霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一〇章 転香(てんこう)〔一四六〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第57巻 真善美愛 申の巻 篇:第2篇 顕幽両通 よみ(新仮名遣い):けんゆうりょうつう
章:第10章 転香 よみ(新仮名遣い):てんこう 通し章番号:1460
口述日:1923(大正12)年03月25日(旧02月9日) 口述場所:皆生温泉 浜屋 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年5月24日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
シャルは、寒風吹きまくる四つ辻に、若芽のような弊衣をまとって、唇まで紫色に染め、ふるえながら立っている。路傍の立石にもたれて、シャルは高姫への不平不満をつぶやいている。
シャルはやけくそになって四股を踏みながら、早く自分の仕事を手伝ってくれる新入りが来ないかと不満をどなりはじめた。そこへ向こうから寒そうなふうでうつむき気味にやってくる青白い男があった。シャルは男を見つけると大喝一声呼び止めた。
男は元アブナイ教信者の鰐口曲冬だと名乗り、懺悔生活のために便所の掃除なりとさせてほしいとシャルに頼み込んだ。シャルは喜んで男を高姫のところに連れて行った。
高姫は、この便所は大弥勒様のお肥料様だからなかなか身魂が磨けないと掃除ができない、と言いだした。そして偽善の懺悔生活をするよりも、ウラナイ教に入るようにと曲冬を説きつけた。
曲冬は、長らく入信していた天香教の偽善を語りだした。高姫はここぞと衆生済度のウラナイ教に入るべきだと勧める。曲冬は、ウラナイ教の説教をまず聞かせてもらいたいと高姫に答えた。
高姫は講釈を始めたが、曲冬はさわりを聞いて上げ足を取り、自分には必要のない教えだと言うとさっさと門口から逃げ出してしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-11-10 18:07:02 文字数:5437 OBC :rm5710
愛善世界社版:131頁 八幡書店版:第10輯 307頁 修補版: 校定版:138頁 普及版:62頁 初版: ページ備考:
001 寒風(かんぷう)吹(ふ)き捲(ま)くる四辻(よつつじ)に若布(わかめ)のやうな弊衣(へいい)を纒(まと)うて唇(くちびる)まで紫色(むらさきいろ)に染(そ)め、002慄(ふる)ひ慄(ふる)ひ立(た)つて居(ゐ)る一人(ひとり)の男(をとこ)はシャルであつた。003シャルは道別(みちわけ)の立石(たていし)に凭(もた)れてブルブル慄(ふる)ひ乍(なが)ら一人(ひとり)呟(つぶや)いて居(ゐ)る。
004シャル『エー糞(くそ)面白(おもしろ)うもない。005此(この)風(かぜ)の吹(ふ)きつ放(ぱな)しに罪(つみ)もないのに立(た)たされて……石地蔵(いしぢざう)でもあるまいに……俺(おれ)等(たち)はこれでも血液(けつえき)が通(かよ)つて居(ゐ)るのだぞ。006高姫(たかひめ)の婆(ばば)奴(め)、007人(ひと)を滅多(めつた)矢鱈(やたら)にこき使(つか)ひやがつて、008馬鹿(ばか)にしてやがる。009此(こ)の寒(さむ)いのに斯(こ)んな処(ところ)に亡者引(もさひ)きに来(く)る位(くらゐ)なら矢張(やつぱ)り泥坊(どろばう)でもやつて居(ゐ)た方(はう)が何程(なにほど)男(をとこ)らしいか知(し)れやしないわ。010水(みづ)の流(なが)れと人(ひと)の行末(ゆくすゑ)、011変(かは)れば変(かは)るものだな。012俺(おれ)もバラモン教(けう)の軍人(ぐんじん)さまで公然(こうぜん)と強姦(がうかん)もやり、013強盗(がうたう)もやり、014法螺(ほら)も吹(ふ)き、015喇叭(ラツパ)も吹(ふ)いて来(き)たものだが斯(か)う零落(おちぶ)れては、016もう仕方(しかた)がない。