霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章 軟文学(なんぶんがく)〔一三六六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻 篇:第1篇 毘丘取颪 よみ(新仮名遣い):びくとりおろし
章:第3章 軟文学 よみ(新仮名遣い):なんぶんがく 通し章番号:1366
口述日:1923(大正12)年02月12日(旧12月27日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月8日
概要: 舞台:左守キュービットの館 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
ビク国では左守は政務を、右守は軍馬を司っていた。左守のキュービットは、家令のエクスと密談を凝らしていた。二人は、右守が軍馬の権を握っているのをいいことに、わざと国内の治安を悪化させ、民心をビクトリヤ王からそむかせていると頭を痛めていた。
また二人は、キュービットの嫡子・ハルナが、文学に熱を上げて国家の事には少しも関心を示さないことにも頭を痛めていた。
しかし息子が政敵である右守の妹・カルナ姫と想いあっているということを耳にはさんでいたキュービットは、なんとかこの結婚を成就させて左守家と右守家を統合し、国内を治められないかと考えた。
エクスはキュービットに頼まれて、ハルナ本人の意向を確認することになった。エクスはハルナに問いかけて、ハルナの思い人が確かに右守の妹・カルナ姫であることを聞きだした。エクスから、父のキュービットもこの結婚には前向きであることを聞かされたハルナは、ひとり舞い上がっていた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:4012 OBC :rm5303
愛善世界社版:35頁 八幡書店版:第9輯 516頁 修補版: 校定版:38頁 普及版:19頁 初版: ページ備考:
001 ビク王国(わうこく)の制度(せいど)は、002左守司(さもりのかみ)は王(わう)の師範役(しはんやく)となり、003国内(こくない)一切(いつさい)の枢要(すうえう)なる事務(じむ)を取扱(とりあつか)ふこととなつてゐた。004そして右守司(うもりのかみ)は軍馬(ぐんば)の権(けん)を握(にぎ)り、005内寇(ないこう)外敵(ぐわいてき)の鎮圧(ちんあつ)に努(つと)むる職掌(しよくしやう)であつた。006左守司(さもりのかみ)のキユービツトは、007家令(かれい)のヱクスと共(とも)に密談(みつだん)を凝(こ)らしてゐる。
008左守(さもり)『ヱクス、009どうも今日(こんにち)の国情(こくじやう)は日(ひ)に月(つき)に悪化(あくくわ)し、010国民(こくみん)怨嗟(えんさ)の声(こゑ)は四方(しはう)に充(み)ち、011各所(かくしよ)に動乱(どうらん)起(おこ)り、012暴徒(ばうと)は其(その)隙(すき)に乗(じやう)じて民家(みんか)を焼(や)き放(はな)ち、013白昼(はくちう)強盗(がうたう)往来(わうらい)し、014人(ひと)を斬(き)り、015婦女(ふぢよ)を辱(はづかし)め、016天下(てんか)は麻(あさ)の如(ごと)く紊(みだ)れて来(き)たではないか。017ビクトリヤ王(わう)様(さま)も御(ご)老齢(らうれい)の身(み)を以(もつ)て、018日夜(にちや)宸慮(しんりよ)を悩(なや)ませ玉(たま)ひ、019余(よ)に向(むか)つて種々(いろいろ)と鎮圧(ちんあつ)の道(みち)をお尋(たづ)ね遊(あそ)ばすけれ共(ども)、020何(なに)を云(い)うても斯(か)かる時(とき)には兵馬(へいば)の権(けん)を握(にぎ)つてゐない為(ため)に、021強圧(きやうあつ)的(てき)に一(いち)時(じ)なり共(とも)鎮圧(ちんあつ)することが出来(でき)ない。022何(なん)とかして右守司(うもりのかみ)の職権(しよくけん)を左守(さもり)に移(うつ)さなくては仕方(しかた)がない。023何(なん)とか妙案(めうあん)があるまいかな』
