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霊界物語
真善美愛(第49~60巻)
第57巻(申の巻)
序文
総説歌
第1篇 照門山颪
第1章 大山
第2章 煽動
第3章 野探
第4章 妖子
第5章 糞闘
第6章 強印
第7章 暗闇
第8章 愚摺
第2篇 顕幽両通
第9章 婆娑
第10章 転香
第11章 鳥逃し
第12章 三狂
第13章 悪酔怪
第14章 人畜
第15章 糸瓜
第16章 犬労
第3篇 天上天下
第17章 涼窓
第18章 翼琴
第19章 抱月
第20章 犬闘
第21章 言触
第22章 天葬
第23章 薬鑵
第24章 空縛
第25章 天声
余白歌
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第57巻(申の巻)
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<<< 婆娑
(B)
(N)
鳥逃し >>>
第一〇章
転香
(
てんこう
)
〔一四六〇〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第57巻 真善美愛 申の巻
篇:
第2篇 顕幽両通
よみ(新仮名遣い):
けんゆうりょうつう
章:
第10章 転香
よみ(新仮名遣い):
てんこう
通し章番号:
1460
口述日:
1923(大正12)年03月25日(旧02月9日)
口述場所:
皆生温泉 浜屋
筆録者:
北村隆光
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1925(大正14)年5月24日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
シャルは、寒風吹きまくる四つ辻に、若芽のような弊衣をまとって、唇まで紫色に染め、ふるえながら立っている。路傍の立石にもたれて、シャルは高姫への不平不満をつぶやいている。
シャルはやけくそになって四股を踏みながら、早く自分の仕事を手伝ってくれる新入りが来ないかと不満をどなりはじめた。そこへ向こうから寒そうなふうでうつむき気味にやってくる青白い男があった。シャルは男を見つけると大喝一声呼び止めた。
男は元アブナイ教信者の鰐口曲冬だと名乗り、懺悔生活のために便所の掃除なりとさせてほしいとシャルに頼み込んだ。シャルは喜んで男を高姫のところに連れて行った。
高姫は、この便所は大弥勒様のお肥料様だからなかなか身魂が磨けないと掃除ができない、と言いだした。そして偽善の懺悔生活をするよりも、ウラナイ教に入るようにと曲冬を説きつけた。
曲冬は、長らく入信していた天香教の偽善を語りだした。高姫はここぞと衆生済度のウラナイ教に入るべきだと勧める。曲冬は、ウラナイ教の説教をまず聞かせてもらいたいと高姫に答えた。
高姫は講釈を始めたが、曲冬はさわりを聞いて上げ足を取り、自分には必要のない教えだと言うとさっさと門口から逃げ出してしまった。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :
rm5710
愛善世界社版:
131頁
八幡書店版:
第10輯 307頁
修補版:
校定版:
138頁
普及版:
62頁
初版:
ページ備考:
001
寒風
(
かんぷう
)
吹
(
ふ
)
き
捲
(
ま
)
くる
四辻
(
よつつじ
)
に
若布
(
わかめ
)
のやうな
弊衣
(
へいい
)
を
纒
(
まと
)
うて
唇
(
くちびる
)
まで
紫色
(
むらさきいろ
)
に
染
(
そ
)
め、
002
慄
(
ふる
)
ひ
慄
(
ふる
)
ひ
立
(
た
)
つて
居
(
ゐ
)
る
一人
(
ひとり
)
の
男
(
をとこ
)
はシャルであつた。
003
シャルは
道別
(
みちわけ
)
の
立石
(
たていし
)
に
凭
(
もた
)
れてブルブル
慄
(
ふる
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
一人
(
ひとり
)
呟
(
つぶや
)
いて
居
(
ゐ
)
る。
004
シャル『エー
糞
(
くそ
)
面白
(
おもしろ
)
うもない。
005
此
(
この
)
風
(
かぜ
)
の
吹
(
ふ
)
きつ
放
(
ぱな
)
しに
罪
(
つみ
)
もないのに
立
(
た
)
たされて……
石地蔵
(
いしぢざう
)
でもあるまいに……
俺
(
おれ
)
等
(
たち
)
はこれでも
血液
(
けつえき
)
が
通
(
かよ
)
つて
居
(
ゐ
)
るのだぞ。
006
高姫
(
たかひめ
)
の
婆
(
ばば
)
奴
(
め
)
、
007
人
(
ひと
)
を
滅多
(
めつた
)
矢鱈
(
やたら
)
にこき
使
(
つか
)
ひやがつて、
008
馬鹿
(
ばか
)
にしてやがる。
009
此
(
こ
)
の
寒
(
さむ
)
いのに
斯
(
こ
)
んな
処
(
ところ
)
に
亡者引
(
もさひ
)
きに
来
(
く
)
る
位
(
くらゐ
)
なら
矢張
(
やつぱ
)
り
泥坊
(
どろばう
)
でもやつて
居
(
ゐ
)
た
方
(
はう
)
が
何程
(
なにほど
)
男
(
をとこ
)
らしいか
知
(
し
)
れやしないわ。
010
水
(
みづ
)
の
流
(
なが
)
れと
人
(
ひと
)
の
行末
(
ゆくすゑ
)
、
011
変
(
かは
)
れば
変
(
かは
)
るものだな。
012
俺
(
おれ
)
もバラモン
教
(
けう
)
の
軍人
(
ぐんじん
)
さまで
公然
(
こうぜん
)
と
強姦
(
がうかん
)
もやり、
013
強盗
(
がうたう
)
もやり、
014
法螺
(
ほら
)
も
吹
(
ふ
)
き、
015
喇叭
(
ラツパ
)
も
吹
(
ふ
)
いて
来
(
き
)
たものだが
斯
(
か
)
う
零落
(
おちぶ
)
れては、
016
もう
仕方
(
しかた
)
がない。
017
腹
(
はら
)
は
空腹
(
くうふく
)
となる
喉
(
のど
)
は
渇
(
かわ
)
く、
018
着物
(
きもの
)
は
破
(
やぶ
)
れ
虱
(
しらみ
)
はしがむ、
019
何処
(
どこ
)
ともなしに
身体
(
からだ
)
は
慄
(
ふる
)
ひ
出
(
だ
)
す、
020
宛然
(
まるで
)
地獄
(
ぢごく
)
