霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一四章 人畜(にんちく)〔一四六四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第57巻 真善美愛 申の巻 篇:第2篇 顕幽両通 よみ(新仮名遣い):けんゆうりょうつう
章:第14章 人畜 よみ(新仮名遣い):にんちく 通し章番号:1464
口述日:1923(大正12)年03月25日(旧02月9日) 口述場所:皆生温泉 浜屋 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年5月24日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
テルモン山麓の楠の岩窟には、姉のデビス姫を悪孤の化け物として押し込めてあった。ワックスは夜ひそかに燈火を点じて訪れた。デビス姫は窟内に端座して述懐を歌っている。
ワックスは述懐の歌にデビス姫がどれだけ自分を恨んでいるかを知った。そこで悪事をすべてエキスとヘルマンに押し付けて、自分はさもデビス姫を助けに来た風を装って話しかけた。デビス姫はワックスと知ると聞く耳持たず、厳しく罵った。
ワックスは嘘の説明が通用しないと見てとると、あからさまに姫を脅してものにしようと本性を現してきた。デビス姫は怒って、岩片をワックスめがけて投げつけた。
ワックスは怒り、デビス姫を竹槍で突き殺そうとした。あわやというときに猛犬スマートが駆け来たり、ワックスの利き腕にかじりつき、ワックスはその場に倒れてしまった。スマートはうなりながら姿を隠した。
しばらくしてワックスは気が付き、腕の血をぬぐってあたりの草で応急処置をすると、ほうほうの態で館に帰って行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-11-14 15:17:43 文字数:3834 OBC :rm5714
愛善世界社版:182頁 八幡書店版:第10輯 327頁 修補版: 校定版:190頁 普及版:90頁 初版: ページ備考:
001 テルモン山(ざん)の山麓(さんろく)の楠(くす)の岩窟(いはや)には、002神館(かむやかた)の姉娘(あねむすめ)デビス姫(ひめ)を悪狐(あくこ)の化物(ばけもの)として押込(おしこ)めてあつた。003宮町(みやまち)一般(いつぱん)の老若(らうにやく)男女(なんによ)は八九分(はちくぶ)通(どほ)りまで実(まこと)の姫(ひめ)とは知(し)らず、004何(いづ)れも妖怪(えうくわい)の変化(へんげ)とのみ信(しん)じ、005恐(おそ)れて近(ちか)づく者(もの)が無(な)かつた。006ワックスは夜(よる)密(ひそ)かに燈火(あかり)を点(てん)じ、007親切(しんせつ)らしく窟内(くつない)の姫(ひめ)を訪(と)うた。008姫(ひめ)は暗(くら)がりの窟内(くつない)に端坐(たんざ)し、009述懐(じゆつくわい)を歌(うた)つて居(ゐ)る。
010デビス姫(ひめ)『世(よ)は常暗(とこやみ)となり果(は)てて
011月日(つきひ)の影(かげ)も薄(うす)らぎつ
012悪魔(あくま)は四方(よも)に横行(わうかう)し
013善(ぜん)を損(そこな)ひ悪(あく)を助(たす)け
014所在(あらゆる)手段(しゆだん)を廻(めぐ)らして
015テルモン山(ざん)の神館(かむやかた)
016狙(ねら)ひ居(ゐ)るこそ嘆(うた)てけれ
017家令(かれい)の倅(せがれ)ワックスは
018表(おもて)に善(ぜん)を標榜(へうぼう)し
019甘(あま)き言葉(ことば)を並(なら)べつつ
020尻(しり)に剣(けん)持(も)つ蜜蜂(みつばち)の
021空(そら)恐(おそ)ろしき悪漢(しれもの)ぞ
022妾(わらは)を日頃(ひごろ)恋(こ)ひ慕(した)ひ
023目尻(めじり)を下(さ)げて寄(よ)り来(きた)る
024そのスタイルの嫌(いや)らしさ
025妾(わらは)はもとより女(をんな)の身(み)
026何(いづ)れは夫(をつと)を持(も)つ身(み)なれど
