霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二章 蜉蝣(かげろふ)〔一三六五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻 篇:第1篇 毘丘取颪 よみ(新仮名遣い):びくとりおろし
章:第2章 蜉蝣 よみ(新仮名遣い):かげろう 通し章番号:1365
口述日:1923(大正12)年02月12日(旧12月27日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月8日
概要: 舞台:右守ベルツの館 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
ライオン河の下流にあるビクトル山を中心として、ウラル教を信じるビクトリヤ王が刹帝利として近隣を治めていた。東西十里、南北十五里のあまり広くない国で、国名をビクと言った。
ビクトリヤ王はほとんど七十才を越える老齢であるが、不幸にして嗣子がなかった。現在の妃・ヒルナ姫は二十三才である。元ビクトリヤ王妃の侍女であったが、王妃が亡くなった後に王の手がかかり、次第に権勢を得て城内の一切を切り回していた。
権勢のあるヒルナ姫の歓心を得ようとして数多の官人たちは媚を呈し、そのために国政は次第に紊乱して国民の怨嗟の声は四方に満ち、ところどころに百姓一揆のようなものが勃発して、ビクトリヤ王家は傾こうとしていた。
左守のキュービットは忠実な老臣で苦心して国家を守ろうとしていたが、右守のベルツはヒルナ姫に取り入り、刹帝利も眼中におかない横暴ぶりを発揮していた。
ベルツは忠実な家令のシエールを招き、いかにして自分が刹帝利になることができるかと相談している。シエールは、世情不安をあおってビクトリヤ王に責任を取らせ、退隠させようという策を提案する。
二人が計略を練って悦に入っていると、次の間で二人の話を立ち聞きしていたベルツの妹・カルナ姫が入ってきた。カルナ姫は左守の息子・ハルナと相思相愛の仲になっていた。
カルナ姫は、二人が野心の矛先を左守家に向けないように釘をさした。自分がハルナに嫁げば左守家は親戚になる、もし二人が左守家を害そうとするなら通報することもできると、利害得失を交えて、自分の恋愛を邪魔しないよう二人に言い含めて去って行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-02-27 19:33:58 文字数:5168 OBC :rm5302
愛善世界社版:22頁 八幡書店版:第9輯 511頁 修補版: 校定版:25頁 普及版:12頁 初版: ページ備考:
001 ライオン河(がは)の下流(かりう)ビクトル山(さん)を中心(ちうしん)として、002此処(ここ)はウラル教(けう)を信(しん)ずるビクトリヤ王(わう)が刹帝利(せつていり)として近国(きんごく)の民(たみ)を守(まも)つてゐた。003此(この)王国(わうこく)は東西(とうざい)十(じふ)里(り)、004南北(なんぽく)十五(じうご)里(り)(三十六(さんじふろく)町(ちやう)一(いち)里(り))の余(あま)り広(ひろ)からぬ国(くに)であつた。005国名(こくめい)をビクといふ。006ビクトリヤ王(わう)は本年(ほんねん)殆(ほとん)ど七十(しちじつ)才(さい)に余(あま)る老齢(らうれい)である。007而(しか)して不幸(ふかう)にして嗣子(しし)がなかつた。008后(きさき)のヒルナ姫(ひめ)は元(もと)はビクトリヤ姫(ひめ)の侍女(じぢよ)であつたが、009何時(いつ)の間(ま)にか王(わう)の手(て)がかかり、010次第(しだい)に権勢(けんせい)を得(え)て、011城中(じやうちう)の花(はな)と謳(うた)はれ、012一切(いつさい)を切(き)りまはしてゐた。