霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二二章 天祐(てんいう)〔一三八五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻 篇:第4篇 神愛遍満 よみ(新仮名遣い):しんあいへんまん
章:第22章 天祐 よみ(新仮名遣い):てんゆう 通し章番号:1385
口述日:1923(大正12)年02月14日(旧12月29日) 口述場所:竜宮館 筆録者:北村降光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月8日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
譜代の部下一千、徴発した農民二千からなるベルツ軍三千はビクトリヤ城を取り囲んで攻城戦が始まった。
総指揮官のハルナは城内を駆け巡って指揮をしながら固く守り、対陣はほぼ一か月に及んだ。ベルツの陣営は長引く戦に規律は乱れ、逃げ去る者も出てきてほぼ一千五百ほどに減じた。
一方鬼春別と久米彦の軍ははるかにビクトリヤの都を離れた。両将軍は猪倉山の岩窟に立て籠もって一王国を建設しようと謀っていた。猪倉山に峰続きの難所・シメジ峠まで来て将軍たちは安心し、登山の用意をして下馬すると、酒を飲んで酩酊した。
ハルナ姫とカルナ姫は、行き先が猪倉山と聞いて、実際は両将軍が治国別を恐れて遁走したのではないかと非難した。そして、どうしても自分たちは足が痛いので、騎馬でなくてはこの先一歩も進めないと駄々をこねた。
両将軍は仕方なく、山道を行けるところまで轡を取って先導しようと、二人を馬に乗せた。とたんに二人は馬首を反対に向けて鞭を当て、一目散に逃げだした。両将軍は、二人を捕えるように下知したが、バラモン軍は猪倉山に登山するためにみな下馬して乗馬用の靴を脱いでしまっていた。
バラモン軍がぐずぐすしているうちに、三五教の杢助に扮した摩利支天が、幾百ともしれない獅子を引き連れて、軍隊の中を縦横無尽に駆け回った。バラモン軍卒たちは逃げ回り、腰を抜かし、馬たちは獅子の声に驚いて逃げ散ってしまった。
摩利支天はバラモン軍を威喝すると、獅子たちを引き連れ、ハルナ姫とカルナ姫の後を追って行ってしまった。
さて、ベルツとシエールは軍規の乱れや脱退に業を煮やし、一戦して士気を鼓舞しようと覚悟を決め、獅子奮迅の勢いで大門と裏門を攻め立てた。さしもの堅固な城門もついに打ち破り、ベルツ軍は城内に乱れ入った。
ハルナは八百の手兵を指揮して防戦したが、ベルツ軍優勢を聞いて逃げていた兵士たちも戻ってきておいおいその数を増していった。そのためハルナは捕虜となり、刹帝利をはじめ重臣たちの身辺も危うくなってきた。
すると表門に宣伝歌の声が聞こえてきた。これは、治国別が松彦、竜公、万公ら部下を率いて救援にやってきたのであった。宣伝使たちの言霊を聞くとベルツはにわかにふるえだし、駒にまたがって裏門から逃げ出してしまった。
シエールは庭石につまづいて倒れ、悲鳴を上げて助けを求めた。ベルツ軍は怖気づいてシエールを助けもせず土足のまま踏み越え、先を争って大将のベルツを追って逃げ出した。
西へ逃げて行くベルツ軍の正面から、ヒルナ姫、カルナ姫の駒が戻ってやってくる。続いて摩利支天の率いる数百の獅子がその後ろからやってきて、百雷のごとく唸り声を上げた。
ベルツは驚いて馬上から転落し、路傍にのびてしまった。その他の軍卒も身体すくんで大地にかぶりつき震えおののいている。
ヒルナ姫はベルツを目ざとく見つけると馬の背中にくくりつけ、自分は敵が乗り捨てた馬に飛び乗り、カルナ姫と共にビクトリヤ王城を目指して駆けて行く。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-03-25 17:24:46 文字数:4662 OBC :rm5322
