霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第四章 妖子(えうし)〔一四五四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第57巻 真善美愛 申の巻 篇:第1篇 照門山颪 よみ(新仮名遣い):てるもんざんおろし
章:第4章 妖子 よみ(新仮名遣い):ようし 通し章番号:1454
口述日:1923(大正12)年03月24日(旧02月8日) 口述場所:皆生温泉 浜屋 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年5月24日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
家令のオールスチンは群衆に踏み倒されて館にかつぎこまれ、日夜苦悶を続けていた。小国別は仮死状態に陥り、デビスとケリナの二人の娘は帰ってこず、三千彦の行方もわからなくなり、小国姫は悲痛の淵に沈んでいた。
館の中にはオークス、ビルマの二人が切り盛りをしていた。小国姫は二人を招いて相談をした。オークスとビルマは、三千彦をけなし、しきりにワックスを跡取りとするよう小国姫に勧めた。そして自分たちを家令とするよう小国姫に承諾させてしまった。
そこへ小国別の容態が変わったと知らせが来たため、小国姫、オークス、ビルマの三人は急ぎ病床へ向かった。小国別はむっくと起き上がり、三千彦とオールスチンに会いたいと告げた。
オークスは、三千彦は町民の怒りの的となり、オールスチンは踏み倒されて、両人とも頼りにできないため、自分たちが家令に任命されたと小国別に報告した。小国別は、家令職はオールスチンの認可を得た上で、ハルナの都の大黒主の許可を得なければ任命することはできないと叱りつけた。
オークスは、三五教の三千彦を館に引き入れた罪を大黒主に注進すると小国別夫婦を脅しつける。小国別は、このような悪人を決して使ってはならぬと怒気を含んで怒鳴りたてると、昏睡状態に陥った。
小国姫は、小国別の命令だからこれきり館への出入りを禁じるとオークスとビルマに申し渡した。オークスは、小国別夫婦を国敵として訴えると脅し文句を居丈高に述べ立てると、ビルマと共に表に駆けだした。
牛にぶつかって養生していたエルは、ようやく館に戻ってきた。玄関にてふと走り出てくるオークスとビルマに出会った。エルは二人の相好がただ事ならないのに不審を起こして声をかけた。
オークスとビルマは、小国別夫婦に脅迫的に迫ってここまで来たが、うっかり町民に妙なことをしゃべって後の取りまとめに困ってはならないと思っていたので、これ幸いとエルの呼びかけに応じて受付に座り、ひそびそ話にふけった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-09-12 04:17:33 文字数:6072 OBC :rm5704
愛善世界社版:45頁 八幡書店版:第10輯 274頁 修補版: 校定版:47頁 普及版:19頁 初版: ページ備考:
001 館(やかた)の家令(かれい)オールスチンは、002老齢(らうれい)衰弱(すゐじやく)の身(み)を大勢(おほぜい)の荒男(あらをとこ)に所(ところ)構(かま)はず踏(ふ)み倒(たふ)され、003ワックスの介抱(かいはう)に依(よ)りて再(ふたた)び息(いき)は吹(ふ)き返(かへ)したものの、004苦(くる)しみに堪(た)えず、005吾(わが)館(やかた)に舁(か)つぎ込(こ)まれ、006発熱(はつねつ)甚(はなは)だしく、007日夜(にちや)苦悶(くもん)を続(つづ)けて居(ゐ)た。
008 一方(いつぱう)館(やかた)に於(おい)ては小国別(をくにのわけ)は仮死(かし)状態(じやうたい)に陥(おちい)り、009囈言(うはごと)計(ばか)り云(い)うて居(ゐ)る。010さうしてデビス、011ケリナの両女(りやうぢよ)は行衛(ゆくゑ)は容易(ようい)に分(わか)らず、012又(また)力(ちから)と頼(たの)む三千彦(みちひこ)の行衛(ゆくゑ)も分(わか)らなくなり、013小国姫(をくにひめ)は悲痛(ひつう)の淵(ふち)に沈(しづ)み、014身(み)をワナワナと慄(ふる)はせ乍(なが)ら、015世(よ)を果敢(はか)なみ、016生(いき)たる心地(ここち)はせなかつた。017されど如何(いか)にもして一(いち)時(じ)なりとも夫(をつと)の病(やまひ)を長引(ながびか)せ二人(ふたり)の娘(むすめ)に会(あ)はせたきものと、018夫(それ)のみ力(ちから)に日(ひ)を送(おく)つて居(ゐ)た。