霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
×
設定
URL:
印刷用画面を開く [?]プリント専用のシンプルな画面が開きます。文章の途中から印刷したい場合は、文頭にしたい位置のアンカーをクリックしてから開いて下さい。[×閉じる]
話者名の追加表示 [?]セリフの前に話者名が記していない場合、誰がしゃべっているセリフなのか分からなくなってしまう場合があります。底本にはありませんが、話者名を追加して表示します。[×閉じる]
表示できる章
テキストのタイプ [?]ルビを表示させたまま文字列を選択してコピー&ペーストすると、ブラウザによってはルビも一緒にコピーされてしまい、ブログ等に引用するのに手間がかかります。そんな時には「コピー用のテキスト」に変更して下さい。ルビも脚注もない、ベタなテキストが表示され、きれいにコピーできます。[×閉じる]

文字サイズ
行間
ルビの表示


アンカーの表示 [?]本文中に挿入している3~4桁の数字がアンカーです。原則として句読点ごとに付けており、標準設定では本文の左端に表示させています。クリックするとその位置から表示されます(URLの#の後ろに付ける場合は数字の頭に「a」を付けて下さい)。長いテキストをスクロールさせながら読んでいると、どこまで読んだのか分からなくなってしまう時がありますが、読んでいる位置を知るための目安にして下さい。目障りな場合は「表示しない」設定にして下さい。[×閉じる]


宣伝歌 [?]宣伝歌など七五調の歌は、底本ではたいてい二段組でレイアウトされています。しかしブラウザで読む場合には、二段組だと読みづらいので、標準設定では一段組に変更して(ただし二段目は分かるように一文字下げて)表示しています。お好みよって二段組に変更して下さい。[×閉じる]
脚注[※]用語解説 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

脚注[*]編集用 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

外字の外周色 [?]一般のフォントに存在しない文字は専用の外字フォントを使用しています。目立つようにその文字の外周の色を変えます。[×閉じる]
現在のページには外字は使われていません

表示がおかしくなったらリロードしたり、クッキーを削除してみて下さい。

第六章 強印(がういん)〔一四五六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第57巻 真善美愛 申の巻 篇:第1篇 照門山颪 よみ(新仮名遣い):てるもんざんおろし
章:第6章 強印 よみ(新仮名遣い):ごういん 通し章番号:1456
口述日:1923(大正12)年03月24日(旧02月8日) 口述場所:皆生温泉 浜屋 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年5月24日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
テルモン山の館から十七八丁奥の谷あいに大蛇の岩窟という深い穴があり、そこに三千彦たちは閉じ込められていた。番卒たちが三千彦を恐ろしい魔法使いだと噂していると、はるか上の森林の方から頭の割れるような宣伝歌が聞こえてきた。
三千彦はワックスの悪事を歌いながら、猛犬スマートと共に下ってきた。二人の番卒は大地に頭をこすりつけて謝罪の意を表しながらふるえている。三千彦は二人に案内させて、抜け道から館を指して帰ってゆく。
ワックス、オークス、ビルマ、エルの四人は会議室で昼間から野心計画の打ち合わせをやっていた。スマートは、四人の悪者が密談していることを三千彦に知らせた。三千彦は案内させた番卒を霊縛しておいて、そっと小国姫の居間に進み入った。
悪者たちに囲まれて悲しんでいた小国姫は、三千彦が戻ってきたので驚き喜んだ。ワックスたち悪人が会議室にいるので、三千彦が帰ってきたことが悟られないよう、病室の上の秘密の間にこもって相談をすることになった。
三千彦は、おそらく二人の娘たちが帰ってこないのは、ワックスが岩窟に隠して往生づくめに結婚を納得させようとしているのではないか、と小国姫に話した。そして小国別の病状も四五日は落ち着いているはずだから、しばらく待ってワックスの陰謀が表れたところで娘たちを助け出そうという計画を打ち明けた。
三千彦は、家令のオールスチンは大けがをしており、もう命は助からないことを小国姫に明かした。小国姫は、息子のワックスの悪業が親に報いたのだろうかと心配するが、三千彦は、神様は公平無私にいらっしゃるから、決して子の罪が親に報いるという不合理なことはないと諭した。
かくひそひそ話をしていると、ワックスたち四人は酒をあおってドヤドヤと病室に入ってきた。ワックスは、三千彦はすでに岩窟に放り込んだから観念するようにと小国別を脅した。小国別は怒ってワックスを叱りつけるが、ワックスは勝手に書いた遺言に拇印を押させようと小国別に迫った。三千彦はワックスが早く帰るようにと大神に祈っている。
