霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一四章 一途川(いちづがは)〔五六四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第14巻 如意宝珠 丑の巻 篇:第3篇 高加索詣 よみ(新仮名遣い):こーかすまいり
章:第14章 一途川 よみ(新仮名遣い):いちずがわ 通し章番号:564
口述日:1922(大正11)年03月25日(旧02月27日) 口述場所: 筆録者:谷村真友 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年11月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
一行は小鹿峠の四十八坂を越えると、水勢轟々と流れる谷川に行き当たった。弥次彦は、コーカス山への参詣街道なのに、自分たち意外に人が一人も通っていないことを不審に思う。
勝公は、ここはまたもや幽界ではないかといぶかる。六公は、川べりの松の木の下に、小さな家を見つける。与太彦は、ふざけて一夜の宿を乞うこっけいな歌を歌う。
家の中から婆の声がするが、ここは三途の川ではなく、一途の川だと言う。婆は四人を家に招き入れた。
見れば一人の病人が伏せっており、中年増の婆さんが枕辺に座っている。婆は、常世姫のお台様が病気で寝ているのだ、という。そして自分は木常姫の生まれ変わりであり、二十坂上で弥次彦らに憑依して苦しめたのも自分だ、という。
婆は、天国に行こうとする者の魂を抜いて地獄に落とすために、偽日の出神、偽乙姫となって信者をたぶらかし、変性女子を困らせてやるのだ、という。
寝ていた婆も起き上がり、包丁を持って四人に襲い掛かる。四人は奮戦するが、ついに勝彦は包丁でぐさりと腰を刺された、と思うと、一行は二十五峠の谷間に、風に吹かれて気絶していたのであった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-05-10 05:10:22 文字数:7240 OBC :rm1414
愛善世界社版:230頁 八幡書店版:第3輯 243頁 修補版: 校定版:238頁 普及版:109頁 初版: ページ備考:
001 小鹿峠(こしかたうげ)の四十八(しじふや)坂(さか)をば、002一行(いつかう)四(よ)人(にん)はやつと打越(うちこ)え、003見渡(みわた)す限(かぎ)り茫々(ばうばう)たる雑草(ざつさう)茂(しげ)る広野原(ひろのはら)、004足(あし)にまかせて進(すす)み行(ゆ)く。005ピタリと行当(ゆきあた)つた、006水勢(すゐせい)轟々(ぐわうぐわう)として飛沫(ひまつ)を飛(と)ばし、007渦(うづ)まき流(なが)るる谷川(たにがは)の傍(かたはら)に辿(たど)り着(つ)いた。
008弥(や)『アヽ吾々(われわれ)はやうやうにして、009小鹿峠(こしかたうげ)の四十八(しじふや)坂(さか)を越(こ)え、010此処(ここ)の広野原(ひろのはら)を一行(いつかう)四(よ)人(にん)連(づ)れ、011てくついて来(き)たが、012此処(ここ)にピタリと行詰(ゆきつ)まつた、013偉(えら)い川(かは)が横(よこた)はつて居(ゐ)るワイ。014これからフサの都(みやこ)へ渡(わた)り、015コーカス山(ざん)に行(ゆ)く迄(まで)は、016随分(ずゐぶん)長(なが)い道程(みちのり)だが、017それまでには沢山(たくさん)の難所(なんしよ)が在(あ)るだらう。018それにしても絡繹(らくえき)として続(つづ)く日々(ひび)の老若(らうにやく)男女(なんによ)の参詣者(さんけいしや)は、019一体(いつたい)何処(どこ)を通(とほ)つて行(ゆ)くのだらう。020この頃(ごろ)街道(かいだう)は雑沓(ざつたふ)だと云(い)ふ事(こと)だのに、021吾々(われわれ)の通過(つうくわ)する処(ところ)は人(ひと)の子(こ)一匹(いつぴき)居(を)らぬぢやないか。022ナンデも之(こ)れは小鹿峠(こしかたうげ)の下(くだ)り終(しま)ひから行手(ゆくて)に踏(ふ)み迷(まよ)ひ、023反対(はんたい)の方向(はうかう)に進(すす)んで来(き)たのではあるまいかなア』
024与(よ)『何(なん)だか、025ご気分(きぶん)の冴(さ)えぬ天候(てんこう)と云(い)ひ四辺(あたり)の状況(じやうきやう)と云(い)ひ、026まるで幽界(いうかい)旅行(りよかう)の様(やう)だ。027いつやら谷底(たにそこ)に落(お)ちて魂(たましひ)が宙(ちう)に迷(まよ)ひ、028とうとう六道(ろくだう)の辻(つじ)まで行(い)つて銅木像(どうもくざう)に逢(あ)つた時(とき)の様(やう)な按配(あんばい)式(しき)だぞ。029どうやら此(この)川(かは)も三途(せうづ)の川(かは)の兄弟分(きやうだいぶん)ぢやあるまいか、030何(なん)だか変(へん)な風(かぜ)が吹(ふ)いて来(く)るぞ。031アヽ此奴(こいつ)は不思議(ふしぎ)だ、032今(いま)の今(いま)まで泰然(たいぜん)自若(じじやく)乙(おつ)に構(かま)へこみて居(ゐ)た山岳(さんがく)の奴(やつ)、033知(し)らぬ間(ま)に何処(どこ)かへ消(き)えて仕舞(しま)ひよつた、034まるで三途(せうづ)の川(かは)のやうな按配(あんばい)式(しき)だ、035ナア弥次彦(やじひこ)、036貴様(きさま)はどう思(おも)ふか』
