霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一九章 刺客(しかく)〔一三八二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻 篇:第3篇 兵権執着 よみ(新仮名遣い):へいけんしゅうちゃく
章:第19章 刺客 よみ(新仮名遣い):しかく 通し章番号:1382
口述日:1923(大正12)年02月14日(旧12月29日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月8日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
ビクトリヤ王は、二女の働きによってバラモン軍から和睦を勝ち取り、また年来の懸念であった右守から兵権を返還させることになり、気が緩んでぐったりと寝に就いた。ハルナは右守の様子がただならなかったことを気遣い、父の左守に申し出て、王の隣室に宿直を勤めた。
ハルナが物思いにふけっていると、王の居間に向かって足音を忍ばせ進んでくる者がある。男はビクトリヤ王の寝台の傍らに来ると長刀を引き抜いた。ハルナは足音を忍ばせて男の背後に近寄り、綱を男の首にかけて引っ張りまわした。
男は抜身の刀を持ったまま、気絶して廊下を引きずられていく。刹帝利はこの物音に目を覚まし、刀の鞘だけが落ちているのを見て刺客が来たと悟った。槍を取って廊下に出ると、ハルナが気絶した曲者を綱にかけている。
二人が曲者の頭巾を取って顔を改めると、右守の家令シエールであった。二人は右守に反逆の意図があることを悟り、騒ぎ立てずに対応することとした。そしてシエールを縛り上げて押入れの中に入れて置いた。ハルナは引き続き王の居間を守っている。
ヒルナ姫とカルナ姫は、自分たちの意図をバラモン軍に悟られないよう、両将軍が自分たちの膝枕で寝入ってしまってもそのまま動かずにいた。二人も夜半にうとうとと夢路に入った頃、覆面頭巾の男が足音を忍ばせて入り来たり、久米彦将軍に切りつけようとした。
カルナ姫ははっと目をさまし、曲者の腕の急所を叩いた。曲者は大刀を落としたところ、姫は手早く曲者の手を後ろに廻し、細紐で縛り上げた。
カルナ姫は将軍たちを起こし、刺客を捕えたことを報告した。一同が顔を改めると、それはビク国の右守ベルツであった。カルナ姫は実の兄を捕縛することになった自分の因果をひそかに嘆いたが、国家のためと思い直した。
鬼春別と久米彦は、ビク国側の人間が刺客に来たことに怒って和睦を取り下げ兵を呼ぼうとした。ヒルナ姫は慌てて押しとどめ、右守はビク国の中でも刹帝利に刃向っていた逆臣であることを告げてなだめた。
カルナ姫も、たかだか刺客の一人くらいは軍隊を動かさずに、自分たちに始末させて欲しいと頼み込んだ。久米彦もカルナ姫の活躍で命を救われたこともあって、この申し出に承諾した。
ヒルナ姫とカルナ姫は、城の裏門にベルツを連れて行き、ベルツの短慮をたしなめた。カルナ姫は、ヒルナ姫にベルツの命乞いをした。ヒルナ姫は、どこか田舎にでも隠れて身を忍ぶように言い含め、路銀を与えてベルツを解放した。
ベルツが闇にまぎれて逃れると、二人は両将軍にベルツを亡き者にしたと報告してごまかした。そこへ刹帝利とハルナがやってきて、自分たちのところに右守ベルツの家令が刺客にやってきたことを報告した。
右守がビク国刹帝利にも刺客を送っていたことで将軍たちの疑いは晴れた。刹帝利は曲者を退けた悪魔祓いに二次会を開こうと提案し、鬼春別も賛成した。酒宴は再開して夜を明かし、翌日の昼まで十二分に歓を尽くすことになった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:4813 OBC :rm5319
愛善世界社版:227頁 八幡書店版:第9輯 587頁 修補版: 校定版:235頁 普及版:113頁 初版: ページ備考:
