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霊界物語
真善美愛(第49~60巻)
第53巻(辰の巻)
序文
総説
第1篇 毘丘取颪
第1章 春菜草
第2章 蜉蝣
第3章 軟文学
第4章 蜜語
第5章 愛縁
第6章 気縁
第7章 比翼
第8章 連理
第9章 蛙の腸
第2篇 貞烈亀鑑
第10章 女丈夫
第11章 艶兵
第12章 鬼の恋
第13章 醜嵐
第14章 女の力
第15章 白熱化
第3篇 兵権執着
第16章 暗示
第17章 奉還状
第18章 八当狸
第19章 刺客
第4篇 神愛遍満
第20章 背進
第21章 軍議
第22章 天祐
第23章 純潔
余白歌
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霊界物語
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真善美愛(第49~60巻)
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第53巻(辰の巻)
> 第2篇 貞烈亀鑑 > 第15章 白熱化
<<< 女の力
(B)
(N)
暗示 >>>
第一五章
白熱化
(
はくねつくわ
)
〔一三七八〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻
篇:
第2篇 貞烈亀鑑
よみ(新仮名遣い):
ていれつきかん
章:
第15章 白熱化
よみ(新仮名遣い):
はくねつか
通し章番号:
1378
口述日:
1923(大正12)年02月13日(旧12月28日)
口述場所:
竜宮館
筆録者:
外山豊二
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1925(大正14)年3月8日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
鬼春別は、ヒルナ姫と上機嫌でくつろぎながら葡萄酒を傾けている。鬼春別は、ヒルナ姫が久米彦に秋波を送ったことを責めてからかった。ヒルナ姫は、自分が捨てられてはたまらないので、そうやって予防線を張っているのだと答えた。
ヒルナ姫は、鬼春別が自分にのろけきっているのを幸い、自分が鬼春別に非常に執着しているようなふりをして、つねったりたたいたりした。
そして、至善至愛のバラモン軍の将軍であれば、ビク国を破壊したり人々を苦しめるようなことはしないはずだと釘を刺し、そのような乱暴な所業は久米彦の指示だろうと吹き込んだ。そしてビク国の王や重臣たちを解放して実地を示すよう促した。
そこへ久米彦とカルナ姫がやってきた。鬼春別は、ヒルナ姫の手前、久米彦をいきなり怒鳴りつけてビク国侵略の乱暴を、彼のせいにしようとした。
久米彦はけげんな顔で、放火や捕囚はすべて鬼春別の命令でしたことだと答えて口論になった。ヒルナ姫は間に入り、カルナ姫は、久米彦がやってきたのは捕虜の解放についてだと話題を変えた。
鬼春別は言い遅れてはならないと、自分も同意見だと言って、副官たちとともに捕虜を解放するよう久米彦に命令した。久米彦はあきれながらも満足の意を表した。ヒルナ姫とカルナ姫は、すかさず二人を仁慈あふれる将軍だと持ち上げた。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :
rm5315
愛善世界社版:
170頁
八幡書店版:
第9輯 566頁
修補版:
校定版:
176頁
普及版:
85頁
初版:
ページ備考:
001
鬼春別
(
おにはるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
はヒルナ
姫
(
ひめ
)
と
共
(
とも
)
に、
002
頗
(
すこぶ
)
る
上機嫌
(
じやうきげん
)
で
喋々
(
てふてふ
)
喃々
(
なんなん
)
と
雲雀
(
ひばり
)
のやうに
囀
(
さへづ
)
り
乍
(
なが
)
ら、
003
葡萄酒
(
ぶだうしゆ
)
を
傾
(
かたむ
)
け、
004
舌鼓
(
したつづみ
)
を
打
(
う
)
つてゐる。
005
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『アイヤ、
006
ヒルナ
姫殿
(
ひめどの
)
、
007
其方
(
そなた
)
は
拙者
(
せつしや
)
を
嫌
(
きら
)
ひだと
申
(
まを
)
し、
008
非常
(
ひじやう
)
に
恥
(
はぢ
)
をかかし、
009
久米彦
(
くめひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
に
非常
(
ひじやう
)
な
秋波
(
しうは
)
を
送
(
おく
)
つたぢやないか。
010
さう
秋
(
あき
)
の
空
(
そら
)
の
様
(
やう
)
にクレクレと
心
(
こころ
)
が
変
(
かは
)
る
女
(
をんな
)
は、
011
心
(
こころ
)
を
許
(
ゆる
)
して
信用
(
しんよう
)
する
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ないぢやないか。
012
本当
(
ほんたう
)
に
飛切
(
とびき
)
り
上等
(
じやうとう
)
のお
侠
(
きやん
)
だね』
013
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『そらさうですとも さうですとも、
014
貴方
(
あなた
)
の
御
(
お
)
心
(
こころ
)
が
御
(
お
)
心
(
こころ
)
ですもの、
015
何時
(
いつ
)
何方
(
どちら
)
へ
尻
(
しり
)
を
向
(
む
)
けらるるか、
016
険難
(
けんのん
)
でたまりませぬから、
017
恥
(
はぢ
)
をかかされない
内
(
うち
)
に
一寸
(
ちよつと
)
予防線
(
よばうせん
)
を
張
(
は
)
つて
見
(
み
)
たのですよ。
018
妙齢
(
めうれい
)
のナイスがこんな
処
(
ところ
)
へ
出
(
で
)
て
来
(
き
)
て
男
(
をとこ
)
に
恥
(
はぢ
)
をかかされては、
019
両親
(
りやうしん
)
の
名折
(
なをれ
)
ですからね』
020
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『アハハハハ、
021
お
前
(
まへ
)
は
中々
(
なかなか
)
隅
(
すみ
)
にはおけない
代物
(
しろもの
)
だ。
022
男女
(
だんぢよ
)
の
道
(
みち
)
にかけては
徹底
(
てつてい
)
的
(
てき
)
に
抜目
(
ぬけめ
)
のない
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
ぢやなア。
023
千変
(
せんぺん
)
万化
(
ばんくわ
)
秘術
(
ひじゆつ
)
を
尽
(
つく
)
して
戦陣
(
せんぢん
)
に
臨
(
のぞ
)
む、
024
流石
(
さすが
)
の
鬼春別
(
おにはるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
も、
025
お
前
(
まへ
)
の
辣腕
(
らつわん
)
には
舌
(
した
)
を
巻
(
ま
)
いたよ。
026
本当
(
ほんたう
)
に
偉
(
えら
)
いものだなア』
027
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『ホホホホホ、
028
一進
(
いつしん
)
一退
(
いつたい
)
秘術
(
ひじゆつ
)
を
尽
(
つく
)
すのが
恋愛戦
(
れんあいせん
)
の
奥義
(
おくぎ
)
で
厶
(
ござ
)
いますからね』
029
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『
何
(
なん
)
だか
知
(
し
)
らないが、
030
お
