霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一章 春(はる)の菊(きく)〔一三一六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第51巻 真善美愛 寅の巻 篇:第1篇 霊光照魔 よみ(新仮名遣い):れいこうしょうま
章:第1章 春の菊 よみ(新仮名遣い):はるのきく 通し章番号:1316
口述日:1923(大正12)年01月25日(旧12月9日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年12月29日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
妖幻坊の杢助と高姫の両人は、小北山の大門にやってきた。高姫は、桃の木の下にお菊とお千代が蝶を追って遊んでいるのを見て声をかけた。
お菊は、参拝者だと思って案内しようとするが、高姫は、自分はここのことはわかっている、お前が誰の娘か、ここの役員は誰なのか知りたいだけだと頭ごなしに言い返した。お菊はむっとして憎まれ口を返す。
お千代の口から魔我彦の名を聞いた高姫は、妖幻坊の杢助を連れて受付に赴き、ここの責任者に会いたいと呼ばわった。高姫は、受付にいた旧知の文助と挨拶を交わした。文助は、高姫が斎苑の館で出世したと聞いていたので、その祝を述べた。
文助から、かつての自分の弟子であった松姫が小北山の教主をしていると聞いて、居丈高に昔のことを話しだした。文助は、杢助ともども教主館に案内することになった。
教主館にやってきた三人は、お菊に出くわした。お菊は会うなり、やかましいおばさんを連れてくるのは嫌だ、エライ四つ足の霊が憑いてるようだから大広間で鎮魂してください、と高姫たちにつっかかる。
文助から、これがかつて皆があこがれていたウラナイ教教主の高姫その人だと聞かされたお菊は、聞くと見るとは大違いだとまた憎まれ口をたたき、蠑螈別は若い女と駆け落ちしたと高姫に知らせた。高姫は昔の愛人が若い女と駆け落ちしたと聞いて思わず悋気を出したが、杢助がいることに気づいてごまかそうとした。
時すでに遅く、杢助は、蠑螈別とやらの男振りを自分に見せつけようとしてわざわざここに連れて来たのかと駄々をこねだした。杢助は縁切りをほのめかし、その場を立ち去ろうとする。高姫は杢助の足にしがみついて、泣き声で杢助を留めようとする。
お菊はこの愁嘆場を手を打って笑いからかう。杢助はお菊の様子に、子供は正直だと近寄り、蠑螈別と高姫の関係を聞き出そうとする。お菊は無邪気に、自分の母と蠑螈別が喧嘩をしてその話を聞いたばかりだと杢助に語ると、面白い活劇を松姫やお千代にも見せるのだと、逃げるように石段を登って行った。
文助は、お菊はとんでもないお転婆で自分もいつもからかわれたりいたずらされたりしているから、言うことをいちいち気に留めないように、と杢助・高姫をなだめた。妖幻坊は、悪の見どころがあると喜んでいる。高姫は、改悪というのは悪を改めることだと杢助に理屈でごまかされ、やはり改善を勧める三五教は悪の教えだったと一人勝手に納得している。
お菊は戻ってきて、松姫が高姫の来訪を聞いてたいへんに喜び、丁重にもてなすように言いつけたと、言付けを文助に伝えた。文助は、ご飯やお酒の準備をさせるために受付に帰って行った。高姫は、ここの教主の松姫は自分の弟子だからと得意になり、自分が酌をすると妖幻坊の機嫌を取った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-08-01 01:09:17 文字数:6913 OBC :rm5101
愛善世界社版:7頁 八幡書店版:第9輯 267頁 修補版: 校定版:7頁 普及版:3頁 初版: ページ備考:
001足曳(あしびき)の四方(よも)の山々(やまやま)春(はる)めきて
002冬枯(ふゆが)れしたる梢(こずゑ)まで
003芽含(めぐ)みそめたる春景色(はるげしき)
004瞬(またた)き初(そ)めし陽炎(かげろふ)の
005彼方(あなた)此方(こなた)にキラキラと
006閃(ひら)めき渡(わた)り天国(てんごく)の
007御苑(みその)も今(いま)や開(ひら)けむと
008思(おも)ふべらなる小北山(こぎたやま)
009小鳥(ことり)は歌(うた)ひ胡蝶(こてう)舞(ま)ひ
010吹(ふ)き来(く)る風(かぜ)も何(なん)となく
011ボヤボヤボヤと肌(はだ)ざはり
012長閑(のどか)な庭(には)に立出(たちい)でて
013お菊(きく)、お千代(ちよ)の両人(りやうにん)は
014咲(さ)き誇(ほこ)りたる白桃(しらもも)の
015木蔭(こかげ)に戯(たはむ)れヒラヒラと
016袖(そで)翻(ひるがへ)す胡蝶(こてふ)の遊(あそ)び
017同(おな)じ腹(はら)から生(うま)れたる
018姉妹(おとどい)の如(ごと)睦(むつま)じく
019互(たがひ)に愛(あい)し敬(うやま)ひて
020他所(よそ)の見(み)る目(め)もいと清(きよ)く
021羨(うらや)ましくぞ思(おも)はれぬ
022かかる所(ところ)へ急坂(きふはん)を
023スタスタ登(のぼ)り来(く)る男女(だんぢよ)
024雲(くも)突(つ)く許(ばか)りの荒男(あらをとこ)
