霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第八章 泥(どろ)の川(かは)〔五五八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第14巻 如意宝珠 丑の巻 篇:第2篇 幽山霊水 よみ(新仮名遣い):ゆうざんれいすい
章:第8章 泥の川 よみ(新仮名遣い):どろのかわ 通し章番号:558
口述日:1922(大正11)年03月24日(旧02月26日) 口述場所: 筆録者:谷村真友 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年11月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
弥次彦と勝彦は、三途の川のほとりにいた。弥次彦は勝手知った脱衣婆の小屋を訪ね、夫婦気取りで気安く脱衣婆を呼び出すが、脱衣婆は弥次彦の現界での行いをあげつらって非難をし始めた。
脱衣婆は綿々と説教を垂れるが、最後に弥次彦のようなヤンチャを地獄に通すと、閻魔大王から叱られるのが恐い、と本音を吐く。弥次彦はますます調子に乗って、吹きだす。勝公が横から茶々を入れる。
さんざんおかしな問答を交わした後、脱衣婆は与太彦や六が探しているから、娑婆に帰るように、と諭す。また、芝居口調でコーカス山やアーメニヤの分け目の戦いに参加せずに幽界に戻ってくるなら、このあばら家には入れない、とふざける。弥次彦、勝公も調子に乗って合いの手を入れる。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2020-12-26 18:11:57 文字数:7171 OBC :rm1408
愛善世界社版:131頁 八幡書店版:第3輯 205頁 修補版: 校定版:136頁 普及版:61頁 初版: ページ備考:
001 果(はて)しも知(し)れぬ枯野原(かれのはら)、002神(かみ)の恵(めぐみ)も嵐(あらし)吹(ふ)く、003濁(にご)り切(き)りたる川(かは)の辺(べ)に、004二人(ふたり)は漸(やうや)く着(つ)きにける。
005弥(や)『ヤ、006何(なん)だい、007又(また)もや幽界(いうかい)へ逆転(ぎやくてん)旅行(りよかう)だな、008オウ此処(ここ)は三途(せうづ)の川(かは)だ。009勝公(かつこう)、010ナンデもこの辺(へん)に俺(おれ)のなじみの頗(すこぶ)る別嬪(べつぴん)が、011楽隠居(らくいんきよ)をやつて居(ゐ)る筈(はず)だがナア』
012勝(かつ)『弥次彦(やじひこ)サン、013此処(ここ)はどうやら娑婆気(しやばけ)の離(はな)れた処(ところ)のやうですなア、014小鹿峠(こしかたうげ)を暴風(ばうふう)に梳(くしけ)づり、015突貫(とつくわん)の最中(さいちう)何(なん)だか気(き)が変(へん)になつたと思(おも)つたが最後(さいご)、016局面(きよくめん)忽(たちま)ち一変(いつぺん)して草(くさ)茫々(ばうばう)たる枯野原(かれのはら)になつて居(ゐ)る、017別(べつ)に飛行機(ひかうき)に乗(の)つた覚(おぼ)えもないのに、018何時(いつ)の間(ま)にコンナ処(ところ)に来(き)ただらう、019哲学者(てつがくしや)たら云(い)ふ奴(やつ)の好(よ)く云(い)ふ夢中(むちう)遊行(いうかう)でも遣(や)つたのぢやあるまいか。020誰(たれ)か催眠術(さいみんじゆつ)の上手(じやうず)な奴(やつ)を連(つ)れて来(き)て、021早(はや)く覚醒(かくせい)でもさして呉(く)れないと、022まかり間違(まちが)へば幽界(いうかい)旅行(りよかう)となるかも知(し)れないなア』
023弥(や)『知(し)れないも何(なに)もあつたものか、024正(まさ)に幽界(いうかい)旅行(りよかう)だ、025此処(ここ)は三途(せうづ)の川(かは)の渡場(わたしば)だよ』
026勝(かつ)『それにしては、027婆(ばば)アが居(を)らぬじやないか』
028弥(や)『この頃(ごろ)は物価(ぶつか)騰貴(とうき)で収支(しうし)償(つぐな)はぬと見(み)えて、029廃業(はいげふ)しよつたのだらうよ、030それよりもマア俺(おれ)の昔(むかし)なじみの別嬪(べつぴん)が囲(かこ)つて在(あ)るのだ、031それに面会(めんくわい)さして遣(や)らうかい』
032勝(かつ)『貴様(きさま)は何処(どこ)までも弥次(やじ)式(しき)だな、033処(ところ)もあらうに怪態(けたい)の悪(わる)い、034三途(せうづ)の川(かは)の傍(ほとり)に妾宅(せふたく)を構(かま)へると云(い)ふ事(こと)があるものかい』
035弥(や)『それでも向(むか)ふが妾宅(せふたく)したのだから仕方(しかた)がないさ。036新月(しんげつ)の眉(まゆ)濃(こま)やかに、037緑(みどり)したたる眼(め)の光(ひか)り、038鼻(はな)の恰好(かつかう)から口(くち)の恰好(かつかう)、039ホンノリとした桃色(ももいろ)の頬(ほつぺた)、040それはそれは何(なに)ともかとも云(い)へぬ逸品(いつぴん)だよ』
