霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一四章 カーリン丸(まる)〔八三六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第29巻 海洋万里 辰の巻 篇:第3篇 神鬼一転 よみ(新仮名遣い):しんきいってん
章:第14章 カーリン丸 よみ(新仮名遣い):かーりんまる 通し章番号:836
口述日:1922(大正11)年08月12日(旧06月20日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年9月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
高姫一行は湖のほとりで一夜を明かすと、湖水で顔を洗って禊をし、朝拝を行った。ふと路傍を見ると、石の神像が立っている。その像の裏を見ると、鷹依姫たちがここで改心した記念に彫ったものであることがわかった。
高姫はこの奇縁に驚き、また自分が鷹依姫たちを追い出したことで苦労をかけたと嘆き、自らの過去の行いを悔いた。そして罪滅ぼしのために、この神像を自転倒島まで背負って行こうと決心した。これが地蔵の石像の濫觴だという。
一行は湖水の中に、縦筋の入っためくら魚と、横筋の入っためくら魚が泳いでいるのを見た。そこへ、縦横十文字の立派な魚が泳いできた。これを見て高姫は、三五教の中でも経・緯それぞれもののわからない信者同士がいがみあっても御神業は成就しないということを思い、反省した。
一行は旅を続け、アルの海岸に着き、船に乗り込んだ。船客たちは、鷹依姫一行の噂をしており、高姫にも話が及んでいた。高姫は恥ずかしさに小さくなっている。
さらに船客たちは、去年この船に乗った鷹依姫が誤って海中に落ち、それを助けようとした竜国別、テーリスタン、カーリンスの三人も行方が知れなくなっていることを話し出した。
船客の一人は、鷹依姫一行が海中に落ちて悲惨な目にあったのも、元はといえば自転倒島を追い出した高姫のせいだと憤っている。高姫は自ら船客の前に名乗り出て懺悔をし、船客の気が済むように自分を処分してくれと真心から謝罪した。
憤っていた船客は高姫の真心に打たれて知らずのうちに高姫に尊敬の念を抱くようになった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-12-31 17:23:39 文字数:5412 OBC :rm2914
愛善世界社版:203頁 八幡書店版:第5輯 540頁 修補版: 校定版:209頁 普及版:94頁 初版: ページ備考:
001 三(さん)人(にん)は湖水(こすゐ)の傍(かたはら)なる椰子樹(やしじゆ)の森(もり)に一夜(いちや)を明(あ)かした。002其(その)夜(よ)は比較(ひかく)的(てき)風(かぜ)強(つよ)く、003湖水(こすゐ)の波(なみ)の音(おと)は雷(らい)の如(ごと)く時々(ときどき)ドンドンと響(ひび)いて来(き)た。004此(この)湖水(こすゐ)の名(な)を玉(たま)の湖(うみ)と云(い)ふ。005東西(とうざい)五十(ごじふ)里(り)、006南北(なんぽく)三十五(さんじふご)里(り)位(ぐらゐ)の大湖水(だいこすゐ)であつた。007そして此(この)湖水(こすゐ)の形(かたち)は瓢箪(へうたん)を縦(たて)に割(わ)つて半分(はんぶん)を仰向(あふむ)けにしたやうな形(かたち)をしてゐる。008地平線(ちへいせん)上(じやう)より新(あらた)に生(うま)れ出(い)で玉(たま)ふ真紅(しんく)の太陽(たいやう)はニコニコとして舞(ま)ひ狂(くる)ひ乍(なが)ら、009刻々(こくこく)に昇天(しようてん)し給(たま)ふ。010一同(いちどう)は湖水(こすゐ)に顔(かほ)を洗(あら)ひ、011口(くち)を滌(すす)ぎ手(て)を清(きよ)め、012拍手(はくしゆ)感謝(かんしや)の詞(ことば)を奏上(そうじやう)し、013蔓苺(つるいちご)を掌(たなごころ)に一杯(いつぱい)むしり取(と)つて朝飯(あさめし)に代(か)へた。