霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一〇章 暗黒殿(あんこくでん)〔九〇一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第32巻 海洋万里 未の巻 篇:第2篇 北の森林 よみ(新仮名遣い):きたのしんりん
章:第10章 暗黒殿 よみ(新仮名遣い):あんこくでん 通し章番号:901
口述日:1922(大正11)年08月22日(旧06月30日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年10月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
外から見たよりも広く、青畳を敷き詰めた岩窟内に高姫が感嘆していると、高子姫は、この岩窟は自分が生まれたときから自分の父が開掘し始めたもので、今年で五十六億年目になるという。
高子姫は、自分は竜宮の乙姫で夫は日の出神、ここは暗黒世界の中心点で五里霧中郷で高姫村の黒姫御殿だ、と言い出した。
高姫は自分がだまされてここに連れ込まれたことに気が付き、高子姫を詰問した。高子姫はにわかに白髪の化けものと変じて、言霊歌で高姫の執着心を責め始めた。
高姫はここからが化けもの退治の幕開きだといきがって、常彦とヨブを大声で叱咤した。しかし常彦とヨブは、高姫が草原で一人叫んでいるので不思議に思い、声をかけているのみであった。
高姫は一人、岩窟の中に居る気で高子姫とやりあい、いきりたっている。高子姫は、玉は自転倒島付近の小島にあり、雄島雌島には麻邇の宝が隠してあると明かした。そして、鷹依姫と合流して御用を勤めあげ、改心して玉照彦・玉照姫に使えるようにと高姫を諭した。
高子姫は岩窟の壁を透かして鷹依姫一行の様子を映し、高姫に見せた。鷹依姫たちは兎と鰐に取り囲まれて宴に興じていた。高姫は怒り、鷹依姫たちに詰め寄ろうとしたが、それは鏡に姿が映っていたのであった。
今度は高姫は、自分の姿が映ったのを見て驚き、常彦とヨブを呼んで、自分の姿と同じ化けものを殴りつけるようにと命じた。常彦とヨブは本物の高姫を殴りつけた。
高姫は合点が行かない様子だったが、高子姫を成敗しようと、岩窟の入り口に向かって、常彦とヨブとともに追っかけて行った。
高姫が岩窟の入り口に来ると、春彦が大笑いしている。高姫は、高子姫を追ってい行った常彦とヨブが見えなくなってしまったのだ、と春彦に言うが、春彦は高姫・常彦・ヨブはさいぜんから、泥水の葦原で転がっていたと指摘した。
そこへ三人の怪しい女たちが現れた。高姫は殴りかかるが、女たちの姿はぱっと消えて、大きな白狐が這い出し、森林に消えてしまった。
高姫はこれより翻然として悟り、玉への執着心を心の底から払拭し去った。そして時雨の森の邪神を言向け和してめでたく自転倒島に帰国することとなる。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ:雄島(冠島) 雌島(沓島) データ凡例: データ最終更新日:2022-05-10 19:09:56 文字数:4051 OBC :rm3210
愛善世界社版:111頁 八幡書店版:第6輯 189頁 修補版: 校定版:117頁 普及版:44頁 初版: ページ備考:
001 外(そと)から見(み)た割(わり)とは非常(ひじやう)に広(ひろ)い岩窟(がんくつ)と見(み)え、002二間幅(にけんはば)の隧道(つゐだう)が高(たか)く穿(うが)たれて居(ゐ)る。003そこを二三丁(にさんちやう)許(ばか)り雄大(ゆうだい)なる岩窟(がんくつ)に呆(あき)れつつ、004三(さん)人(にん)の後(あと)に従(したが)つて行(ゆ)く。
