霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章 犬馬(けんば)の労(らう)〔一三一八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第51巻 真善美愛 寅の巻 篇:第1篇 霊光照魔 よみ(新仮名遣い):れいこうしょうま
章:第3章 犬馬の労 よみ(新仮名遣い):けんばのろう 通し章番号:1318
口述日:1923(大正12)年01月25日(旧12月9日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年12月29日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
松姫は神社拝礼のお勤めを終えると、居間に帰って神書を調べていた。そこにお千代があわただしく帰ってきて、門口の戸をぴしゃりと閉めると中からつっぱりをかった。松姫が不審に思って尋ねると、お千代はとんでもな化け物が、高姫と杢助と名乗ってやってきたという。
松姫はてっきり、本部から二人がやってきたと思ったが、お千代は二人の面相は化け物のようでとても本部の役員とは思えなかったと報告した。
そこへ文助がやってきて、本部から杢助と高姫がやってきて、松姫の教主職を今日かぎり解いて、代わりに二人が小北山を監督することになった、と伝えに来た。松姫は、かねてから松彦と協力して御神業の活動を外でやりたいと思っていたので願いがかなったと喜んだ。
しかしお千代は高姫と杢助と名乗る二人組は化け物だと言い張り、斎苑の館からの御沙汰が来ていないのにおかしいと指摘した。文助は二人は斎苑の館の幹部だから、その他に辞令は必要ないだろうと答えたが、お千代は自分が確認すると言ってきかない。
そこへお菊が戻ってきた。お菊は三人の話を聞くと、自分もあの高姫と杢助は怪しいと思うと報告した。松姫は、文助とお菊に二人をともかくもてなすよう言いつけ、自分は後で行くと伝えるように託した。
後にお千代は、エンゼルが耳元でささやいたと、高姫は本物だが杢助は妖幻坊という兇党界の幹部の化け物だと松姫に伝えた。松姫は高姫の身の上を心配したが、お千代は悪事を企む者にはここの神様を拝ませて驚かしてやりたいと息巻いている。
二人が話しているところへ、大きな猛犬が尾を振りながら入ってきた。スマートが初稚姫からの手紙を送ってよこしたのであった。松姫は手紙に初稚姫の名を認めると、手紙を改めるためにお千代に門口を閉めさせた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-08-03 19:03:23 文字数:4973 OBC :rm5103
愛善世界社版:44頁 八幡書店版:第9輯 281頁 修補版: 校定版:45頁 普及版:20頁 初版: ページ備考:
001 松姫(まつひめ)は各(かく)神社(じんしや)の拝礼(はいれい)を終(をは)り、002吾(わが)居間(ゐま)に入(い)つて神書(しんしよ)を調(しら)べてゐた。003そこへお千代(ちよ)は慌(あわただ)しく帰(かへ)り来(きた)り、004門口(かどぐち)の戸(と)をピシヤツと閉(し)め、005中(なか)からツツパリをかうた。006松姫(まつひめ)は之(これ)を見(み)て怪(あや)しみ、
007松姫『これ、008お千代(ちよ)、009夜分(やぶん)か何(なん)ぞの様(やう)に、010何故(なぜ)戸(と)にツツパリをしたり等(など)なさるのだい』
011千代(ちよ)『ハイ、012今(いま)怪体(けたい)なド倒(たふ)しものが来(き)たのですよ。013何(いづ)れ此処(ここ)にも来(く)るか知(し)れませぬから、014来(き)たら入(い)れない様(やう)にしてゐるのですよ』
015松姫『昼(ひる)の最中(もなか)に戸(と)を閉(し)めてツツパリかふ等(など)とは可笑(をか)しいぢやありませぬか。016大方(おほかた)昼泥棒(ひるどろぼう)の連中(れんちう)が隊(たい)を組(く)んで来(き)たのかい。017構(かま)はぬぢやないか。018ここは神(かみ)様(さま)が厶(ござ)るから、019何(なに)が来(き)たつて大丈夫(だいぢやうぶ)だよ』