014能(よ)く能(よ)く見(み)れば傍(かたはら)に神(かみ)の姿(すがた)した石(いし)が立(た)つて居(ゐ)る。015扨(さ)て不思議(ふしぎ)と裏面(りめん)を見(み)れば、016軟(やはら)かき石像(せきざう)の裏(うら)に、017『鷹依姫(たかよりひめ)、018竜国別(たつくにわけ)、019テーリスタン、020カーリンスの一行(いつかう)四(よ)人(にん)、021改心(かいしん)記念(きねん)の為(ため)に此(この)石(せき)像(ざう)を刻(きざ)み置(お)く……』と刻(ほ)り附(つ)けてあつた。022常彦(つねひこ)は此(この)文面(ぶんめん)を読(よ)み上(あ)げて高姫(たかひめ)に聞(き)かした。023高姫(たかひめ)は驚(おどろ)いて、
024高姫(たかひめ)『あゝ矢張(やつぱり)鷹依姫(たかよりひめ)さまも竜国別(たつくにわけ)さまも、025テー、026カーも、027つまり此(この)荒原(くわうげん)を彷徨(さまよ)うて御座(ござ)つたと見(み)える。028ホンにお気(き)の毒(どく)な、029あるにあられぬ苦労(くらう)をなさつたであらう。030此(この)高姫(たかひめ)が無慈悲(むじひ)にも、031黒姫(くろひめ)さまが黄金(こがね)の玉(たま)を紛失(ふんしつ)したと云(い)つて、032鷹依姫(たかよりひめ)さまや、033外(ほか)三(さん)人(にん)の方(かた)にまで難題(なんだい)を云(い)ひつのり、034聖地(せいち)を追(お)ひ出(だ)したのは、035何(なん)と云(い)ふ気強(きづよ)いことをしたのであらう。036今(いま)になつて過去(くわこ)を顧(かへり)みれば、037私(わたし)の犯(をか)した罪(つみ)、038人(ひと)さまの恨(うら)みが実(じつ)に恐(おそ)ろしくなつて来(き)た。039せめては鷹依姫(たかよりひめ)さま一同(いちどう)の苦労(くらう)なさつて通(とほ)られた跡(あと)を、040斯(こ)うして修業(しうげふ)に歩(ある)かして貰(もら)ふのも、041私(わたし)の罪亡(つみほろ)ぼし、042又(また)因果(いんぐわ)の循(めぐ)り循(めぐ)りて同(おな)じ処(ところ)を迂路(うろ)つき廻(まは)るやうになつたのだらう。043諺(ことわざ)にも……人(ひと)を呪(のろ)はば穴(あな)二(ふた)つ……とやら、044情(なさけ)は人(ひと)の為(ため)ならずとやら、045善(ぜん)にもあれ、046悪(あく)にもあれ、047何事(なにごと)も皆(みな)吾身(わがみ)に報(むく)うて来(く)るものだ……と口(くち)にはいつも立派(りつぱ)に人様(ひとさま)に向(むか)つて、048諭(さと)しては居(ゐ)たものの、049斯(か)うして自分(じぶん)が実地(じつち)に当(あた)つて見(み)ると、050尚更(なほさら)神(かみ)様(さま)の教(をしへ)が身(み)に沁々(しみじみ)と沁(し)み亘(わた)つて、051有難(ありがた)いやら恐(おそ)ろしいやら、052何(なん)とも申上(まをしあ)げやうが御座(ござ)いませぬ。053……あゝ鷹依姫(たかよりひめ)様(さま)、054竜国別(たつくにわけ)様(さま)、055テー、056カーの両人(りやうにん)さま、057高姫(たかひめ)のあなた方(がた)に加(くは)へた残虐(ざんぎやく)無道(ぶだう)の罪(つみ)、058どうぞ許(ゆる)して下(くだ)さいませ。059あなたがこんな遠国(ゑんごく)へ来(き)て種々(いろいろ)雑多(ざつた)と苦労(くらう)をなさるのも、060皆(みな)此(この)高姫(たかひめ)に憑依(ひようい)してゐた、061金毛(きんまう)九尾(きうび)の悪狐(あくこ)の為(な)せし業(わざ)、062どうぞ赦(ゆる)して下(くだ)さいませ。063此(この)石像(せきざう)は、064鷹依姫(たかよりひめ)様(さま)、065竜国別(たつくにわけ)様(さま)の心(こころ)を籠(こ)められた記念物(きねんぶつ)、066之(これ)を見(み)るにつけても、067おいとしいやら、068お気(き)の毒(どく)やら、069お懐(なつ)かしいような気(き)が致(いた)します。070何程(なにほど)重(おも)たくても罪(つみ)亡(ほろ)ぼしの為(ため)に此(この)石像(せきざう)を、071鷹依姫(たかよりひめ)様(さま)、072外(ほか)御(ご)一同(いちどう)と思(おも)ひ自転倒(おのころ)島(じま)まで負(お)うて帰(かへ)り、073お宮(みや)を建(た)てて、074朝夕(あさゆふ)にお給仕(きふじ)を致(いた)し、075私(わたし)の重(おも)い罪(つみ)を赦(ゆる)して戴(いただ)かねばなりませぬ』
