号:701
口述日:1922(大正11)年05月26日(旧04月30日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年7月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
高姫は相変わらず玉を取ったのは曲津神の仕業だと思い込んでいた。そして夜に出立すると、鷹鳥山に小さな庵を結んで二三の供人と共に潜んで時を待っていた。
高姫は鷹鳥山の庵で三五教を楯に教えを説いていたが、それを聞きに近隣の老若男女が集まってきて、栄えていた。
バラモン教のカナンボールとスマートボールは、鷹鳥山に現れて鷹鳥姫と名乗るこの婆が、如意宝珠の玉と紫の玉を飲み込んでいると噂に聞いた。そこで二人は、蜈蚣姫に献上するために鷹鳥姫を襲って玉を奪おうと画策した。
二人は鷹鳥姫の侍女・玉能姫が清泉に水を汲みに来るところを狙うが、逆に白狐につままれて気絶してしまう。スマートとカナンは気が付くが、お互いを化け物と勘違いして喧嘩を始め、清泉に落ちてしまう。泉は真っ黒になってしまった。
スマートとカナンの首尾を確かめに来た部下たちは、清泉に人が落ちた音を聞いて、てっきり玉能姫と思い込み、蜈蚣姫のところへ連れて行こうとして泉にやってきた。泉ではスマートとカナンが取っ組み合いの喧嘩をしている。
薄暗がりの中、バラモン教の部下の金助、銀公、鉄はスマートとカナンを水に落ちた玉能姫ら鷹鳥山の侍女だと思って助けようと、水に飛びこんだ。しかしスマートとカナンの喧嘩に巻き込まれてますます混乱してしまう。
そこへ先ほどの三人の女神が現れて、金助、銀公、鉄を恩人だと言って真っ白な肌に変えてしまった。また美しい着物を着せられて三人は喜び、女神たちと手を取って踊っている。
スマートとカナンはそれを羨ましそうに眺めている。また残りの二人のバラモン教の部下、熊と蜂も三人を呼び止めるが、金、銀、鉄の三人は、鷹鳥姫のお目にかかってくる、と言い残して、女神たちと山を登って行ってしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ:金公(金助) データ凡例: データ最終更新日:2026-10-11 21:31:48 文字数:7600 OBC :rm2209
愛善世界社版:115頁 八幡書店版:第4輯 422頁 修補版: 校定版:119頁 普及版:53頁 初版: ページ備考:
001天津(あまつ)御神(みかみ)の賜(たま)ひてし
002生言霊(いくことたま)の一(ひと)二(ふた)三(みつ)
003四尾(よつを)の峰(みね)の山麓(さんろく)に
004厳(いづ)の御霊(みたま)と現(あら)はれて
005五六七(みろく)の神世(みよ)を造(つく)らむと
006神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)が
007生(うみ)の御(おん)子(こ)と現(あ)れませる
008八人(やたり)乙女(おとめ)の其(その)中(なか)に
009秀(ひい)でて貴(たか)き英子姫(ひでこひめ)
010悦子(よしこ)の姫(ひめ)と諸共(もろとも)に
011錦(にしき)の宮(みや)の九(ここの)十(たり)
012百千万(ももちよろづ)の神策(しんさく)を
013幾億(いくおく)年(ねん)の末(すゑ)までも
014堅磐(かきは)常磐(ときは)に固(かた)めむと
015天津(あまつ)御神(みかみ)の神言(みこと)もて
016金剛(こんがう)不壊(ふゑ)の如意(によい)宝珠(ほつしゆ)
017黄金(わうごん)の玉(たま)や紫(むらさき)の
018貴(うづ)の宝(たから)を永久(とこしへ)に
019秘(ひ)め隠(かく)したる桶伏(をけぶせ)の
020山(やま)の岩戸(いはと)を何時(いつ)しかに
021開(ひら)きて茲(ここ)に黒姫(くろひめ)や
022胸(むね)の動悸(どうき)も高姫(たかひめ)が
023玉(たま)失(うしな)ひし苦(くる)しさに
024天地(てんち)の神(かみ)に言解(こととき)の
025言葉(ことば)もなくなく高姫(たかひめ)は
026千々(ちぢ)に心(こころ)を砕(くだ)きつつ
027夜(よる)に紛(まぎ)れて四尾(よつをう)の
028山(やま)の麓(ふもと)を出立(しゆつたつ)し
029六甲山(ろくかふざん)の峰続(みねつづ)き
030蜈蚣(むかで)の姫(ひめ)の一族(いちぞく)が
031立籠(たてこも)りたる魔谷(まや)ケ岳(だけ)
032玉(たま)の行方(ゆくへ)は分(わか)らねど
033執念(しふねん)深(ぶか)き曲神(まがかみ)の
034八岐(やまた)大蛇(をろち)の計画(けいくわく)と
035早合点(はやがつてん)の高姫(たかひめ)は
036鷹鳥山(たかとりやま)に小(ささ)やけき
037庵(いほり)を結(むす)び夜(よ)も昼(ひる)も
038鷹鳥(たかとり)ならぬ隼(はやぶさ)や
039鵜(う)の目(め)に隙(すき)を窺(うかが)ひつ
040水(みづ)も洩(も)らさぬ三五(あななひ)の
041教(をしへ)をここに経(たて)となし
042緯(ぬき)さしならぬ身(み)の破目(はめ)を
043押開(おしひら)かむと村肝(むらきも)の
044心(こころ)に包(つつ)み岩(いは)が根(ね)に
045二三(にさん)の信徒(まめひと)伴(ともな)ひて
046時(とき)を待(ま)つこそ忌々(ゆゆ)しけれ。
