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霊界物語
海洋万里(第25~36巻)
第29巻(辰の巻)
序
総説
端書
第1篇 玉石混来
第1章 アリナの滝
第2章 懸橋御殿
第3章 白楊樹
第4章 野辺の訓戒
第2篇 石心放告
第5章 引懸戻し
第6章 玉の行衛
第7章 牛童丸
第8章 高姫慴伏
第9章 俄狂言
第10章 国治の国
第3篇 神鬼一転
第11章 日出姫
第12章 悔悟の幕
第13章 愛流川
第14章 カーリン丸
第15章 ヨブの入信
第16章 波の響
第4篇 海から山へ
第17章 途上の邂逅
第18章 天祥山
第19章 生霊の頼
第20章 道すがら
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霊界物語
>
海洋万里(第25~36巻)
>
第29巻(辰の巻)
> 第2篇 石心放告 > 第7章 牛童丸
<<< 玉の行衛
(B)
(N)
高姫慴伏 >>>
第七章
牛童丸
(
うしどうまる
)
〔八二九〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第29巻 海洋万里 辰の巻
篇:
第2篇 石心放告
よみ(新仮名遣い):
せきしんほうこく
章:
第7章 牛童丸
よみ(新仮名遣い):
うしどうまる
通し章番号:
829
口述日:
1922(大正11)年08月11日(旧06月19日)
口述場所:
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1923(大正12)年9月3日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
高姫は疲れて細谷川の川べりで休息し、一夜を明かすことになった。常彦と春彦は後から遅れて追いかけてきた。
里の童が牛を川に入れた後、その背に乗って横笛を吹きながら帰っていく。常彦はその牛にぶつかってしまった。そのひょうしに牛は驚き、童は背から落ちてしまった。童子は子供らしからぬ権幕で常彦を怒鳴りつけた。
常彦は謝るが、童子は怒って春彦にも謝罪を要求する。そのうちに童子は、自分が誰だか言い当てたら赦してやると謎を言い出した。常彦は高砂島にたびたび出現する童子神・牛童丸様ではないか、と答えた。
童子は、牛童丸は何神の化身か知っているか、と謎を続ける。牛童丸は百姓の神・大歳の神だと明かし、春彦を呼んで横笛でひっぱたいた。そして二人に牛を与えると、高姫が休んでいる場所を教え、牛に乗ってアリナの滝まで行くようにと伝えると、姿を消した。
二人は牛を連れて、牛童丸が教えてくれた高姫が寝ているところにやってきた。高姫は目を覚まし、常彦と春彦を見るとまた憎まれ口をたたき出した。常彦は、牛童丸に玉の詳細を聞かされたと言って牛に乗って先に行こうとする。
高姫は慌てて引きとめ、三人は腹の探りあいをひとしきりした後、牛を返して街道に出た。七日をかけてようやく、蛸取村の海岸に出たときには、すでに日は沈んでいた。三人は月に向かって天津祝詞を奏上し、夜中もアリナの滝に向かって歩いていく。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2021-12-24 17:26:50
OBC :
rm2907
愛善世界社版:
97頁
八幡書店版:
第5輯 500頁
修補版:
校定版:
98頁
普及版:
44頁
初版:
ページ備考:
001
高姫
(
たかひめ
)
は
長途
(
ちやうと
)
の
旅
(
たび
)
を
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
つて
駆
(
か
)
け
出
(
だ
)
し、
002
喉
(
のど
)
は
渇
(
かは
)
き、
003
身体
(
からだ
)
は
疲
(
つか
)
れ、
004
止
(
や
)
むを
得
(
え
)
ず、
005
路傍
(
ろばう
)
の
樹蔭
(
こかげ
)
に
身
(
み
)
を
横
(
よこ
)
たへ、
006
細谷川
(
ほそたにがは
)
に
喉
(
のど
)
をうるほし、
007
蔓苺
(
つるいちご
)
を
むし
つて
食
(
く
)
ひ、
008
一夜
(
いちや
)
をここに
明
(
あか
)
さむと、
009
小声
(
こごゑ
)
になつて、
010
天津
(
あまつ
)
祝詞
(
のりと
)
を
奏上
(
そうじやう
)
しゐたり。
011
常彦
(
つねひこ
)
、
012
春彦
(
はるひこ
)
の
二人
(
ふたり
)
は
十丁
(
じつちやう
)
計
(
ばか
)
り
遅
(
おく
)
れた
儘
(
まま
)
、
013
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
身体
(
からだ
)
をはすかひに、
014
余
(
あま
)
り
広
(
ひろ
)
からぬテルの
街道
(
かいだう
)
を
南
(
みなみ
)
へ
南
(
みなみ
)
へと
走
(
はし
)
つて