027せめて男(をとこ)らしき益良夫(ますらを)を
028吾(わが)背(せ)の君(きみ)と崇(あが)めつつ
029父(ちち)の家(いへ)をば克(よ)く守(まも)り
030母(はは)の心(こころ)を慰(なぐさ)めて
031神(かみ)の御(おん)為(ため)世(よ)の為(ため)に
032誠(まこと)一(ひと)つを立通(たてとほ)し
033此(この)世(よ)の鑑(かがみ)と謳(うた)はれて
034恵(めぐ)みの露(つゆ)を民草(たみぐさ)の
035上(うへ)に浸(ひた)しつ神(かみ)の子(こ)と
036生(うま)れ出(い)でたる務(つと)めをば
037尽(つく)さむものと朝夕(あさゆふ)に
038神(かみ)の御前(みまへ)に祈(いの)りしが
039如何(いか)なる悪魔(あくま)のさやりしか
040大黒主(おほくろぬし)の開(ひら)きたる
041珍(うづ)の聖地(せいち)も何日(いつ)しかに
042魔神(まがみ)の棲処(すみか)となり果(は)てて
043吾(わが)家(や)の為(ため)に力(ちから)をば
044尽(つく)して仕(つか)へ奉(まつ)るべき
045家令(かれい)の倅(せがれ)ワックスは
046恋(こひ)の虜(とりこ)と成(な)り果(は)てて
047日毎(ひごと)夜毎(よごと)の悪企(わるだく)み
048大黒主(おほくろぬし)の残(のこ)されし
049如意(によい)の宝珠(ほつしゆ)を盗(ぬす)み出(だ)し
050妾(わらは)が家(いへ)に仇(あだ)をなし
051父(ちち)と母(はは)とを苦(くる)しめて
052往生(わうじやう)づくめに妾(わらは)をば
053妻(つま)となさむと企(たく)らみつ
054振舞(ふるま)ひたるぞ憎(にく)らしき
055父(ちち)は心(こころ)を苦(くる)しめて
056重(おも)き病(やまひ)に臥(ふ)し玉(たま)ひ
057命(いのち)の程(ほど)も計(はか)られぬ
058御(おん)身(み)とこそはなり玉(たま)ひ
059悲嘆(ひたん)の涙(なみだ)は神館(かむやかた)
060時(とき)じく降(ふ)りて晴(は)れ間(ま)なく
061苦(くる)しみ悶(もだ)ゆる親娘(おやこ)の心(こころ)
062憐(あは)れみ玉(たま)へ物凄(ものすご)き
063深山(みやま)の奥(おく)に只(ただ)一人(ひとり)
064夜(よ)な夜(よ)な通(かよ)ひて水垢離(みづごうり)
065三七(さんしち)日(にち)の其(その)揚句(あげく)
066さも恐(おそ)ろしき盗人(ぬすびと)に
067途中(とちう)に出会(であ)ひ玉(たま)の緒(を)の
068命(いのち)絶(た)えむとする時(とき)ゆ
069三五教(あななひけう)の神司(かむづかさ)
070求道(きうだう)居士(こじ)が妹(いもうと)の
071ケリナを伴(ともな)ひ来(きた)りまし
072妾(わらは)の命(いのち)を救(すく)ひつつ
073仁慈(じんじ)無限(むげん)の心(こころ)もて
074ベルとヘルとの二人(ふたり)まで
075救(すく)はせ玉(たま)ひし健気(けなげ)さよ
076妾(わらは)は居士(こじ)に従(したが)ひて
077露(つゆ)おく野路(のぢ)をスタスタと
078パインの森(もり)に立向(たちむか)ひ
079少時(しばし)休(やす)らふ折(を)りもあれ
080鉦(かね)や太鼓(たいこ)でドンチヤンと
081旗指物(はたさしもの)を押立(おした)てて
082進(すす)み来(きた)りしワックスが
083数多(あまた)の町人(ちやうにん)使嗾(しそう)して
084妾(わらは)を狐(きつね)の化身(けしん)ぞと
085云(い)ひくるめつつ手足(てあし)をば
086固(かた)く縛(しば)つて岩窟(がんくつ)に
087投(な)げ込(こ)みたるぞ恐(おそ)ろしき
088如意(によい)の宝珠(ほつしゆ)は今(いま)何処(いづこ)
089父(ちち)の命(いのち)は今(いま)もまだ
090つづかせ玉(たま)ふか雁(かりがね)の
091便(たよ)りもがなと思(おも)へども
092尋(たづ)ねむ由(よし)もなく斗(ばか)り
093求道(きうだう)居士(こじ)や妹(いもうと)の
094身(み)の上(うへ)如何(いか)になりしかと
