霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一〇章 牡丹餅(ぼたもち)〔五六〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第14巻 如意宝珠 丑の巻 篇:第3篇 高加索詣 よみ(新仮名遣い):こーかすまいり
章:第10章 牡丹餅 よみ(新仮名遣い):ぼたもち 通し章番号:560
口述日:1922(大正11)年03月24日(旧02月26日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年11月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
弥次彦、勝彦、与太彦、六公の四人は、ようやく谷間を這い上がって小鹿山峠の坂道に着いた。
六公は、途中に松屋という飲食所があるので、そこで休もうと提案する。また、弥次彦の奇妙な宣伝使服の重ね着と自分の衣服を交換する。
一行は店に入ると牡丹餅を注文して食べ始めた。食べ終わると、六公は店の下女のお竹に、お釣りは取っておくようにと鷹揚に代金を支払う。しかしお竹は六公の顔を見て六だとわかると、逃げてしまう。
三人は、どういうことかと六公に尋ねると、六公は店を飛び出して逃げてしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-05-22 19:46:02 文字数:4051 OBC :rm1410
愛善世界社版:169頁 八幡書店版:第3輯 220頁 修補版: 校定版:175頁 普及版:80頁 初版: ページ備考:
001 弥次彦(やじひこ)、002勝彦(かつひこ)、003与太彦(よたひこ)、004六公(ろくこう)の四(よ)人(にん)は谷間(たにま)を這(は)ひ上(あが)り、005漸(やうや)くにして小鹿山(こしかやま)峠(たうげ)の坂道(さかみち)に着(つ)いた。
006弥(や)『ヤア此処(ここ)が芝居(しばゐ)の序幕(じよまく)を演(えん)じたところだ。007随分(ずゐぶん)風(かぜ)の神(かみ)の奴(やつ)、008豪(えら)い目(め)に遇(あ)はしよつたものだ』
009六(ろく)『貴方達(あなたがた)は羽織(はおり)を三(さん)枚(まい)着(き)て、010而(しか)も上(うへ)に着(き)るものを下(した)に穿(は)いたりするものだから、011アンナ目(め)に遇(あ)ふたのですよ』
012弥(や)『夫(それ)でも上下(うへした)揃(そろ)ふて世(よ)を治(をさ)めるぞよと神(かみ)様(さま)が仰有(おつしや)るのだ。013而(しか)も六(ろく)人(にん)の宣伝使(せんでんし)から頂戴(ちやうだい)した結構(けつこう)なお召物(めしもの)を着(き)て居(ゐ)るのに、014神(かみ)様(さま)が罰(ばち)を当(あ)てると云(い)ふ筈(はず)もあるまい』
015六(ろく)『それでも羽織(はおり)を袴(はかま)に穿(は)くと云(い)ふ事(こと)は、016些(ち)と考(かんが)へものですなア』
017弥(や)『さうだと云(い)つて、018裸体(らたい)で道中(だうちう)もなるまいし、019仕方(しかた)がない哩(わい)』
020六(ろく)『此(この)峠(たうげ)は、021時々(ときどき)レコード破(やぶ)りの風(かぜ)が吹(ふ)きますから、022随分(ずゐぶん)気(き)をつけて往(ゆ)かずばなりますまい。023この坂(さか)を下(くだ)ると次(つぎ)は十九(じふく)番目(ばんめ)の大峠(おほたうげ)です、024その峠(たうげ)までに二三(にさん)里(り)も展開(てんかい)した曠野(くわうや)があつて、025其処(そこ)には沢山(たくさん)の人家(じんか)も立(た)ち並(なら)んで居(ゐ)ます。026そこまで往(い)つて一服(いつぷく)しませうか』
027弥(や)『さうしませうよ、028併(しか)しながらコンナ風(ふう)をして、029沢山(たくさん)な人(ひと)の居(ゐ)る処(ところ)を通(とほ)るのも変(へん)なものだ。030何(なん)とか工夫(くふう)はあるまいか』
