霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 野宿(のじゆく)〔九七五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第35巻 海洋万里 戌の巻 篇:第2篇 ナイルの水源 よみ(新仮名遣い):ないるのすいげん
章:第11章 野宿 よみ(新仮名遣い):のじゅく 通し章番号:975
口述日:1922(大正11)年09月16日(旧07月25日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年12月25日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
孫公が一生懸命祝詞を上げる声に目をさまし、お愛は起き上がってやってきて、孫公に声をかけた。孫公は驚いて、先ほどの夢の戒めから一生懸命、お愛に自分を誘惑しないようにと懇願する。
お愛は孫公の慌てぶりに頬をつねるが、孫公は悪くない気分だと言ってはまた、お愛に捉われないようにと自分に言い聞かせ始め、ちょっとした騒ぎを始める。
虎公も起きて、お愛と二人で孫公をからかうが、孫公は自分がお愛に恋慕していた執着心に思い当り告白した。
お愛は孫公を嫌いだとはっきり愛想つかしを言うことで、孫公は執着心を払い捨てることができた。孫公は柏手をうって大神に感謝の詞を捧げた。
三公は目をさまし、夜明けも近いことを告げた。一同は述懐の歌をそれぞれ歌った。夜が白み始めた。一同は谷川で身を清めて天津祝詞を奏上し、朝食の後白山峠を登り始めた。
孫公は、自分の執着心から化けものを生み出し、玉治別の宣伝歌に助けられた前夜の経緯を歌い、大蛇との言霊戦への決意を新たにした。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-09-26 11:00:40 文字数:3986 OBC :rm3511
愛善世界社版:119頁 八幡書店版:第6輯 515頁 修補版: 校定版:127頁 普及版:46頁 初版: ページ備考:
001 孫公(まごこう)が一生(いつしやう)懸命(けんめい)になつて夜中(やちう)に祝詞(のりと)をあぐる声(こゑ)に、002目(め)を覚(さ)まされて起(お)き上(あが)つたお愛(あい)は、003孫公(まごこう)の此(この)姿(すがた)を見(み)て怪(あや)しみ、004ツカツカと側(そば)に寄(よ)つて来(き)た。005其(その)時(とき)は已(すで)に祝詞(のりと)を終(をは)つてヤツと一息(ひといき)をついた時(とき)である。
006お愛『孫公(まごこう)さま、007もう何時(なんどき)で御座(ござ)いませうかな。008まだ夜明(よあけ)には間(ま)がある様(やう)ですが、009えらい早(はや)く目(め)が覚(さ)めたと見(み)えますなア』
010 孫公(まごこう)は星月夜(ほしづくよ)にお愛(あい)の姿(すがた)を眺(なが)めて驚愕(びつくり)し、011両手(りやうて)を打振(うちふ)り打振(うちふ)りながら、
012孫公『もしもしお愛(あい)さま、013其処(そこ)にジツとして居(ゐ)て下(くだ)さい。014お前(まへ)さまに来(こ)られると恋(こひ)の糸(いと)に縛(しば)られて、015身体(からだ)がビクともせない様(やう)になつて了(しま)ひます。016もう何卒(どうぞ)々々(どうぞ)彼処(あそこ)で結構(けつこう)で御座(ござ)います。017何(なん)なりと御用(ごよう)を云(い)つて下(くだ)さい。018近寄(ちかよ)つて来(き)ても私(わたし)はスツパリ改心(かいしん)しましたから、019何程(なにほど)可愛(かあい)いお愛(あい)さまが秋波(しうは)を送(おく)つて下(くだ)さつても、020孫公(まごこう)の鉄石心(てつせきしん)はお生憎(あいにく)様(さま)、021梃子(てこ)でも棒(ぼう)でも動(うご)きませぬぞや。022女(をんな)と云(い)ふものは魔(ま)だからな。023世界中(せかいぢう)の男(をとこ)を雁字(がんじ)り捲(ま)きにして身動(みうご)きもならない様(やう)にする奴(やつ)だからなア。024あゝ若(も)し若(も)しお愛(あい)さま、025さう此方(こつち)へ近寄(ちかよ)つて貰(もら)つちや堪(たま)りませぬわ、026何(なん)だかいけ好(す)かない臭(にほひ)がしますから……』