013而(しか)して年齢(とし)は正(まさ)に二十三(にじふさん)才(さい)、014女盛(をんなざか)りである。015ヒルナ姫(ひめ)の歓心(くわんしん)を得(え)むとして数多(あまた)の官人(くわんじん)共(ども)は媚(こ)びを呈(てい)し、016国政(こくせい)は日(ひ)に月(つき)に紊乱(ぶんらん)し、017国民(こくみん)怨嗟(えんさ)の声(こゑ)四方(しはう)に充(み)ち、018所々(ところどころ)に百姓(ひやくしやう)一揆(いつき)の如(ごと)きもの勃発(ぼつぱつ)し、019収拾(しうしふ)す可(べか)らざるに立到(たちいた)り、020ビクトリヤ王家(わうけ)は已(すで)に傾(かたむ)かむとするに立到(たちいた)つた。
021 左守(さもりの)神(かみ)のキユービツトは極(きは)めて忠実(ちうじつ)な老臣(らうしん)であり、022王(わう)の為(ため)に苦心(くしん)を重(かさ)ねて、023国家(こくか)を守(まも)らむとしてゐた。024之(これ)に反(はん)して右守(うもりの)神(かみ)のベルツは奸侫(かんねい)邪智(じやち)の曲者(くせもの)にして、025ヒルナ姫(ひめ)に取入(とりい)り、026いろいろの入(い)れ智恵(ぢゑ)をなして、027刹帝利(せつていり)も百官(ひやくくわん)も眼中(がんちう)におかない位(くらゐ)な横暴振(わうばうぶり)を発揮(はつき)してゐた。028ヒルナ姫(ひめ)の意見(いけん)はベルツの意見(いけん)であり、029ベルツのすべての画策(くわくさく)は、030すべて、031ヒルナ姫(ひめ)の口(くち)に仍(よ)つて伝(つた)へられてゐた。032そして左守(さもりの)神(かみ)のキユービツトにはヱクスといふ忠良(ちうりやう)な家令(かれい)があり、033右守(うもり)のベルツにはシエールといふ奸悪(かんあく)な家令(かれい)があつて、034主人(しゆじん)の右守(うもり)と共(とも)にあわよくば、035ビク国(こく)を占領(せんりやう)せむと日夜(にちや)肝胆(かんたん)を砕(くだ)いてゐた。036ベルツはシエールを吾(わが)居間(ゐま)に招(まね)き、037一間(ひとま)を密閉(みつぺい)してヒソビソと協議(けふぎ)を凝(こ)らしてゐる。
038ベルツ『オイ、039シエール、040どうだらうな、041ヒルナ姫(ひめ)は殆(ほとん)ど薬籠中(やくろうちう)の者(もの)となつたが、042併(しか)し乍(なが)ら頑強(ぐわんきやう)なビクトリヤ王(わう)は何(なん)となく某(それがし)を嫌忌(けんき)する様子(やうす)現(あら)はれ、043キユービツトを近付(ちかづ)け吾(わが)進言(しんげん)に一々(いちいち)反抗(はんかう)的(てき)態度(たいど)を試(こころ)みられるのは、044実(じつ)に吾々(われわれ)の目的(もくてき)の一大(いちだい)障害(しやうがい)と言(い)はねばならぬ。045将(しやう)を射(い)る者(もの)は先(ま)づ馬(うま)を射(い)るといふから、046彼(か)れキユービツトを排斥(はいせき)するか、047或(あるひ)は○○して了(しま)はなくちや、048九分(くぶ)九厘(くりん)迄(まで)成功(せいこう)した吾々(われわれ)の陰謀(いんぼう)が水泡(すいはう)に帰(き)するのみならず却(かへつ)て如何(いか)なる重刑(ぢゆうけい)に処(しよ)せらるるやも計(はか)り難(がた)い、049何(なん)とか可(い)い工夫(くふう)はあるまいかな』