の
様
(
やう
)
だワイ。
021
一丈
(
いちぢやう
)
二
(
に
)
尺
(
しやく
)
の
褌
(
まはし
)
をかいた
荒男
(
あらをとこ
)
がアトラスの
様
(
やう
)
な
面
(
つら
)
した
婆
(
ばば
)
にこき
使
(
つか
)
はれて、
022
アタ
胸糞
(
むねくそ
)
の
悪
(
わる
)
い、
023
糞
(
くそ
)
面白
(
おもしろ
)
うもない、
024
ケツタ
糞
(
くそ
)
が
悪
(
わる
)
いワイ。
025
それにまだまだケツタ
臭
(
くさ
)
い
事
(
こと
)
は、
026
高姫
(
たかひめ
)
の
奴
(
やつ
)
己
(
おのれ
)
の
放
(
た
)
れた
糞
(
くそ
)
小便
(
せうべん
)
を
掃除
(
さうぢ
)
せいと
吐
(
ぬか
)
しやがる。
027
金勝要
(
きんかつかね
)
の
大神
(
おほかみ
)
さまだつて
雪隠
(
せつちん
)
へ
落
(
おと
)
されたのだから、
028
お
前
(
まへ
)
等
(
たち
)
が
雪隠
(
せつちん
)
の
掃除
(
さうぢ
)
するのは
結構
(
けつこう
)
な
御
(
お
)
神徳
(
かげ
)
だ
等
(
など
)
と
本当
(
ほんたう
)
に
馬鹿
(
ばか
)
にして
居
(
ゐ
)
やがる。
029
実
(
じつ
)
に
糞慨
(
ふんがい
)
の
至
(
いた
)
りだ。
030
だと
云
(
い
)
つて
何処
(
どこ
)
へ
行
(
ゆ
)
く
所
(
ところ
)
もなし、
031
八
(
はつ
)
尺
(
しやく
)
の
体
(
からだ
)
の
置場
(
おきば
)
に
困
(
こま
)
つて
居
(
ゐ
)
るのだからチツトは
気
(
き
)
に
喰
(
く
)
はいでも、
032
あの
婆
(
ばば
)
に
喰
(
くら
)
ひついて
居
(
ゐ
)
るより
仕方
(
しかた
)
がないわ。
033
エー
糞
(
くそ
)
忌々
(
いまいま
)
しい。
034
誰
(
たれ
)
かモ
一人
(
ひとり
)
俺
(
おれ
)
の
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
を
肯
(
き
)
く
奴
(
やつ
)
が
来
(
き
)
て
呉
(
く
)
れると
雪隠
(
せつちん
)
の
掃除
(
さうぢ
)
をさしてやるのだが、
035
来
(
く
)
る
奴
(
やつ
)
来
(
く
)
る
奴
(
やつ
)
、
036
高姫
(
たかひめ
)
と
喧嘩
(
けんくわ
)
して
逃
(
に
)
げて
去
(
い
)
にやがるものだから、
037
宛然
(
まるで
)
籠
(
かご
)
に
水
(
みづ
)
を
入
(
い
)
れて
居
(
ゐ
)
る
様
(
やう
)
なものだ。
038
何時
(
いつ
)
迄
(
まで
)
かかつたつて
満足
(
まんぞく
)
な
信者
(
しんじや
)
は
一人
(
ひとり
)
だつて
出来
(
でき
)
やしないわ。
039
ウラナイ
教
(
けう
)
か
何
(
なに
)
か
知
(
し
)
らぬが
教祖
(
けうそ
)
もし、
040
役員
(
やくゐん
)
もし、
041
信者
(
しんじや
)
も
一人
(
ひとり
)
で
兼
(
か
)
ねてるのだから
婆
(
ばば
)
も
忙
(
いそが
)
しいだらう。
042
此
(
この
)
間
(
あひだ
)
も
信者
(
しんじや
)
が
幾何
(
いくら
)
あると
聞
(
き
)
いて
見
(
み
)
たら
四十一
(
しじふいち
)
人
(
にん
)
あると
吐
(
ぬか
)
しよつた。
043
よく
考
(
かんが
)
へて
見
(
み
)
ればアタ
阿呆
(
あはう
)
らしい、
044
四十
(
しじふ
)
と
云
(
い
)
ふ
意味
(
いみ
)
は
始終
(
いつも
)
と
云
(
い
)
ふ
意味
(
いみ
)
だつた。
045
今年
(
ことし
)
で
殆
(
ほとん
)
ど
四十四
(
しじふし
)
年
(
ねん
)
も
布教
(
ふけう
)
してると
云
(
い
)
ひやがつたが、
046
まだ
三
(
さん
)
人
(
にん
)
四
(
し
)
人
(
にん
)
と
信者
(
しんじや
)
が
出来
(
でき
)
ぬのだから
大
(
たい
)
したものだワイ。
047
姑
(
しうとめ
)
の
十八
(
じふはち
)
ばつかり
朝
(
あさ
)
から
晩
(
ばん
)
まで
並
(
なら
)
べ
立
(
た
)
てやがつて、
048
一人
(
ひとり
)
よがりの
一人
(
ひとり
)
自慢
(
じまん
)
、
049
上
(
あ
)
げも
下
(
おろ
)
しもならぬ
糞婆
(
くそばば
)
だ。
050
年
(
とし
)
は
幾才
(
いくつ
)
だと
聞
(
き
)
いて
見
(
み
)
たら
四十九
(
しじふく
)
才
(
さい
)
だと
吐
(
ぬか
)
しやがる。
051
俺
(
おれ
)
の
見
(
み
)
た
所
(
ところ
)
では、
052
どうしても
五十
(
ごじふ
)
五六
(
ごろく
)
に
見
(
み
)
えるがヤツパリ
年寄
(
としより
)
と
見
(
み
)
られるのが
辛
(
つら
)
いと
見
(
み
)
えるワイ。
053
何
(
なん
)
だか
知
(
し
)
らぬが
始終
(
しじう
)
臭
(
くさ
)
い
事
(
こと
)
ばかり
吐
(
ぬか
)
しやがる。
054
アタ
辛気臭
(
しんきくさ
)
い もう
厭
(
いや
)
になつて
了
(
しま
)
つた。
055
誰
(
たれ
)
かよい
馬鹿
(
ばか
)
野郎
(
やらう
)
が
出
(
で
)
て
来
(
き
)
て
俺
(
おれ
)
の
仕事
(
しごと
)
を
手伝
(
てつだ
)
つて
呉
(
く
)
れる
奴
(
やつ
)
があるまいかな』
056
と
自暴糞
(
やけくそ
)
になり
四股
(
しこ
)
を
踏
(
ふ
)
み
乍
(
なが
)
ら
一人
(
ひとり
)
呶鳴
(
どな
)
つて
居
(
ゐ
)
る。
057
そこへ
向
(
むか
)
ふの
方
(
はう
)
から
寒
(
さむ
)
さうな
風姿
(
ふう
)
をして
稍
(
やや
)
俯向
(
うつむ
)
き
気味
(
ぎみ
)
に
破
(
やぶ
)
れ
笠
(
がさ
)
を
被
(
