霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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跋文(ばつぶん)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第14巻 如意宝珠 丑の巻 篇:後付 よみ(新仮名遣い):
章:跋文 よみ(新仮名遣い):ばつぶん 通し章番号:
口述日:1922(大正11)年11月04日(旧09月16日) 口述場所: 筆録者: 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年11月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
現幽神三界を説いた第十四巻の終わりに、三途の川の真相を述べておく。三途の川は、現幽神三界に、諸人たちの霊魂が行く先が定まる場所である。八洲の河、またヨルダンの河とも言われる聖場である。
悪の御魂には脱衣婆が現れて衣服をはぎ、善の御魂には美女が錦の服を授ける。善悪未定の霊魂は、婆が竹箒で娑婆へ追い返す。善悪正邪を立て別ける、御魂の分水嶺である。
川水は、集まってきた人々の霊魂によって清くも濁りもする。激しい上の瀬を渡るのは、現界に生まれ変わったり蘇生したりする霊魂である。弱い下津瀬を渡るのは、根底の国に落ち行く人たちである。温かく美しい中津瀬を渡るのは、天国に行く人たちである。
一方一途の川は、至善至真の天国に一直線に上って行く稀有な御魂や、地獄に一筋に堕ち行く極悪の御魂が渡る、善と悪の一途の川である。
物語は滑稽交じりに述べたが、ぜひ意を留めて反省悔悟の念を起こし、人生の行路を清く正しく歩ませ給え。
神諭にミロクは宇宙一切万有の親神であるとあるが、仏教においてはそうではない、という人がある。仏典にある菩薩は、それぞれ何神・何命にあたるのかは、物語を全部通読すれば、わかってくるのである。
大本教祖の筆先は、仏神一体の神理によって、現代人の耳に入りやすいように仏教の用語を用いられているのである。筆先は、仏教の用語が主となって現れていることを、ここに示しておくものである。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:3140 OBC :rm149901
愛善世界社版:284頁 八幡書店版:第3輯 265頁 修補版: 校定版:297頁 普及版:133頁 初版: ページ備考:
派生[?]この文献を底本として書かれたと思われる文献です。[×閉じる]:出口王仁三郎全集 > 第二巻 宗教・教育編 > 第四篇 神霊世界 > 第六章 三途川と一途川
001神(かみ)の御諭(みこと)を蒙(かうむ)りて
002述(の)べ始(はじ)めたる霊界(れいかい)の
003奇(く)しき神代(かみよ)の物語(ものがたり)
004神代(かみよ)許(ばか)りか幽界(いうかい)も
005また現界(げんかい)も押並(おしな)べて
006神(かみ)の随(ま)に随(ま)に口車(くちぐるま)
007現幽神(げんいうしん)の三界(さんかい)の
008峠(たうげ)に立(た)ちて三(み)ツ瀬川(せがは)
009三(み)ツ尾(を)峠(たうげ)や四(よ)ツ尾(を)の
010峰(みね)の麓(ふもと)にそそり立(た)つ
011黄金閣(わうごんかく)の蔭(かげ)清(きよ)き
012教主館(けうしゆやかた)に横臥(わうぐわ)して
013三途(せうづ)の流(ながれ)滔々(たうたう)と
014瑞(みづ)の御魂(みたま)の走(はし)り書(が)き
015十四(じふし)の巻(まき)のいや終(はて)に
016その真相(しんさう)を示(しめ)すべし
017三途(せうづ)の河(かは)は神界(しんかい)と
