霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一二章 鬼(おに)の恋(こひ)〔一三七五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻 篇:第2篇 貞烈亀鑑 よみ(新仮名遣い):ていれつきかん
章:第12章 鬼の恋 よみ(新仮名遣い):おにのこい 通し章番号:1375
口述日:1923(大正12)年02月13日(旧12月28日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月8日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
鬼春別は剣のつかを握って久米彦を叱責した。久米彦は、女を追い出せと言うなら辞職する、と売り言葉に買い言葉になった。
カルナ姫は、久米彦が軍籍にいるから自分は気に入ったのだが、辞職するなら鬼春別に仕えることにする、と発言した。鬼春別も、久米彦が辞職したら自分が一人で軍隊を統率しなければならなくなるから、利発なカルナ姫を副将軍にそればいい、と勝手な理屈をひねって、カルナ姫を自分のものにしようと野心を起こしだした。
久米彦はあわてて、行きがかり上そう言っただけで辞職するつもりはない、と言い改めた。鬼春別はむっとして、自分は上官の権利で久米彦を免職し、カルナ姫を副将軍にすると言い張った。
二人がにらみ合っていると、鬼春別の副官・スパールが一人の美人を連れて鬼春別に献上しに来た。女の顔を見ると、カルナ姫に勝る美人である。これはヒルナ姫が、やはりカルナ姫と同じ作戦でわざとバラモン軍に捕らえられたのであった。
鬼春別はこれを見て久米彦との矛を収め、ヒルナ姫を自分のテントに連れてこさせた。ヒルナ姫はわざと隣のテントに聞こえるように、自分はビク国の豪農の娘で、カルナ姫は侍女だということを歌ってきかせた。
鬼春別がヒルナ姫とのろけていると、久米彦がやってきた。久米彦は、カルナ姫がヒルナ姫の侍女だと聞いて、ヒルナ姫が鬼春別の妻となったら、自分はその侍女をめとったというkとおが面白くなく、談判に来たのであった。
ヒルナ姫はバラモン軍を内部から瓦解させようとという作戦だから、久米彦にも秋波を送り、気を持たせた。
ついに鬼春別と久米彦は言い争いになり、互いに刀を抜いて切り合いを始めた。様子を聞いて驚いたカルナ姫が鬼春別のテントに飛んできたが、ハルナ姫は目で合図をした。二人はわざと、恐そうにテントの隅で震えている。
副官たちはテントに戻ってくると二人の将軍が刀を抜いて切り合いをしているので驚いて中に割って入り、二人をいさめた。鬼春別と久米彦は潮時と剣をさやにおさめて腰を下ろした。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-03-09 17:14:34 文字数:7849 OBC :rm5312
愛善世界社版:123頁 八幡書店版:第9輯 548頁 修補版: 校定版:128頁 普及版:62頁 初版: ページ備考:
001 鬼春別(おにはるわけ)は厳然(げんぜん)として姿勢(しせい)を整(ととの)へ、002佩剣(はいけん)の柄(つか)を左手(ゆんで)に握(にぎ)り、003蠑螈(いもり)が立上(たちあが)つたやうなスタイルで、
004鬼春別『久米彦(くめひこ)殿(どの)、005陣中(ぢんちう)に女(をんな)を引入(ひきい)れる事(こと)は、006軍律(ぐんりつ)の上(うへ)から見(み)ても許(ゆる)す可(べか)らざる所(ところ)で厶(ござ)る。007何故(なにゆゑ)斯(かく)の如(ごと)き美人(びじん)を陣中(ぢんちう)に引(ひき)よせ、008軍務(ぐんむ)を忘(わす)れ、009狂態(きやうたい)を演(えん)じらるるか』
010久米彦(くめひこ)『ハイ、011拙者(せつしや)が軍律(ぐんりつ)に反(そむ)き、012女(をんな)を引入(ひきい)れたと云(い)つてお咎(とが)めになるならば、013是非(ぜひ)は厶(ござ)いませぬ。014只今(ただいま)限(かぎ)り責任(せきにん)を帯(お)びて辞職(じしよく)を仕(つかまつ)ります』
015 鬼春別(おにはるわけ)は久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)に今(いま)辞職(じしよく)されては大変(たいへん)だと心(こころ)に驚(おどろ)き乍(なが)らも、016平然(へいぜん)として、
017鬼春別(おにはるわけ)『貴殿(きでん)が辞職(じしよく)が望(のぞ)みとあらば、018辞職(じしよく)を許(ゆる)してもやらう、019併(しか)し乍(なが)ら今日(こんにち)は許(ゆる)す事(こと)は罷(まか)りなりませぬ。020一(いち)時(じ)も早(はや)く此(この)女(をんな)を追出(おひだ)しめされ』
021久米彦(くめひこ)『此(この)女(をんな)を追出(おひだ)す位(くらゐ)ならば、022只今(ただいま)限(かぎ)りお暇(ひま)を頂(いただ)きませう』
023 カルナ姫(ひめ)は二人(ふたり)の中(なか)に葛藤(かつとう)を起(おこ)さしめ、024バラモン軍(ぐん)を根底(こんてい)から攪乱(かくらん)するは此(この)時(とき)と、025心中(しんちう)に画策(くわくさく)を定(さだ)め、