031六(ろく)『ヤア私(わたくし)はお伴(とも)、032貴方(あなた)は宣伝使(せんでんし)様(さま)だ、033何(ど)うでせう、034私(わたくし)の着物(きもの)と取(と)つ換(か)へつこをして村落(そんらく)を通(とほ)る事(こと)にしましたら』
035弥(や)『さう願(ねが)へれば結構(けつこう)だ。036アヽ六公(ろくこう)、037早(はや)裸体(らたい)となつたのかい、038何(なん)と気(き)の早(はや)い男(をとこ)だなア』
039六(ろく)『鶴(つる)の一声(ひとこゑ)言行(げんかう)一度(いちど)に一致(いつち)と云(い)ふやり方(かた)です、040愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して居(ゐ)て水(みづ)を注(さ)されると約(つま)りませぬからなア、041アハヽヽヽ』
042 茲(ここ)に弥次彦(やじひこ)は六公(ろくこう)の衣服(いふく)と着換(きか)へ、043六公(ろくこう)は羽織(はおり)三(さん)枚(まい)を袴(はかま)並(なみ)に前後(まへうしろ)に着(き)ながら、044蔓(つる)の帯(おび)を堅(かた)く瓢箪(へうたん)のやうに腰(こし)に縛(くく)り、
045六(ろく)『サアこれで千(せん)両(りやう)役者(やくしや)の早替(はやが)はりだ、046しかし役者(やくしや)だと云(い)ふても、047もう芝居(しばゐ)はやめですよ、048サア往(ゆ)きませうかい』
049と、050ドンドンと下(くだ)り坂(ざか)を走(はし)つて往(ゆ)く。051漸(やうや)くにして麓(ふもと)の村落(そんらく)に着(つ)いた。
052勝(かつ)『大分(だいぶ)に腹(はら)の虫(むし)が空虚(くうきよ)を訴(うつた)へて来(き)だした、053何処(どこ)ぞ此辺(ここら)に飲食店(いんしよくてん)でもあれば這入(はい)つて腹(はら)を拵(こしら)へたいものだなア』
054弥(や)、055与(よ)『サアさうお誂(あつら)へ向(むき)に出来(でき)て居(を)れば、056結構(けつこう)だが』
057六(ろく)『イヤ、058御(ご)心配(しんぱい)御(ご)無用(むよう)、059些(すこ)し先(さき)に往(ゆ)きますと、060松屋(まつや)と云(い)つて、061一寸(ちよつと)した飲食店(いんしよくてん)があります、062其処(そこ)には別嬪(べつぴん)も居(を)りますぜ』
063与(よ)『夫(それ)は豪気(がうき)だ、064ともかく其処迄(そこまで)もう一息(ひといき)だ。065何(なん)だか俄(にはか)に元気(げんき)が付(つ)いた』
066と云(い)ひつつ四(よ)人(にん)は速度(そくど)を速(はや)めて駆出(かけだ)した。
067弥(や)『ヤア此処(ここ)が松屋(まつや)だ。068いよいよ目的(もくてき)地点(ちてん)に無事(ぶじ)御(ご)到着(たうちやく)か、069アハヽヽヽ、070久(ひさ)し振(ぶり)で弁才天(べんざいてん)の拝観(はいくわん)も出来(でき)ると云(い)ふものだ』
071弥(や)[※御校正本でも「弥」になっているが弥次彦のセリフが二つ続くのはおかしい。そもそも「弁才天の拝観も出来る」と言っておきながらすぐに「弁才天はどうでも好い」と否定するのはおかしい。このセリフは勝彦か与太彦の間違いであろう。以降のセリフを考えると、おそらく与太彦のセリフであろう。]『弁才天(べんざいてん)はどうでも好(よ)い、072早(はや)く御(お)飯(まんま)に有(あ)りつきたい哩(わい)、073もう斯(こ)うなれば色気(いろけ)より食気(くひけ)だ』
074 松屋(まつや)の門口(かどぐち)に一人(ひとり)の下女(げぢよ)立(た)ち現(あら)はれ、
075下女(げぢよ)『モシモシ、076お客(きやく)サン、077コーカス詣(まゐ)りですか、078随分(ずゐぶん)強(きつ)い坂(さか)でお草臥(くたび)れでせう、079何卒(どうぞ)一(ひと)つお茶(ちや)でも飲(の)んで一服(いつぷく)してお出(いで)なされませ』