前
(
まへ
)
の
天稟
(
てんぴん
)
の
美貌
(
びばう
)
と
云
(
い
)
ひ、
031
その
優
(
やさ
)
しい
声
(
こゑ
)
と
云
(
い
)
ひ、
032
雨後
(
うご
)
の
海棠
(
かいだう
)
か、
033
露
(
つゆ
)
を
帯
(
お
)
びた
白梅
(
しらうめ
)
の
花
(
はな
)
か、
034
咲
(
さ
)
き
誇
(
ほこ
)
つたダリヤか、
035
牡丹
(
ぼたん
)
か
芍薬
(
しやくやく
)
か、
036
形容
(
けいよう
)
し
難
(
がた
)
いそのスタイルには、
037
三軍
(
さんぐん
)
を
叱咤
(
しつた
)
する
勇将
(
ゆうしやう
)
も、
038
旗
(
はた
)
を
巻
(
ま
)
き
矛
(
ほこ
)
を
逆
(
さか
)
しまにして
降伏
(
かうふく
)
せなくちやならなくなつて
来
(
く
)
るわ、
039
ハハハハハ』
040
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『ようマア、
041
ソンナ
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
つて
人
(
ひと
)
のわるい……
若
(
わか
)
い
女
(
をんな
)
を
揶揄
(
からかひ
)
遊
(
あそ
)
ばすのですか。
042
ほんに
憎
(
にく
)
らしい
人
(
ひと
)
だわねー』
043
と
横目
(
よこめ
)
を
使
(
つか
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
044
将軍
(
しやうぐん
)
の
手
(
て
)
の
甲
(
かふ
)
を
血
(
ち
)
の
出
(
で
)
る
程
(
ほど
)
抓
(
つめ
)
つた。
045
将軍
(
しやうぐん
)
は
優
(
やさ
)
しい
手
(
て
)
で
血
(
ち
)
の
出
(
で
)
る
所
(
ところ
)
まで
抓
(
つめ
)
られ、
046
益々
(
ますます
)
相好
(
さうがう
)
を
崩
(
くづ
)
し、
047
声
(
こゑ
)
の
調子
(
てうし
)
迄
(
まで
)
変
(
か
)
へて、
048
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『オイ、
049
ヒルナ、
050
馬鹿
(
ばか
)
にすない。
051
これでも
一人前
(
いちにんまへ
)
の
男
(
をとこ
)
だぞ』
052
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
は、
053
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『エー
憎
(
にく
)
らしいお
方
(
かた
)
、
054
ヨウそんな
事
(
こと
)
を
仰有
(
おつしや
)
いますワイ。
055
貴方
(
あなた
)
は
三千人
(
さんぜんにん
)
前
(
まへ
)
の
立派
(
りつぱ
)
な
男
(
をとこ
)
さまぢやありませぬか。
056
三千
(
さんぜん
)
人
(
にん
)
の
軍隊
(
ぐんたい
)
を
引率
(
ひきつ
)
れ、
057
その
総
(
そう
)
指揮官
(
しきくわん
)
となつて
厶
(
ござ
)
るのでせう。
058
さうすれば
貴方
(
あなた
)
一人
(
ひとり
)
の
心
(
こころ
)
で
三千
(
さんぜん
)
人
(
にん
)
の
軍
(
ぐん
)
が、
059
廻
(
まは
)
れ
右
(
みぎ
)
、
060
左
(
ひだり
)
へオイ、
061
と
三寸
(
さんずん
)
の
舌
(
した
)
に
依
(
よ
)
つて、
062
自由
(
じいう
)
自在
(
じざい
)
にゼンマイ
仕掛
(
じかけ
)
の
人形
(
にんぎやう
)
の
様
(
やう
)
に
動
(
うご
)
くのぢや
厶
(
ござ
)
いませぬか。
063
本当
(
ほんたう
)
に
憎
(
にく
)
らしい
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
だなア』
064
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
065
優
(
やさ
)
しい
手
(
て
)
で
頬辺
(
ほほべた
)
を
痺
(
しび
)
れる
程
(
ほど
)
三
(
み
)
つ
四
(
よ
)
つ
続
(
つづ
)
け
打
(
う
)
ちに
打
(
う
)
つた。
066
鬼春別
(
おにはるわけ
)
は
惚気切
(
のろけき
)
つてゐるので、
067
……ヒルナが
仮令
(
たとへ
)
撲
(
なぐ
)
つても
抓
(
つめ
)
つてもかまはぬ、
068
一遍
(
いつぺん
)
でも
身体
(
からだ
)
に
触
(
さは
)
つてくれたら、
069
それで
満足
(
まんぞく
)
だ……と
云
(
い
)
ふ
気持
(
きもち
)
になつてゐる。
070
其
(
その
)
間
(
かん
)
の
消息
(
せうそく
)
を
見
(
み
)
ぬいてゐるヒルナ
姫
(
ひめ
)
は、
071
一口
(
ひとくち
)
云
(
い
)
つては
頬
(
ほほ
)
を
叩
(
たた
)
き、
072
一口
(
ひとくち
)
云
(
い
)
つては
腕
(
うで
)
を
抓
(
つめ
)
り、
073
しまひには
髭
(
ひげ
)
をひつぱり、
074
鼻
(
はな
)
を
撮
(
つま
)
み、
075
両手
(
りやうて
)
に
顔
(
かほ
)
をかかへて
唾
(
つばき
)
を
吐
(
は
)
きかけたり、
076
玩弄物
(
いらへもの
)
にしてゐる。
077
鬼春別
(
おにはるわけ
)
はただ、
078
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『エヘヘヘヘ、
079
無茶
(
むちや
)
すない。
080
誰
(
たれ
)
が
見
(
み
)
てゐるか
知
(
し
)
れないぞ。
081
俺
(
おれ
)
の
面
(
つら
)
がそれ
程
(
ほど
)
面白
(
おもしろ
)
いか』
082
なぞと、
083
笑壺
(
ゑつぼ
)
に
入
(
い
)
つてゐる。
084
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『
古今
(
ここん
)
独歩
(
どつぽ
)
珍無類
(
ちんむるゐ
)
奇妙
(
きめう
)
奇天烈
(
きてれつ
)
、
085
世界
(
せかい
)
に
類
(
るゐ
)
の
無
(
な
)
い、
086
何処
(
どこ
)
ともなしに
惚々
(
ほれぼれ
)
する
男
(
をとこ
)
らしい
面
(
かほ
)
だね。
087
妾
(
あたい
)
こんな
面
(
かほ
)
を
百
(
ひやく
)
年
(
ねん
)
も
千
(
せん
)
年
(
ねん
)
も
覗
(
のぞ
)
いてゐたいわ』
088
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『エヘヘヘヘ、
089
覗
(
のぞ
)
かしてやりたいのは
山々
(
やまやま
)
なれど、
090
苟
(
いやし
)
くも
身
(
み
)
軍籍
(
ぐんせき
)
にあるもの、
091
何時
(
いつ
)
馬腹
(
ばふく
)
に
鞭
(
むち
)
を
加
(
くは
)
へ、
092
砲煙
(
はうえん
)
弾雨
(
だんう
)
の
中
(
なか
)
を
疾駆
(
しつく
)
せなければならないかも
知
(
し
)
れない
職掌
(
しよくしやう
)
だからのー。
093
マア
今
(
いま
)
の
内
(
うち
)
に
穴
(
あな
)
のあく
程
(
ほど
)
楽
(
たの
)
しんで
見
(
み
)
て
置
(
お
)
くがよいわ』
094
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『オホホホホ、
095