041勝(かつ)『ヨウ、042ソンナ逸品(いつぴん)があるのか、043俺(おれ)にもいつぴん見(み)せて呉(く)れぬかい』
044弥(や)『洒落(しやれ)ない、045これから千騎(せんき)一騎(いつき)だよ、046青(あを)、047黒(くろ)、048赤(あか)、049白(しろ)、050橄欖(かんらん)、051種々(しゆじゆ)雑多(ざつた)の百鬼(ひやくき)千鬼(せんき)万鬼(ばんき)と格闘(かくとう)をせなければならないのだ。052アハヽヽヽヽ』
053勝(かつ)『何者(なにもの)が現(あら)はれ来(きた)るとも、054神変(しんぺん)不可思議(ふかしぎ)の言霊(ことたま)の武器(ぶき)を使用(しよう)すれば大丈夫(だいぢやうぶ)だ、055夫(それ)よりも早(はや)くその逸品(いつぴん)とやらを、056御(ご)高覧(かうらん)に供(そな)へ奉(まつ)らぬかい』
057弥(や)『よしよし驚(おどろ)くな、058随分(ずゐぶん)別嬪(べつぴん)だぞ、059一度(いちど)お顔(かほ)を拝(をが)んだが最後(さいご)、060万劫(まんご)末代(まつだい)五六七(みろく)の代(よ)までも忘(わす)れることの出来(でき)ないやうな、061すごい様(やう)な恐(おそ)ろしい別嬪(べつぴん)だ。062一寸(ちよつと)俺(おれ)に随(つ)いて来(こ)い、063それ其処(そこ)に見越(みこ)しの松(まつ)といふ小(こ)ちんまりとした、064妾宅(せふたく)があると思(おも)つたのは夢(ゆめ)だ、065茅葺(かやぶき)の雪隠(せんち)小屋(ごや)のやうな中(なか)に、066今頃(いまごろ)はビイビイチヨンだ』
067勝(かつ)『怪体(けたい)な言(こと)を云(い)ふぢやないか、068何(なに)がビイビイチヨンだい』
069 弥次彦(やじひこ)は藁小屋(わらごや)の戸(と)の隙(すき)より一寸(ちよつと)覗(のぞ)いて、
070弥(や)『ヤー御(ご)機嫌(きげん)だなア、071また遣(や)つて来(き)ました、072オツトドツコイ女房(にようばう)の脱衣場(だついば)のお婆(ば)アサン、073二世(にせ)の夫(つま)天下(てんか)一品(いつぴん)の色黒(いろくろ)い男(をとこ)、074弥次彦(やじひこ)サンだ、075早(はや)う戸(と)を開(あ)けぬかい』
076 藁小屋(わらごや)の中(なか)より、
077婆『エーエーまた来(き)たのか、078よう踏(ふ)み迷(まよ)ふて来(く)る餓鬼(がき)だな、079この川(かは)は一遍(いつぺん)渡(わた)つたら渡(わた)る事(こと)の出来(でき)ぬ三途(せうづ)の川(かは)だのに、080何(なに)しに娑婆(しやば)から冥土(めいど)に踏(ふ)み迷(まよ)ふて来(く)るのだい、081娑婆(しやば)の幽霊(いうれい)奴(め)が』
082弥(や)『コラコラ夫婦(ふうふ)と云(い)ふものは、083ソンナ水臭(みづくさ)いものぢやないぞ、084三途(せうづ)の川(かは)と云(い)ふからは三度(さんど)までは、085渡(わた)るのは当(あた)り前(まへ)だ。086飯(めし)でも一(いち)日(にち)に三度(さんど)は食(く)はねばその日(ひ)が暮(く)れぬのだ、087娑婆(しやば)の幽霊(いうれい)とはそれや何(なに)をぬかしよるのだい』
088婆(ばば)『お前(まへ)は娑婆(しやば)の幽霊(いうれい)だよ、089幽霊(いうれい)会社(くわいしや)に首(くび)を突(つ)き出(だ)したり、090幽霊株(いうれいかぶ)を振(ふ)り廻(まは)したり、091これやちつと有利得(いうりえ)の株(かぶ)だと云(い)へば、092欲(よく)の皮(かは)を突(つ)つ張(ぱ)つて、093身魂(みたま)を汚(けが)し、094女房(にようばう)子供(こども)に苦労(くらう)をさせ、095世間(せけん)の奴(やつ)に迷惑(めいわく)をかけ、096どうして娑婆(しやば)に立(た)つて行(ゆ)けやうかなぞと、097腰(こし)から足(あし)の無(な)い奴(やつ)の様(やう)に、098藻掻(もが)きよつて宙(ちう)ぶらりの影(かげ)の薄(うす)い代物(しろもの)だ。099娑婆(しやば)の幽霊(いうれい)と云(い)ふたのが何(なに)が不思議(ふしぎ)だい。100幽冥界(いうめいかい)には貴様(きさま)のやうな亡者(まうじや)は一人(ひとり)も居(を)らないぞ、101学亡者(がくまうじや)の親方(おやかた)奴(め)が』
102弥(や)『コリヤ婆(ばば)ア、103それや何(なに)ぬかしよるのだ、104女房(にようばう)が老爺(おやぢ)をぼろ糞(くそ)に言(い)ふと云(い)ふ事(こと)があるものか、105貞操(ていさう)と云(い)ふ事(こと)を知(し)つて居(ゐ)るか、106不貞腐(ふてくさ)れ婆(ばば)奴(め)が』