019館(やかた)の中(なか)はオークス、020ビルマの両人(りやうにん)が万事(ばんじ)切(き)り廻(まは)して居(ゐ)る。021受付(うけつけ)のエルは牛(うし)に睾丸(きんたま)を潰(つぶ)されたきり、022綿屋(わたや)の奥(おく)の間(ま)で高枕(たかまくら)をして苦(くる)しんで居(ゐ)る。023小国姫(をくにひめ)はオークス、024ビルマを居間(ゐま)に招(まね)き、025種々(いろいろ)と相談(さうだん)をかけた。026二人(ふたり)は時節(じせつ)到来(たうらい)、027ワックスの思惑(おもわく)を成就(じやうじゆ)させ、028甘(うま)い汁(しる)を吸(す)はむものと胸(むね)を躍(をど)らせながら、029素知(そし)らぬ顔(かほ)して心配気(しんぱいげ)に俯向(うつむ)いて居(ゐ)る。
030小国姫(をくにひめ)『オークス、031お前(まへ)に折(を)り入(い)つて相談(さうだん)したい事(こと)がある。032旦那(だんな)様(さま)はあの通(とほ)り何時(いつ)お帰幽(くにがへ)なさるか知(し)れぬ御(ご)容態(ようだい)、033又(また)家令(かれい)のオールスチンは重病(ぢゆうびやう)で苦(くる)しんで居(ゐ)るなり、034ワックスは旦那(だんな)様(さま)や、035オールスチンの病気(びやうき)平癒(へいゆ)のために荒行(あらぎやう)に行(ゆ)くと云(い)つて出(で)たきり顔(かほ)を見(み)せないし、036二人(ふたり)の娘(むすめ)は未(ま)だ帰(かへ)つて来(こ)ず、037若(もし)もの事(こと)があつたら、038如何(どう)したら好(よ)からうか、039お前(まへ)も一(ひと)つ考(かんが)へて貰(もら)ひ度(た)いものだがなア』
040オークス『実(まこと)にお気(き)の毒(どく)な事(こと)が出来(しゆつたい)したもので厶(ござ)いますワイ。041お館(やかた)計(ばかり)の難儀(なんぎ)ではなく宮町(みやまち)一統(いつとう)の難儀(なんぎ)で厶(ござ)います。042貴女(あなた)はバラモン教(けう)の館(やかた)を守護(しゆご)する役(やく)であり乍(なが)ら、043素性(すじやう)の分(わか)らぬ三五教(あななひけう)の魔法使(まはふつかひ)を町民(ちやうみん)に内証(ないしよう)で引(ひ)き入(い)れなさつたものですから、044此(この)様(やう)な惨(むご)い目(め)に会(あ)はされたのです。045これからは些(ちつ)と吾々(われわれ)の云(い)ふ事(こと)も聞(き)いて貰(もら)はなくてはなりませぬ。046町中(まちぢう)の噂(うはさ)によれば、047あの三千彦(みちひこ)と云(い)ふ奴(やつ)は、048三五教(あななひけう)きつての魔法使(まはふつかひ)で、049お館(やかた)に最(もつと)も大切(たいせつ)な如意(によい)宝珠(ほつしゆ)の玉(たま)を忍術(にんじゆつ)をもつて奪(うば)ひ取(と)り、050お館(やかた)に有(あ)るにあられぬ心配(しんぱい)をかけて置(お)き、051進退(しんたい)維谷(これきは)まる場合(ばあひ)を考(かんが)へ澄(す)まし、052バラモン教(けう)の宣伝使(せんでんし)に化(ば)けて這入(はい)つて来(き)よつたので厶(ござ)います。053夫(それ)故(ゆゑ)今(いま)迄(まで)家(いへ)に厶(ござ)つたデビス姫(ひめ)様(さま)迄(まで)お行方(ゆくへ)は分(わか)らぬ様(やう)になり、054此(この)町中(まちぢう)は大切(たいせつ)な御(ご)神具(しんぐ)を残(のこ)らず盗(ぬす)まれ、055大変(たいへん)な大騒動(おほさうどう)で厶(ござ)います。056こんな事(こと)が町民(ちやうみん)に分(わか)らうものなら、057夫(それ)こそ貴女(あなた)の御(おん)身(み)の大事(だいじ)、058大(おほ)きな顔(かほ)して此(この)お館(やかた)には居(を)られますまい。059そつと早馬(はやうま)でハルナの都(みやこ)に報告(はうこく)でもしようものなら、060旦那(だんな)様(さま)は病気(びやうき)で亡(な)くなられたとした所(ところ)で、061お前(まへ)さまは逆磔刑(さかはりつけ)にあはされるでせう。062大変(たいへん)な事(こと)をして下(くだ)さつた。063私(わたし)は貴女(あなた)の境遇(きやうぐう)に御(ご)同情(どうじやう)をすると共(とも)に、064貴女(あなた)の御(ご)処置(しよち)を恨(うら)んで居(ゐ)ます。065もし斯(こ)んな事(こと)が大黒主(おほくろぬし)様(さま)のお耳(みみ)に入(はい)らうものなら、066吾々(われわれ)もどんな刑罰(けいばつ)に会(あ)はされるかも知(し)れませぬ。067今後(こんご)はちつとオークスの云(い)ふ事(こと)も聞(き)いて貰(もら)ひ度(た)いものです』
