霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二〇章 背進(はいしん)〔一三八三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻 篇:第4篇 神愛遍満 よみ(新仮名遣い):しんあいへんまん
章:第20章 背進 よみ(新仮名遣い):はいしん 通し章番号:1383
口述日:1923(大正12)年02月14日(旧12月29日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月8日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
ヒルナ姫とカルナ姫の活躍によってバラモン軍はビク国と和睦し、ビク国軍隊の一部は刹帝利の支配となった。左守は兵馬の権を与えられて城内の秩序を保ち、タルマンは宣伝使兼内事の司に戻り、左守の家令であったエクスが右守に任命された。
城下の陣営は、バラモン軍に大部分が貸し与えられることになり、バラモン軍のビク国侵攻は一段落した。
鬼春別と久米彦両将軍は、ランチ将軍の命令通りに黄金山に攻め込めば敗北は濃厚であり、さりとてハルナの都に帰るわけにもゆかず、付近の小国を併合してここに自分たちの王国を築こうと、ビク国内に得た陣営を増築し、兵を練っていた。
二女はひきつづき将軍たちに仕えていたが、酒と弁舌にごまかして、貞節を守り続けながら、ビク国に危害が及ばないよう将軍たちを操っていた。
兵営はほぼ完成し、ビクトル山の麓の要害の地点に本営も築かれた。そうしたところ、多数のバラモン軍の騎士たちがライオン河を渡ってくると報告が届いた。
両将軍は、ランチ将軍の本隊に何かあったのではないかと疑い、思案に暮れた。両将軍が高殿より見れば、数百の味方の騎士たちがやってくるのが見えた。鬼春別と久米彦は、ランチ将軍本隊の敗兵が逃げてきたこと悟った。二女に動揺を見透かされないよう、わざと鷹揚にしている。
敗軍を率いてきた騎士は、両将軍に、ランチ将軍と片彦将軍は三五教の宣伝使・治国別に降参し、軍隊を解散したのみならず、二将軍以下ガリヤとケースの副官まで三五教の魔法を授かって、素盞嗚尊の宣伝使となってしまったことを報告した。
敗軍の将官は、三千の軍隊を率いていたランチ将軍でさえ一たまりもなく降伏したこと、やがて治国別たちがビクトル山へもやってくるだろうことも伝えた。これを聞いた鬼春別と久米彦は顔色を変え、表には強がっていても内心はすっかり恐怖心にかられてしまった。
ヒルナ姫とカルナ姫は、鬼春別と久米彦の怯えを看破したが、何食わぬ顔をして表面を包んでいた。
鬼春別と久米彦は、黄金山出征を口実として二女や部下の前に体裁を作り、一刻も早くビクトル山を引き払おうと退却を始めた。三千の兵士たちはたちまち後ろから強敵が襲ってくるような恐怖心にかられて、我先にと陣営から逃げ去ってしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-03-22 07:48:06 文字数:5208 OBC :rm5320
愛善世界社版:243頁 八幡書店版:第9輯 593頁 修補版: 校定版:251頁 普及版:120頁 初版: ページ備考:
001 鬼春別(おにはるわけ)、002久米彦(くめひこ)両将軍(りやうしやうぐん)が連戦(れんせん)連勝(れんしよう)の結果(けつくわ)、003ビクの都(みやこ)の兵士(つはもの)迄(まで)も従(したが)へて、004自分(じぶん)の部下(ぶか)としてゐたのはホンの暫(しばら)くの間(うち)であつた。005ヒルナ姫(ひめ)、006カルナ姫(ひめ)の千変(せんぺん)万化(ばんくわ)の秘術(ひじゆつ)を尽(つく)しての斡旋(あつせん)に、007漸(やうや)くビクの国(くに)の軍隊(ぐんたい)の一部分(いちぶぶん)は刹帝利(せつていり)の支配(しはい)の下(もと)に隷属(れいぞく)し、008左守(さもり)は兵馬(へいば)の権(けん)を刹帝利(せつていり)より臨時(りんじ)委任(ゐにん)され、009城内(じやうない)の秩序(ちつじよ)を保(たも)つこととなり、010又(また)タルマンは依然(いぜん)として宣伝使(せんでんし)兼(けん)内事司(ないじつかさ)を勤(つと)め、011ヱクスは抜擢(ばつてき)されて右守(うもり)となつた。