霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二一章 軍議(ぐんぎ)〔一三八四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻 篇:第4篇 神愛遍満 よみ(新仮名遣い):しんあいへんまん
章:第21章 軍議 よみ(新仮名遣い):ぐんぎ 通し章番号:1384
口述日:1923(大正12)年02月14日(旧12月29日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月8日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
刹帝利、タルマン、左守キュービット、新任右守エクス、左守の息子ハルナは、王の居間に集まってバラモン軍の急な退却について憶測談にふけっていた。
一同は、ヒルナ姫とカルナ姫が、両将軍を操って、ビク国に永遠に害が及ばないようにバラモン軍を別の場所に移動させたのだろうと考えた。そしてビク国からバラモン軍を退却させた以上、二女はもう国に戻ってくることはないだろうと推察した。
一同は二女の忠義に感じ入り、刹帝利もハルナも、もう二度と彼女たち以外に妻を持つことはないだろうと決意を新たにした。
そこへ牢番が、逆臣シエールが脱獄したと報告しに来た。一同は、シエールがベルツと合流したら、またしても反逆を企てるに違いないと心配し、右守エクスはベルツ・シエールの動向を探るために密偵を放った。
ベルツは山奥に譜代の家来を集めて立て籠もり、機をうかがっていた。そこへバラモン軍が退却したとの報を聞き、道々農民を徴発して三千人ものにわか軍隊を集め、ビク国の王城に迫ってきた。
ビクの王城には、先のバラモン軍侵攻の敗戦から、代々右守に仕えた武士たちがわずか八百名残っているだけであった。刹帝利をはじめ、この状況に苦慮していた。
ハルナは厳然として立ち上がり、自分は夜な夜な乞食や平民に身をやつして兵営を見回っていたが、今王城を守っている武士たちはみな忠義一途の者たちばかりで、ベルツの悪業を憎んでおり、裏切るものは一人もないだろうと報告した。
そのため兵力を考慮して籠城を選択することを進言し、自ら指揮官に任じてほしいと刹帝利に申し出た。
父の左守はハルナの申し出を退け、未来ある若者は王を守って将来に備え、自分と右守が軍を率いて敵に当たるべきだと進言した。刹帝利も一度は左守の策を取ったが、ハルナは自分の策を取らなければ国が危ういとして、刹帝利に人払いを願い出た。
刹帝利が願いを容れて人払いすると、ハルナは、実は自分は昨夜神王の森に参拝して国家安泰を祈っていたところ、盤古神王ではなく神素盞嗚尊が現れ給い、籠城して敵に当たれば不思議の援軍が現れ、またヒルナ姫・カルナ姫も戻って背後から助けるだろう、と策を授けたことを明かした。
刹帝利はハルナの言に偽り無きことを見てとり、また神素盞嗚尊が授けたもうた籠城策に感じ、ハルナに臨時兵馬権の全権を委任した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-03-24 08:33:34 文字数:4655 OBC :rm5321
愛善世界社版:257頁 八幡書店版:第9輯 598頁 修補版: 校定版:265頁 普及版:127頁 初版: ページ備考:
001 刹帝利(せつていり)を始(はじ)め、002タルマン、003左守(さもり)のキユービツトや新任(しんにん)の右守(うもり)なるヱクスはハルナと共(とも)に、004王(わう)の居間(ゐま)に首(くび)を鳩(あつ)めてバラモン軍(ぐん)の退却(たいきやく)に対(たい)し、005いろいろ臆測談(おくそくだん)に耽(ふけ)つてゐる。
