二十八歳の頃
よしあし草茂れる浪花に神の道宣伝せんと思ひ立ちし春
穴太出て西条川上寺村や東掛長首坂を越えゆく
石田梅巌道話を説きし村といふ東掛のさとは山深き里
むかしより山賊出づると伝へたる長首峠は淋しかりけり
十三里山坂道を茨木の駅にやうやう着きしゆうぐれ
夕暮の梅田の駅に下車すれば右もひだりもわからず迷ふ
人力車飛ばせて堂島川べりのとある宿屋に泊り込みたり
井戸中の蛙大海に出でしごと都のさまにあきるるばかり
故郷人の大阪に住める人の家天満橋畔に尋ねあてたり
橋詰の実盛餅の暖簾くぐりみればその人ほほゑみてをり
ふるさとに泣き別れたるその人のはや未亡人となりてゐたりき
あちこちと大阪の街巡りみつふところ寂しく日日になりゆく
大阪のけむりの都をさまよひて烟にまかれ帰り路につく
家屋敷抵当にして借りし旅費残らず宿屋の肥しとなりけり
大阪をいま去る名残りと天満天神の社に詣でて前途を祈る
不思議なる易者の言葉に従ひて駒立て直し帰国の途につく
いろいろの神勅をうけて感じ入り実盛餅を帰途にたづぬる
はじめての水と烟の都見て空に名残りも惜しまずかへる
四通八達便利自由の都路もわがふるさとに如かざりにけり
質朴な田舎育ちのわが身には都会宣伝はやしと悟りぬ
高遠な理想説くとも浪花人は聞く耳持たず自愛のかたまり
豊太閤偉業の跡をとどめたる大阪城をめづらしみ見し
中之島木村重成誠忠碑の前にし立てばなみだこぼるる
豊太閤の偉業のあとをながめつつ精神界の王国をおもふ
雑沓の巷に出でてふるさとの清き山河のめぐみを悟りぬ
曲神の伊猛り狂ふいまの世を清めて神世を来たさんとぞ思ふ
神軍のラツパを高く吹きたてて濁りたる世を覚ますと雄健ぶ
此のままにこの世を捨てて置くならば忽ち地獄の惨状を見む
十年のあひだ身魂を清めつつ世界に道を宣べむとおもふ
ふところは頓に寂しくなりたれど故郷に帰る楽しさにをり
草枕旅にし出でて悟りけり汚れはてたる人のこころを
難波津に咲くやこの花あとにしていよいよ帰国の途につきけり