050シエール『右守(うもり)様(さま)、051それは御(ご)心配(しんぱい)に及(およ)びませぬ。052ビクトリヤ王(わう)は已(すで)に七十(しちじふ)の坂(さか)を越(こ)えた老人(らうじん)、053余(あま)り急(いそ)がず共(とも)、054余命(よめい)幾何(いくばく)もありますまい。055なまじひに事(こと)をあげて、056国民(こくみん)の信用(しんよう)を失墜(しつつゐ)し、057悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)不忠(ふちゆう)不義(ふぎ)の徒(と)と言(い)はれるよりは、058ここ暫(しばら)くの御(ご)辛抱(しんばう)だから、059御(お)待(ま)ち遊(あそ)ばすが上分別(じやうふんべつ)と存(ぞん)じます。060ひるがへつて国民(こくみん)の状態(じやうたい)を考(かんが)へますれば、061生活難(せいくわつなん)に苦(くる)しみ重税(ぢゆうぜい)に怨嗟(えんさ)の声(こゑ)は四方(しはう)に満(み)ち、062何時(いつ)暴動(ばうどう)が勃発(ぼつぱつ)するやも計(はか)られませぬ、063革命(かくめい)の機運(きうん)は日(ひ)に日(ひ)に盛(さか)んになりつつある矢先(やさき)、064無理(むり)な事(こと)を致(いた)せば益々(ますます)天下(てんか)の紛乱(ふんらん)を増(ます)やうなもので厶(ござ)いませう、065幸(さいは)ひビクトリヤ王(わう)には嗣子(しし)もなく、066又(また)ヒルナ姫(ひめ)様(さま)は腰元(こしもと)の成上(なりあが)りですから、067王(わう)の没後(ぼつご)は貴方(あなた)の自由(じいう)自在(じざい)で厶(ござ)いませう。068今(いま)の内(うち)に充分(じゆうぶん)なる画策(くわくさく)をめぐらし、069ヒルナ姫(ひめ)様(さま)が貴方(あなた)を御(ご)信任(しんにん)遊(あそ)ばすを幸(さいはひ)、070潜勢力(せんせいりよく)を養(やしな)つておけば、071まさかの時(とき)になつて、072貴方(あなた)の願望(ぐわんまう)は自(おのづか)ら成就(じやうじゆ)致(いた)しませう。073夫(そ)れが上分別(じやうふんべつ)と考(かんが)へます』
074ベルツ『それもさうだなア、075併(しか)し乍(なが)らビクトリヤ王(わう)は至(いた)つて身体(しんたい)健全(けんぜん)なれば、076まだ二十(にじふ)年(ねん)位(ぐらゐ)は大丈夫(だいぢやうぶ)だらう。077何程(なんぼ)時節(じせつ)を待(ま)つと云(い)つても、078此(この)先(さき)二十(にじふ)年(ねん)も待(ま)つ事(こと)は英気(えいき)に充(み)ちた吾々(われわれ)、079腕(うで)鳴(な)り、080胸(むね)轟(とどろ)いて、081こらへ切(き)れるものではない。082モツと手早(てばや)く埒(らち)よく目的(もくてき)を達(たつ)する方法(はうはふ)手段(しゆだん)はあるまいかな』
083シエール『知識(ちしき)の宝庫(はうこ)と綽名(あだな)をとつた私(わたくし)、084如何(いか)なる妙案(めうあん)奇策(きさく)も持(も)つて居(を)りますが、085今日(こんにち)の事情(じじやう)が即行(そくかう)を許(ゆる)しませぬ。086如何(いかん)となれば、087今日(こんにち)は国内(こくない)紛乱(ふんらん)の極(きよく)に達(たつ)し、088極端(きよくたん)なるレーストレイントを加(くは)へて漸(やうや)く、089現状(げんじやう)を維持(ゐぢ)してゐる状態(じやうたい)で厶(ござ)いますれば、090あわてずに時(とき)を待(ま)つが上分別(じやうふんべつ)だと考(かんが)へます。091王(わう)の勢力(せいりよく)日々(ひび)に衰(おとろ)へ、092四海(しかい)をコントロールする実力(じつりよく)なき今日(こんにち)、093何人(なんびと)の神算(しんさん)鬼謀(きぼう)も之(これ)を鎮定(ちんてい)することは容易(ようい)の業(わざ)ではありませぬ。094故(ゆゑ)に吾々(われわれ)は寧(むし)ろ、095今日(こんにち)の世態(せたい)を利用(りよう)し、096益々(ますます)手(て)をまはして国民(こくみん)を煽動(せんどう)し、097ビクトリヤ王(わう)をして手(て)を施(ほどこ)すに術(すべ)なからしめ、098自発(じはつ)的(てき)に退隠(たいいん)ささせる方(はう)が、099最(もつと)も賢明(けんめい)なる行(や)り方(かた)と愚考(ぐかう)致(いた)します』