001 ビクトリヤ王(わう)は敵(てき)の捕虜(ほりよ)となり、002生命(いのち)の程(ほど)も覚束(おぼつか)なき破目(はめ)になつて、003非常(ひじやう)に心(こころ)を悩(なや)ませてゐたが、004思(おも)ひもよらぬ助(たす)けに仍(よ)つて、005再(ふたた)び元(もと)の館(やかた)に帰(かへ)り、006且(かつ)ヒルナ姫(ひめ)の無事(ぶじ)なる顔(かほ)を見(み)て、007胸(むね)を撫(な)でおろす際(さい)、008年来(ねんらい)の希望(きばう)たる兵馬(へいば)の権(けん)を右守(うもり)より奉還(ほうくわん)させ、009又(また)鬼春別(おにはるわけ)、010久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)は両女(りやうぢよ)が操(あやつ)り居(を)れば大丈夫(だいぢやうぶ)と安心(あんしん)すると共(とも)に、011気(き)が緩(ゆる)みグツタリとして、012寝(しん)に就(つ)いた。013ハルナは右守司(うもりのかみ)の様子(やうす)のただならざるを気遣(きづか)ひ、014父(ちち)の許(ゆる)しを受(う)けて今晩(こんばん)は特(とく)に王(わう)の隣室(りんしつ)に宿直(とのゐ)を勤(つと)むることとなつた。
015 ハルナはカルナ姫(ひめ)の事(こと)を思(おも)ひ浮(う)かべ……ああ実(じつ)に立派(りつぱ)な女性(ぢよせい)だ。016ヒルナ姫(ひめ)様(さま)と彼(かれ)とがなかつたならば、017ビクの国(くに)は云(い)ふも愚(おろ)か、018王家(わうけ)も左守家(さもりけ)も忽(たちま)ち破滅(はめつ)の悲運(ひうん)に陥(おちい)るとこだつた。019今(いま)となつて思(おも)へば、020カルナ姫(ひめ)を自分(じぶん)がラブしたのは人事(じんじ)ではない、021全(まつた)く神(かみ)様(さま)の御(ご)摂理(せつり)だつたのだらうか。022ああ有難(ありがた)し有難(ありがた)し……と暗祈(あんき)黙祷(もくたう)しつつあつた。023そこへ足音(あしおと)を忍(しの)ばせて、024王(わう)の居間(ゐま)に向(むか)つて進(すす)み来(く)る者(もの)がある。025ハルナは耳(みみ)をすませて様子(やうす)を考(かんが)へてゐると、026ボンヤリとした行灯(あんどう)の側(そば)に現(あら)はれた黒(くろ)い男(をとこ)の影(かげ)、027行灯(あんどう)の火(ひ)に長刀(ちやうたう)をスラリと抜(ぬ)いて刃(やいば)を打眺(うちなが)め乍(なが)ら、028ニタツと笑(わら)つてゐる。029寝台(しんだい)の上(うへ)にはビクトリヤ王(わう)が吾(わが)身(み)に危急(ききふ)の迫(せま)つたことも知(し)らずに、030安々(やすやす)と眠(ねむ)つてゐる。031ハルナはスツと足音(あしおと)を忍(しの)ばせ、032綱(つな)を以(もつ)て男(をとこ)の後(うしろ)より首(くび)に引(ひつ)かけて、033綱(つな)の端(はし)を肩(かた)に引(ひつ)かけ、034トントントンと廊下(らうか)を走(はし)り出(だ)した。035腮(あご)を引(ひつ)かけられた男(をとこ)は抜身(ぬきみ)を持(も)つたまま、036ウンともスンとも言(い)はず、037廊下(らうか)を引(ひき)ずられて行(ゆ)く。
038 王(わう)は此(この)物音(ものおと)に目(め)を醒(さ)まし、039よくよく見(み)れば、040刀(かたな)の鞘(さや)が落(お)ちてゐる。041声(こゑ)を立(た)てては一大事(いちだいじ)、042何者(なにもの)かの刺客(しかく)が来(き)たに相違(さうゐ)あるまいと、043廊下(らうか)をみれば、044黒(くろ)い影(かげ)、045王(わう)は矢庭(やには)に長押(なげし)の槍(やり)を提(ひつさ)げ、046廊下(らうか)に行(いつ)てみれば、047ハルナが一人(ひとり)の男(をとこ)の首(くび)を引掛(ひつか)けて引摺(ひきず)りまはし、048男(をとこ)は気絶(きぜつ)してゐる様子(やうす)である。049王(わう)は声(こゑ)を潜(ひそ)めて、
