霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第七章 難風(なんぷう)〔五五七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第14巻 如意宝珠 丑の巻 篇:第2篇 幽山霊水 よみ(新仮名遣い):ゆうざんれいすい
章:第7章 難風 よみ(新仮名遣い):なんぷう 通し章番号:557
口述日:1922(大正11)年03月24日(旧02月26日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年11月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
急坂を登った一行は、休息を取っている。弥次彦と与太彦はおかしな雑談を交わしている。
弥次彦はその中にも、言霊の善言美詞についての一説を交えるなど、中には三五教の教理にかなった法話を含ませている。
折から、小鹿山の山おろしが猛烈に吹いてきた。一行は、強風に飛ばされないように二人一組で肩を組んで進んで行くことにした。
突然突風が吹くと、弥次彦と勝彦の二人を空中に舞い上げ、谷間の彼方に吹き飛ばした。与太彦と六は慌てて二人を探しに行く。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2020-12-23 17:55:18 文字数:7524 OBC :rm1407
愛善世界社版:112頁 八幡書店版:第3輯 198頁 修補版: 校定版:117頁 普及版:52頁 初版: ページ備考:
001 小鹿峠(こしかたうげ)の急阪(きふはん)を、002弥次彦(やじひこ)、003与太彦(よたひこ)、004勝彦(かつひこ)、005六公(ろくこう)の一行(いつかう)は、006岩根(いはね)に躓(つまづ)き、007木(き)の根(ね)に足(あし)を掻(か)き、008右(みぎ)に倒(たふ)れ左(ひだり)に転(こ)けどつくりの口(くち)から出任(でまか)せ、009野趣(やしゆ)満々(まんまん)たる俄作(にはかづく)りの宣伝歌(せんでんか)を謳(うた)ひ乍(なが)ら、010爪先(つまさき)上(あが)りの雨(あめ)に曝(さら)され掘(ほ)れたる路(みち)を、011千鳥(ちどり)の足(あし)の覚束(おぼつか)なくも、012喘(あへ)ぎに喘(あへ)ぎ上(のぼ)り行(ゆ)く。013塵(ちり)も積(つも)れば山(やま)となる、014一(いつ)尺(しやく)一(いつ)尺(しやく)跨(また)げた足(あし)も、015始終(しじう)休(やす)まぬ四十八(しじふや)坂(さか)を、016心(こころ)ばかりの勝彦(かつひこ)が、017自慢(じまん)お箱(はこ)の十八番(じふはちばん)の阪(さか)の上(うへ)に、018やつと上(のぼ)つて、019鼈(すつぽん)に蓼(たで)を噛(か)ました様(やう)な荒息(あらいき)を継(つ)ぎ乍(なが)ら親(おや)も居(を)らぬにハア(母(はは))ハアと息(いき)をはづませ辿(たど)り行(ゆ)く。
020勝(かつ)『皆(みな)サン、021此(この)見晴(みは)らしの佳(よ)い所(ところ)で、022暫(しばら)くコンパスの停車(ていしや)をして、023浩然(こうぜん)の気(き)を養(やしな)つたらどうですか』
024弥(や)『サア誰(たれ)に遠慮(ゑんりよ)会釈(ゑしやく)もありませぬワ、025公然(こうぜん)と休養(きうやう)致(いた)しませう、026天(てん)洪然(こうぜん)を空(むな)しうする勿(なか)れだ。027しかし休養(きうやう)序(ついで)に一(ひと)つ石炭(せきたん)の積込(つみこみ)をやりませうかい、028斯(こ)う云(い)ふ適当(てきたう)な港口(かうこう)は、029この先(さき)には滅多(めつた)に有(あ)りますまい、030どうやら機関(きくわん)の油(あぶら)が涸(か)れさうになつて来(き)ました』
031勝(かつ)『何分(なにぶん)アンナ堅(かた)い所(ところ)へ格納(かくなふ)されて居(ゐ)たものだから、032サツパリ倉庫(さうこ)は空虚(くうきよ)になつて了(しま)つた、033何(なに)をパクついて可(い)いか、034肝腎(かんじん)の原料(げんれう)はないのだから仕方(しかた)がありませぬワ、035腹(はら)の虫(むし)が咽喉部(いんこうぶ)まで突喊(とつかん)して来(き)て、036切(しき)りに汽笛(きてき)を吹(ふ)きます、037せめて給水(きふすゐ)なりとやつて、038芥(ごみ)を濁(にご)したいが、039生憎(あひにく)谷(たに)は深(ふか)し、040起臥(きぐわ)進退(しんたい)維(これ)谷(きは)まると云(い)ふ腹具合(はらぐあひ)ですワイ、041何(なん)とか良(い)い腹案(ふくあん)はありますまいかな』
042弥(や)『オー此処(ここ)にお粗末(そまつ)な、043火(ひ)にも掛(か)けぬのに焦(こ)げた様(やう)な色(いろ)のした握飯(むすび)が、044〆(しめ)て二個(にこ)ありますワイ、045三途川(せうづがは)の鬼婆(おにばば)アサンから記念(きねん)の為(ため)に貰(もら)つて来(き)た、046形而(けいじ)上(じやう)の弁当(べんたう)だ、047噛(か)む世話(せわ)も要(い)らねば、048五臓(ござう)六腑(ろつぷ)にお世話(せわ)になる面倒(めんだう)も無(な)い。049これなつと食(く)つて、050唾液(つばき)でも呑(の)み込(こ)んで、051食(く)つた気分(きぶん)になりませうかい』