018現界(げんかい)又(また)は幽界(いうかい)へ
019諸人(もろびと)等(たち)の霊魂(れいこん)の
020行衛(ゆくゑ)の定(さだ)まる裁断所(さばきどこ)
021八洲(やす)の河原(かはら)とヨルダンの
022河(かは)とも唱(とな)ふ神聖場(しんせいぢやう)
023悪(あく)の霊魂(みたま)が行(ゆ)く時(とき)は
024その川守(かはもり)は鬼婆(おにばば)と
025忽(たちま)ち変(へん)じ着衣(ちやくい)剥(は)ぎ
026裸体(らたい)となりて根(ね)の国(くに)や
027底(そこ)つ幽世(かくりよ)へ落(おと)し捨(す)て
028善(ぜん)の御魂(みたま)の来(く)る時(とき)は
029川守(かはもり)忽(たちま)ち美女(びぢよ)となり
030優(やさ)しき言葉(ことば)を使(つか)ひつつ
031旧(ふる)き衣服(いふく)を脱却(だつきやく)し
032錦(にしき)の衣服(いふく)と着替(きか)へさせ
033高天原(たかあまはら)の楽園(らくゑん)へ
034行(ゆ)くべき印綬(いんじゆ)を渡(わた)す也(なり)
035善悪(ぜんあく)未定(みてい)の霊魂(れいこん)が
036来(き)たれば川守(かはもり)また婆(ばば)と
037忽(たちま)ち変(かは)り竹箒(たけばうき)
038振(ふ)り上(あ)げ娑婆(しやば)へ追返(おひかへ)し
039朝(あさ)と夕(ゆふべ)の区別(くべつ)なく
040川(かは)の流(なが)れの変(かは)る如(ごと)
041千変(せんぺん)万化(ばんくわ)の活動(くわつどう)を
042いや永遠(とこしへ)に開(ひら)き行(ゆ)く
043善悪(ぜんあく)正邪(せいじや)を立別(たてわ)ける
044是(これ)ぞ霊魂(みたま)の分水河(ぶんすゐか)
045千代(ちよ)に流(なが)れて果(はて)もなし
046抑(そもそ)もこれの川水(かはみづ)は
047清(きよ)く流(なが)るることもあり
048濁(にご)り汚(けが)るることもあり
049清濁(せいだく)不定(ふてい)の有様(ありさま)は
050集(あつ)まり来(き)たる人々(ひとびと)の
051霊魂(みたま)々々(みたま)に映(うつ)り行(ゆ)く
052奇(く)しき尊(たふ)とき珍(めづ)らしき
053宇宙(うちう)唯一(ゆいつ)の流(なが)れなり
054激(はげ)しき上(うは)つ瀬(せ)渉(わた)るのは
055現実界(げんじつかい)へ生(うま)れ行(ゆ)く
056霊魂(みたま)や蘇生(そせい)する人(ひと)許(ばか)り
057弱(よわ)き下津瀬(しもつせ)渉(わた)り行(ゆ)く
058霊魂(みたま)は根(ね)の国(くに)底(そこ)の国(くに)
059暗黒(あんこく)無明(むみやう)の世界(せかい)へと
060落(お)ち行(ゆ)く悲(かな)しき魂(たま)のみぞ
061緩(ゆる)けく強(つよ)く清(きよ)らけく
062且(か)つ温(あたた)かく美(うる)はしき
063中津瀬(なかつせ)渉(わた)り行(ゆ)くものは
064至喜(しき)と至楽(しらく)の花(はな)開(ひら)く
065天国(てんごく)浄土(じやうど)に登(のぼ)る魂(たま)
066それぞれ霊魂(みたま)の因縁(いんねん)の
067綱(つな)に曳(ひ)かれて進(すす)み行(ゆ)く
068神(かみ)の律法(みのり)ぞ尊(たふ)とけれ
069三途(せうづ)の川(かは)の物語(ものがたり)
070外(ほか)に一途(いちづ)の川(かは)もあり
071抑(そもそ)も一途(いちづ)の因縁(いんねん)は
072現世(げんせ)に一旦(いつたん)生(うま)れ来(き)て
073至善(しぜん)至真(ししん)の神仏(しんぶつ)の
074教(をしへ)を守(まも)り道(みち)を行(ゆ)き
075神(かみ)の御子(みこ)たる天職(てんしよく)を
076尽(つく)し了(を)はせし神魂(かむみたま)