005高子(たかこ)『ここが妾(わらは)の住居(すまゐ)で御座(ござ)います。006どうぞ御(ご)遠慮(ゑんりよ)なく御(お)上(あが)り下(くだ)さいませ』
007高姫(たかひめ)『ハイ有難(ありがた)う。008何(なん)とマア綺麗(きれい)な青畳(あをだたみ)を敷(し)きつめ、009立派(りつぱ)な壁掛(かべかけ)がかかつて居(を)りますなア。010どうしてマア此(この)不便(ふべん)な土地(とち)に、011こんな立派(りつぱ)な行届(ゆきとど)いたことが出来(でき)たでせう。012熱心(ねつしん)と云(い)ふものは怖(こは)いものですね。013こんな固(かた)い岩(いは)を穿(うが)つて、014こんな館(やかた)を拵(こしら)へるには、015随分(ずゐぶん)時日(じじつ)が掛(かか)つたでせうな』
016高子姫『ハイ、017私(わたくし)の生(うま)れた時(とき)から、018私(わたくし)の父(ちち)がそろそろ開掘(かいくつ)にかかりました。019丁度(ちやうど)今年(ことし)で五十六(ごじふろく)億万(おくまん)年(ねん)になりますよ、020ホヽヽヽヽ』
021高姫『何(なん)と仰有(おつしや)る。022お前(まへ)さまが生(うま)れた時(とき)に掘(ほ)りかけた此(この)岩窟(がんくつ)、023五十六(ごじふろく)億万(おくまん)年(ねん)とは、024チト勘定(かんぢやう)が合(あ)はぬぢやありませぬか。025お前(まへ)さまの年(とし)はまだ十七八(じふしちはつ)才(さい)の花(はな)の蕾(つぼみ)ぢやないか』
026高子姫『イエイエ、027私(わたし)はそんな若(わか)い女(をんな)では御座(ござ)いませぬよ。028芝居(しばゐ)の役者(やくしや)ぢやないが、029どないにでも女(をんな)と云(い)ふものは化(ば)けられますからなア。030顔(かほ)の皺(しわ)に白粉(おしろい)を一杯(いつぱい)埋(う)めて、031其(その)上(うへ)に鬢(びん)つけ脂(あぶら)をコテコテと蝋(らふ)のやうにぬり、032其(その)上(うへ)に又(また)白粉(おしろい)を白壁(しらかべ)のやうにぬつて一寸(ちよつと)紅(べに)をあしらひ、033白髪(しらが)には黒(くろ)い汁(しる)をぬつて、034此(この)通(とほ)り若(わか)く見(み)せて居(ゐ)るのですよ。035ここは陸(あげ)の竜宮(りうぐう)で、036妾(わらは)は乙姫(おとひめ)で御座(ござ)います。037そして私(わたくし)の夫(をつと)日(ひ)の出神(でのかみ)は奥(おく)に高鼾(たかいびき)をかいて休(やす)んで居(を)ります。038いつも貴女(あなた)の御(お)肉体(にくたい)を借用(しやくよう)致(いた)しますさうで御座(ござ)いますが、039随分(ずゐぶん)貴女(あなた)も御(お)困(こま)りでせう。040私(わたくし)は貴女(あなた)の家来(けらい)の黒姫(くろひめ)さまの体内(たいない)をチヨイチヨイ拝借(はいしやく)致(いた)す竜宮(りうぐう)の乙姫(おとひめ)で御座(ござ)います。041竜宮(りうぐう)の乙姫(おとひめ)はいつ見(み)ても若(わか)い顔(かほ)をして居(ゐ)ると、042世界(せかい)の人間(にんげん)が思(おも)うて居(を)りますが、043此(この)通(とほ)り化(ば)けて居(ゐ)るのですからなア。044お前(まへ)さまも大化物(おほばけもの)の容器(いれもの)だから、045随分(ずゐぶん)おめかしやうによつては若(わか)く見(み)えますよ。046ホヽヽヽヽ』