020お千代『何(なに)、021お母(かあ)さま、022泥棒(どろばう)位(くらゐ)なら一寸(ちよつと)も構(かま)やしないが大化物(おほばけもの)が来(き)たのだよ。023今(いま)お菊(きく)さまと桃(もも)の木(き)の下(した)で遊(あそ)んでゐたら、024一人(ひとり)は高姫(たかひめ)だと云(い)つて嫌(いや)らしい顔(かほ)した女(をんな)、025又(また)一人(ひとり)は大(おほ)きな男(をとこ)で耳(みみ)がペロペロ動(うご)いてゐるのよ。026屹度(きつと)あれは化物(ばけもの)に違(ちが)ひありませぬ。027お母(かあ)さまをちよろまかさうと思(おも)つて来(き)たのだらうから、028屹度(きつと)会(あ)つちやいけませぬよ。029それで私(わたし)が急(いそ)いで帰(かへ)つて戸(と)を閉(し)めたのです』
030松姫『高姫(たかひめ)さまと云(い)へば蠑螈別(いもりわけ)さまのお師匠(ししやう)様(さま)だ。031そして今(いま)は三五教(あななひけう)の立派(りつぱ)な宣伝使(せんでんし)、032何(なに)しに又(また)案内(あんない)もなしに突然(とつぜん)お越(こ)しになつたのだらうか。033ハテ、034如何(どう)も不思議(ふしぎ)だ。035昨夜(ゆうべ)も昨夜(ゆうべ)で妙(めう)な夢(ゆめ)を見(み)たのだが、036ヒヨツとしたら化物(ばけもの)ぢやなからうか。037いやいや昼間(ひるま)に此(この)神聖(しんせい)な場所(ばしよ)へ化物(ばけもの)がやつて来(く)る筈(はず)がない。038いや高姫(たかひめ)さまなら会(あ)はずばなるまい。039ハテ、040不思議(ふしぎ)だな』
041と云(い)つて首(くび)をかたげている。
042千代(ちよ)『三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)の高姫(たかひめ)さまなら、043もちと品格(ひんかく)がありさうなものですよ。044それはそれは下品(げひん)な……何(なん)とも云(い)へぬ賤(さも)しい姿(すがた)で、045一目(ひとめ)見(み)てもゾゾ毛(げ)が立(た)つ様(やう)な女(をんな)でしたよ。046そして連(つら)つてゐる男(をとこ)は半鐘(はんしよう)泥棒(どろぼう)の様(やう)な不恰好(ぶかつかう)な、047怪体(けたい)な面(つら)した奴(やつ)ですよ。048如何(どう)しても私(わたし)の目(め)には人間(にんげん)とは見(み)えませぬわ。049全(まつた)く妖怪(えうくわい)ですよ』
050松姫(まつひめ)『ハテ、051妙(めう)な事(こと)を云(い)ふぢやないか。052そして受付(うけつけ)の文助(ぶんすけ)さまは何(なん)とか云(い)つてゐただらうな』
053お千代『文助(ぶんすけ)さまは何(なん)だか、054高姫(たかひめ)と云(い)ふ怪体(けたい)な女(をんな)と話(はなし)をして居(を)りましたが、055一度(いちど)松姫(まつひめ)様(さま)に申(まを)し上(あ)げて来(く)ると申(まを)して居(を)りましたよ。056それを聞(き)いたものだから、057文助(ぶんすけ)の様(やう)な盲(めくら)が、058何(なに)も分(わか)らずにお母(かあ)さまに、059せうもない事(こと)を云(い)つて告(つ)げようものなら大変(たいへん)だと思(おも)つて、060一歩先(ひとあしさき)に知(し)らしに帰(かへ)つて来(き)ましたの。061お母(かあ)さま、062屹度(きつと)あの二人(ふたり)に会(あ)つちやいけませぬぜ』
063松姫『それだと云(い)つて、064神(かみ)様(さま)のお道(みち)では何(ど)んな方(かた)にでも会(あ)はなけりやいかぬぢやないか。065仮令(たとへ)化物(ばけもの)でも曲津(まがつ)でも、066神(かみ)様(さま)の教(をしへ)を説(と)き聞(き)かして改心(かいしん)さしてやりさへすれば宜(い)いぢやありませぬか』