017腹(はら)は空腹(くうふく)となる喉(のど)は渇(かわ)く、018着物(きもの)は破(やぶ)れ虱(しらみ)はしがむ、019何処(どこ)ともなしに身体(からだ)は慄(ふる)ひ出(だ)す、020宛然(まるで)地獄(ぢごく)の様(やう)だワイ。021一丈(いちぢやう)二(に)尺(しやく)の褌(まはし)をかいた荒男(あらをとこ)がアトラスの様(やう)な面(つら)した婆(ばば)にこき使(つか)はれて、022アタ胸糞(むねくそ)の悪(わる)い、023糞(くそ)面白(おもしろ)うもない、024ケツタ糞(くそ)が悪(わる)いワイ。025それにまだまだケツタ臭(くさ)い事(こと)は、026高姫(たかひめ)の奴(やつ)己(おのれ)の放(た)れた糞(くそ)小便(せうべん)を掃除(さうぢ)せいと吐(ぬか)しやがる。027金勝要(きんかつかね)の大神(おほかみ)さまだつて雪隠(せつちん)へ落(おと)されたのだから、028お前(まへ)等(たち)が雪隠(せつちん)の掃除(さうぢ)するのは結構(けつこう)な御(お)神徳(かげ)だ等(など)と本当(ほんたう)に馬鹿(ばか)にして居(ゐ)やがる。029実(じつ)に糞慨(ふんがい)の至(いた)りだ。030だと云(い)つて何処(どこ)へ行(ゆ)く所(ところ)もなし、031八(はつ)尺(しやく)の体(からだ)の置場(おきば)に困(こま)つて居(ゐ)るのだからチツトは気(き)に喰(く)はいでも、032あの婆(ばば)に喰(くら)ひついて居(ゐ)るより仕方(しかた)がないわ。033エー糞(くそ)忌々(いまいま)しい。034誰(たれ)かモ一人(ひとり)俺(おれ)の云(い)ふ事(こと)を肯(き)く奴(やつ)が来(き)て呉(く)れると雪隠(せつちん)の掃除(さうぢ)をさしてやるのだが、035来(く)る奴(やつ)来(く)る奴(やつ)、036高姫(たかひめ)と喧嘩(けんくわ)して逃(に)げて去(い)にやがるものだから、037宛然(まるで)籠(かご)に水(みづ)を入(い)れて居(ゐ)る様(やう)なものだ。038何時(いつ)迄(まで)かかつたつて満足(まんぞく)な信者(しんじや)は一人(ひとり)だつて出来(でき)やしないわ。039ウラナイ教(けう)か何(なに)か知(し)らぬが教祖(けうそ)もし、040役員(やくゐん)もし、041信者(しんじや)も一人(ひとり)で兼(か)ねてるのだから婆(ばば)も忙(いそが)しいだらう。042此(この)間(あひだ)も信者(しんじや)が幾何(いくら)あると聞(き)いて見(み)たら四十一(しじふいち)人(にん)あると吐(ぬか)しよつた。043よく考(かんが)へて見(み)ればアタ阿呆(あはう)らしい、044四十(しじふ)と云(い)ふ意味(いみ)は始終(いつも)と云(い)ふ意味(いみ)だつた。045今年(ことし)で殆(ほとん)ど四十四(しじふし)年(ねん)も布教(ふけう)してると云(い)ひやがつたが、046まだ三(さん)人(にん)四(し)人(にん)と信者(しんじや)が出来(でき)ぬのだから大(たい)したものだワイ。047姑(しうとめ)の十八(じふはち)ばつかり朝(あさ)から晩(ばん)まで並(なら)べ立(た)てやがつて、048一人(ひとり)よがりの一人(ひとり)自慢(じまん)、049上(あ)げも下(おろ)しもならぬ糞婆(くそばば)だ。050年(とし)は幾才(いくつ)だと聞(き)いて見(み)たら四十九(しじふく)才(さい)だと吐(ぬか)しやがる。051俺(おれ)の見(み)た所(ところ)では、052どうしても五十(ごじふ)五六(ごろく)に見(み)えるがヤツパリ年寄(としより)と見(み)られるのが辛(つら)いと見(み)えるワイ。053何(なん)だか知(し)らぬが始終(しじう)臭(くさ)い事(こと)ばかり吐(ぬか)しやがる。054アタ辛気臭(しんきくさ)い もう厭(いや)になつて了(しま)つた。055誰(たれ)かよい馬鹿(ばか)野郎(やらう)が出(で)て来(き)て俺(おれ)の仕事(しごと)を手伝(てつだ)つて呉(く)れる奴(やつ)があるまいかな』