047高姫『何(なん)と合点(がてん)の行(い)かぬ事(こと)を仰有(おつしや)るぢやありませぬか。048チト私(わたくし)は合点(がてん)が往(ゆ)きませぬがなア』
049高子姫『そらさうでせう。050此処(ここ)は五里(ごり)夢中郷(むちうきやう)といふ暗黒(あんこく)世界(せかい)の中心(ちうしん)地点(ちてん)、051高姫村(たかひめむら)の黒姫(くろひめ)御殿(ごてん)と名(な)が付(つ)いて居(ゐ)る怪体(けたい)な処(ところ)ですよ』
052高姫『貴女(あなた)は私(わたし)をこんな所(とこ)へうまくだまし込(こ)んで、053玉(たま)をやらうなぞと云(い)つたのは、054何(なに)か一(ひと)つの企(たく)みがあるのでせう』
055高子姫『ハイ、056勿論(もちろん)のこと、057大(おほ)いに目的(もくてき)があつての事(こと)で御座(ござ)いますワ』
058高姫『其(その)目的(もくてき)とは何(なん)ですか、059聞(き)かして下(くだ)さい。060返答(へんたふ)次第(しだい)に依(よ)つては、061此(この)高姫(たかひめ)にも一(ひと)つ了見(れうけん)がありますぞや。062化物(ばけもの)なんかに化(ばか)されて、063おめおめして居(ゐ)るやうな高姫(たかひめ)とは違(ちが)ひますぞや!』
064と大声(おほごゑ)に呶鳴(どな)り立(た)てた。065お月(つき)、066お朝(あさ)の両人(りやうにん)はおチョボ口(ぐち)を尖(とが)らし、
067お月、お朝『ホヽヽヽヽ……』
068と笑(わら)ひ嘲(あざけ)る。069高子姫(たかこひめ)の姿(すがた)は俄(にはか)に白髪(はくはつ)と変(へん)じ、070皺(しわ)だらけの渋紙(しぶがみ)のやうな面(つら)をヌツと前(まへ)につき出(だ)し、071尖(とが)つた牙(きば)を下唇(したくちびる)より一寸(いつすん)許(ばか)り、072下(した)まではみ出(だ)し、
073高子姫『イヒヽヽヽ、074イツ迄(まで)もイツ迄(まで)も執着心(しふちやくしん)の取(と)れぬ婆(ば)アさまだのー。
075ウフヽヽヽ、076ウロウロと世界中(せかいぢう)をうろたへまはる玉捜(たまさが)し、
077エヘヽヽヽ、078エヽ加減(かげん)に諦(あきら)めたらどうだ。079改心(かいしん)したかと思(おも)へば、080玉(たま)の声(こゑ)聞(き)きや、081すぐ慢心(まんしん)する困(こま)つた高姫婆(たかひめば)アさま、
082オホヽヽヽ、083オソロしい負惜(まけをし)みの強(つよ)い、084疳(かん)のきいた婆(ば)アさまだのー、
085カヽヽヽヽ、086カんで食(く)てやらうか。087イヤサ、088咬(か)んで呑(の)んで吐(は)き出(だ)してやらねば、089まだ本当(ほんたう)の改心(かいしん)は致(いた)すまい。090何(なん)と云(い)つても常世姫(とこよひめ)の身魂(みたま)の継承(けいしよう)だから、091しぶといのも無理(むり)はないわいのう』
092高姫(たかひめ)『如意(によい)宝珠(ほつしゆ)の玉(たま)を見(み)せると云(い)つたぢやありませぬか。093そんな婆顔(ばばがほ)をしてだまさうと思(おも)つたつて、094だまされもおどろかされも致(いた)しませぬよ。095サアこれから高姫(たかひめ)が岩窟(いはや)退治(たいぢ)の幕開(まくびら)きだ。096……オイ常彦(つねひこ)、097ヨブの両人(りやうにん)、098何(なに)をおぢおぢと慄(ふる)うてゐるのか、099千騎(せんき)一騎(いつき)の此(この)場合(ばあひ)、100チツト気(き)を付(つ)けなされ』