068小国姫(をくにひめ)『あの三千彦(みちひこ)さまに限(かぎ)つてそんな悪党(あくたう)な方(かた)では有(あ)りませぬぞや、069夫(それ)は何(なに)かの間違(まちが)ひでせう。070金剛(こんがう)不壊(ふえ)の如意(によい)宝珠(ほつしゆ)を隠(かく)したのは決(けつ)して三千彦(みちひこ)さまぢやない、071家令(かれい)の悴(せがれ)のワックスに間違(まちが)ひないのだ。072あれが吾(わが)娘(むすめ)デビス姫(ひめ)を無理(むり)往生(わうじやう)に娶(めと)らむとして種々(しゆじゆ)とエキス、073ヘルマンなどを使(つか)ひ企(たく)んだと云(い)ふ事(こと)は明瞭(はつき)り分(わか)つて居(を)るのだよ。074勿体(もつたい)ない、075誠(まこと)の宣伝使(せんでんし)にそんな罪(つみ)を被(き)せるものぢやありませぬ』
076オークス『奥様(おくさま)、077夫(それ)が第一(だいいち)貴女(あなた)のお考(かんが)へ違(ちが)ひです。078ワックスさまは何(なに)を云(い)うても家令(かれい)の悴(せがれ)、079このお館(やかた)が立(た)ち行(ゆ)かねば自分(じぶん)の家(いへ)も立(た)ち行(ゆ)かないのですから、080よう考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい、081そんな不利益(ふりえき)の事(こと)をなさいますか。082そこが三五教(あななひけう)の魔法使(まはふつかひ)の甘(うま)い所(ところ)で……ワックスさまは人(ひと)がよいから、083塗(ぬ)りつけられたのですよ。084奥(おく)の奥(おく)を考(かんが)へて貰(もら)はねば実(まこと)にワックスさまに気(き)の毒(どく)で厶(ござ)いますワ。085よく考(かんが)へて御覧(ごらん)なさいませ。086三千彦(みちひこ)と云(い)ふ魔法使(まはふつかひ)は、087町民(ちやうみん)の鬨(とき)の声(こゑ)に驚(おどろ)かされて雲(くも)を霞(かすみ)と逃(に)げ失(う)せ、088旦那(だんな)様(さま)はどう贔屓目(ひいきめ)に見(み)ても御(ご)養生(やうじやう)は叶(かな)ひますまい。089そして家令(かれい)のオールスチンさまも御(ご)本復(ほんぷく)は難(むつかし)いこの場合(ばあひ)、090此(この)お館(やかた)のお力(ちから)になる者(もの)は誰(たれ)だと思召(おぼしめ)す。091ワックスさまより外(ほか)無(な)いぢやありませぬか。092貴女(あなた)はワックスさまをお疑(うたが)ひなさると、093これ程(ほど)人気(にんき)の有(あ)るワックスさまの為(ため)に町民(ちやうみん)が承知(しようち)致(いた)しませぬぞや。094よく胸(むね)に手(て)を当(あ)ててお考(かんが)へにならないと、095お館(やかた)の一大事(いちだいじ)で厶(ござ)います』
096小国姫(をくにひめ)『ハテ合点(がつてん)のゆかぬ事(こと)だなア、097ビルマ其方(そなた)は何(なん)と思(おも)ふか』
098ビルマ『ハイ私(わたし)は町内(ちやうない)の噂(うはさ)を調(しら)べて見(み)ましたが、099ワックスさまは本当(ほんたう)に偉(えら)い人(ひと)ですよ。100三五教(あななひけう)の魔法使(まはふつかひ)が隠(かく)して置(お)いた如意(によい)宝珠(ほつしゆ)をも、101甘(うま)く自分(じぶん)が罪(つみ)を負(お)ふと云(い)うて吐(は)き出(だ)させなさつたので厶(ござ)います。102真実(ほんとう)の忠臣(ちうしん)義士(ぎし)と云(い)ふのは、103あのワックスさまで厶(ござ)います。104あの宝(たから)が無(な)かつたらお館(やかた)は勿論(もちろん)、105宮町(みやまち)一同(いちどう)が大黒主(おほくろぬし)様(さま)から所刑(おしおき)に遇(あ)はねばならぬ所(ところ)を助(たす)けて下(くだ)さつたのだから、106テルモン国(こく)の救世主(きうせいしゆ)だと云(い)つて居(ゐ)ます。107どうしてもデビス姫(ひめ)様(さま)の御(ご)養子(やうし)になさつて此(この)国(くに)を治(をさ)めねば町民(ちやうみん)が承知(しようち)しませぬ。108私(わたし)は別(べつ)にワックスさまがお世継(よつぎ)にならうとなるまいと利害(りがい)関係(くわんけい)はないのですから、109ワックスさまの為(ため)に弁護(べんご)は致(いた)しませぬ。110中立(ちうりつ)地帯(ちたい)に身(み)を置(お)いて、111自分(じぶん)の所信(しよしん)を包(つつ)まず隠(かく)さず申上(まをしあ)げます』
