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霊界物語
真善美愛(第49~60巻)
第51巻(寅の巻)
序文
総説
第1篇 霊光照魔
第1章 春の菊
第2章 怪獣策
第3章 犬馬の労
第4章 乞食劇
第5章 教唆
第6章 舞踏怪
第2篇 夢幻楼閣
第7章 曲輪玉
第8章 曲輪城
第9章 鷹宮殿
第10章 女異呆醜
第3篇 鷹魅艶態
第11章 乙女の遊
第12章 初花姫
第13章 槍襖
第14章 自惚鏡
第15章 餅の皮
第4篇 夢狸野狸
第16章 暗闘
第17章 狸相撲
第18章 糞奴使
第19章 偽強心
第20章 狸姫
第21章 夢物語
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(B)
(N)
暗闘 >>>
第一五章
餅
(
もち
)
の
皮
(
かは
)
〔一三三〇〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第51巻 真善美愛 寅の巻
篇:
第3篇 鷹魅艶態
よみ(新仮名遣い):
ようみえんたい
章:
第15章 餅の皮
よみ(新仮名遣い):
もちのかわ
通し章番号:
1330
口述日:
1923(大正12)年01月26日(旧12月10日)
口述場所:
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1924(大正13)年12月29日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
高姫は宮子を外に出すと、鏡の前で自分を映して悦に入っていた。着物を脱いで鏡に映していると、侍女の少女たちに化けていた豆狸が戸の開いたところから侵入し、飛びついた。高姫は驚いてひっくり返ってしまった。
あわただしく着物を直し、なおも鏡に向かってうぬぼれていると、戸の隙間から宮子が半ば狸の正体を現し、どんぐりのような目でにらんでいる。高姫は思わずコラッと叫んだ。宮子はおどろいてその場を立ち去った。
高姫がなおも鏡の前で自惚れながら独り言で蠑螈別を懐かしんでいると、宮子が戸を外から叩いた。宮子は言われるままに庭園を散歩してきたのだ、と高姫に答え、どんぐりの目の怪物を自分も見たと報告した。
高姫は、宮子と共にパンと葡萄酒の食事をとり、宮子の耳をはばかって、それとわからないように蠑螈別を思う恋の歌を歌った。宮子は高姫の様子を見て、蠑螈別の名前を出して探りを入れた。高姫は、蠑螈別は自分と妖幻坊を付け狙う三五教の仇だとごまかした。
すると戸の外から、妖幻坊の高宮彦がやってくると五月が知らせる声がした。高姫は宮子に命じて部屋を片付けさせた。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2023-09-13 17:48:56
OBC :
rm5115
愛善世界社版:
216頁
八幡書店版:
第9輯 344頁
修補版:
校定版:
223頁
普及版:
99頁
初版:
ページ備考:
001
高姫
(
たかひめ
)
は
宮子
(
みやこ
)
と
共
(
とも
)
に
吾
(
わが
)
居間
(
ゐま
)
へ
帰
(
かへ
)
り、
002
直
(
すぐ
)
に
襠衣
(
うちかけ
)
をぬぐ
筈
(
はず
)
だが、
003
マ
一度
(
いちど
)
自分
(
じぶん
)
の
盛装
(
せいさう
)
した
姿
(
すがた
)
をトツクリと
見
(
み
)
てからでなくては
惜
(
を
)
しいと
思
(
おも
)
つたか、
004
鏡
(
かがみ
)
の
前
(
まへ
)
にスツクと
立
(
た
)
ち「ウーン」と
云
(
い
)
つたきり、
005
わが
姿
(
すがた
)
に
見
(
み
)
とれてゐる。
006
宮子
(
みやこ
)
は
高姫
(
たかひめ
)
の
後
(
うしろ
)
に
行儀
(
ぎやうぎ
)
よく
坐
(
すわ
)
つてゐた。
007
高姫
(
たかひめ
)
は
益々
(
ますます
)
感心
(
かんしん
)
して「ウーン ウーン」と
息
(
いき
)
を
詰
(
つ
)
め、
008
余
(
あま
)
り
気張
(
きば
)
つて
感心
(
かんしん
)
したので、
009
上
(
うへ
)
へ
出
(
で
)
る
息
(
いき
)
が
裏門
(
うらもん
)
へ
破裂
(
はれつ
)
し「ブブブブーツ」と
法螺貝
(
ほらがひ
)
を
吹
(
ふ
)
いた。
010
宮子
(
みやこ
)
はビツクリして「クスクス」と
鼻
(
はな
)
を
鳴
(
な
)
らせながら、
011
二歩
(
ふたあし
)
三歩
(
みあし
)
後
(
あと
)
しざりした。
012
此
(
この
)
宮子
(
みやこ
)
に
化
(
ば
)
けた
化物
(
くわいぶつ
)
は
妖幻坊
(
えうげんばう
)
の
片腕
(
かたうで
)
で、
013
数千
(
すうせん
)
年
(
ねん
)
劫
(
ごふ
)
を
経
(
へ
)
た
獅子
(
しし
)
のやうな
古狸
(
ふるだぬき
)
であつた。
014
忽
(
たちま
)
ち
鼻
(
はな
)
が
歪
(
ゆが
)
むやうな
奴
(
やつ
)
を
吹
(
ふ
)
きかけられ、
015
思
(
おも
)
はず
知
(
し
)
らず
正体
(
しやうたい
)
の
一部
(
いちぶ
)
を
現
(
あら
)
はして、
016