050刹帝利(せつていり)『其(その)方(はう)はハルナではないか、051何事(なにごと)ぢや』
052ハルナ『ハイ、053怪(あや)しき者(もの)が参(まゐ)りまして、054君(きみ)の御(ご)寝室(しんしつ)を窺(うかが)ひ居(を)りました故(ゆゑ)、055後(うしろ)より窺(うかが)ひよつて、056首(くび)に綱(つな)をかけ、057ここ迄(まで)引摺(ひきず)つて参(まゐ)りました』
058刹帝利(せつていり)『ヤ、059出(で)かした出(で)かした、060一寸(ちよつと)何者(なにもの)か、061此奴(こいつ)の顔(かほ)を調(しら)べて見(み)よ』
062 ハルナは『ハイ』と答(こた)へて、063首(くび)をしつかり締(し)めておき、064手燭(てしよく)を灯(とも)して、065刺客(しかく)の面(おもて)を見(み)れば、066右守(うもり)の家令(かれい)シエールであつた。067王(わう)もハルナもハツと驚(おどろ)き、068少時(しばし)主従(しゆじゆう)は顔(かほ)を見合(みあは)せてゐた。
069ハルナ『刹帝利(せつていり)様(さま)、070此奴(こいつ)は右守(うもり)の家令(かれい)で厶(ござ)います。071之(これ)から察(さつ)しますれば、072右守(うもり)は今日(こんにち)の兵権(へいけん)奉還(ほうくわん)を恨(うらみ)に思(おも)ひ、073何(なに)か謀反(むほん)を企(たく)んでゐると見(み)えまする。074之(これ)は騒(さわ)ぎ立(た)てを致(いた)せば却(かへつ)て敵(てき)の術中(じゆつちう)に陥(おちい)るかも知(し)れませぬ。075ソツと、076シエールを、077仮令(たとへ)生(い)き還(かへ)つても動(うご)けないやうに手足(てあし)を縛(しば)り、078隠(かく)しておきませう』
079刹帝利(せつていり)『ウン、080ア、081それが宜(よ)からう。082実(じつ)に右守(うもり)といふ奴(やつ)は、083暴悪(ばうあく)無道(ぶだう)の曲者(くせもの)だのう』
084ハルナ『御意(ぎよい)に厶(ござ)います。085王(わう)様(さま)も十分(じふぶん)に御(ご)注意(ちゆうい)をなさいませ』
086と言(い)ひ乍(なが)ら、087シエールを高手(たかて)小手(こて)にいましめ、088押入(おしいれ)の中(なか)に突(つ)つ込(こ)んで素知(そし)らぬ顔(かほ)をなし一睡(いつすゐ)もせず、089刹帝利(せつていり)の居間(ゐま)に、090ハルナは付添(つきそ)ひ、091厳(きび)しく守(まも)つてゐる。
092 ヒルナ姫(ひめ)、093カルナ姫(ひめ)は、094鬼春別(おにはるわけ)、095久米彦(くめひこ)、096スパール、097エミシ、098シヤム、099マルタの賓客(ひんきやく)が他愛(たあい)もなく酔(ゑ)ひ潰(つぶ)れてゐるので、100席(せき)を外(はづ)さうかと一度(いちど)は考(かんが)へたが、101注意深(ちういぶか)き両人(りやうにん)のこととて……イヤイヤ待(ま)て待(ま)て今(いま)が一大事(いちだいじ)の場合(ばあひ)だ。102刹帝利(せつていり)様(さま)に会(あ)うて、103一度(いちど)事情(じじやう)を詳(くは)しく申上(まをしあ)げたいけれど、104六(ろく)人(にん)の中(なか)に一人(ひとり)や二人(ふたり)、105熟睡(じゆくすゐ)を装(よそほ)ひ、106もしや様子(やうす)を考(かんが)へてる者(もの)があれば大変(たいへん)だ。