霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二章 煽動(せんどう)〔一四五二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第57巻 真善美愛 申の巻 篇:第1篇 照門山颪 よみ(新仮名遣い):てるもんざんおろし
章:第2章 煽動 よみ(新仮名遣い):せんどう 通し章番号:1452
口述日:1923(大正12)年03月24日(旧02月8日) 口述場所:皆生温泉 浜屋 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年5月24日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
テルモン山の神館の奥の間には、小国別の病はすます重く、命は旦夕に迫ってきた。小国別は顕幽の弁別がつかない精神状態となってきた。三千彦は小国別の帰幽を遅らせてもらうよう神に願った。
小国別の意識が戻り眠りについたとき、館の周囲に老若男女の叫び声が聞こえてきた。オールスチンと三千彦は共に玄関口に出てみると、荒くれ男たちが酒に酔って押し掛け、オールスチンを突き飛ばし、三千彦を捕えてテルモン山の山奥に運んでしまった。
ワックスは驢馬にまたがって群衆を指揮しながら采配を振るっている。さすがの悪人ワックスも、父オールスチンが倒れているのを見逃せず、自分の悪行を見せないように目隠しをして応急手当てをして去って行った。
ワックスは、悪友のエキスとヘルマンに命じて三千彦を山奥の岩窟に閉じ込めておいた。ワックスは、デビス姫も三五教に通じているので町に戻ってきたら自分のところに連れてくるよう、群衆をたきつけた。
求道居士、ヘル、デビス姫、ケリナ姫の四人は、そんな騒動が起こっているとも知らず、宣伝歌を歌いながらテルモンの町に向かってやってきた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-10-30 14:02:43 文字数:4530 OBC :rm5702
愛善世界社版:21頁 八幡書店版:第10輯 265頁 修補版: 校定版:22頁 普及版:9頁 初版: ページ備考:
001 テルモン山(ざん)の神館(かむやかた)の奥(おく)の間(ま)には、002小国別(をくにわけ)の病(やまひ)益々(ますます)重(おも)く、003命(めい)旦夕(たんせき)に迫(せま)つて来(き)た。004館(やかた)の内(うち)は上(うへ)を下(した)へと騒(さわ)ぎ廻(まは)り、005小国姫(をくにひめ)、006三千彦(みちひこ)及(およ)び家令(かれい)のオールスチンは、007二人(ふたり)の看護婦(かんごふ)と共(とも)に病床(びやうしやう)につききり、008死(し)に行(ゆ)く人(ひと)の身(み)の上(うへ)を案(あん)じ、009胸(むね)を躍(をど)らせつつあつた。010三千彦(みちひこ)は最早(もはや)是非(ぜひ)なしと神(かみ)に向(むか)つて天国(てんごく)へ救(すく)ひ玉(たま)はむ事(こと)を祈願(きぐわん)した。011小国別(をくにわけ)は顕幽(けんいう)弁別(べんべつ)のつかざる精神(せいしん)状態(じやうたい)となつた。012小国別(をくにわけ)は嬉(うれ)しさうな顔(かほ)して空(そら)を眺(なが)め、
013小国別『アア貴方(あなた)はチヤンドラ・デーワブトラ様(さま)(月天子(ぐわつてんし))、014貴方(あなた)はスーラヤ様(さま)(日天子(につてんし))ようマア……只今(ただいま)参(まゐ)ります。015併(しか)し乍(なが)らモウ一目(ひとめ)吾(わが)二人(ふたり)の娘(むすめ)に会(あ)ふまで御(ご)猶予(いうよ)を下(くだ)さいませ。016アア何(なん)と云(い)ふマノーヂニヤスヷラ(楽音(がくおん))だらう。017女房(にようばう)にもあの声(こゑ)が聞(き)かしてやり度(た)い。018これ小国姫(をくにひめ)、019お前(まへ)はあのマノーヂニヤスヷラ(楽音(がくおん))が聞(きこ)えて居(ゐ)るか。020あの綺麗(きれい)なエンゼルが目(め)につくか。021もしもしエンゼル様(さま)、022暫(しば)らく御(ご)猶予(いうよ)を願(ねが)ひます。023これが此(この)世(よ)の別(わか)れで厶(ござ)いますから』