112小国姫(をくにひめ)『町民(ちやうみん)迄(まで)がさう信(しん)じて居(ゐ)る以上(いじやう)は、113どうも仕方(しかた)がない。114兎(と)も角(かく)今日(こんにち)の場合(ばあひ)、115養子(やうし)にするせぬは後(あと)の事(こと)として、116一度(いちど)ワックスさまに来(き)て貰(もら)ひ度(た)いものだなア』
117オークス『それは結構(けつこう)で厶(ござ)いますが、118ワックスさまは神(かみ)様(さま)の為(た)め、119お館(やかた)の為(ため)、120町民(ちやうみん)の為(た)め、121命(いのち)がけの業(げふ)をすると云(い)うて出(で)かけられましたから、122お行衛(ゆくゑ)が分(わか)らず、123何時(いつ)帰(かへ)らるるとも見当(けんたう)が付(つ)きませぬ。124就(つい)ては家事(かじ)万端(ばんたん)を処理(しより)する役員(やくゐん)が無(な)ければ不都合(ふつがふ)で厶(ござ)いませう。125家令(かれい)はあの通(とほ)り胸板(むないた)を踏(ふ)まれ、126恢復(くわいふく)の見込(みこ)みは立(た)ちませぬ、127二人(ふたり)の姫(ひめ)様(さま)は行方(ゆくへ)が分(わか)らず、128旦那(だんな)様(さま)は御(ご)重病(ぢゆうびやう)、129誰(たれ)か家令(かれい)を新(あらた)にお命(めい)じなさらなくては、130一(いち)日(にち)も館(やかた)の事務(じむ)が執(と)れますまい。131私(わたし)も門番(もんばん)位(くらゐ)勤(つと)めて居(を)つては大奥(おほおく)の御用(ごよう)は出来(でき)ませぬしなア』
132小国姫(をくにひめ)『アアそんなら、133順々(じゆんじゆん)に抜擢(ばつてき)してお世話(せわ)にならう。134受付(うけつけ)のエルを臨時(りんじ)家令(かれい)となし、135お前(まへ)は受付(うけつけ)になつて貰(もら)はう、136さうすれば万事(ばんじ)万端(ばんたん)都合(つがふ)よく運(はこ)ぶであらう』
137オークス『成程(なるほど)それは順当(じゆんたう)で至極(しごく)結構(けつこう)でせう。138併(しか)し乍(なが)ら、139エルさまの慌者(あわてもの)、140旦那(だんな)様(さま)が、141まだ命(いのち)のある中(うち)から御(ご)帰幽(きいう)になつたと云(い)うて町中(まちぢう)を触(ふ)れ歩(ある)き、142大勢(おほぜい)を騒(さわ)がし、143お負(まけ)に牛(うし)の尻(しり)に突(つ)き当(あた)り睾丸(きんたま)を踏(ふ)み潰(つぶ)され、144綿屋(わたや)の離室(はなれ)に有(あ)らむ限(かぎ)りの苦(くる)しみをして居(を)ります。145さうして道端(みちばた)に繋(つな)いであるあれ程(ほど)大(おほ)きな牛(うし)が目(め)に付(つ)かないやうな事(こと)では門番(もんばん)も出来(でき)ないと云(い)うて、146町中(まちぢう)の笑(わら)はれ者(もの)になつて居(を)りますよ。147あんな慌者(あわてもの)が家令(かれい)にでもならうものなら、148お館(やかた)の威勢(ゐせい)は申(まを)すに及(およ)ばず、149神(かみ)様(さま)の御(ご)威勢(ゐせい)迄(まで)も落(お)ちると云(い)つて、150町中(まちぢう)の大反対(だいはんたい)で厶(ござ)います。151夫(それ)はおよしになつた方(はう)がお為(ため)で厶(ござ)いませう』
152小国姫(をくにひめ)『ハテ困(こま)つた事(こと)だなア。153そんならワックスが帰(かへ)つて来(き)たら、154暫(しば)し親父(おやぢ)の代理(だいり)を勤(つと)めさす事(こと)に致(いた)しませう。155夫(それ)迄(まで)お前(まへ)は臨時(りんじ)家令(かれい)の役(やく)をやつて貰(もら)ひ度(た)い』
156オークス『私(わたし)のやうな不都合(ふつがふ)な者(もの)は、157到底(たうてい)臨時(りんじ)家令(かれい)のやうな事(こと)は出来(でき)ませぬ。158平(ひら)にお断(ことわ)り申(まを)します、159却(かへつ)てお館(やかた)の不都合(ふつがふ)な事(こと)を仕出(しで)かすといけませぬから。160総(すべ)て臨時(りんじ)と云(い)ふものは水臭(みづくさ)い文字(もじ)で、161本気(ほんき)にお館(やかた)の為(ため)に尽(つく)すと云(い)ふ気(き)が出(で)て来(き)ませぬワ』
