霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 艶兵(えんぺい)〔一三七四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻 篇:第2篇 貞烈亀鑑 よみ(新仮名遣い):ていれつきかん
章:第11章 艶兵 よみ(新仮名遣い):えんぺい 通し章番号:1374
口述日:1923(大正12)年02月13日(旧12月28日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月8日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
バラモンの鬼春別軍は、ハルナの指揮する城内の防衛軍を襲い、なぎ倒した。ビクトリヤ軍は敗走して武器を捨てて散乱し始めた。ハルナは槍を持って敵の陣中に入り縦横無尽に戦ったが、身に数多の傷を受けて倒れ、捕縛されてしまった。
城内に押し入ったバラモン軍は、ビクトリヤ王、左守、右守も難なく捕縛し、ハルナと共に牢獄に投げ入れてしまった。
カルナ姫は味方の勢力ではとうてい敵し難しと見て、にわかに武装を解いて美々しく装い蓑笠をつけて旅人に扮し、バラモン軍が進軍してくる路傍に倒れて気を引いた。敵の主将を美貌と弁舌で切腹しようとの試みであった。
バラモン軍の副将たちはカルナ姫の美貌を見てさっそく、大将に差し出して手柄にしようとした。カルナ姫は、自分はビク国の女で多くの軍隊を見て肝をつぶして動けなくなったのだと身の上を語った。副将たちは久米彦将軍の配下であったので、久米彦にカルナ姫を送り届けた。
久米彦は、隣のテントに上官である総司令官の鬼春別将軍が陣取っているので、あからさまに喜ぶわけにもいかず、表面は陣中に女を入れるなどけしからんと怒鳴りたてたが、内心は喜んで、さっそくあたりの幕僚に用を言いつけて遠ざけ、カルナ姫を口説きだした。
久米彦はすっかりカルナの手玉となって心をとろかせ、作戦計画も地図もほったらかしてしまった。カルナは両親にかけあった上で結婚の段取りをしようと婚約をほのめかした。
鬼春別は、隣の久米彦のテンドで女の声がし、どうやら久米彦が女の承諾を得たような気配がするので嫉妬し、顔を真っ赤にして久米彦の室に入ってきて怒鳴りつけた。久米彦は上官に対してこの場を取り繕うと焦っている。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-03-08 18:01:21 文字数:5956 OBC :rm5311
愛善世界社版:108頁 八幡書店版:第9輯 543頁 修補版: 校定版:112頁 普及版:54頁 初版: ページ備考:
001 鬼春別(おにはるわけ)の股肱(ここう)と頼(たの)む、002シヤムは驀地(まつしぐら)に城内(じやうない)を襲(おそ)ひ、003ハルナの指揮(しき)する軍隊(ぐんたい)を片(かた)ツ端(ぱし)から斬(き)りちらし、004薙倒(なぎたふ)した。005城内(じやうない)の味方(みかた)は周章(しうしやう)狼狽(らうばい)し、006武器(ぶき)を捨(す)て、007卑怯(ひけふ)にも一目散(いちもくさん)に四方(しはう)八方(はつぱう)に散乱(さんらん)した。008ハルナは槍(やり)を提(ひつさ)げて敵(てき)の陣中(ぢんちう)に入(い)り、009縦横(じうわう)無尽(むじん)に戦(たたか)へども、010敵(てき)は目(め)に余(あま)る大軍(たいぐん)、011遂(つひ)に力(ちから)尽(つ)き、012身(み)に十数創(じふすうさう)を蒙(かうむ)り、013無念(むねん)の歯(は)を食(く)ひしばり乍(なが)ら、014ドツと倒(たふ)れた。015シヤムは部下(ぶか)に命(めい)じ、016高手(たかて)小手(こて)に縛(しば)つて捕虜(ほりよ)となし、017城内(じやうない)の庫(くら)に投込(なげこ)み繋(つな)いでおいた。018夫(そ)れより王(わう)の殿中(でんちう)に阿修羅(あしゆら)王(わう)の如(ごと)き勢(いきほひ)にて進(すす)み入(い)り、019右守(うもり)のベルツを苦(く)もなく捕縛(ほばく)し、020之(こ)れ又(また)ハルナを投込(なげこ)んだ庫(くら)の中(なか)に繋(つな)いでおいた。021ビクトリヤ王(わう)、022キユービツトは弓(ゆみ)に矢(や)をつがへ、023よせ来(く)る敵(てき)を七八(しちはち)人(にん)倒(たふ)した。024王(わう)の弓弦(ゆづる)はプツツと切(き)れた、025最早(もはや)運命(うんめい)之(こ)れ迄(まで)なりと、026短刀(たんたう)を引(ひき)ぬき自殺(じさつ)せむとする一刹那(いつせつな)、027左守(さもり)は弓(ゆみ)の手(て)をやめて、028王(わう)の手(て)に縋(すが)りつき、029涙(なみだ)と共(とも)に自殺(じさつ)を思(おも)ひ止(と)まらむ事(こと)を諫(いさ)めた。