052与(よ)『オイオイ弥次彦(やじひこ)、053あた汚(きたな)い、054貴様(きさま)はまだ娑婆(しやば)の妄執(まうしふ)………オツトドツコイ幽界(いうかい)の妄執(まうしふ)が除(と)れぬと見(み)えて、055婆(ばば)アだの、056ハナ飯(めし)だのと、057不潔(ばば)い事(こと)を囀(さへづ)る奴(やつ)だ、058可(い)い加減(かげん)に思(おも)ひ切(き)つたらどうだい』
059弥(や)『山(やま)に伐(き)る木(き)は沢山(たくさん)あれど、060思(おも)ひ切(き)るきは更(さら)にない………あの婆(ば)アサンの、061厭(いや)らしい顔(かほ)をして、062歯糞(はくそ)だらけのくすぼつた歯(は)を、063ニユーツと突出(つきだ)し「親譲(おやゆづ)りの着物(きもの)をこつちやへ渡(わた)せ」と吐(ぬか)しよつた時(とき)の面付(つらつき)を、064どうして思(おも)ひ切(き)る事(こと)が出来(でき)るか、065飯(めし)食(く)ふたびに握(にぎ)り飯(めし)のことを思(おも)ひ出(だ)して、066ムカムカして来(く)るワイ』
067与(よ)『どこまでも弥次(やじ)式(しき)だな、068夫(そ)れほど恐(おそ)ろしい婆(ばば)アに、069なぜ貴様(きさま)は一蓮(いちれん)托生(たくしやう)だとか、070半座(はんざ)を分(わ)けて待(ま)つて居(を)るとか、071ハンナリとせぬ、072変則(へんそく)的(てき)なローマンスをやりよつたのだ、073得体(えたい)の知(し)れぬ唐変木(たうへんぼく)だなア』
074弥(や)『そこは、075外交(ぐわいかう)的(てき)手腕(しゆわん)を揮(ふる)つたのだよ。076燕雀(えんじやく)何(なん)ぞ大鵬(たいほう)の志(こころざし)を知(し)らむやだ、077至聖(しせい)大賢(たいけん)の心事(しんじ)が、078朦昧(もうまい)無智(むち)の人獣(にんじう)に分(わか)つてたまるものかい』
079与(よ)『人獣(にんじう)とは何(なん)だ、080俺(おれ)が人獣(にんじう)なら貴様(きさま)は人鬼(にんき)だ』
081弥(や)『定(きま)つた事(こと)だよ、082天下(てんか)一品(いつぴん)の人気(にんき)男(をとこ)だもの、083それだから、084閻魔(えんま)サンでさへも跣足(はだし)で逃(に)げる様(やう)な、085あの鬼婆(おにばば)アが、086俺(おれ)にかけたら、087蛸(たこ)か、088豆腐(とうふ)のやうに骨(ほね)無(な)しになつて仕舞(しま)ひよつて目(め)まで細(ほそ)くして、089ミヅバナの混(まじ)つた涎(よだれ)を垂(た)れよつた位(くらゐ)だもの………貴様(きさま)は俺(おれ)の人気(にんき)男(をとこ)を実地(じつち)目撃(もくげき)した正確(せいかく)な保証人(ほしようにん)だ、090勝彦(かつひこ)や、091六公(ろくこう)にも吹聴(ふいちやう)せぬかい、092俺(おれ)の戦功(せんこう)を報告(はうこく)するのは貴様(きさま)の使命(しめい)だ、093縁(えん)の下(した)の舞(まひ)と埋没(まいぼつ)されては、094吾々(われわれ)が苦心(くしん)惨憺(さんたん)の神妙(しんめう)鬼策(きさく)も何時(いつ)の日(ひ)か天下(てんか)に現(あら)はれむやだ』
095与(よ)『アハヽヽヽ、096貴様(きさま)どこまでも弥次(やじ)式(しき)だな』
097弥(や)『定(きま)つた事(こと)だ、098シキだよ、099天下(てんか)一品(いつぴん)の色魔(しきま)だよ。100老若(らうにやく)男女(なんによ)、101貴賎(きせん)貧富(ひんぷ)の区別(くべつ)なく、102猫(ねこ)も杓子(しやくし)も、103鼬(いたち)も鼈(すつぽん)も、104蝸牛(でんでんむし)もなめくぢりも、105牛(うし)も馬(うま)も、106この弥次(やじ)サンに向(むか)つては皆(みんな)駄目(だめ)だ。107アヽ人気(にんき)男(をとこ)と言(い)ふものは随分(ずゐぶん)気(き)の揉(も)めるものだ。108冥土(めいど)へ行(い)けば行(い)くで、109優(やさ)しうもない脱衣婆(だついばば)アまでが、110強烈(きやうれつ)なる電波(でんぱ)を向(む)けるのだから、111人気(にんき)男(をとこ)の色男(いろをとこ)といふ者(もの)は変(かは)つたものだよ、112古今(ここん)にその類例(るゐれい)を絶(た)つと云(い)ふチーチヤーだ、113チーチヤー貴様(きさま)もこの弥次彦(やじひこ)にあやかつたらどうだ』
114勝(かつ)『アハヽヽヽ、115ナント面白(おもしろ)い人足(にんそく)………オツトドツコイ人気(にんき)男(をとこ)に出会(でつくは)したものだナア』
116弥(や)『ヤア勝(かつ)サン、117お前(まへ)は私(わたし)の知己(ちき)だ、118英雄(えいゆう)の心事(しんじ)を知(し)る者(もの)は、119君(きみ)たつた一人(ひとり)だよ。120人気(にんき)応変(おうへん)、121活殺(くわつさつ)自在(じざい)、122神変(しんぺん)不思議(ふしぎ)の、123赤門(あかもん)出(で)のチヤキチヤキのチーチヤアだからネ』
124与(よ)『アハヽヽヽ、125開(あ)いた口(くち)が塞(ふさ)がらぬワイ』
126弥(や)『開(あ)いた口(くち)が塞(ふさ)がるまい、127牛糞(うしぐそ)が天下(てんか)を取(と)るぞよ、128コンナお粗末(そまつ)な弥次(やじ)の弥次馬(やじうま)でも、129馬糞(うまくそ)の天下(てんか)を取(と)る時節(じせつ)が来(く)るのだから、130あまり軽蔑(けいべつ)して貰(もら)ふまいかい、131アンナものがコンナものになつたと云(い)ふ仕組(しぐみ)であるぞよ』