162ビルマ『一層(いつそう)の事(こと)、163ドツと張(は)り込(こ)んで、164オークスさまを家令(かれい)に任命(にんめい)なさつたらどうでせう、165屹度(きつと)それ丈(だけ)の腕前(うでまへ)は厶(ござ)いますよ。166貴女(あなた)は奥(おく)にばかり厶(ござ)るから外(そと)の事情(じじやう)は分(わか)りますまいが、167私(わたし)が証明(しようめい)致(いた)します。168町民(ちやうみん)一同(いちどう)の希望(きばう)はワックス様(さま)を御(ご)養子(やうし)となし、169オークスさまを家令(かれい)と遊(あそ)ばし、170さうして○○を家扶(かふ)にお命(めい)じになれば、171お嬢様(ぢやうさま)も帰(かへ)られ、172お妹御(いもうとご)のケリナさまも無事(ぶじ)帰(かへ)られると云(い)ふ噂(うはさ)で厶(ござ)います。173世間(せけん)の噂(うはさ)と云(い)ふものは余(あんま)り馬鹿(ばか)にはならぬもので厶(ござ)いますよ。174神(かみ)様(さま)の為(た)め、175お館(やかた)の為(た)め、176それが最善(さいぜん)の方法(はうはふ)と私(わたし)は考(かんが)へます』
177小国姫(をくにひめ)『○○を家扶(かふ)にせいとは誰(たれ)の事(こと)だい、178もつと明瞭(はつき)りと云(い)うて貰(もら)はなくては分(わか)らぬぢやないか』
179ビルマ『ヘイ、180到底(たうてい)申(まを)し上(あ)げた所(ところ)で門番(もんばん)位(ぐらゐ)が家扶(かふ)には成(な)れますまい。181云(い)はぬが花(はな)で厶(ござ)いませう』
182小国姫(をくにひめ)『ホホホホホ、183ビルマ、184自分(じぶん)を推薦(すゐせん)して居(ゐ)るのだらう。185お前(まへ)も抜目(ぬけめ)の無(な)い男(をとこ)だなア』
186ビルマ『此(この)頃(ごろ)の世(よ)の中(なか)は盲人(めくら)計(ばか)りで厶(ござ)いますから、187自分(じぶん)から自分(じぶん)の技能(ぎのう)を発表(はつぺう)しなくては、188何時(いつ)になつても金槌(かなづち)の川(かは)流(なが)れ、189栄達(えいだつ)の道(みち)はつきませぬ。190正真(しやうしん)正銘(しやうめい)のネットプライスの技量(ぎりやう)を放(ほ)り出(だ)して、191それをお認(みと)めになる御(ご)器量(きりやう)があればよし、192無(な)ければ時節(じせつ)到(いた)らぬと覚悟(かくご)するより外(ほか)は厶(ござ)いませぬ。193私(わたし)を御(ご)採用(さいよう)なければオークスだつて決(けつ)して家令(かれい)の職(しよく)に置(お)きませぬ。194此(この)男(をとこ)も今度(こんど)の事件(じけん)については、195チと弱点(じやくてん)……いや弱点(じやくてん)は無(な)いのです。196貴女(あなた)がそつと魔法使(まはふつかひ)を引(ひ)き入(い)れなさつたのが弱点(じやくてん)ですから、197吾々(われわれ)二人(ふたり)が揉(も)み消(け)し運動(うんどう)をやつたので、198町内(ちやうない)の騒(さわ)ぎがやつと治(をさ)まつたので厶(ござ)いますからなア』
199小国姫(をくにひめ)『そんなら仕方(しかた)がありませぬ。200お前(まへ)を臨時(りんじ)家扶(かふ)に命(めい)じませう』
201ビルマ『モシ奥様(おくさま)、202臨時(りんじ)家扶(かふ)と云(い)ふのは釜焚(かまた)きとは違(ちが)ひますよ。203家令(かれい)の次(つぎ)の職(しよく)、204重職(ぢうしよく)で厶(ござ)いますよ。205念(ねん)の為(た)め一寸(ちよつと)申上(まをしあ)げて置(お)きます』
206小国姫(をくにひめ)『門番(もんばん)が家扶(かふ)に出世(しゆつせ)したら結構(けつこう)ぢやないか。207此(この)館(やかた)は大黒主(おほくろぬし)様(さま)の命令(めいれい)で家令(かれい)一人(ひとり)と定(きま)つて居(ゐ)るが、208家扶(かふ)を置(お)く事(こと)は出来(でき)ないのだから、209気(き)の毒(どく)乍(なが)らお前(まへ)は門番頭(もんばんがしら)で辛抱(しんばう)して下(くだ)さい』
210 かかる所(ところ)へ一人(ひとり)の看護婦(かんごふ)が慌(あわただ)しく入(い)り来(きた)り、
