霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第九章 蛙(かへる)の腸(はらわた)〔一三七二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻 篇:第1篇 毘丘取颪 よみ(新仮名遣い):びくとりおろし
章:第9章 蛙の腸 よみ(新仮名遣い):かえるのはらわた 通し章番号:1372
口述日:1923(大正12)年02月13日(旧12月28日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月8日
概要: 舞台:ビクトリヤ城 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
ビクトリヤ王の奥殿には、王妃ヒルナ姫、内事の司兼宣伝使タルマン、左守キュービット、右守ベルツ、ハルナ、カルナ姫の七人が王に招かれて、和睦の祝宴に列席した。
ビクトリヤ王は刹帝利の権利を持って右守家に渡した兵馬の権をいったん取り上げ、左守家と右守家双方に渡し、文武両方の統治について、左守家と右守家が力を合わせて取り組むようにと言い渡した。
右守は気色ばんで、祖先から代々受け継いできた兵馬の権を返す理由はない、と刹帝利の前をも顧みずに傍若無人に言ってのけた。
タルマン、左守、ヒルナ姫も右守をなだめたが、右守は逆に左守に野心があって自分から兵馬の権を削り取ろうとするのだとわめいた。右守の妹・カルナ姫がいさめると、右守は妹に離縁を言い渡す始末であった。
そこへライオン川の関守長があわただしくやってきて、バラモンの大軍が攻め寄せてきたことを注進した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-03-06 22:02:18 文字数:4276 OBC :rm5309
愛善世界社版:85頁 八幡書店版:第9輯 534頁 修補版: 校定版:90頁 普及版:42頁 初版: ページ備考:
001 ビクトリヤ王(わう)の奥殿(おくでん)には、002王(わう)を始(はじ)めヒルナ姫(ひめ)、003並(ならび)に内事(ないじ)の司(つかさ)兼(けん)宣伝使(せんでんし)たるタルマン及(および)左守(さもり)のキユービツト、004右守(うもり)のベルツ、005ハルナ、006カルナ姫(ひめ)の七(しち)人(にん)が列(れつ)を正(ただ)し、007左守(さもり)右守(うもり)の両家(りやうけ)が結婚(けつこん)に仍(よ)つて、008和睦(わぼく)の曙光(しよくわう)を認(みと)めたる祝意(しゆくい)を表(へう)する為(ため)、009王(わう)に招(まね)かれて、010此(この)異数(いすう)の酒宴(しゆえん)に列(れつ)したのである。011左守司(さもりのかみ)は先(ま)づ王(わう)に一礼(いちれい)し、012順(じゆん)を逐(お)うて叮嚀(ていねい)な挨拶(あいさつ)をした。
013左守(さもり)『吾(わが)君様(きみさま)始(はじ)め、014ヒルナ姫(ひめ)様(さま)の深厚(しんこう)なる御(ご)仁慈(じんじ)に仍(よ)りまして、015愚(おろか)なる伜(せがれ)に名声(めいせい)高(たか)き右守殿(うもりどの)の妹(いもうと)カルナ姫(ひめ)をめあはし下(くだ)さいまして、016実(じつ)に左守(さもり)は申(まを)すに及(およ)ばず伜(せがれ)に取(と)つても無上(むじやう)の光栄(くわうえい)で厶(ござ)います。017それにも拘(かか)はらず、018今日(こんにち)は又(また)盛大(せいだい)なる宴会(えんくわい)を開(ひら)いて、019吾(われ)等(ら)が為(ため)にお心(こころ)をお尽(つく)し下(くだ)さいまする、020其(その)御(ご)仁慈(じんじ)、021終生(しうせい)忘(わす)れは致(いた)しませぬ。022此(この)上(うへ)は身命(しんめい)を抛(なげう)つても、023君国(くんこく)の為(ため)に赤心(せきしん)を尽(つく)し、024万分一(まんぶいち)の御恩(ごおん)に酬(むく)い奉(たてまつ)る所存(しよぞん)で厶(ござ)います』