132与(よ)『イヤー吹(ふ)いたりな吹(ふ)いたりな、133三百十(さんびやくとを)日(か)の大風(おほかぜ)のやうだのう』
134弥(や)『三百十(さんびやくとを)日(か)と云(い)ふ事(こと)があるかい、135二百十(にひやくとを)日(か)だらう』
136与(よ)『馬鹿(ばか)言(い)へ、137貴様(きさま)は三百(さんびやく)代言(だいげん)をやつておつた男(をとこ)だ、138十人(じふにん)十日口(とをかぐち)だと吐(ぬか)して、139その日(ひ)暮(ぐら)しの貧苦(ひんく)の生活(せいくわつ)に苦(くる)しみ、140三(みつ)つ違(ちがひ)の兄(にい)サン………と云(い)ふて暮(くら)して居(ゐ)るうちに』
141弥(や)『何(なに)を吐(ぬか)しよるのだ、142そりや貴様(きさま)の事(こと)だよ、143俺(おれ)ん所(ところ)は人(ひと)も知(し)る如(ごと)く、144高取村(たかとりむら)の豪農(がうのう)だ、145下女(げぢよ)の一人(ひとり)も使(つか)ひ、146僕(しもべ)の半人(はんにん)も使(つか)つた門閥家(もんばつか)だぞ』
147与(よ)『アハヽヽヽ、148半人(はんにん)の僕(しもべ)とは、149そらナンダイ』
150弥(や)『きまつたことよ、151允請(ゐんせい)ポリスを置(お)いた事(こと)だよ』
152与(よ)『ポリスでも判任官(はんにんくわん)か……判任官(はんにんくわん)の目下(めした)ぢやないか』
153弥(や)『その点(てん)はしつかりと判任(はんにん)せぬワイ、154マアどうでも好(よ)いワ、155貴様(きさま)も一人前(いちにんまへ)の人間(にんげん)になるのだ。156一人(ひとり)一党(いつたう)主義(しゆぎ)で、157快活(くわいくわつ)に誰(たれ)憚(はばか)る所(ところ)もなく、158無限(むげん)の天地(てんち)に活躍(くわつやく)するのが人間(にんげん)の本分(ほんぶん)だ』
159与(よ)『エーソンナ雑談(ざつだん)は中止(ちうし)解散(かいさん)を命(めい)じます』
160弥(や)『聴衆(ちやうしう)一(いち)時(じ)に立(た)ち、161喧々(けんけん)囂々(がうがう)収拾(しうしう)す可(べか)らずと云(い)ふ幕(まく)だな、162アハヽヽヽ』
163勝(かつ)『何(なん)と云(い)つても、164吾々(われわれ)は米(こめ)喰(く)ふ虫(むし)だ、165腹(はら)が減(へ)つては戦(いくさ)が出来(でき)ない、166何(なん)とか兵糧(ひやうろう)を工面(くめん)せなくてはなりますまい』
167六(ろく)『御(ご)心配(しんぱい)なされますな、168今日(こんにち)の兵站部(へいたんぶ)は私(わたくし)が担任(たんにん)致(いた)しませう、169お粗末(そまつ)な物(もの)であなた方(がた)等(ら)のお口(くち)には合(あ)ひますまいが、170大事(だいじ)なければ、171召(めし)あがつて下(くだ)さいませ』
172と背中(せなか)の風呂敷(ふろしき)から固(かた)パンを出(だ)した。
173勝(かつ)『アー有難(ありがた)い、174腹(はら)がカツカツして殆(ほとん)ど渇命(かつめい)にも及(およ)ばむとする所(ところ)だつたよ』
175弥(や)『コラコラ六(ろく)でもない事(こと)を言(い)ふない、176六公(ろくこう)、177人様(ひとさま)に物(もの)を上(あ)げるのに、178粗末(そまつ)だとか、179お口(くち)に合(あ)ひますまいとか、180そら何(な)んだ、181チツト言霊(ことたま)を慎(つつし)まないか。182これは美味(おい)しいから献(あ)げませう、183うまいから食(く)つて見(み)て下(くだ)さいと言(い)ふのが礼儀(れいぎ)ぢやないか……、184ナンダ失敬(しつけい)な、185食(く)はれぬ様(やう)な物(もの)や、186粗末(そまつ)なものを人(ひと)に進上(しんじやう)するといふ事(こと)があるかい。187神(かみ)様(さま)に物(もの)を献(あ)げるのにも、188蜜柑(みかん)の五(いつ)つ位(くらゐ)のピラミツドを拵(こしら)へて、189蕪(かぶら)や大根(だいこん)人参(にんじん)位(ぐらゐ)をあしらひ、190千切(せんぎり)や昆布(こんぶ)、191和布(わかめ)、192果実(このみ)、193小鮎(こあゆ)、194ジヤコ位(ぐらゐ)をチヨンビリ奉(たてまつ)つて、195海河(うみかは)山野(やまぬの)種々(くさぐさ)の美味物(うましもの)を、196八足(やたり)の机代(つくゑしろ)に横山(よこやま)の如(ごと)く置足(おきた)らはして奉(たてまつ)る状(さま)を、197平(たひら)けく安(やす)らけく聞(きこ)し召(め)せ、198ポンポン………とやるぢやないか』
199六(ろく)『ハイハイ、200あなたの御(ご)趣意(しゆい)は徹底(てつてい)しました。201併(しか)し乍(なが)ら私(わたくし)の本心(ほんしん)は、202この麺包(パン)は美味(おい)しい結構(けつこう)なものだと思(おも)つて居(を)るのだが、203一寸(ちよつと)遠慮(ゑんりよ)をして、204お粗末(そまつ)だとか、205お口(くち)に合(あ)ふまいと言(い)つたのですワ』