100ベルツ『成程(なるほど)、101それは妙案(めうあん)だ。102就(つ)いては、103シエール、104お前(まへ)に成案(せいあん)があるだらうな』
105シエール『ない事(こと)は厶(ござ)いませぬが、106後(あと)の喧嘩(けんくわ)を先(さき)にせいといふ事(こと)が厶(ござ)いますから、107貴方(あなた)が刹帝利(せつていり)にお成(な)りになれば、108私(わたくし)をキツと左守(さもり)に任命(にんめい)して下(くだ)さるでせうか。109それが決定(けつてい)せなくちや、110働(はたら)き甲斐(がひ)がありませぬから』
111ベルツ『ハハハハ如才(じよさい)のない男(をとこ)だなア、112目的(もくてき)成就(じやうじゆ)の上(うへ)はキツと重(おも)く用(もち)ゐてやる。113それを楽(たの)しみに一(ひと)つ骨(ほね)を折(を)つてくれ』
114シエール『只(ただ)重(おも)く用(もち)ゐると云(い)はれた丈(だけ)では、115朦朧(もうろう)としてをります。116キツパリと左守(さもり)にすると云(い)ふ言質(げんしつ)を預(あづ)かつておきたいものです』
117ベルツ『苟(いやしく)もビク一国(いつこく)の刹帝利(せつていり)たる者(もの)は、118賢臣(けんしん)を選(えら)んで国政(こくせい)を任(まか)さねばならぬ。119何程(なにほど)シエールが悧巧(りかう)だと云(い)つても、120到底(たうてい)国政(こくせい)を料理(れうり)する丈(だけ)の技能(ぎのう)は未(ま)だ備(そな)はつて居(ゐ)ない。121そんな取越(とりこ)し苦労(くらう)を致(いた)さずに主人(しゆじん)の命令(めいれい)だ。122実行(じつかう)に着手(ちやくしゆ)したら如何(どう)だ』
123シエール『ハツハハハハ、124御(ご)主人(しゆじん)様(さま)、125貴方(あなた)も随分(ずいぶん)ズルイお方(かた)ですな。126狩猟(しゆれふ)つきて猟狗(れふく)煮(に)らるる様(やう)な不利益(ふりえき)な事(こと)は、127賢明(けんめい)なる私(わたくし)には到底(たうてい)出来(でき)ませぬ。128要(えう)するに貴方(あなた)は私(わたくし)に対(たい)し、129左守(さもり)の資格(しかく)がないと仰有(おつしや)るのですな。130宜(よろ)し、131左様(さやう)の事(こと)ならば、132かやうな反逆(はんぎやく)を企(くはだ)てて危(あぶな)い芸当(げいたう)をするよりも、133貴方(あなた)の陰謀(いんぼう)を王(わう)の前(まへ)に素破抜(すつぱぬ)きませうか、134如何(いかが)で厶(ござ)る』
135とソロソロ爪(つめ)を隠(かく)してゐた猫(ねこ)が、136カギ爪(つめ)の先(さき)をみせかけた。137ベルツは驚(おどろ)いて、
138ベルツ『あ、139ウム、140さう怒(おこ)つちや話(はなし)が出来(でき)ない。141実(じつ)の所(ところ)はお前(まへ)を左守(さもり)に任(にん)じてやる事(こと)はチヤンと心(こころ)の中(なか)に決定(けつてい)してゐたのだ。142併(しか)し乍(なが)ら、143お前(まへ)の熱心(ねつしん)を調(しら)べる為(ため)に一寸(ちよつと)揶揄(からか)つてみたのだよ。144ハハハハ』
145シエール『御(ご)主人(しゆじん)様(さま)、146揶揄(からか)ひ所(どころ)だありますまい、147千騎(せんき)一騎(いつき)の正念場(しやうねんば)ですよ』