025刹帝利(せつていり)『いかにも、026汝(なんぢ)の言(い)ふ通(とほ)り、027今回(こんくわい)は実(じつ)に奇縁(きえん)であつた。028之(これ)といふのも全(まつた)く盤古(ばんこ)神王(しんのう)様(さま)の思召(おぼしめし)、029神(かみ)は未(ま)だビクの国(くに)を始(はじ)め、030ビクトリヤ家(け)を見捨(みす)て玉(たま)はざる御(おん)証拠(しるし)、031此(この)方(はう)も実(じつ)に満足(まんぞく)であるぞよ。032今日(こんにち)迄(まで)は左守家(さもりけ)右守家(うもりけ)は犬猿(けんゑん)啻(ただ)ならず、033常(つね)に暗闘(あんとう)を続(つづ)けて来(き)た。034之(これ)に就(つ)いては此(この)方(はう)は非常(ひじやう)に頭(あたま)を悩(なや)ませてゐたのだ。035かくなる上(うへ)は文武(ぶんぶ)一途(いつと)に出(い)で、036協心(けふしん)戮力(りくりよく)上下(しやうか)一致(いつち)して以(もつ)て、037国家(こくか)を守(まも)り、038民(たみ)を安(やす)からしめ、039五六七(みろく)の神政(しんせい)を招来(せうらい)することが出来(でき)るであらう』
040と非常(ひじやう)に喜(よろこ)んで挨拶(あいさつ)を返(かへ)した。041左守(さもり)はハツと許(ばか)りに差俯(さしうつむ)き、042嬉(うれ)し涙(なみだ)に暮(く)れて居(ゐ)る。043右守司(うもりのかみ)は威丈高(ゐたけだか)になり、
044右守(うもり)『只今(ただいま)吾(わが)君(きみ)の仰(おほ)せには、045「文武(ぶんぶ)一途(いつと)に出(いで)よ」と仰(おほ)せられたやうで厶(ござ)いますが、046左守家(さもりけ)は文学(ぶんがく)の家(いへ)、047右守家(うもりけ)は武術(ぶじゆつ)の家(いへ)で厶(ござ)いますれば、048其(その)根底(こんてい)に於(おい)て職掌(しよくしやう)を異(こと)に致(いた)し、049到底(たうてい)氷炭(ひようたん)相容(あひい)れざる家柄(いへがら)で厶(ござ)いまする。050併(しか)し乍(なが)ら私的(してき)交際(かうさい)に於(おい)ては、051切(き)つても切(き)れぬ親戚(しんせき)の間柄(あひだがら)、052従前(じゆうぜん)に増(ま)して親密(しんみつ)の度(ど)を加(くは)へ、053両家(りやうけ)和合(わがふ)致(いた)すで厶(ござ)らう。054抑(そもそ)も武(ぶ)は国家(こくか)を守(まも)る必要(ひつえう)の機関(きくわん)にして、055武備(ぶび)なき国家(こくか)は、056翼(つばさ)なき鳥(とり)も同様(どうやう)、057到底(たうてい)国(くに)としての存立(そんりつ)は望(のぞ)まれませぬ。058故(ゆゑ)に武(ぶ)は非常(ひじやう)の時(とき)に必要(ひつえう)のもの、059文学(ぶんがく)は平時(へいじ)に民(たみ)を導(みちび)き、060世(よ)を治(をさ)むる上(うへ)に於(おい)て必要(ひつえう)なものたる事(こと)は、061賢明(けんめい)なる刹帝利(せつていり)の御(ご)熟知(じゆくち)さるる所(ところ)で厶(ござ)いませう。062文武(ぶんぶ)両家(りやうけ)の職(しよく)を混同(こんどう)して、063内事(ないじ)外交(ぐわいかう)に臨(のぞ)む時(とき)は、064却(かへつ)て殺伐(さつばつ)の気(き)、065天下(てんか)に充(み)ち国家(こくか)の擾乱(ぜうらん)を来(きた)すで厶(ござ)らう』
066ヒルナ姫(ひめ)『右守殿(うもりどの)の御(ご)意見(いけん)、067一応(いちおう)尤(もつと)も乍(なが)ら、068今日(こんにち)の如(ごと)き内憂(ないいう)外患(ぐわいくわん)の頻到(ひんたう)する時(とき)に際(さい)し、069文武(ぶんぶ)両家(りやうけ)が力(ちから)を併(あは)せ、070国家(こくか)を守(まも)り、071民(たみ)を安(やす)むるは時宜(じぎ)に適(てき)したる行(や)り方(かた)と考(かんが)へます。072右守殿(うもりどの)、073御(ご)熟考(じゆくかう)を願(ねが)ひませう』