026カルナ姫(ひめ)『これはこれは、027勇壮(ゆうさう)な活溌(くわつぱつ)な、028凛々(りり)しき男(をとこ)らしき、029最(もつとも)敬愛(けいあい)する、030音(おと)に名高(なだか)き英雄(えいゆう)豪傑(がうけつ)、031其(その)御(ご)威勢(ゐせい)は日月(じつげつ)の如(ごと)き鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)様(さま)、032初(はじ)めて御(お)目(め)にかかりまする。033女(をんな)の身(み)として陣中(ぢんちう)に入(い)り来(きた)る事(こと)は、034軍律(ぐんりつ)上(じやう)不都合(ふつがふ)かは存(ぞん)じませぬが、035妾(わらは)は決(けつ)して自(みづか)ら望(のぞ)んで陣中(ぢんちう)を御(ご)訪問(はうもん)申(まを)したのでは厶(ござ)いませぬ。036ビクトル山(さん)の神王(しんわう)の森(もり)へ参拝(さんぱい)せむと、037一人(ひとり)のお友達(ともだち)と共(とも)に来(きた)る折(をり)しも、038貴方(あなた)の部下(ぶか)に出会(であ)ひ、039路傍(ろばう)に蹴(け)り倒(たふ)され、040目(め)を眩(ま)かしてゐました。041実(じつ)に無残(むざん)な武士(ぶし)もあるもので厶(ござ)います。042そこへエミシ、043マルタの士官(しくわん)様(さま)が御(お)通(とほ)り遊(あそ)ばし、044妾(わらは)を助(たす)けて此処(ここ)へ送(おく)り届(とどけ)て下(くだ)さいました。045其(その)御(ご)親切(しんせつ)は決(けつ)して忘(わす)れは致(いた)しませぬ。046之(これ)も全(まつた)く将軍(しやうぐん)様(さま)の日頃(ひごろ)の御(ご)訓練(くんれん)と御(ご)統率(とうそつ)の宜(よろ)しきを得(え)たるが為(ため)で厶(ござ)いませう。047妾(わらは)が救(すく)はれましたのは、048全(まつた)く鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)の御(ご)余光(よくわう)と感謝(かんしや)致(いた)して居(を)ります。049何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)仁慈(じんじ)の御心(みこころ)を以(もつ)て、050此(この)陣営(ぢんえい)に静養(せいやう)さして下(くだ)さいますれば、051お肩(かた)も揉(も)みまするし、052御飯(ごはん)も焚(た)かして貰(もら)ひます。053如何(いか)に軍律(ぐんりつ)厳(きび)しき陣中(ぢんちう)なればとて、054三軍(さんぐん)を指揮(しき)遊(あそ)ばす将軍(しやうぐん)様(さま)に、055女(をんな)がなくては不都合(ふつがふ)で厶(ござ)いませう。056一兵卒(いつぺいそつ)ならばいざ知(し)らず、057苟(いやしく)も尊貴(そんき)の身(み)を以(もつ)て、058仮令(たとへ)軍中(ぐんちう)とはいへ独身(どくしん)生活(せいくわつ)とは恐(おそ)れ入(い)つた事(こと)で厶(ござ)います』
059 鬼春別(おにはるわけ)はカルナ姫(ひめ)の阿諛(あゆ)諂侫(てんねい)の言葉(ことば)を真(ま)に受(う)けて、060俄(にはか)に態度(たいど)を一変(いつぺん)し、061閻魔顔(えんまがほ)は忽(たちま)ち地蔵顔(ぢざうがほ)と変(へん)じて了(しま)つた。062そして言葉(ことば)やさしく、063カルナに向(むか)ひ、
064鬼春別(おにはるわけ)『成程(なるほど)、065其方(そなた)の云(い)はるる通(とほ)りだ。066久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)は辞職(じしよく)を致(いた)すと云(い)ふなり、067さすれば拙者(せつしや)は只(ただ)一人(ひとり)、068此(この)軍隊(ぐんたい)を統率(とうそつ)するには、069最(もつとも)不便(ふべん)を感(かん)ずる次第(しだい)だ。070其方(そなた)は察(さつ)する所(ところ)、071高等(かうとう)教育(けういく)を受(う)けてる様(やう)だから、072女(をんな)だつて将軍(しやうぐん)が勤(つと)まらない筈(はず)はあるまい。073只今(ただいま)より久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)の後(あと)を襲(おそ)はしめ、074女将軍(ぢよしやうぐん)として任(にん)ずるであらう。075伊邪那岐(いざなぎの)大神(おほかみ)は黄泉(よもつ)比良坂(ひらさか)の戦(たたか)ひに、076松(まつ)竹(たけ)梅(うめ)の女将軍(ぢよしやうぐん)を使(つか)はし、077大勝利(だいしようり)を得(え)られた例(ため)しもある。078女房(にようばう)としておくのは軍律(ぐんりつ)に反(そむ)くかは知(し)らねども、079将軍(しやうぐん)として相並(あひなら)び軍機(ぐんき)に尽(つく)すは軍律(ぐんりつ)違反(ゐはん)でもない』
080と勝手(かつて)な理窟(りくつ)を捻(ひね)り出(だ)し、081カルナ姫(ひめ)を自分(じぶん)のものにせむと早(はや)くも野心(やしん)を起(おこ)し出(だ)した。
082カルナ姫(ひめ)『ハイ、083有難(ありがた)う厶(ござ)います。084妾(わらは)は久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)様(さま)が、085軍籍(ぐんせき)に将軍(しやうぐん)としてゐられるのが大変(たいへん)気(き)に入(い)りましたので、086実(じつ)の所(ところ)は仮情約(かりじやうやく)を締結(ていけつ)致(いた)しましたなれど、087女(をんな)に心(こころ)を奪(うば)はれ、088千騎(せんき)一騎(いつき)の場合(ばあひ)に、089将軍職(しやうぐんしよく)を辞(じ)するといふやうな腰(こし)の弱(よわ)いハイカラ男子(だんし)にはホトホト愛想(あいさう)が尽(つ)きまして厶(ござ)います。090何卒(なにとぞ)鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)様(さま)、091憐(あは)れな女(をんな)で厶(ござ)いますから何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)可愛(かあい)がつて頂(いただ)きたう厶(ござ)います。092其(その)代(かは)り妾(わらは)はあらむ限(かぎ)りのベストを尽(つく)し、093其(その)任務(にんむ)を恥(はづか)しめない考(かんが)へで厶(ござ)います』
094 久米彦(くめひこ)は慌(あわて)てカルナ姫(ひめ)の口(くち)に手(て)をあてる様(やう)な風(ふう)で、