148ベルツ『英雄(えいいう)閑日月(かんじつげつ)あり、149仮令(たとへ)陣中(ぢんちう)に於(おい)ても歌(うた)をよみ、150尺八(しやくはち)を吹(ふ)き、151悠々(いういう)閑々(かんかん)として、152おめず臆(おく)せず、153騒(さわ)がず焦(あせ)らず、154談笑(だんせう)の間(うち)に一切(いつさい)万事(ばんじ)を解決(かいけつ)すると云(い)ふ英雄(えいいう)的(てき)襟懐(きんくわい)だ。155何(なん)と智勇(ちゆう)兼備(けんび)の勇将(ゆうしやう)の心事(しんじ)は違(ちが)つたものだらう。156オツホホホホ』
157 シエールは悪人(あくにん)の癖(くせ)に、158比較(ひかく)的(てき)に馬鹿(ばか)正直(しやうぢき)な奴(やつ)である。159ベルツの舌(した)にうまく舐(なめ)られて、160身知(みし)らず的(てき)に途方(とはう)途徹(とてつ)もない悪事(あくじ)を遂行(すゐかう)せむと腕(うで)をうならして、161雄健(をたけ)びしてゐる。
162シエール『成程(なるほど)、163一切(いつさい)万事(ばんじ)諒解(りやうかい)致(いた)しました。164かかる名君(めいくん)とは知(し)らず、165無礼(ぶれい)の申条(まをしでう)、166何卒(なにとぞ)御(ご)容赦(ようしや)を願(ねが)ひます』
167ベルツ『義(ぎ)に於(おい)ては主従(しゆじう)なれ共(ども)、168情(じやう)に於(おい)ては親(おや)と子(こ)の関係(くわんけい)だ。169言(い)はば拙者(せつしや)は親(おや)、170其(その)方(はう)は子(こ)である。171親(おや)が子(こ)を愛(あい)するのは天然(てんねん)自然(しぜん)の道理(だうり)だ。172そして其(その)子(こ)の心胆(しんたん)を練(ね)り、173知識(ちしき)を啓発(けいはつ)し、174有為(いうゐ)の人材(じんざい)となさしめむとして、175苦言(くげん)を吐(は)き、176鞭撻(べんたつ)を加(くは)ふるは、177ワイズベアレント・フツドとも云(い)ふべきものだ。178今後(こんご)は何事(なにごと)に係(かか)はらず、179暫(しばら)く吾(わが)意思(いし)のままに、180舎身(しやしん)的(てき)活動(くわつどう)をやつて貰(もら)ひたいものだなア』
181シエール『ヘヘヘヘ持(も)つ可(べ)きものは家来(けらい)なりけり……否(いな)主人(しゆじん)なりけりだ。182然(しか)らば之(これ)より君(きみ)の命(めい)に仍(よ)つて、183千変(せんぺん)万化(ばんくわ)の秘術(ひじゆつ)を尽(つく)し、184君(きみ)をしてビク一国(いつこく)の刹帝利(せつていり)たらしむべく活動(くわつどう)仕(つかまつ)らむ。185吾(わが)成功(せいこう)を指折(ゆびを)り数(かぞ)へ、186お待(ま)ち下(くだ)され』
187ベルツ『ああ勇(いさ)ましし勇(いさ)ましし、188汝(なんぢ)が雄健(をたけ)び、189前途(ぜんと)有望(いうばう)、190目的(もくてき)の彼岸(ひがん)に達(たつ)するは間(ま)もあるまい、191ても扨(さ)ても心地(ここち)よやなア』
192と之(こ)れ又(また)両手(りやうて)を伸(の)ばし、193拳(こぶし)を握(にぎ)り、194左右(さいう)の膝(ひざ)を交々(こもごも)起伏(きふく)させ乍(なが)ら、195床(ゆか)もおちよとばかり雄健(をたけ)びしてゐる。
196 余(あま)りの高(たか)い声(こゑ)が聞(きこ)えるので、197ベルツの妹(いもうと)カルナ姫(ひめ)は次(つぎ)の間(ま)に走(は)せ来(きた)り、198両人(りやうにん)の談話(だんわ)をスツカリ立聞(たちぎき)し、199顔(かほ)を顰(しか)め乍(なが)ら、200さあらぬ態(てい)にて、