037弥(や)『吾々(われわれ)の言霊(ことたま)の御(ご)神力(しんりき)に恐縮(きようしゆく)しよつて、038山(やま)の奴(やつ)雲(くも)を霞(かすみ)と逃(に)げ散(ち)りよつたなア。039随分(ずゐぶん)三五教(あななひけう)の吾々(われわれ)は豪勢(がうせい)なものだワイ』
040勝(かつ)『オイ此処(ここ)は冥土(めいど)を流(なが)るる三途(せうづ)の川(かは)ぢやなからうかな。041何(なん)だか娑婆(しやば)の川(かは)に比(くら)べて調子(てうし)が違(ちが)ふやうだ』
042弥(や)『調子(てうし)が違(ちが)つたつて御(ご)心配(しんぱい)なさいますな、043この弥次(やじ)サンはドンドンながらポンポンながら、044カンカンながら、045前後(ぜんご)〆(し)めて弐回(にくわい)までも、046幽界(いうかい)探険(たんけん)の実地(じつち)経験(けいけん)を持(も)つて居(ゐ)るお兄(にい)サン。047最初(さいしよ)与太公(よたこう)と遣(や)つて来(き)た時(とき)には、048三途(せうづ)の川(かは)は実(じつ)に綺麗(きれい)な水(みづ)だつた、049それが第二回(だいにくわい)目(め)に来(き)た時(とき)には何(なん)とも知(し)れぬ、050臭気(しうき)紛々(ふんぷん)たる川風(かはかぜ)が鼻(はな)を突(つ)くやう、051小便(せうべん)大便(だいべん)黒血(くろち)鼻啖(はなたん)の混合(こんがふ)したやうな、052汚(むさ)くるしい物(もの)が流水(りうすゐ)代用(だいよう)の芸当(げいたう)を静(しづ)かにやつて居(ゐ)た。053その時(とき)三途(せうづ)の川(かは)の渡守(わたしもり)兼(けん)脱衣婆(だついばば)奴(め)が、054世(よ)の中(なか)の奴(やつ)が汚(けが)れた事(こと)をしをるから、055この清(きよ)い川(かは)がコンナに汚(きたな)くなつたと云(い)ひよつた。056どうせコンナ汚(きたな)い娑婆(しやば)が、057さう俄(にはか)に清潔(せいけつ)になるものぢやないから矢張(やつぱり)冥土(めいど)にある三途(せうづ)の川(かは)なら、058依然(いぜん)として汚濁(をだく)の水(みづ)が永久(とこしへ)に満(み)ち流(なが)れて居(ゐ)る筈(はず)だ。059之(これ)はまた素敵(すてき)滅法界(めつぽふかい)な清流(せいりう)だ、060これを思(おも)へば三途(せうづ)の川(かは)とは、061どうしても受取(うけと)れないワ』
062六(ろく)『モシモシ皆(みな)サン、063彼処(あすこ)の枝振(えだぶり)の洒落(しやれ)た松(まつ)の根許(ねもと)に小(ちい)さい家(いへ)が現(あら)はれて居(ゐ)るぢやありませぬか、064あれやきつと三途(せうづ)の川(かは)の鬼婆(おにばば)の本宅(ほんたく)かも知(し)れませぬぜ』
065弥(や)『ナーニ、066あれや瓦葺(かはらぶき)だ。067婆(ばば)の御(お)館(やかた)と云(い)ふものは、068それはそれは立派(りつぱ)なものだ。069どうしても比較(ひかく)にはならない黄金蔵(わうごんぐら)の様(やう)だよ』
070与(よ)『黄金蔵(わうごんぐら)つて何(なん)だい、071この前(まへ)に貴様(きさま)と旅行(りよかう)した時(とき)には見(み)すぼらしい雪隠(せんち)小屋(ごや)の様(やう)な庵(いほり)じやなかつたかい』
072弥(や)『アハヽヽヽ、073頭(あたま)の悪(わる)い奴(やつ)だナ、074雪隠(せんち)小屋(ごや)の様(やう)だから、075当世流(たうせいりう)に黄金蔵(わうごんぐら)と言霊(ことたま)を詔(の)り直(なほ)したのだよ』
076与(よ)『何(なに)を吐(ぬか)しよるのだ、077然(しか)しどうも臭(くさ)いぞ。078一(ひと)つドンナ奴(やつ)が居(を)るか訪(おとな)ふて見(み)やうかい』
079弥(や)『マア待(ま)て一(ひと)つ考(かんが)へものだ。080熟思(じゆくし)黙考(もくかう)の余地(よち)は十二分(じふにぶん)に存(そん)する』
081与(よ)『ヤア構(かま)はぬ当(あた)つて砕(くだ)けだ。082一(ひと)つ善(ぜん)か悪(あく)か虚(きよ)か実(じつ)か爺(ぢぢ)か媼(ばば)か、083絶世(ぜつせい)の美人(びじん)かおかめか、084検非(けび)違使(ゐし)の別当(べつたう)与太衛門(よたゑもんの)尉(じやう)無手勝(むてかつ)公(こう)が首実検(くびじつけん)に及(およ)ばうかい』
085弥(や)『アハヽヽ、086又(また)そろそろはつしやぎ出(だ)したなア、087それほどはつしやぐと、088日輪(にちりん)様(さま)が御(お)出(で)ましになつたら、089貴様(きさま)の細腕(ほそうで)が燻(くす)ぼつてしもうぞ』
090与(よ)『何(なに)を言(い)ふのだ、091燻(くすぼ)つて来(き)たら、092この川(かは)にザンブと浸(つけ)れば好(よ)いのだ。093採長(さいちやう)補短(ほたん)、094水欠(すゐけつ)水補(すゐほ)だ、095ソンナ事(こと)に心配(しんぱい)するな。096自由(じいう)自在(じざい)の天地(てんち)を跋渉(ばつせふ)する、097三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)の候補者(こうほしや)だ』
