霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第六章 妖霧(えうむ)〔一〇七一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第39巻 舎身活躍 寅の巻 篇:第2篇 黄金清照 よみ(新仮名遣い):おうごんせいしょう
章:第6章 妖霧 よみ(新仮名遣い):ようむ 通し章番号:1071
口述日:1922(大正11)年10月22日(旧09月3日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年5月5日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
谷道の傍らの森に、古ぼけた祠があった。レーブとタールはその後ろに隠れて、先ほどの災難についてひそひそ話にふけっている。そこへ、息をはずませてハムが祠の前にやってきた。
ハムは、二人の女に投げられた災難を吐露し、レーブとタールが自分を助けるどころか悪態をついて放置していたことに怒りを表した。
ハムは、そのあと聞こえてきた宣伝歌から三五教徒がの応援が来たと思い、その恐ろしさを祠の前に訴えた。そしてもう体が動かくなったと嘆き、バラモン教の神に助けを乞うた。
河鹿川の谷底から立ち上った霧にあたりは包まれ、一足先も見えなくなってしまった。レーブとタールはハムが弱音を吐いて参っているのをからかってやろうと、霧を幸い祠の下から這い出した。
タールとレーブは、黄金姫と清照姫の声色を使って、鬼の母子を演じ、ハムを震え上がらせた。ハムは恐ろしさに思わず、霧の中の声に向かって命乞いを始める。
二人が鬼の母子の真似をしてハムをなぶっていると、山おろしに霧は払われて、三人の姿ははっきりをわかってきた。ハムは、レーブとタールが自分をからかっていたことがわかり、怒りに足腰の痛みも忘れて立ち上がった。
レーブとタールをそれをみて、細谷道を命からがら逃げて行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-11-17 11:59:09 文字数:5475 OBC :rm3906
愛善世界社版:78頁 八幡書店版:第7輯 308頁 修補版: 校定版:81頁 普及版:31頁 初版: ページ備考:
001 谷路(たにみち)の傍(かたはら)のコンモリとした森(もり)に古(ふる)ぼけた一(ひと)つの祠(ほこら)がある。002其(その)後(うしろ)にヒソビソ話(ばなし)をしてゐる二人(ふたり)の男(をとこ)があつた。
003タール『オイ、004レーブ、005今日(けふ)位(ぐらゐ)怖(こは)い目(め)に会(あ)うた事(こと)はないぢやないか、006イヤ怪体(けたい)な日(ひ)はあるまい。007バラかパンヂーか芍薬(しやくやく)かと云(い)ふやうな美(うつく)しいクヰン様(さま)が婆(ば)アと二人(ふたり)連(づ)れで河鹿(かじか)峠(たうげ)を天降(あまくだ)り遊(あそ)ばしたので、008俺(おれ)は一目(ひとめ)其(その)お姿(すがた)を拝(をが)むなり、009魂(たましひ)が宙(ちう)に飛(と)び、010仮令(たとへ)敵(てき)でも構(かま)はぬ、011一(いつ)ぺんあの綺麗(きれい)な手(て)で、012三(さん)人(にん)の奴(やつ)のやうにさわつて貰(もら)ひたかつたが、013併(しか)し乍(なが)らあんな目(め)に会(あ)うても約(つま)らないし、014一体(いつたい)あれは何神(なにがみ)さまだらう。015俺(おれ)はそれからこつちといふものは、016あの女神(めがみ)の姿(すがた)が目(め)にちらついて、017何(ど)うにも斯(か)うにも仕方(しかた)がないワ。018怖(こは)いやうな何(なん)とも言(い)へぬ気分(きぶん)になつて来(き)たよ』