看護婦のセールはみかねて、病人の前では控えるようにとワックスに注意した。小国別は読まずに印を押すわけにゆかないと、セールにワックスが書いた遺言状を読ませた。そこには、ワックスがデビス姫の夫となってテルモン山神館の跡継ぎとなるべし等、ワックスに都合がよいことばかりが書かれていた。
小国別は怒って、遺言状を引き裂くようセールに命じた。ワックスは無理矢理遺言状を奪い、力づくで小国別に拇印を押させようとした。すると大きな猛犬がウーウーと叫びながら飛んできて、ワックスの腰帯をくわえると館の外に引きずり出してしまった。
オークス、ビルマ、エルの三人は顔色を変え、受付の間に退散すると蒼い顔をしてふるえている。小国姫はやっと安心してあたりをうかがいながら病室に下りてきた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-11-05 15:21:03 文字数:6255 OBC :rm5706
愛善世界社版:73頁 八幡書店版:第10輯 285頁 修補版: 校定版:76頁 普及版:34頁 初版: ページ備考:
001 テルモン山(ざん)の館(やかた)より十七八(じふしちはち)丁(ちやう)奥(おく)の谷間(たにあひ)に大蛇(をろち)の岩窟(いはや)と云(い)ふ深(ふか)い穴(あな)がある。002そこには三千彦(みちひこ)を無理(むり)無体(むたい)に押(お)し込(こ)め、003二人(ふたり)の門番(もんばん)が厳重(げんぢゆう)にワックスの命令(めいれい)によつて守(まも)つて居(ゐ)た。
004甲(かふ)『オイ、005何(なん)でも此(この)中(なか)に突込(つつこ)んである魔法使(まはふつかひ)は大(だい)それた事(こと)をしやがつたさうだな。006如意(によい)宝珠(ほつしゆ)の玉(たま)を盗(ぬす)み出(だ)し、007そしてワックス様(さま)が匿(かく)して居(を)つた等(など)と讒言(ざんげん)をし、008デビス姫(ひめ)様(さま)の夫(をつと)となり、009此(この)館(やかた)を占領(せんりやう)しようとしたドテライ悪人(あくにん)だと云(い)ふ事(こと)だが魔法使(まはふつかひ)だから何時(いつ)此(この)鉄(てつ)の門(もん)を破(やぶ)つて出(で)るか分(わか)らぬ。010出(で)たが最後(さいご)、011どんな目(め)に会(あ)はすか知(し)れないぞ。012何程(なにほど)日当(につたう)を沢山(たくさん)貰(もら)つても斯(こ)んな剣呑(けんのん)な商売(しやうばい)は御免(ごめん)被(かうむ)りたいものだな』
013乙(おつ)『何(なに)、014心配(しんぱい)するな。015魔法使(まはふつかひ)と云(い)ふものは或(ある)程度(ていど)迄(まで)は法(はふ)が利(き)くだらうが、016もう種(たね)が無(な)くなつて皆(みな)に捉(つか)まへられ、017斯(こ)んな処(ところ)へ突込(つつこ)まれよつたのだから、018もう大丈夫(だいぢやうぶ)だ。019滅多(めつた)に出(で)る気遣(きづか)ひはないわ。020斯(か)うして十日(とをか)も二十日(はつか)も番(ばん)して居(を)れば饑(かつ)ゑて死(し)んで了(しま)ふ、021さうすりや大丈夫(だいぢやうぶ)だよ。022俺(おれ)等(たち)は日給(につきふ)さへ貰(もら)へば宜(よ)いのだからな』
023甲(かふ)『然(しか)し、024此奴(こいつ)が死(し)んで化(ば)けて出(で)やがつたら、025それこそ大変(たいへん)だぞ。026何(なん)とかして断(ことわ)り云(い)ふ訳(わけ)には行(ゆ)くまいかな』
027乙(おつ)『そんな事(こと)、028いくものかい。029何時(いつ)もワックスの旦那(だんな)に難儀(なんぎ)な時(とき)に無心(むしん)を云(い)つて助(たす)けて貰(もら)つてるのだから、030斯(こ)んな時(とき)に御(ご)恩報(おんはう)じをするのだ。031宮町中(みやまちぢう)の難儀(なんぎ)になる処(ところ)を、032ワックスさまのお蔭(かげ)で此奴(こいつ)の盗(ぬす)んで居(を)つた如意(によい)宝珠(ほつしゆ)の玉(たま)も分(わか)り、033俺(おれ)等(たち)の生命(いのち)まで助(たす)けて貰(もら)つたのだから、034此奴(こいつ)が斃(くたば)る所(ところ)迄(まで)俺(おれ)等(たち)は根比(こんくら)べをやらねばならぬのだ。035余(あんま)り心配(しんぱい)するな。036心配(しんぱい)すると頭(あたま)の毛(け)が白(しろ)うなるぞ』
037 斯(か)く話(はな)して居(ゐ)る処(ところ)へ遥(はる)か上(うへ)の方(はう)の森林(しんりん)から頭(あたま)の割(わ)れるやうな宣伝歌(せんでんか)が聞(きこ)えて来(き)た。
038三千彦(みちひこ)『神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
039善(ぜん)と悪(あく)とを立別(たてわ)ける
040三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)
041三千彦(みちひこ)司(つかさ)が現(あら)はれて
042三九坊(さんきうばう)に魅(み)せられし
043家令(かれい)の悴(せがれ)ワックスが