206弥(や)『口(くち)と心(こころ)の違(ちが)ふ横道者(わうだうもの)だナア、207虚偽(きよぎ)虚飾(きよしよく)パノラマ式(しき)の生活(せいくわつ)を続(つづ)けて、208得々然(とくとくぜん)として居(を)るとは、209何(なん)と云(い)ふ心得(こころえ)ちがひだ。210ソンナ事(こと)を言(い)ふ奴(やつ)は、211五十万(ごじふまん)年(ねん)未来(みらい)の十九(じふきう)世紀(せいき)から二十(にじつ)世紀(せいき)の初期(しよき)にかけて生(うま)れた、212人三(にんさん)化七(ばけしち)の吐(ほざ)く巧妙(こうめう)な辞令(じれい)だ、213チツト確乎(しつかり)せぬかい』
214六(ろく)『益々(ますます)以(もつ)て不可解(ふかかい)千万(せんばん)、215合点(がてん)の虫(むし)がどうしても検定(けんてい)済(ず)みにして呉(く)れませぬワイ』
216弥(や)『まだ貴様(きさま)は分(わか)らないのか』
217六(ろく)『日本(にほん)や支那(しな)の道徳(だうとく)を混乱(こんらん)して言(い)つたつて和漢乱(わかんらん)は当然(たうぜん)ぢやないか、218神(かみ)様(さま)は正直(しやうぢき)と誠実(まこと)の行(おこな)ひをお喜(よろこ)びなさるのに、219ナンダ、220お粗末(そまつ)の物(もの)を、221ホンの後家(ごけ)婆(ばば)アの世帯(しよたい)ほど八百万(やほよろづ)の神(かみ)様(さま)に奉(たてまつ)つて、222相嘗(あひな)めに聞(きこ)し召(め)せとか、223海河(うみかは)山野(やまぬ)の種々(くさぐさ)の美味物(うましもの)だとか、224横山(よこやま)の如(ごと)く置足(おきた)らはしてとか、225現幽(げんいう)一致(いつち)に御(ご)透見(とうけん)遊(あそ)ばす神(かみ)様(さま)の前(まへ)に、226虚偽(きよぎ)を垂(た)れて、227商売(しやうばい)繁昌(はんぜう)、228家運(かうん)長久(ちやうきう)、229子孫(しそん)繁栄(はんゑい)、230無病(むびやう)息災(そくさい)、231願望(ぐわんばう)成就(じやうじゆ)、232天下(てんか)泰平(たいへい)、233国土(こくど)成就(じやうじゆ)、234五穀(ごこく)豊穣(ほうじやう)なぞと、235斎官(はふり)共(ども)が吐(ぬか)すぢやないか、236一体(いつたい)全体(ぜんたい)この点(てん)が腑(ふ)に落(お)ちないのだよ』
237弥(や)『分(わか)らぬ奴(やつ)だなア、238この天地(てんち)は言霊(ことたま)の幸(さち)はふ国(くに)だ、239悪(わる)い物(もの)でも善(よ)く詔直(のりなほ)すのだ。240少(すくな)い物(もの)でも沢山(たくさん)なやうに宣(の)り直(なほ)すのだ、241貴様(きさま)の様(やう)に、242善(よ)い物(もの)を悪(わる)いと言(い)ひ、243美味(うま)い物(もの)をまづいと云(い)ふのは、244言霊(ことたま)の法則(はふそく)を破壊(はくわい)すると云(い)ふものだ。245世(よ)は禁厭(まじなひ)と言(い)つて、246勇(いさ)んで暮(くら)せば勇(いさ)む事(こと)が、247とつかけ引(ひ)つかけ現(あら)はれて来(く)る、248悔(くや)めば悔(くや)むほど悔(くや)み事(ごと)が続発(ぞくはつ)するものだ、249それだから人間(にんげん)は、250言霊(ことたま)を清(きよ)くせなくてはならないのだよ』
251六(ろく)『モシモシ弥次彦(やじひこ)サン、252チツトの物(もの)を沢山(たくさん)だと言(い)ひ、253味(あぢ)無(な)い物(もの)を美味(うま)い物(もの)と云(い)ふのは、254いはゆる羊頭(やうとう)を掲(かか)げて狗肉(くにく)を売(う)るといふものぢやないか。255ソンナ事(こと)をすると、256現行(げんかう)刑法(けいはふ)第何条(だいなんでう)に依(よ)つて詐欺(さぎ)取財(しゆざい)の告発(こくはつ)を為(し)られますよ。257訳(わけ)の分(わか)らぬ盲(めくら)ばつかりの人間(にんげん)が集(よ)つてたかつて拵(こしら)へた法律(はふりつ)でさへも、258是丈(これだけ)に条理(でうり)整然(せいぜん)として居(ゐ)るのだ、259况(ま)して尊厳(そんげん)無比(むひ)なる神(かみ)様(さま)の御(おん)前(まへ)に、260詐欺(さぎ)をやつて良(い)い気(き)で済(す)まして居(を)れると思(おも)ふのか、261無感覚(むかんかく)にも程(ほど)が有(あ)るぢやないか』
262弥(や)『定(きま)つた事(こと)だい、263人間(にんげん)は神(かみ)様(さま)の水火(いき)から生(うま)れた神(かみ)の子(こ)だ、264少(すこ)しでも間隔(かんかく)があつて堪(たま)らうかい、265無(む)かんかくが当然(たうぜん)だよ』
266六(ろく)『ヤア妙(めう)な所(ところ)へ脱線(だつせん)しよつたな、267本当(ほんたう)に脱線(だつせん)もない………』
268弥(や)『脱線(だつせん)は流行(はやり)ものだい、269工事(こうじ)請負人(うけおひにん)と○○と結托(けつたく)して○○をやるものだから、270広軌(くわうき)鉄道(てつだう)であらうが、271電鉄(でんてつ)だらうが、272直(すぐ)に脱線(だつせん)転覆(てんぷく)する世(よ)の中(なか)だ、273善人(ぜんにん)は悪人(あくにん)と見做(みな)され、274悪人(あくにん)は脱線(だつせん)して善人(ぜんにん)になると云(い)ふ暗(くら)がりの世(よ)の中(なか)だ、275吁(あゝ)脱線(だつせん)なる哉(かな)脱線(だつせん)なる哉(かな)だ、276アハヽヽ』