027と今(いま)見(み)た夢(ゆめ)の受売(うけうり)を一生(いつしやう)懸命(けんめい)にやつてゐる。
028お愛『ホヽヽヽヽ、029あのまア、030孫公(まごこう)さまの恐(こは)さうな様子(やうす)、031お前(まへ)さまも男(をとこ)ぢやありませぬか、032チツとシツカリなさいませ』
033孫公『最前(さいぜん)の夢(ゆめ)の見直(みなほ)しかいな。034同(おな)じ様(やう)な事(こと)を言(い)ひよるワイ』
035お愛『これ孫公(まごこう)さま、036夢(ゆめ)でも見(み)なさつたのか。037ほんに気楽(きらく)な方(かた)ですな』
038孫公『気楽(きらく)どころか、039チツとも寝(ね)られないのですよ。040お前(まへ)さまが出(で)て来(き)ては私(わたし)を罵(ののし)つたり引括(ひつくく)つたりするものだから、041如何(どう)しても寝(ね)られやしない。042宜(い)い加減(かげん)悪戯(いたづら)をせずに寝(やす)んで下(くだ)さいな。043今晩(こんばん)の中(うち)にチツと身体(からだ)を休(やす)めておかないと、044明日(あす)の言霊戦(ことたません)に元気(げんき)が抜(ぬ)けちやなりませぬからな』
045お愛『何(なん)とまア訳(わけ)の分(わか)らぬ寝言(ねごと)を云(い)ふ人(ひと)だ事(こと)、046チツとシツカリなさいませ』
047と言(い)ひ乍(なが)らお愛(あい)は頬辺(ほつぺた)を一寸(ちよつと)抓(つめ)つた。
048孫公『アイタヽ痛(いた)いなア。049アヽ併(しか)しながら温(あたた)かい柔(やはら)かい白(しろ)い細(ほそ)い手(て)で抓(つめ)られるのも、050何処(どこ)ともなしに愉快(ゆくわい)なものだ。051モシモシお愛(あい)さま、052一寸(ちよつと)も遠慮(ゑんりよ)は入(い)りませぬ。053顔(かほ)なつと尻(しり)なつと腕(うで)なつとお前(まへ)さまに任(まか)しますから、054何卒(どうぞ)自由(じいう)にして下(くだ)さい』
055お愛『ホヽヽヽこれ孫公(まごこう)さま、056虎公(とらこう)さまが居(を)られますよ。057あんまりの事(こと)は云(い)はないで下(くだ)さい』
058孫公『アーア又(また)怪(あや)しくなつて来(き)た。059如何(どう)やら俺(おれ)の腹(はら)の中(なか)から再(ふたた)び最前(さいぜん)の化女(ばけをんな)が生(うま)れさうになつて来(き)たわい……あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。060何卒(どうぞ)天地(てんち)の大神(おほかみ)様(さま)、061此(この)孫公(まごこう)が恋(こひ)の執着心(しふちやくしん)を科戸(しなど)の風(かぜ)の天(あめ)の八重雲(やへくも)を吹(ふ)き払(はら)ふ如(ごと)く伊吹(いぶ)き払(はら)ひに払(はら)ひ除(の)けて下(くだ)さいませ、062偏(ひとへ)にお願(ねが)ひ致(いた)します』
063 虎公(とらこう)は此(この)話(はなし)にフツと目(め)を覚(さ)まし、
064虎公『お愛(あい)お前(まへ)其処(そこ)に何(なに)して居(ゐ)るのだ。065早(はや)く寝(ね)ないと明日(あす)は大活動(だいくわつどう)をせなくちやならないぞ』
066お愛『孫公(まごこう)さまが下(くだ)らぬ事(こと)を云(い)つて騒(さわ)いで居(ゐ)るものですから如何(どう)しても寝(ね)られないのですよ』
067虎公『孫公(まごこう)さま、068早(はや)くお寝(やす)みなさらぬか』
