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霊界物語
真善美愛(第49~60巻)
第53巻(辰の巻)
序文
総説
第1篇 毘丘取颪
第1章 春菜草
第2章 蜉蝣
第3章 軟文学
第4章 蜜語
第5章 愛縁
第6章 気縁
第7章 比翼
第8章 連理
第9章 蛙の腸
第2篇 貞烈亀鑑
第10章 女丈夫
第11章 艶兵
第12章 鬼の恋
第13章 醜嵐
第14章 女の力
第15章 白熱化
第3篇 兵権執着
第16章 暗示
第17章 奉還状
第18章 八当狸
第19章 刺客
第4篇 神愛遍満
第20章 背進
第21章 軍議
第22章 天祐
第23章 純潔
余白歌
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(B)
(N)
軟文学 >>>
第二章
蜉蝣
(
かげろふ
)
〔一三六五〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻
篇:
第1篇 毘丘取颪
よみ(新仮名遣い):
びくとりおろし
章:
第2章 蜉蝣
よみ(新仮名遣い):
かげろう
通し章番号:
1365
口述日:
1923(大正12)年02月12日(旧12月27日)
口述場所:
竜宮館
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1925(大正14)年3月8日
概要:
舞台:
右守ベルツの館
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
ライオン河の下流にあるビクトル山を中心として、ウラル教を信じるビクトリヤ王が刹帝利として近隣を治めていた。東西十里、南北十五里のあまり広くない国で、国名をビクと言った。
ビクトリヤ王はほとんど七十才を越える老齢であるが、不幸にして嗣子がなかった。現在の妃・ヒルナ姫は二十三才である。元ビクトリヤ王妃の侍女であったが、王妃が亡くなった後に王の手がかかり、次第に権勢を得て城内の一切を切り回していた。
権勢のあるヒルナ姫の歓心を得ようとして数多の官人たちは媚を呈し、そのために国政は次第に紊乱して国民の怨嗟の声は四方に満ち、ところどころに百姓一揆のようなものが勃発して、ビクトリヤ王家は傾こうとしていた。
左守のキュービットは忠実な老臣で苦心して国家を守ろうとしていたが、右守のベルツはヒルナ姫に取り入り、刹帝利も眼中におかない横暴ぶりを発揮していた。
ベルツは忠実な家令のシエールを招き、いかにして自分が刹帝利になることができるかと相談している。シエールは、世情不安をあおってビクトリヤ王に責任を取らせ、退隠させようという策を提案する。
二人が計略を練って悦に入っていると、次の間で二人の話を立ち聞きしていたベルツの妹・カルナ姫が入ってきた。カルナ姫は左守の息子・ハルナと相思相愛の仲になっていた。
カルナ姫は、二人が野心の矛先を左守家に向けないように釘をさした。自分がハルナに嫁げば左守家は親戚になる、もし二人が左守家を害そうとするなら通報することもできると、利害得失を交えて、自分の恋愛を邪魔しないよう二人に言い含めて去って行った。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2024-02-27 19:33:58
OBC :
rm5302
愛善世界社版:
22頁
八幡書店版:
第9輯 511頁
修補版:
校定版:
25頁
普及版:
12頁
初版:
ページ備考:
001
ライオン
河
(
がは
)
の
下流
(
かりう
)
ビクトル
山
(
さん
)
を
中心
(
ちうしん
)
として、
002
此処
(
ここ
)
はウラル
教
(
けう
)
を
信
(
しん
)
ずるビクトリヤ
王
(
わう
)
が
刹帝利
(
せつていり
)
として
近国
(
きんごく
)
の
民
(
たみ
)
を
守
(
まも
)
つてゐた。
003
此
(
この
)
王国
(
わうこく
)
は
東西
(
とうざい
)
十
(
じふ
)
里
(
り
)
、
004
南北
(
なんぽく
)
十五
(
じうご
)
里
(
り
)
(
三十六
(
さんじふろく
)
町
(
ちやう
)
一
(
いち
)
里
(
り
)
)の
余
(
あま
)
り
広
(
ひろ
)
からぬ
国
(
くに
)
であつた。
005
国名
(
こくめい
)
をビクといふ。
006
ビクトリヤ
王
(
わう
)
は
本年
(
ほんねん
)
殆
(
ほとん
)
ど
七十
(
しちじつ
)
才
(
さい
)
に
余
(
あま
)
る
老齢
(
らうれい
)
である。
007
而
(
しか
)
して
不幸
(
ふかう
)
にして
嗣子
(
しし
)
がなかつた。
008
后
(
きさき
)
のヒルナ
姫
(
ひめ
)
は
元
(
もと
)
はビクトリヤ
姫
(
ひめ
)
の
侍女
(
じぢよ
)
であつたが、
009
何時
(
いつ
)
の
間
(
ま
)
にか
王
(
わう
)
の
手
(
て
)
がかかり、
010
次第
(
しだい
)
に
権勢
(
けんせい
)
を
得
(
え
)
て、
011
城中
(
じやうちう
)
の
花
(
はな
)
と
謳
(
うた
)
はれ、
012
一切
(
いつさい
)
を
切
(
き
)
りまはしてゐた。
013
而
(
しか
)
して
年齢
(
とし
)
は
正
(
まさ
)
に
二十三
(
にじふさん
)
才
(
さい
)
、
014
女盛
(
をんなざか
)
りである。
015
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
の
歓心
(
くわんしん
)
を
得
(
え
)
むとして
数多
(
あまた
)
の
官人
(
くわんじん
)
共
(
ども
)
は
媚
(
こ
)
びを
呈
(
てい
)
し、
016
国政
(