012そして城下(じやうか)の陣営(ぢんえい)は暫時(ざんじ)バラモン軍(ぐん)に其(その)大部分(だいぶぶん)を貸(か)し与(あた)へ、013茲(ここ)にビクトリヤ家(け)とバラモン軍(ぐん)とは整然(せいぜん)たる区劃(くくわく)がついた。014鬼春別(おにはるわけ)、015久米彦(くめひこ)両将軍(りやうしやうぐん)は斎苑(いそ)の館(やかた)へ進軍(しんぐん)するのも好(この)まず、016さりとてハルナへ帰(かへ)ることも出来(でき)ず、017黄金山(わうごんざん)へ向(むか)はむか、018又々(またまた)敗北(はいぼく)せむは必定(ひつぢやう)である。019兎(と)も角(かく)ビクトル山(さん)を中心(ちうしん)に仮陣営(かりぢんえい)を築(きづ)き、020此処(ここ)にて兵力(へいりよく)を練(ね)り、021附近(ふきん)の小国(せうこく)を切(きり)なびけ、022一王国(いちわうこく)を建設(けんせつ)せむと兵営(へいえい)の増築(ぞうちく)に全力(ぜんりよく)を尽(つく)し、023未来(みらい)に希望(きばう)を抱(いだ)いてゐた。024そしてヒルナ姫(ひめ)、025カルナ姫(ひめ)は元(もと)の如(ごと)く将軍(しやうぐん)に仕(つか)へてゐた。026併(しか)し乍(なが)ら種々(いろいろ)の辞柄(じへい)を設(まう)けて、027二人(ふたり)の美人(びじん)は両将軍(りやうしやうぐん)に身(み)を任(まか)せなかつた。028何時(いつ)も弁舌(べんぜつ)と表情(へうじやう)と酒(さけ)とにて誤魔化(ごまくわ)し、029殆(ほとん)ど同衾(どうきん)の暇(いとま)をなからしむべく、030両女(りやうぢよ)が互(たがひ)に入(い)り乱(みだ)れて助(たす)け合(あ)ひつつあつた。031ビクトリヤ王(わう)もハルナも両女(りやうぢよ)の心(こころ)を能(よ)く察知(さつち)し、032少(すこ)しも素行(そかう)上(じやう)に付(つ)いては疑(うたがひ)をさし挟(はさ)まなかつたのである。033只々(ただただ)両女(りやうぢよ)が身(み)を犠牲(ぎせい)にして、034我(わが)国家(こくか)の安泰(あんたい)を守(まも)る其(その)苦心(くしん)を感謝(かんしや)するのみであつた。
035 大急(おほいそ)ぎで作(つく)られた兵営(へいえい)は大半(たいはん)落成(らくせい)した。036鬼春別(おにはるわけ)はビクトル山(さん)の麓(ふもと)の最(もつと)も要害(えうがい)よき地点(ちてん)に本営(ほんえい)を築(きづ)き、037久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)と軒(のき)を並(なら)べて兵(へい)を練(ね)ることにのみ力(ちから)を尽(つく)し、038一方(いつぱう)には最愛(さいあい)のナイスを唯一(ゆゐいつ)の力(ちから)と頼(たの)み、039未来(みらい)には晴(は)れて完全(くわんぜん)なる夫婦(ふうふ)たるべしと期待(きたい)してゐたのである。
040 斯(か)かる所(ところ)へ慌(あわ)ただしく入来(いりきた)るは河守(かはもり)の雑兵(ざふひやう)甲(かう)乙(おつ)丙(へい)の三(さん)人(にん)である。041シヤムは受付(うけつけ)に事務(じむ)を執(と)つてゐると、042三(さん)人(にん)は息(いき)を喘(はづ)ませ乍(なが)ら、
043『申上(まをしあ)げます。044只今(ただいま)、045ライオン河(がは)を渡(わた)つて、046数多(あまた)の騎士(きし)此方(こなた)に向(むか)ひ驀地(まつしぐら)に駆(か)けつけて参(まゐ)る様子(やうす)で厶(ござ)います。047兎(と)も角(かく)御(ご)注進(ちうしん)申上(まをしあ)げます』
048シヤム『ナニ、049沢山(たくさん)のナイトが川(かは)を渡(わた)つて来(く)るとは、050ハテ心得(こころえ)ぬ 何者(なにもの)であらうかなア』