067お千代『だつてあんな奴(やつ)、068何(なに)を企(たく)むか知(し)れやしないわ。069お母(かあ)さまが何(なん)と云(い)つても、070お千代(ちよ)はあんな化物(ばけもの)は入(い)れませぬよ』
071松姫『マア何事(なにごと)も私(わたし)に任(まか)しておきなさい。072お前(まへ)さまは未(ま)だ子供(こども)だから、073さう一(ひと)つ一(ひと)つ嘴(くちばし)を容(い)れるものぢやありませぬぞや』
074 斯(か)く親子(おやこ)が話(はな)してゐる処(ところ)へ、075門口(かどぐち)の戸(と)をポンポンと叩(たた)く音(おと)がする。076之(これ)は受付(うけつけ)の文助(ぶんすけ)が高姫(たかひめ)の来(き)た事(こと)を松姫(まつひめ)に報告(はうこく)のためであつた。
077 文助(ぶんすけ)は戸(と)の外(そと)から、
078文助『もしもし、079松姫(まつひめ)様(さま)、080文助(ぶんすけ)で厶(ござ)ります。081一寸(ちよつと)門口(かどぐち)を開(あ)けて下(くだ)さいませぬか。082急用(きふよう)が厶(ござ)りまして御(ご)相談(さうだん)に参(まゐ)りました』
083松姫『ハイ、084一寸(ちよつと)待(ま)つて下(くだ)さいませ。085子供(こども)が悪戯(いたづら)致(いた)しまして……今(いま)直(すぐ)に開(あ)けますから……これお千代(ちよ)、086早(はや)く門(かど)を開(あ)けぬかいな』
087お千代『お母(かあ)さま、088門(かど)を開(あ)けたら文助(ぶんすけ)が這入(はい)つて来(き)ますよ』
089松姫『這入(はい)つて厶(ござ)る様(やう)に開(あ)けるのぢやないか』
090お千代『だつてお母(かあ)さま、091文助(ぶんすけ)の云(い)ふ事(こと)に巻込(まきこ)まれちやいけませぬよ。092あの爺(ぢい)は化物(ばけもの)にひどう感心(かんしん)してゐた様(やう)ですから……』
093と云(い)ひながらツツパリを取外(とりはづ)しガラリと開(あ)けた。094文助(ぶんすけ)はヨボヨボとしながら閾(しきゐ)を跨(また)げ、095四辺(あたり)をキヨロキヨロ見廻(みまは)してゐる。096されど松姫(まつひめ)の姿(すがた)はハツキリ見(み)えなかつた。097只(ただ)目(め)が悪(わる)いので、098声(こゑ)をしるべに話(はなし)するより仕方(しかた)がないのである。099松姫(まつひめ)は、
100松姫『さア何卒(どうぞ)お上(あが)りなさいませ』
101と座蒲団(ざぶとん)を出(だ)し文助(ぶんすけ)の手(て)を取(と)つて坐(すわ)らせた。
102文助(ぶんすけ)『アーア、103年(とし)が寄(よ)つて目(め)が不自由(ふじゆう)なのも厄介(やくかい)なものですわい』
104松姫『それだつて貴方(あなた)は心眼(しんがん)が開(ひら)けてゐるのですもの、105結構(けつこう)ですわ。106目(め)が見(み)えないと云(い)つても、107あれ位(くらゐ)な綿密(めんみつ)な絵(ゑ)が書(か)けるから結構(けつこう)ぢやありませぬか。108時(とき)に文助(ぶんすけ)さま、109何(なに)か急用(きふよう)でも出来(でき)たので厶(ござ)りますのか』
110文助『ハイ、111折入(をりい)つて貴女(あなた)と御(ご)相談(さうだん)を申(まを)し上(あ)げたい事(こと)が突発(とつぱつ)致(いた)しました。112実(じつ)にお気(き)の毒(どく)で……何(なに)から云(い)つてよいやら、113地異(ちゐ)天変(てんぺん)、114言葉(ことば)の出(だ)しやうも厶(ござ)りませぬ』
115 お千代(ちよ)は側(そば)から、
116お千代『これ文助(ぶんすけ)さま、117駄目(だめ)よ。118彼奴(あいつ)ア化物(ばけもの)だから、119お前(まへ)が騙(だま)されて居(ゐ)るのだ。120お母(かあ)さまに何(なに)も言(い)ふぢやありませぬよ。121さアさア トツトとお帰(かへ)り。122足許(あしもと)が危(あぶ)なけりや、123お千代(ちよ)が手(て)を曳(ひ)いて上(あ)げませう』
