霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一〇章 女丈夫(ぢよぢやうぶ)〔一三七三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻 篇:第2篇 貞烈亀鑑 よみ(新仮名遣い):ていれつきかん
章:第10章 女丈夫 よみ(新仮名遣い):じょじょうぶ 通し章番号:1373
口述日:1923(大正12)年02月13日(旧12月28日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月8日
概要: 舞台:ビクトリヤ城 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
関守長カントの報告に、一同は打ち驚いた。国家の危急にさすがの右守もいままでの確執よりも防衛に焦慮しだした。そして、一切の作戦計画を王家と左守家に一任するときっぱり言ってのけた。
そこで左守と王・王妃が、軍を二隊に分けてそれぞれ左守と右守が率い、迎撃態勢を整えるように命じたが、右守はなんだかんだと言い訳をつけて、城を動こうとしない。そうしている間にも次々に敵軍による被害の報告が上がってくる。
実は右守はこの事態に腰を抜かして自力で立てなくなっていた。それを悟られたくないためだけに、危急のときにあたっても立ち上がろうとしなかった。妹のカルナ姫は自分が出陣すると言って兄を振り切り、夫のハルナを促して部屋を出て行った。
ビクトリヤ王は右守の不甲斐なさに怒って、右守を切りつけようとした。王妃ヒルナ姫は王に取りすがり、右守がここまで慢心してしまった責任は自分にあり、右守の野心を探り、改心させるために、右守と不義の交わりをしたと告白した。
ビクトリヤ王は、ヒルナ姫の忠義を認め、離縁を言い渡しながらも、感謝を述べて今後も王家につかえるように言い渡した。ヒルナ姫はとっさに自害しようとしたが、タルマンはそれを止め、今は防衛に全力を勤めるように諭した。
ヒルナ姫はタルマンの諭しを容れ、武装を整えて戦陣に向かった。左守は老齢のため王のそばに仕えることになり、タルマンも出陣して行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-03-07 18:04:14 文字数:3515 OBC :rm5310
愛善世界社版:99頁 八幡書店版:第9輯 539頁 修補版: 校定版:103頁 普及版:49頁 初版: ページ備考:
001 カントの報告(はうこく)に打驚(うちおどろ)いて、002一同(いちどう)は暫(しばら)く沈黙(ちんもく)の幕(まく)を下(お)ろした。003諺(ことわざ)にも兄弟(きやうだい)檣(かき)にせめぐ共(とも)、004外(ほか)其(その)侮(あなど)りを防(ふせ)ぐとかや、005父(ちち)死(し)して家(いへ)にせめぐ子(こ)なし、006……とは宜(うべ)なるかな。007国家(こくか)の危急(ききふ)存亡(そんばう)目睫(もくせふ)の間(あひだ)に迫(せま)れるを聞(き)いて、008流石(さすが)の右守(うもり)も今(いま)迄(まで)の争論(そうろん)をケロリと忘(わす)れ、009兎(と)も角(かく)外敵(ぐわいてき)を防(ふせ)がむとのみに焦慮(せうりよ)し出(だ)した。010右守(うもり)は慌(あわ)てて口(くち)を開(ひら)き、
011右守(うもり)『刹帝利(せつていり)様(さま)、012国家(こくか)の危急(ききふ)、013目睫(もくせふ)に迫(せま)りました。014斯様(かやう)な時(とき)に内紛(ないふん)を醸(かも)すのは最(もつと)も不利益(ふりえき)千万(せんばん)で厶(ござ)います。015此(この)右守(うもり)は君(きみ)の為(ため)、016国(くに)の為(ため)、017一切(いつさい)の主張(しゆちやう)を曲(ま)げて、018吾(わが)君様(きみさま)、019ヒルナ姫(ひめ)様(さま)、020左守殿(さもりどの)に一任(いちにん)致(いた)します、021何卒(どうぞ)よきに御(お)取計(とりはか)らひを願(ねが)ひませう』