056と自暴糞(やけくそ)になり四股(しこ)を踏(ふ)み乍(なが)ら一人(ひとり)呶鳴(どな)つて居(ゐ)る。057そこへ向(むか)ふの方(はう)から寒(さむ)さうな風姿(ふう)をして稍(やや)俯向(うつむ)き気味(ぎみ)に破(やぶ)れ笠(がさ)を被(かぶ)り臭気(しうき)紛々(ふんぷん)たる着物(きもの)をつけ乍(なが)ら、058やつて来(き)た蒼白(あをじろ)い中肉(ちうにく)中背(ちうぜい)の男(をとこ)があつた。059シャルは此(この)男(をとこ)を見(み)るより大喝(だいかつ)一声(いつせい)『待(ま)てツ』と叫(さけ)んだ。060男(をとこ)は此(この)声(こゑ)に驚(おどろ)いてハツと立止(たちど)まり、061少(すこ)し尻(しり)を後(うしろ)へ出(だ)し、062両手(りやうて)を金剛杖(こんがうづゑ)の上(うへ)にキチンと載(の)せ乍(なが)ら、
063男(をとこ)『何用(なによう)で厶(ござ)いますかな』
064シャル『何用(なによう)でもない。065一寸(ちよつと)尋(たづ)ねたい事(こと)があるのだ。066貴様(きさま)の姓名(せいめい)は何(なん)と云(い)ふか』
067男(をとこ)『ハイ、068私(わたし)は元(もと)はアブナイ教(けう)の信者(しんじや)で厶(ござ)いまして鰐口(わにぐち)曲冬(まがふゆ)と云(い)ひ、069今(いま)は人間(にんげん)の一等(いつとう)厭(きら)ふ一等厭(いつとうえん)と云(い)ふ偽君子(ぎくんし)の団体(だんたい)へ這入(はい)つて懺悔(ざんげ)の生活(せいくわつ)をやつてる者(もの)で厶(ござ)います。070どうか小便壺(せうべんつぼ)、071雪隠壺(せつちんつぼ)、072塵芥場(ごもくば)の掃除(さうぢ)をさして頂(いただ)けませぬだらうかな』
073シャル『ヤ、074そいつは感心(かんしん)だ。075大(おほい)に吾(わが)意(い)を得(え)たりと云(い)ふべしだ。076実(じつ)の所(ところ)、077俺(おれ)の館(やかた)はここ三月(みつき)許(ばか)り小便(せうべん)、078糞(くそ)は云(い)ふに及(およ)ばず、079汚(きたな)い塵芥(ごもくた)が庭(には)の隅(すみ)にかためてあるのだ。080どうだ、081掃除(さうぢ)して貰(もら)ふ訳(わけ)には行(ゆ)くまいかな』
082曲冬(まがふゆ)『謹(つつし)んで掃除(さうぢ)をさして頂(いただ)きます。083十分(じふぶん)の活動(くわつどう)を致(いた)しますから、084何卒(どうぞ)麦飯(むぎめし)でも宜(い)いから饗(よ)んで頂(いただ)きたいものです』
085シャル『小便(せうべん)はシシと云(い)ひ、086糞(くそ)はフンと云(い)ひ塵埃(ごもく)はジン埃(あい)と云(い)ふから獅子(しし)奮迅(ふんじん)の活動(くわつどう)をやつて見(み)せて呉(く)れ。087さうすりや俺(おれ)の師匠(ししやう)の八釜(やかま)しやの高姫(たかひめ)も麦飯(むぎめし)の一杯(いつぱい)位(ぐらゐ)は饗(よ)んで呉(く)れぬ事(こと)もあるまい。088兎(と)も角(かく)、089お前(まへ)の働(はたら)き次第(しだい)だ。090芸(げい)は身(み)を助(たす)けると云(い)ふから屹度(きつと)お前(まへ)も高姫(たかひめ)さまに重宝(ちようほう)がられるだらう。091サアこれから一(ひと)つ帰(かへ)つて高姫(たかひめ)さまに対(たい)して信者(しんじや)を造(つく)つたのを土産(みやげ)となし、092俺(おれ)の仕事(しごと)を助(たす)けて貰(もら)ふ事(こと)ともなり一挙(いつきよ)両得(りやうとく)だ。093マアこれで俺(おれ)も一寸(ちよつと)息(いき)が出来(でき)ると云(い)ふものだ。094オイ曲冬(まがふゆ)とやら、095永(なが)らく俺(おれ)の部下(ぶか)となつて雪隠(せんち)の掃除(さうぢ)だけ受持(うけも)つて呉(く)れ。096何(なん)と懺悔(ざんげ)の生活(せいくわつ)と云(い)ふものは重宝(ちようほう)なものだのう』