124松姫(まつひめ)『これお千代(ちよ)、125何(なん)と云(い)ふ事(こと)を仰有(おつしや)るのだい。126お前(まへ)は子供(こども)だから黙(だま)つて居(を)りなさい。127文助(ぶんすけ)さま、128こらへて下(くだ)さいや。129如何(どう)も此(こ)の子(こ)は教育(けういく)が出来(でき)て居(ゐ)ないから困(こま)つたものです。130お菊(きく)さまと好一対(かういつつゐ)です。131遊(あそ)ぶ友達(ともだち)が悪(わる)いとサツパリ感化(かんくわ)されて了(しま)ひます。132本当(ほんたう)に親(おや)も迷惑(めいわく)してゐますのよ。133時(とき)に文助(ぶんすけ)さま、134お気(き)の毒(どく)だとは何事(なにごと)ですか』
135文助『ハイ、136実(じつ)は高姫(たかひめ)さまが見(み)えまして厶(ござ)ります。137そして斎苑(いそ)の館(やかた)の総務(そうむ)杢助(もくすけ)様(さま)までがおいでになり、138何者(なにもの)か貴女(あなた)の悪口(あくこう)を申(まを)したものと見(み)えて、139貴女(あなた)は今日(けふ)限(かぎ)り教主(けうしゆ)の役(やく)を解(と)き、140高姫(たかひめ)様(さま)が教主(けうしゆ)となり、141杢助(もくすけ)様(さま)が出張(しゆつちやう)して監督(かんとく)をなさる事(こと)になつたのだと云(い)つて、142今(いま)下(した)に見(み)えて居(を)ります。143誠(まこと)に長(なが)らくお世話(せわ)になりましたが、144貴女(あなた)様(さま)とはお別(わか)れせなくちやならぬかと思(おも)へば実(じつ)にお名残(なごり)惜(を)しう厶(ござ)ります』
145 松姫(まつひめ)は平然(へいぜん)として、
146松姫『ホホホホホ、147何(なに)か大変事(だいへんじ)が起(おこ)つたかと思(おも)へば、148そんな事(こと)ですかな。149そりや結構(けつこう)です。150妾(わたし)も実(じつ)は此処(ここ)を立退(たちの)いて、151夫(をつと)と共(とも)に大活動(だいくわつどう)をして見(み)たかつたのです、152併(しか)しながら已(や)むを得(え)ず今日(けふ)まで勤(つと)めて居(を)りました。153そりや本当(ほんたう)に結構(けつこう)ですわ』
154文助『それを聞(き)いて私(わたし)も一寸(ちよつと)安心(あんしん)致(いた)しました。155いや如何(どう)も上(うへ)のお方(かた)の心(こころ)と云(い)ふものは分(わか)らぬものですな。156さうなくちやかなひますまい。157桜(さくら)は夜(よる)の嵐(あらし)にうたれて一(ひと)つも残(のこ)らず潔(いさぎよ)く散(ち)るのが誉(ほまれ)だと聞(き)きました。158イヤ天晴(あつぱれ)々々(あつぱれ)、159見上(みあ)げたお志(こころざし)、160実(じつ)に感(かん)じ入(い)りました』
161と袖(そで)に涙(なみだ)を拭(ぬぐ)うてゐる。162お千代(ちよ)は側(そば)から、
163お千代『これ、164文助(ぶんすけ)さま、165お前(まへ)は盲(めくら)だから化物(ばけもの)に騙(だま)されてゐるのだよ。166お母(かあ)さままでが、167何(なん)ですか、168あんな奴(やつ)が来(き)たと云(い)つて此処(ここ)を飛(と)び出(だ)す積(つも)りですか。169未(ま)だ斎苑(いそ)の館(やかた)から何(なん)とも御(ご)沙汰(さた)がないぢやありませぬか。170仮令(たとへ)何(ど)んな方(かた)が見(み)えても相手(あひて)になつちやいけませぬよ。171此(この)間(あひだ)もお寅(とら)さまが魔我彦(まがひこ)を連(つ)れて行(ゆ)かれてから、172もう四五十(しごじふ)日(にち)になるのに、173何(なん)の沙汰(さた)もないぢやありませぬか。174同(おな)じ斎苑(いそ)の館(やかた)から見(み)えるのだから、175八島主(やしまぬし)の神(かみ)様(さま)から御(ご)内報(ないほう)がある筈(はず)、176又(また)魔我彦(まがひこ)さまからも何(なん)とか知(し)らせがある筈(はず)です。177先(ま)づトツクリと調(しら)べた上(うへ)でないと、178えらい目(め)に遭(あ)はされますよ』