095思(おも)へば胸(むね)も張(は)り裂(さ)くる
096此(この)苦(くるし)みを如何(いか)にして
097癒(い)やさむ術(すべ)もなき倒(たふ)れ
098舌(した)噛(か)み切(き)つて死(し)なむかと
099思(おも)ひしことも幾度(いくたび)か
100さはさり乍(なが)ら待(ま)てしばし
101年(とし)老(お)い玉(たま)ひし父母(ちちはは)の
102此(この)世(よ)に居(ゐ)ますその限(かぎ)り
103短気(たんき)を起(おこ)し身(み)失(う)せなば
104不孝(ふかう)の罪(つみ)の重(かさ)なりて
105未来(みらい)の程(ほど)も恐(おそ)ろしと
106又(また)とり直(なほ)す心(こころ)の弓(ゆみ)
107矢竹心(やたけごころ)の何処(どこ)までも
108通(とほ)さにやおかぬ吾(わが)思(おも)ひ
109三五教(あななひけう)を守(まも)ります
110国治立(くにはるたち)の大御神(おほみかみ)
111豊国主(とよくにぬし)の大御神(おほみかみ)
112果敢(はか)なき吾(われ)等(ら)が身(み)の上(うへ)を
113守(まも)らせ玉(たま)へ惟神(かむながら)
114御前(みまへ)に慎(つつし)み願(ね)ぎ奉(まつ)る
115朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
116月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
117仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも
118誠(まこと)一(ひと)つの三五(あななひ)の
119神(かみ)の教(をしへ)は世(よ)を救(すく)ふ
120救(すく)ひの神(かみ)を頼(たの)めよと
121宣(の)らせ玉(たま)ひし師(し)の君(きみ)の
122言葉(ことば)は今(いま)に忘(わす)られず
123いと懐(なつか)しき求道(きうだう)居士(こじ)
124健(まめ)で居(ゐ)ませや妹(いもうと)よ
125それにつけてもヘル司(つかさ)
126一日(ひとひ)も早(はや)く大神(おほかみ)の
127恵(めぐ)みの露(つゆ)を身(み)に浴(あ)びて
128岩窟(いはや)の中(なか)の苦(くる)しみを
129免(のが)れ出(い)でませ惟神(かむながら)
130神(かみ)かけ祈(いの)り奉(たてまつ)る
131三千(さんぜん)世界(せかい)の梅(うめ)の花(はな)
132一度(いちど)に開(ひら)く例(ためし)もあるに
133梅(うめ)と桜(さくら)に譬(たと)ふべき
134吾(わが)姉妹(おとどひ)は如何(いか)にして
135蕾(つぼみ)の花(はな)の開(ひら)かざる
136早(はや)く岩戸(いはと)を何人(なにびと)か
137情(なさけ)の深(ふか)き武士(もののふ)の
138尋(たづ)ね来(きた)りて開(ひら)きませ
139心(こころ)の空(そら)に日月(じつげつ)は
140伊照(いて)り渡(わた)れど現身(うつそみ)の
141儘(まま)ならぬ身(み)は如何(いか)にせむ
142鋼(はがね)の壁(かべ)に隔(へだ)てられ
143曇(くも)り果(は)てたる現世(うつしよ)の
144光(ひかり)さへ見(み)ぬ浅間(あさま)しさ
145此(この)世(よ)を造(つく)りし神直日(かむなほひ)
146心(こころ)も広(ひろ)き大直日(おほなほひ)
147只(ただ)何事(なにごと)も人(ひと)の世(よ)は
148直日(なほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し
149身(み)の禍(わざはひ)は宣(の)り直(なほ)し
150救(すく)はせ玉(たま)ふ大神(おほかみ)の
151御袖(みそで)に縋(すが)り奉(たてまつ)る
152妾(わらは)の生命(いのち)は惜(をし)まねど
153父(ちち)と母(はは)との御(お)身(み)の上(うへ)
154如意(によい)の宝珠(ほつしゆ)の宝(たから)をば
155救(すく)はせ玉(たま)へ大御神(おほみかみ)
156心(こころ)も乱(みだ)れ気(き)も狂(くる)ひ