025年増女(としま)を引連(ひきつ)れ大門(おほもん)の
026広庭(ひろには)指(さ)して現(あら)はれぬ。
027 妖幻坊(えうげんばう)の杢助(もくすけ)、028高姫(たかひめ)両人(りやうにん)は、029お菊(きく)、030お千代(ちよ)の桃(もも)の木(き)の下(もと)に胡蝶(こてふ)を追(お)ひ、031睦(むつま)じげに遊(あそ)び戯(たはむ)るるを見(み)て、
032高姫(たかひめ)『コレ、033お前(まへ)さま達(たち)二人(ふたり)は此(この)お館(やかた)に参拝(さんぱい)して厶(ござ)るのかい』
034お菊(きく)『どこの小母(をば)さまだか知(し)らぬが、035ようお参(まゐ)りやしたなア。036サ案内(あんない)して上(あ)げませう』
037高姫『案内(あんない)はして貰(もら)はなくても、038盲(めくら)ぢやありませぬ。039受付(うけつけ)位(ぐらゐ)はよく分(わか)つて居(を)るのだから……併(しか)し私(わたし)の尋(たづ)ねたのは、040お前(まへ)は此処(ここ)の信者(しんじや)か、041但(ただし)は誰(たれ)か役員(やくゐん)の娘(むすめ)か、042それが聞(き)きたいのだ』
043お菊『それでも小母(をば)さま、044其(その)大(おほ)きな男(をとこ)の人(ひと)、045頭(あたま)を括(くく)つてゐるぢやないか。046私(わたし)は又(また)目(め)でも悪(わる)いのかと思(おも)つたのよ。047さう偉(えら)さうに、048年老(としよ)りだてら、049娘(むすめ)を掴(つか)まへて理窟(りくつ)を言(い)ふものぢやありませぬぞえ。050ここへ詣(まゐ)つて来(く)る人(ひと)は皆(みな)おとなしい人(ひと)ばかりだよ。051お前(まへ)さまのやうに、052いきなり口(くち)を尖(とが)らして、053理窟(りくつ)がましい事(こと)を云(い)ふ人(ひと)は今(いま)が始(はじ)めてだ。054ホンにまア好(す)かぬたらしい小母(をば)さまだこと。055アタ阿呆(あはう)らしい、056お千代(ちよ)さま、057放(ほ)つといてやりませうかな』
058千代(ちよ)『それでもお菊(きく)さま、059ここへお出(いで)になるお方(かた)はどんな方(かた)でも、060鄭重(ていちよう)に取扱(とりあつか)はねばならないと、061魔我彦(まがひこ)さまが仰有(おつしや)つたぢやありませぬか』
062高姫『ナニツ魔我彦(まがひこ)が、063ヤツパリ此処(ここ)にくすぼつてゐよつたのだな。064ドレドレ調(しら)べて来(こ)う。065どうせ碌(ろく)な奴(やつ)ア居(を)らしようまい。066ここは日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)に神(かみ)様(さま)からお与(あた)へなさつたお館(やかた)だ。067サ杢助(もくすけ)さま、068私(わたし)に跟(つ)いてお出(い)でなさい』
069と受付(うけつけ)に立現(たちあら)はれ、070高姫(たかひめ)は横柄(わうへい)な顔(かほ)しながら、071稍(やや)軽蔑(けいべつ)気味(ぎみ)な声(こゑ)を出(だ)して、
072高姫『ヘー、073御免(ごめん)なさい、074一寸(ちよつと)物(もの)を尋(たづ)ねます。075一体(いつたい)此処(ここ)には何(なん)といふ方(かた)が大将(たいしやう)をしてゐられますかな』
076 受付(うけつけ)で切(しき)りに日(ひ)の出(で)に松(まつ)を描(か)いてをつた文助(ぶんすけ)は、077絵筆(ゑふで)の手(て)を止(や)めて、078朧(おぼろ)げな目(め)で少(すこ)しく首(くび)をかたげ顔(かほ)を覗(のぞ)く様(やう)にして、
079文助『お前(まへ)さまは、080どつかに聞覚(ききおぼ)えがあるやうなお声(こゑ)だが、081何方(どなた)で厶(ござ)いましたかな』
082高姫『何方(どなた)も此方(こなた)もあるものか、083義理(ぎり)天上(てんじやう)日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)の高姫(たかひめ)ぢやぞえ。084お前(まへ)は文助(ぶんすけ)ぢやないか。085マアマア御(ご)壮健(さうけん)でお目出度(めでた)う』
086文助『ヤ、087高姫(たかひめ)様(さま)で厶(ござ)いましたか。088これはこれは久振(ひさしぶり)でお目(め)にかかります。089貴女(あなた)は斎苑(いそ)の館(やかた)へ此(この)頃(ごろ)は御(お)越(こ)しと承(うけたま)はり、090大変(たいへん)な御(ご)出世(しゆつせ)を遊(あそ)ばしたといふ事(こと)で厶(ござ)います。091ヤ、092お目出度(めでた)う厶(ござ)います。093ようマア立寄(たちよ)つて下(くだ)さいました。094そして何処(どこ)へお出(いで)になります?』
095高姫『立(た)ち寄(よ)つたのぢやない、096義理(ぎり)天上(てんじやう)の命令(めいれい)によつて、097小北山(こぎたやま)の教祖(けうそ)として来(き)たのだ。098サアサア是(これ)から何(なに)もかも、099私(わたし)の云(い)ふ事(こと)を聞(き)くのだよ』