107ああ会(あ)ひたいなア……と心(こころ)は頻(しき)りに焦(いら)て共(ども)、108大事(だいじ)をふんで、109鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)に膝枕(ひざまくら)させ、110自分(じぶん)は何(なに)喰(く)はぬ面(かほ)にて、111日(ひ)が暮(く)れてもジツと坐(すわ)つてゐた。112又(また)カルナ姫(ひめ)は一時(ひととき)も早(はや)く恋(こひ)しき夫(をつと)のハルナに事(こと)の顛末(てんまつ)を報告(はうこく)したいものだ、113そして一言(ひとこと)褒(ほ)めて頂(いただ)きたいものと思(おも)へ共(ども)、114これ亦(また)、115六(ろく)人(にん)の中(うち)に一人(ひとり)や二人(ふたり)は様子(やうす)を考(かんが)へてゐるものがあらうも知(し)れぬと大事(だいじ)をふんで、116ヒルナ姫(ひめ)同様(どうやう)に久米彦(くめひこ)に膝枕(ひざまくら)させ、117時々(ときどき)ヒルナ姫(ひめ)に目(め)を以(もつ)て、118話(はなし)をしてゐた。119併(しか)し乍(なが)ら此(この)六(ろく)人(にん)は何(いづ)れも真剣(しんけん)に酔(よ)ひ潰(つぶ)れ、120前後(ぜんご)も知(し)らずになつてゐたのである。
121 夜(よる)の嵐(あらし)は館(やかた)の外(そと)を音(おと)を立(た)てて吹(ふ)いてゐる。122風(かぜ)に煽(あふ)られて雨戸(あまど)はガタガタガタガタと慄(ふる)ひ声(ごゑ)を出(だ)してゐる。123二女(にぢよ)はウトリ ウトリと夢路(ゆめぢ)に入(い)つた。124そこへ覆面(ふくめん)頭巾(づきん)の大男(おほをとこ)が大刀(だいたう)を引(ひ)き抜(ぬ)き足音(あしおと)を忍(しの)ばせて入(い)り来(きた)り、125先(ま)づ久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)に向(むか)つて、126一刀(いつたう)の下(もと)に斬(き)りつけむとした。127此(この)時(とき)ハツと目(め)を醒(さ)まし、128矢庭(やには)にカルナ姫(ひめ)は曲者(くせもの)の腕(かひな)の急所(きふしよ)を叩(たた)いた。129曲者(くせもの)はバラリと大刀(だいたう)を落(おと)した、130姫(ひめ)は手早(てばや)く後手(うしろで)に廻(まは)し、131細紐(ほそひも)を懐(ふところ)より出(だ)して縛(しば)り上(あ)げ、132グツと頭(あたま)を押(おさ)へて動(うご)かせず、
133カルナ姫(ひめ)『将軍(しやうぐん)様(さま)、134ヒルナ様(さま)、135皆様(みなさま)、136起(お)きて下(くだ)さいませ、137刺客(しかく)が参(まゐ)りました』
138と呼(よ)ばはる声(こゑ)に何(いづ)れも目(め)を醒(さ)まし、
139『何(なん)だ何(なん)だ』
140とカルナの側(そば)に寄(よ)つて来(く)る。141カルナは、
142カルナ姫(ひめ)『モシ将軍(しやうぐん)様(さま)、143曲者(くせもの)が参(まゐ)りました。144貴方(あなた)方(がた)を刺(さ)す積(つもり)でやつて来(き)ましたので、145妾(わらは)が今(いま)ふん縛(じば)つた所(ところ)で厶(ござ)います』
146久米彦(くめひこ)『ヤ、147それはお手柄(てがら)お手柄(てがら)、148某(それがし)も危(あぶ)ない所(ところ)で厶(ござ)つた。149して曲者(くせもの)は何者(なにもの)で厶(ござ)るかな』
150カルナ姫(ひめ)『何者(なにもの)だか黒頭巾(くろづきん)を被(かぶ)つて居(を)りますので分(わか)りませぬ、151何卒(どうぞ)灯火(あかり)を此処(ここ)へ持(も)つて来(き)て下(くだ)さいませ』