098と云(い)ひながら小屋(こや)の傍(かたはら)にツツと立寄(たちよ)り妙(めう)な腰付(こしつ)きをして、099両手(りやうて)を蟷螂(かまきり)の様(やう)に構(かま)へたまま膝(ひざ)をくの字(じ)に曲(ま)げ、100尻(しり)を振(ふ)りながら、101一軒屋(いつけんや)の無双窓(むさうまど)を覗(のぞ)き、
102与太彦『モウシモウシお媼(ばあ)サン
103一夜(いちや)の宿(やど)を願(ねが)ひます
104それはお易(やす)い事(こと)ながら
105これなる部屋(へや)を開(あ)けまいぞ
106それは誠(まこと)に有難(ありがた)う
107今宵(こよひ)は此処(ここ)にゆつくりと
108足(あし)を伸(の)ばして寝(ね)るであらう
109お婆(ばば)は口(くち)を尖(とが)らして
110これなる居間(ゐま)を開(あ)けまいぞ
111言(い)ひつつお婆(ばば)は谷川(たにがは)に
112手桶(てをけ)をさげて水(みづ)汲(く)みに
113後(あと)に与太彦(よたひこ)只(ただ)一人(ひとり)
114今(いま)なるお婆(ばば)の云(い)ふたには
115これなる部屋(へや)を開(あ)けなとは
116てつきりおむすの添伏(そへぶ)しか
117何(なに)は兎(と)もあれ開(あ)けて見(み)よ
118左手(ゆんで)に襖(ふすま)カラリ開(あ)け
119つらつら見(み)ればこは如何(いか)に
120あちらの隅(すみ)には手(てて)がある
121こちらの隅(すみ)には足(あし)がある
122今宵(こよひ)この家(や)にとまりなば
123手足(てあし)も骨(ほね)もグダグダに
124出刄(でば)で料理(れう)つて塩(しほ)つけて
125おほかたお婆(ばば)が喰(く)ふであろ
126これやたまらぬと泡(あわ)を吹(ふ)き
127裏口(うらぐち)指(さ)して尻(しり)からげ
128スタコラヨイサノ、ドツコイシヨ
129ドツコイサノエツサツサノ、エンサノサ
130エツササノエササ、エササノサツサイ
131アハヽヽヽ』
132弥(や)『コラこの大馬鹿(おほばか)、133何(なに)を洒落(しやれ)るのだ、134此処(ここ)はどうやら三途(せうづ)の川(かは)だぞ。135まごまごして居(ゐ)ると本当(ほんたう)に三途(せうづ)の川(かは)の鬼婆(おにばば)が、136又(また)着物(きもの)をすつくり取(と)り上(あ)げて、137親譲(おやゆづ)りの洋服(やうふく)まで渡(わた)せと吐(ぬか)しよるぞ、138君子(くんし)危(あやふ)きに近(ちか)づかずだ、139早(はや)くこちらへ逃(に)げてこぬかい』
140与(よ)『エヽ今回(こんくわい)も前回(ぜんくわい)もあつたものかい、141カイツクカイのカイカイカイだ。142オーイ三途(せうづ)の川(かは)の鬼婆(おにばば)、143先達(せんだつて)来(き)た与太公(よたこう)が又(また)来(き)たぞ。144モウ何時(なんどき)ぢやと思(おも)ふて居(ゐ)るのだ、145好(よ)い加減(かげん)に起(お)きぬかい』
146 家(いへ)の中(なか)より、147中婆(ちうばば)の声(こゑ)として、
148婆(ばば)『誰(た)れぢや誰(た)れぢや、149折角(せつかく)夜中(よなか)の夢(ゆめ)を見(み)て居(ゐ)るのに、150門口(かどぐち)であた八釜(やかま)しい吐(ぬか)す奴(やつ)は何奴(どいつ)ぢやい』
151与(よ)『誰(たれ)でもないワイ、152俺様(おれさま)ぢや』
153婆(ばば)『俺様(おれさま)と言(い)つたつて名(な)を言(い)はな分(わか)るかい、154貴様(きさま)も智慧(ちゑ)の足(た)らぬ奴(やつ)ぢやなア、155目(め)に見(み)えぬ肝腎(かんじん)なものを落(お)として来(き)よつたと見(み)えるワイ』
156与(よ)『コラコラ三途(せうづ)の川(かは)の鬼婆(おにばば)奴(め)、157何(なに)を愚図(ぐづ)々々(ぐづ)と言(い)つて居(ゐ)るのだい。158早(はや)く手水(てうづ)をつかつて与太(よた)サンの一行(いつかう)に、159渋茶(しぶちや)でも汲(く)まないかい』
160婆(ばば)『八釜(やかま)しい言(い)ふな、161病人(びやうにん)があるのに病気(びやうき)に障(さは)るワイ、162ゲンの悪(わる)いことを言(い)ふて呉(く)れな、163冥土(めいど)か何(なん)ぞの様(やう)に三途(せうづ)の川(かは)ぢやのと、164此処(ここ)は一途(いちづ)の川(かは)ぢやぞ』
165与(よ)『ヤア時節柄(じせつがら)物価(ぶつか)下落(げらく)の影響(えいきやう)を受(う)けて、166ドツと踏張(ふんば)りよつて二途(にづ)を引(ひ)き下(さ)げたな、167サヽ投(な)げ売(う)り投(な)げ売(う)り、168只(ただ)より安(やす)い買(か)ふたり買(か)ふたり。169このカリカリ糖(たう)は食(た)べれやおいしい、170食(く)や美味(うま)い、171ボロリボロリと歯(は)脆(もろ)うて歯(は)につかぬ、172湿(しめ)る例(ため)しもなし、173雨(あめ)が降(ふ)つてもカーリカリだ、174アハヽヽヽ』