157前後(ぜんご)も知(し)らぬ乙女子(をとめご)の
158後(あと)や前(さき)なる口説(くど)き言(ごと)
159許(ゆる)させ玉(たま)へ素盞嗚(すさのを)の
160瑞(みづ)の御霊(みたま)の御(おん)前(まへ)に
161慎(つつし)み敬(ゐやま)ひ願(ね)ぎ奉(まつ)る
162アア惟神(かむながら)々々(かむながら)
163御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ』
164 ワックスは鉄(てつ)の門扉(もんぴ)を隔(へだ)てて此(この)歌(うた)をスツカリ聞(き)いて了(しま)ひ、165双手(もろて)を組(く)んで吐息(といき)をつき乍(なが)ら独言(ひとりごと)、
166ワックス『アア今(いま)の歌(うた)の様子(やうす)ではデビス姫(ひめ)は余程(よほど)俺(おれ)を怨(うら)めてゐる様(やう)だ。167こりや一通(ひととほ)りでは靡(なび)くまい。168何(なん)とかうまく言葉(ことば)を設(まう)けて姫(ひめ)の歓心(くわんしん)を買(か)ひ、169ワックスに怨(うらみ)がないものだと思(おも)はしめねばならぬ。170ハテ困(こま)つた事(こと)だな。171……ウン、172ヨシヨシ此奴(こいつ)あエキスに、173にじりつけてやらう。174さうすりや、175屹度(きつと)デビス姫(ひめ)が疑(うたがひ)を晴(は)らし自分(じぶん)を信用(しんよう)するに違(ちが)ひない。176万一(まんいち)三千彦(みちひこ)の奴(やつ)、177こんな処(ところ)へ隠(かく)してある事(こと)を探(さぐ)り、178救(すく)ひ出(だ)さうものなら、179それこそ大変(たいへん)だ。180何(なん)でも今晩(こんばん)の間(うち)に、181巧(うま)くやつつけねば六菖(ろくしやう)十菊(じつきく)の悔(くい)を貽(のこ)さねばなるまい。182だと云(い)つて俄(にはか)に良(よ)い知恵(ちゑ)も出(で)ない、183困(こま)つたものだ』
184と独語(ひとりご)ちつつ半時(はんとき)ばかり考(かんが)へて居(ゐ)た。185ワックスは何(なに)か良(よ)い思案(しあん)が浮(うか)んだと見(み)え、186嫌(いや)らしい笑(ゑみ)を浮(う)かべ乍(なが)ら、187月(つき)西山(せいざん)に没(かく)れたのを幸(さいは)ひ、188入口(いりぐち)に進(すす)み寄(よ)つて、
189ワックス『ヤアヤア、190これなる岩窟(がんくつ)に押込(おしこ)められ玉(たま)ふ御(おん)方(かた)は如何(いか)なる御仁(ごじん)で厶(ござ)るか。191道聴(だうちやう)途説(とせつ)によれば三五教(あななひけう)の悪狐(あくこ)高倉(たかくら)稲荷(いなり)の化身(けしん)との事(こと)、192拙者(せつしや)は大悪人(だいあくにん)のエキスに誤(あやま)られ大切(たいせつ)なる姫君(ひめぎみ)様(さま)を高倉(たかくら)稲荷(いなり)が取(と)り喰(く)らひ、193その御(お)姿(すがた)に巧(うま)く化(ば)け居(を)るものと信(しん)じ、194姫(ひめ)様(さま)の敵(かたき)を討(う)たむものと、195畏(おそ)れ多(おほ)くも此(この)岩窟内(がんくつない)に閉(と)ぢ込(こ)めたり。196これ全(まつた)くワックスの心(こころ)より出(い)でしものに非(あら)ず、197併(しか)し乍(なが)ら姫(ひめ)様(さま)の仇(あだ)を報(むく)はむとの真心(まごころ)は矢(や)も楯(たて)も堪(たま)らず無慚(むざん)にも白狐(びやくこ)の化身(けしん)と思(おも)ひ誤(あやま)り押込(おしこ)め参(まゐ)らせたり。198昨晩(さくばん)のバラモン大神(おほかみ)の夢(ゆめ)のお告(つ)げに、199此(この)岩窟(がんくつ)に入(はい)られ玉(たま)ふ姫(ひめ)様(さま)は実(まこと)のお姫(ひめ)様(さま)との事(こと)、200直様(すぐさま)罷(まか)り出(い)で、201お助(たす)け申(まを)さむと心(こころ)は矢竹(やたけ)に逸(はや)れども、202悪人(あくにん)エキス、203ヘルマン、204吾(わが)身辺(しんぺん)を看守(みまも)り居(を)れば、205無念(むねん)乍(なが)ら夜陰(やいん)を待(ま)ち、206只今(ただいま)お迎(むか)への為(ため)参上(さんじやう)仕(つかまつ)つたり。