201カルナ姫(ひめ)『お兄(に)い様(さま)、202御免(ごめん)なさいませ』
203と這入(はい)つて来(き)た。204シエールは両手(りやうて)を仕(つか)へ、205さも恭(うやうや)しく、
206シエール『これはこれは、207カルナ姫(ひめ)様(さま)、208御(ご)壮健(さうけん)なお顔(かほ)を拝(はい)し、209シエール家令(かれい)身(み)に取(と)り、210恐悦(きやうえつ)至極(しごく)に存(ぞん)じます』
211カルナ姫(ひめ)『お前(まへ)はシエールだないか、212最前(さいぜん)からお兄(にい)様(さま)と面白(おもしろ)さうに話(はなし)をしてゐましたね、213襖(ふすま)に隔(へだ)てられ、214ハツキリ何事(なにごと)か分(わか)りませなんだが、215容易(ようい)ならざる事(こと)のやうに思(おも)はれます。216どうぞ聞(き)かして下(くだ)さいませ』
217シエール『ヘ、218イヤ何(なん)でも厶(ござ)いませぬ、219御(ご)主人(しゆじん)様(さま)とお酒(さけ)に酔(よ)ひまして、220つい昔(むかし)の英雄(えいゆう)物語(ものがたり)を致(いた)して居(を)りました。221ヘヘヘヘ、222随分(ずいぶん)面白(おもしろ)い話(はなし)で厶(ござ)いましたよ』
223カルナ姫(ひめ)『昔(むかし)の物語(ものがたり)にもビクトリヤ王(わう)様(さま)やヒルナ姫(ひめ)様(さま)、224キユービツトの左守(さもり)などいふ方(かた)がおありなさつたので厶(ござ)いますか』
225と優(やさ)しい目(め)を光(ひか)らせ、226少(すこ)しく語気(ごき)を強(つよ)めて、227睨(ねめ)つけるやうに言(い)つた。228右守(うもり)のベルツは……此(この)陰謀(いんぼう)を妹(いもうと)に聞(き)かれちや大変(たいへん)だ。229妹(いもうと)の奴(やつ)、230左守(さもりの)神(かみ)の伜(せがれ)ハルナに秋波(しうは)をよせてゐよるのだから、231もしや内通(ないつう)でも致(いた)しはしようまいか、232恋愛(れんあい)に熱(ねつ)した時(とき)は、233親(おや)兄弟(きやうだい)までも脱線(だつせん)して忘(わす)れるものだ、234ハテ困(こま)つたことだ……とハートに波(なみ)を打(う)たせたが、235ワザと素知(そし)らぬ面(かほ)で、
236ベルツ『ハハハハハ、237面白(おもしろ)い様(やう)な……殺伐(さつばつ)な昔物語(むかしものがたり)、238女(をんな)の聞(き)くべきものではない、239お前(まへ)は早(はや)く奥(おく)へ行(い)つて、240お前(まへ)の好(す)きなラムールでも繙(ひもと)く方(はう)が可(い)いワ』
241カルナ姫(ひめ)『何(なん)だか、242貴方(あなた)方(がた)のお話(はなし)を聞(き)くと、243胸騒(むなさわ)ぎが致(いた)しまして、244ヒストリア・アモリスなどを耽読(たんどく)する気(き)にもなれませぬ。245実(じつ)に殺風景(さつぷうけい)な貴方(あなた)の御(ご)計画(けいくわく)、246額(ひたひ)に凶徴(きやうちよう)が遺憾(ゐかん)なく現(あら)はれて居(を)りますぞや』
247ベルツ『男(をとこ)の居間(ゐま)へ女(をんな)が来(く)るものではない、248支那(しな)の聖人(せいじん)がいつただらう。249男女(だんぢよ)七(しち)才(さい)にして席(せき)を同(おな)じうせずと云(い)ふだないか。250サ、251早(はや)く彼方(あちら)へ行(ゆ)かつしやれ』
252カルナ姫(ひめ)『何(なん)とマア、253お口(くち)は重宝(ちようはう)なものですなア。254最前(さいぜん)からの事情(じじやう)は、255実(じつ)の所(ところ)はスツカリ聞(き)きました。256何程(なにほど)お隠(かく)しになつても、257最早(もはや)駄目(だめ)で厶(ござ)いますよ』