074右守(うもり)『これはしたり、075ヒルナ姫(ひめ)様(さま)、076左守家(さもりけ)が万一(まんいち)武術(ぶじゆつ)の権(けん)を握(にぎ)らば、077軍学(ぐんがく)に経験(けいけん)なき御(おん)身(み)なれば軍隊(ぐんたい)の統制(とうせい)は宜(よろ)しきを得(え)ず、078却(かへつ)て内乱(ないらん)の種(たね)を播(ま)くやうなものでは厶(ござ)らぬか。079大工(だいく)は家(いへ)を建(た)て、080左官(さくわん)は壁(かべ)を塗(ぬ)り、081傘屋(かさや)は傘(かさ)を作(つく)る、082すべて各(おのおの)の職(しよく)に応(おう)じて特色(とくしよく)を持(も)つてゐるもので厶(ござ)る。083左官(さくわん)は家(いへ)を造(つく)る事(こと)を知(し)らず、084大工(だいく)は又(また)壁(かべ)を塗(ぬ)る事(こと)を知(し)らない、085同様(どうやう)に文官(ぶんくわん)は武術(ぶじゆつ)を弁(わきま)へず、086况(ま)してや三軍(さんぐん)を統率(とうそつ)するの権威(けんゐ)は俄(にはか)に備(そな)はるものでは厶(ござ)いますまい。087之(これ)に反(はん)して武門(ぶもん)の右守(うもり)、088如何(いか)に文学(ぶんがく)方面(はうめん)に心(こころ)を注(そそ)ぐとも、089到底(たうてい)完全(くわんぜん)なる結果(けつくわ)は得(え)られますまい。090文武(ぶんぶ)両道(りやうだう)相並(あひなら)んでこそ国家(こくか)の安全(あんぜん)は保持(ほぢ)されるのでせう』
091刹帝利(せつていり)『アイヤ右守殿(うもりどの)、092左様(さやう)な心配(しんぱい)は要(い)り申(まを)さぬ。093吾(われ)は之(これ)より刹帝利(せつていり)として、094吾(わが)祖先(そせん)が汝(なんぢ)の祖先(そせん)に預(あづ)けておいたる兵馬(へいば)の権(けん)を改(あらた)めて受取(うけと)り、095左守(さもり)右守(うもり)をして、096文武(ぶんぶ)の両道(りやうだう)を管掌(くわんしやう)せしむる事(こと)に致(いた)す考(かんが)へだ。097ヨモヤ違背(ゐはい)は厶(ござ)るまいなア』
098右守(うもり)『祖先(そせん)が預(あづ)かりましたか、099或(あるひ)は祖先(そせん)が刹帝利(せつていり)様(さま)を擁立(ようりつ)して此(この)国家(こくか)を造(つく)つたか、100記録(きろく)もなければ、101遠(とほ)き昔(むかし)の事(こと)、102私(わたくし)には少(すこ)しも分(わか)りませぬ。103私(わたくし)は右守(うもり)の武家(ぶけ)に生(うま)れ、104父(ちち)より兵馬(へいば)の権(けん)を譲渡(ゆづりわた)された者(もの)、105恐(おそ)れ乍(なが)ら吾(わが)君(きみ)にお還(かへ)し申(まを)す理由(りいう)はチツとも認(みと)め申(まを)さぬ』
106と気色(けしき)ばんで息(いき)を喘(はづ)ませ、107刹帝利(せつていり)の前(まへ)をも省(かへり)みず、108傍若(ばうじやく)無人(ぶじん)に言(い)つてのけた。109流石(さすが)のヒルナ姫(ひめ)も、110タルマンも呆気(あつけ)に取(と)られ、111左守(さもり)右守(うもり)両人(りやうにん)の顔(かほ)を見(み)つめゐたり。112タルマンは宣伝使(せんでんし)兼(けん)内事(ないじ)の司(つかさ)として、113左守(さもり)右守(うもり)の上(うへ)に座(ざ)を占(し)むる特別(とくべつ)の地位(ちゐ)であつた。114彼(かれ)は始(はじ)めて口(くち)を開(ひら)き、