107婆(ばば)『不貞腐(ふてくされ)とは何(なん)だ、108女(をんな)ばかりが不貞腐(ふてくさ)れぢやない、109男(をとこ)の奴(やつ)にも沢山(たくさん)不貞腐(ふてくさ)れがあるぢやないか。110貴様(きさま)は何(なん)だ、111娑婆(しやば)に居(を)つて彼方(あちら)へ小便(せうべん)ひつかけ、112此方(こちら)へ糞(くそ)をひつかけ、113隣(となり)の嬶(かか)をチョロマカシ、114近所(きんじよ)の娘(むすめ)を誑(たぶら)かし、115嬶(かか)アが古(ふる)くなつたと云(い)つては、116博労(ばくらう)が馬(うま)か牛(うし)を入(い)れ替(かへ)する様(やう)に、117人間(にんげん)を畜生(ちくしやう)か機械(きかい)の様(やう)な扱(あつかひ)をしよつて、118不貞腐(ふてくさ)れの張本(ちやうほん)奴(め)が。119この婆(ばば)は斯(こ)う見(み)えても地獄(ぢごく)開設(かいせつ)以来(いらい)、120この川端(かはばた)で規則(きそく)を守(まも)つて職務(しよくむ)忠実(ちうじつ)に勤(つと)めて居(ゐ)るのぢや、121貴様(きさま)のやうに月給(げつきふ)が高(たか)いの安(やす)いの、122此処(ここ)は辛度(しんど)いの楽(らく)だのと、123猫(ねこ)の目(め)のやうにクレクレと変(かは)りよつて落着(おちつ)きのない我楽多(がらくた)人間(にんげん)とは、124チート訳(わけ)が違(ちが)ふのだよ。125又(また)しても又(また)しても、126この婆(ばば)に厄介(やくかい)をかけよつて、127モウ好(よ)い加減(かげん)に退却(たいきやく)せい、128貴様(きさま)の来(く)るのはモチツト早(はや)いワ。129此処(ここ)へ来(く)るのは、130娑婆(しやば)の罪(つみ)を亡(ほろ)ぼした奴(やつ)の来(く)る所(ところ)だ。131貴様(きさま)は罪悪(ざいあく)の借金(しやくきん)を沢山(たくさん)積(つ)んで居(を)るから、132モツトモツト苦(くる)しい目(め)をしてから出(で)て来(く)るのだ。133罪悪(ざいあく)の借金(しやくきん)を娑婆(しやば)へ残(のこ)して、134コンナ処(ところ)へ逃(に)げて来(く)るとは、135余(あんま)り狡(ずる)いぢやないか、136薄志(はくし)弱行(じやくかう)にも程(ほど)があるワ、137この三途(せうづ)の川(かは)はドンナ所(ところ)だと思(おも)つて居(を)るか、138貴様(きさま)の身魂(みたま)を洗濯(せんたく)する所(どころ)かい、139天(てん)で言(い)へば天(あめ)の安河(やすかは)も同様(どうやう)な処(ところ)ぢやぞ』
140弥(や)『エー八釜敷(やかまし)い、141口(くち)の好(よ)い嬶(かか)だ、142女(をんな)賢(さか)しうて牛(うし)売(う)りそこなふと云(い)ふ事(こと)がある、143折角(せつかく)夫婦(ふうふ)になつてやつたが、144今日(けふ)限(かぎ)り三(み)くだり半(はん)をやるから覚悟(かくご)せい、145夫婦(ふうふ)喧嘩(げんくわ)は犬(いぬ)でも喰(く)はぬと云(い)ふが、146この弥次彦(やじひこ)サンはソンナ執着心(しふちやくしん)のある男(をとこ)ぢやないぞ』
147婆(ばば)『誰(たれ)が弥次彦(やじひこ)の女房(にようばう)になると云(い)つたか、148貴様(きさま)が勝手(かつて)に此(この)前(まへ)に踏(ふ)み迷(まよ)ふて来(き)た時(とき)に、149わしの名(な)は弥次彦(やじひこ)だから、150お前(まへ)の老爺彦(おやぢひこ)だと言(い)ひよつて、151自分(じぶん)一人(ひとり)できめたのでないか、152正式(せいしき)結婚(けつこん)でもなけりや、153自由(じいう)結婚(けつこん)でもない、154貴様(きさま)の方(はう)は何(なに)ほど縁談(えんだん)を申込(まをしこ)んでも、155此方(こちら)の方(はう)から真平(まつぴら)御免(ごめん)だ、156肱鉄(ひぢてつ)だ。157この広(ひろ)い幽冥(いうめい)世界(せかい)に貴様(きさま)の女房(にようばう)になる奴(やつ)は、158半人(はんにん)でも四半人(しはんにん)でも在(あ)ると思(おも)ふか、159余(あんま)り自惚(うぬぼれ)するない、160罪悪(ざいあく)に満(み)ちた娑婆(しやば)でさへも、161愛想(あいさう)をつかされた結果(けつくわ)、162コンナ結構(けつこう)な地獄(ぢごく)に出(で)て来(き)よつて、163女房(にようばう)ぢやの、164ヘツたくれぢやのと、165何(なに)を劫託(がふたく)云(い)ふのぢや、166此処(ここ)に釘(くぎ)抜(ぬ)きがあるから、167舌(した)でも抜(ぬ)いてやらうかい』
168弥(や)『コラ古婆(ふるばば)、169それや何(なに)を吐(ぬか)しよるのだ、170貴様(きさま)は世間(せけん)見(み)ずだから、171ソンナ馬鹿(ばか)な事(こと)を言(い)ふのだ。172廿四(にじふし)世紀(せいき)の今日(こんにち)に、173原始(げんし)時代(じだい)のやうな、174古(ふる)い頭(あたま)を持(も)つてゐるから判(わか)らぬのだ、175今日(こんにち)の娑婆(しやば)を何(なん)と考(かんが)へて居(ゐ)る、176天国(てんごく)浄土(じやうど)の完成(くわんせい)時代(じだい)だ。