258ベルツ『チヨツ、259困(こま)つた妹(いもうと)だなア、260オイ、261カルナ、262お前(まへ)は兄(あに)を助(たす)ける気(き)はないか』
263カルナ姫(ひめ)『ハイ、264貴方(あなた)の出様(でやう)によつて、265お助(たす)けせない事(こと)も厶(ござ)いませぬ。266貴方(あなた)は左守司(さもりのかみ)様(さま)の御(ご)子息(しそく)ハルナさまと結婚(けつこん)さしてくれますか』
267ベルツ『ウーム、268さうだなア、269又(また)、270考(かんが)へておかう』
271カルナ姫(ひめ)『貴方(あなた)が目(め)の上(うへ)の瘤(こぶ)、272目的(もくてき)の邪魔者(じやまもの)と附(つ)け狙(ねら)ふ左守(さもり)様(さま)の御(ご)子息(しそく)、273ハルナさまへ妹(いもうと)をやるのはさぞ御(ご)迷惑(めいわく)でせう。274併(しか)し乍(なが)ら、275恋愛(れんあい)問題(もんだい)と貴方(あなた)の問題(もんだい)とは別物(べつもの)ですから、276御(ご)心配(しんぱい)なく許(ゆる)して下(くだ)さいませ。277私(わたし)とハルナさまとの仲(なか)には決(けつ)して忌(いま)はしい関係(くわんけい)は結(むす)んで居(を)りませぬ。278相思(さうし)の間柄(あひだがら)で、279極(きは)めてチヤステイテイーな恋愛(れんあい)で厶(ござ)います。280何時(いつ)迄(まで)も年頃(としごろ)の娘(むすめ)を、281セリバシーにしておくのは、282兄(あに)としての役(やく)が済(す)みますまい。283ホホホホ』
284ベルツ『ヤア、285今時(いまどき)の女性(ぢよせい)の厚顔(こうがん)無恥(むち)には実(じつ)に呆(あき)れ返(かへ)らざるを得(え)ないワ』
286カルナ姫(ひめ)『貴方(あなた)が政治欲(せいぢよく)に耽(ふけ)り、287ヒルナ姫(ひめ)様(さま)に秋波(しうは)を送(おく)つて厶(ござ)るやうなものですよ。288併(しか)し貴方(あなた)のは決(けつ)して正当(せいたう)と認(みと)める事(こと)は出来(でき)ませぬ……が、289私(わたくし)の請求(せいきう)するコンジユギアール・ラブは正当(せいたう)の婦人(ふじん)としての権利(けんり)ですから、290此(この)プロブレムに就(つ)いては、291貴方(あなた)も無暗(むやみ)に拒(こば)む訳(わけ)には参(まゐ)りますまい。292なア、293シエール、294さうぢやないか』
295と言葉(ことば)を家令(かれい)の方(はう)に移(うつ)した。
296シエール『成程(なるほど)、297姫(ひめ)様(さま)のお言葉(ことば)は少(すこ)しも矛盾(むじゆん)はありませぬ。298イヤ、299私(わたくし)も大(おほい)に共鳴(きようめい)致(いた)します。300就(つ)いては姫(ひめ)様(さま)に考(かんが)へて頂(いただ)かねばならぬ事(こと)がある。301貴方(あなた)はハルナさまを熱愛(ねつあい)してゐられる如(ごと)く、302左守(さもりの)神(かみ)もヤツパリ愛(あい)して居(を)りますか』
303カルナ姫(ひめ)『恋(こひ)しき夫(をつと)の父君(ちちぎみ)で厶(ござ)いますもの、304愛(あい)するといふよりも寧(むし)ろ尊敬(そんけい)を払(はら)つて居(を)りまする』
305シエール『お兄(にい)様(さま)を尊敬(そんけい)なさる程度(ていど)に比(くら)ぶれば余程(よほど)の径庭(けいてい)があるでせうなア』