077大聖(たいせい)美人(びにん)の天国(てんごく)へ
078進(すす)みて登(のぼ)る八洲(やす)の川(かは)
079清(きよ)めし御魂(みたま)も今(いま)一度(いちど)
080浄(きよ)めて進(すす)み渉(わた)り行(ゆ)く
081善(ぜん)一途(ひとみち)の生命川(いのちがは)
082渡(わた)る人(ひと)こそ稀(めづ)らしき
083一旦(いつたん)現世(げんせ)へ生(うま)れ来(き)て
084体主(たいしゆ)霊従(れいじう)の悪業(あくげふ)を
085山(やま)と積(つ)みたる邪霊(まがたま)の
086裁断(さばき)も受(う)けず一筋(ひとすぢ)に
087渉(わた)りて根底(ねそこ)の暗界(あんかい)へ
088堕(お)ち行(ゆ)く亡者(まうじや)の濁水(だくすゐ)に
089溺(おぼ)れ苦(くる)しみ渡(わた)り行(ゆ)く
090善(ぜん)と悪(あく)との一途川(いちづがは)
091実(げ)にも忌々(ゆゆ)しき流(なが)れ也(なり)
092アヽ惟神(かむながら)々々(かむながら)
093御霊(みたま)幸(さちは)へましまして
094三途(せうづ)の川(かは)や一途川(いちづがは)
095滑稽(こつけい)交(まじ)りに述(の)べ立(た)てし
096この物語(ものがたり)意(い)を留(と)めて
097読(よ)み行(ゆ)く人(ひと)の霊魂(たましひ)に
098反省(はんせい)改悟(かいご)の信念(しんねん)を
099発(おこ)させ給(たま)ひて人生(じんせい)の
100行路(かうろ)を清(きよ)く楽(たの)もしく
101歩(あゆ)ませ玉(たま)へと天地(あめつち)の
102神(かみ)の御前(みまへ)に澄(す)み渡(わた)る
103大空(おほぞら)輝(かがや)く瑞月(ずゐげつ)が
104天照(あまてら)し坐(ま)す大神(おほかみ)の
105遍(あま)ねく照(てら)す光明(くわうみやう)に
106照(てら)され乍(なが)ら人々(ひとびと)の
107身魂(みたま)の行衛(ゆくゑ)を明(あきら)かに
108説(と)き示(しめ)し行(ゆ)く嬉(うれ)しさよ
109朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)る共(とも)
110月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
111たとへ大地(だいち)は沈(しづ)む共(とも)
112誠(まこと)の神(かみ)の御諭(みさと)しは
113万劫(まんご)末代(まつだい)いつ迄(まで)も
114天地(てんち)の続(つづ)くその限(かぎ)り
115変(かは)りて朽(く)ちて亡(ほろ)び行(ゆ)く
116ためしは永遠(とは)にあらざらめ
117アヽ惟神(かむながら)々々(かむながら)
118御魂(みたま)幸(さち)はへましませよ。
119○
120 神諭(しんゆ)に『松(まつ)の代(よ)弥勒(みろく)の代(よ)神世(かみよ)に致(いた)すぞよ云々(うんぬん)』とあり、121弥勒(みろく)は至仁(しじん)至愛(しあい)の意(い)にして、122宇宙(うちう)万有(ばんいう)一切(いつさい)の親(おや)也(なり)師(し)也(なり)主(しゆ)也(なり)と説(と)きたまへり。123読者(どくしや)の中(なか)には、124仏教(ぶつけう)の教典(けうてん)に由(よ)りて釈迦(しやか)の説(せつ)と引(ひ)き合(あは)せ、125ミロクは七仏(しちぶつ)出生説(しゆつしやうせつ)の中(なか)にある一仏(いちぶつ)にして、126大本(おほもと)の神諭(しんゆ)にある如(ごと)き尊(たふと)き位置(ゐち)にある仏(ぶつ)又(また)は神(かみ)にあらずと云(い)ふ人(ひと)あり。127仏書(ぶつしよ)のみを読(よ)みたる人(ひと)の意見(いけん)としては、128最(もつと)も至極(しごく)なる見解(けんかい)と謂(い)ふべしである。129王仁(おに)は、130序(ついで)を以(もつ)て本巻(ほんくわん)の末尾(まつび)に於(おい)て仏典(ぶつてん)に現(あら)はれたる弥勒(みろく)の位置(ゐち)を茲(ここ)に掲載(けいさい)して、131読者(どくしや)の参考(さんかう)に供(きよう)して見(み)ようと思(おも)ふ。