100文助『ハテ、101妙(めう)な事(こと)を承(うけたま)はります。102此(この)お館(やかた)は一切(いつさい)斎苑(いそ)の館(やかた)の八島主(やしまぬしの)命(みこと)様(さま)の御(ご)管掌(くわんしやう)なれば、103貴女(あなた)様(さま)が此処(ここ)へお越(こ)しになるのなれば、104前(まへ)以(もつ)て御(ご)通知(つうち)があるべき筈(はず)になつて居(を)ります。105又(また)此(この)館(やかた)の教主(けうしゆ)として御(お)出(い)で下(くだ)さるのなれば、106此方(こちら)にもそれ相当(さうたう)の歓迎(くわんげい)準備(じゆんび)もせなくてはなりませぬが、107何(なん)と又(また)火急(くわきふ)な事(こと)で厶(ござ)いますなア。108教主(けうしゆ)様(さま)の松姫(まつひめ)様(さま)もヨモヤ御存(ごぞん)じは厶(ござ)いますまい。109それでは私(わたし)もかうしては居(ゐ)られない。110御(ご)報告(はうこく)を申(まを)し上(あ)げねばなるまい。111一寸(ちよつと)待(ま)つて下(くだ)さい。112教主(けうしゆ)様(さま)に此(この)由(よし)を申上(まをしあ)げて来(き)ますから……』
113高姫『ナニ、114松姫(まつひめ)が教主(けうしゆ)となア。115あれは私(わたし)の家来(けらい)で、116お前(まへ)も知(し)つてゐる通(とほ)り、117高城山(たかしろやま)をかまはして居(を)つたのだが、118彼奴(あいつ)は腰(こし)の弱(よわ)い奴(やつ)だから、119お節(せつ)の玉能姫(たまのひめ)に誤魔(ごま)かされ、120ウラナイ教(けう)を捨(す)てて三五教(あななひけう)に降参(かうさん)した奴(やつ)だ』
121文助『モシ高姫(たかひめ)さま、122貴女(あなた)だつて、123三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)ぢやありませぬか。124貴女(あなた)が率先(そつせん)して黒姫(くろひめ)さまと一緒(いつしよ)に、125三五教(あななひけう)へ改心(かいしん)帰順(きじゆん)なさつたでせう。126それだから松姫(まつひめ)さまだつて、127帰順(きじゆん)遊(あそ)ばすのが当然(たうぜん)ぢやありませぬか』
128高姫『ホホホホ、129そりやさうだ。130併(しか)しこれは、131一寸(ちよつと)副(ふく)守護神(しゆごじん)が、132あんな事(こと)を云(い)つたのだよ。133此(この)高姫(たかひめ)は義理(ぎり)天上(てんじやう)日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)の、134いよいよ身魂(みたま)の因縁(いんねん)が分(わか)つて来(き)ました。135高天原(たかあまはら)の最奥(さいあう)霊国(れいごく)の天人(てんにん)様(さま)だ。136そして此(この)高姫(たかひめ)は稚桜姫(わかざくらひめの)命(みこと)の御(ご)系統(ひつぽう)、137常世姫(とこよひめ)の肉宮(にくみや)だぞえ』
138文助『ヤ、139そんな事(こと)は、140耳(みみ)がタコになる程(ほど)承(うけたま)はつて居(を)ります。141サ、142何卒(どうぞ)教主館(けうしゆやかた)があいて居(を)りますから、143そこで一服(いつぷく)して下(くだ)さいませ。144其(その)間(あひだ)にいろいろの準備(じゆんび)をせなくちやなりませぬから……エー、145そして、146高姫(たかひめ)様(さま)、147貴女(あなた)の後(うしろ)に立(た)つて厶(ござ)るのは、148影法師(かげぼふし)か、149但(ただし)はお連(つ)れの方(かた)か、150私(わたし)には目(め)が悪(わる)くつて分(わか)りませぬが、151人間(にんげん)なら人間(にんげん)と仰有(おつしや)つて下(くだ)さいませ』
152高姫『ヘン、153馬鹿(ばか)にしなさるな、154お前(まへ)さまのやうな人間(にんげん)とはチツと違(ちが)ふのだよ。155畏(おそれおほ)くも斎苑(いそ)館(やかた)の総務(そうむ)、156時置師(ときおかしの)神(かみ)又(また)の名(な)は杢助(もくすけ)様(さま)で厶(ござ)るぞや。157サ、158早(はや)くお出迎(でむか)へをなされ、159粗忽(そこつ)があつては貴方(あなた)のお為(ため)になりませぬぞえ』
160文助『それはそれは、161存(ぞん)ぜぬ事(こと)とて、162誠(まこと)に御(ご)無礼(ぶれい)を致(いた)しました。163此(この)頃(ごろ)は相当(さうたう)に参拝者(さんぱいしや)も厶(ござ)いますので、164斯様(かやう)な所(ところ)で御(お)話(はなし)して居(を)つてもつまりませぬ。165サ、166教主館(けうしゆやかた)へ御(ご)案内(あんない)を致(いた)しませう』
167妖幻(えうげん)『拙者(せつしや)は噂(うはさ)に高(たか)き三五教(あななひけう)の三羽烏(さんばがらす)、168杢助(もくすけ)で厶(ござ)います。169以後(いご)御(お)見知(みし)りおかれまして、170宜(よろ)しく御(ご)交際(かうさい)を願(ねが)ひませう』