069と虎公(とらこう)がきめつける。
070孫公『何(なん)だか知(し)りませぬが、071お愛(あい)さまが夢(ゆめ)か現(うつつ)か分(わか)らないが二度(にど)迄(まで)も私(わたし)の側(そば)にやつて来(き)て、072引張(ひつぱ)つたり抓(つめ)つたり意茶(いちや)つくものだから、073チツとも寝(ね)られないのですよ。074チツと虎公(とらこう)さま、075女房(にようばう)に説諭(せつゆ)をして置(お)いて貰(もら)はぬと、076色男(いろをとこ)の孫公(まごこう)も本当(ほんたう)に迷惑(めいわく)致(いた)しますわい』
077虎公『アハヽヽヽ気楽(きらく)な男(をとこ)だなア。078……これお愛(あい)、079孫公(まごこう)さまをよく寝入(ねい)る様(やう)に、080お前(まへ)の乳(ちち)でも飲(の)まして「寝(ね)んね」でも歌(うた)つて寝(やす)ましてやつて呉(く)れ。081俺(おれ)達(たち)やモ一寝入(ひとねい)りしたいからな』
082お愛『オホヽヽヽ虎公(とらこう)さま、083そんな事(こと)云(い)つて下(くだ)さると困(こま)りますわ。084孫公(まごこう)さまの前(まへ)で……』
085孫公『オツと占(し)めた、086御(ご)亭主(ていしゆ)の許可(きよか)が下(さが)つたのだからもう大丈夫(だいぢやうぶ)だ。087これこれお愛(あい)さま、088遠慮(ゑんりよ)は要(い)らぬ、089苦(くる)しうない、090近(ちか)うおぢや』
091お愛『オホヽヽヽ、092又(また)女(をんな)の臭(くさ)い香(にほひ)がすると御(ご)迷惑(めいわく)だから遠慮(ゑんりよ)しておきませうか、093なあ、094妾(わたし)は男(をとこ)の側(そば)へ寄(よ)ると鼻(はな)を捩(ね)ぢたり、095目玉(めだま)をくり抜(ぬ)いたり、096乳(ちち)を噛(か)み切(き)つたり、097抓(つめ)りたいのが病(やまひ)ですから……それでも御(ご)承知(しようち)ですならお傍(そば)へ寄(よ)せて頂(いただ)きませう』
098孫公『虎公(とらこう)さまは随分(ずゐぶん)辛抱(しんばう)のいい男(をとこ)だと見(み)えるなア。099こんな剣呑(けんのん)な女(をんな)を如何(どう)してまア平気(へいき)に一緒(いつしよ)に寝(ね)て居(ゐ)るのだらう。100矢張(やつぱり)意茶(いちや)つかれるのが気分(きぶん)が好(い)いのかなア』
101お愛『虎公(とらこう)さまなら一度(いちど)だつて抓(つめ)るの、102齧(かじ)りつくの、103そんな乱暴(らんばう)な事(こと)はしませぬよ。104肩(かた)から足(あし)の先(さき)まで撫(な)でて可愛(かあい)がつて寝(ね)かして上(あ)げるのですからね』
105孫公『そんなら私(わたし)もさう願(ねが)ひたいものだなア』
106お愛『エヽ好(す)かんたらしい。107天(あま)ン若(じやく)だから抓(つめ)つたり噛(か)んだり、108可愛(かあい)がつてやると云(い)ふのですよ。109オホヽヽヽ』
110孫公『はい有難(ありがた)う。111それで何(なに)もかも私(わたし)の胸(むね)が開(ひら)けました。112実(じつ)の処(ところ)はお前(まへ)さまが私(わたし)の顔(かほ)を一寸(ちよつと)覗(のぞ)き込(こ)んで、113意味(いみ)ありげな笑(わら)ひ様(やう)をなさつたと思(おも)ひ、114此奴(こいつ)ア俺(おれ)にチヨイ惚(ぼれ)だなアと早合点(はやがてん)し、115それを根(ね)にしてお前(まへ)さまを密(ひそ)かに恋(こひ)する様(やう)になつたのだ。116併(しか)し今(いま)の言葉(ことば)によればお前(まへ)さまは此(この)孫公(まごこう)に対(たい)し、117吾(われ)不関(かんせず)焉(えん)の御(ご)心底(しんてい)だと云(い)ふ事(こと)が今(いま)初(はじ)めて分(わか)りました。118是(これ)で私(わたし)もスツカリ諦(あきら)めます。119何卒(どうぞ)安心(あんしん)して下(くだ)さいませ。120此(この)上(うへ)は決(けつ)して穢(けがらは)しい量見(りやうけん)は出(だ)しませぬから……』
