霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一二章 三狂(さんきやう)〔一四六二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第57巻 真善美愛 申の巻 篇:第2篇 顕幽両通 よみ(新仮名遣い):けんゆうりょうつう
章:第12章 三狂 よみ(新仮名遣い):さんきょう 通し章番号:1462
口述日:1923(大正12)年03月25日(旧02月9日) 口述場所:皆生温泉 浜屋 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年5月24日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
三千彦はシャルと共に小声で宣伝歌を歌いながら八衢街道とは知らず、現界の道路を通過する気分で進んで行く。八衢の関所にさしかかると、赤の守衛が一人の男を調べている。それは鰐口曲冬であった。
仏教は研究してゆくと何もなくなってしまうから止めた、と言う曲冬に対し、赤の守衛は、霊界の消息を洩らした仏教に対して尊敬帰依の心を捨てて研究に走ったために、何も掴めなかったのだと曲冬を叱責している。
赤の守衛の説に納得した曲冬は、それでは一つその方向で研究しなおしてみよう、と言ってさらに諭されている。そして、聖書や三五教も研究したが、何も得るところなく脱会したと答えた。
赤の守衛は、霊界物語の筆録者までやって直接に教示を受けながら何もわからないのは、曲冬の慢心した研究的態度が原因だと指摘した。曲冬は悪びれるところもなく、十分に研究をしなければ、社会に施してよい教えかどうか調べられない、と自説を展開する。
赤の守衛は、ここである一定の時間を経なくては、曲冬のような汚れた魂は天国に行くことができないと伝えた。現世において心にもないことをいい、おべっかを使ったり体をやつしたり種々の外念をすっかり取り外して第二の内部状態に入り、内的生涯の関門を超える必要があると説いた。
内的とは、意志想念のことであり、その意志が善であり真であれば天国へ昇ることができると続けた。内的状態になってからエンゼルの教えを聞いてそれが耳に入るようならば、天国へ行く資格が具備しており、どうしても耳に入らなければ地獄に行く。これが第三状態といって、精霊の去就を決するときだという。
そこへ高姫が追いかけてきてシャルに毒づくと、守衛に対して、この二人は悪人だからこらしめるようにと命令した。赤白の守衛は高姫の屁理屈に辟易し、白の守衛がしゅろ帚ではき出すと、高姫とシャルは逃げて行ってしまった。
赤の守衛は三千彦に、川に悪者に投げ込まれて精霊が霊界に来ているが、霊犬スマートが体を助け上げて介抱している、やがてスマートが迎えに来るから現界に帰るようにと伝えた。そしてテルモン山にはまだ悪人がはびこっているから注意するようにと気を付けた。
三千彦は、高姫は亡くなったはずが霊界で脱線振りを発揮していることを不思議に思い、守衛に尋ねた。守衛は、高姫はまだ現界に寿命が三十年ばかり残っているが、あまり現界で布教の邪魔をするので、時置師神が伊吹戸主大神に願い出て、三年間中有界で修業をさせているのだと答えた。
その間に高姫の肉体は駄目になってしまうので、現界で三年後に亡くなる他の人間の肉体に移して、残りの三十年の寿命を与えるのだと説明した。
三千彦と守衛が話していると、南の方から一頭の猛犬が走ってきて二声三声高く叫んだ。この声にはっと気がつけば、八衢の光景は消え失せて、三千彦はアンブラック川の堤の青芝の上に横たわっていた。スマートは行儀よく側に座ってうれしげに三千彦の顔をながめて尾を振っている。
テルモン山の方を見ると、黒煙もうもうと立ち上り、黒雲のごとく空を封じている。月は黒煙の間に見え隠れし足早に去るごとくに見えている。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:5469 OBC :rm5712
愛善世界社版:157頁 八幡書店版:第10輯 317頁 修補版: 校定版:165頁 普及版:75頁 初版: ページ備考:
