霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一四章 人畜(にんちく)〔一四六四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第57巻 真善美愛 申の巻 篇:第2篇 顕幽両通 よみ(新仮名遣い):けんゆうりょうつう
章:第14章 人畜 よみ(新仮名遣い):にんちく 通し章番号:1464
口述日:1923(大正12)年03月25日(旧02月9日) 口述場所:皆生温泉 浜屋 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年5月24日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
テルモン山麓の楠の岩窟には、姉のデビス姫を悪孤の化け物として押し込めてあった。ワックスは夜ひそかに燈火を点じて訪れた。デビス姫は窟内に端座して述懐を歌っている。
ワックスは述懐の歌にデビス姫がどれだけ自分を恨んでいるかを知った。そこで悪事をすべてエキスとヘルマンに押し付けて、自分はさもデビス姫を助けに来た風を装って話しかけた。デビス姫はワックスと知ると聞く耳持たず、厳しく罵った。
ワックスは嘘の説明が通用しないと見てとると、あからさまに姫を脅してものにしようと本性を現してきた。デビス姫は怒って、岩片をワックスめがけて投げつけた。
ワックスは怒り、デビス姫を竹槍で突き殺そうとした。あわやというときに猛犬スマートが駆け来たり、ワックスの利き腕にかじりつき、ワックスはその場に倒れてしまった。スマートはうなりながら姿を隠した。
しばらくしてワックスは気が付き、腕の血をぬぐってあたりの草で応急処置をすると、ほうほうの態で館に帰って行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :rm5714
愛善世界社版:182頁 八幡書店版:第10輯 327頁 修補版: 校定版:190頁 普及版:90頁 初版: ページ備考:
001 テルモン(ざん)山麓(さんろく)(くす)岩窟(いはや)には、002神館(かむやかた)姉娘(あねむすめ)デビス(ひめ)悪狐(あくこ)化物(ばけもの)として押込(おしこ)めてあつた。003宮町(みやまち)一般(いつぱん)老若(らうにやく)男女(なんによ)八九分(はちくぶ)(どほ)りまで(まこと)(ひめ)とは()らず、004(いづ)れも妖怪(えうくわい)変化(へんげ)とのみ(しん)じ、005(おそ)れて(ちか)づく(もの)()かつた。006ワックスは(よる)(ひそ)かに燈火(あかり)(てん)じ、007親切(しんせつ)らしく窟内(くつない)(ひめ)()うた。008(ひめ)(くら)がりの窟内(くつない)端坐(たんざ)し、009述懐(じゆつくわい)(うた)つて()る。
010デビス(ひめ)()常暗(とこやみ)となり()てて
011月日(つきひ)(かげ)(うす)らぎつ
012悪魔(あくま)四方(よも)横行(わうかう)
013(ぜん)(そこな)(あく)(たす)
014所在(あらゆる)手段(しゆだん)(めぐ)らして
015テルモン(ざん)神館(かむやかた)
016(ねら)()るこそ(うた)てけれ
017家令(かれい)(せがれ)ワックスは
018(おもて)(ぜん)標榜(へうぼう)
019(あま)言葉(ことば)(なら)べつつ
020(しり)(けん)()蜜蜂(みつばち)
021(そら)(おそ)ろしき悪漢(しれもの)
022(わらは)日頃(ひごろ)()(した)
023目尻(めじり)()げて()(きた)
024そのスタイルの(いや)らしさ
025(わらは)はもとより(をんな)()
026(いづ)れは(をつと)()()なれど
027せめて(をとこ)らしき益良夫(ますらを)
028(わが)()(きみ)(あが)めつつ
029(ちち)(いへ)をば()(まも)
030(はは)(こころ)(なぐさ)めて
031(かみ)(おん)(ため)()(ため)
032(まこと)(ひと)つを立通(たてとほ)
033(この)()(かがみ)(うた)はれて
034(めぐ)みの(つゆ)民草(たみぐさ)
035(うへ)(ひた)しつ(かみ)()