022と打(う)つて変(かは)つた挨拶(あいさつ)に、023ビクトリヤ王(わう)は漸(やうや)く顔(かほ)をあげ、
024刹帝利(せつていり)『汝(なんぢ)の赤心(まごころ)は只今(ただいま)現(あら)はれた。025人(ひと)は愈(いよいよ)の時(とき)にならねば本心(ほんしん)の分(わか)らぬものだ。026サア是(これ)から左守(さもり)、027右守(うもり)、028タルマン、029一致(いつち)の上(うへ)防(ふせ)ぎの用意(ようい)を致(いた)されよ』
030ヒルナ姫(ひめ)『左守殿(さもりどの)、031如何(いかが)で厶(ござ)る。032其方(そなた)は三軍(さんぐん)を率(ひき)ゐ、033右守殿(うもりどの)と力(ちから)を協(あは)せ、034防戦(ばうせん)にお向(むか)ひなさらぬか』
035左守(さもり)『ハイ、036委細(ゐさい)承知(しようち)仕(つかまつ)りました。037然(しか)らば之(これ)より、038右守殿(うもりどの)、039軍隊(ぐんたい)を二手(ふたて)に分(わか)ち、040其(その)一班(いつぱん)を拙者(せつしや)が預(あづか)りませう』
041右守(うもり)『これは怪(け)しからぬ、042軍学(ぐんがく)に経験(けいけん)なき其方(そなた)、043左様(さやう)な事(こと)が如何(どう)して出来(でき)ませうか。044此(この)防戦(ばうせん)は拙者(せつしや)にお任(まか)せ下(くだ)され。045一兵(いつぺい)も動(うご)かさずして、046樽爼(そんそ)折衝(せつしよう)の間(あひだ)に解決(かいけつ)をつけてみせませう』
047 かかる所(ところ)へ第二(だいに)の使者(ししや)として、048慌(あわ)ただしく入(い)り来(きた)るはエムであつた。049エムは一同(いちどう)の前(まへ)に平伏(へいふく)し、050汗(あせ)を拭(ぬぐ)ひ乍(なが)ら、
051エム『御(ご)注進(ちうしん)申上(まをしあ)げます、052敵(てき)は目(め)に余(あま)る大軍(たいぐん)、053バラモンの勇将(ゆうしやう)、054鬼春別(おにはるわけ)、055久米彦(くめひこ)両将軍(りやうしやうぐん)指揮(しき)の下(もと)に数千騎(すうせんき)を以(もつ)て押寄(おしよ)せ来(きた)り、056忽(たちま)ち表門(おもてもん)を破壊(はくわい)し、057陣営(ぢんえい)を焼払(やきはら)い、058民家(みんか)に火(ひ)を放(はな)ちました、059時(とき)遅(おく)れては一大事(いちだいじ)、060一(いち)時(じ)も早(はや)く防戦(ばうせん)の用意(ようい)あつて然(しか)るべし。061いで某(それがし)は、062命(いのち)を的(まと)にあらむ限(かぎ)りの奪戦(ふんせん)を致(いた)し、063君(きみ)の為(ため)に一命(いちめい)を捨(す)て申(まを)さむ。064早(はや)く御(ご)用意(ようい)あつて然(しか)るべし』
065と言(い)ふより早(はや)く、066韋駄天(ゐだてん)走(ばし)りに駆(か)け出(い)だし、067何処(いづこ)ともなく消(き)え失(う)せたり。
068左守(さもり)『只今(ただいま)となつて、069拙者(せつしや)は貴殿(きでん)の意思(いし)に反(そむ)き、070内紛(ないふん)を続(つづ)くる事(こと)を好(この)み申(まを)さぬ。071然(しか)らば吾(わが)君(きみ)の御(ご)身辺(しんぺん)の保護(ほご)を仕(つかまつ)るべければ、072貴殿(きでん)は之(これ)より三軍(さんぐん)を率(ひき)ゐ、073華々(はなばな)しく戦(たたか)ひめされ、074日頃(ひごろ)鍛(きた)へし武術(ぶじゆつ)の手並(てなみ)、075現(あら)はし玉(たま)ふは此(この)時(とき)ならむ。076サ早(はや)く早(はや)く御(ご)用意(ようい)あれ』