132 法華経(ほけきやう)の序品(じよほん)第一(だいいち)に
133 前略(ぜんりやく)
134 菩薩(ぼさつ)摩訶薩(まかさつ)八万(はちまん)人(にん)あり。135皆(みな)阿耨(あのく)多羅(だら)三藐(さんみやく)三菩提(さんぼだい)に於(おい)て退転(たいてん)せず、136皆(みな)陀羅尼(だらに)を得(え)、137楽説(げうせつ)弁才(べんさい)あつて不退転(ふたいてん)の法輪(ほふりん)を転(てん)じ、138無量(むりやう)百千(ひやくせん)の諸仏(しよぶつ)を供養(くやう)し、139諸仏(しよぶつ)の所(ところ)に於(おい)て衆(もろもろ)の徳本(とくほん)を植(う)ゑ、140常(つね)に諸仏(しよぶつ)に称嘆(しようたん)せらるることを為(え)、141慈(じ)を以(もつ)て身(み)を修(をさ)め、142善(よ)く仏慧(ぶつゑ)に入(い)り、143大智(だいち)に通達(つうたつ)し、144彼岸(ひがん)に到(いた)り名称(みようしよう)普(あまね)く無量(むりやう)の世界(せかい)に聞(きこ)えて、145能(よ)く無数(むすう)百千(ひやくせん)の衆生(しゆじやう)を度(ど)す。146その名(な)を、
147  一 文珠(もんじゆ)師利(しり)菩薩(ぼさつ)
148  二 観世音(くわんぜおん)菩薩(ぼさつ)
149  三 得大勢(とくだいぜい)菩薩(ぼさつ)
150  四 常精進(じやうしやうじん)菩薩(ぼさつ)
151  五 不休息(ふぐそく)菩薩(ぼさつ)
152  六 宝掌(ほうしやう)菩薩(ぼさつ)
153  七 薬王(やくわう)菩薩(ぼさつ)
154  八 勇施(ゆうせ)菩薩(ぼさつ)
155  九 宝月(ほうげつ)菩薩(ぼさつ)
156  十 月光(げつくわう)菩薩(ぼさつ)
157 十一 満月(まんげつ)菩薩(ぼさつ)
158 十二 大力(たいりき)菩薩(ぼさつ)
159 十三 無量力(むりやうりき)菩薩(ぼさつ)
160 十四 越三界(おつさんかい)菩薩(ぼさつ)
161 十五 跋陀婆羅(ばつだばら)菩薩(ぼさつ)
162 十六 弥勒(みろく)菩薩(ぼさつ)
163 十七 宝積(ほうしやく)菩薩(ぼさつ)
164 十八 導師(だうし)菩薩(ぼさつ)
165 右(みぎ)の如(ごと)き菩薩(ぼさつ)摩訶薩(まかさつ)八万(はちまん)人(にん)と倶(とも)也(なり)
166と記(しる)してある。167この菩薩(ぼさつ)も霊界(れいかい)物語(ものがたり)を全部(ぜんぶ)通読(つうどく)されなば、168何(なに)菩薩(ぼさつ)は何神(なにがみ)何(なに)命(みこと)に当(あ)たるやといふことは自(おのづか)ら判明(はんめい)することと思(おも)ひます。
169 釈提(しやくだい)桓因(くわんいん)その眷属(けんぞく)二万(にまん)の天子(てんし)と与(とも)に倶(とも)なり。170復(また)
171  一 名月(みやうげつ)天子(てんし)
172  二 普香(ふかう)天子(てんし)
173  三 宝光(ほうくわう)天子(てんし) 四大(しだい)天王(てんわう)あり、174其(その)眷属(けんぞく)万(よろづ)の天子(てんし)と与(とも)に倶(とも)なり。
175  四 自在(じざい)天子(てんし)
176  五 大自在(だいじざい)天子(てんし)
177 その眷属(けんぞく)三万(さんまん)の天子(てんし)と与(とも)に倶(とも)なり。