036(うま)()でたる(つと)めをば
037(つく)さむものと朝夕(あさゆふ)
038(かみ)御前(みまへ)(いの)りしが
039如何(いか)なる悪魔(あくま)のさやりしか
040大黒主(おほくろぬし)(ひら)きたる
041(うづ)聖地(せいち)何日(いつ)しかに
042魔神(まがみ)棲処(すみか)となり()てて
043(わが)()(ため)(ちから)をば
044(つく)して(つか)(まつ)るべき
045家令(かれい)(せがれ)ワックスは
046(こひ)(とりこ)()()てて
047日毎(ひごと)夜毎(よごと)悪企(わるだく)
048大黒主(おほくろぬし)(のこ)されし
049如意(によい)宝珠(ほつしゆ)(ぬす)()
050(わらは)(いへ)(あだ)をなし
051(ちち)(はは)とを(くる)しめて
052往生(わうじやう)づくめに(わらは)をば
053(つま)となさむと(たく)らみつ
054振舞(ふるま)ひたるぞ(にく)らしき
055(ちち)(こころ)(くる)しめて
056(おも)(やまひ)()(たま)
057(いのち)(ほど)(はか)られぬ
058(おん)()とこそはなり(たま)
059悲嘆(ひたん)(なみだ)神館(かむやかた)
060(とき)じく()りて()()なく
061(くる)しみ(もだ)ゆる親娘(おやこ)(こころ)
062(あは)れみ(たま)物凄(ものすご)
063深山(みやま)(おく)(ただ)一人(ひとり)
064()()(かよ)ひて水垢離(みづごうり)
065三七(さんしち)(にち)(その)揚句(あげく)
066さも(おそ)ろしき盗人(ぬすびと)
067途中(とちう)出会(であ)(たま)()
068(いのち)()えむとする(とき)
069三五教(あななひけう)神司(かむづかさ)
070求道(きうだう)居士(こじ)(いもうと)
071ケリナを(ともな)(きた)りまし
072(わらは)(いのち)(すく)ひつつ
073仁慈(じんじ)無限(むげん)(こころ)もて
074ベルとヘルとの二人(ふたり)まで
075(すく)はせ(たま)ひし健気(けなげ)さよ
076(わらは)居士(こじ)(したが)ひて
077(つゆ)おく野路(のぢ)をスタスタと
078パインの(もり)立向(たちむか)
079少時(しばし)(やす)らふ()りもあれ
080(かね)太鼓(たいこ)でドンチヤンと
081旗指物(はたさしもの)押立(おした)てて
082(すす)(きた)りしワックスが
083数多(あまた)町人(ちやうにん)使嗾(しそう)して
084(わらは)(きつね)化身(けしん)ぞと
085()ひくるめつつ手足(てあし)をば
086(かた)(しば)つて岩窟(がんくつ)
087()()みたるぞ(おそ)ろしき
088如意(によい)宝珠(ほつしゆ)(いま)何処(いづこ)
089(ちち)(いのち)(いま)もまだ
090つづかせ(たま)ふか(かりがね)
091便(たよ)りもがなと(おも)へども
092(たづ)ねむ(よし)もなく(ばか)
093求道(きうだう)居士(こじ)(いもうと)
094()(うへ)如何(いか)になりしかと
095(おも)へば(むね)()()くる
096(この)(くるし)みを如何(いか)にして
097()やさむ(すべ)もなき(たふ)
098(した)()()つて()なむかと
099(おも)ひしことも幾度(いくたび)
100さはさり(なが)()てしばし
101(とし)()(たま)ひし父母(ちちはは)
102(この)()()ますその(かぎ)
103短気(たんき)(おこ)()()せなば
104不孝(ふかう)(つみ)(かさ)なりて
105未来(みらい)(ほど)(おそ)ろしと
106(また)とり(なほ)(こころ)(ゆみ)
107矢竹心(やたけごころ)何処(どこ)までも
108(とほ)さにやおかぬ(わが)(おも)
109三五教(あななひけう)(まも)ります
110国治立(くにはるたち)大御神(おほみかみ)
111豊国主(とよくにぬし)大御神(おほみかみ)
112果敢(はか)なき(われ)()()(うへ)
113(まも)らせ(たま)惟神(かむながら)
114御前(みまへ)(つつし)()(まつ)
115朝日(あさひ)()るとも(くも)るとも
116(つき)()つとも()くるとも