024ヱクス『何(なん)と申(まを)しましても、025右守司(うもりのかみ)、026奸侫(かんねい)邪智(じやち)にして、027ヒルナ姫(ひめ)様(さま)に取入(とりい)り、028権(けん)を恣(ほしいまま)に致(いた)して居(を)りますれば、029刹帝利(せつていり)様(さま)も、030左守司(さもりのかみ)様(さま)も、031殆(ほとん)ど有名(いうめい)無実(むじつ)の有様(ありさま)、032実(じつ)に残念(ざんねん)で厶(ござ)います。033加(くは)ふるに右守司(うもりのかみ)、034野心(やしん)を包蔵(はうざう)し、035国内(こくない)の動乱(どうらん)を煽動(せんどう)し、036紛擾(ふんぜう)をして益々(ますます)大(だい)ならしめむとするの傾向(けいかう)が厶(ござ)いまする。037モ少(すこ)し早(はや)く軍隊(ぐんたい)を動(うご)かし、038鎮撫(ちんぶ)にかかつたならば、039斯様(かやう)な事(こと)にはならないのですが、040右守司(うもりのかみ)は胸(むね)に一物(いちもつ)ある事(こと)とて、041此(この)紛擾(ふんぜう)を傍観(ばうかん)し、042軍隊(ぐんたい)を以(もつ)て民(たみ)に向(むか)ふは、043政治(せいぢ)の本義(ほんぎ)ではない、044民心(みんしん)を怒(いか)らしむるは危険(きけん)至極(しごく)だと主張(しゆちやう)し、045蔭(かげ)から暴動(ばうどう)を煽動(せんどう)し、046自発(じはつ)的(てき)に貴方(あなた)の退位(たいゐ)を余儀(よぎ)なくせしめ、047自(みづか)ら取(と)つて代(かは)らむとの野心(やしん)が仄見(ほのみ)えて居(を)ります。048何(なん)とか今(いま)の内(うち)に用意(ようい)を致(いた)さねば、049取返(とりかへ)しのつかぬ大事(だいじ)が起(おこ)るだらうと、050私(わたし)も昼夜(ちうや)心胆(しんたん)を砕(くだ)いて居(を)ります。051加(くは)ふるに、052甚(はなはだ)申上(まをしあ)げ難(にく)い事(こと)乍(なが)ら、053左守司(さもりのかみ)の跡(あと)をお継(つ)ぎ遊(あそ)ばすべき御(ご)賢息(けんそく)様(さま)は、054耽美(たんび)生活(せいくわつ)だとか、055軟文学(なんぶんがく)だとか云(い)つて、056荐(しきり)に妙(めう)な議論(ぎろん)をまくし立(た)て、057国家(こくか)の事(こと)などはチツトも念頭(ねんとう)において厶(ござ)らぬのだから、058困(こま)つた事(こと)で厶(ござ)います』
059左守(さもり)『如何(いか)にも、060親(おや)の目(め)にも、061彼奴(あいつ)は困(こま)つた奴(やつ)だと思(おも)つてゐるのだ。062何(なん)とか彼(かれ)を甘(うま)く改心(かいしん)させ、063王(わう)様(さま)の為(ため)に舎身(しやしん)的(てき)の忠勤(ちうきん)を励(はげ)むやうにさせたいものだなア。064併(しか)し仄(ほの)かに聞(き)けば伜(せがれ)のハルナは右守(うもり)の妹(いもうと)、065カルナに対(たい)しラブ・レタースを取交(とりかは)してゐるとやら聞(き)いたが、066それが果(はた)して真(まこと)なら、067何(なん)とかして此(この)結婚(けつこん)を成立(せいりつ)させ、068災(わざはひ)を未発(みはつ)に防(ふせ)ぐ手段(しゆだん)を廻(めぐ)らさねばならぬ。069国内(こくない)の紛擾(ふんぜう)を治(をさ)めむとすれば、070先(ま)づ城内(じやうない)の暗闘(あんとう)を防(ふせ)ぎ、071一致(いつち)団結(だんけつ)しておかねば右守司(うもりのかみ)の術中(じゆつちう)に陥(おちい)るやうな事(こと)があつては実(じつ)に困(こま)るからなア』
