霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一五章 餅(もち)の皮(かは)〔一三三〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第51巻 真善美愛 寅の巻 篇:第3篇 鷹魅艶態 よみ(新仮名遣い):ようみえんたい
章:第15章 餅の皮 よみ(新仮名遣い):もちのかわ 通し章番号:1330
口述日:1923(大正12)年01月26日(旧12月10日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年12月29日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
高姫は宮子を外に出すと、鏡の前で自分を映して悦に入っていた。着物を脱いで鏡に映していると、侍女の少女たちに化けていた豆狸が戸の開いたところから侵入し、飛びついた。高姫は驚いてひっくり返ってしまった。
あわただしく着物を直し、なおも鏡に向かってうぬぼれていると、戸の隙間から宮子が半ば狸の正体を現し、どんぐりのような目でにらんでいる。高姫は思わずコラッと叫んだ。宮子はおどろいてその場を立ち去った。
高姫がなおも鏡の前で自惚れながら独り言で蠑螈別を懐かしんでいると、宮子が戸を外から叩いた。宮子は言われるままに庭園を散歩してきたのだ、と高姫に答え、どんぐりの目の怪物を自分も見たと報告した。
高姫は、宮子と共にパンと葡萄酒の食事をとり、宮子の耳をはばかって、それとわからないように蠑螈別を思う恋の歌を歌った。宮子は高姫の様子を見て、蠑螈別の名前を出して探りを入れた。高姫は、蠑螈別は自分と妖幻坊を付け狙う三五教の仇だとごまかした。
すると戸の外から、妖幻坊の高宮彦がやってくると五月が知らせる声がした。高姫は宮子に命じて部屋を片付けさせた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-09-13 17:48:56 文字数:4978 OBC :rm5115
愛善世界社版:216頁 八幡書店版:第9輯 344頁 修補版: 校定版:223頁 普及版:99頁 初版: ページ備考:
001 高姫(たかひめ)は宮子(みやこ)と共(とも)に吾(わが)居間(ゐま)へ帰(かへ)り、002直(すぐ)に襠衣(うちかけ)をぬぐ筈(はず)だが、003マ一度(いちど)自分(じぶん)の盛装(せいさう)した姿(すがた)をトツクリと見(み)てからでなくては惜(を)しいと思(おも)つたか、004鏡(かがみ)の前(まへ)にスツクと立(た)ち「ウーン」と云(い)つたきり、005わが姿(すがた)に見(み)とれてゐる。006宮子(みやこ)は高姫(たかひめ)の後(うしろ)に行儀(ぎやうぎ)よく坐(すわ)つてゐた。007高姫(たかひめ)は益々(ますます)感心(かんしん)して「ウーン ウーン」と息(いき)を詰(つ)め、008余(あま)り気張(きば)つて感心(かんしん)したので、009上(うへ)へ出(で)る息(いき)が裏門(うらもん)へ破裂(はれつ)し「ブブブブーツ」と法螺貝(ほらがひ)を吹(ふ)いた。010宮子(みやこ)はビツクリして「クスクス」と鼻(はな)を鳴(な)らせながら、011二歩(ふたあし)三歩(みあし)後(あと)しざりした。012此(この)宮子(みやこ)に化(ば)けた化物(くわいぶつ)は妖幻坊(えうげんばう)の片腕(かたうで)で、013数千(すうせん)年(ねん)劫(ごふ)を経(へ)た獅子(しし)のやうな古狸(ふるだぬき)であつた。014忽(たちま)ち鼻(はな)が歪(ゆが)むやうな奴(やつ)を吹(ふ)きかけられ、015思(おも)はず知(し)らず正体(しやうたい)の一部(いちぶ)を現(あら)はして、016クスクスと云(い)つたのである。017高姫(たかひめ)は四辺(あたり)を見廻(みまは)し、
018高姫『アレマア、019宮(みや)ちやまとした事(こと)が、020行儀(ぎやうぎ)の悪(わる)い、021こんな所(ところ)でオナラを弾(だん)じたり、022ホホホホホ』