030左守(さもり)『モシ吾(わが)君様(きみさま)、031短気(たんき)をお出(だ)しなされますな。032神(かみ)様(さま)のお守(まも)りある以上(いじやう)は、033屹度(きつと)此(この)戦(たたか)ひは恢復(くわいふく)が出来(でき)まする。034貴方(あなた)がお崩御(かくれ)になれば、035どうして三軍(さんぐん)の指揮(しき)が出来(でき)ませう。036国家(こくか)の為(ため)に死(し)を思(おも)ひ止(と)まつて下(くだ)さいませ』
037と一生(いつしやう)懸命(けんめい)に止(と)めようとする、038王(わう)は決心(けつしん)の色(いろ)を浮(うか)べ、
039刹帝利(せつていり)『此(この)期(ご)に及(およ)んで、040卑怯(ひけふ)未練(みれん)に命(いのち)を存(なが)らへむとし、041却(かへつ)て名(な)もなき雑兵(ざふひやう)に首(くび)を渡(わた)せば王家(わうけ)の恥辱(ちじよく)、042其(その)手(て)を放(はな)せ』
043左守(さもり)『イヤ放(はな)しませぬ』
044と争(あらそ)ふ所(ところ)へ進(すす)み来(きた)るシヤムは、045有無(うむ)を言(い)はせず、046数十(すうじふ)人(にん)の雑兵(ざふひやう)と共(とも)に二人(ふたり)を捕縛(ほばく)し、047猿轡(さるぐつわ)をはめて、048同(おな)じ庫(くら)の中(なか)に繋(つな)ぎ、049バラモン軍(ぐん)の万歳(ばんざい)を三唱(さんしやう)した。
050 カルナ姫(ひめ)は到底(たうてい)味方(みかた)の勢力(せいりよく)にては敵(てき)し難(がた)しと見(み)て取(と)り、051俄(にはか)に武装(ぶさう)を解(と)き、052美々(びび)しき身(み)を装(よそほ)ひ、053蓑笠(みのかさ)を着(つ)け、054旅人(たびびと)と扮(ふん)し、055軍隊(ぐんたい)の進(すす)み来(きた)る路傍(ろばう)に呻(うめ)き声(ごゑ)を出(だ)して、056ワザと倒(たふ)れてゐた。057久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)の副官(ふくくわん)エミシは百(ひやく)余(よ)の軍隊(ぐんたい)を引率(いんそつ)して、058進(すす)み来(きた)る路傍(ろばう)に何者(なにもの)か倒(たふ)れてゐるのを見(み)て、059部下(ぶか)のマルタに命(めい)じ、060調査(てうさ)せしめた。
061マルタ『コレヤ、062其(その)方(はう)は吾々(われわれ)が進軍(しんぐん)の路傍(ろばう)に横(よこ)たはり、063不都合(ふつがふ)千万(せんばん)、064何者(なにもの)だ』
065と言(い)ひ乍(なが)ら蓑笠(みのかさ)を無雑作(むざふさ)に引(ひき)むしつた、066みれば妙齢(めうれい)の美人(びじん)が苦(くる)し相(さう)にウンウンと呻(うめ)いてゐる。
067マルタ『モシ、068エミシ様(さま)、069ステキ滅法界(めつぱふかい)の美人(びじん)で厶(ござ)いますぞ。070これは旅人(たびびと)と見(み)えますが、071余(あま)り沢山(たくさん)な軍隊(ぐんたい)の勢(いきほひ)に恐(おそ)れ、072女(をんな)の小(ちひ)さき心(こころ)より吃驚(びつくり)を致(いた)して、073目(め)を廻(まは)したので厶(ござ)いませう、074何(なん)と美(うつく)しい者(もの)で厶(ござ)いますなア』
075エミシ『成程(なるほど)、076立派(りつぱ)な女(をんな)だ。077何(なに)は兎(と)もあれ、078久米彦(くめひこ)様(さま)の御前(ごぜん)に連(つ)れ参(まゐ)り、079将軍(しやうぐん)のお慰(なぐさ)みに供(きよう)したならば如何(いかが)であらうか』
080マルタ『如何(いか)にも将軍(しやうぐん)は定(さだ)めて満足(まんぞく)さるるでせう。081然(しか)らば之(これ)より拙者(せつしや)がお届(とど)け申(まを)しませう』
082エミシ『マルタ、083決(けつ)して其(その)方(はう)の手柄(てがら)に致(いた)しちやならぬぞ、084……エミシが将軍(しやうぐん)様(さま)にお届(とど)け申(まを)せ……と云(い)つたと伝(つた)へるのだぞ』
085マルタ『ヘヘヘ、086決(けつ)して如才(じよさい)は厶(ござ)いませぬ、087御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