097曲冬(まがふゆ)『初稚姫(はつわかひめ)さまは天刑病(てんけいびやう)者(しや)の膿血(うみち)を吸(す)うて助(たす)けてやられた事(こと)があるでせう。098糞(くそ)小便(せうべん)の掃除(さうぢ)位(ぐらゐ)が何(なん)ですか。099人間(にんげん)は皆(みな)糞(くそ)小便(せうべん)を喜(よろこ)んで喰(く)つて居(ゐ)るのですよ。100直接(ちよくせつ)に喰(く)ふ奴(やつ)は犬(いぬ)だけど間接(かんせつ)に喰(く)うのは皆(みな)人間(にんげん)です。101糞(くそ)たれては大根(だいこん)、102蕪(かぶら)、103稲(いね)、104麦(むぎ)等(など)にかけ、105その肥料(こやし)で野菜(やさい)が成長(せいちやう)し、106米麦(こめむぎ)が実(みの)るのだ。107云(い)はば間接(かんせつ)の糞喰(くそく)ひ、108小便呑(せうべんの)み人間(にんげん)だ。109糞(くそ)の掃除(さうぢ)位(ぐらゐ)が何(なに)それ程(ほど)汚(きたな)いものか。110喜(よろこ)んで汚(きたな)い処(ところ)の掃除(さうぢ)をする心(こころ)にならないと本当(ほんたう)の善(ぜん)にはなりませぬよ。111これが誠(まこと)の神心(かみごころ)ですからな。112己(おのれ)の欲(ほつ)する所(ところ)を人(ひと)に施(ほどこ)し、113己(おのれ)の欲(ほつ)せざる所(ところ)を努(つと)めて行(おこな)はなくては懺悔(ざんげ)の生活(せいくわつ)ではありませぬワイ』
114シャル『イヤ感心(かんしん)致(いた)した。115サ、116来(き)て下(くだ)さい。117お前(まへ)の事業(じげふ)は何程(いくら)でも溜(たま)つてる、118随分(ずいぶん)好(よ)い顧客(とくい)だよ』
119曲冬(まがふゆ)『ハイ、120有難(ありがた)う厶(ござ)います』
121と云(い)ひ乍(なが)らシャルの後(あと)に従(したが)ひ冷(つめた)い野分(のわけ)に吹(ふ)かれ乍(なが)ら岩山(いはやま)の麓(ふもと)の茅家(あばらや)に導(みちび)かれた。
122 シャルは斜(はすかい)になつた戸(と)を、123がたつかせ乍(なが)ら漸(やうや)うに引(ひ)き開(あ)け、
124シャル『サ、125曲冬(まがふゆ)さま、126此処(ここ)は大弥勒(おほみろく)様(さま)の金殿(きんでん)玉楼(ぎよくろう)だ。127マア這入(はい)つて冷(つめた)い茶(ちや)なつと一杯(いつぱい)飲(あが)つて下(くだ)さい。128モシ高姫(たかひめ)さま、129よい鳥(とり)を一羽(いちは)生捕(いけど)つて来(き)ました。130サア何卒(どうぞ)お前(まへ)さまの大和(やまと)魂(だましひ)で、131好(す)きすつぽうに料理(れうり)して下(くだ)さい。132屹度(きつと)此奴(こいつ)アお気(き)に入(い)るかも知(し)れませぬぜ』
133高姫(たかひめ)『これこれシャル、134結構(けつこう)な人間(にんげん)様(さま)を御(ご)案内(あんない)し乍(なが)ら何(なん)と云(い)ふ御(ご)無礼(ぶれい)な事(こと)を申(まを)すのだ。135何故(なぜ)善言(ぜんげん)美詞(びし)を用(もち)ひないのか。136悪言(あくげん)醜詞(しうし)は禁物(きんもつ)だと、137何時(いつ)も云(い)つてあるぢやないかい』
138シャル『エ、139酢(す)につけ、140味噌(みそ)につけ、141何(なん)とかかんとか叱言(こごと)を云(い)はねば気(き)の済(す)まぬ人(ひと)ですな。142此(この)人(ひと)は一等厭(いつとうえん)の曲冬(まがふゆ)さまとか云(い)つて懺悔(ざんげ)の生活(せいくわつ)をして居(ゐ)る偽君子(ぎくんし)ですよ。143貴方(あなた)の弁舌(べんぜつ)で一(ひと)つ帰順(きじゆん)させて御覧(ごらん)なさいませ。144そして便所(べんじよ)の掃除(さうぢ)をさして呉(く)れと仰有(おつしや)るのです。145何(なん)とマア結構(けつこう)なお方(かた)もあればあるものですな』