023宮子『アレマア、024お母(かあ)さまとした事(こと)が、025自分(じぶん)がオナラをひりながら、026殺生(せつしやう)だワ』
027高姫『コレコレ宮子(みやこ)さま、028お前(まへ)は侍女(じじよ)ぢやないか。029侍女(こしもと)といふものは、030主人(しゆじん)がオナラを弾(だん)じた時(とき)に、031不調法(ぶてうはふ)を致(いた)しましたと自分(じぶん)が引受(ひきう)けるのだよ、032それが侍女(こしもと)の第一(だいいち)の務(つと)めだからな。033これから日(ひ)に七回(しちくわい)や八回(はちくわい)は出(で)るかも知(し)れないから、034其(その)時(とき)はキツトお前(まへ)さまがあやまるのだよ』
035宮子『それでも私(わたし)、036閉口(へいこう)だワ』
037高姫『狸(たぬき)のやうに、038クスクスなんて、039これから笑(わら)つちや可(い)けませぬぞや』
040宮子『それでも、041お母(かあ)さま、042余(あま)り臭(くさ)かつたので、043狸(たぬき)の屁(へ)かと思(おも)つたのよ』
044高姫『コレ宮(みや)さま、045一寸(ちよつと)外(そと)へ遊(あそ)びにいつて来(き)ておくれ、046お母(かあ)さまはチツトばかり、047内証(ないしよう)の用(よう)があるから』
048宮子『ヘヘヘヘ甘(うま)い事(こと)仰有(おつしや)いますワイ。049私(わたし)を外(そと)へ出(だ)しておいて、050又(また)自惚鏡(うぬぼれかがみ)の前(まへ)で、051独言(ひとりごと)を云(い)つて喜(よろこ)ぶのでせう』
052高姫『どうでも宜(よろ)しい、053お前(まへ)さまは子供(こども)だから、054やつさなくても美(うつく)しいのだ。055女(をんな)は身嗜(みだしな)みが肝腎(かんじん)だからなア。056黒(くろ)い顔(かほ)や乱(みだ)れた髪(かみ)を、057夫(をつと)や人(ひと)に見(み)せるのは失礼(しつれい)だ。058女(をんな)として慎(つつ)しむべきことは第一(だいいち)身嗜(みだしな)みだから、059お前(まへ)さまが居(ゐ)ると、060気(き)がひけて、061十分(じふぶん)に化粧(けしやう)が出来(でき)ないから、062半時(はんとき)ばかり、063田圃(たんぼ)へいつて遊(あそ)んで来(き)なさい。064田圃(たんぼ)が遠(とほ)ければ、065一遍(いつぺん)城内(じやうない)の庭園(ていゑん)をみまはつて来(き)て下(くだ)さい』
066宮子『それなら行(い)つて参(まゐ)ります、067十分(じふぶん)おやつしなさいませ』
068高姫『エー、069いらぬ事(こと)を云(い)ひなさるな、070トツトとお行(い)きんか』
071宮子『ハーイ』
072とワザと怖(こは)さうに腰(こし)を屈(かが)め、073這(は)ふやうにしてドアの外(そと)に飛出(とびだ)し、074三(み)つ四(よ)つポンポンポンと足踏(あしぶ)みをして床板(ゆかいた)を鳴(な)らし、075それから同(おな)じ所(ところ)をドスドスドスと一歩(いつぽ)々々(いつぽ)低(ひく)くし、076遠(とほ)くへ行(い)つたやうなふりを装(よそほ)うた。077高姫(たかひめ)は足音(あしおと)がだんだん低(ひく)くなるので、078廊下(らうか)を伝(つた)つて遊(あそ)びに行(い)つたものと思(おも)ひ、079やつと安心(あんしん)して自惚鏡(うぬぼれかがみ)に立向(たちむか)うた。080そして余(あま)り一心(いつしん)になつてゐたので、081ドアの開(あ)いてあるのに気(き)がつかなかつた。082宮子(みやこ)は観音開(くわんおんびらき)のドアの三角型(さんかくがた)に開(ひら)いた一寸(いつすん)ばかりの隙(すき)から、083丸(まる)い目(め)を剥(む)いて中(なか)の様子(やうす)を窺(うかが)つてゐた。