こくせい
)
は
日
(
ひ
)
に
月
(
つき
)
に
紊乱
(
ぶんらん
)
し、
017
国民
(
こくみん
)
怨嗟
(
えんさ
)
の
声
(
こゑ
)
四方
(
しはう
)
に
充
(
み
)
ち、
018
所々
(
ところどころ
)
に
百姓
(
ひやくしやう
)
一揆
(
いつき
)
の
如
(
ごと
)
きもの
勃発
(
ぼつぱつ
)
し、
019
収拾
(
しうしふ
)
す
可
(
べか
)
らざるに
立到
(
たちいた
)
り、
020
ビクトリヤ
王家
(
わうけ
)
は
已
(
すで
)
に
傾
(
かたむ
)
かむとするに
立到
(
たちいた
)
つた。
021
左守
(
さもりの
)
神
(
かみ
)
のキユービツトは
極
(
きは
)
めて
忠実
(
ちうじつ
)
な
老臣
(
らうしん
)
であり、
022
王
(
わう
)
の
為
(
ため
)
に
苦心
(
くしん
)
を
重
(
かさ
)
ねて、
023
国家
(
こくか
)
を
守
(
まも
)
らむとしてゐた。
024
之
(
これ
)
に
反
(
はん
)
して
右守
(
うもりの
)
神
(
かみ
)
のベルツは
奸侫
(
かんねい
)
邪智
(
じやち
)
の
曲者
(
くせもの
)
にして、
025
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
に
取入
(
とりい
)
り、
026
いろいろの
入
(
い
)
れ
智恵
(
ぢゑ
)
をなして、
027
刹帝利
(
せつていり
)
も
百官
(
ひやくくわん
)
も
眼中
(
がんちう
)
におかない
位
(
くらゐ
)
な
横暴振
(
わうばうぶり
)
を
発揮
(
はつき
)
してゐた。
028
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
の
意見
(
いけん
)
はベルツの
意見
(
いけん
)
であり、
029
ベルツのすべての
画策
(
くわくさく
)
は、
030
すべて、
031
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
の
口
(
くち
)
に
仍
(
よ
)
つて
伝
(
つた
)
へられてゐた。
032
そして
左守
(
さもりの
)
神
(
かみ
)
のキユービツトにはヱクスといふ
忠良
(
ちうりやう
)
な
家令
(
かれい
)
があり、
033
右守
(
うもり
)
のベルツにはシエールといふ
奸悪
(
かんあく
)
な
家令
(
かれい
)
があつて、
034
主人
(
しゆじん
)
の
右守
(
うもり
)
と
共
(
とも
)
にあわよくば、
035
ビク
国
(
こく
)
を
占領
(
せんりやう
)
せむと
日夜
(
にちや
)
肝胆
(
かんたん
)
を
砕
(
くだ
)
いてゐた。
036
ベルツはシエールを
吾
(
わが
)
居間
(
ゐま
)
に
招
(
まね
)
き、
037
一間
(
ひとま
)
を
密閉
(
みつぺい
)
してヒソビソと
協議
(
けふぎ
)
を
凝
(
こ
)
らしてゐる。
038
ベルツ『オイ、
039
シエール、
040
どうだらうな、
041
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
は
殆
(
ほとん
)
ど
薬籠中
(
やくろうちう
)
の
者
(
もの
)
となつたが、
042
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
頑強
(
ぐわんきやう
)
なビクトリヤ
王
(
わう
)
は
何
(
なん
)
となく
某
(
それがし
)
を
嫌忌
(
けんき
)
する
様子
(
やうす
)
現
(
あら
)
はれ、
043
キユービツトを
近付
(
ちかづ
)
け
吾
(
わが
)
進言
(
しんげん
)
に
一々
(
いちいち
)
反抗
(
はんかう
)
的
(
てき
)
態度
(
たいど
)
を
試
(
こころ
)
みられるのは、
044
実
(
じつ
)
に
吾々
(
われわれ
)
の
目的
(
もくてき
)
の
一大
(
いちだい
)
障害
(
しやうがい
)
と
言
(
い
)
はねばならぬ。
045
将
(
しやう
)
を
射
(
い
)
る
者
(
もの
)
は
先
(
ま
)
づ
馬
(
うま
)
を
射
(
い
)
るといふから、
046
彼
(
か
)
れキユービツトを
排斥
(
はいせき
)
するか、
047
或
(
あるひ
)
は○○して
了
(
しま
)
はなくちや、
048
九分
(
くぶ
)
九厘
(
くりん
)
迄
(
まで
)
成功
(
せいこう
)
した
吾々
(
われわれ
)
の
陰謀
(
いんぼう
)
が
水泡
(
すいはう
)
に
帰
(
き
)
するのみならず
却
(
かへつ
)
て
如何
(
いか
)
なる
重刑
(
ぢゆうけい
)
に
処
(
しよ
)
せらるるやも
計
(
はか
)
り
難
(
がた
)
い、
049
何
(
なん
)
とか
可
(
い
)
い
工夫
(
くふう
)
はあるまいかな』
050
シエール『
右守
(
うもり
)
様
(
さま
)
、
051
それは
御
(
ご
)
心配
(
しんぱい
)
に
及
(
およ
)
びませぬ。
052
ビクトリヤ
王
(
わう
)
は
已
(
すで
)
に
七十
(
しちじふ
)
の
坂
(
さか
)
を
越
(
こ
)
えた
老人
(
らうじん
)
、
053
余
(
あま
)
り
急
(
いそ
)
がず
共
(
とも
)
、
054
余命
(
よめい
)
幾何
(
いくばく
)
もありますまい。
055
なまじひに
事
(
こと
)
をあげて、
056
国民
(
こくみん
)
の
信用
(
しんよう
)
を
失墜
(
しつつゐ
)
し、
057
