霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第八章 三人娘(さんにんむすめ)〔八九九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第32巻 海洋万里 未の巻 篇:第2篇 北の森林 よみ(新仮名遣い):きたのしんりん
章:第8章 三人娘 よみ(新仮名遣い):さんにんむすめ 通し章番号:899
口述日:1922(大正11)年08月22日(旧06月30日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年10月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
高姫は、自分に玉を献上しようという美女が侍女を伴ってやってくるのを見て、心待ちにしている。春彦は高姫の物欲しそうな様子に笑いをこらえながら、魔性の女に気を付けるよう高姫に忠告をする。高姫は怪しむ春彦を叱りつけた。
やってきた女は高子姫と名乗った。高姫は高子姫にお世辞を述べるが、春彦がまたしても茶々を入れる。高姫はまた叱りつけるが、春彦は大昔の常世会議を例に引いて、滑稽な調子で高姫に忠告する。
高姫は、実地に玉を見てみればわかると言い張り、女たちに付いていくことになった。途中に大きな川があり、女たちは石を軽々と伝って向こう岸に着いたが、高姫はすべって川に落ちてしまった。
春彦はあわてて川に飛び込んで高姫を救い上げた。高姫は助けに来なかった常彦とヨブを責め、春彦には手柄を立てるというお蔭をいただいたのだ、と強弁する。春彦、常彦、ヨブの三人はあきれて顔を見合わせてしまった。
高姫は、高子姫らの招きに応じて川を慎重に渡って行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-05-03 17:27:22 文字数:3948 OBC :rm3208
愛善世界社版:91頁 八幡書店版:第6輯 181頁 修補版: 校定版:96頁 普及版:36頁 初版: ページ備考:
001 高姫(たかひめ)は、002以前(いぜん)の美人(びじん)が二人(ふたり)の侍女(じじよ)を伴(ともな)ひ悠々(いういう)として此方(こなた)に向(むか)つて進(すす)み来(きた)るを、003百間(ひやくけん)許(ばか)りこちらから嬉(うれ)しげに打眺(うちなが)め、004夢(ゆめ)に牡丹餅(ぼたもち)でも食(く)つた様(やう)な嬉(うれ)しさうな顔(かほ)をつき出(いだ)してゐる。005其(その)スタイルのどことなく間(ま)の抜(ぬ)けた可笑(をか)しさに、006吹出(ふきだ)す許(ばか)り思(おも)はるるを、007ジツと怺(こら)へて春彦(はるひこ)は女(をんな)を指(さ)し、
008春彦『アレ御覧(ごらん)なさい……一人(ひとり)かと思(おも)へば三(さん)人(にん)も魔性(ましやう)の女(をんな)が耳(みみ)をピラピラさせ乍(なが)らやつて来(く)るぢやありませぬか……高姫(たかひめ)さま、009あれでも御(ご)信用(しんよう)になりますかなア』
010 高姫(たかひめ)は最早(もはや)玉(たま)と聞(き)いて、011再(ふたた)び心(こころ)を曇(くも)らしてゐる。
012高姫『コレ春(はる)さま、013失礼(しつれい)なことを云(い)ふものぢやありませぬよ。014あれ程(ほど)能(よ)う目(め)につく耳(みみ)が動(うご)いてるか動(うご)いとらぬか、015能(よ)く御覧(ごらん)なさい。016動(うご)く様(やう)に見(み)えるのはお前(まへ)の目(め)の玉(たま)が動(うご)くから、017向方(むかふ)の耳(みみ)が動(うご)くやうに見(み)えるのだよ』
