霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一六章 暗闘(あんとう)〔一三三一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第51巻 真善美愛 寅の巻 篇:第4篇 夢狸野狸 よみ(新仮名遣い):むりやり
章:第16章 暗闘 よみ(新仮名遣い):あんとう 通し章番号:1331
口述日:1923(大正12)年01月27日(旧12月11日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年12月29日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
小北山では、初と徳の両人が文助に乱暴して、杢助が落としたブンブン玉を奪って行ったことでちょっとした騒ぎになっていた。お菊は文助からその話を聞いて怒り、お千代に文助の介抱を任せると、初と徳を追いかけて飛び出した。
怪志の森に来てみると日が暮れてあたりは闇に包まれた。お菊は森の入り口にたたずんで思案にくれていると、ほど遠くない暗がりにウンウンとうめき声が聞こえる。
初と徳は、眼が覚めてみると玉を奪って逃げてきたときの動悸はまだ止まず、痛みも軽減していない。あたりを見れば、高姫と杢助は、自分たちを置いてどこかへ立ち去ってしまった様子である。
お菊は二人の話をすっかり聞いて、高姫と杢助が、曲輪の玉を持って逃げてしまったことを悟った。お菊は文助の声色を使い、幽霊のふりをして二人をおどかしにかかった。
初と徳は、高姫がまだその辺にいて、おどかしているのだと勘違いした。お菊は今度は高姫と杢助の声色を使い、高姫と杢助が二人を使い捨てにしたことをなぞって二人をたきつけた。そして高姫のふりをして、暗闇の中から杖で二人を殴りつけた。
二人は、高姫が暗がりから叩いているのだと思って怒り散らしながら右往左往している。お菊は杖を打ち振って手当たり次第に殴り倒し、笑い声を残すと森を立ち出で、息を殺して二人の様子を考えていた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2019-01-16 00:55:39 文字数:4496 OBC :rm5116
愛善世界社版:233頁 八幡書店版:第9輯 350頁 修補版: 校定版:239頁 普及版:107頁 初版: ページ備考:
001春風(はるかぜ)かをる小北山(こぎたやま)
002木々(きぎ)の梢(こずゑ)も緑(みどり)して
003梅(うめ)散(ち)り桃(もも)は紫(むらさき)の
004花(はな)を梢(こずゑ)に飾(かざ)りつつ
005神(かみ)の御稜威(みいづ)も灼然(いやちこ)に
006老若(らうにやく)男女(なんによ)の朝夕(あさゆふ)に
007足跡(そくせき)たえぬ神(かみ)の庭(には)
008訪(たづ)ね来(きた)りし高姫(たかひめ)や
009妖幻坊(えうげんばう)の杢助(もくすけ)は
010神(かみ)の御稜威(みいづ)に照(て)らされて
011醜(しこ)の企(たく)みは忽(たちま)ちに
012露顕(ろけん)し岩下(がんか)に投(な)げられて
013コリヤたまらぬと尻(しり)からげ
014痛(いた)さをこらへてスタスタと
015雲(くも)を霞(かすみ)と逃(に)げ下(くだ)る
016折柄(をりから)ヨボヨボ登(のぼ)り来(く)る
017盲爺(めくらおやぢ)の文助(ぶんすけ)と
018衝突(しようとつ)したる其(その)はづみ
019曲輪(まがわ)の玉(たま)を遺失(ゐしつ)して
020コハさに慄(ふる)ひ戦(をのの)きつ
021一目散(いちもくさん)に逃(に)げて行(ゆ)く
022後(あと)追(お)つかけて出(い)で来(きた)る