001 三千彦(みちひこ)はシャルと共(とも)に小声(こごゑ)にて宣伝歌(せんでんか)を歌(うた)ひ乍(なが)ら、002八衢(やちまた)街道(かいだう)とは知(し)らず現界(げんかい)の道路(だうろ)を通過(つうくわ)する気分(きぶん)にて進(すす)み行(ゆ)く。003八衢(やちまた)の関所(せきしよ)には例(れい)の如(ごと)く赤面(あかづら)、004白面(しろづら)の二人(ふたり)の守衛(しゆゑい)が儼然(げんぜん)と控(ひか)へて居(を)る。005見(み)れば一人(ひとり)の男(をとこ)が赤面(あかづら)の守衛(しゆゑい)に何事(なにごと)か調(しら)べられて居(ゐ)た。
006赤(あか)『その方(はう)の姓名(せいめい)は何(なん)と申(まを)すか』
007男(をとこ)『ハイ、008私(わたし)は鰐口(わにぐち)曲冬(まがふゆ)と申(まを)します』
009赤(あか)『其(その)方(はう)は何(なに)か信仰(しんかう)を有(も)つてゐるか』
010曲冬(まがふゆ)『ハイ、011別(べつ)にこれと云(い)ふ信仰(しんかう)も厶(ござ)いませぬが、012神儒仏(しんじゆぶつ)三教(さんけう)を少(すこ)し許(ばか)り噛(かぢ)つて居(を)ります』
013赤(あか)『其(その)中(うち)で何教(なにけう)が一番(いちばん)お前(まへ)の心(こころ)に適(てき)したか、014否(いな)徹底(てつてい)して居(ゐ)たと考(かんが)へたか』
015曲冬(まがふゆ)『ハイ、016初(はじ)めは一生(いつしやう)懸命(けんめい)に仏教(ぶつけう)を研究(けんきう)致(いた)しました。017さうした処(ところ)が何処(どこ)に一(ひと)つ拠(よ)る所(とこ)がないので止(や)めまして厶(ござ)います。018要(えう)するに仏教(ぶつけう)は百合根(ゆりね)の様(やう)なもので、019一(いち)枚(まい)々々(いちまい)皮(かは)を剥(む)いて奥(おく)深(ふか)く進(すす)みますと、020何(なん)にも無(な)くなつて了(しま)ひます、021所謂(いはゆる)仏教(ぶつけう)は無(む)だと思(おも)ひます。022能書(のうがき)計(ばか)り沢山(たくさん)並(なら)べ立(た)て、023まるで薬屋(くすりや)の広告(くわうこく)見(み)た様(やう)なものですからな。024売薬(ばいやく)の広告(くわうこく)ならば「此(この)薬(くすり)は腹痛(はらいたみ)とか、025疝気(せんき)とか、026肺病(はいびやう)に用(もち)ゆべし。027又(また)日(ひ)に何回(なんくわい)服用(ふくよう)とか、028湯(ゆ)で飲(の)めとか、029水(みづ)にて飲(の)めとか、030食前(しよくぜん)がよいとか、031食後(しよくご)がよいとか、032大人(おとな)ならば何粒(なんつぶ)、033小人(せうにん)ならば何粒(なんつぶ)、034何(なん)才(さい)以下(いか)は何粒(なんつぶ)」と御(ご)叮嚀(ていねい)に服用書(ふくようがき)が附(つ)いて居(ゐ)ますが、035仏教(ぶつけう)の経典(きやうてん)は只(ただ)観音(くわんおん)を念(ねん)じたら悪事(あくじ)災難(さいなん)を逃(のが)れるとか、036阿弥陀(あみだ)を念(ねん)じたら極楽(ごくらく)にやると書(か)いてあるのみで、037八万(はちまん)四千(よんせん)の経巻(きやうくわん)も何処(どこ)にも其(その)用法(ようはふ)が示(しめ)してないので駄目(だめ)だと思(おも)ひました』
038赤(あか)『お前(まへ)は霊界(れいかい)の消息(せうそく)を洩(も)らしたる仏教(ぶつけう)に対(たい)し尊敬(そんけい)帰依(きえ)の心(こころ)を捨(す)て、039なまじひに研究(けんきう)等(など)と申(まを)してかかるから、040何(なん)にも掴(つか)めないのだ。041霊界(れいかい)の幽遠(いうゑん)微妙(びめう)なる真理(しんり)が物質界(ぶつしつかい)の法則(はふそく)を基礎(きそ)として幾万(いくまん)年(ねん)研究(けんきう)するとも解決(かいけつ)のつく道理(だうり)がない。042暫(しば)らく理智(りち)を捨(す)て、043意志(いし)を専(もつぱ)らとして研究(けんきう)すれば神(かみ)の愛(あい)、044仏(ほとけ)の善(ぜん)、045及(およ)び信(しん)と真(しん)との光明(くわうみやう)がさして来(く)るのだ。046仏教(ぶつけう)がつまらない等(など)と感(かん)ずるのは、047所謂(いはゆる)お前(まへ)の精神(せいしん)がつまらないからだ。048仏(ほとけ)の清(きよ)きお姿(すがた)がお前(まへ)の曇(くも)つた鏡(かがみ)に映(うつ)らないからだ』