117仮令(たとへ)大地(だいち)(しづ)むとも
118(まこと)(ひと)つの三五(あななひ)
119(かみ)(をしへ)()(すく)
120(すく)ひの(かみ)(たの)めよと
121()らせ(たま)ひし()(きみ)
122言葉(ことば)(いま)(わす)られず
123いと(なつか)しき求道(きうだう)居士(こじ)
124(まめ)()ませや(いもうと)
125それにつけてもヘル(つかさ)
126一日(ひとひ)(はや)大神(おほかみ)
127(めぐ)みの(つゆ)()()びて
128岩窟(いはや)(なか)(くる)しみを
129(のが)()でませ惟神(かむながら)
130(かみ)かけ(いの)(たてまつ)
131三千(さんぜん)世界(せかい)(うめ)(はな)
132一度(いちど)(ひら)(ためし)もあるに
133(うめ)(さくら)(たと)ふべき
134(わが)姉妹(おとどひ)如何(いか)にして
135(つぼみ)(はな)(ひら)かざる
136(はや)岩戸(いはと)何人(なにびと)
137(なさけ)(ふか)武士(もののふ)
138(たづ)(きた)りて(ひら)きませ
139(こころ)(そら)日月(じつげつ)
140伊照(いて)(わた)れど現身(うつそみ)
141(まま)ならぬ()如何(いか)にせむ
142(はがね)(かべ)(へだ)てられ
143(くも)()てたる現世(うつしよ)
144(ひかり)さへ()浅間(あさま)しさ
145(この)()(つく)りし神直日(かむなほひ)
146(こころ)(ひろ)大直日(おほなほひ)
147(ただ)何事(なにごと)(ひと)()
148直日(なほひ)見直(みなほ)聞直(ききなほ)
149()(わざはひ)()(なほ)
150(すく)はせ(たま)大神(おほかみ)
151御袖(みそで)(すが)(たてまつ)
152(わらは)生命(いのち)(をし)まねど
153(ちち)(はは)との()()(うへ)
154如意(によい)宝珠(ほつしゆ)(たから)をば
155(すく)はせ(たま)大御神(おほみかみ)
156(こころ)(みだ)()(くる)
157前後(ぜんご)()らぬ乙女子(をとめご)
158(あと)(さき)なる口説(くど)(ごと)
159(ゆる)させ(たま)素盞嗚(すさのを)
160(みづ)御霊(みたま)(おん)(まへ)
161(つつし)(ゐやま)()(まつ)
162アア惟神(かむながら)々々(かむながら)
163御霊(みたま)(さち)はひましませよ』
164 ワックスは(てつ)門扉(もんぴ)(へだ)てて(この)(うた)をスツカリ()いて(しま)ひ、165双手(もろて)()んで吐息(といき)をつき(なが)独言(ひとりごと)
166ワックス『アア(いま)(うた)様子(やうす)ではデビス(ひめ)余程(よほど)(おれ)(うら)めてゐる(やう)だ。167こりや一通(ひととほ)りでは(なび)くまい。168(なん)とかうまく言葉(ことば)(まう)けて(ひめ)歓心(くわんしん)()ひ、169ワックスに(うらみ)がないものだと(おも)はしめねばならぬ。170ハテ(こま)つた(こと)だな。171……ウン、172ヨシヨシ此奴(こいつ)あエキスに、173にじりつけてやらう。174さうすりや、175屹度(きつと)デビス(ひめ)(うたがひ)()らし自分(じぶん)信用(しんよう)するに(ちが)ひない。176万一(まんいち)三千彦(みちひこ)(やつ)177こんな(ところ)(かく)してある(こと)(さぐ)り、178(すく)()さうものなら、179それこそ大変(たいへん)だ。180(なん)でも今晩(こんばん)(うち)に、181(うま)くやつつけねば六菖(ろくしやう)十菊(じつきく)(くい)(のこ)さねばなるまい。182だと()つて(にはか)()知恵(ちゑ)()ない、183(こま)つたものだ』
184独語(ひとりご)ちつつ半時(はんとき)ばかり(かんが)へて()た。185ワックスは(なに)()思案(しあん)(うか)んだと()え、186(いや)らしい(ゑみ)()かべ(なが)ら、187(つき)西山(せいざん)(かく)れたのを(さいは)ひ、188入口(いりぐち)(すす)()つて、