121お愛『吾(われ)不関(かんせず)焉(えん)位(ぐらゐ)ですか。122本当(ほんたう)の事(こと)を云(い)へば孫公(まごこう)さまは鈍(どん)な男(をとこ)だ、123虫(むし)の好(す)かぬ男(をとこ)だと思(おも)つて居(ゐ)るのですよ。124お前(まへ)さまの方(はう)から吹(ふ)いて来(く)る風(かぜ)でさへも胸(むね)が悪(わる)いのだもの、125本当(ほんたう)にいけ好(す)かない野郎(やらう)だと心(こころ)の底(そこ)から思(おも)つて居(ゐ)ますのよ』
126孫公『ハイ、127有難(ありがた)う。128ようそこ迄(まで)嫌(きら)つて下(くだ)さいました。129それで私(わたし)も真人間(まにんげん)になつて助(たす)かります。130アヽ神(かみ)様(さま)、131有難(ありがた)う御座(ござ)います』
132と愛想(あいさう)尽(づ)かしを云(い)はれて、133孫公(まごこう)は心(こころ)の底(そこ)から打(う)ち喜(よろこ)び、134拍手(かしはで)をうつて大神(おほかみ)に感謝(かんしや)の詞(ことば)を捧(ささ)げて居(ゐ)る。
135 三公(さんこう)は又(また)もや目(め)を覚(さ)まし、
136三公『皆(みな)さま、137えらうお話(はなし)が機(はづ)んでる様(やう)ですが、138もう夜明(よあ)けに間(ま)もありますまいな』
139孫公(まごこう)『烏羽玉(うばたま)の暗夜(やみよ)はここに晴(は)れ渡(わた)り
140心(こころ)の空(そら)に照(て)る月(つき)の影(かげ)。
141来(き)て見(み)れば白山峠(しらやまたうげ)の登(のぼ)り口(ぐち)
142登(のぼ)りつめたる恋(こひ)の曲者(くせもの)。
143曲者(くせもの)は今(いま)や何処(いづこ)へ去(さ)りにけむ
144心(こころ)の空(そら)に懸(かか)る雲(くも)なし。
145草原(くさはら)を分(わ)けて怪(あや)しの物影(ものかげ)は
146吾(われ)を目当(めあて)に攻(せ)め寄(よ)せにける。
147その影(かげ)は何者(なにもの)ならむわが胸(むね)に
148潜(ひそ)み居(ゐ)たりし恋(こひ)の曲者(くせもの)。
149何時迄(いつまで)も胸(むね)の悪魔(あくま)の去(さ)らざれば
150吾(われ)は根底(ねそこ)の国(くに)に落(お)つべき。
151皇神(すめかみ)の深(ふか)き恵(めぐ)みに包(つつ)まれて
152草野(くさの)にやすく夜(よ)を眠(ねむ)りたり。
153惟神(かむながら)神(かみ)のまにまに進(すす)み行(ゆ)く
154大蛇(をろち)退治(たいぢ)の身(み)こそ尊(たふと)き』
155虎公(とらこう)『小夜(さよ)更(ふ)けて砧(きぬた)の声(こゑ)もとどまりぬ
156早(はや)く寝(い)ねませ孫公司(まごこうつかさ)よ』
157孫公(まごこう)『沸(わ)き返(かへ)る恋(こひ)の焔(ほのほ)に包(つつ)まれて
158心(こころ)苦(くる)しく眠(ねむ)られざりける』
159お愛(あい)『ほのぼのと東(あづま)の空(そら)も白山(しらやま)の
160麓(ふもと)に明(あ)かす神(かみ)の道芝(みちしば)』
161三公(さんこう)『騒(さわ)がしき声(こゑ)聞(き)きつけて起(お)き上(あが)り
162四辺(あたり)を見(み)れば恋(こひ)の曲者(くせもの)』
163孫公(まごこう)『まごまごと恋路(こひぢ)の暗(やみ)をさまよひて
164一目(ひとめ)も寝(ね)ずに泣(な)き暮(くら)しける。
165泣(な)き暮(くら)す恋(こひ)の虜(とりこ)は吾(われ)ならじ
166今(いま)は昔(むかし)の三公(さんこう)親分(おやぶん)よ』
167三公(さんこう)『晴(は)れ渡(わた)る大空(おほぞら)の如(ごと)きわが胸(むね)に
168恋(こひ)の黒雲(くろくも)かかるべしやは』
169お愛(あい)『人(ひと)はいざ知(し)らず妾(わらは)は何処迄(どこまで)も