行
(
ゆ
)
く。
015
里
(
さと
)
の
童
(
わらべ
)
が
夕暮
(
ゆふぐれ
)
に
牛
(
うし
)
を
川
(
かは
)
に
入
(
い
)
れ、
016
其
(
その
)
背
(
せ
)
に
跨
(
またが
)
つて、
017
横笛
(
よこぶえ
)
を
吹
(
ふ
)
き
乍
(
なが
)
ら
帰
(
かへ
)
つて
行
(
ゆ
)
く。
018
常彦
(
つねひこ
)
は
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
吾前
(
わがまへ
)
に
牛
(
うし
)
の
居
(
ゐ
)
ることも
気
(
き
)
がつかず、
019
ドスンと
牛
(
うし
)
の
尻
(
しり
)
に
頭突
(
づづき
)
を
持
(
も
)
つて
行
(
い
)
つた。
020
牛
(
うし
)
は
驚
(
おどろ
)
いて
飛
(
と
)
び
上
(
あが
)
り、
021
背
(
せ
)
に
乗
(
の
)
つてゐた
童
(
わらべ
)
は
忽
(
たちま
)
ち
地上
(
ちじやう
)
に
顛落
(
てんらく
)
し、
022
ムクムク
起上
(
おきあが
)
り、
023
牛
(
うし
)
の
綱
(
つな
)
をグツと
握
(
と
)
り
乍
(
なが
)
ら、
024
童児
(
どうじ
)
『オイ、
025
どこの
奴
(
やつ
)
か
知
(
し
)
らぬが
気
(
き
)
をつけぬかい。
026
貴様
(
きさま
)
の
目玉
(
めだま
)
は
節穴
(
ふしあな
)
か』
027
と、
028
小
(
ちい
)
さき
童
(
わらべ
)
に
似
(
に
)
ず
大胆
(
だいたん
)
にも
大
(
だい
)
の
男
(
をとこ
)
に
向
(
むか
)
つて
呶鳴
(
どな
)
りつけたる。
029
常彦
(
つねひこ
)
『これはこれは
誠
(
まこと
)
に
日
(
ひ
)
の
暮
(
くれ
)
の
事
(
こと
)
と
云
(
い
)
ひ、
030
チツと
気
(
き
)
が
急
(
せ
)
きましたので、
031
牛
(
うし
)
の
尻餅
(
しりもち
)
を
突
(
つ
)
きました。
032
どうぞ
御
(
ご
)
勘弁
(
かんべん
)
下
(
くだ
)
さりませ』
033
童児
(
どうじ
)
『コリヤ
謝
(
あやま
)
つて
事
(
こと
)
が
済
(
す
)
むと
思
(
おも
)
ふか。
034
人
(
ひと
)
を
牛々
(
ぎうぎう
)
云
(
い
)
ふ
様
(
やう
)
な
目
(
め
)
に
合
(
あ
)
はしやがつて、
035
只
(
ただ
)
一言
(
ひとこと
)
の
断
(
ことわ
)
り
位
(
くらゐ
)
で
此
(
この
)
場
(
ば
)
を
逃
(
にげ
)
ようとしても、
036
牛
(
もう
)
叶
(
かな
)
はぬぞ。
037
オイ、
038
そこに
一寸
(
ちよつと
)
平太
(
へた
)
れ!』
039
常彦
(
つねひこ
)
『ハイ、
040
そんなら
平太
(
へた
)
りますワ。
041
どうぞこれで
勘忍
(
かんにん
)
して
下
(
くだ
)
さい』
042
童児
(
どうじ
)
『お
前
(
まへ
)
計
(
ばか
)
りでは
可
(
い
)
かぬ。
043
モ
一人
(
ひとり
)
の
蜥蜴
(
とかげ
)
のような
顔
(
かほ
)
した
奴
(
やつ
)
、
044
そいつも
坐
(
すわ
)
れ!』
045
春彦
(
はるひこ
)
『なんとマア、
046
小
(
ち
)
つぽけなザマして、
047
大人
(
おとな
)
に
向
(
むか
)
ひ
御託
(
ごうたく
)
をほざく
奴
(
やつ
)
だなア。
048
俺
(
おれ
)
は
別
(
べつ
)
に
突当
(
つきあた
)
つたのぢやない。
049
俺迄
(
おれまで
)
が
謝
(
あやま
)
つてたまるかい』
050
童児
(
どうじ
)
『お
前
(
まへ
)
も
同類
(
どうるゐ
)
だ。
051
グヅグヅ
云
(
い
)
ふと
牛
(
うし
)
にケシをかけ
突殺
(
つきころ
)
してやろか。
052
俺
(
おれ
)
は
身体
(
からだ
)
は
小
(
ち
)
つこうても、
053
俺
(
おれ
)
の
家来
(
けらい
)
の
牛
(
うし
)
は
大分
(
だいぶ
)
に
大
(
おほ
)
きいぞ』
054
常彦
(
つねひこ
)
『
モ
牛
(
うし
)
モ
牛
(
うし
)
、
055
童児
(
どうじ
)
さま、
056
モウいゝ
加減
(
かげん
)
に
了見
(
れうけん
)
して
下
(
くだ
)
さいなア』
057
童児
(
どうじ
)
『
俺
(
おれ
)
の
正体
(
しやうたい
)
を
誰
(
たれ
)
ぢやと
思
(
おも
)
うてるか。
058
それを
当
(
あて
)
たら
許
(
ゆる
)
してやらう』
059
常彦
(
つねひこ
)
『ハイ、
060
確
(
たし
)
かにお
前
(
まへ
)
は
牛童丸
(