189『ヤアヤア、190これなる岩窟(がんくつ)押込(おしこ)められ(たま)(おん)(かた)如何(いか)なる御仁(ごじん)(ござ)るか。191道聴(だうちやう)途説(とせつ)によれば三五教(あななひけう)悪狐(あくこ)高倉(たかくら)稲荷(いなり)化身(けしん)との(こと)192拙者(せつしや)大悪人(だいあくにん)のエキスに(あやま)られ大切(たいせつ)なる姫君(ひめぎみ)(さま)高倉(たかくら)稲荷(いなり)()()らひ、193その()姿(すがた)(うま)()()るものと(しん)じ、194(ひめ)(さま)(かたき)()たむものと、195(おそ)(おほ)くも(この)岩窟内(がんくつない)()()めたり。196これ(まつた)くワックスの(こころ)より()でしものに(あら)ず、197(しか)(なが)(ひめ)(さま)(あだ)(むく)はむとの真心(まごころ)()(たて)(たま)らず無慚(むざん)にも白狐(びやくこ)化身(けしん)(おも)(あやま)押込(おしこ)(まゐ)らせたり。198昨晩(さくばん)のバラモン大神(おほかみ)(ゆめ)のお()げに、199(この)岩窟(がんくつ)(はい)られ(たま)(ひめ)(さま)(まこと)のお(ひめ)(さま)との(こと)200直様(すぐさま)(まか)()で、201(たす)(まを)さむと(こころ)矢竹(やたけ)(はや)れども、202悪人(あくにん)エキス、203ヘルマン、204(わが)身辺(しんぺん)看守(みまも)()れば、205無念(むねん)(なが)夜陰(やいん)()ち、206只今(ただいま)(むか)への(ため)参上(さんじやう)(つかまつ)つたり。207姫君(ひめぎみ)(さま)208如意(によい)宝珠(ほつしゆ)のお(たま)もエキス、209ヘルマンの両人(りやうにん)(ぬす)()たりしを(この)ワックス慧眼(けいがん)(もつ)看破(かんぱ)し、210(ただ)ちに小国別(をくにわけ)(さま)返附(へんぷ)させたれば(この)(こと)()安心(あんしん)あれ。211(また)()父上(ちちうへ)(さま)()()壮健(さうけん)()しませば(かなら)心慮(しんりよ)(なや)ませ(たま)(こと)(なか)れ。212()両親(りやうしん)(この)ワックスの忠誠(ちうせい)()称讃(しようさん)(あそ)ばされ、213(いま)やデビス(ひめ)(おん)(をつと)()(さだ)めの(うへ)214神館(かむやかた)()相続人(さうぞくにん)とお(さだ)めありし(うへ)は、215今日(こんにち)只今(ただいま)より(ひめ)(さま)拙者(せつしや)女房(にようばう)216(つま)(ため)には身命(しんめい)(をし)まぬ(この)ワックス、217()安心(あんしん)なされませ。218(また)(おん)妹君(いもうとぎみ)ケリナ(さま)()無事(ぶじ)()られますれば、219(よろこ)びなされませ。220これ(まつた)くワックスが尽力(じんりよく)(いた)(ところ)221(かなら)ずお(うたが)(くだ)さいますな。222ワックス、223只今(ただいま)人目(ひとめ)(しの)びお(むか)へに参上(さんじやう)(つかまつ)りました』
224大音声(だいおんじやう)(よば)はつた。225(なか)よりデビス(ひめ)(ほそ)(こゑ)にて、
226デビス(ひめ)夜陰(やいん)にも(かかは)らず(この)(おそ)ろしき山奥(やまおく)(わらは)(たづ)(きた)るは何者(なにもの)ぞ。227狐狸(こり)か、228妖怪(えうくわい)か、229(すみやか)にここを立去(たちさ)れ。230左様(さやう)世迷言(よまいごと)()(みみ)()たぬ。231エー(けが)らはしい』
232ワックス『これはしたり、233デビス(ひめ)(さま)234拙者(せつしや)狐狸(こり)でも妖怪(えうくわい)でも(ござ)らぬ。235正真(しやうしん)正銘(しやうめい)家令(かれい)(せがれ)ワックスで(ござ)います。236貴女(あなた)(たす)けむために()()苦労(くらう)(いた)したか(わか)りませぬ。237()推量(すゐりやう)(くだ)さいませ』