088と三四(さんよ)人(にん)の部下(ぶか)に担(かつ)がせ、089マルタは後(あと)に跟(つ)いて、090将軍(しやうぐん)の仮陣営(かりじんえい)へ送(おく)り行(ゆ)く。091エミシは城内(じやうない)を指(さ)して、092四辺(あたり)の民家(みんか)に火(ひ)をつけ乍(なが)ら、093猛虎(まうこ)の勢(いきほひ)、094勝(かち)に乗(じやう)じて進(すす)み行(ゆ)く。
095 一方(いつぱう)ヒルナ姫(ひめ)は到底(たうてい)戦(たたかひ)利(り)あらずと見(み)て取(と)り、096同(おな)じく旅人(たびびと)の風(ふう)を装(よそほ)ひ、097軍隊(ぐんたい)の進(すす)み来(きた)る路上(ろじやう)に横(よこ)たはり、098黄泉(よもつ)比良坂(ひらさか)の戦(たたか)ひに、099大神(おほかみ)が桃(もも)の実(み)の紅裙隊(こうくんたい)を用(もち)ひ玉(たま)ひし故智(こち)に倣(なら)ひ、100敵(てき)の主将(しゆしやう)を吾(わが)美貌(びばう)と弁舌(べんぜつ)を以(もつ)て説服(せつぷく)せしめむと忠義(ちうぎ)一途(いちづ)の心(こころ)より危険(きけん)を冒(をか)して待(ま)つてゐる。101此処(ここ)へ隊伍(たいご)を整(ととの)へ堂々(だうだう)とやつて来(き)たのは、102鬼春別(おにはるわけ)の股肱(ここう)と頼(たの)むスパールであつた。103スパールは目敏(めざと)く、104ヒルナ姫(ひめ)を見(み)て、105其(その)美貌(びばう)に肝(きも)をつぶし、106軍隊(ぐんたい)の進行(しんかう)を止(と)め、107ヒルナ姫(ひめ)の前(まへ)に進(すす)みよつて、
108スパール『其(その)方(はう)は進軍(しんぐん)の途上(とじやう)に何(なに)を致(いた)して居(を)るか、109早(はや)く立去(たちさ)らないか』
110とワザと声高(こわだか)に罵(ののし)りける。
111ヒルナ姫(ひめ)『ハイ、112妾(わらは)は旅(たび)の女(をんな)で厶(ござ)います。113ビクトル山上(さんじやう)の盤古(ばんこ)神王(しんのう)様(さま)の祠(ほこら)へ参拝(さんぱい)の為(ため)、114遥々(はるばる)参(まゐ)りました所(ところ)、115余(あま)り沢山(たくさん)のお武家(ぶけ)様(さま)で肝(きも)を潰(つぶ)し、116腰(こし)を抜(ぬ)かし、117一歩(ひとあし)も歩(あゆ)めなくなりました、118何卒(どうぞ)お助(たす)け下(くだ)さいませ。119決(けつ)して身(み)に寸鉄(すんてつ)も帯(お)びない女(をんな)なれば、120お手向(てむか)ひは致(いた)しませぬ』
121と涙(なみだ)含(ぐ)みつつ言(い)ふ。122スパールはヒルナ姫(ひめ)の美貌(びばう)を熟視(じゆくし)し、123首(くび)を傾(かたむ)け舌(した)をまき乍(なが)ら、124ウツトリとして見(み)とれてゐる。
125 暫(しばら)くあつてスパールは顔色(かほいろ)を和(やは)らげ、
126スパール『イヤ、127旅(たび)のお女中(ぢよちう)、128決(けつ)して御(ご)心配(しんぱい)なさるな、129拙者(せつしや)が貴女(あなた)の身(み)の上(うへ)は安全(あんぜん)に守(まも)つて上(あ)げませう。130……従卒(じゆうそつ)共(ども)、131鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)の御(おん)前(まへ)に、132スパールが此(この)女(をんな)を宜(よろ)しくお頼(たの)み申(まを)したと云(い)つて送(おく)り届(とど)けて来(こ)い』
133 『ハイ』と答(こた)へて、134前列(ぜんれつ)の兵卒(へいそつ)二(に)名(めい)、135従卒(じゆうそつ)二(に)名(めい)と共(とも)にヒルナ姫(ひめ)を大事(だいじ)相(さう)に担(かつ)いで、136鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)の陣営(ぢんえい)に送(おく)り届(とど)けたり。
137 鬼春別(おにはるわけ)、138久米彦(くめひこ)両将軍(りやうしやうぐん)の陣営(ぢんえい)はテントを張(は)りまはし、139若草(わかぐさ)の芝生(しばふ)の上(うへ)に臨時(りんじ)に造(つく)られてあつた。140そして両将軍(りやうしやうぐん)とも一(ひと)つのテントを隔(へだ)つるのみにて、141二間(にけん)許(ばか)りの距離(きより)を有(いう)するのみであつた。142久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)は味方(みかた)の勇士(ゆうし)の戦報(せんぱう)を聞(き)きつつ、143ビクトリヤ城(じやう)内外(ないぐわい)の地図(ちづ)を披(ひら)いて、144敵味方(てきみかた)の配置(はいち)を調(しら)べてゐた。145そこへマルタは四(よ)人(にん)の兵卒(へいそつ)に美人(びじん)を舁(か)かせて入来(いりきた)り、