024と頻(しき)りに掌(て)を合(あは)して居(ゐ)る。
025小国姫(をくにひめ)『モシ旦那(だんな)様(さま)、026確(しつか)りして下(くだ)さいませ。027貴方(あなた)は病気(びやうき)のために左様(さやう)な幻覚(げんかく)を感(かん)じて居(ゐ)られるのでせう。028マノーヂニヤガンダルヷ(楽(がく))の声(こゑ)も聞(きこ)えては居(ゐ)ないぢやありませぬか。029そしてエンゼルのお姿(すがた)も決(けつ)して見(み)えませぬよ。030確(しつか)りなさいませ。031軈(やが)て姉妹(きやうだい)二人(ふたり)が帰(かへ)つて参(まゐ)りますから』
032 小国別(をくにわけ)は女房(にようばう)の声(こゑ)が耳(みみ)に這入(はい)らぬと見(み)えて、033尚(なほ)も言葉(ことば)をつづけ、
034小国別『何(なん)とマア美(うつく)しい花(はな)だこと、035もしエンゼル様(さま)、036之(これ)はダリヤの花(はな)で厶(ござ)いますか。037エ、038桃(もも)の花(はな)、039こんな大(おほ)きな桃(もも)の花(はな)が、040どうして又(また)咲(さ)いたのでせう。041何(なん)と仰有(おつしや)います、042第一(だいいち)天国(てんごく)の桃林(たうりん)の桃(もも)の花(はな)、043ヘー、044美(うつく)しいもので厶(ござ)いますなア。045私(わたし)、046それへ参(まゐ)るのですか。047いや有難(ありがた)う厶(ござ)います』
048小国姫(をくにひめ)『モシ三千彦(みちひこ)の先生(せんせい)様(さま)、049どうで厶(ござ)いませうか。050到底(たうてい)主人(しゆじん)の生命(いのち)は駄目(だめ)で厶(ござ)いませうな。051せめてデビスやケリナの帰(かへ)つて来(く)る迄(まで)、052何(なん)とかして命(いのち)をとり止(と)めて頂(いただ)き度(た)いものです』
053三千彦(みちひこ)『お喜(よろこ)びなさいませ。054決(けつ)して幻覚(げんかく)でも何(なん)でもありませぬ。055貴方(あなた)の目(め)には分(わか)らぬか知(し)りませぬが、056あの通(とほ)りチヤンドラデーワブトラ様(さま)やスーラヤ様(さま)がエンゼルとなつて天国(てんごく)に救(すく)ふべくお見(み)えになつて居(ゐ)ます。057今(いま)お願(ねがひ)を致(いた)しますから、058親娘(おやこ)対面(たいめん)が済(す)む迄(まで)、059天国行(てんごくゆき)の猶予(いうよ)を願(ねが)ひませう』
060と三千彦(みちひこ)は拍手(かしはで)をうち、061天(あま)の数歌(かずうた)を歌(うた)ひ祈願(きぐわん)を籠(こ)めた。062月天子(ぐわつてんし)、063日天子(につてんし)の両(りやう)エンゼルは三千彦(みちひこ)の乞(こひ)を容(い)れ、064四辺(あたり)に芳香(はうかう)を投(な)げ、065微妙(びめう)の音楽(おんがく)につれて一先(ひとま)づ天上(てんじやう)に帰(かへ)り玉(たま)うた。066殆(ほとん)ど帰幽(きいう)して居(ゐ)た小国別(をくにわけ)は再(ふたた)び正気(しやうき)になり、067目(め)を静(しづ)かに開(ひら)ひて四辺(あたり)を打眺(うちなが)め、
068小国別『ア、069女房(にようばう)、070そこに居(ゐ)たか。071貴方(あなた)は三千彦(みちひこ)様(さま)、072ア、073大変(たいへん)な美(うつく)しいエンゼル様(さま)に結構(けつこう)な処(ところ)へ導(みちび)かれて行(ゆ)く所(ところ)だつた。074娘(むすめ)は未(ま)だ帰(かへ)つて来(こ)ぬかな』