179松姫(まつひめ)『いかにもさうだな。180お前(まへ)の云(い)ふのも一理(いちり)がある。181いや文助(ぶんすけ)さま、182何(なに)か其(その)高姫(たかひめ)さまは斎苑(いそ)の館(やかた)から辞令(じれい)でも持(も)つて来(き)て厶(ござ)るか。183それとも教主(けうしゆ)様(さま)か魔我彦(まがひこ)さまの手紙(てがみ)でも御(ご)所持(しよぢ)か、184それを聞(き)いて来(き)て下(くだ)さいな』
185文助『ハイ、186聞(き)いて参(まゐ)りませうが、187何(なに)を云(い)つても三羽烏(さんばがらす)の一(いち)人(にん)時置師(ときおかし)の神(かみ)様(さま)が御(ご)出張(しゆつちやう)になつてゐるのだから、188尋(たづ)ねるにも及(およ)びますまい。189外(ほか)の方(かた)なら兎(と)に角(かく)、190何(なん)と云(い)つても斎苑(いそ)の館(やかた)の総務(そうむ)さまだから、191尋(たづ)ねない方(はう)が宜(よ)いでせう』
192千代(ちよ)『これ文助(ぶんすけ)さま、193お前(まへ)がよう尋(たづ)ねにや私(わたし)が之(これ)から行(い)つて、194本真物(ほんまもの)か、195偽物(にせもの)か、196検査(けんさ)をして来(き)ますわ。197お母(かあ)さま、198それで宜(い)いでせう』
199松姫『これこれお千代(ちよ)、200何(なに)を云(い)ふのだ。201お前(まへ)は今日(けふ)は何(なん)にも云(い)つちやなりませぬぞや。202母(はは)が箝口令(かんこうれい)を布(し)きますぞや』
203お千代『だつて千騎(せんき)一騎(いつき)の此(この)場合(ばあひ)、204お母(かあ)さまの箝口令(かんこうれい)位(くらゐ)で閉口(へいこう)出来(でき)ますか』
205松姫『ああ困(こま)つた娘(むすめ)だな』
206お千代『ああ困(こま)つたお母(かあ)さまだな』
207文助(ぶんすけ)『困(こま)つた事(こと)が出来(でき)たものだな』
208千代(ちよ)『ハツハハハハ』
209と笑(わら)ふ声(こゑ)を外(そと)から聞(き)きつけて這入(はい)つて来(き)たのはお菊(きく)であつた。
210お菊『お千代(ちよ)さま、211何(なに)が可笑(をか)しいの、212よく笑(わら)つてゐますね』
213お千代『お菊(きく)さまか、214よう来(き)て下(くだ)さいました。215今(いま)ね、216文助(ぶんすけ)さまが出(で)て来(き)て、217あの化物(ばけもの)を杢助(もくすけ)さまだ、218高姫(たかひめ)さまだと云(い)つてゐますのよ。219それをお母(かあ)さまが本当(ほんたう)にしてるのだもの、220可笑(をか)しうて堪(たま)らないわ』
221お菊『本当(ほんたう)にね。222怪体(けたい)な奴(やつ)が来(き)たものですわ。223私(あた)い高姫(たかひめ)と云(い)つたら、224もつと立派(りつぱ)な小母(をば)さまと思(おも)つてゐたのに、225まるで化物(ばけもの)だわ。226杢助(もくすけ)さまだと云(い)つてるが獣(けだもの)の様(やう)に耳(みみ)がペロペロ時々(ときどき)動(うご)くのだもの。227何(なん)でも彼奴(あいつ)ア可笑(をか)しい化(ばけ)さまですよ。228然(しか)しあの婆(ばば)が「私(わたし)は高姫(たかひめ)だ、229松姫(まつひめ)さまの師匠(ししやう)だから早(はや)く呼(よ)んで来(こ)い」と云(い)つたので仕方(しかた)なしに来(き)たのよ。230もし松姫(まつひめ)さま、231あんな奴(やつ)に会(あ)つちやいけませぬよ。232然(しか)し何(なん)とか返事(へんじ)をせなくちやなりませぬから、233一寸(ちよつと)御(ご)報告(ほうこく)旁(かたがた)やつて来(き)ましたの』
234松姫(まつひめ)『それは、235まアよう来(き)て下(くだ)さつた。236お菊(きく)さま、237お前(まへ)怪(あや)しいと思(おも)つたのかい』