207姫君(ひめぎみ)様(さま)、208如意(によい)宝珠(ほつしゆ)のお玉(たま)もエキス、209ヘルマンの両人(りやうにん)盗(ぬす)み居(ゐ)たりしを此(この)ワックス慧眼(けいがん)を以(もつ)て看破(かんぱ)し、210直(ただ)ちに小国別(をくにわけ)様(さま)に返附(へんぷ)させたれば此(この)事(こと)は御(ご)安心(あんしん)あれ。211又(また)御(お)父上(ちちうへ)様(さま)は未(ま)だ御(ご)壮健(さうけん)に在(ま)しませば必(かなら)ず心慮(しんりよ)を悩(なや)ませ玉(たま)ふ事(こと)勿(なか)れ。212御(ご)両親(りやうしん)は此(この)ワックスの忠誠(ちうせい)を御(ご)称讃(しようさん)遊(あそ)ばされ、213今(いま)やデビス姫(ひめ)の御(おん)夫(をつと)と御(お)定(さだ)めの上(うへ)、214神館(かむやかた)の御(ご)相続人(さうぞくにん)とお定(さだ)めありし上(うへ)は、215今日(こんにち)只今(ただいま)より姫(ひめ)様(さま)は拙者(せつしや)の女房(にようばう)、216妻(つま)の為(ため)には身命(しんめい)も惜(をし)まぬ此(この)ワックス、217御(ご)安心(あんしん)なされませ。218又(また)御(おん)妹君(いもうとぎみ)ケリナ様(さま)も御(ご)無事(ぶじ)で居(ゐ)られますれば、219お喜(よろこ)びなされませ。220これ全(まつた)くワックスが尽力(じんりよく)の致(いた)す所(ところ)、221必(かなら)ずお疑(うたが)ひ下(くだ)さいますな。222ワックス、223只今(ただいま)人目(ひとめ)を忍(しの)びお迎(むか)へに参上(さんじやう)仕(つかまつ)りました』
224と大音声(だいおんじやう)に呼(よば)はつた。225中(なか)よりデビス姫(ひめ)は細(ほそ)き声(こゑ)にて、
226デビス姫(ひめ)『夜陰(やいん)にも拘(かかは)らず此(この)恐(おそ)ろしき山奥(やまおく)に妾(わらは)を訪(たづ)ね来(きた)るは何者(なにもの)ぞ。227狐狸(こり)か、228妖怪(えうくわい)か、229速(すみやか)にここを立去(たちさ)れ。230左様(さやう)な世迷言(よまいごと)は聞(き)く耳(みみ)持(も)たぬ。231エー汚(けが)らはしい』
232ワックス『これはしたり、233デビス姫(ひめ)様(さま)、234拙者(せつしや)は狐狸(こり)でも妖怪(えうくわい)でも厶(ござ)らぬ。235正真(しやうしん)正銘(しやうめい)の家令(かれい)の倅(せがれ)ワックスで厶(ござ)います。236貴女(あなた)を助(たす)けむために何(ど)れ丈(だ)け苦労(くらう)を致(いた)したか分(わか)りませぬ。237御(ご)推量(すゐりやう)下(くだ)さいませ』
238デビス姫(ひめ)『人間(にんげん)か、239怪物(くわいぶつ)か知(し)らないが其方(そなた)は人(ひと)の面(めん)を被(かぶ)つた古狐(ふるぎつね)古狸(ふるだぬき)だ。240否(い)や大妖怪(だいえうくわい)だ。241悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)の邪鬼(じやき)、242羅刹(らせつ)、243汝(なんぢ)の言葉(ことば)を聞(き)くも汚(けが)らわしい。244又(また)仮令(たとへ)真(しん)のワックスにもせよ、245決(けつ)して言葉(ことば)を交(かは)す所存(しよぞん)はない。246卑劣(ひれつ)極(きは)まる根性(こんじやう)を提(ひつさ)げて夜中(やちう)に忍(しの)び忍(しの)び岩窟(がんくつ)に来(きた)るとは腹黒(はらぐろ)き曲者(くせもの)、247最早(もはや)妾(わらは)は此(この)岩窟(がんくつ)の女王(ぢよわう)となり数多(あまた)のエンゼルに救(すく)はれ、248食物(しよくもつ)にも不自由(ふじゆう)なく安心(あんしん)に暮(くら)して居(ゐ)る。249汝(なんぢ)が如(ごと)き犬畜生(いぬちくしやう)輩(ばら)には死(し)んでも御(お)世話(せわ)にならない。250及(およ)ばぬ望(のぞ)みを起(おこ)すよりも、251トツトと尾(を)を掉(ふ)つて帰(かへ)れ、252人畜生(にんちくしやう)奴(め)』