306カルナ姫(ひめ)『そらさうです共(とも)、307兄妹(きやうだい)は他人(たにん)の始(はじ)まりといふだありませぬか、308ハルナさまと夫婦(ふうふ)になり、309子(こ)が出来(でき)ようものなら、310それこそ親密(しんみつ)な親子(おやこ)の関係(くわんけい)が実際(じつさい)的(てき)に結(むす)ばれるのですから、311左守(さもりの)神(かみ)さまを兄(あに)に勝(まさ)つて尊敬(そんけい)するのは当然(たうぜん)ですワ』
312シエール『イヤ、313此奴(こいつ)ア怪(け)しからぬ、314モシ、315姫(ひめ)様(さま)、316元(もと)を考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい。317御(お)兄(に)い様(さま)は本当(ほんたう)の同胞(どうはう)だありませぬか、318ハルナさまはアカの他人(たにん)ですよ。319只(ただ)結婚(けつこん)と云(い)ふ形式(けいしき)に仍(よ)つて、320夫婦(ふうふ)となり親子(おやこ)と名(な)がついたものでせう。321そこをよくお考(かんが)へにならなくちや、322肝心(かんじん)のお兄(に)いさまに対(たい)し、323血(ち)で血(ち)を洗(あら)ふやうな、324惨事(さんじ)が突発(とつぱつ)するかも知(し)れませぬ。325能(よ)く胸(むね)に手(て)を当(あ)てて考(かんが)へて戴(いただ)きたいものですな』
326カルナ姫(ひめ)『ハイ、327何(いづ)れ熟考(じゆくかう)の上(うへ)御(ご)返事(へんじ)を致(いた)しませう』
328ベルツ『切(き)つても切(き)れぬ、329同(おな)じ母体(ぼたい)から生(うま)れた兄妹(きやうだい)といふ事(こと)を忘(わす)れないやうにしてくれよ。330ああ困(こま)つた妹(いもうと)だなア。331之(これ)だから女(をんな)に高等(かうとう)教育(けういく)を施(ほどこ)すと困(こま)るのだ。332俺(おれ)の両親(りやうしん)は新(あたら)しがりやだつたから、333たうとうこんなアバズレ女(をんな)にして了(しま)つたのだ』
334カルナ姫(ひめ)『ホホホホ、335私(わたし)ばかりか、336お兄(に)い様(さま)迄(まで)、337こんな悪党(あくたう)に、338高等(かうとう)教育(けういく)を施(ほどこ)して作(つく)り上(あ)げて了(しま)つたのですよ』
339ベルツ『チヨツ、340コレ、341カルナ、342能(よ)く思案(しあん)をして、343利害(りがい)得失(とくしつ)を考(かんが)へたがよいぞや。344キツト兄妹(きやうだい)の為(ため)にならないやうな事(こと)をしてはなりませぬぞ』
345カルナ姫(ひめ)『ハイ承知(しようち)しました。346何卒(どうぞ)兄妹(きやうだい)のために兄妹(きやうだい)の恋愛(れんあい)を妨害(ばうがい)するやうな事(こと)は考(かんが)へて貰(もら)つちやなりませぬぞや、347ホホホホ、348左様(さやう)ならばお二人(ふたり)さま、349十分(じふぶん)に御(お)思案(しあん)をなさいませ。350そして良心(りやうしん)に恥(はぢ)るやうな事(こと)は一刻(いつこく)も早(はや)く改(あらた)めて頂(いただ)きたいものです。351ハイエナ・イン・ベデコーツ的(てき)な行動(かうどう)をやつて、352呑臍(どんぜい)の悔(くい)を残(のこ)さないやう、353それのみ何卒(どうぞ)も一度(いちど)御(ご)熟考(じゆくかう)を願(ねが)ひます』
354と二人(ふたり)を諫(いさ)め悠々(いういう)として、355吾(わが)居間(ゐま)に帰(かへ)り行(ゆ)く。356後(あと)に二人(ふたり)は呆然(ばうぜん)として吐息(といき)をもらし、357暫(しば)し無言(むごん)の幕(まく)を開(ひら)いてゐる。
358(大正一二・二・一二 旧一一・一二・二七 於竜宮館 松村真澄録)
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