211看護婦『奥様(おくさま)早(はや)く来(き)て下(くだ)さいませ、212旦那(だんな)様(さま)は御(ご)臨終(りんじう)と見(み)えまして、213大変(たいへん)御(ご)様子(やうす)が変(かは)つて参(まゐ)りました』
214と心配(しんぱい)さうに云(い)ふ。215小国姫(をくにひめ)は胸(むね)を撫(な)でながら慌(あわただ)しく主人(しゆじん)の病室(びやうしつ)に駆(か)けり行(ゆ)く。216オークスはビルマと共(とも)に小国姫(をくにひめ)の後(あと)に従(したが)ひ病室(びやうしつ)に入(い)る。217小国別(をくにわけ)は俄(にはか)にムクムクと起(お)き上(あが)り、218痩(やせ)こけた顔(かほ)の窪(くぼ)んだ目(め)を光(ひか)らせ乍(なが)ら、
219小国別(をくにわけ)『女房(にようばう)お前(まへ)は何処(どこ)に行(い)つて居(ゐ)た。220最前(さいぜん)から大変(たいへん)待(ま)ち兼(か)ねて居(ゐ)たぞよ、221さうして二人(ふたり)の娘(むすめ)はまだ帰(かへ)つて来(こ)ぬかノウ』
222小国姫(をくにひめ)『ハイもう軈(やが)て帰(かへ)るで厶(ござ)いませう。223まだ何(なん)とも便(たよ)りが厶(ござ)いませぬ』
224小国別(をくにわけ)『ハテ困(こま)つた事(こと)だなア、225此(この)世(よ)ではもう娘(むすめ)に遇(あ)ふ事(こと)が出来(でき)んのかなア。226エエ残念(ざんねん)ぢや』
227小国姫(をくにひめ)『旦那(だんな)様(さま)、228何卒(どうぞ)気(き)を落(おと)さないやうにして下(くだ)さい、229屹度(きつと)神(かみ)様(さま)のお蔭(かげ)で会(あ)はして下(くだ)さるでせう』
230小国別(をくにわけ)『三千彦(みちひこ)の宣伝使(せんでんし)様(さま)や家令(かれい)は何処(どこ)へ行(い)つたかなア、231早(はや)く会(あ)ひたいものだ』
232小国姫(をくにひめ)『三千彦(みちひこ)様(さま)は俄(にはか)にお行衛(ゆくゑ)が分(わか)らぬやうになりました。233屹度(きつと)娘(むすめ)二人(ふたり)を迎(むか)ひに行(い)つて下(くだ)さつたのでせう』
234小国別(をくにわけ)『ウン夫(そ)れは御(ご)苦労(くらう)だなア。235屹度(きつと)会(あ)はして下(くだ)さるだらう。236家令(かれい)のオールスチンはまだ来(こ)ぬか、237何(なに)をして居(ゐ)るのだらう』
238小国姫(をくにひめ)『ハイ、239一寸(ちよつと)用(よう)が厶(ござ)いますので、240つひ遅(おく)れて居(ゐ)ます、241やがて参(まゐ)るで厶(ござ)いませう』
242オークス『モシ旦那(だんな)様(さま)、243家令(かれい)のオールスチンは町民(ちやうみん)に胸板(むないた)を踏(ふ)み折(を)られ、244九死(きうし)一生(いつしやう)の苦(くる)しみを受(う)け自館(やかた)に帰(かへ)つて居(を)られます。245そして町中(まちぢう)は三五教(あななひけう)の魔法使(まはふつかひ)をお館(やかた)へお入(い)れなさつたと云(い)うて、246鼎(かなへ)の沸(わ)くやうな騒(さわ)ぎで厶(ござ)います。247そこを私(わたし)等(たち)二人(ふたり)が鎮定(ちんてい)致(いた)し、248今(いま)奥様(おくさま)と御(ご)相談(さうだん)の上(うへ)、249私(わたし)がたつた今(いま)家令(かれい)となりましたから、250何分(なにぶん)宜敷(よろし)くお願(ねが)ひ申(まを)します。251今後(こんご)は粉骨(ふんこつ)砕身(さいしん)、252十二分(じふにぶん)の成績(せいせき)を挙(あ)げてお目(め)にかけますから御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
253小国別(をくにわけ)『お前(まへ)は門番(もんばん)のオークスぢやないか。254何程(なにほど)人望(じんばう)があると云(い)つても、255さう一足飛(いつそくと)びに門番(もんばん)が家令(かれい)になると云(い)ふ訳(わけ)にはゆくまい。256奥(おく)、257お前(まへ)はそんな事(こと)を許(ゆる)したのか』
258小国姫(をくにひめ)『ハイ、259……イイエ』
260とモジモジして居(ゐ)る。