006左守(さもり)『エエ、007タルマン殿(どの)に神勅(しんちよく)を伺(うかが)つて貰(もら)へば分(わか)るでせうが、008あれ丈(だけ)立派(りつぱ)な陣営(ぢんえい)を建(た)てビクトリヤ城(じやう)を威圧(ゐあつ)致(いた)して居(を)りました両将軍(りやうしやうぐん)が全軍(ぜんぐん)を率(ひき)ゐて俄(にはか)に退却(たいきやく)致(いた)したのは、009どうも合点(がてん)の行(ゆ)かぬ事(こと)で厶(ござ)いますが、010貴方(あなた)は何(ど)う御(お)考(かんが)へなさいますか』
011タルマン『どうも私(わたし)には神懸(かむがかり)が厶(ござ)いませぬので、012詳(くは)しい事(こと)は存(ぞん)じませぬが、013察(さつ)する所(ところ)、014忠勇(ちうゆう)義烈(ぎれつ)のヒルナ姫(ひめ)様(さま)、015カルナ姫(ひめ)様(さま)が、016ビク国(こく)の絶対(ぜつたい)的(てき)安全(あんぜん)を保(たも)たせむとして、017両将軍(りやうしやうぐん)をうまくチヨロまかし、018立去(たちさ)らしめ玉(たま)うたものと推察(すいさつ)致(いた)しまする』
019刹帝利(せつていり)『大方(おほかた)さうかも知(し)れない。020彼(か)れ両女(りやうぢよ)は本当(ほんたう)に国家(こくか)の柱石(ちうせき)だから、021一身(いつしん)を犠牲(ぎせい)にして国家(こくか)を救(すく)うたかも知(し)れないよ。022ああ天晴(あつぱ)れの女丈夫(ぢよぢやうぶ)だ、023偉(えら)い奴(やつ)だなア』
024左守(さもり)『何(なん)ともハヤ、025ヒルナ姫(ひめ)様(さま)の御(ご)誠忠(せいちう)には、026左守(さもり)も恥(はづ)かしう厶(ござ)います。027併(しか)し乍(なが)ら刹帝利(せつていり)様(さま)は之(こ)れ丈(だけ)老齢(らうれい)にお成(な)り遊(あそ)ばして、028万機(ばんき)の政治(せいぢ)を御覧(みそなは)し玉(たま)ふに、029内助(ないじよ)に仕(つか)ふべき后(きさき)の君(きみ)がなくては嘸(さぞ)御(ご)不便(ふべん)で厶(ござ)いませう、030ヒルナ姫(ひめ)様(さま)は左様(さやう)な決心(けつしん)を持(も)つておいでになつた以上(いじやう)は、031ヨモヤお帰(かへ)り遊(あそ)ばすやうな事(こと)は厶(ござ)いますまい。032ついてはお后様(きさきさま)を選定(せんてい)致(いた)さなくては、033王(わう)様(さま)もさぞ御(ご)不便(ふべん)で厶(ござ)いませう』
034刹帝利(せつていり)『否々(いやいや)、035此(この)方(はう)は決(けつ)して左様(さやう)な事(こと)は思(おも)うて居(ゐ)ない。036仮令(たとへ)少々(せうせう)不便(ふべん)でも、037ヒルナ姫(ひめ)の貞節(ていせつ)に対(たい)し、038どうして後添(のちぞへ)が持(も)たれうものか、039彼(かれ)の心(こころ)もチツとは汲取(くみと)つてやらねばなるまいからのう』
040左守(さもり)『御(お)言葉(ことば)御尤(ごもつと)に厶(ござ)いますが、041何(なに)を云(い)つても新(あらた)に兵馬(へいば)の権(けん)を取(と)り戻(もど)され、042一国(いつこく)の主権者(しゆけんしや)として、043御(ご)独身(どくしん)では到底(たうてい)完全(くわんぜん)なる国政(こくせい)を御覧(みそなは)す事(こと)は難(むつか)しう厶(ござ)いませう。044何(なん)とか一(ひと)つ御(お)考(かんが)へを願(ねが)ひたいもので厶(ござ)います』