177中空(ちうくう)を翔(か)ける飛行機(ひかうき)飛行船(ひかうせん)はすでに廃物(はいぶつ)となり、178天(あま)の羽衣(はごろも)と云(い)ふ精巧(せいかう)無比(むひ)の機械(きかい)が発明(はつめい)され、179汽車(きしや)は宙(ちう)を走(はし)つて一(いち)時間(じかん)に五百(ごひやく)哩(マイル)といふ速力(そくりよく)だ、180蓮華(れんげ)の花(はな)は所(ところ)狭(せま)きまで咲(さ)き乱(みだ)れ、181何(なん)ともかとも知(し)れない黄金(わうごん)世界(せかい)が現出(げんしゆつ)して居(を)るのだ。182それに貴様(きさま)は開闢(かいびやく)の昔(むかし)から涎掛(よだれかけ)を沢山(たくさん)首(くび)にかけて道端(みちばた)にチヨコナンと、183番卒(ばんそつ)の役(やく)を勤(つと)めて居(を)る奴(やつ)の様(やう)に、184コンナちつぽけな雪隠(せんち)小屋(ごや)に焦附(こげつ)きよつて、185娑婆(しやば)が何(ど)うだの斯(こ)うだのと云(い)ふ資格(しかく)があるか、186廿四(にじふし)世紀(せいき)の兄(にい)サンだぞ』
187婆(ばば)『さうかいやい、188それほど娑婆(しやば)が結構(けつこう)なら、189なぜ娑婆(しやば)に居(を)つて苦業(くげふ)をせぬのかい、190ナンボ開(ひら)けたと言(い)つても、191日輪(にちりん)様(さま)が二(ふた)つも三(みつ)つも出(で)てをる筈(はず)もなからう、192何時(いつ)も何時(いつ)も満月(まんげつ)許(ばか)りと云(い)ふ訳(わけ)にも行(ゆ)くまい、193五十六(ごじふろく)億(おく)七千万(しちせんまん)年(ねん)の昔(むかし)から変(かは)らぬものは誠(まこと)許(ばか)りだ。194どうだ貴様(きさま)は物質(ぶつしつ)的(てき)の欲望(よくばう)とか、195文明(ぶんめい)とか云(い)ふ奴(やつ)に眩惑(げんわく)されよつて、196視力(しりよく)を失(うしな)つたのだらう、197資力(しりよく)がなくては娑婆(しやば)に居(を)つたとて、198会社(くわいしや)の一(ひと)つも立(た)ちはせぬぞ、199株券(かぶけん)買(か)ふと云(い)つたつて、200株(かぶ)の一(いち)枚(まい)も買(か)へはしまい、201貴様(きさま)は二十四(にじふし)世紀(せいき)だと云(い)ふて威張(ゐば)つて居(を)るが、202十五万(じふごまん)年(ねん)ほど昔(むかし)の過去(くわこ)となつて居(を)るのが分(わか)らないか、203今(いま)は一万(いちまん)八千(はつせん)世紀(せいき)だぞ、204古(ふる)い奴(やつ)だなア』
205弥(や)『オイ婆(ば)アサン、206一寸(ちよつと)待(ま)つて呉(く)れ、207俺(おれ)は紀元前(きげんぜん)五十万(ごじふまん)年(ねん)の昔(むかし)に、208娑婆(しやば)に現(あら)はれて大活動(だいくわつどう)を続(つづ)け、209ついたつた今(いま)、210小鹿峠(こしかたうげ)を宣伝歌(せんでんか)を謳(うた)つて通(とほ)つた様(やう)に思(おも)ふが、211何(なん)だ、212それから十万(じふまん)年(ねん)も暮(く)れたとは、213一寸(ちよつと)合点(がつてん)が行(ゆ)かぬワイ』
214婆(ばば)『光陰(くわういん)は矢(や)の如(ごと)しだと、215十八(じふはつ)世紀(せいき)の豆人間(まめにんげん)が吐(ほざ)き居(を)つたが、216光陰(くわういん)の立(た)つのはソンナ遅(おそ)いものぢやない、217ヂヤイロコンパスが一(いつ)分間(ぷんかん)に八千(はつせん)回転(くわいてん)を廻(まは)る様(やう)に、218世(よ)の中(なか)は貴様(きさま)の様(やう)な分(わか)らぬ奴(やつ)には頓着(とんちやく)なしに、219ドシドシと進行(しんかう)して行(ゆ)くのだ。220貴様(きさま)も罪(つみ)の決算期(けつさんき)が来(く)るまで、221まア一度(いちど)娑婆(しやば)へ帰(かへ)つて、222苦労(くらう)をして来(く)るが可(よ)からうぞ。223一時(いつとき)でも早(はや)く帰(かへ)つて民衆(みんしう)運動(うんどう)でもやつて、224ポリスの御(ご)厄介(やくかい)にでもなつて来(こ)い、225さうせないと貴様(きさま)の罪(つみ)は重(おも)いから、226この三途(せうづ)の川(かは)を渡(わた)るが最後(さいご)石仏(いしぼとけ)を放(はう)り込(こ)んだ様(やう)にブルブルとも何(なん)とも言(い)はずに寂滅(じやくめつ)為楽(ゐらく)だよ』
227弥(や)『オツト待(ま)つた、228一旦(いつたん)亡者(まうじや)になつたものが、229また川(かは)へはまつて、230寂滅(じやくめつ)為楽(ゐらく)と云(い)ふ事(こと)があつてたまるかい、231訳(わけ)の分(わか)らぬ婆(ばば)だなア』