本当
(
ほんたう
)
に
縦
(
たて
)
から
見
(
み
)
ても
横
(
よこ
)
から
見
(
み
)
ても
申分
(
まをしぶん
)
のない
好
(
い
)
い
男
(
をとこ
)
だわ。
096
丸
(
まる
)
で
神
(
かみ
)
さまの
様
(
やう
)
な
御
(
お
)
面付
(
かほつき
)
、
097
あんまり
可愛
(
かあい
)
くて
此
(
この
)
ふつくらとした
頬辺
(
ほほべた
)
の
肉
(
にく
)
を
一口
(
ひとくち
)
食
(
た
)
べたい
様
(
やう
)
だわ』
098
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『エヘヘヘヘ、
099
何程
(
なにほど
)
可愛
(
かあい
)
うても
頬辺
(
ほほべた
)
に
噛
(
か
)
みつかれちや
困
(
こま
)
るよ』
100
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『それでも
貴方
(
あなた
)
、
101
よう
考
(
かんが
)
へて
御覧
(
ごらん
)
なさいませ。
102
愛熱
(
あいねつ
)
の
極点
(
きよくてん
)
に
達
(
たつ
)
した
時
(
とき
)
には
屹度
(
きつと
)
噛
(
か
)
ぶり
付
(
つ
)
くものですよ。
103
猫
(
ねこ
)
が
子
(
こ
)
を
生
(
う
)
んで
直様
(
すぐさま
)
其
(
その
)
子
(
こ
)
を
嘗
(
な
)
めてやつて
居
(
を
)
りますが、
104
余
(
あま
)
り
可愛
(
かあい
)
くなつて
終
(
しまひ
)
には
皆
(
みんな
)
喰
(
く
)
つて
了
(
しま
)
ひませうがなア。
105
妾
(
あたい
)
貴方
(
あなた
)
の
身体
(
からだ
)
を
頭
(
あたま
)
の
先
(
さき
)
から
爪
(
つめ
)
の
先
(
さき
)
まで、
106
スツカリ
食
(
く
)
つて
見
(
み
)
たい
様
(
やう
)
な
気
(
き
)
がいたしますわ』
107
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『
可愛
(
かあい
)
がつてくれるのも
程度
(
ていど
)
があるからなア、
108
鬼娘
(
おにむすめ
)
かなんぞのやうに
食
(
く
)
はれて
耐
(
たま
)
るものか。
109
さうでなくても
既
(
すで
)
に
既
(
すで
)
に
精神
(
せいしん
)
的
(
てき
)
にはお
前
(
まへ
)
に
肉体
(
にくたい
)
も
魂
(
たましひ
)
もスツカリ
食
(
く
)
はれて
居
(
ゐ
)
るぢやないか。
110
何
(
なん
)
と
猛烈
(
まうれつ
)
な
恋
(
こひ
)
だなア』
111
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『さうですとも、
112
あの
蟷螂
(
かまきり
)
や
螽斯
(
ばつた
)
を
御覧
(
ごらん
)
なさいませ。
113
雌雄
(
しゆう
)
が
交尾
(
かうび
)
した
後
(
あと
)
で、
114
その
雌
(
めす
)
は
夫
(
をつと
)
が
可愛
(
かあい
)
くなつて
皆
(
みな
)
頭
(
あたま
)
から
食
(
く
)
つて
了
(
しま
)
ふぢやありませぬか。
115
妾
(
あたい
)
貴方
(
あなた
)
が
食
(
く
)
つて
見
(
み
)
たいと
云
(
い
)
ふのは、
116
押
(
おさ
)
へ
切
(
き
)
れない
情熱
(
じやうねつ
)
が
燃
(
も
)
えさかつて
居
(
ゐ
)
るからですよ』
117
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『アハハハハ、
118
エヘヘヘヘ、
119
ここ
迄
(
まで
)
女
(
をんな
)
にラブされるのは
男
(
をとこ
)
としては
余
(
あま
)
り
悪
(
わる
)
い
気持
(
きもち
)
ぢやないが、
120
一面
(
いちめん
)
から
考
(
かんが
)
へると
恐
(
おそ
)
ろしい
様
(
やう
)
な
気分
(
きぶん
)
になつて
来
(
き
)
たワイ。
121
イヒヒヒヒ』
122
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『コレ
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
、
123
貴方
(
あなた
)
は
妾
(
あたい
)
の
恋愛
(
れんあい
)
の
程度
(
ていど
)
が
何処
(
どこ
)
迄
(
まで
)
深
(
ふか
)
いか
分
(
わか
)
りましただらうね』
124
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『ウーン、
125
オコツク
海
(
かい
)
の
底
(
そこ
)
よりも
未
(
ま
)
だ
深
(
ふか
)
い
様
(
やう
)
だなア。
126
到底
(
たうてい
)
測定
(
そくてい
)
は
出来
(
でき
)
ないわ』
127
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『さうでせう。
128
妾
(
わらは
)
の
恋
(
こひ
)
は
真剣
(
しんけん
)
ですよ。
129
オコツク
海
(
かい
)
の
底
(
そこ
)
は
未
(
ま
)
だ
愚
(
おろ
)
か、
130
竜宮海
(
りうぐうかい
)
のドン
底
(
ぞこ
)
迄
(
まで
)
届
(
とど
)
いてゐますよ。
131
貴方
(
あなた
)
の
恋
(
こひ
)
は
汀
(
なぎさ
)
の
恋
(
こひ
)
で、
132
満潮
(
まんてう
)
の
時
(
とき
)
には
浅
(
あさ
)
い
水
(
みづ
)
が
漂
(
ただよ
)
うてゐますが、
133
干潮
(
かんてう
)
になつた
時
(
とき
)
には
本当
(
ほんたう
)
に
殺風景
(
さつぷうけい
)
な
砂原
(
すなはら
)
の
様
(
やう
)
なものですわ。
134
本当
(
ほんたう
)
にそんな
事
(
こと
)
思
(
おも
)
うと
貴方
(
あなた
)
が
憎
(
にく
)
らしうなつて
来
(
き
)
ました』
135
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
136
グツト
鼻
(
はな
)
を
捻
(
ねぢ
)
る。
137
鬼春別
(
おにはるわけ
)
は
鼻声
(
はなごゑ
)
になり、
138
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『コラコラ
放
(
はな
)
せ
放
(
はな
)
せ、
139
そう
無暗
(
むやみ
)
に
鼻
(
はな
)
をいぢつてもらつちや、
140
やりきれぬぢやないか。
141
可愛
(
かあい
)
がるのも
好
(
よ
)
い
加減
(
かげん
)
にして
止
(
や
)
めて
置
(
お
)
いてくれ、
142
有難
(
ありがた
)
迷惑
(
めいわく
)
だから。
143
お
前
(
まへ
)
の
猛烈
(
まうれつ
)
なラブには
鬼春別
(
おにはるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
も
本当
(
ほんたう
)
に
三舎
(
さんしや
)
を
避
(
さ
)
けざるを
得
(
え
)
ないわ』
144
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『さうでせう。
145
それ
見
(
み
)
なさい、
146
白状
(
はくじやう
)
なさいました。
147
妾
(
わらは
)
がうるさくなつて
御
(
お
)
逃
(
に
)
げ
遊
(
あそ
)
ばす
考
(
かんが
)