018春彦『私(わたし)の目(め)が動(うご)くのならば、019誰(たれ)の耳(みみ)も体(からだ)も一緒(いつしよ)に動(うご)きさうなものぢやありませぬか。020よくお前(まへ)さま、021気(き)をつけて目(め)をあけてミヽヽ見(み)なさい。022アフンと致(いた)してあいた口(くち)がすぼまらぬ様(やう)な事(こと)があつたら、023後(あと)で何程(なにほど)後悔(こうくわい)したと云(い)つても悔(くや)んでも後(あと)の祭(まつ)り、024折角(せつかく)高(たか)い鼻(はな)がめしやげて了(しま)ひますぞや。025私(わたし)が今(いま)何程(なにほど)御(ご)意見(いけん)しても歯(は)節(ぶし)は立(た)ちますまい。026私(わたし)の云(い)ふ事(こと)は一々(いちいち)足(あし)と思(おも)うて御座(ござ)るから、027何(なん)と云(い)つても、028手(て)ごたへはせぬのも道理(だうり)ぢや。029併(しか)し乍(なが)ら人(ひと)にあの拇指(おやゆび)は小指(こゆび)の意見(いけん)も聞(き)かず、030時雨(しぐれ)の森(もり)でバカを見(み)たと、031後(うしろ)指(ゆび)をさされぬやうになされませ。032背(せ)中(なか)に腹(はら)は替(か)へられませぬぞえ。033後(あと)で臍(へそ)をかむやうな事(こと)のないやうに、034胸(むね)をさはやかにし、035腹(はら)を据(す)ゑて乳(ちち)と考(かんが)へなされ。036股(また)後(あと)で叱言(こごと)をおつしやつても、037尻(しり)まへんワ、038けつ喰(くら)へ観音(くわんのん)ですよ』
039高姫『黙(だま)つて聞(き)いて居(を)れば、040蚤(のみ)か蝨(しらみ)の様(やう)に体中(からだぢう)を這(は)ひまはし、041何(なに)屁(へ)理窟(りくつ)を垂(た)れなさるのぢや。042糞(ばば)が呆(あき)れますぞえ』
043春彦『アーア、044腹(はら)が春彦(はるひこ)だ。045小便(せうべん)ぢやないが、046シヽシリもせぬ癖(くせ)に、047エラさうに仰有(おつしや)つて今(いま)にアフンとなさる御(お)方(かた)が、048どこやらに一人(ひとり)ありさうだ。049アーア又(また)もや例(れい)の病(やまひ)がおこつたのかなア』
050高姫『喧(やかま)しい!』
051と制(せい)し止(とど)むる時(とき)しもあれ、052三(さん)人(にん)の女(をんな)は早(はや)くも此処(ここ)に近寄(ちかよ)り来(きた)り、053叮嚀(ていねい)に会釈(ゑしやく)しながら、
054女(高子姫)『高姫(たかひめ)様(さま)、055永(なが)らく御(お)待(ま)たせ致(いた)しました。056私(わたし)はあなたの御(お)名(な)に能(よ)く似(に)た高子姫(たかこひめ)と申(まを)す者(もの)、057此(この)侍女(じじよ)は一人(ひとり)はお月(つき)、058一人(ひとり)はお朝(あさ)と申(まを)します。059どうぞ御(お)見知(みし)りおかれまして末永(すえなが)く御(ご)交際(かうさい)をお願(ねがひ)致(いた)します』
060 春彦(はるひこ)小声(こごゑ)で、
061春彦『それやつて来(き)たぞ! だまされな!』
062と拍子(ひやうし)をつけて、063小声(こごゑ)で囁(ささや)いてゐる。064高姫(たかひめ)は春彦(はるひこ)をグツと睨(ね)めつけながら、065俄(にはか)に顔色(かほいろ)を和(やはら)げ、066高子姫(たかこひめ)に向(むか)つて、
067高姫『これはこれは、068始(はじ)めて御(お)名(な)を承(うけたま)はりました。069マアマア実(じつ)に御(お)優(やさ)しい御(ご)立派(りつぱ)な御(お)姿(すがた)ですこと!』
070高子姫『イエイエどうしてどうして、071さう御(お)誉(ほ)め下(くだ)さつては、072お恥(は)づかしう御座(ござ)います。073山家育(やまがそだ)ちの山時鳥(やまほととぎす)、074ホーホケキヨの片言(かたこと)まじり、075何(なに)も知(し)らない未通娘(おぼこむすめ)で御座(ござ)りますれば、076どうぞ宜(よろ)しく御(ご)指導(しだう)を御(お)願(ねがひ)致(いた)します』