045と左守(さもり)は自分(じぶん)の息子(むすこ)ハルナにも嫁(よめ)を持(も)たせたい、046それに就(つ)いては刹帝利(せつていり)様(さま)より先(さき)に后(きさき)をきめておかねば、047臣下(しんか)の身(み)として憚(はばか)るといふ考(かんが)へから頻(しき)りに勧(すす)めてゐるのである。048されど刹帝利(せつていり)はヒルナ姫(ひめ)の心(こころ)を察(さつ)し、049何(なん)と云(い)つても承諾(しようだく)せなかつた。050タルマンは左守司(さもりのかみ)の心(こころ)を推(お)し量(はか)り、
051タルマン『吾(わが)君(きみ)は何(なん)と云(い)つても御(ご)老齢(らうれい)、052又(また)数多(あまた)の従臣(じゆうしん)もお仕(つか)へ致(いた)して居(を)り、053沢山(たくさん)の侍女(じぢよ)も居(を)りますれば、054御(ご)聖慮(せいりよ)に任(まか)し奉(まつ)るも是非(ぜひ)なき事(こと)乍(なが)ら、055ハルナ殿(どの)はまだ年(とし)の若(わか)き御(お)方(かた)、056カルナ姫(ひめ)は最早(もはや)帰(かへ)られないものと思(おも)はねばなりませぬ。057さすれば適当(てきたう)の縁(えん)を選(えら)んでお娶(めと)りなさらなくては左守(さもり)の家(いへ)の胤(たね)が断(き)れるぢやありませぬか。058之(これ)は一(ひと)つ吾(わが)君様(きみさま)にお願(ねがひ)致(いた)して、059何(なん)とかせなくてはなりますまい』
060 左守(さもり)はタルマンの親切(しんせつ)な言葉(ことば)を聞(き)いて、061秘(ひそか)に感涙(かんるゐ)に咽(むせ)んでゐる。062ハルナは進(すす)み出(い)で、
063ハルナ『タルマン殿(どの)、064決(けつ)して決(けつ)して御(ご)心配(しんぱい)下(くだ)さいますな、065刹帝利(せつていり)様(さま)でさへも、066尊(たふと)き御(おん)身(み)を以(もつ)て、067独身(どくしん)生活(せいくわつ)をしようと仰(おほ)せらるるので厶(ござ)います。068斯(かく)の如(ごと)き御(ご)老齢(らうれい)の御(おん)身(み)を以(もつ)て独身(どくしん)で行(ゆ)かうと思召(おぼしめ)すので厶(ござ)いますから、069拙者(せつしや)の如(ごと)き若(わか)い者(もの)は、070決(けつ)して独身(どくしん)で居(を)つても少(すこ)しも苦(くる)しくは厶(ござ)いませぬ。071又(また)カルナ姫(ひめ)の犠牲(ぎせい)的(てき)活動(くわつどう)を思(おも)へば、072何(ど)うして第二(だいに)の妻(つま)が持(も)たれませう。073拙者(せつしや)の恋愛(れんあい)は実(じつ)に神聖(しんせい)で厶(ござ)います。074此(この)後(ご)カルナに会(あ)ふ事(こと)がなく共(とも)終世(しうせい)妻帯(さいたい)は致(いた)しませぬ』
075タルマン『実(じつ)に見上(みあ)げたお志(こころざし)、076感服(かんぷく)致(いた)しました。077ああ併(しか)し乍(なが)ら、078左守家(さもりけ)の為(ため)に子孫(しそん)を伝(つた)へねばなりますまい、079独身(どくしん)では子(こ)を生(う)む事(こと)も出来(でき)ますまい。080これは枉(ま)げて承諾(しようだく)を願(ねが)ひたいもので厶(ござ)います』
081ハルナ『何(なん)と仰(おほ)せられましても、082此(この)事(こと)計(ばか)りはお許(ゆる)しを願(ねが)ひます。083刹帝利(せつていり)様(さま)も嗣子(しし)がないぢやありませぬか、084況(いは)んや左守家(さもりけ)に嗣子(しし)なしとて、085夫(そ)れを憂(うれ)ふるに及(およ)びますまい。086何事(なにごと)も皆(みな)神(かみ)様(さま)の御心(みこころ)の儘(まま)よりなるものぢやありませぬ。087左守家(さもりけ)はハルナの子孫(しそん)でなくてはならないといふ道理(だうり)もありますまい、088現(げん)にヱクス殿(どの)が新(あらた)に右守(うもり)になられた例(れい)もあるぢやありませぬか』