051と首(くび)を傾(かたむ)ける。052甲(かふ)は、
053甲(かふ)『エエ察(さつ)する所(ところ)、054旗印(はたじるし)を見(み)れば、055どれもこれも三葉葵(みつばあふひ)の紋所(もんどころ)を染(そ)めなし居(を)りますれば、056正(まさ)しくバラモン教(けう)の軍隊(ぐんたい)かと存(ぞん)じます』
057シヤム『ハテ、058バラモン教(けう)の軍隊(ぐんたい)が、059さう沢山(たくさん)に此方(こちら)に渡(わた)る筈(はず)はない。060ランチ将軍(しやうぐん)が浮木(うきき)の森(もり)に控(ひか)へ居(を)れば、061三五教(あななひけう)の奴輩(やつばら)が佯(いつは)つて、062三葉葵(みつばあふひ)の旗(はた)を立(た)て、063攻(せ)めよせ来(きた)る筈(はず)もない、064ハテ合点(がてん)の行(ゆ)かぬことだなア。065何(なに)は兎(と)もあれ将軍(しやうぐん)様(さま)に申上(まをしあ)げむ、066汝(なんぢ)等(ら)は一(いち)時(じ)も早(はや)く川端(かはばた)に立帰(たちかへ)り、067敵(てき)か味方(みかた)か取調(とりしら)べた上(うへ)報告(はうこく)せい』
068といひすて、069鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)の居間(ゐま)に進(すす)んだ。070そこには折(をり)よく久米彦(くめひこ)が来(き)て居(を)つた。071スパール、072エミシも側(そば)に侍(じ)して何事(なにごと)か嬉(うれ)しげに話(はな)してゐる。073そこへ現(あら)はれたシヤムは鬼春別(おにはるわけ)に向(むか)ひ、074一寸(ちよつと)目礼(もくれい)し乍(なが)ら、
075シヤム『将軍(しやうぐん)様(さま)に申上(まをしあ)げます。076只今(ただいま)川守(かはもり)の報告(はうこく)に依(よ)れば、077数百(すうひやく)のナイトが三葉葵(みつばあふひ)の旗(はた)を振(ふ)り立(た)て振(ふ)り立(た)てライオン河(がは)を渡(わた)り来(く)る様子(やうす)で厶(ござ)います、078如何(いかが)取計(とりはか)らひませうかな』
079鬼春別(おにはるわけ)『ハテナ、080合点(がてん)の行(ゆ)かぬ旗印(はたじるし)、081まさかランチ将軍(しやうぐん)が逃(に)げて来(き)たのではあるまい。082久米彦(くめひこ)殿(どの)、083貴殿(きでん)の御(ご)意見(いけん)は如何(いかが)で厶(ござ)るか』
084久米彦(くめひこ)『察(さつ)する所(ところ)、085浮木(うきき)の森(もり)のランチ将軍(しやうぐん)は治国別(はるくにわけ)の言霊戦(ことたません)とやらに敗(はい)を取(と)り、086血路(けつろ)を開(ひら)いて逃(に)げて参(まゐ)つたのでせう。087三五教(あななひけう)ならば、088左様(さやう)に沢山(たくさん)の同勢(どうぜい)は伴(つ)れては居(を)りますまい。089ハテ困(こま)つたことだなア』
090鬼春別(おにはるわけ)『何(なに)は兎(と)もあれ、091スパール、092シヤム、093汝(なんぢ)は駒(こま)に跨(また)がり、094一(いち)時(じ)も早(はや)く敵(てき)か味方(みかた)か様子(やうす)を窺(うかが)ひ報告(はうこく)いたせ』
095と下知(げち)すれば、096『ハツ』と答(こた)へて両人(りやうにん)は直(ただち)に駒(こま)の用意(ようい)をなし、097蹄(ひづめ)の音(おと)も勇(いさ)ましく、098川縁(かはべり)さして一目散(いちもくさん)に走(はし)り行(ゆ)く。
099 両将軍(りやうしやうぐん)は双手(もろて)を組(く)み、100さし俯(うつむ)いて、101稍(やや)思案(しあん)にくれてゐた。102ヒルナ姫(ひめ)、103カルナ姫(ひめ)はニコニコし乍(なが)ら、104あどけなき態(てい)を装(よそほ)ひ、105琴(こと)などをいぢつてゐる。