愛善世界社版:269頁 八幡書店版:第9輯 603頁 修補版: 校定版:277頁 普及版:133頁 初版: ページ備考:
001 ハルナは刹帝利(せつていり)より全軍(ぜんぐん)の総(そう)指揮権(しきけん)を委任(ゐにん)され八百(はつぴやく)の兵士(へいし)を城内(じやうない)に集(あつ)め各門戸(かくもんこ)を固(かた)く守(まも)らしめ武備(ぶび)を十分(じふぶん)に整(ととの)へて敵(てき)の襲来(しふらい)を待(ま)つてゐた。002ベルツ総指揮(そうしき)のもとに、003シエール一隊(いつたい)を指揮(しき)し元帥旗(げんすゐき)を初夏(しよか)の風(かぜ)に靡(なび)かせ乍(なが)ら、004鬨(とき)を作(つく)つて城(しろ)の東西(とうざい)南北(なんぼく)より驀地(まつしぐら)に攻(せ)め来(きた)る。005然(しか)し乍(なが)ら今度(こんど)はバラモン軍(ぐん)の如(ごと)く民家(みんか)に火(ひ)を放(はな)つ様(やう)な事(こと)はない。006一千(いつせん)の騎士(きし)を初(はじ)め俄(にはか)づくりの二千(にせん)の農兵(のうへい)は各自(てんで)に柄物(えもの)を携(たづさ)へ、007悪魔(あくま)の牙城(がじやう)を亡(ほろ)ぼし国民(こくみん)の塗炭(とたん)の苦(く)を救(すく)ふは今(いま)や此(この)時(とき)とベルツの侫言(ねいげん)に謬(あやま)られ、008農業(のうげふ)をそつち除(の)けにして迫(せま)り来(きた)る其(その)勢(いきほひ)、009破竹(はちく)の如(ごと)くであつた。010ベルツは先(ま)づ騎馬(きば)にて表門(おもてもん)に向(むか)ひ大音声(だいおんじやう)に呼(よ)ばはつて云(い)ふ、
011ベルツ『民軍(みんぐん)の総大将(そうだいしやう)ベルツ将軍(しやうぐん)、012五万(ごまん)の兵(へい)を率(ひき)ゐて進(すす)み来(きた)れり。013如何(いか)に刹帝利(せつていり)の権威(けんゐ)を以(もつ)てするも、014よもやこれには敵(てき)すまじ。015速(すみやか)に門(もん)を開(ひら)いて降服(かうふく)するか、016さもなくば此(この)城(しろ)は四方(しはう)八方(はつぱう)より味方(みかた)の軍勢(ぐんぜい)をもつて十重(とへ)二十重(はたへ)に囲(かこ)みあれば、017瞬(またた)く間(うち)に粉砕(ふんさい)するは必定(ひつぢやう)也(なり)。018返答(へんたふ)承(うけたま)はらん』
019と呼(よば)はつた。020然(しか)し城内(じやうない)の衛兵(ゑいへい)は森(しん)として一人(ひとり)の答(こた)ふるものもなく、021寄(よ)らば斬(き)らむと手具脛(てぐすね)引(ひ)いて息(いき)を凝(こ)らして待(ま)つてゐる。022流石(さすが)のベルツも城門(じやうもん)固(かた)く容易(ようい)に進(すす)み入(い)れず、023又(また)あまりの敵(てき)の静(しづ)けさに如何(いか)なる計略(けいりやく)のあるやも図(はか)り知(し)られずと稍(やや)躊躇(ちうちよ)の色(いろ)を現(あら)はし、024兎(と)も角(かく)城(しろ)の周囲(しうゐ)を囲(かこ)み持久戦(ぢきうせん)をなさば忽(たちま)ち城内(じやうない)は兵糧(ひやうらう)つき白旗(はくき)を掲(かか)げて降服(かうふく)せむ。025然(しか)らば味方(みかた)の一兵卒(いつぺいそつ)も損(そん)せずして大勝利(だいしようり)を得(う)べしと、026虫(むし)のよい考(かんが)へを起(おこ)し、027時々(ときどき)『ワーイ ワーイ』と喊声(かんせい)を作(つく)つて城内(じやうない)の守兵(しゆへい)を威喝(ゐかつ)させ乍(なが)ら、028持久戦(ぢきうせん)をとる事(こと)となつた。