072ヱクス『如何(いか)にも御尤(ごもつと)もな御(お)説(せつ)、073ハルナ様(さま)とカルナ姫(ひめ)との間(あひだ)に、074左様(さやう)な消息(せうそく)があるとすれば、075一(ひと)つハルナ様(さま)に此処(ここ)に来(き)て貰(もら)つて、076御(ご)意見(いけん)を承(うけたま)はつた上(うへ)、077何(なん)とか工夫(くふう)を致(いた)さうだありませぬか』
078左守(さもり)『それも一(ひと)つの方法(はうはふ)だ。079ヱクス、080お前(まへ)一寸(ちよつと)伜(せがれ)に会(あ)うて、081意見(いけん)を叩(たた)いて来(き)てくれまいかな』
082ヱクス『ハイ畏(かしこ)まりました。083直様(すぐさま)ハルナ様(さま)に御(ご)面会(めんくわい)を願(ねが)ひ、084御(ご)意見(いけん)を承(うけたま)はつた上(うへ)、085詳細(しやうさい)なる復命(ふくめい)を致(いた)しませう』
086と左守(さもり)の室(しつ)を後(あと)にしてハルナの居間(ゐま)を訪(おとづ)れた。087ハルナは一生(いつしやう)懸命(けんめい)に机(つくゑ)に凭(もた)れて、088少(すこ)し青白(あをじろ)い顔(かほ)をし乍(なが)ら、089マトリモーニアル・インスティチューシャンズを繙(ひもと)き、090読(よ)み耽(ふけ)つてゐた。091そこへ頑強(ぐわんきやう)な無粋(ぶすゐ)な忠義(ちうぎ)一途(いちづ)のヱクスが、092古(ふる)い頭(あたま)をニユツと突出(つきだ)して、093糊(のり)つけ物(もの)のバチバチを着(き)たやうな四角張(しかくば)つたスタイルで、094ソツと襖(ふすま)を引(ひき)あけ、
095ヱクス『ハイ、096御免(ごめん)下(くだ)さいませ。097ヱクスで厶(ござ)います』
098 ハルナは此(この)声(こゑ)が耳(みみ)に這入(はい)らぬとみえて、099一生(いつしやう)懸命(けんめい)に結婚(けつこん)制度史(せいどし)の上(うへ)に目(め)を注(そそ)ぎ、100ゲツティング・マリドだとか、101フヰジオロヂー・オブ・ラブなどと首(くび)をかたげて考(かんが)へて居(ゐ)る。102ヱクスは頓狂(とんきやう)な声(こゑ)を出(だ)して、
103ヱクス『モーシ、104ハルナ様(さま)』
105と呼(よば)はる声(こゑ)にハツと気(き)がつき、106慌(あわ)てて結婚(けつこん)制度史(せいどし)を机(つくゑ)の引出(ひきだ)しにしまひこみ、107素知(そし)らぬ顔(かほ)をして、108膝(ひざ)の上(うへ)に両手(りやうて)をキチンとおき、
109ハルナ『ヤ、110お前(まへ)はヱクスだないか、111僕(ぼく)が勉強(べんきやう)してる所(ところ)へ突然(とつぜん)やつて来(き)たものだから、112面(めん)くらつて了(しま)つたよ』
113ヱクス『又(また)軟派(なんぱ)文学(ぶんがく)でも耽読(たんどく)してゐられましたのでせう』
114 ハルナはハツとし乍(なが)ら、115首(くび)を左右(さいう)に振(ふ)り、
116ハルナ『アアイヤイヤ、117軟派(なんぱ)の文学(ぶんがく)などは青年(せいねん)の読(よ)むべきものでない、118俺(おれ)は硬派(かうは)文学(ぶんがく)を耽読(たんどく)してゐるのだ』
119ヱクス『それでも、120貴方(あなた)、121机(つくゑ)の上(うへ)にマトリモーニアル・インスティチューシャンズがチヨコチヨコおいてあるだありませぬか』
122ハルナ『ウンあれか、123あれは結婚(けつこん)制度史(せいどし)だから、124お前(まへ)のやうな既婚者(きこんしや)は必要(ひつえう)はないが、125吾々(われわれ)には強(あなが)ち不必要(ふひつえう)と断(だん)ずることは出来(でき)ない。126併(しか)し乍(なが)ら少(すこ)し許(ばか)り軟派(なんぱ)でも硬派(かうは)を研究(けんきう)比較(ひかく)上(じやう)、127一度(いちど)は読(よ)んでおかなくちやならないからなア』