076と念(ねん)じ乍(なが)ら、077四辺(あたり)の蔓草(つるぐさ)を綯(よ)つて縄(なは)を作(つく)り、078背中(せなか)に括(くく)りつけ、079其(その)上(うへ)から蓑(みの)を被(かぶ)り、080持重(もちおも)りのする石像(せきざう)を背中(せなか)に負(お)うて、081たうとうアマゾン河(がは)の森林(しんりん)迄(まで)帰(かへ)つて了(しま)つたのである。082これが家々(いへいへ)に、083小(ちい)さき地蔵(ぢざう)を造(つく)り、084屋敷(やしき)の隅(すみ)に、085石(いし)を畳(たた)み、086其(その)上(うへ)に祀(まつ)ることとなつた濫觴(らんしやう)である。
087 さて高姫(たかひめ)は石像(せきざう)を背(せ)に負(お)ひ、088エチエチし乍(なが)ら草野(くさの)を分(わ)けて湖畔(こはん)を東(ひがし)へ東(ひがし)へと二人(ふたり)の同行(どうぎやう)と共(とも)に進(すす)み行(ゆ)く。
089 高姫(たかひめ)は玉(たま)の湖畔(こはん)を進(すす)み乍(なが)ら、090湖中(こちう)に溌溂(はつらつ)として泳(およ)げる、091何(なん)とも云(い)へぬ美(うつく)しき五色(ごしき)の、092縦筋(たてすぢ)や横筋(よこすぢ)の通(とほ)つた魚(うを)を眺(なが)め、
093高姫(たかひめ)『コレコレ、094一寸(ちよつと)御覧(ごらん)なさい、095常彦(つねひこ)、096不思議(ふしぎ)な魚(さかな)が居(を)ります。097これが噂(うはさ)に聞(き)いた、098玉(たま)の湖(うみ)の錦魚(にしきのうを)といふのでせう。099一名(いちめい)金魚(きんぎよ)とか云(い)ふさうですが、100本当(ほんたう)に綺麗(きれい)なものぢや御座(ござ)いませぬか』
101常彦(つねひこ)『成程(なるほど)、102天(てん)火(くわ)水(すい)地(ち)結(むすび)と青(あを)赤(あか)紫(むらさき)白(しろ)黄(き)、103順序(じゆんじよ)能(よ)く縦筋(たてすぢ)がはいつて居(を)りますな。104之(これ)が所謂(いはゆる)縦魚(たてうを)で御座(ござ)いませう。105あゝ此処(ここ)にも横(よこ)に又(また)同(おな)じ如(や)うな五色(ごしき)の斑(もん)の附(つ)いた魚(うを)が泳(およ)いでゐます。106どちらが雄(をん)で、107どちらが雌(めん)でせうかなア』
108春彦(はるひこ)『定(き)まつた事(こと)よ。109縦筋(たてすぢ)の方(はう)が雄(をん)で、110横筋(よこすぢ)のはいつた方(はう)が雌(めん)だ。111経(たて)と緯(よこ)と夫婦(ふうふ)揃(そろ)うて錦(にしき)の機(はた)を織(お)ると云(い)ふのだから、112錦魚(にしきのうを)と云(い)ふのだ。113此(この)鰭(はた)を見(み)よ、114随分(ずゐぶん)立派(りつぱ)な鰭(はた)ぢやないか』
115常彦(つねひこ)『併(しか)し此(この)魚(うを)には目(め)が無(な)いぢやないか。116此奴(こいつ)アどうも不思議(ふしぎ)ぢやないか』
117春彦(はるひこ)『此(この)縦筋(たてすぢ)のはいつた盲魚(めくらうを)は一名(いちめい)高姫魚(たかひめうを)と云(い)ひ、118横筋(よこすぢ)のはいつたのは春彦魚(はるひこうを)と云(い)ふのだ。119どちらも盲(めくら)だから、120マタイものだ。121それ此(この)通(とほ)り逃(に)げも何(なに)もせぬぢやないか。122併(しか)し手(て)に取(と)ると、123やつぱりピンピン撥(は)ねよるワ。124ヤア其処(そこ)へ本当(ほんたう)の錦魚(にしきうを)がやつて来(き)たぞ。125此奴(こいつ)ア縦横(たてよこ)十文字(じふもんじ)、126素的(すてき)滅法界(めつぽふかい)、127綺麗(きれい)な筋(すぢ)がはいつて、128ピカピカ光(ひか)つてゐる。129目(め)も大(おほ)きな目(め)があいてゐる。130……なア高姫(たかひめ)さま、131これを見(み)ても経(たて)と緯(よこ)と揃(そろ)はねば、132変性(へんじやう)男子(なんし)の系統(ひつぽう)ばかりでも見(み)えず、133女子(によし)の行方(やりかた)ばかりでも後先(あとさき)が見(み)えぬと云(い)ふ神(かみ)様(さま)の御(ご)教訓(けうくん)ですな』