115タルマン『ビクの国(くに)の主権者(しゆけんしや)ビクトリヤ王(わう)様(さま)のお言葉(ことば)は所謂(いはゆる)神(かみ)の御(ご)託宣(たくせん)で厶(ござ)る。116今日(こんにち)迄(まで)は右守家(うもりけ)兵馬(へいば)の権(けん)を奪(うば)ひ、117上(かみ)はビクトリヤ家(け)を悩(なや)ましまつり、118下(しも)国民(こくみん)の膏血(かうけつ)を搾(しぼ)り、119それが為(ため)に国内(こくない)には紛擾(ふんぜう)の絶(た)え間(ま)なく、120革命(かくめい)の機運(きうん)は国内(こくない)に漂(ただよ)うてゐる。121今(いま)にして吾(わが)君(きみ)の仰(おほ)せを承(うけたま)はり、122兵馬(へいば)の権(けん)を御(お)返(かへ)し申(まを)さざるに於(おい)ては、123民(たみ)の怨府(ゑんぷ)となりし右守家(うもりけ)は直(ただ)ちに覆滅(ふくめつ)の悲運(ひうん)に接(せつ)し、124延(ひ)いて害(がい)を王家(わうけ)に及(およ)ぼすは、125火(ひ)を見(み)るより明(あきら)かで厶(ござ)る。126右守殿(うもりどの)、127よく胸(むね)に手(て)を当(あ)て、128時代(じだい)の趨勢(すうせい)に鑑(かんが)み、129其(その)方(はう)が聰明(そうめい)なる頭脳(づなう)に仍(よ)つて、130最善(さいぜん)の方法(はうはふ)を取(と)られむ事(こと)を忠告(ちうこく)致(いた)します。131之(これ)は決(けつ)してタルマンが私言(しげん)では厶(ござ)らぬ、132盤古(ばんこ)神王(しんわう)塩長彦(しほながひこの)命(みこと)様(さま)の御(ご)託宣(たくせん)の伝達(でんたつ)で厶(ござ)るぞや』
133と思(おも)ひ切(き)つて宣示(せんじ)した。
134 右守(うもり)はタルマンをハツタと睨(にら)み、
135右守『名(な)のみあつて実力(じつりよく)なき其(その)方(はう)の言葉(ことば)を耳(みみ)に挟(はさ)むやうな右守(うもり)では厶(ござ)らぬぞ。136察(さつ)する所(ところ)、137汝(なんぢ)は左守司(さもりのかみ)に抱(だ)き込(こ)まれ、138或(あるひ)は牒(しめ)し合(あは)せ、139右守(うもり)が兵馬(へいば)の権(けん)を横奪(わうだつ)し、140遂(つひ)には軍隊(ぐんたい)の力(ちから)を以(もつ)て、141国民(こくみん)を威圧(ゐあつ)し、142時(とき)を待(ま)つてビクトリヤ家(け)を亡(ほろ)ぼし、143左守(さもり)と汝(なんぢ)が取(と)つて代(かは)らむとの野心(やしん)を包蔵(はうざう)することは、144此(この)慧眼(けいがん)なる右守(うもり)の前知(ぜんち)する所(ところ)で厶(ござ)る。145刹帝利(せつていり)様(さま)の災(わざはひ)を招(まね)かむとする曲者(くせもの)奴(め)、146下(さが)りおらう』
147と反対(あべこべ)に呶鳴(どな)りつけた。148左守司(さもりのかみ)は之(これ)を聞(き)くより奮然(ふんぜん)として立上(たちあが)り、
149左守(さもり)『こは心得(こころえ)ぬ右守(うもり)の言葉(ことば)、150何(なに)を証拠(しようこ)に左様(さやう)な無体(むたい)な事(こと)を仰(おほ)せらるるや、151証拠(しようこ)があらば承(うけたま)はりたい』
152右守(うもり)『アハハハハハ、153悪人(あくにん)威々(たけだけ)しいとは其(その)方(はう)のこと、154証拠(しようこ)は心(こころ)にお尋(たづ)ねなされ。
155人(ひと)問(と)はば鬼(おに)はゐぬとも答(こた)ふべし
156心(こころ)の問(と)はばいかに答(こた)へむ
157とは、158左守司(さもりのかみ)及(および)タルマン輩(はい)の心(こころ)の情態(じやうたい)で厶(ござ)る。159いかに隠(かく)さるる共(とも)、160其(その)面貌(めんばう)及(および)言語(げんご)に表(あら)はれて居(を)りますぞ』