悪逆
(
あくぎやく
)
無道
(
ぶだう
)
不忠
(
ふちゆう
)
不義
(
ふぎ
)
の
徒
(
と
)
と
言
(
い
)
はれるよりは、
058
ここ
暫
(
しばら
)
くの
御
(
ご
)
辛抱
(
しんばう
)
だから、
059
御
(
お
)
待
(
ま
)
ち
遊
(
あそ
)
ばすが
上分別
(
じやうふんべつ
)
と
存
(
ぞん
)
じます。
060
ひるがへつて
国民
(
こくみん
)
の
状態
(
じやうたい
)
を
考
(
かんが
)
へますれば、
061
生活難
(
せいくわつなん
)
に
苦
(
くる
)
しみ
重税
(
ぢゆうぜい
)
に
怨嗟
(
えんさ
)
の
声
(
こゑ
)
は
四方
(
しはう
)
に
満
(
み
)
ち、
062
何時
(
いつ
)
暴動
(
ばうどう
)
が
勃発
(
ぼつぱつ
)
するやも
計
(
はか
)
られませぬ、
063
革命
(
かくめい
)
の
機運
(
きうん
)
は
日
(
ひ
)
に
日
(
ひ
)
に
盛
(
さか
)
んになりつつある
矢先
(
やさき
)
、
064
無理
(
むり
)
な
事
(
こと
)
を
致
(
いた
)
せば
益々
(
ますます
)
天下
(
てんか
)
の
紛乱
(
ふんらん
)
を
増
(
ます
)
やうなもので
厶
(
ござ
)
いませう、
065
幸
(
さいは
)
ひビクトリヤ
王
(
わう
)
には
嗣子
(
しし
)
もなく、
066
又
(
また
)
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
は
腰元
(
こしもと
)
の
成上
(
なりあが
)
りですから、
067
王
(
わう
)
の
没後
(
ぼつご
)
は
貴方
(
あなた
)
の
自由
(
じいう
)
自在
(
じざい
)
で
厶
(
ござ
)
いませう。
068
今
(
いま
)
の
内
(
うち
)
に
充分
(
じゆうぶん
)
なる
画策
(
くわくさく
)
をめぐらし、
069
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
が
貴方
(
あなた
)
を
御
(
ご
)
信任
(
しんにん
)
遊
(
あそ
)
ばすを
幸
(
さいはひ
)
、
070
潜勢力
(
せんせいりよく
)
を
養
(
やしな
)
つておけば、
071
まさかの
時
(
とき
)
になつて、
072
貴方
(
あなた
)
の
願望
(
ぐわんまう
)
は
自
(
おのづか
)
ら
成就
(
じやうじゆ
)
致
(
いた
)
しませう。
073
夫
(
そ
)
れが
上分別
(
じやうふんべつ
)
と
考
(
かんが
)
へます』
074
ベルツ『それもさうだなア、
075
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
らビクトリヤ
王
(
わう
)
は
至
(
いた
)
つて
身体
(
しんたい
)
健全
(
けんぜん
)
なれば、
076
まだ
二十
(
にじふ
)
年
(
ねん
)
位
(
ぐらゐ
)
は
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
だらう。
077
何程
(
なんぼ
)
時節
(
じせつ
)
を
待
(
ま
)
つと
云
(
い
)
つても、
078
此
(
この
)
先
(
さき
)
二十
(
にじふ
)
年
(
ねん
)
も
待
(
ま
)
つ
事
(
こと
)
は
英気
(
えいき
)
に
充
(
み
)
ちた
吾々
(
われわれ
)
、
079
腕
(
うで
)
鳴
(
な
)
り、
080
胸
(
むね
)
轟
(
とどろ
)
いて、
081
こらへ
切
(
き
)
れるものではない。
082
モツと
手早
(
てばや
)
く
埒
(
らち
)
よく
目的
(
もくてき
)
を
達
(
たつ
)
する
方法
(
はうはふ
)
手段
(
しゆだん
)
はあるまいかな』
083
シエール『
知識
(
ちしき
)
の
宝庫
(
はうこ
)
と
綽名
(
あだな
)
をとつた
私
(
わたくし
)
、
084
如何
(
いか
)
なる
妙案
(
めうあん
)
奇策
(
きさく
)
も
持
(
も
)
つて
居
(
を
)
りますが、
085
今日
(
こんにち
)
の
事情
(
じじやう
)
が
即行
(
そくかう
)
を
許
(
ゆる
)
しませぬ。
086
如何
(
いかん
)
となれば、
087
今日
(
こんにち
)
は
国内
(
こくない
)
紛乱
(
ふんらん
)
の
極
(
きよく
)
に
達
(
たつ
)
し、
088
極端
(
きよくたん
)
なるレーストレイントを
加
(
くは
)
へて
漸
(
やうや
)
く、
089
現状
(
げんじやう
)
を
維持
(
ゐぢ
)
してゐる
状態
(
じやうたい
)
で
厶
(
ござ
)
いますれば、
090
あわてずに
時
(
とき
)
を
待
(
ま
)
つが
上分別
(
じやうふんべつ
)
だと
考
(
かんが
)
へます。
091
王
(
わう
)
の
勢力
(
せいりよく
)
日々
(
ひび
)
に
衰
(
おとろ
)
へ、
092
四海
(
しかい
)
をコントロールする
実力
(
じつりよく
)
なき
今日
(
こんにち
)
、
093
何人
(
なんびと
)
の
神算
(
しんさん
)
鬼謀
(
きぼう
)
も
之
(
これ
)
を
鎮定
(
ちんてい
)
することは
容易
(
ようい
)
の
業
(
わざ
)
ではありませぬ。
094
故
(
ゆゑ
)
に
吾々
(
われわれ
)
は
寧
(
むし
)
ろ、
095
今日
(
こんにち
)
の
世態
(
せたい
)
を
利用
(
りよう
)
し、
096
益々
(
ますます
)
手
(
て
)
をまはして
国民