かぶ
)
り
臭気
(
しうき
)
紛々
(
ふんぷん
)
たる
着物
(
きもの
)
をつけ
乍
(
なが
)
ら、
058
やつて
来
(
き
)
た
蒼白
(
あをじろ
)
い
中肉
(
ちうにく
)
中背
(
ちうぜい
)
の
男
(
をとこ
)
があつた。
059
シャルは
此
(
この
)
男
(
をとこ
)
を
見
(
み
)
るより
大喝
(
だいかつ
)
一声
(
いつせい
)
『
待
(
ま
)
てツ』と
叫
(
さけ
)
んだ。
060
男
(
をとこ
)
は
此
(
この
)
声
(
こゑ
)
に
驚
(
おどろ
)
いてハツと
立止
(
たちど
)
まり、
061
少
(
すこ
)
し
尻
(
しり
)
を
後
(
うしろ
)
へ
出
(
だ
)
し、
062
両手
(
りやうて
)
を
金剛杖
(
こんがうづゑ
)
の
上
(
うへ
)
にキチンと
載
(
の
)
せ
乍
(
なが
)
ら、
063
男
(
をとこ
)
『
何用
(
なによう
)
で
厶
(
ござ
)
いますかな』
064
シャル『
何用
(
なによう
)
でもない。
065
一寸
(
ちよつと
)
尋
(
たづ
)
ねたい
事
(
こと
)
があるのだ。
066
貴様
(
きさま
)
の
姓名
(
せいめい
)
は
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふか』
067
男
(
をとこ
)
『ハイ、
068
私
(
わたし
)
は
元
(
もと
)
はアブナイ
教
(
けう
)
の
信者
(
しんじや
)
で
厶
(
ござ
)
いまして
鰐口
(
わにぐち
)
曲冬
(
まがふゆ
)
と
云
(
い
)
ひ、
069
今
(
いま
)
は
人間
(
にんげん
)
の
一等
(
いつとう
)
厭
(
きら
)
ふ
一等厭
(
いつとうえん
)
と
云
(
い
)
ふ
偽君子
(
ぎくんし
)
の
団体
(
だんたい
)
へ
這入
(
はい
)
つて
懺悔
(
ざんげ
)
の
生活
(
せいくわつ
)
をやつてる
者
(
もの
)
で
厶
(
ござ
)
います。
070
どうか
小便壺
(
せうべんつぼ
)
、
071
雪隠壺
(
せつちんつぼ
)
、
072
塵芥場
(
ごもくば
)
の
掃除
(
さうぢ
)
をさして
頂
(
いただ
)
けませぬだらうかな』
073
シャル『ヤ、
074
そいつは
感心
(
かんしん
)
だ。
075
大
(
おほい
)
に
吾
(
わが
)
意
(
い
)
を
得
(
え
)
たりと
云
(
い
)
ふべしだ。
076
実
(
じつ
)
の
所
(
ところ
)
、
077
俺
(
おれ
)
の
館
(
やかた
)
はここ
三月
(
みつき
)
許
(
ばか
)
り
小便
(
せうべん
)
、
078
糞
(
くそ
)
は
云
(
い
)
ふに
及
(
およ
)
ばず、
079
汚
(
きたな
)
い
塵芥
(
ごもくた
)
が
庭
(
には
)
の
隅
(
すみ
)
にかためてあるのだ。
080
どうだ、
081
掃除
(
さうぢ
)
して
貰
(
もら
)
ふ
訳
(
わけ
)
には
行
(
ゆ
)
くまいかな』
082
曲冬
(
まがふゆ
)
『
謹
(
つつし
)
んで
掃除
(
さうぢ
)
をさして
頂
(
いただ
)
きます。
083
十分
(
じふぶん
)
の
活動
(
くわつどう
)
を
致
(
いた
)
しますから、
084
何卒
(
どうぞ
)
麦飯
(
むぎめし
)
でも
宜
(
い
)
いから
饗
(
よ
)
んで
頂
(
いただ
)
きたいものです』
085
シャル『
小便
(
せうべん
)
は
シシ
と
云
(
い
)
ひ、
086
糞
(
くそ
)
は
フン
と
云
(
い
)
ひ
塵埃
(
ごもく
)
は
ジン
埃
(
あい
)
と
云
(
い
)
ふから
獅子
(
しし
)
奮迅
(
ふんじん
)
の
活動
(
くわつどう
)
をやつて
見
(
み
)
せて
呉
(
く
)
れ。
087
さうすりや
俺
(
おれ
)
の
師匠
(
ししやう
)
の
八釜
(
やかま
)
しやの
高姫
(
たかひめ
)
も
麦飯
(
むぎめし
)
の
一杯
(
いつぱい
)
位
(
ぐらゐ
)
は
饗
(
よ
)
んで
呉
(
く
)
れぬ
事
(
こと
)
もあるまい。
088
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
、
089
お
前
(
まへ
)
の
働
(
はたら
)
き
次第
(
しだい
)
だ。
090
芸
(
げい
)
は
身
(
み
)
を
助
(
たす
)
けると
云
(
い
)
ふから
屹度
(
きつと
)
お
前
(
まへ
)
も
高姫
(
たかひめ
)
さまに
重宝
(
ちようほう
)
がられるだらう。
091
サアこれから
一
(
ひと
)
つ
帰
(
かへ
)
つて
高姫
(
たかひめ
)
さまに
対
(
たい
)
して
信者
(
しんじや
)
を
造
(
つく
)
つたのを
土産
(
みやげ
)
となし、
092
俺
(
おれ
)
の
仕事
(
しごと
)
を
助
(
たす
)
けて
貰
(
もら
)
ふ
事
(
こと
)
ともなり
一挙
(
いつきよ
)
両得
(
りやうとく
)
だ。
093
マアこれで
俺
(
おれ
)
も
一寸
(
ちよつと
)
息
(
いき
)
が
出来
(
でき
)
ると
云
(
い
)
ふものだ。
094
オイ
曲冬
(
まがふゆ
)
とやら、
095
永
(
なが
)
らく
俺
(
おれ
)
の
部下
(
ぶか
)
となつて
雪隠
(
せんち
)
の
掃除
(
さうぢ
)
だけ
受持
(
うけも
)
つて
呉
(
く
)
れ。
096
何
(
なん
)
と
懺悔
(
ざんげ
)
の
生活
(
せいくわつ
)
と
云
(
い
)
ふものは
重宝
(
ちようほう
)
なものだのう』
097
曲冬
(
まがふゆ
)
『
初稚姫
(
はつわかひめ
)
さまは
天刑病
(
てんけいびやう
)
者
(
しや
)
の
膿血
(
うみち
)
を
吸
(
す
)
うて
助
(
たす
)
けてやられた
事
(
こと
)
があるでせう。
098
糞
(
くそ
)
小便
(
せうべん
)
の
掃除
(
さうぢ
)
位
(
ぐらゐ
)
が
何
(
なん
)
ですか。
099
人間
(
にんげん
)
は
皆
(
みな
)
糞
(
くそ