075小国姫(をくにひめ)『ハイ、076未(ま)だ帰(かへ)りませぬが、077軈(やが)て神(かみ)様(さま)のお蔭(かげ)で無事(ぶじ)な顔(かほ)を見(み)せるで厶(ござ)いませう。078御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
079と自分(じぶん)も二人(ふたり)の姉妹(きやうだい)の事(こと)を案(あん)じ乍(なが)ら故意(わざ)とに気楽(きらく)さうに云(い)つてゐる。080小国別(をくにわけ)は『会(あ)ひたいものだな』と頻(しき)りに憧(あこが)れ乍(なが)らスヤスヤと眠(ねむ)りに就(つ)いた。081此(この)時(とき)館(やかた)の周囲(しうゐ)に当(あた)つて老若(らうにやく)男女(なんによ)の叫(さけ)び声(ごゑ)が聞(きこ)えて来(き)た。082小国姫(をくにひめ)は夫(をつと)の看護(かんご)に手(て)が放(はな)されないので、083ソファーの側(かたは)らに看護婦(かんごふ)と共(とも)に附(つき)きつて居(ゐ)る。084オールスチンは三千彦(みちひこ)と共(とも)に玄関口(げんくわんぐち)に現(あら)はれ見(み)れば赤鉢巻(あかはちまき)に赤襷(あかたすき)の荒(あら)くれ男(をとこ)酒(さけ)に酔(よ)ひ潰(つぶ)れてヒヨロヒヨロし乍(なが)ら雪崩(なだれ)の如(ごと)く押(おし)かけ来(きた)り、085矢場(やには)にオールスチンを突飛(つきと)ばし、086其(その)上(うへ)をドカドカと踏(ふ)みにじり、087三千彦(みちひこ)を寄(よ)つて集(たか)つて手(て)をとり、088足(あし)をとり、089凱歌(がいか)を挙(あ)げてドンドンドンとテルモン山(ざん)の山奥(やまおく)指(さ)して、090数十(すうじふ)人(にん)の荒男(あらをとこ)がワツショワツショと掛(か)け声(ごゑ)諸共(もろとも)運(はこ)び行(ゆ)く。091オールスチンの悴(せがれ)ワックスは、092驢馬(ろば)に跨(またが)り群衆(ぐんしう)を指揮(しき)し乍(なが)ら采配(さいはい)を振(ふ)つて居(ゐ)る。093目的物(もくてきぶつ)の三千彦(みちひこ)は漸(やうや)く攫(さら)はれた。094ワックスは先(ま)づ一安心(ひとあんしん)と玄関口(げんくわんぐち)に進入(しんにふ)し見(み)れば、095父(ちち)のオールスチンが人事(じんじ)不省(ふせい)になつて倒(たふ)れてゐる。096矢場(やには)に両眼(りやうがん)に目隠(めかく)しを施(ほどこ)し、097水(みづ)を吹(ふき)かけ気(き)つけを飲(の)ませ、098漸(やうや)くにして蘇生(そせい)せしめた。099両眼(りやうがん)を布(ぬの)で括(くく)つて置(お)いたのは父(ちち)にワックスの姿(すがた)を覚(さと)られぬための用意(ようい)であつた。100流石(さすが)悪人(あくにん)のワックスも父(ちち)の危難(きなん)を見(み)ては救(すく)はずには居(を)られなかつたからである。101ワックスは三千彦(みちひこ)を悪友(あくいう)のエキス、102ヘルマンに命(めい)じ山奥(やまおく)に拉(らつ)し去(さ)らしめ、103冷(つめ)たい岩窟(がんくつ)の中(なか)に押込(おしこ)めて置(お)いた。
104ワックス『サア、105之(これ)からデビス姫(ひめ)を生捕(いけどり)せねばならぬ。106さりとて何(なん)とか群衆(ぐんしう)を誑(たぶらか)さねば此(この)目的(もくてき)は達(たつ)し得(え)ない』
107と再(ふたた)び驢馬(ろば)を引返(ひつかへ)し十字(じふじ)街頭(がいとう)に立(た)ち、108豆太鼓(まめだいこ)を叩(たた)き乍(なが)ら、109又(また)もや辻説法(つじせつぽふ)を始(はじ)め出(だ)した。