(
こくみん
)
を
煽動
(
せんどう
)
し、
097
ビクトリヤ
王
(
わう
)
をして
手
(
て
)
を
施
(
ほどこ
)
すに
術
(
すべ
)
なからしめ、
098
自発
(
じはつ
)
的
(
てき
)
に
退隠
(
たいいん
)
ささせる
方
(
はう
)
が、
099
最
(
もつと
)
も
賢明
(
けんめい
)
なる
行
(
や
)
り
方
(
かた
)
と
愚考
(
ぐかう
)
致
(
いた
)
します』
100
ベルツ『
成程
(
なるほど
)
、
101
それは
妙案
(
めうあん
)
だ。
102
就
(
つ
)
いては、
103
シエール、
104
お
前
(
まへ
)
に
成案
(
せいあん
)
があるだらうな』
105
シエール『ない
事
(
こと
)
は
厶
(
ござ
)
いませぬが、
106
後
(
あと
)
の
喧嘩
(
けんくわ
)
を
先
(
さき
)
にせいといふ
事
(
こと
)
が
厶
(
ござ
)
いますから、
107
貴方
(
あなた
)
が
刹帝利
(
せつていり
)
にお
成
(
な
)
りになれば、
108
私
(
わたくし
)
をキツと
左守
(
さもり
)
に
任命
(
にんめい
)
して
下
(
くだ
)
さるでせうか。
109
それが
決定
(
けつてい
)
せなくちや、
110
働
(
はたら
)
き
甲斐
(
がひ
)
がありませぬから』
111
ベルツ『ハハハハ
如才
(
じよさい
)
のない
男
(
をとこ
)
だなア、
112
目的
(
もくてき
)
成就
(
じやうじゆ
)
の
上
(
うへ
)
はキツと
重
(
おも
)
く
用
(
もち
)
ゐてやる。
113
それを
楽
(
たの
)
しみに
一
(
ひと
)
つ
骨
(
ほね
)
を
折
(
を
)
つてくれ』
114
シエール『
只
(
ただ
)
重
(
おも
)
く
用
(
もち
)
ゐると
云
(
い
)
はれた
丈
(
だけ
)
では、
115
朦朧
(
もうろう
)
としてをります。
116
キツパリと
左守
(
さもり
)
にすると
云
(
い
)
ふ
言質
(
げんしつ
)
を
預
(
あづ
)
かつておきたいものです』
117
ベルツ『
苟
(
いやしく
)
もビク
一国
(
いつこく
)
の
刹帝利
(
せつていり
)
たる
者
(
もの
)
は、
118
賢臣
(
けんしん
)
を
選
(
えら
)
んで
国政
(
こくせい
)
を
任
(
まか
)
さねばならぬ。
119
何程
(
なにほど
)
シエールが
悧巧
(
りかう
)
だと
云
(
い
)
つても、
120
到底
(
たうてい
)
国政
(
こくせい
)
を
料理
(
れうり
)
する
丈
(
だけ
)
の
技能
(
ぎのう
)
は
未
(
ま
)
だ
備
(
そな
)
はつて
居
(
ゐ
)
ない。
121
そんな
取越
(
とりこ
)
し
苦労
(
くらう
)
を
致
(
いた
)
さずに
主人
(
しゆじん
)
の
命令
(
めいれい
)
だ。
122
実行
(
じつかう
)
に
着手
(
ちやくしゆ
)
したら
如何
(
どう
)
だ』
123
シエール『ハツハハハハ、
124
御
(
ご
)
主人
(
しゆじん
)
様
(
さま
)
、
125
貴方
(
あなた
)
も
随分
(
ずいぶん
)
ズルイお
方
(
かた
)
ですな。
126
狩猟
(
しゆれふ
)
つきて
猟狗
(
れふく
)
煮
(
に
)
らるる
様
(
やう
)
な
不利益
(
ふりえき
)
な
事
(
こと
)
は、
127
賢明
(
けんめい
)
なる
私
(
わたくし
)
には
到底
(
たうてい
)
出来
(
でき
)
ませぬ。
128
要
(
えう
)
するに
貴方
(
あなた
)
は
私
(
わたくし
)
に
対
(
たい
)
し、
129
左守
(
さもり
)
の
資格
(
しかく
)
がないと
仰有
(
おつしや
)
るのですな。
130
宜
(
よろ
)
し、
131
左様
(
さやう
)
の
事
(
こと
)
ならば、
132
かやうな
反逆
(
はんぎやく
)
を
企
(
くはだ
)
てて
危
(
あぶな
)
い
芸当
(
げいたう
)
をするよりも、
133
貴方
(
あなた
)
の
陰謀
(
いんぼう
)
を
王
(
わう
)
の
前
(
まへ
)
に
素破抜
(
すつぱぬ
)
きませうか、
134
如何
(
いかが
)
で
厶
(
ござ
)
る』
135
とソロソロ
爪
(
つめ
)
を
隠
(
かく
)
してゐた
猫
(
ねこ
)
が、
136
カギ
爪
(
つめ
)
の
先
(
さき
)
をみせかけた。
137
ベルツは
驚
(
おどろ
)
いて、
138
ベルツ『あ、
139
ウム、
140
さう
怒
(
おこ
)
つちや
話
(
はなし
)
が
出来
(
でき
)
ない。
141
実
(
じつ
)
の
所
(
ところ
)
はお
前
(
まへ
)
を
左守
(
さもり
)
に
任
(
にん
)
じてやる
事
(
こと
)
はチヤンと
心
(
こころ
)
の
中
(
なか
)
に
決定
(
けつてい
)
してゐたのだ。
142
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら、
143
お
前
(
まへ
)
の
熱心
(
ねつしん
)
を
調
(
しら
)
べる
為
(
ため
)
に
一寸
(
ちよつと
)
揶揄
(
からか
)
つてみたのだよ。
144
ハハハハ』
145
シエール『
御
(
ご
)
主人
(
しゆじん
)
様
(
さま
)
、
146
揶揄
(
からか
)
ひ
所
(
どころ
)
だありますまい、
147
千騎
(
せんき
)
一騎
(
いつき
)
の
正念場
(
しやうねんば
)
ですよ』
148
ベルツ『
英雄
(
えいいう
)
閑日月
(
かんじつげつ
)
あり、
149