047 春(はる)の陽気(やうき)も漂(ただよ)うて、048山桜(やまざくら)の此処(ここ)彼処(かしこ)、049お多福(たふく)面(づら)ではなけれども、050花(はな)より葉(は)が前(まへ)に出(で)る、051谷路(たにみち)伝(つた)うてスタスタと登(のぼ)り来(きた)る二人(ふたり)の男(をとこ)、052山桜(やまざくら)の古木(こぼく)の根元(ねもと)に腰(こし)打(う)ち掛(か)け、053竹(たけ)の子笠(こがさ)を大地(だいち)に投(な)げ棄(す)てヒソビソ話(ばなし)に耽(ふけ)る。
054甲(かふ)『此(この)通(とほ)り四方(よも)の山々(やまやま)新装(しんさう)をこらし、055春(はる)の英気(えいき)を含(ふく)んで、056木々(きぎ)の木(こ)の芽(め)は時々(じじ)刻々(こくこく)に際限(さいげん)もなく新芽(しんめ)を吹(ふ)き出(いだ)し、057常世(とこよ)の春(はる)を寿(ことほ)ぎ、058花(はな)は笑(わら)ひ、059鳥(とり)は歌(うた)ひ、060実(じつ)に何(なん)とも云(い)へぬ気分(きぶん)になつて来(き)た。061併(しか)し乍(なが)ら吾々(われわれ)の奉(ほう)ずるバラモン教(けう)も、062一(いち)時(じ)は大江山(おほえやま)の鬼雲彦(おにくもひこ)さまが鬼(おに)ケ城(じやう)山(ざん)の鬼熊別(おにくまわけ)と南北(なんぼく)相呼応(あひこおう)して、063遠近(ゑんきん)を風靡(ふうび)さした隆盛(りうせい)に引(ひ)き替(か)へ、064今日(こんにち)のバラモン教(けう)は恰度(ちやうど)冬(ふゆ)が来(き)たやうなものだなア。065吾々(われわれ)は三国(みくに)ケ岳(だけ)の砦(とりで)を三五教(あななひけう)の為(ため)に取(と)り毀(こぼ)たれてより、066一旦(いつたん)本国(ほんごく)へ帰(かへ)り、067時(とき)を待(ま)つて捲土(けんど)重来(ぢうらい)せむものと、068蜈蚣姫(むかでひめ)様(さま)に幾度(いくたび)諫言(かんげん)を試(こころ)みたか知(し)れなかつたが、069どうしてもお聞(き)きなさらず、070又(また)もやアルプス教(けう)の鷹依姫(たかよりひめ)と共(とも)に、071大自在天(だいじざいてん)様(さま)の御(ご)威徳(ゐとく)を発揮(はつき)せむと主張(しゆちやう)し、072此(この)魔谷(まや)ケ岳(だけ)にお越(こ)しになつてから早三月(はやみつき)も経(た)つた。073併(しか)し乍(なが)ら高春山(たかはるやま)の没落(ぼつらく)以来(いらい)影響(えいきやう)を受(う)け、074折角(せつかく)集(あつ)まつて来(き)た信者(しんじや)も、075日向(ひなた)の氷(こほり)の如(ごと)く、076日(ひ)に日(ひ)に消滅(せうめつ)の運命(うんめい)を繰返(くりかへ)し、077吾々(われわれ)の知(し)つた事(こと)か何(なん)ぞの様(やう)に蜈蚣姫(むかでひめ)の御(おん)大将(たいしやう)の不機嫌(ふきげん)、078日夜(にちや)の八当(やつあた)り、079実(じつ)に困(こま)つたものぢやないか。080今日(けふ)は何(なん)とか一(ひと)つお土産(みやげ)を持(も)つて帰(かへ)らねば、081あの難(むづ)かしい顔(かほ)が元(もと)の鞘(さや)に納(をさ)まらない、082何(なん)とか良(い)い名案(めいあん)はあるまいかなア』
083乙(おつ)『名案(めいあん)と云(い)つて、084吾々(われわれ)の智嚢(ちなう)の底(そこ)を搾(しぼ)り切(き)つた上(うへ)の事(こと)だから、085モウ此(この)上(うへ)逆様(さかさま)に振(ふ)つても虱(しらみ)一匹(いつぴき)産出(さんしゆつ)……否(いや)落(お)ちて来(く)る気遣(きづか)ひがない。086要(えう)するに非常(ひじやう)手段(しゆだん)を用(もち)ゐるより方法(はうはふ)はあるまいよ。087鷹鳥山(たかとりやま)の鷹鳥姫(たかとりひめ)は相当(さうたう)な年増(としま)で、088蜈蚣姫(むかでひめ)と同(おな)じ様(やう)な年輩(ねんぱい)だが、089まだ此方(こちら)へ現(あら)はれてから幾(いく)らにもならぬのに大変(たいへん)な勢(いきほひ)だ。090何時(いつ)も四(よ)つ時(どき)からかけて鷹鳥山(たかとりやま)の岩(いは)の根(ね)に道(みち)を説(と)く鷹鳥姫(たかとりひめ)の庵(いほり)に通(かよ)ふ老若(らうにやく)男女(なんによ)は非常(ひじやう)なものだ。091何(なん)でも鷹鳥姫(たかとりひめ)は紫(むらさき)の玉(たま)、092金剛(こんがう)不壊(ふゑ)の宝珠(ほつしゆ)を腹(はら)に呑(の)み込(こ)んで居(を)ると云(い)ふ事(こと)だから、093一(ひと)つ彼奴(あいつ)を直接(ちよくせつ)行動(かうどう)で何々(なになに)して了(しま)へば、094後(あと)はバラモン教(けう)の天下(てんか)だ。095それに就(つい)て、096彼(かれ)が股肱(ここう)と頼(たの)む玉能姫(たまのひめ)と云(い)ふ頗(すこぶ)る美人(びじん)が居(ゐ)る。097先(ま)づ其(その)女(をんな)から巧妙(うま)く説(と)きつけて、098此方(こちら)のものにしさへすれば、099鷹鳥姫(たかとりひめ)に接近(せつきん)の機会(きくわい)を得(う)ると云(い)ふものだ。100大樹(たいじゆ)を伐(き)る者(もの)は先(ま)ず其(その)枝(えだ)を伐(き)る……』
101甲『将(しやう)を射(い)むとする者(もの)は先(ま)づ其(その)馬(うま)を射(い)ると云(い)ふ筆法(ひつぱふ)だな。102併(しか)しさうウマく計画(けいくわく)通(どほ)りに行(ゆ)くだらうか。103当事(あてごと)と牛(うし)のおもがひは向(むか)ふから外(はづ)れると云(い)つて、104実(じつ)に不安心(ふあんしん)なものだ』