175婆(ばば)『エヽー、176アタ八釜(やかま)しい、177お前(まへ)は何処(どこ)の奴乞食(どこじき)じや。178ソンナ芸(げい)位(くら)いしたつて一文(いちもん)もやらせぬぞよ』
179与(よ)『一門(いちもん)残(のこ)らず討死(うちじに)と、180聞(き)く悲(かな)しさは嵯峨(さが)の奥(おく)、181泣(な)いてばつかり暮(くら)せしに、182一途(いちづ)の川(かは)の乞食(こじき)小屋(ごや)とやらに、183鬼婆(おにばば)がお坐(は)しますと、184一行(いつかう)四(よ)人(にん)は手(て)に手(て)を取(と)つて、185此処(ここ)まで来(き)たのがおみの仇(あだ)、186思(おも)へば思(おも)へばこの与太(よた)は、187去年(きよねん)の秋(あき)の病気(わづらひ)に、188一層(いつそ)死(し)んでしもうたら、189斯(こ)うした歎(なげ)きは在(あ)るまいもの、190娑婆(しやば)塞(ふさ)ぎになるとは知(し)りながら、191半時(はんとき)なりと生(い)き長(なが)らへたいと思(おも)ふて来(き)たのが吾身(わがみ)の仇(あだ)、192今(いま)の思(おも)ひに較(くら)ぶれば、193なぜに三(さん)年(ねん)も先(さき)にこの川(かは)へ、194エーマ身(み)を投(な)げて死(し)ななんだであらう、195アヽヽヽチヤチヤ チヤン チヤン チヤン チヤン チヤぢや』
196弥(や)『また演劇(えんげき)気分(きぶん)になつて居(ゐ)よるナ、197門附(かどつけ)芸者(げいしや)の様(やう)な、198見(み)つともない。199洒落(しやれ)は止(や)めたがよからうぞ』
200婆(ばば)『何処(どこ)の奴乞食(どこじき)か知(し)らぬが、201表(おもて)の戸(と)をプリンと押(お)して這入(はい)つて来(き)なさい。202田子(たご)の宿(やど)で飲(の)んだ様(やう)な小便茶(せうべんちや)なと汲(く)んで上(あ)げやうかい』
203与(よ)『オイオイ弥次公(やじこう)、204何(なに)を怕々(おぢおぢ)して居(ゐ)るのだ、205婆(ば)アサンが結構(けつこう)な茶(ちや)をヨンデやらうと云(い)ふて居(ゐ)るぞ。206早(はや)う来(き)て一杯(いつぱい)グツと頂戴(ちやうだい)せぬかい』
207弥(や)『モシ宣伝使(せんでんし)様(さま)、208どうしませうかな』
209勝(かつ)『兎(と)も角(かく)這入(はい)つて見(み)ませうか』
210 三(さん)人(にん)は与太彦(よたひこ)の後(あと)に随(つ)いて門口(かどぐち)を跨(また)げた。211這入(はい)つて見(み)れば外(そと)から見(み)たよりは、212比較(ひかく)的(てき)広(ひろ)き二間(ふたま)造(づく)りの座敷(ざしき)に、213この家(や)の主人(あるじ)と見(み)え中年増(ちうどしま)の婆(ばば)が横(よこた)はつて居(ゐ)る。214その傍(かたはら)に少(すこ)し若(わか)さうな一人(ひとり)の婆(ばば)が、215何(なに)かと病人(びやうにん)の世話(せわ)をして居(ゐ)る。
216勝(かつ)『ヤア見(み)れば当家(たうけ)には御(ご)病人(びやうにん)が、217おありなさると見(み)える。218是(こ)れは是(こ)れは御(お)取込(とりこ)みの中(なか)に大勢(おほぜい)のものが御(お)邪魔(じやま)を致(いた)しました』
219婆(ばば)『ハイハイ、220ようマア立寄(たちよ)つて下(くだ)さつた。221此処(ここ)は一途(いちづ)の川(かは)と云(い)つて、222お前(まへ)サン等(ら)の身魂(みたま)の洗濯(せんたく)をする処(ところ)だ。223二人(ふたり)の婆(ばば)がかたみ代(がは)りに、224往来(ゆきき)の人(ひと)の身魂(みたま)の皮(かは)を脱(ぬ)がして洗濯(せんたく)をする処(ところ)だ。225サア此処(ここ)へ来(き)たが幸(さいは)ひ、226真裸(まつぱだか)にして親譲(おやゆづ)りの皮(かは)を脱(ぬ)がして上(あ)げやう。227お前(まへ)の顔(かほ)は蕪(かぶら)の千枚漬(せんまいづけ)ぢやないか、228随分(ずゐぶん)厚(あつ)い皮(かは)だ。229サア一枚(いちまい)々々(いちまい)隙(ひま)がいつても仕様(しやう)がない、230年寄(としより)に苦労(くらう)を掛(か)けて困(こま)つた人(ひと)だな、231これもウラル彦(ひこ)の神(かみ)様(さま)の御(ご)命令(めいれい)ぢやから仕方(しかた)がないワ。232お前(まへ)等(ら)は三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)や信者(しんじや)であらう、233アヽ三五教(あななひけう)と云(い)ふやつは、234男子(なんし)ぢやとか女子(によし)ぢやとか吐(ぬか)して、235俺(おれ)達(たち)の世(よ)の中(なか)を奪(とら)うとする奴(やつ)ぢや。236お前(まへ)もその乾児(こぶん)だからエーイ出刄(でば)でも持(も)つて来(き)て、237その厚(あつ)い皮(かは)を剥(む)いて遣(や)らうかい。238男子(なんし)の方(はう)はまだしもだが女子(によし)と云(い)ふ奴(やつ)は瑞(みづ)の御魂(みたま)で、239カメリオンの様(やう)な代物(しろもの)だ。240アンナ奴(やつ)の立(た)てた教(をしへ)に呆(はう)けて、241まだそこら中(ぢう)に開(ひら)きに往(ゆ)くとは不都合(ふつがふ)千万(せんばん)、242エーイ腰(こし)の痛(いた)い事(こと)だワイ』