019レーブ『貴様(きさま)も余程(よほど)良(よ)いデレ助(すけ)だな。020そんなこつて大切(たいせつ)な使命(しめい)が勤(つと)まるか。021もし貴様(きさま)、022あれが例(れい)のレコであつたら、023如何(どう)する積(つもり)だ』
024タール『そんな事(こと)は先(さき)にならな分(わか)らぬワイ。025兎(と)も角(かく)粋(すゐ)の利(き)かぬ奴(やつ)計(ばか)りがゴロついてるものだから、026施(ほどこ)すべき手段(しゆだん)がない。027併(しか)し三(さん)人(にん)の奴(やつ)は仮令(たとへ)命(いのち)はなくなつても光栄(くわうえい)だと思(おも)うて、028成仏(じやうぶつ)するだらう。029あんな高(たか)い所(ところ)からウンと一思(ひとおも)ひに天国(てんごく)へ行(ゆ)けるのならば、030おれもあの女神(めがみ)に放(ほ)つて貰(もら)うて、031天国(てんごく)へ行(い)つた方(はう)が何程(なにほど)結構(けつこう)だか知(し)れない。032実際(じつさい)此(この)世(よ)の中(なか)に居(を)つたつて面白(おもしろ)くも何(なん)ともないからなア』
033レーブ『それ程(ほど)死(し)にたいのなら、034なぜハムが追(お)ひかけた時(とき)に殺(ころ)して貰(もら)はなんだのだ。035ヤツパリ貴様(きさま)は命(いのち)が惜(をし)いのだらう』
036タール『馬鹿(ばか)言(い)ふな。037貴様(きさま)が逃(に)げるものだから朋友(ほういう)の義務(ぎむ)を重(おも)んじて、038附合(つきあひ)に逃(に)げてやつたのだ。039何程(なにほど)天国(てんごく)がよいと云(い)つても、040ハムのやうな奴(やつ)に殺(ころ)されてはたまらぬからな。041たつた一(いつ)ぺんより死(し)ぬ事(こと)の出来(でき)ぬ命(いのち)を、042アテーナの女神(めがみ)の様(やう)なクヰン様(さま)の御(お)手(て)に掛(かか)つて死(し)ぬのならば死(し)んでも冥(めい)するが、043ゲヂゲヂのやうに世間(せけん)から厭(いや)がられてる鬼面(おにづら)のハムの手(て)にかかるこたア、044何程(なにほど)死(し)に好(ずき)の俺(おれ)だつて真平(まつぴら)御免(ごめん)蒙(かうむ)りたいワイ。045アーアま一度(いちど)女神(めがみ)の御(お)顔(かほ)が拝(をが)みたくなつて来(き)たワイ』
046レーブ『婆(ば)アサンの御(お)顔(かほ)は如何(どう)だ。047万々一(まんまんいち)あのクヰンさまがお前(まへ)の女房(にようばう)になつてやると仰有(おつしや)つたら、048婆(ば)アサンもキツとお添物(そへもの)に出(で)て来(く)るに違(ちがひ)ないが、049其(その)時(とき)にや貴様(きさま)如何(どう)する積(つもり)だ』
050タール『婆(ば)アサンだつて女(をんな)だよ、051あんな娘(むすめ)を生(う)んだ位(くらゐ)だから、052若(わか)い時(とき)は非常(ひじやう)なナイスに違(ちがひ)ない、053昔(むかし)のナイスだと思(おも)へば余(あま)り気分(きぶん)も悪(わる)いこたアない事(こと)はないワイ。054ウツフヽヽヽ』
055レーブ『コリヤ静(しづか)にせい。056ハムの奴(やつ)、057声(こゑ)を聞(き)きつけてやつて来(き)やがつたら、058それこそ大変(たいへん)だぞ。059俺(おれ)の命(いのち)を今度(こんど)は取(と)るに違(ちがひ)ない、060余(あま)り両人(りやうにん)が云(い)ひすぎたからなア、061大変(たいへん)に怒(おこ)つてけつかるに違(ちがひ)ないから、062マア暫(しばら)く沈黙(ちんもく)の幕(まく)をおろして、063潜航艇(せんかうてい)のやうに祠(ほこら)の床下(ゆかした)にでも伏艇(ふくてい)して居(を)らうぢやないか』