110ワックス『宮町(みやまち)の老若(らうにやく)男女(なんによ)諸君(しよくん)よ、111諸君(しよくん)の尽力(じんりよく)によつてテルモン山(ざん)の神館(かむやかた)に禍(わざはひ)する三五教(あななひけう)の悪(あく)宣伝使(せんでんし)三千彦(みちひこ)を漸(やうや)くの事(こと)に生捕(いけど)りました。112彼奴(あいつ)は館(やかた)の嬢様(ぢやうさま)デビス姫(ひめ)と密(ひそ)かに牒(しめ)し合(あは)せ此(この)神館(かむやかた)を横領(わうりやう)し、113あらゆる魔法(まはふ)を使(つか)つて町民(ちやうみん)諸氏(しよし)を苦(くる)しめる準備(じゆんび)を致(いた)して居(を)りましたぞ。114此(この)度(たび)の小国別(をくにわけ)様(さま)の御(ご)病気(びやうき)も全(まつた)く三千彦(みちひこ)がなす業(わざ)、115大恩(だいおん)ある生神(いきがみ)様(さま)の御恩(ごおん)を報(はう)ずるは今(いま)この時(とき)で厶(ござ)る。116何程(なにほど)デビス姫(ひめ)が大切(たいせつ)なお嬢(ぢやう)さまとは云(い)へ、117バラモン教(けう)の教敵(けうてき)なる三五教(あななひけう)の悪(あく)宣伝使(せんでんし)と情(じやう)を通(つう)じ、118父(ちち)のお館(やかた)を占領(せんりやう)し、119町民(ちやうみん)を苦(くるし)めむと致(いた)さるる以上(いじやう)は、120一(いち)時(じ)改心(かいしん)が出来(でき)るまでは吾々(われわれ)の手(て)に預(あづか)つて、121お館(やかた)に帰(かへ)さないやうにせなくてはなりませぬ。122今(いま)の心(こころ)で館(やかた)へ帰(かへ)られては大変(たいへん)で厶(ござ)るぞ。123如意(によい)宝珠(ほつしゆ)のお館(やかた)の宝(たから)も三千彦(みちひこ)と両人(りやうにん)牒(しめ)し合(あは)せ奪(うば)ひ取(と)つたに相違(さうゐ)厶(ござ)いませぬ。124それで皆(みな)さまの力(ちから)をかつて、125デビス姫(ひめ)が今(いま)ここに帰(かへ)り来(きた)らば、126有無(うむ)を云(い)はせず、127テルモン山(ざん)の岩窟(がんくつ)に連(つ)れ行(ゆ)く事(こと)に致(いた)しませう。128之(これ)は決(けつ)してワックスの私言(しげん)では厶(ござ)いませぬ。129館(やかた)の小国姫(をくにひめ)の御(ご)命令(めいれい)で厶(ござ)いますぞ。130皆(みな)さま、131宜(よろ)しく頼(たの)みます』
132と呶鳴(どな)りつけた。133熱(ねつ)しきつたる群衆(ぐんしう)は馬鹿(ばか)息子(むすこ)のワックスが言葉(ことば)を、134さまで信用(しんよう)するものはないが、135群衆(ぐんしう)心理(しんり)と云(い)ふものは不思議(ふしぎ)なもので、136三千彦(みちひこ)を捕虜(ほりよ)とした勢(いきほひ)に乗(じやう)じ、137一(いち)も二(に)も無(な)くワックスの言葉(ことば)を鵜呑(うの)みにし、138第二(だいに)の計画(けいくわく)としてデビス姫(ひめ)を捕縛(ほばく)せむと宮町(みやまち)を後(あと)に郊外(かうぐわい)まで駆(か)け出(だ)した。
139 折(をり)から大原野(だいげんや)の中央(まんなか)を宣伝歌(せんでんか)を歌(うた)ひ乍(なが)ら、140男女(なんによ)四人(よにん)連(づ)れ此方(こなた)に向(むか)つて進(すす)み来(く)るものがあつた。
141エミシ[※求道居士の旧名]『神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
142善神(ぜんしん)邪神(じやしん)を立分(たてわ)ける
143此(この)世(よ)を造(つく)りし神直日(かむなほひ)
144心(こころ)も広(ひろ)き大直日(おほなほひ)
145只(ただ)何事(なにごと)も人(ひと)の世(よ)は
146直日(なほひ)に見直(みなほ)せ聞(き)き直(なほ)せ
147身(み)の過(あやま)ちは宣(の)り直(なほ)せ
148三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)
149治国別(はるくにわけ)に助(たす)けられ
150バラモン教(けう)のカーネルと
151仕(つか)へ侍(はべ)りし此(この)エミシ