089 タルマンは頻(しき)りに首(くび)を傾(かたむ)け、090感(かん)じ入(い)り、091返(かへ)す言葉(ことば)もなかつた。
092 世(よ)の中(なか)には最愛(さいあい)の妻(つま)に別(わか)れ、093今後(こんご)は決(けつ)して妻(つま)は持(も)たない、094彼(かれ)に対(たい)して済(す)まないから、095誰(たれ)が何(なん)と云(い)つても独身(どくしん)生活(せいくわつ)をすると頑張(ぐわんば)つてゐる男(をとこ)が沢山(たくさん)あるものだ。096或(あるひ)は追悼(つゐたう)の歌(うた)を作(つく)り、097或(あるひ)は追懐(つゐくわい)の書籍(しよせき)を作(つく)り、098之(これ)を知己(ちき)友人(いうじん)に配布(はいふ)し、099或(あるひ)は天下(てんか)に公(おほやけ)にして独身(どくしん)生活(せいくわつ)を表白(へうはく)した男(をとこ)が、100其(その)宣言(せんげん)をケロリと忘(わす)れて、101遅(おそ)いのが二月(ふたつき)或(あるひ)は三月(みつき)、102早(はや)いのになると三日目(みつかめ)位(くらゐ)に、103早(はや)くも第二(だいに)の候補者(こうほしや)をつかまへてゐる。104これが人間(にんげん)としての赤裸々(せきらら)な心理(しんり)状態(じやうたい)である。105然(しか)るに刹帝利(せつていり)を始(はじ)めハルナは有(あ)りふれた世間(せけん)的(てき)の偽人(ぎじん)ではない、106真(しん)に其(その)妻(つま)の心(こころ)を憐(あはれ)み、107一生(いつしやう)帰(かへ)つて来(く)る望(のぞ)みのない女房(にようばう)の為(ため)に、108独身(どくしん)生活(せいくわつ)を続(つづ)けたのである。
109 斯(か)く話(はな)す所(ところ)へ慌(あわ)ただしくやつて来(き)たのは牢番(らうばん)のエルであつた。110エルは心配相(しんぱいさう)な顔(かほ)をして、111畳(たたみ)に頭(かしら)を摺(すり)つけ、
112エル『申上(まをしあ)げます、113大切(たいせつ)な咎人(とがにん)シエールが、114何時(いつ)の間(ま)にか牢屋(ひとや)を破(やぶ)り逃走(たうそう)致(いた)しました。115誠(まこと)に職務(しよくむ)怠慢(たいまん)の罪(つみ)、116申(まを)し訳(わけ)も厶(ござ)いませぬ』
117と泣(な)いてゐる。118右守(うもり)のヱクスは、
119エクス『ナニ、120シエールが脱獄(だつごく)致(いた)したか、121ソリヤ大変(たいへん)だ、122左守殿(さもりどの)、123如何(いかが)致(いた)したら宜(よろ)しからうかな』
124左守(さもり)『ハテ、125困(こま)つた事(こと)を致(いた)したものだ。126併(しか)し乍(なが)ら今(いま)となつて悔(くや)んだ所(ところ)で仕方(しかた)がない、127彼(かれ)が脱獄(だつごく)致(いた)したのは恰(あだか)も虎(とら)を野(の)に放(はな)つが如(ごと)きもの、128キツとベルツと牒(しめ)し合(あは)せ、129又(また)何事(なにごと)か謀反(むほん)を企(たく)むに相違(さうゐ)厶(ござ)らぬ、130就(つ)いては彼(かれ)が行方(ゆくへ)を捜索(そうさく)致(いた)す必要(ひつえう)が厶(ござ)らう』
131刹帝利(せつていり)『速(すみやか)に人(ひと)を遣(つか)はし、132彼(かれ)が所在(ありか)を尋(たづ)ね出(だ)し、133召捕(めしとり)帰(かへ)るべく取計(とりはか)らつてくれ、134右守殿(うもりどの)、135万事(ばんじ)抜目(ぬけめ)のなき様(やう)に頼(たの)むぞよ』