080与(よ)『云(い)ふにや及(およ)ぶ、081吾々(われわれ)一行(いつかう)四(よ)人(にん)は松屋(まつや)をさして休息(きうそく)の予定(よてい)でお越(こ)し遊(あそ)ばしたのだ。082一服(いつぷく)してやらう、083ナンゾ、084小美味(こうまい)ものは無(な)いか』
085下女(げぢよ)お竹(たけ)『ハイハイ、086何(なん)でも御座(ござ)います。087お望(のぞ)み次第(しだい)お金(かね)次第(しだい)です』
088与(よ)『チエツ、089直(すぐ)に之(これ)だから嫌(いや)になつて仕舞(しま)ふ、090お銭(かね)お銭(かね)と何(なん)だ。091矢張(やつぱり)ウラル教(けう)の空気(くうき)が漂(ただよ)ふてゐるな、092仕方(しかた)が無(な)い哩(わい)、093腹(はら)が減(へ)つては戦(いくさ)が出来(でき)ないから』
094と云(い)つて与太彦(よたひこ)は先(さき)にたち飛(と)び込(こ)む。
095下女(げぢよ)『マア、096マア、097お二人(ふたり)のお方(かた)、098ホヽヽヽヽ、099妙(めう)な風(ふう)をなさいまして』
100与(よ)『妙(めう)な風(ふう)でも何(なん)でもお前(まへ)に惚(ほ)れて呉(く)れと云(い)いやしないし、101着物(きもの)を貸(か)して呉(く)れとも云(い)やしないから、102いらぬ口(くち)を叩(たた)くな、103早(はや)く小美味(こうまい)ものを出(だ)さぬかい』
104 奥(おく)の方(はう)から中年増(ちうどしま)の婆(ば)アサンが、105ヒヨコヒヨコとやつて来(き)て、
106婆(ばば)『アヽこれはこれはお客様(きやくさま)、107よう一服(いつぷく)して下(くだ)さいました。108何(なん)なと御(ご)註文(ちゆうもん)次第(しだい)、109仰有(おつしや)つて下(くだ)さいませ』
110六(ろく)『牡丹餅(ぼたもち)は無(な)いかなア』
111婆(ばば)『ヘエヘエ、112御座(ござ)います、113お彼岸(ひがん)の牡丹餅(ぼたもち)を今(いま)拵(こしら)へた処(ところ)。114ヌクヌクのホコホコの、115手(て)から漏(も)るやうなのが、116沢山(たくさん)に握(にぎ)つてあります』
117弥(や)『初(はじめ)に握(にぎ)つた奴(やつ)は真黒(まつくろ)けと違(ちが)ふかね』
118婆(ばば)『滅相(めつさう)な、119清(きよ)めた上(うへ)にも清(きよ)めた、120清潔(きれい)な牡丹餅(ぼたもち)です。121牡丹餅(ぼたもち)の嫌(きら)ひなお方(かた)は此処(ここ)に握(にぎ)り飯(まま)がございます。122貴方達(あなたがた)は遠方(ゑんぱう)の方(かた)と見(み)えますが、123随分(ずゐぶん)お足(あし)の達者(たつしや)なお方(かた)らしい、124恰(まる)で牡丹餅(ぼたもち)のやうな健脚家(けんきやくか)だ。125毎日(まいにち)コーカス詣(まゐ)りの道者(だうしや)が通(とほ)られますが、126牡丹餅(ぼたもち)のお客(きやく)は少(すくな)い、127握飯(にぎりめし)が随分(ずゐぶん)多(おほ)いやうですワ。128オホヽヽヽ』
129弥(や)『婆(ば)アサン、130牡丹餅(ぼたもち)のお客(きやく)だとか、131握飯(にぎりめし)のお客(きやく)だとか、132それや一体(いつたい)何(なん)の事(こと)だい。133俺(おれ)の顔(かほ)が牡丹餅(ぼたもち)のやうな不恰好(ぶかつかう)だと云(い)ふて嘲弄(てうろう)するのだな』