128ヱクス『もし、129ハルナ様(さま)、130私(わたし)は軟文学(なんぶんがく)が大好物(だいかうぶつ)で厶(ござ)いますよ。131貴方(あなた)の不在中(ふざいちう)にも、132チヨコチヨコ拝借(はいしやく)しまして、133覗(のぞ)き読(よ)みをさして頂(いただ)きましたが、134随分(ずいぶん)面白(おもしろ)いものですな』
135ハルナ『吾々(われわれ)の参考書(さんかうしよ)を無断(むだん)で、136お前(まへ)は読(よ)んだのか、137怪(け)しからぬだないか』
138 ヱクスは頭(あたま)を掻(か)き乍(なが)ら、
139ヱクス『ヘー、140誠(まこと)に済(す)みませぬ、141余(あま)り面白(おもしろ)いものですから、142お父上(ちちうへ)に、143ソツとお見(み)せ申(まを)しました所(ところ)、144此(この)様(やう)な軟文学(なんぶんがく)は汚(けが)らはしい、145雪隠壺(せつちんつぼ)へでも放(ほ)り込(こ)んで了(しま)へ……とお目玉(めだま)を頂(いただ)くかと思(おも)ひの外(ほか)、146流石(さすが)はハルナ様(さま)のお父(とう)さま丈(だけ)あつて、147ヘヘヘヘヘ、148開(ひら)けたお方(かた)ですよ。149内(うち)の伜(せがれ)もここ迄(まで)徹底(てつてい)したか、150流石(さすが)は私(わし)の息子(むすこ)だ。151これならば左守(さもり)の後(あと)を継(つ)がしても大丈夫(だいぢやうぶ)だ……と以(もつ)ての外(ほか)のお喜(よろこ)び、152口(くち)を極(きは)めて御(ご)讃嘆(さんたん)、153イヤもう此(この)頑固爺(ぐわんこおやぢ)も意外(いぐわい)の感(かん)に打(う)たれ、154それから後(のち)といふものは、155スツカリ軟派(なんぱ)に改悪(かいあく)……否(いな)改良(かいりやう)致(いた)しまして、156此(この)古(ふる)い頭(あたま)もチツと許(ばか)り新(あたら)しくなりました。157此(この)書籍(しよせき)のお蔭(かげ)で全(まつた)くヰータ・ヌーバの気分(きぶん)になり、158どこともなしに心(こころ)が若(わか)やいで来(き)ましたがな、159アハハハハ』
160とうまくハルナの精神(せいしん)にバツを合(あは)さうとしてゐる其(その)老獪(らうくわい)さ。161ハルナはヱクスの心中(しんちう)を知(し)らず、162大(おほい)に喜(よろこ)んで、
163ハルナ『成程(なるほど)父上(ちちうへ)様(さま)も、164時代(じだい)に目覚(めざ)め遊(あそ)ばしたと見(み)えるなア、165イヤ有難(ありがた)い有難(ありがた)い。166元(もと)より左守家(さもりけ)は殺伐(さつばつ)な軍馬(ぐんば)の権(けん)を扱(あつか)ふ家(いへ)だない、167文学(ぶんがく)の家(いへ)だから、168お父(とう)さまがさうなられるのも当然(たうぜん)だ。169お前(まへ)も今(いま)迄(まで)の様(やう)に拙者(せつしや)の恋愛論(れんあいろん)に就(つい)て、170此(この)上(うへ)ゴテゴテ苦情(くじやう)は云(い)はないだらうなア』
171ヱクス『ハイ、172仰(おほ)せ迄(まで)も厶(ござ)いませぬ、173頭(あたま)は禿(は)げても、174気(き)はヤツパリ十七八(じふしちはち)、175貴方(あなた)の御(ご)主義(しゆぎ)に全部(ぜんぶ)共鳴(きようめい)して居(を)ります。176アハハハハ』