へでせう。
148
ソンならそれで
宜
(
よろ
)
しう
厶
(
ござ
)
います。
149
妾
(
わらは
)
をこんな
辛
(
つら
)
い
思
(
おも
)
ひをさせて
焦
(
じら
)
すよりも、
150
態
(
てい
)
よう
貴方
(
あなた
)
の
軍刀
(
ぐんたう
)
で
一思
(
ひとおも
)
ひに
殺
(
ころ
)
して
下
(
くだ
)
さいませ。
151
それが
妾
(
わらは
)
の
無上
(
むじやう
)
の
望
(
のぞ
)
みで
厶
(
ござ
)
います』
152
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『コレハ
怪
(
け
)
しからぬ。
153
そこ
迄
(
まで
)
深
(
ふか
)
はまりをしちや
駄目
(
だめ
)
だよ。
154
コレ、
155
ヒルナ、
156
お
前
(
まへ
)
は
俺
(
おれ
)
の
美貌
(
びばう
)
に
恋着
(
れんちやく
)
の
余
(
あま
)
り、
157
眼
(
まなこ
)
が
眩
(
くら
)
んでゐるのぢやないか。
158
頭脳
(
づなう
)
がどうかなつて
居
(
ゐ
)
るのぢやあるまいかなア』
159
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『ソラさうですとも、
160
些
(
ちつ
)
とは
頭
(
あたま
)
が
変
(
へん
)
にもなりませう。
161
摂氏
(
せつし
)
の
百度
(
ひやくど
)
以上
(
いじやう
)
にも
逆上
(
のぼ
)
せあがつてゐるのですもの』
162
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『ヤー、
163
それも
結構
(
けつこう
)
だが、
164
俺
(
おれ
)
もさう
両方
(
りやうはう
)
の
手
(
て
)
で
頬
(
ほほ
)
を
抱
(
かか
)
へられてゐると
首
(
くび
)
も
廻
(
まは
)
らないから、
165
マア
一寸
(
ちよつと
)
一服
(
いつぷく
)
さしてくれ、
166
肩
(
かた
)
が
凝
(
こ
)
るからなア』
167
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『エー
憎
(
にく
)
らしい
此
(
この
)
人
(
ひと
)
、
168
髯
(
ひげ
)
むしつて
上
(
あ
)
げませうか。
169
肩
(
かた
)
が
凝
(
こ
)
るなんて、
170
そら、
171
さうでせう。
172
カルナさまだつたら
御
(
お
)
気
(
き
)
に
入
(
い
)
るのでせうけれど、
173
妾
(
あたい
)
の
様
(
やう
)
な
土堤
(
どて
)
南瓜
(
かぼちや
)
の
七
(
しち
)
お
多福
(
たふく
)
では
御
(
お
)
気
(
き
)
には
召
(
め
)
しますまい』
174
と
頤
(
あご
)
の
髯
(
ひげ
)
をグツと
握
(
にぎ
)
つてチヨイチヨイとしやくつた。
175
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『アイツタタタタ、
176
マア
待
(
ま
)
つてくれ、
177
さう
熱愛
(
ねつあい
)
されては、
178
イツカナ
好色
(
かうしよく
)
男子
(
だんし
)
も
往生
(
わうじやう
)
だ。
179
何
(
なん
)
とマア
猛烈
(
まうれつ
)
な
恋慕者
(
れんぼしや
)
が
出来
(
でき
)
たものだなア。
180
ヘヘヘヘヘ』
181
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
は
鬼春別
(
おにはるわけ
)
の
息
(
いき
)
が
臭
(
くさ
)
くて
堪
(
たま
)
らなかつたけれども、
182
態
(
わざ
)
と
惚
(
ほれ
)
た
様
(
やう
)
な
面
(
かほ
)
をして
一秒
(
いちべう
)
時間
(
じかん
)
も
早
(
はや
)
く
離
(
はな
)
れたいのを
辛抱
(
しんばう
)
し、
183
わざと
鬼春別
(
おにはるわけ
)
が
困
(
こま
)
る
所
(
ところ
)
迄
(
まで
)
根比
(
こんくら
)
べをしてゐたのである。
184
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『オイ、
185
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
、
186
男
(
をとこ
)
が
手
(
て
)
を
合
(
あは
)
して
頼
(
たの
)
むからチツト
許
(
ばか
)
り
放
(
はな
)
れて
居
(
を
)
つてくれ。
187
斯
(
か
)
う
云
(
い
)
つたつて
決
(
けつ
)
してお
前
(
まへ
)
を
嫌
(
きら
)
ふのぢやないから、
188
悪
(
わる
)
うは
思
(
おも
)
はぬやうにして
呉
(
く
)
れ』
189
ヒルナはわざと
不足
(
ふそく
)
相
(
さう
)
な
面
(
かほ
)
をして、
190
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『ハイ、
191
お
気
(
き
)
に
入
(
い
)
りませぬからねー』
192
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
193
左
(
ひだり
)
の
手
(
て
)
で
目
(
め
)
と
目
(
め
)
の
間
(
あひだ
)
を
平手
(
ひらて
)
でグツト
突
(
つ
)
いた。
194
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『アーアー、
195
山
(
やま
)
の
神
(
かみ
)
さまのエライ
御
(
ご
)
剣幕
(
けんまく
)
、
196
イヤもう、
197
恐
(
おそ
)
れ
入谷
(
いりや
)
の
鬼子
(
きし
)
母神
(
もじん
)
だ。
198
俺
(
おれ
)
は
又
(
また
)
どうしてこんな
女
(
をんな
)
に
好
(
す
)
かれる
男
(
をとこ
)
に
生
(
うま
)
れて
来
(
き
)
たのだらう。
199
何故
(
なぜ
)
モツト
俺
(
おれ
)
の
両親
(
りやうしん
)
は
不細工
(
ぶさいく
)
に
生
(
う
)
みつけなかつただらう。
200
今
(
いま
)
となつては
却
(
かへつ
)
て
恨
(
うら
)
めしいわ。
201
女
(
をんな
)
に
嫌
(
きら
)
はれるのも
余
(
あま
)
り
気
(
き
)
の
好
(
い
)
いものぢやないが、
202
斯
(
か
)
う
好
(
す
)
かれるのも
余
(
あんま
)
り
有難
(
ありがた
)
迷惑
(
めいわく
)
ではない、
203
嬉
(
うれ
)
しいわ』
204
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『ソラさうでせうとも、
205
迷惑
(
めいわく
)
でせうとも、
206
カルナさまの
様
(
やう
)
な
気
(
き
)
の
利
(
き
)
いたお
方
(
かた
)
だとねー、
207
お
気
(
き
)
に
召
(
め
)
すんですけれどねー、
208
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
頓馬
(
とんま
)
ですから、
209
将軍
(
しやうぐん
)
の
御
(
お
)
気
(
き
)
には
入
(
い
)
りますまい。
210
さうだと
云
(
い
)
つて、
211
何
(
なん
)
だか
知
(
し
)
らぬが
妾
(
あたい
)
は
此
(
この
)
人
(
ひと
)
が
可愛
(
かあい
)
くて
堪
(
たま
)
らないのだもの。
212
何程
(
なんぼ
)
嫌
(
きら
)