095久米彦(くめひこ)『イヤイヤ、096カルナ殿(どの)、097決(けつ)して拙者(せつしや)は辞職(じしよく)は致(いた)さぬ。098御(ご)安心(あんしん)なされ、099鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)が余(あま)り拙者(せつしや)の恋愛(れんあい)を干渉(かんせう)なさるものだから、100つひ言(い)ひ上(あが)りになつて、101辞職(じしよく)を致(いた)すと申(まを)したのだよ。102ここ迄(まで)捏(こ)ね上(あ)げた地位(ちゐ)を、103さうムザムザと捨(す)てる馬鹿者(ばかもの)があるか、104よう考(かんが)へてみよ。105吾々(われわれ)の自由(じいう)意志(いし)を束縛(そくばく)し、106圧迫(あつぱく)せむとする者(もの)あらば、107仮令(たとへ)上官(じやうくわん)と雖(いへど)も自己(じこ)保護(ほご)の為(ため)に切(き)り捨(す)ててみせる。108マアマア安心(あんしん)を致(いた)すがよい、109かう見(み)えても拙者(せつしや)は沈勇(ちんゆう)だ。110ハツハハハ』
111カルナ姫(ひめ)『ああさうで厶(ござ)いましたか、112それを聞(き)いてヤツと安心(あんしん)致(いた)しました、113然(しか)らば貴方(あなた)様(さま)と夫婦(ふうふ)たることを予約(よやく)致(いた)しませう。114ねえ久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)様(さま)』
115 鬼春別(おにはるわけ)はムツとした顔(かほ)で又(また)もや怒(いか)り出(だ)し、
116鬼春別(おにはるわけ)『いかに久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)が軍職(ぐんしよく)に止(とど)まらむと致(いた)す共(とも)、117総(そう)司令官(しれいくわん)たる某(それがし)が承諾(しようだく)致(いた)さぬ限(かぎ)りは駄目(だめ)だ。118一旦(いつたん)武士(ぶし)の口(くち)から辞職(じしよく)を申出(まをしいで)た以上(いじやう)は、119ヨモヤ撤回(てつくわい)することは出来(でき)まい、120それでは男子(だんし)とは申(まを)されぬ。121覆水(ふくすゐ)は盆(ぼん)に返(かへ)らず、122吐(は)いた唾(つば)は呑(の)めない道理(だうり)、123鬼春別(おにはるわけ)は断然(だんぜん)と久米彦(くめひこ)が職(しよく)を解(と)き、124カルナ姫(ひめ)を以(もつ)て副将軍(ふくしやうぐん)と致(いた)すに仍(よ)つて、125久米彦(くめひこ)殿(どの)、126剣(けん)を投出(なげだ)し、127軍服(ぐんぷく)を着替(きか)へて、128早々(さうさう)に此(この)場(ば)を退却(たいきやく)めされ』
129久米彦(くめひこ)『これは又(また)理不尽(りふじん)な、130何咎(なにとが)あつて、131大黒主(おほくろぬし)より任命(にんめい)されたる拙者(せつしや)の将軍職(しやうぐんしよく)を褫奪(ちだつ)せんとなさるるか、132チツとは僣越(せんゑつ)で厶(ござ)らうぞや。133そんな乱暴(らんばう)な御(ご)命令(めいれい)には、134久米彦(くめひこ)断(だん)じて服従(ふくじゆう)仕(つかまつ)りませぬ』
135と声(こゑ)を尖(とが)らし抗弁(かうべん)した。
136鬼春別(おにはるわけ)『何(なん)と云(い)つても、137上官(じやうくわん)の命令(めいれい)は大黒主(おほくろぬし)の命令(めいれい)だ。138グヅグヅ言(い)はずに退却(たいきやく)めされ。139カルナ殿(どの)、140如何(いかが)で厶(ござ)る。141拙者(せつしや)の権威(けんゐ)は此(この)通(とほ)り、142仮令(たとへ)久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)たり共(とも)、143只(ただ)一言(いちごん)の下(もと)に左右(さいう)する権能(けんのう)があるのだからなア、144ワツハハハハ』
145カルナ姫(ひめ)『成程(なるほど)貴方(あなた)は本当(ほんたう)に好(この)もしい将軍(しやうぐん)様(さま)、146私(わたし)、147貴方(あなた)になれば命(いのち)まで差上(さしあ)げます、148本当(ほんたう)に凛々(りり)しい威厳(ゐげん)の備(そな)はつた、149絶対(ぜつたい)無限(むげん)の権力者(けんりよくしや)で厶(ござ)いますな』
150 久米彦(くめひこ)は形勢(けいせい)益々(ますます)不良(ふりやう)と見(み)て、151焼糞(やけくそ)になり鬼春別(おにはるわけ)を睨(ねめ)つけ、152刀(かたな)の柄(つか)に手(て)をかけて、153只(ただ)一打(ひとうち)に斬(き)り倒(たふ)し、154一層(いつそう)の事(こと)、155自分(じぶん)が総(そう)指揮官(しきくわん)とならむかと決心(けつしん)して、156隙(すき)を狙(ねら)つてゐる。157鬼春別(おにはるわけ)も久米彦(くめひこ)の様子(やうす)の只(ただ)ならざるに心(こころ)を許(ゆる)さず、158寄(よ)らば斬(き)らむと柄(つか)に手(て)をかけ、159互(たがひ)に阿吽(あうん)の息(いき)を凝(こ)らして、160山門(さんもん)の仁王(にわう)の如(ごと)くつつ立(た)つてゐる。161カルナは此(この)態(てい)を見(み)て、
162カルナ姫(ひめ)『ホホホ、163何(なん)とマア御(ご)両人(りやうにん)様(さま)の凛々(りり)しいお姿(すがた)、164どちらを見(み)ても、165花(はな)あやめ、166甲(かふ)を取(と)らうか、167乙(おつ)を取(と)らうか、168花(はな)と花(はな)、169月(つき)と月(つき)、170揃(そろ)ひも揃(そろ)うた立派(りつぱ)なお方(かた)だ事(こと)、171あああ体(からだ)が二(ふた)つあつたなら、172一(ひと)つは鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)様(さま)に従(したが)ひ、173一(ひと)つは久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)様(さま)に仕(つか)へるのだに、174儘(まま)ならぬ浮世(うきよ)だなア』