クスクスと
云
(
い
)
つたのである。
017
高姫
(
たかひめ
)
は
四辺
(
あたり
)
を
見廻
(
みまは
)
し、
018
高姫
『アレマア、
019
宮
(
みや
)
ちやまとした
事
(
こと
)
が、
020
行儀
(
ぎやうぎ
)
の
悪
(
わる
)
い、
021
こんな
所
(
ところ
)
でオナラを
弾
(
だん
)
じたり、
022
ホホホホホ』
023
宮子
『アレマア、
024
お
母
(
かあ
)
さまとした
事
(
こと
)
が、
025
自分
(
じぶん
)
がオナラをひりながら、
026
殺生
(
せつしやう
)
だワ』
027
高姫
『コレコレ
宮子
(
みやこ
)
さま、
028
お
前
(
まへ
)
は
侍女
(
じじよ
)
ぢやないか。
029
侍女
(
こしもと
)
といふものは、
030
主人
(
しゆじん
)
がオナラを
弾
(
だん
)
じた
時
(
とき
)
に、
031
不調法
(
ぶてうはふ
)
を
致
(
いた
)
しましたと
自分
(
じぶん
)
が
引受
(
ひきう
)
けるのだよ、
032
それが
侍女
(
こしもと
)
の
第一
(
だいいち
)
の
務
(
つと
)
めだからな。
033
これから
日
(
ひ
)
に
七回
(
しちくわい
)
や
八回
(
はちくわい
)
は
出
(
で
)
るかも
知
(
し
)
れないから、
034
其
(
その
)
時
(
とき
)
はキツトお
前
(
まへ
)
さまがあやまるのだよ』
035
宮子
『それでも
私
(
わたし
)
、
036
閉口
(
へいこう
)
だワ』
037
高姫
『
狸
(
たぬき
)
のやうに、
038
クスクスなんて、
039
これから
笑
(
わら
)
つちや
可
(
い
)
けませぬぞや』
040
宮子
『それでも、
041
お
母
(
かあ
)
さま、
042
余
(
あま
)
り
臭
(
くさ
)
かつたので、
043
狸
(
たぬき
)
の
屁
(
へ
)
かと
思
(
おも
)
つたのよ』
044
高姫
『コレ
宮
(
みや
)
さま、
045
一寸
(
ちよつと
)
外
(
そと
)
へ
遊
(
あそ
)
びにいつて
来
(
き
)
ておくれ、
046
お
母
(
かあ
)
さまはチツトばかり、
047
内証
(
ないしよう
)
の
用
(
よう
)
があるから』
048
宮子
『ヘヘヘヘ
甘
(
うま
)
い
事
(
こと
)
仰有
(
おつしや
)
いますワイ。
049
私
(
わたし
)
を
外
(
そと
)
へ
出
(
だ
)
しておいて、
050
又
(
また
)
自惚鏡
(
うぬぼれかがみ
)
の
前
(
まへ
)
で、
051
独言
(
ひとりごと
)
を
云
(
い
)
つて
喜
(
よろこ
)
ぶのでせう』
052
高姫
『どうでも
宜
(
よろ
)
しい、
053
お
前
(
まへ
)
さまは
子供
(
こども
)
だから、
054
やつさなくても
美
(
うつく
)
しいのだ。
055
女
(
をんな
)
は
身嗜
(
みだしな
)
みが
肝腎
(
かんじん
)
だからなア。
056
黒
(
くろ
)
い
顔
(
かほ
)
や
乱
(
みだ
)
れた
髪
(
かみ
)
を、
057
夫
(
をつと
)
や
人
(
ひと
)
に
見
(
み
)
せるのは
失礼
(
しつれい
)
だ。
058
女
(
をんな
)
として
慎
(
つつ
)
しむべきことは
第一
(
だいいち
)
身嗜
(
みだしな
)
みだから、
059
お
前
(
まへ
)
さまが
居
(
ゐ
)
ると、
060
気
(
き
)
がひけて、
061
十分
(
じふぶん
)
に
化粧
(
けしやう
)
が
出来
(
でき
)
ないから、
062
半時
(
はんとき
)
ばかり、
063
田圃
(
たんぼ
)
へいつて
遊
(
あそ
)
んで
来
(
き
)
なさい。
064
田圃
(
たんぼ
)
が
遠
(
とほ
)
ければ、
065
一遍
(
いつぺん
)
城内
(
じやうない
)
の
庭園
(
ていゑん
)
をみまはつて
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さい』
066
宮子
『それなら
行
(
い
)
つて
参
(
まゐ
)
ります、
067
十分
(
じふぶん
)
おやつしなさいませ』
068
高姫
『エー、
069
いらぬ
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ひなさるな、
070
トツトとお
行
(
い
)
きんか』
071
宮子
『ハーイ』
072
とワザと
怖
(
こは
)
さうに
腰
(
こし
)
を
屈
(
かが
)
め、
073
這
(
は
)
ふやうにしてドアの
外
(
そと
)
に
飛出
(
とびだ
)
し、
074
三
(
み
)
つ
四
(
よ
)
つポンポンポンと
足踏
(
あしぶ
)
みをして
床板
(
ゆかいた
)
を
鳴
(
な
)
らし、
075
それから
同
(
おな
)
じ
所
(
ところ
)
をドスドスドスと
一歩
(
いつぽ
)
々々
(
いつぽ
)
低
(
ひく
)
くし、
076
遠
(
とほ
)
くへ
行
(
い
)
つたやうなふりを
装
(
よそほ
)
うた。
077
高姫
(
たかひめ
)
は
足音
(
あしおと
)
がだんだん
低
(
ひく
)