はれたつて、
213
仮令
(
たとへ
)
仮情約
(
かりじやうやく
)
にもせよ、
214
結
(
むす
)
んだ
仲
(
なか
)
だもの、
215
モツト モツト
耳
(
みみ
)
を
抓
(
つめ
)
つたり、
216
髭
(
ひげ
)
を
引
(
ひ
)
いたり、
217
鼻
(
はな
)
を
撮
(
つま
)
まして
貰
(
もら
)
ひますわ』
218
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『オイ、
219
ヒルナ、
220
さう
御
(
お
)
面
(
めん
)
、
221
御
(
お
)
小手
(
こて
)
、
222
御
(
お
)
胴
(
どう
)
、
223
御
(
お
)
突
(
つき
)
と
来
(
こ
)
られちや
将軍
(
しやうぐん
)
だつて
怺
(
こら
)
へ
切
(
き
)
れないわ。
224
何程
(
なにほど
)
三千
(
さんぜん
)
人
(
にん
)
の
代表者
(
だいへうしや
)
だと
云
(
い
)
つても
軍服
(
ぐんぷく
)
を
脱
(
ぬ
)
いで
裸
(
はだか
)
になれば、
225
只
(
ただ
)
の
人間
(
にんげん
)
だからなア』
226
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『
妾
(
あたい
)
今
(
いま
)
の
御
(
お
)
言葉
(
ことば
)
が
大変
(
たいへん
)
気
(
き
)
に
入
(
い
)
つてよ。
227
正直
(
しやうぢき
)
な
告白
(
こくはく
)
ですわ。
228
男
(
をとこ
)
は
裸百貫
(
はだかひやくくわん
)
と
云
(
い
)
ひましてね、
229
軍服
(
ぐんぷく
)
だの
位階
(
ゐかい
)
だの、
230
爵位
(
しやくゐ
)
だのと
云
(
い
)
ふ
人工
(
じんこう
)
的
(
てき
)
の
保護色
(
ほごしよく
)
に
包
(
つつ
)
まれてゐる
人
(
ひと
)
は、
231
本当
(
ほんたう
)
の
人間味
(
にんげんみ
)
の
分
(
わか
)
らない
人
(
ひと
)
ですわ。
232
貴方
(
あなた
)
はこれ
丈
(
だ
)
け
立派
(
りつぱ
)
な
地位
(
ちゐ
)
に
身
(
み
)
を
置
(
お
)
き
乍
(
なが
)
ら、
233
平民
(
へいみん
)
主義
(
しゆぎ
)
だから、
234
本当
(
ほんたう
)
に
好
(
す
)
きですわ。
235
平民
(
へいみん
)
主義
(
しゆぎ
)
の
人
(
ひと
)
は
些
(
ちつと
)
も
女房
(
にようばう
)
にだつて
又
(
また
)
世間
(
せけん
)
の
人
(
ひと
)
にだつて
圧迫
(
あつぱく
)
を
加
(
くは
)
へたり、
236
苦
(
くる
)
しめたりしませぬからね』
237
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『ウン、
238
そらさうだ。
239
俺
(
おれ
)
は
平民
(
へいみん
)
主義
(
しゆぎ
)
だよ。
240
人間
(
にんげん
)
の
作為
(
さくゐ
)
したレツテルなんか、
241
抑
(
そもそも
)
末
(
すゑ
)
だからね。
242
人間
(
にんげん
)
は
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御子
(
みこ
)
だから、
243
何処
(
どこ
)
迄
(
まで
)
も
博愛
(
はくあい
)
と
仁義
(
じんぎ
)
とを
以
(
もつ
)
て
世
(
よ
)
に
立
(
た
)
たねばならぬ。
244
殺伐
(
さつばつ
)
な
利己主義
(
われよし
)
の
悪行
(
あくぎやう
)
は
人間
(
にんげん
)
の
為
(
な
)
す
可
(
べ
)
き
事
(
こと
)
ぢやない。
245
俺
(
おれ
)
はさう
云
(
い
)
ふ
人間
(
にんげん
)
を
見
(
み
)
ると
忽
(
たちま
)
ち
嘔吐
(
おうど
)
を
催
(
もよほ
)
す
様
(
やう
)
な
気
(
き
)
になるのだ』
246
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『
本当
(
ほんたう
)
に
賢明
(
けんめい
)
な
仁慈
(
じんじ
)
の
深
(
ふか
)
い
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
ですな、
247
妾
(
あたい
)
それが
大好
(
だいす
)
きですよ。
248
久米彦
(
くめひこ
)
さまは
一寸
(
ちよつと
)
見
(
み
)
た
所
(
ところ
)
では
男前
(
をとこまへ
)
は
貴方
(
あなた
)
さまより、
249
少
(
すこ
)
し
立派
(
りつぱ
)
なやうですが、
250
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
殺伐
(
さつばつ
)
な
御
(
お
)
方
(
かた
)
だから、
251
妾
(
あたい
)
御存
(
ごぞん
)
じの
通
(
とほ
)
り
思想
(
しさう
)
が
合
(
あ
)
ひませぬので
肘鉄
(
ひじてつ
)
をかまして
辱
(
はづか
)
しめてやつたのですよ。
252
貴方
(
あなた
)
は
仁慈
(
じんじ
)
の
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
だから
決
(
けつ
)
してビクトリヤ
王
(
わう
)
を
攻
(
せ
)
めたり、
253
城
(
しろ
)
を
破
(
やぶ
)
つたり
数多
(
あまた
)
の
従臣
(
じゆうしん
)
を
捕虜
(
ほりよ
)
にしたり、
254
民家
(
みんか
)
を
焼
(
や
)
いたり、
255
そんな
惨酷
(
ざんこく
)
な
事
(
こと
)
はしませぬわねえ。
256
道
(
みち
)
行
(
ゆ
)
く
人
(
ひと
)
の
話
(
はなし
)
を
聞
(
き
)
いても、
257
兵隊
(
へいたい
)
さんの
話
(
はなし
)
を
聞
(
き
)
いても
鬼春別
(
おにはるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
は
本当
(
ほんたう
)
に
聖人
(
せいじん
)
君子
(
くんし
)
のやうな
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
だ。
258
それに
引
(
ひき
)
かへ
久米彦
(
くめひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
は
気
(
き
)
の
荒
(
あら
)
い
情知
(
なさけし
)
らずだから、
259
ビクの
国
(
くに
)
のビクトリヤ
城
(
じやう
)
を
攻
(
せ
)
めたり、
260
刹帝利
(
せつていり
)
様
(
さま
)
を
捕虜
(
ほりよ
)
にしたり、
261
城内
(
じやうない
)
の
従臣
(
じゆうしん
)
を
酷
(
むご
)
い
目
(
め
)
に
合
(
あは
)
すのだ。
262
これは
決
(
けつ
)
して
鬼春別
(
おにはるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
の
御
(
お
)
心
(
こころ
)
ではあるまい、
263
久米彦
(
くめひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
の
軍
(
ぐん
)
が
頑張
(
ぐわんば
)
つて、
264
アンナ
事
(
こと
)
をするのだらう。
265
鬼春別
(
おにはるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
が
之
(
これ
)
を
御
(
お
)
聞
(
き
)