238お菊『如何(どう)も可笑(をか)しい奴(やつ)ですわ。239キツト、240ありや贋(にせ)ですよ』
241松姫『お菊(きく)さま、242それなら貴女(あなた)御(ご)苦労(くらう)だが、243その高姫(たかひめ)さまとやらに斯(か)う云(い)つて下(くだ)さいね、244「今(いま)松姫(まつひめ)は神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)の最中(さいちう)だから、245済(す)み次第(しだい)お目(め)にかかります。246それまで教主館(けうしゆやかた)で、247お酒(さけ)なつと飲(あが)つて待(ま)つて居(ゐ)て下(くだ)さい」と私(わたし)が云(い)つたと伝(つた)へて下(くだ)さいね。248文助(ぶんすけ)さまも一緒(いつしよ)に帰(かへ)つて下(くだ)さい。249そして粗忽(そそう)のない様(やう)にもてなしを頼(たの)みますよ』
250文助(ぶんすけ)『ハイ、251承知(しようち)致(いた)しました。252サアお菊(きく)さま、253帰(かへ)りませう』
254とお菊(きく)に手(て)を曳(ひ)かれコチコチと階段(かいだん)を下(くだ)つて行(ゆ)く。255後(あと)にお千代(ちよ)は声(こゑ)を潜(ひそ)めて、
256お千代『お母(かあ)さま、257高姫(たかひめ)は本当(ほんたう)のよ。258けれど後(あと)からついて来(き)た杢助(もくすけ)と云(い)ふのは屹度(きつと)化物(ばけもの)よ。259その積(つも)りでつき合(あ)はなくちやいけませぬよ』
260松姫『そんな事(こと)、261どうしてお前(まへ)に分(わか)つたのかい』
262お千代『それでも、263私(わたし)の耳許(みみもと)でエンゼルが囁(ささや)いて下(くだ)さいましたもの。264お母(かあ)さまによく気(き)をつける様(やう)にと云(い)はれましたよ』
265松姫『お前(まへ)は時々(ときどき)エンゼルの御(ご)降臨(かうりん)があるのですから本当(ほんたう)に重宝(ちようほう)な体(からだ)ね。266そして其(その)化物(ばけもの)は何物(なにもの)だと仰有(おつしや)つたかい』
267お千代『あれは妖幻坊(えうげんばう)と云(い)ふ兇党界(きようたうかい)の相当(さうたう)の位地(ゐち)を占(し)めてる大悪魔(だいあくま)ださうです。268然(しか)し日輪(にちりん)様(さま)を恐(おそ)れる事(こと)が非常(ひじやう)なもので、269昼(ひる)歩(ある)く時(とき)は深編笠(ふかあみがさ)を被(かぶ)り、270中々(なかなか)外(そと)へは出(で)ないさうですよ。271昼間(ひるま)は何時(いつ)も森(もり)の中(なか)で寝(ね)てると云(い)ふ事(こと)ですわ。272その妖幻坊(えうげんばう)に高姫(たかひめ)さまが化(ば)かされて、273又(また)義理(ぎり)天上(てんじやう)をふり廻(まは)してゐるのだから尚々(なほなほ)始末(しまつ)が悪(わる)いのよ』
274松姫『ハテ、275困(こま)つた事(こと)だな。276何(なん)とか工夫(くふう)があるまいかな』
277お千代『お母(かあ)さま、278屹度(きつと)会(あ)つちやいけませぬよ。279そして高姫(たかひめ)は自分(じぶん)勝手(かつて)に、280此処(ここ)の教主(けうしゆ)だと云(い)つてるのですよ。281斎苑(いそ)の館(やかた)からお沙汰(さた)のあるまで動(うご)いちやいけませぬぞえ。282お母(かあ)さまは小北山(こぎたやま)の神司(かむづかさ)だから、283誰(たれ)に指一本(ゆびいつぽん)さへられる体(からだ)ぢやありませぬからね。284屹度(きつと)調(しら)べて見(み)たら、285斎苑(いそ)の館(やかた)の書付(かきつけ)は持(も)つてゐない事(こと)はきまつてゐますわ。286それで面白(おもしろ)いから、287一遍(いつぺん)調(しら)べてやらうと思(おも)つたのよ』