261小国別(をくにわけ)『家令(かれい)を任命(にんめい)するには何(ど)うしてもオールスチンの承諾(しようだく)を得(え)、262彼(かれ)が辞表(じへう)を出(だ)した上(うへ)でハルナの都(みやこ)に伺(うかが)ひを立(た)て、263其(その)上(うへ)でなくてはならぬ。264さう勝手(かつて)に定(き)める訳(わけ)にはいけぬ。265この館(やかた)は特別(とくべつ)だから何事(なにごと)も大黒主(おほくろぬし)様(さま)に伺(うかが)はねばならぬ。266よもや真実(ほんとう)ではあるまい。267奥(おく)、268お前(まへ)は当座(たうざ)の冗談(てんご)を云(い)ふたのであらう』
269 小国姫(をくにひめ)はモジモジしながら幽(かす)かな声(こゑ)で『ハイ』と一言(ひとこと)、270俯向(うつむ)いて居(ゐ)る。
271オークス『苟(いやし)くも館(やかた)の主人(あるじ)の奥様(おくさま)とも在(あ)らう方(かた)が、272冗談(てんご)を仰有(おつしや)らう筈(はず)はありますまい。273奥様(おくさま)のお言葉(ことば)は金鉄(きんてつ)よりも重(おも)いものと信(しん)じて居(を)ります。274何(なん)と仰有(おつしや)つてもオークスは当家(たうけ)の家令(かれい)で厶(ござ)います。275万事(ばんじ)万端(ばんたん)館(やかた)の事務(じむ)を取調(とりしら)べ、276ハルナの都(みやこ)に報告(はうこく)を致(いた)さねばなりませぬ。277何処(どこ)迄(まで)も此(この)オークスを排斥(はいせき)なさるならば、278三五教(あななひけう)の魔法使(まはふつかひ)をお館(やかた)へお入(い)れなさつた事(こと)を大黒主(おほくろぬし)様(さま)に注進(ちゆうしん)致(いた)しませうか、279それでも苦(くる)しうは厶(ござ)いませぬか』
280と命(めい)旦夕(たんせき)に迫(せま)つて居(ゐ)るのにつけ込(こ)んで無理(むり)やりに頑張(ぐわんば)つて居(を)る極悪(ごくあく)無道(ぶだう)の曲者(くせもの)である。
281小国別(をくにわけ)『これ奥(おく)、282私(わし)はお前(まへ)の見(み)る通(とほ)り、283今度(こんど)はどうも本復(ほんぷく)せないやうだ。284何(ど)うか一(いち)時(じ)も早(はや)く三千彦(みちひこ)さまを尋(たづ)ね出(だ)し、285此(この)館(やかた)のお力(ちから)となつて頂(いただ)け。286あの御(ご)神力(しんりき)をもつて守(まも)つて頂(いただ)けば、287如何(いか)に大黒主(おほくろぬし)の神(かみ)、288数万(すうまん)の軍勢(ぐんぜい)をもつて攻(せ)め寄(よ)せ来(きた)るとも恐(おそ)るる事(こと)は要(い)らぬ、289かやうな悪人(あくにん)を決(けつ)して吾(わが)死後(しご)用(もち)ひてはならぬ。290今日(けふ)から門番(もんばん)を免職(めんしよく)して呉(く)れ。291エエ穢(けが)らはしい』
292と衰弱(すゐじやく)の身心(しんしん)に怒気(どき)を含(ふく)み、293呶鳴(どな)り立(た)てた。294それつきり又(また)もやグタリと弱(よわ)り、295忽(たちま)ち昏睡(こんすゐ)状態(じやうたい)に陥(おちい)つた。
296 小国姫(をくにひめ)は、297身(み)も世(よ)もあらぬ悲(かな)しみに浸(ひた)されながら、298故意(わざ)とに涙(なみだ)を隠(かく)し容(かたち)を改(あらた)め、299両人(りやうにん)に向(むか)ひ、
300小国姫『オークス、301ビルマの両人(りやうにん)、302其(その)方(はう)は御(ご)主人(しゆじん)様(さま)の命令(めいれい)だから、303気(き)の毒(どく)乍(なが)ら只今(ただいま)限(かぎ)り此(この)館(やかた)を帰(かへ)つて下(くだ)さい。304仮令(たとへ)どうならうとも其(その)方(はう)のやうな傲慢(がうまん)無礼(ぶれい)な僕(しもべ)に厄介(やくかい)にならうとは思(おも)はないから、305……モシ旦那(だんな)様(さま)何卒(どうぞ)御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
306と耳(みみ)に口(くち)を寄(よ)せて声(こゑ)を限(かぎ)りに涙交(なみだまじ)りに述(の)べ立(た)てた。307小国別(をくにわけ)は幽(かす)かにこの声(こゑ)が耳(みみ)に入(はい)つたと見(み)え、308力無(ちからな)げにニタリと笑(わら)ふ。309オークスは横柄面(わうへいづら)を曝(さら)し乍(なが)ら威猛高(ゐたけだか)になり、