077 春彦(はるひこ)はそばより、
078春彦『何(なん)と言(い)つても、079海千(うみせん)山千(やません)河千(かはせん)の経験(けいけん)を経(へ)た高姫(たかひめ)さまですから、080大丈夫(だいぢやうぶ)ですよ、081アハヽヽヽ。082其(その)三千(さんぜん)年(ねん)の劫(がふ)を経(へ)た高姫(たかひめ)さまをチヨロまかす娘(むすめ)さまは、083ドテライ偉(えら)い変(かは)つた変(へん)な見当(けんたう)の取(と)れぬ仕方(しかた)のない御(お)方(かた)で御座(ござ)いませう。084オツトドツコイ眉毛(まゆげ)に唾(つばき)をつけ、085おけつの毛(け)に気(き)をつけて、086高姫(たかひめ)さまの後(あと)から従(つ)いて参(まゐ)りませうかい』
087 高姫(たかひめ)目(め)を怒(いか)らし、088口(くち)を尖(とが)らし、089歯(は)のぬけた口(くち)から唾(つばき)を吐(は)き出(だ)しながら、
090高姫『コレ春彦(はるひこ)さま、091さうズケズケと淑女(しゆくぢよ)に向(むか)つて、092失礼(しつれい)な事(こと)を云(い)ふことがありますかい。093モウシ高子姫(たかこひめ)さま、094斯様(かやう)な動物(どうぶつ)がついて居(を)りますので、095寔(まこと)に妾(わたし)も頭(あたま)を悩(なや)めます。096どうぞお気(き)を悪(わる)くせぬやうにして下(くだ)さいませ』
097春彦(はるひこ)『ハイハイ、098誠(まこと)に以(もつ)て失礼(しつれい)千万(せんばん)、099どうぞ寒狐(かんぎつね)に見直(みなほ)し、100大狐(おほぎつね)に宣直(のりなほ)し、101大空(おほぞら)は高倉(たかくら)でも、102月日(つきひ)をかくす、103雲(くも)さへ払(はら)へば吾々(われわれ)の魂(たま)は朝日(あさひ)の豊栄昇(とよさかのぼ)る様(やう)な勢(いきほひ)になつて来(き)ます……コレ高(たか)さま、104オツトドツコイ高姫(たかひめ)さま、105だまされなさるな。106常世(とこよ)の城(しろ)で八百(はつぴやく)八十八(はちじふや)柱(はしら)の八王(やつわう)の神(かみ)や八頭(やつがしら)、107立派(りつぱ)な御(お)方(かた)が寄(よ)り合(あ)うて、108泥田圃(どろたんぼ)の大失敗(だいしつぱい)も鑑(かがみ)が出(で)て居(を)りますぞや。109コレコレ高倉(たかくら)稲荷(いなり)さま、110月日(つきひ)、111旭(あさひ)明神(みやうじん)さま、112化(ば)けた所(ところ)で此(この)春(はる)さまが承知(しようち)をしませぬぞえ。113何(なん)と恐(おそ)れ入(い)りましたかなア……隠(かく)されぬ証拠(しようこ)と云(い)ふのは、114お前(まへ)の二(ふた)つの耳(みみ)だ。115お尻(けつ)に白(しろ)い尻尾(しつぽ)が下(さが)つて居(を)りますぞえ。116こんな深(ふか)い森林(しんりん)までだましに来(く)るとは……(浄瑠璃(じやうるり)文句(もんく))そりや聞(きこ)えませぬ胴欲(どうよく)ぢや、117欲(よく)に呆(はう)けた高姫(たかひめ)さまを、118高子(たかこ)の姫(ひめ)と現(あら)はれて、119心(こころ)曳(ひ)かうとなさるのか、120金剛(こんがう)不壊(ふゑ)の如意(によい)宝珠(ほつしゆ)、121玉(たま)と云(い)うたら目(め)の玉(たま)を、122グルグルまはす癖(くせ)のある、123高姫(たかひめ)さまにありもせぬ、124如意(によい)の宝珠(ほつしゆ)をやらうとは、125馬鹿(ばか)になさるも程(ほど)がある。126此(この)春彦(はるひこ)が天眼通(てんがんつう)、127一目(ひとめ)睨(にら)んで査(しら)べたら、128メツタに間違(まちが)ひありませぬ、129高倉(たかくら)稲荷(いなり)の白狐(びやくこ)さま、130月日(つきひ)旭(あさひ)の明神(みやうじん)さま、131早(はや)く尻尾(しつぽ)を出(だ)しなされ』