きになつたならば、
266
屹度
(
きつと
)
久米彦
(
くめひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
を
叱
(
しか
)
りとばし、
267
性来
(
しやうらい
)
の
御
(
ご
)
仁慈
(
じんじ
)
を
以
(
もつ
)
てビクトリヤ
王
(
わう
)
を
救
(
すく
)
ひ
出
(
だ
)
し、
268
其
(
その
)
他
(
た
)
の
従臣
(
じゆうしん
)
をお
助
(
たす
)
け
遊
(
あそ
)
ばすに
違
(
ちが
)
ひないと、
269
十
(
じふ
)
人
(
にん
)
が
十
(
じふ
)
人
(
にん
)
迄
(
まで
)
噂
(
うはさ
)
をしてゐましたよ。
270
貴方
(
あなた
)
の
人望
(
じんばう
)
は
本当
(
ほんたう
)
に
大変
(
たいへん
)
なものですから、
271
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
の
後姿
(
うしろすがた
)
なりと
一目
(
ひとめ
)
拝
(
をが
)
まして
頂
(
いただ
)
き
度
(
た
)
いと
思
(
おも
)
ひ、
272
一年前
(
いちねんぜん
)
から
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
願
(
ねが
)
つてゐたのですよ。
273
本当
(
ほんたう
)
に
貴方
(
あなた
)
の
御
(
お
)
心
(
こころ
)
は
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
見
(
み
)
たやうですね』
274
鬼春別
(
おにはるわけ
)
は
最愛
(
さいあい
)
のヒルナに
斯
(
か
)
う
云
(
い
)
はれては
言葉
(
ことば
)
を
返
(
かへ
)
す
勇気
(
ゆうき
)
もなかつた。
275
俄
(
にはか
)
に
顔色
(
かほいろ
)
を
和
(
やは
)
らげて、
276
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『ウーン、
277
お
前
(
まへ
)
の
云
(
い
)
ふ
通
(
とほ
)
りだ。
278
あの
久米彦
(
くめひこ
)
と
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
、
279
獣性
(
じうせい
)
を
帯
(
お
)
びてるから
仁慈
(
じんじ
)
も
道徳
(
だうとく
)
も
何
(
なに
)
も
弁
(
わきま
)
へてゐないのだ。
280
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
大黒主
(
おほくろぬし
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
命令
(
めいれい
)
に
依
(
よ
)
つて
将軍
(
しやうぐん
)
になつたのだから、
281
俺
(
おれ
)
が
何程
(
なにほど
)
総
(
そう
)
司令官
(
しれいくわん
)
だと
云
(
い
)
つて
無暗
(
むやみ
)
に
免職
(
めんしよく
)
さす
訳
(
わけ
)
には
行
(
ゆ
)
かず、
282
困
(
こま
)
つたものだ。
283
俺
(
おれ
)
は
一歩
(
いつぽ
)
も
外
(
そと
)
へ
出
(
で
)
ないのだから、
284
久米彦
(
くめひこ
)
の
奴
(
やつ
)
、
285
何
(
なに
)
をして
居
(
ゐ
)
るかわかつたものぢやない。
286
抑
(
そもそ
)
も
兵
(
へい
)
を
動
(
うご
)
かすのは
内乱
(
ないらん
)
を
鎮定
(
ちんてい
)
したり、
287
又
(
また
)
外敵
(
ぐわいてき
)
を
防
(
ふせ
)
いだりする
時
(
とき
)
用
(
もち
)
ゆるもので、
288
無名
(
むめい
)
の
戦
(
いくさ
)
を
起
(
おこ
)
すのは
軍人
(
ぐんじん
)
として
最
(
もつと
)
も
恥
(
は
)
づべき
所
(
ところ
)
だからなア』
289
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『
承
(
うけたま
)
はれば
承
(
うけたま
)
はる
程
(
ほど
)
、
290
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
は
何
(
なん
)
とした
至仁
(
しじん
)
、
291
至愛
(
しあい
)
、
292
至善
(
しぜん
)
、
293
至美
(
しび
)
、
294
至真
(
ししん
)
な
御
(
お
)
方
(
かた
)
で
厶
(
ござ
)
いませう。
295
斯様
(
かやう
)
な
勇将
(
ゆうしやう
)
に
仮令
(
たとへ
)
半時
(
はんとき
)
なりとも
可愛
(
かあい
)
がられる
妾
(
あたい
)
は、
296
世界
(
せかい
)
第一
(
だいいち
)
の
幸福者
(
しあはせもの
)
で
厶
(
ござ
)
いますわ。
297
どうぞ
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
、
298
何処
(
どこ
)
迄
(
まで
)
も
可愛
(
かあい
)
がつて
下
(
くだ
)
さいませねえ』
299
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『ウーン、
300
お
前
(
まへ
)
の
事
(
こと
)
なら
何
(
なん
)
でも
聞
(
き
)
いてやる』
301
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『
妾
(
あたい
)
それ
聞
(
き
)
いて
益々
(
ますます
)
貴方
(
あなた
)
が
好
(
す
)
きになりますわ。
302
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
名誉
(
めいよ
)
の
為
(
ため
)
、
303
久米彦
(
くめひこ
)
の
向
(
むか
)
ふを
張
(
は
)
つて
一
(
ひと
)
つ
刹帝利
(
せつていり
)
以下
(
いか
)
の
従臣
(
じゆうしん
)
を
御
(
お
)
救
(
たす
)
けなさつたらどうで
厶
(
ござ
)
いませう。
304
さうすれば
天下
(
てんか
)
は
翕然
(
きふぜん
)
として
将軍
(
しやうぐん
)
に
信用
(
しんよう
)
が
集
(
あつ
)
まり、
305
大黒主
(
おほくろぬし
)
様
(
さま
)
以上
(
いじやう
)
の
大将軍
(
だいしやうぐん
)
と
仰
(
あふ
)
がれます
様
(
やう
)
に
御
(
お
)
成
(
な
)
り
遊
(
あそ
)
ばすでせう。
306
将軍
(
しやうぐん
)
が
御
(
ご
)
出世
(
しゆつせ
)
をして
下
(
くだ
)
さらば
女房
(
にようばう
)
の
妾
(
わらは
)
も
出世
(
しゆつせ
)
をさして
頂
(
いただ
)
くのですからね。
307
謂
(
い
)
はば
将軍
(
しやうぐん
)
の
御
(
ご
)
出世
(
しゆつせ
)
は
妾
(
わらは
)
の
出世
(
しゆつせ
)
、
308
貴方
(
あなた
)
の
身体
(
からだ
)
は
妾
(
わらは
)
の
身体
(
からだ
)
、
309
貴方
(
あなた
)
の
悲
(
かなし
)
みは
妾
(
わらは
)
の
悲
(
かなし
)
み、
310
貴方
(
あなた
)
の
喜
(
よろこ
)
びは
妾
(
わらは
)
の
喜
(
よろこ
)
び、
311
密着
(
みつちやく
)
不離
(
ふり
)
の
切
(
き
)
つても
切
(
き
)
れぬ
関係
(
くわんけい
)
が
結
(
むす
)
ばれてゐるのですからね。
312
此処
(
ここ
)
で
一
(