)
小便
(
せうべん
)
を
喜
(
よろこ
)
んで
喰
(
く
)
つて
居
(
ゐ
)
るのですよ。
100
直接
(
ちよくせつ
)
に
喰
(
く
)
ふ
奴
(
やつ
)
は
犬
(
いぬ
)
だけど
間接
(
かんせつ
)
に
喰
(
く
)
うのは
皆
(
みな
)
人間
(
にんげん
)
です。
101
糞
(
くそ
)
たれては
大根
(
だいこん
)
、
102
蕪
(
かぶら
)
、
103
稲
(
いね
)
、
104
麦
(
むぎ
)
等
(
など
)
にかけ、
105
その
肥料
(
こやし
)
で
野菜
(
やさい
)
が
成長
(
せいちやう
)
し、
106
米麦
(
こめむぎ
)
が
実
(
みの
)
るのだ。
107
云
(
い
)
はば
間接
(
かんせつ
)
の
糞喰
(
くそく
)
ひ、
108
小便呑
(
せうべんの
)
み
人間
(
にんげん
)
だ。
109
糞
(
くそ
)
の
掃除
(
さうぢ
)
位
(
ぐらゐ
)
が
何
(
なに
)
それ
程
(
ほど
)
汚
(
きたな
)
いものか。
110
喜
(
よろこ
)
んで
汚
(
きたな
)
い
処
(
ところ
)
の
掃除
(
さうぢ
)
をする
心
(
こころ
)
にならないと
本当
(
ほんたう
)
の
善
(
ぜん
)
にはなりませぬよ。
111
これが
誠
(
まこと
)
の
神心
(
かみごころ
)
ですからな。
112
己
(
おのれ
)
の
欲
(
ほつ
)
する
所
(
ところ
)
を
人
(
ひと
)
に
施
(
ほどこ
)
し、
113
己
(
おのれ
)
の
欲
(
ほつ
)
せざる
所
(
ところ
)
を
努
(
つと
)
めて
行
(
おこな
)
はなくては
懺悔
(
ざんげ
)
の
生活
(
せいくわつ
)
ではありませぬワイ』
114
シャル『イヤ
感心
(
かんしん
)
致
(
いた
)
した。
115
サ、
116
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さい。
117
お
前
(
まへ
)
の
事業
(
じげふ
)
は
何程
(
いくら
)
でも
溜
(
たま
)
つてる、
118
随分
(
ずいぶん
)
好
(
よ
)
い
顧客
(
とくい
)
だよ』
119
曲冬
(
まがふゆ
)
『ハイ、
120
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
います』
121
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
らシャルの
後
(
あと
)
に
従
(
したが
)
ひ
冷
(
つめた
)
い
野分
(
のわけ
)
に
吹
(
ふ
)
かれ
乍
(
なが
)
ら
岩山
(
いはやま
)
の
麓
(
ふもと
)
の
茅家
(
あばらや
)
に
導
(
みちび
)
かれた。
122
シャルは
斜
(
はすかい
)
になつた
戸
(
と
)
を、
123
がたつかせ
乍
(
なが
)
ら
漸
(
やうや
)
うに
引
(
ひ
)
き
開
(
あ
)
け、
124
シャル『サ、
125
曲冬
(
まがふゆ
)
さま、
126
此処
(
ここ
)
は
大弥勒
(
おほみろく
)
様
(
さま
)
の
金殿
(
きんでん
)
玉楼
(
ぎよくろう
)
だ。
127
マア
這入
(
はい
)
つて
冷
(
つめた
)
い
茶
(
ちや
)
なつと
一杯
(
いつぱい
)
飲
(
あが
)
つて
下
(
くだ
)
さい。
128
モシ
高姫
(
たかひめ
)
さま、
129
よい
鳥
(
とり
)
を
一羽
(
いちは
)
生捕
(
いけど
)
つて
来
(
き
)
ました。
130
サア
何卒
(
どうぞ
)
お
前
(
まへ
)
さまの
大和
(
やまと
)
魂
(
だましひ
)
で、
131
好
(
す
)
きすつぽうに
料理
(
れうり
)
して
下
(
くだ
)
さい。
132
屹度
(
きつと
)
此奴
(
こいつ
)
アお
気
(
き
)
に
入
(
い
)
るかも
知
(
し
)
れませぬぜ』
133
高姫
(
たかひめ
)
『これこれシャル、
134
結構
(
けつこう
)
な
人間
(
にんげん
)
様
(
さま
)
を
御
(
ご
)
案内
(
あんない
)
し
乍
(
なが
)
ら
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふ
御
(
ご
)
無礼
(
ぶれい
)
な
事
(
こと
)
を
申
(
まを
)
すのだ。
135
何故
(
なぜ
)
善言
(
ぜんげん
)
美詞
(
びし
)
を
用
(
もち
)
ひないのか。
136
悪言
(
あくげん
)
醜詞
(
しうし
)
は
禁物
(
きんもつ
)
だと、
137
何時
(
いつ
)
も
云
(
い
)
つてあるぢやないかい』
138
シャル『エ、
139
酢
(
す
)
につけ、
140
味噌
(
みそ
)
につけ、
141
何
(
なん
)
とかかんとか
叱言
(
こごと
)
を
云
(
い
)
はねば
気
(
き
)
の
済
(
す
)
まぬ
人
(
ひと
)
ですな。
142
此
(
この
)
人
(
ひと
)
は
一等厭
(
いつとうえん
)
の
曲冬
(
まがふゆ
)
さまとか
云
(
い
)
つて
懺悔
(
ざんげ
)
の
生活
(
せいくわつ
)
をして
居
(
ゐ
)
る
偽君子
(
ぎくんし
)
ですよ。
143
貴方
(
あなた
)
の
弁舌
(
べんぜつ
)
で
一
(
ひと
)
つ
帰順
(
きじゆん
)
させて
御覧
(
ごらん
)
なさいませ。
144
そして
便所
(
べんじよ
)
の
掃除
(
さうぢ
)
をさして
呉
(
く
)
れと
仰有
(
おつしや
)
るのです。
145
何
(
なん
)
とマア
結構
(
けつこう
)
なお
方
(
かた
)
もあればあるものですな』
146
高姫
(
たかひめ
)
『ア、
147
曲冬
(
まがふゆ
)
さまとやら、
148
そこは
端近
(
はしぢか
)
、
149
マア
囲炉裏
(
ゐろり
)
の
側
(
そば
)
へお
寄
(
よ
)
りなさいませ。
150
嘸
(
さぞ
)
寒
(
さむ
)
かつたで
厶
(
ござ
)
いませう。
151
此
(
この
)
婆
(
ばば
)
は
斯
(
こ
)
う