146マルタ『エー、147将軍(しやうぐん)様(さま)に申上(まをしあ)げます、148城内(じやうない)の敵(てき)は殆(ほとん)ど殲滅(せんめつ)致(いた)しました様子(やうす)で厶(ござ)いますれば、149先(ま)づ御(ご)安心(あんしん)遊(あそ)ばせ。150就(つ)きましては何処(どこ)の者(もの)とも知(し)らず、151吾々(われわれ)軍隊(ぐんたい)の威勢(ゐせい)に恐(おそ)れ、152路傍(ろばう)に倒(たふ)れ目(め)を眩(ま)かしてゐる女(をんな)が厶(ござ)いますので、153強(つよ)い計(ばか)りが武士(ぶし)の情(なさけ)でないと、154近寄(ちかよ)つてみれば、155かくの如(ごと)き妙齢(めうれい)の美人(びじん)、156やうやう介抱(かいほう)を致(いた)し、157息(いき)を吹返(ふきかへ)させました。158所(ところ)が貴方(あなた)の副官(ふくくわん)エミシ殿(どの)が一目(ひとめ)みるより目(め)を細(ほそ)くし、159涎(よだれ)をくらせ玉(たま)ひ……惜(をし)いものだなア、160此(この)女(をんな)を陣中(ぢんちう)の無聊(むれう)を慰(なぐさ)むる為(ため)、161吾(わが)女房(にようばう)にしたいものだ……などと虫(むし)のよい事(こと)を申(まを)します。162併(しか)し乍(なが)ら、163此(この)女(をんな)をみつけたのも、164介抱(かいほう)致(いた)したのも、165拾(ひろ)つたのも此(この)マルタで厶(ござ)います。166言(い)はば戦利品(せんりひん)同様(どうやう)、167中々(なかなか)エミシの自由(じいう)には致(いた)させませぬ、168之(これ)は将軍(しやうぐん)様(さま)に献上(けんじやう)し、169陣中(ぢんちう)のお慰(なぐさ)みに供(きよう)したいと思(おも)ひ、170ワザワザ送(おく)つて参(まゐ)りました。171何卒(どうぞ)首実検(くびじつけん)の上(うへ)、172お受(う)け取(と)り下(くだ)さいますれば有難(ありがた)う存(ぞん)じます』
173と追従(つゐしよう)を並(なら)べて述(の)べ立(た)てた。174久米彦(くめひこ)は一目(ひとめ)見(み)るより恍惚(くわうこつ)として、175目(め)を細(ほそ)くし、176涎(よだれ)の滴(したた)るのも知(し)らなかつた。177されど隣(となり)のテントには上官(じやうくわん)の鬼春別(おにはるわけ)が陣取(ぢんど)つてゐる事(こと)とてワザと声(こゑ)を尖(とが)らし、
178久米彦(くめひこ)『不都合(ふつがふ)千万(せんばん)な、179此(この)陣中(ぢんちう)に女(をんな)を持(も)ち運(はこ)ぶとは、180武士(ぶし)にあるまじき其(その)方(はう)の所業(しよげふ)、181汚(けが)らはしい、182トツトと持(も)ち帰(かへ)れ』
183マルタ『ヘー、184貴方(あなた)は日頃(ひごろ)の御(ご)性質(せいしつ)にも似(に)ず、185斯様(かやう)な美人(びじん)がお気(き)に入(い)りませぬか。186左様(さやう)なれば是非(ぜひ)には及(およ)びませぬ、187此(この)戦争(せんそう)がすむ迄(まで)どつかにしまひおき、188私(わたし)の女房(にようばう)に致(いた)し、189軍隊(ぐんたい)を辞(じ)して、190楽(たの)しき一生(いつしやう)を此(この)ナイスと共(とも)に送(おく)ることに致(いた)しませう。191何程(なにほど)軍人(ぐんじん)なればとて、192女(をんな)一人(ひとり)を見(み)すてるは武士(ぶし)の取(と)るべき道(みち)では厶(ござ)いますまい。193お気(き)にいらねばどつかへ連(つ)れて参(まゐ)ります』
194と四(よ)人(にん)に目配(めくば)せして伴(つ)れ帰(かへ)らうとする。195久米彦(くめひこ)は、196慌(あわ)てて、197手(て)を頻(しき)りに振(ふ)り乍(なが)ら、
198久米彦(くめひこ)『アア、199イヤイヤ、200汚(けが)らはしいと云(い)ふは表(おもて)、201ソツと其(その)女(をんな)をここへおツ放(ぽ)り出(だ)し、202其(その)方(はう)は一(いち)時(じ)も早(はや)く戦陣(せんぢん)に向(むか)つたがよからう』