177ハルナ『父上(ちちうへ)様(さま)はそこ迄(まで)人間味(にんげんみ)がお分(わか)りになつた以上(いじやう)は、178僕(ぼく)の主義(しゆぎ)にキツト賛成(さんせい)して下(くだ)さるだらうかな。179レター・ライタの中(なか)に普通(ふつう)一般(いつぱん)の往復文(わうふくぶん)の中(なか)にラブ・レターズが混入(こんにふ)してゐる今日(こんにち)の教育法(けういくはふ)だから、180ラブ・イズ・ベストの真理(しんり)は分(わか)つてゐるだらうなア。181コーエデュケーシヤンの行(おこな)はれてゐる今日(こんにち)、182古(ふる)い道徳(だうとく)に捉(とら)はれて、183夫婦別(ふうふべつ)あり、184男女(だんぢよ)席(せき)を同(おなじ)うせずなどと、185旧套語(きうたうご)をふり廻(まは)したり、186門閥(もんばつ)結婚(けつこん)、187強圧(きやうあつ)結婚(けつこん)、188無情(むじやう)結婚(けつこん)、189自分(じぶん)以外(いぐわい)の者(もの)が定(さだ)める結婚(けつこん)などの迷夢(めいむ)は醒(さ)まされたであらうなア』
190ヱクス『決(けつ)して御(ご)心配(しんぱい)なさいますな。191お父(とう)さまはジュネス・アンテレック・テーエルですよ。192キヨロキヨロしてゐると、193貴方(あなた)よりも遥(はる)かに新(あたら)しうなられますからな』
194ハルナ『さうすると、195僕(ぼく)のゲツティング・マリドに就(つい)ては決(けつ)して干渉(かんせう)せないと云(い)ふ御(ご)方針(はうしん)だな。196今(いま)迄(まで)お前(まへ)達(たち)の云(い)つて居(を)つた、197アメージング・マリーヂな事(こと)を強(しひ)られると、198俺(おれ)のやうな文明(ぶんめい)人士(じんし)はサイキツク・トラウマを来(きた)し何時(いつ)の間(ま)にか、199ヒステリックになつて了(しま)ふ。200今日(こんにち)の親(おや)はすべてを其(その)子(こ)の自由(じいう)意志(いし)に任(まか)すのが賢明(けんめい)なる親(おや)たるの道(みち)だからなア』
201ヱクス『実(じつ)に貴方(あなた)は明敏(めいびん)な頭脳(づなう)の持主(もちぬし)ですな、202此(この)親(おや)にして此(この)子(こ)あり、203イヤ早(はや)、204此(この)頑固(ぐわんこ)なヱクスも恐(おそ)れ入(い)りました。205付(つ)いては貴方(あなた)が理想(りさう)の妻(つま)となさる御(お)方(かた)はきまつて居(を)りますか』
206ハルナ『きまつたでもなし、207きまらぬでもなし、208今(いま)熟考中(じゆくかうちう)だ。209何(なん)ぞ好(い)い機会(きくわい)があつたらお前(まへ)に相談(さうだん)してみたいと思(おも)つてゐたのだが、210何分(なにぶん)今(いま)迄(まで)のお前(まへ)と俺(おれ)とは思想(しさう)上(じやう)の距離(きより)が余(あま)り甚(はなはだ)しいので、211つい言(い)ひ出(だ)しかね、212今日(こんにち)迄(まで)煩悶(はんもん)苦悩(くなう)を続(つづ)けて来(き)たのだよ』
213ヱクス『ハハハ、214そんな御(ご)心配(しんぱい)がいりますか、215娘(むすめ)が乳母(うば)に打(うち)あけるやうに、216私(わたし)は左守家(さもりけ)の家令(かれい)で厶(ござ)いますから、217万一(まんいち)お父(とう)さまが亡(な)くなられた後(あと)は、218貴方(あなた)の直接(ちよくせつ)の御(ご)家来(けらい)、219どんな事(こと)でも、220腹蔵(ふくざう)なく仰有(おつしや)つて頂(いただ)きたう厶(ござ)います。221心(こころ)の秘密(ひみつ)を家令(かれい)の私(わたし)にお打明(うちあ)けなさらぬとは、222実(じつ)にお水臭(みづくさ)い御(お)心根(こころね)、223ヱクスはお恨(うら)み致(いた)します』
224とワザとに袖(そで)に空涙(からなみだ)を拭(ぬぐ)ふ。225ハルナは得意(とくい)になり、
226ハルナ『ヤア、227そんなら打明(うちあ)かすが、228実(じつ)の所(ところ)は右守司(うもりのかみ)の妹(いもうと)カルナ姫(ひめ)とゲッティング・マリドの予約(よやく)が出来(でき)てゐるのだ』