仮令
(
たとへ
)
陣中
(
ぢんちう
)
に
於
(
おい
)
ても
歌
(
うた
)
をよみ、
150
尺八
(
しやくはち
)
を
吹
(
ふ
)
き、
151
悠々
(
いういう
)
閑々
(
かんかん
)
として、
152
おめず
臆
(
おく
)
せず、
153
騒
(
さわ
)
がず
焦
(
あせ
)
らず、
154
談笑
(
だんせう
)
の
間
(
うち
)
に
一切
(
いつさい
)
万事
(
ばんじ
)
を
解決
(
かいけつ
)
すると
云
(
い
)
ふ
英雄
(
えいいう
)
的
(
てき
)
襟懐
(
きんくわい
)
だ。
155
何
(
なん
)
と
智勇
(
ちゆう
)
兼備
(
けんび
)
の
勇将
(
ゆうしやう
)
の
心事
(
しんじ
)
は
違
(
ちが
)
つたものだらう。
156
オツホホホホ』
157
シエールは
悪人
(
あくにん
)
の
癖
(
くせ
)
に、
158
比較
(
ひかく
)
的
(
てき
)
に
馬鹿
(
ばか
)
正直
(
しやうぢき
)
な
奴
(
やつ
)
である。
159
ベルツの
舌
(
した
)
にうまく
舐
(
なめ
)
られて、
160
身知
(
みし
)
らず
的
(
てき
)
に
途方
(
とはう
)
途徹
(
とてつ
)
もない
悪事
(
あくじ
)
を
遂行
(
すゐかう
)
せむと
腕
(
うで
)
をうならして、
161
雄健
(
をたけ
)
びしてゐる。
162
シエール『
成程
(
なるほど
)
、
163
一切
(
いつさい
)
万事
(
ばんじ
)
諒解
(
りやうかい
)
致
(
いた
)
しました。
164
かかる
名君
(
めいくん
)
とは
知
(
し
)
らず、
165
無礼
(
ぶれい
)
の
申条
(
まをしでう
)
、
166
何卒
(
なにとぞ
)
御
(
ご
)
容赦
(
ようしや
)
を
願
(
ねが
)
ひます』
167
ベルツ『
義
(
ぎ
)
に
於
(
おい
)
ては
主従
(
しゆじう
)
なれ
共
(
ども
)
、
168
情
(
じやう
)
に
於
(
おい
)
ては
親
(
おや
)
と
子
(
こ
)
の
関係
(
くわんけい
)
だ。
169
言
(
い
)
はば
拙者
(
せつしや
)
は
親
(
おや
)
、
170
其
(
その
)
方
(
はう
)
は
子
(
こ
)
である。
171
親
(
おや
)
が
子
(
こ
)
を
愛
(
あい
)
するのは
天然
(
てんねん
)
自然
(
しぜん
)
の
道理
(
だうり
)
だ。
172
そして
其
(
その
)
子
(
こ
)
の
心胆
(
しんたん
)
を
練
(
ね
)
り、
173
知識
(
ちしき
)
を
啓発
(
けいはつ
)
し、
174
有為
(
いうゐ
)
の
人材
(
じんざい
)
となさしめむとして、
175
苦言
(
くげん
)
を
吐
(
は
)
き、
176
鞭撻
(
べんたつ
)
を
加
(
くは
)
ふるは、
177
ワイズベアレント・フツドとも
云
(
い
)
ふべきものだ。
178
今後
(
こんご
)
は
何事
(
なにごと
)
に
係
(
かか
)
はらず、
179
暫
(
しばら
)
く
吾
(
わが
)
意思
(
いし
)
のままに、
180
舎身
(
しやしん
)
的
(
てき
)
活動
(
くわつどう
)
をやつて
貰
(
もら
)
ひたいものだなア』
181
シエール『ヘヘヘヘ
持
(
も
)
つ
可
(
べ
)
きものは
家来
(
けらい
)
なりけり……
否
(
いな
)
主人
(
しゆじん
)
なりけりだ。
182
然
(
しか
)
らば
之
(
これ
)
より
君
(
きみ
)
の
命
(
めい
)
に
仍
(
よ
)
つて、
183
千変
(
せんぺん
)
万化
(
ばんくわ
)
の
秘術
(
ひじゆつ
)
を
尽
(
つく
)
し、
184
君
(
きみ
)
をしてビク
一国
(
いつこく
)
の
刹帝利
(
せつていり
)
たらしむべく
活動
(
くわつどう
)
仕
(
つかまつ
)
らむ。
185
吾
(
わが
)
成功
(
せいこう
)
を
指折
(
ゆびを
)
り
数
(
かぞ
)
へ、
186
お
待
(
ま
)
ち
下
(
くだ
)
され』
187
ベルツ『ああ
勇
(
いさ
)
ましし
勇
(
いさ
)
ましし、
188
汝
(
なんぢ
)
が
雄健
(
をたけ
)
び、
189
前途
(
ぜんと
)
有望
(
いうばう
)
、
190
目的
(
もくてき
)
の
彼岸
(
ひがん
)
に
達
(
たつ
)
するは
間
(
ま
)
もあるまい、
191
ても
扨
(
さ
)
ても
心地
(
ここち
)
よやなア』
192
と
之
(
こ
)
れ
又
(
また
)
両手
(
りやうて
)
を
伸
(
の
)
ばし、
193
拳
(
こぶし
)
を
握
(
にぎ
)
り、
194
左右
(
さいう
)
の
膝
(
ひざ
)
を
交々
(
こもごも
)
起伏
(
きふく
)
させ
乍
(
なが
)
ら、
195
床
(
ゆか
)
もおちよとばかり
雄健
(
をたけ
)
びしてゐる。
196
余
(
あま
)
りの
高
(
たか
)
い
声
(
こゑ
)
が
聞
(
きこ
)
えるので、
197
ベルツの
妹
(
いもうと
)
カルナ
姫
(
ひめ
)
は
次
(
つぎ
)
の
間
(
ま
)
に
走
(
は
)
せ
来
(
きた
)
り、
198
両人
(
りやうにん
)
の
談話
(
だんわ
)
をスツカリ
立聞
(
たちぎき
)
し、
199
顔
(
かほ
)
を
顰
(
しか
)
め
乍
(
なが
)
ら、
200
さあらぬ
態
(
てい
)
にて、
201
カルナ
姫
(
ひめ
)
『お
兄
(
に
)
い
様
(
さま
)
、
202
御免
(
ごめん
)
なさいませ』
203
と
這入
(
はい
)