ひと
)
つ
男
(
をとこ
)
を
売
(
う
)
つて
下
(
くだ
)
さる
気
(
き
)
はありますまいか』
313
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『
成程
(
なるほど
)
、
314
素
(
もと
)
より
仁慈
(
じんじ
)
の
某
(
それがし
)
、
315
お
前
(
まへ
)
が
云
(
い
)
はなくても
刹帝利
(
せつていり
)
様
(
さま
)
に
対
(
たい
)
し
左様
(
さやう
)
な
事
(
こと
)
を
致
(
いた
)
したとすれば、
316
聞捨
(
ききず
)
てにはならぬ。
317
左様
(
さやう
)
な
不都合
(
ふつがふ
)
な
事
(
こと
)
を
致
(
いた
)
せば、
318
一
(
いち
)
日
(
にち
)
も
早
(
はや
)
く
部下
(
ぶか
)
に
命
(
めい
)
じ
助
(
たす
)
けてやるであらう』
319
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『さうなさいませ。
320
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
名誉
(
めいよ
)
の
為
(
ため
)
ですから、
321
従
(
したが
)
つて
妾
(
わらは
)
の
名誉
(
めいよ
)
ですからね』
322
斯
(
か
)
く
話
(
はな
)
す
処
(
ところ
)
へ、
323
久米彦
(
くめひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
はカルナと
共
(
とも
)
にほろ
酔機嫌
(
よひきげん
)
になつてやつて
来
(
き
)
た。
324
久米彦
(
くめひこ
)
『これはこれは
鬼春別
(
おにはるわけ
)
の
将軍殿
(
しやうぐんどの
)
、
325
エライ
御
(
ご
)
機嫌
(
きげん
)
で
厶
(
ござ
)
るなア。
326
拙者
(
せつしや
)
は
一
(
ひと
)
つ
貴殿
(
きでん
)
に
御
(
ご
)
相談
(
さうだん
)
があつて
参
(
まゐ
)
りましたが、
327
拙者
(
せつしや
)
の
申
(
まを
)
す
事
(
こと
)
を、
328
何
(
なん
)
と
聞
(
き
)
いては
下
(
くだ
)
さいますまいかなア』
329
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『
何事
(
なにごと
)
か
知
(
し
)
らねども、
330
其
(
その
)
方
(
はう
)
事
(
こと
)
、
331
上官
(
じやうくわん
)
の
命令
(
めいれい
)
もきかず、
332
無性
(
むしやう
)
矢鱈
(
やたら
)
に
民家
(
みんか
)
を
焼
(
や
)
き、
333
敵人
(
てきじん
)
を
傷
(
きず
)
つけ、
334
畏
(
おそれおほ
)
くもビクトリヤ
王
(
わう
)
を
辱
(
はづか
)
しめ、
335
左守
(
さもり
)
右守
(
うもり
)
の
重臣
(
ぢうしん
)
を
始
(
はじ
)
め
其
(
その
)
他
(
た
)
の
役人
(
やくにん
)
共
(
ども
)
を
縛
(
しば
)
り、
336
或
(
あるひ
)
は
傷
(
きず
)
つけ、
337
乱暴
(
らんばう
)
狼藉
(
ろうぜき
)
を
致
(
いた
)
したな。
338
左様
(
さやう
)
な
命令
(
めいれい
)
を
一体
(
いつたい
)
誰
(
たれ
)
が
下
(
くだ
)
した』
339
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
の
手前
(
てまへ
)
わざと
呶鳴
(
どな
)
りつけた。
340
久米彦
(
くめひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
は
怪訝
(
けげん
)
な
面
(
かほ
)
をして、
341
久米彦
(
くめひこ
)
『
将軍
(
しやうぐん
)
は
狂気
(
きやうき
)
召
(
め
)
されたか。
342
但
(
ただ
)
しは
御酒
(
ごしゆ
)
の
機嫌
(
きげん
)
か、
343
心得
(
こころえ
)
ぬ
貴殿
(
きでん
)
の
御
(
お
)
言葉
(
ことば
)
、
344
拙者
(
せつしや
)
は
今回
(
こんくわい
)
の
戦争
(
せんそう
)
は
一切
(
いつさい
)
閣下
(
かくか
)
の
指揮
(
しき
)
命令
(
めいれい
)
の
通
(
とほ
)
り、
345
遺憾
(
ゐかん
)
なく
致
(
いた
)
したので
厶
(
ござ
)
る。
346
民家
(
みんか
)
を
焼
(
や
)
き
城内
(
じやうない
)
に
侵入
(
しんにふ
)
したのも、
347
刹帝利
(
せつていり
)
以下
(
いか
)
を
捕虜
(
ほりよ
)
と
致
(
いた
)
し
獄内
(
ごくない
)
に
打
(
う
)
ち
込
(
こ
)
んだのも、
348
皆
(
みな
)
閣下
(
かくか
)
の
御
(
ご
)
命令
(
めいれい
)
に
依
(
よ
)
つて
致
(
いた
)
したので、
349
実
(
じつ
)
に
将軍
(
しやうぐん
)
は
仁慈
(
じんじ
)
を
弁
(
わきま
)
へぬ
虎狼
(
こらう
)
にひとしき
御
(
ご
)
性格
(
せいかく
)
だから、
350
部下
(
ぶか
)
は
大
(
おほい
)
に
其
(
その
)
惨酷
(
ざんこく
)
さを
嫌忌
(
けんき
)
して
居
(
を
)
ります』
351
とカルナ
姫
(
ひめ
)
の
手前
(
てまへ
)
、
352
自分
(
じぶん
)
の
聖人
(
せいじん
)
たる
事
(
こと
)
を
示
(
しめ
)
さむと
横車
(
よこぐるま
)
を
頻
(
しきり
)
に
押
(
お
)
してゐる。
353
鬼春別
(
おにはるわけ
)
は、
354
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『
以
(
もつて
)
の
外
(
ほか
)
の
其
(
その
)
方
(
はう
)
の
雑言
(
ざふごん
)
無礼
(
ぶれい
)
、
355
拙者
(
せつしや
)
に
限
(
かぎ
)
つて
左様
(
さやう
)
な
事
(
こと
)
を
命令
(
めいれい
)
いたす
筈
(
はず
)
がないぢやないか。
356
一例
(
いちれい
)
を
挙
(
あ
)
ぐれば
其
(
その
)
方
(
はう
)
は
斎苑
(
いそ
)
の
館
(
やかた
)
へ
軍隊
(
ぐんたい
)
を
引率
(
ひきつ
)
れ、
357
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
と
共
(
とも
)
に
神
(
かみ
)
の
館
(
やかた
)
に
攻寄
(
せめよ
)
せむといたし、
358
河鹿
(
かじか
)
峠
(
たうげ
)
に
於
(
おい
)
て
屁古垂
(
へこた
)
れ、
359
逃
(
に
)
げ
帰
(
かへ
)
つたであらうがなア。
360
某
(
それがし
)
はランチ
将軍
(
しやうぐん
)
と
共
(
とも
)
に
浮木
(
うきき
)
の
陣営
(
ぢんえい
)
に
碁
(
ご
)
を
囲
(
かこ
)
み、
361
殺伐
(
さつばつ
)
な
戦争
(
せんそう
)
に
与
(
あづか
)
らなかつたのを
見
(
み
)
ても、
362
拙者
(
せつしや
)
が
如何
(
いか
)
に
仁慈
(
じんじ
)
の
武士
(
ぶし
)
たる
事
(
こと
)
は
証明
(
しようめい
)
さるるであらう』
363
久米彦
(
くめひこ
)
『ナント
理窟
(
りくつ
)
は
無茶
(
むちや
)
で
通
(
とほ
)
せば
通
(
とほ
)
るものですなア。
364
ヘヘヘヘヘ、
365
余
(
あま
)
りの
事
(
こと
)
で
開
(