253と言葉(ことば)厳(きび)しく罵(ののし)つた。254ワックスはクワツと怒(いか)り、255鉄門(かなど)を石(いし)にてガンガンと力(ちから)限(かぎ)りに打(う)ち続(つづ)け脅喝(けふかつ)し乍(なが)ら、
256ワックス『コレ、257姫(ひめ)さま、258そんな事(こと)を云(い)つた所(ところ)で岩窟内(がんくつない)に食物(しよくもつ)がある筈(はず)もなし、259名代(なだい)の魔窟(まくつ)にエンゼルのお降(くだ)り遊(あそ)ばす道理(だうり)はない。260痩我慢(やせがまん)を張(は)るよりも因果腰(いんぐわごし)を定(き)めて此(この)ワックスの恋(こひ)をお聞(き)き下(くだ)さい。261魚心(うをごころ)あれば水心(みづごころ)あり、262テルモン山(ざん)の神館(かむやかた)を初(はじ)め御(ご)両親(りやうしん)のお身(み)の上(うへ)を守(まも)るは此(この)ワックスより外(ほか)には厶(ござ)いませぬぞ。263左様(さやう)な無分別(むふんべつ)な事(こと)を云(い)はずに諾(うん)と云(い)ひなされ。264どこ迄(まで)も頑張(ぐわんば)つて肯(き)かなければ此方(こちら)にも覚悟(かくご)が厶(ござ)る。265恋(こひ)の叶(かな)はぬ意趣返(いしゆがへ)し、266嬲殺(なぶりごろ)しに致(いた)しても恐(おそ)ろしうは厶(ござ)らぬか』
267デビス姫(ひめ)『エー、268汚(けが)らはしや、269悪党者(あくたうもの)、270主人(しゆじん)に向(むか)つて無礼(ぶれい)の罪(つみ)、271赦(ゆる)しは致(いた)さぬぞ、272覚悟(かくご)しや』
273と云(い)ひ乍(なが)ら岩片(がんぺん)を拾(ひろ)ふより早(はや)く鉄(てつ)の格子窓(こうしまど)の間(あひだ)よりワックスに向(むか)つて投(な)げつけた。274ワックスは烈火(れつくわ)の如(ごと)く憤(いきどほ)り竹槍(たけやり)を扱(しご)いて垣越(かきご)しに骨(ほね)も通(とほ)れよと、275デビス姫(ひめ)目蒐(めが)けて突(つ)き出(だ)した。276狭(せま)き岩窟(がんくつ)に隔(へだ)てられ、277デビス姫(ひめ)は身(み)を避(さ)くる余地(よち)が無(な)い。278あわや突殺(つきころ)されむとする一刹那(いちせつな)、279何処(いづく)ともなく宙(ちう)を飛(と)んで駆(か)け来(きた)る猛犬(まうけん)、280『ウーウー、281ウワッウワッ』と威喝(ゐかつ)し乍(なが)らワックスの利腕(ききうで)に噛(かじ)り付(つ)いた。282ワックスはアツと云(い)うた儘(まま)、283其(その)場(ば)に脆(もろ)くも倒(たふ)れた。284猛犬(まうけん)スマートは後(あと)振(ふ)り返(かへ)り振(ふ)り返(かへ)り『ウーウーウー』と叱(しか)りつけ乍(なが)ら、285何処(いづく)ともなく姿(すがた)を隠(かく)した。
286 暫(しば)らくあつてワックスは気(き)がつき、287腕(うで)の血(ち)を拭(ぬぐ)ひ四辺(あたり)の草(くさ)にて括(くく)り乍(なが)ら這々(はふばふ)の態(てい)にて一先(ひとま)づ吾(わが)館(やかた)へスゴスゴと帰(かへ)り行(ゆ)く。288四辺(あたり)の木(き)の茂(しげ)みから梟(ふくろふ)の声(こゑ)『アホーアホー、289ゴロツトカヘセ、290ヤラレタナー、291バカバカ』と啼(な)いて居(ゐ)る。292俄(にはか)に山柿(やまがき)の枝(えだ)から蝉(せみ)の声(こゑ)『ザマ ザマ ザマ、293ミーン ミーン ミーン ミーン』、294蟋蟀(きりぎりす)の声(こゑ)『ケラ ケラ ケラ』。
295(大正一二・三・二五 旧二・九 於皆生温泉浜屋 北村隆光録)
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