175 鬼春別(おにはるわけ)、176久米彦(くめひこ)はカルナの美貌(びばう)にゾツコン心(こころ)を盪(とろ)かしてゐた。177カルナの精神(せいしん)を測(はか)りかね、178仁王立(にわうだち)になつた儘(まま)、179眼(め)計(ばか)りキヨロつかせてゐる。180そこへワイワイとどよめき乍(なが)ら一人(ひとり)の美人(びじん)を舁(か)いてやつて来(き)たのは鬼春別(おにはるわけ)の副官(ふくくわん)スパールであつた。
181スパール『モシ鬼春別(おにはるわけ)様(さま)、182陣中(ぢんちう)に於(おい)て斯様(かやう)な美人(びじん)を手(て)に入(い)れました、183どうか貴方(あなた)の御用(ごよう)に立(た)ちますればと存(ぞん)じ、184ワザワザ伴(つ)れて帰(かへ)りました。185城内(じやうない)の戦(たたか)ひは味方(みかた)の大勝利(だいしようり)、186最早(もはや)後顧(こうこ)の患(うれひ)は厶(ござ)いませぬ。187何卒(どうぞ)此(この)女(をんな)をトツクリお調(しら)べ遊(あそ)ばして、188よきに御(ご)処分(しよぶん)を願(ねが)ひます』
189と慇懃(いんぎん)に述(の)べた。190鬼春別(おにはるわけ)は此(この)声(こゑ)にハツとして、191女(をんな)の面(つら)を見(み)れば、192カルナ姫(ひめ)に優(まさ)る数等(すうとう)の美人(びじん)である。193そして何(なん)とはなしに気品(きひん)高(たか)く、194潤(うるほ)ひのある黒(くろ)い目(め)、195如何(いか)なる男子(だんし)も悩殺(なうさつ)する程(てい)の魅力(みりよく)が備(そな)はつてゐた、196鬼春別(おにはるわけ)は久米彦(くめひこ)との争(あらそ)ひをスツカリ忘(わす)れて了(しま)ひ、
197鬼春別(おにはるわけ)『スパール、198其(その)方(はう)は愛(う)い奴(やつ)だ、199ここは久米彦(くめひこ)の居間(ゐま)だ、200此(この)方(はう)の居間(ゐま)へ此(この)女(をんな)を通(とほ)せ』
201と言(い)ひ乍(なが)ら先(さき)に立(た)つて自分(じぶん)のテントに帰(かへ)り、202胡座(あぐら)をかいてニコニコして居(ゐ)る。203スパールは美人(びじん)を伴(とも)なひ、204鬼春別(おにはるわけ)の前(まへ)に手(て)を仕(つか)へ、
205スパール『君(きみ)の御(ご)命令(めいれい)に依(よ)り、206城内(じやうない)を指(さし)て攻(せ)め行(ゆ)く折(をり)しも、207吾(わが)部下(ぶか)のシヤム、208某(それがし)が計画(けいくわく)通(どほ)りよく遵奉(じゆんぽう)して、209刹帝利(せつていり)を始(はじ)め左守司(さもりのかみ)其(その)他(た)の勇将(ゆうしやう)を生捕(いけどり)に致(いた)しました。210最早(もはや)戦(たたか)ひは大勝利(だいしようり)、211御(ご)安心(あんしん)なさいませ。212然(しか)るに、213これなる女(をんな)、214ビクトル山(ざん)の神王(しんわう)の宮(みや)へ参拝(さんぱい)の途中(とちう)、215癪気(しやくけ)を起(おこ)し路上(ろじやう)に倒(たふ)れて居(を)りました故(ゆゑ)、216救(すく)ひ上(あ)げて御前(ごぜん)へ伴(ともな)ひ参(まゐ)りました。217どうぞ可愛(かあい)がつておやり下(くだ)さいませ』
218 鬼春別(おにはるわけ)はニコニコし乍(なが)ら、
219鬼春別(おにはるわけ)『ウーン、220よく伴(つ)れて来(き)た、221褒美(はうび)は後(あと)より遣(つか)はす。222汝(なんぢ)は之(これ)より陣営(ぢんえい)に向(むか)ひ、223十分(じふぶん)の注意(ちうい)を払(はら)つて、224違算(ゐさん)なき様(やう)に致(いた)すがよからう』
225 スパールは『ハイ』と答(こた)へて、226後振返(あとふりかへ)り振返(ふりかへ)り、227出(い)でて行(ゆ)く。
228 此(この)女(をんな)はヒルナ姫(ひめ)である。
229ヒルナ姫(ひめ)『これはこれは将軍(しやうぐん)様(さま)、230始(はじ)めてお目(め)にかかりまする。231妾(わらは)はスパール様(さま)の仰(おほ)せの如(ごと)く、232神王(しんわう)の森(もり)へ参拝(さんぱい)の途中(とちう)癪気(しやくけ)を起(おこ)し、233命(いのち)危(あやふ)き所(ところ)を助(たす)けられた者(もの)で厶(ござ)います。234バラモンの軍人(ぐんじん)といふものは実(じつ)に仁慈深(じんじぶか)い方(かた)計(ばか)りですなア。235之(これ)も全(まつた)く貴方(あなた)様(さま)の御(ご)訓練(くんれん)宜(よろ)しきの致(いた)す所(ところ)と感謝(かんしや)致(いた)します。236要(えう)するに妾(わらは)の命(いのち)を助(たす)けて下(くだ)さつたのは貴方(あなた)様(さま)で厶(ござ)います。237貴方(あなた)様(さま)は妾(わらは)の為(ため)には命(いのち)の親(おや)さま、238不束(ふつつか)な者(もの)なれど、239どうぞ何(なに)なりと御用(ごよう)をさして頂(いただ)ければ有難(ありがた)う存(ぞん)じます』
240 鬼春別(おにはるわけ)は満面(まんめん)に笑(ゑみ)を湛(たた)へ、241ニコニコし乍(なが)ら、
242鬼春別(おにはるわけ)『ウン、243ヨシヨシ、244汝(なんぢ)は之(これ)から此(この)方(はう)の側(そば)近(ちか)く仕(つか)へて、245某(それがし)が顧問(こもん)となり、246内助(ないじよ)の労(らう)を執(と)つて下(くだ)され』
247 ヒルナ姫(ひめ)は、
248ヒルナ姫(ひめ)『将軍(しやうぐん)様(さま)有難(ありがた)う厶(ござ)います』
249と鬼春別(おにはるわけ)の手(て)をワザと固(かた)く握(にぎ)り、250鬚武者(ひげむしや)の頬(ほほ)に、251白(しろ)き柔(やはら)かき頬(ほほ)をピタリとあてた。
252 鬼春別(おにはるわけ)はグデングデンになり、253背筋(せすぢ)の骨(ほね)迄(まで)ぬかれたやうな調子(てうし)で姫(ひめ)の膝(ひざ)を枕(まくら)にし、254ゴロンと横(よこ)たはり、