049曲冬(まがふゆ)『さう承(うけたま)はれば、050さうかも知(し)れませぬが、051如何(どう)も分(わか)り難(にく)う厶(ござ)います』
052赤(あか)『人間(にんげん)の分際(ぶんざい)として仏(ほとけ)の御(ご)精神(せいしん)を理解(りかい)しようとするのが間違(まちが)ひだ。053仏(ほとけ)は慈悲(じひ)其(その)ものだ、054至仁(しじん)至愛(しあい)の意味(いみ)が分(わか)れば一切(いつさい)の経文(きやうもん)が分(わか)つたのだ』
055曲冬(まがふゆ)『ア、056さうで厶(ござ)いましたか。057それは、058偉(えら)い考(かんが)へ違(ちが)ひをして居(を)りました。059之(これ)から一(ひと)つ研究(けんきう)をやつて見(み)ませう』
060赤(あか)『駄目(だめ)だ。061二(ふた)つ目(め)には研究(けんきう)々々(けんきう)と口癖(くちぐせ)の様(やう)に申(まを)すが、062お前(まへ)の云(い)ふ研究(けんきう)は犬(いぬ)に炙(やいと)だ。063ワンワン吠猛(ほえたけ)るばかりが能(のう)だ。064止(や)めたら宜(よ)からう。065左様(さやう)な心理(しんり)状態(じやうたい)では到底(たうてい)仏(ほとけ)の御心(みこころ)を悟(さと)る事(こと)は出来(でき)ない。066それから次(つぎ)は何(なに)を信仰(しんかう)したのだ』
067曲冬(まがふゆ)『ハイ、068別(べつ)に信仰(しんかう)は致(いた)しませぬが、069ヤハリ聖書(せいしよ)を研究(けんきう)致(いた)しました』
070赤(あか)『旧約(きうやく)か、071新約(しんやく)か』
072曲冬(まがふゆ)『勿論(もちろん)旧約(きうやく)で厶(ござ)います』
073赤(あか)『何(なに)か得(う)る処(ところ)があつたか』
074曲冬(まがふゆ)『ハイ、075売(う)る処(ところ)も買(か)う所(ところ)も厶(ござ)いませぬ。076これもヤツパリ私(わたし)の性(しやう)に合(あ)ひませぬので五里(ごり)霧中(むちゆう)に逍遙(さまよ)ふ所(ところ)に、077或人(あるひと)の勧(すす)めによつて三五教(あななひけう)に入(はい)つて、078可(か)なり真面目(まじめ)に研究(けんきう)して見(み)た所(ところ)、079どうも変性(へんじやう)女子(によし)の言行(げんかう)が気(き)に喰(く)はないので、080弊履(へいり)を棄(す)つる如(ごと)く脱会(だつくわい)し、081今(いま)は懺悔(ざんげ)生活(せいくわつ)に入(はい)つて居(を)ります』
082赤(あか)『その方(はう)は霊界(れいかい)物語(ものがたり)の筆写(ひつしや)迄(まで)やつたぢやないか。083直接(ちよくせつ)に教示(けうじ)を受(う)け乍(なが)ら、084分(わか)らぬとは扨(さ)ても困(こま)つた盲(めくら)だな。085矢張(やつぱり)研究(けんきう)的(てき)態度(たいど)を以(もつ)てかかつて居(を)るからだ。086結構(けつこう)な神(かみ)の教(をしへ)を筆写(ひつしや)し乍(なが)ら、087ホンの機械(きかい)に使(つか)はれたやうなものだ。088さうして幾分(いくぶん)か信(しん)ずる処(ところ)があつたのか』
089曲冬(まがふゆ)『ハイ、090女子(によし)の方(はう)は幾分(いくぶん)か信(しん)じて居(を)りましたが、091然(しか)しこれは宜(い)い加減(かげん)なペテンだと考(かんが)へて居(を)りました。092それよりも変性(へんじやう)男子(なんし)の神諭(しんゆ)に重(おも)きを置(お)いて居(を)つた所(ところ)、093其(その)原書(げんしよ)を見(み)て余(あんま)り文章(ぶんしやう)の拙劣(せつれつ)なのに愛想(あいさう)をつかし、094信仰(しんかう)が次第(しだい)に剥(は)げて了(しま)ひました』
095赤(あか)『馬鹿(ばか)だな。096神(かみ)の教(をしへ)は文章(ぶんしやう)の巧拙(かうせつ)によるものでないぞ。097文章(ぶんしやう)なんかは枝葉(しえう)の問題(もんだい)だ、098その言葉(ことば)の中(なか)に包含(はうがん)する密意(みつい)を味(あぢは)ふのだ。099目(め)はあれども節穴(ふしあな)同然(どうぜん)、100耳(みみ)はあれども木耳(きくらげ)同然(どうぜん)、101舌(した)はあれども数(かず)の子(こ)同然(どうぜん)、102鼻(はな)はあれども節瘤(ふしこぶた)同然(どうぜん)、103そんな事(こと)で三五教(あななひけう)が善(い)いの、104悪(わる)いの、105男子(なんし)がどうの、106女子(によし)がどうのと云(い)ふ資格(しかく)があるか。107よくも慢心(まんしん)したものだのう』
