霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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序文(じよぶん)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻 篇:前付 よみ(新仮名遣い):
章:序文 よみ(新仮名遣い):じょぶん 通し章番号:
口述日:1923(大正12)年02月12日(旧12月27日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月8日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
霊界物語はやたらと長く平凡だと言う人士があるようだが、瑞月は真理なるものはもとより平凡だと思っている。この物語が平凡であっても、世人が誰も気が付いていないことであれば、千言万語を連ねてもこれを説く必要があろうと思う。
なにほどシカツメらしい文章や言葉でも、世間に知れ渡ったことを著述・論説するならば、決して堂々たる学者の態度とは思われないのである。
深く痛ましい人間味や人生味に透徹しない現代の学者は、いかにしても深遠微妙な神霊界の消息がわかるものではない。
学者でさえも神霊界の何たるかを諒解しえない世情であれば、一般人がこの神示の物語を批判できようはずがない。
瑞月王仁は、今日まですべての迫害と妨止を突破してようやく五十三巻、原稿六万枚余を脱稿したのも、決して世にありふれた事実を著すためだったのではない。また現代人に読んでもらおうという野心もない。
千年の後に知己を得ればよいという考えで口述しているのである。とは言うものの時代と神霊とに目の醒めた人士が現れて、たとえ一人なりとも愛読してくれる方があれば、実に望外の幸いである。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:1054 OBC :rm530001
愛善世界社版:前付 1頁 八幡書店版:第9輯 499頁 修補版: 校定版:前付 1頁 普及版:前付 1頁 初版: ページ備考:
001 霊界(れいかい)物語(ものがたり)は阿呆(あほ)陀羅(だら)に長(なが)い物語(ものがたり)で、002実(じつ)に平凡(へいぼん)で読(よ)むに堪(た)へないと言(い)つてゐる人士(じんし)が偶(たま)にあるやうだ。003然(しか)し瑞月(ずゐげつ)は元(もと)より真理(しんり)なるものは平凡(へいぼん)だと思(おも)ふ。004だから仮令(たとへ)この物語(ものがたり)が平凡(へいぼん)であるとしても、005世人(せじん)が誰(たれ)も未(ま)だ気(き)の附(つ)いてゐない様(やう)な事柄(ことがら)ならば、006千言(せんげん)万語(ばんご)を連(つら)ねても之(これ)を説(と)くの必要(ひつえう)があらうと思(おも)ふ。007何程(なにほど)シカツメらしい文章(ぶんしやう)や言葉(ことば)でも、008今日(こんにち)迄(まで)に世間(せけん)に知(し)れ渡(わた)つた事(こと)を著述(ちよじゆつ)したり、009論説(ろんせつ)するのならば、010決(けつ)して堂々(だうだう)たる学者(がくしや)の態度(たいど)とは思(おも)はれない。011要(えう)は陳腐(ちんぷ)常套語(じやうたうご)である。012かかる著述(ちよじゆつ)に対(たい)しては、013吾人(ごじん)は軽侮(けいぶ)嘲笑(てうせう)せずに読(よ)んだり聞(き)いたりすることは出来(でき)ない。014今日(こんにち)の学者(がくしや)は弁舌(べんぜつ)としても巧妙(かうめう)で人(ひと)の肺腑(はいふ)を突(つ)く訳(わけ)でも無(な)く、015また文章(ぶんしやう)としても平板(へいばん)的(てき)なものである。016今日(こんにち)の学者(がくしや)の著述(ちよじゆつ)を見(み)るに、017先(ま)づその第一(だいいち)頁(ページ)からして脱線(だつせん)調子(てうし)外(はづ)れのものが多(おほ)い。