136 右守(うもり)は『委細(ゐさい)承知(しようち)仕(つかまつ)りました』と此(この)場(ば)を立出(たちい)で、137河守(かはもり)の長(をさ)を勤(つと)めたカント及(およ)びエルに命(めい)じ、138変装(へんさう)させて、139ベルツの隠(かく)れてゐるといふキールの里(さと)へ入(い)り込(こ)ましむる事(こと)とした。
140 話(はなし)替(かは)つて、141ベルツは三方(さんぱう)山(やま)に包(つつ)まれ、142一方(いつぱう)に大河(おほかは)を控(ひか)へたキールの山奥(やまおく)に立籠(たてこも)り譜代(ふだい)の家来(けらい)を集(あつ)め、143武(ぶ)を練(ね)り、144時(とき)を待(ま)つてゐた。145そこへバラモン軍(ぐん)が一人(ひとり)も残(のこ)らず退却(たいきやく)したといふ報告(はうこく)を耳(みみ)にし、146願望(ぐわんまう)成就(じやうじゆ)の時(とき)こそ来(きた)れり、147今(いま)を措(お)いて何時(いつ)の日(ひ)か吾(わが)目的(もくてき)を達(たつ)せむや……と無慮(むりよ)一千騎(いつせんき)を引率(いんそつ)し、148道々(みちみち)農民(のうみん)を徴発(ちようはつ)し、149同勢(どうぜい)三千(さんぜん)人(にん)を以(もつ)て、150ヂリリヂリリと攻(せ)め寄(よ)せ来(きた)る内報(ないはう)がカントより届(とど)いて来(き)た。151刹帝利(せつていり)始(はじ)め左守(さもり)の驚(おどろ)きは一方(ひとかた)でない。152例(れい)の如(ごと)く秘密(ひみつ)会議(くわいぎ)を開(ひら)いて、153反軍(はんぐん)の攻撃(こうげき)に備(そな)ふべく凝議(ぎようぎ)をこらした。154されど何(いづ)れも右守(うもり)に代々(だいだい)仕(つか)へたる武士(ぶし)のみ僅(わづか)に八百余(はつぴやくよ)名(めい)、155兵営(へいえい)に国防(こくばう)の大機関(だいきくわん)として蓄(たくは)へあるのみ、156万一(まんいち)ベルツ押寄(おしよ)せ来(きた)ると聞(き)かば、157何時(いつ)反旗(はんき)を掲(かか)げ、158王(わう)に逆襲(ぎやくしふ)するやも計(はか)られ難(がた)い、159其(その)心痛(しんつう)は一通(ひととほ)りでなかつた。160刹帝利(せつていり)は涙(なみだ)をハラハラと流(なが)し、
161刹帝利(せつていり)『ああ一難(いちなん)去(さ)つて一難(いちなん)来(きた)る。162どうしてこれ丈(だけ)心配(しんぱい)が絶(た)えないのであらう』
163と悲歎(ひたん)に沈(しづ)む。164タルマンも左守司(さもりのかみ)も一向(いつこう)名案(めいあん)が浮(うか)んで来(こ)ない、165何(いづ)れも青息(あをいき)吐息(といき)の為体(ていたらく)であつた。166ハルナは儼然(げんぜん)として立上(たちあが)り、
167ハルナ『必(かなら)ず必(かなら)ず、168御(ご)心配(しんぱい)なさいますな、169城内(じやうない)八百(はつぴやく)の兵(へい)は何(いづ)れも誠忠(せいちう)無比(むひ)の人物(じんぶつ)計(ばか)りで厶(ござ)いますれば、170メツタに裏返(うらがへ)る気遣(きづか)ひはありませぬ。171此(この)ハルナはまだ兵士(へいし)に面(かほ)を知(し)られてゐないのを幸(さいはひ)、172種々(しゆじゆ)雑多(ざつた)に身(み)を窶(やつ)し、173兵営(へいえい)を乞食(こじき)となつて、174夜(よ)な夜(よ)なめぐり、175彼(かれ)等(ら)が話(はなし)を考(かんが)へて居(を)りまするが、176一人(ひとり)として王(わう)の為(ため)に命(いのち)を捨(す)つる事(こと)を否(いな)む者(もの)はありませぬ。