うしどうまる
)
さまぢや
御座
(
ござ
)
いませぬか。
061
高砂島
(
たかさごじま
)
には、
062
えてしては、
063
牛童丸
(
うしどうまる
)
と
云
(
い
)
ふ
神
(
かみ
)
さまが
現
(
あらは
)
れて、
064
牛
(
うし
)
に
乗
(
の
)
つて
横笛
(
よこぶえ
)
を
吹
(
ふ
)
いてゐられると
云
(
い
)
ふことを
聞
(
き
)
きました』
065
童児
(
どうじ
)
『
牛童丸
(
うしどうまる
)
は
何神
(
なにがみ
)
の
化神
(
けしん
)
か、
066
知
(
し
)
つて
居
(
ゐ
)
るだらうなア』
067
常彦
(
つねひこ
)
『ハイ、
068
知
(
し
)
つて
居
(
を
)
ります。
069
御年村
(
みとせむら
)
の
百姓
(
ひやくしやう
)
、
070
自称
(
じしよう
)
艮
(
うしとら
)
の
金神
(
こんじん
)
さま……とは
違
(
ちが
)
ひますか』
071
童児
(
どうじ
)
『
私
(
わたし
)
は
百姓
(
ひやくしやう
)
の
神
(
かみ
)
だ。
072
大歳
(
おほとし
)
の
神
(
かみ
)
の
化身
(
けしん
)
だよ』
073
春彦
(
はるひこ
)
『ハアそれで
常彦
(
つねひこ
)
があなたの
牛
(
うし
)
にぶつかり、
074
背中
(
せなか
)
から
童児
(
どうじ
)
を
大歳
(
おほとし
)
の
神
(
かみ
)
さまですか、
075
アハヽヽヽ。
076
但
(
ただし
)
は
小
(
ち
)
つこいザマして、
077
大
(
おほ
)
きな
人間
(
にんげん
)
をオウドシの
神
(
かみ
)
さまだらう』
078
童児
(
どうじ
)
『お
前
(
まへ
)
は
春彦
(
はるひこ
)
と
云
(
い
)
ふ
男
(
をとこ
)
だなア、
079
一寸
(
ちよつと
)
ここへ
来
(
こ
)
い。
080
お
前
(
まへ
)
にやりたい
物
(
もの
)
がある』
081
春彦
(
はるひこ
)
『ハイ
有難
(
ありがた
)
う。
082
出
(
だ
)
すことなら、
083
舌
(
した
)
を
出
(
だ
)
すのも、
084
手
(
て
)
を
出
(
だ
)
すのも
嫌
(
いや
)
だが、
085
貰
(
もら
)
ふ
事
(
こと
)
なら、
086
犬
(
いぬ
)
の
葬連
(
さうれん
)
でも、
087
牛
(
うし
)
の
骨
(
ほね
)
でも
頂
(
いただ
)
きます』
088
と
子供
(
こども
)
だと
思
(
おも
)
ひ、
089
からかひ
半分
(
はんぶん
)
に
童児
(
どうじ
)
の
前
(
まへ
)
にすり
寄
(
よ
)
つた。
090
童児
(
どうじ
)
は
横笛
(
よこぶえ
)
を
逆手
(
さかて
)
に
持
(
も
)
ち、
091
春彦
(
はるひこ
)
の
横面
(
よこづら
)
を
目蒐
(
めが
)
けて、
092
牛
(
うし
)
の
背中
(
せなか
)
から、
093
牛童
(
うしどう
)
『
大歳
(
おほとし
)
の
神
(
かみ
)
が
横笛
(
よこぶえ
)
を
以
(
もつ
)
て、
094
お
前
(
まへ
)
の
横面
(
よこづら
)
を
力
(
ちから
)
一杯
(
いつぱい
)
春彦
(
はるひこ
)
だよ』
095
と
首
(
くび
)
がいがむ
程
(
ほど
)
叩
(
たた
)
きつけ、
096
牛童
(
うしどう
)
『モ
一
(
ひと
)
つやらうか』
097
と
平然
(
へいぜん
)
として
笑
(
わら
)
つて
居
(
ゐ
)
る。
098
春彦
(
はるひこ
)
『モウモウ
沢山
(
たくさん
)
で
御座
(
ござ
)
います。
099
随分
(
ずゐぶん
)
お
前
(
まへ
)
さまは
小
(
ちひ
)
さい
癖
(
くせ
)
に、
100
エライ
力
(
ちから
)
だな。
101
これ
丈
(
だけ
)
の
腕
(
うで
)
があれば、
102
大
(
だい
)
の
男
(
をとこ
)
を
捉
(
とら
)
まへて
嘲弄
(
てうろう
)
するのも
無理
(
むり
)
はないワイ。
103
それだから
神
(
かみ
)
さまが
何程
(
なにほど
)
小
(
ちい
)
さい
者
(
もの
)
でも
侮
(
あなど
)
ることはならぬ、
104
どんな
結構
(
けつこう
)
な
方
(
かた
)
が
化
(
ば
)
けて
御座
(
ござ
)
るか
知
(
し
)
れぬぞよ……と
仰有
(
おつしや
)
つたのだ。
105
……オイ
常彦
(
つねひこ
)
、
106
モウいゝ
加減
(
かげん
)
にこらへて
貰
(
もら
)
つて、
107
行
(
ゆ
)
かうぢやないか』
108
常彦
(
つねひこ
)
『さうだな。
109
……
モ
牛
(
うし
)
モ
牛
(
うし
)
牛童丸
(
うしどうまる
)
様
(
さま
)
、
110
そんならこれでお
別
(
わか
)
れ