152 ヒルナ姫(ひめ)は行灯(あんどう)を提(さ)げて近(ちか)づき来(きた)り、153黒頭巾(くろづきん)をぬがせば、154豈計(あにはか)らむや、155右守(うもり)のベルツであつた。156ベルツは前(まへ)にカルナに腕(かひな)を短刀(たんたう)にて刺(さ)され、157夫(そ)れが為(ため)に思(おも)ふ様(やう)に手(て)が動(うご)かず、158苦(く)もなくカルナに縛(しば)られたのである。159ヒルナもカルナもハツと驚(おどろ)いたが、160素知(そし)らぬ面(かほ)にて、
161『アレまあ』
162と空(そら)とぼけてゐる。163カルナは心(こころ)の中(うち)にて……人(ひと)もあらうに、164自分(じぶん)の兄(あに)を捕縛(ほばく)せねばならぬとは、165何(なん)とした身(み)の因果(いんぐわ)だらう。166併(しか)し乍(なが)ら御国(みくに)の為(ため)、167王家(わうけ)の為(ため)ならば、168仮令(たとへ)兄(あに)だとて見逃(みのが)す訳(わけ)に行(ゆ)かぬ……と直(すぐ)に心(こころ)を取直(とりなほ)した。
169鬼春別(おにはるわけ)『大方(おほかた)刹帝利(せつていり)の廻(まは)し者(もの)で厶(ござ)らう。170命(いのち)を助(たす)けて貰(もら)ひ乍(なが)ら、171酒宴(しゆえん)に事(こと)よせ、172吾々(われわれ)に油断(ゆだん)を致(いた)させ、173暗殺(あんさつ)致(いた)さうなどとは、174以(もつ)ての外(ほか)の不都合(ふつがふ)千万(せんばん)。175ヨーシツ、176これから拙者(せつしや)が刹帝利(せつていり)は申(まを)すに及(およ)ばず、177何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も一人(ひとり)も残(のこ)らず、178炮烙(はうらく)の刑(けい)に処(しよ)してくれむ。179や、180スパール、181エミシ、182百(ひやく)人(にん)計(ばか)りの兵士(つはもの)を、183直様(すぐさま)引率(ひきつ)れ来(きた)れ』
184 ヒルナ姫(ひめ)は慌(あわ)てて押止(おしとど)め、
185ヒルナ姫(ひめ)『モシ将軍(しやうぐん)様(さま)、186一寸(ちよつと)お待(ま)ち下(くだ)さいまし、187決(けつ)してこれは刹帝利(せつていり)様(さま)の謀(はかりごと)だ厶(ござ)いませぬ。188此(この)男(をとこ)は刹帝利(せつていり)に仕(つか)ふる右守司(うもりのかみ)といふ悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)の曲者(くせもの)で厶(ござ)います。189貴方(あなた)様(さま)の御(ご)威勢(ゐせい)を妬(ねた)み、190自分(じぶん)が兵馬(へいば)の権(けん)を握(にぎ)らむと企(くはだ)て、191夜中(やちう)に忍(しの)び込(こ)んだものとみえます。192何卒(どうぞ)少時(しばし)軍隊(ぐんたい)を引入(ひきい)れることはお待(ま)ち下(くだ)さいませ』
193久米彦(くめひこ)『鬼春別(おにはるわけ)殿(どの)、194容易(ようい)ならざる事変(じへん)で厶(ござ)る。195仰(おほ)せの如(ごと)く、196少(すくな)くとも一百(いつぴやく)計(ばか)りの兵士(へいし)を此(この)場(ば)へ引(ひき)よせた方(はう)が御(お)互(たがひ)の安全(あんぜん)で宜(よろ)しからう』
197カルナ姫(ひめ)『吾(わが)夫(つま)、198久米彦(くめひこ)様(さま)、199先(ま)づお待(ま)ちなさいませ。200音(おと)に名高(なだか)き英雄(えいゆう)豪傑(がうけつ)の将軍(しやうぐん)様(さま)、201かかる腰抜(こしぬけ)男(をとこ)一人(ひとり)位(ぐらゐ)に、202兵(へい)を用(もち)ふるなどとは、203将軍(しやうぐん)様(さま)の沽券(こけん)に拘(かかは)ります。204何卒(どうぞ)妾(わらは)を愛(あい)し玉(たま)ふならば、205左様(さやう)なことをなさらずに、206此処(ここ)で処置(しよち)をして下(くだ)さいませ』