134婆(ばば)『オホヽヽヽ、135夫(それ)は譬(たとへ)で御座(ござ)います。136握飯(にぎりめし)は丸(まる)い、137牡丹餅(ぼたもち)は一寸(ちよつと)角(かど)が立(た)つて居(ゐ)る。138或時(あるとき)に握飯(にぎりめし)と牡丹餅(ぼたもち)とがマラソン競争(きやうさう)をやりました。139さうしたところが、140丸(まる)い方(はう)の握飯(にぎりめし)が勝(か)たねばならぬ筈(はず)だのに、141中途(ちうと)で平太張(へたば)つて仕舞(しま)つて、142牡丹餅(ぼたもち)はとうとう決勝点(けつしようてん)まで安着(あんちやく)されて名誉(めいよ)の優勝旗(いうしようき)が手(て)に入(はい)りました。143そこで饅頭(まんじう)がやつて来(き)て、144牡丹餅(ぼたもち)よ、145お前(まへ)は一寸(ちよつと)見(み)てもぼたぼたして足(あし)が遅(おそ)いと思(おも)つたに、146勝利(しようり)を得(え)たのは何(ど)うした訳(わけ)かと尋(たづ)ねよりたら、147牡丹餅(ぼたもち)が云(い)ふには、148私(わたくし)はあづきつけとるから道中(だうちう)は安心(あんしん)だと、149オホヽヽヽ[※握り飯と牡丹餅のマラソン競争というのは、「ぼた餅ときなこ餅の競争」という三重県の民話に似ている。その民話では「あづき」と「歩き」を掛けている。/あるいは、小豆の赤い色には魔除けの効果があるという言い伝えがあるので、それで「安心だ」と洒落ているのかも知れない。]』
150弥(や)『ナアーンダイ、151この腹(はら)の空(す)いとるのに落(おと)し話(ばなし)をしよつて、152気楽(きらく)な婆(ば)アサンだなア』
153婆(ばば)『コンナ話(はな)しでもして、154お客(きやく)サンを誑(たら)かし暇(ひま)を入(い)れて腹(はら)を空(す)かし、155その間(あひだ)に牡丹餅(ぼたもち)を炊(た)いて進(しん)ぜると云(い)ふ此方(こなた)の考(かんが)へ、156もう一寸(ちよつと)待(ま)つて下(くだ)さい、157今(いま)飯(めし)が噴(ふ)いて居(を)ります、158直(すぐ)に小豆(あづき)の衣(ころも)を着(き)せて、159どつさり食(く)つて貰(もら)ひます』
160与(よ)『ヤアヤア牡丹餅(ぼたもち)と聞(き)けば、161俄(にはか)に咽喉(のど)の虫(むし)がグウグウと催促(さいそく)をし出(だ)した。162何(なん)でもよいから手早(てばや)くやつて下(くだ)さい』
163弥(や)『オイ与太公(よたこう)、164此処(ここ)には素敵(すてき)な別嬪(べつぴん)の娘(むすめ)があるぢやないか、165貴様(きさま)は何(ど)うだ。166思召(おぼしめし)は無(な)いか』
167与(よ)『どうだ、168女子(ぢよし)を国有(こくいう)にして居(を)る国(くに)さへもあるのだから、169吾々(われわれ)四(よ)人(にん)が何(なん)とかして四国(しこく)協調(けふてう)の結果(けつくわ)彼奴(あいつ)を国有(こくいう)にしたらどうだ。170毎晩(まいばん)交代(かうたい)にあの尤物(いうぶつ)をエンプレスして楽(たのし)まうぢやないか』
171勝(かつ)『ソンナ エンプレスと云(い)ふやうな事(こと)をやると此処(ここ)の人気娘(にんきむすめ)を、172此(この)村(むら)の誇(ほこ)りとして居(ゐ)るのだから、173貴様(きさま)は村民(そんみん)の怨府(えんぷ)となるかも知(し)れないぞ。174とは云(い)ふものの縦(たて)から見(み)ても横(よこ)から見(み)ても、175三十三(さんじふさん)相(さう)具備(ぐび)したあななし姫(ひめ)だ。176男(をとこ)と生(うま)れた甲斐(かひ)には切(せ)めて一遍(いつぺん)位(くらゐ)はエンプレスをやつて見(み)たいやうな気(き)もせぬでは無(な)いが、177何(なに)を云(い)ふても厳(いか)めしい三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)だから、178どうする事(こと)も出来(でき)やしない、179宝(たから)の山(やま)に入(はい)つて裸体(らたい)で帰(かへ)るやうな心持(こころもち)がする哩(わい)』
180婆(ばば)『サアサア皆(みな)サン、181牡丹餅(ぼたもち)が出来(でき)た、182お上(あが)りなさいませ』
183与(よ)『これはこれは有難(ありがた)う御座(ござ)います、184マア悠(ゆつ)くりと頂戴(ちやうだい)致(いた)しませう』
185婆(ばば)『サア私(わたくし)がついで上(あ)げませう』