064 かかる所(ところ)へ足音(あしおと)高(たか)くスースーと息(いき)をはずませやつて来(き)たのはハムである。065ハムは祠(ほこら)の前(まへ)の置石(おきいし)に腰(こし)を打(うち)かけて独言(ひとりごと)をいつてゐる。
066ハム『アーア、067何(なん)といふ今日(けふ)は怪体(けつたい)な日(ひ)だらう。068天女(てんによ)のやうなナイスがやつて来(き)やがつて、069無限(むげん)の力(ちから)をあらはし、070おれたち三(さん)人(にん)を猫(ねこ)が蛙(かへる)を銜(くは)へたやうに、071ポイと谷底(たにそこ)へ投(な)げこみ、072サツサと行(い)つて了(しま)ひやがつた。073空中(くうちう)を七八回(しちはちくわい)も廻転(くわいてん)したと思(おも)へば、074真綿(まわた)のやうな砂(すな)の上(うへ)へドスンと落(おと)され、075暫(しばら)くは気(き)が遠(とほ)くなつてゐたが、076漸(やうや)くにして気(き)がつき起上(おきあが)らうとすれ共(ども)、077腰(こし)の骨(ほね)が如何(どう)なりよつたか、078チーツとも動(うご)けないので自然(しぜん)療治(れうぢ)を待(ま)つてゐると、079そこへレーブ、080タールの無情漢(むじやうかん)奴(め)がやつて来(き)て、081俺(おれ)を水葬(すゐさう)するの、082二人(ふたり)を助(たす)けてやるのと、083吐(ほざ)いてゐやがる。084怪(け)しからぬ事(こと)を吐(ぬか)す奴(やつ)と腹(はら)が立(た)つて堪(たま)らず、085腰(こし)の痛(いた)みも打忘(うちわす)れて起(お)き上(あが)るや否(いな)や、086二人(ふたり)の奴(やつ)ア、087雲(くも)を霞(かすみ)と逃(に)げて了(しま)ひよつた。088モウ大分(だいぶ)に行(ゆ)きよつただらう。089イール、090ヨセフの両人(りやうにん)をまだ温(ぬく)みがあるので生(い)き返(かへ)らしてやらうと思(おも)ひ、091いろいろ介抱(かいほう)してると、092何(なん)とも知(し)れぬ腹(はら)を抉(えぐ)るやうな声(こゑ)で、093宣伝歌(せんでんか)を歌(うた)うて来(く)る奴(やつ)がある。094此奴(こいつ)ア、095キツと最前(さいぜん)の母娘(おやこ)の者(もの)の身内(みうち)に違(ちがひ)ない、096グヅグヅしてると大変(たいへん)と漸(やうや)う此処(ここ)までやつて来(き)たが又(また)もや腰(こし)が痛(いた)み一歩(いつぽ)も歩(ある)けぬやうになつて了(しま)つた。097ヤレ嬉(うれ)しやと気(き)がゆるんだが口(くち)計(ばか)り達者(たつしや)で身体(からだ)がサツパリ動(うご)かぬ。098アヽ如何(どう)したら良(よ)からうかな。099もしや最前(さいぜん)の宣伝使(せんでんし)がやつて来(き)よつたら、100又候(またぞろ)谷底(たにそこ)へ放(ほ)られて今度(こんど)こそ命(いのち)の終末(しうまつ)だ、101アーア、102バラモン教(けう)の大神(おほかみ)様(さま)、103私(わたし)はお道(みち)の為(ため)にやつた事(こと)で厶(ござ)いますから、104仮令(たとへ)少々(せうせう)不調法(ぶてうはふ)が厶(ござ)いましても広(ひろ)き心(こころ)に見直(みなほ)して此(この)足腰(あしこし)を早(はや)く立(た)てて下(くだ)さいませ、105お願(ねがひ)致(いた)します』