106鬼春別(おにはるわけ)『ヒルナ姫(ひめ)、107暫(しばら)く琴(こと)の手(て)を止(や)めてくれ、108一大事(いちだいじ)が起(おこ)つたからなア、109カルナ殿(どの)も同様(どうやう)だ、110琴(こと)所(どころ)の騒(さわ)ぎぢやあるまいぞ』
111ヒルナ姫(ひめ)『ハイ、112何(なに)か御(ご)心配(しんぱい)なことが突発(とつぱつ)致(いた)しましたか。113それは気(き)の揉(も)めたことで厶(ござ)いますねえ』
114鬼春別(おにはるわけ)『ウーン、115別(べつ)に心配(しんぱい)致(いた)すやうな事(こと)ではないが、116どうも怪(あや)しい報告(はうこく)に接(せつ)したのだ、117都合(つがふ)に仍(よ)つては、118吾々(われわれ)も防備(ばうび)の用意(ようい)を致(いた)さねばなるまい』
119ヒルナ姫(ひめ)『ホホホホホ、120防備(ばうび)なんか必要(ひつえう)はありませぬ。121妾(わらは)にお暇(ひま)を下(くだ)さいますれば、122駒(こま)に跨(またが)つて、123攻(せ)め来(きた)る軍隊(ぐんたい)と折衝(せつしよう)致(いた)しませう』
124鬼春別(おにはるわけ)『イヤイヤ、125お前(まへ)を左様(さやう)な所(ところ)へ差向(さしむ)けては、126案(あん)じられる。127又(また)将軍(しやうぐん)に秋波(しうは)を送(おく)られては、128聊(いささ)か気(き)が揉(も)めるからなア』
129ヒルナ姫(ひめ)『オホホホホ、130将軍(しやうぐん)様(さま)の仰有(おつしや)ること、131そんな柔弱(にうじやく)な女(をんな)ぢや厶(ござ)いませぬ。132ねえカルナさま、133妾(わらは)と二人(ふたり)駒(こま)に跨(またが)り、134紅裙隊(こうくんたい)を指揮(しき)して、135群(むら)がる敵(てき)をアツと云(い)はせてやりたいものですね』
136カルナ姫(ひめ)『本当(ほんたう)にさうですワ。137妾(わらは)も将軍(しやうぐん)様(さま)のお許(ゆる)しさへあれば、138一働(ひとはたら)き致(いた)したいもので厶(ござ)いますわ』
139と両女(りやうぢよ)はうまく馬(うま)に跨(またが)り此(この)場(ば)を立出(たちい)で、140……もしバラモン軍(ぐん)なれば是非(ぜひ)なく首将(しゆしやう)を連(つ)れ帰(かへ)り、141鬼春別(おにはるわけ)に会(あ)はしてやらうが、142万々一(まんまんいち)三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)又(また)は軍隊(ぐんたい)であつたなれば之(これ)幸(さいは)ひに此(この)場(ば)を脱(ぬ)け出(だ)し、143暫(しばら)く姿(すがた)を隠(かく)さむ……かと期(き)せずして両人(りやうにん)の心(こころ)に閃(ひらめ)いたのである。144されど両将軍(りやうしやうぐん)は、145可愛(かあい)い二人(ふたり)の女(をんな)に疵(きず)をさせては大変(たいへん)だと案(あん)じ過(す)ごして容易(ようい)に出陣(しゆつぢん)を許(ゆる)さなかつた。
146 かかる所(ところ)へ法螺貝(ほらがひ)の響(ひびき)ブーブーと聞(きこ)えくる。147鬼春別(おにはるわけ)はつツ立(た)ち上(あが)り、148眼下(がんか)を見渡(みわた)せば、149数百(すうひやく)の軍隊(ぐんたい)、150列(れつ)を乱(みだ)して、151一生(いつしやう)懸命(けんめい)に此方(こなた)に向(むか)つて走(はし)り来(く)る其(その)様子(やうす)、152どうも敵軍(てきぐん)とは思(おも)はれない、153敗兵(はいへい)が逃亡(たうばう)して来(き)たと見(み)て取(と)つた鬼春別(おにはるわけ)はヤツと胸(むね)を撫(な)でおろし、
154鬼春別(おにはるわけ)『アハハハハ、155久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)、156あれを見(み)られよ。157数百(すうひやく)の軍隊(ぐんたい)が此方(こなた)に向(むか)つて攻(せ)め来(きた)る様子(やうす)、158併(しか)し乍(なが)ら吾々(われわれ)は仁義(じんぎ)を以(もつ)て主義(しゆぎ)と致(いた)すもの、159決(けつ)して一兵卒(いつぺいそつ)も動(うご)かしてはなりませぬぞ。160只(ただ)吾々(われわれ)が愛(あい)の徳(とく)に仍(よ)つて敵(てき)を悦服(えつぷく)さす方法(はうはふ)あるのみですから』