101常彦(つねひこ)『高姫(たかひめ)さま、102此(この)草(くさ)つ原(ぱら)で貴女(あなた)何(なに)を一人(ひとり)、103喋(しやべ)くつて居(ゐ)るのですか』
104高姫『お前(まへ)も余程(よほど)好(よ)い呆(はう)け人足(にんそく)だなア。105此(この)立派(りつぱ)な岩窟(いはや)がお前(まへ)の目(め)にはつかぬのか』
106ヨブ『高姫(たかひめ)さま、107向(むか)ふの森蔭(もりかげ)にモールバンドのやうな怪獣(くわいじう)が此方(こちら)を向(む)いて睨(にら)んで居(ゐ)ますよ。108チトしつかりして下(くだ)さい』
109高姫『お前(まへ)こそしつかりして呉(く)れなくちや困(こま)るぢやないか。110そんなとぼけた事(こと)、111千騎(せんき)一騎(いつき)の場合(ばあひ)になつて、112云(い)うてるやうなことではどうなりませう。113何(なん)の為(ため)にお前(まへ)をはるばる連(つ)れて来(き)たのだい。114こんな時(とき)に足手纏(あしてまと)ひにならうとは、115如何(いか)な高姫(たかひめ)も思(おも)はなかつた。116……オイオイ高子姫(たかこひめ)と吐(ぬか)す化物婆(ばけものばば)ア、117早(はや)く金剛(こんがう)不壊(ふゑ)の如意(によい)宝珠(ほつしゆ)を出(だ)して来(こ)ないか。118日(ひ)の出神(でのかみ)を偽(いつは)ると、119八万(はちまん)地獄(ぢごく)へ落(お)として、120水責(みづぜめ)火責(ひぜめ)の成敗(せいばい)にあはしてやるぞよ。121三千(さんぜん)世界(せかい)の救主(すくひぬし)を何(なん)と心得(こころえ)て居(ゐ)るか!』
122高子(たかこ)『オホヽヽヽ、123玉(たま)が見(み)たければ、124自転倒(おのころ)島(じま)の附近(ふきん)の小島(こじま)を捜(さが)しなさい。125さうして麻邇(まに)の宝(たから)は雄島(をしま)雌島(めしま)にかくしてあるぞえ。126早(はや)く鷹依姫(たかよりひめ)に廻(めぐ)り会(あ)ふて、127麻邇(まに)の宝珠(ほつしゆ)の御用(ごよう)を天晴(あつぱ)れ勤(つと)め上(あ)げ、128スツパリ改心(かいしん)致(いた)して、129玉照彦(たまてるひこ)、130玉照姫(たまてるひめ)様(さま)に心(こころ)の底(そこ)から御(お)仕(つか)へ致(いた)し、131我情(がじやう)我慢(がまん)を出(だ)さぬ様(やう)にしなさいよ』
132高姫『おいて下(くだ)さい、133お前(まへ)さま等(ら)に意見(いけん)を受(う)けずとも、134チヤンと此(この)高姫(たかひめ)が胸(むね)にあるのだ。135雄島(をしま)雌島(めしま)に隠(かく)してあるなんぞと、136そんな馬鹿(ばか)を云(い)ふものでない。137何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も云(い)ひ合(あ)はした様(やう)に、138麻邇(まに)の宝珠(ほつしゆ)は、139雄島(をしま)雌島(めしま)に隠(かく)してあると異口(いく)同音(どうおん)に言(い)ひくさる。140そんな古(ふる)い文句(もんく)はモウ聞(き)きあいた。141サア約束(やくそく)通(どほ)り、142玉(たま)がなければ許(ゆる)してやるから、143鷹依姫(たかよりひめ)に面会(めんくわい)さしたがよからうぞ。144それをゴテゴテ言(い)ふならば、145此(この)高姫(たかひめ)も千騎(せんき)一騎(いつき)の活動(くわつどう)だ』
146 高子姫(たかこひめ)は白髪(はくはつ)の醜(みにく)き婆(ば)アさまの姿(すがた)になつた儘(まま)、