105乙『その玉能姫(たまのひめ)は何時(いつ)も谷川(たにがは)に水(みづ)を汲(く)みにやつて来(く)るさうだ。106表口(おもてぐち)へ廻(まは)れば沢山(たくさん)の参詣者(さんけいしや)だから、107到底(たうてい)目的(もくてき)は達(たつ)し得(え)なからうが、108玉能姫(たまのひめ)は裏坂(うらさか)の椿谷(つばきだに)の清泉(きよいづみ)に何時(いつ)も下(お)り立(た)ち、109霊泉(れいせん)を汲(く)みに来(く)ると云(い)ふ事(こと)を探知(たんち)して居(ゐ)るのだ。110あの水(みづ)は何(なん)でも非常(ひじやう)な薬品(やくひん)を含(ふく)んで居(ゐ)る。111それを御(ご)神水(しんすゐ)だと云(い)つて、112鷹鳥姫(たかとりひめ)が数多(あまた)の者(もの)に与(あた)へるので、113凡(すべ)ての病気(びやうき)は奇妙(きめう)に全快(ぜんくわい)するさうだ。114之(これ)を鷹鳥姫(たかとりひめ)の奴(やつ)、115御(ご)神力(しんりき)だと称(しよう)し、116股肱(ここう)の臣(しん)たる玉能姫(たまのひめ)にソツと汲(く)ませ、117神前(しんぜん)に供(そな)へさせて置(お)くさうだ。118第一(だいいち)玉能姫(たまのひめ)を巧妙(うま)く此方(こちら)の手(て)に入(い)れて、119其(その)上(うへ)で本城(ほんじやう)へ駆(か)け向(むか)へば、120成功(せいこう)疑(うたがひ)なしだよ。121サア清泉(きよいづみ)まで僅(わづ)か二三丁(にさんちやう)だ。122早(はや)く行(ゆ)かう』
123とカナンボール、124スマートボールの両人(りやうにん)は、125崎嶇(きく)たる谷道(たにみち)を笠(かさ)を手(て)にしながら、126チクチクと登(のぼ)り行(ゆ)く。
127 カナン、128スマートの両人(りやうにん)は鷹鳥山(たかとりやま)の清泉(きよいづみ)に漸(やうや)く辿(たど)り着(つ)いた。129急坂(きふはん)を太(ふと)き竹製(たけせい)の手桶(てをけ)を両手(りやうて)に提(ひつさ)げ、130背恰好(せかつかう)、131容貌(ようばう)、132寸分(すんぶん)違(たが)はぬ三(さん)人(にん)の女(をんな)、133ニコニコしながら二人(ふたり)の前(まへ)に現(あら)はれ来(きた)り、
134甲女(かふぢよ)『あなたは、135バラモン教(けう)のカナンさまでせう』
136カナン『御(お)察(さつ)しの通(とほ)りカナンです。137此奴(こいつ)ア、138スマートと云(い)つて、139私(わたくし)の乾児(こぶん)です。140どうぞ此(この)面(つら)を能(よ)くお目(め)に止(と)められまして、141お忘(わす)れなき様(やう)に……』
142甲女『ホツホヽヽヽ、143忘(わす)れようと云(い)つたつて、144其(その)お顔(かほ)が如何(どう)して忘(わす)れられませう』
145スマート『オイ、146カナン、147一目(ひとめ)見(み)てさへ、148斯(か)う云(い)ふ美人(びじん)が忘(わす)れられぬと云(い)ふのだから、149大(たい)した者(もの)だらう』
150甲女『ホヽヽヽヽ』
151と腹(はら)を抱(かか)へて女(をんな)は蹲(しやが)む。
152スマ『コレコレお女中(ぢよちう)さま、153何(なに)をお笑(わら)ひなさる。154どつか私(わたくし)の顔(かほ)に特徴(とくちやう)がありますか……どつかお気(き)に入(い)つた所(ところ)が御座(ござ)いますかなア』
155カナン『オイ、156スマート、157貴様(きさま)は余程(よつぽど)良(い)い馬鹿(ばか)だなア。158一寸(ちよつと)水鏡(みづかがみ)に照(て)らして見(み)よ。159随分(ずゐぶん)立派(りつぱ)な顔(かほ)だぞ』
160 三(さん)人(にん)の女(をんな)は、161一度(いちど)に臍(へそ)を抱(かか)へて笑(わら)ひ倒(こ)ける。
162スマート『ハテナ』
163と不審(ふしん)そうにスマートは清泉(せいせん)[※ここだけフリガナが「せいせん」になっている。他は「きよいづみ」。]に顔(かほ)を照(て)らし眺(なが)めようとする。164見(み)られては大変(たいへん)と言(い)はぬ許(ばか)りに、165カナンは手頃(てごろ)の石(いし)を拾(ひろ)ふより早(はや)く泉(いづみ)の中(なか)へ投(な)げ込(こ)んだ。166忽(たちま)ち波立(なみた)ち、167スマートの顔(かほ)は細(ほそ)く長(なが)く横(よこ)に平(ひら)たく、168前後(ぜんご)左右(さいう)に随意(ずゐい)活動(くわつどう)、169伸縮(しんしゆく)自在(じざい)、170真黒(まつくろ)けの姿(すがた)が映(うつ)る。
171スマート『何(なん)だかチツとも見(み)えないワ。172此(この)泉(いづみ)には黒(くろ)ん坊(ばう)の霊(れい)が浮(う)いて居(ゐ)るぢやないか』
173カナン『アハヽヽヽ、174俺(おれ)も可笑(をか)しうてカナンワイ、175のうスマート』
176と又(また)笑(わら)ふ。177三(さん)人(にん)の女(をんな)は益々(ますます)笑(わら)ひ倒(こ)ける。178スマートは合点(がてん)行(ゆ)かず、179波(なみ)の静(しづ)まつたのを見定(みさだ)め、180又(また)もや覗(のぞ)きかける。181カナンは石(いし)を投(な)げ込(こ)む。182スマートは、
183スマート『馬鹿(ばか)にするない。184何故(なぜ)水鏡(みづかがみ)を見(み)ようと思(おも)ふのに、185邪魔(じやま)をするのだ』
186カナン『貴様(きさま)の顔(かほ)を貴様(きさま)が見(み)ると、187俺(おれ)も一寸(ちよつと)カナン事(こと)があるのだよ。188アハヽヽヽ、189随分(ずゐぶん)黒(くろ)う人(と)だなア』