161 久米彦(くめひこ)は又(また)高欄(かうらん)より打眺(うちなが)め、162ヤツと安心(あんしん)したものの如(ごと)く、
163久米彦(くめひこ)『アハハハハ、164仰(おほ)せには及(およ)ぶべき、165如何(いか)なる巨万(きよまん)の敵(てき)、166一斉(いつせい)に押寄(おしよ)せ来(きた)る共(とも)、167愛(あい)の善徳(ぜんとく)を以(もつ)て之(これ)に対(たい)し、168決(けつ)して殺伐(さつばつ)の行(や)り方(かた)は致(いた)さぬ覚悟(かくご)で厶(ござ)る。169戦(たたか)はずして敵(てき)を悦服(えつぷく)さすは、170勇将(ゆうしやう)の能(よ)くなす所(ところ)、171どうだ、172カルナ姫(ひめ)、173某(それがし)の無抵抗(むていかう)主義(しゆぎ)、174博愛(はくあい)主義(しゆぎ)は実(じつ)に徹底(てつてい)したものだらうがなア』
175としたり面(がほ)にいふ。
176カルナ姫(ひめ)『左様(さやう)で厶(ござ)います、177仁義(じんぎ)の軍(いくさ)に敵(てき)は厶(ござ)いませぬ。178何卒(どうぞ)、179何処(どこ)迄(まで)も無抵抗(むていかう)主義(しゆぎ)を抱持(はうぢ)遊(あそ)ばすやう御(お)願(ねがひ)致(いた)します。180暴(ばう)に対(たい)するに暴(ばう)を以(もつ)てするは、181所謂(いはゆる)下賤(げせん)の人民(じんみん)の致(いた)す所(ところ)、182実(じつ)に見上(みあ)げた立派(りつぱ)な将軍(しやうぐん)様(さま)の御(お)志(こころざし)には、183カルナも益々(ますます)感服(かんぷく)仕(つかまつ)りました』
184と表(おもて)には云(い)つたものの、185……万一(まんいち)敵(てき)が押(おし)よせて来(き)て、186此(この)両将軍(りやうしやうぐん)を何(なん)とかしてくれれば都合(つがふ)が好(い)いがなア。187さうすれば根本(こんぽん)的(てき)にビクの国(くに)が安全(あんぜん)に治(をさ)まるだらう……と考(かんが)へてゐた。188ヒルナ姫(ひめ)も亦(また)カルナと同様(どうやう)の考(かんが)へを持(も)つてゐた。
189 斯(か)かる所(ところ)へスパール、190エミシに導(みちび)かれ、191息(いき)せき切(き)つて走(はし)り来(きた)りしは、192ランチ将軍(しやうぐん)の部下(ぶか)に仕(つか)へし、193テルンスであつた。194テルンスは数百(すうひやく)のナイトを引率(いんそつ)して、195此処(ここ)に遁走(とんそう)し来(き)たものである。
196久米彦(くめひこ)『ヤ、197其(その)方(はう)はランチ将軍(しやうぐん)の部下(ぶか)テルンスではないか、198何(なに)か様子(やうす)のあることと察(さつ)する。199ランチ殿(どの)は如何(いかが)で厶(ござ)るかな』
200テルンス『これはこれは両将軍(りやうしやうぐん)様(さま)御(ご)壮健(さうけん)にて、201先(ま)づ先(ま)づお目出(めで)たう存(ぞん)じます。202申上(まをしあ)ぐるも詮(せん)なきこと乍(なが)ら、203ランチ、204片彦(かたひこ)両将軍(りやうしやうぐん)は三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)治国別(はるくにわけ)の為(ため)に、205スツカリ兜(かぶと)をぬぎ、206今(いま)は軍隊(ぐんたい)を解散(かいさん)致(いた)し、207自(みづか)らは三五教(あななひけう)の魔法(まはふ)を授(さづ)かり、208宣伝使(せんでんし)となつて了(しま)ひました。209ランチ、210片彦(かたひこ)、211ガリヤ、212ケースの錚々(さうさう)たる幹部(かんぶ)が斯(かく)の如(ごと)く相成(あひな)りました以上(いじやう)は、213やがて治国別(はるくにわけ)を先頭(せんとう)にビクトル山(さん)へも押寄(おしよ)せ来(きた)るで厶(ござ)いませう。214三千(さんぜん)人(にん)の軍隊(ぐんたい)を抱(かか)へたランチ将軍(しやうぐん)でさへも、215一(ひと)たまりもなく降服(かうふく)致(いた)したので厶(ござ)います。216実(じつ)に恐(おそ)るべき強敵(きやうてき)で厶(ござ)います』
