二十八歳の頃
四十八宝座の右手に一筋の滝ちよろちよろと落つるを認めし
むらむらと木漏れ陽ゆらぐ谷川の清水掬びて咽喉をうるほす
旱天に雨を得たるのここちして谷底ふかき溜り水飲む
一口の水に甘露のあぢはひを覚えたりけり初夏の真昼を
珍宝黄金白銀何かあらんと一滴の水のたふとさを思ふ
渇きたるときに一口飲む水の味は甘露にまさるおもひす
ちよろちよろと落つる滝水の溜りたるを掬ひて飲めば殊更味よし
夏草のしげる山腹わけのぼり宝座のまへに復りて端坐す
谷水に咽喉うるほして更生の気分ただよふ高熊のほら
三葉躑躅
高熊の三つ葉躑躅のその下に小判千両埋けたりと伝ふ
高熊の巌窟のまへに一株の三つ葉躑躅の目に入りし朝
この下に宝あるかとおもふ刹那あたま痛みでうち倒れたり
倒れたる其たまゆらにわが魂はまたもや霊界さして急げり
ぼうぼうと目路の限りは青野原躑躅の花の咲き匂ひをり
眺むれば前後左右の丹つつじはいづれも三つ葉のものばかりなる
いづくともなく神人の声ありてつつじの下を掘れよと宣ふ
掘るならばいづれの躑躅の下なるかと問へば三葉のつつじと宣らせり
神人のすがたは見えず声ばかり前後左右にすがしく聞ゆる
醒めてありし時に欲念きざしたる報いは三ツ葉のつつじに迷ふ
どれ見ても三ツ葉のつつじばかりなり一人の力に掘り尽し得じ
女神出現
茫然とたたずみあればさやさやに音楽ひびきて神人あらはる
恐るおそる御姿見れば紫の衣まとひたる女神に在せり
姫神の姿にかしこみひれ伏せば汝は宝に迷へりと宣らす
迷ひしと思はざれども千両の小判に魂はいつきたりけむ
神界の意志想念の世界なれば塵の汚れも許されざるなり
相応の世界なりせば現界の穢れたちまち霊界にうつる
現幽一致口にて云ふは安けれど行ひ難きをつくづく思ふ
かむながら道の修行はなしながら体主霊従の穢れとれなく
吾が意志のきたなさ弱ささとりつつ女神の前に詫言をなす
姫神は言葉しづかに宣らすやうわれこそ汝のまことの精霊
汝がこころ曇らひにけるたまゆらに汝を離ると宣ふかしこさ
姫神の宣らす言葉におどろきて心の駒をたて直したる
姫神は笑ませ玉ひつわが体に吸はるる如く消えたまひけり
わが身体たちまち女神とかはりはて唐紅の衣まとひをり
天上ゆ下りし雲に包まれてたちまちこころ清しくなりぬ
天教山
ふと見れば天教山の頂きにわれはしづかに端坐してをり
駿河なる富士の高嶺も神界の名は天教山と称ふなりける
珍らしく天教山も晴れわたり眼下に海の横たはる見ゆ
波の上にただよふ三保の松原は一入わが眼に沁みわたりけり
東の大野を見れば武蔵野か黒煙天にみなぎりてをり
人心くもり果てたる武蔵野のみ空の雲のあやしき色かな
裾野よりむらがり起る白雲にくまなくわれは包まれにけり
いただきに雪ありながら何故かわれは寒さの感じなく立つ
天教山いただきに立てば最奥の紫微の宮居にある心地せり
ひさかたの高天の原はこの山と思ふばかりの清しさに居り
天津日はみ空照してわが立てる裾野の雲より昇りたまへり
木の花姫
つつしみて天津祝詞を宣りつれば忽然としてあらはる姫神
われこそは富士の神山の守護神木の花姫よと厳かに宣らす
木の花姫静かにわれに宣らすやう祈る言葉は惟神霊幸倍坐世
有難しかたじけなしと感謝しつ此の神文をしきりに唱ふ
今までに此神文は宣りつれどかく尊しとは思はずにゐし
何時の間にか木の花姫は目の下にたたずみわれに合掌し玉ふ
つくづくとわが身を見ればいぶかしも黄金の雲に包まれてをり
姫神の姿たちまち見えずなりてわが魂は中空をゆく
月照山
中空を翔ると思ふ夢の間にたちまち月照山に着きをり
月照山は饅頭形の山にして青葉のはざまに百花匂ふ
月照山立ちてし見れば天国のうるはしき山点点と並べる
目路の限り若葉のもゆる花の山吹き来る風の薫りよき真昼
松の宮島
言霊別神のみことのあらはれて厳の山にみちびきたまふ
岩の間に青くしげれる常磐木の色うるはしく風琴を弾く
目の下の谷間を見ればあをあをと真水湛ふる池横たはる
つくづくと池の面に目をやれば水にうかべる鴛鴦のむれ
並山を繞らす池の面きよく魚鱗の波は金色にかがやふ
岩山をしづしづ下り池の辺にわれたたずめばあやめの花匂ふ
汀辺に五色のあやめの花匂ふかげに浮べる水鳥めぐし
池の面に波紋たつやと見るうちにあらはれにけり島水底より
つぎつぎに大小の島湧き出でて池のおもてに荒波の立つ
よく見れば島ごと神の宮ありて小松のかげに輝きにけり
常磐木の松は見る見る伸びたちて島の社もかくろひにけり
いづくよりか神の御舟の浮び出でて神人黄金の水棹持たせる
竜宮城
神人は御舟を岸に漕ぎよせて招きたまへりわが方を見て
招かれし其たまゆらにわれもまた御舟の中の人となりをり
神人の御舟に乗せられ大いなる島の汀にわれ着きにけり
神人は舟を汀に繋ぎおきてひらりと岸に飛び上りませり
われもまた岸をよぢつつ松生ふる島根の磯に馳せあがりたり
音楽の声さやさやにひびかひてこころ清しく風かをる真昼
神人はわれに対ひてこの島は竜宮城よと宣らせたまひぬ
木も草も黄金の光瞬きてわが目まぶしくうつぶしにけり
村肝のこころ長閑けく神島の神舟かしこし波畳のうへ
久かたの空より清き神の声わが魂を引きつけたまへり
竜宮は宝の島と聞きつれど吾目に何も入らざりにけり