077とすすむれど、078右守司(うもりのかみ)は泰然(たいぜん)として動(うご)きさうにもない。
079ヒルナ姫(ひめ)『右守殿(うもりどの)、080国家(こくか)危急(ききふ)の場合(ばあひ)、081一(いち)時(じ)も早(はや)く防戦(ばうせん)におかかりなさらぬか』
082右守(うもり)『これはこれはヒルナ姫(ひめ)様(さま)のお言葉(ことば)とも覚(おぼ)えませぬ。083敵(てき)は目(め)にあまる大軍(たいぐん)、084勝敗(しようはい)の数(すう)は既(すで)に決(けつ)してをりまするぞ。085あたら勇士(ゆうし)の屍(かばね)を戦場(せんぢやう)に曝(さら)すよりも、086暫(しばら)く敵(てき)の蹂躙(じうりん)に任(まか)し、087極端(きよくたん)に無抵抗(むていかう)主義(しゆぎ)を発揮(はつき)して、088敵(てき)をしてアフンと致(いた)さすが兵法(へいはふ)の奥義(おくぎ)で厶(ござ)る。089右守(うもり)が胸中(きようちう)に貯(たくは)へたる神算(しんさん)鬼謀(きぼう)を発揮(はつき)するは瞬(またた)く内(うち)、090まづまづお待(ま)たせあれ。091急(せ)いては事(こと)を仕損(しそん)ずる、092英雄(えいゆう)閑日月(かんじつげつ)あり程(てい)の度量(どりやう)がなくては国家(こくか)を処理(しより)する事(こと)は出来(でき)ますまいぞ。093アハハハハ』
094とクソ落着(おちつ)きに落着(おちつ)き、095何(なに)か心(こころ)に期(き)する所(ところ)あるものの如(ごと)くなりき。096其(その)実(じつ)右守(うもり)は実際(じつさい)の卑怯者(ひけふもの)で早(はや)くも腰(こし)を抜(ぬ)かしてゐたのである。097併(しか)し乍(なが)らヒルナ姫(ひめ)及(および)其(その)他(た)並(なみ)ゐる歴々(れきれき)の手前(てまへ)、098驚(おどろ)いて腰(こし)が抜(ぬ)けたといふ訳(わけ)にも行(ゆ)かず、099さりとて軍隊(ぐんたい)を左守(さもり)に渡(わた)せば、100再(ふたた)び兵馬(へいば)の権(けん)は吾(わが)手(て)に還(かへ)つて来(こ)ない。101出(い)でて武勇(ぶゆう)を現(あら)はさむとすれば、102已(すで)に腰(こし)が抜(ぬ)けてゐる。103又(また)勝算(しようさん)の見込(みこみ)がない。104なまじいに戦(たたか)つて敗北(はいぼく)をなし、105自分(じぶん)の沽券(こけん)を堕(おと)すよりも、106太刀(たち)を抜(ぬ)かざれば、107其(その)勝劣(しようれつ)が分(わか)らないであらう、108何(なん)とかならうから……といふズルイ考(かんが)へが咄嗟(とつさ)に起(おこ)つた。109ヒルナ姫(ひめ)は心(こころ)に弱点(じやくてん)があるので、110右守司(うもりのかみ)に対(たい)して厳(きび)しく叱咤(しつた)する事(こと)が出来(でき)ず、111実(じつ)に煩悶(はんもん)苦悩(くなう)の極(きよく)に達(たつ)した。112刹帝利(せつていり)は心(こころ)焦(いら)ち、
113刹帝利『アイヤ右守殿(うもりどの)、114早(はや)くお立(た)ちなされ、115日頃(ひごろ)軍隊(ぐんたい)を練(ね)り鍛(きた)ふるは、116斯様(かやう)な時(とき)の必要(ひつえう)ある為(ため)ではないか。117汝(なんぢ)が武勇(ぶゆう)を現(あら)はすは此(この)時(とき)ではないか、118サ早(はや)く早(はや)く』
119と急(せ)き立(た)つる。120左守(さもり)も側(そば)によつて、