255鬼春別(おにはるわけ)『鬼春別(おにはるわけ)の将軍(しやうぐん)は
256神力(しんりき)無双(むさう)の大勇士(だいゆうし)
257神(かみ)の御言(みこと)を蒙(かうむ)りて
258音(おと)に名高(なだか)きエルサレム
259黄金山(わうごんさん)へと攻(せ)めのぼる
260其(その)行(ゆき)がけの副事業(ふくじげふ)
261ビクトリヤ城(じやう)をば占領(せんりやう)して
262刹帝利(せつていり)始(はじ)め其(その)后妃(きさき)
263左守(さもり)右守(うもり)は云(い)ふも更(さら)
264百(もも)の軍(いくさ)や司人(つかさびと)
265皆(みな)悉(ことごと)く斬(き)りなびけ
266戦(いくさ)は予定(よてい)の大勝利(だいしようり)
267帷幕(ゐばく)の中(うち)に画策(くわくさく)を
268めぐらしゐたる折(をり)もあれ
269木花姫(このはなひめ)か棚機(たなばた)の
270姫(ひめ)の命(みこと)にまがふなる
271古今(ここん)無双(むさう)の美人(びじん)の其方(そなた)
272媚(こ)びを呈(てい)してやつて来(く)る
273仁義(じんぎ)の軍(いくさ)に敵(てき)はない
274吾(わが)名声(めいせい)に憬(あこが)れて
275やつて来(き)たのはバラモンの
276神(かみ)の命(みこと)の御(み)たまもの
277ホンに愉快(ゆくわい)な事(こと)だなア
278隣(となり)に陣取(ぢんど)る久米彦(くめひこ)は
279カルナの姫(ひめ)とか云(い)ふナイス
280側(そば)に近付(ちかづ)け脂(やに)さがり
281現(うつつ)をぬかす不態(ぶざま)さよ
282軍律(ぐんりつ)厳(きび)しき中(なか)なれど
283女(をんな)に目(め)のない久米彦(くめひこ)は
284ドン栗眼(ぐりまなこ)を細(ほそ)うして
285此上(こよ)なき者(もの)と慈(いつくし)み
286恥(はづか)しげもなくデレてゐる
287カルナの姫(ひめ)に比(くら)ぶれば
288天(あめ)と地(つち)との相違(さうゐ)ある
289古今(ここん)無双(むさう)のヒルナ姫(ひめ)
290どこの娘(むすめ)か知(し)らね共(ども)
291気品(きひん)の高(たか)い此(この)ナイス
292鬼春別(おにはるわけ)が枕辺(まくらべ)に
293朝(あさ)な夕(ゆふ)なに侍(はべ)らして
294久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)に見(み)せたいものだ
295ああ面白(おもしろ)い面白(おもしろ)い
296男(をとこ)と生(うま)れた其(その)甲斐(かひ)にや
297こんなナイスを一夜(いちや)でも
298宿(やど)の妻(つま)よと愛(あい)しつつ
299楽(たの)しく嬉(うれ)しく此(この)世(よ)をば
300渡(わた)つて見(み)たいものだなア
301アハハハハ、アハハハハ
302コリヤコリヤ久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)よ
303俺(おれ)の腕前(うでまへ)此(この)通(とほ)り
304女房(にようばう)の容貌(きりやう)を比(くら)べようか
305霊相応(みたまさうおう)といふ事(こと)は
306ヤツパリこんな時(とき)に現(あら)はれる
307烏(からす)は烏(からす)鷺(さぎ)は鷺(さぎ)
308権威(けんゐ)の強(つよ)い男(をとこ)には
309格別(かくべつ)綺麗(きれい)な女房(にようばう)がつき添(そ)ふものだ
310神(かみ)の教(をしへ)にウソはない
311ホンに愉快(ゆくわい)な事(こと)だなア
312ヒルナの姫(ひめ)の膝枕(ひざまくら)
313こんな所(ところ)を久米彦(くめひこ)が
314一目(ひとめ)見(み)たならさぞや嘸(さぞ)
315妙(めう)な面(つら)してさがるだろ
316イヒヒヒヒ、イヒヒヒヒ』
317と止(と)め度(ど)もなく涎(よだれ)を流(なが)し、318ヒルナ姫(ひめ)の小袖(こそで)を通(とほ)して、319柔(やはら)かい太腿(ふともも)をぬらした。320ヒルナ姫(ひめ)は、
321ヒルナ姫(ひめ)『アレまあ、322何(なん)だか温(あつ)たかいと思(おも)つたら、323将軍(しやうぐん)様(さま)の涎(よだれ)だわ、324ホホホホ』
325鬼春別(おにはるわけ)『オイ、326ヒルナ、327貴様(きさま)も一(ひと)つ歌(うた)つたら何(ど)うだ。328戦争(せんそう)も大方(おほかた)カタがついたなり、329最早(もはや)殺伐(さつばつ)の空気(くうき)も一掃(いつさう)されるに間(ま)もなからうから、330其方(そなた)と楽(たの)しく仮(かり)のホームを造(つく)つて、331陣中(ぢんちう)の花(はな)と謡(うた)はれる気(き)はないか』
332ヒルナ姫(ひめ)『ハイ、333御(ご)勿体(もつたい)ない其(その)お言葉(ことば)、334不束(ふつつか)な妾(わらは)、335どうぞ可愛(かあい)がつてやつて下(くだ)さいませ、336左様(さやう)ならば不調法(ぶてうはふ)乍(なが)ら歌(うた)はして頂(いただ)きませう』
337と鈴(すず)のやうな声(こゑ)で、338隣(となり)の久米彦(くめひこ)やカルナ姫(ひめ)に聞(きこ)えよがしに、339比較(ひかく)的(てき)透(す)き通(とほ)る声(こゑ)で歌(うた)ひ出(だ)した。
340ヒルナ姫(ひめ)『私(わたし)の生(うま)れはビクの国(くに)
341キールの里(さと)の豪農(がうのう)で
342骨姓(かばね)は賤(いや)しき首陀(しゆだ)の家(いへ)
343数多(あまた)の下僕(しもべ)にかしづかれ
344今日(けふ)は花見(はなみ)よ明日(あす)は又(また)
345月見(つきみ)の酒(さけ)と四方(よも)八方(やも)の
346山野(さんや)に遊(あそ)び贅沢(ぜいたく)の
347限(かぎ)りを尽(つく)しゐたりしが
348妾(わらは)の侍女(ぢぢよ)のカルナ姫(ひめ)
349引伴(ひきつ)れまして神王(しんわう)の
350森(もり)に参拝(さんぱい)せむものと
351スタスタ進(すす)み来(きた)る折(をり)
352殺風景(さつぷうけい)な軍人(いくさびと)