致
(
いた
)
します』
111
牛童
(
うしどう
)
『
待
(
ま
)
て
待
(
ま
)
て、
112
お
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
両人
(
りやうにん
)
にモ
一
(
ひと
)
つ
大
(
おほ
)
きな
物
(
もの
)
をやりたいのだ』
113
春彦
(
はるひこ
)
『イヤもう
結構
(
けつこう
)
で
御座
(
ござ
)
います。
114
モウあれで
沢山
(
たくさん
)
で
御座
(
ござ
)
います。
115
此
(
この
)
上
(
うへ
)
頂
(
いただ
)
きますと、
116
笠
(
かさ
)
の
台
(
だい
)
が
飛
(
と
)
んで
了
(
しま
)
ひます』
117
牛童
(
うしどう
)
『イヤ
心配
(
しんぱい
)
するな。
118
此
(
この
)
牛
(
うし
)
をお
前
(
まへ
)
にやるから、
119
アリナの
滝
(
たき
)
迄
(
まで
)
乗
(
の
)
つて
行
(
ゆ
)
け。
120
大変
(
たいへん
)
に
足
(
あし
)
も
草疲
(
くたび
)
れてゐる
様
(
やう
)
だから……。
121
そして
高姫
(
たかひめ
)
はこれから
十丁
(
じつちやう
)
計
(
ばか
)
り
南
(
みなみ
)
へ
行
(
ゆ
)
くと、
122
小川
(
をがは
)
がある。
123
其
(
その
)
小川
(
をがは
)
を
左
(
ひだり
)
にとつて
十間
(
じつけん
)
計
(
ばか
)
りのぼると、
124
そこに
高姫
(
たかひめ
)
が
休
(
やす
)
んで
居
(
ゐ
)
るから、
125
此
(
この
)
牛
(
うし
)
に
乗
(
の
)
つて、
126
川
(
かは
)
をバサバサと
上
(
のぼ
)
つて
行
(
ゆ
)
け。
127
左様
(
さやう
)
なら……』
128
と
云
(
い
)
ふかと
見
(
み
)
れば、
129
最早
(
もはや
)
童児
(
どうじ
)
の
姿
(
すがた
)
は
見
(
み
)
えなくなり
居
(
ゐ
)
たり。
130
常彦
(
つねひこ
)
『オイ
春彦
(
はるひこ
)
、
131
どうだ。
132
俺
(
おれ
)
が
突当
(
つきあた
)
つた
計
(
ばか
)
りで、
133
こんな
結構
(
けつこう
)
な
乗物
(
のりもの
)
を
頂戴
(
ちやうだい
)
したぢやないか。
134
サア
是
(
こ
)
れから
二人共
(
ふたりとも
)
此
(
この
)
牛
(
うし
)
の
背中
(
せなか
)
に
跨
(
またが
)
つて
往
(
ゆ
)
かうぢやないか』
135
春彦
(
はるひこ
)
『お
前
(
まへ
)
は
結構
(
けつこう
)
だが、
136
俺
(
おれ
)
は
横笛
(
よこぶえ
)
でなぐられ、
137
痛
(
いた
)
くて
仕方
(
しかた
)
がないワ』
138
常彦
(
つねひこ
)
『ナニ、
139
神
(
かみ
)
の
恵
(
めぐみ
)
の
鞭
(
むち
)
だよ。
140
牛童丸
(
うしどうまる
)
様
(
さま
)
になぐられたのだから、
141
余程
(
よほど
)
貴様
(
きさま
)
も
光栄
(
くわうゑい
)
だ。
142
これが
高姫
(
たかひめ
)
にでも
撲
(
なぐ
)
られたのだつたら、
143
それこそ
腹
(
はら
)
が
立
(
た
)
つてたまらぬけれど、
144
何
(
なに
)
しろ
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
が、
145
春彦
(
はるひこ
)
モウ
別
(
わか
)
れるのか、
146
おなぐ
り
惜
(
を
)
しいと
云
(
い
)
つて、
147
お
撲
(
なぐ
)
り
遊
(
あそ
)
ばしたのだよ。
148
サア
早
(
はや
)
く
乗
(
の
)
らう。
149
牛
(
うし
)
と
見
(
み
)
し
世
(
よ
)
ぞ
今
(
いま
)
は
恋
(
こひ
)
しき……と
云
(
い
)
つて、
150
今
(
いま
)
が
一番
(
いちばん
)
結構
(
けつこう
)
かも
知
(
し
)
れぬぞ。
151
据膳
(
すえぜん
)
食
(
く
)
はぬは
男
(
をとこ
)
の
中
(
うち
)
ぢやない。
152
サア
早
(
はや
)
く
乗
(
の
)
つたり
乗
(
の
)
つたり』
153
春彦
(
はるひこ
)
『コシカ
峠
(
たうげ
)
の
弥次
(
やじ
)
、
154
与太
(
よた
)
の
夢
(
ゆめ
)
の
様
(
やう
)
に
又
(
また
)
牛
(
うし
)
に
乗
(
の
)
つて、
155
牛
(
うし
)
の
奴
(
やつ
)
から
小言
(
こごと
)
をきかされるやうな
事
(
こと
)
はあろまいかな』
156
常彦
(
つねひこ
)
『
心配
(
しんぱい
)
するな』
157