203マルタ『ヘツヘヘヘ、204ヤツパリお気(き)に入(い)りましたかな。205猫(ねこ)に松魚(かつをぶし)、206男(をとこ)に女(をんな)、207何程(なにほど)軍人(ぐんじん)だとて、208女(をんな)の嫌(きら)ひな男(をとこ)は厶(ござ)いますまい。209併(しか)し乍(なが)ら喉(のど)をならして欲(ほ)しがつてゐる男(をとこ)も沢山(たくさん)厶(ござ)いますから、210余(あま)り、211お気(き)に進(すす)まぬものを無理(むり)につきつけようとは申(まを)しませぬ。212これ程(ほど)の美人(びじん)を貴方(あなた)に献(たてまつ)るのに、213苦虫(にがむし)を噛(か)んだやうな面(つら)をして居(を)られちや、214根(ね)つから張合(はりあひ)も骨折(ほねをり)甲斐(がひ)も厶(ござ)いませぬワ』
215久米彦(くめひこ)『軍人(ぐんじん)は戦争(せんそう)さへすれば可(い)いのだ。216ゴテゴテ申(まを)さず、217早(はや)く立去(たちさ)つて戦陣(せんぢん)に向(むか)へ、218怪(け)しからぬ代物(しろもの)だ』
219とワザとに隣室(りんしつ)に聞(きこ)えるやう、220呶鳴(どな)り立(た)てた。221マルタは面(つら)をふくらし、222ブツブツ小言(こごと)を言(い)ひ乍(なが)ら、223シヨゲシヨゲとして再(ふたた)び陣中(ぢんちう)に進(すす)み入(い)る。
224 久米彦(くめひこ)は四辺(あたり)の幕僚(ばくれう)を種々(いろいろ)の用(よう)を言(い)ひつけ、225遠(とほ)ざけおき、226女(をんな)の側(そば)近(ちか)く寄(よ)り、227背(せな)を撫(な)で乍(なが)ら、228猫撫(ねこな)で声(ごゑ)を出(だ)し、
229久米彦(くめひこ)『其方(そち)は何処(いづく)の者(もの)だ。230殺気立(さつきだ)つた軍隊(ぐんたい)に出会(であ)ひ、231嘸(さぞ)驚(おどろ)いたであらうのう。232此(この)方(はう)は久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)と云(い)つて全軍(ぜんぐん)の指揮官(しきくわん)だ。233最早(もはや)吾(わが)懐(ふところ)に入(い)る上(うへ)は大丈夫(だいぢやうぶ)だ、234安心(あんしん)致(いた)せよ』
235女(をんな)『ハイ、236妾(わらは)はカルナと申(まを)しまして、237此(この)国(くに)の生(うま)れで厶(ござ)います。238日頃(ひごろ)信仰(しんかう)致(いた)します盤古(ばんこ)神王(しんのう)様(さま)に参拝(さんぱい)せむと、239一人(ひとり)の伴(つ)れと共(とも)に此処(ここ)迄(まで)参(まゐ)りました途中(とちう)に、240沢山(たくさん)なお武家(ぶけ)様(さま)に出会(であ)ひ、241ビツクリ致(いた)し、242目(め)が眩(くら)み路傍(ろばう)に倒(たふ)れて居(を)りました。243所(ところ)がお情深(なさけぶか)いお武家(ぶけ)様(さま)に助(たす)けられて、244斯様(かやう)な嬉(うれ)しい事(こと)は厶(ござ)いませぬ。245モウ帰(かへ)りましても気遣(きづか)ひは厶(ござ)いますまいかな、246何(なん)ならば貴方(あなた)様(さま)のお印(しるし)を頂(いただ)き、247それを以(もつ)て軍隊内(ぐんたいない)を通過(つうくわ)し、248帰国(きこく)さして貰(もら)へますまいかな』
249 久米彦(くめひこ)は折角(せつかく)手(て)に入(い)つた此(この)美人(びじん)を帰(かへ)しては大変(たいへん)だと直(ただち)に言葉(ことば)を設(まう)け、
250久米彦(くめひこ)『武士(ぶし)は情(なさけ)を見知(みし)るを以(もつ)て第一(だいいち)とする、251併(しか)し乍(なが)らここ暫(しばら)くの間(あひだ)はいろいろ雑多(ざつた)のよからぬ軍人(ぐんじん)も交(まじ)つて居(を)れば、252実(じつ)に険難(けんのん)千万(せんばん)だ。253此(この)戦(いくさ)が片(かた)づく迄(まで)、254吾(わが)陣営(ぢんえい)に居(を)つたらどうだ。255それの方(はう)が其方(そち)の身(み)の為(ため)には安全策(あんぜんさく)だと思(おも)ふ。256先(ま)づ先(ま)づ親(おや)の懐(ふところ)に入(はい)つた心算(つもり)で、257気(き)を落(お)ち着(つ)けてゆつくり致(いた)すがよからうぞ』
258カルナ姫(ひめ)『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います。259左様(さやう)なればお言葉(ことば)に甘(あま)え、260お世話(せわ)に与(あづか)りませう』