146高姫(たかひめ)『ア、147曲冬(まがふゆ)さまとやら、148そこは端近(はしぢか)、149マア囲炉裏(ゐろり)の側(そば)へお寄(よ)りなさいませ。150嘸(さぞ)寒(さむ)かつたで厶(ござ)いませう。151此(この)婆(ばば)は斯(こ)う見(み)えても見(み)かけによらぬ優(やさ)しい者(もの)だから安心(あんしん)して下(くだ)さい。152そしてお前(まへ)、153懺悔(ざんげ)の生活(せいくわつ)をしてると云(い)ふことだが、154懺悔(ざんげ)せにやならぬやうな悪事(あくじ)をしたのかい』
155曲冬(まがふゆ)『ハイ、156これと云(い)つて別(べつ)に悪(わる)い事(こと)をしたやうにも思(おも)ひませぬが、157人間(にんげん)と云(い)ふものは知(し)らず識(し)らずの罪(つみ)を作(つく)つてるものですから懺悔(ざんげ)のために、158人(ひと)の一等(いつとう)厭(いや)な便所(べんじよ)の掃除(さうぢ)や塵芥場(ごもくば)の掃除(さうぢ)をさして頂(いただ)き、159其処辺(そこらぢう)を巡(めぐ)つてるので厶(ござ)います』
160高姫(たかひめ)『扨(さ)て扨(さ)て奇特(きとく)な事(こと)だ。161併(しか)し乍(なが)らよう考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい。162便所(べんじよ)の掃除(さうぢ)をするのは女房(にようばう)や女衆(をんなしう)の役(やく)ぢやありませぬか。163男(をとこ)は男(をとこ)としての立派(りつぱ)な事業(じげふ)があるでせう。164それに何(なん)ぞや、165睾丸(きんたま)さげた男(をとこ)が卑怯(ひけふ)未練(みれん)にも便所(べんじよ)の掃除(さうぢ)をするとは、166チト可笑(をか)しいぢやありませぬか。167お前(まへ)さま等(たち)がそんな事(こと)をするものだから此(この)頃(ごろ)の女中(ぢよちう)は皆(みな)増長(ぞうちよう)して了(しま)ひ、168「私(わたし)は下女(げぢよ)には来(き)たが便所(べんじよ)の掃除(さうぢ)は約束外(やくそくぐわい)だ」と、169自分(じぶん)の放(こ)いたもの迄(まで)主人(しゆじん)の奥(おく)さまに掃除(さうぢ)さす様(やう)になつたのも、170皆(みな)お前(まへ)等(たち)が悪(わる)いからだ。171世界(せかい)の男子(だんし)が、172何(ど)れも之(これ)も一等厭(いつとうえん)に這入(はい)り、173便所(べんじよ)掃除(さうぢ)になつたら如何(どう)するのです。174自分(じぶん)の放(こ)いた糞(くそ)まで人(ひと)に掃除(さうぢ)させたり、175又(また)人(ひと)の糞(くそ)まで掃除(さうぢ)して歩(ある)く様(やう)な不合理(ふがふり)な罰当(ばちあた)りの事(こと)が何処(どこ)にありますかい。176それだから世間(せけん)の人(ひと)は一等厭(いつとうえん)の奴(やつ)はド奴(やつこ)の糞奴(くそやつこ)計(ばか)りだと云(い)ふのですよ。177何(なん)だか怪体(けたい)な香(にほひ)がすると思(おも)へばお前(まへ)の着物(きもの)に尿糞塵(ししふんじん)の香(にほひ)が浸(し)みこんで居(ゐ)る。178地獄(ぢごく)に籍(せき)を置(お)いたものは鼻(はな)をつく様(やう)な堆糞(たいふん)の場所(ばしよ)や便所(べんじよ)塵芥場(ごもくば)を喜(よろこ)ぶものだ。179其(その)臭気(しうき)をまるで高天原(たかあまはら)の天香(てんかう)の様(やう)に思(おも)うて居(ゐ)るのだから困(こま)つたものだな。180鼻(はな)もそこ迄(まで)痳痺(まひ)しては善悪(ぜんあく)美醜(びしう)の区別(くべつ)もつかなくなり、181却(かへつ)て楽(らく)かも知(し)れない。182併(しか)し乍(なが)ら折角(せつかく)神(かみ)の分霊(ぶんれい)を貰(もら)つてる人間(にんげん)が酔生(すゐせい)夢死(むし)の生活(せいくわつ)を送(おく)るのも勿体(もつたい)ない、183自分(じぶん)の放(こ)いた糞(くそ)は自分(じぶん)で掃除(さうぢ)すれば宜(い)いのだ。184人(ひと)の放(こ)いた糞(くそ)まで掃除(さうぢ)させたり、185したりするものぢやない。186他人(ひと)に糞(くそ)の掃除(さうぢ)をさせるのは赤(あか)ん坊(ばう)の間(うち)だ。187又(また)その糞(ふん)を掃除(さうぢ)するものは赤坊(あかんばう)を負(お)うた母親(ははおや)か、188子守(こもり)の仕事(しごと)だ。189チツト考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい』