190スマート『何(なん)だか俺(おれ)の顔(かほ)は今朝(けさ)から鬱陶敷(うつたうしく)て仕方(しかた)がない。191スマートな気(き)がせないよ。192実際(じつさい)は如何(どう)なつたのか』
193カナン『お目出度(めでた)い奴(やつ)だ。194蜈蚣姫(むかでひめ)さまが何方(どちら)へ向(む)いとるか分(わか)らぬ様(やう)にと、195墨(すみ)を塗(ぬ)つて置(お)かしやつたのだ。196貴様(きさま)の顔(かほ)一面(いちめん)墨(すみ)だらけだよ。197俺(おれ)は面黒(おもくろ)くてカナンボールだ』
198スマート『そりや大変(たいへん)だ。199スマートも一(ひと)つ此処(ここ)で手水(てうづ)を使(つか)はうかなア』
200カナン『イヤイヤそんな事(こと)しようものなら大変(たいへん)だぞ。201貴様(きさま)は注意(ちゆうい)が足(た)らぬので、202三国(みくに)ケ岳(だけ)で玉(たま)の在処(ありか)をお玉(たま)の方(かた)に知(し)らした奴(やつ)だと蜈蚣姫(むかでひめ)さまに睨(にら)まれて居(を)るのだ。203大変(たいへん)な恥辱(ちじよく)を与(あた)へよつた……蜈蚣姫(むかでひめ)の顔(かほ)に墨(すみ)を塗(ぬ)りやがつたから、204あの玉(たま)を奪(と)り返(かへ)す迄(まで)はスマートの顔(かほ)に墨(すみ)を塗(ぬ)つて置(お)くのだから……と云(い)つてな、205貴様(きさま)が酒(さけ)に喰(くら)ひ酔(よ)うて寝(ね)てる間(ま)に、206ペツタリコと左官屋(さくわんや)を遊(あそ)ばしたのだ』
207スマート『そりや余(あんま)り殺生(せつしやう)ぢやないか。208斯(か)う云(い)ふナイスにそんな面(つら)を見(み)られては堪(たま)らない。209スマートはあんな黒(くろ)い奴(やつ)だと、210三人(さんにん)女(をんな)の印象(いんしやう)に何時(いつ)までも残(のこ)つちや堪(たま)らない。211一(ひと)つ墨(すみ)を洗(あら)ひ落(おと)して、212好男子(かうだんし)振(ぶ)りを認(みと)めて置(お)いて貰(もら)はぬと詮(つま)らぬからなア』
213と無理(むり)矢理(やり)に水(みづ)を掬(すく)ひ、214顔(かほ)の垢(あか)を落(おと)す。215如何(どう)したものか、216さしもに清冽(せいれつ)なる泉(いづみ)は墨(すみ)を流(なが)した如(ごと)く真黒(まつくろ)になつて了(しま)つた。217三(さん)人(にん)の女(をんな)は、
218三人『あれ、219マア何(ど)うしませう』
220と顔(かほ)をかくす。221スマートはスツカリと墨(すみ)を落(おと)した。222生(うま)れ付(つ)きの好男子(かうだんし)である。
223スマート『オイ、224カナン、225俺(おれ)の顔(かほ)を塗(ぬ)りよつたのは、226蜈蚣姫(むかでひめ)さまぢやなからう。227貴様(きさま)は怪体(けつたい)な御(ご)面相(めんさう)だから、228俺(おれ)と一緒(いつしよ)に歩(ある)くと目立(めだ)つと思(おも)つて悪戯(いたづら)をしたのだらう』
229カナン『マア何(ど)うでも好(い)いワ。230すべて神(かみ)の道(みち)に在(あ)る者(もの)は、231犠牲(ぎせい)的(てき)精神(せいしん)が肝腎(かんじん)だから、232誰(たれ)がしたにもせよ、233俺(おれ)がした事(こと)にして置(お)けば良(い)いのだよ』
234スマート『兎(と)も角(かく)、235三(さん)人(にん)のお方(かた)、236貴女(あなた)は玉能姫(たまのひめ)さまとか云(い)ふ方(かた)ぢやありませぬか。237どうぞスマートを鷹鳥山(たかとりやま)へ連(つ)れて往(い)つて下(くだ)さいますまいかな』
238甲女(かふぢよ)『ホヽヽヽヽ、239あなたの様(やう)な瓜実顔(うりざねがほ)を連(つ)れて帰(かへ)らうものなら、240青物屋(あをものや)と間違(まちが)へられますわ。241カナンさまの南瓜顔(かぼちやがほ)、242どうぞそれ計(ばか)りは勘忍(こら)へて頂戴(ちやうだい)な』
243カナン『オイ女(をんな)、244南瓜(かぼちや)とは何(なん)だ。245瓜実顔(うりざねがほ)とは何(なん)ぢや。246馬鹿(ばか)にするない。247八百屋(やほや)ぢやあるまいし、248サアもう斯(か)うなつた以上(いじやう)は、249否(いや)でも応(おう)でも、250魔谷(まや)ケ岳(だけ)へ担(かた)げて帰(かへ)る。251覚悟(かくご)をせい』
252乙女(をとめ)『誰(たれ)が汚(けが)らはしい。253お前(まへ)の様(やう)なヒヨツトコに担(かつ)がれて行(ゆ)く者(もの)がありますかい』
254スマート『ますます貴様(きさま)は七(しち)尺(しやく)の男子(だんし)を、255馬鹿(ばか)にするのだな。256こりや、257俺(おれ)を誰様(どなた)と心得(こころえ)て居(を)る。258バラモン教(けう)の蜈蚣姫(むかでひめ)が左守(さもり)の神(かみ)と聞(きこ)えたる、259スマートさまぢやぞ。260斯(か)う見(み)えても何(なに)から何(なに)まで、261知(し)らぬ事(こと)のないチヤアチヤアだ。262玉能姫(たまのひめ)、263覚悟(かくご)をせい』
264甲女(かふぢよ)『本当(ほんたう)の玉能姫(たまのひめ)が……それ丈(だけ)能(よ)く分(わか)るお前(まへ)さまなら……何(ど)れだか当(あ)てて御覧(ごらん)……』
265スマート『一人(ひとり)は玉能姫(たまのひめ)、266二人(ふたり)はお化(ば)けだよ』