147高子姫『高姫(たかひめ)さま、148こちらへ御座(ござ)らつしやれ。149鷹依姫(たかよりひめ)、150竜国別(たつくにわけ)、151テーリスタン、152カーリンスの四(よ)人(にん)の御(お)方(かた)に面会(めんくわい)させてあげませう』
153と先(さき)に立(た)つて岩窟(がんくつ)を右(みぎ)に廻(まは)り左(ひだり)に廻(まは)り、154うす暗(ぐら)い奥(おく)の方(はう)まで連(つ)れて行(ゆ)く。
155高子(たかこ)『サア高姫(たかひめ)さま、156ここに四(よ)人(にん)共(とも)居(を)られます。157ゆつくり御(お)話(はな)し下(くだ)さいませ』
158 見(み)ればガラスの如(ごと)く透(す)き通(とほ)つた隔(へだ)ての中(なか)に、159鷹依姫(たかよりひめ)を始(はじ)め一同(いちどう)は兎(うさぎ)と鰐(わに)に取巻(とりま)かれ、160嬉(うれ)しさうに果物(くだもの)の酒(さけ)を飲(の)んだり、161唄(うた)つたり、162踊(をど)つたり、163愉快(ゆくわい)さうに戯(たはむ)れて居(ゐ)る。164高姫(たかひめ)は之(これ)を見(み)るより、165隔(へだ)てのガラスのあるとは知(し)らず、
166高姫『コレ鷹依姫(たかよりひめ)さま、167何(なん)の事(こと)だい。168千騎(せんき)一騎(いつき)の此(この)場合(ばあひ)、169お前(まへ)さまは気楽(きらく)さうに、170こんな魔神(まがみ)の岩窟(いはや)に這入(はい)つて、171兎(うさぎ)や鰐(わに)を相手(あひて)に酒(さけ)を飲(の)んで、172踊(をど)り狂(くる)うて居(を)るといふ事(こと)がありますかいな。173私(わたし)はお前(まへ)の後(あと)を尋(たづ)ねて、174お前(まへ)の難儀(なんぎ)を助(たす)けたいと思(おも)つたから、175危険(きけん)を冒(をか)してここまでやつて来(き)たのだ。176それ程(ほど)気楽(きらく)に暮(くら)して居(ゐ)るのなら、177アタ阿呆(あほ)らしい、178ここまで来(く)るのぢやなかつたに』
179と飛(と)び込(こ)み、180鷹依姫(たかよりひめ)、181竜国別(たつくにわけ)を引摺(ひきず)り出(だ)さうとする刹那(せつな)、182ガラスに顔(かほ)を打(う)ちつけ、
183高姫『アイタヽヽヽ、184此(この)高姫(たかひめ)と同(おな)じ奴(やつ)が向方(むかふ)に一人(ひとり)這入(はい)つてゐる、185コラ化物(ばけもの)!』
186と腕(かいな)を振上(ふりあ)げると、187向(むか)ふも腕(かいな)を振(ふ)り上(あ)げる。188此方(こちら)が目(め)を剥(む)けば、189向(むか)ふも目(め)を剥(む)く。190高姫(たかひめ)は初(はじ)めて鏡(かがみ)を見(み)たのである。
191高姫『コレコレ常彦(つねひこ)、192ヨブさま、193これ御覧(ごらん)! 私(わたし)に寸分(すんぶん)違(ちが)はぬ化物(ばけもの)が居(ゐ)やがる。194一寸(ちよつと)も油断(ゆだん)はなりませぬぞや。195蜃気楼(しんきろう)の様(やう)に私(わたし)の姿(すがた)をソツクリ其(その)儘(まま)に現(あら)はして居(ゐ)やがる。196油断(ゆだん)のならぬ化物(ばけもの)だぞ。197一寸(ちよつと)ここまでお出(い)でなさい』
198 二人(ふたり)は『ハイ』と答(こた)へて、199高姫(たかひめ)の側(そば)にすりよつた。200又(また)もや常彦(つねひこ)、201ヨブの同(おな)じ姿(すがた)が立(た)つて居(ゐ)る。202高姫(たかひめ)は二人(ふたり)を見比(みくら)べて又(また)もや頓狂(とんきやう)な声(こゑ)を出(だ)し、