084高姫『あああ、085何(なん)とマア、086見(み)れば見(み)る程(ほど)、087フツクリとした頬(ほほ)べた、088それに紅(べに)うつりのよい唇(くちびる)、089天教山(てんけうざん)の木花姫(このはなひめ)のやうな鼻(はな)の形(かたち)、090鈴(すず)をはつたよな目許(めもと)に、091新月(しんげつ)の眉(まゆ)、092雪(ゆき)の肌(はだ)、093耳朶(みみたぶ)のフツサリとした、094髪(かみ)の毛(け)の艶(つや)のよさ、095なぜマア造化(ざうくわ)の神(かみ)は、096私(わたし)許(ばか)りにこんな美貌(びばう)を与(あた)へて、097世間(せけん)の女(をんな)には、098可愛相(かあいさう)に、099あんな不器量(ぶきりやう)な顔(かほ)を与(あた)へたのだらう。100どう考(かんが)へてみても、101背恰好(せかつかう)といひ、102高(たか)からず、103低(ひく)からず、104太(ふと)からず、105細(こま)からず、106肉(にく)は柔(やはら)かにしてシマリあり、107此(この)指(ゆび)だつて、108一節(ひとふし)々々(ひとふし)、109梅(うめ)の莟(つぼみ)の開(ひら)きかけのやうだワ。110爪(つめ)の色(いろ)は瑪瑙(めなう)のやうだし、111ああ神(かみ)様(さま)、112私(わたし)はなぜにこれ程(ほど)美(うつく)しいのでせう、113イヤイヤさうではあるまい、114義理(ぎり)天上(てんじやう)日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)だから、115ヤツパリ人間(にんげん)ではないのだ。116杢助(もくすけ)さまが、117お前(まへ)は高天原(たかあまはら)の最奥(さいあう)霊国(れいごく)の天人(てんにん)だと仰有(おつしや)つた。118成程(なるほど)、119それで人間(にんげん)とはすべての点(てん)が違(ちが)ふのだ。120あああ、121顔(かほ)や手(て)ばかり見(み)て居(を)つた所(ところ)で、122自分(じぶん)の姿(すがた)も全部(ぜんぶ)査(しら)べてみなくちや分(わか)るものぢやない。123ドレドレ侍女(こしもと)のをらぬのを幸(さいはひ)に、124赤裸(まつぱだか)となつて、125肉体(にくたい)の曲線美(きよくせんび)を査(しら)べてみようかな』
126と独語(ひとりご)ちつつ、127着物(きもの)を全部(ぜんぶ)脱(ぬ)ぎ、128鏡(かがみ)に打向(うちむか)ひ、
129高姫『ヤア、130どこからどこまで完全(くわんぜん)無欠(むけつ)なものだ。131乳房(ちぶさ)のフツクリとした、132そしてツンモリとしてゐる所(ところ)、133何(なん)としたいい恰好(かつかう)だらう。134胸(むね)は扇形(あふぎがた)になり、135腰(こし)のあたりは蜂(はち)のやうだワ。136そして尻(しり)はポツクリと丸(まる)う丸(まる)う太(ふと)り、137肌(はだ)のツヤは瑠璃光(るりくわう)のやうだし、138膝頭(ひざがしら)の位置(ゐち)から踵(きびす)との距離(きより)、139大腿骨(だいたいこつ)の太(ふと)さ、140長(なが)さ、141どつから見(み)ても、142これ位(くらゐ)理想(りさう)的(てき)に出来(でき)た身体(からだ)は、143マアあるまい。144ドレドレ肝腎(かんじん)の如意(によい)のお玉(たま)も、145一(ひと)つ鏡(かがみ)に映(うつ)してみませうかなア』
146とパサパーナをやる時(とき)のやうなスタイルで、147一生(いつしやう)懸命(けんめい)に御玉(みたま)をうつしてゐる。
148高姫『ああ恰好(かつかう)のいい事(こと)、149ホホホホ、150こんな所(ところ)を人(ひと)にみられちや、151大変(たいへん)だがな、152併(しか)し此(この)御殿(ごてん)は中(なか)から開(ひら)かなくちや、153外(そと)から開(ひら)かぬのだから都合(つがふ)好(よ)くしてあるワイ』