106と涙声(なみだごゑ)になつて祈(いの)り出(だ)した。107レーブ、108タールの二人(ふたり)は祠(ほこら)の床下(ゆかした)から此(この)独言(ひとりごと)をスツカリ聞(き)いて了(しま)ひ、109互(たがひ)に舌(した)を出(だ)してニタツと笑(わら)ひ、110何(なに)か肯(うなづ)き合(あ)うてゐる。
111 俄(にはか)に河鹿川(かじかがは)の谷底(たにそこ)から濛々(もうもう)として灰色(はひいろ)の霧(きり)が立昇(たちのぼ)り、112あたりを包(つつ)んで了(しま)つた。113最早(もはや)一足先(ひとあしさき)も見(み)えなくなつた。114二人(ふたり)はこれ幸(さいは)ひと祠(ほこら)の床下(ゆかした)から這(は)ひ出(だ)した。
115 ハムは苦痛(くつう)益々(ますます)烈(はげ)しくなつたと見(み)え、116ウンウンと唸(うな)り出(だ)し、117終(つひ)には、
118ハム『アヽ苦(くる)しい苦(くる)しい』
119と身(み)をもがく様子(やうす)が、120霧(きり)を通(とほ)してボンヤリと見(み)えて来(き)た。121ハムは二人(ふたり)のここに居(ゐ)ることは夢(ゆめ)にも知(し)らなかつた。122只(ただ)宣伝使(せんでんし)の一行(いつかう)が追(お)ひかけて来(き)はせまいかと、123それのみが恐(おそ)ろしくて震(ふる)ふてゐたのである。
124 レーブは婆(ばば)アの作(つく)り声(ごゑ)になつて、
125レーブ『此(この)祠(ほこら)の前(まへ)に卑怯(ひけふ)未練(みれん)にも、126八尺(やさか)の男(をとこ)が吠(ほ)え面(づら)をかわき、127何(なに)をグヅグヅといつてゐるのだ。128わしは河鹿(かじか)峠(たうげ)でお前(まへ)を谷底(たにそこ)へ放(ほ)り込(こ)んだ黄金姫(わうごんひめ)だよ。129モウ今頃(いまごろ)は十万(じふまん)億土(おくど)の旅(たび)をしてゐるかと思(おも)うたに、130またこんな所(ところ)へ迷(まよ)うて来(き)たのか、131ヨモヤ幽霊(いうれい)ではあるまい。132蛇(くちなは)の生殺(なまごろ)しにしておいても、133ハムも可哀想(かあいさう)だから、134スツパリと殺(ころ)してやらねばなるまい。135ここに尖(とが)つた岩(いは)がある。136コレ清照姫(きよてるひめ)、137お前(まへ)と二人(ふたり)で彼奴(あいつ)の徳利(とくり)を叩(たた)きわつてやりませうか。138酒(さけ)の代(かは)りに赤(あか)い血(ち)が出(で)るだらうから、139それを酒(さけ)の代(かは)りに呑(の)んでみたら随分(ずゐぶん)甘(うま)からう、140大分(だいぶ)永(なが)らく人間(にんげん)の血(ち)を吸(す)はなかつたが、141大変(たいへん)良(よ)い獲物(えもの)ぢや、142かうして黄金姫(わうごんひめ)と化(ば)けてゐるのも随分(ずゐぶん)辛(つら)いものぢや。143アヽ神(かみ)さまは結構(けつこう)な飲食(おんじき)を与(あた)へて下(くだ)さる、144臀部(でんぶ)あたりは随分(ずゐぶん)ポツテリと肉(にく)がついて居(ゐ)るから、145スキ焼(やき)にして食(く)へば大変(たいへん)に味(あぢ)が良(い)いのだけれど、146何(なに)を云(い)うても道中(だうちう)の事(こと)だから、147此(この)刀(かたな)で一片(ひときれ)々々(ひときれ)ゑぐつて生(なま)で食(く)うた方(はう)が味(あぢ)がよからうぞや。148オツホヽヽヽ』
149 タールは若(わか)い女子(をなご)の声(こゑ)で、