152現実界(げんじつかい)の欲(よく)を棄(す)て
153一切(いつさい)万事(ばんじ)神界(しんかい)に
154身(み)も魂(たましひ)も任(まか)せつつ
155比丘(びく)の姿(すがた)と相成(あひな)りて
156山川(やまかは)渡(わた)り野路(のぢ)を越(こ)え
157神(かみ)の教(をしへ)を遠近(をちこち)に
158宣(の)り伝(つた)へ行(ゆ)く折(をり)もあれ
159エルシナ川(がは)の激流(げきりう)に
160落(お)ち込(こ)み漂(ただよ)ふ人々(ひとびと)を
161命(いのち)を的(まと)に救(すく)ひ上(あ)げ
162検(あらた)め見(み)ればこは如何(いか)に
163バラモン教(けう)に仕(つか)へたる
164ベル、ヘル、シャルの軍人(いくさびと)
165ケリナの姫(ひめ)の四人(よにん)連(づ)れ
166やうやう三人(みたり)の命(いのち)をば
167取(と)り返(かへ)しつつ川岸(かはぎし)を
168伝(つた)うて来(き)たる草野原(くさのはら)
169ベルとヘルとの両人(りやうにん)は
170俄(にはか)に悪心(あくしん)萌芽(はうが)して
171吾(われ)等(ら)二人(ふたり)の命(いのち)をば
172奪(と)らむとしたる浅間(あさま)しさ
173月照彦(つきてるひこ)の神力(しんりき)に
174照(て)らされ悪魔(あくま)は忽(たちま)ちに
175雲(くも)を霞(かすみ)と逃(に)げて行(ゆ)く
176後(あと)に二人(ふたり)は勇(いさ)み立(た)ち
177月(つき)の光(ひかり)を身(み)に浴(あ)びて
178露野(つゆの)を渉(わた)り進(すす)む折(をり)
179道(みち)の傍(かたへ)の方岩(はこいは)に
180俄(にはか)に唸(うめ)く人(ひと)の声(こゑ)
181はて訝(いぶ)かしと窺(うかが)へば
182デビスの姫(ひめ)やベル、ヘルの
183三人(みたり)の男女(なんによ)と知(し)るよりも
184二度(にど)ビツクリの二人(ふたり)連(づ)れ
185種々(いろいろ)雑多(ざつた)と介抱(かいはう)して
186三人(みたり)の命(いのち)を相救(あひすく)ひ
187喜(よろこ)ぶ間(ま)もなくベルの奴(やつ)
188デビスの姫(ひめ)の身(み)につけし
189七宝(しつほう)悉(ことごと)く掠奪(りやくだつ)し
190草野(くさの)に姿(すがた)を隠(かく)しける
191アア如何(いか)にせむ曲神(まがかみ)に
192呪(のろ)はれきつた盗人(ぬすびと)の
193如何(いか)に誠(まこと)を説(と)くとても
194悟(さと)る術(すべ)なき憐(あは)れさよ
195手負(てお)ひ玉(たま)ひしデビス姫(ひめ)
196ヘルの背中(せなか)に負(お)はせつつ
197テルモン山(ざん)の神館(かむやかた)
198目当(めあて)に進(すす)む野路(のぢ)の上(うへ)
199守(まも)らせ玉(たま)へ惟神(かむながら)
200神(かみ)の御前(みまへ)に願(ね)ぎ奉(まつ)る
201此(この)世(よ)を造(つく)りし神直日(かむなほひ)
202心(こころ)も広(ひろ)き大直日(おほなほひ)
203只(ただ)何事(なにごと)も人(ひと)の世(よ)は
204直日(なほひ)に見直(みなほ)せ聞(き)き直(なほ)せ
205身(み)の過(あやまち)は宣(の)り直(なほ)せ
206神(かみ)は吾(われ)等(ら)と倶(とも)にあり
207如何(いか)なる曲(まが)の攻(せ)め来(く)とも
208誠(まこと)一(ひと)つの大道(おほみち)に
209さやる術(すべ)なき曲津(まがつ)神(かみ)
210一日(ひとひ)も早(はや)く魂(たましひ)を
211洗(あら)ひ清(きよ)めて大神(おほかみ)の
212誠(まこと)の道(みち)に帰(かへ)れかし
213アア惟神(かむながら)々々(かむながら)
214御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ』