161左守(さもり)『これは怪(け)しからぬ、162右守(うもり)こそ野心(やしん)を包蔵(はうざう)せりと云(い)はれても弁解(べんかい)の辞(じ)はありますまい。163何(なん)となれば君命(くんめい)に反(そむ)き、164兵馬(へいば)の権(けん)を私(わたくし)するは、165之(こ)れ全(まつた)く王家(わうけ)を脅(おびや)かすもの、166右守(うもり)にして一点(いつてん)の、167王家(わうけ)を思(おも)ひ国家(こくか)を思(おも)ふ赤心(まごころ)あらば、168国家(こくか)の主権者(しゆけんしや)たるビクトリヤ王(わう)様(さま)になぜ奉還(ほうくわん)なさらぬか』
169右守(うもり)『お構(かま)ひ御(ご)無用(むよう)で厶(ござ)る。170王家(わうけ)はビクの国(くに)の飾(かざ)り物(もの)、171其(その)実権(じつけん)はすべて右守家(うもりけ)に握(にぎ)つてゐるのは避(さ)く可(べか)らざる事実(じじつ)で厶(ござ)る。172いかに王家(わうけ)と雖(いへど)も、173左守家(さもりけ)と雖(いへど)も、174右守家(うもりけ)に対(たい)し地位(ちゐ)こそ高(たか)けれ、175国家(こくか)の実権(じつけん)を握(にぎ)るは、176軍隊(ぐんたい)を統率(とうそつ)する者(もの)の手裡(しゆり)にあるは当然(たうぜん)で厶(ござ)る。177右守(うもり)に一片(いつぺん)の野心(やしん)あらば、178時(とき)を移(うつ)さず、179吾(わが)軍隊(ぐんたい)を指揮(しき)して、180恐(おそ)れ乍(なが)ら王家(わうけ)を亡(ほろ)ぼし、181左守家(さもりけ)を粉砕(ふんさい)し、182自(みづか)ら取(と)つて刹帝利(せつていり)と成(な)るは朝飯前(あさめしまへ)の事(こと)では厶(ござ)らぬか。183斯(か)かる実力(じつりよく)権威(けんゐ)を具備(ぐび)する某(それがし)が汝(なんぢ)如(ごと)き老耄(おいぼれ)の下位(かゐ)に甘(あま)んじ、184忠実(ちうじつ)に勤(つと)めてゐるのは、185野心(やしん)のなき証(しるし)では厶(ござ)らぬか。186左守(さもり)如(ごと)き頑迷(ぐわんめい)不霊(ふれい)の宰相(さいしやう)に兵馬(へいば)の権(けん)を握(にぎ)らせようものならそれこそ気違(きちが)ひに松明(たいまつ)を持(も)たせたも同様(どうやう)、187危険(きけん)千万(せんばん)で厶(ござ)る。188餅(もち)は餅屋(もちや)、189傘(かさ)は傘屋(かさや)、190下駄(げた)は下駄屋(げたや)で厶(ござ)る。191及(およ)ばぬ野心(やしん)を起(おこ)すよりも、192左守家(さもりけ)相当(さうたう)の職(しよく)を守(まも)り、193君国(くんこく)の為(ため)に尽(つく)されたがよからう』
194ヒルナ姫(ひめ)『右守殿(うもりどの)、195左守司(さもりのかみ)は決(けつ)して左様(さやう)な野心(やしん)は毛頭(まうとう)厶(ござ)らぬ。196何事(なにごと)も善意(ぜんい)に解(かい)し、197両家(りやうけ)和衷(わちう)協同(けふどう)して、198君国(くんこく)の為(ため)に、199国家(こくか)危急(ききふ)の場合(ばあひ)、200下(くだ)らぬ争(あらそ)ひを止(や)め、201共(とも)に共(とも)に力(ちから)を国家(こくか)の為(ため)に尽(つく)して下(くだ)さい。202況(ま)して親密(しんみつ)なる親戚(しんせき)の間柄(あひだがら)、203御(ご)両人(りやうにん)の争(あらそ)ひをハルナ、204カルナ姫殿(ひめどの)が聞(き)かれたならば、205さぞ苦(くる)しい事(こと)で厶(ござ)いませう。206そこは賢明(けんめい)なる右守殿(うもりどの)、207平静(へいせい)に御(お)考(かんが)へを願(ねが)ひたう厶(ござ)いますなア』