186与(よ)『ヘイ、187ヘイ、188ヘイ、189アヽ、190それは結構(けつこう)ですが、191同(おな)じ事(こと)ならあのそれ、192お梅(うめ)[※お竹の誤字か? 御校正本・校定版・愛世版いずれも「お梅」になっている。]サンによそつて貰(もら)へば一入(ひとしほ)、193美味(おいし)いやうな気(き)が致(いた)します哩(わい)』
194婆(ばば)『ホヽヽヽヽ、195貴方(あなた)もよほど苦労人(くらうにん)と見(み)える哩(わい)、196渋皮(しぶかは)のやうなお手(て)で、197牡丹餅(ぼたもち)を盛(も)つて上(あ)げても、198お気(き)に召(め)しますまい、199私(わたくし)が盛(も)るのがお気(き)に入(い)らねば、200もう牡丹餅(ぼたもち)は食(た)べて貰(もら)ふ事(こと)は真平(まつぴら)御免(ごめん)蒙(かうむ)ります』
201弥(や)『マア、202マア、203マア待(ま)つて下(くだ)さい、204これは冗談(じやうだん)ですよ、205さう真(ま)に受(う)けて貰(もら)つては困(こま)ります』
206婆(ばば)『冗談(じやうだん)から暇(ひま)が出(で)る。207瓢箪(へうたん)から駒(こま)が出(で)る。208青瓢箪(あをべうたん)の黒焦(くろこげ)のやうな顔(かほ)をして年寄(としより)が気(き)に入(い)らないの、209スツポンのと、210それやお前(まへ)何(なに)を云(い)ふのだ。211さう老人(としより)を見下(みさ)げたものぢやない、212人間(にんげん)は年(とし)をとつて苔(こけ)がついて来(く)る程(ほど)値(ねうち)が出来(でき)るのだよ』
213勝(かつ)『左様(さやう)左様(さやう)、214御尤(ごもつと)もだ』
215婆(ばば)『ソンナら勝手(かつて)に取(と)つて食(く)ひなさい』
216と婆(ば)アサンはむつとした顔(かほ)をして奥(おく)に入(い)る。217四(よ)人(にん)は熊手(くまで)のやうな手(て)を出(だ)して、218餓虎(がこ)のやうに、219グイグイと呑(の)み込(こ)み、
220四(よ)人(にん)『ヨー美味(うま)い、221コンナ美味(おいし)い牡丹餅(ぼたもち)は、222臍(へそ)の緒(を)切(き)つてから食(く)つた事(こと)がないワイ。223コンナ奴(やつ)なら、224一遍(いつぺん)に腹(はら)が弾(はぢ)けても構(かま)はぬ、225百(ひやく)でも二百(にひやく)でも咽喉(のど)の虫(むし)が御(ご)苦労(くらう)御(ご)苦労(くらう)と云(い)ふて辷(すべ)り込(こ)んで仕舞(しま)ふやうだ』
226と堆高(うづたか)く積(つ)んであつた沢山(たくさん)の牡丹餅(ぼたもち)を一息(ひといき)に平(たひら)げてしまつた。
227下女(げぢよ)のお竹(たけ)『お客(きやく)サン、228よういけましたなア、229お米(こめ)の相場(さうば)が狂(くる)ひますぜ、230お代(かは)りはどうです』
231与(よ)『餅屋(もちや)の喧嘩(けんくわ)で、232餅論(もちろん)だ。233早(はや)く出(だ)したり出(だ)したり』
234お竹(たけ)『マアマアお客(きやく)サン、235貴方達(あなたがた)は閂(かんぬき)の向(むか)ふに居(を)る、236角(つの)の生(は)えたお方(かた)のやうな方(かた)ですなア、237モウ モウ モウ呆(あき)れましたよ』
238弥(や)『何(ど)うでもよい、239早(はや)く出(だ)して貰(もら)はうかい、240腹(はら)の虫(むし)は得心(とくしん)したやうだが、241未(ま)だ舌(した)と眼(め)とが羨望(せんばう)の念(ねん)に駆(か)られて居(ゐ)るやうだ。242同(おな)じ一(ひと)つの体(からだ)だ、243腹(はら)ばかり可愛(かあい)がつて、244眼(め)と舌(した)とを埒外(らちぐわい)に放(ほ)り出(だ)すと云(い)ふのも、245吾々(われわれ)宣伝使(せんでんし)として情(なさけ)を弁(わきま)へぬと云(い)ふものだ。246アハヽヽヽ』
247お竹(たけ)『サアサア、248お代(かは)りが出来(でき)ました。249悠(ゆつ)くりお食(あが)りなさいませ』