353槍(やり)や剣(つるぎ)を抜(ぬ)きかざし
354雲霞(うんか)の如(ごと)く進(すす)み来(く)る
355其(その)権幕(けんまく)の恐(おそろ)しさ
356身(み)を逃(のが)れむといら立(だ)ちて
357侍女(じぢよ)に別(わか)れてマチマチに
358逍(さまよ)ひゐたる折(をり)もあれ
359俄(にはか)に起(おこ)る癪病(しやくやまひ)
360命(いのち)たえむとする時(とき)に
361情(なさけ)も深(ふか)きスパールさま
362妾(わらは)を助(たす)け親切(しんせつ)に
363労(いた)はり乍(なが)ら将軍(しやうぐん)の
364御前(みまへ)に送(おく)らせ玉(たま)ひける
365ああ惟神(かむながら)々々(かむながら)
366盤古(ばんこ)神王(しんのう)自在天(じざいてん)
367神々(かみがみ)様(さま)の御(おん)恵(めぐみ)
368惜(をし)き命(いのち)を助(たす)けられ
369今(いま)又(また)名望(めいばう)いや高(たか)き
370バラモン軍(ぐん)の総(そう)指揮官(しきくわん)
371鬼春別(おにはるわけ)の将軍(しやうぐん)が
372尊(たふと)き陣営(ぢんえい)に運(はこ)ばれて
373思(おも)ひもよらぬ御(ご)寵愛(ちようあい)
374蒙(かうむ)る妾(わらは)の身(み)の冥加(みやうが)
375旭(あさひ)は照(て)る共(とも)曇(くも)る共(とも)
376月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
377仮令(たとへ)天地(てんち)はかへる共(とも)
378月(つき)おち星(ほし)は失(う)するとも
379此(この)大恩(たいおん)はいつの世(よ)か
380忘(わす)れませうぞバラモンの
381軍(いくさ)の君(きみ)よ妾(わらは)をば
382いや永久(とこしへ)に慈(いつく)しみ
383汝(なれ)が御側(みそば)に朝夕(あさゆふ)に
384使(つか)はせ玉(たま)へ惟神(かむながら)
385神(かみ)かけ念(ねん)じ奉(たてまつ)る
386ああ惟神(かむながら)々々(かむながら)
387御霊(みたま)幸倍(さちはへ)ましませよ』
388と歌(うた)ひ了(を)はり、
389ヒルナ姫(ひめ)『将軍(しやうぐん)様(さま)、390何分(なにぶん)無教育(むけういく)の妾(わらは)、391歌(うた)なんか詠(よ)めませぬ、392何卒(どうぞ)これでこらへて下(くだ)さい』
393鬼春別(おにはるわけ)『アハハハハ、394てもさても立派(りつぱ)なものだ。395久米彦(くめひこ)が命(いのち)の親(おや)と頼(たの)んでゐるカルナに比(くら)ぶれば、396器量(きりやう)と云(い)ひ、397学識(がくしき)の程度(ていど)と云(い)ひ、398犯(おか)す可(べか)らざる気品(きひん)と云(い)ひ、399年頃(としごろ)と云(い)ひ、400着物(きもの)の着(き)こなしと云(い)ひ、401肌(はだ)の艶(つや)、402可愛(かあい)らしい手足(てあし)、403瑪瑙(めなう)のやうな爪(つめ)の色(いろ)、404どこに点(てん)のうつ所(ところ)のない、405最奥(さいあう)天国(てんごく)の天人(てんにん)も跣(はだし)で逃(に)げるやうな天下(てんか)無二(むに)のナイスだ、406アハハハハ』
407とワザと高声(たかごゑ)にて久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)にヘケラかしてやらうと呶鳴(どな)り立(た)ててゐる。
408ヒルナ姫(ひめ)『ホホホホ、409妾(わらは)のやうな醜女(しこめ)を、410さうお賞(ほ)め下(くだ)さいますと何(なん)だかクスぐつたいやうな心持(こころもち)が致(いた)しますワ。411将軍(しやうぐん)様(さま)、412貴方(あなた)は今(いま)妾(わらは)をその様(やう)に寵愛(ちようあい)して下(くだ)さいますが、413又(また)外(ほか)の美(うつく)しき美人(びじん)が現(あら)はれた時(とき)には、414キツと妾(わらは)をお捨(す)て遊(あそ)ばすので厶(ござ)いませう。415それを思(おも)ふと何(なん)だか恨(うら)めしうなつて参(まゐ)りましたワ』
416鬼春別(おにはるわけ)『ハハハハ、417さすがは女(をんな)だ。418何(なん)でもない事(こと)に取越(とりこし)苦労(くらう)を致(いた)すものでない、419其方(そなた)の為(ため)なら命(いのち)でもやらうといふ決心(けつしん)だ』
420ヒルナ姫(ひめ)『ホホホホ何(なん)とマア辞令(じれい)のお上手(じやうず)なお方(かた)、421もし妾(わらは)が今(いま)命(いのち)を下(くだ)さいと言(い)つたら、422すぐに臂鉄(ひぢてつ)をくはすクセに、423貴方(あなた)は男(をとこ)に似合(にあは)ず愛嬌(あいけう)のよい事(こと)を仰有(おつしや)いますね。424流石(さすが)は敏腕(びんわん)なる外交家(ぐわいかうか)丈(だけ)あつて、425仰有(おつしや)ることが垢抜(あかぬけ)が致(いた)して居(を)りますよ、426ホホホホ』
427鬼春別(おにはるわけ)『アハハハハハ』
428と悦(えつ)に入(い)つてゐる。429そこへ久米彦(くめひこ)はヌツと顔(かほ)を出(だ)し、
430久米彦(くめひこ)『将軍殿(しやうぐんどの)、431其(その)狂態(きやうたい)は何(なん)のザマで厶(ござ)るか、432軍紀(ぐんき)を何(なん)と心得(こころえ)めさる。433拙者(せつしや)の目(め)にとまつた以上(いじやう)は、434最早(もはや)了簡(れうけん)は致(いた)しませぬぞや』
435鬼春別(おにはるわけ)『アハハハハ、436オイ久米彦(くめひこ)、437何(なん)だ其(その)スタイルは、438肩(かた)まで四角(しかく)にして、439何(なに)を気張(きば)つてるのだ、440陣中(ぢんちう)は相身互(あひみたがひ)だ、441チツと気(き)を利(き)かさぬかい』
442久米彦(くめひこ)『将軍(しやうぐん)に一寸(ちよつと)談判(だんぱん)があつて伺(うかが)ひました。443確(しつか)り聞(き)いて頂(いただ)き度(た)い』