217 久米彦(くめひこ)は之(これ)を聞(き)いて胸(むね)を躍(をど)らし、218面(かほ)を蒼白(まつさを)に変(か)へて了(しま)つた、219忽(たちま)ち声(こゑ)を慄(ふる)はせ乍(なが)ら、
220久米彦(くめひこ)『鬼春別(おにはるわけ)殿(どの)、221タタ大変(たいへん)で厶(ござ)る。222コリヤ斯(か)うしては居(を)られますまい。223何(なん)とか工夫(くふう)をめぐらさうぢやありませぬか』
224 鬼春別(おにはるわけ)も此(この)報告(はうこく)にハツと驚(おどろ)いたが、225ヒルナ姫(ひめ)の手前(てまへ)、226余(あま)り卑怯(ひけふ)な醜態(しうたい)も見(み)せられないので、227ワザと平気(へいき)を装(よそほ)ひ、
228鬼春別(おにはるわけ)『アハハハハ、229猪口才(ちよこざい)千万(せんばん)な、230仮令(たとへ)三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)幾百万(いくひやくまん)押(おし)よせ来(きた)る共(とも)、231拙者(せつしや)は大自在天(だいじざいてん)様(さま)より授(さづ)けられたる妙法(めうはふ)を心得(こころえ)居(を)れば只(ただ)一息(ひといき)に吹(ふ)き飛(と)ばさむは目(ま)の当(あた)りで厶(ござ)る、232御(ご)心配(しんぱい)なさるな、233アハハハハ』
234とワザとに身体(からだ)をゆすり、235腹(はら)の底(そこ)より起(おこ)つて来(く)る小慄(こぶる)ひを紛(まぎ)らさうとする可笑(をか)しさ。
236 ヒルナ、237カルナ両女(りやうぢよ)は、238早(はや)くも両将軍(りやうしやうぐん)の恐怖心(きようふしん)にかられてゐることを看破(かんぱ)したが、239何食(なにく)はぬ面(かほ)して、240表面(うはべ)を包(つつ)んでゐた。
241久米彦(くめひこ)『イヤ将軍殿(しやうぐんどの)左様(さやう)な楽観(らくくわん)も出来(でき)ますまい、242一時(いつとき)も早(はや)く軍隊(ぐんたい)を整(ととの)へ、243黄金山(わうごんざん)に攻(せ)め寄(よ)せようぢやありませぬか。244吾々(われわれ)の使命(しめい)は、245元(もと)よりかやうな所(ところ)に籠城(ろうじやう)致(いた)すべき者(もの)では厶(ござ)らぬ。246治国別(はるくにわけ)が押(お)しよせ来(きた)るとすれば、247彼(かれ)に先立(さきだ)つて、248黄金山(わうごんざん)を攻落(せめおと)し、249砦(とりで)によつて治国別(はるくにわけ)の寄(よ)せ手(て)を防(ふせ)ぎ、250殲滅(せんめつ)致(いた)さうでは厶(ござ)らぬか』
251と口(くち)では立派(りつぱ)に云(い)つてゐるが、252其(その)内心(ないしん)は黄金山(わうごんざん)へ攻(せ)めよせるのは、253最(もつと)も両将軍(りやうしやうぐん)の恐(おそ)るる所(ところ)である。254さりとて、255ここにグヅグヅしてゐては、256何時(いつ)治国別(はるくにわけ)が押寄(おしよ)せ来(きた)るかも計(はか)り難(がた)い、257ブザマな敗軍(はいぐん)をなし、258ヒルナやカルナに内兜(うちかぶと)を見(み)すかされ、259卑怯(ひけふ)な男(をとこ)と思(おも)はれ、260愛想(あいさう)をつかされては大変(たいへん)だと、261それ計(ばか)りに気(き)を揉(も)んでゐる。