044神(かみ)の館(やかた)の重宝(ぢゆうはう)を
045密(ひそ)かに匿(かく)し置(お)き乍(なが)ら
046三千彦(みちひこ)司(つかさ)に看破(かんぱ)され
047吾(わが)身(み)危(あやふ)くなりしより
048正反対(せいはんたい)に如意(によい)宝珠(ほつしゆ)
049匿(かく)せしものは三千彦(みちひこ)と
050宮町(みやまち)一般(いつぱん)触(ふ)れ歩(ある)き
051何(なん)にも知(し)らぬ人々(ひとびと)を
052誑(たばか)りおほせし憎(にく)らしさ
053如何(いか)にワックス奸智(かんち)をば
054振(ふる)ひて一(いち)時(じ)は世(よ)の中(なか)を
055欺(あざむ)き渡(わた)る事(こと)あるも
056天地(てんち)を造(つく)り玉(たま)ひたる
057此(この)世(よ)の主(あるじ)と現(あれ)ませる
058誠(まこと)の神(かみ)は何時(いつ)迄(まで)も
059曲(まが)の猛(たけ)びを許(ゆる)さむや
060吾(われ)は三千彦(みちひこ)神司(かむづかさ)
061岩窟(いはや)の中(なか)に押込(おしこ)まれ
062暫(しば)し思案(しあん)に暮(く)るる折(をり)
063月照彦(つきてるひこ)の大神(おほかみ)の
064遣(つか)はし玉(たま)ふエンゼルが
065現(あら)はれ玉(たま)ひ忽(たちま)ちに
066真鋼(まがね)の鎚(つち)を打揮(うちふる)ひ
067此(この)岩窟(がんくつ)に穴(あな)穿(うが)ち
068容易(たやす)く救(すく)ひ玉(たま)ひけり
069初稚姫(はつわかひめ)の遣(つか)はせし
070神(かみ)の変化(へんげ)のスマートが
071今(いま)や吾(わが)身(み)に附添(つきそ)ひて
072守(まも)らせ給(たま)ふ上(うへ)からは
073仮令(たとへ)ワックス幾万(いくまん)の
074軍(いくさ)を率(ひき)ゐ攻(せ)め来(く)とも
075如何(いか)でか恐(おそ)れむ惟神(かむながら)
076神(かみ)の息吹(いぶき)の言霊(ことたま)に
077一人(ひとり)残(のこ)さず吹(ふ)き散(ち)らし
078愛(あい)と善(ぜん)との聖徳(せいとく)を
079此(この)土(ど)の上(うへ)に輝(かがや)かし
080信(しん)と真(しん)との光明(くわうみやう)を
081天地(てんち)の間(あひだ)に照(て)らしつつ
082これの館(やかた)の禍(わざはひ)を
083払(はら)はにやおかぬ神(かみ)の道(みち)
084アア面白(おもしろ)や面白(おもしろ)や
085神(かみ)の力(ちから)は目(ま)のあたり
086現(あら)はれ来(きた)る神館(かむやかた)
087汝(なんぢ)等(ら)二人(ふたり)の番卒(ばんそつ)よ
088悔(く)い改(あらた)めて吾(わが)前(まへ)に
089来(きた)りて罪(つみ)を謝(しや)すならば
090根底(ねそこ)の国(くに)の苦(くるし)みを
091神(かみ)に祈(いの)りて救(すく)ひやり
092永遠(ゑいゑん)無窮(むきう)の楽(たのし)みを
093味(あぢ)はひ暮(くら)す天国(てんごく)へ
094導(みちび)きやらむ惟神(かむながら)
095神(かみ)に誓(ちか)ひて宣(の)り伝(つた)ふ』
096と歌(うた)ひ乍(なが)ら猛犬(まうけん)を引連(ひきつ)れ悠々(いういう)と岩窟(いはや)の上面(じやうめん)を下(くだ)り来(きた)る。097二人(ふたり)の番卒(ばんそつ)は此(この)姿(すがた)を見(み)るより大地(だいち)に頭(かしら)をすりつけ、098尻(しり)をつつ立(た)てて一言(いちごん)も発(はつ)し得(え)ず、099謝罪(しやざい)の意(い)を表(へう)し乍(なが)ら慄(ふる)うてゐる。100太陽(たいやう)は漸(やうや)く西山(せいざん)に没(ぼつ)し、101四辺(あたり)はおひおひと暗(くら)くなつて来(き)た。102三千彦(みちひこ)は二人(ふたり)に案内(あんない)させ密(ひそ)かに抜(ぬ)け道(みち)より館(やかた)を指(さ)して帰(かへ)り行(ゆ)く。
103 ワックス、104オークス、105ビルマ、106エルの四(よ)人(にん)は体(からだ)を水(みづ)にて洗(あら)ひ、107会議室(くわいぎしつ)に入(はい)つてコソコソと、108昼(ひる)の間(うち)から日(ひ)の暮(く)れるのも知(し)らず野心会(やしんくわい)の打合(うちあは)せをやつて居(ゐ)た。109スマートは室内(しつない)の怪(あや)しき臭(にほひ)に鼻(はな)をぴこつかせ、110小声(こごゑ)で『ウーウー』と唸(うな)り乍(なが)ら、111三千彦(みちひこ)に四(よ)人(にん)の悪者(わるもの)が密談(みつだん)に耽(ふけ)つてゐる事(こと)を知(し)らした。112三千彦(みちひこ)は二人(ふたり)の番卒(ばんそつ)を霊縛(れいばく)したまま裏口(うらぐち)よりソツと小国姫(をくにひめ)の居間(ゐま)に進(すす)み入(い)つた。113小国姫(をくにひめ)は悲痛(ひつう)の涙(なみだ)にくれ、114今後(こんご)如何(いか)になり行(ゆ)くならむと青息(あをいき)吐息(といき)をつきゐたり。
115小国姫(をくにひめ)『如何(いか)にせむ今日(けふ)の悩(なや)みを切(き)り抜(ぬ)けむ