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
158
ヒラリと
背
(
せな
)
に
跨
(
またが
)
つた。
159
春彦
(
はるひこ
)
は
牛
(
うし
)
の
綱
(
つな
)
を
引
(
ひ
)
き
乍
(
なが
)
ら、
160
南
(
みなみ
)
へ
南
(
みなみ
)
へと
進
(
すす
)
み、
161
遂
(
つひ
)
に
童児
(
どうじ
)
の
教
(
をし
)
へた
細谷川
(
ほそたにがは
)
を
左
(
ひだり
)
に
取
(
と
)
り、
162
川
(
かは
)
を
溯
(
さかのぼ
)
りて、
163
高姫
(
たかひめ
)
の
休
(
やす
)
んでゐる
二三間
(
にさんげん
)
側
(
そば
)
まで
進
(
すす
)
み、
164
『オウオウ』……と
牛
(
うし
)
を
制
(
せい
)
し、
165
ヒラリと
飛
(
と
)
び
下
(
お
)
り、
166
春彦
(
はるひこ
)
『モシモシ
牛
(
もう
)
さま、
167
エライ
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
で
御座
(
ござ
)
いました。
168
モウ
どうぞお
帰
(
かへ
)
り
下
(
くだ
)
さいませ』
169
牛
(
うし
)
『ウン ウン ウン ウウー』
170
と
山
(
やま
)
もはぢける
様
(
やう
)
な
声
(
こゑ
)
を
出
(
だ
)
して
唸
(
うな
)
り
立
(
た
)
てる。
171
高姫
(
たかひめ
)
はウツラウツラ
夢路
(
ゆめぢ
)
を
辿
(
たど
)
つてゐたが、
172
此
(
この
)
声
(
こゑ
)
に
驚
(
おどろ
)
いて
目
(
め
)
を
覚
(
さ
)
まし、
173
巨大
(
きよだい
)
の
牛
(
うし
)
の
両側
(
りやうがは
)
に
常彦
(
つねひこ
)
、
174
春彦
(
はるひこ
)
二人
(
ふたり
)
の
立
(
た
)
つてゐるを
見
(
み
)
て、
175
高姫
(
たかひめ
)
『お
前
(
まへ
)
は
常
(
つね
)
、
176
春
(
はる
)
の
二人
(
ふたり
)
ぢやないか。
177
何
(
なん
)
だ、
178
そんな
大
(
おほ
)
きな
物
(
もの
)
を
引
(
ひ
)
つぱつて
来
(
き
)
て……
又
(
また
)
道中
(
だうちう
)
で
百姓
(
ひやくしやう
)
の
宝
(
たから
)
を
何々
(
なになに
)
して
来
(
き
)
たのだらう。
179
どこ
迄
(
まで
)
も
泥棒
(
どろぼう
)
根性
(
こんじやう
)
は
直
(
なほ
)
らぬと
見
(
み
)
えるワイ。
180
さうぢやから
此
(
この
)
高姫
(
たかひめ
)
がお
前
(
まへ
)
の
様
(
やう
)
な
者
(
もの
)
を
連
(
つ
)
れて
歩
(
ある
)
くと、
181
神徳
(
しんとく
)
がおちると
云
(
い
)
うたのだよ。
182
エヽ
汚
(
けが
)
らはしい、
183
トツトと
帰
(
かへ
)
つて
呉
(
く
)
れ。
184
ツユー ツユー ツユー』
185
と
唾
(
つばき
)
を
吐
(
は
)
き
出
(
だ
)
して、
186
二人
(
ふたり
)
にかける
真似
(
まね
)
をする。
187
常彦
(
つねひこ
)
『
高姫
(
たかひめ
)
さま、
188
心機
(
しんき
)
一転
(
いつてん
)
もそこまで
行
(
ゆ
)
けば、
189
徹底
(
てつてい
)
したものですなア。
190
モウ
私
(
わたし
)
はお
前
(
まへ
)
さまになんにも
言
(
い
)
ひませぬ。
191
玉
(
たま
)
の
所在
(
ありか
)
もお
前
(
まへ
)
さまの
心
(
こころ
)
を
見抜
(
みぬ
)
いた
上
(
うへ
)
で
知
(
し
)
らしてあげたいと
思
(
おも
)
つてゐたが、
192
さう
猫
(
ねこ
)
の
目
(
め
)
のやうにクレクレクレと
変
(
かは
)
るお
方
(
かた
)
は
険呑
(
けんのん
)
だから、
193
これきり
秘密
(
ひみつ
)
は
云
(
い
)
ひませぬから、
194
其
(
そ
)
の
積
(
つも
)
りでゐて
下
(
くだ
)
さい』
195
高姫
(
たかひめ
)
『オイ
常
(
つね
)
、
196
ソラ
何
(
なに
)
を
言
(
い
)
ふのだい。
197
大
(
だい
)
それた
日
(
ひ
)
の
出神
(
でのかみ
)
の
生宮
(
いきみや
)
に
向
(
むか
)
つて、
198
言
(
い
)
うてやるの、
199
言
(
い
)
うてやらぬのもあるものか。
200
妾
(
わし
)
が
知
(
し
)
らぬやうな
顔
(
かほ
)
して
気
(
き
)
を
引
(
ひ
)
いて
見
(
み
)
れば、
201
エラソウに
恩
(
おん
)
に
着
(
き
)
せて、
202
序文