023初(はつ)、徳(とく)二人(ふたり)に命令(めいれい)し
024小北(こぎた)の山(やま)へ引返(ひつかへ)し
025曲輪(まがわ)の宝(たから)を取返(とりかへ)し
026文助(ぶんすけ)爺(おやぢ)を突倒(つきたふ)し
027又(また)もスタスタ逃(に)げて行(ゆ)く
028所(ところ)構(かま)はず打撲(だぼく)され
029苦(くるし)み悶(もだ)え文助(ぶんすけ)は
030力(ちから)限(かぎ)りに人殺(ひとごろ)し
031誰(たれ)か出(で)て来(き)て助(たす)けよと
032叫(さけ)びし声(こゑ)に驚(おどろ)いて
033忽(たちま)ちかけ来(く)る数十(すうじふ)人(にん)
034老若(ろうにやく)男女(なんによ)の信徒(まめひと)は
035右往(うわう)左往(さわう)に彷徨(さまよ)ひつ
036こは何者(なにもの)の仕業(しわざ)ぞと
037皆(みな)とりどりに話(はな)しゐる
038かかる所(ところ)へ階段(かいだん)を
039下(くだ)り来(きた)れる二人(ふたり)の女(をんな)
040お千代(ちよ)お菊(きく)は立寄(たちよ)つて
041いろいろ雑多(ざつた)と介抱(かいはう)し
042文助(ぶんすけ)爺(ぢ)さまに其(その)由(わけ)を
043承(うけたま)はれば初(はつ)、徳(とく)の
044二人(ふたり)がわれを突(つ)き倒(たふ)し
045ブンブン玉(だま)の神宝(しんぽう)を
046奪(うば)つて直様(すぐさま)逃(に)げ行(ゆ)きし
047其(その)物語(ものがたり)聞(き)くよりも
048侠客育(けふかくそだ)ちの両人(りやうにん)は
049何条(なにでう)以(もつ)て許(ゆる)すべき
050お千代(ちよ)を後(あと)に残(のこ)しおき
051文助(ぶんすけ)爺(おやぢ)の身(み)の上(うへ)を
052依頼(いらい)しおきてお菊(きく)嬢(ぢやう)
053二人(ふたり)の後(あと)を追(お)ひかけて
054雲(くも)を霞(かすみ)と走(はし)り行(ゆ)く
055怪志(あやし)の森(もり)に来(き)て見(み)れば
056永(なが)き春日(はるひ)も暮(く)れはてて
057あたりは暗(やみ)に包(つつ)まれぬ
058お菊(きく)は森(もり)の入口(いりぐち)に
059佇(たたず)み思案(しあん)にくるる折(をり)
060程(ほど)遠(とほ)からぬ暗(くら)がりに
061ウンウンウンと呻(うめ)き声(ごゑ)
062ハテ訝(いぶ)かしと耳(みみ)すませ
063腕(うで)をば組(く)みて聞(き)きゐたり。
064初(はつ)『あああ、065余(あま)り草臥(くたび)れて、066何時(いつ)とはなしに夢路(ゆめぢ)に入(い)つて了(しま)つた。067併(しか)しあまり時間(じかん)も経(た)つてゐないやうだ。068其(その)証拠(しようこ)には走(はし)つて来(き)た時(とき)の動悸(どうき)はまだ止(や)まず、069痛(いた)みはチツとも軽減(けいげん)してゐないし、070汗(あせ)も乾(かわ)いてをらぬ。071なア徳(とく)、072暗(くら)いと云(い)つても、073これだけ暗(くら)い夜(よ)さはないぢやないか。074ヤツパリ怪志(あやし)の森(もり)だな』
075徳(とく)『ウーン、076俺(おれ)もまだ半眠(はんみん)半醒(はんせい)状態(じやうたい)で、077トツクリ寝(ね)られないワ。078何(なん)だか胸(むね)がドキドキして仕方(しかた)がない。079モシ高姫(たかひめ)さま、080杢助(もくすけ)さま、081チツと起(お)きて下(くだ)さいな、082ああ首筋元(くびすぢもと)がゾクゾクとして来(き)ました。083あああ、084返辞(へんじ)をして下(くだ)さらぬぞ、085ヤツパリ御(ご)両人(りやうにん)さまも草臥(くたび)れて寝(ね)て厶(ござ)ると見(み)えるな、086夜逃(よにげ)同様(どうやう)に撤兵(てつぺい)して来(き)たのだから、087草臥(くたび)れるのも無理(むり)はないワイ。