霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第四章 蜜語(みつご)〔一三六七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻 篇:第1篇 毘丘取颪 よみ(新仮名遣い):びくとりおろし
章:第4章 蜜語 よみ(新仮名遣い):みつご 通し章番号:1367
口述日:1923(大正12)年02月12日(旧12月27日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月8日
概要: 舞台:ビクトリヤ城 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
ビクトリヤ城の一室には、ヒルナ姫がひとり、琴を弾じながら述懐を歌っていた。ヒルナ姫は、新しい思想の右守と、旧弊な思想の左守が衝突して国内が割れていることを嘆いていた。歌の中には、姫が右守と道ならぬ仲となっていることもほのめかされていた。
そこへ右守のベルツがやってきた。ベルツは人払いをした。しかし属官の三人は、左守の内名を受けて右守の様子をうかがっており、立ち去ったふりをして次の間でベルツとヒルナ姫の密談を聞いていた。
右守は、ヒルナ姫に妹のカルナが左守のせがれに恋をして、すっかり左守家のひいきになってしまっている事を相談に来たのであった。ヒルナ姫は、これは左守家と右守家の内紛を収める願ってもない機会だと主張した。
ベルツも左守家が身内となることは、自分の計画にもかえっていいかもしれないと姫に賛同し、この縁談を進めるよう、ヒルナ姫に任せることになった。
右守はヒルナ姫の居間を退出し、城を出ると自分の館に帰って行った。密談を聞いていた三人の属官は、左守の館へ報告に行く。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:3917 OBC :rm5304
愛善世界社版:45頁 八幡書店版:第9輯 519頁 修補版: 校定版:48頁 普及版:25頁 初版: ページ備考:
001 ビクトリヤ城(じやう)の一間(ひとま)にはヒルナ姫(ひめ)が只(ただ)一人(ひとり)、002琴(こと)を弾(だん)じながら述懐(じゆつくわい)を歌(うた)つてゐる。
003ヒルナ姫(ひめ)『此(この)世(よ)の司(つかさ)と現(あ)れませる
004盤古(ばんこ)神王(しんのう)塩長彦(しほながひこの)命(みこと)は
005四方(よも)の神々(かみがみ)民草(たみぐさ)を
006常世(とこよ)の春(はる)の神国(しんこく)に
007救(すく)ひまさむと御心(みこころ)を
008悩(なや)ませ玉(たま)ふぞ有難(ありがた)き
009妾(わらは)は若(わか)き身(み)を以(もつ)て
010ビクトリヤ姫(ひめ)に宮仕(みやつか)へ
011朝(あさ)な夕(ゆふ)なに赤心(まごころ)を
012籠(こ)めて誠(まこと)を尽(つく)しつつ
013楽(たの)しき日(ひ)をば送(おく)る折(をり)
014王妃(わうひ)の君(きみ)は如何(いかが)しけむ
015無常(むじやう)の風(かぜ)に誘(さそ)はれて
016あの世(よ)の人(ひと)となりましぬ
017妾(わらは)は歎(なげ)き悲(かな)しみて
018朝(あさ)な夕(ゆふ)なに大神(おほかみ)に
019其(その)冥福(めいふく)を祈(いの)れども
020逝(ゆ)きにし人(ひと)は帰(かへ)り来(こ)ず
021いとど淋(さび)しき秋(あき)の夕(ゆふ)
022野辺(のべ)にすだく虫(むし)の声(こゑ)
023いとど晴(あは)れを催(もよほ)して
024生(い)くる甲斐(かひ)なき悩(なや)みに沈(しづ)む
025草葉(くさば)の露(つゆ)に照(て)る月(つき)も
026何処(いづく)ともなく光(ひかり)褪(あ)せ
027星(ほし)の影(かげ)さへおぼろげに
028見(み)ゆる折(をり)しも後(うしろ)より