229ヱクス『エツ、230何(なん)と仰(おほ)せられます、231あのカルナ様(さま)と情約(じやうやく)締結(ていけつ)が整(ととの)うたと仰有(おつしや)るのですか……ヘーエ……何(なん)と貴方(あなた)も辣腕家(らつわんか)ですな。232此(この)ヱクスもゾツコンから感服(かんぷく)致(いた)しました。233ヤ、234大(おほい)におやりなさいませ、235双手(もろて)をあげて家令(かれい)のヱクス賛成(さんせい)致(いた)します』
236ハルナ『お前(まへ)は賛成(さんせい)してくれても、237肝心要(かんじんかなめ)の父上(ちちうへ)の御(ご)意思(いし)を伺(うかが)はねば、238まだ安心(あんしん)する所(ところ)へは行(い)けない、239よく考(かんが)へて見(み)よ。240右守(うもり)左守(さもり)両家(りやうけ)の暗闘(あんとう)は時々(じじ)刻々(こくこく)に激烈(げきれつ)になつて来(き)てゐるのだからなア』
241ヱクス『貴方(あなた)にも似合(にあは)ぬ事(こと)を仰有(おつしや)いますなア。242両家(りやうけ)の暗闘(あんとう)は暗闘(あんとう)だありませぬか。243人生(じんせい)に取(と)つて肝心要(かんじんかなめ)の、244それが為(ため)に、245結婚(けつこん)問題(もんだい)までも犠牲(ぎせい)にするといふ事(こと)がありますか、246ソレヤ問題(もんだい)が違(ちが)ひますよ。247キツトお父上(ちちうへ)も此(この)問題(もんだい)に就(つ)いては賛成(さんせい)遊(あそ)ばすことは受合(うけあひ)です。248貴方(あなた)の決心(けつしん)が定(き)まれば、249一(いち)時(じ)も早(はや)く、250及(およ)ばず乍(なが)ら此(この)ヱクスが斡旋(あつせん)の労(らう)をとらして戴(いただ)きます。251御(ご)安心(あんしん)なされませ』
252 ハルナはさも嬉(うれ)しげに、253包(つつ)みきれぬやうな笑(ゑみ)を頬(ほほ)に泛(うか)べて、254恥(はづ)かしげに俯(うつむ)いた。255ヱクスはしてやつたりと、256心中(しんちう)に頷(うなづ)き乍(なが)ら、
257ヱクス『ハルナ様(さま)、258善(ぜん)は急(いそ)げで厶(ござ)いますから、259直様(すぐさま)お父上(ちちうへ)に申上(まをしあ)げ、260先方(せんぱう)に掛合(かけあ)ふ事(こと)に致(いた)しませう』
261とイソイソとして、262此(この)場(ば)を立出(たちい)で左守司(さもりのかみ)の居間(ゐま)に一伍(いちぶ)一什(しじふ)を報告(はうこく)すべく進(すす)み行(ゆ)く。
263 後(あと)にハルナは天(てん)にも上(のぼ)る心地(ここち)して、
264ハルナ『あああ、265時節(じせつ)が来(き)たかなア、266よく開(ひら)けた父上(ちちうへ)だ。267盤古(ばんこ)神王(しんのう)様(さま)、268何卒(どうぞ)此(この)恋(こひ)が完全(くわんぜん)に成就(じやうじゆ)致(いた)します様(やう)に、269守(まも)らせ玉(たま)へ、270幸(さきは)ひ玉(たま)へ、271惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)ませ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)ませ』
272と合掌(がつしやう)し、273結婚(けつこん)の成立(せいりつ)を祈願(きぐわん)した。274天井(てんじやう)から鼠(ねづみ)がクウクウクウ チウチウチウ チーチー ドドドドド、275バタバタバタと鳴(な)き乍(なが)ら走(はし)る声(こゑ)が聞(きこ)えて来(く)る。
276(大正一二・二・一二 旧一一・一二・二七 於竜宮館 松村真澄録)
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