177そしてベルツの悪業(あくごふ)を非常(ひじやう)に憎(にく)み居(を)りますれば、178何程(なにほど)譜代(ふだい)の家来(けらい)なりとて、179大義(たいぎ)名分(めいぶん)上(じやう)、180左様(さやう)な不義(ふぎ)な事(こと)は断(だん)じてないと信(しん)じます。181拙者(せつしや)に此(この)軍隊(ぐんたい)をお任(まか)せ下(くだ)さらば、182みん事(ごと)敵(てき)を打破(うちやぶ)り、183再(ふたたび)野心(やしん)を起(おこ)さぬやうに致(いた)してみせませう。184そしてキツとベルツ、185シエールの両兇(りやうきよう)を生捕(いけどり)に致(いた)し、186お目(め)にかけませう、187之(これ)に就(つ)いては拙者(せつしや)に成案(せいあん)が厶(ござ)います』
188左守(さもり)『コレ伜(せがれ)、189左様(さやう)な事(こと)を申(まを)して、190万一(まんいち)敗軍(はいぐん)を致(いた)したら、191何(ど)うして吾(わが)君様(きみさま)に言訳(いひわけ)を致(いた)すのだ。192其方(そなた)は年(とし)が若(わか)いから、193左様(さやう)な楽観(らくくわん)を致(いた)して居(を)るが、194あのベルツといふ奴(やつ)は卑怯者(ひけふもの)なれど、195シエールは軍略(ぐんりやく)の達人(たつじん)、196シエールあつて後(のち)ベルツの光(ひかり)が出(で)るやうなものだ。197汝(なんぢ)の如(ごと)きうら若(わか)き弱輩(じやくはい)の知(し)る所(ところ)ではない。198及(およ)ばず乍(なが)ら、199年(とし)老(おい)たりと雖(いへど)も、200父(ちち)キユービツトが君(きみ)の御(おん)為(ため)、201国(くに)の為(ため)、202右守殿(うもりどの)と全軍(ぜんぐん)を指揮(しき)し矢面(やおもて)に立(た)つて奮戦(ふんせん)激闘(げきとう)してみよう程(ほど)に、203父(ちち)は余命(よめい)も幾何(いくばく)もなき老齢(らうれい)、204捨(すて)ても惜(をし)うない命(いのち)、205其方(そなた)は行先(ゆくさき)の長(なが)い未来(みらい)のある男子(だんし)、206吾(わが)君(きみ)のお側(そば)に仕(つか)へ、207安全(あんぜん)の地位(ちゐ)に身(み)をおいて、208吾(われ)亡(な)き後(あと)は君(きみ)の為(ため)、209国(くに)の為(ため)、210十分(じふぶん)の忠勤(ちうきん)を励(はげ)んで貰(もら)はねばならぬ。211吾(わが)君様(きみさま)、212何卒(なにとぞ)此(この)防戦(ばうせん)は、213左守(さもり)、214右守(うもり)にお任(まか)せを願(ねが)ひます』
215刹帝利(せつていり)『左守(さもり)の言葉(ことば)、216実(じつ)に吾(わが)肯綮(こうけい)に当(あた)つてゐる。217然(しか)らば全軍(ぜんぐん)の指揮(しき)を、218左守(さもり)、219右守(うもり)に一任(いちにん)する』
220左守(さもり)『ハイ、221御(ご)懇命(こんめい)を辱(かたじけ)なうし、222有難(ありがた)う存(ぞん)じます、223命(いのち)を的(まと)にあく迄(まで)も奮戦(ふんせん)致(いた)して、224王家(わうけ)及(および)国家(こくか)を守護(しゆご)致(いた)しませう』
225右守(うもり)『及(およ)ばず乍(なが)ら、226左守司(さもりのかみ)の指揮(しき)に従(したが)ひ、227命(いのち)を鴻毛(こうまう)と軽(かろ)んじて奮戦(ふんせん)激闘(げきとう)仕(つかまつ)りますれば、228必(かなら)ず御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