029ヒルナ ヒルナと玉(たま)の声(こゑ)
030乙女(をとめ)の胸(むね)は轟(とどろ)きつ
031後振返(あとふりかへ)り眺(なが)むれば
032思(おも)ひもかけぬビクトリヤ王(わう)の君(きみ)
033此方(こなた)に来(きた)れとさし招(まね)き
034妾(わらは)を居間(ゐま)に伴(ともな)ひて
035いとも優(やさ)しき言(こと)の葉(は)に
036姫君(ひめぎみ)様(さま)の御心(みこころ)を
037推(お)し量(はか)らひて一度(ひとたび)は
038否(いな)みつれ共(ども)なかなかに
039許(ゆる)し玉(たま)はぬ吾(わが)君(きみ)の
040厚(あつ)き心(こころ)に絆(ほだ)されて
041女御(にようご)更衣(かうい)を踏(ふ)み越(こ)えて
042后(きさき)の宮(みや)とのぼりける
043さはさり乍(なが)ら何(なん)となく
044心(こころ)おちゐぬ思(おも)ひにて
045三歳(みとせ)四歳(よとせ)を越(こ)ゆる内(うち)
046此上(こよ)なき者(もの)と妾(わらは)をば
047慈(いつくしみ)まししあが君(きみ)は
048今(いま)は冷(つめ)たきあき風(かぜ)の
049吹(ふ)き荒(すさ)むこそ悲(かな)しけれ
050せめて妾(わらは)が心(こころ)をば
051慰(なぐさ)めくるる者(もの)あらば
052永(なが)き一夜(ひとよ)を語(かた)らひて
053吾(わが)身(み)の憂(うき)を晴(は)らさむと
054思(おも)ふ折(をり)しも顔容(かほかたち)
055いと美(うる)はしき右守(うもり)の司(かみ)
056ベルツ司(つかさ)が忠実(まめや)かに
057何(なに)くれとなく妾(わらは)が身(み)を
058守(まも)り玉(たま)へる嬉(うれ)しさよ
059誠(まこと)のこもる彼(かれ)が心(こころ)に絆(ほだ)されて
060割(わ)りなき仲(なか)となりつれど
061人目(ひとめ)を忍(しの)ぶ恋(こひ)の仲(なか)
062女御(にようご)更衣(かうい)や下女(しもをんな)
063下僕(しもをとこ)等(ら)に二人(ふたり)が仲(なか)を
064悟(さと)られはせぬかと朝(あさ)な夕(ゆふ)な心(こころ)を砕(くだ)き
065身(み)を苦(くる)しむることは幾度(いくたび)か
066日(ひ)に日(ひ)に積(つ)もる恋(こひ)の淵(ふち)
067深(ふか)くはまりし二人(ふたり)が仲(なか)
068もしや吾(わが)背(せ)の御(おん)耳(みみ)に
069響(ひび)きはせぬかと
070心(こころ)を千々(ちぢ)に砕(くだ)きつつ
071悲(かな)しき月日(つきひ)を送(おく)る身(み)の
072何(なん)と詮方(せんかた)なく涙(なみだ)
073尽(つ)きせぬ縁(えにし)を永久(とこしへ)に
074守(まも)らせ玉(たま)へウラル教(けう)の
075教(をしへ)を守(まも)り玉(たま)ふ
076塩長彦(しほながひこ)の大神(おほかみ)よ
077吾(わが)背(せ)の君(きみ)は七十路(ななそぢ)を
078早(はや)くも越(こ)えさせ玉(たま)ひぬれど
079いとど頑固(かたくな)にましまして
080妾(わらは)が新(あたら)しき思想(しさう)を
081汲(く)ませ玉(たま)はず
082古(ふる)き聖(ひじり)の道(みち)をのみ
083朝(あさ)な夕(ゆふ)なに楯(たて)となし
084世(よ)は追(お)ひ追(お)ひと紊(みだ)れはて
085社稷(しやしよく)危(あやふ)くなりつれど
086左守司(さもりのかみ)のキユービツト
087彼(かれ)が頑迷(ぐわんめい)不霊(ふれい)より
088時代(じだい)思想(しさう)に逆行(ぎやくかう)し
089益々(ますます)世(よ)をば乱(みだ)し行(ゆ)く
090実(じつ)に浅(あさ)ましの世(よ)の中(なか)よ
091時代(じだい)に目醒(めざ)めし右守司(うもりがみ)
092ベルツの司(つかさ)は逸早(いちはや)く
093妾(わらは)が心(こころ)を汲(く)み取(と)りて