171文助『ハイ、172それはそれは、173自己(じこ)広告(くわうこく)を承(うけたま)はりまして、174尊(たふと)き杢助(もくすけ)様(さま)を拝(をが)まして戴(いただ)きました。175併(しか)し杢助(もくすけ)様(さま)は三五教(あななひけう)切(き)つての言霊(ことたま)の清(きよ)らかな御(お)方(かた)と承(うけたま)はりましたのに、176大変(たいへん)なダミ声(ごゑ)ぢや厶(ござ)りませぬか。177どうも私(わたし)には、178失礼(しつれい)ながら、179イー心(こころ)の底(そこ)から尊敬(そんけい)の心(こころ)が起(おこ)つて参(まゐ)りませぬ。180守護神(しゆごじん)が腹(はら)の中(なか)から、181違(ちが)ふ違(ちが)ふ、182と申(まを)します。183もし間違(まちが)ひましたら御免(ごめん)下(くだ)さいませ』
184高姫(たかひめ)『コレ、185文助(ぶんすけ)、186何(なん)といふ失礼(しつれい)千万(せんばん)な事(こと)を云(い)ふのだい、187杢助(もくすけ)様(さま)は、188此(この)頃(ごろ)一寸(ちよつと)お風邪(かぜ)をめしてお声(こゑ)が変(かは)つてゐるのだよ。189お前(まへ)だつて風邪(かぜ)ひいた時(とき)にや、190満足(まんぞく)に祝詞(のりと)もあがらぬぢやないか』
191文助『イヤ、192どうも恐(おそ)れ入(い)りました。193それなら、194之(これ)から教主館(けうしゆやかた)へ御(ご)案内(あんない)致(いた)します。195何卒(どうぞ)御(ご)神殿(しんでん)で御(ご)拝礼(はいれい)をなさつて下(くだ)さいませ。196其(その)間(あひだ)にチヤンと座敷(ざしき)を片付(かたづ)けて用意(ようい)を致(いた)しますから』
197 高姫(たかひめ)は神殿(しんでん)に行(ゆ)くのが、198どこともなしに恐(おそ)ろしいやうな、199内兜(うちかぶと)を見(み)すかされるやうな気分(きぶん)がして気(き)が進(すす)まなかつた。200そこで又(また)例(れい)の詭弁(きべん)を弄(ろう)し始(はじ)めた。
201高姫『コレ、202文助(ぶんすけ)さま、203最前(さいぜん)も云(い)つた通(とほ)り、204義理(ぎり)天上(てんじやう)日(ひ)の出神(でのかみ)は霊国(れいごく)の天人(てんにん)ぢやぞえ、205祭典(さいてん)をしたり拝礼(はいれい)をしたりするのは天国(てんごく)の天人(てんにん)のする事(こと)だ。206それから又(また)お前(まへ)たちのやうな八衢(やちまた)人間(にんげん)が、207助(たす)け給(たま)へ救(すく)ひ給(たま)へと、208祈(いの)る為(ため)に拝礼(はいれい)をしたり、209お祀(まつ)りをするのだよ。210吾々(われわれ)は教(をしへ)を伝(つた)へるのがお役(やく)だ。211それぞれ身魂(みたま)の因縁(いんねん)性来(しやうらい)によつて御用(ごよう)が違(ちが)ふのだからな』
212文助『それでも貴女(あなた)、213今(いま)迄(まで)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)にお祀(まつ)りもなさつたり、214朝(あさ)も早(はや)うから御(ご)祈願(きぐわん)を遊(あそ)ばしたぢやありませぬか』
215高姫『それはきまつた事(こと)だよ。216よく考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい。217蛙(かへる)の子(こ)のお玉杓子(たまじやくし)だつて、218鯰(なまづ)の子(こ)だつて、219小(ちひ)さい時(とき)にはヤツパリ同(おな)じ姿(すがた)をして居(を)りませうが。220此(この)高姫(たかひめ)もお玉杓子(たまじやくし)の時(とき)は、221蛙(かへる)の子(こ)と同(おな)じやうに、222人並(ひとなみ)に拝礼(はいれい)をしなくちやならぬぢやないか。223けれども日日(ひにち)が経(た)つと、224同(おん)なじ形(かたち)のお玉杓子(たまじやくし)でも、225霊(みたま)の性来(しやうらい)によつて、226手(て)が生(は)え足(あし)が生(は)え、227糞蛙(くそがへる)になる霊(みたま)と、228大(おほ)きな鯰(なまづ)になる霊(みたま)と立(た)て別(わか)れるぢやないか。229例(たと)へて言(い)へば、230お前(まへ)はお玉杓子(たまじやくし)の出世(しゆつせ)した蛙(かへる)だ。231此(この)高姫(たかひめ)は鯰(なまづ)ぢやぞえ。232鯰(なまづ)は地(ち)の底(そこ)に居(を)つて、233尻尾(しつぽ)をプイと掉(ふ)つても、234此(この)大地(だいち)がガタガタと動(うご)くのだ。235其(その)因縁(いんねん)がハツキリと分(わか)つたのだから、236今(いま)迄(まで)の高姫(たかひめ)と同(おな)じ様(やう)に思(おも)うて貰(もら)ふと、237チツと了簡(れうけん)が違(ちが)ひますぞや、238なア杢助(もくすけ)さま、239三五教(あななひけう)にはかふ言(い)ふ分(わか)らぬ受付(うけつけ)が居(ゐ)るのですからな、240困(こま)つたものですよ』