261久米彦(くめひこ)『ヨシヨシ、262それで俺(おれ)もヤツと安心(あんしん)致(いた)した』
263カルナ姫(ひめ)『何(なん)といい陽気(やうき)になつたもので厶(ござ)いますな。264此(この)青(あを)い芝(しば)の上(うへ)にテントをめぐらし、265陣営(ぢんえい)を構(かま)へて、266三軍(さんぐん)を指揮(しき)し遊(あそ)ばす将軍(しやうぐん)様(さま)の御(ご)勇姿(ゆうし)は、267実(じつ)に何(なん)とも言(い)へぬ崇高(すうかう)な念(ねん)に駆(か)られます。268妾(わらは)も女(をんな)と生(うま)れた上(うへ)は、269どうかして軍人(ぐんじん)の妻(つま)になりたいもので厶(ござ)います、270ホホホ』
271久米彦(くめひこ)『其方(そち)はまだ未婚者(みこんしや)と見(み)えるなア』
272カルナ姫(ひめ)『ハイ、273現代(げんだい)の男子(だんし)は総(すべ)て恋愛(れんあい)神聖論(しんせいろん)だとか、274デモクラチツクだとか、275耽美(たんび)生活(せいかつ)だとか言(い)つて、276実(じつ)は女(をんな)の腐(くさ)つたやうな男(をとこ)計(ばか)りで厶(ござ)いますから、277妾(わらは)の夫(をつと)として定(さだ)むる男子(だんし)が見当(みあた)りませぬので、278未(ま)だ独身(どくしん)生活(せいくわつ)を続(つづ)けて居(を)ります』
279久米彦(くめひこ)『其方(そち)の理想(りさう)とする夫(をつと)は、280さうすると軍人(ぐんじん)だと言(い)ふのかな、281軍人(ぐんじん)位(くらゐ)単純(たんじゆん)な潔白(けつぱく)な勇(いさ)ましいものはない。282夫(をつと)に持(も)つのならば軍人(ぐんじん)に限(かぎ)るなア、283アハハハハ』
284カルナ姫(ひめ)『何程(なにほど)妾(わらは)の如(ごと)き者(もの)が、285軍人(ぐんじん)の夫(をつと)を持(も)たうと思(おも)ひましても、286駄目(だめ)で厶(ござ)いますワ。287軍人(ぐんじん)にもいろいろ厶(ござ)いまして、288上(かみ)は将軍(しやうぐん)より下(しも)は一兵卒(いつぺいそつ)に至(いた)る迄(まで)、289ヤツパリ軍人(ぐんじん)で厶(ござ)いますが、290靴磨(くつみが)きや馬(うま)の掃除(さうぢ)をするやうな軍人(ぐんじん)なら、291真平(まつぴら)御免(ごめん)です。292どうかしてせめて、293士官(しくわん)位(ぐらゐ)な夫(をつと)が持(も)ちたいと希望(きばう)致(いた)して居(を)ります』
294 久米彦(くめひこ)は自分(じぶん)の鼻(はな)を抑(おさ)へて、
295久米彦(くめひこ)『拙者(せつしや)はお気(き)に召(め)さぬかな』
296カルナ姫(ひめ)『あれマア何(なに)仰有(おつしや)います、297御(ご)勿体(もつたい)ない、298妾(わらは)は士官級(しくわんきふ)で結構(けつこう)で厶(ござ)います。299将軍(しやうぐん)様(さま)は将官級(しやうくわんきふ)では厶(ござ)いませぬか。300そんな事(こと)は夢(ゆめ)に思(おも)うても罰(ばち)が当(あた)ります、301ホホホホホ、302御(ご)冗談(じようだん)仰有(おつしや)らないやうにして下(くだ)さいませ。303ねエ将軍(しやうぐん)様(さま)』
304 久米彦(くめひこ)は策戦(さくせん)計画(けいくわく)も地図(ちづ)も何(なに)も放(ほ)つたらかして、305隣(となり)のテントに鬼春別(おにはるわけ)が控(ひか)へて居(を)る事(こと)も忘(わす)れて了(しま)ひ、306ソロソロ、307ド拍手(びやうし)のぬけた、308惚気声(のろけごゑ)を出(だ)して、309カルナを膝元(ひざもと)に引(ひき)よせ、310カルナの肩(かた)を撫(な)で乍(なが)ら、
311久米彦(くめひこ)『オイ、312カルナ、313さう男(をとこ)に恥(はぢ)をかかすものだない。314どうだ、315キツパリと将軍(しやうぐん)に身(み)を任(まか)すと云(い)つたらどうだい』
316カルナ姫(ひめ)『貴方(あなた)は最早(もはや)奥(おく)さまもあり、317お子様(こさま)も大(おほ)きくなつてゐらつしやるでせう。318何程(なにほど)顕要(けんえう)な地位(ちゐ)に立(た)たれる貴方(あなた)だとて、319妾(めかけ)になつて女(をんな)の貞操(ていさう)を弄(もてあそ)ばれるのはつまりませぬからなア、320そんな御(ご)冗談(じやうだん)はやめて下(くだ)さいませ』
321とワザとにプリンと尻(しり)をふつてみせた。322久米彦(くめひこ)はたまりかね、323目(め)を細(ほそ)くし乍(なが)ら、
