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草刈女

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題名：草刈女著者：出口王仁三郎

ページ：229 目次メモ：

概要：28歳の頃備考：タグ：データ凡例：データ最終更新日：2023-05-08 00:00:00 OBC ：B119800c061

二十八歳の頃

霊界に入(い)りて貰ひし玉手箱かげも形も見えぬさびしさ

常磐木(ときはぎ)の松の木洩陽(こもれび)岩ケ根に絵を描(ゑが)きつつ梢(こずゑ)さゆるる

向(むか)つ尾の青葉の裏葉(うらは)かへしつつ吹き来(く)る風のはげしき日なり

高熊の山のふもとの谷の辺(へ)に草刈(か)るをんなの声かしましも

梢(こずゑ)には山雀(やまがら)さへづり谷底(たにそこ)にささやく女の百舌(もづ)に似たるも

高らかに天津祝詞を宣りつれば草刈(くさかり)女(をんな)あやしみのぼり来(く)

登り来(き)し二三(にさん)の草刈(くさかり)女(め)の中に交(まじ)りたる女(め)を見つつはづかし

何事の願ひあるかは知らねども帰り給へと一人の女(め)は言ふ

千早(ちはや)振(ふ)る神の御(み)言葉おもければ人の言葉に耳をかすべき

このやうな嶮(けは)しき岩の上(うへ)にゐて危(あやふ)からずやと女(め)等(ら)のささやく

幽斎の修行の邪魔にあひなれば一刻も早く帰りねと云ふ

変(かは)りたる人よと常(つね)より思ひしがこの荒行と女(をんな)はおどろく

幽斎の修行の時刻せまれども草刈(くさかり)女(をんな)容易にかへらず

村びとにかならず語りたまひそと草刈(くさかり)女(をんな)の口止(くちどめ)なしたり

どんなことなさるか私も拝見と容易に去らぬ草刈(くさかり)女(め)うるさし

わたしらは村に帰りて人びとにこの有様(ありさま)をはなすとぞ云ふ

巌窟の中をのぞきて女(をんな)らは深(ふか)しくらしとおどろきてをり

大空(おほぞら)の雲は破れてひとしきり篠(しの)つく雨の降(ふ)り出(い)でにけり

草刈(くさかり)女(め)雨をよけむと巌窟になだれこみつつ騒ぎたつるも

かくの如き白衣(びやくい)をつけたる御(おん)姿(すがた)深夜にみれば恐ろしからむを

巌窟に女入(い)りこみ身動きもならぬ苦しさ雨まだ止(や)まず

こんなことすつかりやめてもとのごと商売なさいとすすむる女ら

金儲けしたとて何になるものか死後の世界を大事(たいじ)と答へし

死後の世はあるかなきかはわからないとかくこの世が大切と女(め)のいふ

うるさきに沈黙守り目をとぢて合掌すればますます囁(ささや)く

雨雲は次第しだいに散りゆきて陽(ひ)のめ見えつつ雨あがりけり

巌窟(がんくつ)のお客は雨のはれたるをしをりにこの場を立ち出(い)でてゆく

姦(かしま)しきうるさき女の立ち去りしあと清めむと神言を宣る

油(あぶら)臭き髪の匂ひのぷんぷんと巌窟(いはや)の中に残りて去らず

宝玉を踏み砕かれしここちして巌窟(いはや)の中にしばし黙(もだ)しぬ

彼(か)の女(をんな)村に帰ればわがありか囁(ささや)くおもへば居心地あしき

高熊の巌窟(いはや)の修行はやぶれたり処(ところ)かへむとしばし考(がんが)ふ

今日(けふ)の午後か明日(あす)は村人群(むらが)りて来ると思へば心騒(さわ)ぎぬ

宝座退去

修行場(しうぎやうば)をみつけられたる残念さに高熊山の急坂(きふはん)下(くだ)りぬ

谷川(たにがは)にみそぎを終(をは)り祝詞あげ夏陽(なつひ)を浴びて奥山にむかふ

打越(うちこし)の算盤岩(そろばんいは)のうへに坐(ざ)し安全地帯と修行をなせり

ここもまた浮世(うきよ)なりけり朝夕(あさゆふ)に草刈る男女(なんによ)のささやき通る

人声(ひとごゑ)の耳をかすめて幽斎の修行を自然にさまたげらるる

ここもまた浮世(うきよ)の外(そと)にあらざるかひとり嘆(なげ)かひ奥山に進む

大蛇ケ滝

老木(らうぼく)の茂みをわけて谷深く滝のかたへに居(きよ)をうつしたる

昔より大蛇(をろち)の棲(す)むと伝へたる大蛇(をろち)ケ滝は昼なほすごき

白竜(はくりう)の昇天するかと思ふまで空にのびたる大蛇(をろち)の高滝(たかたき)