178 娑婆(しやば)世界(せかい)の主(しゆ)
179  六 梵天王(ぼんてんわう)
180  七 尸棄(しき)大梵(だいぼん)
181  八 光明(くわうみやう)大梵(だいぼん)
182 等(とう)その眷属(けんぞく)万二千(まんにせん)の天子(てんし)と与(とも)に倶(とも)なり。
183 八(やつ)の竜王(りうわう)あり、
184  一 難陀(なんだ)竜王(りうわう)
185  二 跋難陀(ばつなんだ)竜王(りうわう)
186  三 娑伽羅(しやがら)竜王(りうわう)
187  四 和修吉(わしうきつ)竜王(りうわう)
188  五 徳叉迦(とくしやか)竜王(りうわう)
189  六 阿那婆(あなば)達多(だつた)竜王(りうわう)
190  七 摩那斯(まなし)竜王(りうわう)
191  八 優鉢羅(うばつら)竜王(りうわう)なり。
192 各(かく)若干(じやくかん)百千(ひやくせん)の眷属(けんぞく)と与(とも)に倶(とも)なり。
193 四(よつ)の緊那羅(きんなら)王(わう)あり
194  一 法(はふ)緊那羅(きんなら)王(わう)
195  二 妙法(めうはふ)緊那羅(きんなら)王(わう)
196  三 大法(だいはふ)緊那羅(きんなら)王(わう)
197  四 持法(ぢはふ)緊那羅(きんなら)王(わう) なり。
198 各(かく)若干(じやくかん)百千(ひやくせん)の眷属(けんぞく)と与(とも)に倶(とも)なり。
199 四(よつ)の乾闥婆(けんだつば)王(わう)あり。
200  一 楽(がく)乾闥婆(けんだつば)王(わう)
201  二 楽音(がくおん)乾闥婆(けんだつば)王(わう)
202  三 美(み)乾闥婆(けんだつば)王(わう)
203  四 美音(みおん)乾闥婆(けんだつば)王(わう) なり。
204 各(かく)若干(じやくかん)百千(ひやくせん)の眷属(けんぞく)と与(とも)に倶(とも)なり。
205 四(よつ)の阿修羅(あしゆら)王(わう)あり
206  一 婆稚(ばち)阿修羅(あしゆら)王(わう)
207  二 佉羅騫駄(からけんだ)阿修羅(あしゆら)王(わう)
208  三 毘(び)摩(ま)質(しつ)多(た)羅(ら)阿修羅(あしゆら)王(わう)
209  四 羅睺(らご)阿修羅(あしゆら)王(わう)なり。
210 各(かく)若干(じやくかん)百千(ひやくせん)の眷属(けんぞく)と与(とも)に倶(とも)なり。
211 四(よつ)の迦楼羅(かるら)王(わう)あり、
212  一 大威徳(だいゐとく)迦楼羅(かるら)王(わう)
213  二 大身(だいしん)迦楼羅(かるら)王(わう)
214  三 大満(たいまん)迦楼羅(かるら)王(わう)
215  四 如意(によい)迦楼羅(かるら)王(わう) なり。
216 各(かく)若干(じやくかん)百千(ひやくせん)の眷属(けんぞく)と与(とも)に倶(とも)なり。
217 韋提希(ゐだいけ)の子(こ)阿闍世(あじやせ)王(わう)若干(じやくかん)百千(ひやくせん)の眷属(けんぞく)と与(とも)に倶(とも)なり云々(うんぬん)。
218と、219示(しめ)されてある。220之(これ)を以(もつ)て之(これ)を見(み)る時(とき)は、221大本(おほもと)教祖(けうそ)の筆先(ふでさき)なるものは神(かみ)の道(みち)とは云(い)ひながら、222最初(さいしよ)より仏神(ぶつしん)一体(いつたい)の神理(しんり)により、223現代人(げんだいじん)の耳(みみ)に入(い)り易(やす)きやうに仏教(ぶつけう)の用語(ようご)をも用(もち)ゐられてあることを覚(さと)り得(え)らるるのである。224明治(めいぢ)二十五(にじふご)年(ねん)正(しやう)月(ぐわつ)元日(ぐわんじつ)に初(はじ)めて艮(うしとら)の金神(こんじん)様(さま)が出口(でぐち)教祖(けうそ)に神懸(かむがかり)された時(とき)の大(だい)獅子吼(ししく)は、