243と右手(みぎて)に出刄(でば)を持(も)ち左手(ひだりて)を握(にぎ)り、244腰(こし)の辺(あたり)を三(み)つ四(よ)つポンポン打(う)ちながら、
245婆(ばば)『アーエーイ、246腰(こし)の痛(いた)いこつちや』
247弥(や)『オイ貴様(きさま)はウラル教(けう)の悪神(あくがみ)の乾児(こぶん)だな。248道理(だうり)で星(ほし)の紋(もん)の付(つ)いた布団(ふとん)を着(き)たり、249羽織(はおり)まで星(ほし)の紋(もん)を着(つ)けてゐよるワイ、250コラ婆(ば)アサン貴様(きさま)こそ改心(かいしん)したらどうだい』
251婆(ばば)『エーイ八釜(やかま)しいワイ、252常世姫(とこよひめの)命(みこと)様(さま)のお台(だい)サンが病気(びやうき)で寝(ね)て御座(ござ)るのに、253何(なに)をガアガアと騒(さわ)ぐのだ。254神妙(しんめう)にせぬと十万(じふまん)億土(おくど)と云(い)ふ処(ところ)へ、255送(おく)り届(とど)けて万劫(まんがふ)末代(まつだい)この世(よ)へ上(あ)がれぬ様(やう)にして遣(や)らうか』
256与(よ)『何(なん)だ出刄(でば)を提(さ)げよつて、257強圧(きやうあつ)的(てき)に矢張(やつぱ)りウラル教(けう)はウラル式(しき)だ、258奥州(あうしう)安達(あだち)ケ原(はら)の鬼婆(おにばば)見(み)た様(やう)な奴(やつ)だなア。259貴様(きさま)はかうして此(この)川辺(かはべり)に巣(す)を構(かま)へよつて、260三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)や信者(しんじや)の身魂(みたま)を引抜(ひきぬ)く奴(やつ)ぢやな。261コレヤ、262その手(て)は喰(く)はぬぞ、263貴様(きさま)の身魂(みたま)をこなサンが引抜(ひきぬ)いてやらうか』
264婆(ばば)『何(なに)ほど八釜(やかま)しく、265じたばたしても恟(びく)とも動(うご)くものかい。266俺(おれ)は善(ぜん)の仮面(かめん)を被(かぶ)つてヱルサレムの宮(みや)に、267出入(しゆつにふ)をして居(を)つた常世姫(とこよひめの)命(みこと)の一(いち)の家来(けらい)の、268木常姫(こつねひめ)の生(うま)れ替(がは)りだぞ、269酢(す)でも蒟蒻(こんにやく)でも往(ゆ)く婆(ばば)でないぞ』
270弥(や)『貴様(きさま)は木常姫(こつねひめ)の生(うま)れ替(がは)りだな、271木常姫(こつねひめ)と云(い)ふ奴(やつ)は仕方(しかた)のない奴(やつ)だ』
272婆(ばば)『仕方(しかた)がなからう、273小鹿峠(こしかたうげ)の二十三(にじふさん)峠(たうげ)の上(うへ)で、274この婆(ばば)が貴様(きさま)を苦(くる)しめた事(こと)を覚(おぼ)えて居(を)るだらう、275恐(こわ)かつたか恐(おそ)れ入(い)つたか』
276弥(や)『エー何(なん)だか俺(おれ)の背(せ)に虻(あぶ)がとまつたかと思(おも)つたら、277貴様(きさま)だつたなア。278何(なに)をへらず口(ぐち)叩(たた)きよるのだ、279愚図(ぐづ)々々(ぐづ)吐(ぬか)すと言霊(ことたま)の発射(はつしや)だぞ』
280木(こ)『オホヽヽ、281仰有(おつしや)るワイ仰有(おつしや)るワイ、282あの時(とき)に日(ひ)の出別(でわけ)と云(い)ふ我楽多(がらくた)神(がみ)が出(で)て来(き)よつて、283いらぬチヨツカイを出(だ)しよるものだから、284戦(たたか)ひ利(り)あらず、285時(とき)非(ひ)なりと断念(だんねん)して、286茲(ここ)に第二(だいに)の作戦(さくせん)計画(けいくわく)を立(た)て、287手具脛(てぐすね)引(ひ)いて待(ま)つて居(ゐ)たのだ。288モウ斯(こ)うなつては此方(こつち)のものだ、289袋(ふくろ)の鼠(ねずみ)も同様(どうやう)、290これや此(この)出歯(でば)の言霊(ことたま)で霊(たま)なしにしてやらうか』
291弥(や)『アハヽヽヽヽ、292婆(ばば)の癖(くせ)に剛情(がうじやう)な奴(やつ)だなア。293貴様(きさま)のやうな奴(やつ)は屹度(きつと)死(し)んだら、294三途(せうづ)の川(かは)の脱衣婆(だついばば)の後任者(こうにんしや)となつて、295終身官(しうしんくわん)に任(にん)ぜられる代物(しろもの)だナ』
296婆(ばば)『オホヽヽヽ、297脱衣婆(だついばば)の役(やく)は俺(わし)の姉(あね)さまの役(やく)だよ、298わしは其(その)妹(いもうと)だ、299酢(す)でも蒟蒻(こんにやく)でも梃(てこ)でも棒(ぼう)でも、300いつかないつかな恟(びく)ともせぬ、301我(が)の強(つよ)い岩(いは)より堅(かた)いカンカンの鬼婆(おにばば)だ。302如何(いか)に三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)でも此(この)婆(ばば)には敵(かな)ふまい。303一遍(いつぺん)に行(ゆ)かねば、304二度(にど)でも三度(さんど)でも、305仮令(たとへ)十(じふ)年(ねん)百(ひやく)年(ねん)千(せん)年(ねん)かかつても、306貴様(きさま)の身魂(みたま)を抜(ぬ)き取(と)らな置(お)くものかい』