241妖幻(えうげん)『さうだなア、242ロクな男(をとこ)は一人(ひとり)も居(ゐ)ない。243これでは三五教(あななひけう)も駄目(だめ)だ。244一(ひと)つお前(まへ)が此処(ここ)で奮発(ふんぱつ)して一働(ひとはたら)きせなくちや駄目(だめ)だ。245オイ文助(ぶんすけ)殿(どの)、246これから杢助(もくすけ)がここに暫(しば)らく出張(しゆつちやう)して、247事務(じむ)を調査(てうさ)し監督(かんとく)致(いた)す、248そして高姫(たかひめ)は筆先(ふでさき)の御用(ごよう)を致(いた)すによつて、249何事(なにごと)も其(その)命令(めいれい)に服従(ふくじゆう)するのだぞや』
250文助『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います。251併(しか)しながら此(この)館(やかた)は変性(へんじやう)男子(なんし)様(さま)のお筆先(ふでさき)を以(もつ)てお神徳(かげ)を頂(いただ)くやうになつて居(を)りますから、252もう日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)のお筆先(ふでさき)は必要(ひつえう)がないかと心得(こころえ)ます』
253高姫(たかひめ)『オツホホホホ、254訳(わけ)の分(わか)らぬガラクタばかりぢやなア。255変性(へんじやう)男子(なんし)のお筆先(ふでさき)は余(あま)りアラごなしで、256お前(まへ)達(たち)を始(はじ)め、257人民(じんみん)の腹(はら)へは入(はい)りにくいによつて、258此(この)度(たび)誠生粋(まこときつすゐ)の水晶霊(すゐしやうみたま)の根本(こつぽん)の日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)が、259お筆先(ふでさき)を書(か)いて、260細(こま)かう御(お)知(し)らせなさる世(よ)が参(まゐ)りたのだぞえ、261此(この)筆先(ふでさき)を読(よ)まなくては、262誠(まこと)の五六七(みろく)神政(しんせい)は成就(じやうじゆ)致(いた)しませぬぞや』
263文助『さうかも存(ぞん)じませぬが、264私(わたし)は松姫(まつひめ)様(さま)の御(ご)意見(いけん)に従(したが)はねばならぬ事(こと)になつて居(を)りますから、265何卒(どうぞ)松姫(まつひめ)さまにお会(あ)ひになつたら、266貴女(あなた)より詳(くは)しく其(その)由(よし)を仰有(おつしや)つて下(くだ)さいませ』
267高姫『成程(なるほど)お前(まへ)としては無理(むり)もない。268さうすれば之(これ)から松姫(まつひめ)にトツクリと言(い)ひ聞(き)かしてやりませう、269サ、270兎(と)も角(かく)館(やかた)へ案内(あんない)して下(くだ)さい』
271文助『承知(しようち)致(いた)しました。272サ、273かう御(お)出(い)でなさいませ』
274と早(はや)くも足駄(あしだ)をはいて、275杖(つゑ)をつきながら、276五六間(ごろくけん)より隔(へだ)つてゐない庭(には)を跨(また)げ、277蠑螈別(いもりわけ)、278お寅(とら)の住(す)まつてゐた教主館(けうしゆやかた)へ案内(あんない)した。
279 お菊(きく)は三(さん)人(にん)の姿(すがた)を見(み)て、
280お菊『コレ文助(ぶんすけ)さま、281そんな喧(やかま)しい小母(をば)さまを、282こんな所(ところ)へ連(つ)れて来(く)るのはイヤよ、283大広間(おほひろま)へ連(つ)れて行(い)つて鎮魂(ちんこん)をして、284四足(よつあし)の霊(みたま)をのけて上(あ)げて下(くだ)さい。285何(なん)だか知(し)らぬが、286エライ物(もの)が憑(つ)いてゐますよ』
287文助『ハハハハ、288どうも仕方(しかた)のない娘(むすめ)さまだな。289モシモシ高姫(たかひめ)さま、290何卒(どうぞ)気(き)にして下(くだ)さいますな。291此(この)方(かた)は一人娘(ひとりむすめ)で気儘(きまま)に育(そだ)つて厶(ござ)るから、292人(ひと)さまにあんな事(こと)を仰有(おつしや)るのです。293何卒(どうぞ)若(わか)い人(ひと)の云(い)つた事(こと)だから、294お咎(とが)めなく許(ゆる)して下(くだ)さいませ』
295お菊『許(ゆる)していらぬよ。296此処(ここ)は私(わたし)の留守(るす)を預(あづか)つて居(ゐ)る所(ところ)だ。297お母(かあ)さまや魔我彦(まがひこ)さまがお帰(かへ)りになるまで、298誰(たれ)も入(い)れることはならぬのだから、299帰(かへ)つて下(くだ)さい』
300文助『そりやさうで厶(ござ)いますが、301此(この)方(かた)は又(また)特別(とくべつ)のお方(かた)だ。302お前(まへ)さまがいつも、303それ、304憧憬(どうけい)して居(を)つた、305ウラナイ教(けう)の教主(けうしゆ)様(さま)の高姫(たかひめ)さまだぞえ。306サアサア、307叮嚀(ていねい)にお辞儀(じぎ)をして、308御(ご)無礼(ぶれい)のお詫(わび)をするのだよ』