つて
来
(
き
)
た。
204
シエールは
両手
(
りやうて
)
を
仕
(
つか
)
へ、
205
さも
恭
(
うやうや
)
しく、
206
シエール『これはこれは、
207
カルナ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
、
208
御
(
ご
)
壮健
(
さうけん
)
なお
顔
(
かほ
)
を
拝
(
はい
)
し、
209
シエール
家令
(
かれい
)
身
(
み
)
に
取
(
と
)
り、
210
恐悦
(
きやうえつ
)
至極
(
しごく
)
に
存
(
ぞん
)
じます』
211
カルナ
姫
(
ひめ
)
『お
前
(
まへ
)
はシエールだないか、
212
最前
(
さいぜん
)
からお
兄
(
にい
)
様
(
さま
)
と
面白
(
おもしろ
)
さうに
話
(
はなし
)
をしてゐましたね、
213
襖
(
ふすま
)
に
隔
(
へだ
)
てられ、
214
ハツキリ
何事
(
なにごと
)
か
分
(
わか
)
りませなんだが、
215
容易
(
ようい
)
ならざる
事
(
こと
)
のやうに
思
(
おも
)
はれます。
216
どうぞ
聞
(
き
)
かして
下
(
くだ
)
さいませ』
217
シエール『ヘ、
218
イヤ
何
(
なん
)
でも
厶
(
ござ
)
いませぬ、
219
御
(
ご
)
主人
(
しゆじん
)
様
(
さま
)
とお
酒
(
さけ
)
に
酔
(
よ
)
ひまして、
220
つい
昔
(
むかし
)
の
英雄
(
えいゆう
)
物語
(
ものがたり
)
を
致
(
いた
)
して
居
(
を
)
りました。
221
ヘヘヘヘ、
222
随分
(
ずいぶん
)
面白
(
おもしろ
)
い
話
(
はなし
)
で
厶
(
ござ
)
いましたよ』
223
カルナ
姫
(
ひめ
)
『
昔
(
むかし
)
の
物語
(
ものがたり
)
にもビクトリヤ
王
(
わう
)
様
(
さま
)
やヒルナ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
、
224
キユービツトの
左守
(
さもり
)
などいふ
方
(
かた
)
がおありなさつたので
厶
(
ござ
)
いますか』
225
と
優
(
やさ
)
しい
目
(
め
)
を
光
(
ひか
)
らせ、
226
少
(
すこ
)
しく
語気
(
ごき
)
を
強
(
つよ
)
めて、
227
睨
(
ねめ
)
つけるやうに
言
(
い
)
つた。
228
右守
(
うもり
)
のベルツは……
此
(
この
)
陰謀
(
いんぼう
)
を
妹
(
いもうと
)
に
聞
(
き
)
かれちや
大変
(
たいへん
)
だ。
229
妹
(
いもうと
)
の
奴
(
やつ
)
、
230
左守
(
さもりの
)
神
(
かみ
)
の
伜
(
せがれ
)
ハルナに
秋波
(
しうは
)
をよせてゐよるのだから、
231
もしや
内通
(
ないつう
)
でも
致
(
いた
)
しはしようまいか、
232
恋愛
(
れんあい
)
に
熱
(
ねつ
)
した
時
(
とき
)
は、
233
親
(
おや
)
兄弟
(
きやうだい
)
までも
脱線
(
だつせん
)
して
忘
(
わす
)
れるものだ、
234
ハテ
困
(
こま
)
つたことだ……とハートに
波
(
なみ
)
を
打
(
う
)
たせたが、
235
ワザと
素知
(
そし
)
らぬ
面
(
かほ
)
で、
236
ベルツ『ハハハハハ、
237
面白
(
おもしろ
)
い
様
(
やう
)
な……
殺伐
(
さつばつ
)
な
昔物語
(
むかしものがたり
)
、
238
女
(
をんな
)
の
聞
(
き
)
くべきものではない、
239
お
前
(
まへ
)
は
早
(
はや
)
く
奥
(
おく
)
へ
行
(
い
)
つて、
240
お
前
(
まへ
)
の
好
(
す
)
きなラムールでも
繙
(
ひもと
)
く
方
(
はう
)
が
可
(
い
)
いワ』
241
カルナ
姫
(
ひめ
)
『
何
(
なん
)
だか、
242
貴方
(
あなた
)
方
(
がた
)
のお
話
(
はなし
)
を
聞
(
き
)
くと、
243
胸騒
(
むなさわ
)
ぎが
致
(
いた
)
しまして、
244
ヒストリア・アモリスなどを
耽読
(
たんどく
)
する
気
(
き
)
にもなれませぬ。
245
実
(
じつ
)
に
殺風景
(
さつぷうけい
)
な
貴方
(
あなた
)
の
御
(
ご
)
計画
(
けいくわく
)
、
246
額
(
ひたひ
)
に
凶徴
(
きやうちよう
)
が
遺憾
(
ゐかん
)
なく
現
(
あら
)
はれて
居
(
を
)
りますぞや』
247
ベルツ『
男
(
をとこ
)
の
居間
(
ゐま
)
へ
女
(
をんな
)
が
来
(
く
)
るものではない、
248
支那
(
しな
)
の
聖人
(
せいじん
)
がいつただらう。
249
男女
(
だんぢよ
)
七
(
しち
)
才
(
さい
)
にして
席
(
せき
)
を
同
(
おな
)
じうせずと
云
(
い
)
ふだないか。
250
サ、
251
早
(
はや
)
く
彼方
(
あちら
)
へ
行
(
ゆ
)
かつしやれ』
252
カルナ
姫
(
ひめ
)
『
何
(
なん
)
とマア、
253
お
口
(
くち
)
は
重宝
(
ちようはう
)
なものですなア。
254
最前
(
さいぜん
)
からの
事情
(
じじやう
)
は、
255
実
(
じつ
)
の
所
(
ところ
)
はスツカリ
聞
(
き
)
きました。
256
何程
(
なにほど
)
お
隠
(
かく
)
しになつても、
257
最早
(
もはや
)
駄目
(
だめ
)
で
厶
(
ござ
)
いますよ』
258
ベルツ『チヨツ、
259
困