229タルマン『左守(さもり)、230右守殿(うもりどの)、231命(いのち)を捨(す)つるは匹夫(ひつぷ)のなす所(ところ)、232両将(りやうしやう)は身(み)を安全(あんぜん)地帯(ちたい)におき、233全軍(ぜんぐん)の指揮(しき)を終局(しうきよく)までなさらねばなりませぬ。234軽挙(けいきよ)妄動(もうどう)を謹(つつし)み、235最後(さいご)の一(いち)人(にん)迄(まで)ながらへるお覚悟(かくご)でなくては此(この)戦(たたか)ひは駄目(だめ)で厶(ござ)います』
236左守(さもり)『なる程(ほど)、237タルマン殿(どの)の仰(おほせ)の通(とほ)り、238委細(ゐさい)承知(しようち)仕(つかまつ)つて厶(ござ)る』
239右守(うもり)『タルマン殿(どの)の仰(おほせ)には決(けつ)して反(そむ)きませぬ、240御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
241ハルナ『お父上(ちちうへ)が全軍(ぜんぐん)の総(そう)指揮官(しきくわん)となられた以上(いじやう)は、242何卒(どうぞ)私(わたし)を参謀長(さんぼうちやう)としてお使(つか)ひ下(くだ)さいます様(やう)に、243たつてお願(ねが)ひ致(いた)します』
244左守(さもり)『イヤイヤ其方(そなた)は最前(さいぜん)も申(まを)した通(とほ)り、245決(けつ)して危険(きけん)な所(ところ)へ行(い)つてはならない。246王(わう)様(さま)のお側(そば)に忠実(ちうじつ)に仕(つか)へ、247御(ご)身辺(しんぺん)を守(まも)るが其方(そなた)の役目(やくめ)だ』
248と親(おや)の情(なさけ)で吾(わが)子(こ)を戦場(せんぢやう)に向(む)け討死(うちじに)させまいと頻(しき)りに心(こころ)を悩(なや)ましてゐる。
249ハルナ『父上(ちちうへ)の御(おん)指揮(しき)なれば、250今度(こんど)の戦(たたか)ひは零敗(ゼロはい)で厶(ござ)います。251これに就(つ)いては吾々(われわれ)に深遠(しんゑん)なる計画(けいくわく)が厶(ござ)いますから、252何卒(なにとぞ)、253刹帝利(せつていり)様(さま)、254拙者(せつしや)にお任(まか)し下(くだ)さいませぬか、255キツと手柄(てがら)を現(あら)はしてお目(め)にかけます』
256刹帝利(せつていり)『ハテ心得(こころえ)ぬ汝(なんぢ)が言葉(ことば)、257其(その)計画(けいくわく)とは如何(いか)なる事(こと)か、258余(よ)が前(まへ)に言(い)つてみよ』
259ハルナ『恐(おそ)れ乍(なが)ら、260すべてのお人払(ひとばらひ)を願(ねが)います。261拙者(せつしや)の申(まを)し上(あ)ぐる事(こと)が若(も)し御(ご)不承知(ふしようち)なれば御(ご)採用(さいよう)下(くだ)されずとも、262お恨(うら)みは致(いた)しませぬ』
263刹帝利(せつていり)『若輩(じやくはい)の言(げん)にも亦(また)取(と)るべき事(こと)があらう、264然(しか)らば聞(き)いて遣(つか)はす……ア、265イヤ、266一同(いちどう)の者(もの)、267暫(しばら)く席(せき)を遠(とほ)ざかつたがよからう』
268と鶴(つる)の一声(ひとこゑ)に、269タルマン始(はじ)め左守(さもり)、270右守(うもり)は不性(ふしよう)不精(ぶしよう)に席(せき)を遠(とほ)ざかつた。271ハルナは王(わう)の側(そば)近(ちか)く進(すす)み、272声(こゑ)を潜(ひそ)めて、