267甲女(かふぢよ)『どれがお化(ば)けで、268どれが本物(ほんもの)ですか』
269スマート『オイ、270カナン、271此奴(こいつ)三(さん)人(にん)共(とも)引括(ひつくく)つて伴(つ)れて帰(かへ)らう。272何(ど)れがどうだか余(あんま)り能(よ)う化(ば)けて居(ゐ)よつて、273見当(けんたう)が取(と)れぬぢやないか』
274カナン『さうだなア。275併(しか)し斯(か)う云(い)ふ美人(びじん)を担(かつ)いで帰(い)ぬと、276途中(とちう)で又(また)魔(ま)がさし、277中途(ちうと)でボツたくられると困(こま)るから、278幸(さいは)ひ此(この)泉(いづみ)の水(みづ)を塗(ぬ)り付(つ)け、279真黒(まつくろ)けにして帰(かへ)らうかい。280宅(うち)へ帰(かへ)つて軽石(かるいし)や曹達(そうだ)で擦(こす)れば、281現在(いま)の様(やう)な綺麗(きれい)な面(つら)になるのだからのう……オイ女(をんな)、282此処(ここ)へ来(こ)い。283一(ひと)つお黒(くろ)いを塗(ぬ)つてやらう』
284 三(さん)人(にん)の女(をんな)一度(いちど)に、
285三人『ホツホヽヽヽ』
286と笑(わら)ひこける途端(とたん)に、287シユウシユウと立(た)ち昇(のぼ)る白煙(はくえん)、288忽(たちま)ち四辺(あたり)を包(つつ)んで了(しま)つた。289二人(ふたり)は息(いき)も詰(つま)るやうな苦(くる)しさに其(その)場(ば)にパタリと倒(たふ)れた。290三(さん)人(にん)の女(をんな)は真黒(まつくろ)の水(みづ)を手桶(てをけ)に掬(すく)ひ、291二人(ふたり)の顔(かほ)から手足(てあし)一面(いちめん)に注(そそ)いだ。292両人(りやうにん)は焼木杭(やけぼつくひ)の様(やう)な色(いろ)になつて、293其(その)側(そば)に倒(たふ)れた儘(まま)気絶(きぜつ)して居(ゐ)る。294三(さん)人(にん)の女(をんな)は、
295三人『旭(あさひ)さま……月日(つきひ)さま……ヤア高倉(たかくら)さま……さア帰(かへ)りませう』
296と互(たがひ)に白狐(びやくこ)と還元(くわんげん)し、297魔谷(まや)ケ岳(だけ)の蜈蚣姫(むかでひめ)が館(やかた)を指(さ)して進(すす)み行(ゆ)く。
298 此処(ここ)へ上(あが)つて来(き)たバラモン教(けう)の部下(ぶか)四五(しご)人(にん)、
299甲(かふ)『オイ、300スマートにカナンの大将(たいしやう)は、301此(この)鷹鳥山(たかとりやま)の庵(いほり)へ進(すす)むべく、302教主(けうしゆ)の命(めい)を奉(ほう)じて登(のぼ)つた筈(はず)だが、303どうなつただらう。304最早(もはや)日(ひ)も暮(く)れかかつて居(を)る。305何(なん)とか便(たよ)りがありさうなものだなア』
306乙(おつ)『折角(せつかく)働(はたら)いて、307是(これ)から休(やす)まして貰(もら)はうと思(おも)つて居(ゐ)るのに、308大将(たいしやう)が帰(かへ)りが遅(おそ)いものだから、309こんな危険(きけん)区域(くゐき)へ派遣(はけん)されて、310堪(たま)つたものぢやない。311此(この)山(やま)は随分(ずゐぶん)恐(おそ)ろしい化物(ばけもの)の出(で)る所(とこ)ぢやから、312迂濶(うつかり)して居(ゐ)ると、313又(また)此(この)間(あひだ)の様(やう)に真黒(まつくろ)黒助(くろすけ)の怪物(ばけもの)が出(で)て、314目玉(めだま)を剔(く)り抜(ぬ)かれるか知(し)れやしないぞ。315転公(てんこう)は目玉(めだま)を抜(ぬ)かれたきり、316たうとうあの通(とほ)り不自由(ふじゆう)な盲目(めくら)となつて了(しま)つた』
317甲(かふ)『なアに、318あれは黒(くろ)ン坊(ばう)の化(ばけ)もんぢやない。319此(この)森林(しんりん)を暗(くら)がり紛(まぎ)れに歩(ある)きやがつて、320松(まつ)の枯枝(かれえだ)に目玉(めだま)を突当(つきあ)て飛(と)び出(で)たのだ。321目(め)を突(つ)くが最後(さいご)其辺(そこら)が見(み)えなくなつたものだから、322黒(くろ)ン坊(ばう)の化物(ばけもの)が目(め)を剔(と)つたなどと云(い)つてるのだ。323用心(ようじん)せないと、324どんな目(め)に遇(あ)ふかも知(し)れないぞ』
325乙(おつ)『イヤイヤ、326松(まつ)の木(き)ぢやない。327本当(ほんたう)に黒(くろ)ン坊(ばう)が出(で)たさうだ。328用心(ようじん)せよ。329そろそろ暮(く)れかかつたからなア』
330と云(い)ひながら登(のぼ)つて来(く)る。331カナンはフト気(き)が付(つ)き見(み)れば、332赤裸(まつぱだか)にしられた真黒(まつくろ)の男(をとこ)が傍(かたはら)に横(よこ)たはつて居(ゐ)る。
333カナン『オイ、334スマート、335何処(どこ)へ往(い)つた。336早(はや)く来(き)て呉(く)れ。337此(この)間(あひだ)転公(てんこう)の目(め)を抜(ぬ)きよつた黒(くろ)ン坊(ばう)の化物(ばけもの)が、338茲(ここ)に一匹(いつぴき)横(よこ)たはつて居(ゐ)よるワイ。339オーイ、340早(は)よ来(こ)ぬかい』
341 スマートは此(この)声(こゑ)にムクムクと動(うご)き出(だ)した。
342スマート『ヤア、343お前(まへ)の声(こゑ)はカナンぢやないか』
344カナン『オウさうだ。345貴様(きさま)は化物(ばけもの)だらう。346又(また)目(め)をとらうと思(おも)つて出(で)よつたのだらう。347其(その)手(て)は喰(く)はぬぞ』