くなるので、
078
廊下
(
らうか
)
を
伝
(
つた
)
つて
遊
(
あそ
)
びに
行
(
い
)
つたものと
思
(
おも
)
ひ、
079
やつと
安心
(
あんしん
)
して
自惚鏡
(
うぬぼれかがみ
)
に
立向
(
たちむか
)
うた。
080
そして
余
(
あま
)
り
一心
(
いつしん
)
になつてゐたので、
081
ドアの
開
(
あ
)
いてあるのに
気
(
き
)
がつかなかつた。
082
宮子
(
みやこ
)
は
観音開
(
くわんおんびらき
)
のドアの
三角型
(
さんかくがた
)
に
開
(
ひら
)
いた
一寸
(
いつすん
)
ばかりの
隙
(
すき
)
から、
083
丸
(
まる
)
い
目
(
め
)
を
剥
(
む
)
いて
中
(
なか
)
の
様子
(
やうす
)
を
窺
(
うかが
)
つてゐた。
084
高姫
『あああ、
085
何
(
なん
)
とマア、
086
見
(
み
)
れば
見
(
み
)
る
程
(
ほど
)
、
087
フツクリとした
頬
(
ほほ
)
べた、
088
それに
紅
(
べに
)
うつりのよい
唇
(
くちびる
)
、
089
天教山
(
てんけうざん
)
の
木花姫
(
このはなひめ
)
のやうな
鼻
(
はな
)
の
形
(
かたち
)
、
090
鈴
(
すず
)
をはつたよな
目許
(
めもと
)
に、
091
新月
(
しんげつ
)
の
眉
(
まゆ
)
、
092
雪
(
ゆき
)
の
肌
(
はだ
)
、
093
耳朶
(
みみたぶ
)
のフツサリとした、
094
髪
(
かみ
)
の
毛
(
け
)
の
艶
(
つや
)
のよさ、
095
なぜマア
造化
(
ざうくわ
)
の
神
(
かみ
)
は、
096
私
(
わたし
)
許
(
ばか
)
りにこんな
美貌
(
びばう
)
を
与
(
あた
)
へて、
097
世間
(
せけん
)
の
女
(
をんな
)
には、
098
可愛相
(
かあいさう
)
に、
099
あんな
不器量
(
ぶきりやう
)
な
顔
(
かほ
)
を
与
(
あた
)
へたのだらう。
100
どう
考
(
かんが
)
へてみても、
101
背恰好
(
せかつかう
)
といひ、
102
高
(
たか
)
からず、
103
低
(
ひく
)
からず、
104
太
(
ふと
)
からず、
105
細
(
こま
)
からず、
106
肉
(
にく
)
は
柔
(
やはら
)
かにしてシマリあり、
107
此
(
この
)
指
(
ゆび
)
だつて、
108
一節
(
ひとふし
)
々々
(
ひとふし
)
、
109
梅
(
うめ
)
の
莟
(
つぼみ
)
の
開
(
ひら
)
きかけのやうだワ。
110
爪
(
つめ
)
の
色
(
いろ
)
は
瑪瑙
(
めなう
)
のやうだし、
111
ああ
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
、
112
私
(
わたし
)
はなぜにこれ
程
(
ほど
)
美
(
うつく
)
しいのでせう、
113
イヤイヤさうではあるまい、
114
義理
(
ぎり
)
天上
(
てんじやう
)
日
(
ひ
)
の
出神
(
でのかみ
)
の
生宮
(
いきみや
)
だから、
115
ヤツパリ
人間
(
にんげん
)
ではないのだ。
116
杢助
(
もくすけ
)
さまが、
117
お
前
(
まへ
)
は
高天原
(
たかあまはら
)
の
最奥
(
さいあう
)
霊国
(
れいごく
)
の
天人
(
てんにん
)
だと
仰有
(
おつしや
)
つた。
118
成程
(
なるほど
)
、
119
それで
人間
(
にんげん
)
とはすべての
点
(
てん
)
が
違
(
ちが
)
ふのだ。
120
あああ、
121
顔
(
かほ
)
や
手
(
て
)
ばかり
見
(
み
)
て
居
(
を
)
つた
所
(
ところ
)
で、
122
自分
(
じぶん
)
の
姿
(
すがた
)
も
全部
(
ぜんぶ
)
査
(
しら
)
べてみなくちや
分
(
わか
)
るものぢやない。
123
ドレドレ
侍女
(
こしもと
)
のをらぬのを
幸
(
さいはひ
)
に、
124
赤裸
(
まつぱだか
)
となつて、
125
肉体
(
にくたい
)
の
曲線美
(
きよくせんび
)
を
査
(
しら
)
べてみようかな』
126
と
独語
(
ひとりご
)
ちつつ、
127
着物
(
きもの
)
を
全部
(
ぜんぶ
)
脱
(
ぬ
)
ぎ、
128
鏡
(
かがみ
)
に
打向
(
うちむか
)
ひ、
129
高姫
『ヤア、
130
どこからどこまで
完全
(
くわんぜん
)
無欠
(
むけつ
)
なものだ。
131
乳房
(
ちぶさ
)
のフツクリとした、
132
そしてツンモリとしてゐる
所
(
ところ
)
、
133
何
(
なん
)
としたいい
恰好
(
かつかう
)
だらう。
134
胸
(
むね
)
は
扇形
(
あふぎがた
)
になり、
135
腰
(
こし
)
のあたりは
蜂
(
はち
)
のやうだワ。
136
そして
尻
(
しり
)
はポツクリと
丸
(
まる
)
う
丸
(
まる
)
う
太
(
ふと
)
り、
137
肌
(
はだ
)
のツヤは
瑠璃光
(
るりくわう
)
のやうだし、
138
膝頭
(
ひざがしら
)
の
位置
(
ゐち
)
から
踵
(
きびす