029又(また)裏門(うらもん)より向(むか)ひしシエールは俄将軍(にはかしやうぐん)となつた嬉(うれ)しさ、030吾(わが)力(ちから)を現(あら)はすは今(いま)此(この)時(とき)と云(い)はぬばかりに裏門(うらもん)を打叩(うちたた)き進(すす)み入(い)らむとする時(とき)しも、031雨(あめ)の如(ごと)く降(ふ)り来(きた)る矢(や)に辟易(へきえき)して遠(とほ)く遁(のが)れ一丁(いつちやう)ばかりの間隙(かんげき)を隔(へだ)てて遠巻(とほまき)に巻(ま)いて居(ゐ)た。032夜(よ)は篝火(かがりび)の光(ひかり)、033晃々(くわうくわう)と燃(も)え上(あが)り城内(じやうない)より見(み)れば得(え)も云(い)はれぬ美観(びくわん)であつた。034総(そう)指揮官(しきくわん)のハルナは城内(じやうない)を彼方(あちら)此方(こちら)と駆(か)け巡(めぐ)り指揮(しき)をなしつつ何(いづ)れも櫓大鼓(やぐらだいこ)の鳴(な)る迄(まで)は戦(たたか)ふべからずと厳命(げんめい)し、035八百(はつぴやく)の猛卒(まつそつ)は息(いき)をこらして治(をさ)まりきつてゐた。036四方(しはう)を囲(かこ)みし三千(さんぜん)の敵軍(てきぐん)は一丁(いつちやう)許(ばか)り間隔(かんかく)を保(たも)ち、037押(お)し寄(よ)せようともせず対陣(たいぢん)殆(ほとん)ど一(いつ)ケ月(げつ)に及(およ)んだ。038朝(あさ)から晩(ばん)まで用(よう)もなきに城(しろ)を眺(なが)めて命令(めいれい)の下(くだ)るを待(ま)つてゐる位(くらゐ)、039苦(くる)しいものはない。040中(なか)にはそろそろ喧嘩(けんくわ)でも初(はじ)めて無聊(ぶれう)を慰(なぐさ)めむと角力(すまう)をとる奴(やつ)、041酒(さけ)に酔(よ)うて鉄拳(てつけん)を揮(ふる)ふ奴(やつ)、042陣中(ぢんちう)は漸(やうや)く規律(きりつ)乱(みだ)れて、043中(なか)にはソツと夜陰(やいん)に乗(じやう)じ暗(やみ)に紛(まぎ)れて逃(に)げ行(ゆ)くものさへ出来(でき)て来(き)た。044前(まへ)に寄(よ)せた三千(さんぜん)の兵(へい)は滞陣(たいぢん)一(いつ)ケ月(げつ)の間(うち)に其(その)大半(たいはん)を減(げん)じ、045今(いま)や約(やく)一千(いつせん)五百(ごひやく)の手兵(しゆへい)となつた。046城内(じやうない)にては刹帝利(せつていり)、047左守(さもり)、048右守司(うもりのかみ)、049タルマン等(ら)は高殿(たかどの)に登(のぼ)り敵(てき)の陣形(ぢんけい)を見下(みおろ)し或(あるひ)は神(かみ)を念(ねん)じ或(あるひ)は酒(さけ)酌(く)み交(かわ)し援兵(ゑんぺい)の来(きた)るを待(ま)つてゐる。050話(はなし)変(かは)つて鬼春別(おにはるわけ)、051久米彦(くめひこ)両将軍(りやうしやうぐん)に引(ひ)きずられ馬(うま)に跨(またが)り遠(とほ)くビクトリヤの都(みやこ)を立去(たちさ)つたるヒルナ姫(ひめ)、052カルナ姫(ひめ)は将軍(しやうぐん)と共(とも)にシメジ峠(たうげ)の麓(ふもと)に着(つ)いた。053此(この)間(あひだ)の距離(きより)殆(ほとん)ど五十(ごじふ)里(り)に及(およ)んでゐる。054此(この)シメジ峠(たうげ)は猪倉山(ゐのくらやま)の峰続(みねつづ)きにて最(もつと)も難所(なんしよ)である。055到底(たうてい)騎馬(きば)にて通(かよ)ふ事(こと)は出来(でき)ない。056両将軍(りやうしやうぐん)は真先(まつさき)にここ迄(まで)逃(に)げのび青草(あをくさ)の上(うへ)に胡床(あぐら)をかき、057「ここ迄(まで)逃(に)げて来(き)たなら、058先(ま)づ一安心(ひとあんしん)」とヒルナ、059カルナの二人(ふたり)の美人(びじん)を前(まへ)に侍(はべ)らせ携(たづさ)へ持(も)つたる瓢(ひさご)の酒(さけ)をチビリチビリと惜(をし)さうに舌嘗(したな)めずりして飲(の)み乍(なが)ら後(あと)よりおひおひ逃(に)げ来(く)る味方(みかた)の全軍(ぜんぐん)をここに集(あつ)めて隊伍(たいご)を整(ととの)へ、060再(ふたた)び猪倉山(ゐのくらやま)の岩窟(がんくつ)に立籠(たてこも)らむとの協議(けふぎ)を凝(こ)らした。