307弥(や)『何(なん)と執念(しふねん)深(ぶか)い婆(ばば)ぢやないか、308早(はや)く修羅(しゆら)の妄執(まうしふ)を晴(は)らしよらぬかい。309天国(てんごく)に往(ゆ)くのが好(よ)いか、310地獄(ぢごく)に行(ゆ)くのが好(よ)いか、311此処(ここ)は一(ひと)つ思案(しあん)の仕処(しどこ)ちやぞ』
312婆(ばば)『俺(おれ)は天国(てんごく)は大嫌(だいきら)ひぢや。313天国(てんごく)へ往(ゆ)かうとする奴(やつ)を片(かた)つ端(ぱし)から、314霊(たま)を抜(ぬ)いて地(ち)の底(そこ)へ送(おく)るのが、315俺(おれ)の役(やく)だ。316偽(にせ)の変性(へんじやう)男子(なんし)だぞ。317此処(ここ)に寝(ね)て居(ゐ)る常世姫(とこよひめ)の懸(かか)る肉体(にくたい)は、318偽(にせ)の日(ひ)の出神(でのかみ)ぢや、319竜宮(りうぐう)の乙姫(おとひめ)もタンマには憑(うつ)つて来(く)るぞ。320三五教(あななひけう)の奴(やつ)は、321日(ひ)の出神(でのかみ)を地(ぢ)に致(いた)して竜宮(りうぐう)の乙姫(おとひめ)殿(どの)のお活動(はたらき)で、322この世(よ)を水晶(すゐしやう)に致(いた)すとぬかしよつて威張(ゐば)つてをるが、323この世(よ)が水晶(すゐしやう)になつて耐(たま)るかい。324日(ひ)の出(で)の世(よ)になつたら、325俺(おれ)達(たち)の居(を)る処(ところ)は無(な)くなつてしまうワ、326それだから貴様(きさま)等(ら)のやうな馬鹿(ばか)正直(しやうぢき)な頓痴気(とんちき)野郎(やらう)や、327腰抜(こしぬ)け女(をんな)を鼠(ねずみ)が餅(もち)を引(ひ)くやうに、328チヨビリチヨビリと引張(ひつぱ)り込(こ)んで、329日(ひ)の出(で)の神(かみ)は此処(ここ)ぢや、330竜宮(りうぐう)の乙姫(おとひめ)も此処(ここ)に現(あら)はれて居(ゐ)ると、331三五教(あななひけう)の奴(やつ)を誑(たぶら)かして、332女子(によし)の霊魂(みたま)を困(こま)らしてやるのだ。333アハヽヽヽ、334気分(きぶん)の好(よ)い事(こと)ぢや、335心地(ここち)が好(よ)いワイ、336イヒヽヽヽ』
337勝(かつ)『ヨウ貴様(きさま)等(ら)は不届(ふとどき)至極(しごく)な婆(ばば)達(たち)ぢや、338最早(もはや)貴様(きさま)の口(くち)から自白(じはく)致(いた)した以上(いじやう)は、339弁解(べんかい)の辞(ことば)はあるまい。340曲津(まがつ)と云(い)ふ奴(やつ)は賢(かしこ)い様(やう)でも馬鹿(ばか)だなア、341蛙(かへる)は口(くち)から吾(われ)と吾手(わがて)に白状(はくじやう)致(いた)し居(を)つた。342アハヽヽヽ』
343婆(ばば)『ドウセ貴様(きさま)は只(ただ)で帰(かへ)す奴(やつ)ぢやないから、344俺(おれ)達(たち)の企(たく)みを隠(かく)す必要(ひつえう)もなし、345因果腰(いんぐわごし)を定(き)めて、346貴様(きさま)の霊(れい)を一々(いちいち)手渡(てわた)しせい。347愚図(ぐづ)々々(ぐづ)吐(ぬか)すと俺(おれ)が手(て)づから、348貴様(きさま)の土手腹(どてつぱら)へ此奴(こいつ)をグサリと突(つ)つ込(こ)み、349一抉(ひとえぐ)りに抉(えぐ)つて取(と)つてやるぞ』
350弥(や)『何(なに)を吐(ぬか)すのだ。351顋太(あごた)許(ばか)り叩(たた)きよつて、352脅(おど)したりすかしたり貴様(きさま)の奥(おく)の手(て)は好(よ)く分(わか)つて居(ゐ)るぞ』
353婆(ばば)『貴様(きさま)達(たち)は三五(さんご)の月(つき)の御教(みをしへ)だと吐(ぬか)して居(ゐ)るが、354その月(つき)は運(うん)の尽(つき)ぢや、355片割月(かたわれづき)ぢや、356ソンナ月(つき)が間(ま)に合(あ)ふか。
357十五夜(じふごや)に片割月(かたわれづき)はなきものを
358雲(くも)に隠(かく)れて此処(ここ)に半分(はんぶん)
359と云(い)ふ事(こと)を貴様(きさま)は知(し)つて居(ゐ)るか、360本当(ほんたう)の真如(しんによ)の月(つき)は、361此処(ここ)に半分(はんぶん)どころか、362丸(まる)で隠(かく)れて居(ゐ)るのだ、363切(き)れてばらばら扇(あふぎ)の要(かなめ)だ。364三五教(あななひけう)は自在天(じざいてん)と盤古(ばんこ)大神(だいじん)の系統(けいとう)の神(かみ)に、365ばらばらに骨(ほね)を抜(ぬ)かれよつたぢやないか、366肝腎(かんじん)の要(かなめ)は此処(ここ)に握(にぎ)つて居(ゐ)るのぢや。367神(かみ)の奥(おく)には奥(おく)があり、368その又(また)奥(おく)には奥(おく)がある、369その又(また)奥(おく)に奥(おく)がある、370昔々(むかしむかし)去(さ)る昔(むかし)、371ま一(ひと)つ昔(むかし)の其(その)昔(むかし)、372その又(また)昔(むかし)の大昔(おほむかし)から、373この世(よ)を自由(じいう)に致(いた)さうと思(おも)うて、374八頭(やつがしら)八尾(やつを)の大神(おほかみ)様(さま)や、375金毛(きんまう)九毛(きうび)のお稲荷(いなり)様(さま)、376酒呑(しゆてん)童子(どうじ)のお身魂(みたま)様(さま)が、377この一途(いちづ)の川(かは)の片傍(かたほとり)に、378仕組(しぐみ)を致(いた)して居(を)るのを知(し)らぬか。379好(い)い加減(かげん)に目(め)を醒(さ)まして、380魂(たましひ)をこちらへ潔(いさぎよ)く渡(わた)して、381生(うま)れ赤子(あかご)になつて悪神(あくがみ)の眷族(けんぞく)にならぬかい』