108曲冬(まがふゆ)『別(べつ)に慢心(まんしん)はして居(を)りませぬ。109世界(せかい)の人間(にんげん)に宣伝(せんでん)しようと思(おも)へば信仰(しんかう)も信仰(しんかう)ですが充分(じうぶん)研究(けんきう)を遂(と)げ、110これなら社会(しやくわい)に施(ほどこ)して差支(さしつかへ)ないと云(い)ふ所(ところ)まで調(しら)べ上(あ)げねば社会(しやくわい)に害毒(がいどく)を流(なが)しますからな。111云(い)はば社会(しやくわい)の為(ため)に忠実(ちうじつ)なる研究(けんきう)ですよ』
112赤(あか)『お前(まへ)は未(ま)だ我執(がしふ)我見(がけん)がとれぬからいけない。113異見(いけん)外道(げだう)、114自然(しぜん)外道(げだう)、115断見(だんけん)外道(げだう)と云(い)ふものだ。116そんな態度(たいど)では何処(どこ)迄(まで)も神(かみ)様(さま)は真理(しんり)を悟(さと)らして下(くだ)さらぬぞ。117神(かみ)様(さま)は愚(おろか)なるもの、118弱(よわ)きもの、119小(ちひ)さきものをして誠(まこと)の道(みち)を諭(さと)させ玉(たま)ふのだ。120決(けつ)して研究(けんきう)的(てき)態度(たいど)を採(と)る様(やう)な慢心者(まんしんもの)には、121密意(みつい)はお示(しめ)しなさらぬ。122お前(まへ)は大学(だいがく)を卒業(そつげふ)して一廉(ひとかど)学者(がくしや)の積(つも)りで居(ゐ)るが、123其(その)学問(がくもん)は八衢(やちまた)や地獄(ぢごく)では一文(いちもん)の価値(かち)もない。124いや却(かへつ)て妨(さまた)げとなり苦悩(くなう)の因(いん)となるものだ。125お前(まへ)の両親(りやうしん)も困(こま)つた事(こと)をしたものだな』
126曲冬(まがふゆ)『お前(まへ)は門番(もんばん)の癖(くせ)に文士(ぶんし)に向(むか)つて偉(えら)さうに云(い)ひますが、127日進(につしん)月歩(げつぽ)文明(ぶんめい)の世(よ)の中(なか)に学(がく)を排斥(はいせき)するとは以(もつ)ての外(ほか)ぢやありませぬか。128国民(こくみん)が残(のこ)らず無学者(むがくしや)であつたなら皆(みな)外(ほか)の文明国(ぶんめいこく)に奪(と)られて了(しま)ふぢやありませぬか。129人文(じんぶん)の発達(はつたつ)を図(はか)り、130国威(こくゐ)の宣揚(せんやう)を企図(きと)する為(ため)には、131どうしても大学(だいがく)程度(ていど)の学問(がくもん)がなければ駄目(だめ)ですよ。132お前(まへ)等(たち)は僅(わづ)か小学(せうがく)を卒業(そつげふ)した位(くらゐ)だから世間(せけん)の事(こと)に徹底(てつてい)して居(ゐ)ない。133それだからポリス代用(だいよう)の門衛(もんゑい)をして居(ゐ)るのだ。134到底(たうてい)拙者(せつしや)の論説(ろんせつ)に楯突(たてつ)く事(こと)は出来(でき)ますまい。135何科(なにとが)あつて調(しら)べらるるか知(し)らぬが、136もつと確(しつか)りした分(わか)る方(かた)を呼(よ)んで来(き)て下(くだ)さい。137知識(ちしき)の階段(かいだん)が違(ちが)うてるからお前(まへ)さまには分(わか)りますまい』
138赤(あか)『馬鹿(ばか)を云(い)ふな、139此処(ここ)は霊界(れいかい)の八衢(やちまた)だ。140博士(はかせ)も学士(がくし)も皆(みな)出(で)て来(く)る所(ところ)だ。141無学(むがく)でどうして此(この)門番(もんばん)が勤(つと)まるか。142お前(まへ)等(たち)は自然界(しぜんかい)の下(くだ)らぬ学説(がくせつ)に心身(しんしん)を蕩(とろ)かし、143虚偽(きよぎ)を以(もつ)て真理(しんり)となし優勝(いうしよう)劣敗(れつぱい)弱肉(じやくにく)強食(きやうしよく)の制度(せいど)を以(もつ)て最善(さいぜん)の方法(はうはふ)と考(かんが)へてる亡者(まうじや)だから到底(たうてい)真理(しんり)の蘊奥(うんのう)は分(わか)らないのだ。144お前(まへ)のやうなものが霊界(れいかい)へ来(く)ると訳(わけ)の分(わか)らぬ理窟(りくつ)を云(い)つて精霊(せいれい)を汚(けが)すから、145ここで現界(げんかい)で研究(けんきう)して来(き)た下(くだ)らぬ学術(がくじゆつ)を皆(みな)剥奪(はくだつ)してやらう』