170恋(こひ)と道(みち)とを立(た)て別(わ)け行(ゆ)かむ』
171虎公(とらこう)『迷(まよ)ひ行(ゆ)く恋(こひ)の坂道(さかみち)漸(やうや)くに
172踏(ふ)み越(こ)えましし三公(さんこう)の君(きみ)』
173孫公(まごこう)『まごまごと白山峠(しらやまたうげ)の山麓(さんろく)に
174まごつき恋(こひ)の夢(ゆめ)を見(み)しかな。
175夢(ゆめ)に見(み)て恋(こひ)しきものを現身(うつそみ)の
176君(きみ)に添(そ)ひなば如何(いか)に楽(たの)しき。
177まて暫(しば)し心猿(しんゑん)意馬(いば)は又(また)狂(くる)ふ
178心(こころ)の手綱(たづな)かたく結(むす)ばむ。
179惟神(かむながら)神(かみ)の教(をしへ)の道(みち)をふみ
180恋(こひ)の曲者(くせもの)斬(き)りて屠(ほふ)らむ。
181迷(まよ)ひけり覚(さ)めけり又(また)も迷(まよ)ひけり
182夢(ゆめ)に夢見(ゆめみ)る浮世(うきよ)なりせば』
183 夜(よ)は漸(やうや)くに白(しら)み初(はじ)めた。184四(よ)人(にん)はムツクと起(お)き谷川(たにがは)に手水(てうづ)を使(つか)ひ身(み)を清(きよ)め、185天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、186携(たづさ)へ来(きた)りし弁当(べんたう)を食(くら)ひ、187赤禿(あかはげ)だらけの白山峠(しらやまたうげ)を登(のぼ)り行(ゆ)く。188孫公(まごこう)は道々(みちみち)足拍子(あしびやうし)を取(と)つて歌(うた)ひ出(だ)す。
189孫公『「ウントコドツコイ」きつい坂(さか)
190今(いま)行(ゆ)く坂(さか)は恋(こひ)の坂(さか)
191善(ぜん)か悪(あく)かは白山(しらやま)の
192峠(たうげ)を渡(わた)るわが恋路(こひぢ)
193知(し)らず識(し)らずに村肝(むらきも)の
194心(こころ)の曲者(くせもの)跳梁(てうりやう)し
195お愛(あい)の方(かた)に目(め)をくれて
196「ウントコドツコイ」きつい坂(さか)
197及(およ)ばぬ事(こと)のみ思(おも)ひつめ
198心(こころ)を苦(くる)しめ居(ゐ)たりしが
199「ウントコドツコイ ハアハアハア」
200油断(ゆだん)をすれば危(あぶ)ないぞ
201危(あぶ)ない危(あぶ)ない恋(こひ)の闇(やみ)
202寝(ね)られぬままに起(お)き上(あが)り
203彼方(あちら)此方(こちら)と「ドツコイシヨ」
204夜霧(よぎり)の中(なか)を逍遥(さまよ)うて
205恋(こひ)の焔(ほのほ)を消(け)すうちに
206ザアザアザアと音(おと)たてて
207「ウントコドツコイ」又(また)滑(すべ)る
208怪(あや)しの女(をんな)が只(ただ)一人(ひとり)
209薄(すすき)の中(なか)から手(て)を伸(の)ばし
210「ウントコドツコイ」嫌(いや)らしい
211妙(めう)な声(こゑ)をばふりしぼり
212モシモシこれこれ旅(たび)の人(ひと)
213「ドツコイドツコイ」私(わたくし)は
214お前(まへ)に願(ねが)ひがありまする
215何卒(どうぞ)此方(こちら)へ来(き)てお呉(く)れ
216お頼(たの)み申(まを)すと云(い)ふ故(ゆゑ)に
217寝(ね)られぬままに「ドツコイシヨ」
218孫公司(まごこうつかさ)が跟(つ)いて行(ゆ)く
219やさしい女(をんな)の顔(かほ)に似(に)ず
220口(くち)を極(きは)めて荒男(あらをとこ)
221神(かみ)の司(つかさ)を捉(つか)まへて
222口(くち)を極(きは)めて嘲弄(てうろう)する
223こりや怪(け)しからぬ女(をんな)奴(め)と
224眼(まなこ)を据(す)ゑて「ウントコシヨ」
225睨(にら)めば女(をんな)は打笑(うちわら)ひ
226女(をんな)に「ドツコイ」魂(たま)抜(ぬ)かれ
227荒野(あらの)を逍遥(さまよ)ふ「ドツコイシヨ」