あ
)
いた
口
(
くち
)
が
閉
(
すぼま
)
りませぬわ』
366
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
は
二人
(
ふたり
)
の
仲
(
なか
)
に
割
(
わ
)
つて
入
(
い
)
り、
367
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『
仁慈
(
じんじ
)
深
(
ふか
)
き
両将軍
(
りやうしやうぐん
)
様
(
さま
)
、
368
どうか
左様
(
さやう
)
な
内輪
(
うちわ
)
喧嘩
(
げんくわ
)
は
止
(
よ
)
して
下
(
くだ
)
さいませ。
369
妾
(
あたい
)
悲
(
かな
)
しう
厶
(
ござ
)
いますわ』
370
カルナ
姫
(
ひめ
)
『ヒルナ
様
(
さま
)
、
371
久米彦
(
くめひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
は
本当
(
ほんたう
)
にお
情深
(
なさけぶか
)
いお
方
(
かた
)
で
厶
(
ござ
)
いますよ。
372
あの
刹帝利
(
せつていり
)
様
(
さま
)
以下
(
いか
)
の
捕
(
と
)
らはれ
人
(
びと
)
を
御
(
お
)
助
(
たす
)
け
申
(
まを
)
したいが、
373
上官
(
じやうくわん
)
の
御
(
ご
)
意見
(
いけん
)
を
伺
(
うかが
)
はねばならないと
云
(
い
)
つて、
374
今
(
いま
)
此処
(
ここ
)
へお
越
(
こ
)
しになつた
所
(
ところ
)
ですよ』
375
鬼春別
(
おにはるわけ
)
は
云
(
い
)
ひ
遅
(
おく
)
れては
一大事
(
いちだいじ
)
と
気
(
き
)
を
焦
(
いら
)
ち、
376
わざと
空惚
(
そらとぼ
)
け、
377
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『ヤア
久米彦
(
くめひこ
)
、
378
貴殿
(
きでん
)
も
其処
(
そこ
)
迄
(
まで
)
改心
(
かいしん
)
致
(
いた
)
したか、
379
天晴
(
あつぱれ
)
々々
(
あつぱれ
)
、
380
然
(
しか
)
らば
拙者
(
せつしや
)
の
意見
(
いけん
)
に
御
(
ご
)
同意
(
どうい
)
と
見
(
み
)
えるな。
381
ヤア
満足
(
まんぞく
)
々々
(
まんぞく
)
、
382
サ
一時
(
いつとき
)
も
早
(
はや
)
くスパール、
383
エミシ、
384
シヤム、
385
マルタの
属僚
(
ぞくれう
)
に
命
(
めい
)
じ、
386
刹帝利
(
せつていり
)
以下
(
いか
)
を
救
(
すく
)
ふ
可
(
べ
)
く
厳命
(
げんめい
)
をなさるがよからう』
387
久米彦
(
くめひこ
)
『ナント、
388
マア
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
、
389
貴方
(
あなた
)
は
霊界
(
れいかい
)
へ
行
(
い
)
つた
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
たと
見
(
み
)
えますね。
390
何
(
なに
)
は
兎
(
と
)
もあれお
互
(
たがひ
)
に
満足
(
まんぞく
)
で
厶
(
ござ
)
る。
391
然
(
しか
)
らば
一時
(
いつとき
)
も
早
(
はや
)
く
其
(
その
)
運
(
はこ
)
びにかかるで
厶
(
ござ
)
いませう』
392
鬼春別
(
おにはるわけ
)
『
早速
(
さつそく
)
の
承知
(
しようち
)
、
393
鬼春別
(
おにはるわけ
)
満足
(
まんぞく
)
に
思
(
おも
)
ふぞや。
394
サ
早
(
はや
)
く
其
(
その
)
準備
(
じゆんび
)
におかかりめされ』
395
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
『
流石
(
さすが
)
は
妾
(
わらは
)
の
夫
(
をつと
)
、
396
鬼春別
(
おにはるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
、
397
何
(
なん
)
と
見上
(
みあ
)
げた
御
(
ご
)
人格
(
じんかく
)
だなア』
398
カルナ
姫
(
ひめ
)
『
妾
(
あたい
)
の
夫
(
をつと
)
、
399
久米彦
(
くめひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
は、
400
何故
(
なぜ
)
マア
斯
(
こ
)
んなにお
情深
(
なさけぶか
)
い
武士
(
もののふ
)
だらう』
401
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
402
ヒルナの
面
(
かほ
)
を
一寸
(
ちよつと
)
覗
(
のぞ
)
き、
403
『
願望
(
ぐわんまう
)
成就
(
じやうじゆ
)
御
(
お
)
目出度
(
めでた
)
し』と
目
(
め
)
にもの
言
(
い
)
はせ
乍
(
なが
)
ら、
404
久米彦
(
くめひこ
)
に
従
(
したが
)
ひ、
405
其
(
その
)
室
(
しつ
)
にかへつた。
406
夫
(
それ
)
より
久米彦
(
くめひこ
)
は、
407
スパール、
408
エミシ、
409
シヤム、
410
マルタの
属僚
(
ぞくれう
)
に
命
(
めい
)
じ、
411
ビクトリヤ
王
(
わう
)
始
(
はじ
)
め
左守司
(
さもりのかみ
)
のキユービツト、
412
右守司
(
うもりのかみ
)
のベルツ、
413
及
(
およ
)
びハルナ、
414
カント、
415
エム、
416
ヱクス、
417
シエール、
418
タルマン、
419
其
(
その
)
外
(
ほか
)
一兵卒
(
いつぺいそつ
)
に
到
(
いた
)
る
迄
(
まで
)
悉
(
ことごと
)
く
捕縄
(
ほじよう
)
を
解
(
と
)
き
放免
(
はうめん
)
した。
420
而
(
しか
)
してビクトリヤ
王
(
わう
)
は、
421
無事
(
ぶじ
)
に
城内
(
じやうない
)
に、
422
左守
(
さもり
)
、
423
右守
(
うもり
)
を
従
(
したが
)
へて
立帰
(
たちかへ
)
り、
424
大神
(
おほかみ
)
の
祭壇
(
さいだん
)
の
前
(
まへ
)
に
端坐
(
たんざ
)
し、
425
涙
(
なみだ
)
と
共
(
とも
)
に
神恩
(
しんおん
)
を
感謝
(
かんしや
)
した。
426
鬼春別
(
おにはるわけ
)
、
427
久米彦
(
くめひこ
)
両将軍
(
りやうしやうぐん
)
は、
428
和睦
(
わぼく
)
の
祝宴
(
しゆくえん
)
に
刹帝利
(
せつていり
)
より
招
(
まね
)
かれて、
429
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
、
430
カルナ
姫
(
ひめ
)
を
伴
(
ともな
)
ひ、
431
意気
(
いき
)
揚々
(
やうやう
)
として
城内
(
じやうない
)
に
進
(
すす
)
み
入
(
い
)
り、
432
刹帝利
(
せつていり
)
より
手厚
(
てあつ
)
き
饗応
(
きやうおう
)
を
受
(
う
)
くる
事
(
こと
)
となつた。
433
アア
今後
(
こんご
)
の
成行
(
なりゆき
)
は
如何
(
いか
)
に
展開
(
てんかい
)
するであらうか。
434
(
大正一二・二・一三
旧一一・一二・二八
於竜宮館
外山豊二
録)
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