232婆(ばば)『貴様(きさま)は分(わか)らぬ訳(わけ)だ、233娑婆(しやば)の奴(やつ)は二重(にぢう)転売(てんばい)と吐(ぬ)かして、234一遍(いつぺん)売(う)りよつて二度(にど)売(う)つたり仕様(しやう)もない六〇六(ろくぴやくろく)号(がう)の御(ご)厄介(やくかい)にならねばならぬ様(やう)な腐(くさ)れ女(をんな)に、235涎(よだれ)を垂(た)らしながら揚句(あげく)の果(は)てには二次会(にじくわい)とか三次会(さんじくわい)とか吐(ぬ)かして騒(さわ)ぐぢやないか。236それさへあるに一夫(いつぷ)一婦(いつぷ)の天則(てんそく)を破(やぶ)り、237第一(だいいち)夫人(ふじん)第二(だいに)夫人(ふじん)だの、238第一(だいいち)妾宅(せふたく)だの第二(だいに)第三(だいさん)、239何々(なになに)妾宅(せふたく)だのと洒落(しやれ)よつて、240体主(たいしゆ)霊従(れいじう)のありつ丈(た)けを尽(つく)して居(ゐ)る虫(むし)けらの如(や)うな人間(にんげん)許(ばか)りだらう。241現界(げんかい)の事(こと)は直(ただち)に幽界(いうかい)に写(うつ)るのだ、242一遍(いつぺん)死(し)んだ位(くらゐ)ぢや死太(しぶと)い身魂(みたま)が、243仲々(なかなか)改心(かいしん)いたさぬから今(いま)一遍(いつぺん)出直(でなほ)し、244それでも改心(かいしん)せずば三遍(さんぺん)四遍(しへん)と何遍(なんべん)でも焼(や)き滅(ほろぼ)すのだ。245貴様(きさま)は娑婆(しやば)で廿(にじつ)世紀(せいき)頃(ごろ)に始(はじ)まつた三五教(あななひけう)の教(をしへ)を聞(き)いてゐるだらう、246改心(かいしん)をいたさねば何遍(なんべん)でも、247身魂(みたま)を焼(や)いて遣(や)るぞよと云(い)ふことがあるだらう、248今(いま)の娑婆(しやば)の奴(やつ)は一度(いちど)死(し)んだら、249二度(にど)は死(し)なないと、250多寡(たくわ)をくくつて居(ゐ)やがるが、251一度(いちど)あつた事(こと)は、252二度(にど)も三度(さんど)もあるものだぞ、253何遍(なんべん)でも死(し)なねばならないぞ』
254弥(や)『ヤア、255文明(ぶんめい)の風(かぜ)がコンナ所(ところ)まで吹(ふ)いて来(き)よつて、256婆(ばば)の奴(やつ)この前(まへ)に旅行(りよかう)した時(とき)とは、257よほど娑婆気(しやばけ)のある事(こと)を吐(ぬ)かしよる、258かうして見(み)ると時代(じだい)の力(ちから)は偉(えら)いものだ、259幽界(いうかい)までも支配(しはい)すると見(み)えるワイ』
260婆(ばば)『それや何(なに)を幽界(いうかい)、261貴様(きさま)は小鹿峠(こしかたうげ)を通(とほ)る時(とき)に、262一方(いつぱう)の男(をとこ)の間抜面(まぬけづら)を見込(みこ)んで、263肩(かた)を組(く)み合(あは)せ、264屁(へ)の如(や)うな風(かぜ)に吹(ふ)き散(ち)らされよつて、265冥土(めいど)の道連(みちづ)れに勝公(かつこう)を幽界(いうかい)に誘拐(いうかい)して来(き)よつた奴(やつ)だ、266愚図(ぐづ)々々(ぐづ)ぬかさずと、267もう一遍(いつぺん)甦生(よみがへ)りて一苦労(ひとくらう)して来(こ)い。268まだまだ地獄(ぢごく)に出(で)て来(く)る丈(だ)け資格(しかく)が具備(ぐび)して居(ゐ)ないワ、269孰(いづ)れ一度(いちど)や二度(にど)はこの川(かは)を渡(わた)る丈(だ)けの権利(けんり)は、270登記簿(とうきぼ)にチヤンと附(つ)けて、271確(たしか)に保留(ほりう)して置(お)いてやるワ、272どうだ嬉(うれ)しいか』
273弥(や)『エヽ、274ツベコベと能(よ)う吐(ぬ)かす婆(ばば)ぢやないか、275碌(ろく)な事(こと)は一寸(ちよつと)も言(い)ひよらぬワイ。276道理(だうり)ぢや、277老婆心(らうばしん)で吐(ぬ)かすことだから、278これもあまり誅究(ちうきう)するのは可愛想(かあいさう)だ。279オイオイ勝公(かつこう)、280貴様(きさま)は何故(なぜ)沈黙(ちんもく)を守(まも)つて居(ゐ)るのだ、281チツト位(くらゐ)砲門(はうもん)を開(ひら)いて砲撃(はうげき)をやつたらどうだい、282敵(てき)は間近(まぢか)く押寄(おしよ)せたりだ、283なにほど堅牢(けんらう)な船(ふね)だと云(い)つたつて艦齢(かんれい)の過(す)ぎた老朽艦(らうきうかん)のしかもたつた一隻(いつせき)だよ』
284勝(かつ)『オイ弥次公(やじこう)、285場所柄(ばしよがら)を弁(わきま)へぬかい、286何(なん)と云(い)ふたつて此処(ここ)へ来(き)たらお婆(ばあ)サンの勢力(せいりよく)範囲(はんゐ)だ、287従順(じゆうじゆん)に服従(ふくじゆう)するより仕方(しかた)がないじやないか、288魚心(うをごころ)あれば水心(みづごころ)だ、289なアお婆(ば)アサン、290なんぼ悪道(あくだう)なお役(やく)だと言(い)つても矢張(やつぱり)血(ち)もあり涙(なみだ)もあるだらう、291この弥次公(やじこう)は御存(ごぞん)じの通(とほ)り生(うま)れつきの弥次(やじ)的(てき)一片(いつぺん)の男(をとこ)ですから、292お気(き)にさえられず神直日(かむなほひ)、293大直日(おほなほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)して、294許(ゆる)してやつて下(くだ)さいませ』