348スマート『貴様(きさま)こそカナンに化(ば)けた黒(くろ)ン坊(ばう)だ。349俺(おれ)が了簡(りやうけん)せぬのだ。350覚悟(かくご)せい』
351と足許(あしもと)のガラガラした石(いし)を拾(ひろ)つて投(な)げつける。352カナンも亦(また)石(いし)を拾(ひろ)つて投(な)げつける。353双方(さうはう)より石合戦(いしがつせん)の真最中(まつさいちう)、
354『アイタヽヽ』
355『アイタヽヽ』
356と云(い)ひながら大格闘(だいかくとう)を始(はじ)め、357真黒(まつくろ)けに濁(にご)つた清泉(きよいづみ)の中(なか)へ組(く)んづ組(く)まれつ、358ドブンと落込(おちこ)んだ。359薄暗(うすくら)がりに上(あが)つて来(き)た五(ご)人(にん)の男(をとこ)、
360甲(かふ)『オイ、361何(なん)だか妙(めう)な音(おと)がしたぢやないか』
362乙(おつ)『さうだなア。363一(ひと)つ調(しら)べて見(み)ようか。364何(なん)でも此(この)辺(へん)には鷹鳥姫(たかとりひめ)の庵(いほり)に仕(つか)へて居(ゐ)る、365玉能姫(たまのひめ)と云(い)ふ美人(びじん)が、366チヨコチヨコ現(あら)はれるさうだから、367ヒヨツとしたら、368水汲(みづく)みに来(き)やがつて薄暗(うすぐら)がりに過(あやま)つて、369ドンブリコとやつたのかも知(し)れないぞ。370蜈蚣姫(むかでひめ)さまが彼奴(あいつ)さへ手(て)に入(い)れば、371後(あと)はどうでもなると仰有(おつしや)つて、372カナン、373スマートの大将(たいしやう)に言(い)ひつけて御座(ござ)る位(くらゐ)だから、374俺(おれ)達(たち)が手柄(てがら)をして彼奴(あいつ)等(ら)の上役(うはやく)にならうぢやないか。375此(この)清泉(きよいづみ)へ今頃(いまごろ)に水汲(みづく)みに来(く)る奴(やつ)は、376玉能姫(たまのひめ)より外(ほか)にありやせぬぞ』
377丙(へい)『オイ、378愚図(ぐづ)々々(ぐづ)云(い)つて居(を)ると、379水(みづ)を呑(の)んで死(し)んで了(しま)つたら何(なん)にもならぬぢやないか。380サア早(はや)く助(たす)けてやらう』
381と清泉(きよいづみ)の傍(そば)に五(ご)人(にん)は探(さぐ)り探(さぐ)り立(た)ち寄(よ)つた。382余(あま)り深(ふか)くない泉(いづみ)の中(なか)、383二人(ふたり)の黒(くろ)ン坊(ばう)は組(く)んづ組(く)まれつ無言(むごん)の儘(まま)掴(つか)み合(あ)うて居(ゐ)る。384黒(くろ)さは益々(ますます)黒(くろ)く、385腸(はらわた)まで浸(し)み込(こ)んで了(しま)つた。
386甲(かふ)『コレコレ、387玉能姫(たまのひめ)さま、388お危(あぶ)ないこつて御座(ござ)いました。389サア私(わたくし)が助(たす)けてあげませう。390余(あんま)り暗(くら)くつて一寸(ちよつと)も分(わか)らぬ。391それにお前(まへ)さま黒(くろ)い着物(きもの)を着(き)て居(ゐ)るものだからサツパリ見当(けんたう)が付(つ)かぬ。392私(わたくし)の声(こゑ)のする方(はう)へお出(い)でなさい』
393 横幅(よこはば)三間(さんげん)縦(たて)五六間(ごろくけん)の泉(いづみ)の中(なか)で、394バサバサと一生(いつしやう)懸命(けんめい)に格闘(かくとう)して居(ゐ)る。395黒(くろ)い水(みづ)は両人(りやうにん)の耳(みみ)の穴(あな)に吸収(きふしう)され、396知(し)らぬ間(ま)に聾(つんぼ)になつて居(ゐ)る。397目玉(めだま)まで真黒(まつくろ)け、398一寸先(いつすんさき)も見(み)えなくなつて了(しま)つた。
399乙(おつ)『オイ、400玉能姫(たまのひめ)にしてはチツと様子(やうす)が違(ちが)ふぢやないか』
401甲(かふ)『何(なに)、402何時(いつ)も三(さん)人(にん)同(おな)じ様(やう)な別嬪(べつぴん)が此泉(ここ)へ現(あら)はれると云(い)ふ事(こと)だ。403大方(おほかた)一人(ひとり)陥(はま)つたので二人(ふたり)が助(たす)ける積(つも)りで飛(と)び込(こ)んで居(ゐ)るのだらう。404同(おな)じ人(ひと)を助(たす)けるのにも、405あゝ云(い)ふ美人(びじん)を助(たす)けるのは気分(きぶん)が良(い)い。406……「どこのお方(かた)か知(し)りませぬが、407大切(たいせつ)な生命(いのち)をお拾(ひろ)ひ下(くだ)さいまして、408此(この)御恩(ごおん)は忘(わす)れませぬ」……とかなんとか言(い)つて、409俺(おれ)達(たち)に秋波(しうは)を送(おく)るのは請合(うけあひ)だ。410三(さん)人(にん)の女(をんな)を三(さん)人(にん)寄(よ)つて助(たす)ける事(こと)にしよう。411皆(みんな)同(おな)じ別嬪(べつぴん)だから、412甲乙(かふおつ)がなくて後(あと)の争論(いさかひ)も起(おこ)らず、413大変(たいへん)都合(つがふ)が好(い)い。414……オイ、415熊(くま)、416蜂(はち)、417貴様(きさま)は其処(そこ)に番(ばん)ついて居(を)れ。418吾々(われわれ)三(さん)人(にん)が功名(こうみやう)手柄(てがら)をするのだから……』