116三千彦(みちひこ)司(つかさ)の偲(しの)ばるるかな。
117三千彦(みちひこ)の道(みち)の司(つかさ)は三五(あななひ)の
118誠(まこと)の神(かみ)の使(つかひ)なるらむ。
119下男(しもをとこ)僕(しもべ)は数多(あまた)あり乍(なが)ら
120心(こころ)汚(きたな)きものばかりなり。
121吾(わが)身(み)のみ愛(あい)する輩(やから)集(あつ)まりて
122主人(あるじ)を思(おも)ふ人(ひと)ぞなきかな。
123泣(な)き干(ほ)して涙(なみだ)の種(たね)もつきにけり
124救(すく)はせ玉(たま)へ三五(あななひ)の神(かみ)。
125如何(いか)ならむ悩(なや)みに会(あ)ふも神館(かむやかた)
126守(まも)らむ為(た)めには吾(わが)身(み)を惜(を)しまじ。
127如意(によい)宝珠(ほつしゆ)貴(うづ)の宝(たから)は帰(かへ)りぬれど
128吾(わが)子宝(こだから)は如何(いか)になりしぞ。
129背(せ)の君(きみ)の病(やまひ)益々(ますます)重(かさ)なりて
130早(はや)縡糸(こといと)の断(き)れむとぞする。
131世(よ)の中(なか)に憂(うき)に悩(なや)める人々(ひとびと)は
132ありとし聞(き)けど吾(われ)に如(し)かめや。
133如何(いか)ならむ昔(むかし)の罪(つみ)の廻(めぐ)り来(き)て
134かかる苦(くる)しき日(ひ)を送(おく)るらむ。
135待(ま)て暫(しば)し神(かみ)の恵(めぐ)みの深(ふか)ければ
136やがて三千彦(みちひこ)帰(かへ)り玉(たま)はむ。
137三五(あななひ)の教司(をしへつかさ)と仕(つか)へます
138誠(まこと)一(ひと)つの君(きみ)は益良夫(ますらを)』
139と悲(かな)しげに述懐(じゆつくわい)を宣(の)べて居(ゐ)る。140そこへ三千彦(みちひこ)は忍(しの)び足(あし)にて帰(かへ)り来(き)たり。
141三千彦『奥様(おくさま)奥様(おくさま)』
142と小声(こごゑ)に呼(よ)ぶ。143小国姫(をくにひめ)は此(この)声(こゑ)を微(かすか)に聞(き)いて夢(ゆめ)かと許(ばか)り打驚(うちおどろ)き乍(なが)ら、144微暗(ほのぐら)き行燈(あんどん)の光(ひかり)に透(す)かして見(み)れば擬(まが)ふ方(かた)なき三千彦(みちひこ)司(つかさ)であつた。
145小国姫(をくにひめ)『ア、146貴方(あなた)は三千彦(みちひこ)様(さま)、147よう、148マア帰(かへ)つて来(き)て下(くだ)さいました。149何処(どこ)へお出(い)でになつて居(を)りましたか』
150三千彦(みちひこ)『ハイ、151これには長(なが)いお話(はなし)が厶(ござ)います。152然(しか)しこれ等(ら)両人(りやうにん)が聞(き)いて居(を)りますれば、153暫(しばら)く霊縛(れいばく)を加(くは)へて置(お)きます』
154と云(い)ひ乍(なが)ら耳(みみ)と口(くち)とに霊縛(れいばく)を加(くは)へ、155次(つぎ)の間(ま)に忍(しの)ばせ置(お)きスマートをして警護(けいご)せしめた。156スマートは二人(ふたり)の番卒(ばんそつ)の一挙(いつきよ)一動(いちどう)にも眼(まなこ)を配(くば)り、157二人(ふたり)が一寸(ちよつと)でも動(うご)かうとすれば目(め)を怒(いか)らし、158噛(か)みつかむとする勢(いきほひ)に恐(おそ)れをなして、159慄(ふる)ひ慄(ふる)ひ次(つぎ)の間(ま)に控(ひか)へて居(ゐ)た。
160三千彦(みちひこ)『サアもう、161これで大丈夫(だいぢやうぶ)、162然(しか)し乍(なが)ら旦那(だんな)様(さま)は如何(いかが)で厶(ござ)いますか』
163小国姫(をくにひめ)『ハイ、164お蔭様(かげさま)で、165まだ続(つづ)いて居(を)ります。166一(いち)時(じ)も早(はや)く娘(むすめ)に会(あ)うて死(し)にたいと申(まを)して居(を)りますが、167まだ娘(むすめ)の行衛(ゆくゑ)は分(わか)りませぬので、168今(いま)も今(いま)とて貴方(あなた)の事(こと)を思(おも)ひ出(だ)し、169泣(な)いて居(を)つた処(ところ)で厶(ござ)います』
170三千彦(みちひこ)『どうしてもお嬢(ぢやう)さま二人(ふたり)とも、171修験者(しうげんじや)に送(おく)られ、172已(すで)に此館(ここ)へお帰(かへ)りになつて居(を)らねばならぬ筈(はず)で厶(ござ)います。173之(これ)には何(なに)か悪人輩(あくにんばら)の企(たく)みがあるので厶(ござ)いませう。174今(いま)あの会議室(くわいぎしつ)でワックス以下(いか)四(よ)人(にん)の連中(れんちう)が密々(ひそびそ)と相談(さうだん)を致(いた)して居(を)りますれば、175私(わたし)が此館(ここ)へ帰(かへ)つた事(こと)を覚(さと)れば彼(かれ)等(ら)は如何(いか)なる事(こと)を致(いた)すか分(わか)りませぬ。176何卒(どうぞ)誰(たれ)も来(く)る事(こと)の出来(でき)ない居間(ゐま)へ案内(あんない)して頂(いただ)き度(た)いもので厶(ござ)います。177そこでトツクリとお話(はなし)を申上(まをしあ)げませう』