見
(
み
)
えても
見
(
み
)
かけによらぬ
優
(
やさ
)
しい
者
(
もの
)
だから
安心
(
あんしん
)
して
下
(
くだ
)
さい。
152
そしてお
前
(
まへ
)
、
153
懺悔
(
ざんげ
)
の
生活
(
せいくわつ
)
をしてると
云
(
い
)
ふことだが、
154
懺悔
(
ざんげ
)
せにやならぬやうな
悪事
(
あくじ
)
をしたのかい』
155
曲冬
(
まがふゆ
)
『ハイ、
156
これと
云
(
い
)
つて
別
(
べつ
)
に
悪
(
わる
)
い
事
(
こと
)
をしたやうにも
思
(
おも
)
ひませぬが、
157
人間
(
にんげん
)
と
云
(
い
)
ふものは
知
(
し
)
らず
識
(
し
)
らずの
罪
(
つみ
)
を
作
(
つく
)
つてるものですから
懺悔
(
ざんげ
)
のために、
158
人
(
ひと
)
の
一等
(
いつとう
)
厭
(
いや
)
な
便所
(
べんじよ
)
の
掃除
(
さうぢ
)
や
塵芥場
(
ごもくば
)
の
掃除
(
さうぢ
)
をさして
頂
(
いただ
)
き、
159
其処辺
(
そこらぢう
)
を
巡
(
めぐ
)
つてるので
厶
(
ござ
)
います』
160
高姫
(
たかひめ
)
『
扨
(
さ
)
て
扨
(
さ
)
て
奇特
(
きとく
)
な
事
(
こと
)
だ。
161
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
らよう
考
(
かんが
)
へて
御覧
(
ごらん
)
なさい。
162
便所
(
べんじよ
)
の
掃除
(
さうぢ
)
をするのは
女房
(
にようばう
)
や
女衆
(
をんなしう
)
の
役
(
やく
)
ぢやありませぬか。
163
男
(
をとこ
)
は
男
(
をとこ
)
としての
立派
(
りつぱ
)
な
事業
(
じげふ
)
があるでせう。
164
それに
何
(
なん
)
ぞや、
165
睾丸
(
きんたま
)
さげた
男
(
をとこ
)
が
卑怯
(
ひけふ
)
未練
(
みれん
)
にも
便所
(
べんじよ
)
の
掃除
(
さうぢ
)
をするとは、
166
チト
可笑
(
をか
)
しいぢやありませぬか。
167
お
前
(
まへ
)
さま
等
(
たち
)
がそんな
事
(
こと
)
をするものだから
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
の
女中
(
ぢよちう
)
は
皆
(
みな
)
増長
(
ぞうちよう
)
して
了
(
しま
)
ひ、
168
「
私
(
わたし
)
は
下女
(
げぢよ
)
には
来
(
き
)
たが
便所
(
べんじよ
)
の
掃除
(
さうぢ
)
は
約束外
(
やくそくぐわい
)
だ」と、
169
自分
(
じぶん
)
の
放
(
こ
)
いたもの
迄
(
まで
)
主人
(
しゆじん
)
の
奥
(
おく
)
さまに
掃除
(
さうぢ
)
さす
様
(
やう
)
になつたのも、
170
皆
(
みな
)
お
前
(
まへ
)
等
(
たち
)
が
悪
(
わる
)
いからだ。
171
世界
(
せかい
)
の
男子
(
だんし
)
が、
172
何
(
ど
)
れも
之
(
これ
)
も
一等厭
(
いつとうえん
)
に
這入
(
はい
)
り、
173
便所
(
べんじよ
)
掃除
(
さうぢ
)
になつたら
如何
(
どう
)
するのです。
174
自分
(
じぶん
)
の
放
(
こ
)
いた
糞
(
くそ
)
まで
人
(
ひと
)
に
掃除
(
さうぢ
)
させたり、
175
又
(
また
)
人
(
ひと
)
の
糞
(
くそ
)
まで
掃除
(
さうぢ
)
して
歩
(
ある
)
く
様
(
やう
)
な
不合理
(
ふがふり
)
な
罰当
(
ばちあた
)
りの
事
(
こと
)
が
何処
(
どこ
)
にありますかい。
176
それだから
世間
(
せけん
)
の
人
(
ひと
)
は
一等厭
(
いつとうえん
)
の
奴
(
やつ
)
はド
奴
(
やつこ
)
の
糞奴
(
くそやつこ
)
計
(
ばか
)
りだと
云
(
い
)
ふのですよ。
177
何
(
なん
)
だか
怪体
(
けたい
)
な
香
(
にほひ
)
がすると
思
(
おも
)
へばお
前
(
まへ
)
の
着物
(
きもの
)
に
尿糞塵
(
ししふんじん
)
の
香
(
にほひ
)
が
浸
(
し
)
みこんで
居
(
ゐ
)
る。
178
地獄
(
ぢごく
)
に
籍
(
せき
)
を
置
(
お
)
いたものは
鼻
(
はな
)
をつく
様
(
やう
)
な
堆糞
(
たいふん
)
の
場所
(
ばしよ
)
や
便所
(
べんじよ
)
塵芥場
(
ごもくば
)
を
喜
(
よろこ
)
ぶものだ。
179
其
(
その
)
臭気
(
しうき
)
をまるで
高天原
(
たかあまはら
)
の
天香
(
てんかう
)
の
様
(
やう
)
に
思
(
おも
)
うて
居
(
ゐ
)
るのだから
困
(
こま
)
つたものだな。
180
鼻
(
はな
)
もそこ
迄
(
まで
)
痳痺
(
まひ
)
しては
善悪
(
ぜんあく
)
美醜
(
びしう
)
の
区別
(
くべつ
)
もつかなくなり、
181
却
(
かへつ
)
て
楽
(
らく
)
かも
知
(
し
)
れない。
182
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
折角
(
せつかく
)
神
(
かみ
)
の
分霊
(
ぶんれい
)
を
貰
(
もら
)
つてる
人間
(
にんげん
)
が
酔生
(
すゐせい
)
夢死
(
むし
)
の
生活
(
せいくわつ
)
を
送
(
おく
)
るのも
勿体
(
もつたい
)
ない、
183
自分
(
じぶん
)
の
放
(
こ
)
いた
糞
(
くそ
)
は
自分
(
じぶん
)
で
掃除
(
さうぢ
)
すれば
宜
(
い
)
いのだ。
184
人
(
ひと
)
の
放
(
こ
)
いた
糞
(
くそ
)
まで
掃除
(
さうぢ
)
させたり、
185
したりするものぢやない。
186
他人
(
ひと
)
に
糞
(
くそ
)
の
掃除
(
さうぢ
)
をさせるのは
赤
(
あか
)
ん
坊
(
ばう
)
の
間
(
うち
)
だ。
187
又
(