324久米彦(くめひこ)『イヤ、325御説(ごせつ)御尤(ごもつと)も、326併(しか)し乍(なが)ら拙者(せつしや)も理想(りさう)の女(をんな)がないので、327恥(はづか)し乍(なが)ら、328今日(こんにち)迄(まで)独身(どくしん)生活(せいくわつ)を続(つづ)けてゐるのだ』
329カルナ姫(ひめ)『ホホホホホ、330四十(しじふ)の坂(さか)を越(こ)えてゐ乍(なが)ら、331独身(どくしん)生活(せいくわつ)を続(つづ)けてると仰有(おつしや)るのは、332どこか御(お)身体(からだ)の一局部(いちきよくぶ)に欠点(けつてん)がお有(あ)りなさるので厶(ござ)いませぬか。333貴方(あなた)は男(をとこ)らしい立派(りつぱ)な男(をとこ)、334況(ま)して顕要(けんえう)の地位(ちゐ)にあらせらるる将軍(しやうぐん)様(さま)ですから、335沢山(たくさん)の女(をんな)にチヤホヤされ包囲(はうゐ)攻撃(こうげき)をくつて、336遂(つひ)には肝心(かんじん)の機械(きかい)を毀損(きそん)し、337六〇六(ろつぴやくろく)号(がう)の御(ご)厄介(やくかい)にお預(あづか)り遊(あそ)ばしたのでは厶(ござ)いますまいか。338そんな事(こと)であつたならば折角(せつかく)無垢(むく)の妾(わらは)の体(からだ)に病毒(びやうどく)が感染(かんせん)し、339一生(いつしやう)不幸(ふかう)に陥(おちい)らねばなりませぬ、340併(しか)し失礼(しつれい)の段(だん)はお許(ゆる)し下(くだ)さいませ』
341と早(はや)くもカルナは久米彦(くめひこ)の自分(じぶん)に惚(のろ)け切(き)つてゐるのを看破(かんぱ)したので、342ソロソロ厭味(いやみ)半分(はんぶん)に揶揄(からか)ひ、343ヂラさうと考(かんが)へてゐる剛胆(がうたん)不敵(ふてき)の女(をんな)である。
344 久米彦(くめひこ)は目(め)を細(ほそ)うし、345声(こゑ)の調子(てうし)迄(まで)狂(くる)はせて、
346久米彦(くめひこ)『コレヤ、347ナイス、348余(あま)り男(をとこ)を馬鹿(ばか)にするものでないぞ、349エエー。350お前(まへ)は美(うつく)しい顔(かほ)にも似(に)ず、351随分(ずいぶん)思(おも)ひ切(き)つた事(こと)をいふ女(をんな)だな。352大抵(たいてい)の女(をんな)ならば、353かやうな男(をとこ)計(ばか)りの殺風景(さつぷうけい)な陣中(ぢんちう)へ送(おく)られて来(き)た時(とき)は、354ブルブル慄(ふる)うて、355一言(ひとこと)もよう言(い)はないものだが、356お前(まへ)の言葉(ことば)から考(かんが)へても、357どうやら女子(ぢよし)大学(だいがく)を卒業(そつげふ)した才媛(さいえん)とみえる。358どこともなしに、359お前(まへ)のいふ事(こと)は垢抜(あかぬ)けがしてゐるよ。360此(この)夫(をつと)にして此(この)妻(つま)ありだ。361軍人(ぐんじん)の妻(つま)たる者(もの)は軍隊(ぐんたい)を恐(おそ)るるやうな事(こと)では勤(つと)まらない、362今時(いまどき)の女性(ぢよせい)は活気(くわつき)がないから実(じつ)に困(こま)つたものだ。363併(しか)しお前(まへ)は新教育(しんけういく)を受(う)けた丈(だけ)あつて、364実(じつ)に明敏(めいびん)な快活(くわいくわつ)な頭脳(づなう)を持(も)つてゐる。365イヤそれが久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)にはズツと気(き)に入(い)つた。366どうだ俺(おれ)の奥様(おくさま)になる気(き)はないか』
367カルナ姫(ひめ)『ハイ、368有難(ありがた)う厶(ござ)います。369願(ねが)うても無(な)い御縁(ごえん)で厶(ござ)います。370併(しか)し乍(なが)ら何程(なにほど)新(あたら)しい女(をんな)だと云(い)うても、371妾(わらは)には両親(りやうしん)が厶(ござ)いますから、372此(この)戦(たたか)ひの終局(しうきよく)次第(しだい)、373両親(りやうしん)の許(ゆる)しを受(う)けてお世話(せわ)に預(あづか)りませう。374貴方(あなた)も今(いま)やビクトリヤ城(じやう)攻撃(こうげき)の真最中(まつさいちう)に於(おい)て、375女(をんな)を相手(あひて)となさる訳(わけ)にも行(ゆ)きますまいからねエ。376本当(ほんたう)に好(す)きな将軍(しやうぐん)様(さま)だワ』