134 高姫(たかひめ)頻(しき)りに首(くび)を振(ふ)り、
135高姫(たかひめ)『ウーン、136なんとまア神(かみ)様(さま)の御(ご)経綸(けいりん)と云(い)ふものは恐(おそ)れ入(い)つたもので御座(ござ)います。137これを見(み)て改心(かいしん)せねばなりませぬワイ。138今迄(いままで)の三五教(あななひけう)の様(やう)に、139経緯(たてよこ)の盲(めくら)同士(どうし)が盲縞(めくらじま)を織(お)つて居(を)つては、140何時迄(いつまで)も錦(にしき)の機(はた)は織(お)り上(あ)がりませぬ。141夫(それ)に就(つ)いては私(わたし)が第一(だいいち)悪(わる)かつた。142経糸(たていと)はヂツとさへして居(を)れば良(よ)いのに、143緯糸(よこいと)以上(いじやう)に藻掻(もが)くものだから、144薩張(さつぱり)ワヤになつて了(しま)うたのぢや。145あゝ何(なに)を見(み)ても神(かみ)様(さま)の教訓(けうくん)許(ばか)り、146何故(なにゆゑ)今迄(いままで)こんな見易(みやす)い道理(だうり)が分(わか)らなんだのだらう。147ヤツパリ金毛(きんまう)九尾(きうび)に眼(まなこ)を眩(くら)まされてゐたのだ』
148と長大(ちやうだい)嘆息(たんそく)をしてゐる。149是(こ)れより一行(いつかう)は夜(よ)を日(ひ)に継(つ)ぎ、150漸(やうや)くにしてアルの海岸(かいがん)に着(つ)いた。151幸(さいは)ひ船(ふね)はゼムの港(みなと)に向(むか)つて出帆(しゆつぱん)せむとする間際(まぎは)であつた。152高姫(たかひめ)は慌(あわただ)しく『オーイオーイ』と呼止(よびと)めた。153船頭(せんどう)は今(いま)纜(ともづな)を解(と)いて港(みなと)を少(すこ)しばかり離(はな)れた船(ふね)を引返(ひきかへ)し、154三(さん)人(にん)を乗(の)らしめ、155折(をり)からの南風(なんぷう)に帆(ほ)を孕(はら)ませ、156ゼムの港(みなと)を指(さ)して波上(はじやう)ゆるやかに辷(すべ)り行(ゆ)く。
157 長(なが)き海上(かいじやう)の退屈(たいくつ)紛(まぎ)れに船客(せんきやく)の間(あひだ)にあちらこちらと雑談(ざつだん)が始(はじ)まつた。158高姫(たかひめ)一行(いつかう)は船(ふね)の片隅(かたすみ)に小(ちい)さくなつて控(ひか)へてゐる。
159甲『去年(きよねん)の事(こと)だつたか、160此(この)船(ふね)に乗(の)つてゼムの港(みなと)へ渡(わた)る時(とき)の船客(せんきやく)の話(はな)しに、161テルの国(くに)のアリナの滝(たき)とやらに大変(たいへん)な玉取神(たまとりがみ)さまが現(あら)はれ、162彼方(あちら)からも此方(こちら)からも、163種々雑多(たくさん)の玉(たま)をお供(そな)へに行(い)つて、164いろいろの願事(ねがひごと)を叶(かな)へて貰(もら)はうと、165欲(よく)な連中(れんぢう)が引(ひき)も切(き)らず参拝(さんぱい)してゐたさうぢや。166さうすると何(なん)でもヒルとか夜(よる)とか云(い)ふ国(くに)の偉(えら)いお方(かた)が黄金(こがね)の玉(たま)をお供(そな)へになつた。