094古(ふる)き尊(たふと)きビクの国(くに)
095いや永久(とこしへ)に守(まも)らむと
096赤(あか)き心(こころ)の限(かぎ)りをば
097尽(つく)させ玉(たま)へど背(せ)の君(きみ)や
098左守(さもり)の君(きみ)は一々(いちいち)に
099右守(うもり)の言葉(ことば)を否(いな)みつつ
100至治(しち)太平(たいへい)の経綸(けいりん)を
101申上(まをしあ)ぐれど何時(いつ)とても
102手(て)もなく拒絶(きよぜつ)ましましぬ
103ああ如何(いか)にせむビクの国(くに)
104柱(はしら)ともなり杖(つゑ)となり
105千代(ちよ)に八千代(やちよ)に支(ささ)へむと
106思(おも)ふ人(ひと)とてあらざるか
107右守司(うもりのかみ)は幸(さいはひ)に
108兵馬(へいば)の権(けん)を握(にぎ)れ共(ども)
109妄(みだり)に兵(へい)を動(うご)かすは
110却(かへつ)て世人(よびと)の心(こころ)をば
111悪化(あくくわ)せしむるものなりと
112平和(へいわ)の意見(いけん)を主張(しゆちやう)して
113防(ふせ)ぎもやらず何時(いつ)迄(まで)も
114如何(いか)なる奇策(きさく)のましますか
115動(うご)かざるこそうたてけれ
116さはさり乍(なが)ら妾(わらは)とて
117吾(わが)背(せ)の君(きみ)を振(ふ)り棄(す)てて
118道(みち)ならぬ道(みち)を行(ゆ)くべき
119女(をんな)にあらねども
120世(よ)の成行(なりゆき)を伺(うかが)へば
121右守(うもり)に依(よ)るより外(ほか)はなし
122ああ惟神(かむながら)々々(かむながら)
123神(かみ)の御魂(みたま)の幸(さちは)ひて
124一日(ひとひ)も早(はや)く背(せ)の君(きみ)や
125左守(さもり)の司(かみ)の頑迷(ぐわんめい)を
126晴(は)らさせ玉(たま)ひてビクの国(くに)
127いや永久(とこしへ)に守(まも)らせ玉(たま)へ
128ヒルナの姫(ひめ)が大前(おほまへ)に
129玉(たま)の小琴(をごと)を弾(だん)じつつ
130神慮(しんりよ)を慰(なぐさ)め願(ね)ぎまつる』
131 斯(か)かる所(ところ)へ恭(うやうや)しく衣紋(えもん)を繕(つくろ)ひ、132二三(にさん)の城内(じやうない)の役員(やくゐん)に導(みちび)かれて、133参上(さんじやう)したのは右守司(うもりのかみ)のベルツであつた。134ベルツは主人(しゆじん)気取(きど)りで、135さも横柄(わうへい)に入(い)り来(きた)り、136三(さん)人(にん)の役員(やくゐん)に向(むか)ひ、
137ベルツ『ヤア、138御(ご)苦労(くらう)で厶(ござ)つた。139少時(しばし)国政(こくせい)上(じやう)の事(こと)に就(つ)いて、140姫(ひめ)様(さま)にお伺(うかが)ひ致(いた)したい事(こと)あれば、141汝(なんぢ)等(ら)は元(もと)の席(せき)に帰(かへ)つたがよからう』
142 『ハイ』と三(さん)人(にん)は其(その)場(ば)を立去(たちさ)つた。143そして三(さん)人(にん)はソツと次(つぎ)の間(ま)に姿(すがた)を隠(かく)して、144二人(ふたり)の談話(だんわ)を一言(いちごん)も洩(も)らさじと聞耳(ききみみ)立(た)ててゐた。145之(これ)はラム、146リツト、147ベールといふ城内(じやうない)の属官(ぞくくわん)である。148そしてヒルナ姫(ひめ)と右守司(うもりのかみ)の間柄(あひだがら)が此(この)頃(ごろ)少(すこ)し変(へん)なので、149左守司(さもりのかみ)の内意(ないい)を受(う)けて常(つね)に注意(ちうい)の眼(まなこ)をみはつてゐたのである。
150 ヒルナ姫(ひめ)、151ベルツはラム、152リツト、153ベールの三(さん)人(にん)が次(つぎ)の間(ま)に聞(き)いてゐるとは少(すこ)しも気付(きづ)かなかつた。154ベルツは横柄(わうへい)に姫(ひめ)の前(まへ)に胡座(あぐら)をかき、155煙草(たばこ)を燻(くゆ)らし乍(なが)ら、