(
じよぶん
)
や
総論
(
そうろん
)
計
(
ばか
)
りを
並
(
なら
)
べ、
203
肝腎
(
かんじん
)
の
中味
(
なかみ
)
は
水
(
みづ
)
の
中
(
なか
)
で
屁
(
へ
)
を
放
(
こ
)
いたやうな
掴
(
つか
)
まへ
所
(
どころ
)
のないことを
云
(
い
)
ふのだらう。
204
日
(
ひ
)
の
出神
(
でのかみ
)
様
(
さま
)
から、
205
玉
(
たま
)
の
所在
(
ありか
)
はチヤンと
聞
(
き
)
いたのだ。
206
モウお
前
(
まへ
)
さまに
用
(
よう
)
はない、
207
一生
(
いつしやう
)
頼
(
たの
)
みませぬ。
208
トツトと
妾
(
わし
)
の
目
(
め
)
にかからぬ
所
(
ところ
)
へ
往
(
い
)
つてお
呉
(
く
)
れ』
209
常彦
(
つねひこ
)
『
高姫
(
たかひめ
)
さま、
210
さう
啖呵
(
たんか
)
を
切
(
き
)
るものぢやありませぬよ。
211
腐
(
くさ
)
り
縄
(
なは
)
にも
亦
(
また
)
取得
(
とりえ
)
と
云
(
い
)
つて、
212
私
(
わたし
)
にでも
頼
(
たの
)
まねばならぬことが、
213
たつた
今
(
いま
)
出
(
で
)
て
来
(
き
)
ますから、
214
余
(
あま
)
りエラソウなことは
云
(
い
)
はぬが
宜
(
よろ
)
しからうぜ』
215
高姫
(
たかひめ
)
『エヽうるさい』
216
常彦
(
つねひこ
)
『そんなら、
217
此
(
この
)
牛
(
うし
)
に
乗
(
の
)
つて、
218
一口
(
ひとくち
)
一
(
いち
)
両
(
りやう
)
の、
219
ア、
220
リ、
221
ナーへお
先
(
さき
)
へ
失礼
(
しつれい
)
致
(
いた
)
しますワ。
222
私
(
わたし
)
は
途中
(
とちう
)
で
牛童丸
(
うしどうまる
)
さまに
一伍
(
いちぶ
)
一什
(
しじふ
)
教
(
をし
)
へられ、
223
お
前
(
まへ
)
さまのここに
居
(
ゐ
)
ることも、
224
チヤンと
知
(
し
)
らして
貰
(
もら
)
ひ、
225
結構
(
けつこう
)
な
四足
(
よつあし
)
の
乗物
(
のりもの
)
まで
頂戴
(
ちやうだい
)
して
来
(
き
)
たのだから、
226
一寸
(
ちよつと
)
も
草疲
(
くたび
)
れはせぬ。
227
モウ
十日
(
とをか
)
計
(
ばか
)
りアリナーまでかかるけれど、
228
これで
乗
(
の
)
つて
行
(
ゆ
)
けば
三日
(
みつか
)
計
(
ばか
)
りで
行
(
い
)
ける。
229
……ぢやお
先
(
さき
)
へ、
230
高姫
(
たかひめ
)
さま……アバヨ』
231
又
(
また
)
もや
牛
(
うし
)
に
跨
(
また
)
がらうとする。
232
高姫
(
たかひめ
)
はコリヤ
大変
(
たいへん
)
と、
233
慌
(
あわただ
)
しく
起上
(
おきあが
)
り、
234
常彦
(
つねひこ
)
の
腰
(
こし
)
をグツと
引掴
(
ひつつか
)
み、
235
高姫
(
たかひめ
)
『
待
(
ま
)
つたり
待
(
ま
)
つたり
常彦
(
つねひこ
)
、
236
妾
(
わし
)
が
悪
(
わる
)
かつた。
237
さう
腹
(
はら
)
を
立
(
た
)
てて
下
(
くだ
)
さるな。
238
一寸
(
ちよつと
)
お
前
(
まへ
)
が
如何
(
どう
)
云
(
い
)
ふか
知
(
し
)
らぬと
思
(
おも
)
つて
気
(
き
)
を
曳
(
ひ
)
いて
見
(
み
)
たのだよ』
239
常彦
(
つねひこ
)
『
又
(
また
)
何時
(
いつ
)
もの
筆法
(
ひつぱふ
)
ですかな。
240
其
(
その
)
手
(
て
)
は
食
(
く
)
ひませぬワ。
241
……サア
春彦
(
はるひこ
)
、
242
お
前
(
まへ
)
も
乗
(
の
)
つて
呉
(
く
)
れ。
243
……
高姫
(
たかひめ
)
さま、
244
お
先
(
さき
)
へ、
245
如意
(
によい
)
宝珠
(
ほつしゆ
)
、
246
其
(
その
)
他
(
た
)
の
御
(
ご
)
神宝
(
しんぱう
)
を
頂
(
いただ
)
いて
帰
(
かへ
)
ります。
247
アリヨース』
248
高姫
(
たかひめ
)
『コレ
常公
(
つねこう
)
、
249
春公
(
はるこう
)
、
250
待
(
ま
)
てと
言
(
い
)
つたら、
251
待
(
ま
)
ちなさつたら
如何
(
どう
)
ぢや、
252
さう
高姫
(
たかひめ
)
を
嫌
(
きら
)
つたものぢやないぜ』
253
と
円
(
まる
)
い
目
(
め
)
をワザと
細
(
ほそ
)
うし、
254
おチヨボ
口
(
ぐち
)
を
作
(
つく