262鬼春別(おにはるわけ)『成程(なるほど)……言(い)はばビクトル山(さん)の陣営(ぢんえい)はホンの休養所(きうやうしよ)で厶(ござ)る、263ここには立派(りつぱ)に刹帝利(せつていり)もゐますことなれば、264吾々(われわれ)がお節介(せつかい)を致(いた)す必要(ひつえう)も厶(ござ)るまい。265貴殿(きでん)の御(ご)意見(いけん)に共鳴(きようめい)致(いた)し、266然(しか)らば軍隊(ぐんたい)を全部(ぜんぶ)引率(ひきつ)れ、267進軍(しんぐん)の用意(ようい)にかかりませう』
268と落(お)ち着(つ)き払(はら)つて言(い)つてゐるものの、269已(すで)に治国別(はるくにわけ)はライオン河(がは)を渡(わた)つて、270此方(こちら)へ来(き)て居(を)るのではあるまいかと気(き)が気(き)でなかつた。271併(しか)し治国別(はるくにわけ)は部下(ぶか)を引(ひき)つれ、272クルスの森(もり)やテームス峠(たうげ)で悠々(いういう)閑々(かんかん)と講演会(かうえんくわい)を開(ひら)き子弟(してい)を教育(けういく)してゐたのは読者(どくしや)の知(し)る所(ところ)である。273水鳥(みづどり)の羽音(はおと)に驚(おどろ)いて、274脆(もろ)くも遁走(とんそう)した平家(へいけ)の弱武者(よわむしや)其(その)儘(まま)の心理(しんり)状態(じやうたい)に、275両将軍(りやうしやうぐん)は襲(おそ)はれてゐた。276それ故(ゆゑ)に何(なん)となく落(おち)つかない風(ふう)が見(み)える。
277 ヒルナ姫(ひめ)は落着(おちつ)き払(はら)つて、
278ヒルナ姫(ひめ)『モシ将軍(しやうぐん)様(さま)、279折角(せつかく)此処(ここ)まで兵営(へいえい)を築(きづ)き上(あ)げ、280如何(いか)なる敵(てき)も防(ふせ)ぐ丈(だけ)の準備(じゆんび)が整(ととの)つてるぢやありませぬか。281かやうな風景(ふうけい)の佳(よ)い所(ところ)で、282貴方(あなた)と一生(いつしやう)暮(くら)したう厶(ござ)いますワ。283進軍(しんぐん)なんかおやめになつたら何(ど)うですか』
284 鬼春別(おにはるわけ)はシドロモドロの口調(くてう)にて、
285鬼春別(おにはるわけ)『ウンウン、286それもさうだが、287機(き)に臨(のぞ)み変(へん)に応(おう)ずるは、288三軍(さんぐん)に将(しやう)たる者(もの)の行(おこな)ふべき道(みち)だ。289さう心配(しんぱい)は致(いた)すな、290どこ迄(まで)も其方(そなた)を伴(つ)れて行(い)つてやるから、291仮令(たとへ)進軍(しんぐん)したと云(い)つても、292吾々(われわれ)は将軍(しやうぐん)だ。293矢玉(やだま)の来(く)るやうな所(ところ)へは決(けつ)しておかないから……サ、294其方(そなた)も覚悟(かくご)をして拙者(せつしや)に跟(つ)いて来(く)るのだ。295キツと心配(しんぱい)は要(い)らないよ』
296ヒルナ姫(ひめ)『それでも何(なん)だか、297殺伐(さつばつ)の気(き)に襲(おそ)はれるやうでなりませぬワ、298ねえカルナさま、299貴女(あなた)どう思(おも)ひますか』
300カルナ姫(ひめ)『妾(わらは)も何時(いつ)迄(まで)も此(この)陣営(ぢんえい)において頂(いただ)きたう厶(ござ)いますがねえ、301モシ久米彦(くめひこ)さま、302どうかさうして下(くだ)さいますまいかね』
303久米彦(くめひこ)『左様(さやう)な気楽(きらく)なことが言(い)つて居(を)れるか。304敵(てき)は間近(まぢか)く押(おし)よせたり、305時(とき)遅(おく)れては味方(みかた)の非運(ひうん)、306サ、307一刻(いつこく)も早(はや)くここを引上(ひきあ)げ進軍(しんぐん)致(いた)すで厶(ござ)らう』
308カルナ姫(ひめ)『モシ、309久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)様(さま)、310進軍(しんぐん)とは真赤(まつか)な詐(いつは)り、311予定(よてい)の退却(たいきやく)ぢや厶(ござ)いませぬか』