150タール『お母(か)アさま、151本当(ほんたう)にお腹(なか)が空(す)いて、152此(この)鬼娘(おにむすめ)も困(こま)つて居(を)りました。153これも全(まつた)く鬼雲彦(おにくもひこ)さまの大黒主(おほくろぬし)が与(あた)へて下(くだ)さつたのでせう。154今日(けふ)で三(さん)年(ねん)も蜈蚣姫(むかでひめ)さま、155小糸姫(こいとひめ)さまの所在(ありか)を尋(たづ)ねると云(い)つて、156手当(てあて)ばかりをボツタくり、157チツとも目(め)ざましい仕事(しごと)を致(いた)さぬので罰(ばち)が当(あた)り、158鬼雲彦(おにくもひこ)さまがキツと吾々(われわれ)母娘(おやこ)に久(ひさ)しぶりで与(あた)へて下(くだ)さつたのでせう。159どうもグリグリした厭(いや)らしい目玉(めだま)だから、160あの目(め)から先(さき)にゑぐり出(だ)してやりませうか、161ホツホヽヽヽ。162なんと甘(うま)さうな匂(にほ)ひが致(いた)しますこと、163鬼(おに)も時々(ときどき)こんな事(こと)が無(な)ければやり切(き)れませぬワ。164イツヒヽヽヽ』
165 靄(もや)に包(つつ)まれて声(こゑ)のみより聞(きこ)えぬので、166ハムは以前(いぜん)の母娘(おやこ)はヤツパリ鬼(おに)であつたか、167コリヤたまらぬ……と逃(に)げ出(だ)さうとすれ共(ども)、168腰(こし)は痛(いた)み、169足(あし)は萎(な)え、170ビクとも動(うご)かれない。171とうとうハムは泣声(なきごゑ)を出(だ)して、
172ハム『モシモシ鬼(おに)の母娘(おやこ)様(さま)、173どうぞ今日(けふ)計(ばか)りは惜(をし)い命(いのち)をお助(たす)け下(くだ)さいませ。174私(わたし)は鬼雲彦(おにくもひこ)さまの家来(けらい)で厶(ござ)います。175私(わたし)のやうな者(もの)をおあがりになつては、176却(かへつ)てあなたの罪(つみ)になり鬼雲彦(おにくもひこ)さまからお咎(とが)めの程(ほど)も恐(おそ)ろしう厶(ござ)いませう。177味方(みかた)が味方(みかた)を食(く)ふといふ事(こと)はあり得(う)可(べか)らざる所(ところ)、178どうぞ今日(けふ)の所(ところ)は御(ご)無礼(ぶれい)をお赦(ゆる)し下(くだ)さいまして、179命(いのち)計(ばか)りはお助(たす)けを願(ねが)ひます』
180タール『ホツホヽヽヽあのハムの白々(しらじら)しい言葉(ことば)、181コレ鬼婆(おにば)アさま、182何事(なにごと)も耳(みみ)をふたして食(く)つてやりませうか。183鬼雲彦(おにくもひこ)さまだつて、184こんな所(ところ)までお目(め)が届(とど)く道理(だうり)もなし、185頭(あたま)からスツカリ食(く)つて雪隠(せんち)で饅頭(まんぢう)食(く)つたやうな顔(かほ)さへして居(を)ればメツタに分(わか)りはしませぬ。186幸(さいは)ひ山中(やまなか)の事(こと)とて誰一人(たれひとり)見(み)て居(ゐ)る鬼(おに)もなし、187こんな機会(きくわい)はありませぬ。188あゝモウたまらぬたまらぬ、189何(なん)ともいへぬ甘(うま)さうな人(ひと)の匂(にほ)ひだ。190ナア鬼婆(おにば)アさま、191グヅグヅしてゐると三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)が来(き)たら大変(たいへん)です』
192 ハムはあわてて、
193ハム『モシモシ鬼婆(おにば)アさまに鬼娘(おにむすめ)さま、194そりや余(あま)りお胴欲(どうよく)ぢや。195味方(みかた)が味方(みかた)を殺(ころ)すといふ事(こと)がどこにありますか。196私(わたし)をバラモン教(けう)同士(どうし)のよしみで助(たす)けて下(くだ)さいな』