088何(なん)せよ高姫(たかひめ)さまの外交(ぐわいかう)がなつてゐないものだから、089こんなヘマを見(み)るのだよ。090グヅグヅしてると、091ここらあたりにバルチザンが襲来(しゆうらい)するかも知(し)れないよ。092其(その)日(ひ)暮(ぐら)しの日傭(ひやと)ひ外交(ぐわいかう)だからなア。093吾々(われわれ)国民(こくみん)は枕(まくら)を高(たか)うして寝(ね)られないワ。094どう考(かんが)へても真(しん)から寝(ね)つかれないからなア』
095初『どうやら、096高姫(たかひめ)さまは杢助(もくすけ)と、097吾々(われわれ)雑兵(ざふひやう)を放(ほ)つたらかして、098満鉄(まんてつ)で逸早(いちはや)く逃帰(にげかへ)つたらしいぞ。099併(しか)し幽霊(いうれい)内閣(ないかく)の立去(たちさ)つた後(あと)は、100何(なに)が出(で)るか知(し)れたものぢやないワ。101どうしてもコリヤ吾々(われわれ)国民(こくみん)が腹帯(はらおび)を締(し)め、102国民(こくみん)外交(ぐわいかう)をやる気(き)でないと、103当局者(たうきよくしや)に任(まか)しておいても、104肝腎(かんじん)の時(とき)になつたら逃(に)げられて了(しま)ふからなア』
105徳『さうだなア、106一体(いつたい)何処(どこ)まで逃(に)げたのだらう』
107初『逃(に)げるのに、108定(きま)つた場所(ばしよ)があるかい。109其(その)時(とき)の御(ご)都合主義(つがふしゆぎ)だ。110敵(てき)が遠(とほ)く追(お)つかければ遠(とほ)く逃(に)げるだけのものだ。111今日(こんにち)の国際(こくさい)的(てき)外交(ぐわいかう)は、112朝(あした)に一城(いちじやう)を譲(ゆづ)り夕(ゆふべ)に一塁(いちるゐ)を与(あた)へて、113十万(じふまん)億土(おくど)のドン底(ぞこ)まで譲歩(じやうほ)するのだからなア。114それが所謂(いはゆる)宋襄(そうじやう)仁者(じんしや)の唯一(ゆゐいつ)の武器(ぶき)だ、115最善(さいぜん)の方法(はうはふ)だ。116弱(よわ)い者(もの)には何処(どこ)までも追(お)つかけて行(ゆ)く程(ほど)利益(りえき)だが、117強(つよ)い奴(やつ)には逃(に)げるのが最(もつと)も賢明(けんめい)な行方(やりかた)だ。118併(しか)し斯(か)う淋(さび)しくつては仕方(しかた)がないぢやないか。119オイ、120一(ひと)つ歌(うた)でも歌(うた)つて気(き)をまぎらさうぢやないか。121……折角(せつかく)文助(ぶんすけ)のドタマを擲(なぐ)り倒(たふ)して、122ウマウマとブンブン玉(だま)をひつたくり、123此処(ここ)まで持(も)つて来(き)て杢助(もくすけ)さまに渡(わた)し、124喜(よろこ)んでは貰(もら)つたが、125余(あま)り八百長(やほちやう)芝居(しばゐ)がすぎて、126足腰(あしこし)が立(た)たぬ程(ほど)打(う)ちのめされ、127動(うご)きのとれぬ所(ところ)を見(み)すまして、128此(この)暗(くら)がりに置去(おきざ)りするとは、129誠(まこと)に残酷(ざんこく)ぢやないか。130これでは吾々(われわれ)下(しも)人民(じんみん)は、131やりきれない。132どうしたらよからうかなア』