215 ヘルはデビス姫(ひめ)を背(せ)に負(お)ひ乍(なが)ら息(いき)も苦(くる)しげに一歩(ひとあし)々々(ひとあし)拍子(ひやうし)をとつて歌(うた)ひ出(だ)した。
216ヘル『ウントコドツコイ ドツコイシヨ
217悪(あく)の酬(むく)いは目(ま)のあたり
218バラモン軍(ぐん)の解散(かいさん)と
219同時(どうじ)に心(こころ)侫(ねぢ)け出(だ)し
220忽(たちま)ち魔道(まだう)に逆転(ぎやくてん)し
221覆面(ふくめん)頭巾(づきん)の怪装(くわいさう)で
222旅人(りよじん)を掠(かす)め懐(ふところ)の
223宝(たから)を奪(うば)ふ追剥(おひはぎ)と
224一度(いちど)はなりし果敢(はか)なさよ
225ベルとシャルとの悪友(あくいう)に
226唆(そその)かされて忽(たちま)ちに
227思(おも)ひもよらぬ泥坊(どろばう)の
228仲間(なかま)となりて行(ゆ)く人(ひと)の
229衣(ころも)を脱(ぬ)がせ金(かね)を奪(と)り
230挙句(あげく)の果(はて)は命(いのち)まで
231奪(と)りて露命(ろめい)を繋(つな)ぎつつ
232エルシナ川(がは)の袂(たもと)まで
233忍(しの)び忍(しの)びに来(き)て見(み)れば
234ザンブと立(た)ちし水煙(みづけむり)
235如何(いか)なる人(ひと)の投身(みなげ)ぞや
236命(いのち)を助(たす)けにやなるまいと
237身(み)を躍(をど)らして深淵(ふかぶち)に
238跳(と)び込(こ)み二人(ふたり)を救(すく)ひ出(だ)し
239又(また)もやベルの悪人(あくにん)と
240つまらぬ事(こと)を争(あらそ)ひつ
241再(ふたた)び淵(ふち)に転落(てんらく)し
242魂(たま)は中空(ちうくう)に跳(と)び出(だ)して
243八衢(やちまた)街道(かいだう)の旅(たび)をなし
244闇(やみ)に迷(まよ)へる時(とき)もあれ
245忽(たちま)ち聞(きこ)ゆる法螺(ほら)の声(こゑ)
246高姫館(たかひめやかた)の危難(きなん)をば
247求道(きうだう)居士(こじ)に救(すく)はれて
248再(ふたた)び此(この)世(よ)の人(ひと)となり
249神(かみ)の恵(めぐ)みを喜(よろこ)びつ
250居士(こじ)の御後(みあと)に従(したが)ひて
251エルシナ谷(だに)の山口(やまぐち)に
252来(き)かかる折(をり)しも一万(いちまん)両(りやう)
253所持(しよぢ)し玉(たま)ふと聞(き)くよりも
254心(こころ)の鬼(おに)は忽(たちま)ちに
255角(つの)振(ふ)り立(た)てて狂(くる)ひ出(だ)し
256ベルと二人(ふたり)が牒(しめ)し合(あ)ひ
257如何(いか)にもなしてこの金(かね)を
258奪(うば)はむものと四苦(しく)八苦(はつく)
259遂(つひ)には神(かみ)に嚇(おどか)され
260命(いのち)からがら山(やま)を越(こ)え
261不動(ふどう)の滝(たき)に逃(に)げ行(ゆ)きて
262怪(あや)しき姿(すがた)に驚(おどろ)きつ
263慄(ふる)ひ戦(をのの)く折(をり)もあれ
264怪(あや)しの姿(すがた)は滝壺(たきつぼ)を
265上(のぼ)りてトボトボ山坂(やまさか)を
266木(こ)の間(ま)を潜(くぐ)り帰(かへ)り行(ゆ)く
267木(こ)の間(ま)を洩(も)るる月影(つきかげ)に
268光(ひかり)眩(まばゆ)き宝石(ほうせき)は
269星(ほし)の如(ごと)くにピカピカと
270輝(かがや)きわたる人(ひと)の顔(かほ)
271これ見逃(みのが)してなるものか
272俺(おれ)につづけと云(い)ひ乍(なが)ら
273ベルは一歩前(ひとあしさき)に立(た)ち
274暗(くら)き谷間(たにま)を潜(くぐ)り抜(ぬ)け
275月(つき)の白(しら)みし山口(やまぐち)の
276草(くさ)茫々(ばうばう)と生(は)え茂(しげ)る
277中(なか)に目立(めだ)ちていと広(ひろ)き
278巌(いはほ)の側(そば)に来(き)て見(み)れば
279以前(いぜん)の女(をんな)は方岩(はこいは)の