203高姫『又(また)しても化(ば)けよつたなア。204コレコレ常彦(つねひこ)、205ヨブさま、206しつかりせぬか。207お前(まへ)迄(まで)が模型(もけい)をとられて了(しま)つたぢやないか。208是(これ)からキツト此(この)化物(ばけもの)奴(め)、209高姫(たかひめ)、210常彦(つねひこ)、211ヨブと姿(すがた)を変(へん)じ、212其処(そこ)等(ら)あたりを、213だまし歩(ある)くに間違(まちが)ひないから、214今(いま)の間(うち)に亡(ほろ)ぼしておかねばなりませぬぞや。215サア高姫(たかひめ)が力(ちから)一杯(いつぱい)、216此奴(こいつ)と格闘(かくとう)してこらしめてやるから、217お前(まへ)はお前(まへ)の模型(もけい)と、218一(ひと)つ力(ちから)比(くら)べをしなさい。219……コレコレ鷹依姫(たかよりひめ)、220竜国別(たつくにわけ)、221お前(まへ)は化物(ばけもの)の後(うしろ)に居(ゐ)るのだから、222一(ひと)つ加勢(かせい)をしてお呉(く)れ。223さうすりや、224私(わたし)の姿(すがた)の化州(ばけしう)を前(まへ)と後(うしろ)からはさみ討(う)ちに、225こんな化物(ばけもの)は一人(ひとり)と一人(ひとり)は到底(たうてい)互角(ごかく)の勢(いきほひ)で勝負(しようぶ)がつくまい。226人(ひと)が口(くち)を動(うご)かせば動(うご)かす真似(まね)をさらす、227稀有(けう)とい奴(やつ)、228……コレコレ常彦(つねひこ)、229ヨブ、230お前(まへ)は後(あと)まはしにして、231私(わたし)の模型(もけい)から叩(たた)きつけて御(お)呉(く)れ』
232 常彦(つねひこ)、233ヨブの両人(りやうにん)は、
234常彦、ヨブ『ハイ承知(しようち)致(いた)しました』
235と鏡(かがみ)に映(うつ)つた高姫(たかひめ)の頭(あたま)を目(め)がけて、236力(ちから)一杯(いつぱい)になぐりつけた。237高姫(たかひめ)はビツクリ仰天(ぎやうてん)、
238高姫『アイタヽヽヽ、239コレ両人(りやうにん)何(なに)をする、240私(わたし)ぢやない、241向方(むかふ)の化州(ばけしう)ぢやがな』
242 二人(ふたり)は鏡(かがみ)の顔(かほ)を目当(めあて)に力(ちから)一杯(いつぱい)なぐりつける。
243高姫『又(また)しても私(わたし)をなぐるのんかいな。244ソレ向方(むかふ)の奴(やつ)ぢや』
245常彦(つねひこ)『向方(むかふ)の奴(やつ)を擲(なぐ)つて居(ゐ)るぢやありませぬか。246あれを御覧(ごらん)なさいよ。247化州(ばけしう)をなぐると思(おも)へばお前(まへ)が知(し)らぬ間(ま)になぐられたのだ』
248高姫『エヽ鈍(どん)な男(をとこ)だなア。249それだから、250まさかの時(とき)に間(ま)に合(あ)はぬと、251何時(いつ)も云(い)ふのだ。252……痛(いた)いがなア、253モウおいておくれ』
254常彦(つねひこ)『そんなら措(お)きませうか』
255高姫[※初版、校定版、愛世版いずれも話者名が「ヨブ」になっているが文脈上「高姫」のセリフだと考えるのが妥当なのでそのように修正した。]『何(なん)だかチツとも合点(がてん)が往(ゆ)かぬぢやないか。256エヽ仕方(しかた)がない、257何(なん)と云(い)つても、258鷹依姫(たかよりひめ)、259竜国別(たつくにわけ)の奴(やつ)、260酒(さけ)に魂(たましひ)を取(と)られやがつて、261兎(うさぎ)や鰐(わに)を相手(あひて)に遊(あそ)んで居(ゐ)やがる。262モウかうなる上(うへ)は第一(だいいち)の魔性(ましやう)の女(をんな)を制敗(せいばい)致(いた)せ』