309お菊『聞(き)くと見(み)るとは大違(おほちが)ひだネー。310蠑螈別(いもりわけ)さまも、311こんな品格(ひんかく)のない、312ヤンチヤ婆(ば)アさまを可愛(かあい)がつてゐたのかと思(おも)ふと、313可笑(をか)しいワ、314ホツホホホホ。315モシ蠑螈別(いもりわけ)さまのレコさま、316生憎(あいにく)、317来(き)て下(くだ)さつたけれど、318蠑螈別(いもりわけ)さまは不在(ふざい)なのよ。319会(あ)ひたけりや浮木(うきき)の森(もり)へ御(お)出(いで)なさい。320万緑(ばんりよく)叢中(そうちう)紅一点(こういつてん)のお民(たみ)さまといふ、321あたえのやうな別嬪(べつぴん)と、322手(て)に手(て)を取(と)つて駆落(かけおち)しましたよ。323そして、324何時(いつ)も高姫(たかひめ)々々(たかひめ)と寝言(ねごと)をいつたり、325お酒(さけ)を呑(の)んで朝顔(あさがほ)のチヨクを口(くち)へあて、326これが高(たか)ちやまの口(くち)によく似(に)てると云(い)つてはキツスをしたり、327うちのお母(かあ)さまと掴(つか)み合(あひ)の喧嘩(けんくわ)をしたり、328鼻(はな)を捻(ねぢ)られたり、329それはそれは面白(おもしろ)い事(こと)だつたよ』
330高姫(たかひめ)『ナニ、331蠑螈別(いもりわけ)がお民(たみ)といふ女(をんな)と駆落(かけおち)した? ヤ、332其奴(そいつ)は大変(たいへん)……』
333といひかけて、334杢助(もくすけ)の側(そば)に居(ゐ)るのに気(き)がつき、
335高姫『ホホホホ、336何(なん)とマア面白(おもしろ)い話(はなし)を聞(き)かして貰(もら)うたものだ。337高姫(たかひめ)といふ名(な)は私(わたし)ばかりぢやない。338広(ひろ)い世間(せけん)には沢山(たくさん)あるからな、339ソリヤ人違(ひとちが)ひだ。340此(この)高姫(たかひめ)とは違(ちが)ひますぞや』
341お菊『それなら、342お前(まへ)は蠑螈別(いもりわけ)のお師匠(ししやう)さまではないのだなア。343ウラナイ教(けう)の元(もと)を開(ひら)いた高姫(たかひめ)さまとは違(ちが)ひますね。344此(この)小北山(こぎたやま)は今(いま)では三五教(あななひけう)だけれど、345それまではウラナイ教(けう)の神(かみ)様(さま)ばかり祀(まつ)つてあつたのよ。346其(その)ウラナイ教(けう)の根本(こつぽん)の教祖(けうそ)は高姫(たかひめ)さまだと云(い)つて、347私(わたし)達(たち)も朝(あさ)から晩(ばん)まで、348御(ご)神体(しんたい)を拵(こしら)へてお給仕(きふじ)をしてゐたのよ。349其(その)高姫(たかひめ)さまと違(ちが)ふのなら、350こんな所(ところ)へ来(く)る資格(しかく)はない。351サアサア トツトと出(で)て下(くだ)さい』
352妖幻(えうげん)『ハハハハ高姫(たかひめ)も随分(ずいぶん)色女(いろをんな)だなア、353蠑螈別(いもりわけ)の男(をとこ)つ振(ぷ)りを、354此(この)杢助(もくすけ)に見(み)せびらかさうと思(おも)つて、355此処(ここ)迄(まで)つれて来(き)たのだなア。356イヤもう其(その)凄(すご)い腕前(うでまへ)には感心(かんしん)致(いた)した。357ヤこれで、358お前(まへ)の心(こころ)もスツカリ分(わか)つた、359高姫(たかひめ)、360これまでの縁(えん)だと諦(あきら)めてくれ、361左様(さやう)なら……』
362と踵(きびす)を返(かへ)し帰(かへ)り行(ゆ)かむとする気色(けしき)を見(み)せた。363高姫(たかひめ)は慌(あわ)てて袖(そで)を控(ひか)へ、364涙(なみだ)を流(なが)して、
365高姫『コーレ、366杢助(もくすけ)さま、367短気(たんき)は損気(そんき)だ、368一寸(ちよつと)待(ま)つて下(くだ)さい。369之(これ)には言(い)ふにいはれぬ訳(わけ)があるのだから……』
370妖幻坊の杢助『イヤ、371訳(わけ)を聞(き)くには及(およ)ばぬ、372何(なに)もかもスツクリと判明(はんめい)致(いた)した。373イヤ杢助(もくすけ)は馬鹿(ばか)だつた。374よくマア今(いま)まで嬲(なぶ)つて下(くだ)さつた。375眉毛(まゆげ)をよまれ、376尻(しり)の毛(け)の一本(いつぽん)もないとこまで、377金毛(きんまう)九尾(きうび)さまにぬかれて了(しま)つたかと思(おも)へば残念(ざんねん)だ。378千言(せんげん)万語(ばんご)を費(つひや)しての弁解(べんかい)も、379俺(おれ)には何(なん)の効能(かうのう)もない。380高姫(たかひめ)、381左様(さやう)ならば……』
382と袖(そで)ふり切(き)つて行(ゆ)かうとする。
383 高姫(たかひめ)は妖幻坊(えうげんばう)の足(あし)に確(しつ)かとしがみつき、384一生(いつしやう)懸命(けんめい)の泣(な)き声(ごゑ)を出(だ)して、
385高姫『コレ杢助(もくすけ)さま、386短気(たんき)は損気(そんき)ぢや、387一通(ひととほ)り私(わたし)の云(い)ふ事(こと)を聞(き)いて下(くだ)さい。388今(いま)となつてお前(まへ)さまに捨(す)てられて、389どうして五六七(みろく)神政(しんせい)の御用(ごよう)が出来(でき)ませうか、390義理(ぎり)天上(てんじやう)日(ひ)の出神(でのかみ)がお願(ねが)ひ致(いた)します』