167玉取神(たまとりがみ)さまはその黄金(こがね)の玉(たま)が気(き)に入(い)つたと見(み)えて、168夜(よ)さりの間(あひだ)に玉(たま)を引(ひ)つ担(かつ)ぎ、169何処(どつか)へ逃(に)げ出(だ)し、170ウヅの国(くに)の櫟(くぬぎ)ケ原(はら)とかで、171折角(せつかく)持出(もちだ)した玉(たま)を、172天狗(てんぐ)に取上(とりあ)げられ、173這々(はうはう)の体(てい)でウヅの国(くに)(アルゼンチン)の大原野(だいげんや)を横断(わうだん)し、174アルの港(みなと)から船(ふね)に乗(の)つて、175アマゾン川(がは)の河上(かはかみ)まで行(い)つたと云(い)ふ事(こと)だ。176併(しか)し神(かみ)さまの中(なか)にもいろいろあつて、177欲(よく)な神(かみ)さまもあればあるものぢやなア。178其(その)玉取神(たまとりがみ)さまの大将(たいしやう)は、179何(なん)でも自転倒(おのころ)島(じま)の鷹(たか)とか鳶(とび)とか烏(からす)の様(やう)な名(な)のつく、180矢釜(やかま)しい女神(をんながみ)があつて、181大切(たいせつ)に守(まも)つて居(を)つた玉(たま)を玉取神(たまとりがみ)が失(うしな)うたので怒(おこ)つて叩(たた)き出(だ)し、182其(その)玉(たま)を手(て)に入(い)れる迄(まで)、183帰(かへ)つて来(く)な……と此(この)広(ひろ)い世(よ)の中(なか)に玉(たま)の一(ひと)つ位(ぐらゐ)、184何程(なんぼ)捜(さが)したつて、185分(わか)りさうなことがないのに、186無茶(むちや)を言(い)うて、187いぢり倒(たふ)したと云(い)ふ話(はなし)を聞(き)いたが、188随分(ずゐぶん)悪(わる)い神(かみ)もあればあるものだなア。189屹度(きつと)其奴(そいつ)には八岐(やまた)の大蛇(をろち)やら、190金毛(きんまう)九尾(きうび)の狐(きつね)が憑(つ)いてをつて、191そんな無茶(むちや)なことを言(い)はしたり、192さしたりすると云(い)ふ話(はな)しだ。193本当(ほんたう)に神(かみ)さまだと云(い)つても、194無茶(むちや)苦茶(くちや)に信神(しんじん)出来(でき)ぬものだ。195鷹鳶姫(たかとびひめ)とか玉取姫(たまとりひめ)とか云(い)ふケチな神(かみ)もある世(よ)の中(なか)だからなア』
196乙『玉取姫(たまとりひめ)位(くらゐ)なら屁(へ)どろいこつちやが、197世間(せけん)には沢山(たくさん)、198嬶取彦(かかとりひこ)や爺取姫(おやぢとりひめ)が現(あら)はれて、199随分(ずゐぶん)社会(しやくわい)の秩序(ちつじよ)を紊(みだ)し、200此(この)世(よ)の中(なか)に悪(あく)の種(たね)を蒔(ま)く神(かみ)も、201此(この)頃(ごろ)は大分(だいぶん)に出来(でき)て来(き)たぞよ。202アハヽヽヽ』
203と他愛(たあい)なく笑(わら)ふ。204高姫(たかひめ)は真赤(まつか)な顔(かほ)して小(ちい)さくなつて、205甲乙(かふおつ)の談(はなし)を聞(き)いて居(ゐ)た。
206 常彦(つねひこ)は高姫(たかひめ)の耳(みみ)に口(くち)を寄(よ)せ、
207常彦『高姫(たかひめ)さま、208どうも世間(せけん)は広(ひろ)いやうで狭(せま)いものですな。209海洋(かいやう)万里(ばんり)の斯(こ)んな所(ところ)まで、210自転倒(おのころ)島(じま)の出来事(できごと)が、211仮令(たとへ)間違(まちが)ひにもせよ、212大体(だいたい)が行渡(ゆきわた)つて居(を)るとは実(じつ)に驚(おどろ)きましたねえ。213玉野原(たまのはら)の玉(たま)の湖(うみ)の椰子樹(やしじゆ)の下(した)に、214竜国別(たつくにわけ)さまが刻(きざ)んでおいた四(よ)人(にん)の石像(せきざう)、215仮令(たとへ)何万(なんまん)年(ねん)経(た)つたつて、216貴女(あなた)や私(わたし)達(たち)の目(め)にとまる筈(はず)がないのに、217何百(なんびやく)里(り)とも際限(さいげん)のない野(の)の中(なか)に、218こんな小(ち)つぽけな物(もの)が只(ただ)の一(ひと)つ、219それが斯(か)うして貴女(あなた)の背(せな)に負(お)はれる様(やう)になると云(い)ふも、220不思議(ふしぎ)ぢやありませぬか。221之(これ)を思(おも)うと人間(にんげん)も余程(よほど)心得(こころえ)なくてはなりませぬなア』