288松姫『そんな要(い)らぬ事(こと)をせなくてもいいぢやないか。289高姫(たかひめ)さまに恥(はぢ)をかかさない様(やう)にして、290なるべく御(ご)改心(かいしん)を遊(あそ)ばす様(やう)に真心(まごころ)を尽(つく)して御(ご)意見(いけん)を申上(まをしあ)げるのだな。291お前(まへ)も出過(です)ぎた事(こと)は云(い)はない様(やう)にして下(くだ)さいや』
292お千代『それでも余(あま)り馬鹿(ばか)にしてゐるのだもの、293ちつとは言(い)ひたくなつて来(く)るのよ。294一遍(いつぺん)神(かみ)様(さま)を拝(をが)ましてやつたら吃驚(びつくり)するだらうね。295それを見(み)るのが楽(たの)しみだわ』
296松姫『何(なん)とまア口(くち)の悪(わる)い子(こ)だな。297人(ひと)がビツクリするのが、298お前(まへ)はそれ程(ほど)面白(おもしろ)いのかい。299困(こま)つたお転婆(てんば)だな』
300お千代『それでも世(よ)の中(なか)を誑(たぶら)かし人(ひと)を苦(くる)しめ、301大神(おほかみ)様(さま)の道(みち)を妨害(ばうがい)する悪魔(あくま)だから、302チツとは懲(こら)しめてやらなくちや、303神(かみ)様(さま)にお仕(つか)へしてゐるお母(かあ)さまの役(やく)も済(す)みますまい。304私(わたし)だつて化物(ばけもの)を看過(かんくわ)しちや職務(しよくむ)不忠実(ふちうじつ)と云(い)ふものですわ。305こんな時(とき)こそは審神(さには)を充分(じうぶん)しなくちやなりませぬわ』
306松姫『併(しか)し高姫(たかひめ)さまは本物(ほんもの)だとあれば、307私(わたし)の大恩(だいおん)ある御(お)師匠(ししやう)様(さま)、308お目(め)にかかつて御(ご)挨拶(あいさつ)を申上(まをしあ)げねばなるまい。309そして其(その)様(やう)な悪魔(あくま)に騙(だま)されて居(を)りなさるなら、310気(き)をつけて上(あ)げなくちや師弟(してい)の役(やく)が済(す)むまい。311ああ困(こま)つた事(こと)が出来(でき)たものだ』
312 斯(か)く話(はな)す所(ところ)へ尾(を)をふつて潔(いさぎよ)く這入(はい)つて来(き)たのは巨大(きよだい)なる猛犬(まうけん)であつた。313見(み)れば首(くび)たまに何(なに)か手紙(てがみ)の様(やう)なものが下(さが)つて居(ゐ)る。
314松姫(まつひめ)『ア、315これは何処(どこ)からか手紙(てがみ)を持(も)つてお使(つか)ひに来(き)たのだな。316これこれお犬(いぬ)さま、317何処(どこ)からか知(し)らぬが御(ご)苦労(くらう)だつたな。318どれどれ、319お手紙(てがみ)を見(み)せて頂(いただ)きませう』
320とやさしく云(い)ひながら二(ふた)つ三(みつ)つ首(くび)の辺(あた)りを撫(な)でて可愛(かあい)がり、321括(くく)りつけた手紙(てがみ)を取(と)り、322上書(うはがき)を見(み)れば、323「小北山(こぎたやま)の神司(かむづかさ)松姫(まつひめ)様(さま)へ、324祠(ほこら)の森(もり)に於(おい)て、325初稚姫(はつわかひめ)より」と記(しる)してある。
326松姫『ああ之(これ)は初稚姫(はつわかひめ)様(さま)の御(お)手紙(てがみ)だ。327何(なに)か変(かは)つた事(こと)が出来(でき)たのかな。328これお千代(ちよ)や、329一寸(ちよつと)門口(かどぐち)を閉(し)めて下(くだ)さい。330秘密(ひみつ)の御用(ごよう)かも知(し)れないから』
331 お千代(ちよ)は外(そと)をキヨロキヨロ見廻(みまは)し、332誰(たれ)も出(で)て来(こ)ないので安心(あんしん)の胸(むね)を撫(な)で下(おろ)し、333ソツと戸(と)をしめて堅(かた)くツツパリをかうた。334此(この)猛犬(まうけん)は云(い)はずと知(し)れた初稚姫(はつわかひめ)の愛犬(あいけん)スマートなる事(こと)は云(い)ふまでもない。
335(大正一二・一・二五 旧一一・一二・九 北村隆光録)
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