133徳『小鳥(ことり)つきて鷹(たか)喰(くら)はれ、134兎(うさぎ)つきて良狗(りやうく)煮(に)らるとは俺(おれ)たちの事(こと)だ。135あれだけ吾々(われわれ)が血(ち)を流(なが)してやつと奪(と)つた曲輪(まがわ)の玉(たま)を、136又(また)強者(きやうしや)に掠奪(りやくだつ)されて了(しま)ふと云(い)ふのは、137ヤツパリ未来(みらい)の何処(どこ)かの外交(ぐわいかう)手腕(しゆわん)が映(うつ)つてゐるのだよ。138手腕(しゆわん)のワンは犬(いぬ)の鳴(な)き声(ごゑ)だが、139本当(ほんたう)に尾(を)を股(また)へはさんで、140シヨゲ シヨゲと逃(に)げ帰(かへ)る喪家(さうか)の犬(いぬ)のやうな手腕(しゆわん)だからな。141しまひには、142只(ただ)一(ひと)つよりない大椀(たいはん)(台湾(たいわん))まで逃出(にげだ)すかも知(し)れぬぞ。143何程(なにほど)琉球(りうきう)そに言(い)うても、144骨(ほね)のない蒟蒻腰(こんにやくごし)では駄目(だめ)だ。145貴様(きさま)だつて俺(おれ)だつて、146半身(はんしん)不随(ふずい)だから、147腹中(ふくちう)の副守(ふくしゆ)、148ガラクタ連中(れんちう)には、149うまく誤魔化(ごまくわ)しておいて、150兎(と)も角(かく)、151自分(じぶん)の身体(しんたい)回復(くわいふく)を待(ま)たねばなるまいぞ。152何程(なにほど)人(ひと)の為(ため)だの、153刻下(こくか)の急務(きふむ)だのといつた所(ところ)で、154ドドのつまりは、155自分(じぶん)が大切(たいせつ)だからな、156ハハハハハ』
157 お菊(きく)は二人(ふたり)の話(はなし)をスツカリ聞(き)いて了(しま)つた。158そして高姫(たかひめ)、159杢助(もくすけ)の両人(りやうにん)は曲輪(まがわ)の玉(たま)を、160此奴(こいつ)等(ら)両人(りやうにん)の手(て)から引(ひ)つたくり、161逃(に)げて了(しま)つた事(こと)を悟(さと)つた。162……此奴(こいつ)ア一(ひと)つ、163文助(ぶんすけ)の声色(こわいろ)を使(つか)つておどかしてやらうか……と横着(わうちやく)なお菊(きく)は暗(くら)がりを幸(さいはひ)に、
164お菊『ヒヤー、165恨(うら)めしやなア、166初公(はつこう)、167徳公(とくこう)の両人(りやうにん)に頭(あたま)をコツかれ、168ブンブン玉(だま)をボツたくられ、169其(その)上(うへ)命(いのち)までも取(と)られたわいのう、170ヤイ、171初(はつ)、172徳(とく)の両人(りやうにん)、173冥途(めいど)の道伴(みちづ)れ、174其(その)方(はう)の生首(なまくび)を貰(もら)うて帰(かへ)るぞよ』
175初(はつ)『コリヤ徳(とく)、176此(この)厭(いや)らしい森(もり)の中(なか)で、177馬鹿(ばか)な真似(まね)をするない。178何(なん)だ、179爺(おやぢ)の声(こゑ)を出(だ)しやがつて……』
180徳(とく)『ヘン、181貴様(きさま)が真似(まね)をしたぢやないか、182怪体(けたい)な奴(やつ)だなア』
183初『何(なに)、184貴様(きさま)が妙(めう)な声(こゑ)を出(だ)したのだらう』
185徳『俺(おれ)は決(けつ)してそんなこた、186言(い)うた覚(おぼえ)がない。187貴様(きさま)も言(い)はないとすれば、188どつか他(ほか)に人間(にんげん)が一匹(いつぴき)来(き)てゐるに違(ちが)ひない。189暗(くら)がりを幸(さいはひ)に、190ヤツパリ杢助(もくすけ)さまが隠(かく)れた真似(まね)をして、191俺(おれ)達(たち)の話(はなし)を聞(き)いてゐたのかも知(し)れぬぞ。192ハテ困(こま)つたのう』
193初『モシ、194杢助(もくすけ)さま、195此(この)厭(いや)らしい夜(よ)さに、196そんな悪戯(いたづら)はやめて下(くだ)さいな。197困(こま)るぢやありませぬか』
198お菊(きく)『ホホホホホ』