121左守『右守殿(うもりどの)、122早(はや)くお出(で)ましなされ。123貴殿(きでん)に於(おい)て不賛成(ふさんせい)とあらば、124拙者(せつしや)が軍隊(ぐんたい)を預(あづか)り、125防戦(ばうせん)に出(で)かけませう。126早(はや)く返答(へんたふ)を聞(き)かして下(くだ)さい』
127と双方(さうはう)から詰(つ)めかけられ、128右守(うもり)は一言(ひとこと)も答(こた)へず腰(こし)を抜(ぬ)かした儘(まま)、129首(くび)を左右(さいう)に振(ふ)つてゐる。
130 カルナ姫(ひめ)は側(そば)近(ちか)く寄(よ)つて、
131カルナ姫『お兄(にい)さま、132君(きみ)の御(ご)心慮(しんりよ)を慰(なぐさ)め、133貴方(あなた)が忠誠(ちうせい)を現(あら)はすは、134今(いま)此(この)時(とき)で厶(ござ)います。135飾(かざ)りおいたる弓矢(ゆみや)の手前(てまへ)、136かやうの時(とき)にお働(はたら)きなさらねば、137却(かへつ)て武門(ぶもん)の恥辱(ちじよく)で厶(ござ)いまするぞ』
138右守(うもり)『エエ小(こ)ざかしき女(をんな)の差出口(さしでぐち)、139構(かま)つてくれな、140右守(うもり)は右守(うもり)としての成案(せいあん)があるのだ。141燕雀(えんじやく)何(なん)ぞ大鵬(たいほう)の志(こころざし)を知(し)らむやだ。142ひつ込(こ)みをらう』
143と妹(いもうと)に向(むか)つて、144噴火口(ふんくわこう)を向(む)けた。
145カルナ姫(ひめ)『エエ不甲斐(ふがひ)ない兄上(あにうへ)、146ようマア右守司(うもりのかみ)だと言(い)つて、147今日(こんにち)迄(まで)威張(ゐば)られたものだ。148こんな卑怯(ひけふ)未練(みれん)な兄(あに)があるかと思(おも)へば、149カルナ姫(ひめ)残念(ざんねん)で厶(ござ)います。150イザ之(これ)よりは此(この)カルナが三軍(さんぐん)を指揮(しき)し、151戦陣(せんぢん)に向(むか)ひませう、152兄上(あにうへ)さらば』
153といふより早(はや)く立出(たちい)でむとする、154右守(うもり)はカルナの手(て)をグツと握(にぎ)り、155目(め)を怒(いか)らして、
156右守『コレヤ妹(いもうと)、157女(をんな)の分際(ぶんざい)として戦陣(せんぢん)に向(むか)ふとは何事(なにごと)だ。158越権(ゑつけん)の沙汰(さた)ではないか』
159カルナ姫(ひめ)『エエ此(この)場(ば)に及(およ)んで、160越権(ゑつけん)も鉄拳(てつけん)もありますか、161上(かみ)はタルマンを始(はじ)め下(しも)一兵卒(いつぺいそつ)の端(はし)に至(いた)る迄(まで)、162力(ちから)を合(あは)せ心(こころ)を一(いつ)にして、163王家(わうけ)と国家(こくか)を守(まも)らねばならぬ此(この)場合(ばあひ)、164ササそこ放(はな)して下(くだ)さい』
165ともがけど、166剛力(がうりき)に掴(つか)まれたカルナ姫(ひめ)の細腕(ほそうで)は容易(ようい)に離(はな)れなかつた。167カルナ姫(ひめ)は幸(さいはひ)左(ひだり)の手(て)を握(にぎ)られてゐたのだから、168右(みぎ)の手(て)にて懐剣(くわいけん)の鞘(さや)を払(はら)ひ、169右守(うもり)の二(に)の腕(うで)をグサツと突(つ)き刺(さ)せば、170パツと散(ち)る血潮(ちしほ)と痛(いた)さに驚(おどろ)いて手(て)を放(はな)したり。171カルナ姫(ひめ)は、
172カルナ姫『ハルナ殿(どの)、173サア、174厶(ござ)りませ。175妾(わらは)と共(とも)に防戦(ばうせん)の用意(ようい)、176吾(わが)君様(きみさま)、177ヒルナ姫(ひめ)様(さま)、178御(おん)身(み)を御(ご)安泰(あんたい)に』
179と言(い)ひ乍(なが)ら、180一目散(いちもくさん)に駆(か)け出(だ)した。