154と夢中(むちう)になつて鏡(かがみ)に映(うつ)してゐる。155八(はち)人(にん)の少女(せうぢよ)に化(ば)けてゐた豆狸(まめだぬき)は、156妙(めう)な匂(にほ)ひがするので、157戸(と)のあいた所(ところ)からスツと侵入(しんにふ)し、158ドブ貝(がひ)の食(く)ひ頃(ごろ)に腐(くさ)つたのが落(お)ちてゐると思(おも)つて、159矢庭(やには)に飛(と)び付(つ)いた。160高姫(たかひめ)はキヤツと驚(おどろ)き、161赤裸(まつぱだか)の儘(まま)ひつくり返(かへ)つた。162豆狸(まめだぬき)は驚(おどろ)いて、163雲(くも)を霞(かすみ)と逃(に)げ出(だ)して了(しま)つた。
164高姫『此(この)座敷(ざしき)には、165劫(ごふ)経(へ)た鼠(ねづみ)がゐると見(み)える、166うつかり裸(はだか)にはなつては居(を)れまい。167どつかで猫(ねこ)の子(こ)でも貰(もら)つて来(き)て飼(か)つておかねば、168夜分(やぶん)も碌(ろく)に寝(ね)られたものぢやない、169アイタタタタ、170杢助殿(もくすけどの)の貴重品(きちようひん)を台(だい)なしにして了(しま)つた』
171と慌(あわただ)しく着物(きもの)を着(き)かへ、172チヤンと振(ふり)を直(なほ)して、173尚(なほ)も自惚(うぬぼ)れながら、174ソツと入口(いりぐち)を見(み)れば、175観音開(くわんのんびらき)の戸(と)は三角型(さんかくがた)に外(そと)へ開(ひら)き、176二寸(にすん)ばかりのスキから、177宮子(みやこ)が半(なかば)正体(しやうたい)を現(あら)はし、178団栗(どんぐり)のやうな目(め)で睨(にら)んでゐる。179高姫(たかひめ)は思(おも)はず、
180高姫『コラツ』
181と叫(さけ)んだ。182宮子(みやこ)はビツクリして、183其(その)場(ば)を立去(たちさ)つた。
184高姫『まるでここは化物(ばけもの)屋敷(やしき)みたやうな所(ところ)だ。185あのドアを確(たしか)に締(し)めてある筈(はず)だのに、186音(おと)もせずにあいて田螺(たにし)が睨(にら)んでゐた。187諺(ことわざ)にも美人(びじん)には魔(ま)がさすといふ事(こと)がある。188私(わたし)が余(あま)り美(うつく)しいものだから、189鼠(ねづみ)や田螺(たにし)までが秋波(しうは)を送(おく)るのかなア。190それ程(ほど)恋慕(こひした)うて来(く)るのに、191私(わたし)も何(なん)とか挨拶(あいさつ)をしてやりたいけれど、192こればつかりは、193博愛(はくあい)主義(しゆぎ)は実行(じつかう)する事(こと)は出来(でき)ぬ。194愛(あい)といふものは普遍(ふへん)的(てき)、195公的(こうてき)のものだが、196恋愛(れんあい)となると一人愛(いちにんあい)に限(かぎ)る遍狭(へんけふ)な愛(あい)だから、197何程(なにほど)森羅(しんら)万象(ばんしやう)が私(わたし)に惚(ほ)れた所(ところ)で、198こればかりは仕方(しかた)がない。199天地(てんち)の万物(ばんぶつ)、200必(かなら)ず必(かなら)ず高姫(たかひめ)を愛(あい)するのはよいが、201恋愛(れんあい)などはしてくれな。202今(いま)高姫(たかひめ)が天地(てんち)万有(ばんいう)に向(むか)つて宣示(せんじ)しておく程(ほど)に、203ホツホホホ、204余(あま)り自惚(うぬぼ)れすぎて、205エライ事(こと)を云(い)つたものだ。206併(しか)しながら事実(じじつ)は事実(じじつ)だから仕方(しかた)がない。207あんな年(とし)のよつた姿(すがた)の時(とき)でも、208秋波(しうは)を送(おく)つてくれた蠑螈別(いもりわけ)さまに、209一度(いちど)此(この)姿(すがた)を見(み)せて上(あ)げたいものだなア。210ああ、211ママならぬは浮世(うきよ)だ。212かかる金殿(きんでん)玉楼(ぎよくろう)に、213尊貴(そんき)を極(きは)め栄耀(えいえう)を極(きは)めて、214而(しか)も義理(ぎり)天上(てんじやう)日(ひ)の出神(でのかみ)、215霊国(れいごく)第一(だいいち)の天人(てんにん)と現(あら)はれた身(み)でさへも、216世(よ)の中(なか)に儘(まま)にならぬ事(こと)があるものだなア。