228腰抜(こしぬけ)男(をとこ)のお前(まへ)さま
229お愛(あい)の方(かた)を恋(こひ)しいと
230迷(まよ)ふ心(こころ)の執着(しふちやく)が
231妾(わたし)の身体(からだ)を生(う)みました
232ほんに困(こま)つた男(をとこ)だと
233散々(さんざん)小言(こごと)を並(なら)べ立(た)て
234孫公(まごこう)凹(へこ)ます折柄(をりから)に
235何処(どこ)ともなしに宣伝歌(せんでんか)
236闇(やみ)を通(とほ)して響(ひび)き来(く)る
237「ハアハアハアハア」えらい坂(さか)
238「如何(いか)にも息(いき)が絶(き)れさうな」
239玉治別(たまはるわけ)と名乗(なの)りつつ
240孫公司(まごこうつかさ)を誡(いまし)めの
241手痛(ていた)い意見(いけん)の宣伝歌(せんでんか)
242こりや堪(たま)らぬと首(くび)おさへ
243眼(まなこ)を閉(と)ぢて居(ゐ)る間(うち)に
244以前(いぜん)の女(をんな)は何処(どこ)へやら
245煙(けむり)となつて「ドツコイシヨ」
246姿(すがた)を隠(かく)した訝(いぶか)しさ
247折(をり)から吹(ふ)き来(く)る夜嵐(よあらし)に
248面(おもて)を撫(な)でられ気(き)がつけば
249執着心(しふちやくしん)の恋(こひ)の犬(いぬ)
250主人(しゆじん)の寝(ね)たのを幸(さいは)ひに
251跋扈(ばつこ)跳梁(てうりやう)して居(を)つた
252あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
253思(おも)へば思(おも)へば馬鹿(ばか)らしい
254別(べつ)に恋(こひ)しと「ドツコイシヨ」
255俺(おれ)は思(おも)うたぢや無(な)けれども
256心(こころ)に潜(ひそ)む曲者(くせもの)が
257此(この)肉体(にくたい)を左右(さいう)して
258「ウントコドツコイ ヤツトコシヨ」
259あんな心(こころ)にしたのだらう
260あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
261神(かみ)の尊(たふと)き御光(みひかり)に
262心(こころ)の闇(やみ)も晴(は)れ渡(わた)り
263夜(よ)も白々(しらじら)と白山(しらやま)の
264峠(たうげ)を越(こ)えてスツポンの
265湖(うみ)に潜(ひそ)める曲津見(まがつみ)の
266大蛇(をろち)を言向(ことむ)け和(やは)さむと
267進(すす)み行(ゆ)くこそ楽(たの)しけれ
268あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
269神(かみ)の助(たす)けを蒙(かうむ)りて
270吾(われ)等(ら)一行(いつかう)四(よ)人(にん)づれ
271協心(けふしん)戮力(りくりよく)「ドツコイシヨ」
272臍(ほぞ)を固(かた)めて曲神(まがかみ)の
273醜(しこ)の砦(とりで)に立(た)ち向(むか)ひ
274善言(ぜんげん)美詞(びし)の言霊(ことたま)に
275大蛇(をろち)の霊(れい)を解脱(げだつ)させ
276天国(てんごく)浄土(じやうど)に救(すく)ひつつ
277皇(すめ)大神(おほかみ)の御教(みをしへ)を
278禽獣(きんじう)虫魚(ちうぎよ)に至(いた)るまで
279開(ひら)き行(ゆ)くこそ雄々(をを)しけれ
280あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
281御魂(みたま)幸(さちは)へましませよ』
282と歌(うた)ひ乍(なが)ら、283四(よ)人(にん)は漸(やうや)くにして白山峠(しらやまたうげ)の絶頂(ぜつちやう)に辿(たど)りつけり。
284(大正一一・九・一六 旧七・二五 北村隆光録)
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