(
こま
)
つた
妹
(
いもうと
)
だなア、
260
オイ、
261
カルナ、
262
お
前
(
まへ
)
は
兄
(
あに
)
を
助
(
たす
)
ける
気
(
き
)
はないか』
263
カルナ
姫
(
ひめ
)
『ハイ、
264
貴方
(
あなた
)
の
出様
(
でやう
)
によつて、
265
お
助
(
たす
)
けせない
事
(
こと
)
も
厶
(
ござ
)
いませぬ。
266
貴方
(
あなた
)
は
左守司
(
さもりのかみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
子息
(
しそく
)
ハルナさまと
結婚
(
けつこん
)
さしてくれますか』
267
ベルツ『ウーム、
268
さうだなア、
269
又
(
また
)
、
270
考
(
かんが
)
へておかう』
271
カルナ
姫
(
ひめ
)
『
貴方
(
あなた
)
が
目
(
め
)
の
上
(
うへ
)
の
瘤
(
こぶ
)
、
272
目的
(
もくてき
)
の
邪魔者
(
じやまもの
)
と
附
(
つ
)
け
狙
(
ねら
)
ふ
左守
(
さもり
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
子息
(
しそく
)
、
273
ハルナさまへ
妹
(
いもうと
)
をやるのはさぞ
御
(
ご
)
迷惑
(
めいわく
)
でせう。
274
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら、
275
恋愛
(
れんあい
)
問題
(
もんだい
)
と
貴方
(
あなた
)
の
問題
(
もんだい
)
とは
別物
(
べつもの
)
ですから、
276
御
(
ご
)
心配
(
しんぱい
)
なく
許
(
ゆる
)
して
下
(
くだ
)
さいませ。
277
私
(
わたし
)
とハルナさまとの
仲
(
なか
)
には
決
(
けつ
)
して
忌
(
いま
)
はしい
関係
(
くわんけい
)
は
結
(
むす
)
んで
居
(
を
)
りませぬ。
278
相思
(
さうし
)
の
間柄
(
あひだがら
)
で、
279
極
(
きは
)
めてチヤステイテイーな
恋愛
(
れんあい
)
で
厶
(
ござ
)
います。
280
何時
(
いつ
)
迄
(
まで
)
も
年頃
(
としごろ
)
の
娘
(
むすめ
)
を、
281
セリバシーにしておくのは、
282
兄
(
あに
)
としての
役
(
やく
)
が
済
(
す
)
みますまい。
283
ホホホホ』
284
ベルツ『ヤア、
285
今時
(
いまどき
)
の
女性
(
ぢよせい
)
の
厚顔
(
こうがん
)
無恥
(
むち
)
には
実
(
じつ
)
に
呆
(
あき
)
れ
返
(
かへ
)
らざるを
得
(
え
)
ないワ』
286
カルナ
姫
(
ひめ
)
『
貴方
(
あなた
)
が
政治欲
(
せいぢよく
)
に
耽
(
ふけ
)
り、
287
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
に
秋波
(
しうは
)
を
送
(
おく
)
つて
厶
(
ござ
)
るやうなものですよ。
288
併
(
しか
)
し
貴方
(
あなた
)
のは
決
(
けつ
)
して
正当
(
せいたう
)
と
認
(
みと
)
める
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ませぬ……が、
289
私
(
わたくし
)
の
請求
(
せいきう
)
するコンジユギアール・ラブは
正当
(
せいたう
)
の
婦人
(
ふじん
)
としての
権利
(
けんり
)
ですから、
290
此
(
この
)
プロブレムに
就
(
つ
)
いては、
291
貴方
(
あなた
)
も
無暗
(
むやみ
)
に
拒
(
こば
)
む
訳
(
わけ
)
には
参
(
まゐ
)
りますまい。
292
なア、
293
シエール、
294
さうぢやないか』
295
と
言葉
(
ことば
)
を
家令
(
かれい
)
の
方
(
はう
)
に
移
(
うつ
)
した。
296
シエール『
成程
(
なるほど
)
、
297
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
のお
言葉
(
ことば
)
は
少
(
すこ
)
しも
矛盾
(
むじゆん
)
はありませぬ。
298
イヤ、
299
私
(
わたくし
)
も
大
(
おほい
)
に
共鳴
(
きようめい
)
致
(
いた
)
します。
300
就
(
つ
)
いては
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
に
考
(
かんが
)
へて
頂
(
いただ
)
かねばならぬ
事
(
こと
)
がある。
301
貴方
(
あなた
)
はハルナさまを
熱愛
(
ねつあい
)
してゐられる
如
(
ごと
)
く、
302
左守
(
さもりの
)
神
(
かみ
)
もヤツパリ
愛
(
あい
)
して
居
(
を
)
りますか』
303
カルナ
姫
(
ひめ
)
『
恋
(
こひ
)
しき
夫
(
をつと
)
の
父君
(
ちちぎみ
)
で
厶
(
ござ
)
いますもの、
304
愛
(
あい
)
するといふよりも
寧
(
むし
)
ろ
尊敬
(
そんけい
)
を
払
(
はら
)
つて
居
(
を
)
りまする』
305
シエール『お
兄
(
にい
)
様
(
さま
)
を
尊敬
(
そんけい
)
なさる
程度
(
ていど
)
に
比
(
くら
)
ぶれば
余程
(
よほど
)
の
径庭
(
けいてい
)
があるでせうなア』
306
カルナ
姫
(
ひめ
)
『そらさうです
共
(
とも
)
、
307
兄妹