178小国姫(をくにひめ)『チツト窮屈(きうくつ)で厶(ござ)いますが吾(わが)夫(をつと)の病室(びやうしつ)の上(うへ)に暗(くら)い居間(ゐま)が厶(ござ)います。179そこは誰(たれ)も上(あが)る事(こと)は出来(でき)ませぬから、180そこへお越(こ)しを願(ねが)うて、181何(なに)かの事(こと)を承(うけたま)はり度(た)う厶(ござ)います』
182三千彦(みちひこ)『それは好都合(かうつがふ)です。183サア早(はや)く参(まゐ)りませう。184何時(なんどき)悪者(わるもの)がやつて来(く)るか知(し)れませぬから』
185と云(い)ひ乍(なが)ら小国姫(をくにひめ)に導(みちび)かれて二階(にかい)の暗(くら)き一間(ひとま)に微(かすか)な火(ひ)を点(てん)じ、186身(み)を隠(かく)し密々話(ひそびそばなし)に耽(ふけ)つた。
187三千彦(みちひこ)『実(じつ)の所(ところ)は二人(ふたり)のお嬢様(ぢやうさま)は私(わたし)の察(さつ)する所(ところ)、188テルモン山(ざん)の岩窟(いはや)に隠(かく)して居(を)るやうに考(かんが)へます。189ワックスと云(い)ふ奴(やつ)、190デビス姫(ひめ)様(さま)に恋着(れんちやく)し、191肱鉄砲(ひぢてつぱう)を喰(く)はされたのを、192性懲(しやうこ)りもなく、193飽迄(あくまで)恋(こひ)の欲望(よくばう)を遂(と)げむとし、194如意(によい)宝珠(ほつしゆ)を隠(かく)してお館(やかた)を困(こま)らせた上(うへ)、195往生(わうじやう)づくめで押掛(おしか)け婿(むこ)にならうと企(たく)んで居(ゐ)た所(ところ)へ、196拙者(せつしや)が参(まゐ)つたものですから陰謀(いんぼう)露顕(ろけん)を恐(おそ)れ、197反対(はんたい)に拙者(せつしや)を魔法使(まはふつかひ)と触(ふ)れ廻(まは)り、198如意(によい)宝珠(ほつしゆ)を隠(かく)したのも拙者(せつしや)だと主張(しゆちやう)致(いた)し何(なに)も知(し)らぬ町民(ちやうみん)は彼(かれ)が言葉(ことば)を真(ま)に受(う)け、199又(また)修験者(しゆげんじや)が送(おく)つて来(き)た御(ご)両人(りやうにん)様(さま)を化物(ばけもの)だと吹聴(ふいちやう)し、200岩窟(いはや)に匿(かく)しおき、201往生(わうじやう)づくめに姫(ひめ)様(さま)に得心(とくしん)させた上(うへ)、202御(ご)主人(しゆじん)の御(ご)死去後(しきよご)正々(せいせい)堂々(だうだう)と乗(の)り込(こ)まうと云(い)ふ悪(わる)い企(たく)みで厶(ござ)いませう。203併(しか)し乍(なが)らお嬢様(ぢやうさま)は確(しつか)りした女丈夫(ぢよぢやうぶ)ですから、204決(けつ)して彼(かれ)が毒手(どくしゆ)におかかり遊(あそ)ばす案(あん)じは要(い)りませぬ。205又(また)決(けつ)して彼(かれ)等(ら)に身(み)を任(まか)せ、206操(みさを)を破(やぶ)らるる事(こと)はありませぬから御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ。207併(しか)し乍(なが)ら今(いま)直(すぐ)に如何(どう)すると云(い)ふ事(こと)も出来(でき)ませぬ。208町内(ちやうない)の人(ひと)の心(こころ)が鎮(しづ)まつた上(うへ)、209徐(おもむろ)にワックスの陰謀(いんぼう)が現(あら)はれた処(ところ)へ拙者(せつしや)が首(くび)を出(だ)し、210姫(ひめ)様(さま)をお助(たす)けする事(こと)に致(いた)しませう。211ここ二三(にさん)日(にち)は落着(おちつ)いて居(を)らねばなりませぬ。212又(また)御(ご)主人(しゆじん)の御(ご)病気(びやうき)に、213さしひきがあつても此(この)四五(しご)日(にち)は何(なん)ともありませぬから御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
214小国姫(をくにひめ)『それを承(うけたま)はりまして一寸(ちよつと)安心(あんしん)致(いた)しました。215娘(むすめ)は無事(ぶじ)で居(を)りませうかな。216主人(しゆじん)が聞(き)きましたら何程(なにほど)喜(よろこ)ぶ事(こと)でせう。217これを冥土(めいど)の土産(みやげ)として潔(いさぎよ)く帰幽(きいう)する事(こと)で厶(ござ)いませう。218アア惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。219然(しか)しワックスと云(い)ふ奴(やつ)は親(おや)にも似(に)ぬ悪党(あくたう)で厶(ござ)いますな。220さうしてマンの悪(わる)い時(とき)には悪(わる)い事(こと)が重(かさ)なるもので、221家令(かれい)のオールスチンは大怪我(おほけが)を致(いた)し吾(わが)主人(しゆじん)よりも先(さき)に死(し)ぬかも知(し)れぬ様(やう)な重態(ぢゆうたい)で厶(ござ)います。222あれを助(たす)けてやる訳(わけ)には行(ゆ)きますまいかな』
223三千彦(みちひこ)『とても助(たす)かりますまい。224肋骨(ろつこつ)を二本(にほん)迄(まで)折(を)つて居(ゐ)ますから』