素裸体(すはだか)となりて飛び込む滝壺の冷たさ凄さ身ぶるひやまず

滝壺のそばに祀れる不動尊(ふどうそん)の耳と片手の落ちたるがいます

タオルもてわが全身をふき清め白衣(びやくい)まとひて草の上(へ)にやすらふ

人の身を没するまでに蕗(ふき)と三つ葉茂(しげ)りあひたる深き谷間よ

蔓苺(つるいちご)まあかきまでに実りたるをむしりて食へば味のよろしも

蔓苺(つるいちご)むしりつつあれば大いなる羽ばたきなして逃げゆく山鳥(やまどり)

天津(あまつ)陽(ひ)は空に残れど森林の深さに四辺(あたり)小暗(をぐら)くなりぬ

鬱蒼(うつさう)と天を封じて茂(しげ)りたつ杉の木下(こした)に日はたそがるる

わが宣れる神言(かみごと)谷にこだまして大蛇ケ滝と音をきそへる

梢(こずゑ)もむ嵐の音のたかだかと修行の身ながら淋しみのわく

駒の蹄音

草の上(へ)に伏しつつあれば小夜(さよ)更(ふ)けて駒(こま)の蹄(ひづめ)の音(おと)きこえ来(く)る

真夜中に駒(こま)の足音心得(こころえ)ずとまなこ据(す)うれば馬上の僧形(そうぎやう)

よくみれば駒(こま)の蹄(ひづめ)は地上より一丈ばかり上にありけり

頭より押しつぶさるる心地してわが吹く息も苦しかりけり

怪僧のおもての鼻は見るうちに七八寸ものびたちにけり

怪僧のまなこの光炯々(けいけい)とあたりをひるのごとくてらせる

とどろける胸を押(おさ)へて何者と尋(たづ)ぬる言葉に大口(おほぐち)あけたり

ひらきたる口(くち)の中より火の如きまあかき舌を吐き出して居り

怪僧は大口あけてカラカラとあざけるごとく笑ひ出したり

小夜(さよ)更(ふ)けの谷間に見たる妖怪の姿はあまりここちよからず

怪僧は馬を乗りおりしづしづとわが眼前(がんぜん)に迫り来(き)にけり

汝(なれ)こそは仏法(ぶつぽふ)弘通(ぐつう)のさまたげと言ひつつ鉄扇(てつせん)ふりあげ迫り来(く)

つぎつぎに数百の怪僧あらはれてわが身辺を包み動かず

決心の臍(ほぞ)をかためてあめつちの御神(みかみ)を祈り神言を宣る

神言を宣りつつあれば妖怪のすがたは次第に吾(あ)を遠ざかる

神言の尊き功徳(くどく)にわれながらおどろきにけり嬉しみにけり

数百体の坊主つぎつぎ遠ざかり忽(たちま)ち夜霧(よぎり)となり変(かは)りけり

怪僧の姿は霧となりぬれどいやらしき声四方(よも)より聞(きこ)え来(く)

ことさらに大いなる声一つありて一刻も早く退却せよと言ふ

幽斎の修行に来たりしわれなれば動くべきやと言挙(ことあ)げなしたり

山猿(やまざる)をせむるが如き怪声(くわいせい)の絶え間もあらずわが耳をうつ

滝壺のかたへに茂(しげ)るくさむらの中より出でし獅子の怪物

天地(あめつち)もゆるぐばかりの獅子の声も吾(われ)ためらはず神言を宣る

神言を宣りつつあれば近よりし獅子の姿は猫となりたり

まなぐさき風さつと吹きてわが鼻のきかぬとこまでとぢられにけり

真夜中の谷どよもして草藪(くさやぶ)の中より大蛇(をろち)あらはれ来るも

かむながら御霊(みたま)幸倍(さちはへ)ましませと祈るとすれどわが口(くち)きかずも

神人出現

音楽の音さやさやに響(ひび)かひて異様(いやう)の神人(しんじん)あらはれ来たる

神人(しんじん)はいとにこやかに笑(ゑ)ませつつわが肩のへに御手(みて)かけ給へり

肩さきに御手(みて)のさはりしたまゆらにわが魂(たましひ)は蘇(よみが)へりけり

よくみれば東雲(しののめ)の空あかあかと深き谷間の夜(よ)は明けてをり

ひんがしの山より昇る日のかげに蘇生(よみがへ)りたる心地せらるる

天津祝詞神言(かみごと)次ぎつぎ奏上し感謝の心に打たるる滝の辺(へ)

此(こ)の山は穴太(あなを)にあらず隣村(りんそん)の犬飼村(いぬがひむら)の深林(しんりん)なりけり

仙人のむかし住みしと伝(つた)ふなる深林(しんりん)おそれて人(ひと)近よらず

昼も猶(なほ)寒さ身に沁(し)む滝の辺(へ)の朝の谷間を霧こめ初(そ)めたり

濛(もう)もうと湧き立つ霧の深みつつ一間(いつけん)さきの見えぬ淋しさ

杣人(そまびと)も怖(お)ぢて通はぬ山奥のこの滝津瀬のもの凄きかな

虎の仔(こ)の雄健びを聞く心地して修行のためと滝にうたるる

いやらしき伝説数多(あまた)残りたるこの滝壺のもの凄きかも

鼻高(はなだか)が棲むと伝(つた)ふるこの山の谿(たに)の深さよ昼なほ小暗(をぐら)し

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