310オークス『モシ奥様(おくさま)、311旦那(だんな)様(さま)は大病(たいびやう)に悩(なや)み耄(ほう)けて居(ゐ)らつしやいます。312決(けつ)して仰有(おつしや)る事(こと)は真(まこと)ぢやありませぬ。313熱(ねつ)に浮(うか)されたお言葉(ことば)、314左様(さやう)な事(こと)を本当(ほんたう)になさるやうでは此(この)お館(やかた)は大騒動(おほさうどう)が起(おこ)りますよ。315今日(こんにち)此(この)お館(やかた)を双肩(さうけん)に担(にな)うて立(た)つものは、316ワックスや吾々(われわれ)二人(ふたり)の外(ほか)に誰(たれ)がありませうか。317克(よ)くお考(かんが)へなされませ。318門番(もんばん)は家令(かれい)になれないと仰有(おつしや)いましたが、319何(なん)と云(い)ふ階級(かいきふ)的(てき)の考(かんが)へに捉(とら)はれて居(ゐ)らつしやるのですか。320昔(むかし)常世城(とこよじやう)の門番(もんばん)は、321直(ただち)に抜擢(ばつてき)されて右守(うもり)の司(かみ)になつたぢやありませぬか[※第10巻第7章「思はぬ光栄」のエピソード。門番の蟹彦が常世神王のお側付きに抜擢された。]。322それも失敗(しつぱい)の結果(けつくわ)でせう。323吾々(われわれ)はお館(やかた)の危急(ききふ)を救(すく)つた殊勲者(しゆくんしや)です。324若(も)しお気(き)に入(い)らねば仕方(しかた)はありませぬ、325吾々(われわれ)は吾々(われわれ)としての一(ひと)つの考(かんが)へが厶(ござ)います、326後(あと)で後悔(こうくわい)なさいますなよ。327町民(ちやうみん)一般(いつぱん)が大切(たいせつ)な宝(たから)を盗(ぬす)まれたのも、328みんな三千彦(みちひこ)の魔法使(まはふつかひ)によつて大勢(おほぜい)の者(もの)が難儀(なんぎ)をして居(を)るので厶(ござ)います。329云(い)はば三千彦(みちひこ)は町民(ちやうみん)の敵(てき)で厶(ござ)います。330其(その)敵(てき)を何時(いつ)迄(まで)もお構(かま)ひなさるのならば、331矢張(やはり)貴方(あなた)方(がた)御(ご)夫婦(ふうふ)は国敵(こくてき)と認(みと)めます。332大黒主(おほくろぬし)のお開(ひら)きなされた此(この)霊場(れいぢやう)を、333みすみす三五教(あななひけう)の奴(やつ)に蹂躙(じうりん)せられるとは、334町民(ちやうみん)一般(いつぱん)の忍(しの)び難(がた)い所(ところ)でせう。335私(わたし)を家令(かれい)にお使(つか)ひなさらぬなら、336たつては頼(たの)みませぬ。337此(この)始末(しまつ)を町民(ちやうみん)に報告(はうこく)致(いた)します。338さうすれば町民(ちやうみん)は、339貴方(あなた)方(がた)をバラモン教(けう)の仇(あだ)、340神(かみ)様(さま)の敵(てき)として押(お)し寄(よ)せて参(まゐ)ります。341お覚悟(かくご)なさいませ』
342と云(い)ひ放(はな)ち、343勢(いきほひ)鋭(するど)く表(おもて)へ駆(か)け出(だ)す。344睾丸(きんたま)を牛(うし)に踏(ふ)み潰(つぶ)され、345綿屋(わたや)の離室(はなれ)に養生(やうじやう)して居(ゐ)たエルは漸(やうや)う二三(にさん)人(にん)の子供(こども)に送(おく)られて玄関(げんくわん)に帰(かへ)つて来(き)た。346オークス、347ビルマの二人(ふたり)は玄関(げんくわん)にてふと出会(であ)うた。348エルは二人(ふたり)の相好(さうがう)の唯事(ただごと)ならぬに不審(ふしん)を起(おこ)し、
349エル『オイ、350両人(りやうにん)、351血相(けつさう)変(か)へて何処(どこ)へ行(ゆ)くのだ。352是(これ)には何(なに)か様子(やうす)があるであらう、353まづ俺(おれ)に聞(き)かして呉(く)れ。354何(なん)とか仲裁(ちうさい)してやるから』
355 オークス、356ビルマの両人(りやうにん)は脅迫(けふはく)的(てき)に此処(ここ)迄(まで)来(き)たのだが、357うつかり町民(ちやうみん)に妙(めう)な事(こと)を喋(しやべ)つて、358後(あと)の取纒(とりまと)めに困(こま)つてはならぬと思(おも)つて居(ゐ)た矢先(やさき)、359エルに止(と)められたので、360これ幸(さいはひ)と二人(ふたり)は受付(うけつけ)にドツカと坐(ざ)し、361密々話(ひそびそばなし)に耽(ふけ)つて居(ゐ)る。
362(大正一二・三・二四 旧二・八 於皆生温泉浜屋 加藤明子録)
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