181刹帝利(せつていり)『汝(なんぢ)不届(ふとどき)至極(しごく)な右守司(うもりのかみ)、182此(この)場合(ばあひ)になつて、183卑怯(ひけふ)未練(みれん)にも防戦(ばうせん)の用意(ようい)を致(いた)さぬとは、184不忠(ふちう)不義(ふぎ)の曲者(しれもの)、185一刀(いつたう)の下(もと)に斬(き)りつけてくれむ、186覚悟(かくご)いたせ』
187と大刀(だいたう)をスラリと抜(ぬ)いて斬(き)りつけむとする。188ヒルナ姫(ひめ)は王(わう)の腕(うで)にすがりつき、
189ヒルナ姫『吾(わが)君様(きみさま)、190暫(しばら)くお待(ま)ち下(くだ)さいませ。191妾(わらは)が悪(わる)いので厶(ござ)います、192ここにて一切(いつさい)の罪科(ざいくわ)を自白(じはく)致(いた)しまする。193何卒(どうぞ)右守(うもり)をお斬(き)り遊(あそ)ばすならば、194それより先(さき)に妾(わらは)を御(お)手(て)にお掛(か)け下(くだ)さいませ。195そして臨終(いまは)の際(きは)に申上(まをしあ)げておかねばならぬ事(こと)が厶(ござ)います。196此(この)右守(うもり)は表(おもて)に忠義面(ちうぎづら)を装(よそほ)ひ、197数多(あまた)の軍隊(ぐんたい)を擁(よう)し、198内々(ないない)手(て)をまはして国民(こくみん)を煽動(せんどう)し、199各地(かくち)に暴動(ばうどう)を起(おこ)させ、200収拾(しうしふ)す可(べか)らざるに至(いた)るを待(ま)ち、201已(や)むなく王(わう)様(さま)を退隠(たいいん)致(いた)させ、202自(みづか)ら取(と)つて代(かは)つて、203刹帝利(せつていり)たらむとの野心(やしん)を抱(いだ)いて居(を)りまする。204妾(わらは)は陰(かげ)になり陽(ひなた)になり、205此(この)野謀(やぼう)を悔(く)い改(あらた)めしめ、206王家(わうけ)を救(すく)はむ為(ため)に、207彼(かれ)と不義(ふぎ)の交(まじ)はりを致(いた)しました。208これも全(まつた)く王家(わうけ)を思(おも)ふ一念(いちねん)より女(をんな)のあさはかな心(こころ)から、209女(をんな)として行(ゆ)く可(べか)らざる道(みち)を通(とほ)りました不貞(ふてい)の罪(つみ)、210万死(ばんし)に値(あたひ)致(いた)しますれば、211何卒(どうぞ)妾(わらは)を先(さき)へ御(お)手(て)にかけ下(くだ)さいまして、212右守(うもり)を御(ご)成敗(せいばい)下(くだ)さいます様(やう)、213偏(ひとへ)にお願(ねがひ)申(まを)します』
214 刹帝利(せつていり)は之(これ)を聞(き)いて、215怒髪(どはつ)天(てん)を衝(つ)き、216一刀(いつたう)の下(もと)にヒルナ姫(ひめ)を斬(き)り捨(す)つるかと思(おも)ひきや、217刀(かたな)を座敷(ざしき)に投(な)げ捨(す)て、218ドツカと坐(ざ)し、219両手(りやうて)を組(く)み、220涙(なみだ)をハラハラと流(なが)して云(い)ふ、
221刹帝利(せつていり)『ヒルナ姫(ひめ)、222其方(そなた)の心遣(こころづか)ひ、223吾(われ)は嬉(うれ)しう思(おも)ふぞよ。224女(をんな)の行(ゆ)く可(べか)らざる道(みち)を行(い)つて迄(まで)も、225王家(わうけ)を守(まも)らむとした其(その)誠忠(せいちう)、226実(じつ)に感歎(かんたん)の余(あま)りである。227併(しか)し乍(なが)ら其(その)自白(じはく)を聞(き)く上(うへ)は、228最早(もはや)吾(わが)妃(きさき)として侍(はべ)らす事(こと)は出来(でき)ない。229可愛相(かあいさう)乍(なが)ら、230夫婦(ふうふ)の縁(えん)を切(き)る。231併(しか)し乍(なが)ら以前(いぜん)に変(かは)らず、232王家(わうけ)の為(ため)に尽(つく)してくれ、233其方(そなた)の赤心(まごころ)は実(じつ)に感謝(かんしや)致(いた)すぞよ』