273ハルナ『実(じつ)の所(ところ)は昨夜(さくや)神王(しんのう)の森(もり)に参拝(さんぱい)を致(いた)し、274真心(まごころ)を籠(こめ)て国家(こくか)の安泰(あんたい)を祈(いの)る折(をり)しも、275盤古(ばんこ)神王(しんわう)と思(おも)ひきや、276神(かむ)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)現(あら)はれ玉(たま)ひ、277仰(おほ)せらるるやう、278……其(その)方(はう)は国家(こくか)を思(おも)ふ忠良(ちうりやう)の臣(しん)だ、279実(じつ)にビクの国(くに)の柱(はしら)だ。280今(いま)やベルツは反旗(はんき)を掲(かか)げ、281一千騎(いつせんき)の軍隊(ぐんたい)を引率(ひきつ)れ、282数多(あまた)の農民(のうみん)共(ども)を従(したが)へて、283無慮(むりよ)三千(さんぜん)人(にん)、284日(ひ)ならず押寄(おしよ)せ来(きた)るであらう、285あ、286其(その)時(とき)は決(けつ)して手向(てむか)ひを致(いた)すでない、287城内(じやうない)を固(かた)く鎖(とざ)し籠城(ろうじやう)を致(いた)せよ。288さすれば八百(はつぴやく)の味方(みかた)は一人(ひとり)も裏返(うらがへ)る者(もの)はない。289もしも城外(じやうぐわい)へ出(い)でて戦(たたか)はむか、290裏切(うらぎ)りするものが現(あら)はれて、291味方(みかた)の不利益(ふりえき)であるぞよ。292兎(と)も角(かく)も籠城(ろうじやう)の心持(こころもち)にて、293四方(しはう)の入口(いりぐち)を固(かた)め居(を)れば不思議(ふしぎ)な援軍(ゑんぐん)が現(あら)はれて敵(てき)を追(お)ひ散(ち)らすであらう。294又(また)ヒルナ姫(ひめ)、295カルナ姫(ひめ)は帰(かへ)り来(きた)つて、296敵(てき)の背後(うしろ)より、297奇兵(きへい)を放(はな)ち、298叛軍(はんぐん)をして、299一人(ひとり)も残(のこ)らず降伏(かうふく)せしむることが出来(でき)るであらう……とアリアリとお示(しめ)しになりました。300何卒(どうぞ)、301夢(ゆめ)とは云(い)へ、302決(けつ)して虚妄(きよまう)の言(げん)では厶(ござ)いませぬ。303賢明(けんめい)な吾(わが)君(きみ)は必(かなら)ずや、304吾(わが)進言(しんげん)を御(ご)嘉納(かなふ)下(くだ)さる事(こと)と固(かた)く信(しん)じて居(を)りまする』
305刹帝利(せつていり)『いかにも、306汝(なんぢ)の言葉(ことば)には一理(いちり)ある。307到底(たうてい)人間(にんげん)の力(ちから)では及(およ)ぶものでない、308素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)様(さま)のお示(しめ)しになつた戦略(せんりやく)は、309実(じつ)に完全(くわんぜん)な戦法(せんぱふ)だ。310然(しか)らば全部(ぜんぶ)、311汝(なんぢ)に臨時(りんじ)兵馬(へいば)の権(けん)を委任(ゐにん)する』
312 ハルナは嬉(うれ)し涙(なみだ)をハラハラとながし乍(なが)ら、
313ハルナ『若年者(じやくねんもの)の言葉(ことば)、314御(お)聞(き)き届(とど)け下(くだ)さいまして、315有難(ありがた)う厶(ござ)います。316キツと御(ご)神力(しんりき)に仍(よ)りて、317国家(こくか)の大難(だいなん)を救(すく)はして頂(いただ)きませう。318御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ。319ああ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
320と合掌(がつしやう)した。321王(わう)はさも頼(たの)もしげに、322ニコニコとして面色(かほいろ)とみに輝(かがや)き出(だ)したり。
323(大正一二・二・一四 旧一一・一二・二九 於竜宮館 松村真澄録)
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