250 四(よ)人(にん)は又(また)もや一斉(いつせい)に二膳(にぜん)片箸(かたはし)の同盟軍(どうめいぐん)を作(つく)つて、251複縦陣(ふくじうぢん)の備(そな)へを取(と)り、252爆弾(ばくだん)のやうな牡丹餅(ぼたもち)を又(また)もやパクつき始(はじ)めた。
253与(よ)『オイお竹(たけ)サン、254馬鹿(ばか)にするない、255見本(みほん)は美味(うま)い奴(やつ)を出(だ)しよつて、256これは大変(たいへん)味(あぢ)が悪(わる)いぢやないか、257一番(いちばん)先(さき)に出(だ)したやうな奴(やつ)を出(だ)して呉(く)れないかい、258上皮(うはかは)の方(はう)には甘(うま)い奴(やつ)を並(なら)べよつて、259下(した)になる程(ほど)不味(まづ)い牡丹餅(ぼたもち)を並(なら)べといたつて、260俺(おれ)の舌(した)がよく御存(ごぞん)じだぞ』
261お竹(たけ)『それや何(なに)を云(い)ふのぢや、262美味(うま)いも不味(まづい)もあつたものか、263皆(みな)同(おな)じ味(あぢ)に造(つく)つてあるのですよ、264お前(まへ)サン腹(はら)の空(へ)つた時(とき)に食(く)つたから美味(うま)かつたのだ。265腹(はら)が膨(ふく)れてから何(なに)を食(く)つたからつて美味(うま)い事(こと)はありやしない。266ソンナ小言(こごと)を云(い)ふのなら、267食(く)ふだけの権利(けんり)がない、268食物(しよくもつ)の味(あぢ)に対(たい)しては気(き)の毒(どく)ながら神経(しんけい)麻痺(まひ)だ。269サアサア好(よ)い加減(かげん)食(く)つたらお銭(あし)をお払(はら)ひなさい』
270六(ろく)(懐中(くわいちう)より)『それ、271お剰金(つり)は要(い)らないぞ、272後(あと)はお前(まへ)の小遣(こづか)ひだ』
273お竹(たけ)『大(おほ)きに有難(ありがた)う御座(ござ)いました』
274と顔(かほ)を見上(みあ)ぐる途端(とたん)に、
275お竹『ヤアお前(まへ)は六(ろく)サンだつたかい』
276と転(ころ)げるやうにして裏口(うらぐち)をさして姿(すがた)を隠(かく)して仕舞(しま)つた。
277与(よ)『オイ六(ろく)、278貴様(きさま)は罪(つみ)の深(ふか)い奴(やつ)だ。279何(なに)か之(これ)には秘密(ひみつ)が籠(こも)つて居(ゐ)るだらう、280それだから松屋(まつや)に寄(よ)らう寄(よ)らうと云(い)ひよつたのだなア、281酢(す)でも蒟蒻(こんにやく)でも行(ゆ)かぬ奴(やつ)だ。282お目出度(めでた)い処(ところ)を見(み)せつけよつて、283余(あま)り馬鹿(ばか)にするない』
284六公『ヤア、285何(なん)でもよい、286退却(たいきやく)々々(たいきやく)』
287と羽織(はおり)の袴(はかま)をバサバサと穿(うが)ちながら、288一散(いつさん)に駆(か)け出(だ)した。289三(さん)人(にん)は止(や)むを得(え)ず、
290三人(弥次彦、与太彦、勝彦)『オイ六公(ろくこう)待(ま)つた』
291 六公(ろくこう)は後(あと)振(ふ)り向(む)き乍(なが)ら、
292六公『マツたも松屋(まつや)もあつたものかい、293マア、294一所(いつしよ)に出(で)てこないかい』
295と息(いき)せき切(き)つて走(はし)り出(だ)す。296三(さん)人(にん)は、
297三人『あゝ合点(がてん)の行(ゆ)かぬ突発(とつぱつ)事件(じけん)だ。298仕方(しかた)がない、299ソンナラそろそろ行(い)かうかい』
300と又(また)もや牡丹餅(ぼたもち)腹(ばら)を揺(ゆす)りながら、301六公(ろくこう)の後(あと)を追跡(つゐせき)する。
302(大正一一・三・二四 旧二・二六 加藤明子録)
303(昭和一〇・三・一五 於高雄港口官舎 王仁校正)
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