225小国姫(をくにひめ)『さても困(こま)つた事(こと)で厶(ござ)います。226これも何(なに)かの因縁(いんねん)で厶(ござ)いませう。227あまり悴(せがれ)が悪党(あくたう)を致(いた)しますので子(こ)の罪(つみ)が親(おや)に酬(むく)うたのでは厶(ござ)いますまいか』
228三千彦(みちひこ)『決(けつ)して決(けつ)して、229子(こ)の罪(つみ)が親(おや)に酬(むく)ふ等(など)といふ道理(だうり)が厶(ござ)いませぬ。230神(かみ)様(さま)は公平(こうへい)無私(むし)にゐらつしやいますから決(けつ)して人(ひと)を罰(きた)め、231苦(くるし)める様(やう)な事(こと)をなさる筈(はず)が厶(ござ)いませぬ。232况(ま)して罪(つみ)なき本人(ほんにん)に子(こ)の罪(つみ)迄(まで)おきせ遊(あそ)ばす不合理(ふがふり)な事(こと)がありませうか。233只(ただ)此(この)上(うへ)はオールスチン様(さま)の冥福(めいふく)を祈(いの)つてやるより外(ほか)に道(みち)はありますまい。234そして一(いち)時(じ)も早(はや)く国替(くにがへ)をなさつて病気(びやうき)のお苦(くるし)みをお助(たす)かり遊(あそ)ばす様(やう)、235祈(いの)るより外(ほか)に道(みち)は厶(ござ)いませぬ』
236 斯(か)く密々話(ひそびそばなし)をして居(を)る処(ところ)へ、237ワックス、238オークス、239ビルマ、240エルの四(よ)人(にん)は酒(さけ)を矢鱈(やたら)にあふり乍(なが)ら、241ドヤドヤと病室(びやうしつ)に入(い)り来(きた)り、
242ワックス『これはこれは、243小国別(をくにわけ)の御(ご)主人(しゆじん)様(さま)、244御(ご)病気(びやうき)は如何(いかが)で厶(ござ)います。245お訪(たづ)ね致(いた)さねば済(す)まないのですが、246何分(なにぶん)私(わたし)の父(ちち)が大怪我(おほけが)を致(いた)しましたので、247一人(ひとり)よりない親(おや)、248見逃(みのが)す訳(わけ)にもゆかず、249夜(よ)の目(め)も寝(ね)ず、250孝行(かうかう)第一(だいいち)に看病(かんびやう)致(いた)して居(を)りました。251だと申(まを)して大切(たいせつ)な御(ご)主人(しゆじん)様(さま)お訪(たづ)ね致(いた)さぬも不忠(ふちう)の至(いた)りと、252気(き)が気(き)でならず、253宅(うち)に居(を)つても心(こころ)は御(ご)主人(しゆじん)様(さま)の身(み)の上(うへ)に通(かよ)つて居(を)ります。254アア忠(ちう)ならむと欲(ほつ)すれば孝(かう)ならず、255孝(かう)ならむと欲(ほつ)すれば忠(ちう)ならず、256どうも世(よ)の中(なか)は思(おも)ふやうには行(ゆ)きませぬ。257どつちや……いえ、258どつち道(みち)、259私(わたし)の爺(おやぢ)は肋骨(ろつこつ)を折(を)られて居(ゐ)ますから、260死(し)なねばならぬ運命(うんめい)で厶(ござ)います。261それで早(はや)く死(し)んで呉(く)れますれば、262御(ご)主人(しゆじん)様(さま)のお世話(せわ)が出来(でき)ます事(こと)と、263心(こころ)は焦(あせ)りますれど、264病気(びやうき)計(ばか)りは人間(にんげん)がどうする事(こと)も出来(でき)ませぬので、265ツヒ失礼(しつれい)を致(いた)して居(を)りました。266何卒(どうぞ)御(ご)無礼(ぶれい)の罪(つみ)お赦(ゆる)し下(くだ)さいませ。267モシ御(ご)主人(しゆじん)様(さま)、268家令(かれい)の父(ちち)が亡(な)くなりましても此(この)ワックスがビチビチして後(あと)に控(ひか)へて居(を)りますれば、269決(けつ)して御(ご)心配(しんぱい)下(くだ)さいますな。270そしてデビス姫(ひめ)様(さま)とケリナ姫(ひめ)様(さま)とは間近(まぢか)い内(うち)にお帰(かへ)りになりませうから、271及(およ)ばず乍(なが)ら私(わたし)がお世話(せわ)をさして頂(いただ)きます。272これも御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ。273予(あらかじ)めワックスに娘(むすめ)二人(ふたり)を宜(よろ)しく頼(たの)むと只(ただ)一言(ひとこと)仰有(おつしや)つて下(くだ)さいますれば、274獅子(しし)奮迅(ふんじん)の活動(くわつどう)を致(いた)し、275姫(ひめ)様(さま)を御(お)目(め)にかけるで厶(ござ)いませう。276ここに貴方(あなた)の遺言状(ゆゐごんじやう)を代書(だいしよ)して来(き)ましたから、277一寸(ちよつと)拇印(ぼいん)を捺(お)して下(くだ)さいますまいか。278何(なに)もワックス一人(ひとり)の為(ため)では厶(ござ)いませぬ。279お館(やかた)、280町内(ちやうない)一同(いちどう)の為(ため)は申(まを)す迄(まで)もなく、281テルモン国(ごく)一国(いつこく)の為(ため)で厶(ござ)いますから』