419と囁(ささや)いて居(ゐ)る。420黒(くろ)い影(かげ)はビシヤン、421バシヤンと相変(あひかは)らず向(むか)ふの方(はう)で水煙(みづけむり)を立(た)てながら格闘(かくとう)を続(つづ)けて居(ゐ)る。422清泉(きよいづみ)の真黒(まつくろ)けになつた事(こと)は、423薄暗(うすぐら)がりで少(すこ)しも五(ご)人(にん)には気(き)が付(つ)かなかつた。424甲(かふ)は真裸(まつぱだか)となつて救(すく)い出(だ)さむと飛(と)び込(こ)んだ。425乙(おつ)丙(へい)も吾(われ)劣(おと)らじと飛(と)び込(こ)み、
426乙、丙『コレコレお女中(ぢよちう)、427玉能姫(たまのひめ)さま、428私(わたくし)が助(たす)けてあげませう』
429と進(すす)み行(ゆ)く。430此奴(こいつ)も真黒(まつくろ)けになり、431三(さん)人(にん)共(とも)盲(めくら)聾(つんぼ)の真黒(まつくろ)けの体(からだ)に変(へん)じ、432五(ご)人(にん)は互(たがひ)に同志打(どうしうち)を始(はじ)めて居(ゐ)る。433夜(よ)は追々(おひおひ)と暗(やみ)の帳(とばり)が深(ふか)く下(お)りて来(き)た。434熊公(くまこう)は、
435熊『オイ蜂(はち)、436コラ一体(いつたい)どうなるのだらうなア。437オイ、438金公(きんこう)、439銀公(ぎんこう)、440鉄(てつ)、441何(なに)してるのだ。442玉能姫(たまのひめ)は如何(どう)なつたのだ。443良(い)い加減(かげん)に上(あが)つて来(こ)ぬか。444温泉(をんせん)か何(なん)ぞへ這入(はい)つたやうに気楽(きらく)さうに泉(いづみ)の中(なか)で意茶(いちや)付(つ)いとるのだな。445……オイ早(はや)くあがらぬかい』
446と呼(よ)べど叫(さけ)べど、447盲(めくら)聾(つんぼ)の真黒(まつくろ)黒助(くろすけ)には少(すこ)しも分(わか)らず、448遂(つひ)には甲(かふ)乙(おつ)丙(へい)の区別(くべつ)を取違(とりちが)へ、449一生(いつしやう)懸命(けんめい)に格闘(かくとう)して居(ゐ)る。450此(この)時(とき)以前(いぜん)の女神(めがみ)又(また)もやパツと此(この)場(ば)に現(あら)はれた。451さうしてアークライトの様(やう)な光(ひかり)は頭上(づじやう)に輝(かがや)いて来(き)た。452五(ご)人(にん)の目(め)は、453始(はじ)めてボーツと明(あか)りが見(み)えて来出(きだ)した。
454カナン『ヤア此奴(こいつ)あ失策(しくじ)つた。455何時(いつ)の間(ま)にか美人(びじん)が又(また)やつて来(き)よつた。456オイ、457スマート、458斯(こ)んな所(ところ)で喧嘩(けんくわ)をして居(を)る時(とき)ぢやない。459何(なん)だ、460貴様(きさま)の姿(すがた)は真黒(まつくろ)けぢやないか。461矢張(やつぱ)りスマートぢやなからう。462化衆(ばけしう)ぢやなア』
463スマート『貴様(きさま)はカナンの声(こゑ)を使(つか)つて、464馬鹿(ばか)にするな。465……コリヤ女(をんな)、466俺(おれ)達(たち)をこんな所(ところ)へ落(おと)しよつて、467高所(たかみ)で見物(けんぶつ)すると云(い)ふ事(こと)があるかい』
468 金(きん)、469銀(ぎん)、470鉄(てつ)の三(さん)人(にん)も女神(めがみ)の姿(すがた)に驚(おどろ)いて俄(にはか)に這(は)ひあがつた。
471甲女(かふぢよ)『危(あやふ)い所(ところ)をお助(たす)け下(くだ)さいまして、472お蔭(かげ)で助(たす)かりました。473此(この)御恩(ごおん)は決(けつ)して忘(わす)れませぬ』
474金(きん)『ハイハイ、475滅相(めつさう)もない。476併(しか)し何時(いつ)お上(あが)りになりました。477私(わたくし)は貴女(あなた)をお助(たす)けしたいと思(おも)うて、478此(この)通(とほ)り飛(と)び込(こ)み大活動(だいくわつどう)を致(いた)して居(を)りました。479……それはまア結構(けつこう)でした。480併(しか)し御(お)礼(れい)を言(い)はれるのはチツと不思議(ふしぎ)だ。481救(すく)ひ上(あ)げた覚(おぼ)えがないのだから』
482乙女(をつぢよ)『銀(ぎん)さまとやら、483あなたは妾(わたし)を救(すく)うて下(くだ)さつた御(ご)恩人(おんじん)ですよ』
484丙女(へいぢよ)『鉄(てつ)さま、485能(よ)う助(たす)けて下(くだ)さつた』
486鉄(てつ)『へー、487有難(ありがた)う……ナニ、488滅相(めつさう)な、489何方(どちら)を言(い)つて良(い)いか訳(わけ)が分(わか)らぬやうになつて来(き)たワイ、490助(たす)けてあげたやうにも思(おも)ふし、491助(たす)けてあげない様(やう)にも思(おも)ふし、492……こりやマア、493如何(どう)なつたのだらう』
494甲女(かふぢよ)『金(きん)さま、495お前(まへ)さまは、496何(なん)とした黒(くろ)い姿(すがた)にならしやつたのだ。497妾(わたし)、498残念(ざんねん)で御座(ござ)います』
499 金公(きんこう)始(はじ)めて気(き)が付(つ)き体(からだ)を見(み)れば、500空地(あきち)なきまで墨(すみ)の化物(ばけもの)の様(やう)になつて居(ゐ)る。501銀(ぎん)、502鉄(てつ)はと見(み)れば、503これも真黒(まつくろ)黒助(くろすけ)。
504金(きん)『ヤア、505此(この)光(ひかり)に照(て)らし見(み)れば、506誰(たれ)も彼(かれ)も何故(なぜ)斯(か)う黒(くろ)くなつたのだらう』