190曲冬(まがふゆ)『さう一口(ひとくち)にコキ下(おろ)されては便明(べんめい)の辞(じ)がありませぬ。191併(しか)し乍(なが)ら一等厭(いつとうえん)は一等厭(いつとうえん)としての主義(しゆぎ)綱領(かうりやう)があります。192どうか便所(べんじよ)の掃除(さうぢ)をさして頂(いただ)き度(た)いものですな』
193高姫(たかひめ)『イヤイヤなりませぬ。194何(なん)と心得(こころえ)て厶(ござ)る。195ここの便所(べんじよ)は普通(ふつう)一般(いつぱん)の便所(べんじよ)とは違(ちが)ひますぞや。196勿体(もつたい)なくも大弥勒(おほみろく)様(さま)のお尻(いど)から出(で)たお肥料(こえ)様(さま)だ。197そこへシャルの汚(きたな)い奴(やつ)も交(まじ)つて居(ゐ)るが、198然(しか)し此(この)館(やかた)にはシャルと云(い)ふものが居(を)りますから……ここの便所(べんじよ)なんか身魂(みたま)の研(みが)けない人(ひと)に構(かま)つて貰(もら)ふ事(こと)は出来(でき)ませぬ。199中々(なかなか)大弥勒(おほみろく)さまの便所(べんじよ)の掃除(さうぢ)をさして貰(もら)はうと思(おも)へば並(なみ)や大抵(たいてい)の事(こと)ぢやありませぬぞや。200余程(よほど)神徳(しんとく)を貰(もら)はなくちや出来(でき)ませぬ。201そんな事(こと)云(い)つて麦飯(むぎめし)の一杯(いつぱい)も饗(よ)ばれようと思(おも)つてるのだらうが、202此(こ)の辛(から)い世(よ)の中(なか)に、203誰(たれ)がそんな糞奴(くそやつこ)に飯(めし)の一杯(いつぱい)も食(く)はす者(もの)がありますかい。204それよりもチツト日(ひ)の出神(でのかみ)の義理(ぎり)天上(てんじやう)が申(まを)す事(こと)を腹(はら)へ締(し)め込(こ)んで置(お)きなされ。205さうすれば結構(けつこう)な出世(しゆつせ)が出来(でき)ますぞや。206折角(せつかく)結構(けつこう)な人間(にんげん)と生(うま)れて便所(べんじよ)の掃除(さうぢ)をやつて居(を)つては神(かみ)様(さま)に対(たい)しても済(す)まぬぢやありませぬか。207お前(まへ)さまの様(やう)な連中(れんちう)が沢山(たくさん)出来(でき)て便所(べんじよ)の掃除(さうぢ)を引受(ひきう)けて下(くだ)さるのは宜(よろ)しいが、208これが百(ひやく)年(ねん)も将来(さき)に行(い)つて御覧(ごらん)なさい。209世間(せけん)から特種(とくしゆ)部落(ぶらく)扱(あつか)ひをされて、210便族(べんぞく)と云(い)ふ名(な)がつきますぞや。211さうすりや普通(ふつう)の人間(にんげん)と縁組(えんぐみ)も出来(でき)ませぬぞえ。212宜(い)い加減(かげん)テンコウして置(お)くが宜(よろ)しからう。213特種(とくしゆ)部落(ぶらく)の開祖(かいそ)になる積(つも)りだらうが、214そんな事(こと)するより三千(さんぜん)世界(せかい)を助(たす)けるウラナイ教(けう)にお這入(はい)りなさい何(なに)程(ほど)結構(けつこう)だか知(し)れませぬぞや』