312久米彦(くめひこ)『馬鹿(ばか)を言(い)へ、313敵(てき)は黄金山(わうごんざん)に在(あ)り、314かうなる上(うへ)は一時(いつとき)も早(はや)く神謀(しんぼう)鬼策(きさく)を廻(めぐ)らし、315黄金山(わうごんざん)を占領(せんりやう)すべき必要(ひつえう)が起(おこ)つたのだ、316一時(いつとき)も早(はや)く進軍(しんぐん)の用意(ようい)を致(いた)さねばならぬ』
317とモジモジしてゐる。
318カルナ姫(ひめ)『貴方(あなた)の進軍(しんぐん)は背進(はいしん)で厶(ござ)いませうね、319どうでも理窟(りくつ)はつくものですね』
320久米彦(くめひこ)『何(なん)とまあ口(くち)のいい女(をんな)だなア』
321鬼春別(おにはるわけ)『サ、322早(はや)く馬(うま)の用意(ようい)を致(いた)せ、323そして姫(ひめ)には牝馬(ひんば)の用意(ようい)だ。324スパール、325エミシ、326テルンスは全軍(ぜんぐん)を指揮(しき)して後(あと)よりつづけツ、327いざ久米彦(くめひこ)殿(どの)、328先鋒隊(せんぽうたい)を仕(つかまつ)らう』
329と態(てい)のよい辞令(じれい)で、330早(はや)くも逃仕度(にげじたく)にかかつてゐる。
331ヒルナ姫(ひめ)『モシ将軍(しやうぐん)様(さま)、332先鋒隊(せんぽうたい)は斥候(せきこう)の役(やく)ぢやありませぬか。333貴方(あなた)様(さま)は総(そう)司令官(しれいくわん)、334最後(さいご)に御(ご)ゆつくりとお進(すす)みになつた方(はう)が安全(あんぜん)で厶(ござ)いませう』
335鬼春別(おにはるわけ)『それもさうだが、336先(さき)んずれば人(ひと)を制(せい)すといふことがある、337之(これ)が兵法(へいはふ)の奥義(おくぎ)だ。338頭(かしら)が廻(まは)らねば尾(を)が廻(まは)らぬといふからな。339長蛇(ちやうだ)の陣(ぢん)を張(は)つて行(ゆ)くのだから、340蛇(へび)の歩(ある)く如(ごと)く頭(あたま)を先(さき)に尾(を)が後(あと)から行(ゆ)くのだ、341それで長蛇(ちやうだ)の陣(ぢん)といふのだ』
342と姫(ひめ)の前(まへ)に体裁(ていさい)を作(つく)り、343自分(じぶん)の卑怯(ひけふ)をかくすことにのみ努(つと)めてゐる。
344 鬼春別(おにはるわけ)、345久米彦(くめひこ)はヒルナ、346カルナの両美人(りやうびじん)と駒(こま)を並(なら)べ、347一目散(いちもくさん)に西(にし)へ西(にし)へと駆(か)けり行(ゆ)く。348後(あと)に残(のこ)つたスパール、349エミシは周章(しうしやう)狼狽(らうばい)の余(あま)り、350軍隊(ぐんたい)を整理(せいり)する暇(いとま)もなく『退却(たいきやく)々々(たいきやく)』と呼(よ)ばはり乍(なが)ら、351尻(しり)に帆(ほ)かけて、352駒(こま)に跨(またが)り、353軍帽(ぐんばう)を後前(うしろまへ)に被(かぶ)つたり、354靴(くつ)を片足(かたあし)はいたり、355無性(むしやう)矢鱈(やたら)に馬(うま)の尻(けつ)を叩(たた)いて、356敗軍(はいぐん)同様(どうやう)の為体(ていたらく)で逃(に)げ出(だ)した。357一匹(いつぴき)の馬(うま)が狂(くる)へば千匹(せんびき)の馬(うま)が狂(くる)ふとやら、358後(うしろ)から強敵(きやうてき)が襲(おそ)ひ来(きた)るやうな恐怖心(きようふしん)に駆(か)られて、359三千(さんぜん)の兵士(へいし)は人(ひと)を突倒(つきたふ)し踏(ふ)み越(こ)えて、360吾(わ)れ先(さき)にと西方(せいはう)さして、361一人(ひとり)も残(のこ)らず逃(に)げ散(ち)つて了(しま)つた。
362 ビクトル山(さん)の森(もり)の繁(しげ)みに数十羽(すうじつぱ)の梟(ふくろ)がとまつて、
363『ウツフーウツフーオツホホ、364アホーアホーアホー』
365と声(こゑ)を揃(そろ)へて鳴(な)き出(だ)したり。
366(大正一二・二・一四 旧一一・一二・二九 於竜宮館 松村真澄録)
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