295婆(ばば)『何(なん)と云(い)つてもこの男(をとこ)はこれだから………今度(こんど)から、296先(さき)の地獄(ぢごく)にやりたいのだけれども、297閻魔(えんま)サマから、298何(なん)の為(た)めに貴様(きさま)は、299川番(かはばん)をして居(を)つたのぢや、300コンナヤンチヤを通過(つうくわ)さすと云(い)ふ事(こと)があるものか、301何(なん)で娑婆(しやば)へ追返(おひかへ)さないのかと、302免職(めんしよく)を喰(くら)ふか分(わか)らない。303サヽ一(いち)時(じ)も早(はや)く尻(しり)引(ひ)つからげて足許(あしもと)の明(あか)るい内(うち)にいんだりいんだり』
304弥(や)『アハヽヽヽ、305とうとう婆(ばば)の奴(やつ)、306本音(ほんね)を吹(ふ)きよつたな、307ヤア面白(おもしろ)い面白(おもしろ)い、308エーこの三途(せうづ)の川(かは)をばサンばサンと向(むか)ふに渡(わた)つて、309青(あを)黒(くろ)白(しろ)赤(あか)と種々(しゆじゆ)雑多(ざつた)の鬼(おに)共(ども)を、310片(かた)つ端(ぱし)から鷲掴(わしづかみ)、311香物桶(かうものをけ)の中(なか)にブチ込(こ)んで、312上(うへ)からグツと千引岩(ちびきいは)のおもしをかけ味噌漬(みそづけ)にして、313朝夕(あさゆふ)の副食物(ふくしよくぶつ)にしてやるのだ、314娑婆(しやば)に居(ゐ)たつて堅(かた)パンを一(ひと)つか三(みつ)つばかりパクついて、315甘(うま)いの味(あぢ)ないのと言(い)ふて居(を)るよりも、316温(ぬ)く温(ぬ)くの鬼(おに)味噌漬(みそづけ)だ、317稀代(きたい)の珍味(ちんみ)佳肴(かかう)だ、318吾々(われわれ)の前途(ぜんと)は有望(いうばう)だ、319オツトドツコイ幽霊(いうれい)だ、320サアババサン緩(ゆる)りと、321水(みづ)の流(なが)れを見(み)て暮(くら)シヤンセ、322人間(にんげん)は老少(らうせう)不定(ふぢやう)だ、323必(かなら)ず達者(たつしや)にして暮(くら)せよ、324アハヽヽヽヽ』
325婆(ばば)『エーエ八釜敷(やかまし)いワイ、326渡(わた)ろと云(い)ふたつて渡(わた)しては遣(や)らないぞ』
327弥(や)『何(なに)、328渡(わた)さむと仰有(おつしや)つても渡(わた)しは渡(わた)しの考(かんが)へで此(この)渡(わた)しを渡(わた)つて見(み)せますワイ、329渡(わた)しの御(ご)神徳(しんとく)を川(かは)の端(はた)から指(ゆび)を食(くわ)へて見(み)て居(ゐ)て下(くだ)さいや、330お婆(ば)アサン左様(さやう)なら』
331婆(ばば)『オツト待(ま)つた待(ま)つた、332待(ま)てと申(まを)せば待(ま)つたが好(よ)からうぞ』
333弥(や)『何(なに)を吐(ぬか)しよるのだい、334春先(はるさき)になるとそろそろ逆上(ぎやくじやう)しよつて、335三途(せうづ)の川(かは)の婆(ばば)奴(め)、336三途(せうづ)のない奴(やつ)だ、337然(しか)しながら此(この)川(かは)は大変(たいへん)濁(にご)つて居(を)るぢやないか、338この前(まへ)に旅行(りよかう)した時(とき)とは天地(てんち)の相違(さうゐ)だ』
339婆(ばば)『定(きま)つた事(こと)よ、340娑婆(しやば)の奴(やつ)が毎日(まいにち)、341日(ひ)にち汚(きたな)い事(こと)ばつかりしやがつて、342結構(けつこう)な水神(すゐじん)の御(ご)守護(しゆご)遊(あそ)ばす溝川(みぞがは)へ、343糞滓(くそかす)、344小便(せうべん)を垂流(たれなが)して、345一等(いつとう)旅館(りよくわん)だの、346特等(とくとう)旅館(りよくわん)だとか吐(ほざ)いて、347そこら中(ぢう)を糞(くそ)まぶれに汚(よご)すなり、348サツカリンの這入(はい)つた腐(くさ)つた酒(さけ)を、349ガブガブ飲(の)みよつて肺臓(はいざう)を痛(いた)め、350そこら中(ぢう)に血(ち)を吐(は)き散(ち)らすものだから、351雨(あめ)が降(ふ)る度(たび)に皆(みな)この三途(せうづ)の川(かは)に流(なが)れ込(こ)むのだ、352それだからこの通(とほ)り川(かは)が濁(にご)つてしもうのだ、353この川(かは)の中(なか)には貴様(きさま)の糞(くそ)も小便(せうべん)も交(まじ)つて居(ゐ)るワイ、354一杯(いつぱい)喉(のど)が乾(かわ)いたら飲(の)んだらどうだい』
355弥(や)『何(なに)を吐(ぬ)かしよるのだ、356コンナ物(もの)が飲(の)めるかいやい、357ソンナ事(こと)を聞(き)くとこの川(かは)を渡(わた)るのが嫌(いや)になつて来(き)た、358婆(ばば)の云(い)ふ通(とほり)イヤだけど、359再(ふたた)び娑婆(しやば)へ引返(ひきかへ)さうかな』