222高姫(たかひめ)『サアそれについて、223私(わたし)は胸(むね)も何(なに)も引裂(ひきさ)けるやうになつて来(き)ました。224私(わたし)が変性(へんじやう)男子(なんし)様(さま)の系統(ひつぽう)々々(ひつぽう)と云(い)つて、225それを鼻(はな)にかけ、226金毛(きんまう)九尾(きうび)に誑惑(きやうわく)されて、227今迄(いままで)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に厳(いづ)の御霊(みたま)の御(お)徳(とく)を落(お)とすこと許(ばか)りやつて来(き)たかと思(おも)へば、228如何(どう)して此(この)罪(つみ)が贖(あがな)へやうかと、229誠(まこと)に恐(おそ)ろしく、230悲(かな)しくなつて来(き)ました』
231と涙(なみだ)ぐむ。232船客(せんきやく)は又(また)もや盛(さか)んに喋(しやべ)り出(だ)した。
233丙(ヨブ)『オイお前(まへ)の云(い)うて居(を)つた鷹鳶姫(たかとびひめ)と云(い)ふのは、234ソリヤ高姫(たかひめ)の間違(まちが)ひだらう。235そして玉取姫(たまとりひめ)と云(い)ふのは鷹依姫(たかよりひめ)の間違(まちが)ひだらう。236高姫(たかひめ)と云(い)ふ奴(やつ)はなア、237徹底(てつてい)的(てき)我慢(がまん)の強(つよ)い奴(やつ)で、238変性(へんじやう)男子(なんし)とか云(い)ふ立派(りつぱ)なお方(かた)の腹(はら)から生(うま)れて、239それはそれは意地(いぢ)の悪(わる)い頑固者(ぐわんこもの)の、240利己主義(われよし)の口達者(くちたつしや)の、241論(ろん)にも杭(くひ)にも掛(かか)らぬ化物(ばけもの)ださうな。242そして金剛(こんがう)不壊(ふゑ)の如意(によい)宝珠(ほつしゆ)とか云(い)ふお宝物(ほうもつ)を腹(はら)に呑(の)んだり、243出(だ)したり、244丸(まる)で手品師(てじなし)のやうなことをやる、245悪神(あくがみ)の容物(いれもの)だと云(い)ふ事(こと)だ。246噂(うはさ)を聞(き)いて憎(にく)らしうなつて来(く)る。247どうで遠(とほ)い自転倒(おのころ)島(じま)の話(はな)しだから、248到底(たうてい)吾々(われわれ)には一代(いちだい)に会(あ)ふことは出来(でき)まいが、249若(も)しも出会(であ)うたが最後(さいご)、250世界(せかい)の為(ため)に俺(おれ)は素首(そつくび)引抜(ひきぬ)いてやらうと思(おも)つてゐるのだ。251何(なん)だか高姫(たかひめ)の話(はな)しが出(で)ると、252腹(はら)の底(そこ)からむかついて来(き)て堪(たま)らないワ。253去年(きよねん)の今頃(いまごろ)だつた。254高姫(たかひめ)に仕(つか)へて居(を)つた鷹依姫(たかよりひめ)、255其(その)息子(むすこ)の鼻(はな)の素的(すてき)滅法界(めつぽふかい)に高(たか)い竜国別(たつくにわけ)、256それに一寸(ちよつと)人種(じんしゆ)の変(かは)つた、257鼻(はな)の高(たか)い細長(ほそなが)い、258色(いろ)の少(すこ)し白(しろ)いテーリスタンとかカーリンスとか云(い)ふ四人(よにん)連(づ)れが、259アリナの滝(たき)の……何(なん)でも近所(きんじよ)に鏡(かがみ)の池(いけ)とか云(い)ふ不思議(ふしぎ)な池(いけ)があつて、260そこに長(なが)らく居(を)つた所(ところ)、261俄(にはか)にどんな事情(じじやう)か知(し)らぬが、262居(を)れなくなつて、263たうとうアリナ山脈(さんみやく)を越(こ)えて、264ウヅの国(くに)の櫟(くぬぎ)ケ原(はら)を横断(わうだん)し、265アルの港(みなと)からヒルへ行(ゆ)く途中(とちう)、266誤(あやま)つて婆(ばば)アはデツキの上(うへ)から海中(かいちう)へ陥没(かんぼつ)し、267皆目(かいもく)姿(すがた)がなくなつて了(しま)つた。