)
との
距離
(
きより
)
、
139
大腿骨
(
だいたいこつ
)
の
太
(
ふと
)
さ、
140
長
(
なが
)
さ、
141
どつから
見
(
み
)
ても、
142
これ
位
(
くらゐ
)
理想
(
りさう
)
的
(
てき
)
に
出来
(
でき
)
た
身体
(
からだ
)
は、
143
マアあるまい。
144
ドレドレ
肝腎
(
かんじん
)
の
如意
(
によい
)
のお
玉
(
たま
)
も、
145
一
(
ひと
)
つ
鏡
(
かがみ
)
に
映
(
うつ
)
してみませうかなア』
146
とパサパーナをやる
時
(
とき
)
のやうなスタイルで、
147
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
御玉
(
みたま
)
をうつしてゐる。
148
高姫
『ああ
恰好
(
かつかう
)
のいい
事
(
こと
)
、
149
ホホホホ、
150
こんな
所
(
ところ
)
を
人
(
ひと
)
にみられちや、
151
大変
(
たいへん
)
だがな、
152
併
(
しか
)
し
此
(
この
)
御殿
(
ごてん
)
は
中
(
なか
)
から
開
(
ひら
)
かなくちや、
153
外
(
そと
)
から
開
(
ひら
)
かぬのだから
都合
(
つがふ
)
好
(
よ
)
くしてあるワイ』
154
と
夢中
(
むちう
)
になつて
鏡
(
かがみ
)
に
映
(
うつ
)
してゐる。
155
八
(
はち
)
人
(
にん
)
の
少女
(
せうぢよ
)
に
化
(
ば
)
けてゐた
豆狸
(
まめだぬき
)
は、
156
妙
(
めう
)
な
匂
(
にほ
)
ひがするので、
157
戸
(
と
)
のあいた
所
(
ところ
)
からスツと
侵入
(
しんにふ
)
し、
158
ドブ
貝
(
がひ
)
の
食
(
く
)
ひ
頃
(
ごろ
)
に
腐
(
くさ
)
つたのが
落
(
お
)
ちてゐると
思
(
おも
)
つて、
159
矢庭
(
やには
)
に
飛
(
と
)
び
付
(
つ
)
いた。
160
高姫
(
たかひめ
)
はキヤツと
驚
(
おどろ
)
き、
161
赤裸
(
まつぱだか
)
の
儘
(
まま
)
ひつくり
返
(
かへ
)
つた。
162
豆狸
(
まめだぬき
)
は
驚
(
おどろ
)
いて、
163
雲
(
くも
)
を
霞
(
かすみ
)
と
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
して
了
(
しま
)
つた。
164
高姫
『
此
(
この
)
座敷
(
ざしき
)
には、
165
劫
(
ごふ
)
経
(
へ
)
た
鼠
(
ねづみ
)
がゐると
見
(
み
)
える、
166
うつかり
裸
(
はだか
)
にはなつては
居
(
を
)
れまい。
167
どつかで
猫
(
ねこ
)
の
子
(
こ
)
でも
貰
(
もら
)
つて
来
(
き
)
て
飼
(
か
)
つておかねば、
168
夜分
(
やぶん
)
も
碌
(
ろく
)
に
寝
(
ね
)
られたものぢやない、
169
アイタタタタ、
170
杢助殿
(
もくすけどの
)
の
貴重品
(
きちようひん
)
を
台
(
だい
)
なしにして
了
(
しま
)
つた』
171
と
慌
(
あわただ
)
しく
着物
(
きもの
)
を
着
(
き
)
かへ、
172
チヤンと
振
(
ふり
)
を
直
(
なほ
)
して、
173
尚
(
なほ
)
も
自惚
(
うぬぼ
)
れながら、
174
ソツと
入口
(
いりぐち
)
を
見
(
み
)
れば、
175
観音開
(
くわんのんびらき
)
の
戸
(
と
)
は
三角型
(
さんかくがた
)
に
外
(
そと
)
へ
開
(
ひら
)
き、
176
二寸
(
にすん
)
ばかりのスキから、
177
宮子
(
みやこ
)
が
半
(
なかば
)
正体
(
しやうたい
)
を
現
(
あら
)
はし、
178
団栗
(
どんぐり
)
のやうな
目
(
め
)
で
睨
(
にら
)
んでゐる。
179
高姫
(
たかひめ
)
は
思
(
おも
)
はず、
180
高姫
『コラツ』
181
と
叫
(
さけ
)
んだ。
182
宮子
(
みやこ
)
はビツクリして、
183
其
(
その
)
場
(
ば
)
を
立去
(
たちさ
)
つた。
184
高姫
『まるでここは
化物
(
ばけもの
)
屋敷
(
やしき
)
みたやうな
所
(
ところ
)
だ。
185
あのドアを
確
(
たしか
)
に
締
(
し
)
めてある
筈
(
はず
)
だのに、
186
音
(
おと
)
もせずにあいて
田螺
(
たにし
)
が
睨
(
にら
)
んでゐた。
187
諺
(
ことわざ
)
にも
美人
(
びじん
)
には
魔
(
ま
)
がさすといふ
事
(
こと
)
がある。
188
私
(
わたし
)
が
余
(
あま
)
り
美
(
うつく
)
しいものだから、
189
鼠
(
ねづみ
)
や
田螺
(
たにし
)
までが
秋波
(
しうは
)
を
送
(
おく
)
るのかなア。
190
それ
程
(
ほど
)
恋慕
(
こひした
)
うて
来
(
く
)
るのに、
191
私
(
わたし
)
も
何
(
なん
)
とか
挨拶
(
あいさつ
)
をしてやりたいけれど、
192