また
)
その
糞
(
ふん
)
を
掃除
(
さうぢ
)
するものは
赤坊
(
あかんばう
)
を
負
(
お
)
うた
母親
(
ははおや
)
か、
188
子守
(
こもり
)
の
仕事
(
しごと
)
だ。
189
チツト
考
(
かんが
)
へて
御覧
(
ごらん
)
なさい』
190
曲冬
(
まがふゆ
)
『さう
一口
(
ひとくち
)
にコキ
下
(
おろ
)
されては
便
明
(
べんめい
)
の
辞
(
じ
)
がありませぬ。
191
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
一等厭
(
いつとうえん
)
は
一等厭
(
いつとうえん
)
としての
主義
(
しゆぎ
)
綱領
(
かうりやう
)
があります。
192
どうか
便所
(
べんじよ
)
の
掃除
(
さうぢ
)
をさして
頂
(
いただ
)
き
度
(
た
)
いものですな』
193
高姫
(
たかひめ
)
『イヤイヤなりませぬ。
194
何
(
なん
)
と
心得
(
こころえ
)
て
厶
(
ござ
)
る。
195
ここの
便所
(
べんじよ
)
は
普通
(
ふつう
)
一般
(
いつぱん
)
の
便所
(
べんじよ
)
とは
違
(
ちが
)
ひますぞや。
196
勿体
(
もつたい
)
なくも
大弥勒
(
おほみろく
)
様
(
さま
)
のお
尻
(
いど
)
から
出
(
で
)
たお
肥料
(
こえ
)
様
(
さま
)
だ。
197
そこへシャルの
汚
(
きたな
)
い
奴
(
やつ
)
も
交
(
まじ
)
つて
居
(
ゐ
)
るが、
198
然
(
しか
)
し
此
(
この
)
館
(
やかた
)
にはシャルと
云
(
い
)
ふものが
居
(
を
)
りますから……ここの
便所
(
べんじよ
)
なんか
身魂
(
みたま
)
の
研
(
みが
)
けない
人
(
ひと
)
に
構
(
かま
)
つて
貰
(
もら
)
ふ
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ませぬ。
199
中々
(
なかなか
)
大弥勒
(
おほみろく
)
さまの
便所
(
べんじよ
)
の
掃除
(
さうぢ
)
をさして
貰
(
もら
)
はうと
思
(
おも
)
へば
並
(
なみ
)
や
大抵
(
たいてい
)
の
事
(
こと
)
ぢやありませぬぞや。
200
余程
(
よほど
)
神徳
(
しんとく
)
を
貰
(
もら
)
はなくちや
出来
(
でき
)
ませぬ。
201
そんな
事
(
こと
)
云
(
い
)
つて
麦飯
(
むぎめし
)
の
一杯
(
いつぱい
)
も
饗
(
よ
)
ばれようと
思
(
おも
)
つてるのだらうが、
202
此
(
こ
)
の
辛
(
から
)
い
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
に、
203
誰
(
たれ
)
がそんな
糞奴
(
くそやつこ
)
に
飯
(
めし
)
の
一杯
(
いつぱい
)
も
食
(
く
)
はす
者
(
もの
)
がありますかい。
204
それよりもチツト
日
(
ひ
)
の
出神
(
でのかみ
)
の
義理
(
ぎり
)
天上
(
てんじやう
)
が
申
(
まを
)
す
事
(
こと
)
を
腹
(
はら
)
へ
締
(
し
)
め
込
(
こ
)
んで
置
(
お
)
きなされ。
205
さうすれば
結構
(
けつこう
)
な
出世
(
しゆつせ
)
が
出来
(
でき
)
ますぞや。
206
折角
(
せつかく
)
結構
(
けつこう
)
な
人間
(
にんげん
)
と
生
(
うま
)
れて
便所
(
べんじよ
)
の
掃除
(
さうぢ
)
をやつて
居
(
を
)
つては
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
対
(
たい
)
しても
済
(
す
)
まぬぢやありませぬか。
207
お
前
(
まへ
)
さまの
様
(
やう
)
な
連中
(
れんちう
)
が
沢山
(
たくさん
)
出来
(
でき
)
て
便所
(
べんじよ
)
の
掃除
(
さうぢ
)
を
引受
(
ひきう
)
けて
下
(
くだ
)
さるのは
宜
(
よろ
)
しいが、
208
これが
百
(
ひやく
)
年
(
ねん
)
も
将来
(
さき
)
に
行
(
い
)
つて
御覧
(
ごらん
)
なさい。
209
世間
(
せけん
)
から
特種
(
とくしゆ
)
部落
(
ぶらく
)
扱
(
あつか
)
ひをされて、
210
便族
(
べんぞく
)
と
云
(
い
)
ふ
名
(
な
)
がつきますぞや。
211
さうすりや
普通
(
ふつう
)
の
人間
(
にんげん
)
と
縁組
(
えんぐみ
)
も
出来
(
でき
)
ませぬぞえ。
212
宜
(
い
)
い
加減
(
かげん
)
テンコウ
して
置
(
お
)
くが
宜
(
よろ
)
しからう。
213
特種
(
とくしゆ
)
部落
(
ぶらく
)
の
開祖
(
かいそ
)
になる
積
(
つも
)
りだらうが、
214
そんな
事
(
こと
)
するより
三千
(
さんぜん
)
世界
(
せかい
)
を
助
(
たす
)
けるウラナイ
教
(
けう
)
にお
這入
(
はい
)
りなさい
何
(
なに
)
程
(
ほど
)
結構
(
けつこう
)
だか
知
(
し
)
れませぬぞや』
215
曲冬
(
まがふゆ
)
『それもさうですな。
216
実
(
じつ
)
の
所
(
ところ
)
は
厭
(
いや
)
で
堪
(
たま
)
らないのだけど、
217
喰
(
く
)
はんが
悲
(
かな
)
しさに
人
(
ひと
)
の
厭
(
いや
)
がる
便所
(
べんじよ
)
の
掃除
(
さうぢ
)
をして
其
(
その
)
日
(
ひ
)
の
飢
(
うゑ
)
を
凌
(
しの
)
いで
居
(
ゐ
)
るのです。
218
それでも
世間
(
せけん
)
は
馬鹿者
(
ばかもの
)
が
多
(
おほ
)
いと
見
(
み
)
えて
一種
(
いつしゆ
)
の
態
(
てい
)
のよい
乞食
(
こじき
)
を
聖人
(
せいじん
)
だ、
219
君子
(
くんし
)
だと
崇
(
あが
)
めて
呉
(
く
)
れますからな。
220
新聞
(
しんぶん
)
や