061もとより黄金山(わうごんざん)へ攻(せ)め上(のぼ)る勇気(ゆうき)は少(すこ)しもない。062然(しか)し乍(なが)ら士気(しき)を沮喪(そさう)せしむる事(こと)を虞(おそ)れて、063黄金山(わうごんざん)征服(せいふく)を標榜(へうばう)してゐたのである。064適当(てきたう)の場所(ばしよ)あれば全軍(ぜんぐん)を率(ひき)ゐ、065小国(せうごく)を併呑(へいどん)し猪倉山(ゐのくらやま)に城砦(じやうさい)を構(かま)へて一大(いちだい)王国(わうこく)を建設(けんせつ)せむとの企(たく)みであつた。066生命(いのち)からがら、067逃(に)げて来(き)たので両将軍(りやうしやうぐん)は非常(ひじやう)に空腹(くうふく)になつてゐた。068そこへ矢庭(やには)に酒(さけ)をあほつた事(こと)とて酒(さけ)の量(りやう)に比(ひ)して非常(ひじやう)に酩酊(めいてい)をし出(だ)した。
069鬼春別(おにはるわけ)『ヒルナの女王(ぢよわう)さま、070よくまア途中(とちう)で落馬(らくば)もせず跟(つ)いて来(き)ましたね、071お手柄(てがら)お手柄(てがら)、072軍人(ぐんじん)の妻(つま)たるものは、073これ位(くらゐ)の事(こと)が出来(でき)なくては駄目(だめ)だ。074お前(まへ)は鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)の奥様(おくさま)として十分(じふぶん)の資格(しかく)が備(そな)はつてゐるよ』
075ヒルナ姫(ひめ)『ホホホホホ、076大変(たいへん)お褒(ほ)め下(くだ)さいますこと、077妾(わらは)は初(はじ)めて馬(うま)の背(せな)に乗(の)つたものですから、078腿(もも)の辺(あた)りが痛(いた)くなり、079お尻(しり)が擦(す)り剥(む)けまして到底(たうてい)此(この)上(うへ)動(うご)く事(こと)は出来(でき)ませぬ。080アイタタタタ』
081と故意(わざ)とに顔(かほ)を顰(しか)める。
082鬼春別(おにはるわけ)『あ、083これからは馬(うま)に乗(の)る事(こと)は出来(でき)ない。084ここを三(さん)里(り)ばかり馬(うま)の轡(くつわ)をとつて急坂(きふはん)を登(のぼ)り、085猪倉山(ゐのくらやま)に行(い)つて暫(しばら)く滞陣(たいぢん)するのだ。086もう一足(ひとあし)だから……こんな処(ところ)に屁古垂(へこた)れちや困(こま)るよ、087何(なん)と云(い)つても将軍(しやうぐん)の奥様(おくさま)だからな』
088ヒルナ姫(ひめ)『だと云(い)つて、089もう一足(ひとあし)も歩(ある)けないのだもの。090カルナさま、091貴女(あなた)如何(いかが)で厶(ござ)いますか』
092カルナ姫(ひめ)『妾(わらは)も腿(もも)が擦(す)れお尻(いど)が剥(む)け、093痛(いた)くて堪(たま)りませぬわ。094もう此(この)上(うへ)一足(ひとあし)だつて動(うご)けませぬわね』
095久米彦(くめひこ)『斯様(かやう)の処(ところ)で弱音(よわね)を吹(ふ)いて貰(もら)つちや困(こま)るぢやないか。096猪倉山(ゐのくらやま)に行(ゆ)けば、097もはや金城(きんじやう)鉄壁(てつぺき)も同(おな)じだ。098こんな処(ところ)にマゴマゴして居(を)れば三五教(あななひけう)の治国別(はるくにわけ)に……いやいや、099ウーン』
100と行(ゆ)きつまる。