277勝(かつ)『広軌(くわうき)鉄道(てつだう)とか電鉄(でんてつ)とか云(い)ふものは、278それや何処(どこ)に敷設(ふせつ)されてるものですか』
279弥(や)『ヤア此(こ)れから数十万(すうじふまん)年後(ねんご)の、280餓鬼道(がきだう)の世(よ)の中(なか)の、281文明(ぶんめい)の利器(りき)と云(い)ふ名(な)の付(つ)く化物(ばけもの)のことだよ。282アハヽヽヽ』
283六(ろく)『随分(ずゐぶん)あなたの滑車(くわつしや)は能(よ)く運転(うんてん)しますな、284万丈(ばんぢやう)の気焔(きえん)を吐(は)いて、285我々(われわれ)を煙(けむり)に巻(ま)き、286雲煙(うんえん)糢糊(もこ)として四辺(しへん)を包(つつ)む態(てい)の鼻息(はないき)、287イヤモウ恐縮(きようしゆく)軍縮(ぐんしゆく)の至(いた)りですよ』
288与(よ)『随分(ずゐぶん)巨大(きよだい)なクルツプ砲(はう)が装置(さうち)されて有(あ)ると見(み)えますワイ、289ホー砲(はう)、290砲(はう)、291砲(はう)、292ホー』
293弥(や)『定(きま)つた事(こと)だよ、294与太公(よたこう)や六公(ろくこう)の様(やう)な、295与太六(よたろく)とはチツト原料(げんれう)が違(ちが)ふのだ、296特別(とくべつ)大(だい)極(ごく)上等(じやうとう)の、297豊富(ほうふ)なる原料(げんれう)を以(もつ)て、298鍛錬(たんれん)に鍛錬(たんれん)を加(くは)へ、299製造(せいざう)したる至貴(しき)至重(しちよう)なる身魂(みたま)の持主(もちぬし)だ、300古今(ここん)に類例(るゐれい)を絶(た)つと云(い)ふ逸物(いつぶつ)だから、301何(なん)と言(い)つたつて、302弥次彦(やじひこ)の足型(あしがた)をも踏(ふ)めさうな事(こと)はないのだ』
303勝(かつ)『モシモシ弥次彦(やじひこ)サン、304あなたは余程(よほど)自尊心(じそんしん)の旺盛(わうせい)強烈(きやうれつ)なる御(ご)人格者(じんかくしや)ですネー、305自分(じぶん)を称(しよう)して弥次彦(やじひこ)サンと敬語(けいご)を使(つか)ひ、306友人(いうじん)に対(たい)しては、307与太公(よたこう)だの、308六公(ろくこう)だのと、309恰(あたか)も君王(くんわう)が僕(しもべ)に対(たい)する様(やう)な傲慢(ごうまん)不遜(ふそん)の御(ご)態度(たいど)、310三五教(あななひけう)の信者(しんじや)にも似合(にあ)はぬお振舞(ふるまひ)、311どこで勘定(かんぢやう)が違(ちが)つたのでせう。312これもやつぱり脱線(だつせん)の世(よ)の中(なか)の感化(かんくわ)をお受(う)けになつたのぢやありますまいかな』
313弥(や)『ソンナラ是(これ)から与太彦(よたひこ)サン、314六公(ろくこう)サンと詔(の)り直(なほ)しますが、315しかしよく考(かんが)へて見(み)なさい、316神(かみ)を敬(けい)する如(ごと)く人(ひと)を敬(けい)し、317我身(わがみ)を敬(けい)すべしと云(い)ふ信条(しんでう)が三五教(あななひけう)の何処(どつか)に有(あ)つたやうに思(おも)ひます。318我々(われわれ)は無限(むげん)絶対力(ぜつたいりよく)の至貴(しき)至尊(しそん)の大神(おほかみ)様(さま)の水火(いき)を以(もつ)て生(うま)れ出(い)で、319天地(てんち)経綸(けいりん)の司宰者(しさいしや)たる特権(とくけん)を賦与(ふよ)されて居(を)る者(もの)ではありませぬか、320人(ひと)は神(かみ)なり、321神(かみ)は人(ひと)なり、322神人(しんじん)合一(がふいつ)して茲(ここ)に無限(むげん)の権力(けんりよく)を発揮(はつき)するのでせう。323吾々(われわれ)の霊肉(れいにく)共(とも)に決(けつ)して私有物(しいうぶつ)ではありませぬ、324みな神(かみ)様(さま)の預(あづか)り物(もの)です、325さうだから、326弥次彦(やじひこ)サンと云(い)つたつて別(べつ)に少(すこ)しの矛盾(むじゆん)も撞着(どうちやく)もないぢやありませぬか。327神(かむ)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)様(さま)は、328大蛇(おろち)を退治(たいぢ)て、329串稲田(くしなだ)姫(ひめ)と芽出度(めでた)く偕老(かいらう)同穴(どうけつ)の契(ちぎり)を結(むす)び給(たま)ふた時(とき)に、330自分(じぶん)の胸(むね)を抑(おさ)へて「あが御心(みこころ)すがすがし」と、331自分(じぶん)が自分(じぶん)の心(こころ)を敬(うやま)はせ給(たま)ひ、332天照(あまてらす)大神(おほかみ)様(さま)は「われは天照(あまてらす)大神(おほかみ)なり」と自(みづか)ら敬語(けいご)をお使(つか)ひになつた。333昔(むかし)の帝(みかど)様(さま)は葛城山(かつらぎざん)に狩猟(かり)をなされた時(とき)にも、334その御腕(みうで)に虻(あぶ)が食(く)ひ付(つ)いた、335その時(とき)に「あが御腕(みたたむき)虻(あぶ)かきつき」と詔(の)らせ給(たま)ふたぢやありませぬか、336これを見(み)ても敬語(けいご)と云(い)ふものは、337どこまでも使用(しよう)せなくてはなりませぬよ、338決(けつ)して等閑(とうかん)に附(ふ)すべき問題(もんだい)ではなからうと拝察(はいさつ)するのです。