)
つて
機嫌
(
きげん
)
をとる。
255
月夜
(
つきよ
)
でスツカリは
分
(
わか
)
らねど、
256
言葉
(
ことば
)
の
云
(
い
)
ひ
方
(
かた
)
から、
257
スタイルでそれと
肯
(
うなづ
)
かれた。
258
高姫
(
たかひめ
)
『モウ
牛
(
うし
)
は
帰
(
かへ
)
つて
貰
(
もら
)
つたら
如何
(
いかが
)
です。
259
却
(
かへつ
)
て
修業
(
しうげう
)
にならぬかも
知
(
し
)
れませぬで』
260
常彦
(
つねひこ
)
『アヽさうだなア。
261
そんなら
牛
(
もう
)
さま、
262
モウ
帰
(
かへ
)
つて
下
(
くだ
)
さい』
263
牛
(
うし
)
は
常彦
(
つねひこ
)
の
一言
(
いちごん
)
に
泡
(
あわ
)
の
如
(
ごと
)
く
其
(
その
)
場
(
ば
)
に
消
(
き
)
え
失
(
う
)
せけり。
264
高姫
(
たかひめ
)
は
之
(
こ
)
れを
見
(
み
)
て、
265
稍
(
やや
)
安心
(
あんしん
)
の
胸
(
むね
)
を
撫
(
な
)
で
下
(
おろ
)
し、
266
ソロソロ
又
(
また
)
強
(
つよ
)
いことを
言
(
い
)
ひかけた。
267
高姫
(
たかひめ
)
『
何程
(
なにほど
)
お
前
(
まへ
)
の
足
(
あし
)
が
達者
(
たつしや
)
でも、
268
私
(
わし
)
には
従
(
つ
)
いて
来
(
こ
)
られますまい。
269
それだから
慢心
(
まんしん
)
はなさるなと
始終
(
しじう
)
教訓
(
けうくん
)
してゐるのだよ』
270
常彦
(
つねひこ
)
『
又
(
また
)
高姫
(
たかひめ
)
さまは
弱味
(
よわみ
)
をつけ
込
(
こ
)
んで、
271
そんなことを
仰有
(
おつしや
)
る。
272
アヽこんな
事
(
こと
)
なら、
273
牛
(
うし
)
に
帰
(
かへ
)
つて
貰
(
もら
)
ふのぢやなかつたに。
274
……モシモシ
牛
(
もう
)
さま、
275
モ
一遍
(
いつぺん
)
こちらへ
帰
(
かへ
)
りて
下
(
くだ
)
さい。
276
そして
牛童丸
(
うしどうまる
)
の
仰有
(
おつしや
)
つた
様
(
やう
)
に、
277
アリナの
滝
(
たき
)
迄
(
まで
)
連
(
つ
)
れて
行
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さいな』
278
と
当途
(
あてど
)
もなく
叫
(
さけ
)
んだ。
279
呼
(
よ
)
べど
叫
(
さけ
)
べど
梨
(
なし
)
の
礫
(
つぶて
)
の
何
(
なに
)
の
音沙汰
(
おとさた
)
もない。
280
常彦
(
つねひこ
)
『アヽ
折角
(
せつかく
)
牛
(
もう
)
さまに
助
(
たす
)
けて
貰
(
もら
)
うたと
思
(
おも
)
へば、
281
明日
(
あす
)
は
又
(
また
)
砂
(
すな
)
つぽこりの
道
(
みち
)
を、
282
親譲
(
おやゆづ
)
りの
交通
(
かうつう
)
機関
(
きくわん
)
に
油
(
あぶら
)
でもかけてテクらねばならぬかいな。
283
……
牛
(
うし
)
と
見
(
み
)
し
世
(
よ
)
ぞ
今
(
いま
)
は
恋
(
こひ
)
しき……と
云
(
い
)
ふ
歌
(
うた
)
の
心
(
こころ
)
が、
284
今
(
いま
)
は
事実
(
じじつ
)
となつて
来
(
き
)
たワイ』
285
高姫
(
たかひめ
)
『オツホヽヽヽ、
286
そら
御覧
(
ごらん
)
、
287
驕
(
おご
)
る
平家
(
へいけ
)
は
久
(
ひさ
)
しからず、
288
……と
云
(
い
)
つて、
289
何時迄
(
いつまで
)
も
柳
(
やなぎ
)
の
下
(
した
)
に
鰌
(
どぢやう
)
は
居
(
を
)
りませぬぞや。
290
お
前
(
まへ
)
のやうな
人
(
ひと
)
を
連
(
つ
)
れてゆくのは
手足
(
てあし
)
纏
(
まと
)
ひだが
仕方
(
しかた
)
がない。
291
そんならドツと
張込
(
はりこ
)
んで、
292
お
供
(
とも
)
を
許
(
ゆる
)
してあげよう。
293
サアゆつくりと
此処
(
ここ
)
で
休
(
やす
)
みなさい』
294
春彦
(
はるひこ
)
『そんな
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
つて、
295
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
がグウグウ
休
(
やす
)
んでる
間
(
あひだ
)
に、
296
ソツと
高姫
(
たかひめ
)
さまが
抜
(
ぬ
)
け
出
(
だ
)
し、
297
先
(