238デビス(ひめ)人間(にんげん)か、239怪物(くわいぶつ)()らないが其方(そなた)(ひと)(めん)(かぶ)つた古狐(ふるぎつね)古狸(ふるだぬき)だ。240()大妖怪(だいえうくわい)だ。241悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)邪鬼(じやき)242羅刹(らせつ)243(なんぢ)言葉(ことば)()くも(けが)らわしい。244(また)仮令(たとへ)(しん)のワックスにもせよ。245(けつ)して言葉(ことば)(かは)所存(しよぞん)はない。246卑劣(ひれつ)(きは)まる根性(こんじやう)(ひつさ)げて夜中(やちう)(しの)(しの)岩窟(がんくつ)(きた)るとは腹黒(はらぐろ)曲者(くせもの)247最早(もはや)(わらは)(この)岩窟(がんくつ)女王(ぢよわう)となり数多(あまた)のエンゼルに(すく)はれ、248食物(しよくもつ)にも不自由(ふじゆう)なく安心(あんしん)(くら)して()る。249(なんぢ)(ごと)犬畜生(いぬちくしやう)(ばら)には()んでも()世話(せわ)にならない。250(およ)ばぬ(のぞ)みを(おこ)すよりも、251トツトと()()つて(かへ)れ、252人畜生(にんちくしやう)()
253言葉(ことば)(きび)しく(ののし)つた。254ワックスはクワツと(いか)り、255鉄門(かなど)(いし)にてガンガンと(ちから)(かぎ)りに()(つづ)脅喝(けふかつ)(なが)ら、
256ワックス『コレ、257(ひめ)さま、258そんな(こと)()つた(ところ)岩窟内(がんくつない)食物(しよくもつ)がある(はず)もなし、259名代(なだい)魔窟(まくつ)にエンゼルのお(くだ)(あそ)ばす道理(だうり)はない。260痩我慢(やせがまん)()るよりも因果腰(いんぐわごし)()めて(この)ワックスの(こひ)をお()(くだ)さい。261魚心(うをごころ)あれば水心(みづごころ)あり、262テルモン(ざん)神館(かむやかた)(はじ)()両親(りやうしん)のお()(うへ)(まも)るは(この)ワックスより(ほか)には(ござ)いませぬぞ。263左様(さやう)無分別(むふんべつ)(こと)()はずに(うん)()ひなされ。264どこ(まで)頑張(ぐわんば)つて()かなければ此方(こちら)にも覚悟(かくご)(ござ)る。265(こひ)(かな)はぬ意趣返(いしゆがへ)し、266嬲殺(なぶりごろ)しに(いた)しても(おそ)ろしうは(ござ)らぬか』
267デビス(ひめ)『エー、268(けが)らはしや、269悪党者(あくたうもの)270主人(しゆじん)(むか)つて無礼(ぶれい)(つみ)271(ゆる)しは(いた)さぬぞ、272覚悟(かくご)しや』
273()(なが)岩片(がんぺん)(ひろ)ふより(はや)(てつ)格子窓(こうしまど)(あひだ)よりワックスに(むか)つて()げつけた。274ワックスは烈火(れつくわ)(ごと)(いきどほ)竹槍(たけやり)(しご)いて垣越(かきご)しに(ほね)(とほ)れよと、275デビス(ひめ)目蒐(めが)けて()()した。276(せま)岩窟(がんくつ)(へだ)てられ、277デビス(ひめ)()()くる余地(よち)()い。278あわや突殺(つきころ)されむとする一刹那(いちせつな)279何処(いづく)ともなく(ちう)()んで()(きた)猛犬(まうけん)280『ウーウー、281ウワッウワッ』と威喝(ゐかつ)(なが)らワックスの利腕(ききうで)(かじ)()いた。282ワックスはアツと()うた(まま)283(その)()(もろ)くも(たふ)れた。284猛犬(まうけん)スマートは(あと)()(かへ)()(かへ)り『ウーウーウー』と(しか)りつけ(なが)ら、285何処(いづく)ともなく姿(すがた)(かく)した。
286 (しば)らくあつてワックスは()がつき、287(うで)()(ぬぐ)四辺(あたり)(くさ)にて(くく)(なが)這々(はふばふ)(てい)にて一先(ひとま)(わが)(やかた)へスゴスゴと(かへ)()く。288四辺(あたり)()(しげ)みから(ふくろふ)(こゑ)『アホーアホー、289ゴロツトカヘセ、290ヤラレタナー、291バカバカ』と()いて()る。292(にはか)山柿(やまがき)(えだ)から(せみ)(こゑ)『ザマ ザマ ザマ、293ミーン ミーン ミーン ミーン』、294蟋蟀(きりぎりす)(こゑ)『ケラ ケラ ケラ』。
295大正一二・三・二五 旧二・九 於皆生温泉浜屋 北村隆光録)
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