197タール『ホツホヽヽヽ鬼婆(おにば)アさまあれをお聞(き)きなさいませ。198あんな勝手(かつて)な事(こと)を言(い)ひます、199味方(みかた)の中(なか)にも敵(てき)があるといふぢやありませぬか。200此(この)ハムといふ奴(やつ)、201味方(みかた)の中(なか)の敵(てき)ですから、202何(なん)の容捨(ようしや)もいりますまい、203分(わか)つた所(ところ)で御(ご)褒美(ほうび)こそ頂(いただ)け、204鬼雲彦(おにくもひこ)さまからお叱言(こごと)を頂(いただ)く気遣(きづかひ)はありませぬ。205此奴(こいつ)の同類(どうるゐ)にレーブ、206タールと云(い)ふ奴(やつ)があつて、207最前(さいぜん)婆(ば)アさまと私(わたし)と二人(ふたり)して谷底(たにそこ)へ放(ほ)り込(こ)んでやつたイール、208ヨセフ等(ら)三(さん)人(にん)の命(いのち)を助(たす)けにはるばる谷底(たにそこ)へ尋(たづ)ね行(ゆ)き、209同(おな)じ味方(みかた)であり乍(なが)ら此(この)ハムだけは悪人(あくにん)だから助(たす)けてやらぬ方(はう)がよからう、210憎(にく)まれ子(ご)世(よ)にはばると云(い)つて、211どうにもかうにも仕方(しかた)のない奴(やつ)だと、212現(げん)に此奴(こいつ)の部下(ぶか)でさへも言(い)つてゐた位(くらゐ)だから、213喰(く)つた所(ところ)でメツタに罰(ばち)は当(あた)りませぬ、214のうレーブよ……オツトドツコイ鬼婆(おにば)アさま』
215レーブ『コリヤ心得(こころえ)てものを云(い)はぬかい、216ハム公(こう)の奴(やつ)、217悟(さと)つたら折角(せつかく)の狂言(きやうげん)が水(みづ)の泡(あわ)になるぢやないか』
218タール『ナーニ悟(さと)つたつて構(かま)ふものか、219ハムは足腰(あしこし)が立(た)たぬのだから、220鬼婆(おにばば)でなくても鬼娘(おにむすめ)でなくても、221あの一升(いつしよう)徳利(どくり)をカチわつて、222生血(なまち)を絞(しぼ)り出(だ)し、223臀肉(けつにく)でも食(く)うてやれば良(い)いのだ。224サアサア、225早(はや)いがお得(とく)だ、226グヅグヅしてると、227三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)にでも見(み)つかつたら大変(たいへん)だぞ』
228ハム『モシモシ鬼婆(おにば)アさま、229鬼娘(おにむすめ)さま、230そんなレーブやタールに化(ば)けたつて駄目(だめ)です。231私(わたし)はそんな事(こと)に騙(だま)されるやうな善人(ぜんにん)では厶(ござ)いませぬ、232悪人(あくにん)でも厶(ござ)いませぬワイ。233どうぞ今日(けふ)丈(だけ)は気(き)よう見(み)のがして下(くだ)さいな、234これ丈(だけ)脛腰(すねこし)の立(た)たぬやうな者(もの)を自由(じいう)にするのなら、235三(み)つ子(ご)でも致(いた)しますぞや。236弱味(よわみ)につけ込(こ)んでそんな事(こと)をなさると、237鬼婆(おにば)アさま沽券(こけん)が下(さが)ります、238モツト負惜(まけをし)みの強(つよ)い代物(しろもの)の、239レーブ、240タールが今(いま)此(この)先(さき)逃(に)げましたから、241彼奴(あいつ)は私(わたくし)と違(ちが)つて肉付(にくづき)もよし血(ち)も沢山(たくさん)厶(ござ)います。242どうぞ今日(けふ)は彼奴(あいつ)をきこしめし、243私(わたくし)は親(おや)の命日(めいにち)だから許(ゆる)して下(くだ)さい。244冥土(めいど)に御座(ござ)る父母(ちちはは)がどれ丈(だけ)歎(なげ)く事(こと)か知(し)れませぬ。245アンアンアン オンオンオン』