377久米彦(くめひこ)『そんな気(き)の永(なが)い事(こと)を言(い)つて待(ま)つてゐられるものだない。378俺(おれ)はモウ情火(じやうくわ)燃(も)え拡(ひろ)がり殆(ほとん)ど全身(ぜんしん)をやき尽(つく)さん許(ばか)りになつてゐる。379どうだ、380此処(ここ)で一(ひと)つ情約(じやうやく)締結(ていけつ)をやらうではないか』
381カルナ姫(ひめ)『左様(さやう)ならば、382互(たがひ)に心(こころ)の底(そこ)が分(わか)つたので厶(ござ)いますから、383予定(よてい)の夫婦(ふうふ)と致(いた)しておきませう。384それから相当(さうたう)の仲介人(なかうど)を頼(たの)んで、385両親(りやうしん)に掛合(かけあ)つて貰(もら)ひ、386そこで内定(ないてい)といふ順序(じゆんじよ)をふみ、387いよいよ確定(かくてい)に進(すす)むべきものですから、388マア楽(たのし)んで、389互(たがひ)に吉日(きちにち)良辰(りやうしん)の来(きた)るを待(ま)つ事(こと)に致(いた)しませうかねえ』
390久米彦(くめひこ)『成程(なるほど)、391予定(よてい)、392内定(ないてい)、393確定(かくてい)、394ヤア面白(おもしろ)い。395いかにも新教育(しんけういく)を受(う)けた丈(だけ)あつて、396お前(まへ)のいふ事(こと)は条理(でうり)整然(せいぜん)たるものだ。397丸(まる)で軍隊(ぐんたい)式(しき)だ、398ヤ、399益々(ますます)気(き)に入(い)つた、400アハハハハ』
401と他愛(たあい)もなくド拍子(びやうし)の抜(ぬ)けた声(こゑ)で笑(わら)ふ。402カルナ姫(ひめ)は所在(あらゆる)媚(こび)を呈(てい)し、403『ホホホホホ』と何気(なにげ)なき体(てい)で笑(わら)つてゐる。404併(しか)し心(こころ)の中(うち)では、405……夫(をつと)のハルナさまはどうなつたであらうか、406もしや討死(うちじに)をなさつたのではあるまいか、407但(ただし)は捕虜(ほりよ)となつて、408敵(てき)に捉(とら)はれて厶(ござ)るのではあるまいか、409刹帝利(せつていり)様(さま)や父上(ちちうへ)[※カルナ姫は右守ベルツの妹。父は先代の右守だがおそらくすでに故人で登場しない。この「父上」とは夫ハルナの父である左守キュービットのことか? 校定版・八幡版では「や父上」が削除されている。]は如何(いかが)なり行(ゆ)き玉(たま)ひしか……と気(き)も気(き)でなかつた。410併(しか)し乍(なが)ら大事(だいじ)の前(まへ)の一小事(いちせうじ)と、411胸底(むなそこ)深(ふか)く包(つつ)んで少(すこ)しも色(いろ)に現(あら)はさなかつたのは、412天晴(あつぱれ)な女丈夫(ぢよぢやうぶ)である。
413 鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)は久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)の笑(わら)ひ声(ごゑ)に聞耳(ききみみ)を立(た)て、414様子(やうす)を窺(うかが)へば、415何(なん)だか艶(なまめ)かしい女(をんな)の声(こゑ)、416そしてどうやら久米彦(くめひこ)と情意(じやうい)投合(とうがふ)したやうな気配(けはい)がするので、417嫉(や)けて堪(たま)らず顔(かほ)を真赤(まつか)にしてテントを出(い)で、418久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)の室(しつ)に進(すす)み来(きた)り、419声(こゑ)を尖(とが)らして、
420鬼春別(おにはるわけ)『久米彦(くめひこ)殿(どの)、421ここは陣中(ぢんちう)で厶(ござ)るぞ。422其(その)狂態(きやうたい)は何事(なにごと)で厶(ござ)る』
423と怒気(どき)を含(ふく)んで叱責(しつせき)した。
424 久米彦(くめひこ)は頭(かしら)を抑(おさ)へ乍(なが)ら、
425久米彦(くめひこ)『ヘー、426エ、427何(なん)で厶(ござ)います、428これには一寸(ちよつと)様子(やうす)があつて……』
429と頻(しき)りに腰(こし)を屈(かが)め、430手(て)を揉(も)み、431此(この)場(ば)を糊塗(こと)せむと焦(あせ)つてゐる可笑(をか)しさ。432カルナ姫(ひめ)は思(おも)はず、
433『フツフフフフ』
434と吹出(ふきだ)し、435俯(うつむ)いて腹(はら)を抱(かか)へてゐる。
436(大正一二・二・一三 旧一一・一二・二八 於竜宮館 松村真澄録)
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