101カルナ姫(ひめ)『もし将軍(しやうぐん)様(さま)、102三五教(あななひけう)の治国別(はるくにわけ)に追(お)はれるのが怖(こは)さに、103ここ迄(まで)逃(に)げて来(き)たのですか。104貴方(あなた)は之(これ)からエルサレムの宮(みや)を襲撃(しふげき)し、105黄金山(わうごんざん)を占領(せんりやう)するのだ、106と仰有(おつしや)つたぢやありませぬか。107一(いち)時(じ)も早(はや)く行(ゆ)かなければ時機(じき)がおくれては大変(たいへん)だと両将軍(りやうしやうぐん)様(さま)とも仰(おほ)せになつたでせう、108何故(なぜ)猪倉山(ゐのくらやま)等(なぞ)に滞陣(たいぢん)をなさるのです。109妾(わらは)は、110それがチツとも腑(ふ)に落(お)ちませぬわ』
111久米彦(くめひこ)『ウーン、112エー、113凡(すべ)て兵法(へいはふ)には千変(せんぺん)万化(ばんくわ)の秘術(ひじゆつ)があるものだ。114時(とき)と場合(ばあひ)によつては軍略(ぐんりやく)上(じやう)、115如何(いか)なる事(こと)を致(いた)すかも知(し)れない。116マアマア黙(だま)つて吾々(われわれ)のお手際(てぎは)を見(み)てゐるが宜(い)いわ』
117カルナ姫(ひめ)『ヘー、118妙(めう)ですな』
119ヒルナ姫(ひめ)『もし鬼春別(おにはるわけ)様(さま)、120本当(ほんたう)に足(あし)が痛(いた)くて仕方(しかた)がありませぬの。121如何(どう)致(いた)しませうかな』
122鬼春別(おにはるわけ)『拙者(せつしや)の手(て)で撫(な)でてやつたら屹度(きつと)直(なほ)るよ』
123ヒルナ姫(ひめ)『擦(す)り剥(む)けたお尻(いど)や腿(もも)を、124そんな毛(け)の生(は)えた硬(かた)い手(て)で撫(な)でられちや堪(たま)りませぬわ、125何卒(どうぞ)それ丈(だ)けは御免(ごめん)下(くだ)さいませ』
126鬼春別(おにはるわけ)『アハハハハ、127いきなり肱鉄(ひぢてつ)を喰(く)はされたな。128何(なん)と女(をんな)と云(い)ふものは得(とく)なものだな』
129ヒルナ姫(ひめ)『そら、130さうですとも。131女(をんな)なればこそ、132将軍(しやうぐん)様(さま)の髯(ひげ)をむしつたり頬辺(ほほべた)を叩(たた)いたり鼻(はな)を捻(ひね)つても喜(よろこ)んでゐらつしやるのだもの。133そこが女(をんな)ですわね』
134 数多(あまた)の兵士(へいし)は漸(やうや)く足揃(あしぞろ)ひが出来(でき)た。135両将軍(りやうしやうぐん)は、
136両将軍『さア、137之(これ)から此(この)急坂(きふはん)を一(ひと)きばりだ』
138と云(い)ひ乍(なが)ら立上(たちあが)り、
139両将軍『さア姫(ひめ)、140陣中(ぢんちう)だ。141仕方(しかた)がない。142チツと痛(いた)くても辛抱(しんばう)するのだな』
143ヒルナ姫(ひめ)『貴方(あなた)徒歩(かち)でおいでなさいませ。144妾(わらは)は馬(うま)でなけりやチツとも動(うご)けませぬわ。145ねえカルナさま、146貴女(あなた)だつてさうでせう』
147カルナ姫(ひめ)『さうですとも。148馬(うま)に乗(の)せて頂(いただ)きたいものですわ』
149久米彦(くめひこ)『斯様(かやう)な急坂(きふはん)を馬(うま)に乗(の)らうものなら、150それこそ命(いのち)を捨(す)てる様(やう)なものだ。151何(なん)とかして歩(ある)いたら如何(どう)だ。152こんなきつい坂(さか)は空馬(からうま)でさへも容易(ようい)に行(ゆ)けないのだからな』
153カルナ姫(ひめ)『妾(わらは)は貴方(あなた)に命(いのち)まで差上(さしあ)げてラブしてるのですもの、154貴方(あなた)の馬(うま)に乗(の)つて落(お)ちて死(し)んだら得心(とくしん)ですわ。155ねえヒルナさま、156さうでせう』