(
きやうだい
)
は
他人
(
たにん
)
の
始
(
はじ
)
まりといふだありませぬか、
308
ハルナさまと
夫婦
(
ふうふ
)
になり、
309
子
(
こ
)
が
出来
(
でき
)
ようものなら、
310
それこそ
親密
(
しんみつ
)
な
親子
(
おやこ
)
の
関係
(
くわんけい
)
が
実際
(
じつさい
)
的
(
てき
)
に
結
(
むす
)
ばれるのですから、
311
左守
(
さもりの
)
神
(
かみ
)
さまを
兄
(
あに
)
に
勝
(
まさ
)
つて
尊敬
(
そんけい
)
するのは
当然
(
たうぜん
)
ですワ』
312
シエール『イヤ、
313
此奴
(
こいつ
)
ア
怪
(
け
)
しからぬ、
314
モシ、
315
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
、
316
元
(
もと
)
を
考
(
かんが
)
へて
御覧
(
ごらん
)
なさい。
317
御
(
お
)
兄
(
に
)
い
様
(
さま
)
は
本当
(
ほんたう
)
の
同胞
(
どうはう
)
だありませぬか、
318
ハルナさまはアカの
他人
(
たにん
)
ですよ。
319
只
(
ただ
)
結婚
(
けつこん
)
と
云
(
い
)
ふ
形式
(
けいしき
)
に
仍
(
よ
)
つて、
320
夫婦
(
ふうふ
)
となり
親子
(
おやこ
)
と
名
(
な
)
がついたものでせう。
321
そこをよくお
考
(
かんが
)
へにならなくちや、
322
肝心
(
かんじん
)
のお
兄
(
に
)
いさまに
対
(
たい
)
し、
323
血
(
ち
)
で
血
(
ち
)
を
洗
(
あら
)
ふやうな、
324
惨事
(
さんじ
)
が
突発
(
とつぱつ
)
するかも
知
(
し
)
れませぬ。
325
能
(
よ
)
く
胸
(
むね
)
に
手
(
て
)
を
当
(
あ
)
てて
考
(
かんが
)
へて
戴
(
いただ
)
きたいものですな』
326
カルナ
姫
(
ひめ
)
『ハイ、
327
何
(
いづ
)
れ
熟考
(
じゆくかう
)
の
上
(
うへ
)
御
(
ご
)
返事
(
へんじ
)
を
致
(
いた
)
しませう』
328
ベルツ『
切
(
き
)
つても
切
(
き
)
れぬ、
329
同
(
おな
)
じ
母体
(
ぼたい
)
から
生
(
うま
)
れた
兄妹
(
きやうだい
)
といふ
事
(
こと
)
を
忘
(
わす
)
れないやうにしてくれよ。
330
ああ
困
(
こま
)
つた
妹
(
いもうと
)
だなア。
331
之
(
これ
)
だから
女
(
をんな
)
に
高等
(
かうとう
)
教育
(
けういく
)
を
施
(
ほどこ
)
すと
困
(
こま
)
るのだ。
332
俺
(
おれ
)
の
両親
(
りやうしん
)
は
新
(
あたら
)
しがりやだつたから、
333
たうとうこんなアバズレ
女
(
をんな
)
にして
了
(
しま
)
つたのだ』
334
カルナ
姫
(
ひめ
)
『ホホホホ、
335
私
(
わたし
)
ばかりか、
336
お
兄
(
に
)
い
様
(
さま
)
迄
(
まで
)
、
337
こんな
悪党
(
あくたう
)
に、
338
高等
(
かうとう
)
教育
(
けういく
)
を
施
(
ほどこ
)
して
作
(
つく
)
り
上
(
あ
)
げて
了
(
しま
)
つたのですよ』
339
ベルツ『チヨツ、
340
コレ、
341
カルナ、
342
能
(
よ
)
く
思案
(
しあん
)
をして、
343
利害
(
りがい
)
得失
(
とくしつ
)
を
考
(
かんが
)
へたがよいぞや。
344
キツト
兄妹
(
きやうだい
)
の
為
(
ため
)
にならないやうな
事
(
こと
)
をしてはなりませぬぞ』
345
カルナ
姫
(
ひめ
)
『ハイ
承知
(
しようち
)
しました。
346
何卒
(
どうぞ
)
兄妹
(
きやうだい
)
のために
兄妹
(
きやうだい
)
の
恋愛
(
れんあい
)
を
妨害
(
ばうがい
)
するやうな
事
(
こと
)
は
考
(
かんが
)
へて
貰
(
もら
)
つちやなりませぬぞや、
347
ホホホホ、
348
左様
(
さやう
)
ならばお
二人
(
ふたり
)
さま、
349
十分
(
じふぶん
)
に
御
(
お
)
思案
(
しあん
)
をなさいませ。
350
そして
良心
(
りやうしん
)
に
恥
(
はぢ
)
るやうな
事
(
こと
)
は
一刻
(
いつこく
)
も
早
(
はや
)
く
改
(
あらた
)
めて
頂
(
いただ
)
きたいものです。
351
ハイエナ・イン・ベデコーツ
的
(
てき
)
な
行動
(
かうどう
)
をやつて、
352
呑臍
(
どんぜい
)
の
悔
(
くい
)
を
残
(
のこ
)
さないやう、
353
それのみ
何卒
(
どうぞ
)
も
一度
(
いちど
)
御
(
ご
)
熟考
(
じゆくかう
)
を
願
(
ねが
)
ひます』
354
と
二人
(
ふたり
)
を
諫
(
いさ
)
め
悠々
(
いういう
)
として、
355
吾
(
わが
)
居間
(
ゐま
)
に
帰
(
かへ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
356
後
(
あと
)
に
二人
(
ふたり
)
は
呆然
(
ばうぜん
)
として
吐息
(
といき
)
をもらし、
357
暫
(
しば
)
し
無言
(
むごん
)
の
幕
(
まく
)
を
開
(
ひら
)
いてゐる。
358
(
大正一二・二・一二
旧一一・一二・二七
於竜宮館
松村真澄
録)
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