339今(いま)の奴(やつ)は、340君主(くんしゆ)でもない友人(いうじん)に対(たい)して、341君(きみ)とか、342賢兄(けんけい)とか言(い)ひ、343僕(しもべ)でもないのに僕(ぼく)だとか拙者(せつしや)だとか云(い)つて、344虚偽(きよぎ)の生活(せいくわつ)を送(おく)り得意(とくい)がつて居(を)る逆様(さかさま)の世(よ)の中(なか)だ、345自分(じぶん)の父(ちち)ほど賢(かしこ)い者(もの)は無(な)い、346母(はは)ほど偉(えら)い者(もの)は無(な)いと心(こころ)の中(なか)で褒(ほ)めて居乍(ゐなが)ら、347愚父(ぐふ)だとか、348愚母(ぐぼ)だとか言(い)ひ、349自分(じぶん)の息子(むすこ)は悧巧(りこう)だ、350他家(よそ)の息子(むすこ)は馬鹿(ばか)だ、351天保銭(てんぽうせん)だと心(こころ)に思(おも)ひ乍(なが)ら、352自分(じぶん)の子(こ)を称(しよう)して、353愚息(ぐそく)だとか、354拙息(せつそく)だとか豚児(とんじ)だとか吐(ほざ)き、355他人(たにん)の馬鹿(ばか)息子(むすこ)や、356鼻垂(はなたれ)小僧(こぞう)を御(ご)賢息(けんそく)だとか、357御(ご)令息(れいそく)だとか言(い)つて、358嘘(うそ)で固(かた)めてゐる世(よ)の中(なか)だ。359本当(ほんたう)に冠履(くわんり)転倒(てんたう)とはこの事(こと)だ。360女郎(じよらう)の言(い)ひ分(ぶん)ぢやないが、361「口(くち)で悪(わる)う言(い)ふて心(こころ)で褒(ほ)めて、362蔭(かげ)ののろけが聞(き)かしたい」と云(い)ふ様(やう)な、363娼婦(しやうふ)的(てき)奴根性(どこんじやう)の人間(にんげん)許(ばか)りだから、364世(よ)の中(なか)は逆様(さかさま)ばつかり出来(でき)るのだ。365一日(いちじつ)も早(はや)く三五教(あななひけう)の教理(けうり)を天下(てんか)に宣明(せんめい)して、366第一(だいいち)着手(ちやくしゆ)として、367この言霊(ことたま)の詔直(のりなほ)しを始(はじ)めなくては、368何時(いつ)までも五六七(みろく)の神政(しんせい)は樹立(じゆりつ)さるるものではありませぬワイ』
369勝(かつ)『イヤア是(これ)は是(これ)は結構(けつこう)な御(ご)託宣(たくせん)を承(うけたま)はりました、370斯(こ)う云(い)ふお話(はなし)は度々(たびたび)教(をし)へて下(くだ)さいませ。371私(わたくし)も宣伝使(せんでんし)となつて、372この通(とほ)り変幻(へんげん)出没(しゆつぼつ)、373自由(じいう)自在(じざい)の活動(くわつどう)を続(つづ)けて来(き)ましたが未(ま)だその点(てん)に気(き)が付(つ)いて居(ゐ)なかつたのです…………吁(あゝ)、374何処(どこ)にドンナ人(ひと)が隠(かく)れて居(ゐ)るやら、375何時(いつ)神(かみ)様(さま)が口(くち)を藉(か)つて、376戒(いまし)めて下(くだ)さるやら、377分(わか)つたものぢやない。378アヽ有難(ありがた)い有難(ありがた)い、379惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)、380惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
381与(よ)『コレコレ弥次彦(やじひこ)サン、382お前(まへ)は又(また)、383日頃(ひごろ)の言行(げんかう)にも似(に)ず、384今日(けふ)に限(かぎ)つて何故(なぜ)ソンナ深遠(しんゑん)な教理(けうり)を説(と)いたのだい』
385弥(や)『ナニ、386ナンダカ口(くち)が辷(すべ)つて、387中(なか)から何者(なにもの)かが言(い)ひよつたのだい、388弥次彦(やじひこ)の知(し)つた事(こと)かい、389アハヽヽヽ』
390勝(かつ)『ヤア六(ろく)サン、391結構(けつこう)なお弁当(べんたう)を沢山(たくさん)頂戴(ちやうだい)いたしました、392これで元気(げんき)も快復(くわいふく)しました。393サア徐々(そろそろ)御(ご)一同(いちどう)様(さま)、394テクル事(こと)に致(いた)しませうかな』
395弥(や)『コレコレ勝彦(かつひこ)サン、396表(おもて)は表(おもて)、397裏(うら)は裏(うら)だ、398この道中(だうちう)にソンナ几帳面(きちやうめん)な挨拶(あいさつ)は免除(めんぢよ)して下(くだ)さいな、399互(たがひ)に無駄口(むだぐち)の叩(たた)き合(あひ)で、400われ、401俺(おれ)で行(ゆ)きませうかい、402何(なん)だか肩(かた)が凝(こ)つて疲労(ひらう)の度(ど)を増(ま)す様(やう)だから…………のう勝公(かつこう)、403与太六(よたろく)』
404与(よ)『与太六(よたろく)とはあまり酷(ひど)いちやないか』
405弥(や)『面倒(めんだう)臭(くさ)いから、406与太公(よたこう)と六公(ろくこう)とを併合(へいがふ)したのだ、407会社(くわいしや)でもチツト左前(ひだりまへ)になると併合(へいがふ)するものだよ』
408与(よ)『今(いま)俺(おれ)はパンを鱈腹(たらふく)食(く)つたのだ、409空腹前(ひだるまへ)所(どころ)か、410これ見(み)い、411この通(とほ)りの太(ふと)つ腹(ぱら)だ』