217双六(すごろく)の賽(さい)と河鹿川(かじかがは)の流(なが)れと蠑螈別(いもりわけ)さまとの密会(みつくわい)は、218此(この)高姫(たかひめ)の儘(まま)にならぬ所(ところ)だ、219モウ一(ひと)つ困(こま)るのは三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)共(ども)だ。220併(しか)しながら上(うへ)見(み)れば限(かぎ)りなし、221下(した)みれば程(ほど)なし、222マアここらで満足(まんぞく)せなくちやなりますまい。223てもさても幸福(かうふく)な身(み)の上(うへ)ぢやなア。224此(この)上(うへ)杢助(もくすけ)さまがコレラでも煩(わづら)つてコロツと亡(い)てくれた其(その)後(あと)へ、225蠑螈別(いもりわけ)さまがヌツケリとお越(こ)しにならば、226それこそ何(なに)も云(い)ふ事(こと)がないけれどなア。227北山村(きたやまむら)でスキ焼(やき)鍋(なべ)を真中(まんなか)に、228ハモや鯛(たひ)や玉子(たまご)のあばれ食(ぐ)ひ、229香(かう)ばしい酒(さけ)に酔(よ)うて、230狐(きつね)のやうに釣上(つりあが)つた蠑螈別(いもりわけ)さまの目元(めもと)をみた時(とき)は愉快(ゆくわい)であつた。231せめて死(し)ぬまでに、232モ一度(いちど)、233蠑螈別(いもりわけ)さまに、234此(この)立派(りつぱ)な御殿(ごてん)で会(あ)うて見(み)たいものだなア』
235と何時(いつ)の間(ま)にか声(こゑ)が高(たか)くなり、236喋(しやべ)り立(た)ててゐる。237外(そと)からポンポンと叩(たた)く礫(つぶて)の音(おと)。
238高姫『誰(たれ)だなア、239何用(なによう)だい』
240(宮子)『ハイ、241私(わたし)は宮子(みやこ)で厶(ござ)います、242何卒(どうぞ)開(あ)けて下(くだ)さいな』
243高姫『ササお入(はい)りなさい、244いい子(こ)だつたな』
245と云(い)ひながら、246ドアを開(ひら)いて、247宮子(みやこ)を引入(ひきい)れ、248厳(きび)しく戸(と)をとぢて錠(ぢやう)を卸(おろ)した。249高姫(たかひめ)は今(いま)の独言(ひとりごと)を、250もしや宮子(みやこ)が聞(き)いてゐなかつただらうか、251聞(き)かれたら大変(たいへん)だと、252稍(やや)不安(ふあん)の念(ねん)にかられながら、
253高姫『コレ宮(みや)さま、254お前(まへ)どこへ行(い)つてゐたの、255余(あま)り早(はや)いぢやないか』
256宮子『ハイ、257お母(かあ)さまが庭園(ていゑん)をまはつて来(こ)いと仰有(おつしや)いましたから、258一生(いつしやう)懸命(けんめい)に這(は)うて廻(まは)りましたの。259そした所(ところ)が、260犬(いぬ)の遠吠(とほぼゑ)が聞(きこ)えたので、261ビツクリして逃(に)げて帰(かへ)つて来(き)たのよ』
262高姫『這(は)うて帰(かへ)つたの、263犬(いぬ)の声(こゑ)にビツクリしたのと、264まるで狸(たぬき)か何(なん)ぞのやうな事(こと)を云(い)ふぢやないか』
265 宮子(みやこ)はウツカリ喋(しやべ)つてしまつたと思(おも)つたが、266稍(やや)落着(おちつ)かぬ体(てい)で、
267宮子『イーエ、268どつかの人(ひと)が四這(よつばひ)に這(は)つてゐたのよ。269そして犬(いぬ)か鼠(ねづみ)か知(し)らないが、270お尻(いど)のあたりを咬(か)まれて走(はし)つてゐたのを見(み)ましたの』
271と高姫(たかひめ)の事(こと)は知(し)らねども、272うまく其(その)場(ば)をつくらうてみた。273高姫(たかひめ)は自分(じぶん)が鏡(かがみ)の前(まへ)で赤裸(まつぱだか)となつて身体(からだ)を映(うつ)してゐた事(こと)を、274外(ほか)の事(こと)によそへて言(い)つたのだと思(おも)ひ、275稍(やや)不機嫌(ふきげん)な顔(かほ)しながら、
276高姫『コレ宮(みや)ちやま、277お前(まへ)は私(わたし)が裸(はだか)になつてゐた所(ところ)を覗(のぞ)いてゐたのだな』