207 久米彦(くめひこ)は最愛(さいあい)のカルナに止(とど)められ、208且(かつ)又(また)カルナに危(あやふ)き命(いのち)を救(すく)はれたのだから、209之(これ)を否(いな)む勇気(ゆうき)はなかつた。
210久米彦(くめひこ)『ウン、211ヨシヨシ、212然(しか)らば其方(そなた)に一任(いちにん)する。213鬼春別(おにはるわけ)殿(どの)、214てもさても弱虫(よわむし)共(ども)で厶(ござ)るな。215拙者(せつしや)が妻(つま)、216カルナ姫(ひめ)の細腕(ほそうで)に脆(もろ)くも捕(とら)はれたる如(ごと)き蠅虫(はへむし)、217最早(もはや)御(ご)安心(あんしん)なさいませ』
218カルナ姫(ひめ)『モシ両将軍(りやうしやうぐん)様(さま)、219此(この)男(をとこ)は如何(いかが)なさいますか』
220鬼春別(おにはるわけ)『ウーン、221久米彦(くめひこ)の奥方(おくがた)にお預(あづ)け致(いた)す。222併(しか)し乍(なが)ら決(けつ)して秋波(しうは)を送(おく)つちやならないぞ』
223カルナ姫(ひめ)『ホホホホホ、224何(なに)御(ご)冗談(じようだん)仰有(おつしや)います。225ササ曲者(くせもの)、226こちらへ来(きた)れ……ヒルナさま、227貴女(あなた)と妾(わらは)と此奴(こいつ)を庫(くら)の中(なか)へ突込(つつこ)んでやりませうね』
228ヒルナ姫(ひめ)『左様(さやう)で厶(ござ)いますな。229憎(につく)き奴(やつ)共(ども)充分(じゆうぶん)に懲(こ)らしめてやりませう。230鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)様(さま)、231少時(しばし)お暇(ひま)を下(くだ)さいませ、232直(すぐ)に帰(かへ)つて参(まゐ)ります。233此(この)曲者(くせもの)を、234妾(わらは)等(ら)紅裙隊(こうくんたい)が思(おも)ふ存分(ぞんぶん)苦(くるし)めねばなりませぬ、235此(この)様(やう)な者(もの)を生(い)かしておけば、236何時(いつ)又(また)貴方(あなた)様(さま)の首(くび)を狙(ねら)ふか知(し)れませぬからね』
237鬼春別(おにはるわけ)『ウン、238ヨシヨシ、239突殺(つきころ)さうと、240嬲殺(なぶりごろ)しにしようと、241焼(や)いて食(く)はうと、242煮(に)て食(く)はうとお前(まへ)の勝手(かつて)だ。243云(い)はば紅裙隊(こうくんたい)の戦利品(せんりひん)だ。244早(はや)く何処(どつか)へ伴(つ)れて行(い)つて片付(かたづ)けたがよからう』
245ヒルナ姫(ひめ)『左様(さやう)なれば、246此(この)曲者(くせもの)を自由(じいう)にさして頂(いただ)きます。247カルナさま、248本当(ほんたう)に愉快(ゆくわい)ですね。249身体(からだ)一面(いちめん)空地(あきち)なく短刀(たんたう)でついてついて突(つ)きまくつてやりませうかね』
250カルナ姫(ひめ)『さうですね、251面白(おもしろ)いでせう。252併(しか)し男(をとこ)さまが見(み)てゐられると恥(はづか)しいワ。253久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)様(さま)に残酷(ざんこく)な女(をんな)だと愛想(あいさう)つかされるのが厭(いや)ですもの……』
254久米彦(くめひこ)『タカが腰抜(こしぬけ)武者(むしや)の一人(ひとり)、255拙者(せつしや)の眼中(がんちう)にない、256お前(まへ)の目(め)ざましに、257自由(じいう)自在(じざい)にさいなんで来(く)るがよからうよ』
258 二人(ふたり)は都合(つがふ)よく両将軍(りやうしやうぐん)を誤魔化(ごまくわ)し、259城(しろ)の裏門(うらもん)に右守(うもり)を連(つ)れ行(ゆ)き、260声(こゑ)を潜(ひそ)めて、