268そこで息子(むすこ)の竜国別(たつくにわけ)が、269婆(ば)アさまを助(たす)けようとドブンと計(ばか)り飛込(とびこ)んだが、270これも亦(また)波(なみ)に捲(ま)かれて行(ゆ)き方(がた)知(し)れず、271テ、272カの二人(ふたり)も続(つづ)いてドブンとやつたが、273此奴(こいつ)もテンで行方(ゆくへ)が知(し)れなくなつて了(しま)つた。274彼奴(あいつ)は悪人(あくにん)か何(なに)か知(し)らぬが随分(ずゐぶん)親孝行(おやかうかう)者(もの)だ。275母親(ははおや)が陥(はま)つたのを助(たす)けようと思(おも)うて、276伜(せがれ)の竜国別(たつくにわけ)が飛込(とびこ)んで殉死(じゆんし)し、277又(また)弟子(でし)の二人(ふたり)が助(たす)けようと思(おも)つたか、278殉死(じゆんし)の覚悟(かくご)だつたか知(し)らぬが、279共(とも)に水泡(みなわ)と消(き)えて了(しま)つた。280随分(ずゐぶん)此(この)航路(かうろ)では有名(いうめい)な話(はな)しだ。281お前(まへ)まだ耳(みみ)にして居(を)らぬのか』
282乙『成程(なるほど)、283親子(おやこ)主従(しゆじゆう)の心中(しんちう)とか云(い)つて、284随分(ずゐぶん)有名(いうめい)な話(はなし)だが、285其(その)……何(なん)だなア、286宣伝使(せんでんし)の一行(いつかう)のことか、287俺(おれ)や又(また)どつかの親子(おやこ)主従(しゆじゆう)の心中(しんちう)かと思(おも)つてゐた。288ホンに可哀相(かあいさう)なこつたナア』
289丙(ヨブ)『それと云(い)ふのも元(もと)を糺(ただ)せば、290ヤツパリ高姫(たかひめ)と云(い)ふ奴(やつ)が悪(わる)いからだ。291彼奴(あいつ)が無理(むり)難題(なんだい)を云(い)ひかけて、292自転倒(おのころ)島(じま)から高砂島(たかさごじま)(南米(なんべい))三界(さんがい)迄(まで)追(お)ひ出(だ)したものだから、293たうとうあんなことになつて了(しま)つたのだ。294四(よ)人(にん)の宣伝使(せんでんし)は可哀相(かあいさう)でたまらぬ。295俺(おれ)やモウ其(その)話(はな)しを聞(き)いてから、296空(そら)を翔(た)つてる鷹(たか)を見(み)ても癪(しやく)に障(さは)つて堪(たま)らぬのだ。297人間(にんげん)にでも鷹(たか)と云(い)ふ名(な)の附(つ)いてる奴(やつ)に会(あ)うと、298其奴(そいつ)が憎(にく)らしくなつて来(き)て、299擲(なぐ)りつけたいやうな気(き)がするのだよ。300赤(あか)の他人(たにん)の俺(おれ)が、301何故(なぜ)鷹依姫(たかよりひめ)や竜国別(たつくにわけ)の、302それ丈(だけ)贔屓(ひいき)をせにやならぬかと思(おも)うと、303不思議(ふしぎ)でたまらないワ。304大方(おほかた)あの陥(はま)る時(とき)に、305アヽ可哀相(かあいさう)だと思(おも)うて見(み)てゐたものだから、306其(その)亡魂(ばうこん)でも憑依(ひようい)したのか……。307今日(けふ)は何(なん)だか其(その)タカと云(い)ふ名(な)のついた奴(やつ)が乗(の)つて居(ゐ)やせぬかなア。308何(なん)だかむかついてむかついて仕方(しかた)がないのだ』
309と目(め)を真赤(まつか)にし、310歯噛(はが)みし、311拳(こぶし)を握(にぎ)り、312形相(ぎやうさう)凄(すさま)じく息(いき)を喘(はづ)ませてゐる。
313甲『ハヽヽヽヽ、314他人(たにん)の疝気(せんき)を頭痛(づつう)に病(や)むと云(い)ふのはお前(まへ)のことだ。315そんなことはイヽ加減(かげん)にしておけ。316何程(なにほど)力(りき)んでみた所(ところ)で、317肝腎(かんじん)の本人(ほんにん)は海洋(かいやう)万里(ばんり)の自転倒(おのころ)島(じま)に居(を)るのだから駄目(だめ)だよ』
318丙(ヨブ)『何(なん)だか俄(にはか)に体(からだ)が震(ふる)ひ出(だ)した。319何(なん)でも此(この)船(ふね)に高姫(たかひめ)と云(い)ふ奴(やつ)、320乗(の)つてゐるのぢやあるまいかな。321オイ一寸(ちよつと)女客(をんなきやく)の名(な)を、322御(ご)苦労(くらう)だが、323一々(いちいち)尋(たづ)ねて来(き)て呉(く)れぬか』