412弥(や)『ホンにホンに、413全然(まるで)鰒(ふぐ)の横飛(よことび)見(み)たやうな土手(どて)つ腹(ぱら)だな、414蟇(ふくがへる)の行列(ぎやうれつ)か、415鰒(ふぐ)の陳列会(ちんれつくわい)か、416イヤモウ何(な)んともかとも形容(けいよう)の出来(でき)ないお姿(すがた)だ、417コンナ所(とこ)を三面(さんめん)記者(きしや)にでも見(み)つけられた位(くらゐ)なら、418直(すぐ)に新聞(しんぶん)の材料(ざいれう)だよ。419アハヽヽヽ』
420 折(をり)から小鹿山(こしかやま)の山颪(やまおろし)、421木(き)も倒(たふ)れ岩(いは)も飛(と)べよと許(ばか)りに吹(ふ)き来(きた)る。
422弥(や)『ヨー風(かぜ)の神(かみ)、423一寸(ちよつと)洒落(しやれ)てゐよるなア。424吹(ふ)くなら吹(ふ)け、425大砲(たいはう)の弥次彦(やじひこ)がご通行(つうかう)だ、426反対(あべこべ)に吹飛(ふきと)ばしてやらうか』
427与(よ)『アハヽヽヽ、428偉(えら)い元気(げんき)だのう、429しかし何(なに)ほど弥次(やじ)サンが黄糞(かにここ)をこいて、430金(きん)の目(め)を剥(む)いて気張(きば)つた所(ところ)で、431的(てき)サンは洒々(しやしや)落々(らくらく)、432風(ふう)馬牛(ばぎう)といふ御(ご)態度(たいど)だから、433如何(いかん)ともする事(こと)は出来(でき)まいかい』
434弥(や)『ヨーヨーこれや意外(いぐわい)の強風(きやうふう)だぞ、435二人(ふたり)づつ肩(かた)と肩(かた)とをから組(く)んで進(すす)まうかい…………与太六(よたろく)、436貴様(きさま)は一組(ひとくみ)だ、437弥次彦(やじひこ)は勝公(かつこう)と手(て)を組(く)んで、438単梯陣(たんていぢん)を張(は)つて、439驀地(まつしぐら)に進軍(しんぐん)だ。440小舟(こぶね)に乗(の)つて大海(たいかい)を渡(わた)る時(とき)にも、441暴風(ばうふう)怒濤(どたう)に出会(であ)つた時(とき)には、442舟(ふね)と舟(ふね)と二艘(にそう)一所(いつしよ)に合(あ)はして連結(からく)んで置(お)くと、443容易(ようい)に顛覆(てんぷく)せないものだ。444舟(ふね)じやないけれど、445吾々(われわれ)は風(かぜ)に対(たい)する風船玉(ふうせんだま)の難(なん)を避(さ)ける為(ため)に、446連結(からく)んで風(かぜ)の波(なみ)を漕(こ)ぎ渡(わた)る事(こと)とせうかい。447グヅグヅして居(を)ると小鹿峠(こしかたうげ)の渓谷(けいこく)へ顛覆(てんぷく)沈没(ちんぼつ)の厄(やく)に遭(あ)ふかも知(し)れない。448サアサア早(はや)く早(はや)く、449連結(からく)んだ連結(からく)んだ』
450 四(よ)人(にん)は二人(ふたり)づつ肩(かた)と肩(かた)とを組(く)み合(あは)せ、451風(かぜ)に向(むか)つて強圧(きやうあつ)的(てき)に、452前方(ぜんぱう)三十五(さんじふご)度(ど)の傾斜体(けいしやたい)で坂路(さかみち)を跋渉(ばつせふ)する。
453与(よ)『イヨー此奴(こいつ)ア猛烈(まうれつ)だ、454今日(けふ)に限(かぎ)つて風(かぜ)の神(かみ)の奴(やつ)、455どう予算(よさん)を狂(くる)はせよつたのか、456勿体(もつたい)なくも、457天地(てんち)経綸(けいりん)の司宰者(しさいしや)たる人間(にんげん)様(さま)が御(ご)通行(つうかう)遊(あそ)ばすのに、458恐(おそ)れ気(げ)もなく前途(ぜんと)を抗塞(かうそく)するとは、459不都合(ふつがふ)千万(せんばん)だ。460ヤア六公(ろくこう)、461しつかりせぬかい、462吹(ふ)き飛(と)ばされるぞ』
463六(ろく)『これ位(くらゐ)な風(かぜ)に吹飛(ふきと)ばされる気遣(きづかひ)はないが、464弥次彦(やじひこ)サンの気焔(きえん)には随分(ずゐぶん)吹飛(ふきと)ばされさうだ。465アハヽヽヽ』
466弥(や)『コラコラ、467貴様(きさま)何(なに)をグヅグヅ言(い)つて居(ゐ)よるのだい、468この烈風(れつぷう)に確乎(しつかり)勇気(ゆうき)を出(だ)して進(すす)まないと、469内閣(ないかく)の乗取(のつとり)は不可能(ふかのう)だぞ、470グヅグヅしてると、471九分(くぶ)九厘(くりん)行(い)つた所(ところ)で流産(りうざん)内閣(ないかく)になつて了(しま)ふかも知(し)れないぞ』
472与(よ)『エー八釜(やかま)しう言(い)ふない、473如何(いか)に神出(しんしゆつ)鬼没(きぼつ)の勇将(ゆうしやう)でも、474ハヤこの風(かぜ)に向(むか)つて、475どうして突喊(とつかん)が出来(でき)るものかい、476千引(ちびき)の岩(いは)でさへも中空(ちうくう)に巻(ま)きあげると云(い)ふ様(やう)な風(かぜ)の神(かみ)の鼻息(はないき)だ、477チツト風(かぜ)の神(かみ)も、478聞直(ききなほ)して呉(く)れさうなものだな、479この谷間(たにま)へでも落(お)ちて見(み)よれ、480又(また)候(ぞろ)幽界(いうかい)の旅行(りよかう)をやらねばならぬぞ』
481弥(や)『そら何(なに)を幽界(いうかい)、482悲観(ひくわん)するな、483モツト愉快(ゆくわい)になつて、484風(かぜ)を突(つ)いて突進(とつしん)するのだ』