261ヒルナ姫(ひめ)『貴方(あなた)はベルツさまだ厶(ござ)いませぬか。262何(なん)といふさもしい心(こころ)をお出(だ)しなさつたのですか』
263ベルツ『ウン、264面目(めんぼく)次第(しだい)もないことだ。265どうか許(ゆる)してくれ、266……いやお姫(ひめ)様(さま)、267許(ゆる)して下(くだ)さいませ』
268カルナ姫(ひめ)『貴方(あなた)兄上(あにうへ)だ厶(ござ)いませぬか、269妾(わらは)が居(を)らなかつたなれば、270貴方(あなた)の命(いのち)は到底(たうてい)助(たす)かりませぬぞえ。271ああして六(ろく)人(にん)の男(をとこ)が寝(ね)たマネをしてゐるのは、272決(けつ)して本当(ほんたう)に寝(ね)てゐるのぢや厶(ござ)いませぬ。273酔(よ)うた真似(まね)をして、274スツカリ様子(やうす)を考(かんが)へてゐるのですよ。275貴方(あなた)は早(はや)く改心(かいしん)して下(くだ)さらぬと、276右守家(うもりけ)はどうなるか知(し)れませぬよ。277早(はや)く兵馬(へいば)の権(けん)を刹帝利(せつていり)様(さま)に奉還(ほうくわん)し、278誠(まこと)を現(あら)はしなさいませ』
279ベルツ『実(じつ)の所(ところ)は、280スツカリ奉還(ほうくわん)して了(しま)つたのだ。281併(しか)し乍(なが)ら、282それが残念(ざんねん)さに、283刺客(しかく)となつて入(い)り込(こ)んだのだ』
284カルナ姫(ひめ)『姫(ひめ)様(さま)、285何(ど)うで厶(ござ)いませう。286助(たす)けてやる訳(わけ)には行(ゆ)きますまいかな』
287ヒルナ姫(ひめ)『コレ右守(うもり)さま、288サ、289此(この)裏門(うらもん)から落(おち)のびなさいませ。290貴方(あなた)の陰謀(いんぼう)が露見(ろけん)した上(うへ)は到底(たうてい)命(いのち)はありませぬ。291之(これ)を路銀(ろぎん)にして暗(やみ)に紛(まぎ)れて、292田舎(いなか)の隅(すみ)へでも身(み)をお忍(しの)びなさいませ』
293と懐(ふところ)から路銀(ろぎん)を出(だ)してベルツに渡(わた)した。
294 ベルツは幾度(いくど)も押(お)し戴(いただ)き、295感謝(かんしや)の涙(なみだ)と共(とも)に裏門(うらもん)より何処(いづく)ともなく落(お)ちのびて了(しま)つた。296二人(ふたり)の女(をんな)は漸(やうや)くにして元(もと)の座席(ざせき)に帰(かへ)つて来(き)た。
297ヒルナ姫(ひめ)『将軍(しやうぐん)様(さま)、298永(なが)らくお待(ま)たせ申(まを)しました。299随分(ずいぶん)骨(ほね)が折(を)れましたよ。300何(なん)と云(い)つても女(をんな)のチヨロイ腕(うで)で、301所(ところ)構(かま)はず切(き)りさいなんだのですもの、302私(わたし)もあんな厭(いや)らしいことはゾツと致(いた)しますワ』
303鬼春別(おにはるわけ)『そらさうだらう、304平和(へいわ)の女神(めがみ)様(さま)が、305人(ひと)を殺(ころ)すのだもの』
306ヒルナ姫(ひめ)『イエイエ私(わたし)はホンの髪(かみ)の毛(け)丈(だけ)切(き)りそめてやりました。307後(あと)はカルナさまがスツカリやつて了(しま)つたのです。308本当(ほんたう)にカルナさまは女丈夫(ぢよぢやうぶ)ですワ』
309久米彦(くめひこ)『アハハハハ、310流石(さすが)はカルナだ。311曲者(くせもの)を引捉(ひつとら)へたのもカルナ、312制敗(せいばい)したのもカルナだ。313ヘヘヘヘ、314久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)の意(い)を得(え)たりと云(い)ふべしだ』
315と得意(とくい)になる。