444鬼春別(おにはるわけ)『アハハハハ、445戦(いくさ)も大方(おほかた)済(す)んだのだから、446さう固(かた)くなるものだない。447それより早(はや)く帰(かへ)つて、448カルナ姫(ひめ)に肩(かた)でも揉(も)んで貰(もら)うたがよからうぞ』
449 ヒルナ姫(ひめ)は久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)の面体(めんてい)をツラツラ眺(なが)めて、450笑(ゑみ)を湛(たた)へ、
451ヒルナ姫(ひめ)『貴方(あなた)様(さま)はバラモン軍中(ぐんちう)に於(おい)て驍名(げうめい)かくれなき久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)様(さま)で厶(ござ)いましたか、452これはこれは失礼(しつれい)を致(いた)しました。453妾(わらは)の侍女(じぢよ)が御(お)世話(せわ)になつた相(さう)で厶(ござ)います。454有難(ありがた)う、455御(ご)懇情(こんじやう)の程(ほど)侍女(じぢよ)に代(かは)つて、456主人(しゆじん)の妾(わらは)が御(お)礼(れい)を申上(まをしあ)げます』
457 久米彦(くめひこ)は自分(じぶん)の折角(せつかく)手(て)に入(い)れたカルナ姫(ひめ)が、458ヒルナ姫(ひめ)に比(ひ)して美人(びじん)ではあるが、459どこともなしに劣(おと)つてゐること、460及(および)第一(だいいち)癪(しやく)に障(さは)るのは、461鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)が妻(つま)となさむとするヒルナ姫(ひめ)の侍女(じぢよ)だといふ事(こと)を聞(き)いたので、462何(なん)だか自分(じぶん)の声望(せいばう)を傷(きず)つけられたやうな気分(きぶん)が仕出(しだ)し、463且(かつ)鬼春別(おにはるわけ)の妻(つま)の侍女(じぢよ)を女房(にようばう)にしたとあつては、464世間(せけん)の聞(きこ)えも面白(おもしろ)くない、465同(おな)じ事(こと)なら、466何(なん)とか云(い)つて理窟(りくつ)をつけ、467とつ換(か)へつこをしてやらうと、468虫(むし)のよい考(かんが)へでやつて来(き)たのである。469ヒルナ姫(ひめ)は明敏(めいびん)な頭脳(づなう)に早(はや)くも、470久米彦(くめひこ)の心中(しんちう)を洞察(どうさつ)した。471何(なん)とかして両将軍(りやうしやうぐん)の間(あひだ)に隙(すき)を生(しやう)ぜしめ、472バラモン軍(ぐん)を内部(ないぶ)から破壊(はくわい)せむと思(おも)ふ心(こころ)はカルナ姫(ひめ)同様(どうやう)である。473ヒルナはワザと体(からだ)をシヨナ シヨナさせ乍(なが)ら、474久米彦(くめひこ)の側(そば)にツツと寄(よ)り、475固(かた)い手(て)を餅(もち)のやうな手(て)でグツと握(にぎ)り、476二三遍(にさんぺん)揺(ゆす)つて、477妙(めう)な視線(しせん)を向(む)け乍(なが)ら、478ワザとに頬(ほほ)を赤(あか)らめ、
479ヒルナ姫(ひめ)『ああお恥(はづか)しう厶(ござ)います』
480と意味(いみ)ありげに顔(かほ)をかくす。481久米彦(くめひこ)は益々(ますます)悦(えつ)に入(い)り、482顔(かほ)の相好(さうがう)を崩(くづ)して、
483久米彦(くめひこ)『エヘヘヘヘ、484これはこれはヒルナ姫(ひめ)どの、485貴女(あなた)は鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)様(さま)と、486既(すで)に業(すで)に情約(じやうやく)を締結(ていけつ)なさつた事(こと)は、487隣室(りんしつ)に於(おい)て、488御(ご)両所(りやうしよ)の御(お)歌(うた)に仍(よ)つて確(たしか)め得(え)ました。489どうぞ肚(はら)の悪(わる)い、490おだてないやうにして下(くだ)さいな』
491ヒルナ姫(ひめ)『ホホホホ仰(おほせ)の如(ごと)く、492恥(はづ)かし乍(なが)ら情約(じやうやく)は結(むす)びましたが、493まだ予定(よてい)で厶(ござ)います。494其(その)次(つぎ)は内定(ないてい)、495次(つぎ)に確定(かくてい)と、496順序(じゆんじよ)が厶(ござ)いますから、497予定(よてい)内定(ないてい)の間(あひだ)は何(ど)うとも融通(ゆうづう)のつくもので厶(ござ)います。498ラブは神聖(しんせい)で厶(ござ)いますから、499到底(たうてい)権力(けんりよく)や美貌(びばう)や、500金銭(きんせん)や圧迫(あつぱく)、501又(また)法律(はふりつ)などで定(き)めらるべきものでは厶(ござ)いませぬ。502さうでなくつてはコンヂーニアル・ラブが完全(くわんぜん)に成立(なりたち)ませぬからねえ。503結婚(けつこん)問題(もんだい)は人生(じんせい)一代(いちだい)の大切(たいせつ)な事(こと)で厶(ござ)いますから、504本当(ほんたう)のディヴァイン・ラブでなければ、505末(すゑ)が遂(と)げられませぬから、506夫(をつと)を定(さだ)むるのは互(たがひ)の自由(じいう)で厶(ござ)いますからねえ』
507 久米彦(くめひこ)は既(すで)にヒルナ姫(ひめ)が自分(じぶん)に秋波(しうは)をよせたものと早合点(はやがつてん)し、508色男(いろをとこ)気取(きどり)になつて面(かほ)の紐(ひも)迄(まで)解(ほど)いてゐる、509之(これ)に反(はん)して鬼春別(おにはるわけ)は顔面(がんめん)忽(たちま)ち緊張(きんちやう)し、510眉(まゆ)をつり上(あ)げ、511顔(かほ)に殺気(さつき)を帯(お)びて来(き)た。
512鬼春別(おにはるわけ)『久米彦(くめひこ)殿(どの)、513ここは拙者(せつしや)の居間(ゐま)で厶(ござ)る。514貴方(あなた)は自分(じぶん)の居間(ゐま)へ帰(かへ)つて軍務(ぐんむ)に鞅掌(おうしやう)なされ、515不都合(ふつがふ)で厶(ござ)るぞツ』