こればつかりは、
193
博愛
(
はくあい
)
主義
(
しゆぎ
)
は
実行
(
じつかう
)
する
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ぬ。
194
愛
(
あい
)
といふものは
普遍
(
ふへん
)
的
(
てき
)
、
195
公的
(
こうてき
)
のものだが、
196
恋愛
(
れんあい
)
となると
一人愛
(
いちにんあい
)
に
限
(
かぎ
)
る
遍狭
(
へんけふ
)
な
愛
(
あい
)
だから、
197
何程
(
なにほど
)
森羅
(
しんら
)
万象
(
ばんしやう
)
が
私
(
わたし
)
に
惚
(
ほ
)
れた
所
(
ところ
)
で、
198
こればかりは
仕方
(
しかた
)
がない。
199
天地
(
てんち
)
の
万物
(
ばんぶつ
)
、
200
必
(
かなら
)
ず
必
(
かなら
)
ず
高姫
(
たかひめ
)
を
愛
(
あい
)
するのはよいが、
201
恋愛
(
れんあい
)
などはしてくれな。
202
今
(
いま
)
高姫
(
たかひめ
)
が
天地
(
てんち
)
万有
(
ばんいう
)
に
向
(
むか
)
つて
宣示
(
せんじ
)
しておく
程
(
ほど
)
に、
203
ホツホホホ、
204
余
(
あま
)
り
自惚
(
うぬぼ
)
れすぎて、
205
エライ
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
つたものだ。
206
併
(
しか
)
しながら
事実
(
じじつ
)
は
事実
(
じじつ
)
だから
仕方
(
しかた
)
がない。
207
あんな
年
(
とし
)
のよつた
姿
(
すがた
)
の
時
(
とき
)
でも、
208
秋波
(
しうは
)
を
送
(
おく
)
つてくれた
蠑螈別
(
いもりわけ
)
さまに、
209
一度
(
いちど
)
此
(
この
)
姿
(
すがた
)
を
見
(
み
)
せて
上
(
あ
)
げたいものだなア。
210
ああ、
211
ママならぬは
浮世
(
うきよ
)
だ。
212
かかる
金殿
(
きんでん
)
玉楼
(
ぎよくろう
)
に、
213
尊貴
(
そんき
)
を
極
(
きは
)
め
栄耀
(
えいえう
)
を
極
(
きは
)
めて、
214
而
(
しか
)
も
義理
(
ぎり
)
天上
(
てんじやう
)
日
(
ひ
)
の
出神
(
でのかみ
)
、
215
霊国
(
れいごく
)
第一
(
だいいち
)
の
天人
(
てんにん
)
と
現
(
あら
)
はれた
身
(
み
)
でさへも、
216
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
に
儘
(
まま
)
にならぬ
事
(
こと
)
があるものだなア。
217
双六
(
すごろく
)
の
賽
(
さい
)
と
河鹿川
(
かじかがは
)
の
流
(
なが
)
れと
蠑螈別
(
いもりわけ
)
さまとの
密会
(
みつくわい
)
は、
218
此
(
この
)
高姫
(
たかひめ
)
の
儘
(
まま
)
にならぬ
所
(
ところ
)
だ、
219
モウ
一
(
ひと
)
つ
困
(
こま
)
るのは
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
共
(
ども
)
だ。
220
併
(
しか
)
しながら
上
(
うへ
)
見
(
み
)
れば
限
(
かぎ
)
りなし、
221
下
(
した
)
みれば
程
(
ほど
)
なし、
222
マアここらで
満足
(
まんぞく
)
せなくちやなりますまい。
223
てもさても
幸福
(
かうふく
)
な
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
ぢやなア。
224
此
(
この
)
上
(
うへ
)
杢助
(
もくすけ
)
さまがコレラでも
煩
(
わづら
)
つてコロツと
亡
(
い
)
てくれた
其
(
その
)
後
(
あと
)
へ、
225
蠑螈別
(
いもりわけ
)
さまがヌツケリとお
越
(
こ
)
しにならば、
226
それこそ
何
(
なに
)
も
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
がないけれどなア。
227
北山村
(
きたやまむら
)
でスキ
焼
(
やき
)
鍋
(
なべ
)
を
真中
(
まんなか
)
に、
228
ハモや
鯛
(
たひ
)
や
玉子
(
たまご
)
のあばれ
食
(
ぐ
)
ひ、
229
香
(
かう
)
ばしい
酒
(
さけ
)
に
酔
(
よ
)
うて、
230
狐
(
きつね
)
のやうに
釣上
(
つりあが
)
つた
蠑螈別
(
いもりわけ
)
さまの
目元
(
めもと
)
をみた
時
(
とき
)
は
愉快
(
ゆくわい
)
であつた。
231
せめて
死
(
し
)
ぬまでに、
232
モ
一度
(
いちど
)
、
233
蠑螈別
(
いもりわけ
)
さまに、
234
此
(
この
)
立派
(
りつぱ
)
な
御殿
(
ごてん
)
で
会
(
あ
)
うて
見
(
み
)
たいものだなア』
235
と
何時
(
いつ
)
の
間
(
ま
)
にか
声
(
こゑ
)
が
高
(
たか
)
くなり、