507甲女(かふぢよ)『妾(わたし)の生命(いのち)の御(ご)恩人(おんじん)、508金(きん)さま、509銀(ぎん)さま、510鉄(てつ)さま、511どうぞ此方(こちら)へ来(き)て下(くだ)さい。512妾(わたし)が拭(ふ)き取(と)つてあげませう』
513と雪(ゆき)の様(やう)な手(て)を延(の)べ、514四辺(あたり)の草(くさ)をむしつて牛馬(ぎうば)の行水(ぎやうずゐ)でもさせる様(やう)に、515カサカサと擦(こす)り始(はじ)めた。516金(きん)、517銀(ぎん)、518鉄(てつ)の三(さん)人(にん)は、519元(もと)の黒(くろ)ン坊(ばう)が黄疸(わうだん)を病(や)んだ様(やう)な肌(はだへ)、520忽(たちま)ち純白色(じゆんぱくしよく)となつて了(しま)つた。
521乙女(をつぢよ)『ホツホヽヽヽ、522綺麗(きれい)だこと。523三(さん)人(にん)さま、524一寸(ちよつと)御覧(ごらん)なさいませ。525玉子(たまご)の様(やう)な綺麗(きれい)な肌付(はだつき)におなりなさいました』
526 三(さん)人(にん)はフト自分(じぶん)の体(からだ)を見(み)て、527純白色(じゆんぱくしよく)に変(へん)じて居(を)るのに且(かつ)驚(おどろ)き且(かつ)喜(よろこ)び、528天(てん)にも昇(のぼ)る心地(ここち)して、529思(おも)はず手(て)を拍(う)ち飛(と)び上(あが)つた。530三(さん)人(にん)の女(をんな)は美(うる)はしき衣(きぬ)を各々(めいめい)取(と)り出(いだ)し、531金(きん)、532銀(ぎん)、533鉄(てつ)の三(さん)人(にん)に着(き)せた。534何(なん)とも云(い)へぬ立派(りつぱ)な好男子(かうだんし)になつて了(しま)つた。535カナン、536スマートは真黒(まつくろ)けに染(そま)つた儘(まま)恨(うら)めしさうに眺(なが)めて居(ゐ)る。
537甲女(かふぢよ)『スマートさま、538カナンさま、539随分(ずゐぶん)お黒(くろ)うおなりやしたネー。540妾(わたし)は斯(か)うして三(さん)人(にん)の美(うつく)しき殿御(とのご)を持(も)ちました。541羨(けな)りい事(こと)は御座(ござ)いませぬか』
542と嬉(うれ)しさうに手(て)を取(と)つて、
543甲女『サア、544金(きん)さま、545銀(ぎん)さま、546鉄(てつ)さま、547斯(か)う舞(ま)ふのだよ。548妾(わたし)とダンスを致(いた)しませう』
549と三男(さんなん)三女(さんによ)は手(て)を握(と)つてキリキリと舞(ま)うて見(み)せる。550二人(ふたり)は這(は)ひあがり、551指(ゆび)を啣(くは)へて、
552カナン『アーア、553夢(ゆめ)かいな。554夢(ゆめ)なれば結構(けつこう)だが、555斯(こ)んな真黒(まつくろ)けになつて了(しま)つては、556宅(うち)へ帰(かへ)つて嬶(かか)アにだつて追払(おつぱら)はれて了(しま)ふワ』
557熊(くま)、558蜂(はち)『オイ金(きん)、559銀(ぎん)、560鉄(てつ)、561貴様(きさま)等(ら)は三(さん)人(にん)の美人(びじん)を助(たす)けて、562そんな陽気(やうき)な事(こと)をしやがつて俺(おれ)達(たち)を馬鹿(ばか)にするのか。563チツと俺(おれ)にも分配(ぶんぱい)したらどうだ』
564金(きん)『生憎(あひにく)三(さん)人(にん)の美人(びじん)だから、565パンか何(なに)かの様(やう)に割(わ)つて与(あた)へる訳(わけ)にも行(ゆ)かず、566まあ時節(じせつ)を待(ま)つのだなア。567カナンにスマートの御(おん)大将(たいしやう)でさへも、568あの通(とほ)り黒(くろ)ン坊(ばう)になつて了(しま)つたのだから、569其(その)事(こと)を思(おも)へば貴様(きさま)はまだ元(もと)の生地(きぢ)の儘(まま)保留(ほりう)されて居(を)るのだから、570せめてもの喜悦(よろこび)として、571グヅグヅ言(い)はぬが得(とく)だらう。572俺(おれ)はこれから此(この)ナイスと共(とも)に鷹鳥山(たかとりやま)に立向(たちむか)ひ、573鷹鳥姫(たかとりひめ)様(さま)にお目(め)にかかつて、574御(ご)馳走(ちそう)に預(あづ)かつて来(く)る。575まアゆつくり黒(くろ)い水(みづ)でも飲(の)んで、576俺(おれ)達(たち)の凱旋祝(がいせんいはひ)の準備(じゆんび)でもして居(ゐ)て呉(く)れ。577カナン、578スマートの御(おん)大将(たいしやう)、579アリヨース。580サアサア三(さん)人(にん)の御(お)姫(ひめ)さま、581こんな所(ところ)で黒(くろ)ン坊(ばう)を眺(なが)めてゐても殺風景(さつぷうけい)です。582どつかへ転地(てんち)療養(れうやう)と出(で)かけませうか』
583甲女(かふぢよ)『新婚(しんこん)旅行(りよかう)と洒落(しやれ)て、584これから鷹鳥山(たかとりやま)、585再度山(ふたたびやま)、586魔谷(まや)ケ岳(だけ)、587六甲山(ろくかふざん)と、588天然(てんねん)都会(とくわい)を漫遊(まんいう)致(いた)しませう』
589カナン『オイ、590金公(きんこう)、591待(ま)たぬかい』
592と呶鳴(どな)つて居(ゐ)る。593忽(たちま)ちアーク灯(とう)の様(やう)な光(ひかり)はブスツと消(き)えた。594六(む)つの白(しろ)い姿(すがた)は闇(やみ)に浮(う)いた様(やう)に山上(さんじやう)目蒐(めが)けて薄(うす)れ行(ゆ)く。
595(大正一一・五・二六 旧四・三〇 松村真澄録)
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