157ヒルナ姫(ひめ)『さうですとも、158死(し)んだつて将軍(しやうぐん)様(さま)に献(ささ)げた生命(いのち)、159何(なん)にも恨(うらみ)は残(のこ)りませぬわね』
160鬼春別(おにはるわけ)『エーエ、161無理(むり)云(い)ふ女王(ぢよわう)さまだな。162そんなら仕方(しかた)がない。163馬(うま)の口(くち)をとつて、164行(ゆ)ける所(ところ)迄(まで)上(あ)げて上(あ)げませう』
165と云(い)ひ乍(なが)ら、166ヒルナ姫(ひめ)を抱(かか)へて馬(うま)にヒラリと乗(の)せた。167久米彦(くめひこ)も亦(また)カルナを馬(うま)に乗(の)せてやつた。168二人(ふたり)の姫(ひめ)は足(あし)が痛(いた)い、169尻(しり)が痛(いた)いと駄々(だだ)を捏(こね)たのは馬(うま)に乗(の)つて逃(に)げる為(ため)であつた。
170 二人(ふたり)は馬(うま)に乗(の)るや否(いな)や馬首(ばしゆ)をクレリと東(ひがし)に向(む)け、171一鞭(ひとむち)あて一目散(いちもくさん)に疾風(しつぷう)迅雷(じんらい)の如(ごと)く駆(か)け出(だ)した。172両将軍(りやうしやうぐん)は声(こゑ)を嗄(か)らして、
173両将軍『やアやア部下(ぶか)の者(もの)共(ども)、174彼(かれ)を追(お)つ付(つ)いて引捕(ひつと)らへよ』
175と下知(げち)する。176此(この)急坂(きふはん)にかかつたので何(いづ)れの騎士(きし)も全部(ぜんぶ)馬(うま)を下(お)り、177鞍(くら)には拍車(はくしや)のついた靴(くつ)を括(くく)りつけ登坂(とはん)の用意(ようい)をして了(しま)つた際(さい)とて、178俄(にはか)に馬(うま)に乗(の)る訳(わけ)にも行(ゆ)かず靴(くつ)を解(ほど)き足(あし)に穿(うが)ち、179グヅグヅしてゐる間(うち)に、180二人(ふたり)は早(はや)くも目(め)の届(とど)かぬ所(ところ)まで逃(に)げてゐる。181忽(たちま)ち幾百(いくひやく)とも知(し)れぬ獅子(しし)を引連(ひきつ)れた三五教(あななひけう)の杢助(もくすけ)に扮(ふん)した摩利支(まりし)天(てん)は、182巨大(きよだい)なる獅子(しし)に跨(またが)り『ウー』と四辺(あたり)の山岳(さんがく)を響(ひび)かせ、183軍隊(ぐんたい)の中(なか)を縦横(じうわう)無尽(むじん)に駆(か)け廻(まは)つた。184将軍(しやうぐん)初(はじ)め全軍(ぜんぐん)は思(おも)はぬ獅子(しし)の襲来(しふらい)に肝(きも)を潰(つぶ)し、185腰(こし)をぬかす者(もの)、186真裸足(まつぱだし)で逃(に)げるもの、187泣(な)き叫(さけ)ぶ者(もの)、188其(その)外(ほか)種々(しゆじゆ)雑多(ざつた)に思(おも)ひ思(おも)ひに逃走(たうそう)し、189残(のこ)るものは腰(こし)を抜(ぬ)かした弱虫(よわむし)ばかりであつた。190馬(うま)は獅子(しし)の声(こゑ)に驚(おどろ)いて思(おも)ひ思(おも)ひに逃(に)げ散(ち)つて了(しま)つた。191獅子(しし)の群(むれ)は一所(ひとところ)に集(あつ)まり、192一斉(いつせい)に声(こゑ)を揃(そろ)へて『ウー』と百雷(ひやくらい)の轟(とどろ)く如(ごと)く唸(うな)り立(た)て威喝(ゐかつ)を試(こころ)みた上(うへ)、193ヒルナ、194カルナの後(あと)を追(お)うて、195摩利支(まりし)天(てん)指揮(しき)のもとに雲(くも)を霞(かすみ)と追(お)うて行(ゆ)く。