391 お菊(きく)は手(て)を拍(う)つて、
392お菊『ホツホツホ、393雪隠(せつちん)の水(みづ)つき、394婆(ばば)浮(う)きぢや、395イヤイヤ婆(ばば)泣(な)きぢや。396面白(おもしろ)い面白(おもしろ)い、397こんな所(ところ)をお千代(ちよ)さまに見(み)せて上(あ)げたいのだけれどなア。398お千代(ちよ)さま、399又(また)何処(どこ)へ行(い)つたの、400まるで蠑螈別(いもりわけ)さまとお母(かあ)さまとの喧嘩(けんくわ)のやうだワ、401ホツホツホー』
402 妖幻坊(えうげんばう)はお菊(きく)の声(こゑ)に、403何(なん)と思(おも)うたか、404後(あと)ふり返(かへ)り、405二歩(ふたあし)三歩(みあし)近寄(ちかよ)つて、
406妖幻坊の杢助『ハハハハ、407子供(こども)は正直(しやうぢき)だ、408面白(おもしろ)い面白(おもしろ)い。409コレお菊(きく)さまとやら、410蠑螈別(いもりわけ)の素性(すじやう)から高姫(たかひめ)の関係(くわんけい)、411お前(まへ)は知(し)つとるだらうな、412どうか緩(ゆつく)りと聞(き)かして貰(もら)ひたいものだ』
413お菊『詳(くは)しい事(こと)は知(し)らないよ。414何時(いつ)も蠑螈別(いもりわけ)さまとお母(かあ)さまとが酒(さけ)を呑(の)んで、415喧嘩(けんくわ)ばかりしてゐたのよ、416其(その)時(とき)の話(はなし)を聞(き)いたばかりだ。417高姫(たかひめ)さまの顔(かほ)を、418まだ見(み)た事(こと)がないのだから分(わか)らないワ。419其(その)高姫(たかひめ)さまはお人(ひと)が違(ちが)ふと仰有(おつしや)つたが、420口許(くちもと)が朝顔(あさがほ)の盃(さかづき)によく似(に)て、421唇(くちびる)が妙(めう)に反(そ)り返(かへ)り、422曲線美(きよくせんび)をうまく発揮(はつき)してゐるワ。423ホホホ可笑(をか)しい顔(かほ)だネー、424コレ小父(をぢ)さま、425お前(まへ)、426そんな婆(ば)アさまが好(す)きなの、427イツヒヒヒヒ、428エエ物好(ものずき)だねえ。429ドレ是(これ)から松姫(まつひめ)様(さま)に面白(おもしろ)い門立(かどだち)芸者(げいしや)が出(で)て来(き)て、430いま一幕(ひとまく)活劇(くわつげき)を演(えん)じてゐる、431之(これ)からが正念場(しやうねんば)だから……と云(い)つて知(し)らして来(こ)う、432お千代(ちよ)さまもキツと喜(よろこ)ぶだらう』
433と云(い)ひながら、434逃(に)げるやうにして二百(にひやく)の階段(かいだん)を登(のぼ)つて行(ゆ)く。
435文助(ぶんすけ)『皆(みな)さま、436何卒(どうぞ)気(き)にさへて下(くだ)さいますな。437あの子(こ)はお寅(とら)さまの娘(むすめ)で、438どうにもかうにも仕方(しかた)のない、439侠客娘(けふかくむすめ)と綽名(あだな)を取(と)つてるオキヤンですから、440あんな子(こ)の云(い)ふ事(こと)を耳(みみ)に入(い)れて居(を)らうものなら、441腹(はら)が立(た)つて仕方(しかた)がありませぬ。442何時(いつ)も受付(うけつけ)へ出(で)て来(き)て、443私(わたし)の目(め)が悪(わる)いのをつけ込(こ)み、444首(くび)に手拭(てぬぐひ)を引掛(ひつか)けたり、445ソツと出(で)て来(き)て耳(みみ)を引張(ひつぱ)つたり、446鼻(はな)を摘(つま)んだり、447熱(あつ)い茶(ちや)と水(みづ)とをすり替(か)へたりして、448手(て)を叩(たた)いて喜(よろこ)んで居(ゐ)る悪戯盛(いたづらざか)りだから、449何卒(どうぞ)貴方(あなた)等(がた)も、450広(ひろ)き心(こころ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し、451許(ゆる)してやつて下(くだ)さいませ』
452妖幻(えうげん)『ハハハハ、453何(なん)と面白(おもしろ)い子(こ)だなア。454そんな子(こ)なら、455甘(うま)く仕込(しこ)んだら、456すぐに改悪(かいあく)するだらう』
457高姫(たかひめ)『コレ杢助(もくすけ)さま、458何(なん)と云(い)ふ事(こと)を仰有(おつしや)る、459改悪(かいあく)するだらう……なんて、460チツと心得(こころえ)なさらぬか、461なぜ改善(かいぜん)するだらうと仰有(おつしや)らぬのだい』
462妖幻坊の杢助『改悪(かいあく)といふことは悪(あく)を改(あらた)むる事(こと)だ。463悪(あく)を改(あらた)むれば善(ぜん)になるぢやないか。464改善(かいぜん)といふことは善(ぜん)を改(あらた)むる事(こと)だ。465善(ぜん)を改(あらた)むれば悪(あく)になるぢやないか』