146曲冬(まがふゆ)『コレ赤(あか)さま、147お前(まへ)は発狂(はつきやう)してるのか、148但(ただし)は酒(さけ)に酔(よ)うて居(ゐ)るのかい。149ここを霊界(れいかい)の八衢(やちまた)だ等(など)と、150それは何(なに)を云(い)ふのかい。151霊界(れいかい)や八衢(やちまた)や地獄(ぢごく)があつて堪(たま)りますかい、152人間(にんげん)は子孫(しそん)を残(のこ)して死(し)ねば、153それ迄(まで)のものだ。154チツト哲学(てつがく)的(てき)知識(ちしき)を養(やしな)うて置(お)きなさい。155社会(しやくわい)の落伍者(らくごしや)となつて遂(つひ)に門番(もんばん)も勤(つと)まらなくなりますよ』
156赤(あか)『門番(もんばん)が、157それ程(ほど)、158其(その)方(はう)は賤(いや)しいと思(おも)ふのか。159便所(べんじよ)の掃除(さうぢ)や塵捨場(ごみすてば)の掃除(さうぢ)は如何(どう)だ。160それの方(はう)が矢張(やつぱり)尊(たふと)いのか』
161曲冬(まがふゆ)『さうですとも、162大慈(だいじ)大悲(だいひ)の心(こころ)を以(もつ)て人(ひと)の嫌(いや)がる事(こと)を喜(よろこ)んでするのが、163人間(にんげん)の人格(じんかく)を向上(かうじやう)する所以(ゆゑん)です。164便所(べんじよ)の掃除(さうぢ)する者(もの)や塵(ごみ)の掃除(さうぢ)する者(もの)が無(な)ければ、165世(よ)の中(なか)は尿糞塵(ししふんぢん)の泥濘(でいねい)混濁(こんだく)世界(せかい)となるぢやありませぬか。166それで私(わたし)等(たち)は伊吹戸主(いぶきどぬし)の神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)をして居(ゐ)るのだ。167汚(きたな)いものを美(うつく)しうする位(くらゐ)神聖(しんせい)な仕事(しごと)はありますまい。168私(わたし)は賤(いや)しい仕事(しごと)とも汚(きたな)い商売(しやうばい)とも思(おも)つて居(を)りませぬ』
169赤(あか)『ア、170さうか、171それではお前(まへ)の最(もつと)も愛(あい)する処(ところ)へやつてやらう。172地獄(ぢごく)には塵捨場(ごみすてば)もあれば堆糞(たいふん)の塚(つか)も沢山(たくさん)にある。173娑婆(しやば)の亡者(まうじや)がやつて来(き)て腐肉(ふにく)に蠅(はへ)が集(たか)る様(やう)に喜(よろこ)んで嗅(か)いで居(ゐ)る。174現世(げんせ)にある時(とき)の所主(しよしゆ)の愛(あい)によつて身魂(みたま)相応(さうおう)の処(ところ)に行(い)つたが宜(よ)からう。175夜(よる)もなく冬(ふゆ)もなき天国(てんごく)に於(おい)て、176総(すべ)ての神(かみ)の御用(ごよう)に仕(つか)へまつり無限(むげん)の歓喜(くわんき)に浴(よく)するよりも、177其(その)方(はう)は臭気(しうき)紛々(ふんぷん)たる地獄道(ぢごくだう)へ行(ゆ)くのが得心(とくしん)だらう。178サア遠慮(ゑんりよ)は要(い)らぬ、179トツトと行(い)つたが宜(よ)からうぞ』
180曲冬(まがふゆ)『はてな、181さうすると此処(ここ)は矢張(やつぱり)霊界(れいかい)ですかな』
182赤(あか)『定(きま)つた事(こと)だ。183霊界(れいかい)か現界(げんかい)か分(わか)らぬ様(やう)な亡者(まうじや)が如何(どう)なるものか。184それだから心(こころ)の盲(めくら)と云(い)ふのだ』
185曲冬(まがふゆ)『然(しか)らばどうか天国(てんごく)へやつて頂(いただ)き度(た)いものです』