196 ベルツは一(いつ)ケ月(げつ)余(よ)の滞陣(たいぢん)に、197士気(しき)漸(やうや)く乱(みだ)れ、198夜陰(やいん)に乗(じやう)じて脱隊(だつたい)するもの相次(あひつ)いて踵(きびす)を接(せつ)するため一戦(ひといくさ)して士気(しき)を鼓舞(こぶ)せねばならぬと覚悟(かくご)をきめ、199シエールは裏門(うらもん)よりベルツは表門(おもてもん)より獅子(しし)奮迅(ふんじん)の勢(いきほひ)にて、200猪(ゐのしし)武者(むしや)を先頭(せんとう)に、201さしも堅固(けんご)の大門(おほもん)を打破(うちやぶ)り城内(じやうない)に乱(みだ)れ入(い)つた。202ハルナは八百(はつぴやく)の手兵(しゆへい)を指揮(しき)し、203兵(へい)を八方(はつぱう)に分(わか)つて防(ふせ)ぎ戦(たたか)うた。204されど潮(うしほ)の如(ごと)く押寄(おしよ)せた敵軍(てきぐん)は、205刻々(こくこく)に其(その)数(すう)を増(ま)し、206一旦(いつたん)逃(に)げ散(ち)りし雑兵(ざふひやう)迄(まで)帰(かへ)り来(きた)つて『ワーイワーイ』と喚(わめ)き立(た)ち乍(なが)ら、207又(また)もとの如(ごと)く三千(さんぜん)の兵士(へいし)は城内(じやうない)に残(のこ)らず進入(しんにふ)し、208手当(てあた)り次第(しだい)に暴(あば)れ出(だ)した。209忽(たちま)ちハルナは捕虜(ほりよ)となり刹帝利(せつていり)、210左守司(さもりのかみ)、211タルマンの身辺(しんぺん)も今(いま)や危(あやふ)しと見(み)る間(ま)に、212表門(おもてもん)に当(あた)つて宣伝歌(せんでんか)の声(こゑ)が聞(きこ)えて来(き)た。213之(これ)は治国別(はるくにわけ)が松彦(まつひこ)、214竜公(たつこう)、215万公(まんこう)の部下(ぶか)を率(ひき)ゐて救援(きうゑん)に向(むか)うたのである。
216治国別『神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
217善(ぜん)と悪(あく)とを立別(たてわ)ける
218音(おと)に名高(なだか)きビクの国(くに)
219東(ひがし)にライオン川(がは)を負(お)ひ
220西(にし)にビクトル山(やま)控(ひか)へ
221要害(えうがい)堅固(けんご)の鉄城(てつじやう)を
222ここに築(きづ)きて永久(とこしへ)に
223百(もも)の国民(くにたみ)治(をさ)めます
224ビクトリヤ王(わう)の御(おん)居城(きよじやう)
225八岐(やまた)大蛇(をろち)や醜神(しこがみ)に
226誑惑(けふわく)されし右守(うもり)の司(かみ)
227ベルツの司(つかさ)は軍隊(ぐんたい)を
228率(ひき)ゐて不羈(ふき)を図(はか)らむと
229攻(せ)め寄(よ)せ来(きた)る浅(あさ)ましさ
230天地(てんち)を造(つく)り玉(たま)ひたる
231誠(まこと)の神(かみ)は善(ぜん)を褒(ほ)め
232悪(あく)を懲(こら)して地(ち)の上(うへ)に
233天国(てんごく)浄土(じやうど)を建設(けんせつ)し
234上(かみ)は王者(わうじや)を初(はじ)めとし
235下(しも)国民(こくみん)の端(はし)迄(まで)も
236守(まも)らせ玉(たま)ふ尊(たふと)さよ
237三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)
238治国別(はるくにわけ)の一行(いつかう)が
239現(あら)はれ来(きた)る上(うへ)からは
240幾十万(いくじふまん)の強敵(きやうてき)が
241一度(いちど)に襲(おそ)ひ攻(せ)め来(く)とも
242如何(いか)でか恐(おそ)れむビクの国(くに)
243刹帝利(せつていり)王(わう)よ心安(うらやす)く
244思召(おぼしめ)されよ天地(あめつち)の
245神(かみ)の賜(たま)ひし言霊(ことたま)を
246完全(うまら)に委曲(つばら)に打出(うちいだ)し
247救(すく)ひまつらむ惟神(かむながら)
248神(かみ)に誓(ちか)ひて宣(の)りまつる
249ああ惟神(かむながら)々々(かむながら)