236
喋
(
しやべ
)
り
立
(
た
)
ててゐる。
237
外
(
そと
)
からポンポンと
叩
(
たた
)
く
礫
(
つぶて
)
の
音
(
おと
)
。
238
高姫
『
誰
(
たれ
)
だなア、
239
何用
(
なによう
)
だい』
240
(宮子)
『ハイ、
241
私
(
わたし
)
は
宮子
(
みやこ
)
で
厶
(
ござ
)
います、
242
何卒
(
どうぞ
)
開
(
あ
)
けて
下
(
くだ
)
さいな』
243
高姫
『ササお
入
(
はい
)
りなさい、
244
いい
子
(
こ
)
だつたな』
245
と
云
(
い
)
ひながら、
246
ドアを
開
(
ひら
)
いて、
247
宮子
(
みやこ
)
を
引入
(
ひきい
)
れ、
248
厳
(
きび
)
しく
戸
(
と
)
をとぢて
錠
(
ぢやう
)
を
卸
(
おろ
)
した。
249
高姫
(
たかひめ
)
は
今
(
いま
)
の
独言
(
ひとりごと
)
を、
250
もしや
宮子
(
みやこ
)
が
聞
(
き
)
いてゐなかつただらうか、
251
聞
(
き
)
かれたら
大変
(
たいへん
)
だと、
252
稍
(
やや
)
不安
(
ふあん
)
の
念
(
ねん
)
にかられながら、
253
高姫
『コレ
宮
(
みや
)
さま、
254
お
前
(
まへ
)
どこへ
行
(
い
)
つてゐたの、
255
余
(
あま
)
り
早
(
はや
)
いぢやないか』
256
宮子
『ハイ、
257
お
母
(
かあ
)
さまが
庭園
(
ていゑん
)
をまはつて
来
(
こ
)
いと
仰有
(
おつしや
)
いましたから、
258
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
這
(
は
)
うて
廻
(
まは
)
りましたの。
259
そした
所
(
ところ
)
が、
260
犬
(
いぬ
)
の
遠吠
(
とほぼゑ
)
が
聞
(
きこ
)
えたので、
261
ビツクリして
逃
(
に
)
げて
帰
(
かへ
)
つて
来
(
き
)
たのよ』
262
高姫
『
這
(
は
)
うて
帰
(
かへ
)
つたの、
263
犬
(
いぬ
)
の
声
(
こゑ
)
にビツクリしたのと、
264
まるで
狸
(
たぬき
)
か
何
(
なん
)
ぞのやうな
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ふぢやないか』
265
宮子
(
みやこ
)
はウツカリ
喋
(
しやべ
)
つてしまつたと
思
(
おも
)
つたが、
266
稍
(
やや
)
落着
(
おちつ
)
かぬ
体
(
てい
)
で、
267
宮子
『イーエ、
268
どつかの
人
(
ひと
)
が
四這
(
よつばひ
)
に
這
(
は
)
つてゐたのよ。
269
そして
犬
(
いぬ
)
か
鼠
(
ねづみ
)
か
知
(
し
)
らないが、
270
お
尻
(
いど
)
のあたりを
咬
(
か
)
まれて
走
(
はし
)
つてゐたのを
見
(
み
)
ましたの』
271
と
高姫
(
たかひめ
)
の
事
(
こと
)
は
知
(
し
)
らねども、
272
うまく
其
(
その
)
場
(
ば
)
をつくらうてみた。
273
高姫
(
たかひめ
)
は
自分
(
じぶん
)
が
鏡
(
かがみ
)
の
前
(
まへ
)
で
赤裸
(
まつぱだか
)
となつて
身体
(
からだ
)
を
映
(
うつ
)
してゐた
事
(
こと
)
を、
274
外
(
ほか
)
の
事
(
こと
)
に
よそへ
て
言
(
い
)
つたのだと
思
(
おも
)
ひ、
275
稍
(
やや
)
不機嫌
(
ふきげん
)
な
顔
(
かほ
)
しながら、
276
高姫
『コレ
宮
(
みや
)
ちやま、
277
お
前
(
まへ
)
は
私
(
わたし
)
が
裸
(
はだか
)
になつてゐた
所
(
ところ
)
を
覗
(
のぞ
)
いてゐたのだな』
278
宮子
『イーエ、
279
知
(
し
)
りませぬワ』
280
高姫
『それでも、
281
ドアの
外
(
そと
)
に
立
(
た
)
つてゐただろ』
282
宮子
『チツとばかり
立
(
た
)
つてゐましたが、
283
田螺
(
たにし
)
のやうな
目
(
め
)
を
剥
(
む
)
いたものが
向
(
むか
)
ふから
来
(
き
)
ましたので、
284
ビツクリして
逃
(
に
)
げました。
285
そして
庭園
(
ていゑん
)
を
一廻
(
ひとまは
)
りして
来
(
き
)
ましたよ』
286
高姫
『お
前
(
まへ
)
もあの
田螺
(
たにし
)
のやうな
目
(
め
)
を
見
(
み
)
たのかい』
287
宮子
『ハイ
見
(
み
)
ました。
288
あれは
大方
(
おほかた
)
浮木
(
うきき
)
の
森
(
もり
)
に
居
(
を
)
つた
猿
(
さる
)
の
妄念
(
まうねん
)
でせう。
289
さうでなければ
犬
(
いぬ
)
かも
知
(
し
)
れませぬワ』
290
高姫
『コレ、
291
宮
(
みや
)
さま、
292
猿
(
さる
)
だの
犬
(
いぬ
)
だのと、
293
ここでは
云
(
い
)
つちや
可
(
い
)
けませぬよ。
294
お
父
(
とう
)
さまが
大変
