夕暮に吾が住む館にたづね来しをみなをおくる真夜中の道
小幡橋わたるころより雪降りて吹く風さむく家路にともなふ
約二里の彼女がやかたへ雪の道高下駄はきておくり着きたり
中村の彼女の父はおどろきてお前は何処の馬骨かと訊く
侠客の名を売つてゐた多田亀は一人むすめの彼女の父なる
多田亀は吾が首筋を押へつけこれでもどうだと拳骨ふりあぐ
吾が家の一人娘を貴様等の自由にさせぬと声高に呶鳴る
僕ばかり悪いのではないお互ひよと首押へられつ言ひかへしたり
ふりあげたその拳骨を如何するかお前の可愛い娘の男よ
多田亀はプツと吹き出し手をはなしお前は度胸が太いとほめる
俺とこの養子になるならこの娘やつてもよいと微笑みて言ふ
百日目に養家を出されたこの男これでもお気に入るかと吾云ふ
そんなこととくの昔に聞いてゐる俺は娘のこころ次第だ
彼の女両手をついてお父さん貰つておくれよ一生の願ひだ
これからは侠客の道教へてやるなどとそろそろ喧嘩の話す
盃を片手ににこにこ多田亀は穴のあくほどわが顔をみる
一寸気の利いた男よ侠客になればかならず名を挙げるだらう
多田亀といへば丹波の山中で押しも押されもせない侠客
背はたかく身体はふとく力強く一寸見てさへおそろしき男
鬼とでも組みつくやうな侠客も娘の愛におぼれしとみゆ
やがてもう夜があけるから穴太まで送つてあげよ彼女に父いふ
親と子の縁を結びの盃を重ねてひよろひよろ雪道かへる