208右守(うもり)『ハルナ、209カルナの両人(りやうにん)は恋愛(れんあい)至上(しじやう)主義(しゆぎ)を振(ふ)り翳(かざ)し、210結婚(けつこん)を致(いた)した者(もの)で厶(ござ)る。211云(い)はば私的(してき)関係(くわんけい)では厶(ござ)らぬか。212軍職(ぐんしよく)は所謂(いはゆる)天下(てんか)の公機(こうき)、213一夫(いつぷ)一婦(いつぷ)の私的(してき)関係(くわんけい)を以(もつ)て公職(こうしよく)を混同(こんどう)するは天地(てんち)の道理(だうり)に背反(はいはん)したる大罪悪(だいざいあく)では厶(ござ)らぬか。214此(この)右守(うもり)暗愚(あんぐ)なりと雖(いへど)も、215斯様(かやう)な道理(だうり)の分(わか)らぬ男(をとこ)では厶(ござ)らぬ。216親戚(しんせき)は親戚(しんせき)、217国家(こくか)は国家(こくか)、218職務(しよくむ)は職務(しよくむ)、219区劃(くくわく)整然(せいぜん)として自(おのづか)ら法則(はふそく)あり。220察(さつ)する所(ところ)、221左守司(さもりのかみ)やタルマンの野心(やしん)より兵馬(へいば)の権(けん)を右守(うもり)から掠奪(りやくだつ)せむとする計略(けいりやく)に出(い)でたる事(こと)はよく見(み)え透(す)いて居(を)ります。222姫(ひめ)様(さま)、223必(かなら)ず御(ご)心配(しんぱい)遊(あそ)ばすな。224此(この)右守(うもり)は左守(さもり)やタルマンの杞憂(きいう)する如(ごと)き反逆人(はんぎやくにん)では厶(ござ)らぬ。225手(て)なづけておいたる軍隊(ぐんたい)を以(もつ)て王家(わうけ)を守(まも)り、226国家(こくか)を保護(ほご)致(いた)しますれば、227今日(こんにち)の提案(ていあん)は刹帝利(せつていり)様(さま)のお言葉(ことば)を以(もつ)て、228速(すみや)かに御(ご)撤回(てつくわい)あらむことを希望(きばう)致(いた)します』
229といつかな動(うご)かぬ磐石心(ばんじやくしん)、230流石(さすが)の刹帝利(せつていり)も手(て)を下(くだ)すべき余地(よち)がなかつた。231右守(うもり)の妹(いもうと)カルナは右守(うもり)に向(むか)ひ、
232カルナ姫『兄上(あにうへ)様(さま)、233貴方(あなた)は何時(いつ)も武術(ぶじゆつ)の家(いへ)に生(うま)れながら、234兵(へい)は凶器(きやうき)だとか、235殺伐(さつばつ)だとか言(い)つて、236蛇蝎(だかつ)の如(ごと)く忌(い)み嫌(きら)つて居(を)られるではありませぬか。237文化(ぶんくわ)生活(せいくわつ)といふものは、238武備(ぶび)撤廃(てつぱい)迄(まで)行(ゆ)かねば到底(たうてい)駄目(だめ)だといつも仰有(おつしや)つたでせう。239それ程(ほど)御(お)嫌(きら)ひな軍隊(ぐんたい)なら、240左守殿(さもりどの)の仰(おほ)せに従(したが)ひ、241刹帝利(せつていり)様(さま)に速(すみやか)に奉還(ほうくわん)なさつたら如何(どう)です』
242右守(うもり)『女童(をんなわらべ)の容喙(ようかい)する所(ところ)でない、243スツ込(こ)み居(を)らう。244某(それがし)の理想(りさう)が出現(しゆつげん)する迄(まで)は軍隊(ぐんたい)の必要(ひつえう)がある。245理想(りさう)世界(せかい)が現(あら)はれた以上(いじやう)は、246軍備(ぐんび)全廃(ぜんぱい)を誓(ちか)つて致(いた)す拙者(せつしや)の考(かんが)へだ。247汝(なんぢ)の如(ごと)き半可通(はんかつう)のナマ・ハイカラが何(なに)を知(し)つてゐるか。248ハルナの美貌(びばう)に迷(まよ)ひ、249生家(せいか)を忘(わす)れ、250兄(あに)に楯(たて)つくとは不都合(ふつがふ)千万(せんばん)、251今日(こんにち)より兄妹(きやうだい)の縁(えん)を切(き)る。252さう覚悟(かくご)を致(いた)せ』
253カルナ姫(ひめ)『それは貴方(あなた)の御(ご)勝手(かつて)になさいませ。254何時(いつ)迄(まで)も兄上(あにうへ)の世話(せわ)になる訳(わけ)には行(ゆ)きませぬ。255妾(わらは)は最早(もはや)夫(をつと)の家(うち)が大切(たいせつ)で厶(ござ)います』