(
たいへん
)
にお
嫌
(
きら
)
ひだから』
295
宮子
『
さる
の
嫌
(
いや
)
なのはお
母
(
かあ
)
さまぢやありませぬか、
296
お
父
(
とう
)
さまは
犬
(
いぬ
)
が
嫌
(
きら
)
ひなのよ』
297
高姫
『オホホホホ、
298
何
(
なん
)
とマア
口
(
くち
)
の
達者
(
たつしや
)
な
子
(
こ
)
だこと』
299
宮子
『
如意
(
によい
)
宝珠
(
ほつしゆ
)
の
玉
(
たま
)
の
片割
(
かたわ
)
れだもの、
300
チツとは
口
(
くち
)
が
達者
(
たつしや
)
のよ。
301
お
母
(
かあ
)
さまの
口
(
くち
)
から
入
(
はい
)
つて
口
(
くち
)
から
出
(
で
)
たのだから、
302
其
(
その
)
口
(
くち
)
がうつつて、
303
此
(
この
)
様
(
やう
)
によくはしやぐのだよ。
304
姉
(
ねえ
)
さまの
高
(
たか
)
ちやまは
懸河
(
けんが
)
の
弁
(
べん
)
、
305
私
(
わたし
)
は
富楼那
(
ふるな
)
の
弁
(
べん
)
ですよ』
306
高姫
(
たかひめ
)
はキチンと
坐
(
すわ
)
り、
307
パンをパクつき、
308
宮子
(
みやこ
)
にも
割
(
わ
)
つて
与
(
あた
)
へ、
309
葡萄酒
(
ぶだうしゆ
)
を
二三杯
(
にさんばい
)
、
310
グツと
引
(
ひつ
)
かけ、
311
ホロ
酔
(
よ
)
ひ
機嫌
(
きげん
)
になつて、
312
思
(
おも
)
ひを
遠
(
とほ
)
く
海
(
うみ
)
の
彼方
(
かなた
)
に
走
(
は
)
せ、
313
蠑螈別
(
いもりわけ
)
の
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
を
案
(
あん
)
じ
煩
(
わづら
)
ひながら、
314
宮子
(
みやこ
)
の
耳
(
みみ
)
を
憚
(
はばか
)
つて、
315
思
(
おも
)
ひも
深
(
ふか
)
き
恋
(
こひ
)
の
海
(
うみ
)
の
歌
(
うた
)
を
唄
(
うた
)
つた。
316
高姫
『
沖
(
おき
)
を
遥
(
はるか
)
に
見渡
(
みわた
)
せば
317
淋
(
さび
)
しく
聞
(
きこ
)
ゆる
潮
(
うしほ
)
の
音
(
ね
)
318
空
(
そら
)
すみ
渡
(
わた
)
る
青白
(
あをじろ
)
き
319
月
(
つき
)
の
御蔭
(
みかげ
)
に
飛
(
と
)
ぶ
海鳥
(
うみどり
)
320
星
(
ほし
)
は
深
(
ふか
)
し
冷
(
つめ
)
たき
魚
(
うを
)
の
血
(
ち
)
の
如
(
ごと
)
き
321
真青
(
まつさを
)
に
慄
(
ふる
)
ふ
海
(
うみ
)
322
胸
(
むね
)
の
轟
(
とどろ
)
き
恋
(
こひ
)
の
波
(
なみ
)
323
悲
(
かな
)
しげに
歌
(
うた
)
ひ
続
(
つづ
)
ける
324
白
(
しろ
)
い
波
(
なみ
)
325
風
(
かぜ
)
は
物凄
(
ものすご
)
く
吹
(
ふ
)
き
渡
(
わた
)
り
326
冷
(
つめ
)
たい
月
(
つき
)
は
雲間
(
くもま
)
に
慄
(
ふる
)
ふ
327
逃
(
のが
)
れゆく
海鳥
(
うみどり
)
の
328
憐
(
あは
)
れげな
叫
(
さけ
)
び
声
(
ごゑ
)
329
衰弱
(
すゐじやく
)
せる
海
(
うみ
)
の
歎
(
なげ
)
き
330
ああ
神秘
(
しんぴ
)
の
海
(
うみ
)
は
331
悲
(
かな
)
しき
歌
(
うた
)
を
永久
(
とこしへ
)
に
332
弥
(
いや
)
永久
(
とこしへ
)
に
歌
(
うた
)
ひつづくる』
333
と
恋
(
こひ
)
の
述懐
(
じゆつくわい
)
をもらしてゐる。
334
今
(
いま
)
まで
杢助
(
もくすけ
)
に
現
(
うつつ
)
をぬかし、
335
斯
(
か
)
かる
美
(
うる
)
はしき
金殿
(
きんでん
)
玉楼
(
ぎよくろう
)
に
栄華
(
えいぐわ
)
を
極
(
きは
)
むる
身
(
み
)
となつては、
336
またもや
萌
(
きざ
)
す
恋
(
こひ
)
の
暗
(
やみ
)
、
337
烈
(
はげ
)
しき
焔
(
ほのほ
)
に
包
(
つつ
)
まれて、
338
今
(
いま
)
は
悲
(
かな
)
しき
涙
(
なみだ
)
にかきくれてゐる。
339
宮子
(
みやこ
)
は
不思議
(
ふしぎ
)
さうに
高姫
(
たかひめ
)
の
顔
(
かほ
)
を
見
(
み
)
て、
340
宮子
『アレまアお
母
(
かあ
)
さま、
341
泣
(
な
)
いてゐらつしやるの、
342
お
父
(
とう
)
さまが
気
(
き
)
にくはないのですか』
343
高姫
『コレ
宮
(
みや
)
さま、
344
何
(
なん
)
といふ
事
(
こと
)
を
仰有
(
おつしや
)
る、
345
天
(
てん
)
にも
地
(
ち
)
にも
高宮彦
(
たかみやひこ
)
さまのやうな
偉
(
えら
)
い
人
(
ひと
)
がありますか、
346
どこに
一
(
ひと