246と狼(おほかみ)のやうに泣(な)き出(だ)した。
247レーブ『其(その)レーブ、248タールといふ奴(やつ)は、249貴様(きさま)より善人(ぜんにん)か悪人(あくにん)か、250それを聞(き)かして呉(く)れ』
251ハム『ハイハイ聞(き)かせます共(とも)、252私(わたくし)は只(ただ)職務(しよくむ)忠実(ちうじつ)に部下(ぶか)を厳(きび)しく使(つか)ひますものだから、253悪人(あくにん)にしられて居(ゐ)るのです。254そして地位(ちゐ)が高(たか)いものですから、255猜疑心(さいぎしん)を起(おこ)して、256何(なん)とかかんとか悪評(あくひやう)を立(た)てられてるので、257決(けつ)して世間(せけん)に言(い)うてるやうな悪人(あくにん)ぢや厶(ござ)いませぬ。258あなたも鬼(おに)さまなら、259よく私(わたし)の腹(はら)の底(そこ)が分(わか)りませう。260善人面(ぜんにんづら)をして歩(ある)いてる奴(やつ)にロクな奴(やつ)ア、261今(いま)の時節(じせつ)にや厶(ござ)いませぬ。262レーブ、263タールの如(ごと)きは、264実(じつ)に現代(げんだい)思潮(してう)の悪方面(あくはうめん)を遺憾(ゐかん)なく具備(ぐび)した奴(やつ)ですから、265まだ遠(とほ)くも行(ゆ)きますまい。266此(この)先(さき)あたりにマゴついてるに違(ちがひ)ないから、267彼奴(あいつ)を一(ひと)カブリ カブつてやつて下(くだ)さい、268然(さう)すりや鬼(おに)さまのお役目(やくめ)もつとまり、269此(この)世(よ)の中(なか)から悪(あく)の断片(だんぺん)が取除(とりのぞ)かれるといふもの、270私(わたくし)のやうな腰抜(こしぬけ)の萎(しな)びた善人(ぜんにん)は駄目(だめ)ですよ。271どうぞなる事(こと)ならば、272レーブ、273タールを追(お)つかけて下(くだ)さい』
274レーブ『此(こ)の鬼婆(おにばば)アは悪人(あくにん)は骨(ほね)がこわいから嫌(いや)だ、275お前(まへ)のやうな善人(ぜんにん)が喰(く)ひたくて捜(さが)してゐたのだよ。276人間(にんげん)を取(と)つて食(く)はうと思(おも)へば世界(せかい)に浜(はま)の真砂(まさご)ほどあるが、277食(く)て味(あぢ)のよい善人(ぜんにん)がないから、278かうして母子(おやこ)の鬼(おに)がひもじい腹(はら)を抱(かか)へてそこら中(ぢう)をウロついてゐるのだ。279善人(ぜんにん)と聞(き)けばどうしても喰(く)はずに居(を)られぬ。280コレ鬼娘(おにむすめ)今日(けふ)は何(なん)といふ吉日(きちじつ)だらう』
281タール『本当(ほんたう)に鬼婆(おにば)アさまの仰有(おつしや)る通(とほ)り、282こんな嬉(うれ)しい事(こと)は厶(ござ)いませぬワ。283善人(ぜんにん)の少(すくな)い世(よ)の中(なか)にハムのやうな善人(ぜんにん)が見(み)つかつたのは、284掃溜(はきだめ)を捜(さが)してダイヤモンドを拾(ひろ)つたやうなものだ。285これを喰(く)はいで何(なに)を喰(く)ひませう』