018乾燥(かんさう)無味(むみ)にして蝋(らふ)を嚼(か)む位(くらゐ)なら未(ま)だしも辛抱(しんばう)が出来(でき)るが、019全然(まるで)刃(は)の欠(か)けた鰹削(かつをか)きで、020松魚節(かつをぶし)を削(か)いてゐるやうな迷文章(めいぶんしやう)だから堪(たま)らない。021今日(こんにち)の学者(がくしや)が揃(そろ)ひも揃(そろ)うて、022アンナ拙劣(せつれつ)醜悪(しうあく)な文字(もじ)を聯(つら)ねて自分(じぶん)で夫(そ)れを恥(はぢ)とも思(おも)はないのだらうか、023今(いま)迄(まで)世(よ)に有(あり)ふれた平凡(へいぼん)陳套(ちんたう)の内容(ないよう)を、024書(か)きなぐりの出鱈目(でたらめ)な文字(もんじ)で綴(つづ)つて、025是(これ)を世(よ)に公(おほやけ)にしても平気(へいき)な程(ほど)までに学者(がくしや)といふものは厚顔(こうがん)無恥(むち)になれる者(もの)だらうかと、026不思議(ふしぎ)に思(おも)はるる位(くらゐ)である。027そして吾々(われわれ)の口述書(こうじゆつしよ)を見(み)て史実(しじつ)に無(な)いとか、028空想(くうさう)だとか、029怪乱(くわいらん)狂妄(きやうまう)の言説(げんせつ)だとか仰(おつ)しやるのだから困(こま)つてしまふ。030豚(ぶた)に真珠(しんじゆ)、031猫(ねこ)に小判(こばん)とかいふ比喩(ひゆ)を思(おも)ひ出(だ)さずには居(を)られなくなつて来(く)る。032深(ふか)き痛(いた)ましき人間味(にんげんみ)や人生味(じんせいみ)に透徹(とうてつ)せず、033岐路(きろ)に彷徨(はうくわう)せる現代(げんだい)の学者(がくしや)が、034如何(いか)にして深遠(しんゑん)微妙(びめう)なる神霊界(しんれいかい)の消息(せうそく)が判(わか)つてたまるもので無(な)い。035現代(げんだい)の錚々(さうさう)たる学者(がくしや)すらも未(いま)だ神霊界(しんれいかい)の何(なん)たるを了解(れうかい)し得(え)ない世情(せじやう)だから、036一般人(いつぱんじん)が何程(なにほど)鯱鉾立(しやちほこだち)になつた所(ところ)で、037この神示(しんじ)の物語(ものがたり)が批判(ひはん)されやう筈(はず)がない。038瑞月(ずゐげつ)王仁(おに)は今日(こんにち)まですべての迫害(はくがい)と妨止(ぼうし)とを突破(とつぱ)して、039漸(やうや)く茲(ここ)に累計(るゐけい)五十三(ごじふさん)巻(ぐわん)、040原稿(げんかう)六万(ろくまん)枚(まい)余(よ)を脱稿(だつかう)したのも、041決(けつ)して世(よ)にありふれたる事実(じじつ)を著(あらは)したのではない。042平凡(へいぼん)な狂妄(きやうもう)な著述(ちよじゆつ)と見(み)る人(ひと)は見(み)ても好(よ)い。043それが各人(かくじん)の御(ご)勝手(かつて)だから。044斯(か)く大胆(だいたん)に放言(はうげん)する時(とき)は世人(せじん)は瑞月(ずゐげつ)を全(まつた)くの発狂者(はつきやうしや)と嘲笑(てうせう)さるるかも知(し)れない。045然(しか)し自分(じぶん)に取(と)つては極(きは)めて真面目(まじめ)である。046その代(かは)り現代人(げんだいじん)に読(よ)んで貰(もら)ふといふやうな野心(やしん)は無(な)い。047千(せん)年(ねん)の後(のち)に知己(ちき)を得(う)れば良(よ)いといふ考(かんが)へを持(も)つて口述(こうじゆつ)しておくのである。048とは言(い)ふものの時代(じだい)と神霊(しんれい)とに眼(め)の醒(さ)めた人士(じんし)が現(あら)はれて、049仮令(たとへ)一(いち)人(にん)なりとも愛読(あいどく)して呉(く)れられる方(かた)があれば実(じつ)に望外(ばうぐわい)の幸(さいはひ)であります。
050   大正十二年一月十四日 旧十一年十二月廿九日   於教主殿
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