316 刹帝利(せつていり)はハルナ、317左守(さもり)を伴(ともな)ひ、318此(この)場(ば)に現(あら)はれ来(きた)り、319一同(いちどう)の前(まへ)に手(て)をついて、
320刹帝利(せつていり)『皆様(みなさま)、321私(わたし)の居間(ゐま)には大変(たいへん)なことが出来(でき)まして、322お蔭(かげ)により命(いのち)だけは助(たす)かりました』
323鬼春別(おにはるわけ)『何事(なにごと)が出来(しゆつたい)致(いた)しましたかな』
324刹帝利(せつていり)『ハイ、325つい只今(ただいま)のこと、326覆面(ふくめん)頭巾(づきん)の黒装束(くろしやうぞく)をした男(をとこ)が、327拙者(せつしや)の寝息(ねいき)を伺(うかが)ひ、328大刀(だいたう)を提(ひつさ)げ、329アワヤ打(うち)おろさむとする時(とき)しも、330宿直(とのゐ)を勤(つと)めてる此(この)ハルナがツと後(うしろ)から綱(つな)をかけて曲者(くせもの)を引(ひ)き倒(たふ)し、331縛(しば)りつけ、332今(いま)押入(おしいれ)の中(なか)へ突込(つつこ)んでおいたとこで厶(ござ)います。333実(じつ)に物騒(ぶつそう)千万(せんばん)なことで厶(ござ)います』
334 カルナは、335ハルナが功名(こうみやう)手柄(てがら)をしたといふことを聞(き)いて何(なん)となく誇(ほこ)りを感(かん)じた。
336鬼春別(おにはるわけ)『其(その)曲者(くせもの)は何者(なにもの)で厶(ござ)るかな』
337刹帝利(せつていり)『ハイ、338実(じつ)にお恥(はづか)しいこと乍(なが)ら、339右守(うもり)の家令(かれい)シエールといふ悪人(あくにん)で厶(ござ)います』
340鬼春別(おにはるわけ)『成程(なるほど)、341拙者(せつしや)の居間(ゐま)へもたつた今(いま)、342右守(うもり)のベルツといふ奴(やつ)、343忍(しの)び入(い)り、344暗殺(あんさつ)せむと致(いた)した所(ところ)、345此(この)カルナの腕(うで)に取押(とりおさ)へられ、346高手(たかて)小手(こて)にいましめられ、347今(いま)や、348此(この)二人(ふたり)のナイスに恨(うらみ)の刃(やいば)を喰(くら)つて、349寂滅(じやくめつ)致(いた)した所(ところ)で厶(ござ)る。350アハハハハ』
351刹帝利(せつていり)『何(なに)、352右守(うもり)が、353左様(さやう)なことを致(いた)しましたか、354実(じつ)に無礼(ぶれい)な奴(やつ)で厶(ござ)います。355併(しか)し乍(なが)ら悪人(あくにん)は貴方(あなた)方(がた)の為(ため)に滅(ほろ)び、356此(この)様(やう)な嬉(うれ)しいことは厶(ござ)いませぬ。357サ、358之(これ)から悪魔払(あくまばらひ)に、359マ一度(いちど)二次会(にじくわい)でも開(ひら)きませう』
360鬼春別(おにはるわけ)『ヤそれは痛(いた)み入(い)る。361アア併(しか)し乍(なが)ら、362かやうな危険(きけん)を遁(のが)れたのだから、363遠慮(ゑんりよ)なく頂(いただ)きませう。364そして其(その)シエールといふ曲者(くせもの)を肴(さかな)と致(いた)し、365一杯(いつぱい)頂(いただ)けば尚々(なほなほ)妙(めう)で厶(ござ)らう。366アハハハハ』
367 かくして再(ふたたび)酒宴(しゆえん)に移(うつ)り、368其(その)夜(よ)を明(あか)し、369翌日(よくじつ)も昼(ひる)の七(なな)つ時(どき)迄(まで)おつ続(つづ)けに歌(うた)を歌(うた)ひ舞(ま)ひ狂(くる)ひ十二分(じふにぶん)の歓(くわん)を尽(つく)すこととなつた。
370(大正一二・二・一四 旧一一・一二・二九 於竜宮館 松村真澄録)
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