286ハム『モシモシ私(わたくし)の言(い)ひ違(ちがひ)で厶(ござ)います。287ハムは天下(てんか)一品(いつぴん)の大悪人(だいあくにん)で厶(ござ)います。288本当(ほんたう)の善人(ぜんにん)といつたら、289タール、290レーブの両人(りやうにん)で厶(ござ)います。291最前(さいぜん)お前(まへ)さまが、292ハム、293イール、294ヨセフの三(さん)人(にん)を谷底(たにそこ)へ投(な)げ込(こ)みなさつた時(とき)、295三(さん)人(にん)の者(もの)はすでに縡切(ことき)れむとする所(ところ)、296危険(きけん)を冒(をか)してあの谷川(たにがは)を渡(わた)り、297御(ご)親切(しんせつ)に三(さん)人(にん)を助(たす)けてやらうとした大善人(だいぜんにん)で厶(ござ)いますから、298キツと血(ち)の味(あぢ)もよく、299たべ具合(ぐあひ)が宜(よろ)しいに違(ちがひ)はありませぬ。300善人(ぜんにん)が味(あぢ)がよければ彼(かれ)等(ら)両人(りやうにん)に限(かぎ)ります。301私(わたくし)のやうな者(もの)をおあがりになつても砂(すな)をかむやうなものですから、302どうぞこんなガラクタに目(め)をくれず、303天下(てんか)一品(いつぴん)の彼(かれ)等(ら)善人(ぜんにん)を早(はや)く追(お)つかけなさいませ。304グヅグヅしてるとどつかへ沈没(ちんぼつ)して了(しま)ひます』
305レーブ『此(この)鬼婆(おにばば)アは時々(ときどき)虫(むし)が変(かは)つて刹那(せつな)々々(せつな)に気(き)の持方(もちかた)が違(ちが)つて来(く)る。306最前(さいぜん)は善人(ぜんにん)が喰(く)ひたいと思(おも)うたが、307余(あま)り歯(は)ごたへがないから、308一(ひと)つ天下(てんか)一品(いつぴん)の大悪人(だいあくにん)たるお前(まへ)が喰(く)つてみたいのだ。309サア覚悟(かくご)をしたがよからう、310お念仏(ねんぶつ)でも申(まを)さいのう。311オツホヽヽヽウツフヽヽヽ足腰(あしこし)も立(た)たずに口(くち)計(ばか)り達者(たつしや)なハムも気(き)の毒(どく)なものだ。312此(この)通(とほ)り霧(きり)が四方(しはう)を立(た)ちこめ、313日輪(にちりん)さまの御(お)光(ひかり)も無(な)くなれば、314鬼(おに)の得意(とくい)時代(じだい)だ。315此(この)世(よ)の名残(なご)りにモ一度(いちど)日輪(にちりん)様(さま)の御(お)光(ひかり)を見(み)せてやりたいは山々(やまやま)なれど、316そしては此方(こちら)の働(はたら)きが出来(でき)ぬ。317サア、318タール、319オツトドツコイ鬼娘(おにむすめ)、320一層(いつそう)の事(こと)喰(く)つてやらうかい』
321 かく云(い)ふ内(うち)、322サツと吹来(ふきく)る山嵐(やまあらし)に灰色(はひいろ)の霧(きり)はガラリと晴(は)れて、323三(さん)人(にん)の姿(すがた)はハツキリと分(わか)つて来(き)た。
324レーブ『アツハヽヽヽ、325とうとう化(ば)けが現(あら)はれた。326オイ、327ハム、328貴様(きさま)も随分(ずゐぶん)よい腰抜(こしぬけ)だなア。329サア二人(ふたり)の後(あと)を追(お)ひかけて見(み)よ。330腰抜(こしぬけ)の分際(ぶんざい)としてメツタに追(お)つかける訳(わけ)には行(ゆ)くまい』
331ハム『何(なん)だ、332いらぬ心配(しんぱい)をさせやがつて、333覚(おぼ)えてけつかれ、334今(いま)に仇(かたき)を打(う)つてやるから』
335と安心(あんしん)と腹立(はらだち)が一緒(いつしよ)になつてハムは腰(こし)の痛(いた)みも足(あし)の悩(なや)みも忘(わす)れ、336スツクと立上(たちあが)つた。337二人(ふたり)は肝(きも)を潰(つぶ)し『此奴(こいつ)アたまらぬ』と細谷道(ほそたにみち)をバラバラと命(いのち)限(かぎ)りに何処(いづこ)となく駆出(かけだ)し逃(に)げて行(ゆ)く。
338(大正一一・一〇・二二 旧九・三 松村真澄録)
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