186赤(あか)『マアここで或(ある)一定(いつてい)の時間(じかん)を経(へ)なくては、187お前(まへ)の様(やう)な汚(けが)れた魂(たましひ)は直(すぐ)に天国(てんごく)にやる事(こと)は出来(でき)ない。188先(ま)づ外部(ぐわいぶ)的(てき)要素(えうそ)をスツカリ取(と)らなくてはならぬ。189現世(げんせ)に於(おい)て心(こころ)にもない事(こと)を云(い)つたり、190阿諛(おべつか)を使(つか)つたり、191体(からだ)を窶(やつ)したり、192種々(いろいろ)とやつて来(き)た其(その)外念(ぐわいねん)をスツカリ取(と)り外(はづ)し、193第二(だいに)の内部(ないぶ)状態(じやうたい)に入(い)り、194内的(ないてき)生涯(しやうがい)の関門(くわんもん)を越(こ)えるのだ。195内的(ないてき)とは意志(いし)想念(さうねん)だ。196果(はた)してその意志(いし)が善(ぜん)であり真(しん)であらば天国(てんごく)へ上(のぼ)る事(こと)が出来(でき)るであらう。197併(しか)し乍(なが)ら内的(ないてき)状態(じやうたい)になつてからエンゼルの教(をしへ)を聞(き)き、198其(その)教(をしへ)が耳(みみ)に這入(はい)る様(やう)ならば天国(てんごく)へ行(ゆ)く資格(しかく)が具備(ぐび)してるなり、199如何(どう)しても耳(みみ)に這入(はい)らねば地獄(ぢごく)行(ゆ)きだ。200之(これ)を第三(だいさん)状態(じやうたい)と云(い)つて精霊(せいれい)の去就(きよしう)を決(けつ)する時(とき)だ』
201曲冬(まがふゆ)『ヘー、202随分(ずいぶん)難(むつかし)いものですな。203矢張(やつぱり)天国(てんごく)も地獄(ぢごく)もあるものですかな』
204 斯(か)く話(はな)す所(ところ)へ高姫(たかひめ)は皺嗄声(しわがれごゑ)を張(は)り上(あ)げ乍(なが)ら、
205高姫(たかひめ)『オーイ、206三千彦(みちひこ)、207シャル、208待(ま)つた待(ま)つた。209云(い)ひ度(た)い事(こと)がある』
210と天塩(てしほ)昆布(こぶ)の様(やう)になつた帯(おび)を引摺(ひきず)り乍(なが)ら走(はし)り来(きた)り、
211高姫(たかひめ)『こら、212シャル、213恩(おん)知(し)らず奴(め)、214妾(わし)が此(この)三千彦(みちひこ)の極道(ごくだう)に引倒(ひきたふ)され、215苦(くる)しんでゐる間(ま)に悪口(あくこう)をついて逃(に)げて来(き)たぢやないか。216コレコレお役人(やくにん)さま、217此奴(こいつ)は悪党者(あくたうもの)で厶(ござ)います。218義理(ぎり)天上(てんじやう)が直接(ちよくせつ)成敗(せいばい)する処(ところ)なれど神界(しんかい)の御用(ごよう)が忙(いそが)しいから、219お前(まへ)さまに任(まか)すから厳(きび)しく膏(あぶら)をとつてやつて下(くだ)さいや』
220赤(あか)『ヤ、221お前(まへ)は高姫(たかひめ)ぢやないか。222霊界(れいかい)へ来(き)て迄(まで)噪(はし)やいで居(ゐ)るのか。223モウいい加減(かげん)に外部(ぐわいぶ)的(てき)状態(じやうたい)から離(はな)れたら如何(どう)だ。224一(いち)年(ねん)にもなるのに何(なん)と渋太(しぶと)い奴(やつ)だな』
225高姫(たかひめ)『ヘン、226よう仰有(おつしや)りますワイ。227一(いち)年(ねん)にならうと二(に)年(ねん)にならうとお構(かま)ひ御免(ごめん)だ。228いつやらも杢助(もくすけ)さまを隠(かく)しやがつて、229量見(れうけん)せぬのだが何(なに)を云(い)つても大慈(だいじ)大悲(だいひ)の大弥勒(おほみろく)さまの生宮(いきみや)だから、230大目(おほめ)に見(み)て居(ゐ)るのだ。231グヅグヅ申(まを)すと此(この)生宮(いきみや)が承知(しようち)致(いた)さんぞや』
232赤(あか)『白(しろ)さま、233此(この)婆(ば)アさまは、234邪魔(じやま)になつて仕方(しかた)がないから何処(どこ)かへ突(つ)き出(だ)して下(くだ)さい』
235高姫(たかひめ)『ヘン、236お邪魔(じやま)になりますかな。237そりや、238さうでせう。239誠(まこと)の神(かみ)の言葉(ことば)は悪人(あくにん)の耳(みみ)には、240きつう応(こた)へませう。241お気(き)の毒(どく)様(さま)乍(なが)ら此(この)生宮(いきみや)は世界(せかい)万民(ばんみん)救済(きうさい)の為(ため)、242チツトお耳(みみ)が痛(いた)うても云(い)ふ丈(だ)け云(い)はして貰(もら)ひませう。243弥勒(みろく)様(さま)の因縁(いんねん)を知(し)つて居(ゐ)ますか、244一厘(いちりん)の仕組(しぐみ)が分(わか)りますか、245エー、246よもや解(わか)りますまい。247ヘン、248一厘(いちりん)の仕組(しぐみ)も分(わか)らぬ癖(くせ)に偉(えら)さうに云(い)ふものぢやないわ』