278宮子『イーエ、279知(し)りませぬワ』
280高姫『それでも、281ドアの外(そと)に立(た)つてゐただろ』
282宮子『チツとばかり立(た)つてゐましたが、283田螺(たにし)のやうな目(め)を剥(む)いたものが向(むか)ふから来(き)ましたので、284ビツクリして逃(に)げました。285そして庭園(ていゑん)を一廻(ひとまは)りして来(き)ましたよ』
286高姫『お前(まへ)もあの田螺(たにし)のやうな目(め)を見(み)たのかい』
287宮子『ハイ見(み)ました。288あれは大方(おほかた)浮木(うきき)の森(もり)に居(を)つた猿(さる)の妄念(まうねん)でせう。289さうでなければ犬(いぬ)かも知(し)れませぬワ』
290高姫『コレ、291宮(みや)さま、292猿(さる)だの犬(いぬ)だのと、293ここでは云(い)つちや可(い)けませぬよ。294お父(とう)さまが大変(たいへん)にお嫌(きら)ひだから』
295宮子『さるの嫌(いや)なのはお母(かあ)さまぢやありませぬか、296お父(とう)さまは犬(いぬ)が嫌(きら)ひなのよ』
297高姫『オホホホホ、298何(なん)とマア口(くち)の達者(たつしや)な子(こ)だこと』
299宮子『如意(によい)宝珠(ほつしゆ)の玉(たま)の片割(かたわ)れだもの、300チツとは口(くち)が達者(たつしや)のよ。301お母(かあ)さまの口(くち)から入(はい)つて口(くち)から出(で)たのだから、302其(その)口(くち)がうつつて、303此(この)様(やう)によくはしやぐのだよ。304姉(ねえ)さまの高(たか)ちやまは懸河(けんが)の弁(べん)、305私(わたし)は富楼那(ふるな)の弁(べん)ですよ』
306 高姫(たかひめ)はキチンと坐(すわ)り、307パンをパクつき、308宮子(みやこ)にも割(わ)つて与(あた)へ、309葡萄酒(ぶだうしゆ)を二三杯(にさんばい)、310グツと引(ひつ)かけ、311ホロ酔(よ)ひ機嫌(きげん)になつて、312思(おも)ひを遠(とほ)く海(うみ)の彼方(かなた)に走(は)せ、313蠑螈別(いもりわけ)の身(み)の上(うへ)を案(あん)じ煩(わづら)ひながら、314宮子(みやこ)の耳(みみ)を憚(はばか)つて、315思(おも)ひも深(ふか)き恋(こひ)の海(うみ)の歌(うた)を唄(うた)つた。
 
316高姫『沖(おき)を遥(はるか)に見渡(みわた)せば
317 淋(さび)しく聞(きこ)ゆる潮(うしほ)の音(ね)
318 空(そら)すみ渡(わた)る青白(あをじろ)き
319 月(つき)の御蔭(みかげ)に飛(と)ぶ海鳥(うみどり)
320 星(ほし)は深(ふか)し冷(つめ)たき魚(うを)の血(ち)の如(ごと)き
321 真青(まつさを)に慄(ふる)ふ海(うみ)
322 胸(むね)の轟(とどろ)き恋(こひ)の波(なみ)
323 悲(かな)しげに歌(うた)ひ続(つづ)ける
324 白(しろ)い波(なみ)
325 風(かぜ)は物凄(ものすご)く吹(ふ)き渡(わた)り
326 冷(つめ)たい月(つき)は雲間(くもま)に慄(ふる)ふ
327 逃(のが)れゆく海鳥(うみどり)の
328 憐(あは)れげな叫(さけ)び声(ごゑ)
329 衰弱(すゐじやく)せる海(うみ)の歎(なげ)き
330 ああ神秘(しんぴ)の海(うみ)は
331 悲(かな)しき歌(うた)を永久(とこしへ)に
332 弥(いや)永久(とこしへ)に歌(うた)ひつづくる』
 
333と恋(こひ)の述懐(じゆつくわい)をもらしてゐる。334今(いま)まで杢助(もくすけ)に現(うつつ)をぬかし、335斯(か)かる美(うる)はしき金殿(きんでん)玉楼(ぎよくろう)に栄華(えいぐわ)を極(きは)むる身(み)となつては、336またもや萌(きざ)す恋(こひ)の暗(やみ)、337烈(はげ)しき焔(ほのほ)に包(つつ)まれて、338今(いま)は悲(かな)しき涙(なみだ)にかきくれてゐる。339宮子(みやこ)は不思議(ふしぎ)さうに高姫(たかひめ)の顔(かほ)を見(み)て、