雑誌
(
ざつし
)
に
書
(
か
)
き
立
(
た
)
てて
褒
(
ほ
)
めるのですもの、
221
チツト
位
(
ぐらゐ
)
臭
(
くさ
)
くても
辛抱
(
しんばう
)
が
出来
(
でき
)
たものですよ。
222
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
天香宗
(
てんかうしう
)
の
教祖
(
けうそ
)
様
(
さま
)
は
表
(
おもて
)
から
見
(
み
)
れば
随分
(
ずいぶん
)
立派
(
りつぱ
)
なお
方
(
かた
)
ですが、
223
ヤツパリ
株
(
かぶ
)
を
売買
(
ばいばい
)
したり、
224
儲
(
まう
)
かりさうな
鉱山
(
くわうざん
)
を
買占
(
かひし
)
めたり、
225
借
(
か
)
つたものは
何
(
なん
)
とか
云
(
い
)
つて
返
(
かへ
)
さず、
226
取
(
と
)
り
込
(
こ
)
む
事
(
こと
)
は
随分
(
ずいぶん
)
上手
(
じやうず
)
ですよ。
227
それでも
上流
(
じやうりう
)
社会
(
しやくわい
)
から
非常
(
ひじやう
)
に
褒
(
ほ
)
めそやされ、
228
沢山
(
たくさん
)
な
書物
(
かきもの
)
が
売
(
う
)
れるのですから、
229
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
妙
(
めう
)
なものですな。
230
児島
(
こじま
)
高徳
(
たかのり
)
が
桜
(
さくら
)
の
木
(
き
)
に「
天香
(
てんかう
)
雪隠
(
せんち
)
を
空
(
むな
)
しうする
勿
(
なか
)
れ、
231
時
(
とき
)
に
飯礼
(
はんれい
)
無
(
な
)
きにしも
非
(
あら
)
ず」と
云
(
い
)
つて、
232
私
(
わたくし
)
の
狂祖
(
きやうそ
)
さまの
事
(
こと
)
を
予言
(
よげん
)
しておいた
位
(
くらゐ
)
ですもの、
233
余
(
あま
)
り
馬鹿
(
ばか
)
にはなりませぬワイ』
234
高姫
(
たかひめ
)
『サ、
235
それが
暗
(
くら
)
がりの
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
と
云
(
い
)
ふのだよ。
236
善人
(
ぜんにん
)
は
悪
(
あく
)
とせられ、
237
悪人
(
あくにん
)
は
善人
(
ぜんにん
)
と
推称
(
すゐしよう
)
せらるる
逆様
(
さかさま
)
の
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
だから、
238
それで
此
(
この
)
度
(
たび
)
天
(
てん
)
から
大弥勒
(
おほみろく
)
様
(
さま
)
が、
239
此
(
この
)
地
(
ち
)
の
上
(
うへ
)
にお
降
(
くだ
)
り
遊
(
あそ
)
ばし、
240
此
(
この
)
高姫
(
たかひめ
)
の
肉体
(
にくたい
)
を
宿
(
やど
)
として
衆生
(
しうじやう
)
済度
(
さいど
)
の
為
(
ため
)
にウラナイの
道
(
みち
)
をお
開
(
ひら
)
き
遊
(
あそ
)
ばしたのだ、
241
何
(
なん
)
と
有難
(
ありがた
)
い
事
(
こと
)
ではないかな。
242
天香教
(
てんかうけう
)
とウラナイ
教
(
けう
)
と
何方
(
どちら
)
が
誠
(
まこと
)
と
思
(
おも
)
ひますか』
243
曲冬
(
まがふゆ
)
『
天香教
(
てんかうけう
)
には
永
(
なが
)
らく
這入
(
はい
)
つて
居
(
を
)
りましたので
大抵
(
たいてい
)
の
教理
(
けうり
)
は
分
(
わか
)
りましたが、
244
まだウラナイ
教
(
けう
)
は
何
(
なに
)
も
聞
(
き
)
いて
居
(
を
)
りませぬから、
245
どちらが
善
(
よ
)
いか
悪
(
わる
)
いか、
246
判断
(
はんだん
)
がつきませぬ。
247
先
(
ま
)
づ
御
(
お
)
説教
(
せつけう
)
を
聞
(
き
)
かして
貰
(
もら
)
つた
上
(
うへ
)
でお
返事
(
へんじ
)
致
(
いた
)
しませう』
248
高姫
(
たかひめ
)
『
成程
(
なるほど
)
、
249
何程
(
なにほど
)
おいしいものでも
食
(
く
)
つて
見
(
み
)
ねば
味
(
あぢ
)
の
分
(
わか
)
らぬ
道理
(
だうり
)
だ。
250
お
前
(
まへ
)
の
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
には
一理
(
いちり
)
がある。
251
米
(
こめ
)
の
飯
(
めし
)
と
麦
(
むぎ
)
の
飯
(
めし
)
と
食
(
く
)
ひ
比
(
くら
)
べて
見
(
み
)
れば、
252
米
(
こめ
)
の
飯
(
めし
)
がうまいと
誰
(
たれ
)
も
云
(
い
)
ふだらう。
253
此
(
この
)
ウラナイ
教
(
けう
)
は
実
(
じつ
)
は
農業
(
のうげふ
)
を
基
(
もと
)
とする
教
(
をしへ
)
だ。
254
それだから
北山村
(
きたやまむら
)
に
農園
(
のうゑん
)
を
開
(
ひら
)
いて
種物
(
たねもの
)
神社
(
じんじや
)
を
祀
(
まつ
)
つてるのだよ。
255
ウラナイ
教
(
けう
)
の
標
(
しるし
)
を
見
(
み
)
て
御覧
(
ごらん
)
なさい。
256
八木
(
はちぼく
)
と
書
(
か
)
いてあるでせう。
257
八木
(
はちぼく
)
は
所謂
(
いはゆる
)
米
(
こめ
)
といふ
字
(
じ
)
だ。
258
米国
(
べいこく
)
から
渡
(
わた
)
つて
来
(
き
)
た
常世姫
(
とこよひめ
)
の
教
(
をしへ
)
だからな』
259
曲冬
(
まがふゆ
)
『
日
(
ひ
)
の
出神
(
でのかみ
)
さまの
御紋
(
ごもん
)
に
米
(
こめ
)
の
字
(
じ
)
とはチツト
釣合
(
つりあ
)
ひがとれぬぢやありませぬか』