280上(うへ)に安坐(あんざ)し月光(げつくわう)に
281向(むか)つて何(なに)か祈(いの)り居(ゐ)る
282隙(すき)を覗(うかが)ひベルの奴(やつ)
283猿臂(ゑんぴ)を伸(の)ばして宝玉(ほうぎよく)の
284光(ひかり)を狙(ねら)つてムシらむと
285飛(と)びかかりたる一刹那(いつせつな)
286ズドンと許(ばか)り二三間(にさんげん)
287投(な)げ出(だ)されたる浅間(あさま)しさ
288之(これ)を見(み)るよりウントコシヨ
289四辺(あたり)に白(しろ)く光(ひか)りたる
290枯木杭(かれぼくくひ)を拾(ひろ)ひ上(あ)げ
291無性(むしやう)矢鱈(やたら)にウントコシヨ
292骨(ほね)も挫(くだ)けと女(をんな)をば
293目(め)あてにウンと打下(うちおろ)す
294キヤツと一声(ひとこゑ)断末魔(だんまつま)
295やれ安心(あんしん)と胸(むね)を撫(な)で
296ベルに水(みづ)をば与(あた)へつつ
297種々(いろいろ)雑多(ざつた)と介抱(かいはう)して
298漸(やうや)く息(いき)を吹(ふ)き返(かへ)し
299又(また)もや宝(たから)の奪合(とりあ)ひに
300一悶錯(ひともんさく)をおツ初(ぱじ)め
301二人(ふたり)は息(いき)も絶々(たえだえ)に
302露(つゆ)おく草(くさ)に倒(たふ)れけり
303かかる処(ところ)へ三五(あななひ)の
304教(をしへ)の道(みち)の求道(きうだう)居士(こじ)
305ケリナの姫(ひめ)と諸共(もろとも)に
306現(あら)はれまして吾々(われわれ)の
307命(いのち)を救(すく)ひ玉(たま)ひてゆ
308ここに心(こころ)をとり直(なほ)し
309罪亡(つみほろ)ぼしの其(その)為(た)めに
310デビスの姫(ひめ)を背(せな)に負(お)ひ
311重(おも)たき足(あし)を引摺(ひきず)りつ
312テルモン山(ざん)の神館(かむやかた)
313小国別(をくにのわけ)の御(おん)前(まへ)に
314お詫(わび)旁(かたがた)進(すす)み行(ゆ)く
315吾(わが)身(み)の上(うへ)ぞ果敢(はか)なけれ
316アア惟神(かむながら)々々(かむながら)
317御霊(みたま)幸(さち)はひましまして
318ヘルが犯(おか)せし罪科(つみとが)を
319一日(ひとひ)も早(はや)く赦(ゆる)しまし
320生(い)きては神(かみ)の御用(ごよう)に立(た)ち
321死(し)しては尊(たふと)き天国(てんごく)の
322清(きよ)き生涯(しやうがい)送(おく)るべく
323守(まも)らせ玉(たま)へ惟神(かむながら)
324天地(てんち)を統(す)ぶる大神(おほかみ)の
325御前(みまへ)に畏(かしこ)み祈(ね)ぎまつる』
326と歌(うた)ひ乍(なが)らテルモン山(ざん)の中腹(ちうふく)、327宮町(みやまち)を指(さ)して爪先上(つまさきあが)りの原野(げんや)を帰(かへ)り来(く)る。328種々(いろいろ)雑多(ざつた)の旗(はた)を立(た)てた宮町(みやまち)の老若(らうにやく)男女(なんによ)はワックスを隊長(たいちやう)とし、329デビス姫(ひめ)を兎(と)も角(かく)生捕(いけど)らむものと、330町内(ちやうない)隈(くま)なく探(さが)し、331遂(つひ)に郊外(かうぐわい)にまで現(あら)はれて来(き)た。332求道(きうだう)居士(こじ)一行(いつかう)は、333そんな変事(へんじ)が起(おこ)つてゐるとは夢(ゆめ)にも知(し)らず、334悠々(いういう)として宣伝歌(せんでんか)を歌(うた)ひながら、335道(みち)の傍(かたへ)のパインの森(もり)に少時(しばし)息(いき)を休(やす)めて居(ゐ)た。336群衆(ぐんしう)の喊声(かんせい)は時々(じじ)刻々(こくこく)に高(たか)まり来(きた)る。
337(大正一二・三・二四 旧二・八 於皆生温泉浜屋 北村隆光録)
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