199徳(とく)『高姫(たかひめ)さま、200腹(はら)の悪(わる)い、201そんな厭(いや)らしい声(こゑ)を出(だ)したつて、202吾々(われわれ)はビクともしませぬぞや』
203お菊『尻(しり)を叩(たた)かれ、204骨(ほね)まで腫上(はれあが)り、205ビクとも出来(でき)ぬだらう。206実(じつ)に憐(あは)れなものだのう、207オホホホホホ』
208徳『コリヤ高姫(たかひめ)、209馬鹿(ばか)にすない、210人(ひと)をよい程(ほど)使(つか)うておいて、211こんな苦(くる)しい目(め)に遇(あ)はして、212其(その)上(うへ)可笑(をか)しさうに笑(わら)ふなんて、213チツとは人情(にんじやう)を弁(わきま)へたらどうだ』
214お菊『此(この)高姫(たかひめ)は人情(にんじやう)なんか、215嫌(いや)だツ、216よく考(かんが)へて見(み)よ。217今日(こんにち)の世(よ)の中(なか)に人情(にんじやう)を知(し)つた奴(やつ)が一人(ひとり)でもあるか。218ニンジヨウといへば松(まつ)の廊下(らうか)で塩谷(えんや)判官(はんぐわん)が師直(もろなほ)に斬(き)りかけた位(くらゐ)なものだ。219人情(にんじやう)なんか守(まも)つて居(を)らうものなら、220お家(いへ)は断絶(だんぜつ)、221其(その)身(み)は切腹(せつぷく)、222家来(けらい)は浪人(らうにん)、223しまひの果(はて)には泉岳寺(せんがくじ)で腹(はら)を切(き)らねばならぬぞや。224そんな馬鹿(ばか)が今日(こんにち)の開(ひら)けた世(よ)の中(なか)にあるものかい。225時代遅(じだいおく)れの馬鹿(ばか)だなア、226オツホホホホ、227いい気味(きみ)だこと、228杢助(もくすけ)さまと実(じつ)の所(ところ)は、229小北山(こぎたやま)を占領(せんりやう)し、230貴様(きさま)等(ら)両人(りやうにん)をウマウマ チヨロまかして使(つか)つてやらうと思(おも)うたなれど、231樫(かし)の棒(ぼう)で二十(にじふ)や三十(さんじふ)撲(なぐ)られて、232悲鳴(ひめい)をあげ、233歩(ある)けないのなぞと弱音(よわね)を吹(ふ)くやうな奴(やつ)は、234高姫(たかひめ)も愛想(あいさう)がつきた。235そんな事(こと)で、236どうして悪(あく)の企(たく)みが成就(じやうじゆ)すると思(おも)ふか、237馬鹿(ばか)だなア、238オホホホホ』
239初(はつ)『エー、240胸(むね)クソの悪(わる)い、241もう斯(か)うなれば馬鹿(ばか)らして小北山(こぎたやま)へ帰(かへ)る訳(わけ)にゆかず、242又(また)そんな悪人(あくにん)の後(あと)へついて行(い)つたつて駄目(だめ)だし、243進退(しんたい)惟(これ)谷(きは)まつたなア、244のう徳(とく)、245これから一(ひと)つ善後策(ぜんごさく)を考(かんが)へなくちやなるまいぞ』
246徳(とく)『さうだなア、247マア此処(ここ)で足(あし)の直(なほ)るまで、248ゆつくり養生(やうじやう)して、249トクと考(かんが)へようかい。250コリヤ杢助(もくすけ)、251覚(おぼ)えてけつかれ、252貴様(きさま)の企(たく)みは何処(どこ)までも邪魔(じやま)してやるから、253一寸(いつすん)の虫(むし)も五分(ごぶ)の魂(たましひ)だぞ』
254お菊『此(この)杢助(もくすけ)は貴様(きさま)のやうな小童(こつぱ)武者(むしや)の百匹(ひやつぴき)千匹(せんびき)、255束(そく)に結(ゆ)うて来(き)てもビクとも致(いた)さぬ英雄(えいゆう)豪傑(がうけつ)だ。256ましてや尻(しり)をひつぱたかれ、257骨(ほね)を挫(くじ)き、258体(からだ)の自由(じいう)にならぬ奴(やつ)が、259仮令(たとへ)万(まん)人(にん)攻(せ)め来(きた)るとも、260決(けつ)して驚(おどろ)く者(もの)でない。261又(また)仮令(たとへ)体(からだ)の自由(じいう)が利(き)く代物(しろもの)でも、262今(いま)の人間(にんげん)は金輪(かなわ)の魔術(まじゆつ)を以(もつ)て口(くち)にはましたならば、263どれもこれも皆(みな)往生(わうじやう)致(いた)す代物(しろもの)ばかりだ、264アハハハハ』