260
高姫
(
たかひめ
)
『お
前
(
まへ
)
は
考
(
かんが
)
へが
浅
(
あさ
)
いから、
261
そんな
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ふのだ。
262
日
(
ひ
)
の
出
(
で
)
の
日
(
ひ
)
の
字
(
じ
)
は
朝日
(
あさひ
)
の
日
(
ひ
)
の
字
(
じ
)
263
米国
(
べいこく
)
の
米
(
べい
)
の
字
(
じ
)
は
米
(
こめ
)
と
書
(
か
)
く
264
軈
(
やが
)
て
日
(
ひ
)
の
出
(
で
)
の
まま
となる。
265
と
云
(
い
)
ふ
歌
(
うた
)
があるだらう。
266
此
(
この
)
歌
(
うた
)
は
日
(
ひ
)
の
出神
(
でのかみ
)
の
義理
(
ぎり
)
天上
(
てんじやう
)
が
世界
(
せかい
)
の
人間
(
にんげん
)
に
知
(
し
)
らす
為
(
ため
)
に
作
(
つく
)
つて
置
(
お
)
いたのだよ。
267
何
(
なん
)
と
理
(
り
)
のつんだ
歌
(
うた
)
だらうがな。
268
到底
(
たうてい
)
人間
(
にんげん
)
の
作物
(
さくぶつ
)
ぢやありますまい。
269
それだから
日
(
ひ
)
の
出
(
で
)
の
神
(
かみ
)
の
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
を
聞
(
き
)
いて
居
(
を
)
れば
此
(
この
)
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
が
まま
になるのだ。
270
分
(
わか
)
りましたかな』
271
曲冬
(
まがふゆ
)
『
何
(
なん
)
と
言霊
(
ことたま
)
と
云
(
い
)
ふものは
偉
(
えら
)
いものですな。
272
よく
理
(
り
)
がつんで
居
(
を
)
りますワイ』
273
高姫
(
たかひめ
)
『エ、
274
又
(
また
)
しても、
275
こましやくれた
言霊
(
ことたま
)
なんて……
何
(
なに
)
を
仰有
(
おつしや
)
るのだ。
276
言霊
(
ことたま
)
は
変性
(
へんじやう
)
女子
(
によし
)
の
緯身魂
(
よこみたま
)
の
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
だ。
277
ここは
誠生粋
(
まこときつすゐ
)
の
日
(
ひ
)
の
出
(
で
)
魂
(
だましひ
)
の
教
(
をしへ
)
を
致
(
いた
)
す
経
(
たて
)
の
御用
(
ごよう
)
だから、
278
言霊
(
ことたま
)
なんか
云
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さるな。
279
こと
と
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
ア
横
(
よこ
)
に
寝
(
ね
)
さされて、
280
沢山
(
たくさん
)
な
筋
(
すぢ
)
を
並
(
なら
)
べてピンピンシヤンシヤンと
誤魔化
(
ごまくわ
)
す
奴
(
やつ
)
だ。
281
ここは
誠一筋
(
まことひとすぢ
)
を
立通
(
たてとほ
)
す
善一筋
(
ぜんひとすぢ
)
の
教
(
をしへ
)
だから、
282
その
積
(
つも
)
りで
居
(
を
)
つて
下
(
くだ
)
さいや』
283
曲冬
(
まがふゆ
)
『イヤ、
284
大
(
おほ
)
きに
有難
(
ありがた
)
う。
285
こんなお
話
(
はなし
)
を
何時
(
いつ
)
迄
(
まで
)
聞
(
き
)
いて
居
(
を
)
つても
埒
(
らち
)
が
明
(
あ
)
きませぬから
御免
(
ごめん
)
蒙
(
かうむ
)
りませう』
286
高姫
(
たかひめ
)
『コレコレ、
287
さう
短気
(
たんき
)
を
起
(
おこ
)
さずにジツクリ
落着
(
おちつ
)
いて
聞
(
き
)
きなされ。
288
結構
(
けつこう
)
な
結構
(
けつこう
)
な
誠一厘
(
まこといちりん
)
の
仕組
(
しぐみ
)
を
教
(
をし
)
へてあげますぞや』
289
曲冬
(
まがふゆ
)
『
一厘
(
いちりん
)
も
二厘
(
にりん
)
も
要
(
い
)
りませぬ。
290
左様
(
さやう
)
なら』
291
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
足早
(
あしばや
)
に
門口
(
かどぐち
)
さして
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
す。
292
高姫
(
たかひめ
)
は、
293
高姫
(
たかひめ
)
『
此
(
この
)
儘
(
まま
)
逃
(
に
)
がしてなるものか、
294
嫌
(
いや
)
でも
応
(
おう
)
でも
後
(
あと
)
おつ
駆
(
か
)
けて
引捉
(
ひつとら
)
へ、
295
ウラナイ
教
(
けう
)
の
信者
(
しんじや
)
になさねば
置
(
お
)
くものか、
296
シャル、
297
つづけ』
298
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
家鴨
(
あひる
)
の
火事
(
くわじ
)
見舞
(
みまひ
)
の
様
(
やう
)
な
足
(
あし
)
つきでペタペタペタと
内鰐足
(
うちわにあし
)
で
後
(
あと
)
を
追駆
(
おひか
)
けて
行
(
ゆ
)
く。
299
曲冬
(
まがふゆ
)
は
細長
(
ほそなが
)
いコンパスに
身
(
み
)
も
軽
(
かる
)
くトントントンと
四辻
(
よつつじ
)
まで
引返
(
ひきかへ
)
し、
300
北
(
きた
)
へ
北
(
きた
)
へと
走
(
はし
)
り
行
(
ゆ
)
く。
301
(
大正一二・三・二五
旧二・九
於皆生温泉浜屋
北村隆光
録)
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