516久米彦(くめひこ)『ヘヘヘヘ、517拙者(せつしや)が参(まゐ)りますと、518定(さだ)めて不都合(ふつがふ)で厶(ござ)いませう。519然(しか)らば吾(わが)居間(ゐま)へさがりませう。520アイヤ、521ヒルナ殿(どの)、522拙者(せつしや)に跟(つ)いてお越(こ)し遊(あそ)ばせ、523貴女(あなた)の侍女(じぢよ)が待(ま)つて居(を)りますよ』
524ヒルナ姫(ひめ)『ホホホホ、525妙(めう)な事(こと)を仰有(おつしや)いますね、526侍女(じぢよ)を主人(しゆじん)から訪問(はうもん)するといふ道理(だうり)がどこに厶(ござ)いませう。527カルナ姫(ひめ)の方(はう)から妾(わらは)の御(ご)機嫌(きげん)伺(うかが)ひに来(く)る筈(はず)だ厶(ござ)いませぬか。528どうぞカルナにさう仰有(おつしや)つて下(くだ)さいませ』
529久米彦(くめひこ)『成程(なるほど)、530姫(ひめ)様(さま)のお言葉(ことば)には条理(でうり)が立(た)つて居(を)ります。531然(しか)らばカルナ姫(ひめ)を伺(うかが)はせます、532一寸(ちよつと)待(ま)つてゐて下(くだ)さい』
533鬼春別(おにはるわけ)『汚(けが)らはしい、534カルナの如(ごと)き女(をんな)を拙者(せつしや)の居間(ゐま)へ伴(つ)れ来(く)る事(こと)は罷(まか)り成(な)らぬ……ヒルナ其方(そなた)は何(なん)と思(おも)ふか』
535ヒルナ姫(ひめ)『将軍(しやうぐん)様(さま)の仰(おほせ)の通(とほ)り、536斯様(かやう)な尊(たふと)きお居間(ゐま)へ、537侍女(じぢよ)などを侍(はべ)らすは畏(おそ)れ多(おほ)う厶(ござ)います』
538 鬼春別(おにはるわけ)は顔色(かほいろ)を和(やはら)げ、539稍(やや)得意(とくい)となつて、
540鬼春別(おにはるわけ)『ああさうだらう、541ヒルナの言(い)ふ通(とほ)りだ、542流石(さすが)は才媛(さいえん)だ。543そして侍女(じぢよ)と情約(じやうやく)を締結(ていけつ)する如(ごと)き下劣(げれつ)な人格者(じんかくしや)は吾(わが)居間(ゐま)に来(きた)るべきものではない、544トツトと帰(かへ)つたがよからう久米彦(くめひこ)、545これに違背(ゐはい)はあるまいな、546アハハハハ』
547久米彦(くめひこ)『これは怪(け)しからぬ。548貴方(あなた)のお説(せつ)では公私(こうし)混淆(こんかう)といふもの、549貴方(あなた)も将軍(しやうぐん)ならば拙者(せつしや)も将軍(しやうぐん)、550軍務(ぐんむ)上(じやう)の打(う)ち合(あは)せも時々(ときどき)致(いた)さねばならず、551又(また)吾々(われわれ)は将軍(しやうぐん)としてお居間(ゐま)をお訪(たづ)ね申(まを)したもの、552決(けつ)して一個人(いちこじん)の資格(しかく)だ厶(ござ)らぬぞ』
553鬼春別(おにはるわけ)『其(その)方(はう)は弁舌(べんぜつ)を以(もつ)て、554此(この)場(ば)を糊塗(こと)せむと致(いた)せ共(ども)、555左様(さやう)な事(こと)に巻込(まきこ)まれるやうな迂愚者(うぐしや)では厶(ござ)らぬ。556サ、557速(すみやか)にお立(た)ちめされ、558拙者(せつしや)のラブの妨害(ばうがい)になり申(まを)す』
559 久米彦(くめひこ)は軍刀(ぐんたう)をヒラリと抜(ぬ)いて、560矢庭(やには)に鬼春別(おにはるわけ)に斬(き)りつけた。561鬼春別(おにはるわけ)はヒラリと体(たい)をかはし傍(かたはら)の軍刀(ぐんたう)取(と)るより早(はや)く又(また)もやスラリと引抜(ひきぬ)き、562カチヤカチヤと刃(やいば)を合(あは)せ火花(ひばな)を散(ち)らし、563数十合(すうじふがふ)に及(およ)んだ。564されど何(いづ)れも手利(てき)きと手利(てき)き、565竜虎(りうこ)の争(あらそ)ひ、566何時(いつ)果(は)つべしとも見(み)えなかつた。567此(この)物音(ものおと)に驚(おどろ)いて、568カルナ姫(ひめ)はヒルナ姫(ひめ)の身(み)の上(うへ)を気(き)づかひ、569慌(あわ)ただしく飛(と)んで来(き)た。570ヒルナはカルナの顔(かほ)を見(み)るより、571目(め)を以(もつ)て合図(あひづ)をし、572……キツと仲(なか)に這入(はい)るな……といふ意味(いみ)を牒(しめ)した、573そして二人(ふたり)の美人(びじん)はワザと怖(こは)相(さう)に室(へや)の隅(すみ)に机(つくゑ)をかぶつて慄(ふる)うてゐる、574そして……何方(どちら)か一人(ひとり)が……早(はや)くやられたら都合(つがふ)が好(よ)いがと、575心(こころ)の中(うち)に念(ねん)じてゐた。
576 斯(か)かる所(ところ)へ、577スパール、578エミシの両人(りやうにん)は帰(かへ)り来(きた)り、579此(この)態(てい)を見(み)て驚(おどろ)き、580二人(ふたり)は中(なか)にわつて入(い)り、
581スパール『モシ鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)様(さま)、582少時(しばらく)お待(ま)ち下(くだ)さいませ』
583エミシ『久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)様(さま) 暫(しばら)く暫(しばら)く』
584と大手(おほて)を拡(ひろ)げてつつ立(た)つた。585これ幸(さいはひ)と両人(りやうにん)は剣(つるぎ)を鞘(さや)にをさめ、586ハアハアと息(いき)を凝(こ)らし乍(なが)ら、587俄作(にはかづく)りの椅子(いす)に腰(こし)をおろした。
588 ヒルナ姫(ひめ)、589カルナ姫(ひめ)はヤツと安心(あんしん)したものの如(ごと)く、590ワザと不安(ふあん)な面(かほ)をし乍(なが)ら、591ハアハアハアと息(いき)を喘(はづ)ませ、592胸(むね)を撫(な)で下(お)ろし居(ゐ)たりける。
593(大正一二・二・一三 旧一一・一二・二八 於竜宮館 松村真澄録)
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