360婆(ばば)『お前(まへ)達(たち)は糞(くそ)や小便(せうべん)や血(ち)や啖(たん)のこの川(かは)が汚(きたな)いのか、361お前(まへ)の身体(からだ)は何(なに)だ、362糞(くそ)よりも小便(せうべん)よりも、363鼻啖(はなたん)よりも、364もつと穢苦(むさくる)しいぞ、365糞(くそ)の身体(からだ)が糞水(くそみづ)に浸(つか)つて糞水(くそみづ)を飲(の)むのが、366それが、367何(なに)が汚(きたな)いのぢや、368共飲(ともの)みぢや遠慮(ゑんりよ)はいらぬ、369貴様(きさま)の物(もの)を、370貴様(きさま)が飲(の)むのぢやないかい』
371弥(や)『これは怪(け)しからぬ、372共食(ともぐひ)共飲(ともの)みとは天地(てんち)の神(かみ)様(さま)に大違反(だいゐはん)の罪悪(ざいあく)だ、373人(ひと)が人(ひと)を喰(く)ひ、374猫(ねこ)が猫(ねこ)を食(く)ふと云(い)ふ事(こと)があつて耐(たま)らうかい』
375婆(ばば)『吐(ぬ)かすな吐(ぬ)かすな、376貴様(きさま)は親(おや)の脛(すね)を噛(か)ぢつて食(く)い足(た)らないで、377山(やま)を飲(の)み家(いへ)を飲(の)み、378まだ喰(く)ひ足(た)らずに蔵(くら)を喰(く)ひよつて、379揚句(あげく)の果(はて)には可愛(かあい)い子(こ)まで鬼(おに)の様(やう)に売(う)つて喰(く)ふて、380それでもまだ足(た)らいで友達(ともだち)を食(く)ひ、381世間(せけん)のおとなしい人間(にんげん)の汗(あせ)や脂(あぶら)を搾(しぼ)つて舐(ね)ぶり、382餓鬼(がき)のやうな奴(やつ)ぢや、383余(あんま)り大(おほ)きい顔(かほ)して頬(ほほ)げたを叩(たた)くものぢやないぞ』
384弥(や)『ヤアこの婆(ばば)仲々(なかなか)ヒラけてゐよるワイ、385一寸(ちよつと)談(はな)せる奴(やつ)だ』
386勝(かつ)『定(きま)つた事(こと)よ、387毎日(まいにち)日(ひ)にち世界中(せかいぢう)のいはゆる文明(ぶんめい)亡者(まうじや)が、388此処(ここ)を通過(つうくわ)するのだから、389門前(もんぜん)の雀(すずめ)経(きやう)を読(よ)むとか云(い)ふてな、390聞(き)き覚(おぼ)え見覚(みおぼ)えて居(ゐ)るのだ、391貴様(きさま)は小学校(せうがくかう)出(で)、392俺(おれ)は赤門(あかもん)出(で)のチヤーチヤー大先生(だいせんせい)だと吹(ふ)きよつたが、393このお婆(ば)アサンは赤門(あかもん)どころか、394よつぽど黒門(くろもん)だ。395早稲田(わせだ)大学(だいがく)出身(しゆつしん)の大(だい)博士(はかせ)だ、396洋行(やうかう)婆(ば)アサンだぞ、397うつかりして居(ゐ)ると赤門(あかもん)先生(せんせい)赤恥(あかはぢ)を掻(か)いてアフンと致(いた)さねばならぬぞよ』
398弥(や)『コラ、399カカ勝公(かつこう)、400横槍(よこやり)を入(い)れない、401尋常(じんじやう)学校(がくかう)の落第生(らくだいせい)奴(め)が』
402勝(かつ)『今(いま)の学校(がくかう)を卒業(そつげふ)したつて何(なに)になるのだ、403碌(ろく)でもない事(こと)ばつかり教(をし)へられよつて、404尋常(じんじやう)の間(あひだ)が本当(ほんたう)の教育(けういく)だ、405それ以上(いじやう)になると薩張(さつぱ)り四足(よつあし)身魂(みたま)の教育(けういく)だ、406余(あんま)り学者(がくしや)振(ぶ)るな、407学者(がくしや)の覇(は)の利(き)いた時代(じだい)は廿(にじつ)世紀(せいき)の初頭(しよとう)だ、408二十四(にじふし)世紀(せいき)になつて居(ゐ)るのに学(がく)のナンノと、409学(がく)が聞(き)いてあきれるワ』
410弥(や)『それでも矢張(やは)り形式(けいしき)を踏(ふ)まねば、411ナンボ二十四(にじふし)世紀(せいき)だとてあまり買手(かひて)がないぞ、412赤門(あかもん)出(で)と云(い)へばアカンモンでも威張(ゐば)つて直(すぐ)に買手(かひて)が付(つ)くし、413卒業(そつげふ)早々(さうさう)立派(りつぱ)な会社(くわいしや)の予約(よやく)済(ず)みに成(な)れるのだ』
414勝『まるで人間(にんげん)を貨物(くわもつ)と間違(まちが)へてゐる世(よ)の中(なか)だから仕方(しかた)がないワイ、415時世(ときよ)時節(じせつ)の力(ちから)には神(かみ)もかなはぬと仰有(おつしや)るのだから、416俺(おれ)も時勢(じせい)に逆行(ぎやくかう)する様(やう)な、417馬鹿(ばか)でないからまア一寸(ちよつと)此処(ここ)らで切上(きりあ)げて置(お)かうかい。418なア赤門(あかもん)先生(せんせい)』