282 小国別(をくにわけ)はソファーの上(うへ)にヤツと起(お)き上(あが)り凹(くぼ)んだ目(め)をクワツと瞠(みひら)き、283力(ちから)なき声(こゑ)にて、
284小国別『お前(まへ)はワックスだつたか、285何(なん)とか云(い)つてる様(やう)だが病気(びやうき)のせいか、286耳(みみ)がワンワンして何(なに)も聞(きこ)えない。287女房(にようばう)が其処辺(そこら)に居(を)るだらうから話(はなし)があるならトツクリと女房(にようばう)として呉(く)れ。288私(わし)はもう体(からだ)が弱(よわ)つて耳(みみ)さえ聞(きこ)えなくなつたから』
289と故意(わざ)と小国別(をくにわけ)は煩(うるさ)さを排除(はいじよ)せむと耳(みみ)に事寄(ことよ)せて取(と)り合(あ)はぬ。
290ワックス『モシ、291御(ご)主人(しゆじん)様(さま)、292チト確(しつか)りして下(くだ)さいませ。293此(この)館(やかた)には三千彦(みちひこ)と云(い)ふ魔法使(まはふつかひ)が来(き)ましてから怪事(くわいじ)百出(ひやくしゆつ)、294貴方(あなた)の御(ご)病気(びやうき)も彼奴(きやつ)の魔法(まはふ)の為(ため)で厶(ござ)いますよ。295その三千彦(みちひこ)をテルモン山(ざん)の牢獄(らうごく)へ押込(おしこ)め、296お館(やかた)の禍(わざはひ)を除(のぞ)いたのは此(この)ワックスで厶(ござ)いますから、297御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
298小国別(をくにわけ)『何(なに)、299あの三千彦(みちひこ)様(さま)を岩窟(いはや)へ打(う)ち込(こ)んだとは、300そりや大変(たいへん)な事(こと)をして呉(く)れた。301あのお方(かた)は生神(いきがみ)様(さま)だ。302左様(さやう)な事(こと)を致(いた)したらお前(まへ)等(たち)に神罰(しんばつ)が当(あた)るぞ。303早(はや)くお助(たす)け申(まを)して吾(わが)前(まへ)に送(おく)つて参(まゐ)れ。304怪(け)しからぬ事(こと)を致(いた)すでないか』
305と怒気(どき)を帯(お)びて力(ちから)無(な)き声(こゑ)に呶鳴(どな)りつけた。
306ワックス『ハハハハハ、307貴方(あなた)の聾(つんぼ)は嘘(うそ)で厶(ござ)いましたか。308何(なん)と都合(つがふ)の好(よ)い耳(みみ)で厶(ござ)いますな。309御(ご)主人(しゆじん)様(さま)、310よく考(かんが)へて御覧(ごらん)なさいませ。311今日(けふ)か明日(あす)か知(し)れぬ身(み)を以(もつ)て、312さう頑張(ぐわんば)るものぢやありませぬ。313此(この)お館(やかた)は此(この)ワックスが居(を)らねば駄目(だめ)で厶(ござ)います。314バラモン教(けう)の聖場(せいぢやう)へ三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)を引張(ひつぱり)込(こ)む等(など)とは重大(ぢゆうだい)なる罪(つみ)で厶(ござ)いませう。315こんな事(こと)が大黒主(おほくろぬし)の耳(みみ)に這入(はい)つたら如何(どう)致(いた)します。316お道(みち)の為(ため)には此(この)ワックスは御(ご)主人(しゆじん)様(さま)でも、317何(なん)でも厶(ござ)いませぬ』
318と呶鳴(どな)り立(た)てた。
319 小国姫(をくにひめ)、320三千彦(みちひこ)は頭(あたま)の上(うへ)の二階(にかい)にワックスの声(こゑ)を聞(き)いて居(ゐ)たが下(お)りる訳(わけ)にもゆかず、321……マンの悪(わる)い処(ところ)へ悪(わる)い奴(やつ)が出(で)て来(き)たものだ……と顔(かほ)を顰(しか)め、322一(いち)時(じ)も早(はや)く帰(かへ)りますやうにと、323一生(いつしやう)懸命(けんめい)に三千彦(みちひこ)は大神(おほかみ)に祈願(きぐわん)を凝(こ)らして居(ゐ)た。
324 ワックスは益々(ますます)大(おほ)きな声(こゑ)で主人(しゆじん)より拇印(ぼいん)をとらむと迫(せま)つて居(ゐ)る。325看護婦(かんごふ)のセールは見(み)るに見(み)かねて、
326セール『もし、327ワックス様(さま)、328旦那(だんな)様(さま)は御(ご)大病(たいびやう)のお身(み)の上(うへ)、329お体(からだ)に障(さは)りますから何卒(どうぞ)お控(ひか)へ下(くだ)さいませ。330奥様(おくさま)がお帰(かへ)りになつた上(うへ)、331とつくりと御(ご)相談(さうだん)遊(あそ)ばしたが宜(よろ)しからう』
332ワックス『エー、333看護婦(かんごふ)の分際(ぶんざい)として、334家令(かれい)の悴(せがれ)ワックスに向(むか)ひ、335無礼(ぶれい)の申(まを)し様(やう)、336すつ込(こ)んで居(を)れ。337汝(きさま)等(ら)如(ごと)き卑女(はしため)の容喙(ようかい)する処(ところ)でない。338モシ御(ご)主人(しゆじん)様(さま)、339是非(ぜひ)ともこれに拇印(ぼいん)を願(ねが)ひます』
340とつきつける。341小国別(をくにわけ)は止(や)むを得(え)ず、