225 三千(さんぜん)世界(せかい)一度(いちど)に開(ひら)く梅(うめ)の花(はな)艮(うしとら)の金神(こんじん)の世(よ)になりたぞよ。226須弥仙(しゆみせん)山(ざん)に腰(こし)を懸(か)け艮(うしとら)の金神(こんじん)世界(せかい)を守(まも)るぞよ云々(うんぬん)。
227 三千(さんぜん)世界(せかい)も仏教中(ぶつけうちう)の用語(ようご)であり、228艮(うしとら)の金神(こんじん)も神道(しんだう)の語(ご)ではない。229須弥仙(しゆみせん)山(ざん)は仏教家(ぶつけうか)の最(もつと)も大切(たいせつ)にして居(ゐ)る霊山(れいざん)である。230またミロク菩薩(ぼさつ)とか竜宮(りうぐう)とか竜神(りうじん)とか、231天子(てんし)とか、232王(わう)とか現(あら)はれて居(を)るのは、233悉(ことごと)く仏教(ぶつけう)の語(ご)を籍(か)りて説(と)かれたものであります。234故(ゆゑ)に筆先(ふでさき)にある王(わう)とは、235八大(はちだい)竜王(りうわう)及(および)諸仏王(しよぶつわう)の略称(りやくしよう)であり、236天子(てんし)と云(い)へば明月(めいげつ)天子(てんし)、237普香(ふかう)天子(てんし)、238宝光(ほうくわう)天子(てんし)、239四大(しだい)天王(てんわう)その他(た)諸(しよ)天子(てんし)、240諸(しよ)天王(てんわう)の略称(りやくしよう)であることは勿論(もちろん)であります。241自在(じざい)天子(てんし)、242大自在(だいじざい)天子(てんし)、243梵天王(ぼんてんわう)、244その他(た)王(わう)の名(な)の付(つ)いた仏(ぶつ)は沢山(たくさん)にあり、245仏(ぶつ)も神(かみ)も同一体(どういつたい)、246元(もと)は一株(ひとかぶ)と説(と)いてある。247また大自在(だいじざい)天子(てんし)のその眷属(けんぞく)三万(さんまん)の天子(てんし)と与(とも)に倶(とも)なりとあるを見(み)れば天子(てんし)とは即(すなは)ち神道(しんだう)にて云(い)ふ神子(みこ)又(また)は神使(しんし)であります。248要(えう)するに、249神(かみ)の道(みち)、250仏(ぶつ)の道(みち)に優(すぐ)れたる信者(しんじや)の意味(いみ)になるのであります。251天子(てんし)は、252また天使(てんし)エンゼルとキリスト教(けう)では謂(い)つて居(ゐ)ます。253大本(おほもと)の筆先(ふでさき)は教祖(けうそ)入道(にふだう)の最初(さいしよ)より仏教(ぶつけう)の用語(ようご)で現(あら)はせられたのであるから凡(すべ)て仏教(ぶつけう)の縁(えん)に由(よ)つて説明(せつめい)せなくては、254大変(たいへん)な間違(まちが)ひの起(おこ)るものであります。255王仁(おに)は弥勒(みろく)菩薩(ぼさつ)に因(ちな)める五百(ごひやく)六十七(ろくじふしち)節(せつ)を口述(こうじゆつ)し了(をは)るに際(さい)し、256仏教(ぶつけう)に現(あら)はれたるミロク菩薩(ぼさつ)の位置(ゐち)を示(しめ)すと同時(どうじ)に筆先(ふでさき)は一切(いつさい)仏(ぶつ)の用語(ようご)が主(しゆ)となりて現(あら)はれて居(を)ることを茲(ここ)に説明(せつめい)しておきました。
257 アヽ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)ませ。
258   大正十一年十一月四日
259(昭和一〇・三・一七 於嘉義公会堂 王仁校正)
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