215曲冬(まがふゆ)『それもさうですな。216実(じつ)の所(ところ)は厭(いや)で堪(たま)らないのだけど、217喰(く)はんが悲(かな)しさに人(ひと)の厭(いや)がる便所(べんじよ)の掃除(さうぢ)をして其(その)日(ひ)の飢(うゑ)を凌(しの)いで居(ゐ)るのです。218それでも世間(せけん)は馬鹿者(ばかもの)が多(おほ)いと見(み)えて一種(いつしゆ)の態(てい)のよい乞食(こじき)を聖人(せいじん)だ、219君子(くんし)だと崇(あが)めて呉(く)れますからな。220新聞(しんぶん)や雑誌(ざつし)に書(か)き立(た)てて褒(ほ)めるのですもの、221チツト位(ぐらゐ)臭(くさ)くても辛抱(しんばう)が出来(でき)たものですよ。222併(しか)し乍(なが)ら天香宗(てんかうしう)の教祖(けうそ)様(さま)は表(おもて)から見(み)れば随分(ずいぶん)立派(りつぱ)なお方(かた)ですが、223ヤツパリ株(かぶ)を売買(ばいばい)したり、224儲(まう)かりさうな鉱山(くわうざん)を買占(かひし)めたり、225借(か)つたものは何(なん)とか云(い)つて返(かへ)さず、226取(と)り込(こ)む事(こと)は随分(ずいぶん)上手(じやうず)ですよ。227それでも上流(じやうりう)社会(しやくわい)から非常(ひじやう)に褒(ほ)めそやされ、228沢山(たくさん)な書物(かきもの)が売(う)れるのですから、229世(よ)の中(なか)は妙(めう)なものですな。230児島(こじま)高徳(たかのり)が桜(さくら)の木(き)に「天香(てんかう)雪隠(せんち)を空(むな)しうする勿(なか)れ、231時(とき)に飯礼(はんれい)無(な)きにしも非(あら)ず」と云(い)つて、232私(わたくし)の狂祖(きやうそ)さまの事(こと)を予言(よげん)しておいた位(くらゐ)ですもの、233余(あま)り馬鹿(ばか)にはなりませぬワイ』
234高姫(たかひめ)『サ、235それが暗(くら)がりの世(よ)の中(なか)と云(い)ふのだよ。236善人(ぜんにん)は悪(あく)とせられ、237悪人(あくにん)は善人(ぜんにん)と推称(すゐしよう)せらるる逆様(さかさま)の世(よ)の中(なか)だから、238それで此(この)度(たび)天(てん)から大弥勒(おほみろく)様(さま)が、239此(この)地(ち)の上(うへ)にお降(くだ)り遊(あそ)ばし、240此(この)高姫(たかひめ)の肉体(にくたい)を宿(やど)として衆生(しうじやう)済度(さいど)の為(ため)にウラナイの道(みち)をお開(ひら)き遊(あそ)ばしたのだ、241何(なん)と有難(ありがた)い事(こと)ではないかな。242天香教(てんかうけう)とウラナイ教(けう)と何方(どちら)が誠(まこと)と思(おも)ひますか』
243曲冬(まがふゆ)『天香教(てんかうけう)には永(なが)らく這入(はい)つて居(を)りましたので大抵(たいてい)の教理(けうり)は分(わか)りましたが、244まだウラナイ教(けう)は何(なに)も聞(き)いて居(を)りませぬから、245どちらが善(よ)いか悪(わる)いか、246判断(はんだん)がつきませぬ。247先(ま)づ御(お)説教(せつけう)を聞(き)かして貰(もら)つた上(うへ)でお返事(へんじ)致(いた)しませう』
248高姫(たかひめ)『成程(なるほど)、249何程(なにほど)おいしいものでも食(く)つて見(み)ねば味(あぢ)の分(わか)らぬ道理(だうり)だ。250お前(まへ)の云(い)ふ事(こと)には一理(いちり)がある。251米(こめ)の飯(めし)と麦(むぎ)の飯(めし)と食(く)ひ比(くら)べて見(み)れば、252米(こめ)の飯(めし)がうまいと誰(たれ)も云(い)ふだらう。253此(この)ウラナイ教(けう)は実(じつ)は農業(のうげふ)を基(もと)とする教(をしへ)だ。254それだから北山村(きたやまむら)に農園(のうゑん)を開(ひら)いて種物(たねもの)神社(じんじや)を祀(まつ)つてるのだよ。255ウラナイ教(けう)の標(しるし)を見(み)て御覧(ごらん)なさい。256八木(はちぼく)と書(か)いてあるでせう。257八木(はちぼく)は所謂(いはゆる)米(こめ)といふ字(じ)だ。258米国(べいこく)から渡(わた)つて来(き)た常世姫(とこよひめ)の教(をしへ)だからな』