156ベルツ『姫(ひめ)さま、157俄(にはか)に御(ご)相談(さうだん)申(まを)したい事(こと)が出来(でき)ましたので、158一寸(ちよつと)参(まゐ)りました』
159ヒルナ姫(ひめ)『貴方(あなた)は何(なん)とか かんとか云(い)つて、160妾(わらは)に遠(とほ)ざかること計(ばか)り考(かんが)へて居(を)りますね。161今日(こんにち)の御(ご)相談(さうだん)と云(い)ふのは、162又(また)、163例(れい)のお惚気(のろけ)でせう。164左様(さやう)な事(こと)は、165国家(こくか)多事(たじ)の今日(こんにち)、166耳(みみ)を藉(か)す訳(わけ)には参(まゐ)りませぬ。167貴方(あなた)はテーナさまの所(ところ)へ行(い)つて、168御(ご)相談(さうだん)なさる方(はう)が可(い)いでせう、169チツと方角違(はうがくちが)ひぢやありませぬか』
170ベルツ『さう、171いきなり攻撃(こうげき)の矢(や)を向(む)けられては恐(おそ)れ入(い)ります。172八(はつ)尺(しやく)の男子(だんし)も到底(たうてい)太刀打(たちうち)が出来(でき)ませぬ。173今日(こんにち)参(まゐ)りましたのは左様(さやう)な陽気(やうき)な事(こと)ぢや厶(ござ)いませぬ。174小(せう)にしては右守家(うもりけ)の一大事(いちだいじ)、175大(だい)にしてはビク一国(いつこく)の一大事(いちだいじ)で厶(ござ)います。176夫(そ)れ故(ゆゑ)貴女(あなた)様(さま)にトツクリと御(ご)相談(さうだん)を申(まを)し、177御(ご)意見(いけん)を承(うけたま)はつた上(うへ)処決(しよけつ)しようと思(おも)ひ、178罷出(まかりい)でました。179何卒(どうぞ)真面目(まじめ)にお聞(き)き下(くだ)さい。180貴女(あなた)は此(この)右守(うもり)を薬籠中(やくろうちう)の者(もの)となし、181御(ご)都合(つがふ)の好(よ)い時(とき)計(ばか)りうまく利用(りよう)して、182用(よう)がなくなれば、183弊履(へいり)を捨(す)つるが如(ごと)き残酷(ざんこく)な目(め)に会(あ)はす御(お)考(かんが)へでせう、184どうもマ一(ひと)つ、185貴女(あなた)に対(たい)して気(き)のゆるせない所(ところ)があるやうに思(おも)はれてなりませぬワ』
186ヒルナ姫(ひめ)『ホホホホ、187ようそんな事(こと)が、188どこを押(おさ)へたら仰有(おつしや)れますか、189貴方(あなた)と私(わたし)の仲(なか)は切(き)つても切(き)れぬ関係(くわんけい)が結(むす)ばれてゐるぢやありませぬか。190イターナルにユニオンして此(この)国家(こくか)を守(まも)らうと御(お)約束(やくそく)されたでせう。191それに就(つ)いても貴方(あなた)の要求(えうきう)を入(い)れて、192女(をんな)の行(ゆ)く可(べか)らざる道(みち)迄(まで)行(い)つたではありませぬか。193左様(さやう)な事(こと)を仰有(おつしや)るとは、194実(じつ)に残酷(ざんこく)と申(まを)すもの、195少(すこ)しは妾(わらは)の心(こころ)も推量(すゐりやう)して下(くだ)さいませ。196仮令(たとへ)二人(ふたり)がインフエルノの底(そこ)へ墜(お)ちても、197共々(ともども)に国家(こくか)の為(ため)に尽(つく)さうと誓(ちか)つた仲(なか)だありませぬか』