132高姫(たかひめ)『コレコレ又(また)しても失礼(しつれい)なことを仰有(おつしや)るのかいなア。133高倉(たかくら)稲荷(いなり)さまや月日(つきひ)旭(あさひ)の明神(みやうじん)さまは、134此(この)高砂島(たかさごじま)へは御座(ござ)らつしやる筈(はず)はありませぬぞや。135常世(とこよ)の国(くに)の大江山(たいかうざん)に御(お)住(すま)ひ遊(あそ)ばされ、136間(はざま)の国(くに)を境(さかひ)として、137自転倒(おのころ)島(じま)へ御(お)渡(わた)り遊(あそ)ばす方(かた)ぢや程(ほど)に、138見違(みちがひ)をするも程(ほど)がある。139黙(だま)つてゐなさい!』
140春彦(はるひこ)『そんなら、141黙(だま)つて御(お)手前(てまへ)拝見(はいけん)と、142出(で)かけませうかなア……ヨブさま、143常(つね)さま、144お前(まへ)は如何(どう)考(かんが)へるか、145一寸(ちよつと)否定(ひてい)肯定(こうてい)如何(いかん)を聞(き)かして下(くだ)さいな』
146常彦(つねひこ)『否定(ひてい)も肯定(こうてい)もありませぬワイ。147ゴテゴテ言(い)ひなさるな』
148ヨブ『何(なん)と云(い)つても合点(がてん)の往(ゆ)かぬ事(こと)ですワイ』
149高子(たかこ)『何(なん)なと御(お)疑(うたが)ひ遊(あそ)ばしませ。150何(なに)よりも事実(じじつ)が証明(しようめい)致(いた)しますよ』
151高姫(たかひめ)『左様(さやう)ならば御(お)伴(とも)を致(いた)します……コレコレ春彦(はるひこ)、152常彦(つねひこ)、153ヨブさま、154おとなしうして従(つ)いて来(く)るのだよ。155何(なに)も言(い)つちやなりませぬぜ。156人民(じんみん)がゴテゴテ言(い)つたつて、157神(かみ)の仕組(しぐみ)が分(わか)るものぢやありませぬ。158黙(だま)つて居(ゐ)る方(はう)が、159どれ程(ほど)賢(かしこ)う見(み)えるか分(わか)らぬぞえ』
160とイラツクやうな声(こゑ)でたしなめながら、161三(さん)人(にん)の後(あと)に従(したが)ひ、162水(みづ)のたまつたシクシク原(ばら)を足(あし)の裏(うら)をひやし、
163高姫『アヽ気分(きぶん)がよい、164久(ひさ)しぶりでお水(みづ)にありついた。165これと云(い)ふのも神(かみ)様(さま)の水(みづ)も漏(も)らさぬ御(お)仕組(しぐみ)、166瑞(みづ)の御霊(みたま)の御(ご)神徳(しんとく)だよ。167足(あし)で踏(ふ)むのも勿体(もつたい)ないけれど、168ここを通(とほ)らねば行(ゆ)くことが出来(でき)ませぬから、169どうぞ神(かみ)様(さま)許(ゆる)して下(くだ)さいませや』
170と肩(かた)を四角(しかく)に欹(そばだ)て、171尻(しり)をプリンプリンとふりながら、172三(さん)人(にん)の後(あと)に従(したが)ひ、173勇(いさ)み進(すす)んでついて行(ゆ)く。
174 此処(ここ)には大変(たいへん)に広(ひろ)い河(かは)が飛沫(ひまつ)を飛(と)ばしてゴーゴーと音(おと)を立(た)てて流(なが)れてゐる。175三(さん)人(にん)の娘(むすめ)は、176尻(しり)をまくり、177兎(うさぎ)が飛(と)ぶ様(やう)に高(たか)い石(いし)の頭(あたま)を狙(ねら)つて、178向方(むかふ)へ瞬(またた)く間(うち)に渡(わた)つて了(しま)つた。179高姫(たかひめ)もわれ遅(おく)れじと尻(しり)ひきめくり、
180高姫『コレコレ皆(みな)さま、181気(き)をつけなされ。182此(この)石(いし)はよく辷(すべ)りますよ』