382弥(や)『アハヽヽ、383コラ二人(ふたり)の婆(ばば)、384何(なに)を劫託(がふたく)ほざきよるのだ。385勿体(もつたい)なくも五六七(みろく)大神(おほかみ)様(さま)が地(ち)の高天原(たかあまはら)に顕現(けんげん)なされた以上(いじやう)は、386何程(なんぼ)貴様(きさま)等(ら)が火(ひ)になり蛇(じや)になり猿(さる)になり狼(おほかみ)になり狸(たぬき)になり、387或(あるひ)は大蛇(おろち)、388狐(きつね)、389鬼(おに)になつて、390黄糞(かにここ)をこいて藻掻(もが)いたつて駄目(だめ)だぞ。391一(いち)日(にち)も早(はや)く改心(かいしん)を致(いた)したがよからう』
392婆(ばば)『イヤイヤ、393誰(たれ)が何(なん)と言(い)うても、394仮令(たとへ)百遍(ひやつぺん)や二百遍(にひやつぺん)、395生命(いのち)がなくなつても、396誠(まこと)の道(みち)は嫌(きら)ひだ。397誠(まこと)の道(みち)と見(み)せ掛(か)けて悪(あく)を働(はたら)くのが俺(おれ)達(たち)の身魂(みたま)の性来(しやうらい)だ。398金(きん)は何処(どこ)までも金(きん)ぢや、399瓦(かはら)は何処迄(どこまで)も瓦(かはら)ぢや。400俺(おれ)達(たち)は善(ぜん)の仮面(かめん)を被(かぶ)つて、401高(たか)い処(とこ)へとまつて、402熱(あつ)さ寒(さむ)さも知(し)らず顔(がほ)に、403世界(せかい)の奴(やつ)を睨(にら)み下(お)ろして居(ゐ)る鬼瓦(おにがはら)ぢやぞ』
404与(よ)『こりや鬼婆(おにばば)、405イヤ鬼瓦(おにがはら)、406道理(だうり)で冷酷(れいこく)な奴(やつ)ぢやと思(おも)うて居(を)つた』
407婆(ばば)『定(きま)つた事(こと)だ、408俺(おれ)達(たち)の眷属(けんぞく)や系統(ひつぽう)のものが世界(せかい)の奴(やつ)の霊(みたま)をスツクリ引抜(ひきぬ)いて、409鬼瓦(おにがはら)の霊(みたま)と入替(いれか)へをして置(お)いたから、410世(よ)の中(なか)の奴(やつ)は皆(みな)冷酷(れいこく)無残(むざん)な動物霊(どうぶつれい)になつて、411餓鬼(がき)修羅(しゆら)畜生(ちくしやう)の境遇(きやうぐう)になり、412優勝(いうしよう)劣敗(れつぱい)、413弱肉(じやくにく)強食(きやうしよく)の体主(たいしゆ)霊従(れいじう)的(てき)非行(ひかう)を盛(さか)んに続(つづ)けて居(ゐ)るのだ。414最早(もはや)三千(さんぜん)世界(せかい)は九分(くぶ)九厘(くりん)まで、415俺(おれ)の心(こころ)の儘(まま)に曇(くも)つて来居(きを)つたが、416困(こま)るのはモウ一輪(いちりん)の所(ところ)だ。417変性(へんじやう)男子(なんし)の身魂(みたま)はどうなつとして、418チヨロマカして来(き)たが、419歯切(はぎ)れのせぬのは金勝要(きんかつかね)の神魂(かむみたま)だ。420そこへ我(が)の強(つよ)い変性(へんじやう)女子(によし)の御魂(みたま)や、421木(こ)の花(はな)咲耶姫(さくやひめ)の御魂(みたま)が出(で)しやばりよつて、422俺(おれ)達(たち)の仕組(しぐみ)の邪魔(じやま)をさらすものだから、423多勢(おほぜい)の者(もの)の難儀(なんぎ)と云(い)ふたら、424口(くち)で言(い)ふやうなものでないワイ。425貴様(きさま)等(ら)も変性(へんじやう)女子(によし)やら木(こ)の花姫(はなひめ)の、426霊主(れいしゆ)体従(たいじゆう)の教(をしへ)を開(ひら)きに廻(まは)つて、427俺(おれ)等(たち)の邪魔(じやま)をする奴(やつ)ぢや。428何(なん)と云(い)つても貴様(きさま)の霊(みたま)を引抜(ひきぬ)かねば、429常世姫(とこよひめの)命(みこと)に対(たい)して申訳(まをしわけ)が立(た)たず、430第一(だいいち)盤古(ばんこ)大神(だいじん)や自在天(じざいてん)様(さま)に申訳(まをしわけ)がないワイ。431婆(ば)アの一心(いつしん)岩(いは)をも突貫(つきぬ)く、432いい加減(かげん)に因果腰(いんぐわごし)を据(す)ゑたが好(よ)からうぞ。433イヒヽヽヽヽ』
434勝(かつ)『ヤアこの婆(ばば)、435貴様(きさま)はよつぽど因縁(いんねん)の悪(わる)い奴(やつ)だ。436本当(ほんたう)にこの世界(せかい)がほしいか、437執着心(しふちやくしん)のきつい奴(やつ)だ』