419弥(や)『何(なん)と云(い)つたつて赤門(あかもん)出(で)は貨物(くわもつ)だらうが、420物品(ぶつぴん)だらうが、421価(あたひ)が好(よ)いから、422仕様(しやう)がないワ、423この婆(ば)アサンのやうに何程(なんぼ)大学(だいがく)を卒業(そつげふ)したつて、424黒門(くろもん)(苦労者(くらうもん))出(で)で何(なん)ぼ立派(りつぱ)でも使(つか)ひ手(て)がないのだ、425それだからカンカ不遇(ふぐう)で何時(いつ)も川端柳(かはばたやなぎ)を見(み)てクヨクヨと、426脱衣婆(だついばば)の境遇(きやうぐう)に甘(あま)んぜねばならないのだよ。427アヽ私(わし)はどうして赤門(あかもん)に這入(はい)らなかつたらう、428鈍(どん)なアカンモンでも赤門(あかもん)出(で)なればドント出世(しゆつせ)は出来(でき)るが、429私(わし)は又(また)どうして黒門(くろもん)(苦労者(くらうもん))になつただらうといくら悔(くや)んでも後(あと)の祭(まつ)りだ、430何時(いつ)の世(よ)にも蔓(つる)と云(い)ふものをたぐらねば出世(しゆつせ)は出来(でき)はしないぞ。431あの芋(いも)を見(み)よ、432蔓(つる)にぶら下(さが)つてなつて居(ゐ)るのぢや、433それだから游泳術(いうえいじゆつ)の上手(じやうず)な奴(やつ)をみんな芋蔓(いもづる)と云(い)ふのだよ』
434勝(かつ)『エヽ訳(わけ)の分(わか)らぬ事(こと)を云(い)ふな、435まるで薩摩(さつま)の芋屁(いもぺ)でも放(ひ)つた様(やう)な臭(くさ)い臭(くさ)い理窟(りくつ)を伸(の)べよつて鼻(はな)持(も)ちがならぬワイ。436ヤアお婆(ば)アサン、437長(なが)らく御(ご)面倒(めんだう)いたしました、438末長(すゑなが)う宜(よろ)しうお頼(たの)み申(まを)します、439オツトドツコイ三途(せうづ)の川(かは)のお婆(ば)アサンにお頼(たの)みするやうでは、440六(ろく)な事(こと)ぢやない、441末長(すゑなが)うお頼(たの)み申(まを)しませぬワ、442アハヽヽヽ』
443婆(ばば)『ア、444さうださうだ、445私(わし)の厄介(やくかい)になるやうな奴(やつ)は、446どうで碌(ろく)な奴(やつ)ぢやないワ、447それよりもお前(まへ)の連(つれ)の与太(よた)や六(ろく)が心配(しんぱい)をして目(め)を爛(ただ)らして探(さが)して居(ゐ)る。448早(はや)く帰(かへ)つてやりなさいよ』
449弥(や)『オーさうだつた、450ウツカリ婆(ば)アサンとの外交(ぐわいかう)談判(だんぱん)に貴重(きちよう)な光陰(くわういん)を夢中(むちう)になつて消費(せうひ)して居(を)つたものだから、451二人(ふたり)の奴(やつ)、452俺(おれ)の記憶(きおく)から消滅(せうめつ)して仕舞(しま)つて居(を)つた、453消滅(せうめつ)地獄(ぢごく)に落(お)ちたやうだ。454今頃(いまごろ)はさぞ心身(しんみ)を焦(こ)がして居(ゐ)るであらう程(ほど)に、455もうしもうし勝五郎(かつごろう)サンエ、456勝(かつ)チヤンえ、457此処(ここ)らあたりは山家(やまが)故(ゆゑ)、458オツトドツコイ川(かは)べり故(ゆゑ)、459嘸(さぞ)寒(さむ)かつたで御座(ござ)んしようなア[※浄瑠璃の『箱根霊験躄仇討』のシャレ。]』
460勝(かつ)『オイしつかりせぬかい、461此処(ここ)は箱根山(はこねやま)ぢやないぞ、462俺(おれ)を躄(いざり)と間違(まちが)へて貰(もら)つては迷惑(めいわく)千万(せんばん)だ』
463婆(ばば)『ヤレこの障子(しやうじ)開(あ)けまいぞ開(あ)けまいぞ、464そも三浦(みうら)が帰(かへ)りしとは坂本(さかもと)の城(しろ)に帰(かへ)りしか、465よも此処(ここ)へのめのめと迷(まよ)ふて出(で)て来(く)る弥次彦(やじひこ)ぢやあるまい、466そりや人違(ひとちが)ひ、467若(も)し又(また)それが諚(ぢやう)なれば、468コーカス山(ざん)、469アーメニヤ分(わ)け目(め)の大事(だいじ)の戦(たたか)ひに参加(さんか)もせずに戻(もど)つて来(く)る不届者(ふとどきもの)この茅屋根(あばらやね)の家(うち)は婆(ばば)が城廓(じやうくわく)、470その臆(おく)れた魂(たましひ)でこの藁戸(わらと)一重(ひとへ)破(やぶ)らるるならサヽヽ破(やぶ)つて見(み)よと[※浄瑠璃の『鎌倉三代記』の「三浦別の段」のシャレ。]』
471弥(や)『百筋(ももすぢ)千筋(ちすぢ)の理(り)を分(わ)けて、472引(ひ)つかづいたるあばらやの内(うち)、473チヤンチヤンぢや』
474勝(かつ)『ハハアそのお言葉(ことば)を忘(わす)れねばこそ、475故郷(こきやう)を出(いで)て今日(けふ)まで一度(いちど)の便(たよ)りも致(いた)さねど、476お命(いのち)も危(あやふ)しと聞(き)くより風(かぜ)に吹(ふ)き飛(と)ばされ、477玉(たま)は碎(くだ)け胸(むね)は痛(いた)み、478眼(まなこ)眩(くら)んで三五(あななひ)の道(みち)を忘(わす)れし不調法(ぶてうはふ)、479真平(まつぴら)御免(ごめん)下(くだ)されかし、480いで戦場(せんぢやう)へ駆向(かけむか)ひ、481華々(はなばな)しき功名(こうみやう)して、482コーカス山(ざん)におつつけ凱陣(がいぢん)仕(つかまつ)らむ』
483弥(や)『アハヽヽヽヽヽ』
484婆(ばば)『オホヽヽヽヽ、485もう御(お)しばいだよ』
486(大正一一・三・二四 旧二・二六 谷村真友録)
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