)
つ
欠点
(
けつてん
)
のない
男
(
をとこ
)
らしい、
347
勇壮
(
ゆうさう
)
活溌
(
くわつぱつ
)
な、
348
そして
気品
(
きひん
)
の
高
(
たか
)
い、
349
筋骨
(
きんこつ
)
の
逞
(
たくま
)
しい、
350
摩利支天
(
まりしてん
)
様
(
さま
)
の
御
(
お
)
霊
(
みたま
)
、
351
勿体
(
もつたい
)
ない、
352
嫌
(
きら
)
ふなんて、
353
そんな
事
(
こと
)
がありますものか』
354
宮子
『それでもお
母
(
かあ
)
さま、
355
いま
泣
(
な
)
いてゐたぢやないか』
356
高姫
『そらさうよ、
357
よう
考
(
かんが
)
へて
御覧
(
ごらん
)
なさい。
358
お
父
(
とう
)
さまは
同
(
おな
)
じ
館
(
やかた
)
に
住
(
す
)
みながら、
359
女房
(
にようばう
)
の
側
(
そば
)
にやすんで
下
(
くだ
)
さらぬのだもの。
360
私
(
わたし
)
だつてチツとは
淋
(
さび
)
しくもなり
悲
(
かな
)
しくもなりますワ』
361
宮子
『それでも
蠑螈別
(
いもりわけ
)
とか、
362
何
(
なん
)
とか
言
(
い
)
つてゐらつしやつたぢやありませぬか』
363
高姫
『
其
(
その
)
蠑螈別
(
いもりわけ
)
といふ
奴
(
やつ
)
、
364
私
(
わたし
)
の
敵
(
かたき
)
だよ。
365
お
父
(
とう
)
さまを
常
(
つね
)
につけ
狙
(
ねら
)
ふ
悪
(
わる
)
い
奴
(
やつ
)
だ。
366
そして
今
(
いま
)
は
三五教
(
あななひけう
)
にトボけてゐるのだから、
367
神変
(
しんぺん
)
不思議
(
ふしぎ
)
の
術
(
じゆつ
)
を
習
(
なら
)
つて、
368
何時
(
いつ
)
私
(
わたし
)
を
攻
(
せ
)
めに
来
(
く
)
るか
分
(
わか
)
らないワ。
369
けれども、
370
モウ
斯
(
か
)
うなつた
以上
(
いじやう
)
は、
371
お
父
(
とう
)
さまの
御
(
ご
)
神力
(
しんりき
)
と
如意
(
によい
)
宝珠
(
ほつしゆ
)
の
神力
(
しんりき
)
で
蠑螈別
(
いもりわけ
)
を
往生
(
わうじやう
)
させ、
372
此
(
この
)
結構
(
けつこう
)
な
所
(
ところ
)
を
見
(
み
)
せびらかしてやりたい。
373
エー、
374
それが
出来
(
でき
)
ぬが
残念
(
ざんねん
)
だと
思
(
おも
)
つて
泣
(
な
)
いてゐたのよ。
375
こんな
事
(
こと
)
をお
父
(
とう
)
さまに
言
(
い
)
つちやなりませぬぞや』
376
宮子
『
決
(
けつ
)
して、
377
左様
(
さやう
)
な
詰
(
つま
)
らない
事
(
こと
)
は
申上
(
まをしあ
)
げるやうな
馬鹿
(
ばか
)
ぢやありませぬワ。
378
そしてお
母
(
かあ
)
さまのお
側
(
そば
)
に
可愛
(
かあい
)
がつて
貰
(
もら
)
つてゐるのだもの、
379
チツト
位
(
くらゐ
)
お
母
(
かあ
)
さまに
不都合
(
ふつがふ
)
があつても、
380
隠
(
かく
)
しますワ。
381
それが
母子
(
おやこ
)
の
情
(
じやう
)
ですからなア』
382
高姫
『
成程
(
なるほど
)
、
383
お
前
(
まへ
)
はヤツパリ
私
(
わたし
)
の
子
(
こ
)
だ。
384
どんな
事
(
こと
)
があつても、
385
善悪
(
ぜんあく
)
に
拘
(
かか
)
はらず、
386
喋
(
しやべ
)
つてはなりませぬぞや。
387
女
(
をんな
)
の
子
(
こ
)
は
口
(
くち
)
を
慎
(
つつ
)
しむのが
一番
(
いちばん
)
大切
(
たいせつ
)
だからなア』
388
斯
(
か
)
かる
所
(
ところ
)
へ
又
(
また
)
もやドアの
外
(
そと
)
から、
389
五月
(
さつき
)
の
声
(
こゑ
)
として、
390
五月
『モシモシ
奥様
(
おくさま
)
、
391
宮子
(
みやこ
)
様
(
さま
)
、
392
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
がお
出
(
い
)
でになりますから、
393
此処
(
ここ
)
をあけておいて
下
(
くだ
)
さい』
394
高姫
(
たかひめ
)
は
此
(
この
)
声
(
こゑ
)
に
驚
(
おどろ
)
き、
395
俄
(
にはか
)
に
涙
(
なみだ
)
を
拭
(
ふ
)
き、
396
そこらを
片付
(
かたづ
)
けて、
397
宮子
(
みやこ
)
に
命
(
めい
)
じて
錠
(
ぢやう
)
を
外
(
はづ
)
させ、
398
高宮彦
(
たかみやひこ
)
の
入
(
い
)
り
来
(
きた
)
るを
今
(
いま
)
や
遅
(
おそ
)
しと
待
(
ま
)
つてゐる。
399
(
大正一二・一・二六
旧一一・一二・一〇
松村真澄
録)
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