265徳『コリヤ杢助(もくすけ)、266俺(おれ)は斯(か)うして、267腰(こし)が立(た)たぬと云(い)つて、268貴様(きさま)の様子(やうす)を考(かんが)へてゐたのだ。269本当(ほんたう)の事(こと)は此処(ここ)まで走(はし)つて来(き)た位(くらゐ)だから、270自由(じいう)自在(じざい)に立(た)つのだ、271サア来(こ)い勝負(しようぶ)だ。272貴様(きさま)のやうな冷酷(れいこく)な餓鬼(がき)の後(あと)を追(お)つて行(い)た所(とこ)で仕方(しかた)がない。273それよりも貴様(きさま)の生首(なまくび)を引抜(ひきぬ)いて持(も)ち帰(かへ)り、274松姫(まつひめ)様(さま)にお詫(わび)の印(しるし)にするのだ。275オイ初(はつ)、276貴様(きさま)もいい加減(かげん)に起(お)きぬかい』
277初『ウン、278モウそろそろ活動(くわつどう)しても可(い)い時分(じぶん)だ。279俺(おれ)も何(なん)だか、280此(この)先(さき)の浮木(うきき)の里(さと)が気(き)にくはぬので、281一寸(ちよつと)作病(さくびやう)を起(おこ)してみたのだが、282つひグツと寝(ね)て了(しま)ひ、283其(その)間(あひだ)に高姫(たかひめ)、284杢助(もくすけ)に逃(に)げられたと思(おも)つて残念(ざんねん)でたまらず、285副守(ふくしゆ)の奴(やつ)と作戦(さくせん)計画(けいくわく)をやつてゐた所(ところ)、286神(かみ)の神力(しんりき)に照(て)らされて、287高姫(たかひめ)、288杢助(もくすけ)の奴(やつ)、289後(うしろ)へ引寄(ひきよ)せられよつたのだなア。290何(なん)と神力(しんりき)は偉(えら)いものだ。291サア杢助(もくすけ)、292高姫(たかひめ)、293汝(なんぢ)が如(ごと)き老(おい)ぼれの五匹(ごひき)や十匹(じつぴき)、294束(そく)に結(ゆ)うて掛(かか)らうとも食(く)ひ足(た)らぬ某(それがし)だ、295サア来(こ)い』
296お菊『オツホホホホ、297此(この)暗(くら)がりに目(め)が見(み)えるのか、298喧(やかま)し吐(ぬか)すと、299声(こゑ)をしるべに撲(なぐ)りつけてやらうか。300暗(やみ)の晩(ばん)に囀(さへづ)る奴(やつ)位(くらゐ)馬鹿(ばか)はないぞ』
301初『オイ徳(とく)、302確(しつか)りせぬかい、303益々(ますます)怪(け)しからぬ事(こと)を吐(ぬか)すぢやないか』
304 お菊(きく)は足音(あしおと)を忍(しの)ばせ、305声(こゑ)をしるべに、306ついて来(き)た杖(つゑ)で暗(やみ)をポンと打(う)つた。307都合(つがふ)よく二人(ふたり)の頭(あたま)に橋(はし)をかけたやうに、308カツンと当(あた)つた。309二人(ふたり)は一度(いちど)に、
310徳『アイタタタ、311コラ初(はつ)、312馬鹿(ばか)にすない』
313初『ナアニ徳(とく)の奴(やつ)、314人(ひと)の頭(あたま)をなぐりやがつて、315馬鹿(ばか)も糞(くそ)もあるかい』
316徳『それでも貴様(きさま)、317俺(おれ)を撲(なぐ)つたぢやないか』
318初『ナアニ、319俺(おれ)やチツとも撲(なぐ)つた覚(おぼえ)がない』