198ベルツ『イヤ、199恐(おそ)れ入(い)りました。200それに間違(まちが)ひは厶(ござ)いませぬ。201併(しか)し乍(なが)ら今日(こんにち)御(ご)相談(さうだん)に参(まゐ)つたといふのは真剣(しんけん)です、202私(わたし)の妹(いもうと)カルナ姫(ひめ)、203人(ひと)もあらうに左守司(さもりのかみ)の馬鹿(ばか)息子(むすこ)ハルナに恋着(れんちやく)致(いた)し、204何時(いつ)の間(ま)にかラブ・レタースを往復(わうふく)させ、205最早(もはや)挺(てこ)でも棒(ぼう)でも動(うご)かない様(やう)になつて了(しま)つたので厶(ござ)います。206就(つ)いては貴女(あなた)も御存(ごぞん)じの通(とほ)り、207頑迷(ぐわんめい)不霊(ふれい)な左守(さもり)の伜(せがれ)ハルナの如(ごと)き柔弱漢(にうじやくかん)に、208妹(いもうと)をやるといふ事(こと)は、209総(すべ)ての計劃(けいくわく)上(じやう)に於(おい)て、210大変(たいへん)な番狂(ばんくる)はせを来(きた)しはせまいかと、211家令(かれい)のシエールと共(とも)に頭(あたま)を悩(なや)めて居(を)ります。212姫(ひめ)様(さま)の御(お)考(かんが)へは如何(いかが)で厶(ござ)いますか』
213 ヒルナ姫(ひめ)は俯(うつ)むいて少時(しばし)考(かんが)へてゐたが、214やがて微笑(びせう)を洩(も)らし乍(なが)ら、
215ヒルナ姫(ひめ)『コレ右守(うもり)さま それは願(ねが)うてもなき出来事(できごと)だありませぬか、216此(この)結婚(けつこん)がうまく行(ゆ)けば、217カルナさまは貴方(あなた)の妹(いもうと)、218何(なに)かにつけて万事(ばんじ)都合(つがふ)が宜(よろ)しいでせう、219言(い)はばスパイを敵(てき)の陣中(ぢんちう)に放(はな)つた様(やう)なもの、220こんな好都合(かうつがふ)はありますまい』
221ベルツ『併(しか)し乍(なが)らカルナといふ奴(やつ)ア、222左様(さやう)な融通(ゆうづう)の利(き)く女(をんな)とは、223どうしても考(かんが)へられませぬ。224彼(かれ)は只々(ただただ)ラブ・イズ・ベストだと云(い)つて、225恋愛(れんあい)計(ばか)りに心(こころ)を傾(かたむ)け、226且(かつ)又(また)拙者(せつしや)の行動(かうどう)を諫(いさ)め様(やう)とする傾向(けいかう)が厶(ござ)いますから、227却(かへつ)て左守司(さもりのかみ)の家(いへ)に遣(つか)はさうものなら、228なまじひ道徳論(だうとくろん)に惑溺(わくでき)して、229兄貴(あにき)に弓(ゆみ)を引(ひ)くやうな事(こと)が出来(しゆつたい)致(いた)さぬかと、230それ計(ばか)りが心配(しんぱい)に堪(た)へませぬ。231願(ねが)はくば貴女(あなた)様(さま)より刹帝利(せつていり)様(さま)に言葉(ことば)を尽(つく)して、232此(この)縁談(えんだん)が成功(せいこう)せない様(やう)に水(みづ)をさして戴(いただ)きたいと存(ぞん)じまして、233御(ご)相談(さうだん)にあがりました。234刹帝利(せつていり)様(さま)の言葉(ことば)ならば鶴(つる)の一声(ひとこゑ)いかに熱烈(ねつれつ)な恋(こひ)の擒(とりこ)となつた妹(いもうと)のカルナも、235之(これ)には反(そむ)く訳(わけ)には参(まゐ)りますまい。236何卒(どうぞ)一(ひと)つ御(お)骨折(ほねをり)を願(ねが)ひたいもので厶(ござ)います。237家令(かれい)のシエールと種々(しゆじゆ)協議(けふぎ)を凝(こ)らしてみましたが、238どうしてもそれより方法(はうはふ)はなきものと考(かんが)へます。239一度(いちど)は妹(いもうと)を左守家(さもりけ)へ遣(つか)はした方(はう)が目的(もくてき)遂行(すゐかう)上(じやう)、240都合(つがふ)が好(よ)からうかと存(ぞん)じ、241略(ほぼ)それに内定(ないてい)して居(を)りましたが、242翻(ひるがへ)つて熟考(じゆくかう)すれば、243こんな危険(きけん)なことはないと考(かんが)へました。244何卒(どうぞ)此(この)縁談(えんだん)に就(つ)いては到底(たうてい)兄(あに)の力(ちから)では破(やぶ)ることは出来(でき)ませぬから、245貴方(あなた)の御(お)力(ちから)を借(かり)るより道(みち)は厶(ござ)いませぬ』