249赤(あか)『白(しろ)さま、250早(はや)く何処(どこ)かへやつて下(くだ)さい』
251白(しろ)『コレコレ高姫(たかひめ)さま、252ここは八衢(やちまた)だからお前(まへ)は早(はや)く何処(どこ)かへ行(い)つて下(くだ)さい。253職務(しよくむ)の邪魔(じやま)になりますからな』
254高姫(たかひめ)『コウリヤ白狐(しろぎつね)、255お前(まへ)は赤狐(あかぎつね)の云(い)ふ事(こと)を聞(き)いて此(この)日(ひ)の出神(でのかみ)を放出(ほりだ)さうとするのか。256ハテ悪(わる)い量見(れうけん)だぞえ。257よう考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい。258天地(てんち)の間(あひだ)は何一(なにひと)つ弥勒(みろく)様(さま)のお構(かま)ひなさらぬ処(ところ)はないぞえ。259お土(つち)とお水(みづ)とお火(ひ)の御恩(ごおん)を知(し)つてますか。260その本(もと)を掴(つか)んだ底津(そこつ)岩根(いはね)の大弥勒(おほみろく)さまを何(なん)と心得(こころえ)て厶(ござ)る。261扨(さ)ても扨(さ)ても盲(めくら)程(ほど)困(こま)つた者(もの)は無(な)いワイ。262ヤ最前(さいぜん)から怪体(けたい)な男(をとこ)が立(た)つて居(を)ると思(おも)つたが、263お前(まへ)はアブナイ教(けう)の菊石彦(みつちやひこ)だな。264先(さき)程(ほど)は大(おほ)きに憚(はばか)りさま、265ヨー突(つ)き倒(たふ)して下(くだ)さつた。266コレコレ赤(あか)に白(しろ)、267日(ひ)の出神(でのかみ)が吩咐(いひつ)ける。268此(この)菊石彦(みつちやひこ)は此(この)生宮(いきみや)を引倒(ひきたふ)した悪人(あくにん)だから一(ひと)つきつい制敗(せいばい)に遭(あ)はしなさい。269屹度(きつと)申付(まをしつ)けて置(お)きますぞや』
270 白(しろ)の守衛(しゆゑい)は止(や)むを得(え)ず、271棕櫚箒(しゆろばうき)を以(もつ)てシャル、272高姫(たかひめ)の両人(りやうにん)に向(むか)つて掃出(はきだ)した。273二人(ふたり)は驚(おどろ)いて雲(くも)を霞(かすみ)と南(みなみ)を指(さ)して逃(に)げて行(ゆ)く。
274三千彦(みちひこ)『モシ、275門番(もんばん)様(さま)、276ここは実際(じつさい)の霊界(れいかい)で厶(ござ)いますか』
277赤(あか)『ハイ、278さうです。279貴方(あなた)はアンブラック川(がは)へ悪者(わるもの)に縛(しば)られ投(な)げ込(こ)まれなさつた一刹那(いちせつな)、280気絶(きぜつ)なさつた為(ため)、281精霊(せいれい)が此処(ここ)へ遊行(いうかう)して来(き)たのですよ。282神(かみ)の化身(けしん)のスマートと云(い)ふ義犬(ぎけん)が矢場(やには)に川(かは)に跳(と)び込(こ)み、283貴方(あなた)の死骸(しがい)を啣(くわ)へて堤(つつみ)へ引上(ひきあ)げ、284縛(いましめ)を解(と)いて今(いま)一生(いつしやう)懸命(けんめい)に貴方(あなた)の肉体(にくたい)に対(たい)し介抱(かいはう)をして居(を)ります。285軈(やが)てスマートが迎(むか)へに来(く)るでせうから一緒(いつしよ)にお帰(かへ)りなさい。286まだ此処(ここ)に来(く)る時(とき)ではありませぬ。287そしてテルモン山(ざん)に悪者(わるもの)が跳梁(はびこ)つて居(ゐ)ますから充分(じうぶん)注意(ちうい)して臨(のぞ)まねばなりますまい』
288三千彦(みちひこ)『さう承(うけたまは)らば幽(かす)かに記憶(きおく)に浮(うか)んで来(き)ます。289矢張(やつぱり)私(わたし)は溺死(できし)したのですかいな。290霊界(れいかい)と云(い)ふ所(ところ)は現界(げんかい)と少(すこ)しも違(たが)はない所(ところ)ですな。291一(ひと)つ不思議(ふしぎ)なのは、292あの高姫(たかひめ)さまは命(いのち)がなくなつたと聞(き)いて居(を)りましたのに随分(ずいぶん)えらい脱線振(だつせんぶ)り、293あの方(かた)も矢張(やつぱり)霊界(れいかい)に居(を)られるのですかな』