263常彦、ヨブ『さうぢや さうぢや』
264と両人(りやうにん)は高子姫(たかこひめ)の後(あと)を追(お)つかけて行(ゆ)く。265高姫(たかひめ)はブツブツ呟(つぶや)き乍(なが)ら、266自分(じぶん)と同(おな)じ姿(すがた)に向(むか)つて睨(ね)めつけ乍(なが)ら、267サツサと岩窟(いはや)の入口(いりぐち)指(さ)して走(は)せ帰(かへ)る。268外(そと)に仁王(にわう)の如(ごと)く立(た)つて居(ゐ)る春彦(はるひこ)は大口(おほぐち)あけて、
269春彦『アハヽヽヽ、270オホヽヽヽ』
271と哄笑(こうせう)してゐる。272高姫(たかひめ)は之(これ)を眺(なが)めて、
273高姫『コレコレ春彦(はるひこ)、274お前(まへ)は余程(よつぽど)馬鹿(ばか)ぢやなア。275何(なに)を気楽(きらく)さうに笑(わら)うてゐるのだい。276常彦(つねひこ)、277ヨブの両人(りやうにん)は、278行方(ゆくへ)が分(わか)らなくなつて了(しま)つたよ。279お前(まへ)もチツトしつかりせないと、280どんな事(こと)が此(この)悪魔(あくま)の岩窟(いはや)には起(おこ)るか知(し)れぬ。281エーエ腑甲斐(ふがひ)なや、282足(あし)が立(た)たないのかや』
283春彦(はるひこ)『アハヽヽヽ、284高姫(たかひめ)さま、285最前(さいぜん)から随分(ずゐぶん)泥水(どろみづ)の葦原(あしはら)で能(よ)く踊(をど)りましたな。286二人(ふたり)はあこに転(ころ)げて居(ゐ)るぢやありませぬか』
287 斯(か)かる所(ところ)へ以前(いぜん)の三(さん)人(にん)の女(をんな)、288美(うつく)しき姿(すがた)となつて現(あら)はれ来(きた)り、
289女『高姫(たかひめ)さま、290誠(まこと)に済(す)みませなんだねえ』
291高姫(たかひめ)『エヽ化物(ばけもの)奴(め)、292思(おも)ひ知(し)れ!』
293と拳(こぶし)を固(かた)めて、294三(さん)人(にん)目(め)がけて、295打(う)たむとする其(その)刹那(せつな)、296パツと三(さん)人(にん)は煙(けむり)となつて消(き)えて了(しま)つた。297白狐(びやくこ)の姿(すがた)目(め)の前(まへ)に三(みつ)つ、298のそりのそりと這(は)ひ出(だ)し、299あなたの森林(しんりん)目(め)がけて一目散(いちもくさん)に逃(に)げ去(さ)り「コンコンカイカイ」と鳴(な)き立(た)てて居(ゐ)る。300高姫(たかひめ)は始(はじ)めて気(き)がつき、301あたりを見(み)れば、302シクシク原(ばら)に泥(どろ)まぶれとなつて、303立(た)つて居(ゐ)る事(こと)が分(わか)つて来(き)た。304是(これ)より高姫(たかひめ)は翻然(ほんぜん)として悟(さと)り、305玉(たま)の執着心(しふちやくしん)を悉(ことごと)く心(こころ)の底(そこ)より払拭(ふつしき)し去(さ)り、306遂(つひ)に時雨(しぐれ)の森(もり)の邪神(じやしん)を言向(ことむ)け和(やは)し、307目出度(めでた)く自転倒(おのころ)島(じま)をさして帰国(きこく)の途(と)に就(つ)けり。
308(大正一一・八・二二 旧六・三〇 松村真澄録)
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