256右守(うもり)『ヨシツ、257よう言(い)つた、258其(その)言葉(ことば)を待(ま)つてゐたのだ。259今日(こんにち)より左守(さもり)右守(うもり)両家(りやうけ)は親戚(しんせき)でない程(ほど)に、260汝(なんぢ)一人(ひとり)の為(ため)に吾(わが)目的(もくてき)……否々(いないな)……我国(わがくに)の国力(こくりよく)発展(はつてん)の目的(もくてき)を妨害(ばうがい)するには忍(しの)びない。261キツパリ暇(ひま)をつかはすツ』
262と呶鳴(どな)りつけた。263ハルナは慌(あわ)てて立上(たちあが)り、
264ハルナ『お兄(にい)様(さま)、265カルナ姫(ひめ)の申(まを)した事(こと)、266お気(き)に障(さはり)ませうが、267何(なに)を云(い)つても女(をんな)の申(まを)した事(こと)、268又(また)兄妹(きやうだい)の間柄(あひだがら)だと思(おも)つて、269斯様(かやう)な気儘(きまま)な事(こと)を申(まを)したので厶(ござ)いませう。270折角(せつかく)刹帝利(せつていり)様(さま)、271ヒルナ姫(ひめ)様(さま)の思召(おぼしめし)に仍(よ)つて、272両家(りやうけ)和合(わがふ)致(いた)し、273其(その)祝宴(しゆくえん)として、274勿体(もつたい)なくも王(わう)様(さま)よりお招(まね)きに与(あづか)つた此(この)宴席(えんせき)に於(おい)て、275左様(さやう)な事(こと)を仰(おほ)せらるるとは、276君(きみ)に対(たい)して不忠(ふちう)と申(まを)すもの、277何卒(なにとぞ)見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し、278冷静(れいせい)にお考(かんが)へを願(ねが)ひたう厶(ござ)います』
279右守(うもり)『黙(だま)れツ青瓢箪(あをべうたん)、280汝(なんぢ)の如(ごと)き木端(こつぱ)武者(むしや)の知(し)る所(ところ)ではない』
281と云(い)ひ乍(なが)ら、282ヒルナ姫(ひめ)の顔(かほ)を一寸(ちよつと)覗(のぞ)いて見(み)た。283ヒルナ姫(ひめ)は差俯(さしうつむ)き、284両眼(りやうがん)よりハラハラと涙(なみだ)を落(おと)し、285歯(は)をくひしばつてゐる。286かかる処(ところ)へ慌(あわ)ただしく入(い)り来(きた)るは、287ライオン河(がは)の関守(せきもり)の長(ちやう)カントであつた。
288カント『ハイ申上(まをしあ)げます、289タタ大変(たいへん)な事(こと)が出来(しゆつたい)致(いた)しました』
290刹帝利(せつていり)『カント、291大変(たいへん)とは何事(なにごと)だ、292詳細(つぶさ)に言上(ごんじやう)せよ』
293 カントは胸(むね)を撫(な)で乍(なが)ら、294息苦(いきぐる)しき声(こゑ)を張(は)り上(あ)げて、
295カント『只今(ただいま)ライオン河(がは)の彼方(かなた)より、296三葉葵(みつばあふひ)のしるされたる旗(はた)、297数百旒(すうひやくりう)を押立(おした)て、298数千(すうせん)のナイトは単梯陣(たんていぢん)の姿(すがた)勇(いさ)ましく、299暴虎(ばうこ)の勢(いきほひ)を以(もつ)て、300旗鼓(きこ)堂々(だうだう)攻(せ)めよせ来(きた)りまする。301如何(いかが)致(いた)せば宜(よろ)しきや、302心(こころ)も心(こころ)ならず一目散(いちもくさん)に走(は)せ参(さん)じ、303御(ご)注進(ちうしん)に参(まゐ)りました』
304と聞(き)くより一同(いちどう)は面色(かほいろ)を変(か)へ、305暫(しば)し双手(もろて)を組(く)んで各(おのおの)沈黙(ちんもく)に入(い)る。
306(大正一二・二・一三 旧一一・一二・二八 於竜宮館 松村真澄録)
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