340宮子『アレまアお母(かあ)さま、341泣(な)いてゐらつしやるの、342お父(とう)さまが気(き)にくはないのですか』
343高姫『コレ宮(みや)さま、344何(なん)といふ事(こと)を仰有(おつしや)る、345天(てん)にも地(ち)にも高宮彦(たかみやひこ)さまのやうな偉(えら)い人(ひと)がありますか、346どこに一(ひと)つ欠点(けつてん)のない男(をとこ)らしい、347勇壮(ゆうさう)活溌(くわつぱつ)な、348そして気品(きひん)の高(たか)い、349筋骨(きんこつ)の逞(たくま)しい、350摩利支天(まりしてん)様(さま)の御(お)霊(みたま)、351勿体(もつたい)ない、352嫌(きら)ふなんて、353そんな事(こと)がありますものか』
354宮子『それでもお母(かあ)さま、355いま泣(な)いてゐたぢやないか』
356高姫『そらさうよ、357よう考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい。358お父(とう)さまは同(おな)じ館(やかた)に住(す)みながら、359女房(にようばう)の側(そば)にやすんで下(くだ)さらぬのだもの。360私(わたし)だつてチツとは淋(さび)しくもなり悲(かな)しくもなりますワ』
361宮子『それでも蠑螈別(いもりわけ)とか、362何(なん)とか言(い)つてゐらつしやつたぢやありませぬか』
363高姫『其(その)蠑螈別(いもりわけ)といふ奴(やつ)、364私(わたし)の敵(かたき)だよ。365お父(とう)さまを常(つね)につけ狙(ねら)ふ悪(わる)い奴(やつ)だ。366そして今(いま)は三五教(あななひけう)にトボけてゐるのだから、367神変(しんぺん)不思議(ふしぎ)の術(じゆつ)を習(なら)つて、368何時(いつ)私(わたし)を攻(せ)めに来(く)るか分(わか)らないワ。369けれども、370モウ斯(か)うなつた以上(いじやう)は、371お父(とう)さまの御(ご)神力(しんりき)と如意(によい)宝珠(ほつしゆ)の神力(しんりき)で蠑螈別(いもりわけ)を往生(わうじやう)させ、372此(この)結構(けつこう)な所(ところ)を見(み)せびらかしてやりたい。373エー、374それが出来(でき)ぬが残念(ざんねん)だと思(おも)つて泣(な)いてゐたのよ。375こんな事(こと)をお父(とう)さまに言(い)つちやなりませぬぞや』
376宮子『決(けつ)して、377左様(さやう)な詰(つま)らない事(こと)は申上(まをしあ)げるやうな馬鹿(ばか)ぢやありませぬワ。378そしてお母(かあ)さまのお側(そば)に可愛(かあい)がつて貰(もら)つてゐるのだもの、379チツト位(くらゐ)お母(かあ)さまに不都合(ふつがふ)があつても、380隠(かく)しますワ。381それが母子(おやこ)の情(じやう)ですからなア』
382高姫『成程(なるほど)、383お前(まへ)はヤツパリ私(わたし)の子(こ)だ。384どんな事(こと)があつても、385善悪(ぜんあく)に拘(かか)はらず、386喋(しやべ)つてはなりませぬぞや。387女(をんな)の子(こ)は口(くち)を慎(つつ)しむのが一番(いちばん)大切(たいせつ)だからなア』
388 斯(か)かる所(ところ)へ又(また)もやドアの外(そと)から、389五月(さつき)の声(こゑ)として、
390五月『モシモシ奥様(おくさま)、391宮子(みやこ)様(さま)、392旦那(だんな)様(さま)がお出(い)でになりますから、393此処(ここ)をあけておいて下(くだ)さい』
394 高姫(たかひめ)は此(この)声(こゑ)に驚(おどろ)き、395俄(にはか)に涙(なみだ)を拭(ふ)き、396そこらを片付(かたづ)けて、397宮子(みやこ)に命(めい)じて錠(ぢやう)を外(はづ)させ、398高宮彦(たかみやひこ)の入(い)り来(きた)るを今(いま)や遅(おそ)しと待(ま)つてゐる。
399(大正一二・一・二六 旧一一・一二・一〇 松村真澄録)
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