二十八歳の頃
会合所の神祀るべく静岡の三保の神社に詣でてぞゆく
真夜中に若森の里立ち出でて下駄うがちつつ凍道をゆく
芦の山峠にかかればチヨロチヨロと火を焚きてゐる乞食ありけり
またしても天引峠の二の舞ひかと心おちゐずそと通りけり
芦の山峠下ればほのぼのとひがしの空はしらみそめたり
老の坂峠を越えて夕暮にやうやく京都の駅に着きたり
京都より普通列車に乗り込みて江尻の駅にやつと着きたり
われ一人江尻の駅に汽車降りて下清水なる富士見橋渡る
月見里神社
師の君の居ませる月見里神社御前に正午十二時詣でし
大前に祝詞を宣れば胸せまり有難涙にしばし暮れたり
大前に祈願をはりて師の君の館を訪へば家におはせり
よく来たとやさしき恩師の言の葉に思はず知らず涙こぼるる
師の君の母のとよ子はことさらに吾を子の如いつくしみ給ふ
三保神社
やき飯をもらひて清水湾渡り三保の神社に師の君とゆく
三保神社の宝物天の羽衣を師のゆるし得て拝観をなす
師の君にともなはれつつ羽衣の松の木かげに立ちて海見る
珍らしき天の岩笛足もとに落ちたるを師はひろひて賜へり
神様の賜ひしものよ珍らしと師は微笑みて語りたまひぬ
風早の三保の浦曲の松原をすかして清き不二ケ嶺拝む
一片の雲ぎれもなく不二ケ嶺は紺碧の空に澄みてたたせり
夕暮をまた舟に乗り師の君と清水の里にやすく帰れり
帰国
師の母はわが子になれよと慇懃に心をこめてさとし給へり
師の君の妹ひさ子は母上と朝夕神務にいそしめりけり
師の母の意味ありげなる言の葉を吾解きかねて迷ひゐたりき
一月の二十五日の夕暮にわれ若森のさとにかへれり
里びとは吾を迎へて慇懃に長途の旅をねぎらひにける
駿河より守りかへりし御神璽を村人つどひ会合所に祭る
里人は夜の明けし如き心地すとよろこび勇み祭祀に勤しむ