234とヒルナ姫(ひめ)の背(せ)を撫(な)でて慰(なぐさ)めた。235ヒルナ姫(ひめ)は王(わう)の愛情(あいじやう)に絆(ほだ)され、236立(た)つてもゐてもゐたたまらず、237懐剣(くわいけん)を抜(ぬ)くより早(はや)く吾(わが)喉(のんど)につき立(た)てむとしたるを、238タルマンは目敏(めざと)く之(これ)をみて姫(ひめ)の手(て)を固(かた)く握(にぎ)り涙(なみだ)と共(とも)に、
239タルマン『姫(ひめ)様(さま)、240吾(わが)君(きみ)のお許(ゆる)しある上(うへ)は、241国家(こくか)危急(ききふ)の場合(ばあひ)、242自殺(じさつ)などなさる所(ところ)では厶(ござ)いませぬ。243そこ迄(まで)の覚悟(かくご)をお定(き)めなさつた以上(いじやう)は、244王家(わうけ)の為(ため)に今(いま)一息(ひといき)の命(いのち)を存(なが)らへ、245敵(てき)の陣中(ぢんちう)に駆(か)け入(い)り、246仮令(たとへ)一人(ひとり)なり共(とも)敵(てき)を悩(なや)ませ、247勇(いさ)ましく討死(うちじに)なさつたらどうで厶(ござ)いませう。248さすれば姫(ひめ)様(さま)の死花(しにばな)が咲(さ)くといふもの、249勇猛(ゆうまう)な女武者(をんなむしや)として、250千載(せんざい)に其(その)芳名(はうめい)が伝(つた)はるでせう、251暫(しばら)く思(おも)ひ止(と)まつて下(くだ)さいませ』
252と涙(なみだ)乍(なが)らに諫止(かんし)する。253姫(ひめ)は打(う)ち頷(うなづ)き、
254ヒルナ姫『ああ如何(いか)にも、255其方(そなた)の言(い)ふ通(とほ)り、256王(わう)様(さま)の為(ため)に陣中(ぢんちう)に駆(か)け込(こ)んで命(いのち)を捨(す)てませう。257今(いま)此処(ここ)で自害(じがい)して果(は)つれば、258犬死(いぬじに)も同様(どうやう)、259不義(ふぎ)不貞腐(ふていくさ)れの女(をんな)よと、260醜名(しうめい)を後(のち)の世(よ)に流(なが)すのも残念(ざんねん)で厶(ござ)います。261ああよい所(ところ)へ気(き)がついた』
262と気(き)を取直(とりなほ)し、263俄(にはか)に武装(ぶさう)を整(ととの)へ、264後鉢巻(うしろはちまき)凛(りん)としめ、265薙刀(なぎなた)小脇(こわき)に掻(か)い込(こ)み、266門外(もんぐわい)さして只(ただ)一人(ひとり)、267トウトウトウと足早(あしばや)に駆(か)け出(だ)す其(その)勇(いさ)ましさ。268王(わう)は後姿(うしろすがた)を見送(みおく)つて、269手(て)を合(あは)せ『盤古(ばんこ)神王(しんわう)守(まも)らせ玉(たま)へ』と祈願(きぐわん)を凝(こら)し、270且(か)つ姫(ひめ)が天晴(あつぱれ)、271功名(こうみやう)手柄(てがら)を顕(あら)はして、272華々(はなばな)しく凱旋(がいせん)せむ事(こと)を祈願(きぐわん)した。273左守司(さもりのかみ)は老齢(らうれい)の事(こと)とて、274王(わう)の命(めい)により王(わう)の側(そば)近(ちか)く仕(つか)へた。275タルマンは、
276タルマン『われも之(これ)より戦陣(せんぢん)に向(むか)ひ、277一当(ひとあて)あてて敵(てき)の肝(きも)を冷(ひや)してくれむ、278吾(わが)君様(きみさま)、279さらば』
280と言(い)ひ残(のこ)し、281武装(ぶさう)を整(ととの)へ、282表(おもて)をさして一目散(いちもくさん)に駆(か)けり行(ゆ)く。
283(大正一二・二・一三 旧一一・一二・二八 於竜宮館 松村真澄録)
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