324甲『馬鹿(ばか)を言(い)ふない、325おれが尋(たづ)ねなくても、326船長(せんちやう)さまに聞(き)けば、327チヤンと帳面(ちやうめん)に附(つ)けてあるワ』
328丙(ヨブ)『それもさうだ、329そんなら尋(たづ)ねて見(み)やうかな』
330と立上(たちあ)がらうとする。331高姫(たかひめ)は、332丙(へい)の袖(そで)を控(ひか)へて、
333高姫(たかひめ)『モシモシ何処(どこ)の方(かた)かは知(し)りませぬが、334鷹依姫(たかよりひめ)、335竜国別(たつくにわけ)一行(いつかう)の為(ため)に、336能(よ)うそこ迄(まで)一心(いつしん)に思(おも)うてやつて下(くだ)さいます。337定(さだ)めて四(よ)人(にん)の者(もの)も冥土(めいど)から喜(よろこ)んで居(を)ることで御座(ござ)いませう。338あなたは最前(さいぜん)から承(うけたま)はれば、339四(よ)人(にん)の海(うみ)へ落(お)ちたのを見(み)て居(ゐ)なさつたさうですが、340後(あと)に何(なに)か残(のこ)つてゐませなんだか。341私(わたし)があなたの憎(にく)いと思召(おぼしめ)す自転倒(おのころ)島(じま)から来(き)た高姫(たかひめ)で御座(ござ)いますよ。342罪(つみ)の深(ふか)い私(わたし)、343サアどうぞ貴方(あなた)の存分(ぞんぶん)にして下(くだ)さいませ。344さうすれば、345四(よ)人(にん)の者(もの)も定(さだ)めし浮(う)かぶことで御座(ござ)いませう。346今(いま)私(わたし)の負(お)うて居(を)ります石(いし)には、347右(みぎ)四(よ)人(にん)の姿(すがた)が刻(ほ)り込(こ)んで御座(ござ)います。348かやうなことがあらうとて虫(むし)が知(し)らしたのか、349チヤンと自分(じぶん)から石碑(せきひ)を拵(こしら)へて残(のこ)しておいたと見(み)えます。350あゝ因縁(いんねん)と云(い)ふものは恐(おそ)ろしいものだ。351天網(てんまう)恢々(くわいくわい)疎(そ)にして漏(も)らさず、352こんなことと知(し)つたら、353あんな酷(むご)いことを云(い)ふのぢやなかつたに』
354と云(い)ひ乍(なが)ら、355背中(せなか)の石像(せきざう)を前(まへ)に据(す)ゑ、356手(て)を合(あは)せ、
357高姫(たかひめ)『コレコレ四(よ)人(にん)の御(お)方(かた)、358どうぞ怺(こら)へて下(くだ)さい。359三千(さんぜん)世界(せかい)の御(ご)神業(しんげふ)に参加(さんか)せなくてはならぬ大切(たいせつ)な体(からだ)なれど、360私(わたし)は今(いま)此(この)御(お)方(かた)に生首(なまくび)を引抜(ひきぬ)かれて国替(くにがへ)を致(いた)し、361お前(まへ)さまの側(そば)へ行(い)つて、362更(あらた)めてお詫(わび)を致(いた)します。363あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。364鷹依姫(たかよりひめ)、365竜国別(たつくにわけ)、366テーリスタンにカーリンス、367頓生(とんしやう)菩提(ぼだい)、368あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
369と一生(いつしやう)懸命(けんめい)に念(ねん)じてゐる。370丙(へい)は高姫(たかひめ)の真心(まごころ)より悔悟(くわいご)した其(その)言葉(ことば)と挙動(きよどう)とに、371今迄(いままで)張(は)り切(き)つた勢(いきほひ)もどこへか抜(ぬ)け、372今(いま)は却(かへつ)て、373高姫(たかひめ)崇拝者(すうはいしや)と心(こころ)の中(なか)で知(し)らず知(し)らずの間(あひだ)になつてしまつてゐた。
374(大正一一・八・一二 旧六・二〇 松村真澄録)
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