342小国別『アア私(わし)は目(め)も眩(くら)み、343耳(みみ)も遠(とほ)くなつて何(なん)にも分(わか)らないが、344どんな事(こと)が書(か)いてあるのか大(おほ)きな声(こゑ)で読(よ)んで呉(く)れ。345そしてワックスが読(よ)んだのでは当(あて)にならぬ。346セール、347私(わし)に代(かは)つて、348その遺言状(ゆゐごんじやう)を読(よ)んで呉(く)れ』
349セール『ハイ、350承知(しようち)致(いた)しました。351ワックス様(さま)、352サア此方(こつち)へお渡(わた)し下(くだ)さい。353妾(わたし)が旦那(だんな)様(さま)の代(かは)りに読(よ)まして貰(もら)ひますから』
354ワックス『モシ、355御(ご)主人(しゆじん)様(さま)、356読(よ)んだ以上(いじやう)は拇印(ぼいん)を捺(お)して下(くだ)さいますか。357捺(お)して貰(もら)はなくては読(よ)んで貰(もら)つても何(なん)にもなりませぬからな。358それから前(さき)に定(き)めて置(お)かねば読(よ)む訳(わけ)には行(ゆ)きませぬ』
359小国別(をくにわけ)『読(よ)んだ上(うへ)で拇印(ぼいん)を捺(お)してやらう』
360ワックス『イヤ有難(ありがた)い。361おい、362セール、363そこは……それ……腹(はら)で読(よ)むのだ。364妙(めう)な読(よ)みやうを致(いた)すと家令(かれい)の悴(せがれ)ワックスが承知(しようち)致(いた)さぬぞ』
365と睨(にら)みつける。366セールは委細(ゐさい)頓着(とんちやく)なく病人(びやうにん)の耳許(みみもと)に口(くち)を寄(よ)せて声(こゑ)高(たか)らかに読(よ)み初(はじ)めた。
 
367   遺言状(ゆゐごんじやう)の事(こと)
 
368一、369吾(わ)れ帰幽(きいう)せし後(のち)はテルモン山(ざん)の館(やかた)の事務(じむ)一切(いつさい)を家令(かれい)の悴(せがれ)ワックスに一任(いちにん)すること。
370一、371小国姫(をくにひめ)は別(べつ)に館(やかた)を建(た)て、372比丘尼(びくに)として一生(いつしやう)を安楽(あんらく)に送(おく)らすこと。
373一、374デビス姫(ひめ)、375ケリナ姫(ひめ)はワックスに一切(いつさい)身(み)を任(まか)すこと。
376一、377ワックスを当館(たうやかた)の養子(やうし)となし、378デビス姫(ひめ)を女房(にようばう)とすること。
379一、380ケリナ姫(ひめ)はワックスの意志(いし)により第二(だいに)夫人(ふじん)となすもよし、381都合(つがふ)によれば他家(たけ)へ縁(えん)づかすもワックスの自由(じいう)たるべきこと。
382 右(みぎ)の遺言状(ゆゐごんじやう)は小国別(をくにわけ)重病(ぢゆうびやう)のため筆写(ひつしや)する事(こと)能(あた)はざるを以(もつ)て、383ワックスに代筆(だいひつ)せしめ後日(ごじつ)のため拇印(ぼいん)押捺(あふなつ)するもの也(なり)。
384   年月日(ねんぐわつぴ)   小国別(をくにわけ)神司(かむづかさ)
 
385セール『ホホホホホ何(なん)とマア虫(むし)のよい遺言状(ゆゐごんじやう)で厶(ござ)いますこと、386モシ、387旦那(だんな)様(さま)、388こんな事(こと)御(ご)承知(しようち)遊(あそ)ばしますか』
389小国別(をくにわけ)『以(もつ)ての外(ほか)の事(こと)だ。390左様(さやう)な遺言状(ゆゐごんじやう)には拇印(ぼいん)は決(けつ)して捺(お)さない。391引裂(ひきさ)いて了(しま)へ』
392と怒(いか)りの声(こゑ)諸共(もろとも)にワックスを睨(ね)めつけた。393ワックスは手早(てばや)くセールの手(て)より遺言状(ゆゐごんじやう)を奪(うば)ひ取(と)り、394主人(しゆじん)の指(ゆび)に印肉(いんにく)をつけ、395無理(むり)に捺(お)させ様(やう)とした。396老衰(らうすゐ)の小国別(をくにわけ)は抵抗(ていかう)する力(ちから)もなく進退(しんたい)維(これ)谷(きは)まつた処(ところ)へ、397宙(ちう)を飛(と)んで馳来(はせきた)る一頭(いつとう)の猛犬(まうけん)、398ウーウーウー、399ワツワツと叫(さけ)び乍(なが)らワックスに跳(と)びかかり腰(こし)の帯(おび)をグツと銜(くは)へて、400猫(ねこ)が鼠(ねづみ)を銜(くは)へた様(やう)な調子(てうし)で館(やかた)の外(そと)へ運(はこ)び行(ゆ)く。401オークス、402ビルマ、403エルの三(さん)人(にん)は顔色(かほいろ)をサツと変(か)へ、404スゴスゴと受付(うけつけ)の間(ま)に走(はし)り込(こ)み、405青(あを)い顔(かほ)して慄(ふる)うて居(ゐ)る。406小国姫(をくにひめ)はヤツと胸(むね)撫(な)で下(おろ)し四辺(あたり)を窺(うかが)ひ乍(なが)ら病床(びやうしやう)に下(くだ)つて来(き)た。
407(大正一二・三・二四 旧二・八 於伯耆皆生温泉浜屋 北村隆光録)
このページに誤字・脱字や表示乱れなどを見つけたら教えて下さい。
返信が必要な場合はメールでお送り下さい。【メールアドレス】
合言葉「みろく」を入力して下さい→