183と後向(うしろむ)く途端(とたん)に背中(せなか)に負(おぶ)つた石地蔵(いしぢざう)の重(おも)みで自分(じぶん)から辷(すべ)つて激流(げきりう)におち込(こ)み、184浮(う)きつ沈(しづ)みつ、185足(あし)を上(うへ)にして苦(くるし)み悶(もだ)え、186矢(や)を射(い)る如(ごと)くに流(なが)れ行(ゆ)く。
187春彦『コリヤ大変(たいへん)』
188と春彦(はるひこ)は忽(たちま)ち赤裸(まつぱだか)となり、
189春彦『オイ常彦(つねひこ)、190ヨブ、191俺(おれ)の着物(きもの)を預(あづか)つてくれ!』
192と云(い)ひながら、193渦(うづ)まく波(なみ)にザンブと飛込(とびこ)み、194急流(きふりう)を泳(およ)いで、195浮(う)きつ沈(しづ)みつ高姫(たかひめ)に追(お)つつき、196漸(やうや)くにして岩上(がんじやう)に救(すく)ひ上(あ)げた。197高姫(たかひめ)は幸(さいは)ひに余(あま)り水(みづ)も呑(の)まず、198気(き)も取(と)り失(うしな)つては居(ゐ)ない。
199春彦(はるひこ)『高姫(たかひめ)さま、200危(あぶ)ない事(こと)で御座(ござ)いましたなア。201それだから私(わたし)が怪(あや)しいと云(い)つて止(と)めたぢやありませぬか。202是(これ)からチツト吾々(われわれ)の云(い)ふ事(こと)も聞(き)いて貰(もら)はなくちやなりませぬぞや』
203高姫『お前(まへ)がありや、204こりや、205なけりや、206こりや、207善(よ)い事(こと)もあれば悪(わる)い事(こと)もある。208サア早(はや)く行(ゆ)きませう』
209春彦『どこへ急(いそ)いで行(ゆ)くのですか』
210高姫『きまつた事(こと)だ。211早(はや)く高子姫(たかこひめ)さまの御(お)宅(たく)へ行(い)かねば、212さぞ御(お)待兼(まちか)ねだらうから…』
213春彦『ハテさて困(こま)つた事(こと)だなア。214こんな目(め)に遭(あ)つてもまだ目(め)が醒(さ)めないのですか』
215高姫『神界(しんかい)の御(お)仕組(しぐみ)が分(わか)りますかい』
216と云(い)ひながら、217川(かは)ぶちの森林(しんりん)を、218上(かみ)へ上(かみ)へと伝(つた)ひのぼり、219最前(さいぜん)はまつた飛石(とびいし)の前(まへ)迄(まで)走(はし)り来(きた)り、
220高姫(たかひめ)『ヤア常彦(つねひこ)、221ヨブさま、222待(ま)たせました。223サア行(ゆ)きませう』
224常彦(つねひこ)『兎(と)も角(かく)、225御(ご)無事(ぶじ)で御(お)目出度(めでた)う御座(ござ)います』
226ヨブ『マア是(これ)で私(わたし)も安心(あんしん)しました』
227高姫(たかひめ)『コレ常(つね)さま、228ヨブさま、229お前(まへ)等(ら)二人(ふたり)は、230水臭(みづくさ)い、231なぜ私(わたし)の危難(きなん)を救(すく)はなかつたのだ。232斯(か)うなると始終(しじう)口答(くちごた)へする春彦(はるひこ)の方(はう)が余程(よほど)為(ため)になる。233まさかの時(とき)に間(ま)に合(あ)ふ者(もの)はメツタにないと、234神(かみ)様(さま)が仰有(おつしや)るが、235いかにも其(その)通(とほ)りだよ』
236常彦(つねひこ)『あなたは神(かみ)さまだから、237メツタに水(みづ)に溺(おぼ)れて死(し)になさると云(い)ふやうなことはないと思(おも)つて安心(あんしん)してゐたのですよ。238人民(じんみん)が神(かみ)様(さま)を助(たす)けようなんテ、239そんなことが如何(どう)して出来(でき)ますか』