294赤(あか)『まだ現界(げんかい)に三十(さんじふ)年(ねん)許(ばか)り生命(せいめい)が残(のこ)つて居(を)りますが余(あんま)り現界(げんかい)で邪魔(じやま)をするので、295時置師(ときおかしの)神(かみ)様(さま)がお出(いで)になり、296伊吹戸主(いぶきどぬし)の大神(おほかみ)にお願(ねが)ひ遊(あそ)ばして、297三(さん)年(ねん)が間(あひだ)中有界(ちううかい)に放(はな)つてあるので厶(ござ)います。298三(さん)年(ねん)すれば屹度(きつと)外(ほか)の肉体(にくたい)に憑(かか)つて再(ふたた)び現界(げんかい)で活動(くわつどう)するでせう。299今(いま)の精神(せいしん)で現界(げんかい)に行(ゆ)かれちや、300やりきれませぬから、301あと二(に)年(ねん)の間(あひだ)に充分(じうぶん)の修業(しうげふ)をさして現界(げんかい)に還(かへ)す積(つも)りです』
302三千彦(みちひこ)『成程(なるほど)、303何(なに)から何(なに)まで、304神(かみ)様(さま)のなさる事(こと)はよく行(ゆ)き渡(わた)つたものですな。305併(しか)し乍(なが)ら三(さん)年(ねん)の後(のち)には高姫(たかひめ)の肉体(にくたい)は最早(もはや)駄目(だめ)でせう』
306赤(あか)『三(さん)年(ねん)の後(のち)に生命(いのち)尽(つ)きて霊界(れいかい)に来(く)る肉体(にくたい)がありますから、307其(その)肉体(にくたい)に高姫(たかひめ)の精霊(せいれい)を宿(やど)らせ、308残(のこ)り三十(さんじふ)年(ねん)を現界(げんかい)で活動(くわつどう)させる手筈(てはず)となつて居(を)ります』
309三千彦(みちひこ)『ア、310さうですか。311三年先(さんねんさき)になれば誰(たれ)かの肉体(にくたい)に憑(うつ)つて脱線(だつせん)的(てき)布教(ふけう)をやるのですな、312困(こま)つたものですな』
313赤(あか)『もう已(すで)に一(いち)年(ねん)を経過(けいくわ)したのだから、314後(あと)二(に)年(ねん)ですよ。315あの我執(がしふ)我見(がけん)を此(この)二(に)年(ねん)の間(あひだ)に何(なん)とか改良(かいりやう)せねばならぬのですから、316霊界(れいかい)に於(おい)ても大変(たいへん)手古摺(てこず)つて居(ゐ)ます。317今(いま)は岩山(いはやま)の麓(ふもと)に小(ちひ)さき家(いへ)を建(た)てて一人暮(ひとりぐら)しをして居(ゐ)ますが、318マア一人(ひとり)で暮(くら)して居(を)れば余(あま)り害(がい)がないから大神(おほかみ)様(さま)も大目(おほめ)に見(み)て厶(ござ)るのですよ。319エンゼルが行(い)つても減(へ)らず口(ぐち)計(ばか)りたたいて、320受付(うけつ)けぬから困(こま)つたものです。321人間(にんげん)の精霊(せいれい)も、322あれ丈(だ)け我執(がしふ)に固(かた)まつて了(しま)つては仕方(しかた)の無(な)いものですワイ』
323 斯(か)く話(はな)す時(とき)しも南(みなみ)の方(はう)より宙(ちう)を跳(と)んで走(はし)り来(く)る一頭(いつとう)の猛犬(まうけん)、324『ウーウー、325ウワツ ウワツ』と二声(ふたこゑ)三声(みこゑ)高(たか)く叫(さけ)んだ。326此(この)声(こゑ)にハツと気(き)がつき四辺(あたり)を見(み)れば今(いま)迄(まで)の八衢(やちまた)の光景(くわうけい)は影(かげ)もなく消(き)え失(う)せ、327アンブラック川(がは)の堤(どて)の青芝(あをしば)の上(うへ)に横(よこ)たはつて居(ゐ)た。328側(そば)には猛犬(まうけん)スマートが行儀(ぎやうぎ)よく坐(すわ)つて嬉(うれ)しげに三千彦(みちひこ)の顔(かほ)を眺(なが)め尾(を)を掉(ふ)つて居(ゐ)る。329テルモン山(ざん)の方(はう)を眺(なが)むれば黒煙(こくえん)濛々(もうもう)として立(た)ち上(のぼ)り黒雲(くろくも)の如(ごと)く空(そら)を封(ふう)じて居(ゐ)る。330月(つき)は黒煙(こくえん)の間(あひだ)に隠顕(いんけん)出没(しゆつぼつ)しつつ足早(あしばや)に走(はし)る如(ごと)く見(み)えて居(ゐ)る。
331(大正一二・三・二五 旧二・九 於皆生温泉浜屋 北村隆光録)
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