246ヒルナ姫(ひめ)『御(ご)心配(しんぱい)なさいますな、247今日(こんにち)右守家(うもりけ)左守家(さもりけ)の暗闘(あんとう)を融和(ゆうわ)させるには、248これ位(くらゐ)好(よ)い機会(きくわい)はありませぬ。249如何(いか)にビクの刹帝利(せつていり)家(け)が古(ふる)くから続(つづ)き、250権力(けんりよく)があるとは云(い)へ、251肝心(かんじん)の左守(さもり)右守(うもり)の司(かみ)たる竜虎(りようこ)互(たがひ)に争(あらそ)ふ時(とき)は、252どちらも勢(いきほひ)全(まつた)からず、253遂(つひ)には内部(ないぶ)より破綻(はたん)を来(きた)し、254国家(こくか)の滅亡(めつぼう)を来(きた)すは目(ま)のあたりで厶(ござ)います。255実(じつ)に国家(こくか)の為(ため)、256刹帝利(せつていり)家(け)のために、257こんな結構(けつこう)な縁談(えんだん)はありますまい。258此(この)事(こと)許(ばか)りはヒルナ姫(ひめ)、259飽(あ)く迄(まで)も熟考(じゆくかう)をして貰(もら)ひたい事(こと)を主張(しゆちやう)致(いた)します』
260ベルツ『成程(なるほど)、261それも却(かへつ)て可(い)いかも知(し)れませぬ。262然(しか)らば何事(なにごと)も姫(ひめ)様(さま)にお任(まか)せ致(いた)します。263何分(なにぶん)宜(よろ)しく御(お)願(ねが)ひ致(いた)しませう』
264ヒルナ姫(ひめ)『左様(さやう)ならば、265これから左守司(さもりのかみ)を呼(よ)びよせ、266篤(とく)と妾(わらは)より申渡(まをしわた)すで厶(ござ)いませう。267サア又(また)壁(かべ)に耳(みみ)あり、268天(てん)に口(くち)あり、269或(ある)時機(じき)まで此(この)秘密(ひみつ)が洩(も)れないやう、270早(はや)くお帰(かへ)り下(くだ)さいませ』
271ベルツ『大変(たいへん)に秋風(あきかぜ)が吹(ふ)いたと見(み)え、272箒(はうき)で掃(は)くやうになさいますな。273マア一服(いつぷく)して帰(かへ)れと仰有(おつしや)つても、274余(あま)り罰(ばち)は当(あた)りますまい。275又(また)私(わたし)は一息(ひといき)や二息(ふたいき)、276ここで煙草(たばこ)位(ぐらゐ)頂(いただ)いても、277余(あま)り差支(さしつか)へない様(やう)に考(かんが)へますがなア』
278ヒルナ姫(ひめ)『又(また)そんな事(こと)を云(い)つて、279私(わたし)を困(こま)らせるのですか、280そんなら百(ひやく)年(ねん)なつと千(せん)年(ねん)なつと ここでお煙草(たばこ)をあがつて下(くだ)さい』
281ベルツ『ハハハハ、282イヤ真(まこと)に恐(おそ)れ入(い)りました。283左様(さやう)なれば邪魔者(じやまもの)は直様(すぐさま)、284御前(ごぜん)を下(さが)りませう。285そこらに箒(はうき)を逆様(さかさま)にして頬(ほほ)かぶりがさしてあれば、286どうぞ元(もと)へ直(なほ)して下(くだ)さいませ、287エヘヘヘヘ』
288と厭(いや)らしい笑(ゑみ)を残(のこ)し、289スタスタと廊下(らうか)に足音(あしおと)をさせ乍(なが)ら、290吾(わが)館(やかた)をさして帰(かへ)り行(ゆ)く。291ラム、292リツト、293ベールの三(さん)人(にん)は互(たがひ)に顔(かほ)を見合(みあは)せて苦笑(くせう)し乍(なが)ら、294足(あし)を忍(しの)ばせ左守司(さもりのかみ)の館(やかた)をさして急(いそ)ぎ行(ゆ)く。
295(大正一二・二・一二 旧一一・一二・二七 於竜宮館 松村真澄録)
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