438婆(ばば)『ほしいワほしいワ、439欲(ほ)しい印(しるし)に星(ほし)の紋(もん)が附(つ)けてあるのも知(し)らぬかい。440星(ほし)の紋(もん)は米(べい)の紋(もん)ぢやぞ。441それが欲(ほ)しいばつかりに夜昼(よるひる)なしにやきやきして居(ゐ)るのぢや、442オーン オーン アーン アーン、443何(なん)でもかでも欲(ほ)しいワイ欲(ほ)しいワイ。444三五教(あななひけう)はどうしてもやめてほしい、445此方(こつち)の方(はう)へ魂(みたま)を渡(わた)して欲(ほ)しい、446是丈(これだ)け梅干婆(うめぼしばば)にほしいほしいが重(かさ)なつて、447目(め)にまで星(ほし)が這入(はい)つたワイ。448蛙(かへる)の干乾(ひぼし)の様(やう)な痩(やせ)た身体(からだ)になつても、449それでもまだ欲(ほ)しいワイ。450欲(よく)に呆(ほう)けた為(ため)に俺(おれ)の着物(きもの)も梅雨(つゆ)が来(き)て、451アチラコチラに星(ほし)が入(い)つて来(き)た、452早(はや)う土用(どよう)が来(き)てほしいワイ、453土用干(どようぼし)でもせな星(ほし)がとれぬワイ』
454弥(や)『コラ婆(ば)アサン、455その星(ほし)を取(と)つたが好(よ)いのか、456とらぬが好(よ)いか、457どつちやか返答(へんたふ)が一寸(ちよつと)きかしてほしいワイ』
458婆(ばば)『着物(きもの)の星(ほし)は取(と)つてほしいが、459俺(おれ)のほしいは取(と)つてはならぬワイ』
460与(よ)『イヤア此(この)婆(ばば)、461五右衛門(ごゑもん)風呂(ぶろ)の蓋(ふた)のやうな事(こと)を吐(ほざ)きよるな、462入(い)るときに要(い)らぬ、463入(い)らぬときに要(い)る風呂(ふろ)の蓋(ふた)だ。464オイ風呂蓋(ふろふた)婆(ばば)、465梅干婆(うめぼしばば)、466貴様(きさま)も棺桶(くわんをけ)に片足(かたあし)突込(つつこ)んで居(を)つて、467好(い)い加減(かげん)に我(が)を折(を)つたらどうだい。468ほしい、469おしい、470可愛(かあい)い、471憎(にく)い、472欲(よく)に高慢(かうまん)、473恨(うら)めしい、474苦(くる)しい八(やつ)つの埃(ほこり)と吐(ぬ)かす十九(じふく)世紀(せいき)の転理数(てんりけう)のやうな奴(やつ)だな』
475婆(ばば)『エーエー言(い)はして置(お)けば止(と)め度(ど)なく、476痢病(りびやう)患者(くわんじや)のやうにビリビリとよう垂(た)れる奴(やつ)ぢや。477くだらぬ理屈(りくつ)を管々(くだくだ)しく垂(た)れ流(なが)してエヽ汚苦(むさくる)しいワイ。478何(なに)も彼(か)も綺麗(きれい)さつぱり御(お)塵(ちり)払(はら)ひをして、479この婆(ばば)に根(ね)こそげ奉納(ほうなふ)しよらぬかい。480愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して居(を)ると、481俺(おれ)の方(はう)から行動(かうどう)を開始(かいし)するぞ。482コレコレ常世姫(とこよひめ)の神(かみ)、483もう起(お)きてもよかろう、484サア早(はや)く起(お)きて下(くだ)さい、485二人(ふたり)寄(よ)つて此奴(こいつ)等(ら)四(よ)人(にん)を真裸(まつぱだか)にして、486ソツと猫糞(ねこばば)をキメやうかいな』
487 伏婆(ふしばば)むくむくと起(お)き上(あが)り、
488婆(常世姫)『ヤア最前(さいぜん)から病人(びやうにん)と詐(いつ)はり、489様子(やうす)を考(かんが)へて居(を)れば、490ようマア理屈(りくつ)を垂(た)れる娑婆(しやば)亡者(まうじや)、491此処(ここ)は三五教(あななひけう)の女子(によし)の系統(ひつぽう)の魂(みたま)がほしさに、492寝(ね)ても起(お)きても一途(いちづ)の川(かは)の脱衣婆(だついば)アサンぢや、493車(くるま)の両輪(りやうりん)、494飯(めし)食(く)ふ箸(はし)、495人間(にんげん)の二本(にほん)のコンパス、496両方(りやうはう)からばばとばばが狹(はさ)み打(う)ちをしてやる、497サアどうぢや』
498 四(よ)人(にん)一度(いちど)に身構(みがま)へをなし、
499四人『ヤア何(なん)と吐(ほざ)いた、500サア来(こ)い勝負(しようぶ)』
501と手(て)に唾(つばき)し、502グツと睨(にら)み付(つ)けた。503婆(ばば)は手(て)に手(て)に出刄(でば)をひらめかし、504突(つ)いて掛(かか)るを四(よ)人(にん)は汗(あせ)みどろになつて、505前後(ぜんご)左右(さいう)に身(み)を躱(かは)し、506奮戦(ふんせん)格闘(かくとう)すること殆(ほとん)ど半時(はんとき)ばかり、507勝彦(かつひこ)は常世姫(とこよひめ)の出刄(でば)に、508腰骨(こしぼね)をグサリと突(つ)かれた途端(とたん)に目(め)を覚(さ)ませば、509豈(あに)図(はか)らむや一行(いつかう)四(よ)人(にん)は二十五(にじふご)峠(たうげ)の麓(ふもと)の谷底(たにそこ)に風(かぜ)に吹(ふ)かれて落(お)ちこみ居(ゐ)たりける。
510(大正一一・三・二五 旧二・二七 谷村真友録)
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