466高姫『成程(なるほど)、467さうすると、468今(いま)迄(まで)三五教(あななひけう)で言(い)つてゐたのは逆様(さかさま)だつたなア。469ハハー、470アアそれで分(わか)つた、471義理(ぎり)天上(てんじやう)さまが素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)の行(や)り方(かた)は駄目(だめ)だと仰有(おつしや)つたのは……其(その)事(こと)だ、472流石(さすが)は杢助(もくすけ)さまは偉(えら)いわい、473改悪(かいあく)と云(い)つたら無上(むじやう)の善(ぜん)だ。474之(これ)から一(ひと)つ言霊(ことたま)を改(あらた)めねばなるまい。475流石(さすが)は高姫(たかひめ)の夫(をつと)だけあつて、476仰有(おつしや)る事(こと)が違(ちが)ふワイ。477ホホホホ、478時置師(ときおかし)の大神(おほかみ)様(さま)、479イヤもう、480流石(さすが)の義理(ぎり)天上(てんじやう)も感服(かんぷく)仕(つかまつ)りました。481コレコレ文助(ぶんすけ)殿(どの)、482お前(まへ)は結構(けつこう)なおかげを頂(いただ)きましたなア。483改悪(かいあく)の因縁(いんねん)が分(わか)つたかい』
484文助『ハイ、485貴女(あなた)等(がた)の仰有(おつしや)る事(こと)は余(あま)り六(む)つかしうて、486文盲(もんまう)な吾々(われわれ)には、487どうも解釈(かいしやく)が出来(でき)ませぬ。488何(なん)と云(い)つても、489逆様(さかさま)の世(よ)の中(なか)で、490悪(あく)が善(ぜん)に見(み)えたり、491善(ぜん)が悪(あく)に見(み)えたりする世(よ)の中(なか)ですからなア、492改悪(かいあく)……否(いな)皆目(かいもく)分(わか)りませぬ』
493高姫『さうだろ さうだろ、494お前(まへ)は眼目(がんもく)からして分(わか)らぬのだから、495皆目(かいもく)分(わか)らぬといふのは無理(むり)はない、496今(いま)までは改心(かいしん)といふは善(よ)い事(こと)、497慢心(まんしん)と云(い)ふは悪(わる)い事(こと)と思(おも)うて居(を)つたが、498ヤツパリ之(これ)も逆様(さかさま)だつた。499なア杢助(もくすけ)さま、500さうぢやありませぬか』
501妖幻坊の杢助『ウンさうだ、502お前(まへ)の云(い)ふ通(とほ)りだ』
503高姫『何(なん)と義理(ぎり)天上(てんじやう)さまも偉(えら)いワイ。504ヤ、505此(この)筆法(ひつぱふ)でゆけば凡(すべ)ての解決(かいけつ)がつく。506三五教(あななひけう)は善(ぜん)に見(み)せてヤツパリ悪(あく)の教(をしへ)だつた。507何(なに)もかもスカタンばかり言(い)つて、508吾々(われわれ)を誤魔化(ごまくわ)して居(を)つたのだな……義理(ぎり)天上(てんじやう)日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)、509有難(ありがた)う厶(ござ)います。510……コラ金毛(きんまう)九尾(きうび)、511貴様(きさま)も其(その)積(つも)りで、512これから活動(くわつどう)するのだぞ』
513と小声(こごゑ)に囁(ささや)いてゐる。
514 かかる所(ところ)へ最前(さいぜん)のお菊(きく)は慌(あわただ)しく帰(かへ)り来(きた)り、
515お菊『高姫(たかひめ)さま、516松姫(まつひめ)様(さま)に申上(まをしあ)げましたら、517大変(たいへん)にお喜(よろこ)びやして、518どうか鄭重(ていちよう)に、519お酒(さけ)でも出(だ)してもてなして上(あ)げて下(くだ)さい。520今(いま)一寸(ちよつと)御用(ごよう)の最中(さいちう)だから、521御用(ごよう)済(す)み次第(しだい)御(ご)挨拶(あいさつ)に行(ゆ)きますと云(い)つてましたよ。522コレ文助(ぶんすけ)さま、523徳(とく)さまと初(はつ)さまとを呼(よ)んで来(き)て、524お酒(さけ)の用意(ようい)をさすのだよ』
525文助(ぶんすけ)『それなら、526これから徳(とく)と初(はつ)とに御飯(ごはん)やお酒(さけ)の準備(じゆんび)をさせますから、527一寸(ちよつと)待(ま)つてゐて下(くだ)さい』
528とまたヨボヨボと受付(うけつけ)さして帰(かへ)り行(ゆ)く。
529高姫『コレ杢助(もくすけ)さま、530松姫(まつひめ)といふのは私(わたし)の弟子(でし)だから、531一寸(ちよつと)も遠慮(ゑんりよ)はいりませぬよ。532マ、533ゆつくりと寛(くつろ)いでお酒(さけ)でもあがつて下(くだ)さい。534お気(き)に入(い)りますまいが、535此(この)義理(ぎり)天上(てんじやう)がお酌(しやく)をさして頂(いただ)きますから、536ホホホホホ余(あま)り憎(にく)うもありますまい』
537 妖幻坊(えうげんばう)は俄(にはか)に機嫌(きげん)を直(なほ)し、538赤(あか)い尖(とが)つた口(くち)をあけて、
539妖幻坊の杢助『オツホホホホ』
540高姫『何(なん)とマア。541俄(にはか)に尖(とが)つた口(くち)をして、542アタ厭(いや)らしい。543そして、544赤(あか)い口(くち)だこと』
545妖幻坊の杢助『ウツフフフフ』
546(大正一二・一・二五 旧一一・一二・九 松村真澄録)
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