240ヨブ『余(あま)り勿体(もつたい)なうて、241寄(よ)りつく訳(わけ)にも行(ゆ)きませず、242吾々(われわれ)の為(ため)に千座(ちくら)の置戸(おきど)を負(お)うて下(くだ)さるのだと思(おも)ひましたから、243ヂツト暗祈(あんき)黙祷(もくたう)してゐました』
244高姫(たかひめ)『生神(いきがみ)がこんな谷川(たにがは)位(くらゐ)にはまつて弱(よわ)るやうな事(こと)はないが、245併(しか)し乍(なが)ら、246人民(じんみん)として案(あん)じて私(わたし)を助(たす)けに来(き)た春彦(はるひこ)の心(こころ)は、247実(じつ)に美(うる)はしいものだ。248神(かみ)は人間(にんげん)の真心(まごころ)を喜(よろこ)ぶのだからなア』
249春彦(はるひこ)『高姫(たかひめ)さま、250春彦(はるひこ)でも又(また)間(ま)に合(あ)ふ事(こと)がありませうがな』
251高姫(たかひめ)『棒千切(ぼうちぎ)れも、252三(さん)年(ねん)田(た)の中(なか)にすてておけば肥(こや)しになる。253腐(くさ)れ縄(なは)にも取(と)りえといふ比喩(たとへ)の通(とほ)り、254あんな者(もの)が斯(こ)んな手柄(てがら)をすると云(い)ふ神(かみ)様(さま)のお筆先(ふでさき)の実地(じつち)正真(しやうまつ)のおかげをお前(まへ)は頂(いただ)いたのだ。255サア神(かみ)様(さま)へ御(お)礼(れい)を申(まを)しなさい。256こんな結構(けつこう)な御用(ごよう)をさして頂(いただ)いてお前(まへ)は余程(よほど)果報者(くわはうもの)だよ。257これから高姫(たかひめ)の云(い)ふ事(こと)を一(ひと)つも背(そむ)かず聞(き)きなされや。258さうでないと高姫(たかひめ)が又(また)お前(まへ)の代(かは)りに犠牲(ぎせい)にならねばならぬから、259チツト心得(こころえ)て下(くだ)されよ。260あんな若(わか)い女(をんな)の方(かた)が、261何(なん)ともなしに渉(わた)れる石(いし)の飛(と)び越(こ)えを、262辷(すべ)ると云(い)ふ様(やう)な道理(だうり)がない。263これも全(まつた)く神(かみ)様(さま)がお前(まへ)の罪(つみ)の贖(あがな)ひに、264私(わたし)を辷(すべ)りおとし、265お前(まへ)を飛込(とびこ)ませ、266惟神(かむながら)的(てき)にお前(まへ)の禊(みそぎ)を遊(あそ)ばしたのだから、267決(けつ)して、268高姫(たかひめ)を助(たす)けてやつたなどと思(おも)つちやなりませぬぞや』
269 三(さん)人(にん)一度(いちど)に顔(かほ)を見合(みあは)せ、270目(め)を丸(まる)くし、271口(くち)を尖(とが)らせ、272高姫(たかひめ)の言(げん)に呆(あき)れてゐる。
273 高子姫(たかこひめ)、274お月(つき)、275お朝(あさ)の三女(さんぢよ)は、276岸(きし)の向方(むかふ)に停立(ていりつ)し、277白(しろ)き細(ほそ)き手(て)を差出(さしだ)し『早(はや)く来(きた)れ』と差招(さしまね)いてゐる。278高姫(たかひめ)は一歩(ひとあし)々々(ひとあし)指(ゆび)の先(さき)に力(ちから)を入(い)れながら糞垂(ばばた)れ腰(ごし)になつて、279怖相(こはさう)に向(むか)ふ岸(ぎし)へと渡(わた)りつき、280太(ふと)き息(いき)をつきながら……惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)……と二三回(にさんくわい)繰返(くりかへ)し、281渡(わた)り来(きた)れる一行(いつかう)と共(とも)に、282三(さん)人(にん)の女(をんな)の後(あと)に従(したが)ひ、283得意(とくい)の鼻(はな)を蠢(うごめ)かしつつ心(こころ)欣々(いそいそ)従(つ)いて行(ゆ)く。
284(大正一一・八・二二 旧六・三〇 松村真澄録)
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