250御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ
251朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
252月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
253仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも
254誠(まこと)一(ひと)つは世(よ)を救(すく)ふ
255誠(まこと)に刃向(はむか)ふ仇(あだ)はなし
256勇(いさ)めよ勇(いさ)め刹帝利(せつていり)
257従(したが)ひ玉(たま)ふ諸々(もろもろ)の
258誠(まこと)の司(つかさ)よ悪神(あくがみ)の
259此(この)襲撃(しふげき)を恐(おそ)れずに
260神(かみ)に心(こころ)を任(まか)せつつ
261祈(いの)らせ玉(たま)へ惟神(かむながら)
262神(かみ)に代(かは)りて宣(の)り伝(つた)ふ』
263 此(この)言霊(ことたま)を聞(き)くよりベルツは俄(にはか)に慄(ふる)ひ出(だ)し、264駒(こま)に跨(またが)り裏門(うらもん)より驀地(まつしぐら)に駆(か)け出(いだ)す。265此(この)時(とき)シエールは庭石(にはいし)に躓(つまづ)き倒(たふ)れた途端(とたん)に、266足(あし)を折(を)り悲鳴(ひめい)を挙(あ)げて救(すく)ひを求(もと)めてゐる。267怖気(おぢけ)ついたる軍勢(ぐんぜい)は、268現在(げんざい)目(め)の前(まへ)に倒(たふ)れた大将(たいしやう)を見向(みむ)きもやらず、269土足(どそく)のまま踏(ふ)み越(こ)え踏(ふ)み越(こ)え、270シエールの身体(からだ)一面(いちめん)泥(どろ)まぶれにし乍(なが)ら、271先(さき)を争(あらそ)うてバラバラバラと逃(に)げ出(だ)す可笑(をか)しさ。272ベルツの後(あと)に従(したが)つて大多数(だいたすう)の軍隊(ぐんたい)は西(にし)へ西(にし)へと駆(か)けり行(ゆ)く。273此(この)時(とき)向(むか)ふの方(かた)より駒(こま)に跨(またが)り驀地(まつしぐら)に馳帰(はせかへ)つたのはヒルナ、274カルナの両女(りやうぢよ)であつた。275続(つづ)いて杢助(もくすけ)に扮(ふん)した摩利支(まりし)天(てん)は、276巨大(きよだい)な獅子(しし)に跨(またが)り数百(すうひやく)の獅子(しし)を引連(ひきつ)れ、277ベルツが逃(に)げ路(みち)を扼(やく)し、278声(こゑ)を揃(そろ)へて『ウーウー』と百雷(ひやくらい)の轟(とどろ)く如(ごと)く唸(うな)り出(だ)した。279ベルツは此(この)声(こゑ)に驚(おどろ)いて馬上(ばじやう)より真逆(まつさか)様(さま)に転落(てんらく)し、280路傍(ろばう)にふんのびてゐる。281其(その)他(た)の軍卒(ぐんそつ)は獅子(しし)の呻(うな)り声(ごゑ)に戦(をのの)き恐(おそ)れ、282身体(しんたい)竦(すく)み大地(だいち)に噛(か)ぶりついて慄(ふる)ひ戦(をのの)いてゐた。283ヒルナはベルツの倒(たふ)れた姿(すがた)を目敏(めざと)くも見(み)つけて馬(うま)の背(せな)に引括(ひつくく)り、284敵(てき)の乗(の)り棄(す)てた馬(うま)を見(み)つけて、285又(また)もやヒラリと飛(と)び乗(の)り、286カルナと共(とも)に王(わう)の一大事(いちだいじ)と驀地(まつしぐら)に戛々(かつかつ)と裏門(うらもん)より勢(いきほひ)よく帰(かへ)り来(き)たりぬ。
287(大正一二・二・一四 旧一一・一二・二九 於竜宮館 北村隆光録)
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