320お菊『ホホホホホ、321同士打(どうしうち)喧嘩(げんくわ)は面白(おもしろ)い面白(おもしろ)い、322向(むか)ふ見(み)ずの途中(とちう)の鼻高(はなだか)が、323暗雲(やみくも)で、324欲(よく)ばかり考(かんが)へ、325吾(われ)程(ほど)偉(えら)い者(もの)はないと思(おも)うて慢心(まんしん)致(いた)すと、326何時(いつ)の間(ま)にやら鼻(はな)が高(たか)うなり、327鼻(はな)と鼻(はな)とがつき合(あ)うて、328しまひには一(いち)も取(と)らず二(に)も取(と)らず、329大騒動(おほさうどう)を起(おこ)すぞよ。330可哀相(かあいさう)な者(もの)であるぞよ。331何(なん)と云(い)うても暗(くら)がりの人民(じんみん)を助(たす)けるのであるから、332頭(あたま)の一(ひと)つや二(ふた)つは叩(たた)いてやらねば目(め)がさめぬぞよ。333神(かみ)も中々(なかなか)骨(ほね)が折(を)れるぞよ、334早(はや)く改心(かいしん)致(いた)されよ。335神(かみ)の申(まを)す事(こと)を素直(すなほ)に聞(き)く人民(じんみん)は結構(けつこう)なれど、336今(いま)の世(よ)はサツパリ鬼(おに)と賊(ぞく)と悪魔(あくま)との世(よ)の中(なか)であるから、337神(かみ)の教(をしへ)を聞(き)く奴(やつ)はチツともないぞよ。338余(あま)り改心(かいしん)が出来(でき)ぬと、339スコタンくらふぞよ』
340と云(い)ひながら、341又(また)カツンとやつた。
342 初公(はつこう)は前額部(ぜんがくぶ)をシタタカ打(う)たれ、
343初『アイタア』
344と云(い)つたきり、345すくんで了(しま)つた。346徳(とく)は、
347徳『何(なん)でも近(ちか)くに声(こゑ)がした、348高姫(たかひめ)の奴(やつ)、349ここらに居(ゐ)やがるに違(ちが)ひない……』
350と四這(よつばひ)になり、351手(て)をふりまはして探(さぐ)つてゐる。352もし足(あし)にでもさはつた位(くらゐ)なら、353ひつくり返(かへ)してやらうと思(おも)つたからである。354お菊(きく)は何(なん)だか自分(じぶん)の足許(あしもと)に這(は)ふものがあるやうな気(き)がしたので、355杖(つゑ)を以(もつ)て力(ちから)限(かぎ)り、356足許(あしもと)を払(はら)うた。357途端(とたん)にただれた尻(しり)のあたりをピシヤツと打(う)つた。
358徳(とく)『アイタタ、359コリヤ、360尻叩(しりたた)きはモウすんだ筈(はず)だ。361まだこんなとこまで来(き)て叩(たた)くといふ事(こと)があるかい』
362お菊(きく)『約束(やくそく)の三百(さんびやく)がまだ二百(にひやく)許(ばか)り残(のこ)つてゐるから、363これから叩(たた)いてやるのだ』
364徳(とく)『オイ初(はつ)、365気(き)をつけよ、366馬鹿(ばか)にするぢやないか……コラ高姫(たかひめ)、367杢助(もくすけ)、368サア来(こ)い』
369と暗(くら)がりに、370どつちに敵(てき)が居(を)るか分(わか)りもせぬのに、371空元気(からげんき)を出(だ)して気張(きば)つてゐる。372お菊(きく)は杖(つゑ)を縦横(じうわう)無尽(むじん)に打(う)ちふり、373二人(ふたり)の頭(あたま)といはず尻(しり)といはず、374手当(てあた)り次第(しだい)にポンポンポンと撲(なぐ)り倒(たふ)し、
375お菊『ホツホホホホ』
376と厭(いや)らしい笑(わら)ひを残(のこ)し、377森(もり)を立出(たちい)で、378息(いき)を殺(ころ)して二人(ふたり)の様子(やうす)を考(かんが)へてゐた。
379(大正一二・一・二七 旧一一・一二・一一 松村真澄録)
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