さき
)
へ
行
(
い
)
つて、
298
玉
(
たま
)
をスツカリ
取
(
と
)
つてしまはつしやるのだなからうかな』
299
常彦
(
つねひこ
)
『ウン、
300
まさか、
301
そんなこともなさるまいかい。
302
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
私
(
わし
)
の
聞
(
き
)
いて
居
(
ゐ
)
るのは
又
(
また
)
外
(
ほか
)
にあるのぢやから、
303
さう
心配
(
しんぱい
)
したものぢやないワイ』
304
高姫
(
たかひめ
)
『お
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
はそれだから
可
(
い
)
かぬと
云
(
い
)
ふのぢや。
305
心
(
こころ
)
を
疑
(
うたが
)
ふといふ
事
(
こと
)
は
神界
(
しんかい
)
で
大変
(
たいへん
)
な
罪
(
つみ
)
ですよ。
306
疑
(
うたがひ
)
を
晴
(
は
)
らして、
307
綺麗
(
きれい
)
さつぱりと
改心
(
かいしん
)
なされ、
308
改心
(
かいしん
)
が
出来
(
でき
)
ねば
御
(
お
)
供
(
とも
)
は
許
(
ゆる
)
しませぬぞや』
309
常彦
(
つねひこ
)
『ハイ
改心
(
かいしん
)
致
(
いた
)
します』
310
高姫
(
たかひめ
)
『
春彦
(
はるひこ
)
もさうだらうな』
311
春彦
(
はるひこ
)
『
尤
(
もつと
)
も
左様
(
さやう
)
で
御座
(
ござ
)
います』
312
斯
(
か
)
く
話
(
はなし
)
す
所
(
ところ
)
へ
大杉
(
おほすぎ
)
の
枝
(
えだ
)
の
梢
(
しん
)
から
何者
(
なにもの
)
とも
知
(
し
)
れず、
313
声
『
高姫
(
たかひめ
)
々々
(
たかひめ
)
、
314
常彦
(
つねひこ
)
コツコ、
315
春
(
はる
)
ヒコツココ』
316
と
梟鳥
(
ふくろどり
)
のような
声
(
こゑ
)
でなき
出
(
だ
)
した。
317
高姫
(
たかひめ
)
うす
気味
(
きみ
)
悪
(
わる
)
くなり、
318
スゴスゴと
座
(
ざ
)
を
立
(
た
)
ちて、
319
元
(
もと
)
来
(
き
)
し
道
(
みち
)
へ
逃出
(
にげだ
)
した。
320
二人
(
ふたり
)
も
薄気味
(
うすきみ
)
悪
(
わる
)
く
高姫
(
たかひめ
)
の
後
(
あと
)
に
従
(
したが
)
ひ、
321
テルの
街道
(
かいだう
)
へ
出
(
で
)
て、
322
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
南
(
みなみ
)
へ
南
(
みなみ
)
へと
眠
(
ねむ
)
い
目
(
め
)
を
俄
(
にはか
)
にさまし、
323
トボトボと
歩
(
あゆ
)
み
行
(
ゆ
)
く。
324
草
(
くさ
)
を
褥
(
しとね
)
に
木株
(
きかぶ
)
を
枕
(
まくら
)
に
芭蕉
(
ばせう
)
の
葉
(
は
)
を
むし
つて
夜具
(
やぐ
)
に
代用
(
だいよう
)
し
乍
(
なが
)
ら、
325
七日
(
なぬか
)
計
(
ばか
)
りを
経
(
へ
)
て
漸
(
やうや
)
く、
326
猿世彦
(
さるよひこ
)
の
奇蹟
(
きせき
)
を
残
(
のこ
)
した
蛸取村
(
たことりむら
)
の
海岸
(
かいがん
)
に
出
(
で
)
た。
327
此
(
この
)
時
(
とき
)
既
(
すで
)
に
日
(
ひ
)
は
西山
(
せいざん
)
に
没
(
ぼつ
)
し、
328
二日
(
ふつか
)
の
月
(
つき
)
は
西方
(
せいはう
)
の
波
(
なみ
)
の
上
(
うへ
)
近
(
ちか
)
く
浮
(
う
)
いた
様
(
やう
)
に
見
(
み
)
えてゐる。
329
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
月
(
つき
)
に
向
(
むか
)
つて
合掌
(
がつしやう
)
し、
330
天津
(
あまつ
)
祝詞
(
のりと
)
を
奏上
(
そうじやう
)
し、
331
天
(
あま
)
の
数歌
(
かずうた
)
をうたひ
乍
(
なが
)
ら、
332
夜中
(
やちう
)
をも
屈
(
くつ
)
せず、
333
アリナの
滝
(
たき
)
を
目当
(
めあ
)
にトボトボと
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
334
(
大正一一・八・一一
旧六・一九
松村真澄
録)
335
(昭和一〇・六・七 王仁校正)
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