485与(よ)『何(なん)と云(い)つても貴様(きさま)のやうな無茶(むちや)な事(こと)は、486俺(おれ)には到底(たうてい)不可能(ふかのう)だ。487如何(いか)に人間(にんげん)が賢(かしこ)いと云(い)つてもコンナ記録(きろく)破(やぶ)りの暴風(ばうふう)に出会(でくわ)しては、488人間(にんげん)としては到底(たうてい)不可抗力(ふかかうりよく)だ、489………オイ一寸(ちよつと)そこらで一服(いつぷく)したらどうだい』
490弥(や)『三五教(あななひけう)に退却(たいきやく)の二字(にじ)はないぞ、491どこ迄(まで)も唯(ただ)進(すす)むの一事(いちじ)あるのみだ。492一度(いちど)に開(ひら)く梅(うめ)の花(はな)、493何時(いつ)までも風(かぜ)の神(かみ)だつて、494さう資本(しほん)が続(つづ)くものぢやない。495グヅグヅ吐(ぬ)かすと足手纏(あしてまと)ひになるから、496貴様(きさま)と俺(おれ)とは最早(もはや)国交(こくかう)断絶(だんぜつ)だ、497旅券(りよけん)を交附(かうふ)してやるから、498サツサと本国(ほんごく)へ引返(ひきかへ)したが宜(よ)からうぞ』
499与(よ)『アーア仕方(しかた)のない頓馬助(とんますけ)だナア……オイ六公(ろくこう)、500マア見(み)とれ、501向意気(むこいき)ばつかり強(つよ)いが、502タツタ今(いま)風(かぜ)に煽(あふ)られて、503再(ふたたび)幽冥界(いうめいかい)の探険(たんけん)と出(で)かけるのが落(おち)だぞ』
504 この時(とき)山岳(さんがく)も崩(くづ)れ、505蒼天(さうてん)墜落(つゐらく)するかと思(おも)はるる許(ばか)りの音響(おんきやう)と共(とも)に、506最大(さいだい)強烈(きやうれつ)なる暴風(ばうふう)吹(ふ)き来(く)るよと見(み)る間(ま)に、507弥次彦(やじひこ)の羽織(はおり)袴(はかま)の袂(たもと)に風(かぜ)を含(ふく)んで、508勝彦(かつひこ)と手(て)を組(く)んだまま、509中空(ちうくう)に吹(ふき)あげられ、510空中(くうちう)飛行(ひかう)の曲芸(きよくげい)を演(えん)じつつ、511風(かぜ)に追(お)はれて谷間(たにま)の彼方(あなた)に、512悠々(いういう)として姿(すがた)を隠(かく)した。513不思議(ふしぎ)や烈風(れつぷう)は、514嘘(うそ)をついた様(やう)にケロリと歇(や)んだ。
515与(よ)『ヤア大変(たいへん)だ、516意地(いぢ)の悪(わる)い風(かぜ)だないか、517弥次彦(やじひこ)を吹飛(ふきと)ばして置(お)きよつて、518それを合図(あひづ)にピタリと休戦(きうせん)の喇叭(らつぱ)をふきよつた様(やう)なものだ』
519六(ろく)『あまり弥次公(やじこう)は大法螺(おほぼら)をふくものだから、520風(かぜ)の神(かみ)の奴(やつ)、521一(ひと)つ懲(こら)しめてやらうと思(おも)つて、522何(なん)でも早(はや)うから作戦(さくせん)計画(けいくわく)をやつて居(を)つたのに違(ちがひ)ないぞ、523何(なん)だか夜前(やぜん)から雲行(くもゆき)が悪(わる)いと思(おも)つて居(を)つた。524ヤア夫(そ)れにしても吾々(われわれ)はこの儘(まま)に放任(はうにん)して置(お)く訳(わけ)には行(い)かず、525滅多(めつた)に天上(てんじやう)した気遣(きづかひ)はなからうから、526吾々(われわれ)両人(りやうにん)は此処(ここ)で一(ひと)つ捜索(そうさく)をせなければなるまいぞ』
527与(よ)『ナアニ、528彼奴(あいつ)ア風(かぜ)に乗(の)つて、529コーカス山(ざん)へお先(さき)へ失礼(しつれい)とも何(なん)とも言(い)はずに、530参詣(さんけい)しよつたのだらうよ。531アハヽヽヽ』
532六(ろく)『ソンナ気楽(きらく)な事(こと)を言(い)ふて居(を)る場合(ばあひ)じやあるまい、533是(これ)から両人(りやうにん)協心(けふしん)戮力(りくりよく)して、534両人(りやうにん)が在処(ありか)を探(さが)さうじやないか』
535与(よ)『探(さが)すもよいが、536拙劣(へた)に間誤(まご)つくと、537冥土(めいど)の道伴(みちづれ)にならねばならないかも知(し)れないぞ、538俺(おれ)はモウ冥土(めいど)の旅(たび)は一度(いちど)経験(けいけん)を積(つ)んだのだから、539余(あま)り苦(くる)しいとも思(おも)はぬが、540貴様(きさま)は初旅(はつたび)だから勝手(かつて)も分(わか)らず、541随分(ずゐぶん)困(こま)るだらうよ』
542六(ろく)『エーろくでもない事(こと)を言(い)ふものじやないワ、543言霊(ことたま)の幸(さち)はふ世(よ)の中(なか)だのに』
544与(よ)『風玉(かざだま)の災(わざはひ)する世(よ)の中(なか)だ、545アハヽヽヽ』
546 二人(ふたり)は弥次彦(やじひこ)、547勝彦(かつひこ)の散(ち)りて行(い)つた方面(はうめん)を指(さ)して、548顔(かほ)の色(いろ)を変(か)へ乍(なが)ら、549急(いそ)いで元(もと)来(き)し道(みち)に引返(ひきかへ)し、550二人(ふたり)の所在(ありか)を捜索(そうさく)することとなつた。551吁(あゝ)、552二人(ふたり)の行衛(ゆくゑ)はどうなつたであらう。
553(大正一一・三・二四 旧二・二六 松村真澄録)
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