259曲冬(まがふゆ)『日(ひ)の出神(でのかみ)さまの御紋(ごもん)に米(こめ)の字(じ)とはチツト釣合(つりあ)ひがとれぬぢやありませぬか』
260高姫(たかひめ)『お前(まへ)は考(かんが)へが浅(あさ)いから、261そんな事(こと)を云(い)ふのだ。
262日(ひ)の出(で)の日(ひ)の字(じ)は朝日(あさひ)の日(ひ)の字(じ)
263米国(べいこく)の米(べい)の字(じ)は米(こめ)と書(か)く
264軈(やが)て日(ひ)の出(で)のままとなる。
265と云(い)ふ歌(うた)があるだらう。266此(この)歌(うた)は日(ひ)の出神(でのかみ)の義理(ぎり)天上(てんじやう)が世界(せかい)の人間(にんげん)に知(し)らす為(ため)に作(つく)つて置(お)いたのだよ。267何(なん)と理(り)のつんだ歌(うた)だらうがな。268到底(たうてい)人間(にんげん)の作物(さくぶつ)ぢやありますまい。269それだから日(ひ)の出(で)の神(かみ)の云(い)ふ事(こと)を聞(き)いて居(を)れば此(この)世(よ)の中(なか)がままになるのだ。270分(わか)りましたかな』
271曲冬(まがふゆ)『何(なん)と言霊(ことたま)と云(い)ふものは偉(えら)いものですな。272よく理(り)がつんで居(を)りますワイ』
273高姫(たかひめ)『エ、274又(また)しても、275こましやくれた言霊(ことたま)なんて……何(なに)を仰有(おつしや)るのだ。276言霊(ことたま)は変性(へんじやう)女子(によし)の緯身魂(よこみたま)の云(い)ふ事(こと)だ。277ここは誠生粋(まこときつすゐ)の日(ひ)の出(で)魂(だましひ)の教(をしへ)を致(いた)す経(たて)の御用(ごよう)だから、278言霊(ことたま)なんか云(い)つて下(くだ)さるな。279ことと云(い)ふ奴(やつ)ア横(よこ)に寝(ね)さされて、280沢山(たくさん)な筋(すぢ)を並(なら)べてピンピンシヤンシヤンと誤魔化(ごまくわ)す奴(やつ)だ。281ここは誠一筋(まことひとすぢ)を立通(たてとほ)す善一筋(ぜんひとすぢ)の教(をしへ)だから、282その積(つも)りで居(を)つて下(くだ)さいや』
283曲冬(まがふゆ)『イヤ、284大(おほ)きに有難(ありがた)う。285こんなお話(はなし)を何時(いつ)迄(まで)聞(き)いて居(を)つても埒(らち)が明(あ)きませぬから御免(ごめん)蒙(かうむ)りませう』
286高姫(たかひめ)『コレコレ、287さう短気(たんき)を起(おこ)さずにジツクリ落着(おちつ)いて聞(き)きなされ。288結構(けつこう)な結構(けつこう)な誠一厘(まこといちりん)の仕組(しぐみ)を教(をし)へてあげますぞや』
289曲冬(まがふゆ)『一厘(いちりん)も二厘(にりん)も要(い)りませぬ。290左様(さやう)なら』
291と云(い)ひ乍(なが)ら足早(あしばや)に門口(かどぐち)さして逃(に)げ出(だ)す。292高姫(たかひめ)は、
293高姫(たかひめ)『此(この)儘(まま)逃(に)がしてなるものか、294嫌(いや)でも応(おう)でも後(あと)おつ駆(か)けて引捉(ひつとら)へ、295ウラナイ教(けう)の信者(しんじや)になさねば置(お)くものか、296シャル、297つづけ』
298と云(い)ひ乍(なが)ら家鴨(あひる)の火事(くわじ)見舞(みまひ)の様(やう)な足(あし)つきでペタペタペタと内鰐足(うちわにあし)[※「アヒルの火事見舞い」とは「背の低い人が尻を振りながらあわてて歩く姿をたとえていう」〔デジタル大辞泉〕。「内鰐足(うちわにあし)」とは、内股歩きのこと。]で後(あと)を追駆(おひか)けて行(ゆ)く。299曲冬(まがふゆ)は細長(ほそなが)いコンパスに身(み)も軽(かる)くトントントンと四辻(よつつじ)まで引返(ひきかへ)し、300北(きた)へ北(きた)へと走(はし)り行(ゆ)く。
301(大正一二・三・二五 旧二・九 於皆生温泉浜屋 北村隆光録)
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